Coolier - 新生・東方創想話

マインマイン!

2022/05/15 01:21:51
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──虹龍洞に新エリア発見!

 この報は幻想郷の有識者を大いに震撼させた。
 なぜなら虹龍洞には龍珠という神秘の物質が眠っているからである。そのままの状態でも非生命体に魂を込める力があり、加工して勾玉にすればその性質はより増幅される。一山当てたい強欲者に玉造部、そして龍を好む者にとっては危険を顧みずに入手したい希少な鉱石なのだ。
 そうとなれば、皆が取る行動は一択だろう。他人に先んじて自分だけが鉱石を手に入れる。欲の皮が張った鉱夫がひとり、またひとりと虹龍洞の奥深くへと足を踏み入れていき──そして彼らは揃って命からがら逃げ帰ったのだった。
 得体の知れない恐ろしいものに遭遇したと、鉱夫たちは口々にそう証言する。未知の洞窟には未知なる脅威、それがお約束というものである。
 妖怪の山を支配する天狗組織の大天狗、飯綱丸龍。彼女も龍珠で金儲けを企んだ俗物の一人だ。計画こそ博麗の巫女たちによる活躍(妨害)で潰されたが、龍は今も諸事情で発掘を続けていた。したがって新エリアの調査と安全確保は龍にとって何よりも優先されるタスクであり、もっとも信を置く三人がその為に招集されたのであった。



「お前たち、暇でしょう? ちょっと虹龍洞に潜ってほしいのだけど」
 龍がもっとも信頼する三人それぞれが、地平線の遥か彼方に目の焦点を合わせた。
「私、これから特ダネを探す予定でしたので」
「私も、人里の新作スイーツ特集を組む予定で」
「私にも、見張りの予定が残っておりましたので」
 順に射命丸文、姫海棠はたて、犬走椛。烏天狗の中でもイレギュラー的存在の二人と、真面目さが取り柄である白狼天狗の一人だ。揃いも揃って何とか大天狗の無茶振りを受け流そうと抵抗した。
「ふむ、見張りのシフトは代わりを入れておこう。まず事情を説明するから座りなさい」
『はい……』
 三人は諦めきった表情で龍の無情な言葉を受け入れた。上位の言葉は絶対、逆らうことは許されぬ。それが天狗社会の鉄の掟である。
「この前大きな地震があっただろう? 崖崩れもあって大変だったがその時に坑道もな……」
 崩れた岩壁の先に大空洞が広がっていたこと、その奥に正体不明の危険があったこと、先に入った採掘者が皆撤退を余儀なくされたことを、龍はかいつまんで説明した。龍珠の確保は天狗組織発展の為に欠かせない、と大義名分をうそぶく龍に対し、三人の目は冷ややかであった。
「それは分かりましたけどぉ、だからって何で私達が行かないといけないんですかー」
「そうですよ。龍珠が欲しいのは大天狗様なのですからご自分で行けば宜しいかと。それと噂に聞く大蜈蚣のご友人という適役がいるでしょうに」
 はたて、文の両名から当然の抗議が出た。天狗は空を飛んでこそである。洞窟をおっかなびっくり歩くなんて、ミミズかモグラか、それこそムカデにでも頼めばいいではないかという話だ。
「まあ、無論、私も行ったがな? 実は頼りにしていた百々世……大蜈蚣もやられてしまったのだ」
「なんと。大蜈蚣と言えば龍も喰らうとされる妖怪ですが、それが敗れるほどの驚異であれば我々にも荷が重いかと……」
 烏天狗に危険が及んだ時、真っ先に盾とならねばならないのは白狼天狗の椛である。いくら真面目な彼女でも、流石に勝ち目の無い相手に挑みたくはない。まして自ら虎穴に飛び込む不必要な行動なのだから。
「いや、驚異だからこそ実態を明かさねばならんのだ。考えてもみろ、それが居るのは我々の真下なのだぞ。暴れだしたら真っ先に被害を受けるのは妖怪の山だ」
「だからって、私達が行く理由にはなってないんですけどー……」

「特ダネ、欲しくないか?」

 文とはたて、新聞記者二人の眉がぴくりと動いた。
「未知のエリアの未知なる脅威。記事に出来れば間違いなく大スクープだぞ?」
 こんな見え見えの誘惑に負けるなど天狗の名折れである。しかし、しかしだ。
「別に行きたくないなら他の手練を雇うが、その時には一流新聞記者だった私が久々に新聞番付へ帰ってきてしまうだろうなあ」
 狭い日本の狭い狭い幻想郷、ちょっと行動力のある者なら大体の所は知っているし、スクープと言っても被写体は見知った奴で新鮮味のないものばかりだ。前人未到の地も未知の存在も鮮度が命。誰かに先んじられる前に独占したい。それが新聞記者二人の素直な気持ちだった。
「どの道な、お前たちに拒否権はないのだ。だったら素直に首を縦に振った方が私の心象も良くなるぞ? さあ、イエスかはいか、答えはどちらだ?」
「ハイ……」
「いえす……」
 烏天狗たちは屈した。そして残ったのはその二人よりもさらに立場の弱い、憐れな白狼天狗。もはや返事すら必要なく、椛の同行も有無を言わさず決定するのであった。



