Coolier - 新生・東方創想話

布都ラベル

2022/06/03 01:30:11
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『旅に出ます。探さないでくだされ』
 そう書き残した布都が失踪してから、3日後の事であった。

「物部布都、ただいま戻りましたぞ!」
 布都は両手いっぱいの手提げ袋と共に神霊廟へと帰還したのであった。

「早すぎる。お前には失望したよ」
 開口一番、辛辣な言葉を発したのは布都が誰よりも敬愛する聖徳王、豊聡耳神子である。布都の方を見向きもせず、鈴瑚屋謹製のみたらし団子を一つ頬張ると、少々冷めた緑茶をたっぷりとすすった。
「賭けはやはり私の勝ちでしたね。明日はスキヤキでお願いしますわ」
「すきやきー! すきー!」
 3日も経てば寂しくて帰ってくるだろうと予想していた邪仙の霍青娥が、串を片手に勝ち誇る。肉が食えると聞いて盛り上がっているのはお供のキョンシー、宮古芳香だ。
「お前の分の晩飯は考慮してないぞ。あと4日ぐらいその辺ぶらついてこい」
 流石に1週間は耐えるだろうという期待を裏切られた怨霊、蘇我屠自古は野良猫でも追い払うかのように手を振った。今日の夕餉はたけのこの炊き込みご飯を予定していた。布都は居ないものとして分量を決めていたので必然的に飯抜きだ。ちなみにだが、神子の予想は1ヶ月だった。側近を過信しすぎたようである。

「……ふんぎぁー! もっと心配してくれんと、この酒瓶を床に叩きつけるぞ! べったべたじゃぞ! 掃除が面倒じゃぞ!?」
 洗ってない依神紫苑よりも酷い扱いをされたと感じた布都が、袋に詰めていたお土産を突き出す。地底で作られた秘蔵酒、鬼殺し・零。アルコール度数が高すぎて、蓋を開けたらさっさと飲まないと自然発火するとまで言われた問題作だ。もはや火炎瓶である。
「ああもう、ごめんって。お前が居ない神霊廟は賑やかしが減って退屈だったとも。ほら、ちょうど一本残ってるからこちらに来なさい」
 神子は最後のみたらし団子と座布団の1枚を指差した。導かれるがままにそそくさと座った布都は、団子の一つを頬張って満面の笑みを浮かべた。
「やはり、我が家が一番ですなぁ……」
 つい数十秒前までアウェーだった場所のど真ん中で、淹れてもらったばかりの熱々の緑茶に口を付ける。まさに実家のような安心感。もっとも、布都の実家は1400年前に自分で滅ぼしたのだが。

「……で、何でまた急に家出なんかしたんだよ。帰るつもりがあったんならいつ頃か書いておけよな。誰が飯作ってると思ってんだ」
「家出では無いわ阿呆の屠自古め。千年の眠りから目覚めた我は日ノ本の国の現在を何も知らぬだろう。だから見識を深める為の旅に出ようと思ってじゃな……」
「幻想郷の結界に阻まれちゃって、仕方ないから地底の温泉にでも行ってきたのよね?」
「……左様です」
 邪仙は何でもお見通し。そうでなくとも、やけにつやつやした肌や手土産のラベルを見れば一目瞭然である。
「あの程度の結界も越えられないようでは修行が足らないな。だが、越えようとした意気込みは素直に褒めよう。私もまだ踏ん切りが付かなくてね」
「オカルト異変の時に少しだけご覧になられたでしょうが、今の都はあの様ですものね。無理もありませんわ」
 明治から百年余り、その間の文明レベルの変化はずっと世界を見てきた青娥ですら驚きのものだった。ましてや飛鳥時代しか知らない神子や布都にとっては異世界に等しいだろう。
「それもあるし、あの学生の反応を見る限り今の世に皇家など必要とされていないのだろう。理解はしているがあまり直視したくはない」
「民草などそんなものですよ。今の聖徳太子の知識なんて、冠位十二階と十七条憲法の人といったぐらいかしら」
「それとぉ、飛鳥文化アタックのなー!」
 芳香は畳の上で前転を試みたが、体が硬すぎて無理だった。
「飛鳥……なんだって?」
「気になるなら後で本をお貸ししますよ。まあ何と言いますか、織田様とか独逸の方とか、下手に名を残すと後世の人間は好き勝手に弄くり回すものでして。教科書に顔が載ろうものなら落書きされるのが常ですし」
「うむ、知りたくない。そういった知識は青娥の所で留めておくように」
 知るべき知識と知らない方が幸せな知識、どちらが多いかと言えば現代は圧倒的に後者である。全知全能を目指す者にとっては酷な現実だ。

