それは、いつもと変わらない、何の気もなく過ぎていく、ただの朝の始まりだった。
少なくとも、その時点までは。
「ふぁ~……」
だらしなくあくびをしながら、洗面所の前にやってくる少女が一人。
何だか、妙によれよれの衣服を身にまとい、眠そうに目をしょぼしょぼさせながら、がりがりと頭をかきむしるその様は、とてもではないが、素材がよくても「美少女」とは言えない感じがある。
「ああ~……眠たい……。また寝たい……」
情けないことを言いながら、冷たい水に顔を浸す。
それで何とか眠気を吹き飛ばし、さっと石けん片手に顔の汚れを落とすと、何とか見栄えのする顔が現れる。
金髪碧眼。
どこからどう見ても美少女である。
と言うか、人間、たった一つの行為を経ればここまで見た目が変わるものだろうかと驚くほどだ。
「けど、研究熱心ってのも考え物だぜ」
自分で自分のことをほめながら、歯ブラシを取り出す。
昨夜は一晩中、研究に明け暮れていたのだ。何の研究かと言われたら、もちろん、魔法の研究である。彼女は人一倍努力家だ。才能に裏打ちされた実力を持っているどこぞの紅白の巫女とは違って、強くなるには自力で自分の殻を破るしかないのだから。
「まぁ、それでも、いい結果が出たら嬉しいもんだよな」
さあ、今日は、昨日の研究成果を試すぞ、とにこにこ笑顔。
なお、服装が普段の黒白の衣装なのは、もちろん、その服のままずーっと研究をして夜明かしをしたためである。そのため、何か妙に臭う。年頃の女の子としてはあってはならないことなのだが、この少女にとっては、自分よりも何よりも、まずは研究成果の実践、らしかった。
「さあ、今日も一日――」
――と、そこで。
ようやく、彼女はそれに気がついた。
「……」
歯ブラシをくわえ、鏡を見ながら、しばし沈黙。
「……あ、あっはっは。いやいや、まだ寝ぼけてるのかな」
ダメだな~、とぼやきながら、口の中の歯磨き粉を吐き出して、もう一回冷たい水で顔をすすぐ。
徹底的に、念入りに、何度も何度も水を顔にぶっかけて、前髪も服もびしょびしょになるくらいにまで水を浴びてから、彼女は改めて鏡を見つめてみた。
「……いかん。私は目が悪くなったらしい」
メガネはどこにやったかな、と洗面所から室内へとって返す。
ものの研究というものは、往々にして、凄まじい時間と労力が必要となる。当然、その間、ものを見つめていなければならない瞳というのは人体において、何よりも酷使される部位だ。無論、そんなことをしていては目が悪くなってしまうと、最近、彼女――霧雨魔理沙は、知り合いのとある魔女からメガネを借りていた。彼女にあわせて度が設定されているため、それをかけると普段よりも目の疲れがずっとマシになるため、近頃はよく愛用しているのだ。
それを装着して、『メガネ魔法少女』という、その手の人にアピールしまくりの格好となった彼女は、もう一度、改めて鏡の中を見つめた。
――結果、変化なし。
「な……」
マジで絶叫する五秒前。
「なっ……!」
五、四、三、二、一。
「何だこりゃぁぁぁぁぁぁぁーっ!?」
零。
その日、魔法の森に、この世のものとは思えない悲鳴が響き渡ったのだった。
「……まずいわね。少し寝坊してしまったわ」
それより少しだけ、時はさかのぼる。
ベッドの上に身を起こしたのは、銀髪の女。鋭い面持ちと冷たい瞳が印象的な彼女であるが、ひどく若い。その立場を与えられる人間としては場違いなほどに。
「ああ、もう。時計が止まっていたのね」
傍らに置かれている時計は、針が十二の数字を過ぎたところで止まっていた。
昨晩、眠りについたのは、普段よりもずっと早かった。と言うのも、彼女には扱うことの出来るもの達がたくさんいるからであり、先日の場合、そちらに任せる仕事が圧倒的に多く、彼女自身が担当する仕事が少なかったからである。
久々にゆっくり休めると、喜び勇んでベッドの中に入り、目を覚ましてみればこの失態だ。己の愚かさにため息すら出てこない。
しかし、ここでこうしていても始まらない。
彼女は早速、朝の支度に取りかかることにした。普段、使用している懐中時計に視線をやれば、現在の時刻は午前の五時を少し回ったくらい。普段より一時間以上も起床が遅い。
「困ったわね」
そう言いながらも、困った様子などまるで見せない。
寝間着を脱いで丁寧に折りたたみ、普段身につけている衣装――メイド服に袖を通す。そして、自分の、ある意味では生命線とも言えるナイフも確認してそれをホルダーの中に落としてから、部屋とは間続きになっている洗面所に向かい、そこで朝の身だしなみを確認――するところで。
「……え?」
彼女はそれに気がついた。
「……えっと……」
しばし、呆然とする。
バカな。
まずは疑うべきは己の目だ。
寝起きで目が悪くなっているのかもしれないと思い、目をこすったりマッサージをしたりして、改めて鏡を見るのだが、やはりそれはその場にあった。
どれほど否定しても覆しようがない。
がばっ、と鏡にとりついて、まじまじとそれを見つめる。
「嘘……何これ……」
半ば以上、彼女はあっけにとられていた。
そう、ある意味では、彼女は非常に大きなダメージを受けてしまったのだ。容赦なく。徹底的に。
そうであるから、彼女は基本的なことすら忘れていた。
「咲夜さ~ん。おはようございまーす」
脳天気な声と一緒に、がちゃっとドアが引き開けられ。
その人物が、ここに入ってくることを許してしまったのだ。
「なっ……!」
十六夜咲夜、一生の不覚。
この時、彼女は確実にそれを胸中で悔いたという。
「何だこれ!? どうなってるんだ!?」
魔理沙は一人、鏡の前から動けずにいた。
彼女という人間を外見的に表現するのなら、まず目立つのは、黒と白の衣装である。それが彼女のトレードマークとなっているほどに、その服は彼女にフィットし、彼女という人間を形作る決定的な『要素』となっている。
それ以外を挙げるとするなら、見事なまでの金髪と、美しい瞳の色。そして、小柄な顔に愛らしさの残る雰囲気。つまりはどれをとっても美少女と言うことなのだが、今の彼女には、普段の彼女にはないものがあった。
「……」
恐る恐る、それに触れてみる。
「ひゃっ」
びくっ、と体がすくみ上がった。
思ったよりも敏感だったのだ。最初はやわやわと、ゆるゆると、それの表面をなでていく。
「あ……やっぱり大きい……」
ごくりと喉が鳴る。
そうして、ぎゅっとそれを握ってみると、途端、ものすごい刺激が体を貫いていった。
それは、たとえるならば一種の快感だろう。容赦ない刺激は全身を冒し、どうしようもないくらいに意識の中に入り込んでくる。
もう一度、彼女は喉を鳴らす。
「嘘……どうして……」
彼女はじっと、鏡を見つめる。
あり得ない。こんなの。
私は何者だ? 私は人間だ。人間の女だ。こんなものがあるはずがない。
「……だが……」
これは、事実。
否定することの出来ない、抗うことの出来ない真実。
――だからこそ。
魔理沙は即座に部屋の中にとって返し、着替えることも忘れたまま、箒にまたがって一直線に飛んでいった。
普段通りに、スカートをなびかせて。
帽子で頭を押さえて。
ひょこんと飛び出たうさみみを隠しながら。
咲夜は時間を操ることが出来る。
これを端的に言うと、『ドドドドドドド』という擬音が聞こえてきそうなのでそれはさておくが、ともあれ、彼女は時間を操ることが出来る。それによって時間を止めて対象に攻撃する、ということが彼女の得意技なのだが。
「う……あ……」
しかし、今の彼女の周りの時間は別の意味で止まっていた。
もう本当に、色んな意味で止まっていた。
「……」
目の前に佇んでいるのは、この館の門番、紅美鈴。何で彼女がここにいるのかはわからないが、まぁ、誰かが自分を起こすように頼んだのだろう。一応、彼女と自分のつきあいは浅からぬものがあるのだから。もっとも、別の言い方をすれば、美鈴を『生け贄』にしたとも言い換えることが出来るのだが。
とりあえず、それはさておいて。
「咲夜……さん……それ……」
震える声で、美鈴が咲夜を指さす。
慌てて、咲夜はそれを隠した。彼女の目に触れないように、大慌てで。
しかし、もうすでに遅い。それは見られてしまった。もはや、隠したところでどうとでもなるものではないとわかっていたはずなのに。
彼女は己の愚かさを悔いた。ここでやるべきは、時間を止めて逃げ出すことだったのだ。
だが、もうすでに遅い。賽は投げられてしまった。
「か……」
「ちょっと美鈴! いつまで人の部屋にいるの! とっとと……!」
半ば、苛立ち紛れに叫ぶその声は。
「かわいい~!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」
美鈴に抱きつかれ、幻想郷トップクラスを誇る偉大なる峡谷の前に消失した。
「あ~ん、かわいいかわいい、かわいい~! 咲夜さん、かわいい~!」
「むぐっ! ふぐっ! むぐぐぅ~!」
これが男だったら、色んな意味で色んな血を流しているところだろうが、咲夜は女である。だから、女である美鈴に抱きつかれたところで、普段ならどうにでもあしらえるはずだった。
んが、しかし。
その巨大な殺戮兵器に顔を挟まれたままではどうしようもない。声が出せない。息が出来ない。っていうか、マジ窒息する。
「ふぅぅぅぅぐぅぅぅぅぅっ!」
