Coolier - 新生・東方創想話

東方冬幻郷 ~Snowful Days~/前

2006/01/24 11:08:51
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*1:能力やキャラ設定の自己流解釈&改変があります
*2:オリジナルキャラっぽい奴が出てきます
*3:上記の事柄が気にならない方はどうぞ読み進めてくださいませ



















「ねぇ、なにしてるの?」
深々と白い世界が降り積もる中、紅い少女が尋ねた。
「私?私は、こうやって雪になるの。」
彼女は、そう言って白い世界に埋もれながら笑った。





────────────────────────────────────────






「あら、今日は雪が降っているのね。」
レミリアは、紅魔館の数少ない窓から外を見やりぼんやりと呟いた。
夜の闇に透き通った粉雪が地面に舞い降りていくのが見える。
今年になって初めての雪だった。
「えぇ、そうですね。今日はお寒いですよ、こちらをお召しになってくださいな。」
背後に控える咲夜が腕に提げた紅いセーターを差し出す。
冬物のそのセーターはレミリアに似合うだろうと、咲夜が外の世界で購入したものだ。
「ふふ、そうね。」
「・・・お嬢様?」
咲夜は窓の外の景色から目を離さないレミリアの顔を訝しげに覗き込んで、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ息を呑んだ。
レミリアが、雪を見ながら微笑んでいたから。今までの誰にだって見せた事が無い、そんな優しい笑顔を浮かべていたから。
「今日は、良い事がありそうね。」
そう呟く主の声は、とても嬉しそうだった。















「東方冬幻郷 ~Snowful Days~」















それは、雪がちらつく冬の寒い夜だった。
レミリアは、舞い散る小雪をお気に入りの傘で弾きながら空を歩いていた。
今日の運命、『晴れ後々雪、夜の村に忍び込んで幼子の生き血を啜ると大吉。湖の辺に近づくと大凶後・・・。』
脳裏に垂れ流される運命放送をさらりと聞き流す。
今宵も運命放送局は絶好調。
所構わず全ての事象に「運命」と言う片道切符を握らせて、未来の彼方に蹴っ飛ばす。
ちなみにこの片道切符、受け取り拒否もクーリングオフも効きません。
悪徳商人も裸足で逃げ出す極悪っぷり。
レミリアは己の能力ゆえに自身が一番「運命」に縛られている事を、操られている事を誰よりも知っていた。
自分に出来る事は、誰よりも多くの運命の切符の中から一枚を選び取る事だけ。
でも出来ない事は出来ない。
例えば、今この瞬間に世界を夏にするような運命は、存在しない。
存在しないから、選び取る事も出来ない。
「支配する」ことは出来ても、「創り出す」ことは出来ないということ。
故に、遠くの村で今この時、大事な一人娘を妖怪に食われて泣き喚いている男のように己もまた運命列車に乗り込む一人の乗客でしかない。
「運命を操る」なんて、本当に笑わせる。
あまりの情けなさに、可笑しくもないのに笑いたくなって声を上げて笑った。
夜の闇にレミリアの声だけが虚しく吸い込まれて消えていく、誰にも届かない孤独な笑い声。
笑えば笑うほど、胸のうちにどろどろとした黒い何かが沈殿していくようだった。
ひとしきり笑ってから、眼下に鬱蒼と茂る森に「神槍」と呼ばれる紅い槍を叩き込んだ。
轟音と共に木々が吹き飛び大きなクレーターが出来上がる。
でも、このもやもやした気持ちは一向におさまらなかった。
「ほんと退屈だわ。」
ぽつりと呟いた言葉が、本心だと思った。
退屈、つまんない、飽きた。
あまねく全ての事象に対して、そう呪ってやりたい。




それは本当に気紛れだった。
ただ、そう。今日は「なんとなく」運命に逆らいたくなったのだ。
だから村へ向かうはずだった足を、湖の辺へと向けていた。
最善ではなく、最悪を。
そうすれば、少しはこの退屈も紛れるかもしれないと思ったから。




