第一話『序章』
暖かな春の日差しが降り注ぐ、ある日の永遠亭…小さな兎の冒険物語はここから始まる。
「えーりんえーりん~お箸取って~」
「あ~もう、姫、たまには自分で取って下さい!目の前にあるでしょう」
「腰が痛いから体曲げたくないの、働きすぎかなぁ」
「働きすぎって…昨日は一日中寝てたじゃないですか!姫のはただの寝過ぎです!!」
「半日位だよ?あとは寝転がってただけ。それに料理作ったのは私とイナバだし」
「はぁ…(もうやだ)」
「てゐ!こら、てゐ!野菜炒め(特に人参)ばっかり食べて!他のおかずも食べなさい!!」
「んー鈴仙?」
「人の話聞いてる?それに人の話を聞くときは相手の顔を見る!何を見て…って私の人参食べるな~!!」
「早い者勝ちだよーだ」
どたばたどたばた
「こら~!二人とも食事中に走るな~!!」
「わ!すいません師匠!!」
「鈴仙怒られてるー♪」
「あんたのせいでしょうがっ!っていうか『二人』!」
ぐーたら輝夜に振り回される永琳と、小さな詐欺師に振り回される鈴仙。いつも通りの、うるさいが平和な永遠亭の朝食風景だった。しかし事件はこの朝、突如としてウドンゲの身の上に降りかかったのである。
「まったくも…あれ?」
「どうしたのウドンゲ?」
「あ、師匠、何か急に眠…」
PATARIM
「ウドンゲ!」
「鈴仙!?」
「イナバ!?」
てゐを追いかけ回していたウドンゲが不意に立ち止まり床に倒れる。…急に倒れたウドンゲに三人が駆け寄った。そして…
「く~」
安らかな寝息
「寝てる?」
永琳の呟きに輝夜がのんびり反応した。
「イナバも人騒がせねぇ~、こんな突然寝るなんて」
「そうですね…って、こんな不自然な眠り方する人間and妖怪が姫以外にいるはずないでしょう!!」
「う~何かひっかかるなぁ」
何か痛烈な皮肉を感じた輝夜が言ったが、明快に否定できないのもまた事実なのであった。
「永琳さまぁ~じゃあ鈴仙どうしちゃったんですか?」
心配そうにウドンゲに付き添っていたてゐが言った。ケンカするほど仲の良い二人、普段憎まれ口を叩いているてゐだが、鈴仙は大切な友達なのだ。
「ん~とりあえず命に別状はないみたいだけど…まさかっ!?」
どたどたどた!
何かに気づいた永琳は、兎そこのけの加速と快速で台所に滑り込む。ちなみに、途中で永琳を見た何羽かの兎は、その迫力に本当に『そこのけ』していたのだったが、それはこの際どうでもいい。
「ないっ!?やっぱりない!!」
「ないって何がないんですか?」
台所で慌てている永琳に、同じく慌てて追いかけてきたてゐが言った。ちなみに、輝夜も追いかけたが、普段の運動不足がたたったのか、はるか後方から「待ってえいり~ん、てゐ~」などと言いながらのたのたついてきている。当人は全力疾走のつもりのようであるが…。
「…魔理沙からもらった珍しいキノコ、家の側に生えてたからってくれたの。代わりに薬の代金踏み倒されたけど」
「珍しいって…どう珍しいんですか?」
「ええ、加熱すると強力な睡眠薬になるの、調合によっては丁度いいんだけどそのまま食べたら…」
「食べたら…?」
てゐがゴクリと唾をのむ…。まさか…死?
「たっぷりぐっすり気持ちよく眠れるわ」
「成程」
ほっとしたようなそれでも心配なような微妙な表情でてゐは言葉を返した。
「何が~はぁ、眠り~はぁ、続けるの~はぁ」
「姫…、明日から筋トレです」
息も絶え絶えでやっと追いついてきた輝夜に、呆れ果てている永琳が言う。
「え~面倒」
「面倒でもやるんです!このままじゃホントの引きこもりに…」
「う~永琳のばかぁ」
居間から台所までの数十秒間に精魂を使い果たし、全身から『かったるいよオーラ』を発している輝夜が割り込んできて話がずれかけたが、ウドンゲの事が心配なてゐが無理矢理話を元に戻す。
「永琳さま、姫さまはどうでもいいんですけどそのキノコがどうしたんですか?まさか…」
「てゐひどい…」
「そうね、この際姫はどうでもいいわ、手遅れな気もするし。それでそのキノコなんだけど、昨日魔理沙からもらった後、ちょっと台所の戸棚の上に置いてそのままにしていたの、ちゃんと『食べるな』って書き置きはしてたんだけど。それが今見たら無くなっていて…」
「二人ともひどい…手遅れって」
うしろで輝夜がいじけていたがそれを気にする者は誰もいなかった。
「どんなキノコなんですか?」
「舞茸っぽいかんじのキノコなんだけど…」
「え…舞茸っぽいキノコ?今朝のお味噌汁ー!!」
そう、今朝の献立は…ごはん(海苔付き),野菜炒め,温泉卵,そして…舞茸の味噌汁、
そう『舞茸』の味噌汁!
「ええ、私もいつもとは味が違うかなと思ってたんだけどまさか…」
「あうう…私まだお味噌汁に口つけてなかったから…」
「私は毒とか効かないし…」
そろ~りそろ~り
そして深刻そうな二人の背後で逃亡を図ろうとしている『罪人』が一人、しかし…
がしっ!
「きゃう!」
「で、なに逃げようとしてるんですか姫?」
…輝夜の回想…
ことこと
「う~ん、今日のお味噌汁の具はお豆腐だけかぁ、なんか寂しいなぁ。でも何か取ってくるのは面倒だし、採ってきたり捕ってきたりするのは論外だし~」
と、目にとまるは戸棚の上の舞茸
「あ、兎達が採ってきてくれたのかしら。ん?『食べるな(特に姫)、永琳』。もう、私がつまみ食いすると思っているのかしら。それに独り占めはいけないわ~、というわけでお味噌汁に投入っと♪」
ことことこと
「うん、これで朝ご飯は完璧ね。」
「姫様、おはようございます!」
「あらイナバ、丁度良かった。朝ご飯できたから持っていってくれる?」
「はい、あ、舞茸ですか?好物なんです私」
「あらそう、それはよかったわ~」
「では先に行っていますね」
「ええ、よろしくね」
とてとてとて
…回想終了…
「というわけなんだけど…」
永琳につかまり、正座させられた輝夜が上目遣いで二人を見る。
「ほう、つまり姫は私がわざわざ独り占めするためにあの書き置きを残したと…?」
「あ、あはは、間違いは誰にでもあるのよ。ね」
『ね』に力を入れ誤魔化そうとする輝夜だったが…。
「それは確かに一理ありますがね、それは間違った当人が言うべき台詞ではありません!」
「そうです!」
二人はそんなことでは誤魔化されなかったのだった…。
「あううう…ごめんなさい~」
二人の眼光に、しょぼしょぼ~という擬音付きで小さくなった輝夜を横目に、てゐが口を開く。
「それで永琳さま、鈴仙は治るんですか?鈴仙がずっとこのままだったら私…私…」
「あ、えっと大丈夫大丈夫!後遺症もなんにもなし!!解毒剤飲ませれば一発だし!放って置いても二週間後にはばっちりぱっちり目が覚めるはずよ!!」
「そうそう!永琳もこう言ってるし!!大丈夫だよ!!」
いつまでも起きないのならば死んでいるのと変わらない、それに気づき半泣きになったてゐを見た二人は、大慌てで泣きやませにはいる。
「ぐすっ…本当?」
涙目で二人を見るてゐ。
「本当本当、何たってこの『天才』永琳様のお墨付き!」
「自分で天才って…」
「姫は黙っていて下さい!」
「うん、わかりました。でも二週間後?」
この時てゐの頭の中では、即座に『放っておく→鈴仙が起きるのは二週間後→それまで遊べない→つまらない』『解毒剤を作ってもらう→鈴仙起きる→すぐに遊べる→楽しい』という二つの式が完成していた。
「永琳さまー、解毒剤ってすぐ作れるんですか?」
「え、ええ、解毒剤ならすぐできるんだけど、確か調合方法書いた本を燃やされてしまって…、新しく調べるには多分一週間は…」
「えー一週間!?」
それじゃああまり意味がない、せっかくすぐに遊べると思ったのに…とてゐは再び落ち込んだ。
「永琳、人には片づけしっかりしろって言ってるくせにだらしなーい」
「…姫が焼き芋作ろうとして燃やしてくれちゃったんですけどね」
「あ…あははははー」
「はぁ」
笑って誤魔化す輝夜とため息をつく永琳。
「う~ん、他に調合方法知ってる人いないんですか?」
「メディスンはいつもどこにいるかわからないし…あ、人って言うかヴワル魔法図書館になら本かなにかあるかもしれないわね」
「じゃあ行って来るっ!」
永琳が言ったその言葉を聞くやいなや、文字通り『脱兎』のごとく駆け出すてゐ。
「あ、ちょっと危ないから待ちなさい!!」
「永琳~なんか私も眠い~、考えてみたら私も味噌汁食べて~ぐう」
「あ…ちょ、姫!あ、成程、不死だから毒が効き出すのが遅く…っててゐ!まちなさ~い!!」
第二話『幸運の兎と凶兆の黒猫』
「う~ん、飛び出したのはいいんだけど、ヴワル魔法図書館って何処だろう?」
森を抜け、平野にでるとそこはてゐの知らない世界、勢いで飛び出してみたはいいものの、右も左も全くわからないのである。たまに遊びに出たことはあるが、いつも永琳やウドンゲと一緒だったのだ。しかも歩いている内に霧が出てきて周りは真っ白になってしまっている。
「うーん、ここどこ?」
「わからない時は人に聞く!」
別に誰かに言ったわけではなかったのだが、その言葉に反応して現れたのは小さな猫影だった。
「人?」
「まぁ人じゃないけど」
人じゃないじゃん…と言外に言いながらてゐが言うと、あっさり相手もそれを認めた。
「で、あなた誰?」
「人に名前を聞くときは自分から言う!」
「あ、私はてゐ、因幡てゐ」
まぁもっともな反応にてゐは名を名乗った。
「私は橙、あなたは兎?」
「ええ、そういうあなたは黒猫ね。不幸を運ぶの?」
「そんな迷信信じちゃダメ!」
「迷信だったの?」
また一つ賢くなったわ、とてゐは思った。まぁ役にたたなそうな知識ではあるが…。
「多分」
「多分かーまあいいや、もし迷信じゃなくても私の幸運を呼ぶ能力で相殺よ」
「幸運を呼ぶの?じゃあ私にも幸運をくれる?そうしたらこの迷い家から出してあげる。今ならなんと目的地への地図付き!」
そして何気ないてゐの一言に橙がくいついた。よくわからない対価を提示して幸運を求める。
「迷い家?」
てゐはその中でもよくわからない単語の筆頭格を聞き返した。
「そう、もう帰り道なんてわかんないでしょ。一度入ったが最後、この迷い家からは二度とでられない。私に幸運をくれないならあなたは永遠に迷い家の住人になるの」
「うーんそれは困るかも」
何かよくわかんないけど怖い所なのねーと感じたてゐは、素直に不安を口にする。
「で、どうするの?」
「オッケー、その話乗った。帰り道どころかここがどこかさえわからないし…。そうねぇ、あなたは湖に蛙のきぐるみをして行けば幸せになるわー」
てゐの能力は『人を幸福にする程度の能力』、もっとも、幸運『だけが』訪れるとは限らないが…。
「そうなの?」
「そうなの」
「本当?」
あからさまに怪しげな提案に、橙は不審そうな目でてゐを見つめる。
「本当本当、因幡の白兎は嘘をつかないわー」
「昔鮫を騙して海を渡ろうとしたって…」
「そんな迷信信じちゃダメ!」
怪しさが拭えないのか、はたまた自分の台詞をとられたのがくやしいのか、橙はしばらく思案していたが…。
「う~ん、まいっか、別に損する事もなさそうだし、暇だし。蛙のきぐるみなら確かどっかに…」
「(あるんだ)」
数分後…
「じゃあついてきて、私から離れないでね」
「うん」
てゐは蛙のきぐるみを着た黒猫に先導され迷い家を脱出した。
そして湖畔にて
「はい地図」
「ありがと」
「…本当にこれで幸せになるの?」
再び不審そうな橙。
「大丈夫!一時間もたたないうちに幸運が訪れるわー」
「う~んいまいち信用がおけないけどまぁいいか、じゃあ気をつけてー」
てゐは黒猫に見送られながらヴワル魔法図書館にむかい歩き始めた。
第三話『氷上のおてんば恋娘』
「くしゅん!うーん何か冷えてきたかも。っていうかなんで春なのにこんなに寒いんだろ」
そう、すでに季節は春のはず。しかし湖畔は寒風吹きすさびとても春とは思えない。よく見ると流氷まで流れている。
「アイシクルフォール!」
BAGOM!DOGOM!!ZABUM!!!
