なんてことは無い一日のはず、だった。
いつものようにベッドに寝転びながら、携帯電話で念写を試みる。頭の中から写真の映像が抜け出すような感覚を覚えながら、携帯電話に念じる。
「うーん、イマイチね」
画面に写った写真はピンぼけしていて金色の髪の毛の色と赤い何かを持っていることしか分からなかった。我ながらとても出来の悪いものが撮れたわね。こんなのを文に見られたらたまったものじゃないわ。
ぶつぶつと独り言を言いながら携帯電話を机の上に置いて、ベッドの側のカーテンを開ける。朝の日差しが入ってきてとても眩しいけれど目が覚める。よし、今日は少しだけ気分を変えて取材してみましょうか。
そんなことを思って、携帯電話を引っ掴み、私は部屋の窓を開けて空に飛び立った。
*
妖怪の山の空を駆けていると見知った顔を遠くに見つける。哨戒任務をしている椛だった。見えていると思うから手を振ると向こうの方で動いている。千里眼で見えたみたいだから振り返してくれたのかな。それだと嬉しいと思う。
今回の取材内容はズバリ河童の技術力についてを見てみたい。
そう思ったから、とりあえず直撃して取材に行く。アポは取っていないけど大丈夫だろうとアタリをつける。こっちに逆らえないなら問題無し、そう教わってきたからね。そう思いながら空を切り裂いて行って河童の工房に着いた。
「にとりー、いるかしら」
「わっととと……なんだいはたて!」
入口から覗くと大量の箱を積み上げて持ったにとりが、落としそうになっている。見ていられなくて宙に浮いて私は上から箱を一つ持ち上げる。
「あっおい、待てそれは……!?」
「きゃっ!?」
持ち上げようとしたものはとても重たくて私は手を離してしまった。
ガシャーン!と大きな音が響きわたり、地面に工具が散らばった。
「とと、はたては大丈夫?」
「う、うん。私宙に浮いてたし……」
私がオロオロしているとにとりはさっさと片付けていた。えっと何もしなくて大丈夫なのかしら。
「はたてに怪我が無くて良かったよー危なかったよホントに」
重そうな工具が沢山あったから、足に挟んでいたらぺったんこになっていただろうから。心配してくれたんだろう。
「ありがとうね、にとり。今日は取材に来たんだけどまた別の日に行くね」
「えっ、今日でいいのに」
私は手をひらひらと振りながら工房の外に出る。その後ろに着いてくるにとり。
「迷惑かけちゃったしまた別の日に行くよ。また来るね」
言いたいことだけ言って、にとりの言葉を聞かずに私は空に飛び上がった。
*
何も思い浮かばずにいきなり空に飛び上がったけれどすることが無い。することが無いのでまた念写をしようと思って降りていく。取材も出来なくなったので一回家に帰ろうかしら。翼を動かして自宅の方向に飛び始める。ちらほらと白狼が忙しなく動いているのが見えた。誰か侵入者でも入ったのかしら。
「うおー!どけどけ!」
よく知った顔。霧雨魔理沙じゃないか。こちらの方に飛んできたのでひょいと避ける。白狼は何をしているのだろうか……と言いたいけど野放しにはできないわね。
「よく文から聞くけど本当に侵入しているのね」
「おろ、はたてか。いつもなら文と弾幕勝負をするが今はやってらんないな!じゃあな!」
飛び去ろうとするのを魔理沙の襟首を引っ掴んで停止させる。
「ぐえっ、苦しいじゃないか!」
「匿ってあげるから、最近のこと洗いざらい話しなさいよ」
この情報源を逃すものか。
「はあ!? なんでそうなるんだ!」
「いいからいくわよ」
「襟首を掴むな! 苦しい!」
そんな抗議は無視して私は魔理沙を引きずりながら家へと向かった。
*