湖の辺には、何も無かった。
雪が地面を覆い尽くして真っ白な世界がどこまでも続いている。
雪に埋もれ何もかもが白色に塗りつぶされた世界と時の雪に埋もれて全ての事象が退屈という一色に塗りつぶされた私。
この白紙の風景は私そのものだと、レミリアは思った。
ふと、雪の世界に埋もれる存在が目に入った。不恰好に広がる黒い点。
地面に横たわる何かを雪が必死に白へと埋めようとしている。
そんなこの世界に不釣合いなものにレミリアは興味を持った。
もしかしたら、それが自分の世界に残された最後の「何か」なのではないかと、そんな期待をしたのかもしれない。
だけど近づいてみてがっかりした。
それはなんてことは無い、ただの人間の少女だったから。
ボサボサの手入れもされてない黒髪に雪よりも白いと思われる肌。
体は細くて触るだけで折れてしまいそう。一目で満足な食事をしていないことがわかるほど少女はやせ細っていた。
ボロボロで何回も縫い直した跡のある服、そんな薄手の服じゃ脆弱な人間はこの寒さから身を守れないだろうに。
だからだろうか?その人間は死にかけだった。
後数刻もすれば、ここに生命の灯火は潰え、冷たい死骸が雪の墓に眠るだろう。
あまりにもみすぼらしい、この何も無い世界に独り在る存在としては。いや、孤独な世界だからこそこんなにもみすぼらしいのだろうか。
「ねぇ、なにしてるの?」
レミリアは、その少女に声をかけた。
返事をしたら生き血を啜ろう。返事をしなかったらさよならだ。
「私?私は、こうやって雪になるの。」
少女は薄っすらと笑みを浮かべて手をまるで雪を受け入れるかのように天に向かって伸ばした。
そうして雪は彼女を埋めていく。はらりはらりと、深々と、ゆっくり静かに埋葬する。
「無理よ。だって、貴女人間じゃない。」
レミリアの言葉に、少女はクスッと笑った。
不思議な娘だった、会ったばかりなのにしばらく会わなかった友人に相対しているように嬉しそうな笑みを浮かべている。
「かもね。」
「馬鹿ね。わかってるのならお家に帰りなさい。このあたりは妖怪が出て危ないのよ?」
自然に口から漏れた言葉をレミリア自身が疑った。
どうして家に帰そうなんて言ったのだろう?
ついさっきまで血を啜ろうと思っていたのに。
人を襲う、それが妖怪というモノ。私はその「運命」に従わなければならない。
その切符を手放せば、レミリアと言う存在はきっとこの世界に抹消されてしまう。
だって、人を襲わない妖怪は存在してはならないから。
クスクスと少女が笑うのを眺める。
屈託なく笑う彼女を見て、あんな風に笑ったのは一体何百年前だろうとぼんやり考えた。
「何がおかしいの?」
「だって、その妖怪さんが私をお家に帰そうとするんだもの。おかしいでしょ?」
そう、それはオカシイコトなんだ。だから、
「そうね。じゃあ、貴女の命貰うわ。」
レミリアはそう言って少女に覆い被さった。
少女の黒い瞳と目が合う。
彼女は笑っている、その瞳をどこかで見たような気がした。
あぁどこで見たのだったか、つい最近見た気がするのだけど。
「私、殺すの下手だから貴女きっととても痛いわよ?」
「じゃあ、妖怪さんの思いつく一番やさしい方法で殺してね?」
笑顔を浮かべて、そう切り返すその少女は、今まで出会ったどんな人間とも違っていた。
レミリアの知っている人間は、たいてい殺されると知った途端、泣き喚き恐れおののくか、自棄になって無謀な特攻に走るものだった。
「嫌よって言ったら?私、残酷なの。人間が苦痛にのた打ち回りながら命乞いするのとか大好きなのよ?」
少女の頬を爪で少し傷つける。暖かな血が頬を流れて雪に落ちた。
レミリアの言葉にも傷つけられたと言う事実にも、少女の瞳は揺らがずレミリアを見つめつづける。
恐怖ではない、そう、この瞳の色は一体なんだったかしら?そうレミリアは自問する。
「妖怪さんは、そんな妖怪さんじゃないよ。」
見通したようなその瞳に、胸のうちの動揺を見透かされたような恐怖を覚える。
そのことがひどくレミリアのプライドに障る。
「知った風な口聞かないで。」
「そうだね。でも、なんとなく思ったの。私と妖怪さん似てるなって。」
その言葉に、レミリアは頭を大きな槌で殴られたような衝撃を覚えた。
さっきまで考えても考えても答えの出なかった疑問があっさり氷解していく。
そうだ。
この瞳、見慣れていて当たり前。
何時も鏡に映る私の瞳にそっくりなんだ。
一人ぼっちの寂しさと、諦めに揺れる弱々しい瞳。
なんて弱いんだろう。それはこの娘?それとも私?
その考えが恐ろしくなって少女の瞳から逃れるように、レミリアは少女から離れた。
「やめた。運が良かったわね、今度こそ貴女もお家に帰りなさい。」
10年余りを生きただけの小娘の言葉に、夜の闇の支配者たる吸血鬼が心揺さぶられるなんてコメディ以外のなんでもない。
だから襲わないのなら、それは運が良かったということにしておかなければならない。
体面だけ必死で整えるなんて、今日の自分は無様で泣けてくる。
少女は、雪の絨毯に寝転んだまま、ひっそりとため息に似た言葉を漏らす。
「お家にはね、帰れないの。」
深々と、雪は変わらず彼女の上に降り積もる。
その悲しみの声すらも塗りつぶさんとするように。
「迷子かしら?」
そう問うレミリアに、少女は「違うの」と少しだけ首を左右に振った。
「捨てられちゃったから。」
「そう。」
沈黙が世界に降りる。雪の落ちる音すら聞こえそうだった。
今年は例年に比べて冬が長い。
こんなことだって、恐らく人間の世界では珍しくはないだろう。
彼らは弱く、儚い。まるで触れれば溶ける粉雪のように。
だから、このまま雪に埋もれてこの少女も死ぬ。
そう、それが彼女の「運命」。
別に、だからといって何も感じない。
よく知りもしない小娘が勝手に死ぬだけ、レミリアにとって至極どうでもいい退屈な事象。
目を留める価値すらない、そんな運命。だから、
「じゃあ、私の城に来なさい。」
だけど、そう言葉にしていた。
「え?」
少女が初めて雪から顔を上げまじまじとレミリアを見つめる。
粉雪まみれの顔は驚きに満ちていた、信じられないものでも見るように。
そして少女と同じか、もしくはそれ以上にレミリアは驚いていた。一体こんな死にかけの人間を拾ってどうするつもりなのか?
きっと何の役にも立たない、血だって栄養失調気味で不味そうだ。
理性が猛反対を頭の中で喚くのに、唇の動きは止まらなかった。まるでそれ自体が別の生き物のように。
「貴女、ご飯作れる?」
「うん、そんなに知らないけど・・・」
「じゃあ、私に仕えなさい。朝起きて私の服を選んで食事を作って部屋の掃除をしなさい。」
「え、でも・・・」
少女は困惑した表情でレミリアを見つめる。
それは、どうしたらいいのかわからないと言うよりも、期待と不安に揺れているように思えた。
本当についていってもいいの?と黒い瞳が揺れている。
「いいの、私が決めたんだから。」
レミリアはそう断言すると、少女の手を取って白銀の夜空に飛び立った。
弱い自分と弱い少女、2人もう迷わないように逃げ道の無い空の世界へとしっかりと手を繋いで。
どうして?と未だに理性は問いつづける。
本当におかしくなってしまったみたい。一番悪い運命の切符を握って、よくわからない人間を拾って。
自分は一体どうしたいんだろう?レミリアの思考をぐるぐると廻りつづける自問、答だけは一向に現れてくれなかった。
不意に背後から声が、聞こえた。
「妖怪さんって・・・」
雲間から月が顔を覗かせる、振り向けば少女がレミリアに笑いかけていた。
月光を浴びたその黒い瞳の輝きはまだ弱く、だけどレミリアは綺麗だと思った。
「変な妖怪さんね。」
目を細めて嬉しそうに笑う少女のその笑顔に、胸の内がとても温かくなった。
よくわからない感情、もう何百年も前に忘れてしまった。
そんな懐かしいモノで胸が満たされる感覚。驚きと戸惑いと、そうして偽れないほどの喜び。
急に彼女の顔が見ていられなくなって、前方を注意するふりをして視線を逸らした。
「レミリアよ。」
「え?」
少女が小首を傾げたのがわかる。
「私の名前。妖怪さんなんて名前じゃないわ。」
「ふふ、そうだね。私はね、小雪って言うの。」
「そ、まぁ覚えておいて上げるわ。小雪。」
「ありがと、レミリア。」
嬉しそうな声音が耳に届く。
2人で手をつないでつかの間の空中遊泳。
凍えるような夜風も、2人手を繋いだ、その場所だけは暖かさを奪い取る事は出来ず背後へと恨めしそうに流れていく。
理性はどうして?とまだ問い続ける。でも、もうこの手を離す事は無いだろうとレミリアはぼんやり思った。








