作品集その23 ふしぎなフランちゃん 第三話?の続編です。これで最終回
※前の3話と比べてアホみたく長くなってます。
第三話のあらすじ:U.N.オーエン絶頂す
「……なぁ、一つ聞いていいか?」
「はぁい」
「私の記憶が正しければだ」
「はぁい」
「ここってどうみてもフランの自室じゃないか」
「はぁい」
「私は普通でいいっていったはずだが」
「はぁい」
「頼むからまともに答えてくれ……」
魔理沙は、あくびなのかため息なのか自分でもよくわからない息を吐いた。何というか、肉体的にも精神的にも疲労がピークに達していて如何ともしがたい調子だった。
タキシードメイドの指示で魔理沙を迎えにきたという銀色の髪に蝙蝠の羽を生やしたメイドは、「へやをおつれします」といったきり、魔理沙の問いかけにはすべからず「はぁい」としか答えなかった。そして、気が付けばよりによってフランドールの寝室にまで誘導されていたのだった。
眠気で感覚が鈍っているとはいえ、魔理沙はいやな予感を覚えずにはいられなかった。真夜中絶賛稼働中と思われるフランドールがもし部屋にいれば、十中八九弾幕ごっこ突入だろう。ここ最近様子が変だったのを思い返すが、それゆえにフラストレーションの解放に遊び相手を強要される確率が高いといえた。別に遊ぶのがいやというわけではないが、今の状態でまともに相手ができるはずもない。
かといって、フランドールが部屋にいなかったとして、そのままこの部屋で寝付くというのも妙な話だった。仮にフランドールが自分の部屋を使わせてもいいと許可を出していたとしても、それはなにかおかしい。
(そもそも、フランがきそうなとこで迂闊に無防備な姿をさらしたら、それこそ弾幕ごっこ強制より酷い目に遭うぜ)
いたづら盛りのフランが寝ている魔理沙に何もしないはずがない。朝起きて顔に落書きされていたりなんかりして、レミリアや咲夜に見つかって笑い者になるのは実に勘弁願いたかった。
「つうわけで、他の部屋ないのか?」
「はぁい」
「ないなら勝手にどっかの空いた布団に潜り込むぞ?」
「はぁい」
「いいのかよ」
「はぁい」
「……」
だめだ、話にならない。こんなわけのわからないメイドをどうして雇ったのやら、明日の朝あたり食事を頂戴するときにでも聞いてみようかと魔理沙は思った。
(しかし……)
ひたすらオウム返ししかしないメイドを見る。
初めて見る顔であった。自分でも言っていたが、魔理沙は紅魔館のその他大勢メイドの顔などいちいち覚えていない。しかし、それにしても今目の前にいるメイドは紅魔館にいて仕事をしているメイドとは全く違った雰囲気であった。
正直に言って、なんでメイドなんぞしているのかと思えるほどに彼女は美しかった。いや、咲夜あたりは同性として十分に美しいレベルにあるといっていい(色々と認めたくないが)が、このメイドの現実離れした美しさは咲夜すら足元に及ばないのではないか。
(なんつーか……喩えるならば、レミリアのやつが大人の姿になったらこんな風になるのかもな)
もっとも、仮にそんなことがあったとしたところで、普段のレミリアとこのメイドは雰囲気が違いすぎる。レミリアであればただそこに突っ立っているだけでむやみやたらに傲岸不遜な威圧感を放出するだろう。もっとも、メイド服を着込んでいればその限りではないかも知れないが。まぁ、とどのつまりあり得ない話ということだ。
(……っと、あんまりどーでもいいこと考えたらなおさらに眠気がやばいぜ、心臓が止まって死ぬか?)
本気で立っているのも辛くなってきた。
「……仕方ないなぁ、虎穴に入らずんばじゃないが、有無を言わさず突入してベッドに潜り込むとするか」
「はぁい」
メイドがまた声を出したが、無視。意を決して魔理沙はドアノブを捻った。正直、ノックする手間も惜しかった
「フランー、問答無用で寝かせてもらのごぉお!?」
「魔理沙ー!!」
ドアを開けた途端、申し合わせたように虹色の羽の少女は突撃してきた。反応の遅れた魔理沙は激しく体を揺さぶられ、動きの自由を奪われる。
それを狙ったかのように、彼女は硬直した魔理沙を部屋の内側に引きずり込んだ。それにあわせて、銀色の髪のメイドはさっさとドアを閉めてしまったのだった。
「まーりーさー!!」
「うぐぐうぐ……ふ、フラン! いきなり突進してくるなぁ!」
「だーって、魔理沙がきてるんだもん! 嬉しくないわけないよー」
紅いパジャマの女の子、フランドールは魔理沙の胸元にぎゅうぎゅうと抱きついた。
「魔理沙ー、キャッキャッ」
「ううう……まぁあれか、どうやら調子が戻ったみたいだな、安心し……あふぅあぁああ」
「魔理沙、眠いのー?」
「ん、ああ、ちょいとばかし面倒なことがあったからなぁ、もう眠くて眠くて」
「それじゃあさ!」
フランドールは魔理沙から離れると、部屋の中央に据えられた天窓付きの超高級ベッドにダイブした。ごろごろと数回シーツの上を転がると、魔理沙の方へ向き直りポフポフと枕を叩く。
「一緒に寝よ! 私も寝るところだったんだー」
「――んあー? 今1時頃だぜ? 普段なら起きれる時間じゃないのか」
「きょーは寝たい気分なの! 魔理沙も眠いんなら丁度いいじゃない」
「――不思議な事もあるもんだなぁ、フランが即弾幕らないで就寝なんて」
その点を魔理沙は疑問には思ったが、睡魔で浸かりきった頭ではそれ以上何かを考える気にはなれない。
「まぁ、いいや。それじゃー寝ようぜ」
「わぁーい!」
と、喜ぶフランドールを尻目に、魔理沙は精一杯睡魔と闘いながら帽子を取りエプロンドレスを折りたたんで、キャミソールとドロワーズ一丁になった。
ボフッとフランドールにならうように、魔理沙もベッドに潜り込んだ。
体を任せた瞬間、あまりの柔らかさに背筋が粟だった。まるできめ細かいパウンドケーキに埋もれたようなあり得ない浮遊感。
「おおう、こいつは……生クリームにでもなりそうな気分だ」
「えへへー、魔理沙」
「ん、フラン。あんまりひっつくと暑苦しくなるぜ」
「大丈夫、私の方が体温低いから丁度良くなるよー」
「そーいうもんかねぇ。んじゃ明かり消そうぜー」
「うん」
言われて、フランドールは部屋のランプに入っている炎の『目』を突いた。炎は『破壊』され、部屋はすぐさま闇に沈む。
彼女はランプの火のような消しても問題のない対象へ破壊の力をピンポイントによく使っている。地下室にいた頃はそもそも明かりが必要なかったので、このようなことはしたことがなかった。が、少しずつ外に出て行くようになってから、なるべく暴れ回らないようにするためレミリアとパチュリーの指導により日頃から力の制御を義務づけられるようになったのだった。部屋の明かりを消すという、とりとめのないことに力を使うのも、能力制御の一環ということになる。
日頃から自分の能力を注意深く抑制していくことで、自然に精神の均衡もとれるようになれば――と、魔理沙はパチュリー達からその狙いを聞かされたことをぼんやり思い出した。魔法は最初から使わなければそれで済むが、生まれもっての能力は手足と等しいものなので、常にそれと向き合わなければならない。やっかいなもんだと魔理沙はそのとき抱いた感情もまた思い返していた。
(とはいえまぁ――初めてあったときに比べれば確実に日進月歩してるし、もうそんなに嫌な事なんてないだろうさ)
「フラン」
「なぁに?」
べったりと張り付いたフランドールに敢えて目を向けず、魔理沙は言葉を紡いだ。
「朝起きて食事が終わったら、弾幕ごっこしようぜ」
「ほんと?」
いつの間にかからみついていた指を、魔理沙は優しく握り替えした。
「おう、約束だ。新開発のスペルを見せてやるから、楽しみにしてろよ」
「うん! 見たい!」
「それじゃ、明日に備えて寝ようぜ。おやすみな」
そうして、魔理沙はぱちりと瞳を閉じた。
「おやすみ、魔理沙。明日絶対弾幕ごっこだよ?」
「ああ……必ず……だぜ」
文字通り、瞬く間に魔理沙は眠りに落ちた。程なくして、緩やかな寝息が聞こえ始める。
互いの手を重ね合わせた状態で、フランドールは魔理沙の横顔をしばらく見つめていた。普段のパワフルな雰囲気とは全く違う、同性から見ても可憐でかわいらしい寝顔。願わくば、ずっと眺めていたい。そんな安らかさだった。
「おやすみ、魔理沙……」
あふれんばかりの愛おしさに満ちた、二度目のおやすみ。
フランドールは、想い人の柔らかい暖かさに包まれて至福のまどろみに包まれていった……
で済んだらよかったんだろうなぁ……
くるっ。フランドールは突如魔理沙に背を向けた。
(……やった)
次の瞬間。仮に魔理沙が起きていたとしても絶対に見ることが出来ない角度で、
フランドールは、
( 計 画 通 り )
嗤った。
声はなく、ただ貌だけで。
形容しがたいとはまさにこのこと。その貌は余りにも凄絶なものだった。あり得ない、あってはならない。その邪悪さ。いかに吸血鬼といえども、少女の姿をした存在が、そんな貌をとって許されるわけがない。だが、彼女ならば許す許されないなど問題ではないだろう。
喩えるならば、それは幻想郷の外のどこかで、自分を新世界の神とのたまう困ったチャンが勝利を確信したときの笑顔だった。
(ええ、完璧よ。全てはうまくいった……魔理沙は今私の部屋で完全に眠りこけた。無防備! 薄着! 寝顔! 私は幻想郷の神になる!)
「神と聞いて歩いて「お呼びじゃないから歩いて帰れ」
(おおっと、謎の角度からノイズが飛んできて思わず声を張り上げそうになったわ。剣呑剣呑)
なにやら視界の端にたくましいアホ毛の女性が涙を流しながら虚空に消えていく姿が見えたような気がするが気にしない。
そう、全ては計画通り。あえてメイドれみりゃを使いに出させて部屋に誘導することで、魔理沙の眠気を膨れあがらせたところに自分の寝床に誘い込む。これで、魔理沙は籠の中の鳥と同じだ。
(クロス、アウッ!)
魔理沙を起こさないように慎重に、しかし鋭い動きでベッドから飛び出したフランドールは一瞬のうちに着衣全てを展開し、手の平に隠していた青いキャンディーを口に含んだ。
(ケミカルフュージョン!)
フランドールの体が閃光に包まれる。と同時に、部屋の隅から何故か無数の蝙蝠があふれ出し、瞬く間に輝くフランドールをその光ごと覆い隠していった。
閃光が収まると同時に、蝙蝠の放出も止まった。
(U.N.オーエン!)
ビシィ!と決めポーズが映える。誰も見ていないにもかかわらずわざわざこのような変身シーンを演出する意味があるのか、という突っ込みは、その一分の隙もない完成されたスタイルに黙殺される。
「お嬢様、どうぞお部屋にお入りください」
「はぁい」
声が掛かったことで、れみりゃはぽてぽて部屋の中に入ってくる。
「まりさ、ねちゃったの?」
「ええ、それはもうぐっすりと。この極楽鳥の羽毛100%布団は放出される遠赤外線幸せマイナスイオンによって永眠するかのような深い眠りに陥ることが出来ます。そうそうのことでは起きたりはしません。さぁ、ここからがお楽しみ」
シュパッと音速で取り出したるは、ご存じパチュパチュパの赤い方。
「これで魔理沙をイリュージョンで大変身させてごらんにいれましょう」
「ぱちぱちぱちー」
何が楽しいのか拍手するれみりゃを尻目に、フランドールは間髪入れずに心地よい眠りに沈んでいる魔理沙の口に赤いキャンディを放り込んだ。
「れっつ、まりしゃ!」
意味不明なかけ声と共に、魔理沙の体は光に包まれた。光は収縮していき、数秒でかき消える。その後には……
「いやぁぁぁぁぁっほおおぉぉぉおおぉ!!!!」
ワンマンスタンディングオベーション。フランドールは鼻からのダブルレーヴァティンを乗り越えて熱狂的に拳を突き上げた。
魔理沙は見事なまでに魔法ょぅι”ょまりしゃへと変貌を遂げていた。ふわふわの布団に埋もれたふわふわの巻き毛ふわふわぷにぷにふわぷに嗚呼もうなんで伝わらないかなぁ!! まぁ、とにかく見てくれだけならばれみりゃに勝るとも劣らない退廃的な容姿だった。もし仮に香霖が昔からこの寝顔を普通に見ていたとしたら、彼が主に幻想郷外から殺意を向けられる理由が又一つ増えたことだろう。
「くっくくうはっはっっはははかっはっははははあは。凄いよこおのプニプニほっぺ! さすがは人気投票V2!」
「まりさー、あかちゃんみたい、かわいー」
「可愛くないわけがないですわぁお嬢様ぁ。魔理沙は愛されるために生まれてきたのです、ガチでうふ、うふ、うふふふふ」
フランドールスカーレット、絶賛狂化スキルEX発動中。既に彼女は自分が第二の咲夜になっているということに気づいていない。今感じている精神的疾患こそ悟りと法悦の境地だといわんばかりに猛っている。ダメだこの495年の波紋、早く何とかしないと……
「ねーねー、おーえん。まりさだっこしていい?」
「!?!?!!? なんつーことをいいやがっしゃりますか!! そんなことしたら私が誰もいなくなるか? ダメ! 絶対!」
「けちー」
れみりゃの提案を全精力を持って否定する。そんなことをされればフランドールは完全に発狂する。そして、取り返しの付かないナイトメアプレイで幻想郷中の倫理観を破壊して回ることだろう。ヤマザナドゥ許さないよ。
「くぅーはーはーあ。しかし流石にこれは刺激が強すぎたわね。んじゃ次は大人バージョンいってみよー」
「おとなにもなるの?」
「サーイエスサー。むしろ貴方をおっきくしたのは思いっきりそれなんでありますが気づいていないのねもうどうでもいいや。ってところでまずはリセットと」
これ以上発狂モードが続くとコインいっこどころの話ではなくなるので、さっくりと青いキャンディを食べさせて魔理沙を元に戻した。ああ、お気づきのようにもちろんのこと、U.N.オーエンはDrパチェからの注意事項など一分一厘覚えてはいない。彼女の脳みそのように単純ではない思考回路は、都合の悪い事項はさっさと忘却できるように出来ているのだ。でも大丈夫。このお話は変態ギャグの世界だから、人が死ぬことはないのさ! てなとっこっかなー。
さて、一端体を元に戻したところで、フランドールは青いキャンディをつまんだ状態でふと考え込む。
体が小さくなるのはいいとして大きくなる場合、身につけているものがネックとなる。比較的ゆるやかなキャミソールとドロワーズ姿になっているとはいえ、魔理沙の体がどこまででかくなるか予想も付かない。
(……ということで)
おもむろにフランドールは魔理沙の衣服を躊躇なく『破壊』した。さながらそれは、美少女勇者を何の必然もなくひんむいてみる好色魔王の如きひとにらみである。間違いなく能力の制御の使い方を間違えているが、もはやそんなこと問題にはならないだろう。とりあえず、魔理沙の玉の肌に関する描写は控えさせて頂く。