「で? この家はお茶も出ないのか?」
家の居間にて魔理沙はどっしりと座りながらそう言う。首が痛いのかさすっているが。
「生憎、侵入者に出すお茶はないよ……水ならあるけど」
「水でもいいからくれないか」
水道からガラスコップに水を注いで魔理沙の前に置いた。コップを手に持って匂いを嗅いでいる。毒なんて入れてないってば。大丈夫だったのか、一気に水を飲んだ魔理沙。ぷはぁとお酒みたいに心地の良い声がした。
「スッキリしたぜ」
「お粗末さま、で話してくれるかしら?」
「さっきから話せって煩いけど、何を話せって言うんだ」
魔理沙はお手上げのように手を顔の横でヒラヒラとする。
「私言ったじゃない、最近のこと全て話せって」
「全てって言ってもなあ……あ、そうだ」
思いついたように手を叩く魔理沙。
「……なに?」
「そういえば今日の朝、博麗神社に新聞配達に来た文が、萃香に連れられて地底に行ってたぞ」
「えっ? 文が?」
「おう。酔っぱらいの鬼に絡まれて地底に行くって言ってたぞ」
私は立ち上がる。地底に突撃してやろう! いきなりそう決心して歩き出そうとする。
「おい待て、私を逃がしてくれるんだよな?」
「忘れてた……」
「おい……」
呆れて横目て見てくる魔理沙。あはは、まあいいか、と笑いながら外に出る。
魔理沙が妖怪の山の外に出るまで一緒に飛んだ。そうして私は地底の穴に突撃するように飛び込んだ。
*
飛んでいる途中で糸があったけれど風で切りながら降りていく。途中の岩陰で何かを見たような気がしたけれど無視する。地下の地面にコツンと降りて旧都を見る。いつかのどこかの人間の営みのように見えた。ここは妖怪の楽園だけどね。
「……あら、お客様?」
声に気がついてそちらを見ると、橋のそばで金髪の髪と緑の瞳の女が腕を組んで立っていた。
えーと確か……「パルスィよ、天狗さん。何か言いたそうね」
私の思考を遮られてむっと苛立つ。思い出そうとしたのに!
「いいえ、なんでもないわ」
「貴女は誰を探しているのかしら。こんな辛気臭い地底になんてそんな用しかないのだから……ああ、妬ましいわ」
パルスィと自己紹介した女は目を細めてそう言った。
「同僚を探してるの。鬼に連れてこられたって聞いたから」
「ふうん。同僚は本当だろうけれど……まあいいわ」
パルスィは橋の向こうの旧都を指さして告げる。
「この奥の一番大きな建物に向かいなさい。その建物の前で飲み会をしているはずだから」
言った後にまた腕組みして瞳を閉じていた。
「それって地霊殿のこと?」
「早く行きなさい。同僚とやらが倒れてないと良いけれどね……」
「えっととりあえず、ありがとう!」
パルスィに言われたことで私はまた羽ばたく。
「……本当に同僚かしら。いやあれは……ああ、妬ましいわ」
瞳を閉じたままのパルスィが独り言を呟いていた。
*
旧都の空を飛ぶと色々な妖怪がいることに気がついた。普段なら見ないことばかりを今日は見ているような気がする。
そんなことを思いながら私は地霊殿についた。入口付近を見ると見慣れた姿がうつ伏せで転がっていた。
「文!?」
急いで駆けつけて、仰向けに寝転ばすと顔を赤くして伸びきっていた。
「うううん……飲みすぎた……」
「ちょっと!」
「おや、そこにいるのはたてじゃないか」
後ろから聞こえる高い声。とてつもなく後ろを振り向きたくない。首を錆び付いた機械のようにギギギとゆっくりと振り向くとそこには伊吹様がいた。
「い、伊吹様……」
「やだなあ、名前でいいって言ってるのに」
伊吹瓢を片手にケラケラと笑う伊吹様。
「そういう訳にはいきませんので……にして、ここに転がっている文はどういう事なのでしょうか」
