「いやはや明けましておめでとうございます霊夢さん。早速ですがあなたの仕事ぶりの取材に伺いました」
幻想郷と顕界の境界に佇む博麗神社。境内では、霊夢さんがいつものように賽銭箱の前に腰掛けていた。紅白の衣装も、湯飲みを手にボンヤリしているのもいつもの通り。
「おめでとさん。でも、ひやかしはお断りよ」
「とんでもありません。年も明けた事ですし、ここに参拝客が訪れる事もあるのではと思ったのです。そしたら博麗神社の巫女としてのあなたの仕事ぶりを拝見出来るかな、と思った次第なのですが。来ますか? 参拝客」
「来ないわね」
そっけない。
「そうなんですか?」
「大体、参拝客があったかどうかなんて、見れば分かるじゃないの」
「……確かに」
霊夢さんが正面を指差す。
その指の向こうには、灰色の曇り空と、やや朽ちた赤い鳥居。鳥居からここ社殿へと続く参道には、真っ白な雪が広がっていた。夜が明ける前から降り出していたのだろう、私が朝起きた頃には、幻想郷は既に一面の銀世界へと様変わりしていたのだった。
あらためて敷地の中を見回す。
絨毯のように地面を覆う白い雪は、積もった時のままの姿を綺麗に保っており、足跡などはどこにも見当たらない。つまりはそういう事なのだろう。
「ま、まあ、今日参拝客がなくとも、元日……せめて三が日にはあったのでしょう?」
「来ないわね」
またそっけない。
「本当ですか?」
「こんな事で嘘をついてどうするのよ」
「……確かに」
「どんな記事を書きたかったのか知らないけれど、当てが外れて残念ね」
霊夢さんが手をひらひらとさせながら言った。
むう、この神社にはろくに参拝客が訪ねて来ない事は知ってはいたけれど、まさかここまで酷いとは。記事のネタを期待して来てみたのだけれど、霊夢さんの言う通り、当てが外れてしまった。
そのまま去っていくのもつまらないので、彼女の横に私も腰掛ける。
「私は普通に、あなたが神社の巫女らしく人間達と関わる仕事姿を記事にしてみたかったのですけどね」
「あら、それは殊勝な事ね。サクラでも呼んでおけば良かったかしら」
「それでは捏造になってしまいます。私は真実しか伝えませんから」
「頑張るわねぇ。何が楽しいのか知らないけれど」
気の無い言い草は相変わらずである。
ここで、ニュースを探し、集め、記事にしていくという行為がいかに楽しく充実した事であるかの講釈を垂れたとしても、馬の耳に念仏だろう。右の耳から左の耳だ。
私は手帳を取り出し、「博麗神社 ×」と書き込んだ。
「博麗神社も記事にするような事は無し。バツ、と」
「バツとか言われると何か嫌ね。その様子だと、何かネタを探しにあちこち飛び回ってる訳?」
「そうなんですけど、この寒い時期は人間も妖怪も静かで、何も記事にするような出来事が無いんですよ」
「平和でいいじゃない」
「それは確かにそうですけどね……」
何だか疲れてしまって、後ろの賽銭箱に寄り掛かった。
雨風に曝されながらも長年使い続けられて来たのだろう、木製の賽銭箱。細かな傷があちこちに刻まれている上に、全体として薄黒く汚れていて、木目模様がほとんど分からない。年季の入った賽銭箱だ。
けれど、手入れがきちんと行き届いているためか、まだまだ現役で活躍しているらしい。霊夢さんよりもずっと長きに渡って、ここ博麗神社から幻想郷を見守り続けているのだろう。年季の入ったその姿が、厳とした風格さえも漂わせている。
境内の掃き掃除をサボっている彼女の姿はよく見かけられても、賽銭箱をはじめとして、社殿の手入れはそれなりに成されているようだった。
もっとも、肝心の賽銭箱の中身はどうなのかと言うと、推して知るべし、なのだろうけれど。
「来ないものなんですかねぇ、参拝客。正月ともなれば初詣に行くのが人間達の習慣だと思うのですが」
「ここに参拝してもご利益が期待出来ないからじゃない?」
「自分で言いますかそんな事」
「ご利益なんて、参拝する側の心掛け次第。こちら側が宣伝するものでもないわ」
そっけなく言い放ち、湯飲みを口にする霊夢さん。まだ淹れたてなのか、ゆらゆらと湯気が立ち上っている。
目を閉じ、ずずず……と微かに音を立てながらお茶を啜るその仕草は、ともすれば背中の賽銭箱並に年季が入っている。何年こうしてお茶を啜っていたら、これほどまでに堂に入った所作が出来るものなのだろうか。年寄りくさいなどと言おうものなら即座に夢想封印の1つや2つ飛んで来るだろうが。