「うわー大きいねー。」
闇に浮かぶ城を見上げて、小雪は大きな大きなため息にも似た声を漏らした。
霧を掻き分ける灰色の城壁は他者を拒絶するかのように天高くそびえ立っている。
ひっそりと、生気の無い世界。当たり前だ、この城には今まで2人しか住んでいなかったのだから。
それに、その2人は生きているのか死んでいるのか、それすら分からない。
鉄と岩で出来た、静寂の檻。きっとドラキュラ公のお城よりも尚静かだろう。
騒々しい幽霊姉妹もいない事だし。
惚けたように城を見上げていた小雪が、レミリアの方を向いて嬉しそうに笑った。
「レミリアってお姫様だったんだね。」
上気した頬で嬉しそうに笑う小雪のその笑顔は、伝説が謳う深窓の姫君に勝るとも劣らないとレミリアは思った。
「私のじゃなくてお父様の城だから別にどうでも良い事じゃないの。さぁ早く入りましょう。」
「うん。ふふ、私こう言うの憧れだったんだー。」
小雪は、これが夢ではないと一歩一歩確かめるようにしっかりと歩いた。
その顔は全ての奇跡に感謝するように、夢が現実を塗りつぶしていくことを喜んでいるように溢れんばかりの嬉しさに華やいでいた。
「でも、あなたはお姫様じゃなくて私の使用人よ?」
意地悪したくなって、つい冷たく言ってしまう。
「いいの、こんなお城の中を歩いてみたいなって思ってたから。お姫様じゃなくてもいいの。」
「すぐそんな事言いたくなくなるわ。お掃除の大変さを知ったらね。」
「あは、がんばるね。」
そう言って、小雪はにっこり笑ってからぐっと胸の前で両手を握り締めた。
気合を入れているつもりなのだろう、気合が削がれるような愛らしさではあるのだけれど。
不思議。そうレミリアは思った。
小雪と話すたびに、小雪の表情が変わるたびに、忘れていた何かが心の中でごそごそと動き回っているのを感じる。
それは喜びや、苦しさや、寂しさや、そうして楽しさなどという言葉で言い表せるものなのかもしれない。
雪に押しつぶされて眠りについたはずの何かが小雪の暖かさに目を覚ましはじめたのかもしれない。
「レミリアー?早くー。」
扉の前で小雪が手をふっていた。考え事をしている内に、置いていかれたらしい。
少し小走りに、雪に埋もれた掛け橋を渡る。既に足跡が一筋、扉に向かって真っ直ぐにのびている。
何も無かった世界、今は違うのかもしれない。
足跡を見ながらレミリアは、そう考えていた。