その時の咲夜の力は、あの一千万パワーの超人に匹敵するほどだったと、後の人は述懐す。
全力で美鈴を引きはがし、即座にナイフかざして再度の突進を防ぎつつ、
「殺す気!?」
彼女は叫んだ。
「あ~ん。だってだって~。
咲夜さん、かわいいんですもの~」
なぜか妙にぶりっこしながら言う美鈴に、咲夜の顔が赤くなる。
「と、ともあれ! やかましいの! 少しは静かにしなさい!」
「そう言われても~」
美鈴の顔がとろけていた。
そりゃもう、原形をとどめないほどにとろけていた。
「わ、私はこれから忙しいんだから! いいわね! よけいなことしたら殺人ドールよ!」
「かわいい~!」
聞いちゃいない。
咲夜は、いつも頭を飾るヘッドドレスは身につけず、帽子をかぶった。普段なら、そんなものはかぶらない上に今の状況下ではそれを装着すると違和感がひどい。
しかし、それは隠さなくてはいけないものだった。っていうか、こんなものさらしたままで紅魔館の中を歩いたり、あまつさえレミリアの前に顔を出す事なんて出来ない。
「あとで私は出かけるからね!」
まだ『サクヤさん、かわいい~』と言い続けている美鈴に宣言して、咲夜は走り出した。
頭からいぬみみを。お尻からは犬のしっぽを生やしたままで。
『霊夢ーっ!!』
ほぼ同時に、二つの声が朝の博麗神社に響いたのは、それから少し後のことだった。
時刻にして、午前の八時。
「うるさい」
やってきた二人めがけて、いきなり針を投げつける楽園の素敵な巫女。彼女は箒を片手に神社の境内を掃除しながら、やってきた人物にうっとうしそうな視線を向けた。
「……」
そして、その視線が瞬時に凍った。
「げっ、咲夜! 何だよそれ!」
「あなたこそ! 何なのよ、それ!」
彼女たちはお互いを見て、お互いの異様な格好に気づき、ほぼ全く同じタイミングで同じような言葉を放った。
整理しよう。
魔理沙の頭には、うさみみが生えていた。見事にふさふさでかわいいうさぎさんの耳である。
対する咲夜の頭にはいぬみみが、お尻にはしっぽが生えていた。これはこれで徹底的に似合っている完全で瀟洒なわんこ。
「えーっと……ごめん。ちょっと」
神社の主――博麗霊夢は、竹箒をその場に置くと、そっと席を外した。
佇む二人の耳に『わはははははは!』という笑い声が響いてくる。二人そろって、顔をぴくぴくさせながら待つことしばし。
「で、どうしたの? それ」
ひとしきり笑って笑いのつぼから今の二人が外れたのか、すました顔で戻ってくる霊夢。
「ああ……まぁ……」
ぴきぴきとこめかみ引きつらせつつ、
「……朝起きたらこんな風になっていてね……」
二人は、一応、お互いの共通の事情を彼女に話した。
ふぅん、と話半分に聞いていた霊夢は、竹箒を拾い上げ、再び境内の掃除を始める。
「ちょっと。人の話を無視するの?」
「そうだ。それは人権侵害だぜ」
「意味が違う」
持っていた箒で魔理沙の頭をべしんとはたく。
「第一、そんな変な状況になって、何でうちにくるのよ」
至極もっともな発言である。
「……と、言われても」
「こういう訳のわからない異変が起きた時、真っ先に活動を開始するのがお前だろ?」
「人のことを冬眠から冷めた熊みたいに言うな」
キレのいいツッコミをびしばしと放ちながら、霊夢。
そして、彼女たちの方を、改めて見る。
「……しかし、見事なくらいの獣耳ね。咲夜さんの場合はしっぽもあるけど」
「……言わないで」
「それ、動くの?」
それに応えるためなのか、咲夜のお尻から生えたしっぽがぱたぱたと左右に揺れた。
なるほど、とうなずく霊夢。
「一つ聞いておくけど、私をからかうためのいたずら……じゃないわよね?」
「お前は、これがいたずらに見えるのか?」
と、魔理沙は自分の頭を霊夢に向ける。
向けられた彼女の頭をじっと見つめ、
「あんた、昨日、髪の毛洗ってないわね」
「んなことどうだっていいんだ!」
よけいなことを言う霊夢に魔理沙が叫ぶ。
そうして、霊夢は、魔理沙の頭から生えたうさみみをむぎゅっと掴んだ。びくんっ、と魔理沙が体を震わせる。
そして、
「あだだだだだぁぁっ!?」
ぎゅーっと霊夢がそれを引っ張る。魔理沙が悲鳴を上げ、彼女を手で払う。
「何するんだっ!」
「いや、ちゃんと根本から生えてるのかな、って。
ほら、耳が抜けるピンク色のうさぎがいるじゃない。N○VAうさぎだっけ」
何だそれ、とは誰もツッコミを入れなかった。
霊夢は、なぜかしたり顔で放ったそれに誰も反応しないのを見て、ちぇっ、と舌打ちする。
「……まぁ、それで、よ。
あなたなら、何か、こんな変なことが起きたのなら、勘を働かせているんじゃないかなと思って」
「霊夢は勘だけで事件を解決する天才だからな~」
「人をバカみたいに言わないで」
憮然として言葉を返す。
しかし、彼女が自分の勘を信じて物事に当たってきたというのはあながち間違いでもないため、それ以上の反論は出来ないようだった。と言うか、巫女の行く先にトラブルあり、という標語が作られるほど、彼女の行く先々で問題が起きて、それを適当に解決しながら進んだらトラブルの大本が横たわっていた、ということなのだが、あえてそれを言葉に出す必要はないだろう。
「全く。第一、何で私の所に来るかな。
そう言うことをやりそうな奴なんて、幻想郷広しと言えども、数人程度しか思いつかないでしょうが」
「数人……」
「数人……」
霊夢の一言に考えを巡らせる二人。頭の中に、次々と、知っている相手の顔が浮かんでは消えていき――、
『……あ』
そろって声を上げた。
「ほらね。答えが出たでしょうが。そんな妙なことをやりそうな奴なんて……」
そこで。
「ふ……ふふふ……」
「くっくっく……」
霊夢の言葉は途切れた。
不吉に、不敵に、そして、聞くものの背筋に冷や汗以外のものを流させる笑い声を上げる二人によって。
「そうかぁ……そうだよなぁ……」
「ええ……そうね……彼女がいたわね……くっくっく……」
「全くよぉぉぉぉ……やってくれたもんだぜぇぇぇぇ。この私たちに、こんないたずらをしてくれるなんてよぉぉぉぉぉ……仕返ししてやらなきゃ気が済まないぜぇ……」
「……あの、魔理沙? あんた、何かキャラが違わない?」
ドドドドドド、と擬音を響かせながら、妙に怖いことをつぶやく魔理沙に、霊夢が頬に汗を流しながらツッコミを入れる。
「よーっし! 行くぞ、咲夜! 目指すはマヨヒガだ!」
「ええ」
「くっくっく……待ってろよぉ……紫ぃ……。私のマスタースパークで塵にしてやるぜっ!」
「あら、何を言ってるのよ。それじゃ、私のナイフの出番がないじゃない。めった刺しにしてやらないと気が済まないわ」
「ああ、それじゃ、お前があいつをハリネズミにしたら、私が消し飛ばすってことで」
「その条件、飲んだ」
「……あんたら、何不穏当な会話してるのよ」
ある意味ではお子様禁止のセリフを口にして飛び立っていく二人。当然、霊夢の理知的かつ冷静なツッコミなど聞いてもらえない。
二人の復讐者の姿が、幻想郷の青空に吸い込まれて消えていく。
その段階になって、霊夢はふと、「あいつら、止めておけばよかったかな」とつぶやくのだが。まぁ、どうでもいいや、と境内の掃き掃除を再開するのだった。
「紫ぃーっ!」
マヨヒガに到着するなり、魔理沙がそのドアを蹴り飛ばした。
「なっ、何事だ!?」
ばたばたと足音響かせてやってくるのは、この家の主人の小間使い……もとい、式神の八雲藍。彼女は、背中に真っ赤に燃える炎を背負った魔理沙と咲夜を見て、ずざっ、と音を立てて身を引いた。
「なっ……!?」
「ああ、藍じゃないか。ちょうどいい、あのスキマはどこにいる?」
「教えてくれたら、あなたに素敵なプレゼントをしてあげるわ」
くすくすくす、と唇つり上げて笑う咲夜。怖い。かなり怖い。幼い子供が見たらショックで泣き出した上にトラウマになること請け合いである。
「ゆ、紫さまが何か……? っていうか、お前達、何だ、その頭……」
「だから紫に用がある!」
びしぃ! と、器用に頭に生えたうさみみで藍を指さす(?)魔理沙。
あまりと言えばあまりの迫力に、再び藍が後ろに足を引いた。
「そうよ。さっさとあいつを出しなさい」
たれたいぬみみのおかげで、幾分、迫力が減殺されているとはいえ、ナイフ構えてささやくように言葉を口にする咲夜の雰囲気は、まさに完全で瀟洒な殺戮者である。
「いや……そう言われても……」
「いないのか?」
「いることはいるんだが……」
「それじゃ、案内しなさい」
「いや、しかし、ついさっき、寝付かれたばかりだから、何を言っても起きないと……」
「いいんだよ。起こすから」
魔理沙のその一言に、藍は悟った。
ああ、こいつらに何を言っても無駄だ、と。と言うか、これ以上、彼女たちをここに引き留めていては己の命が危ないと。
彼女は、『こっちだ』と恐る恐る、身を引きながら彼女たちを屋敷の中に案内する。橙が留守でよかった、と内心ではほっと胸をなで下ろしながら。
「この向こうなのね?」
「あ、ああ……。あの、屋敷のものを壊すのはやめてくれよ? 一応、こういうの、そろえるのって結構大変……」
「紫ぃーっ! 覚悟しろぉーっ!」
すがるような藍の言葉などどこへやら。魔理沙は蹴り一発で襖を粉砕し、部屋の中に踏み込んでいく。ああ~、と情けない声を上げる藍が、妙に寂しそうではあった。
部屋の中では、一人のスキマ妖怪が幸せそうにすやすやと寝息を立てていた。部屋のど真ん中に布団を敷いて、いいご身分である。
