Coolier - 新生・東方創想話

求道

2006/01/11 07:28:30
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※同作品集内の「休養」の続編となっています。そちらから読んで頂いた方が理解が深まります。



 刀が空気を切り裂いて甲高い音を立てる。少女の身には不釣合いに大きい刀がまるで棒切れのように軽々と振るわれる。右手に長刀、左手に短刀の二刀はそれぞれ独立した動きでありながらも複雑な調和を成している。長刀が下がれば短刀が、短刀が下がれば長刀が即座に前に出る。刀は二本でありながらもその動きは一つのように感じられる。
 少女の動きはその外見、幼さに似合わずに見事なものだったが、見る者によってはその動きは何処と無く精彩を欠いて見えるだろう。
 刀は心を映す。粗暴な者が持てばその軌跡は乱れ、心穏やかな者が持てばそれは流水の如く自然と振るわれる。
 刀を振るう少女の心には僅かな乱れがあった。


「暇を貰いたいですって?」

 幽々子が驚きの声を挙げる。仕えて以来、口に出した事の無い願いだったので幽々子の驚きは当然と言える。
 家族に不幸があった訳でも無いのに、剣術指南役として、近侍として常に主の側にいるべき者が暇を貰いたいなどと言うべきではない。

「理由は?」
「野に篭ろうと思いまして。師の妖忌は剣に鈍りを感じた時、山野に隠れて自らを厳しい環境に置くことで剣に再び鋭気を戻したと聞きます。師ですら行った事です。凡人の私には尚更必要であると存じます。」

 妖夢がこう答えると幽々子は難しい顔をした。
 以前の病の例もある。妖夢は純粋であるが故に直情的な面も持っている。それを上手く導ければ妖夢は大成するだろうが、悪くすれば潰れてしまう可能性もある。しかし、従者が主を信じるのと同じように主が従者を信じる事も必要だ。籠の中の鳥が飛び立つ事をやがて忘れてしまうように、過保護な環境では却って芽を育たなくしてしまう。
 今まで悩みを言わなかった妖夢が初めて頼んだ事も手伝って、これは妖夢の中で新たに花が芽吹こうとしているのかもしれないと、自分を納得させた幽々子は内面の悩みを隠しながらも妖夢の願いを承諾した。
 主自らが見送るという行為に戸惑う妖夢を送り出すと、自分の目の届かない場所で無理をしなければ良いが、と幽々子は嘆息した。



 妖夢が西行寺の家を出てから二箇月程経っただろうか、美しく整った髪は振り乱れ、透き通ったように白い肌は汚れて見る影も無くなっていた。
 風貌と決死の形相も相まって、見る者をして天上から来た戦神のように思わせる。
 もし妖夢の修行するこの竹林に迷い込んだ者があれば、彼は妖夢を見て荒神が降臨したのかと肝を潰すだろう。
 それ程の苦行を積んだからには、それなりの成果は有ったと思われるが果たしてそうであろうか?
 確かに剣は上達した。妖夢が一度刀を振れば剣風が辺りを払い、その斬撃は雷のように激しく、そして重い。彼女の間合いにある物は斬られるのを恐れるかの如く、大蛇に睨まれた蛙のように慄いて見える。
 しかし、それでも妖夢の心は晴れなかった。


 刀を空を裂く。ただ無心に、それだけしか知らないように、一時も休む事も無く。
 頬は痩せこけ、色の悪い顔は満足に食事も取っていない事を伺わせる。幽々子の予想は悪い方向に当たってしまったようだ。
 力尽きて倒れるのも時間の問題と、妖夢を遠目に見ていた妹紅は考えた。
 案の定、妖夢は糸が切れたように突然倒れた。それでも刀を離さないのは大したものだと妹紅は感心した。
 倒れた妖夢に近付いて抱き抱える。驚くほど軽い。こんな細身でよくぞ此処までと誉めたくなる。同時に、その愚直なまでの努力のほんの一部でもいいか
ら少しは身を労わる方向に使えと責めたくもなる。
 気を失った妖夢を抱えて、妹紅は自分の住処へと向かった。


 薪が爆ぜる音で妖夢は目覚めた。意識がはっきりしないまま辺りを見回す。誰かの家の中のようだ。何故か見覚えがある。
 棟木から下がっている鉤に鍋が掛けられていて、囲炉裏の火に当たって湯気を吹いている。串に刺した魚が遠火に焼かれている。
 突然、自分の空腹に気付いた妖夢は戸惑った。どうやら倒れたところを誰かに介抱されたようだが、その主に礼も言わず、又、勧められもせずに魚を食べてしまう訳にはいかない。
 魚の焼ける香ばしい匂いは妖夢の胃を刺激する。悶々と悩んでいると戸が開いて妹紅が入ってきた。

