紅美鈴は紅魔館の門番である。今日も一日、数少ない来客の相手を真っ先にするのは彼女である。
「はあ。今日も平和ですねえ」
背筋を伸ばしながら紅美鈴は欠伸をひとつすると瞼を閉じる。
そして、そのまま微睡みの中に沈もうとした矢先、猫の声を聞いて瞼を再び開ける。
「おや、お客さんですか?」
紅美鈴はちょこんと行儀良く座る黒い猫を見下ろす。その猫の足下には小さな和服の人形が置かれている。
「はて? これはどういう状況でしょうか?」
紅美鈴はしばし、猫と人形を見ながら観察した後、何かを閃いたのかポンと手を叩く。
「わかりました。わたしと遊びたいんですね?」
その言葉に猫は首を左右に振る。幻想郷で動物が人妖の言葉を理解するのは珍しくはない。
しかし、それが導き出された真の答えか否かは別問題である。何より猫は猫である。動物は言語までは喋れない。喋れたのなら、それは妖獣か妖怪である。
紅美鈴の目の前の猫は異様な気配をまとっている気はするが、あえて人の姿をしていないのか、猫の姿のままで猫っぽく返事をしている。
何かの遊びの類いではないのなら、さっさと人語で喋って欲しいなあと思いつつ、紅美鈴は和服の人形を手にしよう。
瞬間、手にじっとりと湿り気を感じた。よくよく見れば、人形は汗を掻いていた。
「・・・み、水」
どうやら、人形は水を欲しがっていたようである。人形なのに水が欲しいなどと考えてから、ふと、本日の来客予定の人物を思い出す──いや、違うと紅美鈴は理解した。
手にしたのは人形ではなく、小人族である事。そして、そんな小人族と猫のフリをする猫っぽい何か。
そこから導き出せる答えに紅美鈴は慌てて小人族の姫君から慌てて門の中に入るとコップに水を入れて彼女の前に持ってくる。
しかし、そこでしばし、考え込んで再び戻り、今度はじょうろに水を入れて小人族の姫君に掛ける。
「ああ。空から天の恵みじゃ~!」
「いや、ただのじょうろの水ですが・・・間に合ったようで何よりです。えっと──」
「少名針妙丸よ。今日、紅魔館にお呼ばれされている霊夢の代わりに馳せ参じました」
じょうろの水でずぶ濡れになりながらも少名針妙丸は紅美鈴にそう告げると一礼する。
博麗の巫女である博麗霊夢の代わりという事はまた幻想郷でなんらかの異変が起こったのかと紅美鈴もやや緊張しながら代理人である少名針妙丸の次の言葉を待つ。
「霊夢からの言伝よ。『寝坊した!一時間したら向かうわ!』──以上よ」
「・・・え? それだけですか?」
「ええ。確かに伝えたからね?」
少名針妙丸は得意そうに胸を張りながら、そう言うと猫の背に跨がる。
「役目は果たしたから戻るわ! じゃあね!」
「いや、ちょっ──」
紅美鈴が制するより先に猫に跨がった少名針妙丸はその場から去って行く。
困惑する紅美鈴はしばし、考え込む。現在、博麗霊夢の住む博麗神社には居候扱いの人妖が数名いるのは耳にしている。恐らく、少名針妙丸もそんな博麗神社の居候なのだろう。
だが、彼女にわざわざ言伝として紅魔館に向かわせるにはかなりの時間を有すると思うのだが、博麗神社で動ける人間がたまたま、彼女しかいなかったのだろうか?
色々と思う事はあれど、言伝には違いないので紅美鈴はとりあえず、少名針妙丸の言葉を十六夜咲夜に伝えた。
それから一時間もしない内に本来の来客である博麗霊夢がやって来る。
「待たせたわね、門番。早速だけれども開けてくれるかしら?」
「はい。わかりました──それとは別に聞きたい事があるのですが構いませんか?」
「しょうもない話だったら他を当たりなさい」
「しょうもないかはともかく・・・えっと、なんで針妙丸さんに言伝を頼んだので?」
「え?──ああ。そういえば、そんな事を誰かに頼んだ気がするわね」
「いや、誰かって・・・」
流石の紅美鈴も博麗霊夢の適当さになんとも言えなくなる。
つまり、遅刻しそうになって適当に頼んだ相手がたまたま、少名針妙丸だっただけと言う事であろうか。そんな彼女の適当さもそうであるが、その適当な言葉を健気にも少名針妙丸は実行したと言う事に紅美鈴はなんと表現すべきか悩む。
そんな紅美鈴を見て、博麗霊夢もバツが悪そうに頭を掻く。
「あー。本当に来たのね、アイツ。あうんとかに頼んだつもりだったんだけれど」
「帰ったら、ちゃんと労ってあげた方がいいですよ。本当の事を知ったら、針妙丸さんがどんな顔をするか・・・」
「う、うるさいわね! わかっているわよ!」
博麗霊夢は「それじゃあね!」と言って門をくぐると紅魔館の中へと入っていく。
それを見送ってから紅美鈴は頑張って紅魔館までやって来た少名針妙丸に敬意を抱きつつ、今度会った時にでも何かおみやげでも渡した方がいいかを考える。
