空は暗くなってからかなりのときが流れ
夜に起きているものたちは、そろそろ日が昇ってくると感じていた
ときおり、気の早いカラスや山鳥が鳴く声が夜空に響き、朝が近づいているのをつげていた
場所は八雲紫一家宅、その和風の一室に布団が巨大な山を作っていた
かまくらのような、広げたらキングサイズのベットにもはみ出しそうなそれは
小さく呼吸を取るようなリズムを取って上下に動いていた
空はいつのまにか赤い色が染み出し始めている
ここからはあっという間に日が昇ってくるだろう、本当の朝がやってきた
巨大な布団が空の色に反応するようにもぞもぞとうごめいた
朝とはいつからが朝と呼ばれるところなのだろ?
身体を起こしてなんとなくそんなことをうつ伏せになって寝ていた八雲藍は考えた
まだ空は暗く夕焼けとはすこしちがう冷えた赤い色が東の空を徐々に染め始めている
藍は体温で温まったふとんをどかし、朝の寒さに肘を抱えて少し震えた
寝巻きのまま隣の橙の部屋へ行き、橙を起こす
そのまま紫の部屋にも向かい障子の前で立ち止まる
耳を澄ませば紫の小さな寝息が聞こえてくる
長く生活を一緒にしている藍はその寝息を聞いただけで、おきてくるかおきてこないかを大体当てることが出来る
今朝は起きてくるかもしれないけど、もっと後になってからになりそうだった
藍は自室にもどって普段着に着替えることにした
洗面所へ行くと、まだ寝ぼけたままの橙が歯を磨いていた
「橙、飲み込んじゃだめですからね?」
「ふぁい」
顔を洗うのもすばやく髪の毛を整えて台所へむかう
まず私と橙の朝ごはんを作らなければ
下準備は、というか昨日の晩御飯の残りがあるのでこれを温めて、ちょっと手を加えて出せば大丈夫だろう
あとはお味噌汁とご飯をよそって、準備はあっというまにできた
丁度橙がトイレから戻ってきたところだった
「朝ごはんにするわよ、お手てあらっていらっしゃい」
「にゃーい」
手早く手を洗って、タオルで水気を切って、朝食の前にすわる橙
「大丈夫?」
「完璧です!」
「それじゃいただきましょう」
「いただきまーす」
朝食のあと食器を手早く洗い、台所で行なうことは無くなった
あとは部屋の掃除や洗濯などなんだが…
洗濯物は昨日のうちにだいたいは洗っておいたし、掃除をするほど汚れてもいないけれど
まずお掃除からはじめます
割烹着を付け直して、面の大きな箒と大きめのちりとり
軽く居間や台所、廊下などを掃いて屑を集めて外に捨てる
そしたらそのまま外を箒で掃く
落ち葉や木屑とともにさっきの室内の屑をまとめて庭の隅で焚き火を起こす
「橙ーちょっとこっちきてー」
「にゃーい!」
くるくると飛んでやってきた愛らしい猫又に焚き火を見ているようにいって
私は道具を片付けてくることにする
「藍さま、おいもとか焼いてるんですか?」
「あら残念、今ははいってないのよ、おいも食べたい?」
「食べたい!」
元気なことは良いことだ
あとで吹かしたサツマイモを作ってあげよう
「さて、火が消えたら次はお洗濯よ、手伝ってね」
「にゃーい」
似たようなものばっかりの衣類を詰め込んだ籠を抱えて台所の裏庭へでる
そこに旧式の井戸がある
「橙、お水出しておいて、冷たくなるまでお願いね」
洗濯用の粉石けんを横において大きなものから洗濯しようと取り出す
一番大きいのは紫のドレスだった
「つめたくなりましたー」
「はい、じゃまずこれからやっちゃいましょう」
「にゃーい」
ドレスを乱暴に水に浸して、粉石けんをぱっぱと振り掛ける
そして両方の裾をもって力強くもみ洗う
橙は他の部分をえいえいと掛け声を出しながらふんずけて洗っている
これを繰り返して最後にすすいでしわを伸ばし、洗濯竿にかけて洗濯はおしまい
よれよれになった衣服はあとで紫にたのんで歪に一度通すとぱりっとした新品同様の衣服に生まれ変わるのだ
不思議だ
掃除も洗濯も終り、昼食の時間になった
朝食の残り物に火を通し、余ったもの同士を混ぜ合わせて新しい料理をつくる
もちろん味も考えている、橙はその料理を美味しいといって食べてくれた
朝食を終えると、橙は元気良く遊びに行ってきます! といって出かけていった
それを見送ると、あとはほとんどやることがない
一応裏の菜園の様子を見ておこうか
家の食料庫から食料が尽きることはない
しかしそれは私が集めているわけでもなく、もちろん橙でもない
そうなるとあとは紫しかいないのだけれど、そんなそぶりを見たことは一度も無かった
しかしその食料庫には紫の好きなものが比較的多く入っていて
見たことは無いけどやっぱり紫があつめているんじゃないかと思っている
しかし、藍の計算じゃ食料庫の中身だけではどうしてもバランスが悪く、日々の栄養に偏りができる
なので藍は家の広大な敷地の中にこじんまりとした菜園を作った
作っているものは一年中取れる山菜や、季節に合わせた野菜類が植えられていて
規模はとても小さいが、食卓を飾る程度のものならば十分だと考えていた
菜園のほうは順調のようで、動物に荒らされた形跡は無い
特にそういった対策はしていないが、山の動物たちにはきつく注意してあるので今後の心配も無いだろう
すこし目に付いた雑草を取り除き、植物の成長を観察してから水をまく
もうちょっとしたらニラが食べごろだろう
そこから今後の献立を考えるのは嫌いじゃなかった
「あ」
水をまきながらふと動きをとめる
今日の夕飯はどうしようか
菜園で使えるものはいくつかはあるが、食料庫の中で早く使わなくてはいけない食材とバランスがわるい
ほかになにか無いかとざんざんなやんだが、家の中に解決策は見つからなかった
しかたがない、里に出て買い物をしてこよう
他にも何か必要なものはないか調べて、いろいろみてこよう
服に付いた泥を払い落とし、紫の部屋へむかう
障子の閉じられた紫の寝室からはまだ寝ている空気が伝わってきた
廊下に膝をついてゆっくりと障子を開けた
「紫さま」
「…ん~?」
「少し里に下りて買い物をしてきます、なにか紫さまも入用なものがおありでしたら伺います」
「ん~…じゃぁお酒買って来て、とびっきりおいしいやつ、あとは任せるわぁ…」
「わかりました」
お酒はまだ沢山たくわえがあったはずだからあとで考えよう
お気に入りに巾着袋(橙が作ってくれた)に中身を調べたがま口の財布を入れ、買い物籠を腕に下げて準備万端
最低限の戸締りをして火の元の確認、玄関のカギは紫もいるし、橙が帰ってくるかもしれないのでカギはかけないでおく
まぁ泥棒が入ったら運が悪かったことにしておこう、その泥棒の運が
橙の後を追うように藍は空に舞い上がった
里と一言にいってもそれは里と呼べるほどの規模があるのだろうか
人影はいつもすくなく、妖怪の影もちらほら見かける
商売なども利益を求めてやっているお店などはなく、生活の延長や道楽の延長で普通の民家を改造したようなお見せが目立っている
一応里で一番の大通りに藍は降り立った
空からの訪問者など珍しいものでもなんでもない里に済んでいる者たちにとって、それはごくありふれた日常だった
さっそく目的のお見せの暖簾をくぐる
いらっしゃいと野太いが小さな声で出迎えてくれた
「藍ちゃんいらっしゃい、今日は天気いいねぇ」
「そうですね」
会話もそこそこ、目の前に並べられている食材を見渡してどれが良いかを考える
「今日の献立は決まっているのかい? まだならとっておきの大根があるよ?」
「あら、まだ暖かいのに取って置きなんですか?」
「大丈夫、冬の妖怪に去年の最高の物を保存しておいてもらったのよ、もちろん干からびてないぞ、新鮮ぴちぴちの大根さ」
そういって取り出した大根を藍に渡す
受け取った大根はひんやりと冷えており、冬の香りがしなくもなかった
「そうね、じゃあこれいただこうかしら」
「まいどあり、藍ちゃんは可愛くてまじめだからもう一本オマケしちゃうよ」
「あらあら、ありがとうございます」
大きな大根を籠にいれて、御代を渡す
「探しているのはこれだけかい?」
「そうね、あとお芋、ちょっと分けてもらえるかしら?」
「藍ちゃんはほんとタイミングがいいね、これも去年の最高のやつを…」
そんなこんなで冷えたジャガイモとサツマイモを、これもまたオマケしてもらった
「また寄ってくれな、こんどはお茶でも付き合ってくれな!」
暖簾のそとまで顔をだして見送ってくれるご主人に小さく手をふって別の店に行くため道をあるく
いっきに重くなた買い物籠を抱えなおした
あとは何を買おうかしら
お魚とかそういえばご無沙汰だったような気がするわ
魚屋は街中で買うより、湖に住んでいる者たちに話して交換してもらったほうが良いのが手に入りそう
じゃいこうかしら、と飛び立とうとしたとき
「藍じゃないか」
前かがみになったところで後ろから名前を呼ばれた
振り返ってみると
子供をひきつれた慧音が立っていた
「やあ、買い物かな?」
「あ、藍さま!」
「キツネの先生だ!」
「先生こんにちわー」
「せんせいー、今日はなにも教えてくれないの?」
