いのちの輝きちゃんだよ、とこいしは言った。
極彩色で球状の、粘性群体生物だった。
「お姉ちゃんと同じ瞳の色なんだ」と言って笑うので、私は思わず原色塗れの館を連想してしまった。いや、こいしの姉が私の姉と同様な美的感覚である保証はないのだと、勿論分かってはいるのだ。分かってはいるのだが。
さておいて。
「誰が父親?」
「待ってフランちゃん、私が産んだ前提なの?」
はて、違うのだろうか。私は小さく首を傾げた。
こいしはそれらを愛おしそうに抱き抱えていて、その姿は随分と仲睦まじいように見えたのだが。……ああ、そうか。
「禊いでも子が生まれるのだったわね、此方では」
「うーん建国時代のトンチキ神話勢とは一緒にされたくないなー」
確かに似たようなものではあるけどさ、と言ってこいしは肩を竦めた。動いて喋る妖怪の屍などという意味不明な存在が一体何を言っているのやら、と私は思った。恐らく私には分からないような奇特で重要な差異があるのだろうが。知らないけど。
「この子はね、私と同じところから生まれたの」
私の内心を知ってか知らずか、こいしはそれを慈しむように撫であやす。
「胎児の夢は私の領分でもあるけれど、この子はその一部、目覚めの分野から生まれたんだ」
こいしの弁に基づくならば、彼女らは疑似的な姉妹関係であり、そしてその慈しみは姉としての振舞いなのだろう。そして恐らく、こいしもそうして姉に愛されていたであろうことは想像に容易い。
「こいしの姉は、随分とスキンシップが多いのね」
「え? そんなことはないと思うよ?」
思わず漏らした呟きに、けれどこいしは首を傾げた。
「そうかしら」
「うん。抱き着いてみたり抱き締め合ったり膝に乗せてもらったりはするけど、でもそれって誰でもそうでしょ?」
「それはない」
「あれー?」
当たり前だろうに。それはペット飼いの距離感だ。普通は頭を撫でられるのが精々だろう。少なくとも私はそうだ。
そう言うと、こいしは何やら未知の存在を見るような目をした。意味が分からない、と思った。
いのちの輝き、だったかしら。そう、私は言った。
初邂逅から凡そ半年ぶりの再会だった。赤い原色の球状群体はどうやら、青い粘体様の身体を何処かで手に入れたらしかった。
「暫く見ないうちに随分と様変わりしたものね」
「えへへ、このあいだ髪切ったんだー。似合う?」
「貴女じゃない」
「そんなー」
よよよと大袈裟に崩れ落ちて泣き真似をするこいしは捨て置き、私は粘体生物の胴をつんつんとつついてみた。
「ん……」
水面だった。弾力はなく粘性もない、流れる水面のような感触だった。抵抗もなく潜った指は直ぐ抜き取ったにも関わらず痺れが残った。これだから不条理存在は厭なのだ。何がどういった構造なのか一見しても分からないせいで、弱点の多い私達などは関わること自体がリスクになるから。
「興味あるの?」
「そこまで俗世を捨ててはいないわ」
復活してきたこいしに応える。私とて流石に来客へ興味を持たないほどの世捨て人であるわけではない。お陰で今しがた嫌な気分になったのだけど。
「もっとぺたぺた触っても良いのにー」
「愛と殺意を混同してやいないかしら」
殆ど反射で言い返した。なにせ水なのだ。しかも脈動によって循環している水である。知っての通り、吸血鬼は流水に弱い。身体が水でできている相手など、誰が好んで触れ合うというのか。
「いや、死なないでしょ。フランちゃんそんなやわじゃないもん」
「そうね、死より安直なものはないものね」
当然ながら、死ぬわけではない。精々痺れて動かせなくなる程度である。寧ろ、だからこそ厭だと言っているのだが。取り返しのつく程度に不快なことなど、厄介なことこの上ない。
こいしはよく分からない、とでも言いたげに首を傾げて、それから「そうそう」と手を叩いた。
「それとこの子ね、最近面白い芸ができるようになったんだー」
ねー、とこいしは赤球の一つをつんとつつく。環がぐねりと脈動すると見る間に形を組み替えて、こいしの姿を真似取った。