「でも、誰も来なくても参道の雪かき位はなさったらいかがですか? これからまだ、どなたかがいらっしゃるかも知れませんし。どうせ暇なのでしょう?」
「一言余計よ。まあ、雪かきをしておくのも悪くは無いけれど、ここに来る連中って、どいつもこいつも空を飛んで来る訳だからあんまり意味無いのよね」
「まあ、分かる気がします」
私の知る限り、普段ここに集まるのは殆どが妖怪だし、ごく一部の人間も、普通の人間からすれば規格外の連中ばかり。私もその、空を飛んで来る連中の一部だけれども。
よく考えれば、そんなところに普通の人間が参詣に訪れる訳が無いか。
「あ、そんな連中の代表が来たわ」
「あ、ホントですね」
曇った空を見上げると、ポツリと黒い点がひとつ。それが中空で緩やかな弧を描いてターンすると、みるみるうちに点が大きくなり、やがて白黒の衣装を身に纏った姿が鮮明になる。魔理沙さんだ。
「いよう霊夢。今日も暇してるか? お、そこにいるのは三流新聞記者じゃないか。いよいよ霊夢のだらけっぷりをスッパ抜こうってもくろみか?」
「三流とか言わないで下さい。これでも私は」
「はいはい分かった分かった。ってそんな事より私は今猛烈に寒いんだ。ちょっくら出涸らしのお茶をいただくぜー」
寒いぜ寒いぜ寒くて死ぬぜー、などと言い残し、勝手に社務所へと入って行く魔理沙さん。そりゃまあ、この寒空の中を、風を切って飛ばして来たのなら身体も冷えるでしょうに。
「相変わらず、嵐みたいな方ですね……」
「まあ、魔理沙だし」
もはや魔理沙さんは嵐の代名詞みたいになってしまっていた。まあ、妥当ではあると思う。
私は立ち上がって、スカートをはたいた。このまま長居をしていても、記事のネタが期待出来る訳でもない。
「それでは、私はもう行きますね」
「あら、そう。お疲れ様」
引き留めるでもなく、邪険に追い払うでもなく。
来る者拒まず去る者追わず。そんなスタンスが、多くの人妖を惹き付ける一つの要因である事は間違いない。もっとも、私の目の前で呑気にお茶を啜る彼女が、意識してそんなスタンスを取っているとは思わない。自然体なのだろう。
飛び立つ前に、霊夢さんの方を振り返る。
「時に霊夢さん。一つ伺ってもよろしいですか?」
「何かしら」
「この寒い中、肩と腋を露わにしたその格好は寒くないですか?」
「あんたこそ、この寒い中で短いスカート穿いてて脚寒くない?」
「…………」
「…………」
ひゅう、と一際冷たい風が私たちの間を通り過ぎていった。
霊夢さんのところもダメ、か。
博麗神社を離れ、どこへ向かうでもなく幻想郷の空をふらふらとさまよう私。何らかの記事が期待出来そうな所は大方回り終えてしまった。それでも、収穫はゼロ。
もちろん、ニュースになるような出来事が毎日都合よく起こる訳は無いから、こういう日は今までにもあった。そういう時は仕方なく新聞の発行を取りやめにしていたのだけれど、やはりむなしいものがある。
溜息をつきながら、天を仰ぐような格好で空を見上げる。
灰色の空のそこここに、白い点々が見えた。
「降って来ちゃいましたか、雪……」
間もなく、360度どこを見回しても白い結晶が視界に入るようになった。
地上は真っ白。降りしきる雪片も白。吐く息も白。ついでに手帳も真っ白。
気温はますます下がって来ている。
「ふ……、この程度の寒さで私の熱き記者魂を冷ませると思ったら大間違い。新聞記者としての私の情熱は、降る雪も万年雪も絶好調のチルノさんをも溶かすのです!」
ポーズをビシッとキメ、ババーン! と派手な効果音が鳴る。…………ただし脳内限定で。
本格的に冷え込んで来たので、さっさとポーズを解く。一人芝居もむなしいし。
というか、チルノさんを溶かしちゃいけないですね、はい。
ここ数日はチルノさんの姿は見かけていないけれど、氷精である彼女はやはりこの季節が一番好きなはず。今頃どこかで雪を楽しみながら我が世の冬を謳歌している事だろう。もしくは性懲りも無く大ガマに喰われているか。どのみち、彼女を見つけたところで記事になるようなものは無いと思う。
「はぁ、今日は記事なしですね……」
こういう時は諦めも肝心。今日のところは大人しく帰って、家でお酒でもやって温まるとしよう。