「わっ!何ー!?」
寒さに耐えながらも平和に歩いていたてゐの周囲に、突然次々と氷塊が降り注ぎ砕け散る、しかも湖に落下した氷塊は巨大な水柱をたて、その飛沫でてゐはびしょ濡れになってしまった。そして、びしょ濡れになったてゐの眼前に現れたのは、どことなくバカっぽい少女であった。
「ちぇ、せっかく兎の氷漬けをつくろうと思ったのに」
「あなた何者?」
聞き捨てならない言葉を放つ相手に、警戒態勢に入ったてゐは聞き返す。
「あたいは最強の氷精チルノだよっ!!あんたを氷漬けにしてやるよ!兎の氷漬けっていうのも面白そうだし」
訂正…『どことなくバカっぽい』ではなく『あからさまにバカっぽい』、てゐの緊張感
など、どこかに吹き飛んでしまった。
「なるほど、あなたがチルノさんね。永琳さまや鈴仙が言ってたわー、『湖にはもの凄い(バカな)妖精がいる』って。あなたがそのチルノさんね」
「え、もの凄い(強い)妖精がいる?そうね、あたいってばそんな噂になってたのね。さすが」
勘違いして、一人満足げな表情をしているチルノに、てゐはここぞとばかりに話しかける。
「ねぇ、でも私を凍らせるつもりならちょっと待ってみない?でもそんな事よりもっと楽しいことがあるんだけど…」
「何よ、つまんない事だったら凍らせるよ!」
凄むチルノ。
「そんなことないわー、それにあたしみたいな小さな兎を凍らせてもみんな驚かないよ。あなたって何でも凍らせれるの?」
「私に凍らせられないものなど無い!!」
てゐの挑発に胸を張って答えるバカ。
「そう、それならあっちの湖岸に大きな蛙がいたんだけどそれを凍らせてみない?私より大きい蛙だったからみんなきっと驚くよ。ただ早く行かないと逃げちゃうかも」
「あんたより大きい蛙?へぇ、それは面白そうね。いいわあんたは見逃してあげる。じゃ」
あっさりのせられたチルノはたちまち上昇してゐの指さした方向へと向かっていく…。
「さすがは噂に名高いバカだなー。よし!ヴワル魔法図書館に前進再開!!」
てゐは一人呟くと、軽やかな足取りでヴワル魔法図書館の方角へと進んでいった。
そしてこれは余談、チルノのほうの話である。
「う~ん、蛙…蛙…いたっ!」
てゐの指さした方向に飛んで数十秒、チルノは眼下に大きな『蛙』を発見した。
「確かにでかい、でもこのあたいに凍らせられないものなんて無いっ!なんてったって最強なんだから!!」
チルノは眼下の『蛙』に狙いをさだめる。
「む…幸運なんて全然来ない。私もしかして騙された?」
そして今頃騙された事に気付いた眼下の蛙…いや橙の直上方から急降下をかけるチルノ!!
「パーフェクトフリーズ!!」
「なんだって!?」
KACIM!
危機を察した橙が回避運動をとる間もなく、チルノの『凍符』が直撃する。たちまち橙は氷漬けにされてしまった。
「へっへーでっかい蛙?あれ?黒猫?…新種の大蛙ね、他の妖精達にも自慢できるわ」
バカまるだしで喜ぶチルノは、他の妖精達にどうやって自慢してやろうかと考えはじめた…。しかしその背後に迫る人影…、家に帰ったら橙がいないと、藍が捜しに出ていたのだ。そして…
「あっ!あっ!!あああっ!!!」
「何よ!頭に響く叫び声ね」
「橙…こんな哀れな姿にされて…」
蛙の格好で驚いた表情のまま凍りついている橙…、確かに誰が見ても哀れな姿である。
「へへ、あたいってば最強でしょ」
「どこに行ったのかと思っていたら橙、こんな目に遭わされてたなんて…。すぐに治してあげる」
POWA
「あっ!ちょっとあんたなにすんのよ!!」
チルノを無視して藍が念を込めるとたちまち氷が溶け、橙が解放される。
「あ…藍さまぁ~」
「橙!」
水がかかり弱っている橙を藍が抱きしめる。
「藍様に抱かれて死ねるなんて橙は幸せものです~」
「大丈夫よ橙、迷い家のこたつで丸くなっていればすぐに治るわ。あなた式じゃない」
「藍さまぁ~」
「こらー!あたいを無視すんなー!!」
先程から完全に無視されていたチルノが叫ぶと、藍はゆっくりとチルノを睨む。
「ふ…ふふ、元より無視するつもりは毛頭ないわ。私のかわいい橙をこんな目に遭わせてくれちゃって…、さぁ覚悟はできてる?」
「あ…あたいとやる気?あたいは最強の氷精チルノ、狐なんかに…」
「狐狸妖怪レーザー!!」
BYUM!
口では強がりながらも後ずさるチルノに、藍の怒りの弾幕が放たれた。
「ア…アイシクルフォール!!」
ZYUWA!!
チルノも応射するがたちまち貫かれる。
「げっ!」
ZYUWAWA!!!
危うくかわしたレーザーは背後の岩を貫通し、たちまち周辺を溶解させた。
「ちょ…タンマタンマ!!」
さすがに勝てないとみてチルノが言ったが、大切な橙をいじめられた藍の怒りはおさまらない。
「まだまだっ!ユーニタルコンタクト!!」
SYU!!
「わっ!ダイアモンドブリザード!!」
GOGOW!!
聞く耳持たない藍の攻撃にチルノは必死の阻止弾幕を張るが所詮はチルノ、たちまち突破され、逃げるのが精一杯である。
GOMGAGAM!!
「誰か助けて~!!」
少し暖かくなった湖岸に、自業自得なチルノの悲鳴がこだましていた。
第四話『孤独な都会派魔法使い』
さて、てゐの進む先にはとある魔法使いの住む家があった。彼女の名はアリス・マーガトロイド、自称都会派魔法使いである。
「はぁ、上海…今日も寒いわね。春度は戻ってきたはずなのに」
暖炉の前の揺り椅子に座り、腕に抱える人形に話しかけるアリス、だが当然返事は返ってこない。
「こないだの春騒動以来誰も来ない。霊夢に至っては私の事忘れてるし…」
そう、こないだ(かなり前)の騒ぎで来訪(微妙)があって以来、彼女の家を訪れる者は絶えて久しかった。その後、魔理沙と組んで月を取り戻したりしていたが、友人の多い魔理沙はそうそうアリスの所に遊びには来ない。
アリスは、人形を作りその寂しさを紛らわせていたが、いかんせん限界がある。ちなみに、彼女が勝手に友達だと思っていた霊夢に至っては、アリスの顔すら覚えていなかった…。しかしたとえ寂しさに囚われても、変に気位の高い彼女は自分から友人を求めに行くことはできなかったのだ。
そして、今日も上海人形と会話(?)をしていたアリスだったが、そんな彼女の元に小さな兎がやってきたのである。
時間をほんの少し巻き戻す
「くしゅん!くしゅん!!…さっきのバカのせいでびしょびしょに…」
先刻のチルノとの一件で、濡れ鼠ならぬ濡れ兎になってしまったてゐ、このままでは風邪を引くと、きょろきょろ辺りを見回した。すると道筋から少しはずれた森の中に、煙突から煙をあげている一軒家があるのが目に留まった。
「あ…あそこで着替え貸してもらおーっと」
寒さに耐えかねたてゐは、誰が住むともしれないその家の扉を叩いていた。
とんとん
「え…空耳かしら?」
この私が友達欲しさに幻聴なんて…などと頭を振るアリスだったが、どうやらノックは空耳ではないらしい。
とんとん
「ごめんくださーい、誰かいませんかー?」
「来客!?」
GATAM!GOTOM!GOROM!
誰かの声を聞き、慌てて立ち上がろうとしたアリスは、揺り椅子とテーブルをひっくり返し、ついでに本人もひっくり返ったが、構わず玄関に走っていった。
PATAM
「どなたかしら?」
それでも扉を開けるやいなや、澄まして来客を出迎えたアリス。彼女の目の前に立っていたのはずぶ濡れになって寒そうにしている兎であった。
「あのーすいません、そこでおバカな妖精にずぶ濡れにされて…着替えを貸してくれませんか?」
「え、ええ、それは災難だったのね。まぁ私も忙しいけど困っている人(?)は見過ごせないわ。お茶を淹れてあげるからまぁお上がりなさい」
てゐの言葉に『仕方ないなぁ』という表情をして家に導きいれるアリス。
十分後
てゐは着替えを渡され、紅茶と、なにやら高そうなお茶菓子を出され、至れり尽くせりのもてなしを受けていた。
「あ…あのー」
そろそろ行かないと…、と思ったてゐは辞去しようとしたが…
「何?何か足りなかった?何でも言ってね、私はそんじょそこらの野良魔法使いじゃないから大体のものは揃えているわ」
「あ、その…」
「あ、おなか空いたの?そういえばアイリッシュシチューが作りかけだったはず。紅茶のおかわりはいらない?いいルフナの茶葉が入ったの、それともフレバーティーのほうが好みかしら」
結構傍若無人なてゐだったが、根はいい人間…じゃなくて兎である。それにここまで親切にされると、さすがにその親切を無下にもできなかった。
「あ…いえ、きれいなお人形がいっぱいだなぁって思って」
「あなたよくわかってるわ。ここの連中はみんなこの子達のかわいさがわからないんだもの。あのね、この子が上海でこの子が蓬莱、それでこの子が…」
楽しそうに話し始めるアリスを見て、てゐはますます出ていきづらくなってしまっていた。
二時間後…
「あ…あのぅ、私そろそろ行かないと…」
さすがに長居しすぎたと思ったてゐは、アリスの家を辞去することにした。
「あらそうなの、別に私はもうちょっとなら大丈夫だけど」
アリスは、表情は澄ましているが、『行かないで~』とか、『寂しい~』とかいうオーラを発しながら言った。
「えっと、友達が待っているので…」
ぐさっ!
何かがアリスの胸を突き刺した音がした…結構深く。
「そ…、そうなの、それは早く行かないとね。友達は大切よ、『私にも』沢山いるけど、みんな大切にしているわ」
絞り出すように言うアリス。
「はい♪友達と遊ぶのは楽しいです♪」
ぐさぐさ!!←第二撃
「じゃあ気をつけてね」
心に巨大な貫通孔×2を開けられたアリスだったが、それでも虚勢をはりつつ、しっかりとよろよろと(?)玄関まで送りに来ていた。
「はい、それで…また来てもいいですか?服も返さないといけないし…今度は友達を連れて…」
ズキューン!