真似、と評したのはそれが、こいしより更に異形であるからだ。五の眼球と六の赤球がコードの部分をぐるぐると循環する様は、どこか宇宙的な奇怪さを感じさせる。なかなかに素敵な出で立ちだった。
「どう? 凄いでしょ」
「黙る子も泣きそうね」
「褒めてるのそれ?」
無論、褒めている。
あら、こいし。私はそう言いかけて、止めた。極彩色は少女の姿をその上辺だけ真似ていて、当の本人はいないようだった。
「……ここには何もないわよ」
言葉が通じるかも分からないが、一応釘を刺しておく。実際ここには流水嫌いの吸血鬼が一人いるだけだ。或いは咲夜に頼めば何か出して貰えはするだろうが、ならそれは具体的には何を求めているかというのは私には全く分からなかった。
群体存在は何も応えず、ただその姿を揺らすだけだった。
「面倒ね」
人知れず、呟く。
そういえば、それが何らかの意思を発しているのを、私は終ぞ見たことがなかった。
本当に面倒だと思う。私の交友が狭いにしても、ここまで疎通の取れない相手は初めてだった。お姉様の飼っていたチュパカブラですら、何らかの思考の片鱗は傍からも見えていたというのに。
……まあ、発声器官が見当たらないのだから、仕方ない節はあるのかもしれないのだけども。
「何か、あったかしら」
首を捻って思考に耽る。筆記具は咲夜に頼まないといけないし、そもそも書くための紙がない。いや、もし紙があったとしても濡れてしまっては不便だろう。そもそもそれが文字を書けるかすら未知だ。ジェスチャーはどうだろうか。今から覚えさせるのは手間だ。覚えさせるとしても否定肯定の二択程度だろう。そういえばお姉様の持ち帰ってきた文化の一つにこっくりさんなるものがあった。文字盤を指差して意図を伝えるのだったか。あれは手段として悪くないかもしれない。問題はそれが文字を読めるかどうかなのだが。
「ねえ貴方、――――!?」
一つ尋ねようと顔を上げて、私はようやくそれが眼前に近づいてきていることに気付いた。咄嗟に飛び退き距離を取ると、それは私を五つの眼球で凝視する。視線をそのまま形を崩すと、今度は投網の形を模した。
ふうん、と私は声を漏らした。成程、そういうつもりか。
「冷暗所保管でも食あたりは起きるものよ?」
喰らった相手の姿を真似る怪異というのは、珍しくはあれどいないわけではない。おそらくこれは私を喰らって姿を真似るつもりだろう。こいしの身内のような相手にこのようなことは気が引けるが、そもそもこいしの管理がなっていないのが悪い。というかこいしもまさか喰われてはないだろうか。こいしなら喰われても一回休みで済みそうではあるが。……一応、祈っておこうか。
「R.I.P. Stone.」
呟きながら右手を伸ばして、極彩粘体の目を引き寄せる。
射出された水の投網を見やりながら、右手をぎゅっと握ろうとして。
「――駄目だよ?」
「は?」
それを、後ろから伸びてきた手に阻まれた。
一瞬の、思考の硬直。その間隙を縫って、首筋に衝撃が叩き込まれる。私は混乱したままに水の投網に囚われて、そうして意識を失った。
……夢を、見ている。
上空には水面が見えていて、私の身体はやけに軽くて、緩い水流にも拘らず身体の痺れる感覚がまるでなかったから、私にはそれが夢だと分かった。
ぼんやりとその煌めく水面を眺めていると、羽にこつりと何かが当たった。
「……いのちの輝き、だったかしら」
振り返るとそれは、こいしの連れてきた群体存在、その目玉を持つ球体の一つであるらしかった。
羽を畳んでどかしてやると、それは駆け抜けるように水中を飛んで去っていく。その方向に目をやれば、そこでは無数の眼球体が水の中を駆けていた。
赤い球があった。
青い球があった。
球のままでいるものがあった。
魚の姿を真似るものがあった。
見つめ合うものがあった。
混ざり合うものがあった。
それはどこか芸術めいていて、どこか奇怪で、けれど何より美しかった。
「ああ……」
夢特有の現象、と言ってしまえばそれまでだろう。
けれどその時、私は確かに納得したのだ。
「貴方、これを見せたかったのね」
そこには生命があった。
そこには、それの……否、彼女の原風景があった。
