Coolier - 新生・東方創想話

ヤブダマ

2022/07/08 21:30:28
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「……へえ。外の世界では、ゴリラゲイ雨なんて言葉があるのね」

 文の作業部屋に遊びに来ていた静葉が、資料を読みながらぽつりと呟くと、新聞の編集をしていた彼女が返す。

「ええ。おそらくですが、ゴリラが空から降ってくるのかと思われます」

 真顔でそう言った文の顔を、静葉は思わず見ると言い返す。

「ゴリラが空からって……。そんな事ってあるの?」
「ええ、あると思われますよ。何故なら、こんな本もありますから」

 と、文は机の本棚から本を取り出す。
 恐らく外から流れてきた本なのだろう。表紙・背表紙とも色あせてしまって本の題名は、はっきりと読み取れないが後ろの四文字は「どきぶた」と書いてある。
 静葉がぱらぱらとめくってみると、絵ではあるが空から豚が降ってくる描写がある。

「どうです。この古い伝承本の通り、豚が空から降るくらいですから、ゴリラが降ってきてもおかしくはないでしょう」
「ふむ、それもそうね」

 静葉は納得したように何度も頷く。

「それに外の世界には、ドロップスという飴が空から降るという歌もあるみたいですしね」
「へえ、飴が。お菓子も空から降るの? 本当、外の世界は摩訶不思議だわ」
「全くですね。あ、そうそう、摩訶不思議と言えば……!」

 と、文は思い出したように手をぽんと叩く。

「そういや里の民家の庭で、摩訶不思議なものが見つかったっていうの忘れていました! 取材にいかなければ!」
「へえ、摩訶不思議なものってどんなの?」
「なんでも白くて丸くて大きな物体とか」
「あら、面白そうね。一緒に行ってもいいかしら?」
「もちろんですよ!」

 二人は早速里の民家へと向かった。

「……さて、この辺りだったはずですが」

 と、文がキョロキョロと見回していると、民家の庭に白い大きな物体があるのを見つける。

「ああ、きっとこれですね」

 それは一見すると人の頭蓋骨のようにも見えたが、それにしては硬そうな様子はなく、空気が詰まったボールのようにも見える。

「なにこれ」
「うーん。なんでしょうね……? 初めて見ますよ。ボールか、何かの卵ですかね?」

 とりあえず一枚写真に撮った文が、そっとその摩訶不思議な物体に触れてみると弾力があるらしく、やはりボールかとも思えるが、どう見てもそれは地面から生えているようだった。
 その後、この家の住人の話を聞くところによると、朝起きて庭を見たら、すでにあったとのこと。前の日は無かったので、一晩で現れたと言うことになる。
 更に近所の人の話によると、これはヤブダマと言い、過去にも何度か現れたことがあるらしいが、詳細は不明とのことだった。


 ◆

「……で、うちに持ち帰ってきたってわけ? これを」

 迷惑そうな様子で穣子が漏らす。
 ちゃぶ台の上には白くて大きなヤブダマがどんっと鎮座している。

「ええ。家の人が気味悪いから持ってって欲しいって」
「だからってなんでうちなのよ? 別にブン屋のとこでもいいじゃん」
「あなたなら、こういうわけのわからないもの知ってると思って」
「……何で私ならわかるって思ったのよ?」
「だって、あなた自身がわけわからないじゃない」
「うっさいわよ!!?」
「それで、これがなんだかわかるの?」
「まぁ、わかるわよ?」
「そうよね……って。えっ、今なんて?」
「だからわかるわよって」
「あなた、嘘ついてない? ちょっと試しに頬舐めてもいいかしら?」
「気色悪いから止めて!? そんなことしても嘘の味なんかしないから!? そもそもこんなの嘘つく意味ないでしょ!?」
「まあ、それもそうね。じゃあ教えて。これは何?」
「よーし、一回しか言わないから、よーく聞きなさいよー……」

 そう言うと穣子は、もったいぶった様子でニヤッと笑みを浮かべる。

「ええ、わかったわ」

 静葉は聞き逃すまいと、穣子の側に近づいて、聞き耳を立てる。 

「いい? これはね。馬勃(バボツ)っていうのよ」
「馬勃」
「そ、ちなみに意味は、馬のふん」
「馬のふん」
「そう。馬のふん」

 それを聞いた静葉は、ぎょっとした顔で思わず聞き返す。

「え、こんな……大きくて白いふんをする馬がいるの? もしかして天馬のふんとか? あ、そういえば畜生界に天馬がいたわね。もしかしてそいつの……」
「いやいやいやいや、そうじゃなくてね……? あのね、実はこいつには別名があってさ」
「別名」
「そう、別名」
「どんなのよ」
「キツネノヘダマ」
「キツネノヘダマ」
「そう。キツネノヘダマ。字はその名の通り、キツネの屁の玉」
「キツネの屁の玉」
「そう。キツネの屁の玉」