てゐの一言で、今度は反対側からアリスの心に貫通孔が穿たれたらしい、
「え、ええ、仕方がないわね。私も忙しいけどたまにだったら構わないわ」
やはり澄ましてはいるが、言葉の端々から『うきうき』という効果音を発しながらアリスは言った。
「あ…忙しいんだったら…」
「あ、えと、忙しいのは昨日でおしまいになったのを忘れていたわ。まぁ私がいるときだったらいつ来ても構わないわよ(いつでもいるし)」
慌てて言い直すアリスだったが、その心理はしっかりてゐに見抜かれていたのだった。
「あ、それでは、お世話になりましたー」
「ええ、まあ気をつけてね。このあたりには妙なのが多いから」
「はい、ありがとうございます」
ところがアリスと別れて僅か数分、その家が視界から外れないうちに、てゐは『妙なの』に襲われる羽目になる…
「はぁ、変な人だったけどいい人だったな、アリスさん。暖まれたし」
「じゃああたいがもう一度冷やしてあげるよっ!!」
「あっ!?バカ!!」
「誰がバカよ!!」
そう、命からがら藍の追撃をかわしたチルノである。しかもその隣にはチルノとコンビを組むレティが随伴している。
「この兎にチルノはやられたの?」
「やられてない!ちょっと騙されただけよ!!っていうことで覚悟しなさいこの兎詐欺師(うさぎし)め!!」
「嘘はついてない!ちゃんと蛙(?)いたでしょ!!」
「いたけどその後酷い目に遭ったのよ!狐が出てきて。と言うわけであんたをアイスラビット(?)にしてやるんだから!!ダイアモンドブリザード!!」
GOGOGOGO!!!
「ああ!まだちょっとやることがあるから待ってー!!」
しかし、当然待ってくれるはずもなく、弾幕がてゐに襲いかか…らなかった。
「春の京人形!!」
HOWA!!
「なっ!?」
チルノの弾幕は吹き飛ばされ、そこには人形を抱いた少女が立っていた。
「何者よあんた!」
「アリスさん!?」
「てゐちゃん大丈夫だった?『たまたま』外を見ていたら、性悪な妖精にてゐちゃんが襲われているのが『たまたま』目に入ったから助けにきたの」
涼やかな顔をして言うアリス、言うまでもない事だが、「引き返してこないかな~」と窓からてゐを見ていたら、この状況が目に入ったので助けに来たのである。
「さあ妖精さん、この都会派魔法使いアリス・マーガトロイドを敵に回したくなければおとなしく…」
「都会派魔法使い?あ~あの『気取ってばっか』で『友達ゼロ』の『七色魔法莫迦』だろ」
「チ、チルノ!!」
ぐさぐさぐさっ!!
レティが止めたがもう遅い、心に続けざまに弾丸を受けたアリスは、心を孔だらけにされ、精神的に大きくよろめいた。因みに、この言葉はチルノのどの弾幕よりもアリスを凍らせる効果があったというのは、後にレティが語ったところである。しかし…
「え、私アリスさんの友達だよ。さっきお話ししたし」
てゐのこの一言で、凍り付いたアリスはたちまち解凍された。
「ええ、そうね。私には他にも沢山友人はいるのだけれど…、てゐちゃんも大切な友人の一人だわ。ということで、てゐちゃんは早く友達の所にいってあげなさい。ここは私がなんとかしておくから」
澄まして言うアリス。
「え…おいちょっと」
「あ…ありがとーアリスさん。また今度ー」
「ええ、『また今度』ね」
どことなく幸せな表情をしながらアリスは手を振った。
「あたいを無視すんなー!!」
チルノを無視して二人が手を振り挨拶を交わす。そして…
「さて、チルノさんでしたっけ?それで誰が『気取ってばっか』で『友達ゼロ』の『七色魔法莫迦』なのかしら?」
ゆっくりと振り向いたアリスは、持ちうる全ての自制心で澄ました表情を維持していたが、その背後にはドズ○もかくやと思うばかりの凄まじいオーラが漂っていた。しかしおバカなチルノにはその気配が察せられない。
「あんただろ」
「チ…チルノ!まずいって」
アリスの凄まじいオーラを感じたレティがチルノの口を塞ごうとしたが、時既に遅し、アリスは怒りにより『熱血』がかかり、てゐの一言で『必中』が追加、準備万端攻撃開始に支障なしといった具合になっていた。
「あれ…?」
アリスのただならぬ気配に、おバカなチルノもやっと気付くが後の祭りである。
「『気取ってばっか』で『友達ゼロ』の『七色魔法莫迦』で、『誰からも忘れ去られた』『幻想郷一の嫌われ者』なんて本当に素敵な言葉を贈って下さいましたね。とっておきの弾幕でお礼をさせていただきますわ」
背後にもやもやと黒い何かを漂わせながら言うアリスに、チルノが慌てて言った。
「ストーップ!最後の二つ言ってない!!それはあんたが自分で思っているだけでしょうがっ!!」
「チっチっチルノー!!」
この一言がとどめだった…。
「誰が嫌われ者の孤立キャラよ~!!!春の京人形!魔彩光の上海人形!!もうひとつおまけに首吊り蓬莱人形!!!」
仮面がとれ、半泣きになってめったやたらと弾幕を放つアリス、たちまち周囲は俗に言う『背景が見えない』状況となってしまった。
GOGOGOGOGOGO!!!
BUHU-M!!!
「うぎゃー!!」
「チルノのバカ~!!!」
ぴかっ!!
「あ、光った…」
全速力で戦場から離脱していたてゐの後方で、てゐの予想より8割増し位の爆発が起こっていた。
「うーん、アリスさんには今度菓子折でも持っていこう。もちろんお金は鈴仙もちで」
DOGO-M!!
「…でもアリスさんの家、次に行く時に残っているかなぁ」
ZUZU-M!!!
心配そうに言うてゐの後方では、凄まじい大爆発が連続して起こっていたのだった…
第五話『帽子に輝く赤い星』
「あ、あれが紅魔館ね」
てゐの眼前には湖の水面に赤い影を落とすお屋敷が建っていた。これこそ、間違いなくてゐの目指す『紅魔館』であろう。
短い坂道を上り、てゐが紅魔館の門前に立ったとき、既に日は天高く昇り、午後の日差しが燦々と降り注いでいた。
「遅くなっちゃったなぁ」
てゐは呟いた。
さて、門前には星マークのついた帽子を被った一人の中華娘が立っていた。紅魔館にいると永琳達から聞いていたのは、吸血鬼姉妹と完全で瀟洒な武装メイド、でもってひきこもり文学少女と図書館司書の小悪魔。てゐは「誰だろうこの人…下っ端なんだろうなぁ。不幸そうだし」と思いつつ声をかけた。
「あのーヴワル魔法図書館ってここですか?」
「あなたは?」
問い返す門番。
「永遠亭のてゐです。ヴワル魔法図書館に用事があってきたんですけど…」
「確かにそう、でも悪いけどここは誰も通すわけにはいかないの。私はここの門番、ここを通すと私が後でひどい目に…というわけで諦めてくれる?」
てゐはあっさり通してもらえると思っていたのだが、そううまくはいかなかった。先の霧騒動以来、幾度も門を突破され、瀟洒なメイドから制裁と減給を受けていた門番は、自己の生存の為、例え無害そうな兎妖怪であろうが、何人たりとも門内に侵入させる訳にはいかなかったのである。
しかし、てゐもあっさり引くわけにはいかなかったのだ。そう、永遠亭で待つ鈴仙で…いや『と』遊ぶために…。そして、はたと悩みだしたてゐの視線の先には『瀟洒~』といった雰囲気のメイドがいた、それを見たてゐの頭脳が高速回転を開始する。確か『瀟洒なメイド』は、永琳さまが「気取っているけど実はかわいいものに目が無くて…、こないだちらりと部屋を見たら、部屋中人形で大変な事になっていたわ」と笑いながら言っていた人だ、危険な賭だけど可能性はあるはず。
「…あーあ、こんな下っ端に私が止められるなんて、実力の差もわからないのかしら。これだからマイナーな奴は困るわー」
「な…なんですってー!!」
突然豹変したてゐの態度、門番は一瞬固まるとたちまち怒り出した。
「まったく、この私の能力をもってすればこんな下っ端なんて秒殺だってのに。それすらわからないなんて無能にもほどがあるわ。紅魔館もなんでこんな無駄飯食いをやとっているのかしら」
「この…じゃああんたの弾幕見せてもらおうじゃないの!芳華絢爛!!」
BUWAM!!ZUMZUMZUM!!
門番の弾幕が放たれ、てゐの周囲にたちまち爆煙があがる。てゐも必死で回避するが命中は時間の問題であろう、てゐは…
「いじめないでー!!」
大声で助けを求めるてゐ。
「は?あんた散々大きな口叩いておきながら『いじめないでー』ってね」
さっきとはうってかわったてゐの叫びに唖然とする門番、しかし…
「は?誰が『いじめないでー』ですって?恐怖のあまりおかしくなったのかしらこの門番は」
「な、な、このー!!」
再び豹変したてゐの態度に、第二撃を加えようとする門番。と、
「何をやっているのかしら貴方は?」
その時現れたのは瀟洒なメイド長であった。
「あ、咲夜さん!見てください!!不審な兎が来ていましたが、口ほどにもなく、今追い払うところで…」
「わーん、おつかい頼まれただけなのにー!!取り次ぎ頼んだだけなのにー!!永琳さまに怒られるー!!」
咲夜の賞賛を期待して得意満面で言う門番、もう一度豹変し大泣きするてゐ。
「ほら、私は任務をしっかり果たして…」
「わーん、悪いことなんてしてないのにー!!突然弾幕なんてひどいよー!!」
門番の頭の中では「これで今月のお給金も大丈夫、咲夜さんのナイフの標的にされることもない」と幸せな…といっても極めてささやかだが…想像が踊っていた、だが…。
SAKU!!
その門番の額の星を貫くナイフ。
GAKU
「さ…咲夜さんなぜ…」
膝をつき、愕然とする門番に咲夜は冷たく瀟洒に言い放った。
「貴方は客人と敵の区別もつかないのかしら?こんなかわいい兎をいじめて誇らしげにしているなんて、あなたは無能なだけでなく残酷ね」
咲夜の腰には、てゐが「たすけてー、あの人がいじめるのー!!」などと言いながら抱きついていた。
「あなたは今月のお給金はなしよ、いらないのを通してばかりでこんなかわいいこをいじめて喜ぶなんて。それとあとでナイフの練習に付き合ってもらうわよ」
「そ…そんなー」
なにやら鼻を押さえながら言い放つ咲夜に、門番は絶望して倒れた。
薄れ行く視界の中で、門番は小さく舌を出すてゐを見た。
「さ…咲夜さん、騙されてますって…がくっ」
帽子に『赤い星』をつけ、やっとはめられた事に気が付いた門番の言葉は、咲夜に届くことはなかった。
第六話『策兎策に溺れる』
「まぁ、じゃあお友達を助けるために薬を貰いに来たの?」
「うん!永琳さまが『紅魔館のヴワル魔法図書館なら絶対に解毒剤があるわ!今日中に貰ってこないとウドンゲは死ぬ!!私も動けない、動けるのはあなただけよてゐ!早く取ってきてっ!!』て言ってたのー、『危なくなったら瀟洒で完全なメイドさんに助けてもらいなさい』ってー!!」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。任せなさい、あの門番は後でたっぷり懲らしめておくから」
咲夜に案内され、紅魔館の廊下を歩くてゐ。真実という具に、安物のテンプラ並に嘘で分厚く衣をつけたてゐの言葉は、瀟洒なメイド長にはとても美味しく感じられたようだった。
「いいのー!許してあげるからー」
「まぁ、てゐちゃんって本当にいい子ね」
うずうず
てくてくと歩く二人、しかしどうも咲夜の様子がおかしい。手をうずうずしたように動かしている。
「どうしたのー?」
どうも手がおちつかない咲夜を見て、てゐが尋ねた。
「え、ええ、なんでもないわ」
うずうず
声と行動が一致しない咲夜、どうやらてゐの耳を触りたいらしい。
「あ…あのー耳触りたいんだったら別にいいけど…?」
「え、いえそんなことはないんですけど…、何事も経験ですし…」
言い訳をしながらもしっかり手を伸ばす咲夜。
「!?」
咲夜の表情にてゐは鬼気迫る何か…いや、何か自分に危機が迫っている事に気がついたがもう遅かった。
十分後…
なでなで、さわさわ
「あの…そろそろ放して…」
「かわいい…気持ちいい…」
てゐの言葉など耳に入らないように呟き続ける咲夜、しかも彼女の鼻からはとめどなく赤い液体が流れ続けている、はっきり言って恐い。
「あ…あのー」
くいっくいっ!
