Coolier - 新生・東方創想話

兎角

2022/07/06 19:41:29
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「兎の地位向上のために活動をしたい?あんたにそんな利他的な感情があったなんてねぇ」
 永遠亭の居間で熱弁をふるう優曇華を、てゐは少しばかり冷ややかな目で見ていた。長らく地上の兎の代表を務めてきた身として、兎がそうそう団結しないことはよく知っている。ただまあ、そのことを伝えた所で折れる感じでもなさそうだ。戯れに月の兎を代表に据えてみるのも一興かもしれない。
「で、会の名前はどうするつもりなのさ」
「兎角同盟なんてどう?」
 てゐは少しばかり考え込む。兎に角は……。





 因幡の白兎の一件以来、てゐは高草郡で悠々自適な暮らしを謳歌していた。大国主(
おおくにぬし
)
の国づくりを演出した時のプリンセスになったことで、兎達はそのたれ耳を見ただけで黙って従うようになった。他の動物はあいも変わらず実に騙しやすい存在だった。八十神(
やそがみ
)
に騙されて痛い目を見たにも関わらず、逆にそこからヒントを得て嘘の健康法を売り込む手口を編み出す筋金入りぶり。絶好調だった。
 そんなある日、狐の群れが高草郡に入り込んだ。てゐはまたカモが来たと思ったが、やって来たのは鴨ではなく捕食者である。あろうことか狐達は次々に兎を襲い始めた。
 これは騙す手口を考える前に止めねばならないと、てゐは交渉に赴くことにした。幸い、狐の首領は口よりも先に手が出る蛮族では無く人語も解したが、その口から出た言葉は予想外なものであった。
「貴様らは兎を襲うなど野蛮と言うが、兎には角も牙も無い。肉食獣たる我々が襲いやすいものを襲うのは自然の摂理ではないか」
 狐には大国主の威光も兎側の論理も通じなかった。そして狐はまた兎を襲い始めた。
 兎達は狼狽えて、日に何羽か狐に供物として差し出すことで手打ちにするのはどうかという意見まで飛び出した。
 これは、てゐにとっては非常に由々しき問題だった。詐欺師である彼女にとって、いざというときに味方してくれる存在というのは事業継続のために不可欠な条件である。だが、今や兎達の心はてゐや大国主には無く、狐の側に傾きつつあった。
 いや、そんな独りよがりなことだけではない。てゐは一羽の兎として、初めて種族の危機を感じていた。
 どうすれば良いのだろうか。狐が兎達の論理に従わないことは明白だ。であれば、狐側の論理に基づき戦うしかない。角か牙があれば。しかしそれは、ないものねだりというものではなかろうか。
 途方に暮れるてゐの目に、高草郡の竹が青々と光っていた。