「みんなこんにちわ、元気?」
「元気ー!」
慧音の横からいっきになだれ込む子供の波を受け止めて、藍は笑顔で一人ひとりの頭を撫でていく
「橙、お出かけって学校だったの?」
「はい、橙今日はいっぱい覚えたよ」
橙は後ろに振り返り、指揮をとるようにさんはい! と両手を挙げると、周りの子供たちもそれに応じた
「春はあけぼの~」
「やうやう白く~」
「なりゆくやまぎわ~」
「すこしあかりてぇ」
「むらさきだちたる!」
「雲のほそくー」
「たなびきたる!」
藍と慧音はそれに小さく拍手をおくる
「橙すごいじゃない、よく覚えられたわね」
「えっへへ~」
「私、一人でもいえるよ~」
「僕だって」
「私だっていえるにゃ~」
じゃれあう子供たちの間に慧音の大きなスカートが割り込み、一人ひとりに話を聞いていく
「はい、みんなちゃんと覚えてえらいわよ、次は『夏は夜、月の頃はさらなり』から覚えましょうね」
足元の子供たちから賛成の声とうわーと頭を抱える声が同時に上がった
「藍、このあと暇?」
「え?そうねあとお魚を取りに行こうと思っていたところなんだけど」
「なら丁度いい、これから林間学校をしようと思っていたところなんだ、一緒にどうかな?」
「林間って、普段の生活が森の中じゃない?」
「揚げ足はいらないから、これから湖にいってそこで教室をやるんだ」
そうだよーと周りの子供たちが口々に言葉をあげる
「それでよかったらなんだが、またこの子達に教えてあげてはくれないか?」
「ん~…橙もいるし、お魚も手に入りそうだし、いいわよ」
「よかった」
笑顔で息をついた慧音は、ぱんと手をうって表情が一転する
なにか悪いことを思いついた、一服の含みがある顔だ
「みんな! キツネの先生もみんなと一緒に行きたいって!」
黄色い声がドカンドカンと上がる
「よし、飛びつけー!」
慧音の号令のもと子供たちがいっせいに藍の尻尾に抱きついてくる
「きゃ! ちょ、ちょっと慧音!」
「私一人じゃ湖までいくのに時間がかかってね、助けてもらうよ」
「わーふかふか!」
小さな子供たちは乱暴に藍の大きな尻尾の間をかいくぐり、よじ登ってくる
「ちょっとま、く、くすぐったいから」
「さぁさぁ、早くしないと日が沈んじゃうよ、急ごうか」
藍の尻尾から転がり落ちた子供を二人抱えて慧音が先に空に飛び立った
「もう…みんなしっかりつかまってるのよ?」
「はーい」
「わかった」
「にゃーい」
「橙、貴方は飛べるでしょ…」
「やにゃ! こっちがいい!」
しょうがないわね、と藍は観念して子供たちが落ちないようにゆっくりと空に上っていった
「わあ! 高い高い!」
「すげー! わー」
「先生、わたしもあっちいきたかったぁ」
「順番ね、帰りはあっちに乗せてもらいましょう」
「ほんと? 約束だからね?」
「約束、嘘ついたらハリセンボンのーます♪」
「のーます♪ 指切った!」
笑い声の絶えない空の散歩
「はい、着きましたよー」
数分の飛行は子供たちにとっては充実した長い時間だった
しかし湖に到着すると、子供たちは一目散に声を上げながら湖畔にむかって走っていった
「湖はいっちゃだですよー 怪我しないようにねー」
そういって慧音は子供たちとは逆の方、森の中へ入っていった
すぐに戻ってきた慧音の手には巨大な倒木がつかまれ、ずるずると引きずりながらひらけた砂浜の上にどすんとおいた
「慧音、なにか書くものはもってきたの?」
「そんなの全て現地調達にきまってるじゃないか、林間学校なんだぞ?」
林間学校ってサバイバルだっけ?
まあいいやとおいて置いて、慧音は引きずってきた倒木の邪魔な枝を素手で取り除いて座りやすい椅子に変えていく
じゃあ私は何かかけるものと書くものを用意しようかと考えた
と良く見たら倒木の正面になるらしいところに巨木があるじゃないか
慧音もそのつもりだったのだろう、この巨木の表面を借りて、黒板の変わりにするつもりなのだろう
では、と藍は手のひらに力をこめて、ごめんなさいね、と心の中であやまり巨木の表面を優しく撫でた
藍の手のひらに撫でられた表面は凸凹な皮がはがれ、綺麗な肌色に近い木肌をあらわにした
それを縦横繰り返し、丁度長方形になる感じになるまで繰り返す
多少の凹凸は残っているが、十分形になった
後は書くものだが
「ほら、これを使おう」
そういって慧音が差し出してきたのはチョークのような形をした炭だった
気がつけばいつの間にか、椅子の反対側に焚き火が炊かれていた
「湖に入るなといって、あの子たちが入らないわけがないからね、授業の前にみんなの身体を拭いてあげないといけないね」
「そうね」
小さく笑いながら、ぬれた身体で尻尾に飛びつかれる覚悟を決めて、子供たちを呼びに藍は湖に向かった
案の定というか、子供たちは全員ずぶぬれになって浅瀬で遊んでいた
子供たちの身体を拭いて、ぬれた洋服を脱がせて男女関係無く下着一枚にする
焚き火の前にみんなですわるが
「キツネ先生のしっぽあったかーい」
の一言で子供たちはみんな藍の尻尾の中にもぐりこんでしまった
「あはは、丁度良い服が乾くまではそうさせていてくれ」
「ねぇ先生、この尻尾の付け根ってどうなってるの?」
「それは秘密なのよ、へんなことしたらこうだからね」
「きゃ、せ、先生くすぐったいよ、きゃはは」
尻尾一本を起用に動かして子供の柔肌を撫でる
静かな湖畔に子供の笑い声が響いていた
「はい、じゃあ林間学校をはじめます」
慧音の一声で服を着た子供たちが元気良く返事をする
「今日勉強することは、この湖の歴史です」
「先生、歴史っていってもここにはなにもないですよ?」
「そんなことない、よく見てごらん湖と森の境界を」
そういって慧音が指差した先は水が寄せて返す波打ち際と、緑の芝生が突き出した小さな岸壁が緩やかな弧を描いて続く境界線があった
「なにもないです、ふつうの自然しかないです先生」
「ちがうよ、これは誰かが湖と森を作った後なんだ」
えーと可愛い非難の声があがる
「いいかいみんな、ここ幻想郷は緑が豊かで、少ないが里などを作って生きているものがいる」
それは当たりまえだよ、と野次が飛ぶ
「しかし、里に暮らさず森やこの湖に住んでいる者たちもいる」
それも当たり前、と子供たちの野次がすこし大きくなる
「そういった里にくらさず、ここで暮らす者によってこの湖と森は作られたのだよ」
野次が止まった
「もしここに誰も来ることも無く、住む者もいなければ湖はすぐに形を変え、森はひたすらに緑を濃くしようと躍起になる」
子供たちはもうちゃちゃを入れることなく、真剣に慧音の話を聞いている
「自然が支配する場所は、生きている者にとってやさしくないのだ
よそ者のことなど考えずに水も木も自分勝手に生きていこうとする
でも、私たちには水も木もとても大切なものなんだ、これがなくなったりしたら大変なことになる
だからみんな自然と一緒に生きていこうとするんだ。 この森、実は住んでいる妖怪がいてね
そいつは大人しいヤツだから場所を貸してくれといったら素直に貸してくれたよ
ほら、そこでみんなをみてるよ?」
といって慧音は藍を指差した
「へ、私?」
「ちがうちがう、その後ろだよ」
後ろといってもそこにはさっき黒板に改造した巨木しかないが…
「みんな、あの木がこの森と湖の境を守っている方だよ」
慧音の言葉を信じた子供たちが声を上げてその木に駆け寄る
「せんせー、この木つるつるだよ?」
「ちょっと身体を借りているの、みんなもありがとうっていおうね」
素直に答えた子供たちが口々に木に向かって言葉を投げかける
それに答えるようにその巨木は風の吹かない中、高いところの枝を揺らしちいさな木の実の雨を降らせてきた
それに子供たちは驚き口々にすごい!とつぶやいて木の実を受け取ろうと躍起になる
「はいはい、みんな授業にもどるわよ、席について
「はーい!」
慧音は巨木の前に立ち木に一言礼を言うと、子供たちに振り返った
「さて、この木が森と湖の境目を守ってくれているおかげで、湖や森は姿を変えず
私たちはとても平和に暮らしているんだ、そのことを忘れてはいけないよ?」
「はーい」
「あの、先生、この木はここを守っているっていうことは
やぱり森にも湖にも住んでいる人がいるんですか?」
「もちろん、この木は森と湖がケンカしないように見守っているだけだよ
それも重要なことなんだけど。 とにかく湖にも森にもちゃんと別の者が住んでいて、ちゃんと見張っているんだ」
「それってどんな人なんですかー?」
「人じゃないよ、みんな妖怪や妖精さんたちだよ、彼らがしていることは君たちとしていることはあんまりかわらないよ
はじめくんは朝起きたらまず何をするかな?」
「え、えっと…顔を洗う」
「うん、妖怪や妖精も顔を洗うよ、他にちゃこちゃんは何をするかな?」
「えっと、お、お片づけします」
「そう、みんな自分のお家のお片づけや掃除をしている
みてごらんこの森の木々はみんなまっすぐに伸びていて草むらは綺麗で歩きやすいだろ?