咲夜の裾を引っ張るてゐ…、咲夜の動きが止まった。
「ほっ」
正気に戻ったか、とてゐが一息ついた刹那
BUHA!!GAKU!!!
「ひっ!?」
咲夜は鼻から勢いよく赤い液体を噴出し、がくりと膝をついた。
「だっ…大丈夫ですかー?(いろんな意味で)」
「おっおっ」
「お?」
「お持ち帰りー!!!」
「きゃー!!!」
鼻血を噴出しながら飛びかかってきた咲夜を紙一重でかわし、身の危険を感じたてゐは全速力で逃げ出した。脱兎…いや、スーパー脱兎の勢いで逃げる逃げる。地上を走る限りてゐのこの速度にはそうそう追いつけないだろう。凄い速さ…具体的に言えば130㎞/h
くらい…で逃げているのだから。
そう、追いつけないはずだ、なのになんで…
「お持ち帰りー!!!」
「なんで前にいるのー!?」
キキーと砂埃を上げて止まるてゐ。なぜ廊下なのに砂埃?などと気にしてはならない。
「ふふっ、ふふふっ、かわいいものはみんな私のもの…レミリア様も妹様もてゐちゃんもみんな…ふふふふふ」
完全に遠い世界にいってしまった咲夜、てゐは『しまった、紅魔館のメイド長の能力は時を止める』って永琳さまが言ってたんだったー!!ということに気付いたが、時既に遅し、いくらてゐがその俊足を誇っても、咲夜の前では文字通り『止まって見える』のだからどうしようもない。
「あ…助けてー」
へなへなと座り込むてゐ、弾幕勝負では勝ち目はない、逃げ切れない、私はここで咲夜の『お人形』にされてしまうのだろうか…、色々な考えが頭をかけめぐったが、もうどうしようもなかった。
「ふふふっ」
獲物を狙うハイエナのようにてゐに迫る咲夜…だがその時
「咲夜、『また』おかしくなったのね」
外見とは正反対の落ち着いた声で現れたのは幼い少女だった。
「レミリア様?」
咲夜の動きが止まる。
「レッドマジック!!」
次の瞬間彼女は警告も何もなしに強力なスペルカードを発動させた。
BAGOM!!
「きゃっ!?」
「れみぃり…」
GAKU
てゐの視界は紅く染まり、勢いよく吹き飛ばされた。一方、直撃を受けた咲夜は沈黙し床に倒れ伏す。
「ふぅ、あなたは誰?」
しばらくしてふらふらと立ち上がったてゐに少女が尋ねた。
「あ…私は永遠亭の因幡てゐ…です」
ついつい敬語になってしまうてゐ。
「永遠亭?ああ、あの月騒動の時の、何の用かしら?」
「えっと実は…」
かくかくしかじかと事情を話すてゐ。
「ふ~ん、何かまた騒ぎを仕掛けに来たのなら…いえもう十分騒がしいけど…、ただじゃ置かない所だけど、まぁそういう事情があるなら見逃してあげるわ。今日の私は機嫌がいいの、運がよかったわね。ちなみにヴワル魔法図書館はあなたの目の前の扉よ」
「あ、ありがとうございます…」
幸運にも虎口を逃れたてゐは立ち上がり、扉の前に立った。
コンコン
一呼吸おいて扉を叩くてゐ、しかし反応はない。
「おじゃましまーす」
てゐは一声かけると扉を開け部屋に入った。
第七話「終章」
GIGI…
きしむ扉を押し開けたてゐの目の前には、見渡す限りの本棚の海が広がっていた。
「あのー、誰かいませんかー?」
「どなたですか?」
広い空間にむかっててゐが声をかける。それに答えて現れたのは羽根をつけた小悪魔だった。
「永遠亭のてゐですが、ここに解毒剤の製造法を書いた本があるかもって聞いて…」
「うーん、パチュリーさまに聞いてみるのでちょっと待って下さい」
小悪魔は羽根をはばたかせ、本棚の向こうに飛んでいった。
てゐは小悪魔を見送ると改めて室内を見た。
「うわー」
もう「うわー」としか言いようがない位の本棚の海、一体どれくらいの本があるのだろう?そもそも館の外見からは物理的にありえない広さである。まぁこっちのほうは、同じように空間を歪めたりつないだりする人妖が身近にいるのであまり不思議ではない気もするのだが…。
そして二十分も待っただろうか、噂に聞く『ひきこもり文学少女』がやってきた。
「あなたね、解毒剤の調合法が知りたいっていう兎は」
「はい、よろしくお願いします」
「今日は喘息の調子もいいから構わないわ、それで何の解毒剤の調合法なの?」
「え…」
はたと沈黙するてゐ、そう言えばなんのキノコだっけ…?覚えてない…っていうか聞いてない。
「…いくら私でも何の解毒剤かわからなければ調べようがないのだけど」
呆れ顔に若干の同情の色を混ぜながら、パチュリーが言った。
「あ…う」
あんなに苦労してやってきたのに…、と涙ぐむてゐを見て、パチュリーと小悪魔は同情の色を顔に浮かべるがどうしようもない。だが…
BATAM!
突然扉が開き飛び込んできた人影、永琳である。
「てゐ!よかった、ちゃんと無事に着いていたのね!!」
むぎゅーとてゐを抱きしめる永琳。
「永琳さまー!!」
抱かれるてゐ。
そしてしばし二人は再会を祝すと、パチュリー達の方をふりかえった。
「パチュリー、久しぶりね。うちの子が世話になったわ」
「ええ、久しぶり、後者はまぁ構わないわ。どこかの黒白みたいに本を盗みに来たわけではないみたいだし」
挨拶を交わす永琳とパチュリー。
「それはよかった。で、用件は聞いたの?」
「半分だけ、何に対する解毒剤かを聞かなければ捜しようがないの」
「そんなことだろうと思った。捜して欲しいのは『マイタケモドキダマシ』の解毒剤の調合法、見つかる?」
「捜してみるわ」
小悪魔とパチュリーはてゐ達を残し、広大な図書館へと本の捜索に行ってしまった。
「てゐ、あまり手間をかけないでね」
「ごめんなさーい」
優しく叱る永琳にてゐは素直に謝る。永琳はてゐが鈴仙の為に危険な外界に飛び出した事を知っているし、てゐは自分の行動で永琳に心配をかけた事を知っている。二人は微笑みあうと、のんびりパチュリー達を待っていた。
一時間後…さすがに待ち疲れた二人の前にパチュリー達が現れた。
「あったわ」
簡潔明瞭な一言と共に一冊の本を差し出すパチュリー。
「ありがとー」
「ありがとう」
二人の礼に、パチュリーは少し照れくさそうな顔をすると、「別に構わないわ、ちゃんと返してくれるなら」と言って、小悪魔と共に図書館の奥へと消えていった。
帰路
「てゐ、よく頑張ったわね、詰めが甘いけど」
「えへへ…」
既に地平線へと近づきつつある夕陽を眺めながら、二人はのんびり歩いていた。
「でもこれから出かけるときは誰かと一緒に行くのよ、できれば姫なんかを引きずって…いえ連れて行ってくれると助かるわ」
「はーい、気をつけまーす」
全然気をつけるつもりの無い声で答えるてゐ。そう、今日の『冒険』は色々危ない目にもあったがそれ以上に楽しかったのである。
「はぁ、まあ気をつけなさい」
ため息と同時に言葉を返すと、永琳はてゐに手を伸ばした。
ぎゅ
二人は仲良く手をつなぐと、地面に長い影をうつしながら家路を急いでいったのだった。
その夜の永遠亭…
「あれ…?私一体…?」
頭をふるふると振りながら起きあがる鈴仙。
「れーせーんっ!!!」
GESI!!
次の瞬間、鈴仙の視界一杯にてゐがうつりこむ。
「むぎゃっ!!てゐっ!?」
「れーせーん!!起きたー心配したんだよー!!!」
「なっ!?一体何が?」
突然の事態に状況がつかめない鈴仙、「そういえば朝突然ふらっとしてそれから…」と思いを巡らす間にも、てゐは鈴仙に抱きつき、泣き続けていた。
「てゐに感謝しなさい、あなたが今意識があるのはてゐのおかげなんだから」
「え?師匠、それは一体…?」
永琳は語った。朝、天然なお姫様のせいで鈴仙が眠りにおちてから、てゐが危険な外界に出て解毒剤の製法を求めに行ったことを、てゐの気持ちはあえて説明をするまでもなく、てゐの想いを受け取った鈴仙は涙ぐんだ。
「てゐ…私のために…ありがとう、本当にありがとう」
「ううん、だって鈴仙がいないとつまんないもん、寂しいもん」
「てゐ…」
「だからね、これからもずっと元気でいてくれないと嫌だよ?」
「うん、うん…」
「だって…」
PETA
鈴仙の耳を触るてゐ。
「ん?(何か耳の様子がおかしいような?)」
「だって…玩具が壊れちゃおもしろくないでしょっ!!!」
「え、あ!こらてゐ~!!!」
走り出すてゐ、追いかける鈴仙。そう、鈴仙の両耳は、先端が仲良く接着されていたのだった…
「こら~!待ちなさ~い!!!」
「やっだよーだっ!」
どたどたばたばた
「あ~あ、まったくもう。ま、喧嘩するほど仲がいいとはよくいったものね」
呟く永琳、勿論彼女はわかっていた。てゐが本気で泣いていたことを、もちろん鈴仙もわかっているだろう。なぜなら…
「この~いたずら兎~!!」
「騙されるほうが悪いんだよーだっ!!」
今走り回っているその時にも、二人の『笑顔』からは涙がこぼれ続けていたのだから…。
完
あ、ちなみにこれは余談であるが、すっかり三人に忘れられていた輝夜は、翌朝になってからようやく起してもらい、大層ご立腹であったという。尚、これはその時の永琳の言葉である。
「だって姫が寝ているほうが仕事が少ないですからね。みんな無意識のうちに避けちゃうんでしょう、起こすのを」
この一件以来、輝夜は少しはまともに働くようになったそうな…めでたしめでたし。
今度こそ『完』
暖かな春の日差しが降り注ぐ、ある日の永遠亭…小さな兎の冒険物語はここから始まる。
「えーりんえーりん~お箸取って~」
「あ~もう、姫、たまには自分で取って下さい!目の前にあるでしょう」
「腰が痛いから体曲げたくないの、働きすぎかなぁ」
「働きすぎって…昨日は一日中寝てたじゃないですか!姫のはただの寝過ぎです!!」
「半日位だよ?あとは寝転がってただけ。それに料理作ったのは私とイナバだし」
「はぁ…(もうやだ)」
「てゐ!こら、てゐ!野菜炒め(特に人参)ばっかり食べて!他のおかずも食べなさい!!」
「んー鈴仙?」
「人の話聞いてる?それに人の話を聞くときは相手の顔を見る!何を見て…って私の人参食べるな~!!」
「早い者勝ちだよーだ」
どたばたどたばた
「こら~!二人とも食事中に走るな~!!」
「わ!すいません師匠!!」
「鈴仙怒られてるー♪」
「あんたのせいでしょうがっ!っていうか『二人』!」
ぐーたら輝夜に振り回される永琳と、小さな詐欺師に振り回される鈴仙。いつも通りの、うるさいが平和な永遠亭の朝食風景だった。しかし事件はこの朝、突如としてウドンゲの身の上に降りかかったのである。
「まったくも…あれ?」
「どうしたのウドンゲ?」
「あ、師匠、何か急に眠…」
PATARIM
「ウドンゲ!」
「鈴仙!?」
「イナバ!?」
てゐを追いかけ回していたウドンゲが不意に立ち止まり床に倒れる。…急に倒れたウドンゲに三人が駆け寄った。そして…
「く~」
安らかな寝息
「寝てる?」
永琳の呟きに輝夜がのんびり反応した。
「イナバも人騒がせねぇ~、こんな突然寝るなんて」
「そうですね…って、こんな不自然な眠り方する人間and妖怪が姫以外にいるはずないでしょう!!」
「う~何かひっかかるなぁ」
何か痛烈な皮肉を感じた輝夜が言ったが、明快に否定できないのもまた事実なのであった。
「永琳さまぁ~じゃあ鈴仙どうしちゃったんですか?」
心配そうにウドンゲに付き添っていたてゐが言った。ケンカするほど仲の良い二人、普段憎まれ口を叩いているてゐだが、鈴仙は大切な友達なのだ。
「ん~とりあえず命に別状はないみたいだけど…まさかっ!?」
どたどたどた!
