Coolier - 新生・東方創想話

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2006/01/17 00:04:22
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 今日も今日とて商品の仕入れに向かう。
 普通の店ならば、商品が減れば僕の懐に入るお金は増える。だが残念ながら、香霖堂は普通の店ではないわけで。
 商品が次々と消えていっても、僕の懐は温かくならない。むしろ生活費を差し引くと、寒くなるばかりだった。
 季節はもう真冬。身を切るような冷気を感じながら、大きなくしゃみをする。
 あぁ、身も心も寒い。

 昨夜から降り積もった雪を踏み締めながら、無縁塚に向かう。
 ざく、ざく。さく、さく。
 雪靴にまとわりつくのが鬱陶しい。これだから冬は嫌いなんだ。もっとも、夏だって嫌いなのだが。寒さで赤くなった鼻を擦りながら、そんな事を思う。
 さて、今日はどんな商品が落ちているだろうか。それだけを楽しみにしながら僕は足を進める。
 目的地まではあと少し。
 雲間から差し込む陽光が、銀に反射して水晶を貫く。そして目の奥をちりりと焼いた。



 程なくして無縁塚へと辿り着いた。しかし、そこには僕の望んでいたものは無く――
 在ったのは自分によく似た『物』だった。近づいてみるに、どうやら行き倒れの女性らしい。ここで力尽きたのか、それとも力尽きてからここへ至ったのか。
「まぁ僕には関係のないことか」
 誰とも為しに呟くと、僕は漂着物を探すことにした。


 一刻半ほど経っただろうか。成果は芳しくない。やはり雪を取り除きながらの作業というのは、普段の何倍も時間も労力も要する。
 四肢に溜まった疲労を発散させるために、休憩をすることにした。
 だがそう言っても、雪の上に座ってしまうのは何かと都合が悪い。何か適当な足場は無いだろうかと、周囲に目をやる。
 そしてちょうどいい物を見つけた。それは背丈の半分ほどの高さを持つ、一間四方の岩だった。
 僕はその上に座りながら一息つく。しかしその右隣を見下ろすと、一つの骸。それは体に傷一つなく、まるで腕の良い職人が造った人形のようで。
 これを持ち帰ったとしたら、誰か買い手はいるだろうか? などと罰当たりなことを、つい思ってしまった。


 だらりと足を伸ばし体を休めていると、不意に襲ってくる空腹感。思い返してみれば、朝食から何も食べていない。
 胸に下げた鞄をごそごそと漁る。そして二つの握飯と水の入った竹筒を取り出した。いくら見慣れているといっても、それを目の前にして食事をする気にはなれない。
 僕はくるりと背を向けた。視界には銀と青が広がる。邪魔物は消えた。さぁ腹ごしらえを始めよう。

 と、その時だった。
 ざくり、と雪を分ける音がした。それも僕の真後ろで。反射的に振り返ってみると、そこには一匹の犬。
 それは黒山かと見紛うほどの巨体を重そうに揺らしながら、こちらに向かってきた。
 あの大きさだ、只の犬ではあるまい。おそらく妖怪の血が混じっているのだろう。握飯を右手に掴んだまま、近づいてくる妖犬をぼんやりと見ていた。
 不思議と危険は感じていない。だって僕を襲うのなら、もっと慎重に行動するはずだ。わざわざ音を立てたりはしない。それに、ここにはもっと良い餌があるのだから。
 つい、と世界を下にすると物言わぬそれと視線が絡まる。
『いやだ、妖怪の餌になんかなりたくない。お願い、助けて』
 濁った眼球から、そんな祟りじみた思念を受け取った気がした。しかし停止してしまった物体は、動いている存在に意志を伝えることなど出来るはずもない。あくまで、僕がそんな幻に捕らわれそうになっただけの話。妄想に過ぎないのだ。
 再び黒山に眼をやると、ゆっくりとだが確実にここへと近づいている。骸とは対照的に、ぎらついた眼球が眩しい。生きている者しか持ち得ない、痺れる様な光。
 だから、僕はそちらを尊重することにした。