自分の庵へと向かう道中、ふと地上を見やると、雪の上にいくつかの人影が見えた。
「あれは……」
少しずつ近付いてみると、歓声が聞こえて来る。どうやら、人間の子供たちが雪合戦をしているところみたいだ。そう言えばこのあたりは、人間の里とほど近い場所だった気がする。
という事は、と思って、もう少し注意して見回してみると、やはりいた。子供たちの輪からやや離れて、見守るような位置で立つ、上白沢慧音さん。失礼ながら、ちょっと変わった帽子をしているから遠くから見てもすぐ分かる。
さらに地上に近付くと、慧音さんの方がこちらに気付いて、軽く手を挙げてくれた。
雪の上に着地すると、サクッと小気味良い音と感触。そう言えば今回の雪はまだ踏み締めてなかったっけ。
「あけましておめでとうございます、慧音さん」
「こちらこそおめでとう」
「今年も、何かの折には取材に伺いますのでよろしくお願いしますね」
「はは、今年も良い記事が書ける事を期待しているよ」
慧音さんは、私の新聞を定期購読してくれている数少ないお得意様の一人だ。
新聞を読むという行為は、やはり知識人にとっては必須事項なのだろう。そういう意味で私は、数ある天狗たちの新聞の中で慧音さんが私の『文々。新聞』を読んで下さっている事を嬉しく、そして誇りに思っている。
「……ご期待に添えたいところなのですが、さっそく明日の新聞が休刊になりそうです」
「ほう、そうなのか」
「あちこち回ってはいるのですが、特に記事にするような出来事は無かったので……」
「まあ、つまりは平和という事だから、悪くは無い」
「先ほど、霊夢さんにも同じような事を言われました」
「ほう、巫女のところか。相変わらず暇してたろう?」
「ご明察です。今のところ、新年の参拝客はゼロだそうです」
「ははは、それはお気の毒様だ」
二人して笑う。霊夢さんには悪いが。
「まあ……、特に事件も無く、博麗の巫女が暇をしている。幻想郷がこうして平穏無事でいてくれるのならば、私はそれをありがたく受け止めるよ」
「そうですね……」
私は今まで、人間を愛する慧音さんにとっては辛い出来事――例えば、秋の山菜採りに出掛けた里の人が妖怪に襲われ命を落とした事――などをも、記事にして来ている。
霊夢さんがその妖怪を退治した事で、事件は既に終わりを迎えている。けれど、犠牲者が帰って来る訳でもない。その霊夢さんの記事を慧音さんに届けた時の、安堵とやるせなさが入り混じったような彼女の表情は、今でもはっきりと憶えている。
そんな慧音さんを知っているから、「平穏無事」という彼女の言葉が、より重く私にのしかかった。
「ところで、記事が無いと言うのなら、この雪の事でも書いたらどうだ?」
「雪、ですか?」
私たちはそろって空を見上げた。降る雪はいつの間にか密度が増している。もうひと積もりしそうな勢いだった。手をかざすと、容易にその雪片に触れる事が出来る。
「山の方では前から雪は積もっていたが、平地ではこれがこの冬の初雪だろう? 記事にもなると思うんだが」
「そうですねぇ……」
「先日の、1月5日は小寒で、冬の寒さが増してくる頃を意味する。そんな頃に降る初雪なんて、まさにおあつらえ向きだと思うよ、私は」
小寒……確か二十四節気のひとつだったっけ。知識としては私も持ち合わせてはいるけれど、日常会話の中でさらりとそういう言葉が出るあたりは、さすがは知識人だと思う。
「この国は、季節が移り変わるにつれて、自然が様々な表情を見せてくれる。
気まぐれに吹く暖かい南風が春の訪れを告げ、
草原に立ちのぼる草いきれに夏のにおいを見つけ、
日暮れの早まる事で秋の近さに気付き、
木枯らしの合間のふとした静寂に冬の到来を感じ、
そして、木々が芽吹いて山が色を帯びる事で、また春の足音を知る。
何かの事件が起きた時、それを伝えるのももちろん大事だけれども、こういった季節の機微に目を凝らし、耳を澄ませ、そして掬い取って人々に伝える事も、同じく新聞記事として大事だと思うよ」
遠くを見つめるような表情で、慧音さんは言った。
彼女の言う事はもっともだった。ただ、それは簡単ではないな、とも思う。
何らかの事件であれば、発生した出来事について取材し、それによって得られた事実を記事として組み立てていけば良い。実際にはそう単純なものではないけれど、大まかには言えばそうなる。