「さぁ魔理沙、今こそ少女の殻を脱ぎ捨てて大人への階段を上るのよファッファッファ。うなれダイナマイトバディ!」
猛り狂う期待と共に、フランドールは青いキャンディを再び魔理沙の口に突っ込んだ。三度、閃光が明かりの落ちている部屋を満たしていく。
「かもーんかもーんかもーんよーし――って?」
「まぶしー――あれ?」
おかしい。本来なら数秒で済むはずのメタモルフォーゼ光が、何故か10秒以上経っても一向に収まる気配がない。むしろ、時間を刻むごとに輝きはどんどん増していき、フランドールの部屋を隅々まで塗りつぶさんとする勢いだ。
「い、一体何が……」
光の増幅は止まるところを知らない。もはや目を閉じた上で両手で顔を覆わなくてはならないほど輝きは凄まじいものとなっていった。
そして
「のわぁぁぁ!?」
「ひややややや!?」
まるで、太陽が爆発したかと思えるような烈光の発散。全身が溶けてしまうかのような圧倒的熱量と圧力が二人を襲った。
……爆発の余韻は数秒続いた。ようやく光が収まったことを肌で感じたフランドールとれみりゃは、ゆっくりと腕を下ろす。
部屋の様子に代わりはなかった。ベッドの天窓も無事である。となると魔理沙は……
魔理沙は……
『ひぃぃやぁぁぁぁぁああぁあああ!?!?!!』
二人は音速を超えて部屋を駆け出した。というよりも飛び出していった。ドアを開ける余裕すらなく、壁を盛大にぶち抜きまくって、一秒でも早く一メートルでも遠く魔理沙のそばから離れようと烈風を纏って空を貫く。
ものの数秒もせず、まるでスピアーザグングニルが通り過ぎたような横穴を紅魔館に残して二人は夜の闇に飛び出していったのだった。
フランドールは後に知ることになるが、魔理沙は以前キノコ魔法の失敗で体が二頭身に縮んでしまったことがあった。体を元に戻すために手当たり次第に森のキノコを食い漁った結果、体を巨大化させすぎた魔理沙は穴に落ちる以外はいかなる攻撃も通用しない無敵の形態へと変貌を遂げたのだ。しかしその恐るべき能力の代償に、魔理沙の乙女な容姿は人体の構造を無視したポージングが似合いそうなおぞましいもっと別の何かとなった。つまりその、なんだ、お察しください。スッパであの形態はさぞお嬢ちゃんのトラウマになったことだろう。
「う~ん……」
絶叫と壁をぶち抜く音で刺激されたのか、魔理沙は僅かに覚醒した。
「あ~、なんだよ……」
軽く体を起こし、当たりを見渡す魔理沙。
フランドールがそばにいないことと、壁が破壊されているのを見て、一言。
「フラン……いくら催したからって壁ぶっこわして飛んでいくのは行儀悪すぎるぜ……」
不幸中の幸いと言うべきかなんなのか、完璧に寝ぼけた魔理沙は自分の身に起きた異常すら気づかず、再び何事もなかったかのように眠りについたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はぁー、はぁー、はぁー、ま、まさか魔理沙があんな風になるなんて……」
「ふぇー、ふぇー、こわかったよおーえん……」
幻想郷最速も目じゃないくらいのラップタイムを記録して紅魔館を脱出した二人。全速力で逃げ出したので息も絶え絶えである。
「魔理沙、やはり恐ろしい子……あんなトラップを仕掛けていたとはこのオーエンの目を持ってしても見抜けなかったわい」
ソレは色々と絶対違うのだが、確かにあんなとてつもないものを見せられては驚くほかないだろう。いささかビビりすぎではあるが。
「うーん、しばらく紅魔館にはもどれないかなぁ。そろそろいい感じに食堂が大騒ぎしてるころなんだろーけど」
「おーえん、どーするの?」
思案する。戻って魔理沙を元に戻すという手もあるが、あの恐ろしい姿をまた見るというのは遠慮願いたい。加えて、もう紅魔館にいたずらできる相手は大して残ってはいない。パチュリーは後々にシめる予定なので。
さっと当たりを見渡すと、思った以上に紅魔館から離れたらしく、既に紅魔湖のほとりからも離れている。紅魔館は吸血鬼の視力でかろうじて確認できるほど遠くだ。
(そういえば……普段のお姉様や咲夜が付いてないで外に出るのなんて、初めてかも)
ふと見上げれば、雲一つない満天の星空が広がっていた。ただそんな他愛ない行為も、彼女には新鮮だった。
見渡す限りの夜の幻想郷。もうそろそろ丑三つ時にさしかかるこの刻限、果たして幻想郷の住人はどうなっているのだろうか。
想像しただけで、フランドールは得も言われぬ好奇心と高揚感に身を焦がした。そう、今彼女を縛る者は何一ついないのだ。この満ちあふれた世界を、いくらでも飛んでいられる。ならやることは既に決まりだ。
「そーですねぇ……お嬢様は普段日中の幻想郷ばかりを散歩して回りますから、今日は夜の幻想郷探険としゃれ込みましょうか」
冷静に考えればなんで吸血鬼が夜中ではなく昼間ばかり出歩くのか解せないものだが、レミリアはもっぱら霊夢に会いに行く以外に外出することは多くないため、そんな奇妙な日常ができあがるのだ。
「たんけん、あぶなくない?」
「だーいじょうぶだいじょうぶ。何かがあったとしても全力でお守り致します」
「じゃあ、いこー」
そうして、ついに天災は野に放たれた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
※以下、ダイジェストでお送りします
シーン1:ハクタクのはやにえ
「……一体コレはどーいうことだよ、輝夜」
「それは私が聞きたいわね、妹紅」
「まったく、何が起こったんだか。いきなり背後から殴られたかと思いきや、目が覚めれば縮んでるしー」
「いくら一対一で弾幕ごっこに集中していたとはいえ、まさかこんな簡単に背後を取られるなんてねぇ……」
「ともかく、どうするよ、お互い服がぶかぶかで動けやしない……さっさと腕降ってあんたの従者でも呼びなさいよ」
「えーりんえーり――って何を言わせるのよあなた。そういうあなたこそお節介な保護者でも呼び寄せたらどうなの」
「――ぉーぃ、もこー」
「と、噂をすればなんとやらじゃん。けーねー! ちょっとシャレにならないことになったから来てー」
「ああ、早くしないと凍え死んじゃうわ――妹紅、慧音に永琳を呼んでもらっている間にたき火でも作ってよ」
「おお、そりゃいいな。後でお前をくべて竹炭でもこしらえてやるよ」
「妹紅ー、輝夜も。今日はそろそろケンカは止めに――」
「来たわね。慧音、ちょっと永遠亭にひとっ走りして永琳を呼んでくれないかしら? 事情は後で説明するけど――慧音?」
「慧音、どうしたの? さっきからだま――」
シ ャ キ ー ン
「!? ちょ、嘘でしょ!? なんで今日は新月のはず!」
「な、慧音! 一体どうして――なんか凄く鼻息荒い!荒いから!」
「……フ、フフ、フシュルルルル」
「ま、まままっまままって! 何その目つき! や、やめてやめて近寄らないで!」
「け、けーね! みてわかんないの!? 私たちは今なんかしらないけど子供の体になってんのよ!? いくらなんでも今の状態で『アレ』なんかやったら……」
「モコタン、テルヨ」
「「!!」」
「問題ダ、私ノ角ハ何本ダ?」
「え、えーと! 外に出ているのでは二本!」
「スカートの中を換算するなら合計三本とかいわないよね!? よね!?」
「オ利口ダ。デハ第二問。今コノ場ニイル人間ハ何人ダ?」
「そ、それはもう……」
「私たち、二人……」
「ヨロシイ。トイウコトハワカッテイルナ?」
「ひ、ヒギィ!?」
「い、インしないお! 私インしないお! できないお!」
「ダイジョウブ。ホウライジンシナナイ。ハクタク、ウソツカナイ」
「「え、えーりんえーりん!たすけてえーりん!」」
「アンシンシロ、エーリンドノモ、スグニアエル、サ、ア、イッテゴラン、アイコトバハ」
「「えーりんえーりん!!」」
「moooooooooooooon!!!!」
「ウワァァァアァァァァ!??!??!」
「!? 師匠、今のは……」
「ウドンゲ……イナバ達に避難命令を出しなさい。そして私たちも逃げるわよ、夜が明けるまで。地の果てでも!」
「は、はいいい!」
その夜、竹林に無数の兎の悲鳴がこだましたとか、しないとか。
シーン2:花と闇の死闘
「ら~ら~らら~ら~ら~ら~ら~、ら~ら~ら~ら~……あ、あれルーミアじゃない、やっほー」
「――ミス、ティア――?」
「どーしたの、うつむいちゃって……、て、ルーミア、その体」
「――ミスティア」
「!?」
「――うふふふふ、貴方美味しそう」
「&%$#!$”|~)(!!」
「……あらら、ずいぶんはしたない夜食の取り方してるのがいるとおもったら……お久しぶりね『宵闇の魔術師』さん」
「そういう貴方は、フラワーマスターさん。まさか目が覚めてそうそう顔を合わせるなんて、お互いついてないわね」
「ええ、まったく。一体どういう風の吹き回しなんだか、貴方がその姿に戻るなんて」
「これが私にもさっぱり。『ルーミア』の体が大きくなった反動でリボンがほどけちゃったみたいね。まったく、スキマ妖怪にむすびなおしてもらわないといけないわ」
「彼女にお願いするには骨が折れるわねぇ。私がその手間なくしてあげましょうか?」
「その心は?」
「今この場で元の暗闇に戻してあげる、ということよ」
「相も変わらず喧嘩早いこと。でも貴方が弱いものイジメしないなんて、珍しいわね」
「あら、十分弱いものイジメよ。貴方はこれからいいように嬲られるんですもの」
「上等。時が許すまで、その向日葵を枯らし尽くすわ」
「やれるものなら……」
「やってみせましょう!」
その夜、夜雀の道はいつもよりも遙かに濃い闇に塗りつぶされ、そこに迷い込んだ蛍のリーダーは翌日花びらにまみれたミイラとなって発見され、射命丸文はその無惨な姿をカメラに収めることになる。
シーン3:やめてそれだけは
「ち、チルノ! その格好どうしたの!?」
「あー、これ? なんか黒ずくめの変なヤツが親切にもアメくれたもんだから、ソレ食べたら服が縮んだんだよねー。あ、アメはブルーハワイで美味しかったよ。かき氷にしたい味ねー」
「服が縮んだんじゃなくて、チルノが大きくなったのよ! というか、前にも注意したのにチルノったら、また穿いてないの!?」
「だってー、スースーするの気持ちいいんだもーん。んー、なんかいつもよりスースーしていい感じー」
「そーいう問題じゃないでしょ! はやくおうちに戻ってなんとかしなきゃだめよ!」
「ん? あ、閃いたわ大妖精!」
「え?」
「そーよ、何で今までやんなかったのかなー。スースーが気持ちいいんなら、最初から何も着なきゃいいんじゃん!」
「根本的に間違ってるー!」
「というわけではい、大妖精ー」
「ちょ、止めてチルノ、それだけはやめて! あなたの評判が⑨どころじゃなくなる!」
「あははー、こりゃきもちいいー。服なんて着るだけ無駄よねー。うーん、あたいったらやっぱり天才ね!」
「やめてー! 大股広げて360度回転しないでー! お願いチルノー!」
その夜、騒がしくて目を覚ました蓮の池の主である大ガマは、一糸まとわぬ姿で飛び回る氷精のデンジャラスゾーンを直視して鼻血を吹いて池の底に沈んだという。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……いやぁー、まさかこんなに凄いものを色々見れるなんて。不思議で当然幻想郷?」
「うしさん、こわかったねー」
「ええ、まぁあれは……人間の体ってあんなに伸びちゃうものなんですねぇ」
とまぁ、以上の騒動はすべからずフランドールがパチュパチュパを用いたことによって引き起こされたのであった。これで向こう数日新聞のネタに困らないと天狗のブン屋達は嬉しい悲鳴を上げていることだろう。それくらいフランドールいくところパニック目白押しとあいなった。
「さーて、次は何処に行きましょうかねーお嬢様ー」
「うーーーんーー、むぅー……」
「ん? お嬢様如何なされました?」
突然、れみりゃはぐずるようにうなり始めた。目が睡魔に襲われたようにとろんとしている。
(具合でも悪いのかしら、様子がおかしいわ)
「お嬢様、お体が優れないのですか?」
「むぅー、うーぅ、ぅーう……はっ!?」
「うわ!」
いきなりの大声に、思わずフランドールは後ずさった。れみりゃを見ると、目から眠たげな雰囲気が消え、すぐに鋭い眼差しへ……
「う……ここは、一体……」
(か、漢字を使っている! まさか!?)
「なんだって、いつも通り寝ていたはずが……私こんなに寝相悪い方じゃないはず……」
(ま、間違いない! でもそんな馬鹿な! あり得ない! 今日は新月のはず――)
そう、新月時にレミリアはれみりゃとなる。そして未だ新月は続いているはず。にもかかわらず、今目の前にいるのはれみりゃではなく、紛れもないフランドール・スカーレットの姉、レミリア・スカーレットだった
「――む、そこのお前、顔色が優れないな――まるで何かを知っているようだけど」
「え、ええっと、その」
予想外の事態だ。原因はともかくレミリアに戻ったからには、正体を看破されるのは時間の問題。どうやって切り抜けるか考えようとしたその時
「知ってるもなにもー」
どこからか、フランドールにとって初めて聞く声が届く。
「む、この声は――」
「い、一体どこから」
「原因はその女の子よ、お嬢さん」
ズルゥ
「なっ!」
「いい!?」
レミリアとフランドールは揃って驚愕する。驚くのも無理はない。突如としてレミリアのたわわな胸の谷間に紫色の裂け目が生じ、そこから得体の知れない何かが捻り出てくるように出現したのだ。
「こんばんは、紅い吸血鬼の姉妹ちゃん達」
「――何も人の服の中から出てくることはないだろうがこのぐーたら――ってまて、姉妹ですって?」
(げげぇ! まずい)
謎の女は、フランドールの正体を見抜いてるらしい。フランドールの服の下は途端に冷や汗に包まれる。
「まず最初に注目すべきはそこではなく私が出てきたところなんではなくて? やっぱり吸血鬼も新月は調子が悪いのかしらねぇ」
「どういう――ってえええええ!?」
その胸から現れた謎の女に誘導されるまま、自分の胸元を見たレミリアはいつになく素っ頓狂な声を上げた。まぁ、当たり前か。
「ちょ、ま、あり得ない。何で私の体がこうなっているわけ!? なんか知っているなら答えろ! 八雲紫!」
(八雲紫? このうっさんくさいおばさんが?)