 がつがつ、ざくざく。
 その鈍い輝きの、しかし鋭い牙で黒の巨体はヒトの造形を散らしていく。
 間近で見ると予想していたよりも、随分と大きかった。骸をすっぽりと覆えそうなほどの体躯。
 こんなものに襲われたら一堪りもないだろう。そういう意味では、僕は命拾いをしたのかもしれない。
 そんな事を思いながら、もそもそと一つめの握飯を食べ終えた。傍らに置いていた竹筒の蓋を開け喉に水を流し込むと、雪を飲んでいるかのような冷たさに背筋が震える。その余韻に少し浸った後、二つめの握飯に手を伸ばした。もはや背を向ける必要は無い。だって、その形はもう僕の知っているものではなくなっているから。それに食べているものと食べられているものがなんであろうと、一人で食事をするよりはよっぽどましな気分がするだろうから。


 僕が食事を終えたとき、妖犬もそれをあらかた食べ終えていた。こんなに寒いのに、血液というものはそう簡単には凍ってしまわないらしい。足跡しか無い真っ白な雪原と凶暴そうな顎の周りに、瑞々しい紅を撒き散らしている。
 黒と白と紅。その鮮やかな彩を、ただ純粋に美しいと思った。 
 そんな僕の視線を尻目に、妖犬は満足そうに喉を鳴らすとこの場所から歩き出す。向かう先には鬱蒼と広がる森。あぁ、きっと住処に戻るに違いない。訳も無く、そう確信した。
 人一人分、体重が増えたせいだろうか。四本ある足の全てを半分以上雪に埋めながらも離れて行く姿は、さっきよりもゆっくりとしている風に見える。
 歩みは遅々。だがその背中は確実に遠く、小さくなっていく。そして長い時間をかけて森の入り口に至ったとき、くるりとこちらを振り返った。


 おーん、と鼓膜を揺るがす遠吠え。
 そして木霊する声を掻き消す様に、色の無い草を分けて森の中へと消えていった。

 さて、あの遠吠えに何か意味はあったのだろうか?
 ひょっとしたら、食事の時間を共に過ごしてくれた僕へのお礼かもしれない。
「まぁ、そんな夢見がちな考えをする歳でもないけれど」
 ふざけた考えを独り言で打ち消しながら、僕は岩から降りた。この季節は日が傾くのが早い。残された時間を有効に使うために、物拾いを再開しよう――








 誰もいない香霖堂に帰って明かりを灯し、ストーブの火を熾す。
 あの後、そこそこの時間を粘ってみたのだが、残念ながら目ぼしい物は見つからなかった。
 さて、部屋が暖まるまで何をしようかと胡乱に考えていると、入り口の扉が勢いよく開いた。
「よう、香霖。今日は寒いから鍋だ。それも豪勢に牡丹鍋」
「お邪魔するわね、霖之助さん」
 声の主は霊夢と魔理沙だった。突然の闖入者の声に、僕は訳も無くはっとする。
「なんだい二人とも、藪から棒に」
「だから鍋をするんだよ。猪肉は霊夢が持ってきてくれたんだ、感謝しろよ。っと、野菜はまだ残っていたよな?」
 そう言うなり、魔理沙は店の奥の居住区へ進むとそこでがさがさやり始めた。鍋は洗ったまま片付けずに置いてあるから、すぐに見つかることだろう。
「猪なんてお鍋以外の調理法知らないし、それにお鍋は一人で食べても美味しくないから」
 霊夢は右手に竹の皮の包みを持っている。なるほど、少女が一人で食べきるには多い量だ。
「珍しい。普段は僕から略奪ばかりだというのに、今日は施しを受けるなんて。明日は真夏日になるかもしれないな」
「失礼ね。そんな事言ってると食べさせてあげないわよ」
 一頻り冗談を言い合うと、霊夢も奥へと向かう。きっと料理の準備をするためだろう。そして魔理沙と二人して、ああでもないこうでもないと 調理法で対立するのだ。具体的には味噌の種類などで。
 さて、僕も彼女らを手伝おうか。働かざるもの食うべからず。そんな言葉を頭に浮かべながら、台所へと向かった。