「よう、待ってたぞ。まずはかじらせろ」
 虹龍洞の奥へと足を踏み入れた天狗御一行、それを率いる龍を出迎えたのは噂の大蜈蚣、姫虫百々世であった。いや、出迎えたは語弊があるかもしれない。普通の歓迎者は牙を剥いて体に飛びついたりはしないからだ。
「ちょっとやめてよ皆の前で……もう、甘噛みだぞ?」
「分かってるよ。先っちょだけだから」
 百々世は鋭い歯の先っちょを龍の二の腕に食い込ませた。ちゅうちゅうと飯綱丸エキスを吸い取るその様は、どちらかというとヒルとか吸血コウモリの生態に近い。
「……これが、大天狗の情婦と噂の女ですか」
「友人だ馬鹿者。ちょっと食欲が旺盛なだけでふしだらな事など何もないわ」
 汚物を見る目で文が一枚シャッターを切る。何が悲しくて上司の濡れ場を見なければならないのか。いっそ天狗と蜈蚣の蜜月でも紙面に載せる事にしてこのままばっくれようかと思案し始めていた。
「ほら、手土産の干し肉だ」
「へへ、ありがとな。こんな生活じゃあ食って呑むだけが楽しみよ」
 龍が手渡した包みの中身は、どこから手に入れたのか希少な絶滅危惧種、コモドドラゴンの干し肉である。友人であってもそれはそれ、そんな食欲が自分に向けられない為なら龍は苦労を惜しまないのだった。
「でー、そっちの薄暗い顔してるのは龍がよく愚痴ってる子分共だな。今日はよろしく頼むぜ」
「姫海棠はたてです。よろしくお願いします!」
 もっとも恐れ知らずなはたてが代表して頭を下げた。横の二人もそれに合わせて名前だけの軽い自己紹介と会釈をする。

「大天狗様の話では、姫虫殿ですら撤退を余儀なくされる危険に出会ったそうですね。詳しくは現地で聞けとのことで、早速教えていただけるでしょうか?」
「真面目な犬だな。それじゃあ肉も硬そうだ」
 それが性分かつ立場なので仕方ない。吟味するかのように全身を眺める百々世の挙動を、椛は仏頂面を崩さぬまま警戒した。
「そんなことないよねー。ほら、椛はこんなに柔らかいから」
「い、今そういう戯れは良くないと思いますが!」
 はたては後ろから両手で椛の頬を挟み込んだ。熱が椛の頭を循環する。柔らかいと主張する椛の身体はビクンと震え、今や硬度は最高潮に達していた。
「……失礼、このおバカ共は放っておいて構いません。百々世さんを襲った危険の正体とはズバリ、弓矢じゃないんですか?」
「ほーう。認めたくないが……正解だ。暗闇からいきなり矢が飛んできてなあ、ちょっと昔の嫌な思い出がぶり返したもんで」
 文とて(実態はともかく)伊達に幻想郷一の新聞記者を自称していない。山の足元で起きた騒ぎぐらいは事前に情報を集めていたのだ。
「なんだあ、知ってたのなら教えてよ。水臭いなあ文は」
「ふふん。元引きこもりの貴方とは情報収集能力が違うのよ。とは言ったものの、報告が多種多様で真相が定まらないんですよねえ。大蛇が出たとか、ミイラ男がいたとか、投槍が飛んできたとか……」
 その中に弓矢で蜂の巣にされたと言う話が混じっていて、文もピンと来たのである。伝承にある大蜈蚣は眉間に矢を受けて退治されている。百々世が恐れるとしたらそれぐらいしか思い当たらなかった。
「そう、それよ。潜った奴それぞれが別の危ない目にあったんだ。頭に玉乗っけてる変な神は黒くて猛スピードで移動する何かに殴られたって言ってたぜ」
「頭に玉を乗せた変な神……あの方がこんな所に来るとは思えませんが」
「あ? そんな物好きな神があいつ以外にいるかよ」
 文と百々世の間に生じた齟齬。その理由は頭に玉を乗せた変神が少なくとも二人いるからであった。
「とにかく、せっかくの龍珠も掘り出せなきゃただの虹色に光る石だ。龍が連れてきたからには有能ってことで期待してるぜ」
「……大天狗様はよく愚痴ってたんじゃないんですか?」
「おう。特に愚痴が多いのは……シャメーマル、お前に対してだな。酔うとすぐシャメーマルガー、アヤガーとうるせえんだよこれが」
 空気の悪い坑道に百々世のカラカラとした笑い声が響き渡る。当の大天狗はじっとりと睨みつける文の視線もどこ吹く風であった。
「期待しているからこそ低空飛行の現状に不満があるんだぞ。せめて今回は吉報を届けてほしいものだな」
 届けてほしい。それは聞き捨てならない言葉であった。
「……まさか言い出しっぺの大天狗様は行かないおつもりで?」
「左様。何かあった時に誰も救助に向かえないでは困るだろう?」
 龍は堂々とこの場への居残りを宣言した。
「何が左様ですか。大天狗様はいつも危険な橋を部下に渡らせて……」
「別に私が潜っても構わんぞ? その場合は待機役として典を呼ぶことになるが、あの子はここに嫌な思い出があるらしくてな……」
「はいはい言ってみただけですよ。貴方はここで無事をお祈りしていてください」
 大天狗が可愛がっている管狐の菅牧典。一応天狗組織内では猫を被っているが、口先三寸で相手を陥れるのが趣味の女狐なのは暗黙の了解であった。そんな生き物が遭難時の命綱だなんて、真っ平御免である。
「そうそう、通信用としてこれを姫海棠に渡しておく。くれぐれも無くすなよ?」
「あっ、これって山童がよく使ってるやつじゃないですか! はい、大事にします!」
 龍が渡したのは黒く薄い板状の機械だった。世間一般的にはスマホと呼ばれる物であるが、今回は洞窟探索の為に無線や照明にGPS、撮影機能以外を削ぎ落とすよう山童に指示した廉価版だ。
 コスト削減に加えて、余計な機能を付けるとはたてが遊びそうだからと判断した為である。

