Coolier - 新生・東方創想話

透明少女

2022/05/27 17:52:09
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 寺子屋の帰りに、空き地で遊ぶこと。それが少年の楽しみだった。
 空き地はただの原っぱだったが、子どもたちにとっては、どんな場所にも変わる夢の空間だった。
 あるときは広大な草原となり、チャンバラごっこを繰り広げ、あるときは未開の地となり探検ごっこをしたり、ときには枝や草をかき集めて、秘密基地を作ったりもした。
 また、原っぱに寝転んで、草や土の匂いを嗅ぐのも彼の楽しみの一つだった。
 そんな子どもたちの輪に、時折加わる者がいた。

「あ、帽子のお姉さん! 一緒に遊ぼう!」

 帽子のお姉さんと呼ばれた少女は、その薄緑色の髪を揺らし、ふわふわとした笑顔で、子どもたちに混ざる。
 その常に笑顔でいて、つかみ所の無い不思議な雰囲気と、急にふらりといなくなってしまうような突拍子のなさから、彼女は子どもたちに人気だった。
 もちろん彼も、彼女のことが好きだった。
 一緒に原っぱで追いかけっこをしたり、夢中で玉けりや鞠つきをしたり、秋には焼き芋屋にもらった芋を、一緒に食べたりすることもあった。また、彼は絵をかくのが得意だったので、墨でかいた似顔絵を彼女にあげたこともあった。
 ある時、子ども達の間で、彼女が実は人間ではないという噂が立ったが、彼は気にもしなかった。
 というのも、既に寺子屋の生徒に妖精や妖怪はいたし、そもそも寺子屋の先生からして純粋な人間ではない。
 だから例え、彼女が人間でなくとも今更、驚くことほどのことではなかった。
 それに何より、彼女が何者であろうと、彼にとっては一緒に遊んでくれる優しいお姉さんであることに、変わりはなかったのだ。

 ●

 やがて、時は流れ、彼は寺子屋を卒業する年になった。
 寺子屋を卒業すること。それは大人の仲間入りをするということを意味する。
 彼は原っぱで遊んだり、彼女に会ったり出来なくなってしまう事に対し、一応の未練はあったものの、それよりも、大人の仲間入りが出来る喜びの方が大きかった。
 寺子屋の後輩たちに対して、優越感すらあった。ちょうどそんな年頃だった。
 卒業して彼は、すぐ働きに出た。
 生活していくためなのは勿論のこと、これから立派な大人としてやっていくためにも、彼は無我夢中で働いた。過去を振り返る暇もないほど働いた。
 やがて、妻子をもうけ、守る者が出来た彼は前にも増して、それこそ馬車馬のように働いた。
 働いて働いて働いて稼ぎ、その稼ぎで一家を養い、支えた。
 近所からの評判も良く、「よく出来た旦那さんだ」と、言われるようになった。
 一家の大黒柱としてその責任を果たせている自負心、それが彼の支えとなっていた。

 ●

 そんなある日、彼は夢を見た。
 それは幼い頃の自分が、他の子どもと一緒に原っぱで遊んでいる遠い昔の夢だった。
 その夢は妙に生々しく、草や土の匂いすらもはっきり感じとれるほどだった。
 そしてその夢には、子どもたちに混じって一緒に遊ぶ、帽子をかぶった女の人の姿もあった。
 目覚めた彼は、思わぬ懐かしさに浸ると共に、このとき初めて、自分が大人になってしまったことへの、一抹の寂しさを感じた。
 そして彼は、夢の彼女が何者なのか記憶の糸をたぐったが、とうとう思い出すことができなかった。
 月日の流れというのは、実に残酷なもので、昔、あれだけ一緒に遊んだ人の記憶すらも、忘れさせてしまったのだ。
 彼は、それからしばらくの間、彼女のことが、心の中で引っかかり続けていた。
 しかし、どうしても思い出せなかった彼は、きっと彼女は夢の中の妄想の住人だ。と、結論づけて、忘れてしまうことにした。
 そしてその夢自体も、いつの間にか、忘れてしまっていた。

 ●

 更に時は流れ、いつしか彼の子どもは寺子屋へと通う年になっていた。あるとき、子どもが彼に告げる。

「そういや、最近さ、帽子かぶったお姉ちゃんが、一緒に遊んでくれるんだ。変わった人だけど面白いんだよ」
「へえ、そうなのか。それは良かったな」

 彼は適当に返事をして、それを聞き流してしまう。
 しかし、あとで、ふと気付いた彼は、子どもに、その人がどんな姿なのか一応たずねた。
 そしてその特徴を聞いた彼は、驚きを隠せなかった。
 それもそのはずで、彼女は夢に出てきた少女そっくりだったのだ。
 更にそれが引き金となり、彼はようやく彼女との記憶をはっきりと思い出した。
 彼は、彼女を忘れてしまっていた自分を大いに悔やんだ。