そしてそれは、醜い食物連鎖でも、ましてや擬態の手法でもなかった。
それは、生命賛歌だ。
生きていること、それそのものに対する、祝福だ。
踊っている。
跳ねている。
弾んでいる。
だから――――――
いのちの輝き、で合ってたわよね。と、私は言って、こいしはそうだよ、あの子がどうかしたの? と応えた。
「大したことじゃないわ。こいしよりも気紛れで放浪癖があるのだと思うと、面白くて」
「そうだねえ」
「……何やら含みのある声ね」
彼女が一人で私の部屋に来た日から、凡そ一月が経っていた。そしてその間、彼女は一度も私の元を訪れることはなかった。全体何処をほっつき歩いているのやら、と私は思っていたのだが、こいしの言い方を聞く限りではどうにもそうではないらしい。
「そもそもね、あの子、まだ幻想入りした訳じゃないんだ」
「へえ?」
肩を竦めて、こいしは言う。曰く、普通に外界で暮らしているのを、少しだけ訪ねに来て貰ったのだと。
「だから、今は外界で忙しくしてるよ。何せあの子は、お祭りの旗印でもあるんだもん」
こいしに言われて、私は思わず彼女が神輿に乗って練り歩く姿を想像した。可愛げこそあれど、きっと人間には刺激の強すぎる祭典となることだろう。その光景が容易に予想できるので、なかなか愉快な気分だった。
しかし、はて、と私はそこで首を傾げた。
外の世界に居場所があるなら、態々幻想郷まで来る必要はないのではなかろうか。
「自慢したかったのかしら」
「自己完結しないで?」
こいしが面倒な要求をしながら、こほんと一つ咳払いをする。
「だって、今の外界は流れが速いって聞いてたから。もしも向こうで忘れられても、こっちで受け入れてくれるよ、って伝えてあげたかったんだ」
成程、と私は小さく頷いた。それを眺めてこいしはにやにやと笑いながら言う。
「どうかしら。フランちゃんは受け入れてくれる?」
「まあ、そうね」
私は大袈裟に肩を竦めて、言った。
「偶には痺れるのも仕方ないことよね」
「だからフランちゃん分かりにくいって!」
勿論、これは肯定の意味である。
極彩色で球状の、粘性群体生物だった。
「お姉ちゃんと同じ瞳の色なんだ」と言って笑うので、私は思わず原色塗れの館を連想してしまった。いや、こいしの姉が私の姉と同様な美的感覚である保証はないのだと、勿論分かってはいるのだ。分かってはいるのだが。
さておいて。
「誰が父親?」
「待ってフランちゃん、私が産んだ前提なの?」
はて、違うのだろうか。私は小さく首を傾げた。
こいしはそれらを愛おしそうに抱き抱えていて、その姿は随分と仲睦まじいように見えたのだが。……ああ、そうか。
「禊いでも子が生まれるのだったわね、此方では」
「うーん建国時代のトンチキ神話勢とは一緒にされたくないなー」
確かに似たようなものではあるけどさ、と言ってこいしは肩を竦めた。動いて喋る妖怪の屍などという意味不明な存在が一体何を言っているのやら、と私は思った。恐らく私には分からないような奇特で重要な差異があるのだろうが。知らないけど。
「この子はね、私と同じところから生まれたの」
私の内心を知ってか知らずか、こいしはそれを慈しむように撫であやす。
「胎児の夢は私の領分でもあるけれど、この子はその一部、目覚めの分野から生まれたんだ」
こいしの弁に基づくならば、彼女らは疑似的な姉妹関係であり、そしてその慈しみは姉としての振舞いなのだろう。そして恐らく、こいしもそうして姉に愛されていたであろうことは想像に容易い。
「こいしの姉は、随分とスキンシップが多いのね」
「え? そんなことはないと思うよ?」
思わず漏らした呟きに、けれどこいしは首を傾げた。
「そうかしら」
「うん。抱き着いてみたり抱き締め合ったり膝に乗せてもらったりはするけど、でもそれって誰でもそうでしょ?」
「それはない」
「あれー?」
当たり前だろうに。それはペット飼いの距離感だ。普通は頭を撫でられるのが精々だろう。少なくとも私はそうだ。
そう言うと、こいしは何やら未知の存在を見るような目をした。意味が分からない、と思った。
いのちの輝き、だったかしら。そう、私は言った。