それはみんな住んでいるヤツがやってくれているんだ」
「へぇ!」
「一人なのかな、大変じゃないのかな?」
「毎日こんな大きな森のお掃除とか出来ないよ」
「大抵は一人じゃなくて、森の木々や動物たちと一緒にやっているんだよ
それは大変なことじゃない当たり前のことなんだ」
「せんせーじゃあ湖はどうなの?」
「あー湖はだね、ちょっとした厄介者がいるけれどなんとかやっているんだよ」
「やっかいもの?」
「あ、チルノちゃんのことかな」
「あのちびっこチルノなのか」
「ちびっことかいうなぁ!」
「きゃー!」
水面からシュワッチとポーズを決めて飛び出してきたのは氷の妖精チルノだった
「チルノちゃん、こんにちわー」
「あ、ちゃこちゃんじゅんちゃん、やっほーなにやってるの?
声が聞こえた気がしたからきてみたんだけど」
「あのね、慧音先生に林間学校してもらっているの」
「林間学校ってなに、おもしろい?」
「面白いよ! チルノちゃんも一緒にやろうよ!」
あっという間に子供に紛れ込んで生徒が一人増えた
「先生、いいでしょ?」
「ん、まぁいいが、チルノ、大人しくしてるんだぞ?」
「わかってるわよ、いいからちゃっちゃと終わらせて遊びいきましょ」
「まだ始まったばかりだ」
「じゃやめちゃいましょうよ」
「チルノちゃん! わがままいったらめーなんだよ」
「そうだよちゃんとしてないと怒られるぞちびっこちるのー」
「なによ凍らせちゃうわよ!?」
やめなさいと慧音がチルノの振り上げた腕を捕まえて大人しくさせる
「えっと、どこまで話したかな…ああ、森と湖に住んでいるものたちについて話していたところだったね」
「そうでーす」
「うん、じゃ改めてみてみようか」
そういて周りに目を配らせる慧音
それにつられてみんなも周りを見渡す
「どうだい、ただの自然に見えていたものが実は全部誰かに作られたものだって思ってみるとまた違う風にみえるだろ?」
「うん…でもなんか、それじゃこの自然って全部作られた偽者みいな気がする…」
「偽者か、そこは難しいところだ、君たちにはいつか本当の自然を見る日が必ず来る
しかしそれは同時にとても怖いことでもあるんだ」
そういってくすぶっていた薪を拾い上げると、白く煙を出すところにむかって慧音は一息吹いた
すると薪は一気に燃え上がり、明るい火の光の下でもハッキリとわかる赤い光を揺らした
子供たちがおぉーと声を上げる
「この火、私がつけたものだが自然のものには変わりはない。
もしこれが本当の炎らしく燃え上がったらどうなるとおもう?」
子供たちの間に軽い緊張感が流れた
一人の女の子が小さく手を上げて小声で答えた
「みんな燃えちゃう」
「そうだね、この炎を自然に帰そうとしたら、全てを燃やしてしまう、とても危険なものなんだ」
そういって再び慧音が息を吹きかけると元のくすぶっていた薪にもどした
「自然とは、けっして人間やそこに住むものに交友的とは限らない
そういう厳しい一面もあるんだよ、これは決して忘れてはいけない大切なことだ」
わかったかい? と慧音が語りかけると、子供たちはまじめに答えた
「この森も湖も、その厳しい一面と向かい合って生活しているんだ
自然とはとても大切なものだけれど、そこにある恐怖をわすれちゃいけない」
「はい、どうやったら自然と仲良くできるんですか?」
と、手を上げたのはチルノだった
慧音はそれをみてちょっと笑ってから、咳払いを一つして答えた
「それは簡単だよチルノ、もしチルノと友達になりたいっていう子がいたらどうする?」
「そりゃ友達にしてあげるよ」
「うん、じゃあもしその友達がいきなり叩いてきたら、どうする?」
「三倍返し、ぐーのねも出ないまでに叩き潰す!」
「チルノちゃん、それやりすぎだよぉ」
「え、そ、そう?…じゃぁ一倍返し」
「まぁそうだね、いきなり叩かれたら叩き返したくなる、それは自然も同じなんだよ」
慧音が墨をもって巨木の表面に図を書いていく
簡単な棒人間が二人、その間に互いを指しあった矢印を書いた
「気持ちや行いは必ず自分に帰ってくる、もし相手に悪いことをしたら、相手もその仕返しをしてくる」
矢印の上に「悪い」を書く
「そうなったら仲良く出来ない、ケンカになってしまう」
子供たちがうんうんと頷く
「じゃあ悪いこと、ぶったりするんじゃなくて、相手の頭を撫でてあげるとかしてあげたあら、みんなはどうする」
「その子も撫でてあげる」
すぐに実践する子供たち、なでなで合戦が始まりチルノは多方向から迎撃を受けて、反撃が難しそうだ
しかしみんな笑顔で笑い声をあげている
「はい、それが自然と仲良くなる方法です、仲良くしたかったら叩いたりしないで撫でてあげましょう
そうすれば向こうも私たちのことをやさしくなでてくれます」
「はーい!」
「チルノちゃん、これからもよろしくね」
「わぷ、あはは、また遊ぼうね、えい!」
「きゃー」
「はい、じゃあ前半の授業はおしまい、お弁当にしましょう」
「わーい!」
「すごいわね慧音、いつもこんなふうににぎやかだったかしら?」
「ん、いつもってわけじゃないが、大抵みんな元気がいいよ」
「そうか、いやはは、見てて面白かったよ慧音の授業は」
「ありがとう、次は貴方にお願いしたいと思ってるんだけど、できるかい?」
「まぁそのつもりで来たんだしやってみるけど、こんなところで数式教えてもねぇ」
「いいじゃないか、こういうところじゃなきゃ教えられない式もあるだろう?」
「え?」
「藍さま!」
いきなり後ろから飛びついてきた橙、それに続いて続々と子供たちが集まってくる
あっというまににぎゃかになった藍と慧音の周り
「藍さまは次のお勉強、なに教えてくれるんですか?」
「なになに?」
「なんだろなんだろ?」
「そうね…そうだじゃあ「友達ともっと仲良くなれる式」を教えてあげるわ」
「それさっき慧音先生に教えてもらったぁ、こうなでなですればいいんでしょ?」
そういって藍の膝に登って頭を撫でてくる子供を撫で返してあげながら藍は笑顔で言った
「そうね、でももっともっと仲良くなれる方法があったらどうする?」
「そんなのあるの?」
「あったらすごいよキツネ先生!」
「はい、じゃあ後半の授業を始めるよ、みんな集まってー」
慧音の掛け声に子供たち返事とともに帰ってくる
今度は水には入らなかったが水辺で遊んでいた子供たちや
木の実を落としてくれた木に登っていた子供たちがさっきと同じように集まってくる
「それじゃあはじめます、委員長号令」
「にゃい! 起立! きょーつけ! 礼!」
「はい着席」
慧音がしめて、みんなが席についた
「慧音、いつのまにこんなことも出来るようになったの?」
「つい最近だよ、生徒たちが勝手に始めたんだ」
なかなか子供もあなどれない
「え~さて、私が教えられることは慧音先生とは違って歴史や道徳ではなく、数式を教えます」
半分賛成、半分反対の声が上がった
式が苦手な生徒はえーっと見るからに嫌な顔をする、子供とは正直だな
「はいはい、ぶーたれないの、じゃあみんな」
そういって後ろの巨木に墨で円を書く
「こういう風に円を作ってならんで頂戴」
式の勉強なのにお遊戯でもするのだろうか?