何かに気づいた永琳は、兎そこのけの加速と快速で台所に滑り込む。ちなみに、途中で永琳を見た何羽かの兎は、その迫力に本当に『そこのけ』していたのだったが、それはこの際どうでもいい。
「ないっ!?やっぱりない!!」
「ないって何がないんですか?」
台所で慌てている永琳に、同じく慌てて追いかけてきたてゐが言った。ちなみに、輝夜も追いかけたが、普段の運動不足がたたったのか、はるか後方から「待ってえいり~ん、てゐ~」などと言いながらのたのたついてきている。当人は全力疾走のつもりのようであるが…。
「…魔理沙からもらった珍しいキノコ、家の側に生えてたからってくれたの。代わりに薬の代金踏み倒されたけど」
「珍しいって…どう珍しいんですか?」
「ええ、加熱すると強力な睡眠薬になるの、調合によっては丁度いいんだけどそのまま食べたら…」
「食べたら…?」
てゐがゴクリと唾をのむ…。まさか…死?
「たっぷりぐっすり気持ちよく眠れるわ」
「成程」
ほっとしたようなそれでも心配なような微妙な表情でてゐは言葉を返した。
「何が~はぁ、眠り~はぁ、続けるの~はぁ」
「姫…、明日から筋トレです」
息も絶え絶えでやっと追いついてきた輝夜に、呆れ果てている永琳が言う。
「え~面倒」
「面倒でもやるんです!このままじゃホントの引きこもりに…」
「う~永琳のばかぁ」
居間から台所までの数十秒間に精魂を使い果たし、全身から『かったるいよオーラ』を発している輝夜が割り込んできて話がずれかけたが、ウドンゲの事が心配なてゐが無理矢理話を元に戻す。
「永琳さま、姫さまはどうでもいいんですけどそのキノコがどうしたんですか?まさか…」
「てゐひどい…」
「そうね、この際姫はどうでもいいわ、手遅れな気もするし。それでそのキノコなんだけど、昨日魔理沙からもらった後、ちょっと台所の戸棚の上に置いてそのままにしていたの、ちゃんと『食べるな』って書き置きはしてたんだけど。それが今見たら無くなっていて…」
「二人ともひどい…手遅れって」
うしろで輝夜がいじけていたがそれを気にする者は誰もいなかった。
「どんなキノコなんですか?」
「舞茸っぽいかんじのキノコなんだけど…」
「え…舞茸っぽいキノコ?今朝のお味噌汁ー!!」
そう、今朝の献立は…ごはん(海苔付き),野菜炒め,温泉卵,そして…舞茸の味噌汁、
そう『舞茸』の味噌汁!
「ええ、私もいつもとは味が違うかなと思ってたんだけどまさか…」
「あうう…私まだお味噌汁に口つけてなかったから…」
「私は毒とか効かないし…」
そろ~りそろ~り
そして深刻そうな二人の背後で逃亡を図ろうとしている『罪人』が一人、しかし…
がしっ!
「きゃう!」
「で、なに逃げようとしてるんですか姫?」
…輝夜の回想…
ことこと
「う~ん、今日のお味噌汁の具はお豆腐だけかぁ、なんか寂しいなぁ。でも何か取ってくるのは面倒だし、採ってきたり捕ってきたりするのは論外だし~」
と、目にとまるは戸棚の上の舞茸
「あ、兎達が採ってきてくれたのかしら。ん?『食べるな(特に姫)、永琳』。もう、私がつまみ食いすると思っているのかしら。それに独り占めはいけないわ~、というわけでお味噌汁に投入っと♪」
ことことこと
「うん、これで朝ご飯は完璧ね。」
「姫様、おはようございます!」
「あらイナバ、丁度良かった。朝ご飯できたから持っていってくれる?」
「はい、あ、舞茸ですか?好物なんです私」
「あらそう、それはよかったわ~」
「では先に行っていますね」
「ええ、よろしくね」
とてとてとて
…回想終了…
「というわけなんだけど…」
永琳につかまり、正座させられた輝夜が上目遣いで二人を見る。
「ほう、つまり姫は私がわざわざ独り占めするためにあの書き置きを残したと…?」
「あ、あはは、間違いは誰にでもあるのよ。ね」
『ね』に力を入れ誤魔化そうとする輝夜だったが…。
「それは確かに一理ありますがね、それは間違った当人が言うべき台詞ではありません!」
「そうです!」
二人はそんなことでは誤魔化されなかったのだった…。
「あううう…ごめんなさい~」
二人の眼光に、しょぼしょぼ~という擬音付きで小さくなった輝夜を横目に、てゐが口を開く。
「それで永琳さま、鈴仙は治るんですか?鈴仙がずっとこのままだったら私…私…」
「あ、えっと大丈夫大丈夫!後遺症もなんにもなし!!解毒剤飲ませれば一発だし!放って置いても二週間後にはばっちりぱっちり目が覚めるはずよ!!」
「そうそう!永琳もこう言ってるし!!大丈夫だよ!!」
いつまでも起きないのならば死んでいるのと変わらない、それに気づき半泣きになったてゐを見た二人は、大慌てで泣きやませにはいる。
「ぐすっ…本当?」
涙目で二人を見るてゐ。
「本当本当、何たってこの『天才』永琳様のお墨付き!」
「自分で天才って…」
「姫は黙っていて下さい!」
「うん、わかりました。でも二週間後?」
この時てゐの頭の中では、即座に『放っておく→鈴仙が起きるのは二週間後→それまで遊べない→つまらない』『解毒剤を作ってもらう→鈴仙起きる→すぐに遊べる→楽しい』という二つの式が完成していた。
「永琳さまー、解毒剤ってすぐ作れるんですか?」
「え、ええ、解毒剤ならすぐできるんだけど、確か調合方法書いた本を燃やされてしまって…、新しく調べるには多分一週間は…」
「えー一週間!?」
それじゃああまり意味がない、せっかくすぐに遊べると思ったのに…とてゐは再び落ち込んだ。
「永琳、人には片づけしっかりしろって言ってるくせにだらしなーい」
「…姫が焼き芋作ろうとして燃やしてくれちゃったんですけどね」
「あ…あははははー」
「はぁ」
笑って誤魔化す輝夜とため息をつく永琳。
「う~ん、他に調合方法知ってる人いないんですか?」
「メディスンはいつもどこにいるかわからないし…あ、人って言うかヴワル魔法図書館になら本かなにかあるかもしれないわね」
「じゃあ行って来るっ!」
永琳が言ったその言葉を聞くやいなや、文字通り『脱兎』のごとく駆け出すてゐ。
「あ、ちょっと危ないから待ちなさい!!」
「永琳~なんか私も眠い~、考えてみたら私も味噌汁食べて~ぐう」
「あ…ちょ、姫!あ、成程、不死だから毒が効き出すのが遅く…っててゐ!まちなさ~い!!」
第二話『幸運の兎と凶兆の黒猫』
「う~ん、飛び出したのはいいんだけど、ヴワル魔法図書館って何処だろう?」
森を抜け、平野にでるとそこはてゐの知らない世界、勢いで飛び出してみたはいいものの、右も左も全くわからないのである。たまに遊びに出たことはあるが、いつも永琳やウドンゲと一緒だったのだ。しかも歩いている内に霧が出てきて周りは真っ白になってしまっている。
「うーん、ここどこ?」
「わからない時は人に聞く!」
別に誰かに言ったわけではなかったのだが、その言葉に反応して現れたのは小さな猫影だった。
「人?」
「まぁ人じゃないけど」
人じゃないじゃん…と言外に言いながらてゐが言うと、あっさり相手もそれを認めた。
「で、あなた誰?」
「人に名前を聞くときは自分から言う!」
「あ、私はてゐ、因幡てゐ」
まぁもっともな反応にてゐは名を名乗った。
「私は橙、あなたは兎?」
「ええ、そういうあなたは黒猫ね。不幸を運ぶの?」
「そんな迷信信じちゃダメ!」
「迷信だったの?」
また一つ賢くなったわ、とてゐは思った。まぁ役にたたなそうな知識ではあるが…。
「多分」
「多分かーまあいいや、もし迷信じゃなくても私の幸運を呼ぶ能力で相殺よ」
「幸運を呼ぶの?じゃあ私にも幸運をくれる?そうしたらこの迷い家から出してあげる。今ならなんと目的地への地図付き!」
そして何気ないてゐの一言に橙がくいついた。よくわからない対価を提示して幸運を求める。
「迷い家?」
てゐはその中でもよくわからない単語の筆頭格を聞き返した。
「そう、もう帰り道なんてわかんないでしょ。一度入ったが最後、この迷い家からは二度とでられない。私に幸運をくれないならあなたは永遠に迷い家の住人になるの」
「うーんそれは困るかも」
何かよくわかんないけど怖い所なのねーと感じたてゐは、素直に不安を口にする。
「で、どうするの?」
「オッケー、その話乗った。帰り道どころかここがどこかさえわからないし…。そうねぇ、あなたは湖に蛙のきぐるみをして行けば幸せになるわー」
てゐの能力は『人を幸福にする程度の能力』、もっとも、幸運『だけが』訪れるとは限らないが…。
「そうなの?」
「そうなの」
「本当?」
あからさまに怪しげな提案に、橙は不審そうな目でてゐを見つめる。
「本当本当、因幡の白兎は嘘をつかないわー」
「昔鮫を騙して海を渡ろうとしたって…」
「そんな迷信信じちゃダメ!」
怪しさが拭えないのか、はたまた自分の台詞をとられたのがくやしいのか、橙はしばらく思案していたが…。
「う~ん、まいっか、別に損する事もなさそうだし、暇だし。蛙のきぐるみなら確かどっかに…」
「(あるんだ)」
数分後…
「じゃあついてきて、私から離れないでね」
「うん」
てゐは蛙のきぐるみを着た黒猫に先導され迷い家を脱出した。
そして湖畔にて
「はい地図」
「ありがと」
「…本当にこれで幸せになるの?」
再び不審そうな橙。
「大丈夫!一時間もたたないうちに幸運が訪れるわー」
「う~んいまいち信用がおけないけどまぁいいか、じゃあ気をつけてー」
てゐは黒猫に見送られながらヴワル魔法図書館にむかい歩き始めた。
第三話『氷上のおてんば恋娘』
「くしゅん!うーん何か冷えてきたかも。っていうかなんで春なのにこんなに寒いんだろ」
そう、すでに季節は春のはず。しかし湖畔は寒風吹きすさびとても春とは思えない。よく見ると流氷まで流れている。
「アイシクルフォール!」
BAGOM!DOGOM!!ZABUM!!!
