ついに暇を潰す方法が尽きた穣子が、意味もなく庭先で芋を洗っていると、誰か来た。
玄関には、ピンクと紫ともおぼつかない髪をした、少女のような妖怪が。
「どちらさ……」
言葉を、さえぎって彼女は話し始める。
「突然だけどお邪魔しますね。ああ、何もしゃべらなくて結構。私は人の心を読めますので。ふむ。『また、変なのがきた』ですか。確かにそうですね。私が地上に出ることは滅多にないですし、お互い見たこともないのですから、そう思われても当然。でも、初対面の相手にそれはちょっと失礼なのでは?」
「あ……」
「『あ、それは失礼したわね』……なるほど。素直に謝る気持ちは持ちあわせている、と。どうやらあなたは悪い人ではなさそうですね。え?『そもそも人ではないんだけど』つまり、人外ですか。『泣く子も黙る愛と勇気の豊穣神。秋穣子とは私のことよ!』へえ。神さまなんですか。それはわかりましたけど、ちょっとその名乗りは寒くないですか? 秋を通り越して冬になっちゃいますよ。まさに春夏冬(あきない)ですね」
さとりはニヤっとする。穣子はむっとして言い返そうとする。
「ちょっ……!」
「『ちょっと! アンタ失礼ね! 名を名乗りなさい!』……ああ、そういえば紹介まだでしたね。私は地霊殿の主、古明地さとりです。妹を探してここにたどりつきました」
さとりは頭を下げると、不満げな穣子を見て再び話し出す。
「……あら。『おまえなんかの妹は知らないわよ。さっさと帰れ、この性悪極悪妖怪ヤロー!』と。これはまたずいぶんな言われようですね。でも、あいにく嫌われることには慣れていますから。この程度の悪口は、痛くもかゆくもないですよ?」
さとりは意地悪そうに笑って続ける。
「『あーあ。また、めんどくさそうな奴に出会っちゃったわね。あ、そうだ! ここは姉さんに任せよう。面倒くさい奴は面倒くさい奴にぶつけるのが一番!』なるほど、あなたにはお姉さんがいらっしゃるのですか。おそろいですね。私も姉妹なので。『ほえー。そりゃ、ちょうどいいや。こいつに姉さんが、普段何を考えているのか暴いてもらおう。面白そうだし、いい暇つぶしになりそう』ですか。……あなたもなかなか悪趣味ですね。身内の心を暴いて楽しもうだなんて。と、言いますか、私は別に、この世のキレイ事を暴きに来た子猫などではないので、あなたのご期待に答えられるかどうかはわかりませんよ? まあ、それでもよいというのならば、是非その面倒くさいという、あなたのお姉様に会わせて頂きたいものですね」
穣子は、さとりを静葉のとこへ連れていく。
やはり暇を持て余していた彼女は、枯葉を粉々にして、ジグソーパズルをしていた。
「ねーさん客」
静葉が顔を出すとさとりは、彼女の顔を見つめて話し出す。
「なるほど、あなたが穣子さんの姉ですか。私は古明地さとり。地霊殿の主です。ああ、喋らなくて結構。私は人の心を読めますから」
と、早速、静葉の心を読み取る。
「『あらそれは楽でいいわ。じゃ、一切喋らないから私の心を存分に読んでちょうだい』言われなくてもそのつもりです。……なるほど。あら、私のことご存じなのですね。……ああ、あの文って天狗から聞いたと。『面白そうだから一度会ってみたかったのよ』ですか。それは光栄ですね。それで、あなたの名前は……。なるほど。『秘湯混浴刑事(デカ)エバラ』……ですか。エバラさんと呼べばいいですか? へえ、ずいぶん変わった名前なんですね。でも神さまの名前なんて、結構そんなもので……」
と、急に穣子がニヤつき出したので、さとりは彼女の心を読む。
「『こいつ。姉さんにまんまとだまされてやがんの』むむむ……。『よく覚えておきなさい。姉さんの本当の名前は、根暗枯葉大明神枯葉組組長秋静葉権現よ!』ですか。長いのには変わりないのですね。と、言いますか、前より長くなってませんかそれ。しかも、根暗な枯葉で大明神で組長で権現ってちょっとキャラ盛りすぎなのでは? オカマで元軍人のパティシエ並にもりもりですよ。このあとドリアン大暴れでもするつもりですか。それに仏さまなのか神さまなのか、はっきりして下さい。神仏習合とは言いますけど、流石にちょっと曖昧3センチすぎませんか?」
