Coolier - 新生・東方創想話

さよなら

2006/01/29 09:58:18
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 幻想郷の気候は、そんなに激しく変動しない。
 地震、雷、大雨に吹雪。数年に一度くらいのものだろうか。
 


 それでも、起きる時は起こる。


 彼と彼女が出会ったのも、そんな珍しい時のことだった。





 …………………………
 東方シリーズss

 さよなら。
 …………………………





 彼女はまだ、生まれて間もない子供だった。
 とはいえ、彼女は妖怪である。
 生まれて間もないといっても、4,50年は生きている。


 彼女は妖怪だった。それも、雪の妖怪だった。
 当然、寒いところが大好きで、暖かいところは大嫌い。

 
 だから、初めてだったんだ。
 にんげんを見るのは。





 彼は、山のぼりの大好きなおじさんだった。
 ずっと旅をしながら、いろんな山に登ってきた。
 ちっちゃな山も、おっきな山も。


 そんな彼だけど、今、とても大変なことになっていた。
 寒い北のところにやって来た彼は、おっきな山に登ったんだけど。


 山の中腹くらいまで登った時だ。
 天候が怪しくなって、突然、ものすごい吹雪におそわれた。
 とっさにほら穴に逃げ込んで、その場は助かった。


 だけど、ほら穴の中は真っ暗で。
 防寒具を着込んでいても、とっても寒くて。
 
 
 心細さを紛らわすために、彼は持っていたランプに灯りをつけた。
 それはとても小さな灯りだったけど、少しだけ彼を勇気づけた。
 きっとすぐに吹雪は止むさ。だいじょうぶ。
 そんな風に思えるくらいの元気を、彼に与えた。


 そして、彼女を呼び寄せた。





 ほら穴の中に、ちいさな灯り。
 気になって入っていくと、灯りのそばに何かがいた。
 ごわごわした服を着た、おっきなひと。
 なんとなくだけど、これが「にんげん」なんだなと分かった。


 ――ね、あんたはにんげんなの?

 ――そうだよ。おまえさんはだれだい。


 わたしは雪の妖怪よと、彼女は答えた。
 彼はそうかいと言っただけで、ちっとも動かない。
 彼女はとっても不思議に思った。
 にんげんは妖怪に食べられるもの。殺されるもの。
 なのに、どうして怖がったり逃げたりしないんだろう。


 彼女は訊いてみた。
 すると、彼は微かに苦笑いしてこう答えた。


 ――おまえさんに殺されなくても、死んじゃいそうだからだよ。
 ――ここはとっても寒いし食べ物もない。
 ――ふくろに入ってる食べ物も、三日もあれば無くなってしまう。
 ――帰ろうにも、吹雪がひどくて帰れやしない。


 彼女はかわいそうに思って、彼にこう言った。


 ――あたいが助けてあげる。
 ――なにかしてほしいことを言ってみて。


 彼は驚いたのか、細い目を少しだけ開いた。
 そして、彼女に言った。


 ――それじゃ、たきぎを持ってきてくれるかな。
 ――この吹雪で、雪塗れにならないように。


 なんだ、そんなことか。
 それくらいのことなら、造作もない。


 待っててねと、彼に笑いかけて。
 彼女は勢いよく、ほら穴の外へ飛び出していった。





 彼女が出て行ってから、しばらくたって。
 彼はなんだか、とても不安になってきた。


 妖怪だという、小さな女の子。
 彼女は本当にいたんだろうか。
 弱り果てた自分がつくりだした幻じゃないのかと。


 でも、そんな心配はすぐに吹き飛んでしまった。
 さっきの彼女が、しょんぼりと肩をおとして帰ってきたから。


 どうしたんだいと訊くと、彼女はすまなそうに説明した。
 山のふもとまで降りて、たきぎを取ろうとしたんだけど。
 触ったとたんに凍ってしまって、乾いたまま持てなかったんだ。


 ごめんなさいと謝る彼女に、彼は笑って言った。


 ――なに、気にすることはないさ。
 ――代わりに、わたしの話相手になっておくれ。


 こんなに寒いと、眠ってしまうのが怖かったから。
 彼女と話してたら、眠気も紛れるだろうと思って。





 他にすることもなかったから、ふたりはずっとお話していた。
 といっても、話すのはもっぱら彼ばかりだった。
 にんげんの彼は、妖怪の彼女よりずっといろんなことを知っていたんだ。