「この部屋がダイニングルーム。向かいの壁に扉が2つあるでしょ?その先が両方とも小さな寝室になってるの。左側を私の部屋、右側を小雪の部屋としましょう。基本的に生活空間はこの3部屋だけだから、毎日この3部屋とキッチンを掃除すること。たまにエントランスを掃除して頂戴。ここまでは大丈夫かしら?」
暖かな暖炉の火が揺れる部屋にレミリアの声が響き渡る。血のように紅い絨毯、シンプルながら高価な事が分かる調度品の数々。窓の無いせいかどこか長い年月を感じさせるくたびれた空気。そんな中に、レミリアと小雪は酷く不釣合いだった。まるで知り合いの叔父の家を探検する子供達のように老いた部屋との年月の差を感じさせる。
「うん、大丈夫。でも、下の階に大きな食堂があったのにもったいないね。」
小雪が先ほど見た埃だらけの食堂を思い出しているのか唇に手を当てながら呟く。
「お父様が居た時は、あそこで食べてたけど2人しか居ないのにあんなに大きな場所で食べるのも馬鹿らしいでしょ?」
その食堂と来たら50人くらいなら余裕で一緒に食べることが出来るほど大きな細長い机が一つあるきりだ。
上座と下座に座れば、小雪はレミリアの顔を見るのも大変だろう。
「そっか、そうだね。」
そのことに小雪も思い至ったのか、こくっと頷いた。
「続けるわよ?私は、夕方に起して頂戴。ご飯は、私を起す前に作る事。そうね・・・」
レミリアは、眼光鋭くニヤリと笑い、鋭い犬歯を小雪に見せつけた。
きっと並の人間なら震えだす、そんな妖しい笑み。
「私のご飯にはあなたの血を数滴混ぜておいて頂戴。」
「そお?いいけど、ご飯不味くなっちゃうよ?」
小首を傾げて不思議そうに見つめる小雪を見て、レミリアは表情を崩しこっそりため息をついた。
「まったく、あなたって私をなんだと思っているのかしら。」
つい愚痴っぽい言葉が口をついて出る。これでも数百年、老若男女の恐怖の顔を見つづけてきたというのに、その経験もプライドも小雪という少女には完全敗北、連敗中だ。
「?レミリアはレミリアでしょ?」
ますますわけがわからないと言う表情で聞きかえす小雪に、レミリアは心の中で白旗をあげた。
ダメだ、この子の恐れる顔は見ることが出来そうに無い。
「まぁいいわ。食事は、全部で3つ作って頂戴。私とそれからもう1つの分にも血を数滴混ぜる事。」
レミリアは、少し投げやり気味に今後の食事係にそう命じた。
「うん、わかった。ね、ここってもう一人誰かいるの?」
きょろきょろと小雪があたりを探す。
勿論ここにいるわけはない。あの子は、
「いるわ。今は地下室にいるの。そうね食事は私が持っていくから、あなたは絶対に地下室に近づかない事。絶対よ?」
「えー、私もお友達になりたいな・・・。」
レミリアのような妖怪を想像しているのか小雪が、不満そうに口を尖らせる。
「絶対よ?」
強い意志をもって小雪を睨みつける。そう、きっと小雪みたいな何の力も持たない子、ものの数秒で千切られちゃうだろうし。その想像は、何故か酷く恐ろしかった。あの子が小雪を千切る事が恐ろしいのか、それとも・・・。
「・・・うん、わかった。」
レミリアの真剣な表情に何かを察したのか、小雪も真剣な顔で頷いた。
「OK。じゃあ最後に、あなたの服についてだけど、ちょっとついてきなさい。」



