吹き荒ぶ風は雪を舞わせ、地面を白銀の絨毯で覆う。
踏み出す足は雪に捕われ少女の行く手を阻んだ。
僅かな視界に映るのは雑然と並ぶ不気味な木々だけ。
少女は一人、夜の森を走っていた。
何かに怯えるように。
何かから逃げるように。
足は悲鳴をあげ、寒さと疲労でほとんど感覚はなくなっている。
それでも少女は止まれなかった。
立ち止まればどこからか、何者かが襲い来るような気がするから。
体がしきりに訴えている休めというサインも無視して。
どこまでも……どこまでも……
両親を失った少女は、一人で生きていけるほど強くはなかった。
少女を見つめたまま、ぴくりとも動かない両親から逃げ出してしまった。
逃げ出すほかに、自分を守る術を知らなかった。
気付いたときには森の中で、だからといって止まる事などできなかった。
いつの間にか頬を伝う涙は枯れ果てていた。
少女が全てを諦めかけた頃、遠くに灯りが見つかる。
近くに寄ってみれば、それは窓から零れる灯火。
綺麗でそこそこ大きな洋風な家
(ああ……お願い……)
少女は縋る思いで玄関の戸を叩く。
微かな希望を見つけてしまった少女は、もう走ることは出来なかった。
――コンコン――
そのまま暫く待っても家からは何の反応もない。
相変わらず窓からは暖かな灯りが漏れているというのに。
――コンコン――
やはり何の反応もなかった。
それでも少女は、最後にもう一度扉を叩こうと手を挙げる。
(これで駄目だったら諦めよう)
何を諦めるのかは、少女にもよくわかっていなかった。
~この物語はオリジナルキャラクターが登場します~
夕食を食べ終わり、私は紅茶の用意をしていた。
キッチンでお湯が沸くのを待つ。
他にすることも無く、何となく薬缶を見つめる。
只待つだけのこの時間が好きだった。
何も考えずに薬缶が私を呼ぶのだけをじっと待つ。
中で水が微かに動いている。
しかしそれ以外の音はせず、静かで、落ち着ける時間だった。
――コンコン――
私を現実に戻したのはそんな音だった。
私に来客を告げる玄関の戸。
ふぅ……面倒くさい。
こんな場所にまで態々訪れる者がいるとは思っていなかった。
この辺りにいる低級な妖怪で、私に歯向かう者は最早いない。
そもそもそんな奴らなら、ノックなどしたりはしない。
つまりそれ以外の誰か……
――コンコン――
再度叩かれる扉。
来訪者は諦めて帰る気はないらしい。
仕方なくキッチンの火を止める。
僅かに名残を惜しむと、私は玄関まで足を運んだ。
玄関まで来た私は、無造作に扉に手をかけた。
それをゆっくりと開ける。
身を切るような冷たい風が私を叩いた。
その先に姿を表したのは、私よりやや背の低い――人間のようね。
妖力や魔力の類いはここに至るまで全く感じない。
そんな力があればドアをノックする前に気付いている。
人間は手を軽く挙げた状態で、驚いた顔をしていた。
「こんな時間に、どうしたの?」
見た目十三~四といった感じの、まだ顔に幼さの残る女の子。
黒髪に黒目をしているのだが、今は泣き腫らした後のように顔をくしゃくしゃにしている。
線が細くて、どこか弱弱しい印象が少女にはあった。
「あっ、すみません」
彼女の第一声がこれなのだから、私が少女から受けた印象は間違っていないだろう。
そして私が一番少女に興味を覚えたのはその服装……
いや、正確には服そのものだった。
「それは、何かしら?」
「…………」
服の所々に付着している模様とは明らかに異なる斑点を指す。
それは恐らく血液。
既に赤黒く変色して乾いてしまっているが……
私の問いに、少女は黙って俯いてしまった。
もっと追求してみたかったけど、
「まぁ、いいわ」
「……はい」
少女の寒さ(それとももっと別の何か)に震える体を見るとそれも可哀相な気がした。
余程後ろめたい事なのか。
俯いたままの少女からは、消え入りそうな声が返ってきた。
そしてまた黙り込んでしまう。
それを見た私は、小さく溜息をついてしまった。
気温の変化に強い私みたいのならともかく、この少女には辛い環境だと思うのだけど。
「それで、あなたは何だってこんな所まで来たのかしら?」
「す、すみません――」
私が促すと少女は始めに謝ってから後を続けた。
そこまで畏(かしこ)まる必要もないのだけど。
「――あの、道に迷ってしまって……」