静葉が、さとりの肩を叩く。
心を読めということらしい。さとりは心を読む。
「……『あんな芋よりも私の言葉を信じなさい。私の言うことを聞いてさえいれば人生バラ色、紅葉色。静葉神のありがたいお言葉で、身長が10センチ伸びました。新しい彼女が出来ましたという感謝の言葉が雨あられよ。ほら、どうかしら。私の方があんな芋よりも、信じる価値があるでしょう。信じる者は救われる。でも信じる信じないは、あなた次第』……と、ほうほう、なかなかの信仰度のようですね。確かにあなたの方が、どちらかというと理知的な印象があります。語彙も豊富ですしね。でも、なんか御利益が安っぽいと感じるのは、気のせいでしょうか。それに利点だけをずらずら述べて、最終決定を相手に委ねるというのは、それ詐欺の手口ですよね……」
と、今度は穣子が肩を叩く。さとりは心を読む。
「なになに……『あいつなんかアウトオブ眼中して、私の言うことよーく聞け。あんな根暗大明神の言うこと聞いたら、お先真っ暗、枯葉色。引きこもりになって誰にも知れられず一生終わってしまうわよ。あんなのなんかよりも、この穣子神を信仰すれば、五穀豊穣確約するし、今なら穣子印の焼き芋セットを50名様にプレゼント! あなたの知り合いにも宣伝よろしく! 秋穣子に清き一票を!』……ですか。確かに食料を司るというのは、かなりの強みですね。ただ見返りに特典つけるのは、ちょっとうさんくさい感じもしますけどね。と、言いますか、結局はあなたのお姉さんと、発想がどっこいどっこいなのでは……?」
静葉が自分を指さす。さとりは心を読む。
「『しょせんはあなたは芋の神。格じゃなくて、物に頼る。その発想がまず貧困。まあ、仕方ないわ。痩せた土地でも芋は育つ。体ばっかり大きくなって、脳まで栄養足りていないのよ。一生、芋でも洗っていなさい。御手洗と御芋洗って漢字似てるでしょ。そうよ、御手洗(みたらし)だんごの真似でもして、いもたらしだんごでも売ったらどう。花より団子のあなたには、きっとお似合いだと思うわよ。まあ、私はそんなの絶対買わないけどね』ですか。……いもたらしだんご。案外美味しいかもしれませんけどね。多分、みたらしのように、芋餡をだんごにつけるんでしょうか。……ちょっとお腹が空いてきますね」
すかさず穣子が、我れを読めとジェスチャーを送る。
「はいはい。ええと……『何よっ! このっ……枯葉っ!』……な、なんか急に短くなりましたね。もしかしてネタ切れですか?」
更に静葉が、首を横に振って合図を送る。さとりは読む。
「『うるさいわよ。この、芋』……って、私を通して姉妹ゲンカしないで下さい! 私は伝言役じゃないですよ!?」
たまらず穣子と静葉は笑い出す。さとりはジト目で二人をにらみながら告げる。
「まったく……。私をもてあそぶなんて……! 絶対あなたたちの信仰なんかしませんよ……!」
「ごめんねー? ついつい面白くって。でも喋らないで相手に伝わるって便利ねー。余計なことも伝わっちゃうけどーそれも楽しいわー!」
さとりは、ノーテンキな穣子を無視して、静葉の心を読む。
「『そう言えばあなたには妹がいたはずよね』……そうです。そうです。その妹を探してここにたどり着いたんです。あなたたちのせいで忘れかけてましたよ。『妹さんの名前は何だっけ。あ、思い出したわ。そうそう、古明地こんぺいとう』……って、違います! 人の妹を砂糖の塊にしないで下さい。嫌ですよ。そんな甘ったるそうな妹」
「そうよ。姉さん。人の名前間違えるなんて失礼よ。妹の名前は古明地こふきいもよ!」
「それも違います! 勝手に人の妹をあなたの隷属にしないでください!」
「……え? だってあなたの名前、確か、古明地さといもでしょ?」
「さとりですよ!? さっき名乗ったばかりじゃないですか。もう忘れたんですか!? もしかして、あなた本当に頭も芋なんですか?」
静葉が合図する。さとりは心を読む。