対して、季節が織り成す自然の表情というものは、常に私たちの身の回りに溢れている。あとは、私たちがそれを受け取れるかどうかにかかっている。
私には、それを感じ取れるだけの感受性があるのだろうか。
辺りを見回してみる。
足元の平地から遠くの山々まで、雪は見事に全てを真っ白に埋め尽くしている。雪はそれでも降り続け、まだまだ物足りないとでも言うかのようだった。
耳を澄ましてみる。
すると、しんしんと降る雪の音……ではなくて、子供たちの歓声が聞こえてきた。どうやら、彼らの事は今の今まで意識の外に追いやられていたみたいだった。
「まあ、そんなに難しい顔をする事もない。どうだろう、例えばこの子供たちの様子を記事にしてみるのは」
いつの間にそんな顔をしていたのだろうか。考え込んでしまっていたみたいだ。
「彼らを、ですか?」
「ああ。みんなも喜ぶと思うよ」
「そりゃまあ、雪が降って雪合戦というのも、冬の風物詩だと思いますけど」
気が進まない訳ではないけれど、どう記事にすれば良いものか、少々悩む。
彼らの雪合戦の様子をあらためて見てみると、男の子だけではなく、女の子も何人か参加している。10歳位であれば、身体能力に大きな差は無いから大丈夫なのかも知れない。
試合の様子をよく観察してみると、単なる雪玉のぶつけ合いではなくて、旗の取り合いのようだ。2つのチームに分かれて、相手の陣地に立てられた旗を先に奪取するか、もしくは雪玉を相手チームのメンバーにぶつけてより多くの敵を退場させた側が勝ちとなるやつだろう。
果敢に攻めるか、相手を迎え撃つか。身体を動かしつつ、知略をも必要とする楽しい遊びだ。
どうやら、既に互いのチームは何人も退場者を出していて、試合は佳境に入っているようだった。右側のチームが残り3人、左側のチームが残り2人。
――右側のチームの子が2人、同時に自陣を飛び出す。
対する相手チームはそれを雪玉で迎撃するが、そこに右側のチームから援護射撃が飛んで来る。おかげで飛び出した子への迎撃が思うようにいかない。おまけに、走り込んで来ているのは2人。
その片方の子は、雪玉の集中砲火を浴びて撃沈。
しかしもう片方の子は、最後の1つの雪玉を横に飛んで上手くかわし、頭から雪の中に飛び込む格好で、見事に旗を手にした。
よっしゃー! という、その子の一際大きな声が合図となり、試合は終了。
満面の笑みに白い歯がのぞき、雪の中でもそれは一際映えて見えた。
「元気いっぱいですね」
「そうだろう、そうだろう」
ああ、何か慧音さん、私が彼らを褒めたのが嬉しかったのか、うんうん頷きながら目尻を下げちゃってます。よっぽどこの子たちが好きなのだろうと思う。親馬鹿に近いものを感じて、私は苦笑した。
「慧音さまも雪合戦やろーよー」
「そっちの姉ちゃんだぁれ?」
子供たちが駆け寄ってくる。雪の上で散々跳ね回っても、まだまだ遊び足りないようだ。
慧音さんが側にいるためか、初顔合わせの私にも警戒する様子は無い。
「まあまあみんな落ち着きなさい。こちらは射命丸文さん。新聞記者だ」
「よろしくね、みんな」
普段ならこういう自己紹介の時は営業スマイルになるのだけれど、今は普通に微笑む事が出来た。
何だかんだ言って、元気な子供たちは無邪気で可愛くて、微笑ましいのだ。
「新聞記者? かっけー」
「すくーぷ? すくーぷ?」
「カメラ触らせてー」
「ちょ、ちょっと、こらっ、押さないの!」
わらわらと、好奇心いっぱいの目で私に群がる子供たち。この元気さを見ていると、彼らは疲れというものを知らないのだろうか、と思ってしまう。
「姉ちゃんも雪合戦やろうよ」
「え、私も?」
「うん」
彼らに両手を引かれ、更には背中も押されて前に進む。
慧音さんの方を向くと彼女は、自分だけは観客ですよー、みたいな顔をしていた。
「慧音さーん、慧音さんはやらないんですかぁー?」
「ははは、私はここで楽しく観戦させて貰うとするよ」
一応、助けを求めたつもりなのだが、あっさりと流された。私には記者の仕事があるんだけどなぁ……。
私は半ば諦めたかたちで、正面に向き直った。
べしゃっ
「わぶっ!」
突如、顔に冷たいものが当たった。雪玉だ。しかも、顔に当たってうまく弾けるように、あまり固められてないやつ。