フランドールとスキマ妖怪八雲紫との間には面識がなかった。が一応フランドールは姉からの話で八雲紫なるへんてこりんな妖怪が幻想郷にいること自体は教えられていた。
「だからー、そこの女の子が元凶なのよ。というか、貴方の妹さんね」
「な!?」
やはり。致命的だった。この八雲紫なる女は、何故かは知らないがフランドールの変装を完全に見破っている。
「ま、まさか――どういう理屈かは知らないけど、体が大きくなって――これがフランだというの!」
「ざっつらーいと。またの名をU.N.オーエンとも名乗っているらしいわね。決めポーズよかったわよ」
「んなー!」
フランドールは簀巻きにされて崖から突き落とされるような衝撃を受けた。間違いない。この女はフランドールの正体を看破していただけでなく、フランドールのこれまでの犯行の一部始終を目撃していると考えていい。やばい、恥ずかしすぎて顔が炎上しそうだ。
しかし何より最悪なのが、いいように玩具として扱えた姉が元に戻ってしまったことだ。このいかにも足の臭そうな年増妖怪はきっといままで彼女がやった悪事を事細かく話すことだろう。
「――ふうむ。詳しいことはよくわからないけど、それはおいおい聞くわ。それよりまずやらなければならない事があるようね」
「あら、物わかりがよろしくて助かりますわ。今宵幻想郷の静かな時間をかき乱した張本人、U.N.オーエンことフランドールちゃんはちょいとばかしこれ以上野放しにしておく訳にはいかないの。もーきいてよぉ、レミリアちゃん。どこぞの田園サドと幻想郷最古の暗闇が危うくルール無用の弾幕決闘しかけてたもんだから、二人ともスキマ送りにするのにうちの藍ちゃんの尻尾が6つもちぎれたの! まぁすぐ生えてくるからいいんだけどね」
「――ちゃんづけすんな、気色悪い。あんたの従者も可哀想なことね」
言葉だけとはいえ、おおよそレミリアに言われたくはないセリフだ。
「とまれ、事態を収拾するにはこの子を縛り上げれば済むのね?」
「おふこーす。まさか大人と子供の境界を操るだけでここまで騒動を起こせるとは、貴方の妹さん将来は大戦略家か大テロリストに将来有望安泰なんじゃなくて?」
「あー、どっちも実現して欲しくないわね。確実に世界が滅ぶわ」
「大地を更地にした後は星を丸ごと宇宙船にして他星系へと侵略戦争としゃれこめる器とお見受けするわー」
「このぶっちぎり破壊ジャンキーがそこまでできるわけないじゃない。その前に星の方が壊れるわ。やるとしてもせいぜい太陽砕けるスターボウブレイク砲とかが関の山でしょ。あ、太陽破壊したらその分だけは褒めてやるけど」
(お、お姉様までそんなにバカにした目で見るなんて――)
言いたい放題である。この突然全てをぶちこわしにしてくれたデウスエクスマキナぶった悪女も腹立たしいが、何より敬愛する姉がいつになく辛辣にこき下ろしてくるのが、フランドールの致命的な怒りの琴線を激しく振るわせた。
「うー――――」
「ん? なにフラン? 申し開きならバッドレディスクランブル尻叩き12グロスの後にたっぷり聞いてあげるわよ。とっとと後ろを向きなさい」
「あなたそんな鬼畜プレイを妹にしているの? 流石吸血鬼、モラルも良心もへのつっぱりもおまへんねんでやー」
「日本語を話しな、ここは幻想郷だ。ちなみにいうと、この暴走新幹線バカが大人しく尻叩かせてくれるわけないわ、いちいちデーモンクレイドルで距離詰めなきゃならない苦労を分かって欲しいわね」
「んー、ヴラド・ツェペシュにちなんでルーマニア語で話してもいいけれど。それとその苦労って賽の河原の石積みクラスにくだらないわねぇ」
「うーーーーーー!!」
「ほら、とっととお姉様の命令を聞きなさい。私はサイレンの音を妹にした覚えはないわ」
残酷で冷徹な口調は続き、そして
「そもそも、『絶対に館の外に出ては行けない』といういいつけも守れないようじゃ――サイレン以下ね」
容赦ないトドメが刺された。
――――――ブッッッッッチィィィィィィ
「ん?」
「……あら~」
瞬間、世界がくしゃくしゃのちり紙のように波打った。
「――――キィィィィィィィィィィ!!!!!」
凄まじい金切り声。いや、それはもはや声ではなく、音の形態を伴った激怒の波紋だった。込められた高密度の魔力が、本当に空間を津波のように歪めたのだ。広がる魔力の波動はそれだけに止まらず、森の枯れ木を砕き、地面を爆ぜさせ、池の水を裏返す。
「な、なぁ!?」
「あらあらまぁまぁ」
強烈すぎる圧力に、真っ当に驚くレミリアと、我関せずといわんばかりに飄々と声だけで驚く紫。
ひとしきり鳴いたフランドールは、実にゆっくり正面をむき直す。その瞳は眼窩全てを染めるように紅い色をぎらつかせていた。
「いつも、いつもそうやって――」
「フ、フラン?」
「いつもそうやって――私だけ置いてけぼりにして、仲間はずれにして、自分だけ好きなようにふらふら遊び歩いて――」
フランドールの背面の翼から、この世のものと思えないような怪音が奏でられる。虹色を生み出す結晶同士の間隔が大きく広がり、それぞれがそれぞれの色を、太陽よりも明るい光として発散させ始めた。余りにも凄まじい輝きは激しく干渉しあい、次第に翼の骨格の何倍も巨大な、極彩色の光の翼を作り上げていった。
「ほんとは私なんか地下室からでないほうがいいんだ、この世からいないほうがいいんだ、そう思ってるんでしょ?」
「ちょ、まってフラン。私はそんな」
「そのくせ外の世界はこんなに楽しい、なんて調子のいいことを散々吹き込んで――きっとお姉様は目の前につり下げられた人参を必死に追い回す馬が好きなのね。そうやって咲夜も躾たんでしょ。いい趣味だこと」
虚空に伸ばされた掌に、複雑な曲がり具合の黒い杖が出現する。ひしゃげたハート形の石突きから、一瞬にして灼熱が吹いた。見る間に杖は紅蓮の炎に包まれ、闇夜の天蓋を塗りつぶしかねないほどのフレアが刃となる。
禁忌「レーヴァテイン」。フランドールの象徴ともいえる恐るべき魔剣を、彼女は両手で握りしめ、構えた。
この世の全ての可視光を発散する光の翼を背負い、火柱の如く天に牙をむいた炎の剣を手にした彼女は、もはや天使でも悪魔でもない。それらを超越した破壊者だ。
「もういい、私は自由だ。誰にも縛られない。縛るものは全部壊す。それがお姉様であっても」
「フラン、私は……っ」
「ハイハイストップ」
身を乗り出しかけたレミリアを、紫はやんわりと自分の後ろに追いやった。
「止める必要なんかない! これ以上あの子を暴走させたらどれだけ危険なことか――」
「だからって、貴方にあの子を止められるのかしら」
「……っ!」
圧倒的なまでの怒りが、そのまま途方もないプレッシャーとしてのし掛かってくる。それを感じるだけで、新月と言うことを差し引いても、レミリアにとってあまりにも分が悪いことは明白だった。一方のフランドールには、もはや新月か満月かなどという違いは意味を成さないのかもしれない。
そして、運命を操る能力が伝える未来のビジョンが完全に霞がかっている。その事実にレミリアは今更ながら愕然とする。それは、レミリアの力がフランドールに通用しないことを示しているといってもよかった。
「私の記憶が正しければ、そこそこのレベルの吸血鬼は灰にされても生き返ることが出来るそうだけど、灰も残らず消えたらどうなっちゃうのかしらねぇ」
「んなこと、考えたくもない……」
口では悪態を付くが、既にレミリアは全身冷や汗に浸っていた。紅魔館の主であるという肩書きも、威厳も、もはや塵に等しいものだ。
「……というわけで、ここは私にまかせておきなさい」
そのセリフに、レミリアは自分の耳を疑った。
「正気?」
それは二重の問いだった。
この勝手気ままなスキマ妖怪が、わざわざ面倒に首を突っ込むだけでなく、自分の代わりに事態を収拾しようと言うのか? ありえない。
「悪かったわねぇ、トラブル大好きの割と困ったチャンでー」
「……人の心を読むな」
もうレミリアが強気でいられるのはセリフだけだった。
「私が幻想郷を人一倍愛しているのを知らないのかしらねぇ。今のあの子に暴れ回られるとそれこそ大結界まで破られかねないかもしれないのよ。それがどんだけよくないことなのかは解説するつもりはないのでそのつもりで」
「……ご託はいい、私に無理だといったのなら、自分の発言に責任は持つことね」
「はいはい。いちおー離れてなさいね」
そういってさらにレミリアを後ろに押しやると、紫はゆうゆうとフランドールの前に進み出た。
「フン、まずはお前からか。……お前さえ出てこなければ私は楽しいままでいられたんだ。絶対にただじゃあおかない」
「それは逆恨みというものよお嬢さん。紅魔館の中だけで遊ぶならまだしも、お外で火遊びは感心しないわよぉ。あんよがお上手になってからじゃないとぉ、うふふ」
この期に及んでどこまでも飄々とした態度の紫に対し、ギリィと音が鳴るほどフランドールは奥歯を噛みしめた。
「いい度胸じゃないか年増の女郎蜘蛛が。その加齢臭塗り壁厚化粧とバイオハザード靴下、私が丁寧にクレンジングと薫蒸消毒してあげるから感謝なさい」
「……れみりあちゅわぁーん、貴方この子に私のことどんな風に教えたのかしらぁ?」
「……悪かったわよ」
流石の紫もいい加減こめかみに青筋を浮かべたので、レミリアは明後日の方向を向いて謝罪した。
「さぁ、遺言くらいは聞いてやる、覚悟は出来たか?」
「その剣の名前」
「?」
とうとう決戦か、と思われたところで、紫は持っている傘でフランドールのレーヴァテインを指し示した。
「レーヴァテイン。北欧神話においてムスペルヘイムの巨人の王スルトが所持し、世界の終末の際全てを焼き尽くして、新たなる世界の迎え火となったとされる炎の剣。レーヴァテインが全てを焼き払った炎かどうかは諸説有りだろうけど、その刃は地獄の業火と呼ぶにふさわしいものと言えるわね」
「……だからどうしたっていうのよ」
突然蘊蓄を語り出した紫に、訝しげな目を向けるフランドール。
「貴方の用いるレーヴァテインがその本物かどうかは私の知ったことではないけれど、一つだけ教えておいてあげるわお嬢さん」
「?」
レーヴァテインを傘で指し示しつつ、もう一方の手で扇子を取りだし口元に寄せながら、紫はこう言い切った。
「貴方のその剣では幻想郷はおろか、私一人すら滅ぼすことは出来ない。それだけは間違いない事よ」
なんだ、そんなことか。
フランドールは嬌笑を上げたくなった。
この妖怪。この期に及んでそこまで大見得を切れるとは恐れ入る。さすがは姉をして関わり合いにならない方がいいと言わしめただけのことはある。こんな戯れ言をしょっちゅう聞いていたら、笑いすぎて腹筋がねじ切れてしまうだろう。フランドールはそう思った。
「……なら試してみる? その胸くそ悪いにやけ顔を凍り付かせてあげるわよ。わかる? 炎で凍るのよ? 面白そう」
「その売り言葉にはこう答えるべきかしらねー。やれるものならやってみろ、と」
「上等」
フランドールは、円を描くようにレーヴァテインを軽く振り回し、持ち直す。
「なら教えてやる」
光の翼が一度、大きく羽ばたいた。
「――これが、モノを壊すということだ」
レミリアには、その動きがなんなのかとらえることは出来なかった。
突撃は一瞬だった。音速を遙かに超えた移動は、翼の輝きによってまるで光が意志を持って動いたかのようにしか見えない。
元々10メートルも離れていない距離を、文字通り瞬く速さでフランドールは駆け抜け、振りかぶった刃を紫めがけて振り下ろした。
レミリアが目でとらえられたときには、既にフランドールの刃が紫を切り裂こうと――いや飲み込もうとする寸前だった。
だがしかし、紫はまったく避けるそぶりも逃げるそぶりも見せず、ただその場に浮いているだけだった。反応しきれなかったのか、とレミリアは判断するしかなかった。
紅蓮の刃は、振り抜かれれば間違いなく紫を跡形もなく消し飛ばすほどの巨大さだ。もはや回避する手だてはあり得ない。
「消えろッ!」
「!?」
絶叫と共に、ついに魔剣は紫を袈裟懸けに薙いだ。それで、全てが終わり――
それで、ファンタズムがようやく始まった。
時が凍る感覚というのを、レミリアとフランドールは同時に味わった。奇しくも、きっと咲夜が時を止めるのもこんな感じなのだろうか、というコメント付きで。
レーヴァテインは――完全に振り抜かれ、その切っ先を天ではなく地に向けていた。
八雲紫は――消滅していなかった。いや、消滅どころの話ではなかった。
「ほらね、言ったでしょう?」
そういって笑う紫の口元には、変わらず扇子が触れていたが――扇子を持っている左手が、というより、扇子を持っている側がおかしい。
端的に言ってしまえば、八雲紫の体はレーヴァテインが薙いだ線の通り、袈裟懸けに左肩から右腿までにかけてまっすぐ「切れて」いた。
「!?!?!?」
フランドールは、現実を理解できなかった。離れていたレミリアも又同様だ。
改めて紫を見る。よく見れば、切れている箇所の断面は、リボンが所々はみ出た気味の悪い紫色の空間がかいま見えた。まさしく、紫が呼吸するのと同じ要領で開くスキマそのものである。
切られても死なない? 否。そういうレベルではない。レーヴァテインの刃は紫の体を飲み込むのに十分すぎる幅と熱量を持つ。本来なでられるだけで跡形もなくなるはずだ。紫の体は、あたかも日本刀で丁寧に切断されたかのように、綺麗に一直線に分割されているのだ。
「な、な……」
「私一人すら滅ぼすことは出来ない、と」
「う、うわぁぁぁ!!」
間髪入れず、フランドールはレーヴァテインの切っ先を跳ね上げて、今度は真一文字に薙いだ。今度の炎も、確実に紫の全身を焼き払えるはずだった。
しかし
「んもう、人の話はちゃんと聞くモノよ」
今度は、斜めに切れた体が上下に分割される。しかし、紫は変わらず手足を動かし、平然と喋る
「あ、ああああああああああぁぁぁああぁ!!!!」
喉が裏返るほどに絶叫しながら、フランドールは半乱狂になってレーヴァテインを振り回す。当然、紫の体は次から次へ炎に飲み込まれる。凄まじい熱量の拡散に、たまらずレミリアは大きく後退した。
時間にして一分が立つころだろうか。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「――満足かしら?」
「! ひ、ひぃ!?」
息も絶え絶えになるほど、渾身の力で振り回し続けた。しかし、全ては無駄だった。
紫の体は、レーヴァテインでなぎ払われた回数分だけ幾重にも分割されていた。もはや切断線を数えることもできないほど、まるでパズルのピースのように細かい断片の集合体となっているのだ。一つ言えるのは、どこの断片にも一切焼けこげた箇所はなく、先ほどまでの正常な紫の姿をそのままスキマでバラバラにしたようにみえるということだ。この状態で、紫は相も変わらず扇子を閉じたり開いたり(既に扇子の形を見いだすのも困難なほど分割されているが)、何事もなかったかのように振る舞っている。
そのあまりの異様に、対角線上の姉妹はそろって愕然とした。フランドールは己の信頼できる武器が全く通用しないことに。レミリアは、吸血鬼の常識すら軽く超越したこのスキマ妖怪の底の知れなさに。
「これで分かったでしょう? 井の中の蛙大海を知らず。貴方は己の力を扱うにはあまりにものを知らなすぎるの。これは、貴方が強いとか弱いとか、そんなの無関係に当然のことなのよ」
「あ、あ……」
レーヴァテインが、展開したときと同じ程度のスピードで急速に萎んでいった。光の翼も跡形もなく霧散した。それは、フランドールの戦意が一瞬にして萎えたことを意味する。
「それじゃ、おイタをした悪い子には少しばかりお灸を据えないとね」
「!?」
逃げようとした、しかし体が既に動かない。炎が消え失せたと同時に、フランドールの体から力が抜けていったかのようだ。
そんな彼女の事情はお構いなしに、紫の断片は爆発したかのように拡散した。何が起こったか分からず、レミリアとフランドールは共に目を白黒させて周囲をきょろきょろと見回した。
「っ、は!?」
四散した紫の断片は、砂時計の粒が流れ落ちるようにフランドールに向けて集まり始めたそれぞれの断片は、紫の肉体を構成するためのしかるべき位置に、それこそパズルが組み合わさっていくように配置されていき、どんどんと断片同士の間隔が狭まっていく。
「う、うわあああああああ!?」
そうして、フランドールは組みあがっていく紫に閉じこめられた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
※以下グロ注意。BGMはゆかりんファンタジアでお楽しみください
「う、うう、ここ……は……」
気がつけば、周囲は何もない真っ暗闇だった。
「一体何が……」
――ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆかゆか
「…………?」
――ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆかりんりん
「何、これ?」
『ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆーかりんりん! ゆかゆかーゆかりーん――』
『ふーんふーんふーんふーんふーんふーんふーん……』
「!?」
何事か。真っ暗闇の空間は徐々に紫色が浸食していき、それに合わせてすこしずつボリュームが上がっていく謎の声?が
「ちょっと……なんの冗談……」
『ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆかゆか!』
「!?」
突然目の前の空間に、紫のスキマが開く。
そして、そこから声を発しながら出てくるのは……先ほどフランドールがバラバラにした『八雲紫の断片』だった
「あ、あああああ!??」
スキマから謎の声と共に、断片は際限なく溢れてくる、それこそ砂時計の砂のように。あるいは、断片が溢れてくる音が、先ほどから聞こえる謎の声なのだろうか。というか、声というよりもはや歌か。
ともかく、わざわざ何かを言う必要もないほど、それは最悪にグロテスクでシュールな光景だ。
『ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆかゆかゆかゆかーゆかりーん!』
「ひぃ!?」
突如背筋におぞましい感触。反射的に振り返ると、彼女の背後の空間にもスキマが開き、そこからも八雲紫の断片がぞろぞろと転がってくる。
スキマは波が広がるように、紫色の空間のあちらこちらに開きまくり、逆に空間を埋め尽くしていく。そして、どのスキマからもかわらず、謎の歌と共に紫のバラバラになった体が転がり出てくるのだ!!