「うんにゃ、酒を飲ませてたらもう潰れた。早いもんだね。誰か骨のあるやつはいないのかい?」
貴方様のペースに合わせたら誰でも潰れます!手加減お願いしたいですよー!心の中で私は暴れながらそう思った。やばい、このままだと私まで潰されるまで飲まされる……
「そこまでになさいな、伊吹萃香」
「なんだよさとり? 辛気臭いな」
伊吹様の後ろに立つのはここの主人の古明地さとり。どうして助け舟なんてしてくれたのだろうか。
伊吹様はさとりさんの方を見た。
「場所を貸す変わりに面倒事を持ち込まないと約束したでしょう……約束範囲外というのであればもう二度と貸しませんが。天狗を潰すだけなら問題ないと? そもそもここに天狗を寄せて欲しくないのですよ。根も葉もないあらぬ事を書かれるのは面倒です。私にとっては十分面倒事ですよ。飲む相手がいない? さっきまで勇儀がいたでしょう……そちらでも面倒事が? はあ……また上がってくるのでしょうか……ともかく射命丸文と姫海棠はたては地上に戻してください。この埋め合わせは姫海棠はたてがするらしいですから」
読心をしながらペラペラと喋るさとりさん。というか、最後、とてもつもなく面倒なことを言わなかった? まゆがピクリ上がったのをみてさとりさんはニヤリと悪そうな顔をしていた。
「それは本当かい?はたて?」
「は、はいっ。私が出せるお酒を持って次の機会に飲みましょう」
「なら、一升だけじゃなく五升ほど持ってこい、今回はそれで見逃す!」
振り返ってそう言った伊吹様は笑ってそう言った。
「ありがとうございます!」
私はさっさと文を背中におぶって歩いていく。文は背中で呻いている。余程飲んだんだろうな……私の未来も決まったようなものだけど……チラリと後ろにいるさとりさんを見るとなんかとても笑っていた。うわ腹立つ顔……あっ、読まれているんだった、まあいいか。
旧都の雑踏の中を歩いていった。
*
「ねえ〜文起きてよ〜」
がやがやとうるさい中、背中の文はぐうすかと寝ている。酔い潰れて寝る時ほど文が起きないのは知っているけれど、流石に起きて欲しい。この人混みの中背負って歩くのはきついのだから。
「はあ、起きないか……」
早歩きで歩く。無心で歩いていると出口の橋が見えてきた。コツ、コツと橋を渡りきると橋の側に立っているパルスィがこちらを見てきた。
「ありがとうパルスィ。助かったわ」
立ち止まりお礼を言った。パルスィは顔を顰めて言う。
「私にお礼なんてしない方がいいわよ。ここまで来たのなら早く帰りなさいな……」
「それでもありがとうね!また来るよ!」
「もう二度と来なくていいわよ」
縦穴に着き、バサリと私はゆっくりと羽を広げて飛び始める。
「文、大丈夫?」
背中でもぞもぞと動いているのだけれど返事は無かった。落とさないように飛ぶ。
あっという間に縦穴をくぐり抜けて地上に着いた。背負うだけだと体が固まりそうだったので一度、文を下ろしていわゆるお姫様抱っこをする。こっちの方が顔が見えていいかも。恥ずかしいことをしている自覚はあるけれど少しぐらい良いよね。
そうして私は家に向かって羽ばたいた。
*
家に着いて私が真っ先にしたのは酔い潰れた文をベッドに運ぶことだった。ベッドに放り込んで、掛布団をかけて、寝かせた。
私はベッドの側で座って文の顔を見る。すうすうと気持ちよさそうな寝息をたてて寝ている。構ってくれないので少しむっとしてほっぺを軽くつつく。ぷにぷにのほっぺは私の指を押し返した。ふふ、柔らかい。
夢中になってぷにぷにしていると文はうっすらと目を開けた。