「……では早速調査に行くぞ! と言いたいところだが、その前にやる事があるよなあ、龍」
「だな。それではお前達、一枚ずつ取りなさい」
 百々世と目を合わせてしたり顔の龍が、三人の天狗にビラを配る。
「……何ですか? この猫ちゃん」
 はたてが怪訝な顔で質問する。ビラの上部にはヘルメットを被った三毛猫のイラストが描かれていたからだ。
「虹龍洞の注意喚起マスコットだ。俺が描いたんだぞ、可愛いだろ?」
 その猫は不真面目なポーズで虚空を指差していた。可愛いかと言われると、ちょっと殴りたくなるような絶妙に腹の立つ顔だ。百々世が描いたにしては可愛い、とは言ってもいい。
「大事なのは猫ではなく、その下にある文章だ。私が最初を読み上げるから、お前たちはそれに続くように」
「やるんですかこれ……私達ってそういうキャラではないと思いますが」
「懐かしいなあ……こんなのやったのいつ以来かな」
「つべこべ言うな! 指差呼称用意!」
 龍と百々世が人差し指を突き出した。気迫に押された三人の天狗も慌てて指を出す。

「安全は、全ての作業に優先する!」
『安全は、全ての作業に優先する!』

「立てかけてある物は!」『倒れる!』
「吊ってある物は!」『落ちる!』
「丸い物は!」『転がる!』
「落ちている物は!」『つまずく!』
「はみ出している物は!」『引っかかる!』
「尖っている物は!」『刺さる!』

「保護具万全、五体満足! 今日も一日ご安全に!」
『ゼロ災でいこう、ヨシ!!』

 案外楽しそうな五人の声が坑道に響き渡る。
 大蜈蚣を先頭に、大天狗の愉快な仲間たちは未曾有の危険が眠る虹龍洞の深層へと足を踏み入れるのであった。


『アー、アー。こちら飯綱丸。感度どうか?』
「こちら姫海棠。感度良好でーす」
 一人がやっと通れる狭い道を抜けた先には、地の底まで延々と続くのでは思ってしまいそうな断崖が広がっていた。そこかしこで龍珠が呼吸をするかのように虹色の燐光を放つ。それは暗中を模索する者への希望か、はたまた地の底で眠る我々の仲間になれとの誘いか。全ては見る者次第である。
『犬走、何か嗅ぎ取れるものはあるか?』
「……臭いものが、多数。正直なところ、早くも鼻がおかしくなりそうです」
 この洞窟では椛自慢の千里眼も役立たないが、イヌ科である彼女にはまだ優れた嗅覚が残っている。しかしそれ故に椛のみが脳裏に撤退もよぎる程に苦しめられていた。
「卵が腐ったような臭いに、肉の腐敗臭……焼け焦げた臭いもしますね。汗臭い物もありますが、ここでは追及しない事にします」
「それ、もしかしなくても俺か? 悪いなあ、こんな生活してるとどうしても」
 百々世は服の上から胴をぼりぼりと掻いた。女性として気を使ったからこそ椛は追及しなかったのだが、わざわざ自白するところに彼女の性格が表れている。
『犬走、辛くなったら無理せず鼻を塞いでいい。他の者はどうだ? 体に異常は?』
「問題ないです。私達はカラスですから」
 ここに居る皆が人の姿を取っているが、烏天狗である文とはたては嗅覚が鈍いというカラスの特徴を都合良く取り入れる事が出来る。なぜなら妖怪とは良くも悪くも概念に支配される生き物だからである。
「もう、顔色が悪いじゃないですか。ほら椛、使いなさい。これは命令です」
「すみません、射命丸様……」
 はたてが応答している側ら、文は龍から持たされていた綿布を椛に手渡した。いきなり犬の役割を半ば放棄するのはいかがなものかと気を張っていた椛であったが、大義名分に後押しされてマスク代わりに鼻を覆う。
 ちなみに鳥目という言葉があるように暗闇では何も見えないと思われがちなカラスだが、実は人間よりもよっぽど夜目が利く。本当に夜中が駄目なのは、例えば庭渡神などだ。
『百々世、お前が襲われたポイントは近いか?』
「もうちょっと奥だったはずだが、実はさっきから触覚がぞわぞわしてるんだ。弓矢が飛んでくるかは分からんが、何かが動いてるな」
「や、やめてよ百々世さん。そういうの聞くと嫌でもビクビクしちゃうし」
 文字通りの鳥肌が立つのを感じたはたてが、椛の横にぴたりと体を寄せる。
「あ、ぉ……」
 高い方から低い方へ、はたての体温が椛へと平衡していく。温まる体とは裏腹に、椛の体はまたも強張るのだった。
「はあ、全く情けない。貴方だって記者なんですから鬼が出ても蛇が出てもシャッターを切る覚悟じゃないと……」