「ええ」
私は軽く頷いて、続きを待つ。
「ひ、一晩でいいんです。泊めて頂けませんか?」
予想の範囲内の言葉だったので、それを聞いても特に驚くことはなかった。
私の家には現在使われていない空き部屋がある。
更に人間一人、一晩泊めるぐらいは蓄えもある。
この迷子を泊めてあげる事は十分に可能。
「あなたを泊めたとして、私に何の得があるのかしら」
だけど、ウチは旅館ではない。
迷子が来れば誰でも泊めてやるほどお人好しでもない。
「そう、ですよね。……お時間をとらせてすみませんでした。他を探してみます」
「…………」
そう言って、少女はまた森へと足を向けた。
私は黙ってそれを見送る。
そして今度は少女に聞こえるぐらいの大きな溜息を吐いた。
まったく、こんな森の中で他に何を探すつもりなのか。
「ちょっと、あなた」
「あ、はい」
私が声を掛けると少女はゆっくりと振り向いた。
「家事は出来るの?」
「え、えっと多分、少しぐらいは……」
「人手不足で困っていたのよ。手伝ってくれないかしら?」
「あ……はい。ありがとうございます」
少女は安心したような、ホッとした顔で戻ってきた。
このまま森の中で野垂れ死んでもらっても寝覚めが悪い。
結局私はお人好しなのかもしれない。
今回は、この少女に興味を覚えたこともある。
「そう言えば、まだ自己紹介をしてなかったわね」
少女を家に上げてやり、廊下を歩いている途中。
「ご、ごめんなさい。私はカナエと言います」
何故かまた謝るし。
まぁ、いいか。
「カナエさんね。カナエでいいかしら?」
「はい」
少女は薄く微笑んだ。
なかなか可愛らしい笑みだった。
服がアレだけに、どちらかと言えば凄惨な感じがしたけど。
血の付いた服で笑ってもらってもねぇ……
「私はアリス・マーガトロイド。アリスでいいわ」
この家に住むようになって初めてのお客様。
カナエに、私はそう自己紹介をした。
「取り敢えずは、ここね」
「……えっと、洗えばいいんでしょうか?」
始めに私はカナエを脱衣所に案内した。
そして、なかなか惚けた返事をされてしまった。
カナエにしてみれば至極真面目に答えたつもりなのだろう。
私は呆れながら首を横に振った。
「いい心掛けだけど、ハズレよ」
「じゃ、じゃあ……」
困ったようにおろおろと視線をあちこちに飛ばすカナエ。
ここで何をすればいいのか探しているらしい。
このまま見ているのも、これはこれで面白い。
放っておけば、当分答えは見つけられない気がする。
「お風呂に入りなさい。そんなに寒そうにして、体壊すわよ」
「え、あ、いいんですか?」
「駄目なら薦めたりしないわよ」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げるカナエを後にして脱衣所を出る。
脱衣所の扉を閉めた所で、私は中のカナエに声をかけた。
「あなた、夕飯は食べたの?」
「いえ、食べてませんが」
「そう」
私が聞き終えると、中から衣擦れの音がする。
用のなくなった私は脱衣所を離れ、自室へ向かった。
自室へ入りクローゼットを開ける。
その中から上下お揃いのパジャマを取り出した。
私のだから少し大きいかもしれない。
カナエのサイズに合いそうな物もないので我慢してもらおう。
それを持って再び脱衣所へ。
カナエは既に浴室へ移っていた。
「入るわよ」
「はい」
脱衣所に入り籠の中を見ると、今までカナエが着ていた服が入っていた。
やはりそれには血が付いている。
「ねぇ、あなたどこか怪我とかはしてないの?」
そんな素振りが全く見られなかったので失念していた。
血の付いた服の持ち主が、怪我を負っている可能性を。
「いえ、あの、私は平気です」
「……平気? てことは少なからず怪我をしてるの?」
「あ、違います。そういうのは全然ないです」
慌てて言い直すカナエ。
何か隠しているようではあるけど、怪我などはないのかもしれない。
お風呂には入れるのだから、少なくとも重傷はないだろう。
「あの、どうしたんですか?」
気になったのか、浴室の中からカナエが声をかけてきた。
「ちょっと心配になってね、怪我がなければいいのよ」
私はそう言って話を打ち切った。
籠の中にパジャマを入れ、カナエの着ていた服を持って脱衣所を後にする。
……洗えば落ちるかしら?
