ある春の日の午後。
穣子が山菜採りから帰ってくると、髪の毛、目の色、唇、上着、スカート、そしてトレードマークの髪飾りまで、全身ショッキングピンク色した静葉の姿があった。
衝撃のあまりに、穣子は思わず背負いカゴを落とし、落としたカゴから採りたての山菜がばらばらと床に散らばる。
「あら、穣子。どうしたの。美味しく食べてたジャガイモが、よく見たら緑色だったときのような顔をして」
「いきなりわかりにくい例えしないでくれる? てか何事よ! 何なのこれ。新手の嫌がらせ?」
静葉は平然と答える。
「ただのイメチェンよ」
なんだ。ただのイメチェンか。と、穣子はホッとしかけるが、すぐに思い直し、彼女につっこむ。
「んなわけあるか! そんな理由でそんな全身ピンキーな姿になるわけないでしょ! いったい何をやらかしたのよ! もしかして足の裏からインクを吸ったりした?」
「人をスポンジかバラの花みたいな言い方しないでちょうだい。特別なことは何もしてないわよ」
「嘘よ。何もしないでそんなんになってたまるか!」
言ってる側から静葉は、甘ったるい匂いを漂わせ、誰がどう見ても明らかにおかしいのだが、それでも彼女は平然と言ってのける。
「本当よ。ただお昼ご飯を食べただけ」
「昼ご飯って、何食べたのよ」
静葉が「これよ」と、彼女の目の前に差し出したのは、どぎついピンクの謎の汁物。
いきなり得体の知れない物体を見せつけられ、目を白黒させる穣子に、彼女は微笑みながら告げる。
「どうかしら。特製花スープよ」
「はなすぅぷ……? って、まさか!?」
嫌な予感した穣子が、慌ててかまどの方へ行くと、そこにはピンク色の汁がたっぷりと残された大鍋が鎮座ましましていた。
「……姉さん、もしかして料理したの……?」
「ええ、そうよ。これを作って食べたらこうなったのよ。穣子も食べてみる?」
そう言いながら、静葉がその場でふわりと回ると、辺りに花びらがはらりと舞う。
花びらにまみれた穣子が、虚無の表情で、鍋に指をつけてみると、スープは意外に粘度があり、見た目以上に粉っぽい。
恐らく大量の花びらをすり潰したりしたのだろうか。この粘度の正体は蜂蜜か、はたまた花の蜜か。
そのうち色んな花の香りが混ざったような、甘ったるい匂いが立ちこめてきたので、穣子は無言で鍋に蓋をする。
「……えーとね。言いたいことは山ほどあるけど。まず、姉さんは料理が壊滅的なんだから、調理道具には触らないでってあれほど……」
と、彼女は振り向くが、既にそこには静葉の姿はなく
――春だから ちょっとそこらへ いざ出陣♪ 春静葉
という、書き置きが残されていた。
穣子は、怒りまかせにそれを破り捨てると「もういいわ、あんなの放っといて昼ご飯食べよう!」と、散らばった山菜の回収に向かう。
しかし、あろうことか、山菜は無残にも、先ほどの花びらの舞いによって、ショッキングピンクに染まってしまっていた。
穣子はショックのあまり、思わずその場に、膝から崩れ落ちてしまった。
▼
「さあ、枯れ木に春を咲かせましょう」
静葉がふわりと回る度に、花びらがふわりと舞い上がり、舞い上がった花びらたちが、山道を春に染め上げていく。
そこへちょうど通りかかったのは、厄神様こと鍵山雛。
春の陽気にさそわれて、ふらっと散歩しているところだった。
雛は静葉の異様な姿と奇行に、しばしあっけにとられていたが、やがておそるおそる声をかける。
「……あの、もしかして静葉さん……?」