「起きろ、こら!」
げしげしげし、とスタンピングの嵐を降らせる魔理沙。
「起きなさい、このスキマ!」
べしべしと、メイド秘奥義往復びんたを食らわせる咲夜。
しかし、ここまでされても紫は起きる気配もなかった。ちっ、と二人が舌打ちする。
「……どうする?」
「とりあえず、この段階で、もう容疑者確定だから吹き飛ばしてしまうと言うのも手の一つではあるわね」
「ああ、そりゃいいな。めんどくさいから……」
「わーっ! やめろーっ! 家を壊すなー!」
藍が後ろから魔理沙を止めに入る。と言うか、主人ではなく家の心配をしている辺りに彼女の普段の気苦労が見て取れて、思わず涙を誘う光景だった。
魔理沙は、めんどくさそうに、厄介そうに眉をひそめながらも、泣きながら自分にすがりついてくる藍を見ると、さすがに何も出来ないのか、振り上げていた手を下ろす。
どうする? と視線で咲夜にコンタクト。咲夜は、任せてちょうだい、とうなずいた。
「うふふ……。寝起きの悪い子を起こすには、これが一番よ」
すっ、とどこからともなく取り出されるのは。
「メイド秘奥義!」
宣言と同時に、彼女は。
「受けなさいっ!」
どこかから取り出した銅鑼を、ごわ~ん、と紫の耳元で思いっきり叩いた。
「っきゃぁぁぁぁぁぁぁ~!」
その壮絶な音と言ったら。
マヨヒガどころか幻想郷中に響くのではないかと思われる轟音に、さしものスキマ妖怪も屈服した。魔理沙も藍も、耳を押さえて、その残響の攻撃に必死で耐えている。うさみみがぷるぷるしてるのが妙にかわいかった。
「あ……頭が……耳が……。な、何なの!? 何が起きたの!? 宇宙が落ちてきたの!?」
「はい、おはよう」
何であれほどの轟音を立てておきながら平気なのかわからないが、にっこりと笑う咲夜。取り乱していた紫は彼女を見て、きょとんとなった。
「……あら。おはよう」
「うふふふ」
すぽっ、と耳から耳栓を引き抜く彼女。ご丁寧に、いぬみみの分も用意してあったらしい。いつ詰めたのかは謎だが。
「あ~……うあ~……」
ぴくぴくしていた魔理沙も、何とか意識を回復し、ふらつきながら紫に詰め寄る。
「紫」
「なぁに? っていうか、人の睡眠を妨害するなんて、あなた達、万死に値するわよ」
寝起きというのは、誰でも、得てして機嫌が悪くなる。ジト目でにらみつけてくる紫というのはかなりの迫力があったが、今の魔理沙達にはそんなものは関係なかった。
「素直に白状しろ。お前だな?」
「何が?」
「これだよ!」
と、指さすのは、自分の頭の上に生えたうさみみ。ついでに咲夜は「これもね」と自分のいぬみみとしっぽを指さす。
「あら、かわいい」
「そうじゃなくてだな!」
間抜けでずれた発言をする紫に、魔理沙は畳を踏み抜かんばかりの勢いで足を踏みならし、
「お前がやったんだろ! どうせ、『普通の耳と獣耳の境界』とか訳のわからんもんいじくり回して!」
「……?」
「幻想郷において、こういう訳のわからない事件を起こすのは、大抵あなたと相場が決まっているわ。さあ、白状しなさい、紫。今なら、ナイフは万本で許してあげる」
すました口調ながら、怖いことをさらりと言う咲夜に。
ふっ、と紫は笑った。
そのまま、くっくっく、と含み笑いを漏らしながら、ゆらりと立ち上がり、唐突に、ばさぁっ、と布団をはねのける。当人は『マントを翻す黒幕』というのをやりたいのだろうが、かなり間抜けな光景だ。
「ほーっほっほっほ! そうねぇ、知られてしまったのなら仕方がない! このまま、この私の力で、あなた達を本物のうさちゃんとわんこにしてあげるしかないようね!」
「何ぃ! やっぱりか!」
「覚悟しなさい! このスキマ!」
一触即発の空気が漂っていく。ぴんと張りつめた気配の中、魔理沙と咲夜が戦闘態勢を取り、紫は傲然とその場に腕組みして佇み、藍はおろおろとあたふたする。
その気配を打ち破ったのは――、
「……と、やりたいところだけど」
意外なことに、その空気を作り出した人物だった。
「何の事よ?」
「……は?」
「いや、あなたでしょう? これをやったのは」
「冗談を言わないでちょうだい。私は、そんなことをやっている暇はないの。これからおねんねしないといけないのに」
最初は、紫が嘘をついているのかとも思ったのだが、違う。この女が嘘をつくときは、こんな言葉でこちらを騙そうとはしない。それに、彼女の瞳は、『そんなはずないでしょ』と雄弁に物語っている。
魔理沙と咲夜が困惑し、お互いの顔を見つめた。心なしか、へにょっ、と頭から生えた耳も垂れ下がっている。
「第一、私がそんなことをしたのならこんなところで寝ているはずがないじゃない。こっそり隠れて眺めつつ、陰でにやにやしてるわよ」
「……うわ」
「……確かに」
自分というものを十分に理解している発言だった。さすがにそれに関しては否定が出来ず、顔を引きつらせる二人。
「じ、じゃあ、一体誰が……」
「さあねぇ?」
「直せないの? あなたなら……」
「残念ながら。こちらの力の干渉を弾いているような節もあるし。
まぁ、漂うのは、かなり強烈な魔力だから……一種の呪いか何かじゃないの?」
「呪い……」
「……霊夢?」
「神社で生活している、神に仕えるものが呪いなんて使ってどうするのよ」
あの子ならやりかねないけど、と付け加えるのは忘れない。
じゃあ、誰が、と。
二人の視線が絡み合い――やがて、そんなことが出来そうな人物の顔が浮かんでいく。
「……まさか」
「……魔法……」
「使い……」
そう。
この耳から『魔力』が感じられるというのなら。少なからず、魔法的な何かがここに干渉していると考えるのが当然である。そして、この幻想郷で、そんな訳のわからない――だが、強力な魔法を使えそうな魔法使いには、二人には、たったの二人しか心当たりがない。
すなわち。
「アリスかっ……!」
「パチュリー様……!」
その二人である。
「よ、よし! とりあえず、行くぞ! 咲夜!」
「そ、そうね! まずは紅魔館――パチュリー様の所よ!」
「応!」
と、駆け出そうとして。
『ぶっ!?』
ばんっ、と何かに激突して、二人はくぐもった悲鳴を上げた。そのまま、突進した勢いそのままに弾かれて畳の上にごろごろと転がってしまう。
「待ちなさい。あなた達、人の睡眠を邪魔しておいて、何のお詫びもなしに出て行けると思っているの?」
「わ、悪かった、紫。今度、森で採れたキノコを持ってきてやるから。虹色に輝く不思議なキノコなんだ、レアものだぞ」
「食べられないでしょうが。思いっきり。んな怪しいもの」
「ご、ごめんなさいね、紫。今度、紅魔館特製のワインを持ってくるから許してちょうだい」
「この前、発酵した酢を押し付けてくれたから信用度零」
じりじりと詰め寄ってくる紫に、二人は一歩、また一歩と後ずさっていく。
「まぁ……ちょうどいいわねぇ」
「な……」
「……何が?」
「今、私、お腹が空いてるのよ。うふふふ……。生きのいい人間が二人……」
舌なめずりする紫。目がやばい。
完全に、今の彼女は捕食者になっていた。やばい、どうする、逃げないと殺されるぞ、的な視線を絡め合う二人に。
「いただきまーす」
紫が襲いかかった。
なお、あまりにも凄惨な光景のため、それをここで描写することは出来ない。しかし、辛うじて音声のみならば、諸君に伝えることも可能である。
「あら、この耳って……」「やっ……ちょっ……それ……」「うふふ……これもまた……」「あっ……ああっ……」「美味しいわねぇ。うふふふ」「やぁんっ……んっ……」「あなた達、本当に……」「きゃうっ、あんっ」――。
以上。
「……こ、紅魔館まで……片道……どれくらいだったっけ……」
「さ、三時間くらい……のはずよ……。こっ、腰が……」
体がくがくになった二人が解放されたのは、それからおよそ二時間ほど後のことだった。妙に着衣が乱れ、ずたぼろの状態だが、気にしてはいけないことである。
「あ、あの野郎……不死身か……?」
「ま、まさか、あそこまで徹底されるとは思わなかったわ……。うぅ……お尻が痛い……」
「……お前も大変だったよな……」
「……魔理沙。今度、飲みましょう……一緒に……」
空を飛びながら、しくしく泣く少女(約一名には『?』がつくが、それはさておく)が二人。どこかから飛んできたリリーホワイトが『春は必ずやってきますよ~』とぽふぽふ肩を叩いて慰めてくれたが、それがまたむなしかった。
ともあれ、二人は空を飛び続け、湖を越えて紅魔館へとやってくる。
「はぁ……。長かった……」
「……そうね」
何だか、だいぶ気力が萎えているようだが、自分に訳のわからないことをした犯人達をとっちめるためだ、と気合いを入れ直して、館の大扉を開く。
その瞬間。
「咲夜さ~ん!」
「め、美鈴ーっ!?」
「かわいーっ!」
そこで、ずーっと、咲夜が帰ってくるのを待っていたのだろう。飛び出してきた美鈴に咲夜がとっ捕まった。
「やぁっ……ちょっ……!」
「あぁ~ん、もう。かわいくてかわいくてかわいくて~!」
「は、離しなさっ……あんっ……! ちょっ……しっぽなでないでぇ……」
「……咲夜。お前のことは忘れない」
「こらーっ! 逃げるなーっ! 何とかしてよーっ!」
まぁ、確かに、今の咲夜は――無論、魔理沙も――ある意味ではクリティカルな存在である。その攻撃で致命傷を受けたもの達は理性を破壊され、己の衝動の赴くままに行動してしまうことだろう。この、門番のように。