明日、血の付いた服で家の中をうろつかれるのは、お世辞にも気分のいいものではない。
割と簡単に落ちた気もするのよね。
私自身、偶に返り血やら何やらを浴びる事があった。
特にここに住み始めた頃は酷かった。
新参者がいきなり入ってきた事が気に食わなかったのか。
それとも身の程を知らないものが単に多いだけか。
無視するわけにもいかず、適当にあしらってやっていると、返り血には不便しなかった。
事足りていない方が幸せだけど。
それはそれとして、服が汚れるたびに捨てていったわけではない。
だから、見た目よりは落ちやすい筈だった。
「面倒臭いわねぇ……」
そこまで考えて、眉根を寄せて呟いた。
他にも明日の昼頃までには乾かさないと拙い、とか。
今日のように雪が降ったらまず乾かないだろう、とか。
考えなければならない事が多かった。
「ま、いざとなったら魔法で何とかしましょう」
一番雑で、一番楽な方法で解を出した私は、次にキッチンに向かった。
キッチンに入ると紅茶の準備をしていた事を思い出す。
沸かしかけの薬缶が、私を待っていた。
私はちょっと悩んでから、それを火にかけることにした。
まだ、あの娘が出てくるまで時間はあるだろう。
その時間を埋めるには丁度良い。
せっかくだから、振舞ってやるのも悪くない。
水の動く音を聞きながら、暫く、刻が過ぎるのをゆっくりと待った。
浴室と脱衣所を繋ぐ扉が開かれる音を聞いた私は、用意しておいた鍋を火にかける。
今日の夕飯にと作ったシチューが中には入っていた。
作りすぎて余ってしまったものだが、明日の分に回らなくて済みそうだ。
残り物で悪いけど、彼女に片付けてもらう事にした。
温め直った所でシチューを皿に移す。
それとスプーンを何とか片手に持ってみる。
…………うっ。
もう片方の手でティーセットも持とうと思っていたのだけど。
カップとスプーンがそれぞれ二つと、紅茶の入ったポットが一つ。
スプーンはカップに入れ、取っ手に小指と薬指を引っ掛けて持つ。
後はポットだけど、指三本で支える事は多分出来る。
持っていく途中で中身が零れる可能性を無視すれば。
……
私は諦めてシチューの皿を先に食堂へ運ぶことにした。
そこではきょろきょろと視線を彷徨(さまよ)わせているカナエがいた。
次に自分がどうすればいいのか迷っているのかもしれない。
私は小さく笑みを作って話しかけてあげた。
「湯加減はどうだった?」
「あ、とても気持ちよかったです」
カナエの顔からは涙の後も消え、幾分さっぱりした様子だった。
「う~ん、やっぱりその服、少し大きかったわね……」
「あの、勝手に着てしまったのですが、借りてもいいんでしょうか?」
「気にしないで。あの服じゃ寝苦しそうだし。まぁ、その格好じゃあんまり変わらないかもしれないけど」
「いえ、そんなこと、本当にありがとうございます」
パジャマを来たカナエを見て、私は僅かに眉根を寄せる。
パジャマは予想通りサイズが合っていなかった。
手は指の先だけを何とか覗かせている。
足の方は今にも床に擦りそうなほどで。
腰周りは油断しているとずり落ちそうだった。
一応、私が太いわけではない。
彼女が華奢過ぎるのだ。
――念の為。
「悪いけど今日はそれで我慢してもらうとして。まずはそんな所に立ってないで椅子に座りなさい」
「は、はい」
言われるがまま、慌てて椅子に座るカナエ。
「はい、これ。残り物だけどね」
そう言ってシチューをカナエの前に並べると、カナエの視線はシチューと私の間を何度も行き来した。
何となく、次に彼女の言う言葉が予想できてしまった。
「そん……」
「はいはい、遠慮しなくていいから」
皆まで言わせず、口を挟む。
カナエはえっ、と呻いた後、それでも、と更に続けた。
結構強情な娘ね。
「私はアリスさんを手伝う為に上がらせてもらった訳ですから、えと、そんなに何でもしてもらう訳……には……」
カナエの目をじっと見て話を聞いていると、段々とその言葉は勢いを失っていく。
最後は口の中だけでいきません、と言ったようだった。
はっきりとは聞こえなかったけど。
目を合わせていられなくなったのか、今はシチューとにらめっこをしている。
「ふふ」
そんな様子を見ていたら、思わず笑ってしまっていた。
