Coolier - 新生・東方創想話

少女は四季を舞い踊る

2022/05/29 00:31:48
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―春―

 きぃこ。きぃこ。
 うららかな陽気の日だった。
 この日、私は初めて彼女と出会った。

 ブロンドの髪をなびかせて、ブランコを漕ぐ少女。
 その姿はまるで一輪の花のように美しく、そして可憐だった。
 振り子時計のように、乱れることなく。彼女は天と地の狭間を行き来する。

 きぃこ、きぃこ、と。錆びついた鎖の音だけが響き渡る。その姿に見惚れていた。

 10分くらい経っただろうか。彼女は突然、漕ぐのをやめてしまった。
 すく、と立ち上がる少女。私は気づかれないよう身を隠した。
 だが少女は私の存在を見透かして、くすりと笑う。

 視線が合う。それだけで私の心は奪われた。
 熱に浮かされたように、熱く蕩けた瞳。
 それだけが、少し不気味だった。

 

―夏―
 
 あの春の日のあと、再び少女と出会うことがあった。
 今日は雨がしとしとと降る、肌に汗がにじむ蒸し暑い日であった。
 
 公園にいた。ずぶ濡れの合羽を羽織って、ブランコに座る彼女の姿があった。
 彼女はブランコを小さく揺らし続けている。私は遠くから、その姿を眺めていた。
 止まってしまいそうなほどに弱弱しく。だが、絶えることなく前後する少女とブランコ。
 私はその姿に何か心打たれるものを感じた。彼女は、なぜ熱心にブランコを漕ぐのだろう。
 そこになにか大切なことがある気がしてならなかった。それほどまでに幻想的であった。

 そして十分経つと、彼女は漕ぐのをやめてしまう。とても満ち足りた表情を浮かべて。
 私はその幻想的な姿に見惚れて、雨など忘れただ茫然とその場に立ち尽くしていた。


 「ねぇ、貴女。この前もわたしのこと見ていた人でしょう。気づいてるんだからね」
 気付かぬうちに近付いていた彼女はにこやかに告げ、そして雨の中に消えてしまう。
 突然の出来事に心臓が高鳴っている。私は結局、彼女に何も言えなかった。

 帰ったあとも、少女の姿があのブランコのように脳内を反芻する。
 なぜこれほど、彼女の姿に私の心は惹かれるのだろう。

 夜が明ける。なんだか今日は夜が短い気がした。



―秋―

 きぃ。きぃ。
 彼女はブランコを漕いでいる。
 わたしが観察をはじめてから、毎日である。
 滝のような雨の日も、うだるような暑い日も。
 無言でブランコに座り、ひたすらに漕ぎ、途端にやめる。
 
 気付いたことが一つある。夏の日に比べ勢いが増しているのだ。
 初めは気のせいかと思った。だが、次第にそれは確信へと変わった。
 少しずつ、刻むように。しかし間違いなく地面を蹴る脚に力がこもっていく。
 そしてついに今日、ブランコは春の日と同じくらいまで、勢いを取り戻したのだった!

 「貴女も変わってるわね。毎日見ていても別に面白くないと思うけど?」
 「貴女を見てたら、応援したくなっただけよ。はい、これお水」
 「応援、ね。もう一人居れば完璧なのだけど。名前は?」
 「……?私は宇佐見蓮子。貴女は何て呼べばいい?」
 「わたしは、ま……いえ、メリー。そう呼んで」
 差し出される手。陶器を扱うように握り返す。

 夕焼けの中、私たちは初めてお互いに触れた。
 紅葉が揺れ、清々しい秋の風が吹いた。
 


―冬―

 かつてない大雪の日だった。
 
 私は固唾をのんでメリーを見守る。
 ブランコを見つめるメリーの目には少しの躊躇。
 「大丈夫、貴女は今日まで頑張ってきた。私が保証するわ」
 まっすぐと瞳を見つめ、彼女を鼓舞する。その瞳に決意が宿る。
 メリーは私を振り返って頷く。その表情にもう迷いは微塵もなかった。
 覚悟を決め、ブランコに座る。否、メリーは立ったままブランコに乗った。
 メリーが立ち漕ぎをするのは初めてだ。それほどまでに彼女は本気であった。
 
 意を決し、漕ぎ始める。膝を曲げ、伸ばす。それだけでブランコは勢いを増す。
 だが、まだ足りない。メリーはその両足に力を溜めていく。まだ加速は止まらない。
 5分が経ち、7分が経ち。今や、その高さは天を衝くほどまで達していた。
 
 だが、ここで思わぬ事態が起こった。みしり、という異音が響いたのだ。
 慌ててブランコを確認する。そこで私は、衝撃の事実を知ることになる。
 「まずいわメリー。この遊具、対象年齢が6歳までって書いてある!」
 メリーは一言も発しなかったが、その表情は間違いなく焦っていた。
 
 だが、私たちはこんなところで終わるわけにはいかなかった。
 「メリー、あと少しだから!お願い、最後まで頑張って!」
 祈りのような声援が、白銀に染まる公園に響き渡る。

 ついにその時が訪れた。軋みは限界に達していた。
 「あと、5秒、4秒、3、2……メリー!」
 メリーは、その最後の力を振り絞って。
 高く、そして大きく、跳び上がった。
 宙に美しく弧を描き、そして落下。

 「メリー、大丈夫なの!?」
 メリーは顔から雪に突っ伏したまま動かない。
 声を掛けても反応がない。不思議と涙が溢れた。
 「お願いだから!メリー、返事をして!ねぇってば!」

