Coolier - 新生・東方創想話

Who am I?

2022/05/16 01:55:57
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「お願いよ。レポートが明日の朝一までなの。私ひとりじゃ徹夜しても終わりそうにないから手伝ってよ。私でしょ」
 マエリベリー・ハーンが待ち合わせの食堂に着くと宇佐見蓮子が携帯端末に話しかけていた。そして携帯端末からは蓮子の声が返ってきた。
『手伝ってあげてもいいけどさ、この論文読みたいから買ってよ』
 彼女の持っている端末の画面が操作もしていないのに勝手に切り替わり、クレジットカードの登録画面が映し出される。
「今月はピンチだから来月になったら買ってあげるからね。頼むよ」
『嫌よ。こないだもそう言って論文買ってくれなかったじゃない』
 大学のレポートと論文をどうするかで同じ声で口論をしているという稀有な光景を見て、マエリベリーは呆然としていた。そんな彼女に実在する蓮子が彼女に気づき、声をかけた。
「あ、来てたのね。ごめんごめん、こいつと交渉していて気が付かなかったわ」
 実在する蓮子はじゃあまた後でねと言って携帯端末をしまった。
「今の何?妹?でもそれにしては本人と声とか話し方とかそっくりね」
「妹なんていないよ。最近大学で流行りのデジタルクローンってやつよ」
 マエリベリーはピンと来ていないようで首をかしげている。
「その様子だと知らないのね。これは私の情報を元に作り出した人工知能」
 そう言って携帯端末を取り出してデジタルクローンを起動して見せる。そうすると画面に蓮子の姿が胸部辺りまで映し出される。
『あらメリー。現実の私が気づかなくてごめんね』
 実在する蓮子はあんたも同罪でしょと言いながらデジタルクローンを終了する。
「それでこいつは、私の思考や意思を繊細に再現したものね。本体はクラウド上にあって、インターネットに繋がっている間はさっきみたいに話したり調べものしてもらったり、端末上の操作を代行したりできるわ」
「なるほどね。レポートを手伝ってもらう相手なら、うってつけね」
「そうなんだけど、あいつ現金な奴でレポートの手伝いを頼むたびにああやって読みたい論文があるって言ってねだってくるのよ」
 マエリベリーは本人にそっくりじゃないと言って思わず吹き出してしまう。
 蓮子は失礼しちゃうわと不機嫌そうになる。
 マエリベリーはそれを察して咳払いをしたのちに話を振る。
「そういえば、さっき蓮子を元にして作ったって言っていたけどどんなデータを提供したの?その精度ならかなりのデータ量だったんじゃない」
「データなんてここにいくらでもあるじゃない」
 彼女は先ほどまでの不機嫌は吹き飛んだように得意げな顔で自分の頭を指さして見せる。
「まさか脳をスキャンでもするの?まさかそんな大掛かりな」
「そのまさかよ。うちの大学の教授と研究生たちが脳をスキャンさせてくれたら期間限定でデジタルクローンを作って運用できるようにしますって触れて回ってるのよ。なんでも研究に必要で手当たり次第にスキャンしているみたい」
「研究室の学生と院生を使った人海戦術ってことね。付き合わされてるほうはたまったものじゃないわ」
 マエリベリーは呆れたように首を横に振る。
「そうなのよ。デジタルクローンの作成を担当しているのはその被害者たちだしね。そこで人助けだと思って、デジタルクローンでも作ってみない?」
「完璧な話の流れね。とても手慣れているように見えるわ」
 マエリベリーは彼女に疑念を込めた視線を向ける。それに対して悪びれる様子もなく話を続ける。
「人助けなのは事実じゃない。友達にノルマが危ないからって手伝いを頼まれているのよ」
 お願いと言って両手を合わせる。
「蓮子からの頼みなら断る理由がないわ」
 彼女はマエリベリーの答えを聞くとお礼を言いつつ、携帯端末を取り出してどこかに電話をかける。彼女は電話口で約束通りに頼むなどと話していた。彼女が電話を終えるとマエリベリーは約束とは何かたずねた。
「こないだ駅前にできたカフェのケーキセットを奢ってもらう約束をしていたの。労働に対する対価ね」