「あら、雛じゃない。どうしたのこんなところで」
「ええ。気持ちがよかったからちょっと散歩を。……静葉さんこそ、一体何を? なんか見た目も変わっちゃってるし……。イメチェン?」
「あら、見てわからないかしら」
「申し訳ないけど、皆目見当つかないわ……」
「春をばらまいてるのよ」
「……え?」
「ほら、こうやって」
と、彼女は辺りに花びらを舞い上がらせる。花びらにまみれながら雛が口を開く。
「……ねえ、静葉さん。……一つ言ってもいいかしら?」
「いいわよ」
「……私、知らなかったわ……!! まさか静葉さんが、春の神様も兼任してたなんて……!」
本気で驚きの眼差しを向ける彼女に静葉は、ふふっと笑みを浮かべて告げる。
「そうよ。雛。今の私は春の静葉、略して春静葉。春を司る春の静葉なのよ。あ、そうだ。あなたもちょっと手伝いなさい」
「手伝うって……なにを?」
「春をばらまくのを、よ」
静葉は花びらを舞わせると、雛に告げる。
「さあ、お回り」
雛は言われるままにぐるぐるっと回る。
するとその勢いで花びらが空へ舞い上がり、あっという間に辺り一面が春色に染まる。
「わぁ! 綺麗!」
「素晴らしいわ。さすが雛。さあ、この調子で妖怪の山を、春で埋め尽くしましょう」
その後、二人は、調子に乗って山に春をばらまき続けていたが、次第にちまちまとばらまくのが面倒になり、もっと効率のいい手段はないものかと考え出す。
そして二人は、上空で一緒に回ってみてはどうかと思いつき、早速試すことにする。
「静葉さん。本当に、大丈夫かしら……」
「大丈夫よ。やりたくなったらやっちゃいなって言うでしょ。さあ、いつものようにおやり」
「わかった! じゃあ、いくわよー!」
まず静葉が回り、続いて雛が「ピンクタイフーン!!」と叫び勢いよく回り始める。しかし、どうもいささか勢いが良すぎたようで、最初はつむじ風だったようなものが、あっという間に桃色の禍々しい竜巻のようになってしまう。
そして辺りを春に染めるどころか、花や木々を根こそぎ奪い始めてしまった。
すぐ騒ぎを聞きつけた天狗や河童やその他の妖怪が、縄張りを荒らされてたまるかと、そのピンクタイフーンを止めようとするが、近づこうとした者は皆、何故かスペルカードの紛失や暴発、急な腹痛や関節痛、更にはこむら返りや気分の落ち込みなどの、様々な不幸に見舞われてしまう。
自然の脅威の前には、所詮生き物は無力。仕方なく彼らは指をくわえてその嵐を見ていることしか出来なかった。
▼
その頃、穣子は、懲りずに再び山菜採りに来ていた。
彼女は何やら遠くの方が騒がしいと思いつつも、そんなことより山菜よ! と、ばかりに夢中で山菜を採る。
そしてカゴが山菜で一杯になる頃、穣子は異変に気付く。
「あー! なにこれー!?」
採ったはずの山菜が、無残にもしなびてしまっていたのだ。
彼女はその時、辺りの木々がえぐられ、はげ山のようになっていることに初めて気が付き、「これは一体何事か」と、慌てて辺りを見回すと、ようやくピンクタイフーンの存在に気付く。
「なにあれ……」
桃色の竜巻が、木々や花々、果ては妖怪たちを巻き上げていく異様な光景を、穣子は遠い目で見つめていたが、その時はっとする。
――あー……そういうこと。完全に理解した。あのいかがわしい色の竜巻が、山の春度を奪ってるのね……! おのれ……! 私の山菜を……! ささやかな楽しみを……! 唯一の春の生きがいを奪うとは、断じて許さん……!!