「あなたって、本当に遠慮とか謙遜とかを絵に描いた人みたいね」
「そんなことは……ないと」
自覚がないのだから、本当に珍しい。
本当に面白い娘だ。
「とにかく、今日は私のお客様としてカナエを招待するから、そこまで畏まらなくてもいいわよ」
「……はい」
「そのかわり、明日はいろいろ手伝ってもらうから、よろしくね」
「あ、わかりました」
「それじゃあ、どうぞ召し上がれ」
「はい、いただきます」
漸く納得してくれたのか、スプーンを手に取るカナエ。
私はもう一度キッチンに足を向けた。
そこで持ってこれなかったティーセットを手に取る。
こういう時に使い魔とかいると便利なんだけど。
どうも自分のイメージに合わないような気がするのよねぇ……。
やれやれと一息ついてから食堂へティーセットを持っていく。
テーブルの上に置いて、カナエの向かいの椅子に腰を下ろした。
「…………」
紅茶を自分のカップに注ぎながら、カナエを観察する。
そんな私の視線に気付くと、どうしていいのか分からないのかシチューを食べる手を止めてしまった。
視線の意味を探ろうとしているらしい。
「あの、私何か悪い事をしたんでしょうか?」
不安げに訊いてきた。
「私の家にいきなり押しかけてきたわね」
「あ、う、それは」
カナエは何か呻いた後、最後はごめんなさいと謝った。
やはり予想通りの反応だった。
そんな様子に、私は笑みを浮かべながら紅茶を一口啜った。
「ふふ、冗談よ。実はあなたに聞きたいことがあるの」
「私に、ですか?」
「ええ。あなたは幻想郷という場所を知ってるかしら?」
「幻想郷ですか? いえ、始めて聞きました」
「そう。何でも楽園の様な場所らしいわよ」
「はぁ……行ってみたいですね」
この世界を知らないということは、カナエはやはり外の人間か。
こちら側に住んでいれば、大抵両方を認識している。
それを知らないとなれば、これはもう決まりでいいだろう。
だからと言ってどういう訳でもないのだが、彼女の状況をある程度把握しておきたかった。
「アリスさん、私からも聞いていいですか?」
「ええ、いいわよ」
「あの、アリスさんはここで一人で暮らしているんですか? その、他にご家族の方とかは?」
そうすれば、こんな感じの質問をされるのも予想できる。
外の世界では、私のような状況は珍しいのだろう。
全部を教えてパニックを起こされても困るので、私は適当に答えることにした。
「あなたの言った通り、ここで一人暮らしをしているわ。
家族は、そうねぇ……最近帰ってないけど、きっと故郷でのんびりやってるわ」
「親は心配されたりしてないんですか? 手紙とかは?」
「手紙もないわね、せっかくだから今度出してみようかしら。心配はされてないと思うけど」
「信頼されてるんですね」
「そこまではわからないけど。ほら、シチューが冷めるわよ」
指摘すると、彼女は止まっていた手を動かし始めた。
私が話した事も嘘はついてない。
故郷が魔界だったりと、彼女の想像しているものとは大分違うだろうけど。
魔界にどうやったら手紙を届けられるのかは私にも分からない。
私は紅茶を飲みながら手紙の出し方を模索するも、結局いい方法は思いつかなかった。
私がお風呂から上がった時には、カナエは椅子に座って舟を漕いでいる状態だった。
森の中をうろついた疲れが出たのだろう。
先に部屋の場所を教えておいてやればよかった。
「カナエ、大丈夫?」
軽く揺すると、眠たそうな目をこちらに向ける。
「――ん、あ! すいません。つい眠ってしまいました」
「いいのよ、部屋を教えておかなかった私のミスだわ」
「そんな、私がもっとしっかりしていればよかったんです」
私は顔を顰(しか)めた。
カナエは何故、全て自分の責任にしたがるのだろうか。
彼女にはここに泊まるという負い目が存在する。
しかしそれを考慮しても、少し謝り過ぎな気がした。
「――あの」
私が難しい顔で黙っていると、カナエは不安げに声をかけてきた。
怒られるとでも思っているのかもしれない。
「何でもないわ。部屋に案内するから、もう少し頑張ってね」
「はい」
怯えさせないよう優しく言ってから、廊下に足を向けた。
背中越しに付いてきているのを確認しつつ、階段を上がっていく。