 三人で準備をしたせいか、料理は程なくして完成。目の前にはぐつぐつと音を立てて唸る牡丹鍋がある。立ち上る香りに、ぐぅと腹がなった。
「そう言えば霊夢、この猪は何処で手に入れたんだい? 君が狩ったわけではないだろう」
 ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「当たり前よ。これは森で妖怪に襲われている猟師さんを助けたら、そのお礼にもらったの。矢鱈と大きな狗の妖怪でね、仕留めた猪を横取りされそうになってたんですって」
「ふーん。偶には善い事するじゃないか。地獄に行かなくてすむぜ」
 その言葉に、思わず湯飲みを取り落としそうになった。
 きっとあの後、ぎらついていた眼球は骸と同じ濁ったものに成り果てたのだろう。他ならぬ霊夢の手によって。
「一回転半捻りの食物連鎖、か」
 思った言葉が、自然と口をついていた。
「ん、何か言った?」
 よく聞こえなかったのか、霊夢が聞き返してくる。
「いや、何でもないよ。それよりも食べようか。煮すぎて肉が硬くなってしまっては不味いからね」
 そして三人は手を合わせて感謝をする。それは食事における儀礼行為。僕はそれを昨日よりも、今日の昼よりも心をこめて言った。


「いただきます」


「ちょっと魔理沙、あんた野菜も少しは食べなさいよ」
「私は今成長期なんだ。たんぱく質が必要だぜ。だからその申し出は却下だな」
「そうは言っても、君の背丈は一年前とそんなに変わってない気がするのだが」
「甘いな香霖。乙女が成長するのは、身長だけじゃないんだぜ」
「じゃあきっと体重ね。最近箒が軋む音がするもの」
「体重じゃなく他の箇所だとしても、目を見張るほどの成長は無いよ」
「……お前ら、実は私のこと嫌いだろう」
 食事の時間。やはり一人と一匹よりも、三人のほうが楽しいものだ。
 そんな当たり前のことを感じながら、僕は箸をすすめた。

 湯気の向こう側にある鍋は、時間と共に中身が消えていく。そして僕らの一部へと形を変えるのだ。
 それはとても当たり前のこと。繋がっている命を断ち切る事は、全てのものが生きるために許された権利。
 だから食事が終わるその時は、こう言って締めくくるのだ。命を失ったものたちへ、最大の感謝を以って――


「ごちそうさまでした」




<終幕>


どうも、二見です。
もし、私達が食べている肉が全部人肉だったらどうします?
牛肉や豚肉とは全て偽りで、スーパーやお肉屋さんに並んでいるのがヒトの成れ果てだとしたら……
まぁそんな事は、たぶんないでしょうけれども。
目の前で獣が肉へと変わっていく過程を見ることのない現代では、食事の度に間接的ではあれ
命を奪っていることに気づきにくいです。
生命を取りこぼさないようにも、食べ物を大切に。
それでは。
二見 見二
[email protected]
http://hw001.gate01.com/shirokuro/
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コメント



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25.80ルドルフ削除
おいしいものをよりおいしくするスパイス。
愛情と感謝。
最近の猪は軽トラでも狩れるらしいぜ!(それは跳ねただけ
27.80削除
フゥム、人肉か・・・
ま、加工工程を見せられたら流石に引きますけど、一通り食べ終わってから「実は人肉だったんですよ」って言われても実感ないですよね。想像だからってだけかも知れませんが。
<font color=#FFFFFF>2chグロスレ住人だってことは秘密。</font>
個人的には、材料が何にしろ(製造過程とかを詳しく見せられない限りは)食べて美味しかったら満足なんですけどね。
29.40名前が無い程度の能力削除
 小学生がマジで魚は切り身で泳いでいると信じている話とか聞きますよね。
 それより神主のコメントの方が衝撃でしたけど。 妖怪も調理して人間を食べる。人間が生きた牛を見て「おいしそう」とは思わないでしょ。 まさに目
から鱗でした。 でも動物が動物食べてる映像見てるとおいしそうに喰ってる
なあ、とも思います。 でもこのお話は食というより、怪談を連想します。食
物連鎖を目の当たりにした猟師が獲物を狩ったら次は自分かと狩るのを止めるとどこからともなく「止めて良かったなぁ」と言われ山から逃げたという。
36.40霊万手韻削除
いただきますとごちそうさま
作ってくれた人と、何より我々の栄養となる動植物たちへ。