「ああああああいやあああああ!?!??1 お願い、出して!ここから出してぇぇぇぇえ!!!!」
『ゆかゆかーゆかりーん!』
駆け出す。全身全霊を持って、空を舞おうとする。しかし、スキマはどこまでも際限なく次々と開き続け、彼女に逃げ道を与えはしなかった。スキマが開くごとに、あふれ出す断片と聞こえる歌は増えていくのがさらに最悪すぎる。
「いやああああああ!!!!! お姉様! 魔理沙! 咲夜! パチュリー! 霊夢! め……中国! 小悪魔! 助けて! だれか、助けてぇ!!」
『ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆかりん――』
きつく耳を塞ぐ。しかし音声は鼓膜を突き破るかのように、脳のように単純ではない思考回路に染み渡っていく。心が、浸食されていくのだ。
もはや、彼女に怒りはない。怒りは恐怖と狂乱に塗りつぶされ、ただひたすらのたうち回り、誰かの助けを請うことしかできないのだ。
悪夢という言葉で片づけられれば、それはどんなに幸せだろう。見渡す限り敷き詰められていく断片は、中途半端にくみ上げられていくことで、身の毛もよだつ八雲紫のモザイクを作成していく。それに伴って、狂気の歌も最高潮を迎えていく。
「ああぁ――――――――?!?!??! 許して! 助けて! やめて! 来ないで! うぇぇぇぇ――――――ん!!」
『ゆーかりーんりーん、ゆーかーりーんゆーかーりーん――』
彼女の体が動く余地もないほどに、空間が埋め尽くされる頃――彼女の意識の境界は完全に崩壊した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」
「い、一体何が起こったというの!? フラン、しっかりなさい!」
八雲紫の断片がフランドールを閉じこめたかと思うと、一瞬で紫の肉体は霧散していった。それから少しして、フランドールは突如として尋常ではない勢いでもがき苦しみ始めたのだ。
「おおおおおおああああ?!?!?」
「フラン、フラン!」
「効果は覿面のようで」
「!?」
デジャブ。というよりもついさっきもあったことだが。どこからともなく紫の声が聞こえてきた。
「んま、これくらいトラウマを刻んでおいたほうが、かえってバネになるでしょう」
「ッッッッて! どっからでておるか貴様ー!!!!」
あろうことか紫は、レミリアのスカートの中からにょろりと出現したのだった。ゆかりん、恐ろしい子――!
「女のスキマは人体の最高のミステリーゾーンなのよ? あんだすたん?」
「秘宝館にでもいってろこの倫理ブレイカー! てかそれより一体フランはどうしたっていうんだ!」
「貴方のあそこって案外ゆるいのねぇ」
「ヴラド・ツェペシュの呪い! 死ね――!!」
渦巻く紅い弾が紫を取り囲むが、紫は何処吹く風と言わんばかりにスキマで範囲外に逃げた。
「まぁまぁ、もうすぐ一件落着なんだから、これくらいは許してやってよぉ」
「――貴様を認めると言うことは、世界の摂理を認めないと言うことだ。いかに吸血鬼でもなんか、それだけはやっちゃいけない気がする」
激しく息を切らしながら、レミリアはそれでも爪を逆立てて臨戦態勢だ。もちろん、それでどうかする紫ではないが。
「んじゃ種明かしと逝きましょうか。はいちちんぷいぷいぱらぽろぴれ~」
「――もうちょっとましな呪文はないのか」
意味不明な言霊と共に軽く扇子をかざすと、喉を掻きむしらん勢いで暴れていたフランドールが、突如動きを止める。
「うきゅ~~~――」
先ほどまでの苦しみ方が嘘のように、フランドールはがっくりと全身の力を失って落下していった。
「ってちょっとまてぇぇえ!!!」
瞬時に、レミリアが低空に先回りして、落ちてくるフランドールを受け止めた。新月時とはいえ、体格が大きくなっている分抱きかかえるのは難しいことではなかった。
「――無事なんでしょうねぇ」
丁度お姫様だっこの態勢となった。仰向けになってるフランドールの顔をのぞき込むと、先ほどの怒りの形相は微塵も面影がなく、くるくると蚊取り線香みたいに目を回しているいつものフランの顔だ。大人になっているとはいえ、よく見ればその基本的な顔立ちは変わっていなかった。
「なぁに、ちょいとばかし認識の境界をずらして、幻覚を見せていただけだから。後々記憶の境界を調整すれば何ら問題なしよ」
「――なるほど。で、なんでお前、レーヴァテインで吹っ飛ばされなかったんだ。そっちも凄く不思議だったんだが」
「ああ、あれはなんてことはないわ。貴方の谷間から出現したときから既にあれは私そっくりの式神だっただけ。私はあなた達が認識できないところで術で幻を見せていただけなのよ」
表情には出さないが、レミリアは心底驚愕した。運命が見通せなかったせいもあるが、彼女たちの前に姿を現したあの紫が初めからダミーだったなどと、露ほどにも思わなかった。式神は一定の規則に則って動かすことによって真価を発揮すると言うが、レーヴァテインで切られることを想定して式を打っていたとでもいうのか。――認めたくはないが、この化け物なら可能なのだろう。現実にそうなっている。
「――今回ばかりは、お前の恐ろしさを素直に肝に刻んでおく」
「いい授業だったんじゃないかしら?」
「できれば受けたくなんかなかったよ」
さて、紫のいうとおり、色々と釈然とはしないが事態は収束した。幻想郷を席巻した大騒動は、スキマ妖怪の活躍で水際で食い止められたわけである。
「て、お前が早い段階でフランを止めていればこんなことにはならなかったんじゃないか」
「あらあらうふふ」
「誤魔化すな。お前、ひょっとしなくても最初から適当に騒動起きるのを楽しんでいたんだろうが」
「さて、それはどうかしらねぇ。まぁ、紅魔館を出てからすぐは軽く放置していたのは事実ね」
まさか宵闇の魔術師が出てくるとは思わなかったけどねー、とレミリアには何のことか分からない独り言を、紫はぼそりと付け加えた。
「――まぁいい。私とて妹の監督不行届があったんだ。とやかくは言わない――さてと」
ずい、とレミリアはおもむろに紫にフランドールを押しつけようとした。突然のことに戸惑った紫は、思わずその体を受け止めてしまう。
「あらどうしたのよ。紅魔館に帰るんじゃないの?」
「さっき記憶の境界がどーとかいってたじゃないか。さっさと処置を施して部屋で休ませてやっておくんだな。じゃ、私はちと用事があるんで」
といいつつ、レミリアは紅魔館とはまるで違う方向へすっ飛んでいった。
「……」
彼女の用事というのをすぐ理解した紫は、軽く指を鳴らす。すると、彼女の背後にスキマが開き、先ほどあらぬ方向へ向かっていったレミリアが飛び出してきた。
「え?」
「ゆかりん読心術『今の体なら寝込みの霊夢を襲うのはより確実ねしかもオプションでメイド服よこれでハートをゲッチュ』と貴方は思ったわけね。やめておきなさい。安眠妨害された霊夢は怖いわよぉ。零距離パスウェイジョンニードルで醒鋭孔突かれたら吸血鬼も音を上げるんじゃないかしら」
「……まるで経験したかのような忠告だな」
「ええ。前にやったことあるけど危うく夢想封印されかかってゆかりんまいっちんぐ」
「……」
同じ穴のムジナだったというのは色々と屈辱だった。
「しっつれいねぇ。貴方みたいに姉妹従者友人揃って盛っちゃいないわ。私は霊夢の額に「肉」と書きたかっただけ」
「十分ろくでもないぞそれは――ああもういい。とっととスキマで飛ばせさっさと」
「そんなんだから貴方は妹ちゃんに暴れられるっていうことを理解しているのかしら?」
「――なんのことだ」
「あらあら、脳みたいに単純でない思考回路って存外に愚鈍なのかしら」
愚鈍といわれて当然気分がいいわけはなく、レミリアは再び険悪な顔付きで紫を睨んだ。
「うるさいな。何が言いたい」
「もう、ほんとにだめな子ねぇ」
それはもう盛大にあからさまなモーションで紫はため息をついた。
「この子が何を言っていたか覚えてすらいないようね。そんなんじゃ、私がありがたい言葉をかけたところで馬の耳に念仏、豚に真珠、猫に小判、釈迦に説法……は違うわよね」
「……」
いらだちを隠せず、空になった両腕を組んでレミリアはまだ紫を睨み続けた。
だが一方で、この胡散臭い妖怪の癪に障る言い回しに違和感も感じていた。それを伝えるように、思いついた言葉を口にする。
「本来私が手本になるべきなのに、妹相手にはそれがまるでなってないとでもいいたいのか?」
「運命を操る力って自分の都合の良い方に曲げた解釈も現実に出来るのかしらねぇ」
「そんなことはどうだっていい。真面目に答えろ」
「至って真面目ですわ。私は貴方が手本になるべしなんて微塵も思ってはいない。愚鈍のお次は勘違いと愉快なこと」
「……」
ギリギリと歯がみする。この女と会話するのは本当に疲れる。そもそも会話が成立しているかも自信がない。
「んま、でも勘違いできるくらいに頭の回転が働いているならいいでしょう。なんて事はない単純な事よ」
「――単純?」
「そう」
いつの間にか、紫はフランドールを腕ではなくスキマによって支えていた。何も持ち上げてない手は再び扇子を取りだし、つんつんとフランドールの頬をつついていた。
「貴方達の言葉を借りれば、この子は気が触れているといえるのでしょうけど……本当は、少しだけ心の成り立ちが入り組んでいるだけ。簡単なパスを剛速球にしてしまうけれど、それはちょっとの努力でどうとでもなることよ。逆に、それに気づけなければいつまでも打ち返されるものは暴力でしかない。なんでこの子が魔理沙に懐いているかを観察してみるといいかもしれないわね――もっとも魔理沙やら霊夢は、剛速球も平然とラリーしちゃえるような愛すべきおバカさんだけど」
「あ……と」
レミリアは本来引き締まっているはずの瞳孔を間抜けなほど拡張させてしまった。
紫の説教だかなんだか分からない語りに感心したとか、そういうものではない。言葉だけには限らず、その声音、表情、仕草といった全てをひっくるめて、紫という存在の言いしれぬ何かがその心に染み渡っていく。それこそ言葉にならない、不思議な感情の揺らぎだった。
「特別なものなんて何一つない。誰も彼もがただそれだけの存在でしかないのよ。貴方が紅魔館の主として君臨するのが当然なら、この子が悪魔の妹やってるのも当然。でもただそれだけ――ああ、また勘違いしないでね、私はこの子が暴れ回ることを容認しているわけじゃない。首輪を付けてでもくくりつけておくというのもなしよ」
「……」
正直、言いたいことはいくつかある。だけれど、波立つ心が、それを言葉にするのは意味はないと訴えているようだった。
「うむ~……くしゅん!」
そして、フランドールのぐずりとくしゃみが話の切り上げの役割を担った。吸血鬼がそんな寒さに弱いわけがないだろうが、この冬の寒空の下でいつまでもいるのはやはり好ましくはないか。
「さあ、ここで長話というのも疲れたわ。そろそろ愛しい我が家につれてって差し上げますよ」
「……わかったよ。頼む」
「うんうん、素直が一番。ゆかりんとしては報酬に秘蔵のワインをキープしてくださると愛に満ちあふれて涙が出ちゃうなー♪」
「もし最初からそれが狙いだったとしたら、前言撤回させた上で本気で殺すけどいいかしら?」
「んもう、貴方余裕がないと途端に無粋になるのねぇ。まだまだおこちゃまですわまったく」
「あー、もうどうだっていい……美味いかどうかは知らないけど、ベルンカステル産の200年物が最近発掘されたから、それでももっていきな。あと酒が欲しかったら今後は等価交換で交渉に来なさい。邪険にはしないから」
「ん~、素晴らしいわレミリアちゃん。先生花マル上げちゃいますよーよちよち」
あー、ほんとにこいつと関わるとろくな事がない。
心の底からレミリアはこの化け物と邂逅してしまった運命を嘆いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
幻想郷に名をとどろかせる悪魔の館、紅魔館。
数時間ぶりに館に戻ったレミリアは、内部のカオス具合に開いた口が塞がらなかった。
なんで混沌状態にあるかというのは、もちろんフランドールが夜勤の食事に混入させたパチュパチュパのせいなのだが、酷い有様だった。
あるメイド達は縮んだのをいいことに他のメイドのスカートの下へスニーキングミッションを決行しては撃退されたり、あるメイド達はどっから調達してきたのか甚だ疑問な謎のコスチュームを嬉々として身につけ(一部、レミリアはどこか自分が身に着けたことがあるような錯覚に捕らわれたが、疲れているのだと思った)、あるメイド達は先輩が縮み後輩がでかくなったので、立場逆転でくすぐり倒されたりお医者さんごっこを強要されたりと、お前ら自分たちがおかしいことになっているの理解しているのかと激しく突っ込みたくなるような状況適応っぷりであった。
一番衝撃的だったのが、一際でかくなったメイドと一際小さくなったメイドが両者合意の上で乳児プレイをそれはそれは幸せな様子で勤しんでいた光景だった。この騒動が終わったら一遍メイド達の再教育をしよう。レミリアは誓った。いやだから×乳プレイはまずいだろ……
「――で、なにこの8頭身魔理沙、ふざけてるの?」
「なんだと。とまぁそれはおいておいて、色々あって夜更けに来たのが運の尽き。フランちゃんの餌食になったようね。まぁ、このあまりのヤバさに逆にフランちゃんの方がとんずらしちゃったみたいだけど」
「こんなもんみたらだれだってトラウマになるわな……」
フランドールの部屋に来たレミリアと紫は、とりあえず適当に壁の穴を塞ぎ、紫はフランドールと魔理沙両方の境界を操作して元の姿に戻した。ネックになったのはフランドールに破壊された魔理沙の下着だが、さも当然のように紫がスキマから同じ物を取り出したことで解決した。つくづく便利極まる妖怪である。
「んじゃ、後は元凶を叩くだけねぇ。メイドさん達はちょっとうるさいけど時間が経てば元に戻るし、なにより一人一人境界を操ってやるまでの義理はないわ」
「ああ。別にそこまでしてもらう必要はない。それにあとは身内の事だ。お前は適当に傍観してていいぞ」
「はいはぁい。ところで、フランちゃんと魔理沙はこのまま一緒に寝かせておいてもいいのかしら」
ちらり、と紫は寄り添うように眠りにつく二人を見てレミリアに問うた。
「別にいいでしょ。朝何事もなかったかのように起きればそれでいい」
「まぁ、記憶の境界を弄っておけば問題ないし、魔理沙はそもそも熟睡してたからいいか。でも、いいのかしら」
「何が」
「いくら二人が子供でもこのベッドで3人川の字にはなれないよぉ」
「……そんなの、次寝るときにフランを私の部屋につれてくればいいだけでしょうが」
「あらあら、うふふ」
「その気色悪い笑い方は止めろと言ってるんだ」
そして、二人は紅魔館に戻ってきたときと同様、一飛びでヴワル魔法図書館にたどり着いたのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――というわけで、パチェ。おとなしく白状すれば穏便に済ませてあげるわ」
「な、なんのこ、ことかしらかしらレミィ。わー、私はやってない、潔白よー」
明らかに落ち着きのない視線を右往左往させながら、パチュリーは怪しげな返答を返す。
凄まじい誤算、というか不運だった。新月時ならばレミリアはれみりゃ化するのでその時点で咲夜共々実質無力になり、たっぷりとフランドールが引き起こす異変を楽しむことができるはずだった。しかし、紅魔館外にも騒動が起こったことで、よもや八雲紫が動くことになろうとは。結果フランドールは取り押さえられ、れみりゃは平常時のレミリアに戻ってしまった。
「動かない大図書館さんがずいぶんせわしないことですわねぇ、電動歯ブラシの特訓でもしすぎて震えが止まらなくなったのかしら?」
「そ、そうなのよ! 次回花映塚パッチで私の出場が決まっちゃってるもんだから、ついつい張り切りすぎてもー私ってば萌やしっ娘♪」
てへりっ、といわんばかりにパチュリーは普段絶対見せない媚びまくりの笑顔を見せた。もちろん、引きつりまくりでもあったが。
「へーほーふーん、そうか、パチェも大変だな。そんなに忙しいんじゃ、リトルに聞いた方が良さそうねぇ」
ビックゥッ! とパチュリーとリトルは同時に震え上がった。
「リトル、正直に言いなさい。パチュリーはフランに入れ知恵して怪しげな薬を持たせたわね?」
「え、えーと! 申し訳ありません! 私は司書の仕事に集中していましたので、全く全然これっぽっちも何も存じ上げません! っていっとかないと後でどうなるか分かったものではありませんし!」
それこそ電動歯ブラシを実践しながら必死に答えるリトル。後ろから傍観している紫は、そんな痛ましい姿に哀れみを覚えた。
「――そう、それならこっちも考えがある」
ぐわっし。背丈で上回るリトルに対して、レミリアは宙に浮いてその肩を掴んだ。あ、ちなみに記述し忘れていたが、紅魔館に戻ってきてすぐレミリアも元の姿に戻されていたのだった。
更にもう一段階、リトルの体が総毛立った。パチュリーは、「さようならリトル、あなたのつかいぱしりっぷりもとい献身ぶりは忘れないわ」と言わんばかりに涙を流しながらハンカチを振っていた。
「リトル」
「は、はぃい!」
「貴方がパチェの従者である手前、逆らえないのはよくわかる。迂闊なことを喋れば後で酷いことになるというのも察することが出来るわ。でもね、パチェはあくまでこの館の居候で、私はこの館の主。どっちがエライかは聞くまでもないわね?」
「え、えっと――は、はいはいわかります! ですからあんまり強く肩を掴まないでください!」
「そう、ならいいわ。ならば、パチェと私の命令、どっちが優先順位があるか、わかるわよね――」
「あ、ぁうあぅあぅあうあ――」
(まずい、雲行きが怪しいわ――がんばるのよリトル。どこぞの腋巫女祟り神みたく動揺している場合じゃないわ!)