「やっと起きたか」


 それ以来、妖夢と妹紅は一言も言わずに黙々と食事を進めた。妹紅が口を開かないので、妖夢も声を掛けられなかったのだ。
 麦飯、焼き魚、筍の煮物と大根の漬物という献立は、野草を噛み、木の実を採って食い繋いできた妖夢にとって王侯貴族の食事のように感じられた。
 食事を終え、出された茶を飲み終わると妹紅はぶっきらぼうに言った。

「風呂に入ってこい。臭くてかなわん」

 初めて自分の惨状に気付いた妖夢は赤面した。


 癖のある薫蒸の香りがする。これは竹酢だろうか。竹炭を造る時に出る煙を冷やして得るものだ。畑に撒くと野菜の出来が良くなると聞いた事があるが、風呂に入れるとは知らなかった。
 竹酢の加わった湯は体の芯まで温めてくれる。久しく浸かった事の無い湯の中で妖夢は骨を休めた。

 あまりの心地よさに長湯をしてしまった妖夢が慌てて風呂から上がると、そこには着物が用意されていた。妹紅の厚意に重ね重ね感謝して袖を通し、礼を言おうと戸を開けると、既に囲炉裏の火は消えかかっていて妹紅は床についていた。もう一組の布団が敷かれている。
 助けてくれた人を悪く言うわけでは無いが、変わった人だなと妖夢は思いつつ、妹紅に一礼してから床に入った。


 全てが息絶えたように眠る深夜に、西行寺の方角へと炎の鳥が飛んでいった。

 
 眠りから覚めると妹紅はいなかった。膳に握り飯が置いてある。食べろという意味らしい。それを食べ終えてから妖夢は妹紅を探しに家を出た。
 遠くで鋸を引く音がする。音の元に行くと、妹紅が竹を切っていた。
 側には枝を落とした竹が十数本転がっている。竹が大きな音を立てて倒れた。妹紅はその竹に鋸を当てて次々に分断する。棒尺も当ててないのに切られた竹の長さは等しく揃っている。枝に鋸を当てて次々と枝を払う。流れるように無駄の無い動きで枝を払い終わると、枝の向きを揃えて荒縄で縛る。竹を転がして集め、次の竹を倒そうとする。
 その作業に妖夢は見入っていた。単純な動作でありながらもこれを行うには相当な経験を積む必要があるだろう。疲労は最小限に、怪我の無いように速く、正確に。幽々子の舞と同じように、たかが竹を切るという作業にも剣に通じるものがある。
 そんな事を考えていると新たな竹が切り倒された。妹紅は先ほどと同じ作業を繰り返す。枝を払った頃を見計らって声を掛けた。
 彼女は前から妖夢に気付いていただろうが、妖夢の声に漸く手を止めた。妹紅は妖夢の顔を見て、口の端を上げて意地悪く言った。

「今度こそ暇を出されたのか?」

 妖夢が自分から暇を頂いたのだと言うと、妹紅は笑いながら謝った。


 昨日の厚意に感謝の言葉を伝えると、妹紅は昨日ではなく、一昨昨日からだと言った。どうやら丸二日間熟睡していたらしい。それはご迷惑をお掛けしたと妖夢は平謝りに謝った。

「そんな事はどうでもいい。それよりも、何故行き倒れていたんだ?」

 修行に熱を入れすぎて、寝食を忘れてしまったためですと言うと、妹紅は呆れていった。

「如何に休暇中とはいえ、自己の体調に注意を払えないような者が西行寺家に仕えられるのか?」

 この言葉は痛かった。従者の恥は主の恥にもなる。己が未熟などという言い訳も出来ない。そんなことを言ったら、西行寺家は未熟者でも勤まるような安い家ということになるからだ。
 この事は内密にと頼み込むと、妹紅は条件次第では受け入れてもいいと言った。その条件とは、と重ねて聞くと、妹紅は驚くべき事を言った。

「西行寺家の魂魄と云えば、剣術に秀でた者がその名を継ぐと聞く。一つ、その優れた腕前を見せて貰おうか」

 妹紅の言葉は穏やかに聞こえるが、これは自分と仕合しろと言っているのである。
 己の未熟を知りつつも、魂魄の名を継いで剣術を修めている事に自負はある。女子供が敵う訳が無い、と自分が女であることを忘れて妖夢は憤った。
 主に無断で仕合をする事など出来ない、自分の剣は素人を相手にするような軽々しいものではないし、木刀も無いではないかと妖夢が言うと妹紅は笑って言った。