だが、だからといって、それを容認できるものではない。
「カメラよ! カメラを持ってきなさい!」
「美鈴さま、次、私に触らせてください!」
「メイド長、首輪も用意してみました!」
わらわらと、どこに隠れていたのか、殺到するメイド達。それを前に、咲夜はその時、本当の意味での恐怖を覚えたという。
「いやぁぁぁぁぁっ! 誰か助けてぇぇぇぇぇっ!」
絶叫する彼女に。
ああ、もうどうでもいいや、と思いながら、魔理沙がマスタースパーク食らわした。
爆心地を中心に世界が揺らぎ、美鈴含め、メイド達が根こそぎ吹っ飛ばされる。
「よう。大丈夫か?」
「……覚えてなさいよ」
「だって、全員に効率よくダメージを与えるったらこれしかなくてな」
破壊的な威力を誇る一撃のターゲットにされた咲夜は、全身真っ黒焦げになりながら、じろりと魔理沙をにらむ。もちろん、魔理沙はそれを意に介さず、「行くぜ」とさっさと飛んでいってしまった。
仕方なく、咲夜もその後を追う。
広い紅魔館の中を跳び続け、今回の一件の容疑者が確実にいると思われる一角――ヴワル図書館へとやってくる二人。図書館の扉を開き、中へ。
「しかし、普段はここに来るのに歓迎を受けるって言うのにそれがないのはな。何か不思議な気分だぜ」
「あなたが真っ当な手続きを踏んでくればいいだけの話よ」
飛びながら、パチュリーを探しながら、他愛もない会話を交わす。
やがて程なくして、二人の視線が容疑者の姿を捉えた。しかも、幸運なことに。
「あっ、来た」
「そろそろ感づかれる頃だと思っていたけれど、案外、早かったわね」
なぜか、アリスも一緒だった。
二人してテーブルを囲み、優雅にティータイムなどしながらこちらを出迎えてくれたのだ。さすがに、これには少々、面食らってしまう。
だが、二人にはやらなければならないことがある。こほん、と咳払いをして、微妙な雰囲気を払拭しつつ、
「なぁ、アリス。パチュリー。ちょっと聞きたいんだが」
「それ? 結構、意外よね」
「ええ。術式を適当に組んだら簡単に発動したんだもの。世の中、不可思議なことばっかりよね」
『やっぱりお前らの仕業かよ!』
魔理沙はともかくとして、咲夜も全く同じ事を叫ぶ。
「何だってこんな事したんだよ!」
「そうですよ、パチュリー様! 冗談が過ぎます!」
「だって」
「ねえ?」
『面白そうだったし?』
声をそろえて、全くおんなじ事を言う二人。
うあ、と魔理沙と咲夜も呻くしかなかった。
「それに、ほら。魔理沙ってさ、結構、寂しがり……っていうか、強がっているところがあるじゃない? うさぎが似合うんじゃないかなー、って」
「咲夜。今年は戌年よ。あなたは犬っぽいと言われていたのだからちょうどいいじゃない」
ねぇ、と。
二人は、『感謝されこそすれ、悪いことなんてした覚えはない』と言わんばかりに言い放ってくれた。
「それに、こういう変身魔法はレベルが高い魔法なのよ」
「こういう研究を経て、私たちの技術は、また一歩、高い段階に近づいていくの」
「ああ、ちょうどいいわ。アリス、別の魔法も試してみましょうか」
「そうね。魔理沙、悪いんだけど実験台になってね。
今度の魔法はすごいわよー」
「そうそう。何がすごいかっていうと、人生が変わるくらいだから」
それじゃ、早速、と。
二人が何やら妖しい儀式の用意をし始めようとしたところで。
魔理沙の、何やら色々とこらえておかなければならないものがぷちっと切れた。
「なあ、二人とも」
「なぁに?」
「反射魔法、っていうのの特訓をしてみたくないか?」
「反射魔法……面白いわね。私たちの戦いは、基本的に射撃がメインだから。相手の攻撃を跳ね返せる魔法が編み出せれば、より一層、こちらの攻撃を相手に届けやすくなるわ」
「面白いかもしれないわね、パチュリー」
「いやぁ、そっかそっか。そんならさ、私が魔法を放つよ。それでさ、お前らがそれを受け止めて、跳ね返してみてくれ」
『……え?』
「いっくぞー♪」
ばちばちばち、という轟音と共に彼女の両手の間に破壊的な威力を持った光が収束していく。それを見て、アリスもパチュリーも顔色を真っ青なものに変えた。
「ち、ちょっと、魔理沙!?」
「あなた、それって、マスター……!」
「必殺ぅ♪」
「ちょっと、咲夜! 見てないで何とか……って……咲夜? 咲夜ー!?」
「いやー! 咲夜さーん! 見捨てないでー!」
「マスタースパークぅ♪」
「私は何も見てない、聞いてない」
「あれ? 咲夜さま、どうなさいました?」
恐怖渦巻く一角を離れ、一人、本棚を眺めていた咲夜の元に司書の小悪魔がやってきた。彼女の手の上にはティーカップの載ったトレイがある。
「その耳にしっぽ……」
「ああ……これは……」
「かわいいですね。お似合いですよ」
屈託なく笑う彼女には、さすがにナイフを突き刺すことは出来なかった。と言うか、この紅魔館のもの達全てが彼女のように邪気のない笑みを浮かべることが出来たら、どれほど幸せだろうかと思えるほどだ。
やや程なくして。
「へっ……?」
ずどぉぉぉぉぉぉん……、という腹に響く爆音が響いてきた。その威力たるや、巨大な紅魔館全域がぐらぐらと揺れるほど。
「な、何事ですか!? 天変地異ですか!? ハルマゲドンですか!? しっと団ですかっ!?」
「何よそれは……。まぁ、それはともあれとして。
片づけはしなくていいわ。パチュリー様達にやらせるから」
「へ……?」
一人、状況の理解できてない小悪魔の視線の向こうで。
もくもくと黒煙が上がり、どこかで聞いたことのある泣き声が響いてきたのだった。
もちろん、その後、パチュリーとアリスをとっちめて、よくわからない魔法は解除させた。ついでに、その魔法を構成するに至った魔法書などは全て処分し、この一件は終わりを告げたのである。なお、美鈴を始めとした『咲夜さんかわいい同盟』はその日のうちに解散させられたのは言うまでもない。
ちなみに、これは後日談である。
「幽々子さま、幽々子さま、幽々子さまぁ~!」
広い白玉楼にやかましい声が響く。続けて、どたどたという足音と共に障子が引き開けられ、妖夢が姿を現した。
「もぉう。うるさいわねぇ。どうしたのよぉ」
一人、卓についてお茶をすすっていた幽々子はけたたましい登場をしてくれた妖夢の方を見て。
きょとんとなった。
「こっ、こっ、これぇ!」
「……あらぁ」
「朝起きたら、何かよくわからないけどこんな風にぃ~!」
泣きそうな顔で、妖夢は自分の頭を指さした。
そこには、ぴょこんと生えたねこのみみ。ついでにお尻からはしっぽが伸びて、ふりふりと動いている。
「妖夢」
「ど、どうしましょう。私、何かにとりつかれたんでしょうか。ふぇぇぇぇん、怖いですよぉぉぉぉ」
「……妖夢」
泣きついてくる妖夢に。
幽々子は、至極真面目な顔で言った。
「……かわいい」
「……にゃん?」
「『にゃん』ですって! きゃあ~! かわいい~!」
「えっ!? い、いや、これは……にゃん……って、違うっ!?」
妖夢の口癖(?)といえば『みょん』である。
いつも通り、それが口をついて出てこようとしたその時、なぜか、表に出てきた言葉は『にゃん』。幽々子が、ぐわばぁっ、と妖夢を抱きしめて歓声を上げた。
「かわいい、かわいい、かわいい~! ねこちゃんようむ~!」
「むぎゅう……く、苦しいですぅ……」
「ねぇ、どうしたの? 何でそんな風になってるの? 教えて教えて~」
「そ、そんなこと言われてもぉ……」
「あ~ん、もう! こんなにかわいい妖夢なんて、最高すぎるわぁ~!」
ダメだ、と妖夢は悟った。
この人に、何を言おうとも。全てが無駄になると。
「よし決定! これから、幻想郷に出かけましょう」
「にゃんっ!?」
「かわいい妖夢をみんなに見てもらうのよぉ!」
「いっ、いやですぅぅぅぅっ! お願いですからそれだけはご勘弁をぉぉぉぉぉっ!」
「ダメ」
「笑顔で否定しないでぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ああ、哀れなるかな、魂魄の庭師よ。
君の犠牲は、未来永劫、幻想郷に語り継がれるであろう――。
ずるずると、幽々子によって引きずられていく妖夢の背中を見て。
「ちょっとやりすぎたかしら?」
よくわからないモノローグを流していたスキマ妖怪は、『まぁ、いいか』と笑って肩をすくめた。
「ねぇ、幽々子~。どうしたの~」
そして当然、この事態をもっと面白いものにするために。もっともっと、状況を引っかき回すために、彼女の後ろ姿に声をかけるのだった。
「あらぁ、紫ぃ。あのねあのねぇ、ねこちゃんようむ~」
「まあ、かわいい。妖夢、似合ってるわよ~」
「お願いですから許してぇぇぇぇぇっ!」
「ほら、妖夢ぅ。『にゃん』はどうしたのぉ? ねぇねぇ~」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
完
少なくとも、その時点までは。
「ふぁ~……」
だらしなくあくびをしながら、洗面所の前にやってくる少女が一人。
何だか、妙によれよれの衣服を身にまとい、眠そうに目をしょぼしょぼさせながら、がりがりと頭をかきむしるその様は、とてもではないが、素材がよくても「美少女」とは言えない感じがある。
「ああ~……眠たい……。また寝たい……」
