「……へえ。外の世界では、ゴリラゲイ雨なんて言葉があるのね」
文の作業部屋に遊びに来ていた静葉が、資料を読みながらぽつりと呟くと、新聞の編集をしていた彼女が返す。
「ええ。おそらくですが、ゴリラが空から降ってくるのかと思われます」
真顔でそう言った文の顔を、静葉は思わず見ると言い返す。
「ゴリラが空からって……。そんな事ってあるの?」
「ええ、あると思われますよ。何故なら、こんな本もありますから」
と、文は机の本棚から本を取り出す。
恐らく外から流れてきた本なのだろう。表紙・背表紙とも色あせてしまって本の題名は、はっきりと読み取れないが後ろの四文字は「どきぶた」と書いてある。
静葉がぱらぱらとめくってみると、絵ではあるが空から豚が降ってくる描写がある。
「どうです。この古い伝承本の通り、豚が空から降るくらいですから、ゴリラが降ってきてもおかしくはないでしょう」
「ふむ、それもそうね」
静葉は納得したように何度も頷く。
「それに外の世界には、ドロップスという飴が空から降るという歌もあるみたいですしね」
「へえ、飴が。お菓子も空から降るの? 本当、外の世界は摩訶不思議だわ」
「全くですね。あ、そうそう、摩訶不思議と言えば……!」
と、文は思い出したように手をぽんと叩く。
「そういや里の民家の庭で、摩訶不思議なものが見つかったっていうの忘れていました! 取材にいかなければ!」
「へえ、摩訶不思議なものってどんなの?」
「なんでも白くて丸くて大きな物体とか」
「あら、面白そうね。一緒に行ってもいいかしら?」
「もちろんですよ!」
二人は早速里の民家へと向かった。
「……さて、この辺りだったはずですが」
と、文がキョロキョロと見回していると、民家の庭に白い大きな物体があるのを見つける。
「ああ、きっとこれですね」
それは一見すると人の頭蓋骨のようにも見えたが、それにしては硬そうな様子はなく、空気が詰まったボールのようにも見える。
「なにこれ」
「うーん。なんでしょうね……? 初めて見ますよ。ボールか、何かの卵ですかね?」
とりあえず一枚写真に撮った文が、そっとその摩訶不思議な物体に触れてみると弾力があるらしく、やはりボールかとも思えるが、どう見てもそれは地面から生えているようだった。
その後、この家の住人の話を聞くところによると、朝起きて庭を見たら、すでにあったとのこと。前の日は無かったので、一晩で現れたと言うことになる。
更に近所の人の話によると、これはヤブダマと言い、過去にも何度か現れたことがあるらしいが、詳細は不明とのことだった。
◆
「……で、うちに持ち帰ってきたってわけ? これを」
迷惑そうな様子で穣子が漏らす。
ちゃぶ台の上には白くて大きなヤブダマがどんっと鎮座している。
「ええ。家の人が気味悪いから持ってって欲しいって」
「だからってなんでうちなのよ? 別にブン屋のとこでもいいじゃん」
「あなたなら、こういうわけのわからないもの知ってると思って」
「……何で私ならわかるって思ったのよ?」
「だって、あなた自身がわけわからないじゃない」
「うっさいわよ!!?」
「それで、これがなんだかわかるの?」
「まぁ、わかるわよ?」
「そうよね……って。えっ、今なんて?」
「だからわかるわよって」
「あなた、嘘ついてない? ちょっと試しに頬舐めてもいいかしら?」
「気色悪いから止めて!? そんなことしても嘘の味なんかしないから!? そもそもこんなの嘘つく意味ないでしょ!?」
「まあ、それもそうね。じゃあ教えて。これは何?」
「よーし、一回しか言わないから、よーく聞きなさいよー……」
そう言うと穣子は、もったいぶった様子でニヤッと笑みを浮かべる。
「ええ、わかったわ」
静葉は聞き逃すまいと、穣子の側に近づいて、聞き耳を立てる。
「いい? これはね。馬勃(バボツ)っていうのよ」
「馬勃」
「そ、ちなみに意味は、馬のふん」
「馬のふん」
「そう。馬のふん」
それを聞いた静葉は、ぎょっとした顔で思わず聞き返す。
「え、こんな……大きくて白いふんをする馬がいるの? もしかして天馬のふんとか? あ、そういえば畜生界に天馬がいたわね。もしかしてそいつの……」
「いやいやいやいや、そうじゃなくてね……? あのね、実はこいつには別名があってさ」
「別名」
「そう、別名」
「どんなのよ」
「キツネノヘダマ」
「キツネノヘダマ」