 それを聞いた静葉は、ぎょっとした顔で思わず聞き返す。

「キツネの屁って、こんな……。質量があるの? もしかしてこれの中にキツネの屁でも詰まってるの? そう言えば天狗のとこにもキツネがいたわよね。もしかしてそいつも……」
「違う違う違う!? そうじゃないから!? だからね、ええと、ああ、そうそう! コイツの正式名称はオニフスベって言って……」
「オニフスベ」
「そう、鬼のこぶって意味」
「鬼のこぶ」
「そう。鬼のこぶ」

 静葉は、ぎょっとした顔で思わず聞き返す。

「え、じゃあこれ、馬のふんでキツネの屁で、鬼のこぶなの? 鬼のこぶは馬のふんってこと? あの鬼達の頭を殴ったら馬のふんが、頭から生えるって事? しかもそれにはキツネの屁が詰まってて……」
「いやいや、だからそうじゃなくてさあ……」
「もう、はっきりしなさいよ。まどろっこしいわね。一体なんなのよこれは」
「キノコ!!」
「キノコ」
「そう! キノコ!! キノコなの!! キノコ! オニフスベっていうキノコなのよ!!!」

 それを聞いた静葉は、ようやく得心が行った様子で手をたたく。

「ああ、なーんだ。キノコ。それならそうと最初から言ってよ」
「姉さんの解釈が、ややこしいのよ! 何よ!? 馬のふんが鬼のこぶって!?」
「あなたの説明が回りくどいのよ。でも、もう大丈夫。おかげで全部繋がったわ。ありがとう。これで文に説明出来そうよ」
「そ、そう、それは何よりね……」

 穣子は疲れた様子で、不敵な笑みを浮かべる静葉を見やった。


 ◆

 次の日、静葉は早速文を尋ねる。

「どうです。何かわかりましたか? あの摩訶不思議な物体」
「ええ。わかったわ」
「本当ですか!? では、早速教えて下さい」

 ペンを持った文に、静葉は自信満々に答える。

「あれは、馬のふんで、キツネの屁で、鬼のこぶでキノコなのよ」
「……は?」

 目を白黒させる文に、静葉は不敵な笑みを浮かべて更に告げた。

「ようするに……。キツネの屁で吹っ飛んだ馬のふんが、鬼の頭に当たって出来た、たんこぶの形をしたキノコってことよ」
穣子「何もわかってなかった……」
 
 もし突如、芝生に白くて丸い大きな玉が現れても、人の頭蓋骨かと驚く必要はない。なぜならそれはオニフスベの可能性があるからだ。
 オニフスベは、芝生や庭に生えるでっかい玉状のキノコで、大きいものは直径50センチを超え、よくボールや頭蓋骨と間違われるが、弾力があり柔らかい。
 オニフスベは菌が若い(中身が白い)うちはバターソテーにしたり、煮込んだりして食べることも出来るが、気の抜けたはんぺんのような味で、あんまり美味しくはない。
 オニフスベは、成熟すると白い外皮が剥がれ、中から茶色い綿状の物体が現れ、強いアンモニア臭と胞子をまき散らし、やがて跡形無く消える。

 ……と、言われているが、筆者が実際に見たオニフスベの老体は茶色い綿状になって二ヶ月以上存在し続けていたので、どうやらその限りではなさそう。
 兎に角、摩訶不思議な物体と言えるキノコなので、一見の価値はあるし、もしそれが運良く若い菌なら是非試食してみて欲しいと思う。文字通り、摩訶不思議な体験が出来ることだろう。ただし、食べるときは自己責任で。
バームクーヘン
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コメント



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3.100南条削除
面白かったです
何もわかっていないのに自信満々な静葉がよかったです
オニフスベ調べてみましたが本当に丸くて大きくて笑いました
4.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
5.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
6.100東ノ目削除
テンポのいい台詞回しに笑わさせていただきました。面白かったです
7.100名前が無い程度の能力削除
検索したら別名キツネノヘダマ、馬勃でした。勉強になりました。静葉惜しい。