Coolier - 新生・東方創想話

小指のような枝

2022/05/31 23:07:56
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 老人の小指が落ちていた。
 ぎょっとして妖夢の身が竦む。しかしよく見れば、それは指ではなかった。
 小さな桜の枝であった。

 白玉楼の庭の掃除をしていた妖夢は、手に持った箒を抱えてしゃがみ込んだ。
 まじまじと見つめてみれば、確かに小指に似てはいるものの、明らかに桜の枝の質感だった。
 もし仮に小指であったとしたら、日に焼かれ浅黒くなり、節くれだってゴツゴツとしている老人の小指だろうなと妖夢は思った。年季を感じさせる使い込まれた指だ。職人がしっくり来るが、日焼けしていることを考慮すれば漁師と言った方が近いかもしれない。

 はたと妖夢は気づく。
 自分は今しゃがみ込んで桜の枝の切れ端を見ているが、手にとった方が見やすいに決まっている。そうしないのは、自分がこの小枝を怖がっているからではないだろうか。
 西行の剣術指南役として恥ずかしい。ちょっと人間の小指に似ているからといって何だ。剣士であれば指どころか腕を切り落としても眉一つ動かさないはずだ。確かに少し気持ち悪いかもしれないが、それだけで決して恐怖を抱いているわけではない。

 自分の勇気を証明するため、妖夢はあえてその小枝を手に取った。
 一瞬、干からびた指の感触がするのではないかと嫌な気持ちになったが、なんてことはない、間違いなくただの枝の感触だった。
 妖夢は肩を撫で下ろした。

 親指と人差し指で枝をつまんでみる。
 このまま力を入れれば簡単にポキッと折れるだろう。
 指に似ているだけで、ただの桜の枝だ。そうすることに何の躊躇いがある。

「よーむ?」

「ひゃいっ!!」

 急に背後から幽々子の声がして、妖夢はひっくり返りそうになった。小枝を落としそうになるが、宙に舞ったそれを両手でキャッチする。
 身に染みついた習性か、妖夢はすぐさま立ち上がり、自らの主君の方を向いて姿勢を正した。

「座り込んでたから声をかけただけなのに……そんな驚かなくても良いじゃない」

 そうは言うが、今のように幽々子はしばしば、妖夢に気づかれないよう背後に周り、声をかけて驚かせて揶揄う。今のもきっとわざとだった。

「いやぁその……はは……」

 事情を説明するのが気恥ずかしくて、妖夢は曖昧に笑う。
 すると幽々子の方は彼女が手に何か持っていることに気づいた。

「どうしたの、それ」

「えっと……」

 言い訳を捻り出そうとしたが、何でもお見通しのこの主人に嘘は通用しない。冷静に考えれば別に偽るほどの話ではないし、妖夢は正直に話すことにした。

「この桜の枝、老人の小指みたいだなぁと思いまして……」

 幽々子は笑顔で頷いた。

「ああ、桜が好きな人だったものねぇ」

 彼女はそのまま踵を返し、「そろそろ夕餉の支度をお願いね」と言い残して屋敷の中へ去ってしまった。

 妖夢はその場から動けずにいた。何なら小指を見せた動きのまま固まっていた。
 彼女が大したことじゃなさそうに言うものだから、頭が理解を拒んだのもあって、何と言ったのかしばらく飲み込めなかった。
 主人が自分をからかって言っているのか、それとも本当なのか全くわからない。幽々子は妖夢の嘘を見抜けるが、妖夢は幽々子が嘘をついているかどうかさっぱりなのだ。

 今すぐ小枝を放り投げたい衝動に駆られたが、罰当たりな気がしてそれもできない。二分くらいは妖夢はその場に立ち尽くした。
 結局妖夢は、桜の木下にその桜の小枝を丁重に埋めて葬った。その様子を幽々子は遠くから眺めて微笑んでいた。








お好きな方で解釈してください。

ここ最近半年くらいかけて一本小説を書くという感じでした。
でももっと小説って気軽に書いて良いだろ!と謎に興奮して昼休み中に一気に書き上げました。
何かしらコメントもらえると励みになります。
真坂野まさか
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コメント



0.300簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
どちらともとれるし、どちらでも良い。
どちらだとしてもこれだけは言える。今日も妖夢はとても可愛い。
4.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
5.100サク_ウマ削除
ゆゆ様ほんとそういうところあるの分かる。好き。良かったです。
6.100名前が無い程度の能力削除
生真面目で少し臆病な妖夢が可愛らしかったです。幽々子様もそれをわかって眺めてるのほのぼのしますね……
8.100Actadust削除
えっ好き……名状しがたい気持ち悪さが駆け抜けました。
9.100ヘンプ削除
枝を見間違えた後に幽々子様にからかわれているのかわ面白かったです。
11.100南条削除
面白かったです
固まってる妖夢がかわいらしかったです
13.80名前が無い程度の能力削除
こういう話好きです!
14.100ケスタ削除
幽々子の気持ちの悪い冗談と気持ちの悪い趣味が良く出て、それでいて短く綺麗にまとまった話で好きです。神霊廟のテキストを読んで以来抱いていた幽々子そのもので面白かったです。