「真剣で構わない。なに、小手先一つ掠らせないから安心して打ちこんでいいぞ」

 妖夢は妹紅の挑発に完全に乗せられた。



 腰に大小を差して開けた大地に立つ。妹紅は用意をするから少し待っていろと言ったまま家から出て来ない。さては臆したかと思うと、手に棒を持って妹紅がやって来た。
 近付いて見ると、棒と言うよりも杖と呼ぶべきだと妖夢は思った。赤樫造りの四尺程の長さで円柱を成している。あんなものでは刀を防ぐことすら出来な
いだろうと妖夢は既に相手を呑んでいた。
 礼に則ってお互いの姓名を名乗った後、二人は距離を取る。軽くいなしてやろうと高をくくって鞘から刀を抜こうとする。
 しかし、妖夢はそれ以上、腕はおろか、指先一つ動かす事も出来なかった。



 妹紅が杖を構えた瞬間、凄まじい殺気が妖夢を襲った。息をするために口を開ける事すら躊躇う。動けない。ほんの僅かにでも動いたら、次の瞬間にはあの杖に頭を砕かれている。
 妹紅の赤い目は爛々と輝き、足は巨岩のように大地をしっかりと踏みしめていると思えば、まるで羽の生えているかの如く浮いて即座に動けるように感じられる。その構えは金剛石のように不壊の形を成し、如何なる者もこの構えを崩す事は不可能と思わせる。
 息は荒くなり、目は大きく見開かれ、汗が滲み出てくる。緊張により筋肉が震える。
 永遠のように長く感じた対峙の時は、始まりと同じように突然終わった。妹紅が構えを解いたのだ。
 それでも暫くの間、妖夢は動けなかった。家に戻る妹紅の後姿を見ながら、妖夢は以前に似たような経験をした事を思い出した。妖忌が去る前にただ一度本気の手合わせをしたことがあった。今のように妖夢は動くことも出来ずにいたのだが、妹紅はその時の妖忌に匹敵する殺気を放っていた。


 漸く緊張の解けた妖夢は我に返って妹紅の後を追った。この人なら自分の悩みに答えられるかもしれない。二箇月の苦行をしても辿り着けなかった答えを知っているかもしれない。千載の一遇か優曇華の花か、妖夢は逢い難い人物に逢えたと痛感した。
 家に入ろうとする妹紅の後ろに着くと、額ずいて言った。

「お待ち下さい!」

 大音声に妹紅が振り向くのを感じると、面を上げ、妹紅の目を見据えて言う。

「お教え頂きたい事があります」
「教えろとは?」

 妹紅は聞き返す。妖夢は大きく息を吸い込んでから言った。

「……強さとは何なのでしょうか」



「お前が考える強さとは何だ?」

 暫くの沈黙の後、妹紅が聞く。

「何者にも負けない事、立ち塞がる障害を越える事、主に害を成すのを許さない事だと思います」
「主を守れる位にお前は十分強いだろう。これ以上何を望むんだ?」
「現に貴方に負けました。私が至らない証拠です」
「お前のような小娘に負けるものか」

 妹紅は笑って言う。

「お前より強い者は居るか?」
「升で量り、車に載せる程居るでしょう」
「百人の敵を斬れるか?」
「衆寡敵せず。不可能です」

 問答の後、妹紅は素っ気無く言った。

「徒党を組む相手には勝てず、一対一でも敵わない。お前が身に付けた強さは何の役にも立たない訳だ。今までの研鑚は無駄だったな」

 秋霜のように厳しい言葉に、妖夢は沈痛な面持ちでうな垂れた。
 妹紅の言葉は妖夢の肺腑を衝いていた。剣を極めた先に何があるのか。それで得た強さは自分を、主を守るに足る力か。如何に強大な力を得ても所詮は一個の人間、己を上回る者も居るだろう。剣では敵わなくても策略を巡らして挑んでくる相手や、複数で襲い掛かれた時に確実に勝てるか?
 日夜懊悩し、自らを苛め抜いても答えは出なかった。
 頼れる者がいない中、妹紅の存在は暗闇に差す一筋の光明に等しかった。
 