「『全く……。穣子ったら、人の名前間違えるなんて最低よね』……って、あなたも私の妹を砂糖菓子にしましたよね?」
「あら、そうだったかしら」
そう言って静葉は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「あ。姉さん、今日初めて喋ったわねー!」
「あら、うっかり喋っちゃったわ。喋る気なかったのに」
二人のやりとりを見ていたさとりは、ため息をつくと言い放つ。
「……もういいです。疲れたので、私、帰ります。妹もいないし。まったくムダ骨でした」
「あら、残念ね。もう少しあなたと遊びたかったのに」
「あいにく、私は暇じゃありませんから。あなたとは違うんです」
と、さとりは、とっとと帰ろうとする。そこを穣子が呼び止める。
「ほら、せっかくだから、これ持ってきなさいよ!」
穣子は、布袋一杯の新じゃがを差し出す。
「……なんですかこれ。なんのつもりですか? 私にプレゼントなんて、一体何を企んでるんですか……? ひょっとして袖の下? もしや、私に取り繕って、地底にも信仰を深めようとしているとか。なんて姑息な神さまでしょうか」
「……あんたねえ。どんだけ考えスレてんのよ。知りたかったら心読めば?」
さとりはジト目で穣子の心を読む。
「……『まあ、なんだかんだせっかく家に来てくれたんだし、いい暇つぶしにもなったし、面白かったし、芋くらいいくらでもやるわよ。それに、これであんたとも縁が出来た。これでまた私の友達が一人増えたってことよ! うん、今日はいい日!』ですか」
「皆まで言うな!」
さとりはこっぱずかしそうにしている穣子を、ニヤニヤしながら見つめる。
「……では、ここは大人しく、芋神さまのご厚意にあずかることにいたしますね」
「いいから、はよ帰れ! あと、妹さんによろしく言っときなさいよ!」
「ええ、言われなくてもそのつもりです。それでは失礼いたしました。穣子さん。根暗枯葉大明神枯葉組組長秋静葉権現さん」
さとりは一礼すると、布袋を引きずりながら去って行った。
穣子が呟く。
「……あいつ結局姉さんの本当の名前知らないままだったね」
「ま、いいわ。どうせそのうちわかるでしょう」
「それもそーね……」
と、穣子は浮かない顔をして告げる。
「そういえばさー。なんかさっきから、ずーっと何かの気配を感じるのよねー」
「あら、穣子もだったの。奇遇ね。私もよ」
「……気になるよね。姉さん」
「……気になるわね。穣子」
二人はお互いの顔を見つめる。
「……んでも、まあ」
「きっと気のせいね」
「そーね!」
そして二人は、それぞれの部屋へ戻っていってしまった。
――その夜の地霊殿
食卓には、ポテトサラダにポテトチップスにポテトフライにポテトスープなどのポテト料理が、これでもかというほど乗せられていた。
空が思わず声を上げる。
「うわー!? さとり様!? 何ですかー!? このポテト料理!? フルコース!?」
「ええ。ちょっと色々あって。お芋を沢山もらったのよ」
燐も続く。
「なんかさとり様、機嫌良さそうですけど、何かいいことでもあったんですか?」
「さすが、お燐。鋭いわね。でも秘密よ」
「お姉ちゃん昼間、秋神さんの家に行ってたんだよねー」
「そうそう……って、こいし!? あんたいつの間に帰ってきてたの!」
「えー? ずーっといたよー? ずーっといたのに、誰も気付いてくれなかったのよー。ね? さといもお姉ちゃん!」
こいしは、ふわふわとした笑みを浮かべている。
呆れた様子でさとりが言う。
「……あんたやっぱりあの家にいたのね……!?」
「えー!? なになにー!? さといもってー!?」
「ねえねえ、こいし様! 良かったらその話、詳しく聞かせて下さいよー!」
「こら、二人とも! そんなの聞かなくていいから!」
「うん、いいよー! もう忘れちゃったけどー」
「あんたも余計なこと言わなくていいから……! ほら、早く食べないと料理冷めちゃうわよ!」