怒りの穣子は、竜巻に向かって叫ぶ。
「やいこら! この竜巻親分め! 豊穣神を怒らせるとどうなるか!! 目にものを見せてやるからね!」
彼女は急いで何かを探しはじめる。
ほどなくして道ばたに、汚れたてるてる坊主のようなものが落ちているのを見つける。
穣子は、それの胸元らしきところを無理矢理掴むとガクガクとゆすった。
「やっぱりいると思ったわ! ほら起きなさい! 起きろっての!」
「え……? あ……? あれ……?」
するとそのてるてる坊主のようなものこと、リリーホワイトはうっすら目を覚ます。
どうやら彼女も竜巻の被害者を受けたらしく、全身砂埃まみれだった。
「あんたもたまには、役に立ちなさい!」
「え? え?」
穣子は状況が飲み込めていない様子の彼女を、強引に空へ連れて行く。
「行け! 妖精ハルトマン! 春度を全部吸い取ってあの竜巻を撃墜してこーい!!」
「えっ!? えっ!? えーーーーっ!?」
穣子は、問答無用で(被)撃墜王を竜巻に向かって放り投げた。
▼
その後、竜巻はほどなく消滅し、山には平穏が戻った。
静葉は元に戻った状態で、山で倒れていたところを天狗達に救助されるが、春静葉になっていた間の記憶はすっぱりと無くしていた。全く都合のいいものである。
更に雛も、あの後、ぱったりと姿を見せなくなってしまったため、結局、竜巻の正体は、はっきりしないまま、そのままうやむやになる。
その後、天狗の新聞に「また河童の実験失敗か」という憶測の記事が載り、それに対し河童側が、「まったくの濡れ衣であり、甚だ心外である」と、遺憾の意を表明する、いつもの流れで幕引きとなった。
そんな春嵐騒動から数日後。
秋姉妹の家にとある人物がやってくる。
いや、正確には玄関で行き倒れているのを穣子が見つける。
穣子はその人物――妖精ハルトマンことリリーホワイトを、家の中へ連れて行き、居間に寝かせる。
それに気付いた静葉が読んでいた新聞をたたむと、物珍しそうに話しかけた。
「あら、これまた珍しいのを連れてきたわね。この子は春の子でしょ」
「うんまぁ……。ちょっと色々あってね」
リリーホワイトは犠牲になったのだ。あのピンクタイフーンを撃墜するために。
流石の穣子も、罪悪感を感じずにはいられなかった。
「かわいそうに。大分弱ってるみたいね。春度が足りないのかもしれないわ」
顔面蒼白で弱々しい彼女の様子を見かねた静葉が、彼女に向かって新鮮な山菜をぽいっと投げる。
たちどころに山菜は鮮度を失う。しかし彼女が起きる気配はない。
「だめね。何かもっと春度が強いものが、あればいいのだけど……」
「春度ねぇ。……ん? 春度……? あ! そうだ!!」
そう言って手をポンッと叩くと穣子は、彼女を抱えてかまどの方へ行く。
そして例の大鍋の蓋を開けると、そのまま彼女を鍋の中に豪快に放り込む。
「ちょっと何してるのよ。穣子ったら気でも触れちゃったの?」
「うるさいわね! 姉さんに言われたくはないわよ!! 元はと言えば全部姉さんがこのスープを作ったせいでこうなったんだからね!」
と、そのときだ。鍋がまばゆく輝いたかと思うと、突然桜色の煙が立ちこめる。
嫌な予感した二人が、逃げる間もなく、案の定、鍋は爆発を起こし、二人は居間の方へ吹き飛ばされる。
「……ふう。全く、乱暴なんだから……」
そう言いながら、桜色の煙の中から現れたのは、リリーホワイトとは似ても似つかぬブロンドヘアーの女性だった。
金髪碧眼に鼻筋の整った顔。まるでメロンを彷彿とさせる、実った胸。まるで桃を彷彿させる、形の整った臀部。それに加えて八頭身はあるのではないかという見事なプロポーション。
