Coolier - 新生・東方創想話

ある夏の日

2022/07/06 21:40:11
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 私の隠れ家には居候の鴉が一匹居る。

 朝。日の出と共に目覚める。私は健康そのもの。核を宿した居候は黒い翼を動かさずに熟睡している。
 私は洗面所で顔を洗い、寝巻から着替え、台所で朝食を作る。勿論、居候の分も作ってやる。私は優しいからね。
 そして、御飯と味噌汁の匂いが立ち込めると、寝惚け眼で現れる。
「美味しそ〜〜……」
「洗面所で目覚ましてきなさい」
 養っている私に対して挨拶も無い。でも、私はそんな事で怒りはしない。
「は〜〜い……」
 霧散しそうな声を聞き届けた後、私はテーブルに朝食を置く。
 メニューは御飯と納豆、豆腐の味噌汁。私は和食派だ。
 用意し終わると、そのタイミングで彼女はのそよそ現れる。
「じゃあ、食べるわよ」
 私の対面の椅子に座るように促す。
「いただきま〜〜す!」
 座ると、鴉は私が言う前に満面の笑みで食事の挨拶をすると、美味しそうに食べ始める。
「いただきます」
 その様子を見ると、注意する気なんて霧散してしまう。
 何も凝っていない、普通過ぎる朝食なのに、こんなにも美味しく感じさせるのは天賦の才だろう。
「ごちそうさまでした!仕事行ってくるね〜〜!」
 食べ終わると、そう言って風のように去って行く。
「行ってらっしゃい」
 聞こえないだろうけど、無意識に言ってしまうのは長年の癖だろうか。
 少し遅れて食べ終わると、私は律儀に居候の分まで食器を洗う。
 洗い終わると、私は昼まで暇だ。仕事なんて無いし、今は天界を追放されているから戻らなくて良い。
 私は外に出る。炎天下。焦げる空気。その中で、紫陽花と朝顔に水をやる。少し、涼しい気がする。
 家の中に戻ると、書斎に行って本を読む。今の私のトレンドは日本神話の研究書。外の世界から流れ込んで来た本だけど、真偽は置いといて、どんな考えをしてるのか分かるのが面白い。
 太陽が真上近くまで昇った頃、昼食の準備を始める。今日は御飯と胡瓜の浅漬けと、馬鈴薯の煮付けにしようかな。魚が欲しい所だけど、それだけの為に人里に行くのもねえ。釣りもこの暑さの中行きたくないし。
 居候は昼に帰って来たり、夕方に帰って来たりと行動パターンは日によってバラバラ。今日はまだ帰って来なそうね。
 エプロンを着けて台所に立つ。この暑さだと割烹着はお留守番。
「ただいま〜〜!!」
 真夏の太陽の笑顔が一直線に走って来た。
「おかえりなさい。玄関閉めてきなさい、虫が入ってくるでしょう」
「あ、お魚釣って来たよ!」
 そう言って見せてきたのは鮎二匹。まだ息絶え絶えにピチピチもがいてる。
「あら、ありがとう。丁度食べたいと思ってた所なのよ」
「えへへ〜〜」
 渡された鮎をボウルに入れる。塩焼きにしようかな。
「玄関閉めてきなさい」
「は〜〜い!」
 また一直線に走って行った。

 昼食を作り、テーブルに運ぶと居候は瞳を輝かせ、脚をぶらぶらして待っている。何時もこうしてずっと待っている。運ぶのを手伝って無くても、その様子を見ると文句を言う気も失せてしまう。
 居候はテーブルに置かれるのをわくわくして待っている。瞳が燦々と輝いている。何であんなに眩しく輝くのだろうか。
「はい、お待たせ」
 私は律儀に言ってしまう。少しの不満が滲み出る。
「わ〜〜!美味しそ〜〜!!」
 しかし、そんな不満な思考もこの顔の前では無意味。
「そうでしょう?」
 自然と笑顔が零れてしまう。何でそんな晴れやかな笑顔が出来るんだろう。
「いただきま〜〜す!!」
 居候は私が箸を取る前に、食事の挨拶をして食べ始める。
「いただきます」
 数秒前とは天と地程に大人しい挨拶をして、私は今日も食べ始めた。
「ごちそうさまでした!遊んでくるね〜〜!」
 居候は食べ終わると、またもや風のように去って行く。
「行ってらっしゃい」
 私はそう言うと、まだ残っている自分の昼食の残りを食べ始めた。
 