「わっ!何ー!?」
寒さに耐えながらも平和に歩いていたてゐの周囲に、突然次々と氷塊が降り注ぎ砕け散る、しかも湖に落下した氷塊は巨大な水柱をたて、その飛沫でてゐはびしょ濡れになってしまった。そして、びしょ濡れになったてゐの眼前に現れたのは、どことなくバカっぽい少女であった。
「ちぇ、せっかく兎の氷漬けをつくろうと思ったのに」
「あなた何者?」
聞き捨てならない言葉を放つ相手に、警戒態勢に入ったてゐは聞き返す。
「あたいは最強の氷精チルノだよっ!!あんたを氷漬けにしてやるよ!兎の氷漬けっていうのも面白そうだし」
訂正…『どことなくバカっぽい』ではなく『あからさまにバカっぽい』、てゐの緊張感
など、どこかに吹き飛んでしまった。
「なるほど、あなたがチルノさんね。永琳さまや鈴仙が言ってたわー、『湖にはもの凄い(バカな)妖精がいる』って。あなたがそのチルノさんね」
「え、もの凄い(強い)妖精がいる?そうね、あたいってばそんな噂になってたのね。さすが」
勘違いして、一人満足げな表情をしているチルノに、てゐはここぞとばかりに話しかける。
「ねぇ、でも私を凍らせるつもりならちょっと待ってみない?でもそんな事よりもっと楽しいことがあるんだけど…」
「何よ、つまんない事だったら凍らせるよ!」
凄むチルノ。
「そんなことないわー、それにあたしみたいな小さな兎を凍らせてもみんな驚かないよ。あなたって何でも凍らせれるの?」
「私に凍らせられないものなど無い!!」
てゐの挑発に胸を張って答えるバカ。
「そう、それならあっちの湖岸に大きな蛙がいたんだけどそれを凍らせてみない?私より大きい蛙だったからみんなきっと驚くよ。ただ早く行かないと逃げちゃうかも」
「あんたより大きい蛙?へぇ、それは面白そうね。いいわあんたは見逃してあげる。じゃ」
あっさりのせられたチルノはたちまち上昇してゐの指さした方向へと向かっていく…。
「さすがは噂に名高いバカだなー。よし!ヴワル魔法図書館に前進再開!!」
てゐは一人呟くと、軽やかな足取りでヴワル魔法図書館の方角へと進んでいった。
そしてこれは余談、チルノのほうの話である。
「う~ん、蛙…蛙…いたっ!」
てゐの指さした方向に飛んで数十秒、チルノは眼下に大きな『蛙』を発見した。
「確かにでかい、でもこのあたいに凍らせられないものなんて無いっ!なんてったって最強なんだから!!」
チルノは眼下の『蛙』に狙いをさだめる。
「む…幸運なんて全然来ない。私もしかして騙された?」
そして今頃騙された事に気付いた眼下の蛙…いや橙の直上方から急降下をかけるチルノ!!
「パーフェクトフリーズ!!」
「なんだって!?」
KACIM!
危機を察した橙が回避運動をとる間もなく、チルノの『凍符』が直撃する。たちまち橙は氷漬けにされてしまった。
「へっへーでっかい蛙?あれ?黒猫?…新種の大蛙ね、他の妖精達にも自慢できるわ」
バカまるだしで喜ぶチルノは、他の妖精達にどうやって自慢してやろうかと考えはじめた…。しかしその背後に迫る人影…、家に帰ったら橙がいないと、藍が捜しに出ていたのだ。そして…
「あっ!あっ!!あああっ!!!」
「何よ!頭に響く叫び声ね」
「橙…こんな哀れな姿にされて…」
蛙の格好で驚いた表情のまま凍りついている橙…、確かに誰が見ても哀れな姿である。
「へへ、あたいってば最強でしょ」
「どこに行ったのかと思っていたら橙、こんな目に遭わされてたなんて…。すぐに治してあげる」
POWA
「あっ!ちょっとあんたなにすんのよ!!」
チルノを無視して藍が念を込めるとたちまち氷が溶け、橙が解放される。
「あ…藍さまぁ~」
「橙!」
水がかかり弱っている橙を藍が抱きしめる。
「藍様に抱かれて死ねるなんて橙は幸せものです~」
「大丈夫よ橙、迷い家のこたつで丸くなっていればすぐに治るわ。あなた式じゃない」
「藍さまぁ~」
「こらー!あたいを無視すんなー!!」
先程から完全に無視されていたチルノが叫ぶと、藍はゆっくりとチルノを睨む。
「ふ…ふふ、元より無視するつもりは毛頭ないわ。私のかわいい橙をこんな目に遭わせてくれちゃって…、さぁ覚悟はできてる?」
「あ…あたいとやる気?あたいは最強の氷精チルノ、狐なんかに…」
「狐狸妖怪レーザー!!」
BYUM!
口では強がりながらも後ずさるチルノに、藍の怒りの弾幕が放たれた。
「ア…アイシクルフォール!!」
ZYUWA!!
チルノも応射するがたちまち貫かれる。
「げっ!」
ZYUWAWA!!!
危うくかわしたレーザーは背後の岩を貫通し、たちまち周辺を溶解させた。
「ちょ…タンマタンマ!!」
さすがに勝てないとみてチルノが言ったが、大切な橙をいじめられた藍の怒りはおさまらない。
「まだまだっ!ユーニタルコンタクト!!」
SYU!!
「わっ!ダイアモンドブリザード!!」
GOGOW!!
聞く耳持たない藍の攻撃にチルノは必死の阻止弾幕を張るが所詮はチルノ、たちまち突破され、逃げるのが精一杯である。
GOMGAGAM!!
「誰か助けて~!!」
少し暖かくなった湖岸に、自業自得なチルノの悲鳴がこだましていた。
第四話『孤独な都会派魔法使い』
さて、てゐの進む先にはとある魔法使いの住む家があった。彼女の名はアリス・マーガトロイド、自称都会派魔法使いである。
「はぁ、上海…今日も寒いわね。春度は戻ってきたはずなのに」
暖炉の前の揺り椅子に座り、腕に抱える人形に話しかけるアリス、だが当然返事は返ってこない。
「こないだの春騒動以来誰も来ない。霊夢に至っては私の事忘れてるし…」
そう、こないだ(かなり前)の騒ぎで来訪(微妙)があって以来、彼女の家を訪れる者は絶えて久しかった。その後、魔理沙と組んで月を取り戻したりしていたが、友人の多い魔理沙はそうそうアリスの所に遊びには来ない。
アリスは、人形を作りその寂しさを紛らわせていたが、いかんせん限界がある。ちなみに、彼女が勝手に友達だと思っていた霊夢に至っては、アリスの顔すら覚えていなかった…。しかしたとえ寂しさに囚われても、変に気位の高い彼女は自分から友人を求めに行くことはできなかったのだ。
そして、今日も上海人形と会話(?)をしていたアリスだったが、そんな彼女の元に小さな兎がやってきたのである。
時間をほんの少し巻き戻す
「くしゅん!くしゅん!!…さっきのバカのせいでびしょびしょに…」
先刻のチルノとの一件で、濡れ鼠ならぬ濡れ兎になってしまったてゐ、このままでは風邪を引くと、きょろきょろ辺りを見回した。すると道筋から少しはずれた森の中に、煙突から煙をあげている一軒家があるのが目に留まった。
「あ…あそこで着替え貸してもらおーっと」
寒さに耐えかねたてゐは、誰が住むともしれないその家の扉を叩いていた。
とんとん
「え…空耳かしら?」
この私が友達欲しさに幻聴なんて…などと頭を振るアリスだったが、どうやらノックは空耳ではないらしい。
とんとん
「ごめんくださーい、誰かいませんかー?」
「来客!?」
GATAM!GOTOM!GOROM!
誰かの声を聞き、慌てて立ち上がろうとしたアリスは、揺り椅子とテーブルをひっくり返し、ついでに本人もひっくり返ったが、構わず玄関に走っていった。
PATAM
「どなたかしら?」
それでも扉を開けるやいなや、澄まして来客を出迎えたアリス。彼女の目の前に立っていたのはずぶ濡れになって寒そうにしている兎であった。
「あのーすいません、そこでおバカな妖精にずぶ濡れにされて…着替えを貸してくれませんか?」
「え、ええ、それは災難だったのね。まぁ私も忙しいけど困っている人(?)は見過ごせないわ。お茶を淹れてあげるからまぁお上がりなさい」
てゐの言葉に『仕方ないなぁ』という表情をして家に導きいれるアリス。
十分後
てゐは着替えを渡され、紅茶と、なにやら高そうなお茶菓子を出され、至れり尽くせりのもてなしを受けていた。
「あ…あのー」
そろそろ行かないと…、と思ったてゐは辞去しようとしたが…
「何?何か足りなかった?何でも言ってね、私はそんじょそこらの野良魔法使いじゃないから大体のものは揃えているわ」
「あ、その…」
「あ、おなか空いたの?そういえばアイリッシュシチューが作りかけだったはず。紅茶のおかわりはいらない?いいルフナの茶葉が入ったの、それともフレバーティーのほうが好みかしら」
結構傍若無人なてゐだったが、根はいい人間…じゃなくて兎である。それにここまで親切にされると、さすがにその親切を無下にもできなかった。
「あ…いえ、きれいなお人形がいっぱいだなぁって思って」
「あなたよくわかってるわ。ここの連中はみんなこの子達のかわいさがわからないんだもの。あのね、この子が上海でこの子が蓬莱、それでこの子が…」
楽しそうに話し始めるアリスを見て、てゐはますます出ていきづらくなってしまっていた。
二時間後…
「あ…あのぅ、私そろそろ行かないと…」
さすがに長居しすぎたと思ったてゐは、アリスの家を辞去することにした。
「あらそうなの、別に私はもうちょっとなら大丈夫だけど」
アリスは、表情は澄ましているが、『行かないで~』とか、『寂しい~』とかいうオーラを発しながら言った。
「えっと、友達が待っているので…」
ぐさっ!
何かがアリスの胸を突き刺した音がした…結構深く。
「そ…、そうなの、それは早く行かないとね。友達は大切よ、『私にも』沢山いるけど、みんな大切にしているわ」
絞り出すように言うアリス。
「はい♪友達と遊ぶのは楽しいです♪」
ぐさぐさ!!←第二撃
「じゃあ気をつけてね」
心に巨大な貫通孔×2を開けられたアリスだったが、それでも虚勢をはりつつ、しっかりとよろよろと(?)玄関まで送りに来ていた。
「はい、それで…また来てもいいですか?服も返さないといけないし…今度は友達を連れて…」
ズキューン!
