Coolier - 新生・東方創想話

暖かな太陽で照らして

2022/06/02 23:59:05
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 「お空、早く出ていきなさい」
「嫌です!なんでそんなこと言うんですか、さとりさまぁ!」
「面倒だからに決まってるでしょう。ほら、仕事の邪魔をしないで」
「うわーん。さとり様のばかー!わからずやー!」
地霊殿に叫び声が轟く。巨体に似合わない童女のような泣き声を響かせながら、空はドアを突き破って部屋を飛び出していった。残されたさとりはやれやれと肩を竦める。

「私を分からず屋だなんて、まったく」
「あーあ。おねえちゃん、ひどーい」
突如背後から掛けられる声。が、特に反応を示すことなく、さとりは淡々と返事をする。
「おかえり、こいし。私は何もひどいことなんてしてないわ」
「お空を追い出したじゃん。あのまま本当に帰ってこなくなっても知らないよ?」
いたずらっぽく非難の色を示すこいし。言われっぱなしなのも癪だったので、さとりは事情を説明する。
「……こいし、間欠泉センターの方には行った?」
むむむ、と唸るこいし。やがて何かを思い出したのか、頭上にぴこんと電球を咲かせる。
「あぁ、そういえば炎が止まってた。だからおねえちゃんがサボったお空を叱ったんじゃないの?」
「違う、その逆。あなたはお空のことを何も分かってない。やっぱり瞳を閉じたりしなきゃ良かったのよ」
こいしはうんざりといった風に首を振る。
「はいはい、今のは私が悪かったわ。ワーカーホリックなあの子がサボるなんてありえないよね。それじゃあ何があったの?」
「何者が融合炉の炎を消して、それをお空が処理したのよ」
空の報告(というよりほとんどは読心による情報だが)によると、融合炉に突如大量の水が流入、同時に複数の侵入者を確認したので、単独でそれを対処したとのことだった。
「それを何で怒るのさ」
こいしが問いかける。
「私は怒ってなんてないわ。融合炉が停止することなんて滅多にないから、この機会に点検しましょうって提案したの。それにあの子、ここしばらく働き詰めだったでしょう?だからその間お空に休暇を出したら、何故か怒りだしちゃったのよ」
 訳が分からないわ、という風に肩を竦めるさとり。こいしはそれを信じられないものを見る目で見つめる。空の表情を見れば、彼女が真に欲している物なんて丸わかりなのに。

「……なんにも分かってないのはおねえちゃんの方じゃん」


         ♢

 その頃、地上は地獄の様相を呈していた。
 人里の往来のど真ん中で、巨大な羽を隠そうともせず泣き喚く妖怪少女。それが目立たない訳がなく、人々はどよめきざわめき、瞬く間にうわさは広まって、里じゅうが混乱の渦に巻き込まれることになった。
 「うわーん。さとりさま、なんでー!」
大声で泣き叫ぶ少女。ある者は遠巻きに奇異の目を向け、またある者達は影で耳打ちをする。誰もが関わるのはごめんだと、無視を決め込む。そして、私もそのうちの一人であった。
「えぐっ。さとりさま、怒ってた。完璧に仕事できなかったから、要らなくなっちゃったのかな。そうだ、きっとそうなんだ。えーん!」
泣き声だけで、家の戸がかたかたと揺れる。このまま放っておくだけでも、いずれ被害が出かねない。が、私には関係のない話。
「厄介ごとはごめんだわ」
巻き込まれる前に、早々に里を去ろうと決心する。目立たないように人込みを避け、笠を深く被りなおした。