「わーー!私これ着て良いの?!」
小雪が小躍りしながら服を持ち上げたり下ろしたりしている。
真っ白なブラウスに紺色の丈の長いスカート、薄紅色のエプロンに赤いリボン。
給仕用の服だったのだが、小雪からしてみれば真新しいドレスに見えるのかもしれない。
何せ今身に付けている服など、布を身体に巻いたといわれても否定できないかもしれない粗末な作りなのだし。
「勿論よ。今のままで私の周りを動き回られるなんて、私のプライドが許さないの。」
告げた言葉は確かにレミリアの本心だけど、こんな風に喜んでくれそうだからと言う思いもあった。
「ありがと!レミリア!」
嬉しそうに、心底嬉しそうに真っ白なブラウスを抱きしめる小雪。
「いい?私に仕えるということは、あなたも身だしなみには気をつけるのよ?そのボサボサの髪とかも櫛で整えなさい。」
小雪のはねた髪を指で梳かす。
「んーわかったー。」
「本当に聞いてるのかしら?」
服に顔を埋めたまま応える小雪に、レミリアはため息を零しながら言った。
「じゃあ、早速明日からお願いね?小雪。」
「うん!よろしくね!」
明日。こんなにも明日が待ち遠しいのは、一体何時以来だろう。
レミリアは、微笑んだ。
本当に、何時以来なんだろう?








それからの日々は、輝いていた。少なくともレミリアはそう思った。


2人で食事を作り、

「ねぇレミリア、包丁どこ?」
「そこにナイフがあるでしょ。」
「確かにあるけど、ナイフしかないの?」
「別にどっちだって変らないでしょ。」
「うーん、そうかなぁ。」


2人で食事をとり、

「小雪、本当に血をいれたの?」
「入れたよー、本当ごまかすの大変だったんだから。」
「まったく血の匂いがしないわ・・・匠の技ね。」
「ん?何か言った?」
「なんでもないわ。」


2人で城全体の大掃除をし、

「あら、感心ね。ちゃんと綺麗になってるじゃない。」
「うん、でも窓は大きすぎて手が届かないんだよー。じー。」
「何よ小雪、その目は。」
「レミリアなら空飛べるなーと思って。」
「主を働かせる気?しょうがない子ね。ほら、雑巾かしなさい。」


2人で夜空を歩いた。

「わー。私、今空を飛んでるー!」
「正確には、私が飛んでいるのよ?小雪は、それにつかまってるだけ。」
「そうだけど、こう言うのステキ。まるで魔法みたい。」
「じゃあ12時になったら叩き落してあげる。」
「お城を出たとき、もう12時過ぎてたよ?」
「・・・・。」
「あ、拗ねた。」


それまでの数百年1人でやってきたことを2人でやっただけ、冷静に考えればたったそれだけのこと。
1足す1は2。
でも、たった1人増えるだけで、日々の生活の輝く様と言ったらまるで魔法のようだった。
きっと、この生活がずっと続くんだと、そう信じて疑わなかった。続いて欲しいと願い始めていた。








小雪がやって来て2週間が経とうかと言う夜、レミリアは、部屋で退屈を持て余していた。
小雪が、エントランスの掃除をすると言い出したからだ。
ベッドの上にポーンの駒を投げる。ぽふっと音がして、駒は恨めしげにベッドに沈み込んだ。
小雪もチェスの駒の動きを覚えてきて、2人でチェスをするのが数日前からの楽しみだったのに。
「小雪も変なところで頑固よね。」
後でいいと言うレミリアの言葉に、「レミリアが散歩から帰ってくるところ、綺麗にしておきたいから。」なんて笑いながら言うのだから小雪もずるい。それでは、断る事も出来ない。
「しょうがないわね、主としてはどうかと思うけど。使用人思いの良い主なのよ、私は。」
誰かにブツブツ言い訳しながら、レミリアは回れ右をして部屋を出た。
勿論、小雪のところへ掃除を手伝いに行くつもりだった。
掃除は手早く終わらせて、チェスをしよう。それから散歩をして、それから・・・
これからのスケジュールを立てながら、自然と足取りは軽くなる。
なんて楽しいんだろう、小雪がここに来てからは毎日が天国のようだった。吸血鬼の私が天国と言うのもどうかと思うけど。
「あ、小雪・・・」
階下のエントランスホールを小雪が掃除しているのが目に入った。
小雪は、壷を手にどこかフラフラと危なっかしい足取りで歩いている。
「ふふ、小雪も頑張ってるのね。」
微笑んでから、妙な違和感を覚えた。
そう、えっと何かしら?何かがおかしい。
小雪の抱えている壷、直径50cmくらいの球形の壷。お父様のお気に入りだったもの。
ふらふらとよろめきながら小雪は、台の上に壷を乗せようとする。その動きもひどく危うい。
ぱっと違和感の原因を思いつく。
「そうだわ、あの壷ってそんなに重かったかしら?」

ガシャン!