子供たちは不思議な顔をしながら円を作って立った
「橙、きょうくん、二人で手を繋いでみて」
「はいにゃ」
「えぇ」
「橙と手を繋ぐのいやにゃの?」
「そうじゃないけど…」
「いいから藍さまの言うとおりにするの!」
「わぁ!」
橙が男の子の手を取って高々と掲げてみせる
他の男の子たちから黄色い野次が飛ぶ、手をつないだ男の子は恥ずかしそうに目をそらしている
「はい、コレが今日の授業「友達ともっと仲良くなる式」です」
「これが?」
「手を繋いだだけじゃん」
「お手て繋ぐのだったらいっつもちかちゃんとしてるよね?」
「うん、チルノちゃんともするよねー?」
「そうよそうよ、いまさらなにいってるのよ」
「はい、じゃあちゃこちゃん、あの二人と手を繋いでみて」
「えぇ!」
チルノの隣に立っていた女の子が驚いていきなり声をあげた
「ちゃこちゃん、なんでびっくりするの?」
「ぅ、な、なんでもないよチルノちゃん…」
「はい、ちゃこちゃんこっちきて、両手を橙ときょうくんに繋いで、そうそう、そうやって三人で円を作るの」
「キツネ先生、ちぇんちゃんときょうくんとちゃこちゃん、もっと仲良くなったの?」
「じゃあ聞いてみましょうか、橙、きょうくんとちゃこちゃんのこと好きになった?」
「前からずっと好きだよぉ!」
「じゃあきょうくんは、橙とちゃこちゃんのこと好きになった?」
「ぉ…ま、前から好きだったよ」
「じゃあちゃこちゃんは?」
「ちぇんちゃんも…きょ、きょうくんも好き…です」
「え~ちゃこちゃん、前にきょうくんにいじめられてキライっていったのに」
「そ、それはぁ…」
「…ごめん」
「え? な、なにきょうくん?」
「石投げて…ごめん」
ぉおお!と周りの子供たちが声を上げた
「なんでなんで、なんで急にあやまるの?どうなってるの?」
「手を繋ぐとキライもスキになるの?」
「違うわよ、これは嫌いを好きに変える式じゃなくて、好きをもっと好きにする式なの」
「どういうことぉ?」
「みんなはね、まず沢山の式で出来ているの、その式のなかでみんな生きているのよ」
藍が足元の子供の手を取る
「そしてみんなが持っているこの手はね、式と式を結ぶ演算子になっているのよ」
「エンザンシ?」
「足したり引いたり、かけたり割ったりする記号のことよ」
「へぇ~」
「だから手を繋ぐことは、自分と相手の式を結ぶことになるの」
「むすぶとどうなるんですか?」
「なんとね、自分の気持ちが相手に伝わって、相手の気持ちもこっちに伝わってくるのよ」
「それって、あいての気持ちがわかるってこと?」
「ええ、そうよ」
すごーい!ほんとかなぁ? とすぐにみんなで試し始める
「今僕の考えていること当ててみて!」
「そんなのわかんないよ~」
「みんなみんな聞いて、これはねテレパシーとか魔法とかじゃないのよ
頭の中を覗けるわけじゃないの、みんなは今までのまま一つの式で、手をつないで式をつなげてるだけよ」
「え~つまんないよそれ!」
「いいからいいから、ほらじゃあさちこちゃんと手を繋いでごらん」
「やだ、はずかしいもん!」
「なんで恥ずかしいのかな?」
「だって、女だし」
「た、たっくん…お手て、つなご?」
「え…ぅん、しかたないなぁ」
「はい、よくできました、どう?」
「どうっていわれても…」
「先生、わたし、ちょっとうれしいです…」
「えらいわちゃこちゃん、さちゃこちゃんと言いましたよ、たっくん?」
「…い、いやじゃない、よ」
「どう? 手を繋いで式を繋ぐとわからなかったことがわかってくるでしょ?
相手は自分に対してどう思っているのか、自分はどう思っているのか
そういう気持ちが手を通してお互いに交換できるの、相手の気持ちを知りたいときは手を繋いでみましょう
きっと二人の式をあわせた答えが見えてきます」
「はい先生!」
「ん、どうした?」
「じゃあみんなで手を繋いだらどうなるんですか?」
「それは面白そうだ、やってみましょうか藍先生」
笑顔で慧音が子供たちの手を繋ぐ
ばらばらに手を繋いでいたみんなも集まりだして、大きな円を作った
「あ!」
たっくんと手を繋いでいたあさこちゃんが声を上げて、たっくんの手を掴んだまま円を外れた
「あさこちゃん、どこいくの?」
「こ、この人も、一緒に…」
そういって巨木に手を差し出した、手じかにあった枝を握る
「そうね、今日この場所を貸してくれたお礼もかねてみんなでやりましょ」
わぁーと子供が動き出す、でも繋いだ手は離さないままだ
そのまま木も湖の水も草も砂も、みんなめちゃくちゃな格好で手を繋いだ
しかしそれは確かにみんなにも繋がる形だった
「…たっくんのお手て…あったかいんだね」
「お前の手だって…ちっこいのにあったかいよ」
「うん」
「はい、じゃあ今日の林間学校はこれでおしまい、ありがとうございました」
「ありがとうございましたー」
みんな木や森や湖などちぐはぐなほうに向かってお礼を言って、林間学校は幕を下ろした
「はいじゃあ帰りましょー」
慧音の一言で子供たちがわーと声を上げて藍の尻尾にむかって突進してきた
橙やチルノもその中にいた
「ちょっと、こら待ちなさい! 順番です順番! 朝乗った人は最後ですからね!」
「私のってなーい」
「チルノはここが家でしょ?」
「やだ~最後まで遊ぶ~だ」
あっという間に定員オーバーになった尻尾をよいしょと持ち上げて、藍は何とか立ち上がった
結局魚を取る暇なんてなかったなぁと思ったが、楽しかったのでよしよする
慧音は小脇に二人の子供を抱えていつでも準備okだとこちらを見ている
「はい、じゃあいくわよ、落っこちないようにしっかりつかまっているのよ?」
「はーい」
一歩空に向かうと子供の黄色い声が響き渡った
来たときと同じ、元気な子供たちは疲れを知らない
里に着くまでこの声はやまないだろうけど、それもいいものだと藍は思った
結局、里で買えたのは大根二本とジャガイモ十個、サツマイモが三個だけだった
台所に帰ってきた藍は割烹着を着込み、しかしどうしようかと頭をかしげて悩んでいた
大根とジャガイモと、倉庫からいくらか持ってきて煮物にしよう
でもそれだとちょっと食卓が寂しい、それを考えて魚とかあったらいいなと思っていたんだが
ごたごたのうち結局買えないまま帰ってきてしまった
菜園から何か取ってきてサラダにでもしようか、大根をつかって
ジャガイモを煮てつぶしてサラダに乗せればそれなりのものにはなるだろう
でもやっぱり食卓のメインを飾るものが足りない気がする…
「どうしようかぁ…」
「藍さま、ご飯まだですかー?」
「あ、ごめんね橙、まだなのよもうちょっと待っててね」
「藍さま何か悩んでるんですか?」
「う~んちょっとね、晩御飯をどうしようか決まらなくて」
「こういうときは、こうです!」
そういって橙が藍の手をとって、手を繋いだ
「こうすれば百人力です、きっとなんでもできます!」
「あはは、そうねありがとう橙、橙のおかげで良いアイデアが思いついたわ」
「ほんとですか! やっぱり藍さまは凄いです!」
「じゃあすぐに準備してくるから、紫さま起こしてきてくれる?」
「了解しましたにゃ!」
勢い良く台所を飛び出していった橙を見送って、藍は気合をいれて袖を大きくまくった
「…で、これが今日のご飯?」
「はい」
「そうですにゃ」
「大根とジャガイモの煮物、青野菜のポテトサラダ、お味噌汁にご飯…普通、というよりはちょっと物足りない食卓じゃない? 藍?」
「はい、まだ完成していませんので」
「まだ?」
「はい、でも今から完成させます、橙」
藍の合図に橙は紫の右手を取って手を繋いだ
その反対側から藍が紫の左手を繋ぐ
「え、なにこれ?」
「はい、じゃあいただきましょう」
「いただきます!」
「え、あ、いただきます」
橙がフォークを手のひらで掴み大根を取り出した
「なになに、新手のいじめ? 熱い大根ほおばらせてリアクションを見るとかいやよぉ?」
「ふぅー そんなことしませんにゃ ふぅー」
あつあつの大根を吹いて冷ます橙
十分冷めたのを確認したらそれを紫の前につきだして
「はい紫さまどうぞ、あーんしください」
いわれるがままあーんと大根をほおばる紫
程よく冷めていた大根の味は
「うん美味しいわ、橙、ありがとう」
「どういたしましてにゃぁ」
「それで、そろそろこの食事の意味を教えてもらえないかしら?」
「ああ、これはですね…」
「これは、好きをもっと好きにする魔法なのにゃ」
「あらあら、そんな魔法どこでならってきたの?」
「林間学校で藍さまに教えてもらったんです!」
「まぁそれは楽しそうなことしてきたのね、うらやましいわ」
「今度は紫さまが先生してくれると嬉しいにゃ」
ふと紫の視線が藍に向けられた
それに対して藍は困ったような、嬉しいような笑顔を浮かべて、繋いでいた手を握り締めた
「そうね、考えておくわ、じゃあ橙大根もっと頂戴」
「あいにゃ」
三人の食卓は最後までだれも手を離すことなく続いた、取れないところにあるものは近くにいるものが食べさせてあげて、そのお返しに向こうから手の届かない料理を食べさせてあげる
時々間違えて落としてしまったり、ほっぺたにぶつかったりしてしまったけれど、みんな終始笑顔や笑い声がこぼれる食卓になった
「紫さま藍さま、あとで一緒にお風呂はいりましょうよ」
「いいわね、でも家のお風呂じゃちょっと狭いわねぇ」
「それでもいいにゃ、お背中ながしますから一緒にはいりましょー」
「はいはい、じゃいきましょうか」
今日もこうして一日が終わっていきます
明日は何が起こるんでしょう?