初邂逅から凡そ半年ぶりの再会だった。赤い原色の球状群体はどうやら、青い粘体様の身体を何処かで手に入れたらしかった。
「暫く見ないうちに随分と様変わりしたものね」
「えへへ、このあいだ髪切ったんだー。似合う?」
「貴女じゃない」
「そんなー」
よよよと大袈裟に崩れ落ちて泣き真似をするこいしは捨て置き、私は粘体生物の胴をつんつんとつついてみた。
「ん……」
水面だった。弾力はなく粘性もない、流れる水面のような感触だった。抵抗もなく潜った指は直ぐ抜き取ったにも関わらず痺れが残った。これだから不条理存在は厭なのだ。何がどういった構造なのか一見しても分からないせいで、弱点の多い私達などは関わること自体がリスクになるから。
「興味あるの?」
「そこまで俗世を捨ててはいないわ」
復活してきたこいしに応える。私とて流石に来客へ興味を持たないほどの世捨て人であるわけではない。お陰で今しがた嫌な気分になったのだけど。
「もっとぺたぺた触っても良いのにー」
「愛と殺意を混同してやいないかしら」
殆ど反射で言い返した。なにせ水なのだ。しかも脈動によって循環している水である。知っての通り、吸血鬼は流水に弱い。身体が水でできている相手など、誰が好んで触れ合うというのか。
「いや、死なないでしょ。フランちゃんそんなやわじゃないもん」
「そうね、死より安直なものはないものね」
当然ながら、死ぬわけではない。精々痺れて動かせなくなる程度である。寧ろ、だからこそ厭だと言っているのだが。取り返しのつく程度に不快なことなど、厄介なことこの上ない。
こいしはよく分からない、とでも言いたげに首を傾げて、それから「そうそう」と手を叩いた。
「それとこの子ね、最近面白い芸ができるようになったんだー」
ねー、とこいしは赤球の一つをつんとつつく。環がぐねりと脈動すると見る間に形を組み替えて、こいしの姿を真似取った。
真似、と評したのはそれが、こいしより更に異形であるからだ。五の眼球と六の赤球がコードの部分をぐるぐると循環する様は、どこか宇宙的な奇怪さを感じさせる。なかなかに素敵な出で立ちだった。
「どう? 凄いでしょ」
「黙る子も泣きそうね」
「褒めてるのそれ?」
無論、褒めている。
あら、こいし。私はそう言いかけて、止めた。極彩色は少女の姿をその上辺だけ真似ていて、当の本人はいないようだった。
「……ここには何もないわよ」
言葉が通じるかも分からないが、一応釘を刺しておく。実際ここには流水嫌いの吸血鬼が一人いるだけだ。或いは咲夜に頼めば何か出して貰えはするだろうが、ならそれは具体的には何を求めているかというのは私には全く分からなかった。
群体存在は何も応えず、ただその姿を揺らすだけだった。
「面倒ね」
人知れず、呟く。
そういえば、それが何らかの意思を発しているのを、私は終ぞ見たことがなかった。
本当に面倒だと思う。私の交友が狭いにしても、ここまで疎通の取れない相手は初めてだった。お姉様の飼っていたチュパカブラですら、何らかの思考の片鱗は傍からも見えていたというのに。
……まあ、発声器官が見当たらないのだから、仕方ない節はあるのかもしれないのだけども。
「何か、あったかしら」
首を捻って思考に耽る。筆記具は咲夜に頼まないといけないし、そもそも書くための紙がない。いや、もし紙があったとしても濡れてしまっては不便だろう。そもそもそれが文字を書けるかすら未知だ。ジェスチャーはどうだろうか。今から覚えさせるのは手間だ。覚えさせるとしても否定肯定の二択程度だろう。そういえばお姉様の持ち帰ってきた文化の一つにこっくりさんなるものがあった。文字盤を指差して意図を伝えるのだったか。あれは手段として悪くないかもしれない。問題はそれが文字を読めるかどうかなのだが。
「ねえ貴方、――――!?」
一つ尋ねようと顔を上げて、私はようやくそれが眼前に近づいてきていることに気付いた。咄嗟に飛び退き距離を取ると、それは私を五つの眼球で凝視する。視線をそのまま形を崩すと、今度は投網の形を模した。
ふうん、と私は声を漏らした。成程、そういうつもりか。