 ぴとり。
 文の首筋に何かが貼り付いた。
「ぅひゃおい!?」
 激突された椛ははたてと文のサンドイッチ状態にされてしまう。
 文の大声に呼応してはたても椛に自身を押し付ける。椛は身も心も圧力で破裂しそうになっていた。
「……蜘蛛だ」
 百々世だけが一人冷静に文の首周りで手を振った。尻に繋がる糸を絡め取られた蜘蛛が、引っ張られてぷらんぷらんと垂れ下がる。それは百々世の指先にも乗ってしまう小ささだった。
 ひゅうぅぅ。
 吹くはずのない乾いた風の音が聞こえたような気がした。
「……鬼が蛇が何だったっけ、射命丸さん?」
「……お黙り、姫海棠」
 文は小生意気な後輩の手の皮をぎゅっとつねり上げた。相変わらず椛を間に挟んだままで。
「鬼でも蛇でもいいですから、解放してほしいのですが……」
 このままでは何かに襲われでもしたら三人まとめて全滅だ。烏天狗たちは荒い息で訴える椛の望みに応えて身体を離した。
「ええと、はい。このように何が出るかわかりませんので警戒してくだ……するように」
 すっかり声の大きさも威信も落ちた文に言われるまでもなく、暗闇の奥からはまだ生暖かい気配を感じる。小さな蜘蛛以外も存在しているのは明白だ。
「だが蜘蛛なあ。もしかしてだが……」

「あっれー? モモちゃんじゃない! 最近ご無沙汰だったけど相変わらず岩ばっかり掘ってたの?」
 たった今の騒ぎに引き寄せられてか、百々世の予想した相手はすぐに顔を覗かせた。
「やっぱりヤマちゃんか! お前も龍珠が欲しくてここに?」
「違うよぉ。まあそれがあるからここに居るんだけどね」
 百々世にとっては地底の嫌われ者仲間、疫病を操る土蜘蛛。それが大量の小蜘蛛と共に、何も見えない天井からすうっと吊り下がってくるのだった。
「文……誰だっけ、この人?」
「あんたねえ、昔撮影したでしょう。あの初見殺しのカンダタロープの奴で……ヤマ、ムラ……? 椛はわかる?」
「面識無いから知りませんよ……」
 弾幕ばかり印象に残っていて文も名前は抜け落ちていたらしい。姓と名の区別もできていなかった。
「かあぁ、俺たち虫界のアイドル、黒谷ヤマメも知らねえのかよ。これだから鳥の仲間はよぉ……」
「まあまあ仕方ないって。所詮私は地下ドルだもの。文字通り」
「あー、そうそうそんな名前でした。それで、ヤマメさんはどうしてここに?」
 現金なことに文は手帳を取り出し、はたてはアプリを起動して早速取材の体勢に入った。正体が知れてしまえば何も怖くないのである。それが例え疫病をばら撒く土蜘蛛だとしても。
「んー……ここはあの虹色の石のおかげか知らないけど、卵がよく孵るんだよね。だからここでみんな繁殖してて、私は定期的に様子を見てるってわけ。あんま教えたくないんだけど、モモの連れってことで特別だよ」
 つまりこのエリアは開通する前から地底に住み着く虫達の繁殖場であったらしい。地下の大迷路網のどこかに旧地獄へと繋がる穴があるのだろう。
「ほほー……んひっ!?」
 興味本位でヤマメの奥にライトを向けたはたては、自身の軽率な行動を大いに後悔した。大量の蜘蛛の巣と卵嚢、うぞうぞと蠢く子蜘蛛をそこに見付けてしまったせいだ。
「こんなの記事にしたくない! そういう事で龍様、もう帰っていいですか?」
『待て待て、まだ百々世を襲ったという弓兵も他に報告のあったものも出てきていないだろう。そこを明らかにするまでは探索を続けなさい』
 龍の指摘通り、蜘蛛の罠に引っかかった程度では大蛇だの亡者だの弓矢だのといった報告は出ないはずだ。その代わり、ここに居付いている貴重な証言者を発見した。彼女から話を聞かない手はないだろう。
「ヤマちゃんさあ、お前はここに居て何にも襲われなかったのか?」
「我々の恐ろしさを知っていながら手を出す馬鹿がいるものか。まあ、飛んで火にいる夏の虫って奴ならいたけどね。その残りカスなら、ほぉらそこにも」
 ヤマメが指差した先には、白い小石のような欠片がいくつもあった。その傍らには、小石と化した者が生前使っていたのであろうツルハシ。何重にも巻きついた蜘蛛糸は、持ち主の末路を端的に語る。
「一攫千金を求めて虎穴に入り、何かに襲われた恐慌の末に蜘蛛の巣に突っ込んだ。そんなところでしょうか」
 舎利となった彼か彼女もある程度こうなる覚悟はあっただろうが、蜘蛛達の豪勢なディナーにされるのはやはり無念だったに違いない。しかし食って食われてが自然の摂理である。生きる以上は自分だけ例外など許されないのだ。
『とにかく、ここに蜘蛛の繁殖場があると。黒谷殿、巣に手を出さなければ互いに不可侵で宜しいですか?』
 はたてはスマホのライブ画面をヤマメに向けて返答を促した。最初は不思議な顔で小さな液晶を凝視するヤマメであったが、現代の妖怪は順応も早い。また河童辺りのおかしな発明品だろうと納得し、画面の龍に目を合わせた。
「……うーん、巣周りの龍珠にも手を出さなければ、いいでしょう。百々世と争うのは御免ですし」
「すまんな、ヤマメ。しばらく騒がしくなりそうだ」
「ただし、巣にかかった奴は容赦なくいただく事をお忘れなく。我々も生きているのですから」
『無論です。話のわかる御方で助かりました』
 蜘蛛たちとのやり取りはこれで決着となった。ヤマメに別れを告げ、四人はさらに奥へと恐る恐る歩を進めるのだった。