 ――なんてことだ。やっぱり昔、彼女に会っていたんじゃないか。どうして忘れてしまっていたんだ! あんなに一緒に遊んだというのに……。

 同時に、彼女が人間ではないということにも、気付いてしまったのだが、それは彼にとってどうでもいいことだった。
 何故なら彼女が何者であろうと、彼にとっては一緒に遊んでくれた、優しいお姉さんということに、変わりはなかったからだ。

 ●

 次の日、居ても立ってもいられなくなった彼は、久しぶりに子どもの頃に遊んだ空き地へ足を運んだ。
 そこはあの頃と変わらず、原っぱのままだった。
 彼は懐かしい情景に思わず目を細めたが、次第に違和感を覚える。
 子どもの頃、あれだけ広大に、色んな世界に見えた夢の空間は、ただのこぢんまりとした草の生えた広場以上のものではなかった。
 彼は戸惑いつつ、原っぱに寝転ぶ。
 しかし、子どもの頃に好きだった草や土の匂いも、もう感じとれなくなってしまっていた。それどころか、土臭いような不快臭すら感じてしまい、思わず立ち上がってしまう。

 彼は虚空を見つめ、長いため息をもらす。
 急に、居心地の悪さを感じた彼が、広場から帰ろうとしたその時だ。

 視線を感じた。
 振り返ると、帽子をかぶった少女の姿。

「帽子のお姉さん!?」

 彼が呼びかけるも返事はない。少女はすぐ消えてしまった。
 その後、彼は何度もその場を見直すが、とうとう彼女の姿は見えなかった。
 やっぱり気のせいだったか。と、結局、彼はそのまま空き地を出た。
 
 寺子屋が終わる頃、彼は再び空き地に通りかかる。
 子どもたちが、賑やかそうに遊んでいるのが見えた。
 そこに少女の姿はなかった。
 しかし、明らかに子どもたちは見えない「誰か」と遊んでいるように見える。
 それを見た彼は、何かに納得したように思わず目を細めた。

 ――この子達もいずれ大人になり、きっと彼女のことは忘れてしまうのだろう。

 彼は、そっとその場を去った。

 ●

 家に帰った彼は絵を描き始めた。
 自分の記憶を頼りに、出来るだけ詳細に。顔料も使って、出来るだけ鮮明に。
 そして出来上がったその絵を眺めていると、絵をみた子どもが話しかける。

「あ、帽子のお姉ちゃんだ!? すごいそっくり! もしかして父ちゃんもお姉ちゃんに会ったことあるの!?」

 彼はゆっくりと頷き、穏やかな笑みを浮かべながら子どもに告げた。

「……この人はな。子供のときだけ見えて一緒に遊んでくれる人なんだよ。大人になると彼女のことは忘れてしまうんだ。……だけど、こうして絵に残しておけば、例えお前が大人になったときも、この人のことを思い出せるだろう。いつまでも大切にするんだぞ。この人と遊んだ記憶を……」

 このとき彼の脳裏には、広大な原っぱで、少女と一緒に、無邪気に走り回っている景色が、どこまでも広がっていた。

 それは妄想などではなく、紛れもない、幼い頃の記憶。
 もう二度とは戻れない、夢の記憶――
「誰しも子供の時にね、大人には気付かれない友達っていたでしょ? うふふ」
バームクーヘン
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コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
ふしぎな存在としてのこいし、良かったです。
3.100サク_ウマ削除
寿命が伸びました。ありがとうございます。正統派イマジナリーフレンドこいしちゃんは何回読んでも良いものです。ご馳走様でした。
4.100名前が無い程度の能力削除
王道設定で好きです。
5.100ヘンプ削除
里の男が忘れていくとしても何時でも子供と遊ぶこいしはとても良いと思いました。懐かしいと思うことが夢の記憶を持ち続けて欲しいですね。とても面白かったです。
6.100南条削除
面白かったです
親子二代で出会った不思議な帽子のお姉ちゃんが素敵でした
儚い存在が感じられてよかったです
7.100めそふ削除
良かったです。エモーショナルで心温まる話でした。
8.90Actadust削除
後半の畳みかけが凄く好きでした。忘れていたはずの感情と記憶が決壊するこの感じ、すごく好きです。だからこそ冒頭があっさりしていたのがちょっと気になってしまいました。
それでも感情の篭っていると感じた、とても好きな作品です。
9.90名前が無い程度の能力削除
少し寂しい大切な思い出。思い出せた彼は幸せだったのかも知れません。
趣深くて綺麗なお話でした。
10.100ネツ削除
おもしろーい
11.100へっぽこプレイヤー削除
心温まるお話でした。
こいしの魅力がギュッと詰まっていますね。
12.10名前が無い程度の能力削除
これは弾幕のロールシャッハ
仕事人ですね。