きっと楽しいこと、悲しいことなんでも起こるとおもいます
そんな明日が待ち遠しいと思える、そんな一日でした
夜に起きているものたちは、そろそろ日が昇ってくると感じていた
ときおり、気の早いカラスや山鳥が鳴く声が夜空に響き、朝が近づいているのをつげていた
場所は八雲紫一家宅、その和風の一室に布団が巨大な山を作っていた
かまくらのような、広げたらキングサイズのベットにもはみ出しそうなそれは
小さく呼吸を取るようなリズムを取って上下に動いていた
空はいつのまにか赤い色が染み出し始めている
ここからはあっという間に日が昇ってくるだろう、本当の朝がやってきた
巨大な布団が空の色に反応するようにもぞもぞとうごめいた
朝とはいつからが朝と呼ばれるところなのだろ?
身体を起こしてなんとなくそんなことをうつ伏せになって寝ていた八雲藍は考えた
まだ空は暗く夕焼けとはすこしちがう冷えた赤い色が東の空を徐々に染め始めている
藍は体温で温まったふとんをどかし、朝の寒さに肘を抱えて少し震えた
寝巻きのまま隣の橙の部屋へ行き、橙を起こす
そのまま紫の部屋にも向かい障子の前で立ち止まる
耳を澄ませば紫の小さな寝息が聞こえてくる
長く生活を一緒にしている藍はその寝息を聞いただけで、おきてくるかおきてこないかを大体当てることが出来る
今朝は起きてくるかもしれないけど、もっと後になってからになりそうだった
藍は自室にもどって普段着に着替えることにした
洗面所へ行くと、まだ寝ぼけたままの橙が歯を磨いていた
「橙、飲み込んじゃだめですからね?」
「ふぁい」
顔を洗うのもすばやく髪の毛を整えて台所へむかう
まず私と橙の朝ごはんを作らなければ
下準備は、というか昨日の晩御飯の残りがあるのでこれを温めて、ちょっと手を加えて出せば大丈夫だろう
あとはお味噌汁とご飯をよそって、準備はあっというまにできた
丁度橙がトイレから戻ってきたところだった
「朝ごはんにするわよ、お手てあらっていらっしゃい」
「にゃーい」
手早く手を洗って、タオルで水気を切って、朝食の前にすわる橙
「大丈夫?」
「完璧です!」
「それじゃいただきましょう」
「いただきまーす」
朝食のあと食器を手早く洗い、台所で行なうことは無くなった
あとは部屋の掃除や洗濯などなんだが…
洗濯物は昨日のうちにだいたいは洗っておいたし、掃除をするほど汚れてもいないけれど
まずお掃除からはじめます
割烹着を付け直して、面の大きな箒と大きめのちりとり
軽く居間や台所、廊下などを掃いて屑を集めて外に捨てる
そしたらそのまま外を箒で掃く
落ち葉や木屑とともにさっきの室内の屑をまとめて庭の隅で焚き火を起こす
「橙ーちょっとこっちきてー」
「にゃーい!」
くるくると飛んでやってきた愛らしい猫又に焚き火を見ているようにいって
私は道具を片付けてくることにする
「藍さま、おいもとか焼いてるんですか?」
「あら残念、今ははいってないのよ、おいも食べたい?」
「食べたい!」
元気なことは良いことだ
あとで吹かしたサツマイモを作ってあげよう
「さて、火が消えたら次はお洗濯よ、手伝ってね」
「にゃーい」
似たようなものばっかりの衣類を詰め込んだ籠を抱えて台所の裏庭へでる
そこに旧式の井戸がある
「橙、お水出しておいて、冷たくなるまでお願いね」
洗濯用の粉石けんを横において大きなものから洗濯しようと取り出す
一番大きいのは紫のドレスだった
「つめたくなりましたー」
「はい、じゃまずこれからやっちゃいましょう」
「にゃーい」
ドレスを乱暴に水に浸して、粉石けんをぱっぱと振り掛ける
そして両方の裾をもって力強くもみ洗う
橙は他の部分をえいえいと掛け声を出しながらふんずけて洗っている
これを繰り返して最後にすすいでしわを伸ばし、洗濯竿にかけて洗濯はおしまい
よれよれになった衣服はあとで紫にたのんで歪に一度通すとぱりっとした新品同様の衣服に生まれ変わるのだ
不思議だ
掃除も洗濯も終り、昼食の時間になった
朝食の残り物に火を通し、余ったもの同士を混ぜ合わせて新しい料理をつくる
もちろん味も考えている、橙はその料理を美味しいといって食べてくれた
朝食を終えると、橙は元気良く遊びに行ってきます! といって出かけていった
それを見送ると、あとはほとんどやることがない
一応裏の菜園の様子を見ておこうか
家の食料庫から食料が尽きることはない
しかしそれは私が集めているわけでもなく、もちろん橙でもない
そうなるとあとは紫しかいないのだけれど、そんなそぶりを見たことは一度も無かった
しかしその食料庫には紫の好きなものが比較的多く入っていて
見たことは無いけどやっぱり紫があつめているんじゃないかと思っている
しかし、藍の計算じゃ食料庫の中身だけではどうしてもバランスが悪く、日々の栄養に偏りができる
なので藍は家の広大な敷地の中にこじんまりとした菜園を作った
作っているものは一年中取れる山菜や、季節に合わせた野菜類が植えられていて
規模はとても小さいが、食卓を飾る程度のものならば十分だと考えていた
菜園のほうは順調のようで、動物に荒らされた形跡は無い
特にそういった対策はしていないが、山の動物たちにはきつく注意してあるので今後の心配も無いだろう
すこし目に付いた雑草を取り除き、植物の成長を観察してから水をまく
もうちょっとしたらニラが食べごろだろう
そこから今後の献立を考えるのは嫌いじゃなかった
「あ」
水をまきながらふと動きをとめる
今日の夕飯はどうしようか
菜園で使えるものはいくつかはあるが、食料庫の中で早く使わなくてはいけない食材とバランスがわるい
ほかになにか無いかとざんざんなやんだが、家の中に解決策は見つからなかった
しかたがない、里に出て買い物をしてこよう
他にも何か必要なものはないか調べて、いろいろみてこよう
服に付いた泥を払い落とし、紫の部屋へむかう
障子の閉じられた紫の寝室からはまだ寝ている空気が伝わってきた
廊下に膝をついてゆっくりと障子を開けた
「紫さま」
「…ん~?」
「少し里に下りて買い物をしてきます、なにか紫さまも入用なものがおありでしたら伺います」
「ん~…じゃぁお酒買って来て、とびっきりおいしいやつ、あとは任せるわぁ…」
「わかりました」
お酒はまだ沢山たくわえがあったはずだからあとで考えよう
お気に入りに巾着袋(橙が作ってくれた)に中身を調べたがま口の財布を入れ、買い物籠を腕に下げて準備万端
最低限の戸締りをして火の元の確認、玄関のカギは紫もいるし、橙が帰ってくるかもしれないのでカギはかけないでおく
まぁ泥棒が入ったら運が悪かったことにしておこう、その泥棒の運が
橙の後を追うように藍は空に舞い上がった
里と一言にいってもそれは里と呼べるほどの規模があるのだろうか
人影はいつもすくなく、妖怪の影もちらほら見かける
商売なども利益を求めてやっているお店などはなく、生活の延長や道楽の延長で普通の民家を改造したようなお見せが目立っている
一応里で一番の大通りに藍は降り立った
空からの訪問者など珍しいものでもなんでもない里に済んでいる者たちにとって、それはごくありふれた日常だった
さっそく目的のお見せの暖簾をくぐる
いらっしゃいと野太いが小さな声で出迎えてくれた
「藍ちゃんいらっしゃい、今日は天気いいねぇ」
「そうですね」
会話もそこそこ、目の前に並べられている食材を見渡してどれが良いかを考える
「今日の献立は決まっているのかい? まだならとっておきの大根があるよ?」
「あら、まだ暖かいのに取って置きなんですか?」
「大丈夫、冬の妖怪に去年の最高の物を保存しておいてもらったのよ、もちろん干からびてないぞ、新鮮ぴちぴちの大根さ」
そういって取り出した大根を藍に渡す
受け取った大根はひんやりと冷えており、冬の香りがしなくもなかった
「そうね、じゃあこれいただこうかしら」
「まいどあり、藍ちゃんは可愛くてまじめだからもう一本オマケしちゃうよ」
「あらあら、ありがとうございます」
大きな大根を籠にいれて、御代を渡す
「探しているのはこれだけかい?」
「そうね、あとお芋、ちょっと分けてもらえるかしら?」
「藍ちゃんはほんとタイミングがいいね、これも去年の最高のやつを…」
そんなこんなで冷えたジャガイモとサツマイモを、これもまたオマケしてもらった
「また寄ってくれな、こんどはお茶でも付き合ってくれな!」
暖簾のそとまで顔をだして見送ってくれるご主人に小さく手をふって別の店に行くため道をあるく
いっきに重くなた買い物籠を抱えなおした
あとは何を買おうかしら
お魚とかそういえばご無沙汰だったような気がするわ
魚屋は街中で買うより、湖に住んでいる者たちに話して交換してもらったほうが良いのが手に入りそう
じゃいこうかしら、と飛び立とうとしたとき
「藍じゃないか」
前かがみになったところで後ろから名前を呼ばれた
振り返ってみると
子供をひきつれた慧音が立っていた
「やあ、買い物かな?」
「あ、藍さま!」
「キツネの先生だ!」
「先生こんにちわー」
