雪振る中、年も明けた幻想郷
~ 永遠亭 ~
永遠亭では雪が舞っていた
しかし、それは残念ながら天から地へと舞い落ちる美しい雪などではなく
正確に言うと時速100kmを超え、尚且つ横に移動している雪の塊。それが無数に飛んでいるのである
実際、舞うといった表現では変かもしれない
そしてその雪弾をやり取りしている人間二人
─ 藤原 妹紅 ─ と ─ 蓬莱山 輝夜 ─
「もこたぁぁぁぁん!私の愛を受け取ってぇぇぇぇぇぇっ!」
「こっち来んなぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
一般人が見れば尋常ではない雪球の数と速さ
だがその中にあって二人は不思議なことに一発も被弾をしていなかった
そして縁側でお茶を啜りながらその様子を眺めている二人の女性
「姫があんなにはしゃいでいるのは久しぶりよ」
「はしゃぐのは良いのだが・・・。せめてもっとこう・・・常識的にできないものかな」
「幻想郷に常識的に行動できる子が居たかしら?」
「そうだな・・・」
一人一人名前を挙げながら指を折っていくのは歴史と知識の半獣、人里の防人 ─ 上白沢 慧音 ─
折り始めた指は残念ながら丁度折り返しの所で止まってしまった
誰が常識的と認識されたのか。それは見ている方々のご想像にお任せする
兎に角、まさしく『数えるほど』しか居なかった
そんなんで幻想郷は大丈夫なのだろうか?
慧音は腕を組み、うーむと唸りはじめてしまった
「えーと、そこまで悩むほどの質問だった?」
お茶を手に持ったまま、苦笑しながら月の頭脳、不死の天才 ─ 八意 永琳 ─
「いや・・・まぁ何だ、自分の立ち位置って損な役回りじゃないだろうかと思ってな」
「まぁ一つ言わせてもらえるなら・・・」
「何だ?」
「『何を今更』の一言に尽きるわね」
「だろうな・・・はぁ」
溜息を付きながら二人してお茶を啜る
冬の空の下、暖かいお茶は身に染み入る様な感覚さえ覚える
その様はまるで自分達の子供を見守る母親の様でもある
「失敬な、そこまで老けていないぞ?」
「実年齢はともかく、見た目はねぇ?」
そこにつっこまんで下さい
そもそも何故慧音が永遠亭に居るのかというと。事の起こりは昨晩、慧音の庵の中の事であった
慧音が「さぁ寝るぞ」と布団に入ろうとすると妙に膨らんでいる
捲って見ると永琳が布団の中で丸まりながら
「んー、土と太陽と草の香りが混ざったような。これが慧音の香りなのねぇ」とか言いつつスーハースーハーしていた
冗談でやっているのか真面目にやっているのかは分からないがとりあえず蹴り飛ばしておいた
『おーっと!! えいりんくん ふっとんだーっ!』と聞こえた気もしたが気のせいだろう
その後、話が反れたり曲がったりへにょったり屈折したりしたがまぁそれを要約すると
『明日永遠亭に来てくれるかしら?』と言われて『明日は特に用事も無いからな、伺わせてもらおう』となったのである
そして今、里をミスティアに任せて永遠亭に居る次第である
そして何故妹紅が永遠亭に居るのかというと
永遠亭に向かっている途中の慧音を発見し、事情を聞いたところ
「あんな危険な場所に一人で行かせられない」と言って半ば無理矢理付いて来た
そこからはまぁ例の如く輝夜から求愛行動に始まり妹紅の全身全霊を賭けた拒絶がはじまりと言った所だ
慧音と永琳が他愛も無い談笑をしていると、そこに飛来してくる白影二つ
ベシャッ!
「おぶっ!?」
ドシャッ!
「ぶひゃっ!?」
雪弾の群れから二つの雪球が軌道が反れた
そしてその二つの雪球は縁側で座っている慧音と永琳の顔面に直撃、冷たさが二人の顔を襲う
互いに顔を見合わせる。どうやら考えている事は同じのようだ
黙って近くの雪を掬い、ギュッギュッとしっかり固めていく
柔らかかった雪が手の中で少しずつ形を成し、固まっていく
程なくしてその雪は雪球と呼べる代物に変わっていた
ただ、それは慧音の方だけである
では永琳の方はどうなのかと言うと、既に違う物に変わっていた
強く、より強く、力を込められ
硬く、より硬く、姿を変えたそれはまさしく
それは『雪』から『雪球』へと変わり、そして『氷球』となっていた。何がそこまで彼女を駆り立てたのだろうか?