「孫子曰く、百戦百勝は最善ならず、戦わずして勝つことが最善、とある。どういう意味か分かるか?」

 妹紅は突然言った。兵法の一説を持ち出して一体何が言いたいのか? 戸惑いつつも妖夢は答えた。

「合戦は国の運命を決する重大事です。例え勝っても死傷者は甚大になり、戦費は莫大なものとなるでしょう。そのような危険を冒すよりも、外交等の謀に
より相手を屈服させる事こそが重要という意味です」

 武を志す者なら誰でも諳んじていることだ。今更こんな事を聞いて何の意味があるのだろうと、妖夢は訝しんだ。

「では、お前にとっての勝利とは何だ?」
「勿論、主を守り抜く事です」
「書を読んでもその程度の事しか分からないのか。それでは幾ら修行しても無駄だ。服は呉れてやる。帰ってお前の主に聞いてみるんだな」

 妹紅は不機嫌な顔をして言い放ち、妖夢は追い出されるように妹紅の家を離れた。



 西行寺の家に着くと、まるで妖夢が帰って来るのを知っていたかのように出迎えられた。行方の知れない妖夢を心配した幽々子が少数だが信頼出来る者に妖夢を探させ、上白沢慧音を含む数名に頼んでいたらしい。妹紅はその一人だったわけだ。
 妖夢の目が醒めたのは昨日の事だし、どうやって今日自分が帰る事を西行寺に伝えのか、妖夢は疑問に思ったが考えても仕方無いと諦めた。

 髪を整え、衣服を正して幽々子の居る間へと赴く。長期間家を空け、無用の心配を掛けた事を詫びると幽々子は言った。

「それで、答えは出たの?」
「情けない事に未だに分かりません」

 妖夢は頭を垂れて言った。そして、妹紅の言った事を経過に至るまで詳しく話した。
 話し終えると幽々子は暫く考えこんでいたが、やがて言った。

「私を始めとする西行寺の者が何故剣術を学ぶのか分かる?」
「領民を統べる主として恥ずかしくないように、又、機を見る目を養う為です。剣を持って対峙し、相手の隙、弱点を見つけて打つ事は世情の変化を読み、
適切な方法で対処する事に通じるからです」

 剣を通して物事を見る、師の妖忌から叩き込まれた教えである。
 当たり前の事を妖夢が答えると幽々子は脈絡も無く言った。

「庭に出ましょうか」



 穏やかな風が池に映った月を揺らす。月明かりの下、幽々子は池の淵に立って言った。

「強さとは、勝利とは何か」

 目の前の妖夢に語りかけているように、独り言のように呟く。

「例えば、貴方が人を斬ったとしましょう。理由は関係無いわ。私の身に危険が及んだからでも良いし、あなたが身を守ろうとしたからでも良い。相手に非
があるとします。でも、どんなに私達が正しくても、死んだ者の親類縁者はどう思うかしら?」
「私達を恨むでしょう」

 妖夢は答える。人が死ねば遺恨が生じるのは当然の事だ。
 幽々子は小石を拾って池に落とす。一つの小石は池全体に及ぶ波紋を起こす。

「一波は万波を呼ぶ。この小石のように、始めは些細な理由でも次第に事は大きくなります。一人が死ねば十人の恨みを買い、十人の死は百人を狂気に駆らせるでしょう。如何に強大であろうとも、討つ度に相手の数が増えるのでは勝ち目は無いわ」

 そう言って妖夢を見つめる。

「貴方は強さとは誰にも負けない事だと考える。勝利とは私を守る事だと言う。でも、勝負を論じている時点で既に負けているのよ」

 幽々子の言葉は妖夢を驚かせる。それでは強くなる事に意味が無いと言っているようなものだ。

「君子危うきに近寄らず。つまり、そのような危険に身を晒さない事の方が、危険への対処法を持っている事よりも重要なのよ。人を斬る力ではなく、人を斬らなくても良い力を身に付ける。恨みを買わず、他者と争う必要も無い力。これが本当の強さ。事前に災いの芽を摘む事。これが本当の勝利ではないかし
ら」

 目から鱗が落ちたような気分で妖夢は聞いていた。幽々子は立て板に水を流すように滔々と言葉を紡ぐ。そして、その言葉は土が水を吸うように妖夢の胸に浸透していった。

「でも、私達は隠者のように人との関わりを断って生きる訳にはいかない。時には危険を冒す覚悟で事に当たらなければならない場合もある。その時に力となるのが貴方の剣。そして、危険に立ち向かうには書物では決して得られない胆力や勘を必要とするわ。それらを剣を学ぶ事で得るのよ」

