Coolier - 新生・東方創想話

さいきょう

2022/05/17 21:48:00
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 まず初めに思ったことが違う、だった。眼球は夕日に焼かれた木と土を映している。手や足は思った通りに動く。目に見える風景も、感触も、匂いも正しく感じることが出来る。体の機能はどこにも問題は無い。ただそれが自分だと思えない。皮膚は拘束具の様に体を締め付け、体を巡る血は這い回る虫の様に感じた。自分の物が自分でない不快感が全身を支配する。あまりの苦しさから逃れるために身を捩じらせ喉が裂ける程叫ぶ。木だろうが石だろうがあらん限りの力を使って全身を叩きつけ、皮膚が裂け血が出ても手足を振り回し続けた。
 一晩中暴れ通したが空が白み始める頃には地面に横たわり動かなくなっていた。痛みで気を紛らわす事ができればどれだけ良かっただろうか。不快なものに不快なものを重ねても更に不愉快になるだけだった。もう何をしてもこの異物感からは逃げられないのだ。回りからは視線の様なものを感じるが自分から姿を見せるものはおらず、こちらから行く気力なんてものも既に尽きているので、そのまま死んだ様に寝転がっていた。太陽が真上に来た頃にようやく緑色の髪をした妖精が一匹姿を現した。
 その妖精は大妖精と名乗り(名前か?)長い事話していたが、そのどれもが既に頭に入っていることなので耳の上を通り過ぎる。初めてのことを知っている矛盾に脳みそを引きずり出したくなるがどうせ不快感が増すだけなのは目に見えているので上から諦めで塗りつぶす。何の反応もしないでいるとその妖精は手を引いて家と呼ぶべきなのかドアの付いた木と呼ぶべきなのかよくわからない建物へ案内され、そこで治療を受けた。
 妖精はこんなのすぐに治るんだけどね、と大妖精は言っていたが、実際に傷は既に塞がりかけていた。勿論その治癒能力に感謝の念なんてものは湧いてこない。それからは大妖精に連れられていろんな場所や人(妖怪もいたらしいが違いが良くわからなかった)に会いに行かされたが、それらは記憶に残る程に脳を刺激することは無く頭から抜け落ちていった。
 ある日、もうめぼしい所はあらかた回ってしまったらしく大妖精はどこへ連れて行こうかと考え込んでいた時だった。急に頭上で破裂音と光の玉が飛び交い始めた。周りにいた他の妖精達が光に集まる虫の様に空へ昇りそれに混ざる。見たいという訳でも無かったがなんとなく視線を合わせていると光弾に当たった妖精の体が弾けた。それは生き物の様に中身を巻き散らかす訳でもなく、風船の様に破裂しその抜け殻すら残さず綺麗に霧散したのだがそれでも私はその衝撃的な光景に思わずびくりと身を竦ませる。大妖精はそれに何か感じたのか私の手を引いてその場から逃げた。ある程度離れたところで息を落ち着かせ、今まで人形の様にされるがままだった私から初めて反応の様なものが返って来たのが嬉しいのか大妖精はいささか興奮した様に話し始めた。あれは弾幕ごっこだとか、妖精は死んだのではなくまた戻ってくるだとか、その衝撃と初めて知る情報だったのでここでの会話は記憶に残っている。
 ただ死んでも戻ってくる、というのが理解できない。死ねば終わりではないのか。仮に戻ったとして戻った自分は本当に自分と言えるのか。その恐怖は時がいくら経っても薄れる事は無く、それどころか増していくばかりであった。
 この時から私はおでかけを拒み、いつでも逃げられるように見晴らしのいい湖に居座るようになった。大妖精の訪問すら無くなってしばらくした頃、ある時突然現れたかのように一晩ではおよそ建てられない程立派な紅い館が湖の近くに姿を現した。その時に私も所詮妖精だった、と言う事だろうか。あれだけ過剰と言えるほどの警戒心を忘れ、本来警戒するべき異常な物を無防備に眺めてしまった。そこで棒のような長いものが光ったと思った頃には既に遅く、それは回避不能な速さで眼前に接近し何かわかる間も無く私の意識は途切れた。こうして私はあれだけ恐れていた死をあっけなく迎えることになった。