「はっ!」「しっ!!」
二人の声が重なり、一方は妹紅の顔面へ、一方は輝夜の顔面へと寸分の狂い無く向かっていった
雪弾の群れの向こうに居る相手に気を取られている妹紅と輝夜には
その二つの雪球(正確には雪球と氷球)に気付く事はきでなかった
「うわぁぁぁぁぁぁおぼぶぅふっ!?」
雪球は妹紅の顔面へダイレクトに
「もこたぁぁぁぁぁめぎゃぁぁぁぁっ!?」
氷球は輝夜の顔面を突き破り、何処か遠くへと消えていった
「はしゃぐのは良いが周りに迷惑をかけない。私との約束だろう?妹紅」
「う・・・、ゴメン慧音・・・」
素直に慧音に謝っている妹紅
「いいですか姫。今回は私だったから良かったものをもしイナバやウドンゲだったらどうするんですか」
「・・・・・・」
「いつも進言していますが、もう少し周りを見て行動を・・・姫、聞いておられるのですか?」
一方輝夜は、永琳に説教をされている
何を言ってもうんともすんとも言わない輝夜に少しずつ怒りが溜まっていく永琳
見るにみかねた慧音が仕方ないといった表情で永琳に声をかけた
「永琳殿、永琳殿」
「慧音、悪いけど後にしてくれる?あと殿はいらないわ。もっと姫としての自覚をお持ちになってですね・・・」
「いや、だから。永琳殿・・・」
「後でって言ってるでしょう?あと殿はいらないわ。お分かりですか姫、返事くらいなさってください」
「えいり・・・」
「しつこいわよ慧音。何なの一体。あと殿はいらないわ」
「いや、そちらが良いのであればいいのだが。顔がその状態で何か話せと言うのは少々酷じゃないか?」
永琳が改めて輝夜を見る
普段着ている十二単の様な微妙に違うような良く分からない着物
永琳が夜なべをして編んだ手袋
同じく、暇を見ては少しずつ編みこんでいったマフラー
そして顔は永い時を生きている割にはやや若く、そして美しくもある風穴
・・・風穴?
輝夜の顔にはまるで何かがガオォォン!!と削り取って行ったかのような見事な穴が
それはもう見事と言うしか無いほど綺麗に円を形取っていた
風穴自体も『わしゃあここに住んで50年は経っとるのぉ』と言わんがばかりに馴染んでおり
必死にパタパタと動く手が妙に可愛らしく見えた
とりあえず永琳が雪を適当に穴に詰める
目、鼻、口を作ることも忘れない
せっかくだからウドンゲと同じ顔にしてみよう・・・できた
「師匠、お茶請けをお持ちしました」
丁度良いタイミングで月の兎、永琳の弟子 ─ 鈴仙・U・イナバ ─ が縁側に来る
その手にはお盆が。その上には皿が。更にその上には適当に切り分けられた羊羹が乗っかっている
ちなみに別に目分量で切り分けたとかそんな意味ではないのであしからず
「あらウドンゲ、良いタイミングね。ちょっとこっちへいらっしゃい」
永琳が笑顔で手招きする。何だか心底楽しそうだ
手招きされるまま永琳の所へと足を進める
「ほらほら、見て。ウドンゲ姫ー」
キャッキャと年も考えz(急に血が飛び散っており読めなくなっている)
─ ただいま不適切な発言が見受けられたので手直ししております。えーりん!えーりん!でお待ちください ─
キャッキャと少女の様な美しい笑みを浮かべて輝夜をウドンゲの前に連れて来る永琳
そこに居たのはウドンゲと同じ顔をした輝夜
鈴仙が呆気に取られてジーっと凝視していると輝夜が一言
「そんなに見つめちゃイヤン♪」
─ 神符「天人の系譜」 ─
─ 始符「エフェメラリティ137」
─ 懶惰「生神停止(マインドストッパー)」 ─
─ 藤原「滅罪寺院傷」 ─
満場一致で放たれたスペルカードをモロに喰らい、上空に吹っ飛んでいき、そのまま地面に頭から叩きつけられる輝夜
まるでギャグ漫画の様に見事に埋まった首をフゴフゴ言いながら引っこ抜くと、顔はすっかり元通りになっていた
「・・・はっ、私は一体何を」
「輝夜の奴と雪球投げ合ってたとこまでは覚えてるんだけどなぁ」
「何となく姫に説教をしていた様な・・・。所でウドンゲは何をしているのかしら?」
「あれっ?えーと・・・あっ、そうでした。お茶請けをお持ちしました」
ある意味黒の衝撃なアレを忘れるため、少しだけ彼女達の記憶が巻き戻ったらしい
一部巻き戻りすぎた感も無くは無いがこの際だから気にしないことにしておこう
縁側でお茶を啜りながら談笑する半人半獣と一人に二宇宙人
雪合戦と呼べるのか分からない雪合戦は終わったらしく、妹夜と輝紅も会話に・・・アレ?