どこをどう取っても美女と呼べる存在だ。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あの、あの、どちらサマ……?」
思わず錯乱気味の穣子が尋ねると、彼女はにこりと笑みを浮かべて答える。
「嫌だなぁ。私ですよ。リリーホワイトですよ」
「そんな……。声まで変わっちゃって……!?」
穣子の指摘通り、彼女はいつもの無邪気そうな声ではなく、少しウィスパーがかった艶のある声色に変わっていた。
確かに、一見すると妖精体型のリリーホワイトとは似ても似つかない美女なのだが、背中にある妖精の羽根と、トレードマークの三角帽子があることで、彼女がリリーホワイトであることが、辛うじて証明されていた。
「穣子さん。ありがとうございます。おかげで元気になれましたよ」
「いやいや、元気になり過ぎでしょ! てか、もう別人じゃんそれ」
「ええ、おかげさまで。今まで味わったこともないような、濃厚で濃密な春度を頂きましたので」
そう言ってリリーホワイトは、にこりと微笑む。
いやはや、花スープ恐るべし! 穣子がそう思っていると、彼女が二人に告げる。
「それでは穣子さん! 静葉さん! お二人に素敵な春が訪れますように! えーい!」
リリーホワイトはそう言って、両手を広げながら、溢れんばかりの笑顔を見せる。
すると、一瞬にして床一面がピンクの花びらで埋まり、柱にも白いお花が咲き、天井の梁からも赤いお花が垂れ下がり、さながら家の中がお花畑のようになってしまう。
「くぉらー! 何してくれんのよ!? ……って、あぁー! なんじゃこりゃー!?」
花まみれになった穣子が、自分の身体をよく見てみると、服や髪の色などが綺麗なピンク色に染まっていた。
――えっ……まさか!?
嫌な予感がした穣子は、急いで姉の方を見る。
そこには、髪の毛、目の色、唇、上着、スカート、そしてトレードマークの髪飾りまで、ショッキングピンク色の静葉がいた。
そしてふりだしへもどる
穣子が山菜採りから帰ってくると、髪の毛、目の色、唇、上着、スカート、そしてトレードマークの髪飾りまで、全身ショッキングピンク色した静葉の姿があった。
衝撃のあまりに、穣子は思わず背負いカゴを落とし、落としたカゴから採りたての山菜がばらばらと床に散らばる。
「あら、穣子。どうしたの。美味しく食べてたジャガイモが、よく見たら緑色だったときのような顔をして」
「いきなりわかりにくい例えしないでくれる? てか何事よ! 何なのこれ。新手の嫌がらせ?」
静葉は平然と答える。
「ただのイメチェンよ」
なんだ。ただのイメチェンか。と、穣子はホッとしかけるが、すぐに思い直し、彼女につっこむ。
「んなわけあるか! そんな理由でそんな全身ピンキーな姿になるわけないでしょ! いったい何をやらかしたのよ! もしかして足の裏からインクを吸ったりした?」
「人をスポンジかバラの花みたいな言い方しないでちょうだい。特別なことは何もしてないわよ」
「嘘よ。何もしないでそんなんになってたまるか!」
言ってる側から静葉は、甘ったるい匂いを漂わせ、誰がどう見ても明らかにおかしいのだが、それでも彼女は平然と言ってのける。
「本当よ。ただお昼ご飯を食べただけ」
「昼ご飯って、何食べたのよ」
静葉が「これよ」と、彼女の目の前に差し出したのは、どぎついピンクの謎の汁物。
いきなり得体の知れない物体を見せつけられ、目を白黒させる穣子に、彼女は微笑みながら告げる。
「どうかしら。特製花スープよ」
「はなすぅぷ……? って、まさか!?」
嫌な予感した穣子が、慌ててかまどの方へ行くと、そこにはピンク色の汁がたっぷりと残された大鍋が鎮座ましましていた。