 にんげんの子供たちに聞かせるための、いくつものおとぎ話。
 桃太郎や一寸法師。シンデレラとか、不思議の国のアリスとか。


 彼が旅してきた、いろんな場所の話。
 砂漠しかない所、ずっと雪の降ってる所。彼方まで広がる大海原。


 胸躍らせながら聞いていた彼女だけど、ふとこんなことを思った。
 いろんな所を旅してるこのにんげんは、どんな所に生まれたんだろう。


 訊いてみると、彼は急に口を閉じて。
 寂しそうな顔をして、改めてゆっくりと話し始めた。


 彼の生まれた所は、海と森に挟まれた里だった。
 彼はそんな生まれ里が大好きだったんだけど。
 かいはつがすすんで、とかいのような所になってしまったらしい。


 四角い、とっても大きい建物。
 ツバメよりも速く動く、鉄で出来た乗り物。
 昼も夜も、ずっと明るくて。
 寒い寒い冬でも、夏のように暖かい。


 彼女には想像もできなかった。
 そんなことが、本当にできるものなんだろうか。
 

 ずごいねと言うと、彼は悲しそうに俯いた。
 すごくなった彼の里は、代わりに森や海を失くしてしまったから。


 ――なあ。おまえさんは、どっちがいいと思う?


 彼はそう訊いた。
 森も海もないけど、とってもすごい里と。
 森も海もあるけど、ふつうの里。


 彼女の世界は、彼の昔の里と同じだった。
 ちっともすごくなんてない。
 だけど、彼女はこの世界でずっと幸せに過ごしてきた。


 だから、彼女はぜんぜん迷わなかった。
 ふつうの里がいいよと答えた。


 彼は、そうかと言って目を細めた。
 とても優しい微笑み。だけど、何故か悲しそうにも見える。
 なんだかこちらの胸が切なくなるような、不思議な顔。


 こんな顔はしてほしくないなと、彼女は思った。
 彼にはもっと、陽気に笑って欲しかった。
 そんな彼のとなりに自分がいたなら、どんなにすてきなことだろう。
 彼といっしょに旅して、彼をずっと笑っていさせてあげたい。


 ――ね、抱っこして。


 彼と触れ合いたくなって、彼女はそんなことを言った。


 ――ハハ、どうした突然。


 彼は笑いながら、抱き寄せるために彼女に触れようとした。


 
 だけど。



 指先が触れたとたんに、彼は顔を歪めた。
 一瞬とまどったが、彼女はすぐに悟った。
 雪の妖怪である彼女の身体は、氷よりもはるかに冷たい。
 だから、にんげんの彼の指は、凍ってしまったんだと。


 ぱり。
 彼は凍ってない方の手で、凍った指をひきはなした。


 ――すまない。
 ――ううん、こっちこそごめんね。


 気まずい沈黙が流れる。
 それを砕こうと、彼はまた、おもしろいお話を始めた。
 

 お話を聞きながらも、彼女は悲しかった。


 抱っこしてもらうどころか、触れることさえできない。
 それに、話しながらも、さっきから苦しそうな彼。
 たきぎが欲しいといったくらいだから、彼は暖かい所で生きてるんだろう。
 だけど、自分は寒い所で生きる妖怪。暖かいのはとても辛くて苦しい。


 彼と自分とは、いっしょにいられない。


 ずっとそばにいたいと想った。
 なのに、こんなにはやく想いは夢散してしまった。


 それでも、悲しみをこらえて彼女は笑う。
 ずっとそばにいることは出来ないけど。
 せめて、共にいられる今を大事にしようと思って。
 
 
 

 





 いつしか外は明るくなって、吹雪もすっかり止んでいた。
 

 ――ありがとう。
 ――おまえさんのお陰で、なんとか無事に過ごせたよ。

 
 久しぶりに陽の光を浴びて、彼は嬉しそうだ。


 ――ううん、こっちこそ。
 ――お話し、とっても楽しかった。


 お話も楽しかったけど。
 いっしょにいられたことが、とっても幸せだった。





 ――それじゃ、元気でな。


 そう言って、背を向ける彼。
 ゆっくりと、それでもしっかりした足取りで降っていく。


 やがて、彼の背が見えなくなって――



 「……さよなら」



 呟きと共に、雪の上に零れおちるしずく。





 その日、彼女は恋をして。


 その日、彼女の恋は破れた。
  
 
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コメント



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9.70削除
初恋は美しい。
20.70名前が無い程度の能力削除
こ、この野郎!
雪山の中心で愛を叫びそうになっちまったじゃねぇか。
ともかくグッジョブだ!
25.70BP削除
いい話や~
40.80無名剣削除
人間と人間以外は相容れない。
そんな言葉が心に痛く突き刺さるお話でした。
48.100反魂削除
爽やかで、哀しくて、美しい。レモンの味がした(何

冷たいけれど温かい……何ともツボにきました。
これは素晴らしい。
57.90名前が無い程度の能力削除
甘酸っぱい