 狐の首領は配下と共に竹林の中に入り込んでいた。ここのところ、兎が竹林の外に出ることは無くなった。そのため、狩りのために狐が入ることは珍しいことではない。ただ今日は特別で、兎から話があるとのことで来たのだ。
 兎の頭領てゐは先に来ており、その姿を見た狐達は驚いた。いや、噴き出しそうになった、という方が近いか。
 てゐは仮面を被っており、その仮面には一本の大きな角が生えていた。これで突き刺してやろうという強い意志を感じる。問題なのは、その仮面が草と竹でできたあまりにも粗雑なものだということだ。
「それが貴様らの角か。なんと弱々しいと思わんかね」
「では、逆に君達に問おう。君達は武器を得るために何か努力をしたことがあったか。何か工夫をしたことがあったか。それこそが我々兎と、君達野蛮な畜生とを分けるものだ」
 珍しく重々しい口調で反駁するてゐ。九割方蟷螂(
とうろう
)
の斧なのだろうが、ひょっとしたら本物かもしれないと疑念を抱かせる程度の気迫はある。
 だが、狐の首領はその程度で怯むことは無かった。
「無いな。我々は元々武器を持っていた。前にも言っただろう。持てるものが捕食者として持たざる被食者を襲う。それは自然の摂理なのだ」
 瞬間、配下の狐がてゐに襲いかかる。複数で襲えば自慢の角も役には立たないだろうという判断か。てゐは後ろに退いて寸前でかわしたが、仮面の出っ張りが狐に当たり、仮面はあっさりと崩れ落ちた。
 ちゃちな仮面の外観と、その見た目通りな仮面の性能。それが狐に油断を生んだ。てゐを襲おうと前を向いた狐達の意識は、後方からの奇襲に対してあまりにも無防備だった。背後から兎が飛び出して、竹槍を狐の尻に深々と突き刺した。
 まさかの兎に痛い一手を許したことで、狐達の理性は完全に切れた。散り散りになって逃げる兎と、それをバラバラになって追いかける狐。だが、飛び跳ねて逃げる兎と違い、走って追いかける狐は重力に抗うことができなかった。一匹、また一匹と兎が仕掛けた落とし穴に嵌っていく。しかも、イタズラに使う只の穴では無く、特別に深く掘って底に竹槍を仕込んだ落とし穴。落ちた狐が出てこれることはないだろう。
 気づけば狐側は首領のみになっていた。落とし穴も使い切り搦め手はもう無いが、そんなの関係無い、多勢に無勢だと言わんばかりに兎達は首領に襲いかかった。
 突然狐の首領が光り、周りの竹が焦げた。兎も何羽か負傷したようだ。もしやあの狐只者ではない?てゐは疑念を抱いたが、他の兎は何も気づかなかったかのように攻撃を続けた。事ここに至り、形成を巻き返すことは不可能と判断したか、狐の首領は退却していった。てゐは生まれて初めて、同族の愚鈍さに感謝していた。





 勝利の翌日。興奮冷めやらぬ兎達は宴会を開いていた。宴もお開きかという頃、一人の男が宴会に顔を出した。ざわつく兎達。その整った男の顔は、紛れもなく大国主のものであった。
「兎の国を守り抜いたようだね。勝利おめでとう」
 大騒ぎな兎達をよそに、話を始める大国主。そして、残念ながら大国主の用事は、祝勝に駆けつけることだけでは無かった。
「実は、私はこの国を他の神様に譲り渡して去ることになったんだ。もう二度と会えなくなるかもしれないから、顔出ししておこうと思ってね」
「嫌だ! そんなの嫌だ!」
「そんな、大国様抜きで私達はどうすれば!」
「折角狐に勝ったのに、こんな仕打ちだなんて!」
 兎達から次々に悲嘆の声が上がる。
「君達は勝ったじゃないか。兎の国が無くなることはない。それは約束しよう」
 大国主は終始落ち着いていた。その後しばらく宴会は性質を変えて続いたが、大国主の様子を見て安心したのか、殆どの兎は満足気に帰っていった。
「ああ、遅くに呼び止めることになって済まない。君にはもう少し詳しい話をしようと思っていたんだ」
 てゐも帰ろうとしたところ、大国主に声をかけられた。