「ううううん、ここどこ……」
「あ、起きた? 私の家よ、酔い潰れたの覚えてる?」
キョロキョロと目線で私の部屋を見ている文。
「萃香様に飲まされて……確かはたてが来たような……微妙に覚えてるような……」
うん、覚えてなさそうだね。まあいいか、私に不都合は無いし。
「とりあえず水飲む?」
「うん」
私は立ち上がってコップに水を汲みに行く。
「ほら、どうぞ」
「ありがと」
ベッドの上でふぅと一息ついて、水を飲んでいる。私は文の隣に座る。ギシッとベッドが鳴いた。文の肩にもたれかかる。飲みかけていた水を机の上に置いた文。
「どうしたのはたて?」
「ううん、なんでもない」
甘えたくなって、もたれかかったけれどこれでいいかな、なんて思って。
シン、と静寂が私たちを包む。文の体温だけが私に伝わる。言葉も何もいらない温度は安心させてくれる。
「ねえ……文」
「何、はたて?」
「好きよ……」
いつもは言わない言葉がぽろりと溢れ出る。
「知ってる」
文は笑っていた。
また静かになる。水を飲もうかなと思って机の上のコップに手を伸ばそうとすると文は私の腕を掴んでベッドの中に引っ張りこんだ。
「うわっ」
「ほら一緒に寝ましょう?」
にこにこ笑う文を見て私はため息をつく。文がこうやって笑う時はいつも一緒に寝て欲しい時なのだろうって思う。
「ふふ、いいよ」
私も笑って文の隣に寝転んだ。ぺたぺたと文のほっぺを触る。文も私のほっぺに触ってきた。ふふ、くすぐったい。
コツンと二人のおでこが当たった。
「ふふ、今日はありがとうはたて」
「どういたしまして、文。次からは気をつけてね」
「うん」
私たちは二人で笑いあった。
今日はなんてことは無かった一日、だった。
いつものようにベッドに寝転びながら、携帯電話で念写を試みる。頭の中から写真の映像が抜け出すような感覚を覚えながら、携帯電話に念じる。
「うーん、イマイチね」
画面に写った写真はピンぼけしていて金色の髪の毛の色と赤い何かを持っていることしか分からなかった。我ながらとても出来の悪いものが撮れたわね。こんなのを文に見られたらたまったものじゃないわ。
ぶつぶつと独り言を言いながら携帯電話を机の上に置いて、ベッドの側のカーテンを開ける。朝の日差しが入ってきてとても眩しいけれど目が覚める。よし、今日は少しだけ気分を変えて取材してみましょうか。
そんなことを思って、携帯電話を引っ掴み、私は部屋の窓を開けて空に飛び立った。
*
妖怪の山の空を駆けていると見知った顔を遠くに見つける。哨戒任務をしている椛だった。見えていると思うから手を振ると向こうの方で動いている。千里眼で見えたみたいだから振り返してくれたのかな。それだと嬉しいと思う。
今回の取材内容はズバリ河童の技術力についてを見てみたい。
そう思ったから、とりあえず直撃して取材に行く。アポは取っていないけど大丈夫だろうとアタリをつける。こっちに逆らえないなら問題無し、そう教わってきたからね。そう思いながら空を切り裂いて行って河童の工房に着いた。
「にとりー、いるかしら」
「わっととと……なんだいはたて!」
入口から覗くと大量の箱を積み上げて持ったにとりが、落としそうになっている。見ていられなくて宙に浮いて私は上から箱を一つ持ち上げる。
「あっおい、待てそれは……!?」
「きゃっ!?」
持ち上げようとしたものはとても重たくて私は手を離してしまった。
ガシャーン!と大きな音が響きわたり、地面に工具が散らばった。
「とと、はたては大丈夫?」
「う、うん。私宙に浮いてたし……」
私がオロオロしているとにとりはさっさと片付けていた。えっと何もしなくて大丈夫なのかしら。