 午後は蝉が暑さにやられる程の高温。私は扇風機と団扇、風鈴と窓全開でそれに対応。
 川に行こうか迷うも、一歩目で諦めた。行くまでにやられる。
 汗をかかない。これ程恩恵を得た日は無いだろう。おかげで私は安心して読書に耽ることが出来たのだから。
 茹でられる暑さも水分補給で対応。五月蝿い蝉の合唱祭も閉幕してて、心地良い風鈴を阻害しない。
 何の慰めにもならない柔らかい夏風を浴びながら、天を見上げるともくもくと膨らむ入道雲。
 今日の風呂は早くなる。少し先の未来が見えた。

 夕方。激しく叩きつける雨と、ピカッと明滅してたまに大地に撃ち落とす雷の音。昔から人々が恐怖する夕立の時間が今日もやって来た。
「ただいま!」
 突風のように家に帰ってきた居候は、全身びしょ濡れで、黒く大きい翼が重く水を含んでいた。
「あ~~、こんなに濡れちゃって」
 私はタオルで頭を拭いてやる。居候はさも当然かのように喜んでいる。どうやら私は笑顔に弱いらしい。
「風呂沸いてるから、暖めて来なさいよ」
「天子は入らないの?」
「服用意したら行くわ」
「分かった~~」
 そう言って風呂に向かって駆け出して行く。
 服を用意するのも私。その服を作ったのも私。私は甘いなあ。
「天子~~!虫が死んでたよ~~」
 全裸で飛び出して掲げて来たのはカナブン。
「ありがとう。捨てとくから早く入っときなさい」
「は~~い!」
 また駆け出して行くのを見送ると、手元のカナブンが少し動いた。
「何だ、まだ生きていたのね」
 まだ夕立は終わってない。雨宿りぐらいいいだろうと、閉めた窓のそばにそっと置いてあげた。
「天子〜〜。まだ〜〜?」
 また全裸で飛び出して来た。
「はーい、今行くわ」
 服を急いで用意すると、また飛び出して来る前に駆け足で風呂場に向かった。

「ああ〜〜。身体があったまるね」
「そうねえ。冷えた身体にはこれが一番よ」
 私は冷えては無いが、話を合わせてあげる。とても気持ち良さそうな居候の前だと、勝手に口がそうしてしまうのだ。

 どおおおおおおおぉぉぉぉぉぉんんんん

「うわああああっっ!?」
 居候は飛び跳ねて私の腕に抱きついてくる。地底には雷が無いもんだから、まだ慣れないらしい。 
「家に直撃しないから大丈夫よ。避雷針があるから心配しないで」
 私は居候の頭を撫でてやる。そうすると、落ち着いたのか真夏の太陽の笑顔が戻る。
「良かった〜〜」
「あと少しすれば収まるから、そうしたら出ればいいわ」
「うん!」
 腕を占領されているけど、まあいいか。怖がっているしね。

 どごおおおおおおぉぉぉぉぉぉんんんんん

「ひゃあああああぁぁ!?」
 居候は身体を細かく震わせ、腕を強く強く握ってくる。大きな翼が私を抱きしめてくる。
「大きいわね。結構近くに落ちたのかしら」
「だ、大丈夫だよね?」
「大丈夫だってば。ほら、落ち着いて」
 震える背中を優しく擦ってやる。そうすると、翼が僅かに動き、震えが弱くなっていく。
「ありがとう、天子」
「どう、落ち着いた?」
「うん!天子、大好き!」
 そう言って頬に唇をつけてくる。
「……ありがと」
 関わっていくうちに、こういうのにも慣れてきたけれど、やっぱり直接的な好意表現は慣れない。
 友人の枠内ってことは分かってるんだけどねえ。友人と呼べる存在が出来てから、まだ夏はあまり廻ってないから。
 そう思ってると、大地に撃ち落とす音が止み、叩きつける音も弱くなった。
「もう、大丈夫ね」
「本当?」
「ええ。外の音が弱くなってるでしょ?」
「あ、本当だ!やった〜〜!!」
 喜んで風呂から飛び出して行く。
「こら、走ると滑るわよ!」
 恐らく注意なんて聞こえないまま行ってしまっただろう。
「ふう。あの元気が欲しいわねえ」
 外出してない癖に炎天下に参ってしまった私は、少し居候を羨みながら風呂の後始末をした。