エントランスに何かが割れる音が響き渡った。
音の源は小雪の手元だった。
元壷だったものが小雪の周りに散乱している。
これらの結果から導かれることは、当然小雪が手の内の壷を落してしまったという事実。
「小雪!なにをしているのよ!」
反射的にレミリアは叫んでいた。ビクッと小雪の肩が震える。
カツカツと音が鳴るほどに強く足を踏み出して小雪の元へ急いだ。
どうしたんだろう、らしくない。それは私が?それとも小雪が?
「小雪!」
小雪はレミリアに背を向けていた。その肩が小刻みに震えている。
「ごめんなさい!」
小雪は振り向くと同時に、深く頭を下げた。
「ごめんなさい!私、弁償とか出来ないけど、でも私に出来る事ならなんでもするから!」
その真摯な謝罪の言葉に、レミリアの心が解れる。
小雪の顔を手でそっと上向かせた。別に気にしてない、怪我は無い?と言葉をかけるために。
だけど、小雪の顔は今まで見たどんな小雪の顔とも違っていて、ひどくレミリアの胸に突き刺さった。
涙に濡れた頬、揺れる瞳、眉根は寄せられ、口元はきつく結ばれている。
こんな表情をどこかで見たことがあった。何度も何度も。
「・るして・・さい」
きつく結ばれていた口元が緩んで白い歯が覗く、漏れた息はか細く、その言葉はよく聞こえなかった。
だけど、その音にならない言葉を聞いた時、レミリアは出会ってから初めて心の底から小雪に激怒した。
「もういいわ。壷の破片を片付けておいて頂戴。」
声色が冷たい、内容だって最悪だ。
怪我は無い?と言うつもりだったのに、自分の声だと信じられない。
小雪が瞳を見開くのが見える、涙が溢れそうなその瞳から逃げるように目をそらした。
「ちょっと1人にさせて頂戴。」
背を向けて歩き出す。
「・・・うん、わかった。ごめんね・・・。」
悲しみに彩られた言葉が背後から追って来た。小雪を傷つけてしまった、そんな罪悪感が胸にちくりと小さな穴をあける。
その穴はふさがる事なく、際限なく悲しみの血を流しつづける。血の涙があるのなら、きっとこのことだろう。
だけどそれ以上に、レミリアは制御できないほどの怒りを小雪に抱いていた。
どうしてこんなに怒っているのかわからない。
今、小雪と向き合っていたらもっと小雪を傷つけそうで、ただそれが怖くて背を向けて逃げ出した。



レミリアは、明かりもつけず自室のベッドに閉じこもっていた。
胸にくすぶった小雪への怒りが一向に収まらない。
どうして怒っているのだろう?このもやもやとした怒りは一体何?理由を求めて何度も寝返りを打った。
あの壷は、そんなに大事だった?
即座にNOと言う答えが胸に浮かぶ。お父様は気に入っていたけど、私はあんな壷どうでも良かった。
むしろ、壷の破片で小雪が傷ついていないか心配だった。
じゃあ、小雪が壷を割った事が許せない?
それもNOと言う答えが胸に浮かぶ。誰だって失敗はある。あの程度の事で怒るなんて馬鹿らしい、そう思う。
小雪が嫌い?
それもNO、そんな事考えられない。小雪を嫌いになるなんて、天地が逆さまになっても、日が西から昇っても有り得ない。
じゃあ、どうしてそんなに怒っているの?
わからないからこうやって悩んでるの。もう何度目かのため息と共に何十度目かの寝返りをうった。