「――ふむ、なかなかどうして主人思いみたいね。それじゃ、こんなのはどうかしら」
「「??」」
と、突然レミリアはリトルの肩から手を外し、柔らかくこう告げた
「正直に話せば、貴方に一ヶ月の無条件有給休暇を許すわ。館の中でのんびりするも良し、外にでて羽を伸ばすも良し。いつもいつも紫もやしの世話と司書の仕事ばっかで休む暇がなかった貴方にはこれくらいはバチは当たらないでしょう」
「パチュリー様はご自身の知的好奇心を満たすためにフランドール様のご要望を口実として身体年齢を操作する魔法薬を錬成いたしました。後々ご自分でも利用することを考え、大量生産可能な製造装置をご自身の書斎に設置しております。ちなみに、魔法薬製造の際には十数名に上る内勤従業者が実験台とされ、記憶操作を施すことによって事実関係を全て隠蔽する処置もなさっています」
「ああー! 0.5秒で了承のち裏切りやがった――!!」
パチュリーは絶叫しながら青ざめた。というよりもはやチアノーゼを起こしたように顔の色は紫色になりかけている。
「ほほう――これは色々と余罪を追及する必要があるようだね。私の目をかいくぐってそこまでしでかしていたとは恐れ入るよパチェ。十分気を付けないとねぇ、いつ寝首を掻かれるか分かったものではない」
「ほんと、紅魔館は地獄ですわねフゥーハハハーハァー」
「お前は黙っててくれ。あとスキマからおもむろに銃器を出すな」
「い、いやいやいやレミィ。これには訳があるの。そ、そうよ! 永遠亭の薬師がいつ幻想郷全体に巨乳薬をばらまくかわかったものじゃないから、それに対抗するために貧乳を守るためのああおねがいまって私の書斎に近寄らないでだめだめ扉明けたら二分でゴハンにならないわよ頼むからゴフッむきゅ~」
ついでに電波な言い訳を垂れ流す病弱モバイルを拳で黙らせつつ、レミリアはパチュリーの書斎に踏み入ってそれを発見した。
「ぱっとみ、コーヒーメーカーのようにも見えますわね」
丁度、パチュリーの乱雑な様子のデスクの隣にガラス器具や金属のフレーム、変な色の管が四方八方に伸びているガラクタのような装置が鎮座していた。おおよそこれで薬の製造が出来るようにも思えないが――月のロケットの件で外の世界の魔法すなわち科学に興味を持ったパチュリーが製造したものならば、見た目の印象よりもまともに動くのかも知れない。
「そーいや一週間ちょっと前、いちいち厨房から持ってきてもらうのめんどくさいからコーヒーメーカーを用意するわとかいってたけど、これのことだったのねぇ」
「れ、レミィ――お願い、それは私の努力の結晶なのよ。貴方もあの薬の効果は分かっているでしょう! あれを使えばいつだって幻想郷を支配することさえできるわ! 我が紅魔館の――」
「まぁいいや、とりあえずスカーレットシュート」
「禅寺に棲む妖蝶」
「いやぁー! 私の研究成果がー!」
・・・
「さて、これで悪は去った訳ね」
「今度こそ一件落着、というところですわね」
紫を通り越して灰色に燃え尽きたパチュリーを尻目に、やれやれといわんばかりにレミリアと紫は紫の持ち出してきた紅茶で一息ついていた。ちなみに、リトルはパチュパチュパ製造装置が吹き飛ばされた後、早々に休暇を取ってどこかに行った。
「なんか今日は疲れたわ、丁度明け方近いし寝よ……咲夜ー、ベッドメイキングは出来ているかしら」
いつもの調子で、ちりんちりんとメイド長専用の呼び鈴を鳴らすレミリア。しかし、本来ならものの数秒で駆けつけるはずの忠実な従者が、1分経っても姿を見せなかった。
「……咲夜?」
「あー、そうそう言い忘れていたわ」
カップの中身を空にしたところで、紫が口を開いた。
「貴方のメイドさんはフランちゃんのいたづらの餌食になっちゃって、館の外に吹っ飛ばされちゃったわよ」
「そーいうことはもっと早くにいわんかボケ妖怪! 咲夜はどこにいった!」
予想外というか想定していなかった事実に、レミリアは再び立腹して紫に食ってかかった。まぁ、この場合紫に詰め寄ったところで無駄なのは内心理解していたが。
「ごめんごめんー。えーっとね、私の記憶が正しければ、壁をぶち抜いてぶっ飛ばされた後、なんか館の片隅に建ってたおんぼろトタン小屋に落ちていったように見えたわよ。あれ一体なんの建物なのかしら」
「――そこは門番隊の詰め所だな。咲夜のことだから死にはしてないだろうけど、負傷していたらことだ。早くそこまで私を飛ばしな!」
「あらもう、それが人に物を頼む態度かしらぁ? 事態は収拾したわけですし、メイドさんの面倒まで見切れませんわ。そもそも、その門番隊の詰め所ってところに咲夜がいるとは限らないでしょうに」
しゃくに障るがまたしても正論だった。フランドールが館で暴れ回ってから既に数時間。もうすぐ夜が明けても不思議ではない刻限だ。しかし、館に戻ってから一度も姿を見かけていない。もしかしたら既に医療室に運ばれているのかも知れない。そして、自分の呼びかけに答えられないほど負傷しているかも知れない。
だが、レミリアはようやく調子を取り戻した運命を操る能力で直感的に識る。咲夜は詰め所にいると、彼女自身の直感力が教えてくる。
「――――けが人が担ぎ込まれそうなところにそれらしい人はいないわねぇ、お医者さんごっこしてる連中しかいないわぁ」
「なら決まりだ、お前がとばさないのならいい。咲夜がいるにしろいないにしろ、詰め所に行く必要がある」
「そこらへんの焦りっぷりを妹さんの時にも見せてあげればもっと可愛いのにねぇ……まぁいいわ、特別サービスでとばしてあげるから」
「最初からそうすればいいんだよ」
「可愛くないわねぇ」
渋々、レミリアの余裕のない剣呑な眼差しを背に受けながら、紫は門番隊の詰め所前に直通するスキマを空けた。開いた瞬間にタイミングを計ったかのようにレミリアはスキマに入り込み、空間を飛び越えていった。
「せっかちだこと」
紫も、それに続いて空間を飛び越えていった。
門番隊の詰め所は、おんぼろと評されたようにおおよそ幻想郷での一般的な小屋の建築基準を満たしているとは思えない粗雑ぶりだった。それこそ落書きの如く屋根と壁しか存在しなさそうな簡素すぎるたたずまい。風雨をしのげるのかすら怪しいものだ。
「労働基準法がないって素晴らしいことですわね」
「皮肉なら間に合ってるよ」
紫の物言いを取り合わず、レミリアは躊躇なくイグサのヒモをちょうつがい代わりにしている扉の役割を一応になっている板を蹴り飛ばした。よほど脆いのか、大した力で蹴ってもいないのに板は蹴られた部分から、くの字にへし折れたのであった。
板が吹っ飛んだところで、レミリアはずかずかと中に足を踏み入れる。詰め所には門番隊がシフトで寝泊まりしているため、大体24時間いつでもだれかがいるはずだった。
「中国、咲夜を見なかった――」
「くんくんくるるんわふわふわ☆ キラキラ星に願いを込めて☆」
――あれ?
板が乾いた音を立てて地に伏せ、詰め所内の光景が一望できるようになった瞬間。レミリアと紫はその場に立ちつくした。
「紅魔館の未来を守るため☆ 銀のナイフですぱぱんぱーん☆」
――あれ? あれ?
かろうじて四畳半ほどのスペースの中心。簡素なテーブルの上に、何者かがくるくると踊っていた。
「愛と勇気のメイドック☆ まじかるぅ~~~、さくやわんスター☆」
――ナンダコレ
その人物の大きさは、今のレミリアに肩を並べるくらいだろうか。明らかに子供であることが分かる。
「いい! いいですよ咲夜さん! 完璧です!」
――サクヤサンダッテ? ナニヲイッテイルンダコノチュウゴク
ただ、いくつかおかしな点があったのが
「ああ! 刺して! もっと刺してさくやわん! 悪いおねえさんをお仕置きしてぇ!」
――サクヤワン? サクヤトワンワンクミアワセテサクヤワン? おーいっつないすじょーく
その少女は銀色の頭髪に明らかに犬の耳のようなヘアバンドを付け、腰の部分からふさふさのしっぽのような飾りを生やしていたことと
「これはもう文々。新聞へ取材を頼むべきですよ! それを皮切りに各種メディア展開で夢のインフレーションスクウェアがトンネルエフェクト経由で現実の元にぃいいいいい!」
――ニホンゴヲハナセ、ココハゲンソウキョウダッケ?
胸元に五芒星をモチーフにした複雑な形状のリボンをあしらい、プリーツスカートには紅いクナイ型の飾りをスパンコールの如くいくつもつり下げ、極めつけは肉球溢れる犬の手の平型手袋とブーツ。
「さくやわーん! さくやわーんさくー、さああ! さああ!」
――サッキカラサーサーサーサーウルサイナァ、パパトママノアイジョウガパチェモエ
あまりにも常軌を逸したファッションに身を包んだ少女は、まるで長年のあこがれだった素敵な洋服に初めて袖を通してはしゃいでいるかのような、幸せと喜びに満ちあふれた可憐な笑顔を振りまいていた。その笑顔が、余りにも痛々しく感じられるのはなぜだろう。
「…………え、と……」
背後からでも石の如く硬直しているようなのが分かるレミリアと、恍惚の表情で少女を取り囲む4人の痴女を交互に見て、ようやく紫は自分の意識が数刻吹っ飛んでいたことを実感した。
「レミリアちゃん、気は確か……?」
我ながら間抜けな問いかけかとも紫は思った。しかし、直視した瞬間自分ですらめまいを起こしたこのあまりにもあんまりなサバトを目の前にして、彼女が何も感じないはずがない。
もはやわざわざ勘ぐる必要もなにもない。今目の前で何処までも痛ましく踊らされている少女こそ、彼女の探し求めた最も頼りになる従者、十六夜咲夜のなれの果てなのだから。
「食らえ~♪ わんわんルナダイア……」
ナイフを投擲しようする姿勢で、彼女は止まった。こちらの存在に気づいたらしい。おそらく、十六夜咲夜もといまじかる☆さくやわんの青い瞳とレミリアの紅い瞳は、合わせ鏡のようにその視線を重ねたのだろう。
「あ――」
「……」
「――ああ」
「………………」
「――――!?」
その沈黙は、余りにも苦痛だった。やりきれない空気と一瞬で真っ赤に沸騰した咲夜わんの表情を見て、思わず紫はその可哀想な情景から目をそらした。
そして、予想通りの結末が訪れた。
「うわぁぁぁぁっぁぁぁあぁ!!!!!」
全身の水分を絞り尽くさんばかりに、いや絞り尽くしてもなお吹き出し続けそうなほどの勢いで涙を噴出させながら、まじかる☆咲夜わんは文字通り星になった。大量の水を放出しながら遠ざかっていく姿は、地上の流星といえたかもしれない。
「「「「ああ! 咲夜わん! 咲夜わーん!!」」」
穴の空いた天井から空へと消えていった咲夜わんを仰いで、変態どもはこの世の終末の審判を目の当たりにしたかのようにそろって狼狽した。咲夜わんしか見えてなかったのか、自分たちの主が入ってきたことにまるで気づいている様子はない。
で、その主はといえば
ピキ、ピキピキッ
紫が気づいたときには時既に遅し。
バッキーン!