 そして急に声を険しくして言った。さっきまでの優しげな表情は影を潜め、眦を決して峻厳な態度を取る。

「妖夢、あなたが今日行ったのはとても軽はずみな行為。安い挑発に乗って仕合をするなんて以っての外よ。例え勝っても得る物は少なく、負けた時に失う
物は大きいわ。妖忌が教えたのはそんな事に使う為の剣ではないでしょう。命があっただけでも有り難いと思うのね」

 幽々子の厳しい言い方に恥じて妖夢は身を小さくした。

「明日から三日間の謹慎を命じるわ。才気煥発なのも結構だけれど、それを抑える事も学びなさい」

 幽々子はそう言い終えると、今日はもう休みなさいと言って妖夢を下がらせた。


 去って行く妖夢の後姿は叱られた事で小さく見えたが、二箇月前に送り出した時の小ささとは違っていた。悩みを持った者の背中ではなく、今日の経験を、例え恥じた行為でもそれから学び明日に生かそうとする前向きな者の背中だ。
 妖夢の背中を見ながら、幽々子は藤原妹紅なる人物の事を考えていた。
 妖夢の行方を探させて上白沢慧音にも助力を仰いだのは事実だが、慧音がどのような行動を取ったのかは知らない。
 昨晩の炎の鳥の件もある。式神でもない、あのような生き物を操る術など聞いた事が無い。
 そして、妖夢が刃を交える事も出来ずに負けたというのが信じられなかった。妖忌には及ばないとはいえ、妖夢の剣は相当な腕に達している。並の者では歯が立たないだろう。少なくとも、得物を持って打ち合う距離で妖夢が容易く負けるとは思えない。
 恐らく、杖は本当の力を隠すための見せかけで、彼女には別の異質な力があるのだと幽々子は考えた。それでも気迫だけで妖夢に勝ったという事実に変わりないが。
 自分が妖夢の悩みに答えられることも知っていたようだし、その洞察力も考えると並の人間ではあるまい。
 慧音がその人物と知り合いだというのも気になる。慧音も単なる人間好きの半妖では決してないようだ。


 妖夢の悩みが晴れたら、今度は正体不明の人物の事で自分が悩まされる番になった。あの子は問題を起こす名人だと幽々子は苦笑した。
 礼も兼ねて、妹紅を屋敷に招いてみよう。妖夢から聞いた人物像からして害意を含んでいるとは思えないし、直に会って妹紅という人物を判断すれば良い。
 妖夢が激賞した竹酢も気になる事だし、と幽々子は月のように明るい気分で部屋に戻った。
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コメント



0.2510簡易評価
31.90bernerd削除
前回に続き、久しぶりにとても心穏やかに染み入る感慨深さを味合わさせていただいてます。
妖夢の欠点、性格、主従関係を深く美しく捉えた良い作品でした。
32.100七死削除
武門の心かくあるべし。
無刀取り極めし剣聖の御言葉が聞こえてくるように御座います。

市井には、己の勝てない相手から逃れていては、負ける事もあるまい。 
等と最強の剣客を嗤う声もあるようですが、刀を交え、血河を流す事は全て勝負がついた後の事、その先にあるのはただ死合いのみ。 
勝つことのみを徹底的に求めた彼が、自分に対して刀を抜いた時、それはすでに自分は敗れている、命を無駄にしたくなければ、そう悟れと言う事なのだ。

勝つことは、負けぬと言う事は、殺す事よりもはるかに難しい。
戦も、政も、ただ斬って捨てるだけでは事足りぬ。
兵法極意とは、その先にあるものなのですね。

良い、お話で御座いました。
37.80れふぃ軍曹削除
力の入った描写に、ぐいぐいと引き込まれる感がしました。
良い意味で、東方の二次創作だと言うことを忘れ去ってしましました。
すごい。この一言に尽きます。
39.80床間たろひ削除
難しい……難しいなぁ……極めるという事は……

戦わねば負けることは無い、己の欲する事が主を守る事ならば、相手を打ち
負かす事でなく大局的に物事を見なければいけない。
でもそれを悟るのは、きっと本気で道を求めた後でなければいけないのだろ
う。足掻かぬままに悟るのは愚かさの極みのみ。言葉だけでは足りぬのだ、
その身に刻まぬ限り肝心なところで裏切られる。

愚直であるが故にこそ極みへ至る。それこそがただ一つの道。
妖夢が、これからも己の信じた道を、違わず歩み続ける事を願う。

むぅ、何て堅苦しい感想だ。筆者の手腕に呑まれてしまった。
まぁあれだ。妖夢も妹紅もゆゆ様も……みんな素敵すぎw