情けないことを言いながら、冷たい水に顔を浸す。
それで何とか眠気を吹き飛ばし、さっと石けん片手に顔の汚れを落とすと、何とか見栄えのする顔が現れる。
金髪碧眼。
どこからどう見ても美少女である。
と言うか、人間、たった一つの行為を経ればここまで見た目が変わるものだろうかと驚くほどだ。
「けど、研究熱心ってのも考え物だぜ」
自分で自分のことをほめながら、歯ブラシを取り出す。
昨夜は一晩中、研究に明け暮れていたのだ。何の研究かと言われたら、もちろん、魔法の研究である。彼女は人一倍努力家だ。才能に裏打ちされた実力を持っているどこぞの紅白の巫女とは違って、強くなるには自力で自分の殻を破るしかないのだから。
「まぁ、それでも、いい結果が出たら嬉しいもんだよな」
さあ、今日は、昨日の研究成果を試すぞ、とにこにこ笑顔。
なお、服装が普段の黒白の衣装なのは、もちろん、その服のままずーっと研究をして夜明かしをしたためである。そのため、何か妙に臭う。年頃の女の子としてはあってはならないことなのだが、この少女にとっては、自分よりも何よりも、まずは研究成果の実践、らしかった。
「さあ、今日も一日――」
――と、そこで。
ようやく、彼女はそれに気がついた。
「……」
歯ブラシをくわえ、鏡を見ながら、しばし沈黙。
「……あ、あっはっは。いやいや、まだ寝ぼけてるのかな」
ダメだな~、とぼやきながら、口の中の歯磨き粉を吐き出して、もう一回冷たい水で顔をすすぐ。
徹底的に、念入りに、何度も何度も水を顔にぶっかけて、前髪も服もびしょびしょになるくらいにまで水を浴びてから、彼女は改めて鏡を見つめてみた。
「……いかん。私は目が悪くなったらしい」
メガネはどこにやったかな、と洗面所から室内へとって返す。
ものの研究というものは、往々にして、凄まじい時間と労力が必要となる。当然、その間、ものを見つめていなければならない瞳というのは人体において、何よりも酷使される部位だ。無論、そんなことをしていては目が悪くなってしまうと、最近、彼女――霧雨魔理沙は、知り合いのとある魔女からメガネを借りていた。彼女にあわせて度が設定されているため、それをかけると普段よりも目の疲れがずっとマシになるため、近頃はよく愛用しているのだ。
それを装着して、『メガネ魔法少女』という、その手の人にアピールしまくりの格好となった彼女は、もう一度、改めて鏡の中を見つめた。
――結果、変化なし。
「な……」
マジで絶叫する五秒前。
「なっ……!」
五、四、三、二、一。
「何だこりゃぁぁぁぁぁぁぁーっ!?」
零。
その日、魔法の森に、この世のものとは思えない悲鳴が響き渡ったのだった。
「……まずいわね。少し寝坊してしまったわ」
それより少しだけ、時はさかのぼる。
ベッドの上に身を起こしたのは、銀髪の女。鋭い面持ちと冷たい瞳が印象的な彼女であるが、ひどく若い。その立場を与えられる人間としては場違いなほどに。
「ああ、もう。時計が止まっていたのね」
傍らに置かれている時計は、針が十二の数字を過ぎたところで止まっていた。
昨晩、眠りについたのは、普段よりもずっと早かった。と言うのも、彼女には扱うことの出来るもの達がたくさんいるからであり、先日の場合、そちらに任せる仕事が圧倒的に多く、彼女自身が担当する仕事が少なかったからである。
久々にゆっくり休めると、喜び勇んでベッドの中に入り、目を覚ましてみればこの失態だ。己の愚かさにため息すら出てこない。
しかし、ここでこうしていても始まらない。
彼女は早速、朝の支度に取りかかることにした。普段、使用している懐中時計に視線をやれば、現在の時刻は午前の五時を少し回ったくらい。普段より一時間以上も起床が遅い。
「困ったわね」
そう言いながらも、困った様子などまるで見せない。
寝間着を脱いで丁寧に折りたたみ、普段身につけている衣装――メイド服に袖を通す。そして、自分の、ある意味では生命線とも言えるナイフも確認してそれをホルダーの中に落としてから、部屋とは間続きになっている洗面所に向かい、そこで朝の身だしなみを確認――するところで。
「……え?」
彼女はそれに気がついた。
「……えっと……」
しばし、呆然とする。
バカな。
まずは疑うべきは己の目だ。
寝起きで目が悪くなっているのかもしれないと思い、目をこすったりマッサージをしたりして、改めて鏡を見るのだが、やはりそれはその場にあった。
どれほど否定しても覆しようがない。
がばっ、と鏡にとりついて、まじまじとそれを見つめる。
「嘘……何これ……」
半ば以上、彼女はあっけにとられていた。
そう、ある意味では、彼女は非常に大きなダメージを受けてしまったのだ。容赦なく。徹底的に。
そうであるから、彼女は基本的なことすら忘れていた。
「咲夜さ~ん。おはようございまーす」
脳天気な声と一緒に、がちゃっとドアが引き開けられ。
その人物が、ここに入ってくることを許してしまったのだ。
「なっ……!」
十六夜咲夜、一生の不覚。
この時、彼女は確実にそれを胸中で悔いたという。
「何だこれ!? どうなってるんだ!?」
魔理沙は一人、鏡の前から動けずにいた。
彼女という人間を外見的に表現するのなら、まず目立つのは、黒と白の衣装である。それが彼女のトレードマークとなっているほどに、その服は彼女にフィットし、彼女という人間を形作る決定的な『要素』となっている。
それ以外を挙げるとするなら、見事なまでの金髪と、美しい瞳の色。そして、小柄な顔に愛らしさの残る雰囲気。つまりはどれをとっても美少女と言うことなのだが、今の彼女には、普段の彼女にはないものがあった。
「……」
恐る恐る、それに触れてみる。
「ひゃっ」
びくっ、と体がすくみ上がった。
思ったよりも敏感だったのだ。最初はやわやわと、ゆるゆると、それの表面をなでていく。
「あ……やっぱり大きい……」
ごくりと喉が鳴る。
そうして、ぎゅっとそれを握ってみると、途端、ものすごい刺激が体を貫いていった。
それは、たとえるならば一種の快感だろう。容赦ない刺激は全身を冒し、どうしようもないくらいに意識の中に入り込んでくる。
もう一度、彼女は喉を鳴らす。
「嘘……どうして……」
彼女はじっと、鏡を見つめる。
あり得ない。こんなの。
私は何者だ? 私は人間だ。人間の女だ。こんなものがあるはずがない。
「……だが……」
これは、事実。
否定することの出来ない、抗うことの出来ない真実。
――だからこそ。
魔理沙は即座に部屋の中にとって返し、着替えることも忘れたまま、箒にまたがって一直線に飛んでいった。
普段通りに、スカートをなびかせて。
帽子で頭を押さえて。
ひょこんと飛び出たうさみみを隠しながら。
咲夜は時間を操ることが出来る。
これを端的に言うと、『ドドドドドドド』という擬音が聞こえてきそうなのでそれはさておくが、ともあれ、彼女は時間を操ることが出来る。それによって時間を止めて対象に攻撃する、ということが彼女の得意技なのだが。
「う……あ……」
しかし、今の彼女の周りの時間は別の意味で止まっていた。
もう本当に、色んな意味で止まっていた。
「……」
目の前に佇んでいるのは、この館の門番、紅美鈴。何で彼女がここにいるのかはわからないが、まぁ、誰かが自分を起こすように頼んだのだろう。一応、彼女と自分のつきあいは浅からぬものがあるのだから。もっとも、別の言い方をすれば、美鈴を『生け贄』にしたとも言い換えることが出来るのだが。
とりあえず、それはさておいて。
「咲夜……さん……それ……」
震える声で、美鈴が咲夜を指さす。
慌てて、咲夜はそれを隠した。彼女の目に触れないように、大慌てで。
しかし、もうすでに遅い。それは見られてしまった。もはや、隠したところでどうとでもなるものではないとわかっていたはずなのに。
彼女は己の愚かさを悔いた。ここでやるべきは、時間を止めて逃げ出すことだったのだ。
だが、もうすでに遅い。賽は投げられてしまった。
「か……」
「ちょっと美鈴! いつまで人の部屋にいるの! とっとと……!」
半ば、苛立ち紛れに叫ぶその声は。
「かわいい~!」
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!?」
美鈴に抱きつかれ、幻想郷トップクラスを誇る偉大なる峡谷の前に消失した。
「あ~ん、かわいいかわいい、かわいい~! 咲夜さん、かわいい~!」
「むぐっ! ふぐっ! むぐぐぅ~!」
これが男だったら、色んな意味で色んな血を流しているところだろうが、咲夜は女である。だから、女である美鈴に抱きつかれたところで、普段ならどうにでもあしらえるはずだった。
んが、しかし。
その巨大な殺戮兵器に顔を挟まれたままではどうしようもない。声が出せない。息が出来ない。っていうか、マジ窒息する。
「ふぅぅぅぅぐぅぅぅぅぅっ!」
その時の咲夜の力は、あの一千万パワーの超人に匹敵するほどだったと、後の人は述懐す。
全力で美鈴を引きはがし、即座にナイフかざして再度の突進を防ぎつつ、
「殺す気!?」
彼女は叫んだ。
「あ~ん。だってだって~。
咲夜さん、かわいいんですもの~」
なぜか妙にぶりっこしながら言う美鈴に、咲夜の顔が赤くなる。
「と、ともあれ! やかましいの! 少しは静かにしなさい!」
「そう言われても~」
美鈴の顔がとろけていた。