「おお〜〜!今日も美味しそ〜〜!」
 夕食をテーブルに出した途端にいつもの台詞。居候に好き嫌い無いのは楽だ。
「今日は暑かったから、冷やし中華にしてみたわ」
 献立は冷やし中華に焼き茄子、レタスとトマトのサラダ。明日はもっと凝ったものにしようかしら。
「いただきま〜〜す!」
 真夏の太陽のように眩しい瞳が燦々と光る。料理のレパートリーはあまり多くないのに、毎回この反応が出来るのは羨ましい。人間関係に苦労しなそうだし。
「いただきます」
 そう言うと、涼しくなったから開けた窓から心地良い風が私達を撫でる。窓を見ると、カナブンは無事に逃げ出していた。
 美味しそうに食べる才能を存分に発揮している居候の前で、私は繋がってる胡瓜を見つけた。
 

「ごちそうさまでした!」
「どういたしまして」
「今日も蛍いるかな?」
「いるんじゃないかしら」
「やった〜〜!!」
 そう言って縁側の方に駆けて行くと、踏み石に置いてある草履を履いて庭に出て行った。
 この時期の風物詩といえる蛍。昔も今も、あの幻想的な光に心を奪われるのは変わらない。
「ごちそうさまでした」
 そう言って私は、相変わらずテーブルに置きっぱなしの食器も合わせて洗ってやった。
 洗い終わったので私も縁側に行くと、蛍に手を翳したり、指先で触ったり、掌に乗っけたりして遊んでいた。風鈴の音が柔らかく揺れてまさに夏って感じがする。
「今日も綺麗だね!」
「ええ、そうね」
 庭には出ないで冷やした酒を少しずつ飲む。ほろ酔いが一番好きだ。酷く酔うのは好きじゃない。空を見ると、星の雫が満天に滴っていた。 
「ねえねえ、天子〜〜」
「何よ」
「天子もこっちおいでよ」
「行って何すんのよ」
「いいから!」
 居候は私をぐいぐい引っ張るので、仕方無く盃を置いて庭に出る。
「何よ」
「ちょっと動かないで」
 背後に気配。振り向くと、何か真剣な表情をしているので、私は大人しく観念してやる。
 何をしようとしてるのか。後ろ髪が少し何かに動かされてる。う〜〜ん、花かな?
 前にシロツメクサの花をくっつけてたけど、今は咲いてる花無いしなあ。朝顔は萎んでるし、紫陽花は花枯れてるし。
 そうやって考えてると、背後から声。
「はい、出来たよ!」
 振り返ると、私の髪に蛍光色の小さい斑点が少し。この見覚えのある光は、蛍に違い無い。
「蛍を髪にくっつけたの?」
「うん!どう、とても似合ってるでしょ?」
 その笑顔は満天の星空よりも目を惹いて。髪がとても素晴らしくなってるように思えて。
「ええ、ありがとう」
 私は思わず感謝の台詞を言ってしまう。私はこの笑顔が苦手だ。眩し過ぎる。
「えへへ。天子の綺麗な青い髪に似合うと思ったんだよね。うん、やっぱり綺麗だなあ」
「……ええ。私の髪は快晴の空だもの。似合わない訳が無いわ」
 『でも、闇に包まれた空じゃーー』
 否定の意見を言おうとするも、あの笑顔を消したくない思いが打ち勝つ。何故だろう、上手く言葉に表せない。だけど、不思議な感情が脳を包んでいるのは悪い気がしないんだ。
 まるで、『太陽は素晴らしいか?』の命題に即座に『イェス』を叩き付けるかのような、そう思えてしまうんだ、あの笑顔は。
「そうだよねえ。いいよね、青い髪は」
「ありがと」
 居候は鴉だからか、眩しいものが好きらしい。そういや、前に青い髪が太陽に照らされて輝いてるとか言ってたような。だからかな、居候してるのは。
 そう思っていると、強い夜風が庭を貫く。蛍が風に乗って飛んでいく。
「ああ、蛍が飛んで言っちゃう」
「まあ仕方無いわよ。また次の日にでもやればいいわ」
「う〜ん、分かった」
「そろそろ寝る時間だし、家に入るわよ」
「は〜い!」
 そう言って私達は家に入っていく。すっかり暑さは隠れていた。

