Coolier - 新生・東方創想話

箱入り娘

2022/07/01 11:28:30
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 まどろみから覚めて、私は少しの違和感を覚えた。誰かに自分の周りの空気をかき回されたかのような感覚。辺りを見渡してもそこはいつもの永遠亭だし、自分の体に何かされたようでも無い。これはただの錯覚なのだろうか。因果が何一つ分からず、気味の悪さだけがあるというのは実に嫌なものだ。
 気晴らしに縁側で風にでも当たろうかと襖を開く。ところが、そこにあるはずの縁側は無く、廊下が走っていた。どうやら結界が書き換えられたらしい。永琳の仕業か。確かに、怨霊騒ぎのせいでお忍びで外出していたのがバレたから、何か対策されるだろうなとは薄々思っていたが、いきなりやるとは。
 とはいえ、ここの結界の基本は私の能力によるものである。永琳や鈴仙にできることといえば、せいぜい結界網という名のジグソーパズルをばらしてぐちゃぐちゃな並びにする程度でしかない。そして、私は永遠と須臾を操ることができるのだから、その程度のパズル、「一瞬で」解いてしまうことができる。
 もちろん、永琳はそんなこと分かっているだろう。他に何かあるのかもしれないし、私が能力を使うことに対して罠を仕掛けているのかもしれない。いずれにせよ、私はこれを解くために能力を使う気にはならなかった。今はせいぜい未の刻に差し掛かった頃(13時)だろう。丁度いい暇つぶしになる。



 まず手始めに邸内を適当に歩き回ってみた。全てを見たわけではないので断言はできないが、見たところ部屋や廊下の接続は自然である。動線が切断されているということは無いので、生活に困ることは無さそうである。ただ外に出ることができないだけだ。
 それにしても、昼寝から覚めたときの違和感の原因は結界の書き換えだったか。随分なことをしてくれたものだが、作業中に私を起こすこともなく、起きてからも違和感を覚えるだけで済んでいるのだから、永琳は良い仕事をしたと評価せざるを得ない。……と、感心している場合ではない。謎解きに戻らねば。
 特定の順番で部屋を通ると開く類の術だろうか。前にその方式にしたことはあったし、今も組みようによっては再現できるように術を組んではいる。そうなのだとしたら、普通は選ばないような動線になっているはずである。偶然開いてしまっては意味が無いのだから。
 前にスタンプラリー型にしたのは、偽の月でここと月との接続を切ったときだったか。あのときは鈴仙がうっかり封印を忘れて、客人が私のところまでやって来た。思えばそこで初めて霊夢達に会ったのだった。
 いや、月都万象展のときもこの方式だった。普通は繋がらない部屋どうしを繋げて擬似的に大部屋を作るという応用をした。それに防犯にも役立っていたのだ。泥棒に失敗した魔理沙のあの悔しそうな顔は、今思い出しても噴き出しそうになる。
 そんな思い出に浸りながらしばらく総当たりを続けていたが、部屋数が無限なのだからパターンも無限、正解を引く可能性は限りなくゼロに近いのだと我に帰った。いや、逃げられにくいというのは籠としては非常に優れており、故に永琳がこの方式に変えた可能性は割と高い。だが、今回の主目的は正解を選ぶことではなく暇つぶしなのだ。こんな楽しくない可能性を考慮するのは最終手段だ。



 次の方法を試す前に小腹が空いた。確か居間に煎餅が置いてあった筈なので取りに行こうか。
 ここまで考えたところで、ある可能性に思い至る。もしかして私の欲望に反応している……?
 その可能性は、開けた襖の向こうにちゃんと醤油煎餅が置いてあったことで考慮しなくても良くなった。そりゃそうか。思い通りに部屋に行くことができない生活など、不便でしょうがない。



 お腹を満たしたところで探索に戻ろう。次に試そうと思ったのは、廊下をひたすらに直進し続けるというものだ。
 昔、月の民と地上人との違いについて永琳と話をしたことがあった。当時は二人とも、今以上に地上人に対する偏見が強かったからだいぶレイシズム的な言説も飛び出たが、比較的ニュートラルな説として、月の民は不変を理想とし、地上人は変化を求めるというものがあった。
 今になって思えばこれも偏見が混じっていた。人里の様子を見るに、0が百個ほど続いていたら百一個目も0と予想する、といった感性は月の民だろうが地上人だろうが変わらない。
 ただ、0が百個続く暮らしに飽きて百一個目の0以外を求めた私は永遠の罪人となったが、地上ならば、やりようによってはパイオニア足り得たのかもしれない。別に今の境遇に後悔もないし、そのことで地上人に対して羨望を抱くといったこともない。だが、月の民と地上人とを分かつ決定的な違いがそこにあるようには思える。この廊下も、あるいは百里進んだ先の百一里目が外側なのかもしれない。
 今私が歩いている区画は縁側に繋がる(はずだが今は繋がっていない)襖に月夜が映し出されるという細工がなされている。昔は常に満月が映し出されるようにしていたが、最近月齢に合わせて満ち欠けするように変えた。月の民にとって月とは常にそこにある不変の存在だが、地上人にとって月とは、不変の象徴ではなく、変化の象徴なのだ。私達も、少しは地上人の感性に染まったということだろうか。
 しかし、襖の月夜とは裏腹に、廊下の繋がりは変化することが無かったのでこの案も却下とすることにした。百里どころか二里進んだかどうかというところだが、むしろ自分がそこまで歩くことができたことに驚くべきだろう。蓬莱人にとって運動は無意味だが、良い経験にはなった。これ以上は苦行でしかない。