「はたてに怪我が無くて良かったよー危なかったよホントに」
重そうな工具が沢山あったから、足に挟んでいたらぺったんこになっていただろうから。心配してくれたんだろう。
「ありがとうね、にとり。今日は取材に来たんだけどまた別の日に行くね」
「えっ、今日でいいのに」
私は手をひらひらと振りながら工房の外に出る。その後ろに着いてくるにとり。
「迷惑かけちゃったしまた別の日に行くよ。また来るね」
言いたいことだけ言って、にとりの言葉を聞かずに私は空に飛び上がった。
*
何も思い浮かばずにいきなり空に飛び上がったけれどすることが無い。することが無いのでまた念写をしようと思って降りていく。取材も出来なくなったので一回家に帰ろうかしら。翼を動かして自宅の方向に飛び始める。ちらほらと白狼が忙しなく動いているのが見えた。誰か侵入者でも入ったのかしら。
「うおー!どけどけ!」
よく知った顔。霧雨魔理沙じゃないか。こちらの方に飛んできたのでひょいと避ける。白狼は何をしているのだろうか……と言いたいけど野放しにはできないわね。
「よく文から聞くけど本当に侵入しているのね」
「おろ、はたてか。いつもなら文と弾幕勝負をするが今はやってらんないな!じゃあな!」
飛び去ろうとするのを魔理沙の襟首を引っ掴んで停止させる。
「ぐえっ、苦しいじゃないか!」
「匿ってあげるから、最近のこと洗いざらい話しなさいよ」
この情報源を逃すものか。
「はあ!? なんでそうなるんだ!」
「いいからいくわよ」
「襟首を掴むな! 苦しい!」
そんな抗議は無視して私は魔理沙を引きずりながら家へと向かった。
*
「で? この家はお茶も出ないのか?」
家の居間にて魔理沙はどっしりと座りながらそう言う。首が痛いのかさすっているが。
「生憎、侵入者に出すお茶はないよ……水ならあるけど」
「水でもいいからくれないか」
水道からガラスコップに水を注いで魔理沙の前に置いた。コップを手に持って匂いを嗅いでいる。毒なんて入れてないってば。大丈夫だったのか、一気に水を飲んだ魔理沙。ぷはぁとお酒みたいに心地の良い声がした。
「スッキリしたぜ」
「お粗末さま、で話してくれるかしら?」
「さっきから話せって煩いけど、何を話せって言うんだ」
魔理沙はお手上げのように手を顔の横でヒラヒラとする。
「私言ったじゃない、最近のこと全て話せって」
「全てって言ってもなあ……あ、そうだ」
思いついたように手を叩く魔理沙。
「……なに?」
「そういえば今日の朝、博麗神社に新聞配達に来た文が、萃香に連れられて地底に行ってたぞ」
「えっ? 文が?」
「おう。酔っぱらいの鬼に絡まれて地底に行くって言ってたぞ」
私は立ち上がる。地底に突撃してやろう! いきなりそう決心して歩き出そうとする。
「おい待て、私を逃がしてくれるんだよな?」
「忘れてた……」
「おい……」
呆れて横目て見てくる魔理沙。あはは、まあいいか、と笑いながら外に出る。
魔理沙が妖怪の山の外に出るまで一緒に飛んだ。そうして私は地底の穴に突撃するように飛び込んだ。
*
飛んでいる途中で糸があったけれど風で切りながら降りていく。途中の岩陰で何かを見たような気がしたけれど無視する。地下の地面にコツンと降りて旧都を見る。いつかのどこかの人間の営みのように見えた。ここは妖怪の楽園だけどね。
「……あら、お客様?」
声に気がついてそちらを見ると、橋のそばで金髪の髪と緑の瞳の女が腕を組んで立っていた。
えーと確か……「パルスィよ、天狗さん。何か言いたそうね」
私の思考を遮られてむっと苛立つ。思い出そうとしたのに!