「じゃあ、私は書斎で寝るから、居間に布団を敷いて寝なさい」
「ええ〜〜!一緒に寝ようよ!」
「だって、一緒に寝たら同じ布団で寝る羽目になるじゃないの」
 流石に友人でも遠慮するだろう。私の反応は一般的なことで間違い無い。
「別に良いじゃん?」
「良くない。毎日言ってるでしょう」
「そうだっけ?」
「そうよ。いくら鳥頭でもいい加減覚えなさい」
 こればっかりは譲れない。この家の主として最低限の矜持がある。
「む〜〜!じゃあ空も書斎で寝る!」
「書斎は私以外出入り禁止って言ってるでしょ」
「じゃあ天子が認めるまでずっとそばに居るもん!」
「はいはい、頑張りなさいな」
 居候が家に来て以来、居間でずっとこの攻防が繰り広げられる。しかし私には必勝法がある。
 それは居候が寝るまで待つことだ。居候は寝るのが早いから、これで負けたことは無い。
「言ったな〜〜!」
 私は椅子に座ってハーブティーを飲む。今のトレンドはカモミールティー。寝る前に飲むと良いのよねえ。
 居候は大抵私の椅子の後ろで手をばたばたやってくるか、私の腿の上に座って翼をバサバサしてくる。今日は後者の方だ。
「天子が良いって言うまでどかないから!」
「はいはい」
 黒く大きな翼をバサバサして居座るが、次第に音が弱くなる。
「ど、どかないもん……」
 そう弱く呟いた直後、居候は睡魔に襲われた。私の肩に頭を置いてすうすうと気持ち良さそうに眠っている。 
「ふう……。ったく、またこんな顔してくれちゃって」
 何度めか分からない、絶対に起こしてはいけない選手権が開催される。義務は勿論無いけど、この気持ち良さそうな寝顔は守りたくなってしまう。
 眼球を確認する。微動だにしてないのでレッツゴー。ゆっくりと、秒速数センチメートルずつ体勢を維持したまま上に上げる。
 そして、ふわりと椅子に座らせて頭を椅子の背もたれで安定させたら布団と枕を用意。音をたてず、皺を出来る限り無くす私の素晴らしい布団敷き。居候に使うのが勿体無い。
 しかし、ここからが重要。攻防を制したが、最終的に勝利するとは限らない。実際、私は居候のある行動で最終的に全敗してしまっているのだから。
「寝ている、良し」
 私は再びノンレム睡眠か確認すると、ふわりと綿で包んでるかのように刺激を与えないように運び出す。
 布団に居候を寝かせる。そして、ブランケットをかけていたその時。
「一緒に寝なきゃ駄目……」
 真夏の太陽の笑顔がとても悲しい表情を見せる。その笑顔は庇護すべきもので。私はその表情に耐えられなくなる。
「分かったわよ」
 私は反則に対して潔く負けを認め、居候の隣に身体を移す。居候は腕を強く抱いてくる。
「おやすみ……」
 居候は満足したかのように気持ち良い眠りにつく。
 私はこうして連続敗北記録を更新した。
「おやすみなさい、お空」
 私は居候の顔を見て、優しく微笑んだ。
 息抜きに書いたら良さそうなのが出来上がったので投稿します。この二人のコンビは何となく気が合うように思うんですよね。
天のちり
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.80東ノ目削除
愛が伝わる良い雰囲気でした
3.100名前が無い程度の能力削除
幻覚が強くて良かったです
4.100Actadust削除
いちゃいちゃしやがって。好きです。
5.90夏後冬前削除
小賢しい理屈や論理をぶっ飛ばしてくれるような厳格強度の高さが良かったです。
6.100南条削除
面白かったです
2人が仲良しでとてもよかったです
幸せそうで読んでいてほんわかしました。
7.80めそふ削除
強い幻覚を見せてもらいました。