「あ、そうだ。地上を焼き尽くせば、さとりさま褒めてくれるよね。そうだよね!よーし、そうと決まれば!いっせーの」
「ちょっと待てぇー!?」

無理だった。あいつのいかれた思考回路のことを忘れていた。
右腕の制御棒にエネルギーを溜め始めた空の後頭部に、思い切り回し蹴り。
「いたぁ!なによ、邪魔しないで!今からここら一帯を焼け野原にするんだから!」
「あぁ、それなら良いか。って言うわけないでしょ!?いいからこっち来なさい!」
全力で腕を引く。しかし身体の大きさが違う上に鈍重な装飾を身に付けた空は、私の細腕如きではびくともしない。
「なんで邪魔するのー!そうだ、あなたもわたしを役立たずって罵るつもりなんだ。絶対そうなんだー!びえーん!」
ますます大声で泣き喚く空。どんどん集まる人々。往来のど真ん中で私たちは、好奇の目に晒される。
「あぁもう、どうしてそうなるのよ!?いいから動いて、ほらお団子あげるから!」
泣き声がぴたりと止み、うるんだ瞳でこちらを見上げる空。
「ぐすっ。お団子くれるの?」
「あげる、いくらでもあげるから!だからお願い、これ以上目立たないで……」
おかしいな、なんだか私の方が泣けてきた。
「ありがとう、お団子の人!」
 差し出したみたらし団子を、無邪気に頬張るお空。私はそれを無理やり引きずって、人込みから引き離す。
 私はきりきりと痛む胃を抑えながら、ようやく衆目から脱することができたのだった。

「はぁ。なんで、地獄烏が人里にいるのよ?」
 里のはずれ、とある森の中。私は空を連れて、逃げ込むようにここに転がり込んだ。件の空はというと、相変わらず能天気に団子を頬張っては顔をほころばせている。さっきの涙はどこにやったと言わんばかりの豹変ぶり。
 彼女は私の質問に対し、首をかしげる。
「うにゅ?わたし、地獄烏だって言ったっけ?」
「あのね、鳥頭にも程がある、ってそうか。これを被ってるから分かんなかったのか」
私は目深に被った笠を脱ぐ。団子にまとめられた紫の髪と、白い二つの耳が露わになる。
「これでわかるでしょ」
「あ、いつぞやの月兎。核よりすごいエネルギー、はやく教えてよ」
「なんでそんなことは覚えてるの……?」
こいつに会うのは天人の神社倒壊騒ぎ以来?ともかく大分前のことである。それなのに、私の顔を見た途端に、データを読み込んだみたいに記憶を取り戻す空。先程の理論飛躍と言い、いまいち思考が読めない奴である。
「それよりも、さっきのあれ。どういうことか説明してもらうわよ」
「あれってなに?」
空はぽかんとした表情で尋ねてくる。どうやら本気で分かっていない。
「あーもう!さっきまで里で暴れてたでしょ、その理由!」
やっぱり鳥頭なだけの気がしてきた。
「そういってくれないと分かんないよ。えっと、それはね……」
突然、感情が逆流してきたかのように、わんわんと泣き出す空。
「う。あのね、さとりさまがね!」
泣きじゃくりながら、ここにいる経緯を語る空。彼女は地霊殿の主に追い出されたと言っている。
覚り妖怪の妹の方には何度か遭遇しているが、あれの姉か……。あの狂った妹を放置するのだ。まぁ碌な奴じゃないんだろうな。
(他人の家庭事情に首を突っ込む気は無いんだけど……あぁ、面倒なことになったなぁ)
だけどこんなところに放っておくわけにもいかないし、なにより放っておけば何をしでかすか分からない。天を見上げ、大きくため息を吐く。
「仕方ない、落ち着くまで家に来なさい。師匠には私からお願いしてあげるから」
お空は顔を輝かせて、私に縋りついてくる。
「本当!?優しいのね、兎!」
「兎はやめて。私には鈴仙・優曇華院・イナバって立派な名前があるの」