 飛び起きる様に上体を起こす。またあの初めてと同じ不快感に身を苛まれるが、前回と違うのは自分の記憶を持っていることだ。あれだけ危惧していた恐怖は思った程無い、というよりもあまりに突然すぎて何もわからなかった。死の恐怖すらなくなり逃げるという原始の本能すら無くなってしまった私はまた暗闇に投げ出された。以前の何もない私は暗闇から抜け出すのを諦めたが、私に芽生えた自分は暗闇に居ることを良しとしなかった。いや、本当のことを言うと私は暗闇に居続けることの方が怖かった。端から見れば人形でいるより死に怯え逃げ惑っている方が無様で惨めに見えるかもしれないが、実際に生きた私からすると逃げ回っている方がよっぽど生を感じられた。だがそれで何をするのか?というと何も思い浮かばずに悶々としていた。ここで私はふとあの妖精の事を思い出した。あの妖精に会えば何かわかるかと思い、私は初めて自らの足で大妖精の元を訪ねた。
 私の顔を見た大妖精はあの時以上の驚きと喜びで私を迎えてくれ、私はこれまでの分を取り戻す勢いで話をした。私のおはなしは大妖精がもう眠いからと断るまで続いた。ここでやっとこの場所が幻想郷ということ、ここの住人である人や妖のこと、弾幕ごっことは何かと言うこと、そして私が氷の妖精だということがわかった。その知識を元に一晩考え抜いて出した結論が強くなる、ということだった。正直そこまで強い熱意ではなかったが何もない暗闇にはマッチ程度の明かりでも進む理由に十分な輝きを持っていた。
 それからは相手が誰であろうと手当たり次第にごっこを吹っ掛けた。残念ながら戦績は芳しくなかったがどうせ他人のような体なのでなりふり構わず私は進み続けた。ある時、生まれ変わりの後に一枚の写真の様に風景がふっと頭に浮かんだ。初めの頃はそれだけだったのだが何十、何百と重ねていくとそれが写真ではなく映像になりとうとう人の一生分が頭に入ってきた。それも視覚情報だけでなく思考まで付いてくるものだから文字通り人の一生を追体験している感覚だった。端から見れば奇妙極まりない現象だろうが私は他人の様な体なんだから他人の記憶がある方が自然だろう、と妙に納得してさして気にしていなかった。ただその追体験は一人で終わらず、二人、三人とさらに増えていったのだ。これには流石に困ってしまった。その記憶の密度から本当にその人が脳に居るように感じ、人数が増えていくごとに脳の空間を圧迫し、私という存在が希薄になっていった。記憶が混濁し、自と他が曖昧になり、私は混ざった。
 ちくしょう。全然勝てないじゃねえか。なんで俺がこんなことをしなきゃならねえんだ。やってらんねえ。駄目だ、やれ。何故だ、どうしてこんなことする必要があんだよ。やめた先に何がある。何もないんだ。あるとすればこの先しかない。強くなれ。……ちくしょう。やればいいんだろ。くそったれ。
 もう嫌だ。僕はもうこんなことしたくない。駄目だ、続けるんだ。なんで、もう怖いのは嫌だよ。怖いか。やめれば怖いことが無くなると思うか。やめたって怖いものは無くならない。強くなるしかないんだ。……やらなきゃ…いけない。強く…ならなくちゃ……いけない。
 キラキラしてる。あたしあんなに綺麗なもの初めてみた。欲しくないか、あれが。うん、欲しい。なら、強くなれ。強くなればもっと良い物が見れるぞ。そうなの。わかった、頑張ってみる。
 何度も、何度も言い続けた。新しい人間が出てくるたびに押さえつけ、急かし、強くなれと言い続けた。それももう限界に近い。私は既に飽和している。これ以上続けると私という存在そのものが危うくなる。だから私は彼女を作った。正確には私に有る意思を統合して出来た人格に似た何か、という程度のものだが。出来は良くないかもしれないが彼女が彼女として在ることができればそれでいい。私にはもうどれが私なのかも判断がつかないくらい混ざってしまった。私が残ってしまったら彼女は私と同じ事になるのはわかりきっている。だから彼女が自分で在るためにこの混沌を引き受けよう。次の生まれ変わりで私は深い、もう二度と出ることが出来ないくらい深い所へ行く。だから一つだけ叶えて欲しい。
 心のどこかでは感じていた。これはもしかしたら救いでは無いのかもしれない。ただ私の我儘を押し付けているだけなのかもしれない。業かもしれない。罪かもしれない。進んだ先にも本当は何も無いのかもしれない。それでも止められない。託すことをやめられない。進み続けることだけが私の、私が私で居られた唯一の証なのだ。
 たった一つの願いだ。チルノ、強くなってくれ。それが、それだけが私の、俺の、僕の、あたしの、我々の、呪(ねが)いだ。