「いいえ、なんでもないわ」
「貴女は誰を探しているのかしら。こんな辛気臭い地底になんてそんな用しかないのだから……ああ、妬ましいわ」
パルスィと自己紹介した女は目を細めてそう言った。
「同僚を探してるの。鬼に連れてこられたって聞いたから」
「ふうん。同僚は本当だろうけれど……まあいいわ」
パルスィは橋の向こうの旧都を指さして告げる。
「この奥の一番大きな建物に向かいなさい。その建物の前で飲み会をしているはずだから」
言った後にまた腕組みして瞳を閉じていた。
「それって地霊殿のこと?」
「早く行きなさい。同僚とやらが倒れてないと良いけれどね……」
「えっととりあえず、ありがとう!」
パルスィに言われたことで私はまた羽ばたく。
「……本当に同僚かしら。いやあれは……ああ、妬ましいわ」
瞳を閉じたままのパルスィが独り言を呟いていた。
*
旧都の空を飛ぶと色々な妖怪がいることに気がついた。普段なら見ないことばかりを今日は見ているような気がする。
そんなことを思いながら私は地霊殿についた。入口付近を見ると見慣れた姿がうつ伏せで転がっていた。
「文!?」
急いで駆けつけて、仰向けに寝転ばすと顔を赤くして伸びきっていた。
「うううん……飲みすぎた……」
「ちょっと!」
「おや、そこにいるのはたてじゃないか」
後ろから聞こえる高い声。とてつもなく後ろを振り向きたくない。首を錆び付いた機械のようにギギギとゆっくりと振り向くとそこには伊吹様がいた。
「い、伊吹様……」
「やだなあ、名前でいいって言ってるのに」
伊吹瓢を片手にケラケラと笑う伊吹様。
「そういう訳にはいきませんので……にして、ここに転がっている文はどういう事なのでしょうか」
「うんにゃ、酒を飲ませてたらもう潰れた。早いもんだね。誰か骨のあるやつはいないのかい?」
貴方様のペースに合わせたら誰でも潰れます!手加減お願いしたいですよー!心の中で私は暴れながらそう思った。やばい、このままだと私まで潰されるまで飲まされる……
「そこまでになさいな、伊吹萃香」
「なんだよさとり? 辛気臭いな」
伊吹様の後ろに立つのはここの主人の古明地さとり。どうして助け舟なんてしてくれたのだろうか。
伊吹様はさとりさんの方を見た。
「場所を貸す変わりに面倒事を持ち込まないと約束したでしょう……約束範囲外というのであればもう二度と貸しませんが。天狗を潰すだけなら問題ないと? そもそもここに天狗を寄せて欲しくないのですよ。根も葉もないあらぬ事を書かれるのは面倒です。私にとっては十分面倒事ですよ。飲む相手がいない? さっきまで勇儀がいたでしょう……そちらでも面倒事が? はあ……また上がってくるのでしょうか……ともかく射命丸文と姫海棠はたては地上に戻してください。この埋め合わせは姫海棠はたてがするらしいですから」
読心をしながらペラペラと喋るさとりさん。というか、最後、とてもつもなく面倒なことを言わなかった? まゆがピクリ上がったのをみてさとりさんはニヤリと悪そうな顔をしていた。
「それは本当かい?はたて?」
「は、はいっ。私が出せるお酒を持って次の機会に飲みましょう」
「なら、一升だけじゃなく五升ほど持ってこい、今回はそれで見逃す!」
振り返ってそう言った伊吹様は笑ってそう言った。
「ありがとうございます!」
私はさっさと文を背中におぶって歩いていく。文は背中で呻いている。余程飲んだんだろうな……私の未来も決まったようなものだけど……チラリと後ろにいるさとりさんを見るとなんかとても笑っていた。うわ腹立つ顔……あっ、読まれているんだった、まあいいか。