「やったぁ奇襲成功ー」
目の前に立つのは、いかにも悪戯が好きそうな顔をした少年。ニカッとすると、白く並びの良い歯が見える。さっき、旗を手にした少年だ。
どうやら今度の雪合戦は、旗取り合戦ではなくて仁義無きバトルのようだ。ただひたすらに雪玉を当てまくる、言わば弾幕ごっこ。ならば、事情がどうあれ私が受けて立たない理由はない。目の前の悪戯少年をはじめとして、どの子もやる気まんまんのようだった。自然、ならば私も、という気になってくる。
「ふふ……あなたたちがその気なら、私も手加減しませんよ?」
「ヘヘン、女にゃ負けないよ」
「む、生意気な口ね。必要とあらばその口に雪玉を叩き込んであげますよ」
「望むところさ!」
私を含め、皆が雪原の中に散開した。
降る雪は、相変わらず幻想郷を白く染め上げている。
子供たちは、歓声を上げながら雪の舞う中を駆け回る。まるで雪の精のように。
でも、その精たちは悪戯が大好きで。
ほら、今だって、私にぶつけようと雪玉をこねている。
記事の事が一瞬脳裏をよぎったが、今は考えない事にする。
書けても、書けなくても良い。そういう日があっても構わないだろう。無邪気にはしゃぎ回る彼らを見ていると、そんな気分になってくる。
今は、霊夢さんや慧音さんの言う「平和」を満喫しよう。
そう思って、私も雪玉を放り投げた。
『 文々。新聞 睦月の七
「幻想郷の各地で初雪 平地でも20センチメートルを超える積雪」
1月6日、幻想郷の各地にて広く初雪が観測された。山間部ではこれまでにも降雪が確認されていたが、平野部ではこれが初雪となる。未明から降り出した雪は午後になっても断続的に降り続き、午後8時までに、平野部でも各地で20センチメートルを超える積雪量が観測された。これで、幻想郷は全域が雪に覆われた事になる。6日の最高気温は3℃。この冬一番の冷え込みとなった。
折りしも一昨日の5日は、二十四節気で言うところの「小寒」。いわゆる「寒の入り」である。この日から、「大寒」の終わる「節分」(「立春」の前日)までの約1ヶ月間を「寒中」、「寒の内」などと言う。その間は、一年の内で最も寒さが厳しい時期となる。このたびの大雪は、本格的な冬の到来を自然が盛大に伝えて来たのだろうか。
幻想郷の冬は、四季の中で最も静かな季節となる。動物たちは無論のこと、多くの妖怪たちも冬眠に入るからだ。そんな雪の降る季節の中を、最も活発に活動しているのは、人間の子供たちなのかも知れない。
彼らは氷点下にも近い気温の中、寒さなど微塵も感じさせずに元気に駆け回っていた。白い雪の中で雪合戦に興じる彼らの様子は、むしろ“白熱”していたとさえ言える。僭越ながら本紙記者も彼らの遊びに参加させて頂いたのだが、年上である記者の方が、より攻められるという状態だった。子供たちの元気さは底知れない。
そんな子供たちの元気さについて、彼らの守り人である上白沢 慧音さんに話を伺った。
「子供というのは不思議なものでね。別に待ちわびていた訳でも無いのに、雪が降るととても喜ぶんだ。今日みたいに積もってくれると尚更だね。それで、寒さなんかどこかへ忘れて雪の中へ飛び出すんだ。見ていて微笑ましいよ。
子供は風の子、なんて言葉があるけれど、まさにその通り。やっぱり子供は元気に外を駆け回っているのが一番健康的で、良い事だと思う」
予報では、7日の天気は曇り時々晴れ。予想最高気温は5℃となっている。
今冬もいよいよ本番。屋内に留まるにしても子供たちのように外を駆け回るにしても、風邪など引かぬよう、防寒対策はしっかりと行なっていく事をおすすめする。【射命丸 文】 』
「ふーん、それで、昨日の事はこういう風に記事にした訳だ」
「はい。……まさか雪合戦で腕が筋肉痛になるとは思ってもいませんでした。人間の子供って、ありえないパワーゲージしてるんですねぇ」
昼下がりの博麗神社。私と霊夢さんは、今日も賽銭箱の前で腰掛けていた。
今日は、昨日とは打って変わって太陽も顔を出し、空は気持ち良く晴れ渡っている。辺りに積もった銀色の雪が、陽の光を乱反射してきらきらと輝く。眩しいくらいだった。
冷え込みは相変わらず厳しいので、私は失礼ながら霊夢さんからお茶を頂戴した。かじかんだ手に、湯飲みの温かさがありがたい。霊夢さんを年寄りくさいとか思った昨日の事は少しだけ、反省した。