「ただいまです、ししょう……師匠?」
迷いの竹林の奥深く、永遠亭。数人の月の民とたくさんの兎が隠れ住む館である。
「あ、鈴仙がいっぱい!」
周囲をぴょこぴょこ跳ねるイナバを追い回して、無邪気に喜ぶ空。
「何を言っている?もしかして、こいつらと私の見分けがつかないの?」
「うーん、巫女の見分けもつかないからなー」
前言撤回、こいつはただの馬鹿だ。というよりカテゴリ分けが機械的過ぎて、物の区別がついていないのか。
私はその辺のイナバを抱え上げ、それを指して説明する。
「流石にこれと私の違いは分かるでしょ?大きさとか」
「そうね、小さいのは鈴仙じゃないのか。じゃああれは鈴仙?」
お空が指をさす。その先には私より小柄な、だが確かに人型をした兎の姿。
「あー、あれは因幡てゐ。似てるかもしれないけど私じゃない」
「ふーん。でも同じイナバだよね?」
「そうなんだけどさ……」
こいつと話してると頭が痛くなる。
 私は空との会話を切り上げ、てゐに声をかける。
「ねぇてゐー、師匠はどこにいるか知らない?」
さっき声をかけたが、返事がなかったことにを伝える。それに対し、てゐから意外な答えが返ってくる。
「お師匠なら、今来客の相手をしてるよー」
「来客?師匠自ら相手してるんだったら、サグメ様とか?」
白い羽根を携えた無表情な女性を頭に思い浮かべる。彼女は最近、定期的に地上を訪れては師匠と小難しい話をしている。私個人としては、あの人は少し苦手である。何言ってるのかよく分からないし。
 「ねぇ、鈴仙。さっき誰と話してたのさ?」
てゐの声で我に返る。だが、質問の意図が良く分からない。彼女の位置からではよく見えないのかしら。
「誰って、見えないの?ほらここに、馬鹿みたいにでっかい……あれ?」
 異変に気付く。
愚かだった。あんなまともじゃない奴、一瞬でも目を離すべきじゃなかった。
忽然と消えた巨体。開け放たれた門。慌てふためくイナバ達。

「どこに行ったあいつ!?」

          ♢

 屋敷の中では、八意永琳が来客と向かい合っていた。
「……なるほど。月の都の復興はほぼ完了したと」
元月の賢者である彼女は、未だ月の動向について把握しておく必要がある。そのために親密な者との定期的な意見交換を行っていた。
「えぇ、八意さま。保守派の奴らがうるさく意見してきましたが、サグメ様の助力もあり、それらの意見は一蹴されました」
その言葉に、永琳は額に手を当てため息を吐く。
「はぁ。サグメには敵ばかり作らず、仲間も増やすように伝えておいて」
「善処します。それと、月都の防衛についてですが」
永琳は言葉の続きを遮る。
「言わなくていいわ。どうせあなたに丸投げでしょう?負担も責任も、面倒ごとは全部押し付けて。私は月の都より、あなたが潰れないか心配だわ」
「そんな、私をお気遣い頂くなど。ですが、私は……永琳さま?」
永琳が注意を逸らす。聞けば何やら、外が騒がしい。
どたどた、と屋敷中を駆け回る足音。そして後を追いかける一人と十数匹の喧騒が響く。
「止まれー!そっちはお師匠のへやー!」
「うーん、ここじゃない」
がしゃーん、という何かが倒れる音が響く。続いて鈴仙の青ざめた声。
「……私はそろそろお暇しましょうか?」
「いえ、いいのよ。でも優曇華を躾けてくるからちょっと待ってて?」
 満面の笑みで立ち上がる永琳。来客は、その顔を見て苦笑いを浮かべる。
 その瞬間。何者かが部屋に乱入する。
 
「やっぱり、ここだ!」

     ♢

一歩遅かった。
勢いよくふすまが開け放たれる。
 中にいたのは、私の師匠、八意永琳。そして、その隣に
「お師匠、これはその。って依姫さま……?」
思わぬ相手にしばし困惑する。師匠自ら相手をする来客とは、月都の姫、綿月依姫だったのか。
 硬直する私を余所目に、永琳はなにかを察し、思考を巡らせ始めた。師匠が真面目に何かを考え込むなんて滅多にない。あるとすれば、それは未曽有の事態の時だけ。
 だが、一体何が起こるというのか。状況に思考が追い付かず混乱する私を置いて、事態は先へと進んでいく。
 依姫が口を開く。その声は震え、激しく動揺しているように思える。彼女は空をまっすぐと見据え、こう言い放った。