てゐの一言で、今度は反対側からアリスの心に貫通孔が穿たれたらしい、
「え、ええ、仕方がないわね。私も忙しいけどたまにだったら構わないわ」
やはり澄ましてはいるが、言葉の端々から『うきうき』という効果音を発しながらアリスは言った。
「あ…忙しいんだったら…」
「あ、えと、忙しいのは昨日でおしまいになったのを忘れていたわ。まぁ私がいるときだったらいつ来ても構わないわよ(いつでもいるし)」
慌てて言い直すアリスだったが、その心理はしっかりてゐに見抜かれていたのだった。
「あ、それでは、お世話になりましたー」
「ええ、まあ気をつけてね。このあたりには妙なのが多いから」
「はい、ありがとうございます」
ところがアリスと別れて僅か数分、その家が視界から外れないうちに、てゐは『妙なの』に襲われる羽目になる…
「はぁ、変な人だったけどいい人だったな、アリスさん。暖まれたし」
「じゃああたいがもう一度冷やしてあげるよっ!!」
「あっ!?バカ!!」
「誰がバカよ!!」
そう、命からがら藍の追撃をかわしたチルノである。しかもその隣にはチルノとコンビを組むレティが随伴している。
「この兎にチルノはやられたの?」
「やられてない!ちょっと騙されただけよ!!っていうことで覚悟しなさいこの兎詐欺師(うさぎし)め!!」
「嘘はついてない!ちゃんと蛙(?)いたでしょ!!」
「いたけどその後酷い目に遭ったのよ!狐が出てきて。と言うわけであんたをアイスラビット(?)にしてやるんだから!!ダイアモンドブリザード!!」
GOGOGOGO!!!
「ああ!まだちょっとやることがあるから待ってー!!」
しかし、当然待ってくれるはずもなく、弾幕がてゐに襲いかか…らなかった。
「春の京人形!!」
HOWA!!
「なっ!?」
チルノの弾幕は吹き飛ばされ、そこには人形を抱いた少女が立っていた。
「何者よあんた!」
「アリスさん!?」
「てゐちゃん大丈夫だった?『たまたま』外を見ていたら、性悪な妖精にてゐちゃんが襲われているのが『たまたま』目に入ったから助けにきたの」
涼やかな顔をして言うアリス、言うまでもない事だが、「引き返してこないかな~」と窓からてゐを見ていたら、この状況が目に入ったので助けに来たのである。
「さあ妖精さん、この都会派魔法使いアリス・マーガトロイドを敵に回したくなければおとなしく…」
「都会派魔法使い?あ~あの『気取ってばっか』で『友達ゼロ』の『七色魔法莫迦』だろ」
「チ、チルノ!!」
ぐさぐさぐさっ!!
レティが止めたがもう遅い、心に続けざまに弾丸を受けたアリスは、心を孔だらけにされ、精神的に大きくよろめいた。因みに、この言葉はチルノのどの弾幕よりもアリスを凍らせる効果があったというのは、後にレティが語ったところである。しかし…
「え、私アリスさんの友達だよ。さっきお話ししたし」
てゐのこの一言で、凍り付いたアリスはたちまち解凍された。
「ええ、そうね。私には他にも沢山友人はいるのだけれど…、てゐちゃんも大切な友人の一人だわ。ということで、てゐちゃんは早く友達の所にいってあげなさい。ここは私がなんとかしておくから」
澄まして言うアリス。
「え…おいちょっと」
「あ…ありがとーアリスさん。また今度ー」
「ええ、『また今度』ね」
どことなく幸せな表情をしながらアリスは手を振った。
「あたいを無視すんなー!!」
チルノを無視して二人が手を振り挨拶を交わす。そして…
「さて、チルノさんでしたっけ?それで誰が『気取ってばっか』で『友達ゼロ』の『七色魔法莫迦』なのかしら?」
ゆっくりと振り向いたアリスは、持ちうる全ての自制心で澄ました表情を維持していたが、その背後にはドズ○もかくやと思うばかりの凄まじいオーラが漂っていた。しかしおバカなチルノにはその気配が察せられない。
「あんただろ」
「チ…チルノ!まずいって」
アリスの凄まじいオーラを感じたレティがチルノの口を塞ごうとしたが、時既に遅し、アリスは怒りにより『熱血』がかかり、てゐの一言で『必中』が追加、準備万端攻撃開始に支障なしといった具合になっていた。
「あれ…?」
アリスのただならぬ気配に、おバカなチルノもやっと気付くが後の祭りである。
「『気取ってばっか』で『友達ゼロ』の『七色魔法莫迦』で、『誰からも忘れ去られた』『幻想郷一の嫌われ者』なんて本当に素敵な言葉を贈って下さいましたね。とっておきの弾幕でお礼をさせていただきますわ」
背後にもやもやと黒い何かを漂わせながら言うアリスに、チルノが慌てて言った。
「ストーップ!最後の二つ言ってない!!それはあんたが自分で思っているだけでしょうがっ!!」
「チっチっチルノー!!」
この一言がとどめだった…。
「誰が嫌われ者の孤立キャラよ~!!!春の京人形!魔彩光の上海人形!!もうひとつおまけに首吊り蓬莱人形!!!」
仮面がとれ、半泣きになってめったやたらと弾幕を放つアリス、たちまち周囲は俗に言う『背景が見えない』状況となってしまった。
GOGOGOGOGOGO!!!
BUHU-M!!!
「うぎゃー!!」
「チルノのバカ~!!!」
ぴかっ!!
「あ、光った…」
全速力で戦場から離脱していたてゐの後方で、てゐの予想より8割増し位の爆発が起こっていた。
「うーん、アリスさんには今度菓子折でも持っていこう。もちろんお金は鈴仙もちで」
DOGO-M!!
「…でもアリスさんの家、次に行く時に残っているかなぁ」
ZUZU-M!!!
心配そうに言うてゐの後方では、凄まじい大爆発が連続して起こっていたのだった…
第五話『帽子に輝く赤い星』
「あ、あれが紅魔館ね」
てゐの眼前には湖の水面に赤い影を落とすお屋敷が建っていた。これこそ、間違いなくてゐの目指す『紅魔館』であろう。
短い坂道を上り、てゐが紅魔館の門前に立ったとき、既に日は天高く昇り、午後の日差しが燦々と降り注いでいた。
「遅くなっちゃったなぁ」
てゐは呟いた。
さて、門前には星マークのついた帽子を被った一人の中華娘が立っていた。紅魔館にいると永琳達から聞いていたのは、吸血鬼姉妹と完全で瀟洒な武装メイド、でもってひきこもり文学少女と図書館司書の小悪魔。てゐは「誰だろうこの人…下っ端なんだろうなぁ。不幸そうだし」と思いつつ声をかけた。
「あのーヴワル魔法図書館ってここですか?」
「あなたは?」
問い返す門番。
「永遠亭のてゐです。ヴワル魔法図書館に用事があってきたんですけど…」
「確かにそう、でも悪いけどここは誰も通すわけにはいかないの。私はここの門番、ここを通すと私が後でひどい目に…というわけで諦めてくれる?」
てゐはあっさり通してもらえると思っていたのだが、そううまくはいかなかった。先の霧騒動以来、幾度も門を突破され、瀟洒なメイドから制裁と減給を受けていた門番は、自己の生存の為、例え無害そうな兎妖怪であろうが、何人たりとも門内に侵入させる訳にはいかなかったのである。
しかし、てゐもあっさり引くわけにはいかなかったのだ。そう、永遠亭で待つ鈴仙で…いや『と』遊ぶために…。そして、はたと悩みだしたてゐの視線の先には『瀟洒~』といった雰囲気のメイドがいた、それを見たてゐの頭脳が高速回転を開始する。確か『瀟洒なメイド』は、永琳さまが「気取っているけど実はかわいいものに目が無くて…、こないだちらりと部屋を見たら、部屋中人形で大変な事になっていたわ」と笑いながら言っていた人だ、危険な賭だけど可能性はあるはず。
「…あーあ、こんな下っ端に私が止められるなんて、実力の差もわからないのかしら。これだからマイナーな奴は困るわー」
「な…なんですってー!!」
突然豹変したてゐの態度、門番は一瞬固まるとたちまち怒り出した。
「まったく、この私の能力をもってすればこんな下っ端なんて秒殺だってのに。それすらわからないなんて無能にもほどがあるわ。紅魔館もなんでこんな無駄飯食いをやとっているのかしら」
「この…じゃああんたの弾幕見せてもらおうじゃないの!芳華絢爛!!」
BUWAM!!ZUMZUMZUM!!
門番の弾幕が放たれ、てゐの周囲にたちまち爆煙があがる。てゐも必死で回避するが命中は時間の問題であろう、てゐは…
「いじめないでー!!」
大声で助けを求めるてゐ。
「は?あんた散々大きな口叩いておきながら『いじめないでー』ってね」
さっきとはうってかわったてゐの叫びに唖然とする門番、しかし…
「は?誰が『いじめないでー』ですって?恐怖のあまりおかしくなったのかしらこの門番は」
「な、な、このー!!」
再び豹変したてゐの態度に、第二撃を加えようとする門番。と、
「何をやっているのかしら貴方は?」
その時現れたのは瀟洒なメイド長であった。
「あ、咲夜さん!見てください!!不審な兎が来ていましたが、口ほどにもなく、今追い払うところで…」
「わーん、おつかい頼まれただけなのにー!!取り次ぎ頼んだだけなのにー!!永琳さまに怒られるー!!」
咲夜の賞賛を期待して得意満面で言う門番、もう一度豹変し大泣きするてゐ。
「ほら、私は任務をしっかり果たして…」
「わーん、悪いことなんてしてないのにー!!突然弾幕なんてひどいよー!!」
門番の頭の中では「これで今月のお給金も大丈夫、咲夜さんのナイフの標的にされることもない」と幸せな…といっても極めてささやかだが…想像が踊っていた、だが…。
SAKU!!
その門番の額の星を貫くナイフ。
GAKU
「さ…咲夜さんなぜ…」
膝をつき、愕然とする門番に咲夜は冷たく瀟洒に言い放った。
「貴方は客人と敵の区別もつかないのかしら?こんなかわいい兎をいじめて誇らしげにしているなんて、あなたは無能なだけでなく残酷ね」
咲夜の腰には、てゐが「たすけてー、あの人がいじめるのー!!」などと言いながら抱きついていた。
「あなたは今月のお給金はなしよ、いらないのを通してばかりでこんなかわいいこをいじめて喜ぶなんて。それとあとでナイフの練習に付き合ってもらうわよ」
「そ…そんなー」
なにやら鼻を押さえながら言い放つ咲夜に、門番は絶望して倒れた。
薄れ行く視界の中で、門番は小さく舌を出すてゐを見た。
「さ…咲夜さん、騙されてますって…がくっ」
帽子に『赤い星』をつけ、やっとはめられた事に気が付いた門番の言葉は、咲夜に届くことはなかった。
第六話『策兎策に溺れる』
「まぁ、じゃあお友達を助けるために薬を貰いに来たの?」
「うん!永琳さまが『紅魔館のヴワル魔法図書館なら絶対に解毒剤があるわ!今日中に貰ってこないとウドンゲは死ぬ!!私も動けない、動けるのはあなただけよてゐ!早く取ってきてっ!!』て言ってたのー、『危なくなったら瀟洒で完全なメイドさんに助けてもらいなさい』ってー!!」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。任せなさい、あの門番は後でたっぷり懲らしめておくから」
咲夜に案内され、紅魔館の廊下を歩くてゐ。真実という具に、安物のテンプラ並に嘘で分厚く衣をつけたてゐの言葉は、瀟洒なメイド長にはとても美味しく感じられたようだった。
「いいのー!許してあげるからー」
「まぁ、てゐちゃんって本当にいい子ね」
うずうず
てくてくと歩く二人、しかしどうも咲夜の様子がおかしい。手をうずうずしたように動かしている。
「どうしたのー?」
どうも手がおちつかない咲夜を見て、てゐが尋ねた。
「え、ええ、なんでもないわ」
うずうず
声と行動が一致しない咲夜、どうやらてゐの耳を触りたいらしい。
「あ…あのー耳触りたいんだったら別にいいけど…?」
「え、いえそんなことはないんですけど…、何事も経験ですし…」
言い訳をしながらもしっかり手を伸ばす咲夜。
「!?」
咲夜の表情にてゐは鬼気迫る何か…いや、何か自分に危機が迫っている事に気がついたがもう遅かった。
十分後…
なでなで、さわさわ
「あの…そろそろ放して…」
「かわいい…気持ちいい…」
てゐの言葉など耳に入らないように呟き続ける咲夜、しかも彼女の鼻からはとめどなく赤い液体が流れ続けている、はっきり言って恐い。
「あ…あのー」
くいっくいっ!