鉛色に乾き、石灰石の如く無惨にも砕け散ったのであった。吸血鬼が真っ向から太陽を直視したら、こんな感じなのだろうか。でも、まだ太陽を直視した方がずっと幸せだったのかも知れない。
「――かくのごとく、戦いは勝利者を生まず――か」
紫は昔読んだ書物に記されていたような気がする一節を、まるで酩酊したような意識の中で呟いていた。記憶が正しければ、その書物はただ滅ぼしあうだけの争いの虚しさを訴えるために、その一節を〆に用いていた。それが筆者の感情を100%代弁しているのならば、まさに今の紫の心境はその言葉そのものだった。
今宵幻想郷を席巻した大騒動は、最終的に誰一人勝者を生まず、悲惨に幕を下ろした。
しかし幕引きに伴い、図らずも担うことになった裏方の役割として、紫にはやっておかなくてはならないことがある
「「「「咲夜わーん! 咲夜わーん!」」」」
「――とりあえずあんた達は深弾幕結界逝きーーー!!!」
滅多に繰り出すことなどない、威力のみに特化させた死の世界へ、彼女たちを誘ったのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
紅魔館は窓が少ない。元々吸血鬼の館であり、従業員のほとんどが妖怪であるため、好きこのんで日光を取り入れる必要がないのだ。
当然、主であるレミリアとその妹フランドールの部屋は、一切の窓が存在しない。特にフランドールの部屋は念入りに壁が強化されているので、防音も完璧。よって、鳥の鳴き声で目を覚ますと言うことも不可能である。
そんなわけだから、昨夜の疲労もあいまって、魔理沙は本来の起床時間を2時間ほど遅れて目を覚ました。
「あ~~、いつもよりよく寝た……」
盛大に体を伸ばす。よほどぐっすりと眠りこけたようで、筋肉が眠った状態から起きた状態に移るのに手間取っているかのように体が重かった。
「フラーン、朝だぜおきろー」
「う~ん……」
体を起こしてまず魔理沙は隣に寝ていたフランドールの頬をつついた。少しばかりヒヤリとしたが、ふにふにとした柔らかい感触はたまらなく心地いい。軽くつついても起きないのをいいことに、魔理沙はしつこく指で押し続けた。
「む~……は!?」
一分近く続けていたところで、フランドールははっきりと目を覚ました。
「いよう、おはよう」
「おはよ~、てなんで魔理沙が私の部屋にいるの~」
「あ? 何いってんだよ。昨日の夜一緒に寝ようっていったのはお前のほうだぜ」
「そーだっけ……覚えてないや」
「おいおい、脳みそとは違う思考回路って結構曖昧なのか?」
真相を言えばフランドールは紫に記憶の境界を弄られ、昨日の騒動についてのことは粗方さっぱりと忘却させられたために昨日の記憶のほとんどは曖昧になってしまっているのだ。もちろん、眠りこけていた魔理沙にはそんなことわからないのだが。
「そんじゃ、起きたところで食事にしようぜ」
「うんー、お腹ぺこぺこ」
お互いさっくりと着替えたところで、仲良く並んで食堂へと向かった。
食堂といっても、就労者用の厨房と隣接した食堂とは違い、スカーレット姉妹専用のディナールームが存在している。魔理沙は大体食事をたかるときはフランドールと一緒にそこで食事をしていた。
「お?」
「あれ?」
食堂のドアを開けると、普通なら今の時間そこにはいない人物が優雅の見本といえるほどに優雅に紅茶を飲んでいた。
「あら。魔理沙にフラン。おはよう」
「おはよう、珍しいじゃないか。お前がこの時間にいるなんて。起きてたら大概霊夢のとこいってるだろうに」
「おはようお姉様。ほんと珍しいわね、この時間に家の中で会うこと自体があんまないもの」
たたみかけるように二人はその人物――レミリアに声をかけた。レミリアは不思議がる二人とは対照的に、至って普段通りだった。
「そんな日もあるわよ。それより貴方達お腹空いてないのかしら?」
言いながら、レミリアはそばで控えていたメイド――これも二人にとっては不思議なことに、咲夜ではなく全く別のその他メイドだった――に一瞥くれると、申し合わせたようにメイドはレミリアの腰掛けているテーブルの側にあったカートからトレイを移していった。トレイに被さっていた蓋を開けると、そこには見事な朝食が並んでいた。もちろん、魔理沙用のとフランドール用のがわかるようにしてある。
「あー、ご飯だー!」
「おお、こいつは話が早いじゃないか。いつもなら咲夜のヤツが渋い顔するもんだが」
「咲夜は今日ちょっとばかり暇を出させたのよ。さ、冷めないうちに食べなさい」
レミリアが言い終わる前に、二人はさっさと円卓型のテーブル席について、食事の挨拶もそこそこにすぐさま食べ始めた。
「貴方はもう下がっていいわよ――紅茶、上出来じゃない。今度咲夜が休みの時は貴方に給仕を任せるわ」
身に余る光栄です、とメイドは一礼すると、カートをおして退室していった。
「うーん……、咲夜のとはまた違う味付けだが、美味いじゃないか」
「ほんと、たまにはこんなのも新鮮でいいかもねー」
思い思いの感想を述べながら、よほど空腹だったのかかなりのスピードで消化していく。レミリアははしたないわよ、と注意はするものの、別段不快に思っている様子はなかった。
食事もそこそこに片づいたところで、魔理沙が紅茶を入れながらの談話に移っていった。
「改めて聞くんだが、咲夜のやつはどうしたんだよ。働くのが生き甲斐みたいなあいつが休暇を受け入れるたー雹が降りやしないかね」
「そーよねー。前にもお姉様が休めっていっても私服で仕事してたりなんてあったもの。あ、ところで私たちって雹の中は動けるのかしら」
「雹なんて動ける動けない以前に出歩きたくないわね……咲夜は昨日なんかずいぶん具合が悪そうな感じがしたから、無理矢理休ませたのよ。説得するのにずいぶん骨が折れたもんだから、お陰で寝不足よ……」
もちろん真実は違う。咲夜は今日の未明に失踪を遂げ、現在紅魔館では密かに捜索隊が結成され、目下行方を捜しているところだ。そして、レミリアが寝不足なのはあやうく灰化しかけたところを紫に修復してもらってる間に朝になってしまったというオチである。寝不足どころかほとんど寝ていないのだ。スキマ妖怪は今頃二度目の冬眠に入って、しばらくは起きないだろう。
このため、表面上取り繕ってはいても本来なら気分は色々な意味で最悪なのだが、魔理沙とフランドールがいつも通りに食事をしている姿を見たことで、幾分かは良くなった。
「ああ、あと図書館の方はパチェも具合良くなさそうなんでいかないほうがいいんじゃないかしらね。で、今日は二人とも何をするの?」
「おー、そうだ、今思い出したぜ」
ポンと魔理沙は手を叩いた。
「今日はフランと弾幕ごっこって昨日寝る前に決めてたんだ。腹が落ち着いたら早速始めようぜ」
「え? そんなこと決めてたっけ」
「フランはねぼすけだなあ。私は半分眠りこけていたけどちゃんと覚えてるぞ」
「えへへ、そうなんだ……楽しみだなぁ」
「……」
嬉しそうな表情のフランドールを眺めながら、レミリアは昨晩の紫のとりとめのない言い分を思い返した。
今までこの子が自分に向けてきた笑顔は、今のように何の屈託もないものだったのだろうか。……いや、そもそも、私はこの子の笑顔に何を感じていただろうか
じくり、と胸にこびり付いてくるような痛みが滲む。それらは具体的に思い返せるものではない。そして、思い出して愉快なものでもない。きっと、今どんな言葉で繕おうとも、拭えないものがあったのだろう。あの時、紫に対して感じた感情の揺らぎが、その正体なのかもしれない。
しかし――考えても詮のないことだ。どう転んでもあいつの思い通りになったようでつくづく不愉快だが、それ以上に、胸の奥で化膿する嫌な感情に蝕まれるのはごめんだった。
拭えないのなら、せめて出来る限り綺麗にする。レミリアは、紫が言及した“簡単なこと”を実践してみることにした。
「よかったら、私も混ざろうかしらね」
「「え?」」
その表情はなんともマヌケで――レミリアはたまらず吹き出した。何というか、意外なほど自分はパターン化した日常を送っていたのかも知れない。そのつまらなさと一緒に、レミリアは魔理沙とフランドールの驚いた顔を笑い飛ばした。
「――雹どころか、今日の天気は流星のち彗星か?」
「あんまり降られても困るよー。一度にキュッてできる数には限りがあるんだから」
レミリアは感情に合わせて弾幕を打ち出すことはままあるが、そうそう弾幕ごっこに混ざらないことを二人は知っていた。紅魔館の主という肩書き故、あまり戯れに勤しむのを良しとしないのだろうか、と魔理沙は思っていたので、この提案は本当に意外だった。フランドールも、その心境は似たような物だった。
「あはははは――流星が雨の如く降ったら、願い事かなえ放題で私の能力が商売上がったりじゃないの。ああ、ちなみに今日の予報は快晴よ、まったく困ったものね。冬の日差しは冷たいけど鋭いから痛いし」
「まー、どっちにしろフランがいるから、館の中になるけどな。ここは私の家じゃないからどうでもいいんだが、せいぜい手加減しろよお前ら」
「ふん、あんたこそ気軽に横穴あけんじゃないわよ。家主としてマスタースパーク禁止令くらいはハンデとして付けさせてもらうぞ」
「――すごいわ! 三つ巴の弾幕合戦だー! 複数目標用パターンを試すチャンスー!」
軽い口調から、レミリアが乗り気であることを察知するとフランドールは大はしゃぎで飛び回った。七色の翼は朝でも薄暗い室内に燐光の軌跡を引いていた。
「そんじゃ、スタンバイOKってところで行きますかねぇ。奥広間あたり使おうぜ」
「そうね、メイド達をどかせば十分スペースとれるでしょ」
「魔理沙ー! お姉様ー! 早く早くー!」
既に室内を飛び出して、フランドールは紅い絨毯の通路を高速移動していった。
「レミリアよう」
「なによ」
フランドールの後を追いかけようとレミリアは空を飛び、魔理沙は箒に跨ったところで魔理沙はレミリアに問いかけた。
「今日はずいぶん気前がいいじゃないか。なんかいいことでもあったのか?」
「逆よ」
いつものポーズからお手上げのモーションに手を挙げ、レミリアは苦笑いで答えた。
「悪いことがありすぎたから、これからいいことを起こすのよ」
END
オマケ2
「――なんで、こんなことに~~~~」
何を呪えばいいだろう。もはや何かを呪う気力すら、この寒さに奪われていった。
「あの侵入者さえいなければこんなことには、こんなことにはぁ~~~うう、お嬢様ぁ~」
周囲に雪はなく、空は快晴。でもこの凍てつく空気は、彼女のなけなしの涙を容赦なくつららにしてしまいそうだった。
彼女はかろうじて空が見える雑木林に、死にものぐるいでかき集めた木の葉でその白い素肌を精一杯覆い隠そうとしていた。その努力も、冷ややかな木枯らしが幾度となく散らしてしまい、その哀れな痴態を青空の下に晒す。この寒さでは、樹の中に空間を作って潜り込んだところで何の解決にもならない。
彼女――十六夜咲夜は一糸まとわぬ姿でこの未踏の地に一人凍えていた。正直、今現在ここに至るまでの経緯の説明は凄まじく骨を折るものなのだが、一つだけ言えることは彼女は昨晩起こった大騒動の純然たる被害者なのであるということ。
「気が付けば身に着けている物は一切なくなって、ナイフ一本すら持たず――無力、無力よ、なんて無様な私――」
侵入者に敗北し、部下に筆舌に尽くしがたい陵辱を受け、その姿を真逆の意味で最も見られたくない人物達に目撃され、あげく全裸極寒責め。己の不運を嘆いて自虐に陥るのも無理からぬ事だ。いっそ狂ってしまえたらどれだけ楽なことだろう。
「もう、死にたい――死のう――あんな生き恥を晒して、おめおめ紅魔館に戻れるわけがないわ――ああ、瀟洒の二つ名がなんて穿かない――じゃなくて、儚い――」
何かの線が切れてしまったのか、咲夜はついに倒れ伏した。もう、立ちあがる気力もない。とうの昔に彼女の足の膝から下は凍てついた葉枝や土で無惨にも汚され尽くしていた。
「お嬢様――ふがいない従者をお許しください――」
意識が途端に朦朧としてきた。これはきっと死の誘惑。全身のあらゆる感覚から解放され、彼女の魂は三途の川へと道筋を定めようとしていた。
その時
「!?」
どこに力が残っていたのか、倒れ伏した状態から咲夜は突如起きあがり、注意深く辺りを見回した。
「今の音は――風の音ではない」
風で木の葉がこすれる音ではなく、明らかに木の葉を潰していくような音。何者かが歩いている音だ。それもあまり遠くはない。
生を手放しかけた彼女の、どこかに残っていた生きたいという本能が、瀬戸際で超感覚を目覚めさせたかのようだった。音は確実にこちらに近づいてくる。すこしずつだが、音は確実にはっきりとしてくる。
(一体何――? 狩人、はたとえ善人でも裸を見られるのはいや。獣、は見られるのはいいとして、冬眠してない熊とかだったらどう対処すれば……妖怪、それも知能のあるやつだったら……襲われたら逃げるしかできないし……うう、助けは欲しいけど、なにかしらに遭遇するのもいやぁ……)
しかし、我が侭を言ってはいられない。この超感覚は生きろと言う肉体の切実なシグナルだ。音の主が自分にとって味方にしろ敵にしろ、無視することは出来ない。この絶望的な状況が好転するチャンスかもしれないのだ。半端なプライドでそのチャンスをフイにしては、それこそ瀟洒の名が廃る。なにより、再び自分の帰るべき場所へ帰るため、彼女はこの身を汚してでも立ち向かうことを決意した。たとえ、その汚れた身を主に蔑まされても、だ。
(さぁ、どうくる……相手はおそらく一。姿をとらえた瞬間、ヤバそうなら逃げる。まともそうならなんとか会話する。単純な二択よ、クールになれ、十六夜咲夜……)
感覚をより一層研ぎ澄ませる。次第に、音のする方向にそれまでみえなかった動く影が現れた。
(もう少し、もう少しで輪郭がはっきりする……もっと近寄れ……)
覚醒した意識は交感神経を活性化させ、体温が上昇する。おかげで、先ほどまで感じていた寒気が全く気にならない。
「――そこにいるのはだれだ」
その声に、一瞬咲夜の体がはねた。が、すぐ冷静に聞こえた声を分析する。理解した瞬間、咲夜は目に見えない神に感謝した。
声は、聞き覚えのある人物だった。正確には、妖怪だが
「――おおう、これは一体全体どういうことだ」
すぐに姿を現したのは、特徴的な二股三角帽子を被り、白と青を貴重とした導士服、背後には巨大な毛筆の如き尻尾を何本も生やした妖狐――八雲藍だった。ただ、今日は本来9本あるはずの尻尾が、見たところ4本くらいしか見えなかったが。
「ら、藍! 藍なのね! 助かった――貴方だったなんてこの上ない幸運よ――ああぁ、諦めないで良かったぁ~~」
「むぅ、はっきりいって皆目事情がつかめないが――死ぬほど困っているようだな」
この冬の雑木林で素っ裸で泣きじゃくっていれば、だれもがそれは異常事態だと理解できるだろう。
「そう、そうなのぉ~。事情は一口じゃ語り尽くせないけど、とにかく助けてぇ」
「うむ、人間は凍えると死ぬしな。同じ苦労人従者として放ってはおけん。どれ待ってろ」
藍がパッと手を挙げると、すぐさま咲夜の体は厚手の毛布に包まれた。その優しい柔らかさと暖かさに、咲夜は不覚にもまた涙が溢れてきた。
「紫様はあいにく本格的な冬眠に入ってしまわれてな。スキマで送ってやりたいところだがかなわん。八雲家にいくまでしばらく辛抱しておくれ」
「あ、ありがとう、ありがとう! この恩は絶対忘れないわ! 私にできることなら何でもやるわよ!」
「はは、そんな気にするな。お前が死んでしまったら宴会の時紫様の愚痴を言える相手が少なくなってしまうではないか。妖夢はすぐ玩具になってしまうからな」
宴会――ああなんて素敵な言葉。生きていれば宴会が出来る。たとえ準備に追われることになっても、生きているって実感がある。そう、私の生き甲斐。生きていればそれに殉じられる、ああ、なんて生きているって素晴らしいの――
助かった反動で、思考回路にリリーホワイトが降臨したらしい。憑き物の落ちたような笑顔で天を仰いだ。
「ところで――なんでまたこんな寒空の下スッパに?」
「うう、それはもうほんっとーに、聞くも涙語るも涙の残酷無惨物語! ええ、もうこれだけで落語の演目ができるわ――」
「寒空の下、スッパ――か」
「そう、スッパよスッパ! もうほんとに酷いわ酷いわ! 私はただ自分の部屋に忘れ物を取りに来ただけなのに――」
「――寒空、山奥、雑木林、スッパ、大自然、乾布摩擦」
「そしたら、なんと私の部屋に――って、あなた、さっきから話聞いてるの?」
スッパと言い出してから、どこか藍は神妙な顔付きでぶつぶつと独り言を呟いている。
「冬、寒い、裸はきつい、だが、鍛えれば――」
「だから、何を言って……」
グワシッ
「!?」
突然、藍は咲夜の両肩を掴み、相対した。
「……そーか、そういうことか」
は、ははっは、と引きつるように俯き気味に藍は笑った。
「な、何……?」
「はっはっは、そーかそーか、いやはや、お前とは他人の気がしないと思ってはいたが……これはなんて天の巡り合わせなんだろうなぁ」
ギリリ、と肩を掴む力が強くなる。嫌な予感を感じ、咲夜はふりほどこうとした。しかし、まったく抜け出すことはかなわない。
そして、
俯いていた藍は、突如咲夜の顔を正面で見据えた。この上のないさわやかな笑顔で。
「一体何……」
「いやぁ嬉しい! 本当に嬉しいぞ! まさかスッパ愛好者とここで巡り会うことが出来たなんて!」
………………
「……はい?」
今このキツネはなんと言った。咲夜は脳内のリリーホワイトを瞬殺した後、ありったけのブドウ糖を消費して解析する。
「この厳しい環境の中! 己の肉体美を磨き上げるために敢えてその裸身を晒し! 大自然の本流に身をゆだねて、鍛え、磨き上げる! お前の裸道特と目に焼き付けたぞ! 私も寒いからといって橙の目を盗んで屋内テンコーで満足しているわけにもいかないな!」
………………!!