そりゃもう、原形をとどめないほどにとろけていた。
「わ、私はこれから忙しいんだから! いいわね! よけいなことしたら殺人ドールよ!」
「かわいい~!」
聞いちゃいない。
咲夜は、いつも頭を飾るヘッドドレスは身につけず、帽子をかぶった。普段なら、そんなものはかぶらない上に今の状況下ではそれを装着すると違和感がひどい。
しかし、それは隠さなくてはいけないものだった。っていうか、こんなものさらしたままで紅魔館の中を歩いたり、あまつさえレミリアの前に顔を出す事なんて出来ない。
「あとで私は出かけるからね!」
まだ『サクヤさん、かわいい~』と言い続けている美鈴に宣言して、咲夜は走り出した。
頭からいぬみみを。お尻からは犬のしっぽを生やしたままで。
『霊夢ーっ!!』
ほぼ同時に、二つの声が朝の博麗神社に響いたのは、それから少し後のことだった。
時刻にして、午前の八時。
「うるさい」
やってきた二人めがけて、いきなり針を投げつける楽園の素敵な巫女。彼女は箒を片手に神社の境内を掃除しながら、やってきた人物にうっとうしそうな視線を向けた。
「……」
そして、その視線が瞬時に凍った。
「げっ、咲夜! 何だよそれ!」
「あなたこそ! 何なのよ、それ!」
彼女たちはお互いを見て、お互いの異様な格好に気づき、ほぼ全く同じタイミングで同じような言葉を放った。
整理しよう。
魔理沙の頭には、うさみみが生えていた。見事にふさふさでかわいいうさぎさんの耳である。
対する咲夜の頭にはいぬみみが、お尻にはしっぽが生えていた。これはこれで徹底的に似合っている完全で瀟洒なわんこ。
「えーっと……ごめん。ちょっと」
神社の主――博麗霊夢は、竹箒をその場に置くと、そっと席を外した。
佇む二人の耳に『わはははははは!』という笑い声が響いてくる。二人そろって、顔をぴくぴくさせながら待つことしばし。
「で、どうしたの? それ」
ひとしきり笑って笑いのつぼから今の二人が外れたのか、すました顔で戻ってくる霊夢。
「ああ……まぁ……」
ぴきぴきとこめかみ引きつらせつつ、
「……朝起きたらこんな風になっていてね……」
二人は、一応、お互いの共通の事情を彼女に話した。
ふぅん、と話半分に聞いていた霊夢は、竹箒を拾い上げ、再び境内の掃除を始める。
「ちょっと。人の話を無視するの?」
「そうだ。それは人権侵害だぜ」
「意味が違う」
持っていた箒で魔理沙の頭をべしんとはたく。
「第一、そんな変な状況になって、何でうちにくるのよ」
至極もっともな発言である。
「……と、言われても」
「こういう訳のわからない異変が起きた時、真っ先に活動を開始するのがお前だろ?」
「人のことを冬眠から冷めた熊みたいに言うな」
キレのいいツッコミをびしばしと放ちながら、霊夢。
そして、彼女たちの方を、改めて見る。
「……しかし、見事なくらいの獣耳ね。咲夜さんの場合はしっぽもあるけど」
「……言わないで」
「それ、動くの?」
それに応えるためなのか、咲夜のお尻から生えたしっぽがぱたぱたと左右に揺れた。
なるほど、とうなずく霊夢。
「一つ聞いておくけど、私をからかうためのいたずら……じゃないわよね?」
「お前は、これがいたずらに見えるのか?」
と、魔理沙は自分の頭を霊夢に向ける。
向けられた彼女の頭をじっと見つめ、
「あんた、昨日、髪の毛洗ってないわね」
「んなことどうだっていいんだ!」
よけいなことを言う霊夢に魔理沙が叫ぶ。
そうして、霊夢は、魔理沙の頭から生えたうさみみをむぎゅっと掴んだ。びくんっ、と魔理沙が体を震わせる。
そして、
「あだだだだだぁぁっ!?」
ぎゅーっと霊夢がそれを引っ張る。魔理沙が悲鳴を上げ、彼女を手で払う。
「何するんだっ!」
「いや、ちゃんと根本から生えてるのかな、って。
ほら、耳が抜けるピンク色のうさぎがいるじゃない。N○VAうさぎだっけ」
何だそれ、とは誰もツッコミを入れなかった。
霊夢は、なぜかしたり顔で放ったそれに誰も反応しないのを見て、ちぇっ、と舌打ちする。
「……まぁ、それで、よ。
あなたなら、何か、こんな変なことが起きたのなら、勘を働かせているんじゃないかなと思って」
「霊夢は勘だけで事件を解決する天才だからな~」
「人をバカみたいに言わないで」
憮然として言葉を返す。
しかし、彼女が自分の勘を信じて物事に当たってきたというのはあながち間違いでもないため、それ以上の反論は出来ないようだった。と言うか、巫女の行く先にトラブルあり、という標語が作られるほど、彼女の行く先々で問題が起きて、それを適当に解決しながら進んだらトラブルの大本が横たわっていた、ということなのだが、あえてそれを言葉に出す必要はないだろう。
「全く。第一、何で私の所に来るかな。
そう言うことをやりそうな奴なんて、幻想郷広しと言えども、数人程度しか思いつかないでしょうが」
「数人……」
「数人……」
霊夢の一言に考えを巡らせる二人。頭の中に、次々と、知っている相手の顔が浮かんでは消えていき――、
『……あ』
そろって声を上げた。
「ほらね。答えが出たでしょうが。そんな妙なことをやりそうな奴なんて……」
そこで。
「ふ……ふふふ……」
「くっくっく……」
霊夢の言葉は途切れた。
不吉に、不敵に、そして、聞くものの背筋に冷や汗以外のものを流させる笑い声を上げる二人によって。
「そうかぁ……そうだよなぁ……」
「ええ……そうね……彼女がいたわね……くっくっく……」
「全くよぉぉぉぉ……やってくれたもんだぜぇぇぇぇ。この私たちに、こんないたずらをしてくれるなんてよぉぉぉぉぉ……仕返ししてやらなきゃ気が済まないぜぇ……」
「……あの、魔理沙? あんた、何かキャラが違わない?」
ドドドドドド、と擬音を響かせながら、妙に怖いことをつぶやく魔理沙に、霊夢が頬に汗を流しながらツッコミを入れる。
「よーっし! 行くぞ、咲夜! 目指すはマヨヒガだ!」
「ええ」
「くっくっく……待ってろよぉ……紫ぃ……。私のマスタースパークで塵にしてやるぜっ!」
「あら、何を言ってるのよ。それじゃ、私のナイフの出番がないじゃない。めった刺しにしてやらないと気が済まないわ」
「ああ、それじゃ、お前があいつをハリネズミにしたら、私が消し飛ばすってことで」
「その条件、飲んだ」
「……あんたら、何不穏当な会話してるのよ」
ある意味ではお子様禁止のセリフを口にして飛び立っていく二人。当然、霊夢の理知的かつ冷静なツッコミなど聞いてもらえない。
二人の復讐者の姿が、幻想郷の青空に吸い込まれて消えていく。
その段階になって、霊夢はふと、「あいつら、止めておけばよかったかな」とつぶやくのだが。まぁ、どうでもいいや、と境内の掃き掃除を再開するのだった。
「紫ぃーっ!」
マヨヒガに到着するなり、魔理沙がそのドアを蹴り飛ばした。
「なっ、何事だ!?」
ばたばたと足音響かせてやってくるのは、この家の主人の小間使い……もとい、式神の八雲藍。彼女は、背中に真っ赤に燃える炎を背負った魔理沙と咲夜を見て、ずざっ、と音を立てて身を引いた。
「なっ……!?」
「ああ、藍じゃないか。ちょうどいい、あのスキマはどこにいる?」
「教えてくれたら、あなたに素敵なプレゼントをしてあげるわ」
くすくすくす、と唇つり上げて笑う咲夜。怖い。かなり怖い。幼い子供が見たらショックで泣き出した上にトラウマになること請け合いである。
「ゆ、紫さまが何か……? っていうか、お前達、何だ、その頭……」
「だから紫に用がある!」
びしぃ! と、器用に頭に生えたうさみみで藍を指さす(?)魔理沙。
あまりと言えばあまりの迫力に、再び藍が後ろに足を引いた。
「そうよ。さっさとあいつを出しなさい」
たれたいぬみみのおかげで、幾分、迫力が減殺されているとはいえ、ナイフ構えてささやくように言葉を口にする咲夜の雰囲気は、まさに完全で瀟洒な殺戮者である。
「いや……そう言われても……」
「いないのか?」
「いることはいるんだが……」
「それじゃ、案内しなさい」
「いや、しかし、ついさっき、寝付かれたばかりだから、何を言っても起きないと……」
「いいんだよ。起こすから」
魔理沙のその一言に、藍は悟った。
ああ、こいつらに何を言っても無駄だ、と。と言うか、これ以上、彼女たちをここに引き留めていては己の命が危ないと。
彼女は、『こっちだ』と恐る恐る、身を引きながら彼女たちを屋敷の中に案内する。橙が留守でよかった、と内心ではほっと胸をなで下ろしながら。
「この向こうなのね?」
「あ、ああ……。あの、屋敷のものを壊すのはやめてくれよ? 一応、こういうの、そろえるのって結構大変……」
「紫ぃーっ! 覚悟しろぉーっ!」
すがるような藍の言葉などどこへやら。魔理沙は蹴り一発で襖を粉砕し、部屋の中に踏み込んでいく。ああ~、と情けない声を上げる藍が、妙に寂しそうではあった。
部屋の中では、一人のスキマ妖怪が幸せそうにすやすやと寝息を立てていた。部屋のど真ん中に布団を敷いて、いいご身分である。
「起きろ、こら!」
げしげしげし、とスタンピングの嵐を降らせる魔理沙。
「起きなさい、このスキマ!」
べしべしと、メイド秘奥義往復びんたを食らわせる咲夜。
しかし、ここまでされても紫は起きる気配もなかった。ちっ、と二人が舌打ちする。
「……どうする?」
「とりあえず、この段階で、もう容疑者確定だから吹き飛ばしてしまうと言うのも手の一つではあるわね」