 おそらく今は酉三刻(18時過ぎ)、廊下を歩き始めてから一刻と二つ時ほど(約三時間)過ぎたあたりだろう。体内時計には自信がある。そして、ここまで探索を続けた結果、一つおかしなことがあることに気がついた。長いこと邸内を歩き回っているのに、偶にイナバを見るくらいで、永琳や鈴仙とは会わないのである。
 この邸内の面積は一見無限にあるようだが、実際にはループ構造を何重にも組み込むことで擬似的に無限を再現しているに過ぎない。一刻以上廊下を歩いていたが、もしそこまでの間に永琳や鈴仙が廊下に出ていたら、十中八九すれ違っているはずだ。
 そうか。なぜこんな当たり前のことに気が付かなかったのか。私は永遠亭の外に出るべきでは無いとされているが、他の人は外に出ても良いし、出る必要がある。で、あるならば、そのための出口はどこに置くか。私が普通入ることがない場所で、他の人は当然に動線に組み込んでいる場所。
 私は医務室の前に来た。中では鈴仙が作業をしていた。私が来たことに気がついたのか、だいぶ神経質にこちらを見たり手元に目線を戻したりを繰り返している。永琳はここにもいない。外出しているのだろうか。
 とはいえ中には一人だけ、それも鈴仙しかいないというのは好都合だ。これが永琳なら骨を折るところだが、正直鈴仙はだいぶ隙が大きい。私から手元に目線を戻す瞬間、ちょうど扉から部屋の大半が鈴仙の死角に入るその須臾を引き伸ばした。能力を使ってしまったが、使わないと詰んでいたのでこれはしょうがない。ゲームの縛りを少し緩めたという程度だ。
 さて、この部屋に出口があるとして、それはどこか。永琳が出入りに使うのだから、それなりの大きさの扉であるはずだ。まず無難に出入口となっている場所を覗いてまわったがどうやら違うらしい。
 改めて部屋内を見渡すと、薬棚が目についた。概ねタンス型なのだが、クローゼットを改造したかのような大きなものもある。これなら人が通れる大きさだろう。
 そのうちの一つの前に立った。改めて見ると、ここの結界だけ、無理やり詰め込んだかのような雑さがある。いくら大型のものとはいえ、この館から外に繋がる境界を全て詰め込むには薬棚では小さすぎるからしょうがない。
 結び目は簡単に解くことができた。永琳に書き換えられたとはいえ、元は私の術なのだから、場所さえ分かればどうということはない。しかし、薬瓶を取り出してそれを別の向きで戻すという鍵になっているのには感心した。これならば開けているところを見られても不審に思われにくい。
 さて、これで晴れて私も自由の身だ。残念ながらこの件でまた鈴仙は永琳に絞られることになるだろう。可愛そうだし、団子でも買ってきてあげるか。



「あらあら」
 そう思った矢先、目の前に見慣れた青と赤の服の女性が現れた。邸内にいなかったのはそういうことか。
「姫様、勝手に外に出ては駄目ですよ」
「バレちゃったか」
「結界を書き換えたところで解かれるのは分かっていましたから。出てきたところでこう釘を刺すのが一番効果的なのですよ」
「全くね。今回ばかりは堪忍したわ」
「それにしても、いつから外に出ていたのかしら?」
「未の刻を回ったあたりですね。てゐから姫様が起きたと報告があって」
「あら、随分待たせちゃったみたいね」
「正直姫様のことなので能力を使ってでもすぐに出てくると思い込んでいたのですが……」
 そう言って永琳は苦笑した。月の頭脳と言えども、人の気まぐれは読みきれないらしい。
「でも、良い体験になりましたよ。何もしないで時を過ごすことなど最近は無かったので」
「永琳は働きすぎなのよ。……それと鈴仙も。あの子、まだ仕事していたわよ。まあ今ごろ私を取り逃がしたことに気がついて仕事どころじゃないかもしれないけど」
「そうですね。丁度いい時間ですし、もうそろそろお夕飯にしましょうか。折角ですし、今日は縁側で」
 そう言いながら、永琳は竹林の方を指さした。ちょうど月が出始めていた。最も例月祭はまだまだ先で、随分といびつな形の月だが。しかし、満月でない月を見ながらというのは確かにやったことがない。まだまだ新しいことを試したい気分だからか、不思議と魅力的な提案のように思えた。
「分かったわ。ああ、鈴仙を呼ぶのは私がやるわ。あの子にはいらない心配をかけちゃったみたいだし」
初投稿になります。今後ともよろしくお願いいたします。

最初は「密室に一人閉じ込められる、からスタートする話が書きたい」というところから始まりました。
我ながら酷い題材ですが、主役に輝夜を抜擢したところ随分ほんわかとした話になりました。これが姫様パワーか。
東ノ目
https://twitter.com/Shino_eyes
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
ほんのりsfチックで面白かったです。思考実験的でありながら緩い感じなのもいいですね。
2.100のくた削除
この雰囲気好きです
5.100南条削除
面白かったです
閉じ込められてるのに余裕を失わない輝夜が素敵でした
8.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
9.90ローファル削除
面白かったです。