私、霧雨魔理沙はもう人の期待を裏切ることにはすっかり馴れてしまっていた。いつから私はこんなにもクズな人間になってしまったのだろうか。やはり親父に初めて刃向かった時からだろうか。いやあれは明らかに親父の方が悪かった。霖之助のやつは親父の肩を持とうとするが、それはあいつが恩義を感じているからだ。ああ、駄目だ。夜は厭なことばかり考えてしまう。今日みたいに酒が入っていると特に。自分の嫌いな部分ばかりがサーチライトに照らされてしまう。
鳥の囀りが聞こえる。いつの間にか寝入ってしまったようだ。私は気怠い身体をなんとか操縦した。まるで気力が沸かなかったから、昨日焼いたパンと珈琲の一杯だけで済ませた。胃が僅かに痛む。今日は香霖堂に行こう。そうしよう。私は思い付きで早速、皺だらけのエプロンドレスにアイロンを掛けると、古くからの友人が営んでいる道具屋へと向かった。
その店は主に外の世界から流れ着いた道具を扱う古道具屋で、珍しいというか正直なところガラクタばかり置いてある。今その店の前に着いたが、外装からすでに黴が生えそうだ。私よりも背の高い、平たい振り子を逆さにしたような物や狸の置物などが置いてある。狸の半身には大きなソレが付いていて心臓に悪い。重たい扉を少し苦労して、片手で開け店内に入ると、澄んだカウベルがなった。これも香霖こと店主森近霖之助が、無縁塚という外の物が流れ着く場所で拾ってきた物だ。
「いらっしゃい」
「今日は嫌味を言わないんだな」
「流石の僕もそう頻繁に、嫌味を言うほど捻くれた人間ではないよ」
小難しそうな本を読んでいる店主は、片手だけで身振りをした。無論、私も難解なグルモワールなどを読むが彼が読んでいる本はタイトルからしてよく分からない。「コバルトとモリブデンを添加した高速度鋼の作り方」?やはり人間得意分野という物がある。まあ彼は半分妖かしだが。
「しかし、どうしんだい今日は。最近は君が尋ねて来ることも稀だったのに。何か悩みがあるのであれば、僕でよければ聞こう」
最近か。私達が弾幕ごっこなどとくだらない遊びに熱を上げていた時からは、すでに数年が過ぎた。私はもう背が伸びなくなった。こいつの肩までしかないのに。どうしてもこいつとは生きる時間が違うのか。
「いや、なんでもないさ。ただお前の辛気臭い面が偶には見たくなっただけだ」
久方ぶりの会話には思いの外、沈黙や気まずさを認めず弾んだ。
「最近はあまり食事を摂っていなかったんだ。今日は魔理沙もいることだし少し奮発しようか」
会話に夢中になっているうちに、窓から差す茜色の日が舞う埃を照らしていた。
「少し遠いが人里に買いに行こう。まともな肉は生憎在庫切れなんだ。君が箒にのせてくれれば助かるんだがね。」
「いいぜ。精々振り落とされるなよ」
「......ほう。それは素晴らしい。是非とものせてもらうか」
冗談に冗談の応酬。幾年かぶりに悪戯心に火が付いた私は、こいつに一泡吹かせてやることにした。
「こちらは霧雨エアラインズです。お客様こちらへどうぞ」
店の外に出た私は、そう言って箒の後ろを叩いた。珍しく後ろにご客人をのせた箒は、何時も通り急発進した。
「うおっ」
香霖の軽い呻きを無視して空を突っ切る。風からいい匂いがして、ヒグラシの五月蝿さが掻き消される。
「エコノミー症候群になりそうだよ」
「それはどういう意味?」
「狭いって意味だよ。ずっと君に捕まらなくちゃいけないしね。女性にしがみつく大の男というのは聊か情けない......」
「ついに私を女だと認めたな?ずっと子ども扱いをしてぇ。ほれ」
私は香霖の手を少し上にずらしてやった。
「な、何をするんだ魔理沙」
「うれしいでしょ?」
「そんなことはない」
私は彼をしてやることができ満足した。少し気まずい空気になったが。兎に角も、夏の夜の逃避行はとても楽しかった。彼は別に逃避行だとは思っていないのだろうけど。
魔理沙が死んだ。僕の店に顔を見せた翌日、魔法で自ら命を絶ったそうだ。「私は幸せでした」というメモだけが、実質の遺書として遺されていたらしい。とうに擦り切れていた僕の頭は、彼女のために涙を流してくれなかった。でもずっと心の中を反芻している。最近では珍しかったおふざけ。あの晩餐のしおらしい態度。帰り際の言葉。何故あの時気付いてやれなかったのか、と考えてしまうのは僕の傲慢だろうか。