「大国様がここを去るのは本当のことなのですね……」
「ああ。高天原(
たかまがはら
)
の意向でね。色々あったんだが結局、建御雷(
たけみかづち
)
君がやって来てね。子供らにも聞いてみたんだが、彼になら任してもいいとのことだった。それに、交渉自体は首尾よく進んだからね」
「ただ、君達を置いていくことだけは心残りだった。そこに、建御雷君の眷属の雷獣が高草郡に攻め込んだと知らせが届いた」
 てゐは二つの意味で驚いた。一つはあの狐の首領の正体。只者では無いと思っていたが。
「気が気では無かったよ。交渉の真っ最中で手出しすることはできなかったが、進展如何では交渉を蹴ってでも介入しようと考えていた。ただまあ、結局私抜きで君達は勝った。結果的に良かったのかもね。おかげで、安心してここを去ることができる」
「ああ、建御雷君のことを恨むのは止めてくれよ。この件に彼は一切関与していないんだ。むしろ、結果を聞いて喜んでいたよ。良い薬になっただろうって」
 てゐのもう一つの驚き。それは大国様が一連の動きを見ていたことだ。もはや狼狽に近い。いつものものとは幾分マシとはいえ、詐欺行為を他ならぬ大国様に見られていたのだ。
 そんなてゐの様子に気づいているのかいないのか、大国主は話を続ける。
「しかし、君には随分と重い責を背負わせることになってしまったね」
「いえ、いえ、滅相も御座いません!むしろ大国様の御智慧や御威光を良いように使ってきたことを謝りたいくらいで!」
「ハハハ。まあ、神様としては、自分の名で力を使ってくれるものがいるというのは良いことなんだ。信仰に繋がるからね」
 大国主は目を伏せた。
「ただ、君には因幡の白兎という属性がついてしまった。誰のせいでもない偶然と言ってしまえばそれまでなのだが、君の主体性を、私というフィルターを通してしか見ることができない存在に上書きしてしまったのでは、という思いはずっとあった」
「でも今回、君は初めて、因幡の白兎としてでは無く、一羽の兎、因幡てゐとしてその知恵を使った」
 大国主にとって、てゐは最早自分の眷属では無い。そうであるにも関わらず、彼は実に満足気だった。子の自立を祝福する親のようだった。
「高草郡のことについて一応話はついているんだが、今後私の名は呪いにしかならなくなるかもしれないからね。もし兎の代表が因幡の白兎だと知れたら、それに難癖をつける人が出てくるかもしれない。だが、今の君は紛れもなく因幡てゐだ。これなら高草郡も安泰だ」
「安泰だなんてそんな……。私はしがない一羽の兎ですよ」
「君には立派な角があるじゃないか」
 思わずてゐは苦笑した。折れやすくしたのも見た目を粗末にしたのも計算の上とはいえ、流石にあれは酷すぎた。それすら大国様に見られていたのだ。
「あれは偽物ですよ」
 てゐがそう返すと、大国主は少しだけむっとした。
「何を。他ならぬ私がそう言っているんだ。兎にも角はある」
 そして、二人は笑いあった。





「兎の地位向上のために活動をしたい?あんたにそんな利他的な感情があったなんてねぇ」
 永遠亭の居間で熱弁をふるう優曇華を、てゐは少しばかり冷ややかな目で見ていた。長らく地上の兎の代表を務めてきた身として、兎がそうそう団結しないことはよく知っている。ただまあ、そのことを伝えた所で折れる感じでもなさそうだ。戯れに月の兎を代表に据えてみるのも一興かもしれない。
「で、会の名前はどうするつもりなのさ」
「兎角同盟なんてどう?」
 てゐは少しばかり考え込む。兎に角は……。
「ま、それでいいんじゃない?」
全体が古事記にも書かれていない二次創作というのはお分かりかと思いますが、建御雷の眷属の雷獣云々という設定も筆者が考えた嘘八百です。騙されないように。
兎角同盟。原作の描写だけでも優曇華とてゐの同床異夢が甚だしいですが、何だかんだ長続きするのかもしれません。なんせ、兎に角は……。
東ノ目
https://twitter.com/Shino_eyes
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コメント



0.100簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。
神話にかこつけた幻覚の自然さ、内容の面白さが良かったです。
大国主の説得力のある気質のよさも気持ち良かったです。
3.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。言葉遊びとてゐの心情が綺麗にはまっていたように感じます。
5.90めそふ削除
面白かったです。
6.80夏後冬前削除
兎に角について本当にありそうな故事っぽいエピソードが良かったです
7.100南条削除
おもしろかったです
てゐと大国主とのやり取りにお互いへの信頼感を感じられてよかったです