「まあ、普通と言うか無難と言うか、『わが町の広報』みたいで何とも言いがたい記事ね」
「そうでしょうね……」
「まあでも、平和でいいんじゃないの、こういうのも」
「そう言って頂けると幸いです」
霊夢さんが立ち上がって、う~っ、と伸びをする。相変わらず、豪快な腋のさらしっぷりである。寒くないのか。
「そう言えば霊夢さん、参道の雪かきをなさったんですね」
足元から鳥居までの雪がきちんと除去されていて、見慣れた石畳の参道が伸びている。
「そうよぉ、向こうの石段の方までやったから、結構重労働だったのよ。これで誰も来なかったら、あんたに謝罪と賠償を要求するわ」
「普段の仕事の内じゃないですか。私に言われても困ります。逆にどなたかが参拝に来たら、あなたへの取材を敢行いたしますからね」
「構わないわよ。……って、あれは魔理沙ね。魔理沙はノーカウントよ」
「分かってますよ」
昨日と同じように黒い点がひとつ、上空を横切る。昨日と同じ軌道を描く――と思ったら、やや急旋回してこちらへと飛んで来た。慌てているようで、着地でバランスを崩しかける。
「っとっと。おい霊夢、大事件だ。誰かが石段を上って来てるぞ。10人以上はいる。多分、里の人だ」
「ホント?」
里の人間がここを訪ねて来るのは大事件なのか。霊夢さん、そこは一応反論すべきところだと思いますよ。
ともあれ気になるので、私も立ち上がる。誰かが参拝に訪れて来るのなら、こんなところに座っていてはいけない。
間もなく石段の方から、ひょこんと見慣れた帽子が現れた。慧音さんだ。その後ろには、昨日私が一緒に遊んだ子供たちと、それに加えて、その親であろう大人たちの姿もある。
「普通に初詣だなこれは。それじゃあ、神社に魔法使いは不釣合いだから、私は社務所でコタツにでもあたってるぜ」
そう言って、魔理沙さんはさっさと奥に引っ込んでいった。
鳥居から境内に入って来る人数を数えてみると、慧音さんを含め20人近くはいる。結構な大所帯だった。
「明けましておめでとう、霊夢」
「こちらこそおめでとう。でもどうしたのよ、突然」
「別に、どうしたもこうしたも無いさ。普通に初詣だよ。皆と一緒に」
慧音さんが、側にいた子の頭をぽんぽんと撫でた。その子が、えへへ、と笑う。
「でも、唐突じゃないの」
「ああ、実は昨日、博麗の巫女が相変わらず仕事も無く暇を持て余している、なんていう風の便りを頂いたものでね。ならばと思って、皆で来てみたのさ」
「ふーん、風の便り、ね」
そういうコトだったのね、というような、微妙に呆れた表情を霊夢さんがこちらに投げてよこす。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。私は別にそんな」
「どうだかねぇ……」
参道の雪かきだって、普通の日常会話の中で霊夢さんに勧めたのだし、昨日の慧音さんとの会話だって、普通の世間話の中でたまたま霊夢さんの話が出ただけ。参拝を勧めた訳では無い。全ては偶然なのだ。
「まあまあ、よく分からないが、私はともかくみんなには平和に参拝をさせてやってくれないかな。神社に来るのは初めての子もいるんだ」
「そう……ね。分かったわ。せっかく来てくれたんだもんね」
「あ、霊夢さん」
「何?」
子供の案内をしようとしていた霊夢さんを呼び止める。
あんなやり取りをした直後にもかかわらずこんな事を頼むのは、都合が良いなどと思われるかも知れない。けれど、これが良い機会だという事には変わりは無い。どうあれ、事前に申し入れるのがマナーだろう。
私は心を決めた。
「あの……、霊夢さんの巫女としての仕事ぶり、取材させて貰えますか?」
「いいわよ」
意外にも、あっさりと了承してくれた。
「いきさつはどうあれ、参拝客が来たのは事実だしね。ただし、みんなの邪魔にはならないでね。それだけ」
「あ、ありがとうございます」
私はぺこりと頭を下げた。
こっちにいらっしゃい、という霊夢さんの案内に、子供たちがついて行く。
子供たちは相変わらず好奇心いっぱいで霊夢さんに群がり、巫女さんだー、とか、かっこいー、とか、リボンかわいー、とか言って元気にはしゃいでいた。
霊夢さんは笑顔で子供たちの案内をしている。実は子供の面倒見は良いのかも知れない。意外な一面だった。