「……しかし、蜘蛛の話などは報告になかったですよね」
 椛の言うとおり、まだ問題は何も解決していないのである。蜘蛛の巣に突っ込むほどのパニックとなった脅威の正体が分からなくては意味がない。
「これってさあ、方向ベクトルってヤツだよね?」
 五秒ほどその場が沈黙した。はたての発言を理解する為に。
「もしかして、生存バイアスですか?」
「そうそうそれそれ! 文凄いね、以心伝心じゃん」
「……あんたとの付き合いも長いからね」
 何でこんなのとダブルスポイラーやってるんだろう。文は長めの溜め息をついた。
『ふむ、だが着眼点は悪くない。百々世も弓矢は一本も刺さっていなかったよな?』
「まあ、結構打たれた割には無傷で済んだな。あの時の俺は灯りを持ってたから格好の的だったはずだ」
 普段の百々世は攻撃されれば逆に燃え上がる性質である。しかし見えない所から古傷の元凶である弓矢を連射されては堪らない。物理的に強い妖怪ほどメンタルを揺さぶられるのが響くのだ。
『信憑性に欠ける報告が多かったが、しかし多いのはそれだけ生存者が居たからでもある。行方不明者も僅かだったはずだ』
「謎の存在は侵入者を脅しているだけで危害を加える気は無い……として、あの土蜘蛛のように自分の縄張りを守りたいだけ……? うーん、何か引っかかりますねえ」
 文は手帳のページをペラペラとめくり、これまでの取材メモを見直した。そのような考えの生物や妖怪にはいくつか心当たりはあるが、どれも今ひとつピンと来ない。
 そもそも日も当たらず空気も悪い環境に居着きたがる生物がどれほどいるだろうか。それこそ疫病を操るヤマメくらいのものだろう。あともう少し、何かしら手がかりがあれば。

「シッ、何か居ます……!」
 文の思考は問答無用で中断された。顔の布を外して前に出る椛に続き、一同も身構える。
「黒色火薬の匂い……銃火器の類と思われます。そこの横道から徐々に接近……」
「うん分かった。もういいよ椛、ありがとうね」
 居ると分かればこの四人なら嗅覚以外でも対処は可能だ。椛を気遣い、はたてが顔に布を巻き直す。
 こちらは灯りをつけながら進んでいたので、その存在は既に向こうにも知られているはずだ。撃つ気なら待ち伏せがベターの状況、近付いてくるならば害意は無いかもしれないが、決して気は抜けない。足を止め、呼吸を殺す。そうすれば耳に届く音は相手の足音だけになる。
 少しずつ、少しずつ、謎の存在が近付いてくる。曲がり角から飛び出てくるのは果たして何か、百々世のツルハシを握る手にも力が入る。
 ドラゴンイーターの異名を取る百々世は殺気も妖気も膨大で、近寄る相手にも間違いなく伝わっているはずだ。それなのに、その相手はあまりにもひょっこりと姿を露わにした。
 何故なら、百々世に襲われることはないと知っていたからである。

「ば、婆さん!?」
 まさかの遭遇に、百々世の肩もズルリと垂れ下がる。そこに居たのは緑色の迷彩服に身を包んだ重装備の老婆だった。
「……あの、どなたですか?」
 全く予想だにしなかったキャラクターの登場に、文から当然の疑問が出る。
「ああ、お前らは知らないのも当然か。この方は栗井婆だ」
「く、栗井婆さんですか?」
「くりいばあ……」
「くりーばー……」
 三人の天狗は恐る恐るその名を口にした。理由は分からないが、何故かあまり呼んではいけない気がしたからだ。
「この業界では伝説的な発破掘削の達人でな、敬意を込めてマインの匠と呼ぶ奴もいる。全身に爆発物を隠し持ってるから絶対に触るんじゃねえぞ」
「全身に爆発物って……よくその歳まで五体満足で生きてこれましたね……」
「いや、回生の呪いってのがかかっててな、爆発に巻き込まれても夢オチになるらしい。でも代償はあるらしいから刺激するなよ!」
『ああ、恐ろしいことになるぞ。不用意な接近は絶対に控えるように』
 老婆に代わって百々世と龍が饒舌に解説する。皺の寄った顔で、見れば歯もほとんど抜け落ちているから本人は喋るのも億劫なのだろう。
「それは分かったけど、栗……お婆ちゃん一人でよく無事だったね。もう戻った方がいいよ、絶対」
「……だな。婆さん、血が騒ぐのかもしれないがこの先は俺たちに任せてくれよ。うっかり爆発されてせっかくの鉱脈が埋もれても困るしな」
 老婆は伝説やら匠やらの頑固そうなイメージに反してあっさりと頷いた。先程も、一向の方に近付いていたという事は撤退中だったのだろう。すれ違いざま、老婆は百々世にぼそぼそと耳打ちする。それはこの先に潜んでいる、撤退を決意させた脅威についてだった。
「化け猫……それがこの奥に居るってんだな? 分かった、助かる!」
 老婆は再びゆっくりと頷き、百々世たちとは逆方向に歩いていった。老人かつ重武装とは思えないしっかりとした足取りだった。