「父上……?」



 空気が凍り付いた。
 依姫が無言で剣に手を掛ける。圧倒的な威圧感。否、殺気が迸っている。
「優曇華、しばらく席を空けるわ」
「え、ちょ、師匠?」
永琳はそう言い残すと、颯爽と屋敷の奥へと消えていく。
 残された私と隣で佇む空は、依姫の殺気を真正面から浴びせられることになる。
「ちょ、ちょっと落ち着きましょう、依姫さま?」
震える声で依姫を宥める。だが依姫は私を無視し、ひたとお空を見据える。
 氷のように冷たい言葉が発せられる。
「貴様、何故我が父の神性を取り込んでいる」
返答はない。空は先ほどから、魂が抜けたように棒立ちを続けている。
「答えろ、さもなくば斬る」
沈黙。依姫の殺気が膨れ上がる。それを受けてもなお、空は微動だにしない。
「無視か。まあいい、どちらにせよ許すつもりは毛頭なかったので」
深く息を呑む依姫。空気が一変する。荒れ狂う怒りが嘘のように、静寂が満ちる。
 柄に手を掛け、低く踏み込む。彼我の距離が、依姫の神速によって一瞬で詰められる。
「疾っ!」
抜き放たれた銀閃。空を斬り、残像を残して、空の首筋へと迫る。

「おぉ、玉依姫か。久しいな!」

何者かの声が響く。
依姫の手が止まる。刃が空の肌に触れる寸前。
 言葉を発したのは、これまで沈黙を貫いていた空。だがその声は、これまでの童女のようなものではない。芯のこもった、あるいは男性のものだった。
 硬直する依姫に、空は歩み寄る。手の触れ合う距離。緊張が走る。だが、空は依姫の頭を無造作に、わしわしと撫でたのだった。
「ちちうえ、なのですか?」
混乱する依姫に、空の姿をした誰かが優しく声をかける。
「あぁそうだ。お前の父、賀茂建角身命であるぞ」



「いやはや、建角身さまが直々に来られるとは。ご連絡いただければ、きちんとしたおもてなしもできましたのに」
永琳は屋敷の奥から、追加の湯飲みとお茶請けを持って戻ってきた。こうなることを見越していたようだ。
「いえいえ、こうなったのも成り行き故。お気遣い感謝いたします、思兼殿」
 淑やかにほほ笑む永琳と、お茶を啜りながら快活に笑う空、もとい建角身(たけつぬみ)。そしてその隣で小さくなっている依姫。なんだか三者面談みたいで面白いな、などと思っていると、依姫に睨まれてしまった。まずい、私あとで殺されるかも。
 空気を変えようと、あわてて言葉を発する。
「あ、あの。失礼かもしれないんですけど、建角身さまは依姫さまとどういうご関係なんですか?」
「優曇華、口を慎みなさい」
永琳がきつい口調で咎めるが、建角身がそれを優しく諫める。
「いえ、よいのです。彼女のお陰で私は娘と会うことができたのですから」
「むすめ、って依姫さまが建角身さまのご息女ってことですか?」
「あぁ、その通り。我、『金鵄八咫烏』の名を以って、京の地にて子を授かった。それがそこの玉依姫である」
依姫さまのお父さんって八咫烏さまだったんだ。
ここで、黙り込んでいた依姫が口を開く。
「とうさ、いえ父上。なぜそのようなお姿なのでしょうか?」
至極真っ当な質問。父親が突然、少女になって表れるのだから混乱するのも無理はない。その質問に対し、建角身はあっさりと答える。
「そうさなぁ、これも巡り合いなのだが。ある時期にな、この娘が我が分霊を呑み込んだのよ」
親指で胸の宝石をとんとんと叩く。ぎょろり、と輝くそれはまさしく、八咫烏の瞳であった。
依姫はそれに難色を示す。
「なんと不敬な。なぜそのようなことをお許しになったのですか?」
「いや、建御名方さま直々の命だったのでな。それにほら……」
言葉を濁す建角身。その表情は少し照れて(有り体に言えば鼻の下を伸ばして)いる。
「それに、なんですか?」
依姫の額に怒りが浮かぶ。気圧されながら、建角身は小さな声で呟く。
「その、可愛い娘だったから、つい……」
「ちーちーうーえー?」
依姫の怒りが膨れ上がる。たじろぐ建角身。
その様子を見て、私は思わず笑い出してしまった。それはしだいに伝播して、ふくれっ面だった依姫もしまいにはつられて笑顔になっていた。
「私、依姫さまが笑ってるの、久しぶりに見ました」
余計なこと言ったかな、と口を押える。が、永琳も私の言葉を肯定する。
「そうね。月の都防衛の任を全てこなすのは大変でしょうから」
「いえ、八意さま。そんな……」
 謙遜する間を与えず、永琳は言葉を畳みかける。
「ですから、建角身さま。目いっぱい褒めてあげてくださいまし。それほど彼女は頑張っているのですから」
永琳は立ち上がると、私に目配せしてその場を後にした。
「どうぞごゆっくりー……」
私も慌てて部屋から退出する。