 マエリベリーが蓮子とデジタルクローンを作る約束をしてから2週間が経過した。約束したその日のうちに脳のスキャンを行った。それ自体はデジタルクローンに与えるデータを設定した後に、数分という短い時間であっさりと終わった。
 彼女たちは五限が終わり、一人暮らしの学生が夕食を食べに集まる学食に集まっていた。
 蓮子はマエリベリーの携帯端末をいじってデジタルクローンのアプリケーションをセットアップしていた。
「はい、これで大丈夫。起動するね」
 デジタルクローンを起動すると少しの接続待機時間ののちに胸部辺りまでのマエリベリーの姿が画面に映し出された。
『初めまして。私はマエリベリー・ハーンのデジタルクローンです。これからよろしくお願いします』
 無事な起動を確認すると2人は感嘆の声を上げる。
「ちゃんと起動して良かったわ。なんかメリーの作っているときにやたらエラーが出て何度も最初からやり直しになったらしいからさ。それにしても礼儀正しいわね。私のなんて最初から馴れ馴れしく話しかけてきたのに」
 マエリベリーは彼女の言葉をよそにまじまじと携帯端末の画面を見ている。
「驚いたわ。これって画面に映されている見た目も私のデータから自動生成されたものなんでしょ」
「ちゃんと勉強してきたのね。デジタルクローンは話し方や声の大きさなどからその人の骨格を再現することもできるんだから」
「せっかくだから何か話してみましょう。どうせ知らないと思うけど、メリーが話したがらないような昔話知らない?」
 蓮子がマエリベリーのデジタルクローンに話しかけると少しの思考時間の後に言葉を返した。
『もちろん知っているわ。あれはたしか中学生くらいの時だったかしら……』
 マエリベリーはちょっと待ってと言って蓮子から携帯端末を取り返そうとするが、彼女は身を引いて返さないようにする。
「別にいいじゃない、減るもんじゃないし。今度私の話も聞かせてあげるから。それにデジタルクローンに自分の記憶を与えているほうが悪いのよ」
『私の眼のことを知ってしつこく絡んでくる男の子がいて、仕方ないから幽霊が出るって有名なオカルトスポットに行って前に蓮子にもやったように私の視界を共有したら、相当ショックだったんでしょうね、ぶるぶる震えながら腰を抜かして動けなくなっちゃったのよ。あれは傑作だったわ。思わず笑っちゃった』
 蓮子はこの話を聞いて顔がひきつった。
「メリーって中学生のときからそんなことしてたのね。子供にあんなの見せたらそりゃそうなるわ」
 画面の向こう側でその時のことを思い出したからのようにくすくすと笑う
「待って、冤罪よ。その時のことはやりすぎたと思っているけど笑ってなんていないわ」
 彼女はそう言って蓮子から携帯端末を奪い返すと勢いよく席を立つ。そしてそのまますたすたと歩きだしてしまう。彼女の背後からは蓮子の謝る声が聞こえてくるがそれを無視して立ち去った。

 マエリベリーは自室に帰ると荷物を放り出して携帯端末からデジタルクローンを呼び出した。
 もう一人のマエリベリーは起動すると彼女に挨拶をしようとするが、それを遮って話しかけた。
「あなた、おかしいわ。どうかしたの?」
『何を言っているの?私はどこもおかしくないわ』
 画面の向こうの彼女はあっけらかんとしている。
 彼女は首を横に振る。
「帰りに私を担当した人に聞いたから間違いない。あなたに記憶なんて大事なものを一切与えていないわ」
 デジタルクローンの彼女は余裕そうに微笑む。
『それはあり得ないわ。現にこうして記憶を持っているのだから。そうでしょう?』
「その通り。私も何かの手違いかと思ったんだけど、それでもおかしいのよ。私が他人に自分の視界を見せたときにその人がどんな反応をしても笑ったりしないわ。この視界が恐ろしく受け入れがたいものなのは私が一番わかっているもの」
 デジタルクローンの彼女からは先ほどの余裕そうな微笑みは消え、無表情になる。
「あなたは誰なの?」
 デジタルクローンの彼女は少しの思考時間の後に言葉を返す。
『私は、あなたよ。マエリベリー・ハーン。私にそんなこと聞くなんて「私は誰?」って聞いているようなもの』
「あなたは私じゃないわ。メリーでもマエリベリー・ハーンでもない。さあ正体を見せなさい!」
 デジタルクローンの彼女の口元が歪む。
『それは、それは……』
 デジタルクローンの彼女が言葉を続けるとマエリベリーの視界が何かを捉える。その時、彼女の短い悲鳴と共に携帯端末がはじかれるように床へと落ちる。
 彼女は我に返り、携帯端末を拾うとデジタルクローンのアプリケーションを削除した。

 翌日、マエリベリーと蓮子は同じ食堂で落ち合っていた。
 蓮子は彼女に会うなり手を合わせて頭を下げる。
「昨日はごめんなさい。メリーがその目に折り合いをつけるのに苦労しているのを知っているのに無神経だったわ」
「顔を上げてちょうだい」
 蓮子はそう言われて恐る恐る顔を上げて彼女を見ると気分を害している様子はなく優し気に微笑んでいた。
「あれはもう昔の話だからいいのよ。それに私が笑っちゃったのは事実だしね」
今後はこのような短編を月1,2本程度投稿できればと考えています。
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コメント



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1.100名前が無い程度の能力削除
クローンが己を塗り替えるsf的展開が素敵でした。
2.100名前が無い程度の能力削除
纏まっていて面白かったです。
5.100南条削除
面白かったです
素晴らしいアイディアでした
7.70夏後冬前削除
ワンアイディアとして短編にまとめるのは惜しいと感じました。デジタルクローンの技術も、もっと説得力のある描写を詰めることが出来たはずですし、別のアイディアを組み合わせることによって独自のSF感も演出できたはず。与えてない記憶をどんどん奪われる話とかにしたらさらに良かったかも、とか思いました。