考えてみれば、これが素の霊夢さんなのかも知れない。普通の人間と普通に接する姿を、私がただ知らなかっただけで。普段の彼女の周りには、これでもかという位、変わった連中ばかりいるのだから。
私は手帳を取り出し、お参りの際の作法や心構えを教える霊夢さんの様子をメモする。
「まずはね、こっちの手水舎って言うところで両手を洗って、口をすすぐの。
これには、身体と心を清める意味があって、こうやって身も心もきれいにしてから、神様にお参りをするのよ」
ひしゃくを手に、子供たちに説明をする霊夢さん。はーい、と素直な返事をする子供たちが微笑ましかった
私の目には、巫女としての仕事を丁寧に、そして心を込めてこなす霊夢さんの姿が映し出されている。その素晴らしい仕事ぶりは、子供たちの楽しそうな笑顔にはっきり表れていた。
良い記事が書けるかも知れない。そんな予感がする。
何だか、霊夢さんに案内されていく子供たちが、うらやましくさえ思えて来た。
仕事が終わった後で、私も彼らにならってお参りをしようと思う。
新年の願いはもちろん決まっている。
今年も良い記事が書けますように、と。
これはあれですか、 穿 い て な い 。
普通に子供と接している霊夢……というのも何だか良いですよね。
あと子供ってのは何だかんだパワーありますが、それでも最近は自分の頃のように公園で遊ぶ子供をあまり見かけなくなってしまって、少しばかり寂しくもあります。
と言ってみる現在オタクな僕。
あと君のその変換の仕方、イエスだね!ウチも一発でそう変換しちゃいました…
相変わらず優しい語り口にしんみりと心が温まる思いです。
日々是良日とは神主の日記の項目のひとつですが、ありきたりだからこそ大切なもの。移ろい行く季節を深く感じていたいものです。
ともあれあったかい話大好きですのでこれからも期待しています。
いい話です、ほのぼのしてて。
>どうした妹紅下も無い
下"も"無い ってことは当然上m(正直者の死
冬の寒さを忘れさせるような暖かい話、お見事でした。
何気ない場所にこそ、最も尊いものがある。
それに気付くことができた文のこれからの新聞が楽しみですね。
あと、その変換はガチ。
子供の頃のなんとも暖かい気持ちを思い出すことができました。
ありがとうございます。
あと、個人的にけーねがツボでした。
親馬鹿丸出しのにこにこ顔といい、
カルガモの編隊よろしく子供を引き連れて歩いているところといい……
確かにあの頃は授業中よりも遊びに頭使ってましたね(笑)。
里でのやりとりも合わせて、ほんわかと暖かい気持ちにさせて貰いました。
以下、いただいた感想へのレスです。
・翔菜さん
>これはあれですか、 穿 い て な い 。
そ の と お r(インペリ
誤変換したのがたまたま慧音の発言だっただけに、何とも言えない気分でした。
私の中では「霊夢は子供の面倒見が良い」となってるんですよね、何故か。9割方、私の理想というか妄想です。
私も子供の頃は、公園とかそこらでめいっぱい駆け回ってたんですけどね。元気な子供と言われると、何かしらのイベントで子供達が集まる時くらいでしか見なくなってしまいました。なんか寂しいです。
と言っている私も現在オタク。
・名前が無い程度の能力さん(下から2番目の方)
>ほのぼのとしてていいですね。優しい文や霊夢に和みました。
東方キャラは大方がひねくれてますが、それは相手もひねくれているからだと思っています。なので、子供とか普通の人間相手にはそれなりに優しいのではないかな、と考えています。
>ウチも一発でそう変換しちゃいました…
よしっ(何)。
・銀の夢さん
覚えていて頂けると、嬉しいやら恥ずかしいやらです。
>移ろい行く季節を深く感じていたいものです。
普段忙しいと、何も感じられずに過ぎていっちゃうんですよね、季節って。これからも、SSを書く事でそういった季節の移り変わりを伝えられたらなぁとか思います。
……と言って自分に縛りを与える私。
・無限に近づく程度の能力さん
>なにやら久方ぶりに神社仕事をしてる霊夢を見たような・・・
縁側でお茶を啜るのが日課だとか仕事だとか言われちゃってますからねぇ。公式で。
>ともあれあったかい話大好きですのでこれからも期待しています。
おうっ、期待されてしまった!