「そう。キツネノヘダマ。字はその名の通り、キツネの屁の玉」
「キツネの屁の玉」
「そう。キツネの屁の玉」
それを聞いた静葉は、ぎょっとした顔で思わず聞き返す。
「キツネの屁って、こんな……。質量があるの? もしかしてこれの中にキツネの屁でも詰まってるの? そう言えば天狗のとこにもキツネがいたわよね。もしかしてそいつも……」
「違う違う違う!? そうじゃないから!? だからね、ええと、ああ、そうそう! コイツの正式名称はオニフスベって言って……」
「オニフスベ」
「そう、鬼のこぶって意味」
「鬼のこぶ」
「そう。鬼のこぶ」
静葉は、ぎょっとした顔で思わず聞き返す。
「え、じゃあこれ、馬のふんでキツネの屁で、鬼のこぶなの? 鬼のこぶは馬のふんってこと? あの鬼達の頭を殴ったら馬のふんが、頭から生えるって事? しかもそれにはキツネの屁が詰まってて……」
「いやいや、だからそうじゃなくてさあ……」
「もう、はっきりしなさいよ。まどろっこしいわね。一体なんなのよこれは」
「キノコ!!」
「キノコ」
「そう! キノコ!! キノコなの!! キノコ! オニフスベっていうキノコなのよ!!!」
それを聞いた静葉は、ようやく得心が行った様子で手をたたく。
「ああ、なーんだ。キノコ。それならそうと最初から言ってよ」
「姉さんの解釈が、ややこしいのよ! 何よ!? 馬のふんが鬼のこぶって!?」
「あなたの説明が回りくどいのよ。でも、もう大丈夫。おかげで全部繋がったわ。ありがとう。これで文に説明出来そうよ」
「そ、そう、それは何よりね……」
穣子は疲れた様子で、不敵な笑みを浮かべる静葉を見やった。
◆
次の日、静葉は早速文を尋ねる。
「どうです。何かわかりましたか? あの摩訶不思議な物体」
「ええ。わかったわ」
「本当ですか!? では、早速教えて下さい」
ペンを持った文に、静葉は自信満々に答える。
「あれは、馬のふんで、キツネの屁で、鬼のこぶでキノコなのよ」
「……は?」
目を白黒させる文に、静葉は不敵な笑みを浮かべて更に告げた。
「ようするに……。キツネの屁で吹っ飛んだ馬のふんが、鬼の頭に当たって出来た、たんこぶの形をしたキノコってことよ」
文の作業部屋に遊びに来ていた静葉が、資料を読みながらぽつりと呟くと、新聞の編集をしていた彼女が返す。
「ええ。おそらくですが、ゴリラが空から降ってくるのかと思われます」
真顔でそう言った文の顔を、静葉は思わず見ると言い返す。
「ゴリラが空からって……。そんな事ってあるの?」
「ええ、あると思われますよ。何故なら、こんな本もありますから」
と、文は机の本棚から本を取り出す。
恐らく外から流れてきた本なのだろう。表紙・背表紙とも色あせてしまって本の題名は、はっきりと読み取れないが後ろの四文字は「どきぶた」と書いてある。
静葉がぱらぱらとめくってみると、絵ではあるが空から豚が降ってくる描写がある。
「どうです。この古い伝承本の通り、豚が空から降るくらいですから、ゴリラが降ってきてもおかしくはないでしょう」
「ふむ、それもそうね」
静葉は納得したように何度も頷く。
「それに外の世界には、ドロップスという飴が空から降るという歌もあるみたいですしね」
「へえ、飴が。お菓子も空から降るの? 本当、外の世界は摩訶不思議だわ」
「全くですね。あ、そうそう、摩訶不思議と言えば……!」
と、文は思い出したように手をぽんと叩く。
「そういや里の民家の庭で、摩訶不思議なものが見つかったっていうの忘れていました! 取材にいかなければ!」
「へえ、摩訶不思議なものってどんなの?」
「なんでも白くて丸くて大きな物体とか」
「あら、面白そうね。一緒に行ってもいいかしら?」
「もちろんですよ!」
二人は早速里の民家へと向かった。
「……さて、この辺りだったはずですが」
と、文がキョロキョロと見回していると、民家の庭に白い大きな物体があるのを見つける。
「ああ、きっとこれですね」
それは一見すると人の頭蓋骨のようにも見えたが、それにしては硬そうな様子はなく、空気が詰まったボールのようにも見える。
「なにこれ」
「うーん。なんでしょうね……? 初めて見ますよ。ボールか、何かの卵ですかね?」
とりあえず一枚写真に撮った文が、そっとその摩訶不思議な物体に触れてみると弾力があるらしく、やはりボールかとも思えるが、どう見てもそれは地面から生えているようだった。