「っっちょっとまてえええええ!! だれが、だれが好きこのんで自殺まがいの露出プレイなんぞするかぁぁっぁあ!! というかやっぱり本当にやってたのかこの被視姦欲情ケダモノ!」
「フッ、恥ずかしがることはないのだぞ。その羞恥心は誰もが直面し、越えねばならぬ壁。私もずいぶん苦労したものだが……その領域を飛び越えれば後は登りあがるだけ!」
「違う、違うったら違う! 勝手に語りはじめてんじゃないわよ! 私はそんな趣味はない! って何!? この毛布! 身動きがとれない!」
「ははは! 今夜はお赤飯を炊かねばならんか! 黒豆――じゃなかった小豆の備蓄はあったかなぁ! さぁ、家でたっぷり暖まった後は存分にスッパしようじゃないか! 他人と一緒にやるスッパというのはどれだけ楽しいのだろう! ああ、楽しみだ楽しみだ!」
「いやあああ! いやあああ! やめて! お願いやめて! 私をこれ以上汚さないでえぇぇぇえ!!」
「今年は戌年で、お前は悪魔の狗だったな! ならば今日から私とお前と橙で『ワンコー☆ニャンコー♪テンコーホー!』を結成だ! 私たちのスッパが幻想郷を席巻するぞ! そしてだれもが等しく平等にスッパ! ああ、楽しみだ楽しみだ! 今年はいい年になるぞぉー!」
「何そのダメすぎる液体で濡れまくった未来の白地図! ふざけてるのぉぉぉ!? というかあんたの式も裸がいいのか!」
「いやぁ、橙のヤツどーしてもやってくれなくてなぁ。だが大丈夫! 私とお前で一緒に見本を見せれば、きっとそのすばらしさを分かってくれるさ! さぁ、共に頑張ろう!」
「やめてええええええええ!! 幻想郷からも私の居場所がなくなるぅぅううううう!!!」
ハハハハハハハハ!という小気味よい高笑いと、絹を引き裂くが如き悲痛な絶叫が、冬の山に旋律を奏でていった。
さようなら
※前の3話と比べてアホみたく長くなってます。
第三話のあらすじ:U.N.オーエン絶頂す
「……なぁ、一つ聞いていいか?」
「はぁい」
「私の記憶が正しければだ」
「はぁい」
「ここってどうみてもフランの自室じゃないか」
「はぁい」
「私は普通でいいっていったはずだが」
「はぁい」
「頼むからまともに答えてくれ……」
魔理沙は、あくびなのかため息なのか自分でもよくわからない息を吐いた。何というか、肉体的にも精神的にも疲労がピークに達していて如何ともしがたい調子だった。
タキシードメイドの指示で魔理沙を迎えにきたという銀色の髪に蝙蝠の羽を生やしたメイドは、「へやをおつれします」といったきり、魔理沙の問いかけにはすべからず「はぁい」としか答えなかった。そして、気が付けばよりによってフランドールの寝室にまで誘導されていたのだった。
眠気で感覚が鈍っているとはいえ、魔理沙はいやな予感を覚えずにはいられなかった。真夜中絶賛稼働中と思われるフランドールがもし部屋にいれば、十中八九弾幕ごっこ突入だろう。ここ最近様子が変だったのを思い返すが、それゆえにフラストレーションの解放に遊び相手を強要される確率が高いといえた。別に遊ぶのがいやというわけではないが、今の状態でまともに相手ができるはずもない。
かといって、フランドールが部屋にいなかったとして、そのままこの部屋で寝付くというのも妙な話だった。仮にフランドールが自分の部屋を使わせてもいいと許可を出していたとしても、それはなにかおかしい。
(そもそも、フランがきそうなとこで迂闊に無防備な姿をさらしたら、それこそ弾幕ごっこ強制より酷い目に遭うぜ)
いたづら盛りのフランが寝ている魔理沙に何もしないはずがない。朝起きて顔に落書きされていたりなんかりして、レミリアや咲夜に見つかって笑い者になるのは実に勘弁願いたかった。
「つうわけで、他の部屋ないのか?」
「はぁい」
「ないなら勝手にどっかの空いた布団に潜り込むぞ?」
「はぁい」
「いいのかよ」
「はぁい」
「……」
だめだ、話にならない。こんなわけのわからないメイドをどうして雇ったのやら、明日の朝あたり食事を頂戴するときにでも聞いてみようかと魔理沙は思った。
(しかし……)
ひたすらオウム返ししかしないメイドを見る。
初めて見る顔であった。自分でも言っていたが、魔理沙は紅魔館のその他大勢メイドの顔などいちいち覚えていない。しかし、それにしても今目の前にいるメイドは紅魔館にいて仕事をしているメイドとは全く違った雰囲気であった。
正直に言って、なんでメイドなんぞしているのかと思えるほどに彼女は美しかった。いや、咲夜あたりは同性として十分に美しいレベルにあるといっていい(色々と認めたくないが)が、このメイドの現実離れした美しさは咲夜すら足元に及ばないのではないか。
(なんつーか……喩えるならば、レミリアのやつが大人の姿になったらこんな風になるのかもな)
もっとも、仮にそんなことがあったとしたところで、普段のレミリアとこのメイドは雰囲気が違いすぎる。レミリアであればただそこに突っ立っているだけでむやみやたらに傲岸不遜な威圧感を放出するだろう。もっとも、メイド服を着込んでいればその限りではないかも知れないが。まぁ、とどのつまりあり得ない話ということだ。
(……っと、あんまりどーでもいいこと考えたらなおさらに眠気がやばいぜ、心臓が止まって死ぬか?)
本気で立っているのも辛くなってきた。
「……仕方ないなぁ、虎穴に入らずんばじゃないが、有無を言わさず突入してベッドに潜り込むとするか」
「はぁい」
メイドがまた声を出したが、無視。意を決して魔理沙はドアノブを捻った。正直、ノックする手間も惜しかった
「フランー、問答無用で寝かせてもらのごぉお!?」
「魔理沙ー!!」
ドアを開けた途端、申し合わせたように虹色の羽の少女は突撃してきた。反応の遅れた魔理沙は激しく体を揺さぶられ、動きの自由を奪われる。
それを狙ったかのように、彼女は硬直した魔理沙を部屋の内側に引きずり込んだ。それにあわせて、銀色の髪のメイドはさっさとドアを閉めてしまったのだった。
「まーりーさー!!」
「うぐぐうぐ……ふ、フラン! いきなり突進してくるなぁ!」
「だーって、魔理沙がきてるんだもん! 嬉しくないわけないよー」
紅いパジャマの女の子、フランドールは魔理沙の胸元にぎゅうぎゅうと抱きついた。
「魔理沙ー、キャッキャッ」
「ううう……まぁあれか、どうやら調子が戻ったみたいだな、安心し……あふぅあぁああ」
「魔理沙、眠いのー?」
「ん、ああ、ちょいとばかし面倒なことがあったからなぁ、もう眠くて眠くて」
「それじゃあさ!」
フランドールは魔理沙から離れると、部屋の中央に据えられた天窓付きの超高級ベッドにダイブした。ごろごろと数回シーツの上を転がると、魔理沙の方へ向き直りポフポフと枕を叩く。
「一緒に寝よ! 私も寝るところだったんだー」
「――んあー? 今1時頃だぜ? 普段なら起きれる時間じゃないのか」
「きょーは寝たい気分なの! 魔理沙も眠いんなら丁度いいじゃない」
「――不思議な事もあるもんだなぁ、フランが即弾幕らないで就寝なんて」
その点を魔理沙は疑問には思ったが、睡魔で浸かりきった頭ではそれ以上何かを考える気にはなれない。
「まぁ、いいや。それじゃー寝ようぜ」
「わぁーい!」
と、喜ぶフランドールを尻目に、魔理沙は精一杯睡魔と闘いながら帽子を取りエプロンドレスを折りたたんで、キャミソールとドロワーズ一丁になった。
ボフッとフランドールにならうように、魔理沙もベッドに潜り込んだ。
体を任せた瞬間、あまりの柔らかさに背筋が粟だった。まるできめ細かいパウンドケーキに埋もれたようなあり得ない浮遊感。
「おおう、こいつは……生クリームにでもなりそうな気分だ」
「えへへー、魔理沙」
「ん、フラン。あんまりひっつくと暑苦しくなるぜ」
「大丈夫、私の方が体温低いから丁度良くなるよー」
「そーいうもんかねぇ。んじゃ明かり消そうぜー」
「うん」
言われて、フランドールは部屋のランプに入っている炎の『目』を突いた。炎は『破壊』され、部屋はすぐさま闇に沈む。
彼女はランプの火のような消しても問題のない対象へ破壊の力をピンポイントによく使っている。地下室にいた頃はそもそも明かりが必要なかったので、このようなことはしたことがなかった。が、少しずつ外に出て行くようになってから、なるべく暴れ回らないようにするためレミリアとパチュリーの指導により日頃から力の制御を義務づけられるようになったのだった。部屋の明かりを消すという、とりとめのないことに力を使うのも、能力制御の一環ということになる。
日頃から自分の能力を注意深く抑制していくことで、自然に精神の均衡もとれるようになれば――と、魔理沙はパチュリー達からその狙いを聞かされたことをぼんやり思い出した。魔法は最初から使わなければそれで済むが、生まれもっての能力は手足と等しいものなので、常にそれと向き合わなければならない。やっかいなもんだと魔理沙はそのとき抱いた感情もまた思い返していた。
(とはいえまぁ――初めてあったときに比べれば確実に日進月歩してるし、もうそんなに嫌な事なんてないだろうさ)
「フラン」
「なぁに?」
べったりと張り付いたフランドールに敢えて目を向けず、魔理沙は言葉を紡いだ。
「朝起きて食事が終わったら、弾幕ごっこしようぜ」
「ほんと?」
いつの間にかからみついていた指を、魔理沙は優しく握り替えした。
「おう、約束だ。新開発のスペルを見せてやるから、楽しみにしてろよ」
「うん! 見たい!」
「それじゃ、明日に備えて寝ようぜ。おやすみな」
そうして、魔理沙はぱちりと瞳を閉じた。
「おやすみ、魔理沙。明日絶対弾幕ごっこだよ?」
「ああ……必ず……だぜ」
文字通り、瞬く間に魔理沙は眠りに落ちた。程なくして、緩やかな寝息が聞こえ始める。
互いの手を重ね合わせた状態で、フランドールは魔理沙の横顔をしばらく見つめていた。普段のパワフルな雰囲気とは全く違う、同性から見ても可憐でかわいらしい寝顔。願わくば、ずっと眺めていたい。そんな安らかさだった。
「おやすみ、魔理沙……」
あふれんばかりの愛おしさに満ちた、二度目のおやすみ。
フランドールは、想い人の柔らかい暖かさに包まれて至福のまどろみに包まれていった……
で済んだらよかったんだろうなぁ……
くるっ。フランドールは突如魔理沙に背を向けた。
(……やった)
次の瞬間。仮に魔理沙が起きていたとしても絶対に見ることが出来ない角度で、
フランドールは、
( 計 画 通 り )
嗤った。
声はなく、ただ貌だけで。
形容しがたいとはまさにこのこと。その貌は余りにも凄絶なものだった。あり得ない、あってはならない。その邪悪さ。いかに吸血鬼といえども、少女の姿をした存在が、そんな貌をとって許されるわけがない。だが、彼女ならば許す許されないなど問題ではないだろう。
喩えるならば、それは幻想郷の外のどこかで、自分を新世界の神とのたまう困ったチャンが勝利を確信したときの笑顔だった。
(ええ、完璧よ。全てはうまくいった……魔理沙は今私の部屋で完全に眠りこけた。無防備! 薄着! 寝顔! 私は幻想郷の神になる!)
「神と聞いて歩いて「お呼びじゃないから歩いて帰れ」
(おおっと、謎の角度からノイズが飛んできて思わず声を張り上げそうになったわ。剣呑剣呑)
なにやら視界の端にたくましいアホ毛の女性が涙を流しながら虚空に消えていく姿が見えたような気がするが気にしない。
そう、全ては計画通り。あえてメイドれみりゃを使いに出させて部屋に誘導することで、魔理沙の眠気を膨れあがらせたところに自分の寝床に誘い込む。これで、魔理沙は籠の中の鳥と同じだ。
(クロス、アウッ!)
魔理沙を起こさないように慎重に、しかし鋭い動きでベッドから飛び出したフランドールは一瞬のうちに着衣全てを展開し、手の平に隠していた青いキャンディーを口に含んだ。
(ケミカルフュージョン!)
フランドールの体が閃光に包まれる。と同時に、部屋の隅から何故か無数の蝙蝠があふれ出し、瞬く間に輝くフランドールをその光ごと覆い隠していった。
閃光が収まると同時に、蝙蝠の放出も止まった。
(U.N.オーエン!)
ビシィ!と決めポーズが映える。誰も見ていないにもかかわらずわざわざこのような変身シーンを演出する意味があるのか、という突っ込みは、その一分の隙もない完成されたスタイルに黙殺される。
「お嬢様、どうぞお部屋にお入りください」
「はぁい」
声が掛かったことで、れみりゃはぽてぽて部屋の中に入ってくる。
「まりさ、ねちゃったの?」
「ええ、それはもうぐっすりと。この極楽鳥の羽毛100%布団は放出される遠赤外線幸せマイナスイオンによって永眠するかのような深い眠りに陥ることが出来ます。そうそうのことでは起きたりはしません。さぁ、ここからがお楽しみ」
シュパッと音速で取り出したるは、ご存じパチュパチュパの赤い方。
「これで魔理沙をイリュージョンで大変身させてごらんにいれましょう」
「ぱちぱちぱちー」
何が楽しいのか拍手するれみりゃを尻目に、フランドールは間髪入れずに心地よい眠りに沈んでいる魔理沙の口に赤いキャンディを放り込んだ。
「れっつ、まりしゃ!」
意味不明なかけ声と共に、魔理沙の体は光に包まれた。光は収縮していき、数秒でかき消える。その後には……
「いやぁぁぁぁぁっほおおぉぉぉおおぉ!!!!」
ワンマンスタンディングオベーション。フランドールは鼻からのダブルレーヴァティンを乗り越えて熱狂的に拳を突き上げた。
魔理沙は見事なまでに魔法ょぅι”ょまりしゃへと変貌を遂げていた。ふわふわの布団に埋もれたふわふわの巻き毛ふわふわぷにぷにふわぷに嗚呼もうなんで伝わらないかなぁ!! まぁ、とにかく見てくれだけならばれみりゃに勝るとも劣らない退廃的な容姿だった。もし仮に香霖が昔からこの寝顔を普通に見ていたとしたら、彼が主に幻想郷外から殺意を向けられる理由が又一つ増えたことだろう。
「くっくくうはっはっっはははかっはっははははあは。凄いよこおのプニプニほっぺ! さすがは人気投票V2!」
「まりさー、あかちゃんみたい、かわいー」
「可愛くないわけがないですわぁお嬢様ぁ。魔理沙は愛されるために生まれてきたのです、ガチでうふ、うふ、うふふふふ」
フランドールスカーレット、絶賛狂化スキルEX発動中。既に彼女は自分が第二の咲夜になっているということに気づいていない。今感じている精神的疾患こそ悟りと法悦の境地だといわんばかりに猛っている。ダメだこの495年の波紋、早く何とかしないと……
「ねーねー、おーえん。まりさだっこしていい?」
「!?!?!!? なんつーことをいいやがっしゃりますか!! そんなことしたら私が誰もいなくなるか? ダメ! 絶対!」
「けちー」
れみりゃの提案を全精力を持って否定する。そんなことをされればフランドールは完全に発狂する。そして、取り返しの付かないナイトメアプレイで幻想郷中の倫理観を破壊して回ることだろう。ヤマザナドゥ許さないよ。
「くぅーはーはーあ。しかし流石にこれは刺激が強すぎたわね。んじゃ次は大人バージョンいってみよー」
「おとなにもなるの?」
「サーイエスサー。むしろ貴方をおっきくしたのは思いっきりそれなんでありますが気づいていないのねもうどうでもいいや。ってところでまずはリセットと」
これ以上発狂モードが続くとコインいっこどころの話ではなくなるので、さっくりと青いキャンディを食べさせて魔理沙を元に戻した。ああ、お気づきのようにもちろんのこと、U.N.オーエンはDrパチェからの注意事項など一分一厘覚えてはいない。彼女の脳みそのように単純ではない思考回路は、都合の悪い事項はさっさと忘却できるように出来ているのだ。でも大丈夫。このお話は変態ギャグの世界だから、人が死ぬことはないのさ! てなとっこっかなー。
さて、一端体を元に戻したところで、フランドールは青いキャンディをつまんだ状態でふと考え込む。
体が小さくなるのはいいとして大きくなる場合、身につけているものがネックとなる。比較的ゆるやかなキャミソールとドロワーズ姿になっているとはいえ、魔理沙の体がどこまででかくなるか予想も付かない。
(……ということで)
おもむろにフランドールは魔理沙の衣服を躊躇なく『破壊』した。さながらそれは、美少女勇者を何の必然もなくひんむいてみる好色魔王の如きひとにらみである。間違いなく能力の制御の使い方を間違えているが、もはやそんなこと問題にはならないだろう。とりあえず、魔理沙の玉の肌に関する描写は控えさせて頂く。
「さぁ魔理沙、今こそ少女の殻を脱ぎ捨てて大人への階段を上るのよファッファッファ。うなれダイナマイトバディ!」
猛り狂う期待と共に、フランドールは青いキャンディを再び魔理沙の口に突っ込んだ。三度、閃光が明かりの落ちている部屋を満たしていく。