トントン

控えめなノックが聞こえる。情けないことにビクッと肩が震えてしまった。
「レミリア・・・いる?」
弱々しい小雪の声。応えたい、なに?って。でもこの怒りが口をついて出て、また小雪を傷つけそうで怖かった。
口を開いては閉じ、開いては閉じる。ヒューヒューとか細い息が漏れるだけで、どうしても声は出てこなかった。
「・・・その、ごはん作ったから。」
遠慮がちな声が聞こえる。沈黙が彼女をどれほど傷つけているだろう?それでもレミリアは声を出す事が出来なかった。
カタカタと肩が震える、唇は震え、声にならない息が漏れては消えていく。
情けない。
ただ、誰かに言葉を発することにこれだけ恐怖を覚えるなんて。
どのくらい時間が経っただろう、すっと扉の前から人の気配が消えた。
反応の無さに諦めたのかもしれない。
「ふぅ・・・」
惨めな事に安堵の吐息が漏れた。言葉を発しなければならない恐怖が当面は去った事を安堵していた。
無反応であったことを小雪はどう思ったろう?
怒っていると思っただろうか?
それとも、反応の無さに傷ついて、憤るだろうか?
謝っても許してくれなかった心の狭さに嫌気がさすだろうか?
小雪に嫌われてしまう?
それは不意に心に訪れた死刑執行の手紙のようだった。
そうだ、嫌われるかもしれない。
今の自身の態度は、あまりにも小雪に冷たすぎる。
嫌われたって仕方ない。己のつまらない感情が原因だ、反論すら許されない。
だけど、それだけは嫌だ。
ガタガタと歯が無様に鳴り始め、恐ろしい想像におののく吐息が唇から漏れ出していく。
小雪に嫌われないためなら、なにをしたっていい。
片目を抉ったり舌を切り飛ばされるのだって甘んじて、むしろ嬉々として受けるだろう。
小雪という存在を失うのに比べたら、そんな事かけらも大事ではないのだから。

「ごめんなさい!私、弁償とか出来ないけど、でも私に出来る事ならなんでもするから!」

ふっと、先ほどの小雪の言葉が脳裏に蘇る。
なんでもするから。
なんでもするから何?

「・るして・・さい」

なんでもするから

「ゆるしてください」

彼女はそう言ったんだ。
レミリアは、彼女の初めて見た表情が何であるかをやっと悟った。
小雪と出会う前は当たり前のように見ていた表情。
「恐怖」という、今までどんな事をされても小雪が浮かべなかったモノ。
小雪は、初めてレミリアを恐れていた。
違う、きっとレミリアの言葉を恐れていた。
「あぁ、そうなのね。」
ふっと、レミリアは自分が何に対して怒っていたのか気付いた。
「小雪の馬鹿。あんな事で私があなたを手放すわけないのに。」
小雪は大馬鹿だ。
馬鹿の中でも馬鹿。
馬鹿の王様に違いないと思う。
レミリアに捨てられる事を小雪は恐れて、肩を震わせて泣いていた。
だけど、レミリアは「あんなことで小雪を捨ててしまう」ような存在に見られたことが悔しくて、悲しくて、だから小雪に八つ当たりするかのように怒った。レミリアは、小雪がいなくなることを想像するだけでこんなにも無様に肩を震わせてしまうのに、こんなにも小雪のことが大切になっているのに、それが小雪にまったく伝わっていなかったから子供みたいに怒ったのだ。
「ほんと、馬鹿みたい。」
クスクスと1人笑った。
可笑しかった、2人とも恐れることが一緒だった事が可笑しくてしょうがない。
あんなに荒れ狂っていた怒りも、小雪に嫌われるという不安も、どこかに行ってしまった。
心にあるのは、小雪のことと、自分の子供っぽさを恥じること。
謝ろう、ふっと心に舞い込んだその言葉はとても優しかった。
小雪に冷たくあたってごめんなさいって言って、別に気にしてないって言おう。
仲直りして、ご飯を食べよう。
きゅーと、お腹が鳴った。そういえば今日はご飯を食べていない。
その情けない音に、声を上げて笑いたかった。