二階の、奥から数えて二つ目の部屋にカナエを案内した。
「この部屋を使っていいわ」
「何から何まで、本当にありがとうございます」
「はいはい。私は隣にいるから、何かあったら声をかけて」
「あ、はい。じゃあ、その……」
「ん? なに?」
何かを言おうとして口篭るカナエ。
「い、いえ。おやすみなさい」
「――ええ、おやすみなさい」
結局、彼女が何を言おうとしていたのかは分からなかった。
ドアが閉まるのを見届けてから、首を傾げる。
――考えても、わかる筈ないか。
今日はもう疲れたし、寝よう。
自室に入りベッドに潜ると、心地よい暖かさに包まれる。
その中で考えるのは、やはりカナエの事だった。
服に付いていた血のこと。
何故幻想郷に迷い込んだのか。
異常な程強い責任感も気になった。
しかも彼女の場合は必要の無い所でそれが目立っている……。
窓の外では、ちらちらと雪が舞っていた。
勢いは大分衰えたものの、止む気配はない。
――私は目を閉じた。
それと、思ったより自分の気遣いが足りていなかったわね。
彼女が怪我を負っている可能性に気付くのが遅れたり。
部屋に案内するのを忘れてたり。
それでも、慣れない事に気を使っていたからか、睡魔は直ぐにやってくる。
私はそれに身を委ねると、眠りについた。
――コンコン――
まどろむ意識の遠く。
私を現実に戻すきっかけは、また、ドアを叩く音。
あの時はカナエだったけど、今回も同一人物だろう。
他に考えられない。
「どうしたの? 開いてるわよ」
上半身だけ起こして、ドア越しに声をかけた。
暫くしてから、そろそろとドアが開く。
暗闇の中、静かに廊下に佇むのは――やはりカナエだった。
幻視ができる私は、闇の中でもそんなに苦にはならない。
「あの、こんな時間にすみません」
本当に申し訳なそうな顔で謝っている。
その手には何か大きなものを抱いていた。
あれは――枕、よね?
「それは、何かしら?」
「えっと」
人の部屋に枕を持ち込むって。
一緒に寝たいというのかしら。
――彼女が血の付いた服で家を訪れた時も、私は同じ事を言ったような。
――あの時のカナエは黙っていたわけだけど。
今までにない状況を前に、私は少し動揺していた。
「……一緒に、寝てもいいですか?」
漸く聞こえる程度の声で、ポツリと。
枕を抱いている手は、震えるほど強く握り締めるようになっていた。
よく見れば彼女の顔には涙の痕さえあった。
「はぁ。好きにしなさい」
私は背を向けるように、再び横になる。
拒否をするには、彼女の姿は余りにも儚かった。
「――ありがとうございます」
呟いてから、隣にカナエが入ってきた。
「どうしたの?」
訊くと、首を横に振る気配がカナエからあった。
後ろにいるカナエの手は、私の服を小さく掴んでいる。
何かに縋っていないと、不安なのかも知れない。
「怖い夢でも見たの?」
今度は少し迷ってから、首を縦に振った。
それから、すすり泣く声が――小さな嗚咽が私に届く。
服を掴む手も、微かに震えていた。
「大丈夫よ」
私は他にどんな言葉をかけていいのか分からなかった。
だから、ただ口をついてでてしまっただけ。
無責任な、慰めの言葉。
それでもカナエは小さく頷く。
私がどんな気で言ったのか、知ってか知らずか。
嗚咽を漏らしながら何度も頷いていた。
自分に言い聞かせるように、私に助けを求めるように。
その行為は、彼女が泣き疲れて眠るまで続いた。
眠る前も、眠った後も、私の服はしっかりと握っている。
私はもう少し大人びた娘だと思っていた。
それは、かなり無理をして作っているものなのかもしれない。
もしくは、彼女の生い立ちが自然とそうさせてしまったのか。
服を掴まれ寝返りも打てない格好で考える。
隣で安らかに眠る、儚い少女のことを。
再び私に睡魔が訪れる――その時まで。
続き、期待しています。
こういうお姉さんしてるのも良いですねぇ
改めて幻想郷の面子を思い返してみると、ひょっとしたら他の人間たちよりも
一番人間臭いのがアリスかもしれませんね。
カナエに何があったのかも含め、続きを楽しみにしておりますw
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