「……姉さん、もしかして料理したの……?」
「ええ、そうよ。これを作って食べたらこうなったのよ。穣子も食べてみる?」
そう言いながら、静葉がその場でふわりと回ると、辺りに花びらがはらりと舞う。
花びらにまみれた穣子が、虚無の表情で、鍋に指をつけてみると、スープは意外に粘度があり、見た目以上に粉っぽい。
恐らく大量の花びらをすり潰したりしたのだろうか。この粘度の正体は蜂蜜か、はたまた花の蜜か。
そのうち色んな花の香りが混ざったような、甘ったるい匂いが立ちこめてきたので、穣子は無言で鍋に蓋をする。
「……えーとね。言いたいことは山ほどあるけど。まず、姉さんは料理が壊滅的なんだから、調理道具には触らないでってあれほど……」
と、彼女は振り向くが、既にそこには静葉の姿はなく
――春だから ちょっとそこらへ いざ出陣♪ 春静葉
という、書き置きが残されていた。
穣子は、怒りまかせにそれを破り捨てると「もういいわ、あんなの放っといて昼ご飯食べよう!」と、散らばった山菜の回収に向かう。
しかし、あろうことか、山菜は無残にも、先ほどの花びらの舞いによって、ショッキングピンクに染まってしまっていた。
穣子はショックのあまり、思わずその場に、膝から崩れ落ちてしまった。
▼
「さあ、枯れ木に春を咲かせましょう」
静葉がふわりと回る度に、花びらがふわりと舞い上がり、舞い上がった花びらたちが、山道を春に染め上げていく。
そこへちょうど通りかかったのは、厄神様こと鍵山雛。
春の陽気にさそわれて、ふらっと散歩しているところだった。
雛は静葉の異様な姿と奇行に、しばしあっけにとられていたが、やがておそるおそる声をかける。
「……あの、もしかして静葉さん……?」
「あら、雛じゃない。どうしたのこんなところで」
「ええ。気持ちがよかったからちょっと散歩を。……静葉さんこそ、一体何を? なんか見た目も変わっちゃってるし……。イメチェン?」
「あら、見てわからないかしら」
「申し訳ないけど、皆目見当つかないわ……」
「春をばらまいてるのよ」
「……え?」
「ほら、こうやって」
と、彼女は辺りに花びらを舞い上がらせる。花びらにまみれながら雛が口を開く。
「……ねえ、静葉さん。……一つ言ってもいいかしら?」
「いいわよ」
「……私、知らなかったわ……!! まさか静葉さんが、春の神様も兼任してたなんて……!」
本気で驚きの眼差しを向ける彼女に静葉は、ふふっと笑みを浮かべて告げる。
「そうよ。雛。今の私は春の静葉、略して春静葉。春を司る春の静葉なのよ。あ、そうだ。あなたもちょっと手伝いなさい」
「手伝うって……なにを?」
「春をばらまくのを、よ」
静葉は花びらを舞わせると、雛に告げる。
「さあ、お回り」
雛は言われるままにぐるぐるっと回る。
するとその勢いで花びらが空へ舞い上がり、あっという間に辺り一面が春色に染まる。
「わぁ! 綺麗!」
「素晴らしいわ。さすが雛。さあ、この調子で妖怪の山を、春で埋め尽くしましょう」
その後、二人は、調子に乗って山に春をばらまき続けていたが、次第にちまちまとばらまくのが面倒になり、もっと効率のいい手段はないものかと考え出す。
そして二人は、上空で一緒に回ってみてはどうかと思いつき、早速試すことにする。
「静葉さん。本当に、大丈夫かしら……」
「大丈夫よ。やりたくなったらやっちゃいなって言うでしょ。さあ、いつものようにおやり」
「わかった! じゃあ、いくわよー!」