鳥の囀りが聞こえる。いつの間にか寝入ってしまったようだ。私は気怠い身体をなんとか操縦した。まるで気力が沸かなかったから、昨日焼いたパンと珈琲の一杯だけで済ませた。胃が僅かに痛む。今日は香霖堂に行こう。そうしよう。私は思い付きで早速、皺だらけのエプロンドレスにアイロンを掛けると、古くからの友人が営んでいる道具屋へと向かった。
その店は主に外の世界から流れ着いた道具を扱う古道具屋で、珍しいというか正直なところガラクタばかり置いてある。今その店の前に着いたが、外装からすでに黴が生えそうだ。私よりも背の高い、平たい振り子を逆さにしたような物や狸の置物などが置いてある。狸の半身には大きなソレが付いていて心臓に悪い。重たい扉を少し苦労して、片手で開け店内に入ると、澄んだカウベルがなった。これも香霖こと店主森近霖之助が、無縁塚という外の物が流れ着く場所で拾ってきた物だ。
「いらっしゃい」
「今日は嫌味を言わないんだな」
「流石の僕もそう頻繁に、嫌味を言うほど捻くれた人間ではないよ」
小難しそうな本を読んでいる店主は、片手だけで身振りをした。無論、私も難解なグルモワールなどを読むが彼が読んでいる本はタイトルからしてよく分からない。「コバルトとモリブデンを添加した高速度鋼の作り方」?やはり人間得意分野という物がある。まあ彼は半分妖かしだが。
「しかし、どうしんだい今日は。最近は君が尋ねて来ることも稀だったのに。何か悩みがあるのであれば、僕でよければ聞こう」
最近か。私達が弾幕ごっこなどとくだらない遊びに熱を上げていた時からは、すでに数年が過ぎた。私はもう背が伸びなくなった。こいつの肩までしかないのに。どうしてもこいつとは生きる時間が違うのか。
「いや、なんでもないさ。ただお前の辛気臭い面が偶には見たくなっただけだ」
久方ぶりの会話には思いの外、沈黙や気まずさを認めず弾んだ。
「最近はあまり食事を摂っていなかったんだ。今日は魔理沙もいることだし少し奮発しようか」
会話に夢中になっているうちに、窓から差す茜色の日が舞う埃を照らしていた。
「少し遠いが人里に買いに行こう。まともな肉は生憎在庫切れなんだ。君が箒にのせてくれれば助かるんだがね。」
「いいぜ。精々振り落とされるなよ」
「......ほう。それは素晴らしい。是非とものせてもらうか」
冗談に冗談の応酬。幾年かぶりに悪戯心に火が付いた私は、こいつに一泡吹かせてやることにした。
「こちらは霧雨エアラインズです。お客様こちらへどうぞ」
店の外に出た私は、そう言って箒の後ろを叩いた。珍しく後ろにご客人をのせた箒は、何時も通り急発進した。
「うおっ」
香霖の軽い呻きを無視して空を突っ切る。風からいい匂いがして、ヒグラシの五月蝿さが掻き消される。
「エコノミー症候群になりそうだよ」
「それはどういう意味?」
「狭いって意味だよ。ずっと君に捕まらなくちゃいけないしね。女性にしがみつく大の男というのは聊か情けない......」
「ついに私を女だと認めたな?ずっと子ども扱いをしてぇ。ほれ」
私は香霖の手を少し上にずらしてやった。
「な、何をするんだ魔理沙」
「うれしいでしょ?」
「そんなことはない」
私は彼をしてやることができ満足した。少し気まずい空気になったが。兎に角も、夏の夜の逃避行はとても楽しかった。彼は別に逃避行だとは思っていないのだろうけど。
魔理沙が死んだ。僕の店に顔を見せた翌日、魔法で自ら命を絶ったそうだ。「私は幸せでした」というメモだけが、実質の遺書として遺されていたらしい。とうに擦り切れていた僕の頭は、彼女のために涙を流してくれなかった。でもずっと心の中を反芻している。最近では珍しかったおふざけ。あの晩餐のしおらしい態度。帰り際の言葉。何故あの時気付いてやれなかったのか、と考えてしまうのは僕の傲慢だろうか。
ご助言ありがとうございます。やっぱりそうですよね。
あの作品は自分で完成させようと思います。
読み手の想像に委ねるというのも悪くはないが、それは技巧のある人だから許される技であって、未熟な人が安易に使うと単なる執筆放棄になってしまうとのことでした