そしてそんなSSを書いてくれた二見さんへ
「ごちそうさま」


言ってる事が軽くデンパだな、俺
39.90名前が無い程度の能力削除
読んでいる途中で、はっとさせられました
何かに気づかされる作品をありがとうございます
42.80床間たろひ削除
ウチの高校の学食は、エビ天にはオキアミ、から揚げはハトという噂話が
ありました。でも食い意地の張った僕達はそんなもん気にせずに食べてま
した。もし人喰い狗の鍋が出されても、多分気にせず食べたでしょう。

所詮、生きるという事はエゴイズム。綺麗事だけじゃ生きていけない。
だからせめて心からの「いただきます」と「ごちそうさま」を……
51.90しん削除
全体に流れる空気が、とてもいい感じでした。ごち。
54.70おやつ削除
ふむ……ご馳走様か……これからちゃんと言います。
よい物語をありがとうございました。
58.90てとら削除
こんな話があったりする。

《ある小学校で母親が申し入れをしました。「給食の時間に、うちの子には『いただきます』と言わせないでほしい。給食費をちゃんと払っているんだから、言わなくていいではないか」と》
http://www.mainichi-msn.co.jp/kurashi/katei/news/20060121ddm013100126000c.html
63.80小宵削除
なるほど。
いただきますとごちそうさまとかは小学校の合宿で由来みたいなものを聞いた覚えが。
東方もゲーム中だとほのぼのだけど実際は食物連鎖とかがあるわけですよねぇ。

人肉か・・・多分食った後なら気にもしないんじゃないかなとか思う。
売ってる段階で人肉とか書いてあったらさすがに引きますけども。
64.80銀の夢削除
いろいろと考えさせられる話ですね。読者の方のコメントまで含めて。神主様がそんなことを言っていたのか…

いただきます と ごちそうさま、は必ずいいますねぇ。親が農家の出なもので、そういうことは厳しくしつけられてきましたので……
なんというか、今自分が生きていることにありがとう、みたいに思いますね。こういうお話を読むと。お見事でした。
78.無評価二見削除
感想や得点をくださった皆様、本当にありがとうございます!
神戸では猪をよく目にしますよ。恐るべし、六甲山。
次回はもっと楽しめるような作品を書きたいと思います。
それでは、またお目にかかれることを。
82.4015-削除
小学生のとき、ある先生が
「手を合わせるのは宗教的なモノが由来だから強制するな」
と言って、やめさせられたのを思い出しました。話の主題とはずれてますが。

それでも感謝を忘れずに。いただきますと、ごちそうさまを。
それを考えさせてくださった作品、筆者様にありがとうを。
91.70名前が無い程度の能力削除
人間に快適に暮らすために地球のバランスを崩す。
幻想郷のバランスを保つために神隠しをして人間を狩る。
自然って、よくできてるね~。
95.無評価SSを読む程度の能力削除
ごちそうさまでした=3
100.80時空や空間を翔る程度の能力削除
いのししなべ~~~、
一度食べてみたいです・・・・・
101.90名前が無い程度の能力削除
似たような考えはしたことありますよ。
しかし例え人肉であろうと食べれるものとして出されたら、自分はモグモグ食べると思います。
牛や豚と同じ生き物なんだから躊躇する必要を感じませんからね。
それを目の前にして同じセリフを吐けるかは別として。