大妖精日記

XXX年〇月〇日
 例の取り換えっ子が生まれた。またいつものが始まる。取り替えっ子はなぜか知らないが生まれた時みんな決まったように暴れ回る。これがつい面白くて毎回眺めてしまう。日が昇る頃にはもう動かなくなったので今回は短い方だったな、と思いつつもう少し様子を見る。昼になっても動く気配がないのでようやく私は顔を出すことにした。案の定この替え子も何も話さなかった。妖精というのは生まれですべてが決まる。出来る妖精は初めから言葉を話すし、出来ない妖精はいくら経っても話せるようにならない。生まれ持った力が弱くなることも無いが強くもならない。あまりに何の反応も示さないのでまあこの子は出来ない側なんだろうな、とは思っていた。それでも私は妖精の世話をする為にここに居るので手当をし、明日からは顔を見せるついでに色々なところを回ってみようと思う。

XXX年〇月〇日
 あの子を連れ回しているときに弾幕ごっこが起きた。妖精は弾幕ごっこが始まると皆集まっていくもんだからこの子も興味があるのかと思って教えてあげたら怯える様になってしまった。それからあの子は湖から出なくなった。逆効果だったかな。しばらくそっとしておこう。

XXX年〇月〇日
 驚くことが起きた。あの子が私の家を訪問し、更には聞きたいことがあると話し出しさえしたのだ。出来ない子もそれはそれで可愛いがやはり意思疎通できる方がやはり張り合いがある。思っていたよりも力があることが嬉しくて私は喜んで招き入れた。ただその喜びは質問攻めが終わる頃にはとっくに無くなっていた。

XXX年〇月〇日
 あの子が弾幕ごっこをしていた。あんなに怖がっていたので不思議に思って聞いてみたら強くなるためだと言った。やっぱり替え子って面白い。成長しないというのを本能的にわかっているのか妖精は負けたからって努力だとか鍛えるだとかそんなこと考えもしない。教えようかとも考えたが黙っていた方が面白そうなので強くなれるといいね、とだけ返した。

XXX年〇月〇日
 驚いた、とあの子の事には毎回書いてる気がするがそうでもなかった。あの子は強くなっている。おそらく私でも、いや妖精で勝てる相手なんてもういないのではないだろうか。強くなれる妖精なんてそれはもう妖精ではない。あの子は妖精ではない何かになろうとしている。いつぞやに閻魔にたましいを使いまわすな、なんて言われたがこんなに楽しい事になるならもっと早くやればよかった。あの替え子はいつもいつも時間がたつと気が触れるからその度に無理やりチェンジリングをしていたのだが今の私にあの子をどうこうできる力は無いしそんなつもりもない。これからあの子がどうなるのか非常に興味がある。

XXX年〇月〇日
 あの子が居なくなってしまった。あれはチルノと名乗った。

XXX年〇月〇日
 チルノはやたらと最強に拘る。あの子は居なくなってしまったと少し気が沈んでいたが、ある時に閃いた。これはもしかしたらこれこそがあの子の答えではないのかと。あの子は狂ってしまう事への解答として彼女を用意したのではないだろうか。もしそうであるならあの子は自力で問題を乗り越えたのだ。いやきっとそうだ、そうに違いない。素晴らしい。あの子はなんて、なんて素晴らしいんだろう。愛、そうだこれはもう愛していると言ってもいい。あの子が選んだ道を見届けたい。あの子の先を私はまだ見てみたい。あの子が遺したものならあの子と同じように彼女を愛そう。チルノがこの先どんな道を選ぼうとも、何になろうとも、私は彼女の味方でいよう。
大妖精日記(ハートとか星とかいっぱい書いてあるノート)
ハピ茶
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コメント



0.200簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100サク_ウマ削除
二重の意味でヤバくてとても良いですね。確かに妖精と言えば取り換え仔ですが幻想郷の妖精にそれを適用するのは今までなかった発想で驚かされました。素晴らしいと思います。お見事でした。
4.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。妖精という不明瞭な存在の強い解釈を見た気がします。
5.80名前が無い程度の能力削除
よかったです
6.100名前が無い程度の能力削除
妖精の解釈としてとても面白かったです。
7.100南条削除
面白かったです
大妖精が下種でとても素敵でした
10.80わたしはみまちゃん削除
妖精の解釈として、話の題材としてとても面白かったと思います。無邪気と狂気は紙一重。改めてそれを感じました。次作も期待しています!