「ああ、そりゃいいな。めんどくさいから……」
「わーっ! やめろーっ! 家を壊すなー!」
藍が後ろから魔理沙を止めに入る。と言うか、主人ではなく家の心配をしている辺りに彼女の普段の気苦労が見て取れて、思わず涙を誘う光景だった。
魔理沙は、めんどくさそうに、厄介そうに眉をひそめながらも、泣きながら自分にすがりついてくる藍を見ると、さすがに何も出来ないのか、振り上げていた手を下ろす。
どうする? と視線で咲夜にコンタクト。咲夜は、任せてちょうだい、とうなずいた。
「うふふ……。寝起きの悪い子を起こすには、これが一番よ」
すっ、とどこからともなく取り出されるのは。
「メイド秘奥義!」
宣言と同時に、彼女は。
「受けなさいっ!」
どこかから取り出した銅鑼を、ごわ~ん、と紫の耳元で思いっきり叩いた。
「っきゃぁぁぁぁぁぁぁ~!」
その壮絶な音と言ったら。
マヨヒガどころか幻想郷中に響くのではないかと思われる轟音に、さしものスキマ妖怪も屈服した。魔理沙も藍も、耳を押さえて、その残響の攻撃に必死で耐えている。うさみみがぷるぷるしてるのが妙にかわいかった。
「あ……頭が……耳が……。な、何なの!? 何が起きたの!? 宇宙が落ちてきたの!?」
「はい、おはよう」
何であれほどの轟音を立てておきながら平気なのかわからないが、にっこりと笑う咲夜。取り乱していた紫は彼女を見て、きょとんとなった。
「……あら。おはよう」
「うふふふ」
すぽっ、と耳から耳栓を引き抜く彼女。ご丁寧に、いぬみみの分も用意してあったらしい。いつ詰めたのかは謎だが。
「あ~……うあ~……」
ぴくぴくしていた魔理沙も、何とか意識を回復し、ふらつきながら紫に詰め寄る。
「紫」
「なぁに? っていうか、人の睡眠を妨害するなんて、あなた達、万死に値するわよ」
寝起きというのは、誰でも、得てして機嫌が悪くなる。ジト目でにらみつけてくる紫というのはかなりの迫力があったが、今の魔理沙達にはそんなものは関係なかった。
「素直に白状しろ。お前だな?」
「何が?」
「これだよ!」
と、指さすのは、自分の頭の上に生えたうさみみ。ついでに咲夜は「これもね」と自分のいぬみみとしっぽを指さす。
「あら、かわいい」
「そうじゃなくてだな!」
間抜けでずれた発言をする紫に、魔理沙は畳を踏み抜かんばかりの勢いで足を踏みならし、
「お前がやったんだろ! どうせ、『普通の耳と獣耳の境界』とか訳のわからんもんいじくり回して!」
「……?」
「幻想郷において、こういう訳のわからない事件を起こすのは、大抵あなたと相場が決まっているわ。さあ、白状しなさい、紫。今なら、ナイフは万本で許してあげる」
すました口調ながら、怖いことをさらりと言う咲夜に。
ふっ、と紫は笑った。
そのまま、くっくっく、と含み笑いを漏らしながら、ゆらりと立ち上がり、唐突に、ばさぁっ、と布団をはねのける。当人は『マントを翻す黒幕』というのをやりたいのだろうが、かなり間抜けな光景だ。
「ほーっほっほっほ! そうねぇ、知られてしまったのなら仕方がない! このまま、この私の力で、あなた達を本物のうさちゃんとわんこにしてあげるしかないようね!」
「何ぃ! やっぱりか!」
「覚悟しなさい! このスキマ!」
一触即発の空気が漂っていく。ぴんと張りつめた気配の中、魔理沙と咲夜が戦闘態勢を取り、紫は傲然とその場に腕組みして佇み、藍はおろおろとあたふたする。
その気配を打ち破ったのは――、
「……と、やりたいところだけど」
意外なことに、その空気を作り出した人物だった。
「何の事よ?」
「……は?」
「いや、あなたでしょう? これをやったのは」
「冗談を言わないでちょうだい。私は、そんなことをやっている暇はないの。これからおねんねしないといけないのに」
最初は、紫が嘘をついているのかとも思ったのだが、違う。この女が嘘をつくときは、こんな言葉でこちらを騙そうとはしない。それに、彼女の瞳は、『そんなはずないでしょ』と雄弁に物語っている。
魔理沙と咲夜が困惑し、お互いの顔を見つめた。心なしか、へにょっ、と頭から生えた耳も垂れ下がっている。
「第一、私がそんなことをしたのならこんなところで寝ているはずがないじゃない。こっそり隠れて眺めつつ、陰でにやにやしてるわよ」
「……うわ」
「……確かに」
自分というものを十分に理解している発言だった。さすがにそれに関しては否定が出来ず、顔を引きつらせる二人。
「じ、じゃあ、一体誰が……」
「さあねぇ?」
「直せないの? あなたなら……」
「残念ながら。こちらの力の干渉を弾いているような節もあるし。
まぁ、漂うのは、かなり強烈な魔力だから……一種の呪いか何かじゃないの?」
「呪い……」
「……霊夢?」
「神社で生活している、神に仕えるものが呪いなんて使ってどうするのよ」
あの子ならやりかねないけど、と付け加えるのは忘れない。
じゃあ、誰が、と。
二人の視線が絡み合い――やがて、そんなことが出来そうな人物の顔が浮かんでいく。
「……まさか」
「……魔法……」
「使い……」
そう。
この耳から『魔力』が感じられるというのなら。少なからず、魔法的な何かがここに干渉していると考えるのが当然である。そして、この幻想郷で、そんな訳のわからない――だが、強力な魔法を使えそうな魔法使いには、二人には、たったの二人しか心当たりがない。
すなわち。
「アリスかっ……!」
「パチュリー様……!」
その二人である。
「よ、よし! とりあえず、行くぞ! 咲夜!」
「そ、そうね! まずは紅魔館――パチュリー様の所よ!」
「応!」
と、駆け出そうとして。
『ぶっ!?』
ばんっ、と何かに激突して、二人はくぐもった悲鳴を上げた。そのまま、突進した勢いそのままに弾かれて畳の上にごろごろと転がってしまう。
「待ちなさい。あなた達、人の睡眠を邪魔しておいて、何のお詫びもなしに出て行けると思っているの?」
「わ、悪かった、紫。今度、森で採れたキノコを持ってきてやるから。虹色に輝く不思議なキノコなんだ、レアものだぞ」
「食べられないでしょうが。思いっきり。んな怪しいもの」
「ご、ごめんなさいね、紫。今度、紅魔館特製のワインを持ってくるから許してちょうだい」
「この前、発酵した酢を押し付けてくれたから信用度零」
じりじりと詰め寄ってくる紫に、二人は一歩、また一歩と後ずさっていく。
「まぁ……ちょうどいいわねぇ」
「な……」
「……何が?」
「今、私、お腹が空いてるのよ。うふふふ……。生きのいい人間が二人……」
舌なめずりする紫。目がやばい。
完全に、今の彼女は捕食者になっていた。やばい、どうする、逃げないと殺されるぞ、的な視線を絡め合う二人に。
「いただきまーす」
紫が襲いかかった。
なお、あまりにも凄惨な光景のため、それをここで描写することは出来ない。しかし、辛うじて音声のみならば、諸君に伝えることも可能である。
「あら、この耳って……」「やっ……ちょっ……それ……」「うふふ……これもまた……」「あっ……ああっ……」「美味しいわねぇ。うふふふ」「やぁんっ……んっ……」「あなた達、本当に……」「きゃうっ、あんっ」――。
以上。
「……こ、紅魔館まで……片道……どれくらいだったっけ……」
「さ、三時間くらい……のはずよ……。こっ、腰が……」
体がくがくになった二人が解放されたのは、それからおよそ二時間ほど後のことだった。妙に着衣が乱れ、ずたぼろの状態だが、気にしてはいけないことである。
「あ、あの野郎……不死身か……?」
「ま、まさか、あそこまで徹底されるとは思わなかったわ……。うぅ……お尻が痛い……」
「……お前も大変だったよな……」
「……魔理沙。今度、飲みましょう……一緒に……」
空を飛びながら、しくしく泣く少女(約一名には『?』がつくが、それはさておく)が二人。どこかから飛んできたリリーホワイトが『春は必ずやってきますよ~』とぽふぽふ肩を叩いて慰めてくれたが、それがまたむなしかった。
ともあれ、二人は空を飛び続け、湖を越えて紅魔館へとやってくる。
「はぁ……。長かった……」
「……そうね」
何だか、だいぶ気力が萎えているようだが、自分に訳のわからないことをした犯人達をとっちめるためだ、と気合いを入れ直して、館の大扉を開く。
その瞬間。
「咲夜さ~ん!」
「め、美鈴ーっ!?」
「かわいーっ!」
そこで、ずーっと、咲夜が帰ってくるのを待っていたのだろう。飛び出してきた美鈴に咲夜がとっ捕まった。
「やぁっ……ちょっ……!」
「あぁ~ん、もう。かわいくてかわいくてかわいくて~!」
「は、離しなさっ……あんっ……! ちょっ……しっぽなでないでぇ……」
「……咲夜。お前のことは忘れない」
「こらーっ! 逃げるなーっ! 何とかしてよーっ!」
まぁ、確かに、今の咲夜は――無論、魔理沙も――ある意味ではクリティカルな存在である。その攻撃で致命傷を受けたもの達は理性を破壊され、己の衝動の赴くままに行動してしまうことだろう。この、門番のように。
だが、だからといって、それを容認できるものではない。
「カメラよ! カメラを持ってきなさい!」
「美鈴さま、次、私に触らせてください!」
「メイド長、首輪も用意してみました!」
わらわらと、どこに隠れていたのか、殺到するメイド達。それを前に、咲夜はその時、本当の意味での恐怖を覚えたという。