その後、この家の住人の話を聞くところによると、朝起きて庭を見たら、すでにあったとのこと。前の日は無かったので、一晩で現れたと言うことになる。
更に近所の人の話によると、これはヤブダマと言い、過去にも何度か現れたことがあるらしいが、詳細は不明とのことだった。
◆
「……で、うちに持ち帰ってきたってわけ? これを」
迷惑そうな様子で穣子が漏らす。
ちゃぶ台の上には白くて大きなヤブダマがどんっと鎮座している。
「ええ。家の人が気味悪いから持ってって欲しいって」
「だからってなんでうちなのよ? 別にブン屋のとこでもいいじゃん」
「あなたなら、こういうわけのわからないもの知ってると思って」
「……何で私ならわかるって思ったのよ?」
「だって、あなた自身がわけわからないじゃない」
「うっさいわよ!!?」
「それで、これがなんだかわかるの?」
「まぁ、わかるわよ?」
「そうよね……って。えっ、今なんて?」
「だからわかるわよって」
「あなた、嘘ついてない? ちょっと試しに頬舐めてもいいかしら?」
「気色悪いから止めて!? そんなことしても嘘の味なんかしないから!? そもそもこんなの嘘つく意味ないでしょ!?」
「まあ、それもそうね。じゃあ教えて。これは何?」
「よーし、一回しか言わないから、よーく聞きなさいよー……」
そう言うと穣子は、もったいぶった様子でニヤッと笑みを浮かべる。
「ええ、わかったわ」
静葉は聞き逃すまいと、穣子の側に近づいて、聞き耳を立てる。
「いい? これはね。馬勃(バボツ)っていうのよ」
「馬勃」
「そ、ちなみに意味は、馬のふん」
「馬のふん」
「そう。馬のふん」
それを聞いた静葉は、ぎょっとした顔で思わず聞き返す。
「え、こんな……大きくて白いふんをする馬がいるの? もしかして天馬のふんとか? あ、そういえば畜生界に天馬がいたわね。もしかしてそいつの……」
「いやいやいやいや、そうじゃなくてね……? あのね、実はこいつには別名があってさ」
「別名」
「そう、別名」
「どんなのよ」
「キツネノヘダマ」
「キツネノヘダマ」
「そう。キツネノヘダマ。字はその名の通り、キツネの屁の玉」
「キツネの屁の玉」
「そう。キツネの屁の玉」
それを聞いた静葉は、ぎょっとした顔で思わず聞き返す。
「キツネの屁って、こんな……。質量があるの? もしかしてこれの中にキツネの屁でも詰まってるの? そう言えば天狗のとこにもキツネがいたわよね。もしかしてそいつも……」
「違う違う違う!? そうじゃないから!? だからね、ええと、ああ、そうそう! コイツの正式名称はオニフスベって言って……」
「オニフスベ」
「そう、鬼のこぶって意味」
「鬼のこぶ」
「そう。鬼のこぶ」
静葉は、ぎょっとした顔で思わず聞き返す。
「え、じゃあこれ、馬のふんでキツネの屁で、鬼のこぶなの? 鬼のこぶは馬のふんってこと? あの鬼達の頭を殴ったら馬のふんが、頭から生えるって事? しかもそれにはキツネの屁が詰まってて……」
「いやいや、だからそうじゃなくてさあ……」
「もう、はっきりしなさいよ。まどろっこしいわね。一体なんなのよこれは」
「キノコ!!」
「キノコ」
「そう! キノコ!! キノコなの!! キノコ! オニフスベっていうキノコなのよ!!!」
それを聞いた静葉は、ようやく得心が行った様子で手をたたく。
「ああ、なーんだ。キノコ。それならそうと最初から言ってよ」
「姉さんの解釈が、ややこしいのよ! 何よ!? 馬のふんが鬼のこぶって!?」
「あなたの説明が回りくどいのよ。でも、もう大丈夫。おかげで全部繋がったわ。ありがとう。これで文に説明出来そうよ」
「そ、そう、それは何よりね……」
穣子は疲れた様子で、不敵な笑みを浮かべる静葉を見やった。
◆
次の日、静葉は早速文を尋ねる。
「どうです。何かわかりましたか? あの摩訶不思議な物体」
「ええ。わかったわ」
「本当ですか!? では、早速教えて下さい」
ペンを持った文に、静葉は自信満々に答える。
「あれは、馬のふんで、キツネの屁で、鬼のこぶでキノコなのよ」
「……は?」
目を白黒させる文に、静葉は不敵な笑みを浮かべて更に告げた。
「ようするに……。キツネの屁で吹っ飛んだ馬のふんが、鬼の頭に当たって出来た、たんこぶの形をしたキノコってことよ」
何もわかっていないのに自信満々な静葉がよかったです
オニフスベ調べてみましたが本当に丸くて大きくて笑いました