その期待に応えられるように頑張りたいです。
……と言ってまた自分に縛りを与える私。
・シゲルさん
>何だか心が温まりますねぇ♪
>いい話です、ほのぼのしてて。
ほのぼのと言うかまったりと言うか、多分そんな話しか書けないので、そう言って頂けると嬉しいです。投稿する時「コレじゃあ当たり障り無さ過ぎるかなあ」とか結構不安になったりするので。
・暇を潰す程度の能力さん
>ほんわかした文々。新聞も良いですね~
何かと人目を引くようなものばかり書いていそうなので、たまにはこういう文々。新聞もいいかな、と思います。
>下"も"無い ってことは当然上m(正直者の死
投稿した後に、その事に気付きました。きっと、リザレクションに失敗したんでしょうね。わくわく。
・近藤さん
覚えていて下さりありがとうございます。
>何気ない場所にこそ、最も尊いものがある。
>それに気付くことができた文のこれからの新聞が楽しみですね。
実は当初、そういう様な事を後書きに書こうと思っていました。けれど、筆者本人がそれ言っちゃうのはどうかなあと思い、書くのをやめた経緯があります。
読み取って下さり感謝です。
・名前が無い程度の能力さん(下から8番目の方)
どういたしましてです。
私も子供の頃は、雪が降ると薄着のまま外で楽しんでたりしました。そんな余裕があった頃は良かったなあとか思う私はもうオッサンなのかも知れません。
>あと、個人的にけーねがツボでした。
いいですね、カルガモの編隊。
私の中では、けーねはガチで子供好きです。
そんなSSを夏ごろ書いていたのですが未だに完成してない……。
・数を書き換える程度の能力さん
>雪合戦ですか・・・もう随分していませんね。
私も、雪合戦をしていた記憶を探ると、小1~2くらいまで遡ってしまいます。もう少し上の歳まではやってたはずなんですが、その頃のが純粋に楽しかったのだと思います。
>確かにあの頃は授業中よりも遊びに頭使ってましたね(笑)。
全くです(笑)。
授業中ももう少し頭を使ってればと、ちょっとだけ後悔してます。
・れふぃ軍曹さん
>巫女さんっぽい仕事をしてる霊夢のSSって、実はもの凄く希少なんじゃないでしょうか?(笑)
希少ではないと信じつつけれどそういうSSが浮かんで来なかったのでやっぱり希少っぽいです(笑)。
>里でのやりとりも合わせて、ほんわかと暖かい気持ちにさせて貰いました。
割とヤマとかそういうものに欠ける話ですが、暖まって頂けたのなら筆者冥利に尽きます。
感想レスは以上になります。
繰り返しになりますが、本作品をお読み下さり、本当にありがとうございます。
それではまた、次の作品でお会いできる事を願いつつ(次あるかなぁあるといいなぁ……)。
読んでて頬が緩む緩むw
『和』っていうのはこういう事なんだろうなぁ、その文字に込められた全て
を含んでいる、とても良いお話でしたw
ウチの近所では、この時期でも外で元気に遊ぶ子供の姿はよく見ます。田舎の方なのでなんとも言えませんが、そういうのはいつ見ても心が和みます。
いつまでもその日常が続きますように…。そんな気持ちにさせてくれるSSでした。次回作も期待しています。