こいしの考えてることだけは本当にわからない。そう思いつつも、あの場に彼女がいた事を知って、どこか嬉しそうなさとりだった。
玄関には、ピンクと紫ともおぼつかない髪をした、少女のような妖怪が。
「どちらさ……」
言葉を、さえぎって彼女は話し始める。
「突然だけどお邪魔しますね。ああ、何もしゃべらなくて結構。私は人の心を読めますので。ふむ。『また、変なのがきた』ですか。確かにそうですね。私が地上に出ることは滅多にないですし、お互い見たこともないのですから、そう思われても当然。でも、初対面の相手にそれはちょっと失礼なのでは?」
「あ……」
「『あ、それは失礼したわね』……なるほど。素直に謝る気持ちは持ちあわせている、と。どうやらあなたは悪い人ではなさそうですね。え?『そもそも人ではないんだけど』つまり、人外ですか。『泣く子も黙る愛と勇気の豊穣神。秋穣子とは私のことよ!』へえ。神さまなんですか。それはわかりましたけど、ちょっとその名乗りは寒くないですか? 秋を通り越して冬になっちゃいますよ。まさに春夏冬(あきない)ですね」
さとりはニヤっとする。穣子はむっとして言い返そうとする。
「ちょっ……!」
「『ちょっと! アンタ失礼ね! 名を名乗りなさい!』……ああ、そういえば紹介まだでしたね。私は地霊殿の主、古明地さとりです。妹を探してここにたどりつきました」
さとりは頭を下げると、不満げな穣子を見て再び話し出す。
「……あら。『おまえなんかの妹は知らないわよ。さっさと帰れ、この性悪極悪妖怪ヤロー!』と。これはまたずいぶんな言われようですね。でも、あいにく嫌われることには慣れていますから。この程度の悪口は、痛くもかゆくもないですよ?」
さとりは意地悪そうに笑って続ける。
「『あーあ。また、めんどくさそうな奴に出会っちゃったわね。あ、そうだ! ここは姉さんに任せよう。面倒くさい奴は面倒くさい奴にぶつけるのが一番!』なるほど、あなたにはお姉さんがいらっしゃるのですか。おそろいですね。私も姉妹なので。『ほえー。そりゃ、ちょうどいいや。こいつに姉さんが、普段何を考えているのか暴いてもらおう。面白そうだし、いい暇つぶしになりそう』ですか。……あなたもなかなか悪趣味ですね。身内の心を暴いて楽しもうだなんて。と、言いますか、私は別に、この世のキレイ事を暴きに来た子猫などではないので、あなたのご期待に答えられるかどうかはわかりませんよ? まあ、それでもよいというのならば、是非その面倒くさいという、あなたのお姉様に会わせて頂きたいものですね」
穣子は、さとりを静葉のとこへ連れていく。
やはり暇を持て余していた彼女は、枯葉を粉々にして、ジグソーパズルをしていた。
「ねーさん客」
静葉が顔を出すとさとりは、彼女の顔を見つめて話し出す。
「なるほど、あなたが穣子さんの姉ですか。私は古明地さとり。地霊殿の主です。ああ、喋らなくて結構。私は人の心を読めますから」
と、早速、静葉の心を読み取る。
「『あらそれは楽でいいわ。じゃ、一切喋らないから私の心を存分に読んでちょうだい』言われなくてもそのつもりです。……なるほど。あら、私のことご存じなのですね。……ああ、あの文って天狗から聞いたと。『面白そうだから一度会ってみたかったのよ』ですか。それは光栄ですね。それで、あなたの名前は……。なるほど。『秘湯混浴刑事(デカ)エバラ』……ですか。エバラさんと呼べばいいですか? へえ、ずいぶん変わった名前なんですね。でも神さまの名前なんて、結構そんなもので……」
と、急に穣子がニヤつき出したので、さとりは彼女の心を読む。
「『こいつ。姉さんにまんまとだまされてやがんの』むむむ……。『よく覚えておきなさい。姉さんの本当の名前は、根暗枯葉大明神枯葉組組長秋静葉権現よ!』ですか。長いのには変わりないのですね。と、言いますか、前より長くなってませんかそれ。しかも、根暗な枯葉で大明神で組長で権現ってちょっとキャラ盛りすぎなのでは? オカマで元軍人のパティシエ並にもりもりですよ。このあとドリアン大暴れでもするつもりですか。それに仏さまなのか神さまなのか、はっきりして下さい。神仏習合とは言いますけど、流石にちょっと曖昧3センチすぎませんか?」