「しかし化け猫とは……また新報告になりますね」
 文は手帳にネコの二文字を追加した。猫といえばここに潜る前のビラでも見たが、まさかあの三毛猫が潜んでいましたなんてオチではないだろう。そうだったら今夜のディナーは猫の丸焼き決定だ。
「栗井婆はネコが苦手なんだよな。それ以外は全く怖いもの知らずなんだが」
「そりゃ全身爆弾なんて肝が据わってないと無理だよねー。でも、何だろう、何か思い出しそうなんだけど……」
「はたてもですか。そうなんですよ、私も喉元まで出て来ているのに最後のピースがハマらなくて」
 はたてと文は揃って顎に手を添えた。やはり、潜んでいるのは今までに取材した誰かのような気がする。化け猫で地下にいるから火焔猫燐だとかそんな単純な話でなく、答えは出ているのに何もかもがぼやけているのだ。
「私も先程から考えていたのですが……ミイラを見たというのはあの土蜘蛛の餌食になった者ではないでしょうか?」
「ふむ、なるほど。蜘蛛の糸が絡んだ姿は確かに包帯を巻かれたミイラに見えてもおかしくないですね」
「椛、やっるぅ~」
 はたてはご褒美に椛の耳周りをわしゃわしゃとかき回した。危険が間近のこんな時にふざけるのは、と言いたかったが、それよりも先に椛の尻尾は大きく横に振れていた。
「あ、あ、あ。それは後にして、それよりとても嫌なニオイが近くに!」

 ヒュン、と風切り音。
 咄嗟に顔の前でシャベルを構えた百々世の判断は正しかった。もう少し立ち位置がずれていたなら、今頃は眉間に直撃していたかもしれない。 
「矢だ! ああ、あの時もこういう開けた場所だった!」
 前に何かが居る。触覚にびんびんと響いている。百々世は大声で注意を促した。
「矢……? どこに……?」
 はたてが不安そうに辺りを見回す。飛んできた瞬間も、刺さった場所も見えなかった。どちらかでも分かればどこから撃たれたか推測できる。それを見落としたのは致命傷になりかねない。
「斜め右、暗がりに何か居ます!」
 椛が吠えるのに反応して文もカメラを向ける。こんな時でも、こんな時だからこそ記者の魂を忘れない。大スクープを写真に収め、ついでに成功報酬を大天狗からせしめる。それこそ完全勝利というものだ。
 謎の脅威だろうが退却はする気は無い。その覚悟がついに虹龍洞の深奥に潜む者を動かした。
 あらゆる生き物の感情を吸い取って肥大した力を、ついに天狗たちの前に曝け出したのだ。

「あん時の……!?」
「鬼だ!!」
「悪魔だ!!」
「怨霊だ!!」
 シャッターを切ると同時に、それぞれが同じ方向を向いてその名を叫んだ。

「……え?」
 互いが互いの顔を見回した。こいつは一体何を言っているんだ、どこからどう見てもコレはアレじゃないか。そう言わんばかりの顔で。
『おい、どうなった! よく見えんが危ないのか!?』
 はたて自身の振動機能で震えるスマホから龍の緊迫した声が飛ぶ。
「は、はい! めっちゃくちゃ睨みながらこっち来てます!」
「場所が悪い! 一度退却すんぞ!」
 提案されたのは即時撤退。好戦的な百々世らしからぬ迅速な判断だった。それほどまでに彼女は目の前の相手を恐れたのである。
『よし、一枚でも撮影できたのなら十分だ! 一旦帰還せよ!』
 龍も指揮官として優秀だった。あの百々世が逃げろと言うならそれは間違いなく逃げるべき。送り込んだ人員を一人も失ってはならぬと声を張る。
 そしてさらなるアクシデントが一同の撤退をさらに後押ししたのである。

──ドォオオオオオオオン……!
『みっぎゃぁああああああ……!』
 爆発、閃光、そして聞き覚えのある声音の断末魔だった。

「や、ヤマちゃん!?」
 百々世が叫んだ。これは間違いなくヤマメの声だ。
 そして爆発といえば、今の状況で思い当たるのは一人しかいなかった。
「もしかして、あのお婆ちゃんが蜘蛛の巣に引っかかって、暴れた衝撃で……?」
「はたてさん、そんな推察より今は退却を!」
 椛の言う通りだ。虹龍洞そのものが身震いしている。落盤、生き埋め、圧潰。死を直接連想させるワードが脳裏に浮かんだ。
 もはや現れた怪異すらも相手にしていられない。出口が無くなる前に一刻も早く地上に出る、それ以外の思考は消し飛んでいた。
「ああもう、こう暗くちゃ飛ぶのも……!」
 天狗たちは歯がゆそうに地を駆ける。暗く、狭く、空気も重い。飛ぶには最悪の条件が揃っている。一歩一歩地道に戻るしかないのに、またどこかで岩の崩れる音がした。今ので帰り道が無くなったかもしれない、その焦りがさらに歩を早めた。
「よし、この上だ! もう少しだぞ!」
 百々世が皆を元気付けるように力強く叫ぶ。たくさんの龍珠に照らされて神秘的な光景を生み出している断崖の広場。やっとここまで戻ってこれた。振り返れば襲いかかりに来ていたはずの怪異もいない。もう少し、もう少しで本当に安心できる。
 そのはずだった。