「与太話は置いといて、旅行してちょっとは得られたものでもあったのか? 今のお前はただ温泉に入って酒買ってきた奴でしかないぞ」
「我の時代には温泉旅館も無かったからのう、十分新鮮ではあったぞ。地底の食事も所詮は下衆だがまあ食える味じゃった」
「下衆と言えば下衆だけど、飛鳥時代の食事よりだいぶ美味しかったと思うわよ、娘々的には」
「むう、私には油が多すぎました。もっとさっぱり『へるしー?』な方が好みですな、私的には」
 昔と現代の食事で大きな違いと言えば、やはり脂肪分である。例えばマグロなども、江戸時代には脂ばかりのマズい魚として扱われていた過去があった。
「毒も薬も喰らって己が糧とする。それがうちの食育方針だから好き嫌いは減らしなさいね」
「……それは、辰砂で夭逝しかけた私への皮肉かな?」
 神子は湯呑を置き、薄目で青娥の表情に注視した。
「あらあらとんでもない。獅子は我が子を千尋の谷に突き落とすと申しまして、結果的に仙人にはなれたのだからオーライ……では駄目ですか?」
「落ちかけたのは谷ではなく地獄だし、貴女は獅子でもない。鷹を生んだ鳶ではあると言えますがね」
「そこで自信を持ってご自分を鷹と言えるのは流石と申しておきましょうか」
 神子も青娥も、共に乾いた笑い声を上げた。彼女らはこの薄氷を踏むかのような会話が楽しいのである。
「……あの、私が得られたものの話に戻って良いですかな?」
「あらどうぞどうぞ。ごめんなさいね、布都ちゃん」
 聖徳王と壁抜けの邪仙、どちらも我が強く弁の立つ二人であるので、放っておくとどんな話にも割り込んで主軸を奪いがちだ。
「ええと、温泉は心地良かったですし、地底の鉱石に照らされた景色は中々に感動的なものでした。喧嘩を売ってきた鬼どもも、殴り合いが終われば気の良い奴らでしたな。ですがどんな時にも私には常に虚しさが付き纏っていたのです」
「ふむ、その心は?」
「その時の心情を誰とも共有できぬ寂しさ、でしょうな。我が横には常に太子様や屠自古が居りました故」
「確かにお前は常に私の傍らに居てくれたよ。だが仙人とは山に籠もり、ひたすら道の探究に明け暮れる孤高の存在こそが古来よりの姿なのだぞ」
「そうかもしれませぬが、太子様にお仕えする事が私の生き甲斐でしたから」
 布都の忠臣ぶりは、神子から実験台になれと言われれば迷わず尸解の儀式を受け入れた事からも伺える。しかし共に仙人となった今、二人にはそれぞれの道が出来てしまった。
「でもね、今は仙人だってSNSもする時代です。いつまでも古臭い仙人の姿に拘る必要はないんじゃないかしらね」
 青娥はこれ見よがしに懐からスマホを取り出した。こんな薄い板に人類の叡智が詰まっている。仙人でもこのような物は生み出せない。
「……本当に青娥は邪仙だねえ」
 神子がぽつりと呟いた。彼女が目指す道とは対極の存在が青娥である。それ故に、神子が己の道を見失うことはない。反面教師呼ばわりされる青娥だが、反面でも教師は教師なのだ。

「まあつまりですな、一人旅は我の性に合わぬ。それが今回の旅で得られた教訓です」
 布都は自信満々に言い放ち、串の一番下の団子に口を付けた。
「……旅に出る前に気付けよ」
「しょーもない!」
 屠自古、芳香の両名から野次が飛ぶ。普段から布都の扱いが悪いといっても、いきなり失踪されて何とも思わないほど薄い人生を共にしていない。特に布都の独断によって大きく人生を狂わされた屠自古は。
「ですから、次に旅に出る時は必ず他の誰かを誘うことにします。太子様でも、屠自古でも、青娥殿と芳香でも」
「ああ、最初からそうしたまえ。私にすら相談しないとは本当に水臭い」
「場所の候補なんていくらでもあるんですからね。貴方がたが眠っていた間に、ガイドブックも山ほど貯まってたんだから」
 青娥が幻想郷外の地名を口にしたのを皮切りに、また取り止めのない話が始まった。

 仙人に怨霊にキョンシー。人間らしい人間など誰一人と居ない集まりだが、その心は紛れもなく人のものだ。いや、皮肉にも死によって生前のしがらみを断ち切れたからこそ、千年の時を経た今になって人の生を謳歌できるのである。
 道はそれぞれ別の方向を向いていても、皆の帰る場所は一つに決まっている。神霊廟がそこにある限り。
神子「ジャージ姿の聖徳太子……?」
石転
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コメント



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3.90奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
4.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。いい関係性ですね……
5.100サク_ウマ削除
ノリが良くて心地良い話でした。良かったです。
7.100ヘンプ削除
出オチから最後まで面白かったです!
8.100Actadust削除
怒涛のテンポの良さ、本当に好き。
9.100南条削除
面白かったです
4行で帰ってきた布都が最高のテンポでした
10.90名前が無い程度の能力削除
登場人物キャラの個性がたっていて良かったです!テンポもよく楽しめました!
11.100へっぽこプレイヤー削除
しれっと鬼と渡り合っている布都…!
大変面白かったです。特に青娥と神子の掛け合いに惹かれました。