静葉が、さとりの肩を叩く。
心を読めということらしい。さとりは心を読む。
「……『あんな芋よりも私の言葉を信じなさい。私の言うことを聞いてさえいれば人生バラ色、紅葉色。静葉神のありがたいお言葉で、身長が10センチ伸びました。新しい彼女が出来ましたという感謝の言葉が雨あられよ。ほら、どうかしら。私の方があんな芋よりも、信じる価値があるでしょう。信じる者は救われる。でも信じる信じないは、あなた次第』……と、ほうほう、なかなかの信仰度のようですね。確かにあなたの方が、どちらかというと理知的な印象があります。語彙も豊富ですしね。でも、なんか御利益が安っぽいと感じるのは、気のせいでしょうか。それに利点だけをずらずら述べて、最終決定を相手に委ねるというのは、それ詐欺の手口ですよね……」
と、今度は穣子が肩を叩く。さとりは心を読む。
「なになに……『あいつなんかアウトオブ眼中して、私の言うことよーく聞け。あんな根暗大明神の言うこと聞いたら、お先真っ暗、枯葉色。引きこもりになって誰にも知れられず一生終わってしまうわよ。あんなのなんかよりも、この穣子神を信仰すれば、五穀豊穣確約するし、今なら穣子印の焼き芋セットを50名様にプレゼント! あなたの知り合いにも宣伝よろしく! 秋穣子に清き一票を!』……ですか。確かに食料を司るというのは、かなりの強みですね。ただ見返りに特典つけるのは、ちょっとうさんくさい感じもしますけどね。と、言いますか、結局はあなたのお姉さんと、発想がどっこいどっこいなのでは……?」
静葉が自分を指さす。さとりは心を読む。
「『しょせんはあなたは芋の神。格じゃなくて、物に頼る。その発想がまず貧困。まあ、仕方ないわ。痩せた土地でも芋は育つ。体ばっかり大きくなって、脳まで栄養足りていないのよ。一生、芋でも洗っていなさい。御手洗と御芋洗って漢字似てるでしょ。そうよ、御手洗(みたらし)だんごの真似でもして、いもたらしだんごでも売ったらどう。花より団子のあなたには、きっとお似合いだと思うわよ。まあ、私はそんなの絶対買わないけどね』ですか。……いもたらしだんご。案外美味しいかもしれませんけどね。多分、みたらしのように、芋餡をだんごにつけるんでしょうか。……ちょっとお腹が空いてきますね」
すかさず穣子が、我れを読めとジェスチャーを送る。
「はいはい。ええと……『何よっ! このっ……枯葉っ!』……な、なんか急に短くなりましたね。もしかしてネタ切れですか?」
更に静葉が、首を横に振って合図を送る。さとりは読む。
「『うるさいわよ。この、芋』……って、私を通して姉妹ゲンカしないで下さい! 私は伝言役じゃないですよ!?」
たまらず穣子と静葉は笑い出す。さとりはジト目で二人をにらみながら告げる。
「まったく……。私をもてあそぶなんて……! 絶対あなたたちの信仰なんかしませんよ……!」
「ごめんねー? ついつい面白くって。でも喋らないで相手に伝わるって便利ねー。余計なことも伝わっちゃうけどーそれも楽しいわー!」
さとりは、ノーテンキな穣子を無視して、静葉の心を読む。
「『そう言えばあなたには妹がいたはずよね』……そうです。そうです。その妹を探してここにたどり着いたんです。あなたたちのせいで忘れかけてましたよ。『妹さんの名前は何だっけ。あ、思い出したわ。そうそう、古明地こんぺいとう』……って、違います! 人の妹を砂糖の塊にしないで下さい。嫌ですよ。そんな甘ったるそうな妹」
「そうよ。姉さん。人の名前間違えるなんて失礼よ。妹の名前は古明地こふきいもよ!」
「それも違います! 勝手に人の妹をあなたの隷属にしないでください!」
「……え? だってあなたの名前、確か、古明地さといもでしょ?」
「さとりですよ!? さっき名乗ったばかりじゃないですか。もう忘れたんですか!? もしかして、あなた本当に頭も芋なんですか?」
静葉が合図する。さとりは心を読む。