 「ぷはぁ、死ぬかと思った! ……蓮子、なんで泣いてるの?」
 不意に起き上がるメリー。その表情は憑き物が落ちたようにすっきりとしている。
 「大丈夫ならさっさと返事してよ、バカメリー!私、心配して損したじゃない!」
 べしべしと、メリーの肩を叩く。メリーは困った顔をしていたが、優しく私を抱きしめてくれた。なぜか分からないけど、ようやく本当のメリーに会えた気がして、涙が止まらなかった。



 そして私たちは、初めて夜を共にした。公園以外で会うことは無かったから、お互いのことなんてほとんど知らなかった。それがおかしくって、互いに笑いあった。きゃらきゃらと笑うメリーは年頃の少女そのもので、これが本当の彼女なのだと思い知らされた。
 これまで私は、ブランコを漕ぐ彼女しか知らなかった。だけど、これからは本当の彼女を知っていける。

 心が躍った。今日は夜がとても永い気がした。



―春―
 
 春の陽気に誘われ、大学のベンチでうつらうつらとしていたとき。大慌てのメリーが、息を切らせて私に駆け寄ってきた。
「れ、蓮子。どうしよう……!」
その様子は尋常のものではなく、蒼白の顔で私に訴えかけてくる。
「メリー!?どうしたのよ!」
「ブランコが……ブランコが壊されちゃう!」

 全速力で公園に向かう。そこにはブランコに立ち入り禁止のテープを巻く大人の姿。私は思わず大人に怒りを込めて詰め寄った。
「なんでそんなことをするんですか!このブランコを楽しみにしてる人もいるのに!」
「そんなこと言われてもね、老朽化がひどいって苦情が入ったからさ。おおかた近隣の大学生が無茶して遊んだりしたんだろ。迷惑な話だよねぇ」
 なにも、言い返せなかった。

 私はメリーを担いで、公園を後にした。その間もメリーは虚ろな表情で何かを呟いていた。彼女の家に運び込むと、
「ごめん、しばらく一人で考えさせて」
とだけ残して、家の中に引っ込んでしまった。
 余程ショックだったのだろう。彼女の一年間の努力が、最後の最後に阻まれてしまったのだ。その絶望は言葉で言い表せないだろう。彼女の一番近くで応援してきた私も、その虚しさで心が苦しくなった。
 気分が落ち込んで、その日は部屋に籠ってどうすればメリーを元気づけられるか、ずっと考えていた。何時間も、彼女のことだけを考えていた。

 差し込む陽射しに目を細める。いつの間にか寝てしまっていたようだ。
 どれだけ寝ていたのだろう。昼間では星が見えない。仕方なく携帯端末を確認する。

 『22時13分』

 不思議なことに、その日は一日中太陽が沈まなかった。



 次の日、私はメリーを迎えに行った。あの様子では塞ぎこんで、家から出てこないんじゃないかと思ったのだ。
 だが、予想に反してメリーはいなかった。不安が頭をよぎった。
 「メリー、どこに行っちゃったの……!」
 必死に走り回った。大学、行きつけのカフェ、メリーの行きそうな場所は全部探した。だが、彼女の影はどこにも無い。もう手掛かりはないかと思い始めたとき、いつも彼女がいたあの場所を思い出した。

 「あ、蓮子。遅かったわね」
メリーは公園にいた。昨日のことなど嘘のように、けろりとした表情を浮かべている。
「探したのよ、メリー。こんなところでなにやってるの?」
「なにって……蹴鞠だけど?」
「けまり……」
この少女は一体何を考えているのだろう。
 バレーボール大のゴム毬を器用に蹴り上げて、それを片足で受け取るのをひたすらに繰り返している。
「やってみたけど、一人でやるのは結構難しいの。ねぇ、蓮子もやってみない?」
きらきらとした目で訴えられると、私も強く出られない。渦巻いていた感情が、空気を抜かれたように萎んでしまった。私は渋々と、メリーに同意する。
「じゃあいくよ?」

 ひたすらにメリーの蹴り上げた毬を私が受けるのを繰り返した。はじめは明後日の方向に飛んでいたものも、次第にメリーの方へと飛んでいくようになる。そして、いつしか何度もラリーが続くようになっていた。
「けっこう楽しいかも」
「でしょ?」
 同じ力で蹴られた毬は、規則的な弧を描いて、わたしたちの足元へと落ちてくる。
 地に留まることなく、しかし天に浮かび上がることもない。

 蹴り上げられた毬は、天と地の狭間を跳ね踊る。
 奇妙な時間はしばらく続いた。

 「今日はこんなものかしら」
「……え?あ、うん。そうね」
メリーの言葉で目が醒める。憑りつかれたように熱中していて、時間が経つのを忘れていた。

 メリーは転がる毬を拾い上げて、言った。

 「よし、これが基準だからね。今日から一年間、頑張ろうね、蓮子!」
虚ろな瞳で満面の笑みを浮かべるメリー。
 
 なんだか、嫌な予感がした。
少しネタバレ注意です

ブランコとは、勢いを付け天と地の中間状態に留まり続けることで乗った人を天と地を媒介する存在とすることができる装置という意味合いがあります。
すなわち天と地を引き寄せ、あるいは押し込むことで両者のバランスを取ることができるとされました(蹴鞠にも同様の意味があり、雨乞いの儀式なんかに用いられたそうです)。
そのため古代の人は昼と夜が同じ長さになる春分、秋分に日がな一日ブランコに乗り、自分が宇宙のバランスを操っているという幻想を味わっていたとか。

その想像力、ちょっとうらやましい。
シグナス
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コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100サク_ウマ削除
メリーの神秘性がよく出ていて素敵だなあと思います。良かったです。
3.80名前が無い程度の能力削除
不思議な雰囲気の作品でした!