部屋を出てみれば、晧々と暖炉の火が暖かく揺れていた。
テーブルに、手付かずの料理。そうして・・・
「あ・・・レミリア」
椅子に座っていた小雪が、こちらに気付いて不安そうな瞳を向ける。
頬に涙の後が見える、泣いていたのかもしれない。
その事実が胸に苦しい。
「小雪・・・」
心臓がはねる、怒りはもう無い。
でも、小雪を傷つけてしまわないかと臆病な心が声を奪う。
謝らなきゃ。謝って仲直りしなきゃ。
その考えだけがぐるぐると頭の中を廻りつづける。
「ごめんね・・。私、あの壷が大事だって知らなくて、ううん、そんなの言い訳だよね・・・。」
言い終えて小雪は目を伏せる。
暖炉を背に立つ小雪の表情は、硬かった。
きゅっとスカートの端をつかまえている両手は、強く握りすぎて白く、血の気が無い。
まるで死刑の執行を待つ罪人のように、その肩は小さくおののいていた。
「違うの!」
反射的に出た言葉は強く、小雪の肩が再度震えた。
「私そんなことで怒ったりしないわ。私そんなこと気にしてないの。本当よ?私・・・」
言葉が上手く出てこない。この思いを誰よりも小雪に伝えたいのに、
あんな壷どうでもいい、本当は小雪が破片で傷ついていたりしてないか心配だったって。
言葉にして、伝えなきゃいけないのに、息ばかりがもれてまったく言葉にならない。
伝えたいことの100分の1も伝えられないもどかしさが胸にただ積もっていく。
「レミリア・・・。」
小雪の瞳が驚きに見開かれる。
ぽたぽたと雫が絨毯に落ちる音が聞こえる。頬を何かが流れる感触に、目頭が熱い。
レミリアは頭の片隅で驚いていた。まだこの機能が自分に残っている事に心底驚いていた。
私、今泣いてる?
「私、絶対小雪のこと見捨てたりしないよ?それだけは、信じて。」
涙に景色が歪む中、精一杯の想いを言葉に込める。
小雪が近づいてくる、でも表情まではわからなかった。
ちゃんと伝わってるかしら?私の思い。
不安が胸の中に広がっていく。
嫌われる、捨てられる、そんないやな想像が瞬時に胸の内に閃いては消えていく。
怯えに震えるレミリアを小雪はそっと抱きしめる。
その小雪の暖かさが不安に震えるレミリアの胸にゆっくりと染み込んでいった。
「ごめん。私、馬鹿だった。レミリアのこと、ちゃんと信じる。」
そう優しくささやかれて、それが限界だった。
恥じも外聞も関係なく、小雪にしがみついて大きな声で泣いた。



泣き止むまで小雪は、傍に居てくれて、
「最悪よ・・・」
気恥ずかしくて、口を尖らせてしまう。
なんとなく面白くない、まるで自分だけが子供のようで恥ずかしい。
「そう?私は嬉しかったけど。」
そう小雪は微笑んだ。見れば目が充血しているし、頬に一筋の涙の跡があった。
「何よ、小雪も泣いていたの?」
「だって、嬉しかったから。」
そう言って笑う彼女の顔にさっきまでの恐怖はかけらも見つけることが出来なかった。
予定とは大分違ったけど、これはこれで良かったとレミリアは思った。
「じゃあ、ご飯にしましょう。お腹すいたわ。」
照れ隠しも含めてレミリアは、すっと立ち上がった。何時の間にか座り込んでしまったらしい。
「ほら、小雪も。」
未だ座ったままの小雪に手を差し伸べる。
「・・・うん。」
小雪は、ちょっと照れながら差し伸べられた手を取ろうとして、
「あれ?」
失敗した。
すか、すか、すか・・・
何度も何度も。
小雪の手は中途半端に持ち上げられたところで、力尽き地面に落ちる。
「小雪?」
レミリアが声をかけても、小雪は必死にレミリアの手を取ろうとして失敗しつづけた。
嫌な予感がレミリアの脳裏を駆け巡った。
そうだ、あの壷。大して重くないのに、どうして小雪はふらついていたんだろう?
おかしいおかしいおかしいオカシイオカシイ。
警報のように脳裏を狂ったように一つの単語が駆け巡る。
「あれ?おかしいな・・・なんでだろ・・・」
小雪はなおもレミリアの手を取ろうとする。
「小雪?」
やだ、おかしいよ。
不安が膨らんでいく。
「レミリア・・・ちょっとまってね・・すぐ・・・」
不意に、

とさっ

と軽い音がして、小雪が倒れる。
お人形さんが糸を切られて動かなくなったみたい。
なにこれ、まるで小雪が死んでしまったみたいじゃない。
目の前にひろがる冗談のような光景に乾いた笑いを浮かべる。
冗談か夢だって言って欲しい。
おかしい、だってこの後2人でご飯を食べなきゃいけないのに。
やっと仲直りして、明日から何して遊ぶとか話し合わなきゃいけないのに。
嘘、冗談でしょ?冗談って言ってくれないと困る。困るわ。
「ねぇ、小雪・・・?小雪!!?」
はじめまして。
別に何が隣近所というわけでもない隣近所の雪村さんです。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございます。
それだけで雪村さんは感激です。

以下本編について少し。

ありきたりなタイトル、ありきたりな設定。
でもどうしても書きたくなって誰かに見ていただきたくて(ぉぃ)、少しだけページをお借りします。
前後編です。前編は「起承」部分と「転」のはじめ。「転結」部の後編は、近々。

タイトルのSnowfulは多分造語だと思います(雪村さんは英語弱い人)。訳は「雪の満ちた」とかそんな感じでお願いします。

○○○とレミリアの話です。
○○○が誰か正解できたらそれはエスパーか雪村さん自身です(まよひがねっと見てみたら殆どのキャラの名前が3文字ですものね)。ちょっとだけ推測してみると楽しいかも?
隣近所の雪村さん
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コメント



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2.80名前が無い程度の能力削除
いろいろと後編を期待