旧都の雑踏の中を歩いていった。
*
「ねえ〜文起きてよ〜」
がやがやとうるさい中、背中の文はぐうすかと寝ている。酔い潰れて寝る時ほど文が起きないのは知っているけれど、流石に起きて欲しい。この人混みの中背負って歩くのはきついのだから。
「はあ、起きないか……」
早歩きで歩く。無心で歩いていると出口の橋が見えてきた。コツ、コツと橋を渡りきると橋の側に立っているパルスィがこちらを見てきた。
「ありがとうパルスィ。助かったわ」
立ち止まりお礼を言った。パルスィは顔を顰めて言う。
「私にお礼なんてしない方がいいわよ。ここまで来たのなら早く帰りなさいな……」
「それでもありがとうね!また来るよ!」
「もう二度と来なくていいわよ」
縦穴に着き、バサリと私はゆっくりと羽を広げて飛び始める。
「文、大丈夫?」
背中でもぞもぞと動いているのだけれど返事は無かった。落とさないように飛ぶ。
あっという間に縦穴をくぐり抜けて地上に着いた。背負うだけだと体が固まりそうだったので一度、文を下ろしていわゆるお姫様抱っこをする。こっちの方が顔が見えていいかも。恥ずかしいことをしている自覚はあるけれど少しぐらい良いよね。
そうして私は家に向かって羽ばたいた。
*
家に着いて私が真っ先にしたのは酔い潰れた文をベッドに運ぶことだった。ベッドに放り込んで、掛布団をかけて、寝かせた。
私はベッドの側で座って文の顔を見る。すうすうと気持ちよさそうな寝息をたてて寝ている。構ってくれないので少しむっとしてほっぺを軽くつつく。ぷにぷにのほっぺは私の指を押し返した。ふふ、柔らかい。
夢中になってぷにぷにしていると文はうっすらと目を開けた。
「ううううん、ここどこ……」
「あ、起きた? 私の家よ、酔い潰れたの覚えてる?」
キョロキョロと目線で私の部屋を見ている文。
「萃香様に飲まされて……確かはたてが来たような……微妙に覚えてるような……」
うん、覚えてなさそうだね。まあいいか、私に不都合は無いし。
「とりあえず水飲む?」
「うん」
私は立ち上がってコップに水を汲みに行く。
「ほら、どうぞ」
「ありがと」
ベッドの上でふぅと一息ついて、水を飲んでいる。私は文の隣に座る。ギシッとベッドが鳴いた。文の肩にもたれかかる。飲みかけていた水を机の上に置いた文。
「どうしたのはたて?」
「ううん、なんでもない」
甘えたくなって、もたれかかったけれどこれでいいかな、なんて思って。
シン、と静寂が私たちを包む。文の体温だけが私に伝わる。言葉も何もいらない温度は安心させてくれる。
「ねえ……文」
「何、はたて?」
「好きよ……」
いつもは言わない言葉がぽろりと溢れ出る。
「知ってる」
文は笑っていた。
また静かになる。水を飲もうかなと思って机の上のコップに手を伸ばそうとすると文は私の腕を掴んでベッドの中に引っ張りこんだ。
「うわっ」
「ほら一緒に寝ましょう?」
にこにこ笑う文を見て私はため息をつく。文がこうやって笑う時はいつも一緒に寝て欲しい時なのだろうって思う。
「ふふ、いいよ」
私も笑って文の隣に寝転んだ。ぺたぺたと文のほっぺを触る。文も私のほっぺに触ってきた。ふふ、くすぐったい。
コツンと二人のおでこが当たった。
「ふふ、今日はありがとうはたて」
「どういたしまして、文。次からは気をつけてね」
「うん」
私たちは二人で笑いあった。
今日はなんてことは無かった一日、だった。
鬼に連れていかれたをわかっていても文のもとに駆け付けるはたてに熱いものを感じました