まず静葉が回り、続いて雛が「ピンクタイフーン!!」と叫び勢いよく回り始める。しかし、どうもいささか勢いが良すぎたようで、最初はつむじ風だったようなものが、あっという間に桃色の禍々しい竜巻のようになってしまう。
そして辺りを春に染めるどころか、花や木々を根こそぎ奪い始めてしまった。
すぐ騒ぎを聞きつけた天狗や河童やその他の妖怪が、縄張りを荒らされてたまるかと、そのピンクタイフーンを止めようとするが、近づこうとした者は皆、何故かスペルカードの紛失や暴発、急な腹痛や関節痛、更にはこむら返りや気分の落ち込みなどの、様々な不幸に見舞われてしまう。
自然の脅威の前には、所詮生き物は無力。仕方なく彼らは指をくわえてその嵐を見ていることしか出来なかった。
▼
その頃、穣子は、懲りずに再び山菜採りに来ていた。
彼女は何やら遠くの方が騒がしいと思いつつも、そんなことより山菜よ! と、ばかりに夢中で山菜を採る。
そしてカゴが山菜で一杯になる頃、穣子は異変に気付く。
「あー! なにこれー!?」
採ったはずの山菜が、無残にもしなびてしまっていたのだ。
彼女はその時、辺りの木々がえぐられ、はげ山のようになっていることに初めて気が付き、「これは一体何事か」と、慌てて辺りを見回すと、ようやくピンクタイフーンの存在に気付く。
「なにあれ……」
桃色の竜巻が、木々や花々、果ては妖怪たちを巻き上げていく異様な光景を、穣子は遠い目で見つめていたが、その時はっとする。
――あー……そういうこと。完全に理解した。あのいかがわしい色の竜巻が、山の春度を奪ってるのね……! おのれ……! 私の山菜を……! ささやかな楽しみを……! 唯一の春の生きがいを奪うとは、断じて許さん……!!
怒りの穣子は、竜巻に向かって叫ぶ。
「やいこら! この竜巻親分め! 豊穣神を怒らせるとどうなるか!! 目にものを見せてやるからね!」
彼女は急いで何かを探しはじめる。
ほどなくして道ばたに、汚れたてるてる坊主のようなものが落ちているのを見つける。
穣子は、それの胸元らしきところを無理矢理掴むとガクガクとゆすった。
「やっぱりいると思ったわ! ほら起きなさい! 起きろっての!」
「え……? あ……? あれ……?」
するとそのてるてる坊主のようなものこと、リリーホワイトはうっすら目を覚ます。
どうやら彼女も竜巻の被害者を受けたらしく、全身砂埃まみれだった。
「あんたもたまには、役に立ちなさい!」
「え? え?」
穣子は状況が飲み込めていない様子の彼女を、強引に空へ連れて行く。
「行け! 妖精ハルトマン! 春度を全部吸い取ってあの竜巻を撃墜してこーい!!」
「えっ!? えっ!? えーーーーっ!?」
穣子は、問答無用で(被)撃墜王を竜巻に向かって放り投げた。
▼
その後、竜巻はほどなく消滅し、山には平穏が戻った。
静葉は元に戻った状態で、山で倒れていたところを天狗達に救助されるが、春静葉になっていた間の記憶はすっぱりと無くしていた。全く都合のいいものである。
更に雛も、あの後、ぱったりと姿を見せなくなってしまったため、結局、竜巻の正体は、はっきりしないまま、そのままうやむやになる。
その後、天狗の新聞に「また河童の実験失敗か」という憶測の記事が載り、それに対し河童側が、「まったくの濡れ衣であり、甚だ心外である」と、遺憾の意を表明する、いつもの流れで幕引きとなった。
そんな春嵐騒動から数日後。
秋姉妹の家にとある人物がやってくる。
いや、正確には玄関で行き倒れているのを穣子が見つける。
穣子はその人物――妖精ハルトマンことリリーホワイトを、家の中へ連れて行き、居間に寝かせる。
それに気付いた静葉が読んでいた新聞をたたむと、物珍しそうに話しかけた。