「せんせいー、今日はなにも教えてくれないの?」
「みんなこんにちわ、元気?」
「元気ー!」
慧音の横からいっきになだれ込む子供の波を受け止めて、藍は笑顔で一人ひとりの頭を撫でていく
「橙、お出かけって学校だったの?」
「はい、橙今日はいっぱい覚えたよ」
橙は後ろに振り返り、指揮をとるようにさんはい! と両手を挙げると、周りの子供たちもそれに応じた
「春はあけぼの~」
「やうやう白く~」
「なりゆくやまぎわ~」
「すこしあかりてぇ」
「むらさきだちたる!」
「雲のほそくー」
「たなびきたる!」
藍と慧音はそれに小さく拍手をおくる
「橙すごいじゃない、よく覚えられたわね」
「えっへへ~」
「私、一人でもいえるよ~」
「僕だって」
「私だっていえるにゃ~」
じゃれあう子供たちの間に慧音の大きなスカートが割り込み、一人ひとりに話を聞いていく
「はい、みんなちゃんと覚えてえらいわよ、次は『夏は夜、月の頃はさらなり』から覚えましょうね」
足元の子供たちから賛成の声とうわーと頭を抱える声が同時に上がった
「藍、このあと暇?」
「え?そうねあとお魚を取りに行こうと思っていたところなんだけど」
「なら丁度いい、これから林間学校をしようと思っていたところなんだ、一緒にどうかな?」
「林間って、普段の生活が森の中じゃない?」
「揚げ足はいらないから、これから湖にいってそこで教室をやるんだ」
そうだよーと周りの子供たちが口々に言葉をあげる
「それでよかったらなんだが、またこの子達に教えてあげてはくれないか?」
「ん~…橙もいるし、お魚も手に入りそうだし、いいわよ」
「よかった」
笑顔で息をついた慧音は、ぱんと手をうって表情が一転する
なにか悪いことを思いついた、一服の含みがある顔だ
「みんな! キツネの先生もみんなと一緒に行きたいって!」
黄色い声がドカンドカンと上がる
「よし、飛びつけー!」
慧音の号令のもと子供たちがいっせいに藍の尻尾に抱きついてくる
「きゃ! ちょ、ちょっと慧音!」
「私一人じゃ湖までいくのに時間がかかってね、助けてもらうよ」
「わーふかふか!」
小さな子供たちは乱暴に藍の大きな尻尾の間をかいくぐり、よじ登ってくる
「ちょっとま、く、くすぐったいから」
「さぁさぁ、早くしないと日が沈んじゃうよ、急ごうか」
藍の尻尾から転がり落ちた子供を二人抱えて慧音が先に空に飛び立った
「もう…みんなしっかりつかまってるのよ?」
「はーい」
「わかった」
「にゃーい」
「橙、貴方は飛べるでしょ…」
「やにゃ! こっちがいい!」
しょうがないわね、と藍は観念して子供たちが落ちないようにゆっくりと空に上っていった
「わあ! 高い高い!」
「すげー! わー」
「先生、わたしもあっちいきたかったぁ」
「順番ね、帰りはあっちに乗せてもらいましょう」
「ほんと? 約束だからね?」
「約束、嘘ついたらハリセンボンのーます♪」
「のーます♪ 指切った!」
笑い声の絶えない空の散歩
「はい、着きましたよー」
数分の飛行は子供たちにとっては充実した長い時間だった
しかし湖に到着すると、子供たちは一目散に声を上げながら湖畔にむかって走っていった
「湖はいっちゃだですよー 怪我しないようにねー」
そういって慧音は子供たちとは逆の方、森の中へ入っていった
すぐに戻ってきた慧音の手には巨大な倒木がつかまれ、ずるずると引きずりながらひらけた砂浜の上にどすんとおいた
「慧音、なにか書くものはもってきたの?」
「そんなの全て現地調達にきまってるじゃないか、林間学校なんだぞ?」
林間学校ってサバイバルだっけ?
まあいいやとおいて置いて、慧音は引きずってきた倒木の邪魔な枝を素手で取り除いて座りやすい椅子に変えていく
じゃあ私は何かかけるものと書くものを用意しようかと考えた
と良く見たら倒木の正面になるらしいところに巨木があるじゃないか
慧音もそのつもりだったのだろう、この巨木の表面を借りて、黒板の変わりにするつもりなのだろう
では、と藍は手のひらに力をこめて、ごめんなさいね、と心の中であやまり巨木の表面を優しく撫でた
藍の手のひらに撫でられた表面は凸凹な皮がはがれ、綺麗な肌色に近い木肌をあらわにした
それを縦横繰り返し、丁度長方形になる感じになるまで繰り返す
多少の凹凸は残っているが、十分形になった
後は書くものだが
「ほら、これを使おう」
そういって慧音が差し出してきたのはチョークのような形をした炭だった
気がつけばいつの間にか、椅子の反対側に焚き火が炊かれていた
「湖に入るなといって、あの子たちが入らないわけがないからね、授業の前にみんなの身体を拭いてあげないといけないね」
「そうね」
小さく笑いながら、ぬれた身体で尻尾に飛びつかれる覚悟を決めて、子供たちを呼びに藍は湖に向かった
案の定というか、子供たちは全員ずぶぬれになって浅瀬で遊んでいた
子供たちの身体を拭いて、ぬれた洋服を脱がせて男女関係無く下着一枚にする
焚き火の前にみんなですわるが
「キツネ先生のしっぽあったかーい」
の一言で子供たちはみんな藍の尻尾の中にもぐりこんでしまった
「あはは、丁度良い服が乾くまではそうさせていてくれ」
「ねぇ先生、この尻尾の付け根ってどうなってるの?」
「それは秘密なのよ、へんなことしたらこうだからね」
「きゃ、せ、先生くすぐったいよ、きゃはは」
尻尾一本を起用に動かして子供の柔肌を撫でる
静かな湖畔に子供の笑い声が響いていた
「はい、じゃあ林間学校をはじめます」
慧音の一声で服を着た子供たちが元気良く返事をする
「今日勉強することは、この湖の歴史です」
「先生、歴史っていってもここにはなにもないですよ?」
「そんなことない、よく見てごらん湖と森の境界を」
そういって慧音が指差した先は水が寄せて返す波打ち際と、緑の芝生が突き出した小さな岸壁が緩やかな弧を描いて続く境界線があった
「なにもないです、ふつうの自然しかないです先生」
「ちがうよ、これは誰かが湖と森を作った後なんだ」
えーと可愛い非難の声があがる
「いいかいみんな、ここ幻想郷は緑が豊かで、少ないが里などを作って生きているものがいる」
それは当たりまえだよ、と野次が飛ぶ
「しかし、里に暮らさず森やこの湖に住んでいる者たちもいる」
それも当たり前、と子供たちの野次がすこし大きくなる
「そういった里にくらさず、ここで暮らす者によってこの湖と森は作られたのだよ」
野次が止まった
「もしここに誰も来ることも無く、住む者もいなければ湖はすぐに形を変え、森はひたすらに緑を濃くしようと躍起になる」
子供たちはもうちゃちゃを入れることなく、真剣に慧音の話を聞いている
「自然が支配する場所は、生きている者にとってやさしくないのだ
よそ者のことなど考えずに水も木も自分勝手に生きていこうとする
でも、私たちには水も木もとても大切なものなんだ、これがなくなったりしたら大変なことになる
だからみんな自然と一緒に生きていこうとするんだ。 この森、実は住んでいる妖怪がいてね
そいつは大人しいヤツだから場所を貸してくれといったら素直に貸してくれたよ
ほら、そこでみんなをみてるよ?」
といって慧音は藍を指差した
「へ、私?」
「ちがうちがう、その後ろだよ」
後ろといってもそこにはさっき黒板に改造した巨木しかないが…
「みんな、あの木がこの森と湖の境を守っている方だよ」
慧音の言葉を信じた子供たちが声を上げてその木に駆け寄る
「せんせー、この木つるつるだよ?」
「ちょっと身体を借りているの、みんなもありがとうっていおうね」
素直に答えた子供たちが口々に木に向かって言葉を投げかける
それに答えるようにその巨木は風の吹かない中、高いところの枝を揺らしちいさな木の実の雨を降らせてきた
それに子供たちは驚き口々にすごい!とつぶやいて木の実を受け取ろうと躍起になる
「はいはい、みんな授業にもどるわよ、席について
「はーい!」
慧音は巨木の前に立ち木に一言礼を言うと、子供たちに振り返った
「さて、この木が森と湖の境目を守ってくれているおかげで、湖や森は姿を変えず
私たちはとても平和に暮らしているんだ、そのことを忘れてはいけないよ?」
「はーい」
「あの、先生、この木はここを守っているっていうことは
やぱり森にも湖にも住んでいる人がいるんですか?」
「もちろん、この木は森と湖がケンカしないように見守っているだけだよ
それも重要なことなんだけど。 とにかく湖にも森にもちゃんと別の者が住んでいて、ちゃんと見張っているんだ」
「それってどんな人なんですかー?」
「人じゃないよ、みんな妖怪や妖精さんたちだよ、彼らがしていることは君たちとしていることはあんまりかわらないよ
はじめくんは朝起きたらまず何をするかな?」
「え、えっと…顔を洗う」
「うん、妖怪や妖精も顔を洗うよ、他にちゃこちゃんは何をするかな?」
「えっと、お、お片づけします」
「そう、みんな自分のお家のお片づけや掃除をしている
みてごらんこの森の木々はみんなまっすぐに伸びていて草むらは綺麗で歩きやすいだろ?