「冷暗所保管でも食あたりは起きるものよ?」
喰らった相手の姿を真似る怪異というのは、珍しくはあれどいないわけではない。おそらくこれは私を喰らって姿を真似るつもりだろう。こいしの身内のような相手にこのようなことは気が引けるが、そもそもこいしの管理がなっていないのが悪い。というかこいしもまさか喰われてはないだろうか。こいしなら喰われても一回休みで済みそうではあるが。……一応、祈っておこうか。
「R.I.P. Stone.」
呟きながら右手を伸ばして、極彩粘体の目を引き寄せる。
射出された水の投網を見やりながら、右手をぎゅっと握ろうとして。
「――駄目だよ?」
「は?」
それを、後ろから伸びてきた手に阻まれた。
一瞬の、思考の硬直。その間隙を縫って、首筋に衝撃が叩き込まれる。私は混乱したままに水の投網に囚われて、そうして意識を失った。
……夢を、見ている。
上空には水面が見えていて、私の身体はやけに軽くて、緩い水流にも拘らず身体の痺れる感覚がまるでなかったから、私にはそれが夢だと分かった。
ぼんやりとその煌めく水面を眺めていると、羽にこつりと何かが当たった。
「……いのちの輝き、だったかしら」
振り返るとそれは、こいしの連れてきた群体存在、その目玉を持つ球体の一つであるらしかった。
羽を畳んでどかしてやると、それは駆け抜けるように水中を飛んで去っていく。その方向に目をやれば、そこでは無数の眼球体が水の中を駆けていた。
赤い球があった。
青い球があった。
球のままでいるものがあった。
魚の姿を真似るものがあった。
見つめ合うものがあった。
混ざり合うものがあった。
それはどこか芸術めいていて、どこか奇怪で、けれど何より美しかった。
「ああ……」
夢特有の現象、と言ってしまえばそれまでだろう。
けれどその時、私は確かに納得したのだ。
「貴方、これを見せたかったのね」
そこには生命があった。
そこには、それの……否、彼女の原風景があった。
そしてそれは、醜い食物連鎖でも、ましてや擬態の手法でもなかった。
それは、生命賛歌だ。
生きていること、それそのものに対する、祝福だ。
踊っている。
跳ねている。
弾んでいる。
だから――――――
いのちの輝き、で合ってたわよね。と、私は言って、こいしはそうだよ、あの子がどうかしたの? と応えた。
「大したことじゃないわ。こいしよりも気紛れで放浪癖があるのだと思うと、面白くて」
「そうだねえ」
「……何やら含みのある声ね」
彼女が一人で私の部屋に来た日から、凡そ一月が経っていた。そしてその間、彼女は一度も私の元を訪れることはなかった。全体何処をほっつき歩いているのやら、と私は思っていたのだが、こいしの言い方を聞く限りではどうにもそうではないらしい。
「そもそもね、あの子、まだ幻想入りした訳じゃないんだ」
「へえ?」
肩を竦めて、こいしは言う。曰く、普通に外界で暮らしているのを、少しだけ訪ねに来て貰ったのだと。
「だから、今は外界で忙しくしてるよ。何せあの子は、お祭りの旗印でもあるんだもん」
こいしに言われて、私は思わず彼女が神輿に乗って練り歩く姿を想像した。可愛げこそあれど、きっと人間には刺激の強すぎる祭典となることだろう。その光景が容易に予想できるので、なかなか愉快な気分だった。
しかし、はて、と私はそこで首を傾げた。
外の世界に居場所があるなら、態々幻想郷まで来る必要はないのではなかろうか。
「自慢したかったのかしら」
「自己完結しないで?」
こいしが面倒な要求をしながら、こほんと一つ咳払いをする。
「だって、今の外界は流れが速いって聞いてたから。もしも向こうで忘れられても、こっちで受け入れてくれるよ、って伝えてあげたかったんだ」
成程、と私は小さく頷いた。それを眺めてこいしはにやにやと笑いながら言う。
「どうかしら。フランちゃんは受け入れてくれる?」
「まあ、そうね」
私は大袈裟に肩を竦めて、言った。
「偶には痺れるのも仕方ないことよね」
「だからフランちゃん分かりにくいって!」
勿論、これは肯定の意味である。
不思議なお話でした
あれってそんな感触だったんだ