「あら、これまた珍しいのを連れてきたわね。この子は春の子でしょ」
「うんまぁ……。ちょっと色々あってね」
リリーホワイトは犠牲になったのだ。あのピンクタイフーンを撃墜するために。
流石の穣子も、罪悪感を感じずにはいられなかった。
「かわいそうに。大分弱ってるみたいね。春度が足りないのかもしれないわ」
顔面蒼白で弱々しい彼女の様子を見かねた静葉が、彼女に向かって新鮮な山菜をぽいっと投げる。
たちどころに山菜は鮮度を失う。しかし彼女が起きる気配はない。
「だめね。何かもっと春度が強いものが、あればいいのだけど……」
「春度ねぇ。……ん? 春度……? あ! そうだ!!」
そう言って手をポンッと叩くと穣子は、彼女を抱えてかまどの方へ行く。
そして例の大鍋の蓋を開けると、そのまま彼女を鍋の中に豪快に放り込む。
「ちょっと何してるのよ。穣子ったら気でも触れちゃったの?」
「うるさいわね! 姉さんに言われたくはないわよ!! 元はと言えば全部姉さんがこのスープを作ったせいでこうなったんだからね!」
と、そのときだ。鍋がまばゆく輝いたかと思うと、突然桜色の煙が立ちこめる。
嫌な予感した二人が、逃げる間もなく、案の定、鍋は爆発を起こし、二人は居間の方へ吹き飛ばされる。
「……ふう。全く、乱暴なんだから……」
そう言いながら、桜色の煙の中から現れたのは、リリーホワイトとは似ても似つかぬブロンドヘアーの女性だった。
金髪碧眼に鼻筋の整った顔。まるでメロンを彷彿とさせる、実った胸。まるで桃を彷彿させる、形の整った臀部。それに加えて八頭身はあるのではないかという見事なプロポーション。
どこをどう取っても美女と呼べる存在だ。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あの、あの、どちらサマ……?」
思わず錯乱気味の穣子が尋ねると、彼女はにこりと笑みを浮かべて答える。
「嫌だなぁ。私ですよ。リリーホワイトですよ」
「そんな……。声まで変わっちゃって……!?」
穣子の指摘通り、彼女はいつもの無邪気そうな声ではなく、少しウィスパーがかった艶のある声色に変わっていた。
確かに、一見すると妖精体型のリリーホワイトとは似ても似つかない美女なのだが、背中にある妖精の羽根と、トレードマークの三角帽子があることで、彼女がリリーホワイトであることが、辛うじて証明されていた。
「穣子さん。ありがとうございます。おかげで元気になれましたよ」
「いやいや、元気になり過ぎでしょ! てか、もう別人じゃんそれ」
「ええ、おかげさまで。今まで味わったこともないような、濃厚で濃密な春度を頂きましたので」
そう言ってリリーホワイトは、にこりと微笑む。
いやはや、花スープ恐るべし! 穣子がそう思っていると、彼女が二人に告げる。
「それでは穣子さん! 静葉さん! お二人に素敵な春が訪れますように! えーい!」
リリーホワイトはそう言って、両手を広げながら、溢れんばかりの笑顔を見せる。
すると、一瞬にして床一面がピンクの花びらで埋まり、柱にも白いお花が咲き、天井の梁からも赤いお花が垂れ下がり、さながら家の中がお花畑のようになってしまう。
「くぉらー! 何してくれんのよ!? ……って、あぁー! なんじゃこりゃー!?」
花まみれになった穣子が、自分の身体をよく見てみると、服や髪の色などが綺麗なピンク色に染まっていた。
――えっ……まさか!?
嫌な予感がした穣子は、急いで姉の方を見る。
そこには、髪の毛、目の色、唇、上着、スカート、そしてトレードマークの髪飾りまで、ショッキングピンク色の静葉がいた。
そしてふりだしへもどる