それはみんな住んでいるヤツがやってくれているんだ」
「へぇ!」
「一人なのかな、大変じゃないのかな?」
「毎日こんな大きな森のお掃除とか出来ないよ」
「大抵は一人じゃなくて、森の木々や動物たちと一緒にやっているんだよ
それは大変なことじゃない当たり前のことなんだ」
「せんせーじゃあ湖はどうなの?」
「あー湖はだね、ちょっとした厄介者がいるけれどなんとかやっているんだよ」
「やっかいもの?」
「あ、チルノちゃんのことかな」
「あのちびっこチルノなのか」
「ちびっことかいうなぁ!」
「きゃー!」
水面からシュワッチとポーズを決めて飛び出してきたのは氷の妖精チルノだった
「チルノちゃん、こんにちわー」
「あ、ちゃこちゃんじゅんちゃん、やっほーなにやってるの?
声が聞こえた気がしたからきてみたんだけど」
「あのね、慧音先生に林間学校してもらっているの」
「林間学校ってなに、おもしろい?」
「面白いよ! チルノちゃんも一緒にやろうよ!」
あっという間に子供に紛れ込んで生徒が一人増えた
「先生、いいでしょ?」
「ん、まぁいいが、チルノ、大人しくしてるんだぞ?」
「わかってるわよ、いいからちゃっちゃと終わらせて遊びいきましょ」
「まだ始まったばかりだ」
「じゃやめちゃいましょうよ」
「チルノちゃん! わがままいったらめーなんだよ」
「そうだよちゃんとしてないと怒られるぞちびっこちるのー」
「なによ凍らせちゃうわよ!?」
やめなさいと慧音がチルノの振り上げた腕を捕まえて大人しくさせる
「えっと、どこまで話したかな…ああ、森と湖に住んでいるものたちについて話していたところだったね」
「そうでーす」
「うん、じゃ改めてみてみようか」
そういて周りに目を配らせる慧音
それにつられてみんなも周りを見渡す
「どうだい、ただの自然に見えていたものが実は全部誰かに作られたものだって思ってみるとまた違う風にみえるだろ?」
「うん…でもなんか、それじゃこの自然って全部作られた偽者みいな気がする…」
「偽者か、そこは難しいところだ、君たちにはいつか本当の自然を見る日が必ず来る
しかしそれは同時にとても怖いことでもあるんだ」
そういってくすぶっていた薪を拾い上げると、白く煙を出すところにむかって慧音は一息吹いた
すると薪は一気に燃え上がり、明るい火の光の下でもハッキリとわかる赤い光を揺らした
子供たちがおぉーと声を上げる
「この火、私がつけたものだが自然のものには変わりはない。
もしこれが本当の炎らしく燃え上がったらどうなるとおもう?」
子供たちの間に軽い緊張感が流れた
一人の女の子が小さく手を上げて小声で答えた
「みんな燃えちゃう」
「そうだね、この炎を自然に帰そうとしたら、全てを燃やしてしまう、とても危険なものなんだ」
そういって再び慧音が息を吹きかけると元のくすぶっていた薪にもどした
「自然とは、けっして人間やそこに住むものに交友的とは限らない
そういう厳しい一面もあるんだよ、これは決して忘れてはいけない大切なことだ」
わかったかい? と慧音が語りかけると、子供たちはまじめに答えた
「この森も湖も、その厳しい一面と向かい合って生活しているんだ
自然とはとても大切なものだけれど、そこにある恐怖をわすれちゃいけない」
「はい、どうやったら自然と仲良くできるんですか?」
と、手を上げたのはチルノだった
慧音はそれをみてちょっと笑ってから、咳払いを一つして答えた
「それは簡単だよチルノ、もしチルノと友達になりたいっていう子がいたらどうする?」
「そりゃ友達にしてあげるよ」
「うん、じゃあもしその友達がいきなり叩いてきたら、どうする?」
「三倍返し、ぐーのねも出ないまでに叩き潰す!」
「チルノちゃん、それやりすぎだよぉ」
「え、そ、そう?…じゃぁ一倍返し」
「まぁそうだね、いきなり叩かれたら叩き返したくなる、それは自然も同じなんだよ」
慧音が墨をもって巨木の表面に図を書いていく
簡単な棒人間が二人、その間に互いを指しあった矢印を書いた
「気持ちや行いは必ず自分に帰ってくる、もし相手に悪いことをしたら、相手もその仕返しをしてくる」
矢印の上に「悪い」を書く
「そうなったら仲良く出来ない、ケンカになってしまう」
子供たちがうんうんと頷く
「じゃあ悪いこと、ぶったりするんじゃなくて、相手の頭を撫でてあげるとかしてあげたあら、みんなはどうする」
「その子も撫でてあげる」
すぐに実践する子供たち、なでなで合戦が始まりチルノは多方向から迎撃を受けて、反撃が難しそうだ
しかしみんな笑顔で笑い声をあげている
「はい、それが自然と仲良くなる方法です、仲良くしたかったら叩いたりしないで撫でてあげましょう
そうすれば向こうも私たちのことをやさしくなでてくれます」
「はーい!」
「チルノちゃん、これからもよろしくね」
「わぷ、あはは、また遊ぼうね、えい!」
「きゃー」
「はい、じゃあ前半の授業はおしまい、お弁当にしましょう」
「わーい!」
「すごいわね慧音、いつもこんなふうににぎやかだったかしら?」
「ん、いつもってわけじゃないが、大抵みんな元気がいいよ」
「そうか、いやはは、見てて面白かったよ慧音の授業は」
「ありがとう、次は貴方にお願いしたいと思ってるんだけど、できるかい?」
「まぁそのつもりで来たんだしやってみるけど、こんなところで数式教えてもねぇ」
「いいじゃないか、こういうところじゃなきゃ教えられない式もあるだろう?」
「え?」
「藍さま!」
いきなり後ろから飛びついてきた橙、それに続いて続々と子供たちが集まってくる
あっというまににぎゃかになった藍と慧音の周り
「藍さまは次のお勉強、なに教えてくれるんですか?」
「なになに?」
「なんだろなんだろ?」
「そうね…そうだじゃあ「友達ともっと仲良くなれる式」を教えてあげるわ」
「それさっき慧音先生に教えてもらったぁ、こうなでなですればいいんでしょ?」
そういって藍の膝に登って頭を撫でてくる子供を撫で返してあげながら藍は笑顔で言った
「そうね、でももっともっと仲良くなれる方法があったらどうする?」
「そんなのあるの?」
「あったらすごいよキツネ先生!」
「はい、じゃあ後半の授業を始めるよ、みんな集まってー」
慧音の掛け声に子供たち返事とともに帰ってくる
今度は水には入らなかったが水辺で遊んでいた子供たちや
木の実を落としてくれた木に登っていた子供たちがさっきと同じように集まってくる
「それじゃあはじめます、委員長号令」
「にゃい! 起立! きょーつけ! 礼!」
「はい着席」
慧音がしめて、みんなが席についた
「慧音、いつのまにこんなことも出来るようになったの?」
「つい最近だよ、生徒たちが勝手に始めたんだ」
なかなか子供もあなどれない
「え~さて、私が教えられることは慧音先生とは違って歴史や道徳ではなく、数式を教えます」
半分賛成、半分反対の声が上がった
式が苦手な生徒はえーっと見るからに嫌な顔をする、子供とは正直だな
「はいはい、ぶーたれないの、じゃあみんな」
そういって後ろの巨木に墨で円を書く
「こういう風に円を作ってならんで頂戴」
式の勉強なのにお遊戯でもするのだろうか?