「あっ、がっ……!」
 ずるり。
 緩んだ地盤に高下駄を引っ掛けてしまった不運な事故者が一名、出てしまった。その名は射命丸文。
 さらなる不運がもう一つ。岩盤に体を強打した文の転がる先は、安全対策など無論取られていない場所。真っ暗闇が広がる、崖だった。

「シャメーマル!」
「文!」
「射命丸様!」
「落ちるぅ!!」
 真っ青な四人の絶叫が木霊する。文の体が崖に吸われていく。人は死ぬ瞬間に走馬灯が見えるというが、最速を誇る文の動きが、この時ばかりはコマ送りのスローモーションで動くように感じた。
 飛べない。文は絶望した。
 勿論心は飛ぶ気でいた。しかしダメージを負った身体はその意志を無視したのだ。
 闇の中で平衡感覚を失った文が最期に見たものは、夜空を翔ける一筋の流れ星──のようだった。

「文ッ!!」
 彼女は皆を置いて逃げること無く、いつ崩れるかも分からない唯一の出口でずっと待っていた。
 暗闇に差し込んだ一条の光、それは文が最も畏れ、最も焦がれる唯一の人物の輝きだった。



「は~~~~~……ッ! もう、死ぬかと思ったよお!」
 肺の中の空気を全部使い切って、はたては安堵のため息をついた。空っぽになった所に豊かな新緑の香りを胸いっぱい取り込む。生きているって素晴らしい、改めてそう思った。
「本ッ当にベストタイミングだったぜ。流石は私がダチと認めた奴だよ!」
 地べたに腰を下ろして百々世がやんやと囃し立てる。称賛の相手は言うまでもなく、六人の中で一人だけしゃんと直立している龍である。
「危ないところだったが何とか一人も失わずに済んだな。どこも痛くないか、文」
「……大丈夫です。だから、下ろしてください」
 抱き抱えられた文が、龍からそっぽを向いて不機嫌そうにぼやく。大丈夫かと言われたら大丈夫ではない。息苦しい環境で身も心も疲れ切っている。それでも、龍にお姫様抱っこをされたままの状況からは今すぐに開放されたかった。
 龍は不敵な笑みを浮かべながら、お人形を扱うようにそっと近場の倒木に文を腰掛けさせた。
「あの、失った人なら居ましたよね……土蜘蛛と、あの変わった老婆」
 命からがら抜け出した虹龍洞の方を向いて、椛がぽつりと呟いた。
「大丈夫だ。さっきも言ったが栗井婆由来の爆死は夢オチになるからな。今頃は布団の上でお目覚めだろうよ」
「はあ、そういうものなら……」
 めちゃくちゃな能力もあったものだが、思えば幻想郷はめちゃくちゃな者だらけだ。そういうものだと言われたら、はあそうですかと納得するしかない。
「で、それはそれとしてだ……」
 百々世が手を振り上げたのを合図に、五人が一斉に一人を指差した。

『お前、いつから居たんだよ!!』
 それは確かに文とはたても面識のある人物だった。予想は当たっていたのである。

「いや~、ははは……流石にああなったら私も逃げるしかないし? だから皆さんの後を追わせていただきました~」
 彼女はそこに存在を確認できるのに未確認だった。知っているのにその姿を思い出そうとすると頭にモザイクがかかった。そのような生物が確かにただ一人いた。
 封印されていた大妖怪、未確認飛行生命体、封獣ぬえ。それが虹龍洞に潜む危険の正体だったのだ。
「道理で、みんなの報告がバラバラだったわけですよ。一人ひとりが最も恐れるものに化けていたのですから」
 正確には化けていたのではなく、ぬえの姿をそう認識してしまうのだ。概念に魂を吹き込む龍珠の存在が、ぬえのその能力をさらに後押しした。
「だが、現在のお前は命蓮寺とやらの居候だったはずだ。何故あんな所に居た。あの住職の命令か?」
 龍が詰め寄るも、ぬえはぶんぶんと手を振って否定する。
「違う違う! ただの趣味と実益だよ。あんた達だって妖怪なら分かるだろ? あんな未知の領域、誰かの恐怖を糧にする者が見逃すはずがない」
 例えば唐傘お化けの多々良小傘のように、人を脅かすことで力を得られる妖怪もいる。虹龍洞の深層の話を聞きつけたぬえは、早くからその奥に潜り込んで鉱夫を脅かし続けたのだ。あくまで怖がらせるのが目的であって、危害を加えるつもりはなかった。
「ただ……思ったより話が大きくなっちゃったみたいで? はっきりと私の存在を認めて貰わないと出るに出れなくなっちゃんだよねーこれが」
 潜んでいるはずの危険な存在がいつの間にか居なくなってました。そんな都合のいい話など誰も信じない。噂が噂を呼び、恐怖が恐怖を呼ぶ。放置すれば虹龍洞に本当の化け物を生んでいたかもしれない。妖怪とはそういう存在だから。
 だから、白黒はっきり付けてくれる者をぬえは待っていたのだ。自分を退治し、全ての原因はこの妖怪でしたと宣言してくれる勇者を。
「……本当に全部お前だったか? 私を射抜いた武者の亡霊とかあの中で見なかったか?」
「あんたには私がそう見えたかい。居なかったから安心しなよ。私も弓矢で撃たれて封印されたクチだからさー、そんなの居たら聖に頼んで成仏させてるよ」
「なあんだお前もかよ。なー、弓矢怖いよなー」
「ねー」
 百々世に射られ仲間が出来て、めでたしめでたし、一件落着。
 なんて甘い話では当然終わらない。むしろ大変なのはここからである。