そして父娘だけが残された。

      ♢

 二人だけの空間。重い沈黙が流れる。
先にそれを破ったのは依姫だった。
「……父さま」
消え入りそうな小さな声で、父を呼ぶ。
「なんだ、依姫」
「私は、」
言い淀む依姫。その様子を見て、建角身は嘆息しながら語りかける。
「昔からお前は真面目過ぎるところがあったからな。根を詰めていないか心配だった。お前は甘えるのが下手だから」
依姫の頭に手を置いて告げる。
「寂しかったら、甘えたかったら、褒めてほしかったら、言えばいい。そうしないと伝わらないことだってある。なに、子を誇らしく思わない親なんていないのだから」
不器用に、建角身は言葉を紡ぐ。あぁ、この人もきっと照れているのだと依姫は思う。それでも、必死に思いを伝えてくれたことがとても嬉しかった。
くすりと笑う。上目遣いで、頬を染めながら依姫は囁く。
「父さま。私は頑張りました」
「あぁ、えらいぞ。依姫、よく頑張った」
あたたかい、父の声。顔をほころばせて、依姫はその言葉をただ噛みしめていた。

 長い沈黙。
「……父上は、もういないか」
「うん。恥ずかしくって引っ込んじゃったみたい」
空が返事をする。姿は変わらずとも、その声色は少女のものに戻っている。
依姫は居住まいを正し、空に向き直る。
「まずは、父上と巡り合わせてくれてありがとう。突然斬りかかったりして済まなかった」
「大丈夫、気にしてないわ」
「ありがとう。……それと迷惑ついでに、少し話を聞いてくれないか」
空は黙って頷いた。彼女はありがとう、とだけ残して、その心の内を少しずつさらけ出す。
「……私は月の都の防衛を一任させられている身だ。その責は重大であり、失敗は許されない。時には冷酷な決断を下さなくてはならなかった」
依姫は静かに語る。
「その度に、皆は私を糾弾する。当たり前のことだ、いつも命令を下すのは私。その責だって私にある。
何度も枕を濡らす夜を過ごした。そんな中、唯一姉様は私を支えてくれた。誰にでも優しい姉様。だから彼女は、私が守ると決めた。そのために強く、強く在らねばいけなかった。ひたすらに、我武者羅に。冷徹だと、人でなしだと言われようとも。誰にも
いつしか、涙は流れなくなっていた。あぁ、ようやく私は強くなれたのだと、そう思っていた」
自虐的に笑う。その目には涙を浮かべて。
「だけど、父の手に触れて気付いてしまった。心の奥底に、ずっと隠していた。本当は、守ってほしかった。努力を、認めてほしかった。私はただ、愛してほしかった。温かな愛をこの身に感じたかった、ただの子供だった!
あぁ私はまだ、弱いままだった……!」
涙が依姫の頬を伝う。空は彼女をやさしく抱きしめる。
「……え」
「あなたは、凄く頑張ってきたんだね。だったら、もっと甘えていいんだよ」
空は、彼女の中に過去の自分を見た。
彼女は、可哀そうな昔のわたし。地獄の底で、いつも一人だった。生きるために必死で、闇雲に強く在ろうとした。温もりを知らず、孤独に、冷たく朽ちていくだけだった。
 だけど、わたしはさとり様と出会った。温もりを教えてもらった。冷え切った心に、暖かなものが満ちていく感覚。わたしは知った。何よりも眩く、強く輝くその光を。
「それは何よりも近くで、大切な人を温めることのできる炎。その気持ちはとても大切で、そして強いもの。だから、弱いなんて言っちゃだめだよ」
心の底から、あるいは自分に言い聞かせるように。
「大丈夫。寂しくなったらいつでもおいで。地底の太陽はいつだって、あなたを暖かな愛で包んであげる」

