老人の小指が落ちていた。
ぎょっとして妖夢の身が竦む。しかしよく見れば、それは指ではなかった。
小さな桜の枝であった。
白玉楼の庭の掃除をしていた妖夢は、手に持った箒を抱えてしゃがみ込んだ。
まじまじと見つめてみれば、確かに小指に似てはいるものの、明らかに桜の枝の質感だった。
もし仮に小指であったとしたら、日に焼かれ浅黒くなり、節くれだってゴツゴツとしている老人の小指だろうなと妖夢は思った。年季を感じさせる使い込まれた指だ。職人がしっくり来るが、日焼けしていることを考慮すれば漁師と言った方が近いかもしれない。
はたと妖夢は気づく。
自分は今しゃがみ込んで桜の枝の切れ端を見ているが、手にとった方が見やすいに決まっている。そうしないのは、自分がこの小枝を怖がっているからではないだろうか。
西行の剣術指南役として恥ずかしい。ちょっと人間の小指に似ているからといって何だ。剣士であれば指どころか腕を切り落としても眉一つ動かさないはずだ。確かに少し気持ち悪いかもしれないが、それだけで決して恐怖を抱いているわけではない。
自分の勇気を証明するため、妖夢はあえてその小枝を手に取った。
一瞬、干からびた指の感触がするのではないかと嫌な気持ちになったが、なんてことはない、間違いなくただの枝の感触だった。
妖夢は肩を撫で下ろした。
親指と人差し指で枝をつまんでみる。
このまま力を入れれば簡単にポキッと折れるだろう。
指に似ているだけで、ただの桜の枝だ。そうすることに何の躊躇いがある。
「よーむ?」
「ひゃいっ!!」
急に背後から幽々子の声がして、妖夢はひっくり返りそうになった。小枝を落としそうになるが、宙に舞ったそれを両手でキャッチする。
身に染みついた習性か、妖夢はすぐさま立ち上がり、自らの主君の方を向いて姿勢を正した。
「座り込んでたから声をかけただけなのに……そんな驚かなくても良いじゃない」
そうは言うが、今のように幽々子はしばしば、妖夢に気づかれないよう背後に周り、声をかけて驚かせて揶揄う。今のもきっとわざとだった。
「いやぁその……はは……」
事情を説明するのが気恥ずかしくて、妖夢は曖昧に笑う。
すると幽々子の方は彼女が手に何か持っていることに気づいた。
「どうしたの、それ」
「えっと……」
言い訳を捻り出そうとしたが、何でもお見通しのこの主人に嘘は通用しない。冷静に考えれば別に偽るほどの話ではないし、妖夢は正直に話すことにした。
「この桜の枝、老人の小指みたいだなぁと思いまして……」
幽々子は笑顔で頷いた。
「ああ、桜が好きな人だったものねぇ」
彼女はそのまま踵を返し、「そろそろ夕餉の支度をお願いね」と言い残して屋敷の中へ去ってしまった。
妖夢はその場から動けずにいた。何なら小指を見せた動きのまま固まっていた。
彼女が大したことじゃなさそうに言うものだから、頭が理解を拒んだのもあって、何と言ったのかしばらく飲み込めなかった。
主人が自分をからかって言っているのか、それとも本当なのか全くわからない。幽々子は妖夢の嘘を見抜けるが、妖夢は幽々子が嘘をついているかどうかさっぱりなのだ。
今すぐ小枝を放り投げたい衝動に駆られたが、罰当たりな気がしてそれもできない。二分くらいは妖夢はその場に立ち尽くした。
結局妖夢は、桜の木下にその桜の小枝を丁重に埋めて葬った。その様子を幽々子は遠くから眺めて微笑んでいた。
ぎょっとして妖夢の身が竦む。しかしよく見れば、それは指ではなかった。
小さな桜の枝であった。
白玉楼の庭の掃除をしていた妖夢は、手に持った箒を抱えてしゃがみ込んだ。
まじまじと見つめてみれば、確かに小指に似てはいるものの、明らかに桜の枝の質感だった。
もし仮に小指であったとしたら、日に焼かれ浅黒くなり、節くれだってゴツゴツとしている老人の小指だろうなと妖夢は思った。年季を感じさせる使い込まれた指だ。職人がしっくり来るが、日焼けしていることを考慮すれば漁師と言った方が近いかもしれない。
はたと妖夢は気づく。
自分は今しゃがみ込んで桜の枝の切れ端を見ているが、手にとった方が見やすいに決まっている。そうしないのは、自分がこの小枝を怖がっているからではないだろうか。
西行の剣術指南役として恥ずかしい。ちょっと人間の小指に似ているからといって何だ。剣士であれば指どころか腕を切り落としても眉一つ動かさないはずだ。確かに少し気持ち悪いかもしれないが、それだけで決して恐怖を抱いているわけではない。
自分の勇気を証明するため、妖夢はあえてその小枝を手に取った。
一瞬、干からびた指の感触がするのではないかと嫌な気持ちになったが、なんてことはない、間違いなくただの枝の感触だった。
妖夢は肩を撫で下ろした。
親指と人差し指で枝をつまんでみる。
このまま力を入れれば簡単にポキッと折れるだろう。
指に似ているだけで、ただの桜の枝だ。そうすることに何の躊躇いがある。
「よーむ?」
「ひゃいっ!!」
急に背後から幽々子の声がして、妖夢はひっくり返りそうになった。小枝を落としそうになるが、宙に舞ったそれを両手でキャッチする。
身に染みついた習性か、妖夢はすぐさま立ち上がり、自らの主君の方を向いて姿勢を正した。
「座り込んでたから声をかけただけなのに……そんな驚かなくても良いじゃない」
そうは言うが、今のように幽々子はしばしば、妖夢に気づかれないよう背後に周り、声をかけて驚かせて揶揄う。今のもきっとわざとだった。
「いやぁその……はは……」
事情を説明するのが気恥ずかしくて、妖夢は曖昧に笑う。
すると幽々子の方は彼女が手に何か持っていることに気づいた。
「どうしたの、それ」
「えっと……」
言い訳を捻り出そうとしたが、何でもお見通しのこの主人に嘘は通用しない。冷静に考えれば別に偽るほどの話ではないし、妖夢は正直に話すことにした。
「この桜の枝、老人の小指みたいだなぁと思いまして……」
幽々子は笑顔で頷いた。
「ああ、桜が好きな人だったものねぇ」
彼女はそのまま踵を返し、「そろそろ夕餉の支度をお願いね」と言い残して屋敷の中へ去ってしまった。
妖夢はその場から動けずにいた。何なら小指を見せた動きのまま固まっていた。
彼女が大したことじゃなさそうに言うものだから、頭が理解を拒んだのもあって、何と言ったのかしばらく飲み込めなかった。
主人が自分をからかって言っているのか、それとも本当なのか全くわからない。幽々子は妖夢の嘘を見抜けるが、妖夢は幽々子が嘘をついているかどうかさっぱりなのだ。
今すぐ小枝を放り投げたい衝動に駆られたが、罰当たりな気がしてそれもできない。二分くらいは妖夢はその場に立ち尽くした。
結局妖夢は、桜の木下にその桜の小枝を丁重に埋めて葬った。その様子を幽々子は遠くから眺めて微笑んでいた。
どちらだとしてもこれだけは言える。今日も妖夢はとても可愛い。
固まってる妖夢がかわいらしかったです