「いやぁぁぁぁぁっ! 誰か助けてぇぇぇぇぇっ!」
絶叫する彼女に。
ああ、もうどうでもいいや、と思いながら、魔理沙がマスタースパーク食らわした。
爆心地を中心に世界が揺らぎ、美鈴含め、メイド達が根こそぎ吹っ飛ばされる。
「よう。大丈夫か?」
「……覚えてなさいよ」
「だって、全員に効率よくダメージを与えるったらこれしかなくてな」
破壊的な威力を誇る一撃のターゲットにされた咲夜は、全身真っ黒焦げになりながら、じろりと魔理沙をにらむ。もちろん、魔理沙はそれを意に介さず、「行くぜ」とさっさと飛んでいってしまった。
仕方なく、咲夜もその後を追う。
広い紅魔館の中を跳び続け、今回の一件の容疑者が確実にいると思われる一角――ヴワル図書館へとやってくる二人。図書館の扉を開き、中へ。
「しかし、普段はここに来るのに歓迎を受けるって言うのにそれがないのはな。何か不思議な気分だぜ」
「あなたが真っ当な手続きを踏んでくればいいだけの話よ」
飛びながら、パチュリーを探しながら、他愛もない会話を交わす。
やがて程なくして、二人の視線が容疑者の姿を捉えた。しかも、幸運なことに。
「あっ、来た」
「そろそろ感づかれる頃だと思っていたけれど、案外、早かったわね」
なぜか、アリスも一緒だった。
二人してテーブルを囲み、優雅にティータイムなどしながらこちらを出迎えてくれたのだ。さすがに、これには少々、面食らってしまう。
だが、二人にはやらなければならないことがある。こほん、と咳払いをして、微妙な雰囲気を払拭しつつ、
「なぁ、アリス。パチュリー。ちょっと聞きたいんだが」
「それ? 結構、意外よね」
「ええ。術式を適当に組んだら簡単に発動したんだもの。世の中、不可思議なことばっかりよね」
『やっぱりお前らの仕業かよ!』
魔理沙はともかくとして、咲夜も全く同じ事を叫ぶ。
「何だってこんな事したんだよ!」
「そうですよ、パチュリー様! 冗談が過ぎます!」
「だって」
「ねえ?」
『面白そうだったし?』
声をそろえて、全くおんなじ事を言う二人。
うあ、と魔理沙と咲夜も呻くしかなかった。
「それに、ほら。魔理沙ってさ、結構、寂しがり……っていうか、強がっているところがあるじゃない? うさぎが似合うんじゃないかなー、って」
「咲夜。今年は戌年よ。あなたは犬っぽいと言われていたのだからちょうどいいじゃない」
ねぇ、と。
二人は、『感謝されこそすれ、悪いことなんてした覚えはない』と言わんばかりに言い放ってくれた。
「それに、こういう変身魔法はレベルが高い魔法なのよ」
「こういう研究を経て、私たちの技術は、また一歩、高い段階に近づいていくの」
「ああ、ちょうどいいわ。アリス、別の魔法も試してみましょうか」
「そうね。魔理沙、悪いんだけど実験台になってね。
今度の魔法はすごいわよー」
「そうそう。何がすごいかっていうと、人生が変わるくらいだから」
それじゃ、早速、と。
二人が何やら妖しい儀式の用意をし始めようとしたところで。
魔理沙の、何やら色々とこらえておかなければならないものがぷちっと切れた。
「なあ、二人とも」
「なぁに?」
「反射魔法、っていうのの特訓をしてみたくないか?」
「反射魔法……面白いわね。私たちの戦いは、基本的に射撃がメインだから。相手の攻撃を跳ね返せる魔法が編み出せれば、より一層、こちらの攻撃を相手に届けやすくなるわ」
「面白いかもしれないわね、パチュリー」
「いやぁ、そっかそっか。そんならさ、私が魔法を放つよ。それでさ、お前らがそれを受け止めて、跳ね返してみてくれ」
『……え?』
「いっくぞー♪」
ばちばちばち、という轟音と共に彼女の両手の間に破壊的な威力を持った光が収束していく。それを見て、アリスもパチュリーも顔色を真っ青なものに変えた。
「ち、ちょっと、魔理沙!?」
「あなた、それって、マスター……!」
「必殺ぅ♪」
「ちょっと、咲夜! 見てないで何とか……って……咲夜? 咲夜ー!?」
「いやー! 咲夜さーん! 見捨てないでー!」
「マスタースパークぅ♪」
「私は何も見てない、聞いてない」
「あれ? 咲夜さま、どうなさいました?」
恐怖渦巻く一角を離れ、一人、本棚を眺めていた咲夜の元に司書の小悪魔がやってきた。彼女の手の上にはティーカップの載ったトレイがある。
「その耳にしっぽ……」
「ああ……これは……」
「かわいいですね。お似合いですよ」
屈託なく笑う彼女には、さすがにナイフを突き刺すことは出来なかった。と言うか、この紅魔館のもの達全てが彼女のように邪気のない笑みを浮かべることが出来たら、どれほど幸せだろうかと思えるほどだ。
やや程なくして。
「へっ……?」
ずどぉぉぉぉぉぉん……、という腹に響く爆音が響いてきた。その威力たるや、巨大な紅魔館全域がぐらぐらと揺れるほど。
「な、何事ですか!? 天変地異ですか!? ハルマゲドンですか!? しっと団ですかっ!?」
「何よそれは……。まぁ、それはともあれとして。
片づけはしなくていいわ。パチュリー様達にやらせるから」
「へ……?」
一人、状況の理解できてない小悪魔の視線の向こうで。
もくもくと黒煙が上がり、どこかで聞いたことのある泣き声が響いてきたのだった。
もちろん、その後、パチュリーとアリスをとっちめて、よくわからない魔法は解除させた。ついでに、その魔法を構成するに至った魔法書などは全て処分し、この一件は終わりを告げたのである。なお、美鈴を始めとした『咲夜さんかわいい同盟』はその日のうちに解散させられたのは言うまでもない。
ちなみに、これは後日談である。
「幽々子さま、幽々子さま、幽々子さまぁ~!」
広い白玉楼にやかましい声が響く。続けて、どたどたという足音と共に障子が引き開けられ、妖夢が姿を現した。
「もぉう。うるさいわねぇ。どうしたのよぉ」
一人、卓についてお茶をすすっていた幽々子はけたたましい登場をしてくれた妖夢の方を見て。
きょとんとなった。
「こっ、こっ、これぇ!」
「……あらぁ」
「朝起きたら、何かよくわからないけどこんな風にぃ~!」
泣きそうな顔で、妖夢は自分の頭を指さした。
そこには、ぴょこんと生えたねこのみみ。ついでにお尻からはしっぽが伸びて、ふりふりと動いている。
「妖夢」
「ど、どうしましょう。私、何かにとりつかれたんでしょうか。ふぇぇぇぇん、怖いですよぉぉぉぉ」
「……妖夢」
泣きついてくる妖夢に。
幽々子は、至極真面目な顔で言った。
「……かわいい」
「……にゃん?」
「『にゃん』ですって! きゃあ~! かわいい~!」
「えっ!? い、いや、これは……にゃん……って、違うっ!?」
妖夢の口癖(?)といえば『みょん』である。
いつも通り、それが口をついて出てこようとしたその時、なぜか、表に出てきた言葉は『にゃん』。幽々子が、ぐわばぁっ、と妖夢を抱きしめて歓声を上げた。
「かわいい、かわいい、かわいい~! ねこちゃんようむ~!」
「むぎゅう……く、苦しいですぅ……」
「ねぇ、どうしたの? 何でそんな風になってるの? 教えて教えて~」
「そ、そんなこと言われてもぉ……」
「あ~ん、もう! こんなにかわいい妖夢なんて、最高すぎるわぁ~!」
ダメだ、と妖夢は悟った。
この人に、何を言おうとも。全てが無駄になると。
「よし決定! これから、幻想郷に出かけましょう」
「にゃんっ!?」
「かわいい妖夢をみんなに見てもらうのよぉ!」
「いっ、いやですぅぅぅぅっ! お願いですからそれだけはご勘弁をぉぉぉぉぉっ!」
「ダメ」
「笑顔で否定しないでぇぇぇぇぇぇぇっ!」
ああ、哀れなるかな、魂魄の庭師よ。
君の犠牲は、未来永劫、幻想郷に語り継がれるであろう――。
ずるずると、幽々子によって引きずられていく妖夢の背中を見て。
「ちょっとやりすぎたかしら?」
よくわからないモノローグを流していたスキマ妖怪は、『まぁ、いいか』と笑って肩をすくめた。
「ねぇ、幽々子~。どうしたの~」
そして当然、この事態をもっと面白いものにするために。もっともっと、状況を引っかき回すために、彼女の後ろ姿に声をかけるのだった。
「あらぁ、紫ぃ。あのねあのねぇ、ねこちゃんようむ~」
「まあ、かわいい。妖夢、似合ってるわよ~」
「お願いですから許してぇぇぇぇぇっ!」
「ほら、妖夢ぅ。『にゃん』はどうしたのぉ? ねぇねぇ~」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
完
だがしかし私も負けぬ。かくなる上は……
それからひとつ。
や h エ な。 お望みどおりお褒めいたしましょう!
ハ
エ
な
……っと。
でも「みょん→にゃん」とはお見事。
伏字になってないなってない。
h
エ
な
ところで何ゆえ子悪魔がしっと団の存在を知っていますか。
あの不死身の漢たちは幻想に成ってしまったのですか。
・・・まさか香霖のフンドシは・・・
め
か
な
しっと団よ幻想なれ…
@w@ノ
……はい俺ですすみません(自爆
あとはまあ、や h え なとかや よ か なとか。にゃん。
「冬眠から冷めた」は「冬眠から覚めた」じゃないですかね?
「音声のみ」のとこで悶えますた(ぇ
何か色々やべええええええええ
霊夢が耐え切れず笑った所で私もつられて笑ってしまったwww
本人達の前で爆笑しないように気を利かせたつもりだろうけど…
霊夢、思いっきり聞こえてたからアンタの笑い声w