「『全く……。穣子ったら、人の名前間違えるなんて最低よね』……って、あなたも私の妹を砂糖菓子にしましたよね?」
「あら、そうだったかしら」
そう言って静葉は、ニヤリと笑みを浮かべる。
「あ。姉さん、今日初めて喋ったわねー!」
「あら、うっかり喋っちゃったわ。喋る気なかったのに」
二人のやりとりを見ていたさとりは、ため息をつくと言い放つ。
「……もういいです。疲れたので、私、帰ります。妹もいないし。まったくムダ骨でした」
「あら、残念ね。もう少しあなたと遊びたかったのに」
「あいにく、私は暇じゃありませんから。あなたとは違うんです」
と、さとりは、とっとと帰ろうとする。そこを穣子が呼び止める。
「ほら、せっかくだから、これ持ってきなさいよ!」
穣子は、布袋一杯の新じゃがを差し出す。
「……なんですかこれ。なんのつもりですか? 私にプレゼントなんて、一体何を企んでるんですか……? ひょっとして袖の下? もしや、私に取り繕って、地底にも信仰を深めようとしているとか。なんて姑息な神さまでしょうか」
「……あんたねえ。どんだけ考えスレてんのよ。知りたかったら心読めば?」
さとりはジト目で穣子の心を読む。
「……『まあ、なんだかんだせっかく家に来てくれたんだし、いい暇つぶしにもなったし、面白かったし、芋くらいいくらでもやるわよ。それに、これであんたとも縁が出来た。これでまた私の友達が一人増えたってことよ! うん、今日はいい日!』ですか」
「皆まで言うな!」
さとりはこっぱずかしそうにしている穣子を、ニヤニヤしながら見つめる。
「……では、ここは大人しく、芋神さまのご厚意にあずかることにいたしますね」
「いいから、はよ帰れ! あと、妹さんによろしく言っときなさいよ!」
「ええ、言われなくてもそのつもりです。それでは失礼いたしました。穣子さん。根暗枯葉大明神枯葉組組長秋静葉権現さん」
さとりは一礼すると、布袋を引きずりながら去って行った。
穣子が呟く。
「……あいつ結局姉さんの本当の名前知らないままだったね」
「ま、いいわ。どうせそのうちわかるでしょう」
「それもそーね……」
と、穣子は浮かない顔をして告げる。
「そういえばさー。なんかさっきから、ずーっと何かの気配を感じるのよねー」
「あら、穣子もだったの。奇遇ね。私もよ」
「……気になるよね。姉さん」
「……気になるわね。穣子」
二人はお互いの顔を見つめる。
「……んでも、まあ」
「きっと気のせいね」
「そーね!」
そして二人は、それぞれの部屋へ戻っていってしまった。
――その夜の地霊殿
食卓には、ポテトサラダにポテトチップスにポテトフライにポテトスープなどのポテト料理が、これでもかというほど乗せられていた。
空が思わず声を上げる。
「うわー!? さとり様!? 何ですかー!? このポテト料理!? フルコース!?」
「ええ。ちょっと色々あって。お芋を沢山もらったのよ」
燐も続く。
「なんかさとり様、機嫌良さそうですけど、何かいいことでもあったんですか?」
「さすが、お燐。鋭いわね。でも秘密よ」
「お姉ちゃん昼間、秋神さんの家に行ってたんだよねー」
「そうそう……って、こいし!? あんたいつの間に帰ってきてたの!」
「えー? ずーっといたよー? ずーっといたのに、誰も気付いてくれなかったのよー。ね? さといもお姉ちゃん!」
こいしは、ふわふわとした笑みを浮かべている。
呆れた様子でさとりが言う。
「……あんたやっぱりあの家にいたのね……!?」
「えー!? なになにー!? さといもってー!?」
「ねえねえ、こいし様! 良かったらその話、詳しく聞かせて下さいよー!」
「こら、二人とも! そんなの聞かなくていいから!」
「うん、いいよー! もう忘れちゃったけどー」
「あんたも余計なこと言わなくていいから……! ほら、早く食べないと料理冷めちゃうわよ!」
こいしの考えてることだけは本当にわからない。そう思いつつも、あの場に彼女がいた事を知って、どこか嬉しそうなさとりだった。
さすがはゴッド、覚妖怪にも動じない