まぁ名前はどうでも良いとして
何事も無かったかのように揃ってお茶を啜る
輝夜が頬を膨らまして怒っている様だが、誰一人として気に留めない
「さて、場も落ち着いたことだ。本題に入ろうか」
湯飲みがコトリと置かれる
御盆に置かれた4つの湯飲みは全て空になっていた
庭では『チキチキもこたん争奪雪達磨対決』が行われていた
妹紅と輝夜とイナバが数十匹参加と無駄に白熱しているらしい
「慧音。貴女はあれを見てどう思うかしら?」
「そうだな・・・。一言で言えば『変わった』な」
「ええ。姫も、蓬莱人も、ほんの少し前までは会えば必ず殺し合いをしていたと言うのに」
庭に目をやると、次々と雪達磨が出来上がっているようだ
大きかったり、小さかったり、足があったり、一つ一つ何処かが違う雪達磨
「確か永琳殿が月を隠した時期からだったか。あの二人が変わり始めたのは」
「殿はいらな・・・ああもういいわ。大体その辺りからね」
「私達がどれだけ諫めても聞こうともしなかったのだが」
「若しくは聞き流していた・・・か。身近に居る者の声は届きにくいみたいね」
「それを見越してあいつ等を妹紅の所にも遣したのだろう?」
「ふふっ、どうかしらね・・・」
再び庭に目をやると審査員による厳正かつアバウトな審査が行われている
それぞれの雪達磨は個性を持ち、同じ雪のはずなのにどこか人間の様な感覚を思わせた
約一名、何を勘違いをしたのか氷像を作っていたが特に問題は無いらしい
暫しの沈黙。イナバ達のはしゃぐ声が耳に入ってくる
それを先に破ったのは、慧音のやや重みがかった口だった
「なあ、永琳殿。一つ頼まれてくれないか」
「あら、頼まれ事をされる貴女が珍しいわね」
「私は妹紅や永琳殿と違って有限の存在だ。いくら半獣と言えど、それは揺るぎ無い。
私は人間よりは長く生きる事はできる。だからと言って、妖怪ほど長く生きる事はできない。
貴方達の永遠から比べれば、それは一瞬の出来事に相違無い」
「それで、貴女は私に何を望むのかしら?」
「私が歴史となった時、妹紅はまた一人きりになってしまう。しかし私にはどうする事もできない。
その時が来たら、できることなら妹紅を永遠亭に・・・」
そこまで慧音が言いかけたとき、額にペチッと音が鳴る
その目の前には、どこか陰りの見える永琳の笑顔があった
「今までの付き合いのよしみで言ってあげる。それより先は今言うべき事では無いはずよ?
それに、貴女の意思をあの子はどう思うかしら?それは本当に感謝されることかしら?
それを押さえ込んでここに迎え入れた所で、それは必ず幸福にはなれない。下策の中の下策よ」
「だが・・・」
「押問答をしたいわけじゃないのよ。『だが・・・』や『しかし・・・』なんて聞きたくないわ。
貴女が居なくなった後本当にあの子の事を思うなら、貴女の意思じゃなく、あの子の意思を尊重なさい。
それがあの子に良くない結果だったとしても、他人に進められた道よりは後悔しないはずよ。
貴女ならこの意味が理解できるでしょう?」
「・・・そうか・・・確かにそうかもしれない・・・。すまなかった、変なことを言ってしまって」
「いいわ、分かってくれたみたいだから
でも・・・そうね、他ならない貴女の頼み事だし、影から補助するくらいなら引き受けるわ」
「・・・本当にすまない」
「ま、私が忘れてなければだけれどね」
「忘れていた時は、力ずくでも思い出させてみせるさ」
「あらあら、楽しみが一つ増えちゃったわ」
再び庭を見る
審査員が妹紅の腕を高々と揚げている
妹紅は両腕を上げながら、満面の笑顔を浮かべていた
輝夜はそれを、恍惚の表情で見ていた
二人はとても楽しそうで
二人はとても幸せそうで
それを見て従者は思う
私ではあんな顔をさせて差し上げる事はできないわね、と
それを見て友人は思う
願わくばあの幸せを永遠に感じていて欲しい、と