咲夜の裾を引っ張るてゐ…、咲夜の動きが止まった。
「ほっ」
正気に戻ったか、とてゐが一息ついた刹那
BUHA!!GAKU!!!
「ひっ!?」
咲夜は鼻から勢いよく赤い液体を噴出し、がくりと膝をついた。
「だっ…大丈夫ですかー?(いろんな意味で)」
「おっおっ」
「お?」
「お持ち帰りー!!!」
「きゃー!!!」
鼻血を噴出しながら飛びかかってきた咲夜を紙一重でかわし、身の危険を感じたてゐは全速力で逃げ出した。脱兎…いや、スーパー脱兎の勢いで逃げる逃げる。地上を走る限りてゐのこの速度にはそうそう追いつけないだろう。凄い速さ…具体的に言えば130㎞/h
くらい…で逃げているのだから。
そう、追いつけないはずだ、なのになんで…
「お持ち帰りー!!!」
「なんで前にいるのー!?」
キキーと砂埃を上げて止まるてゐ。なぜ廊下なのに砂埃?などと気にしてはならない。
「ふふっ、ふふふっ、かわいいものはみんな私のもの…レミリア様も妹様もてゐちゃんもみんな…ふふふふふ」
完全に遠い世界にいってしまった咲夜、てゐは『しまった、紅魔館のメイド長の能力は時を止める』って永琳さまが言ってたんだったー!!ということに気付いたが、時既に遅し、いくらてゐがその俊足を誇っても、咲夜の前では文字通り『止まって見える』のだからどうしようもない。
「あ…助けてー」
へなへなと座り込むてゐ、弾幕勝負では勝ち目はない、逃げ切れない、私はここで咲夜の『お人形』にされてしまうのだろうか…、色々な考えが頭をかけめぐったが、もうどうしようもなかった。
「ふふふっ」
獲物を狙うハイエナのようにてゐに迫る咲夜…だがその時
「咲夜、『また』おかしくなったのね」
外見とは正反対の落ち着いた声で現れたのは幼い少女だった。
「レミリア様?」
咲夜の動きが止まる。
「レッドマジック!!」
次の瞬間彼女は警告も何もなしに強力なスペルカードを発動させた。
BAGOM!!
「きゃっ!?」
「れみぃり…」
GAKU
てゐの視界は紅く染まり、勢いよく吹き飛ばされた。一方、直撃を受けた咲夜は沈黙し床に倒れ伏す。
「ふぅ、あなたは誰?」
しばらくしてふらふらと立ち上がったてゐに少女が尋ねた。
「あ…私は永遠亭の因幡てゐ…です」
ついつい敬語になってしまうてゐ。
「永遠亭?ああ、あの月騒動の時の、何の用かしら?」
「えっと実は…」
かくかくしかじかと事情を話すてゐ。
「ふ~ん、何かまた騒ぎを仕掛けに来たのなら…いえもう十分騒がしいけど…、ただじゃ置かない所だけど、まぁそういう事情があるなら見逃してあげるわ。今日の私は機嫌がいいの、運がよかったわね。ちなみにヴワル魔法図書館はあなたの目の前の扉よ」
「あ、ありがとうございます…」
幸運にも虎口を逃れたてゐは立ち上がり、扉の前に立った。
コンコン
一呼吸おいて扉を叩くてゐ、しかし反応はない。
「おじゃましまーす」
てゐは一声かけると扉を開け部屋に入った。
第七話「終章」
GIGI…
きしむ扉を押し開けたてゐの目の前には、見渡す限りの本棚の海が広がっていた。
「あのー、誰かいませんかー?」
「どなたですか?」
広い空間にむかっててゐが声をかける。それに答えて現れたのは羽根をつけた小悪魔だった。
「永遠亭のてゐですが、ここに解毒剤の製造法を書いた本があるかもって聞いて…」
「うーん、パチュリーさまに聞いてみるのでちょっと待って下さい」
小悪魔は羽根をはばたかせ、本棚の向こうに飛んでいった。
てゐは小悪魔を見送ると改めて室内を見た。
「うわー」
もう「うわー」としか言いようがない位の本棚の海、一体どれくらいの本があるのだろう?そもそも館の外見からは物理的にありえない広さである。まぁこっちのほうは、同じように空間を歪めたりつないだりする人妖が身近にいるのであまり不思議ではない気もするのだが…。
そして二十分も待っただろうか、噂に聞く『ひきこもり文学少女』がやってきた。
「あなたね、解毒剤の調合法が知りたいっていう兎は」
「はい、よろしくお願いします」
「今日は喘息の調子もいいから構わないわ、それで何の解毒剤の調合法なの?」
「え…」
はたと沈黙するてゐ、そう言えばなんのキノコだっけ…?覚えてない…っていうか聞いてない。
「…いくら私でも何の解毒剤かわからなければ調べようがないのだけど」
呆れ顔に若干の同情の色を混ぜながら、パチュリーが言った。
「あ…う」
あんなに苦労してやってきたのに…、と涙ぐむてゐを見て、パチュリーと小悪魔は同情の色を顔に浮かべるがどうしようもない。だが…
BATAM!
突然扉が開き飛び込んできた人影、永琳である。
「てゐ!よかった、ちゃんと無事に着いていたのね!!」
むぎゅーとてゐを抱きしめる永琳。
「永琳さまー!!」
抱かれるてゐ。
そしてしばし二人は再会を祝すと、パチュリー達の方をふりかえった。
「パチュリー、久しぶりね。うちの子が世話になったわ」
「ええ、久しぶり、後者はまぁ構わないわ。どこかの黒白みたいに本を盗みに来たわけではないみたいだし」
挨拶を交わす永琳とパチュリー。
「それはよかった。で、用件は聞いたの?」
「半分だけ、何に対する解毒剤かを聞かなければ捜しようがないの」
「そんなことだろうと思った。捜して欲しいのは『マイタケモドキダマシ』の解毒剤の調合法、見つかる?」
「捜してみるわ」
小悪魔とパチュリーはてゐ達を残し、広大な図書館へと本の捜索に行ってしまった。
「てゐ、あまり手間をかけないでね」
「ごめんなさーい」
優しく叱る永琳にてゐは素直に謝る。永琳はてゐが鈴仙の為に危険な外界に飛び出した事を知っているし、てゐは自分の行動で永琳に心配をかけた事を知っている。二人は微笑みあうと、のんびりパチュリー達を待っていた。
一時間後…さすがに待ち疲れた二人の前にパチュリー達が現れた。
「あったわ」
簡潔明瞭な一言と共に一冊の本を差し出すパチュリー。
「ありがとー」
「ありがとう」
二人の礼に、パチュリーは少し照れくさそうな顔をすると、「別に構わないわ、ちゃんと返してくれるなら」と言って、小悪魔と共に図書館の奥へと消えていった。
帰路
「てゐ、よく頑張ったわね、詰めが甘いけど」
「えへへ…」
既に地平線へと近づきつつある夕陽を眺めながら、二人はのんびり歩いていた。
「でもこれから出かけるときは誰かと一緒に行くのよ、できれば姫なんかを引きずって…いえ連れて行ってくれると助かるわ」
「はーい、気をつけまーす」
全然気をつけるつもりの無い声で答えるてゐ。そう、今日の『冒険』は色々危ない目にもあったがそれ以上に楽しかったのである。
「はぁ、まあ気をつけなさい」
ため息と同時に言葉を返すと、永琳はてゐに手を伸ばした。
ぎゅ
二人は仲良く手をつなぐと、地面に長い影をうつしながら家路を急いでいったのだった。
その夜の永遠亭…
「あれ…?私一体…?」
頭をふるふると振りながら起きあがる鈴仙。
「れーせーんっ!!!」
GESI!!
次の瞬間、鈴仙の視界一杯にてゐがうつりこむ。
「むぎゃっ!!てゐっ!?」
「れーせーん!!起きたー心配したんだよー!!!」
「なっ!?一体何が?」
突然の事態に状況がつかめない鈴仙、「そういえば朝突然ふらっとしてそれから…」と思いを巡らす間にも、てゐは鈴仙に抱きつき、泣き続けていた。
「てゐに感謝しなさい、あなたが今意識があるのはてゐのおかげなんだから」
「え?師匠、それは一体…?」
永琳は語った。朝、天然なお姫様のせいで鈴仙が眠りにおちてから、てゐが危険な外界に出て解毒剤の製法を求めに行ったことを、てゐの気持ちはあえて説明をするまでもなく、てゐの想いを受け取った鈴仙は涙ぐんだ。
「てゐ…私のために…ありがとう、本当にありがとう」
「ううん、だって鈴仙がいないとつまんないもん、寂しいもん」
「てゐ…」
「だからね、これからもずっと元気でいてくれないと嫌だよ?」
「うん、うん…」
「だって…」
PETA
鈴仙の耳を触るてゐ。
「ん?(何か耳の様子がおかしいような?)」
「だって…玩具が壊れちゃおもしろくないでしょっ!!!」
「え、あ!こらてゐ~!!!」
走り出すてゐ、追いかける鈴仙。そう、鈴仙の両耳は、先端が仲良く接着されていたのだった…
「こら~!待ちなさ~い!!!」
「やっだよーだっ!」
どたどたばたばた
「あ~あ、まったくもう。ま、喧嘩するほど仲がいいとはよくいったものね」
呟く永琳、勿論彼女はわかっていた。てゐが本気で泣いていたことを、もちろん鈴仙もわかっているだろう。なぜなら…
「この~いたずら兎~!!」
「騙されるほうが悪いんだよーだっ!!」
今走り回っているその時にも、二人の『笑顔』からは涙がこぼれ続けていたのだから…。
完
あ、ちなみにこれは余談であるが、すっかり三人に忘れられていた輝夜は、翌朝になってからようやく起してもらい、大層ご立腹であったという。尚、これはその時の永琳の言葉である。
「だって姫が寝ているほうが仕事が少ないですからね。みんな無意識のうちに避けちゃうんでしょう、起こすのを」
この一件以来、輝夜は少しはまともに働くようになったそうな…めでたしめでたし。
今度こそ『完』
というか、おつかいの途中てゐが困った時にも誰かが助けてくれるのは、
「幸運の兎」だからなのかな? とか思ったり(笑)
新キャラかな?
苦労人えーりんとへたれてるよがチョットよかった。
パチェリー→ 正しくはパチュリーです。
渾名はパチェでいんですけどね。そう呼ぶのはレミリアだけですが。
何はともあれ、なかなか面白い冒険でした。
もことの掛け合いがどんなのになるか想像するとうわあ楽しそう。