本日の幻想郷の空は晴天である。
《おしまい》
「はあ。今日も平和ですねえ」
背筋を伸ばしながら紅美鈴は欠伸をひとつすると瞼を閉じる。
そして、そのまま微睡みの中に沈もうとした矢先、猫の声を聞いて瞼を再び開ける。
「おや、お客さんですか?」
紅美鈴はちょこんと行儀良く座る黒い猫を見下ろす。その猫の足下には小さな和服の人形が置かれている。
「はて? これはどういう状況でしょうか?」
紅美鈴はしばし、猫と人形を見ながら観察した後、何かを閃いたのかポンと手を叩く。
「わかりました。わたしと遊びたいんですね?」
その言葉に猫は首を左右に振る。幻想郷で動物が人妖の言葉を理解するのは珍しくはない。
しかし、それが導き出された真の答えか否かは別問題である。何より猫は猫である。動物は言語までは喋れない。喋れたのなら、それは妖獣か妖怪である。
紅美鈴の目の前の猫は異様な気配をまとっている気はするが、あえて人の姿をしていないのか、猫の姿のままで猫っぽく返事をしている。
何かの遊びの類いではないのなら、さっさと人語で喋って欲しいなあと思いつつ、紅美鈴は和服の人形を手にしよう。
瞬間、手にじっとりと湿り気を感じた。よくよく見れば、人形は汗を掻いていた。
「・・・み、水」
どうやら、人形は水を欲しがっていたようである。人形なのに水が欲しいなどと考えてから、ふと、本日の来客予定の人物を思い出す──いや、違うと紅美鈴は理解した。
手にしたのは人形ではなく、小人族である事。そして、そんな小人族と猫のフリをする猫っぽい何か。
そこから導き出せる答えに紅美鈴は慌てて小人族の姫君から慌てて門の中に入るとコップに水を入れて彼女の前に持ってくる。
しかし、そこでしばし、考え込んで再び戻り、今度はじょうろに水を入れて小人族の姫君に掛ける。
「ああ。空から天の恵みじゃ~!」
「いや、ただのじょうろの水ですが・・・間に合ったようで何よりです。えっと──」
「少名針妙丸よ。今日、紅魔館にお呼ばれされている霊夢の代わりに馳せ参じました」
じょうろの水でずぶ濡れになりながらも少名針妙丸は紅美鈴にそう告げると一礼する。
博麗の巫女である博麗霊夢の代わりという事はまた幻想郷でなんらかの異変が起こったのかと紅美鈴もやや緊張しながら代理人である少名針妙丸の次の言葉を待つ。
「霊夢からの言伝よ。『寝坊した!一時間したら向かうわ!』──以上よ」
「・・・え? それだけですか?」
「ええ。確かに伝えたからね?」
少名針妙丸は得意そうに胸を張りながら、そう言うと猫の背に跨がる。
「役目は果たしたから戻るわ! じゃあね!」
「いや、ちょっ──」
紅美鈴が制するより先に猫に跨がった少名針妙丸はその場から去って行く。
困惑する紅美鈴はしばし、考え込む。現在、博麗霊夢の住む博麗神社には居候扱いの人妖が数名いるのは耳にしている。恐らく、少名針妙丸もそんな博麗神社の居候なのだろう。
だが、彼女にわざわざ言伝として紅魔館に向かわせるにはかなりの時間を有すると思うのだが、博麗神社で動ける人間がたまたま、彼女しかいなかったのだろうか?
色々と思う事はあれど、言伝には違いないので紅美鈴はとりあえず、少名針妙丸の言葉を十六夜咲夜に伝えた。
それから一時間もしない内に本来の来客である博麗霊夢がやって来る。
「待たせたわね、門番。早速だけれども開けてくれるかしら?」
「はい。わかりました──それとは別に聞きたい事があるのですが構いませんか?」
「しょうもない話だったら他を当たりなさい」
「しょうもないかはともかく・・・えっと、なんで針妙丸さんに言伝を頼んだので?」
「え?──ああ。そういえば、そんな事を誰かに頼んだ気がするわね」
「いや、誰かって・・・」
流石の紅美鈴も博麗霊夢の適当さになんとも言えなくなる。
つまり、遅刻しそうになって適当に頼んだ相手がたまたま、少名針妙丸だっただけと言う事であろうか。そんな彼女の適当さもそうであるが、その適当な言葉を健気にも少名針妙丸は実行したと言う事に紅美鈴はなんと表現すべきか悩む。
そんな紅美鈴を見て、博麗霊夢もバツが悪そうに頭を掻く。
「あー。本当に来たのね、アイツ。あうんとかに頼んだつもりだったんだけれど」
「帰ったら、ちゃんと労ってあげた方がいいですよ。本当の事を知ったら、針妙丸さんがどんな顔をするか・・・」
「う、うるさいわね! わかっているわよ!」
博麗霊夢は「それじゃあね!」と言って門をくぐると紅魔館の中へと入っていく。
それを見送ってから紅美鈴は頑張って紅魔館までやって来た少名針妙丸に敬意を抱きつつ、今度会った時にでも何かおみやげでも渡した方がいいかを考える。
本日の幻想郷の空は晴天である。
《おしまい》