「飯綱丸様、この鵺はどうされますか? やはり皆の前で裁きを……」
「いいや、此奴が野良妖怪だったらそうしていただろう。だがな犬走、命蓮寺所属となればここからは政治的な話になるのだよ」
 ぬえの正面に立った龍は、そこで人差し指をぴんと立てた。
「虹龍洞に潜んでいた怪物は勇敢なる老婆の自爆特攻により葬られた。表向きはそういう事にして、真実を知るのはここに居る我々と、聖白蓮のみ。これでどうだ?」
「チクるってか!? 今の聖は疫病神の面倒まで見てて休まる暇も無いんだ。頼むからそっとしてやってくれよ」
 今のぬえこそ疫病神そのものだが、彼女とて聖の心労の一つが自分である事は自覚しているのだ。不必要な厄介は持ち込みたくないのが素直な気持ちだった。
「だがなあ、こちらとて採掘作業の遅れもあるし、少なからず遭難して戻ってこなかった者がいる。お前が間接的な加害者である事実は疑いようもないのだ。何かしら補償は無いとなあ?」
「わーかりました、わかりましたぁ! この大妖怪封獣ぬえ様の力が必要になったらいつでもお申し付けくださいませっ! これでいいだろう?」
「ふふ、そこまで言うなら仕方がないですな。有り難く大妖怪殿のお力をお借り致しましょう」
 白々しくも大妖怪と大天狗の間で協定が結ばれた。ぬえの能力はやろうと思えばいくらでも悪用が可能である。きっと素晴らしく龍らしいやり方でこき使われるぬえの姿が拝めることだろう。

「……ねーねー文、良い写真撮れた?」
 スマホの画面を弄りながら、はたてが体を寄せる。
「残念ですがこれですよ。あの状況でこんなキメ顔を作れるとは鵺恐るべし、かしらね」
 その場で現像された写真を一枚一枚眺め、文はがっくりとうなだれた。洞窟に眠る邪龍を撮影したはずが、そこに写っていたのはあざといポーズの封獣ぬえ。今欲しかったのはスクープ画像であって少女のグラビアではない。これはこれで売れそうな相手に売るとして、やはり他所でゴシップ記事でもでっち上げていれば良かったと文は後悔するのだった。
「私もそんな感じだなあ。あーあー、しょうがないから久しぶりに念写でも使っちゃおうかしら」
「どうぞどうぞ。三流新聞記者にはそれぐらいがお似合いですし」
「それってさあ、文には私がお似合い……ってコト?」
「誰が! アンタなんか百人乗っても釣り合わないわよ」
「そうですね。はたてさんが百人なら射命丸様を一万は用意しないと……」
「コラッ! 犬走!」
「あははははは……!」
 はたての朗らかな笑い声が静かな山間に響く。どんな異変が起きようとも、終わってしまえば明日からはいつもの日々が待っている。それが幻想郷だ。明日はまたいつも通り、三流新聞記者による虚構まみれの新聞が作られることだろう。



 そして、その数日後。
「こ、これは悪質なでっち上げです!!」
 ところがそうはいかなかったのである。
 文はとある一面記事を握り潰してわなわなと震えていた。
「アンタ、いつの間にこんなもん撮ってたのよ! おまけにキラキラエフェクトまで付けて!」
 文にしては珍しく、怒りの感情を全く包み隠さずに凄んだ。宿命のライバルである姫海棠はたてに対して。
「念写どうぞどうぞって言ったのは文じゃーん。これは紛れもない真実を報道していまーす」
 はたての念写とは、キーワードに応じた画像を浮かび上がらせる能力である。つまり、誰にも記憶の無いワンシーンを見付けることは不可能だ。念写できた画像は事実。それは周知されていた。

『熱愛発覚!? 大天狗と射命丸文、禁断の愛……』
 飯綱丸龍、射命丸文、お姫様抱っこ。
 このキーワードから画像がたった一枚見付かった。先日、窮地の文を救った龍の勇姿。その瞬間は皆の脳にばっちり刻まれていたのだ。無論、当事者である文にも。むしろ最も美化していた。
『文は二人きりになるとな、私の事を龍と名前で呼んでくるのだ。皆には少々お高く止まって嫌味な奴に見えるかもしれないが、私にとってはいつまでも可愛い後輩なのだよ(大天狗談)』
「なのだよ、じゃないわ! 何で普通にインタビュー受けてるのよあの大馬鹿天狗!!」
「馬鹿って言ったー、いけないんだー。あと言っておくけどさあ、このキラキラしてるのは無加工だよ。たぶん文にはそういう風に見えたからキラキラしたんだと思うけどなあ」
「ぐっ……!」
 恋バナに興味津々なのは人間も天狗も同じである。虹龍洞を舞台にしたスクープ対決は、はたての完全勝利で決着したようだ。
 ちなみに、文が発行したのはヘルメットを被ってせっせせっせとツルハシを振るう封獣ぬえのスクープであった。こちらはごく一部の寺にのみ大ウケだったらしいのだが、それはまた別の話である。
天狗 いちゃいちゃ 見たい 仕方なかった
石転
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コメント



0.簡易評価なし
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.90名前が無い程度の能力削除
素敵なマインクラフトでした。久しぶりにブランチマイニングしようかな。
3.100サク_ウマ削除

ぬえはそういうことするし頭に球体乗っけた変な神が二人いるのどう考えてもバグ分かる
良かったです