子供たちは不思議な顔をしながら円を作って立った
「橙、きょうくん、二人で手を繋いでみて」
「はいにゃ」
「えぇ」
「橙と手を繋ぐのいやにゃの?」
「そうじゃないけど…」
「いいから藍さまの言うとおりにするの!」
「わぁ!」
橙が男の子の手を取って高々と掲げてみせる
他の男の子たちから黄色い野次が飛ぶ、手をつないだ男の子は恥ずかしそうに目をそらしている
「はい、コレが今日の授業「友達ともっと仲良くなる式」です」
「これが?」
「手を繋いだだけじゃん」
「お手て繋ぐのだったらいっつもちかちゃんとしてるよね?」
「うん、チルノちゃんともするよねー?」
「そうよそうよ、いまさらなにいってるのよ」
「はい、じゃあちゃこちゃん、あの二人と手を繋いでみて」
「えぇ!」
チルノの隣に立っていた女の子が驚いていきなり声をあげた
「ちゃこちゃん、なんでびっくりするの?」
「ぅ、な、なんでもないよチルノちゃん…」
「はい、ちゃこちゃんこっちきて、両手を橙ときょうくんに繋いで、そうそう、そうやって三人で円を作るの」
「キツネ先生、ちぇんちゃんときょうくんとちゃこちゃん、もっと仲良くなったの?」
「じゃあ聞いてみましょうか、橙、きょうくんとちゃこちゃんのこと好きになった?」
「前からずっと好きだよぉ!」
「じゃあきょうくんは、橙とちゃこちゃんのこと好きになった?」
「ぉ…ま、前から好きだったよ」
「じゃあちゃこちゃんは?」
「ちぇんちゃんも…きょ、きょうくんも好き…です」
「え~ちゃこちゃん、前にきょうくんにいじめられてキライっていったのに」
「そ、それはぁ…」
「…ごめん」
「え? な、なにきょうくん?」
「石投げて…ごめん」
ぉおお!と周りの子供たちが声を上げた
「なんでなんで、なんで急にあやまるの?どうなってるの?」
「手を繋ぐとキライもスキになるの?」
「違うわよ、これは嫌いを好きに変える式じゃなくて、好きをもっと好きにする式なの」
「どういうことぉ?」
「みんなはね、まず沢山の式で出来ているの、その式のなかでみんな生きているのよ」
藍が足元の子供の手を取る
「そしてみんなが持っているこの手はね、式と式を結ぶ演算子になっているのよ」
「エンザンシ?」
「足したり引いたり、かけたり割ったりする記号のことよ」
「へぇ~」
「だから手を繋ぐことは、自分と相手の式を結ぶことになるの」
「むすぶとどうなるんですか?」
「なんとね、自分の気持ちが相手に伝わって、相手の気持ちもこっちに伝わってくるのよ」
「それって、あいての気持ちがわかるってこと?」
「ええ、そうよ」
すごーい!ほんとかなぁ? とすぐにみんなで試し始める
「今僕の考えていること当ててみて!」
「そんなのわかんないよ~」
「みんなみんな聞いて、これはねテレパシーとか魔法とかじゃないのよ
頭の中を覗けるわけじゃないの、みんなは今までのまま一つの式で、手をつないで式をつなげてるだけよ」
「え~つまんないよそれ!」
「いいからいいから、ほらじゃあさちこちゃんと手を繋いでごらん」
「やだ、はずかしいもん!」
「なんで恥ずかしいのかな?」
「だって、女だし」
「た、たっくん…お手て、つなご?」
「え…ぅん、しかたないなぁ」
「はい、よくできました、どう?」
「どうっていわれても…」
「先生、わたし、ちょっとうれしいです…」
「えらいわちゃこちゃん、さちゃこちゃんと言いましたよ、たっくん?」
「…い、いやじゃない、よ」
「どう? 手を繋いで式を繋ぐとわからなかったことがわかってくるでしょ?
相手は自分に対してどう思っているのか、自分はどう思っているのか
そういう気持ちが手を通してお互いに交換できるの、相手の気持ちを知りたいときは手を繋いでみましょう
きっと二人の式をあわせた答えが見えてきます」
「はい先生!」
「ん、どうした?」
「じゃあみんなで手を繋いだらどうなるんですか?」
「それは面白そうだ、やってみましょうか藍先生」
笑顔で慧音が子供たちの手を繋ぐ
ばらばらに手を繋いでいたみんなも集まりだして、大きな円を作った
「あ!」
たっくんと手を繋いでいたあさこちゃんが声を上げて、たっくんの手を掴んだまま円を外れた
「あさこちゃん、どこいくの?」
「こ、この人も、一緒に…」
そういって巨木に手を差し出した、手じかにあった枝を握る
「そうね、今日この場所を貸してくれたお礼もかねてみんなでやりましょ」
わぁーと子供が動き出す、でも繋いだ手は離さないままだ
そのまま木も湖の水も草も砂も、みんなめちゃくちゃな格好で手を繋いだ
しかしそれは確かにみんなにも繋がる形だった
「…たっくんのお手て…あったかいんだね」
「お前の手だって…ちっこいのにあったかいよ」
「うん」
「はい、じゃあ今日の林間学校はこれでおしまい、ありがとうございました」
「ありがとうございましたー」
みんな木や森や湖などちぐはぐなほうに向かってお礼を言って、林間学校は幕を下ろした
「はいじゃあ帰りましょー」
慧音の一言で子供たちがわーと声を上げて藍の尻尾にむかって突進してきた
橙やチルノもその中にいた
「ちょっと、こら待ちなさい! 順番です順番! 朝乗った人は最後ですからね!」
「私のってなーい」
「チルノはここが家でしょ?」
「やだ~最後まで遊ぶ~だ」
あっという間に定員オーバーになった尻尾をよいしょと持ち上げて、藍は何とか立ち上がった
結局魚を取る暇なんてなかったなぁと思ったが、楽しかったのでよしよする
慧音は小脇に二人の子供を抱えていつでも準備okだとこちらを見ている
「はい、じゃあいくわよ、落っこちないようにしっかりつかまっているのよ?」
「はーい」
一歩空に向かうと子供の黄色い声が響き渡った
来たときと同じ、元気な子供たちは疲れを知らない
里に着くまでこの声はやまないだろうけど、それもいいものだと藍は思った
結局、里で買えたのは大根二本とジャガイモ十個、サツマイモが三個だけだった
台所に帰ってきた藍は割烹着を着込み、しかしどうしようかと頭をかしげて悩んでいた
大根とジャガイモと、倉庫からいくらか持ってきて煮物にしよう
でもそれだとちょっと食卓が寂しい、それを考えて魚とかあったらいいなと思っていたんだが
ごたごたのうち結局買えないまま帰ってきてしまった
菜園から何か取ってきてサラダにでもしようか、大根をつかって
ジャガイモを煮てつぶしてサラダに乗せればそれなりのものにはなるだろう
でもやっぱり食卓のメインを飾るものが足りない気がする…
「どうしようかぁ…」
「藍さま、ご飯まだですかー?」
「あ、ごめんね橙、まだなのよもうちょっと待っててね」
「藍さま何か悩んでるんですか?」
「う~んちょっとね、晩御飯をどうしようか決まらなくて」
「こういうときは、こうです!」
そういって橙が藍の手をとって、手を繋いだ
「こうすれば百人力です、きっとなんでもできます!」
「あはは、そうねありがとう橙、橙のおかげで良いアイデアが思いついたわ」
「ほんとですか! やっぱり藍さまは凄いです!」
「じゃあすぐに準備してくるから、紫さま起こしてきてくれる?」
「了解しましたにゃ!」
勢い良く台所を飛び出していった橙を見送って、藍は気合をいれて袖を大きくまくった
「…で、これが今日のご飯?」
「はい」
「そうですにゃ」
「大根とジャガイモの煮物、青野菜のポテトサラダ、お味噌汁にご飯…普通、というよりはちょっと物足りない食卓じゃない? 藍?」
「はい、まだ完成していませんので」
「まだ?」
「はい、でも今から完成させます、橙」
藍の合図に橙は紫の右手を取って手を繋いだ
その反対側から藍が紫の左手を繋ぐ
「え、なにこれ?」
「はい、じゃあいただきましょう」
「いただきます!」
「え、あ、いただきます」
橙がフォークを手のひらで掴み大根を取り出した
「なになに、新手のいじめ? 熱い大根ほおばらせてリアクションを見るとかいやよぉ?」
「ふぅー そんなことしませんにゃ ふぅー」
あつあつの大根を吹いて冷ます橙
十分冷めたのを確認したらそれを紫の前につきだして
「はい紫さまどうぞ、あーんしください」
いわれるがままあーんと大根をほおばる紫
程よく冷めていた大根の味は
「うん美味しいわ、橙、ありがとう」
「どういたしましてにゃぁ」
「それで、そろそろこの食事の意味を教えてもらえないかしら?」
「ああ、これはですね…」
「これは、好きをもっと好きにする魔法なのにゃ」
「あらあら、そんな魔法どこでならってきたの?」
「林間学校で藍さまに教えてもらったんです!」
「まぁそれは楽しそうなことしてきたのね、うらやましいわ」
「今度は紫さまが先生してくれると嬉しいにゃ」
ふと紫の視線が藍に向けられた
それに対して藍は困ったような、嬉しいような笑顔を浮かべて、繋いでいた手を握り締めた
「そうね、考えておくわ、じゃあ橙大根もっと頂戴」
「あいにゃ」
三人の食卓は最後までだれも手を離すことなく続いた、取れないところにあるものは近くにいるものが食べさせてあげて、そのお返しに向こうから手の届かない料理を食べさせてあげる
時々間違えて落としてしまったり、ほっぺたにぶつかったりしてしまったけれど、みんな終始笑顔や笑い声がこぼれる食卓になった
「紫さま藍さま、あとで一緒にお風呂はいりましょうよ」
「いいわね、でも家のお風呂じゃちょっと狭いわねぇ」
「それでもいいにゃ、お背中ながしますから一緒にはいりましょー」
「はいはい、じゃいきましょうか」
今日もこうして一日が終わっていきます
明日は何が起こるんでしょう?
きっと楽しいこと、悲しいことなんでも起こるとおもいます
そんな明日が待ち遠しいと思える、そんな一日でした
こんなほのぼのした作品見たことない…
と思わせるほど素晴らしい作品だと思います。
子供達はある意味オリキャラなのに和む…w
チルノや橙や藍との絡みが最高でした。
これは本当に凄いです。
確かに藍の口調が原作とは相当違っていて、といっても二次創作ですので俺設定として受け止めていてさほど気にしていませんでしたが、新鮮な感じがしましたね。
読み進めていくと藍のこの口調がほのぼのさを一層引き立てる重要なファクターでありエレメントでもあると思いました(イミフ
つまりこの口調気に入った!
ありがとうございましたー。