依姫はわたしの胸に顔をうずめ、静かに泣き続けていた。

     ♢

 再び、地霊殿。
 さとりの部屋の前で、空は立ち止まっていた。
「お空、帰っているのでしょう?顔を見せて頂戴」
さとりはとうに気付いていた。わたしを呼ぶ声がする。
 意を決して、部屋に飛び込む。そして同時に頭を下げて懇願する。
「さとりさま、お願いです。今だけは心を読まないで下さい!」
「あら、それはどうして?」
そう言いながらも、さとりは第三の目をそっと背けてくれる。やっぱり優しい人だ。
「その、さとり様は素晴らしいご主人です。言葉を離せない頃から可愛がってくれたし、今も何も言わなくても一番気持ちいいところを撫でてくれます」
「それで?」
「だけど、私は甘えてたんです。何も言わなくてもさとり様は全部分かってくれるって。だからあのとき、わたしを分かってくれなくて悲しかった。怒ってしまった。素直になれなかったんです」
 目を潤ませながら、空は心の丈を打ち明ける。
「だから、今回は私の気持ちを言葉にします」
 顔を真っ赤にして、思いを叫ぶ。
「さとり様、わたし頑張りました!褒めてください!撫でてください!」
 そして、心の底からの思いをぶつける。

 「わたしを、愛してください!」

 恥ずかしくて顔が上げられない。
 俯いたまま、わたしは彼女の言葉を待った。
「……ごめんね」
「え」
顔を上げる。さとりは私のすぐ目の前に立っていた。
「私、貴女の気持ちも知らないで、ひどいことを言ってしまった」
まっすぐ彼女を見ることができない。
「あなたは優秀な子だもの。与えた仕事は完璧にこなすし、私のことをこんなに慕ってくれる。それに甘えていたのは、私の方なのよ」
「そんなこと、ないです……」
「いいえ。私は主人、そして親失格。貴女に寂しい思いをさせてしまった。だから、私も貴女に思いを伝えます」
 両手を広げ、わたしを迎え入れる。
「忘れないで、私は貴女を愛しているわ」

 思い切り抱きつく。勢いのまま押し倒してしまったけど、そんなの関係ない。
 思わずほおずりして全身でさとりさまを感じる。彼女は少し驚いていたけど、嫌がらずに受け入れてくれる。
 あぁ、なんてあったかい。包まれるような、じんわりとあたたかなお日さまのよう。
 いつまでも、このまま。ずっと、あなたと一緒にいたい。

「だいすきさとりさま!あなたはわたしの太陽です!」
お空ちゃんは馬鹿なわけではないのです。
ちょっと頭がシングルタスク特化型で、不器用なだけの一途な子なんです。
それと鳥頭の組み合わせが絶望的に悪いだけなんです。
シグナス
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コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
3.100サク_ウマ削除
お空の頭の良さの塩梅が上手くて好きだなあとなります。八咫烏を月勢と噛み合わせるのも唸らされましたし、全体的に優しい雰囲気で包まれていて良かったです。
4.100名前が無い程度の能力削除
暖かくて素敵でした。
5.100ヘンプ削除
お空の良さがとても出ていて良かったです。
面白かったです!
6.100のくた削除
最初のやり取りをきっちり最後に回収するのはお見事だと思いました
7.100南条削除
面白かったです
暖かくも考えさせられる話でした
まぶしくてきれいな物語でした
8.100Actadust削除
お空のまっすぐなかわいらしさと良さが感じられました。八咫烏周りの設定とストーリーの新和も素晴らしく、いい作品でした。
9.100植物図鑑削除
お空をこういうふうに使う発想に脱帽です。お空がすごく可愛くて、読んでてほっこりしました。他のキャラクターに関しても読んでてとても楽しかったです。ありがとうございました。
10.100名前が無い程度の能力削除
やられました!
八咫烏の設定をこう持ってきたかと。
面白かったです!