「かもーんかもーんかもーんよーし――って?」
「まぶしー――あれ?」
おかしい。本来なら数秒で済むはずのメタモルフォーゼ光が、何故か10秒以上経っても一向に収まる気配がない。むしろ、時間を刻むごとに輝きはどんどん増していき、フランドールの部屋を隅々まで塗りつぶさんとする勢いだ。
「い、一体何が……」
光の増幅は止まるところを知らない。もはや目を閉じた上で両手で顔を覆わなくてはならないほど輝きは凄まじいものとなっていった。
そして
「のわぁぁぁ!?」
「ひややややや!?」
まるで、太陽が爆発したかと思えるような烈光の発散。全身が溶けてしまうかのような圧倒的熱量と圧力が二人を襲った。
……爆発の余韻は数秒続いた。ようやく光が収まったことを肌で感じたフランドールとれみりゃは、ゆっくりと腕を下ろす。
部屋の様子に代わりはなかった。ベッドの天窓も無事である。となると魔理沙は……
魔理沙は……
『ひぃぃやぁぁぁぁぁああぁあああ!?!?!!』
二人は音速を超えて部屋を駆け出した。というよりも飛び出していった。ドアを開ける余裕すらなく、壁を盛大にぶち抜きまくって、一秒でも早く一メートルでも遠く魔理沙のそばから離れようと烈風を纏って空を貫く。
ものの数秒もせず、まるでスピアーザグングニルが通り過ぎたような横穴を紅魔館に残して二人は夜の闇に飛び出していったのだった。
フランドールは後に知ることになるが、魔理沙は以前キノコ魔法の失敗で体が二頭身に縮んでしまったことがあった。体を元に戻すために手当たり次第に森のキノコを食い漁った結果、体を巨大化させすぎた魔理沙は穴に落ちる以外はいかなる攻撃も通用しない無敵の形態へと変貌を遂げたのだ。しかしその恐るべき能力の代償に、魔理沙の乙女な容姿は人体の構造を無視したポージングが似合いそうなおぞましいもっと別の何かとなった。つまりその、なんだ、お察しください。スッパであの形態はさぞお嬢ちゃんのトラウマになったことだろう。
「う~ん……」
絶叫と壁をぶち抜く音で刺激されたのか、魔理沙は僅かに覚醒した。
「あ~、なんだよ……」
軽く体を起こし、当たりを見渡す魔理沙。
フランドールがそばにいないことと、壁が破壊されているのを見て、一言。
「フラン……いくら催したからって壁ぶっこわして飛んでいくのは行儀悪すぎるぜ……」
不幸中の幸いと言うべきかなんなのか、完璧に寝ぼけた魔理沙は自分の身に起きた異常すら気づかず、再び何事もなかったかのように眠りについたのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「はぁー、はぁー、はぁー、ま、まさか魔理沙があんな風になるなんて……」
「ふぇー、ふぇー、こわかったよおーえん……」
幻想郷最速も目じゃないくらいのラップタイムを記録して紅魔館を脱出した二人。全速力で逃げ出したので息も絶え絶えである。
「魔理沙、やはり恐ろしい子……あんなトラップを仕掛けていたとはこのオーエンの目を持ってしても見抜けなかったわい」
ソレは色々と絶対違うのだが、確かにあんなとてつもないものを見せられては驚くほかないだろう。いささかビビりすぎではあるが。
「うーん、しばらく紅魔館にはもどれないかなぁ。そろそろいい感じに食堂が大騒ぎしてるころなんだろーけど」
「おーえん、どーするの?」
思案する。戻って魔理沙を元に戻すという手もあるが、あの恐ろしい姿をまた見るというのは遠慮願いたい。加えて、もう紅魔館にいたずらできる相手は大して残ってはいない。パチュリーは後々にシめる予定なので。
さっと当たりを見渡すと、思った以上に紅魔館から離れたらしく、既に紅魔湖のほとりからも離れている。紅魔館は吸血鬼の視力でかろうじて確認できるほど遠くだ。
(そういえば……普段のお姉様や咲夜が付いてないで外に出るのなんて、初めてかも)
ふと見上げれば、雲一つない満天の星空が広がっていた。ただそんな他愛ない行為も、彼女には新鮮だった。
見渡す限りの夜の幻想郷。もうそろそろ丑三つ時にさしかかるこの刻限、果たして幻想郷の住人はどうなっているのだろうか。
想像しただけで、フランドールは得も言われぬ好奇心と高揚感に身を焦がした。そう、今彼女を縛る者は何一ついないのだ。この満ちあふれた世界を、いくらでも飛んでいられる。ならやることは既に決まりだ。
「そーですねぇ……お嬢様は普段日中の幻想郷ばかりを散歩して回りますから、今日は夜の幻想郷探険としゃれ込みましょうか」
冷静に考えればなんで吸血鬼が夜中ではなく昼間ばかり出歩くのか解せないものだが、レミリアはもっぱら霊夢に会いに行く以外に外出することは多くないため、そんな奇妙な日常ができあがるのだ。
「たんけん、あぶなくない?」
「だーいじょうぶだいじょうぶ。何かがあったとしても全力でお守り致します」
「じゃあ、いこー」
そうして、ついに天災は野に放たれた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
※以下、ダイジェストでお送りします
シーン1:ハクタクのはやにえ
「……一体コレはどーいうことだよ、輝夜」
「それは私が聞きたいわね、妹紅」
「まったく、何が起こったんだか。いきなり背後から殴られたかと思いきや、目が覚めれば縮んでるしー」
「いくら一対一で弾幕ごっこに集中していたとはいえ、まさかこんな簡単に背後を取られるなんてねぇ……」
「ともかく、どうするよ、お互い服がぶかぶかで動けやしない……さっさと腕降ってあんたの従者でも呼びなさいよ」
「えーりんえーり――って何を言わせるのよあなた。そういうあなたこそお節介な保護者でも呼び寄せたらどうなの」
「――ぉーぃ、もこー」
「と、噂をすればなんとやらじゃん。けーねー! ちょっとシャレにならないことになったから来てー」
「ああ、早くしないと凍え死んじゃうわ――妹紅、慧音に永琳を呼んでもらっている間にたき火でも作ってよ」
「おお、そりゃいいな。後でお前をくべて竹炭でもこしらえてやるよ」
「妹紅ー、輝夜も。今日はそろそろケンカは止めに――」
「来たわね。慧音、ちょっと永遠亭にひとっ走りして永琳を呼んでくれないかしら? 事情は後で説明するけど――慧音?」
「慧音、どうしたの? さっきからだま――」
シ ャ キ ー ン
「!? ちょ、嘘でしょ!? なんで今日は新月のはず!」
「な、慧音! 一体どうして――なんか凄く鼻息荒い!荒いから!」
「……フ、フフ、フシュルルルル」
「ま、まままっまままって! 何その目つき! や、やめてやめて近寄らないで!」
「け、けーね! みてわかんないの!? 私たちは今なんかしらないけど子供の体になってんのよ!? いくらなんでも今の状態で『アレ』なんかやったら……」
「モコタン、テルヨ」
「「!!」」
「問題ダ、私ノ角ハ何本ダ?」
「え、えーと! 外に出ているのでは二本!」
「スカートの中を換算するなら合計三本とかいわないよね!? よね!?」
「オ利口ダ。デハ第二問。今コノ場ニイル人間ハ何人ダ?」
「そ、それはもう……」
「私たち、二人……」
「ヨロシイ。トイウコトハワカッテイルナ?」
「ひ、ヒギィ!?」
「い、インしないお! 私インしないお! できないお!」
「ダイジョウブ。ホウライジンシナナイ。ハクタク、ウソツカナイ」
「「え、えーりんえーりん!たすけてえーりん!」」
「アンシンシロ、エーリンドノモ、スグニアエル、サ、ア、イッテゴラン、アイコトバハ」
「「えーりんえーりん!!」」
「moooooooooooooon!!!!」
「ウワァァァアァァァァ!??!??!」
「!? 師匠、今のは……」
「ウドンゲ……イナバ達に避難命令を出しなさい。そして私たちも逃げるわよ、夜が明けるまで。地の果てでも!」
「は、はいいい!」
その夜、竹林に無数の兎の悲鳴がこだましたとか、しないとか。
シーン2:花と闇の死闘
「ら~ら~らら~ら~ら~ら~ら~、ら~ら~ら~ら~……あ、あれルーミアじゃない、やっほー」
「――ミス、ティア――?」
「どーしたの、うつむいちゃって……、て、ルーミア、その体」
「――ミスティア」
「!?」
「――うふふふふ、貴方美味しそう」
「&%$#!$”|~)(!!」
「……あらら、ずいぶんはしたない夜食の取り方してるのがいるとおもったら……お久しぶりね『宵闇の魔術師』さん」
「そういう貴方は、フラワーマスターさん。まさか目が覚めてそうそう顔を合わせるなんて、お互いついてないわね」
「ええ、まったく。一体どういう風の吹き回しなんだか、貴方がその姿に戻るなんて」
「これが私にもさっぱり。『ルーミア』の体が大きくなった反動でリボンがほどけちゃったみたいね。まったく、スキマ妖怪にむすびなおしてもらわないといけないわ」
「彼女にお願いするには骨が折れるわねぇ。私がその手間なくしてあげましょうか?」
「その心は?」
「今この場で元の暗闇に戻してあげる、ということよ」
「相も変わらず喧嘩早いこと。でも貴方が弱いものイジメしないなんて、珍しいわね」
「あら、十分弱いものイジメよ。貴方はこれからいいように嬲られるんですもの」
「上等。時が許すまで、その向日葵を枯らし尽くすわ」
「やれるものなら……」
「やってみせましょう!」
その夜、夜雀の道はいつもよりも遙かに濃い闇に塗りつぶされ、そこに迷い込んだ蛍のリーダーは翌日花びらにまみれたミイラとなって発見され、射命丸文はその無惨な姿をカメラに収めることになる。
シーン3:やめてそれだけは
「ち、チルノ! その格好どうしたの!?」
「あー、これ? なんか黒ずくめの変なヤツが親切にもアメくれたもんだから、ソレ食べたら服が縮んだんだよねー。あ、アメはブルーハワイで美味しかったよ。かき氷にしたい味ねー」
「服が縮んだんじゃなくて、チルノが大きくなったのよ! というか、前にも注意したのにチルノったら、また穿いてないの!?」
「だってー、スースーするの気持ちいいんだもーん。んー、なんかいつもよりスースーしていい感じー」
「そーいう問題じゃないでしょ! はやくおうちに戻ってなんとかしなきゃだめよ!」
「ん? あ、閃いたわ大妖精!」
「え?」
「そーよ、何で今までやんなかったのかなー。スースーが気持ちいいんなら、最初から何も着なきゃいいんじゃん!」
「根本的に間違ってるー!」
「というわけではい、大妖精ー」
「ちょ、止めてチルノ、それだけはやめて! あなたの評判が⑨どころじゃなくなる!」
「あははー、こりゃきもちいいー。服なんて着るだけ無駄よねー。うーん、あたいったらやっぱり天才ね!」
「やめてー! 大股広げて360度回転しないでー! お願いチルノー!」
その夜、騒がしくて目を覚ました蓮の池の主である大ガマは、一糸まとわぬ姿で飛び回る氷精のデンジャラスゾーンを直視して鼻血を吹いて池の底に沈んだという。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……いやぁー、まさかこんなに凄いものを色々見れるなんて。不思議で当然幻想郷?」
「うしさん、こわかったねー」
「ええ、まぁあれは……人間の体ってあんなに伸びちゃうものなんですねぇ」
とまぁ、以上の騒動はすべからずフランドールがパチュパチュパを用いたことによって引き起こされたのであった。これで向こう数日新聞のネタに困らないと天狗のブン屋達は嬉しい悲鳴を上げていることだろう。それくらいフランドールいくところパニック目白押しとあいなった。
「さーて、次は何処に行きましょうかねーお嬢様ー」
「うーーーんーー、むぅー……」
「ん? お嬢様如何なされました?」
突然、れみりゃはぐずるようにうなり始めた。目が睡魔に襲われたようにとろんとしている。
(具合でも悪いのかしら、様子がおかしいわ)
「お嬢様、お体が優れないのですか?」
「むぅー、うーぅ、ぅーう……はっ!?」
「うわ!」
いきなりの大声に、思わずフランドールは後ずさった。れみりゃを見ると、目から眠たげな雰囲気が消え、すぐに鋭い眼差しへ……
「う……ここは、一体……」
(か、漢字を使っている! まさか!?)
「なんだって、いつも通り寝ていたはずが……私こんなに寝相悪い方じゃないはず……」
(ま、間違いない! でもそんな馬鹿な! あり得ない! 今日は新月のはず――)
そう、新月時にレミリアはれみりゃとなる。そして未だ新月は続いているはず。にもかかわらず、今目の前にいるのはれみりゃではなく、紛れもないフランドール・スカーレットの姉、レミリア・スカーレットだった
「――む、そこのお前、顔色が優れないな――まるで何かを知っているようだけど」
「え、ええっと、その」
予想外の事態だ。原因はともかくレミリアに戻ったからには、正体を看破されるのは時間の問題。どうやって切り抜けるか考えようとしたその時
「知ってるもなにもー」
どこからか、フランドールにとって初めて聞く声が届く。
「む、この声は――」
「い、一体どこから」
「原因はその女の子よ、お嬢さん」
ズルゥ
「なっ!」
「いい!?」
レミリアとフランドールは揃って驚愕する。驚くのも無理はない。突如としてレミリアのたわわな胸の谷間に紫色の裂け目が生じ、そこから得体の知れない何かが捻り出てくるように出現したのだ。
「こんばんは、紅い吸血鬼の姉妹ちゃん達」
「――何も人の服の中から出てくることはないだろうがこのぐーたら――ってまて、姉妹ですって?」
(げげぇ! まずい)
謎の女は、フランドールの正体を見抜いてるらしい。フランドールの服の下は途端に冷や汗に包まれる。
「まず最初に注目すべきはそこではなく私が出てきたところなんではなくて? やっぱり吸血鬼も新月は調子が悪いのかしらねぇ」
「どういう――ってえええええ!?」
その胸から現れた謎の女に誘導されるまま、自分の胸元を見たレミリアはいつになく素っ頓狂な声を上げた。まぁ、当たり前か。
「ちょ、ま、あり得ない。何で私の体がこうなっているわけ!? なんか知っているなら答えろ! 八雲紫!」
(八雲紫? このうっさんくさいおばさんが?)
フランドールとスキマ妖怪八雲紫との間には面識がなかった。が一応フランドールは姉からの話で八雲紫なるへんてこりんな妖怪が幻想郷にいること自体は教えられていた。
「だからー、そこの女の子が元凶なのよ。というか、貴方の妹さんね」
「な!?」
やはり。致命的だった。この八雲紫なる女は、何故かは知らないがフランドールの変装を完全に見破っている。
「ま、まさか――どういう理屈かは知らないけど、体が大きくなって――これがフランだというの!」
「ざっつらーいと。またの名をU.N.オーエンとも名乗っているらしいわね。決めポーズよかったわよ」
「んなー!」
フランドールは簀巻きにされて崖から突き落とされるような衝撃を受けた。間違いない。この女はフランドールの正体を看破していただけでなく、フランドールのこれまでの犯行の一部始終を目撃していると考えていい。やばい、恥ずかしすぎて顔が炎上しそうだ。
しかし何より最悪なのが、いいように玩具として扱えた姉が元に戻ってしまったことだ。このいかにも足の臭そうな年増妖怪はきっといままで彼女がやった悪事を事細かく話すことだろう。
「――ふうむ。詳しいことはよくわからないけど、それはおいおい聞くわ。それよりまずやらなければならない事があるようね」
「あら、物わかりがよろしくて助かりますわ。今宵幻想郷の静かな時間をかき乱した張本人、U.N.オーエンことフランドールちゃんはちょいとばかしこれ以上野放しにしておく訳にはいかないの。もーきいてよぉ、レミリアちゃん。どこぞの田園サドと幻想郷最古の暗闇が危うくルール無用の弾幕決闘しかけてたもんだから、二人ともスキマ送りにするのにうちの藍ちゃんの尻尾が6つもちぎれたの! まぁすぐ生えてくるからいいんだけどね」
「――ちゃんづけすんな、気色悪い。あんたの従者も可哀想なことね」
言葉だけとはいえ、おおよそレミリアに言われたくはないセリフだ。
「とまれ、事態を収拾するにはこの子を縛り上げれば済むのね?」
「おふこーす。まさか大人と子供の境界を操るだけでここまで騒動を起こせるとは、貴方の妹さん将来は大戦略家か大テロリストに将来有望安泰なんじゃなくて?」
「あー、どっちも実現して欲しくないわね。確実に世界が滅ぶわ」
「大地を更地にした後は星を丸ごと宇宙船にして他星系へと侵略戦争としゃれこめる器とお見受けするわー」
「このぶっちぎり破壊ジャンキーがそこまでできるわけないじゃない。その前に星の方が壊れるわ。やるとしてもせいぜい太陽砕けるスターボウブレイク砲とかが関の山でしょ。あ、太陽破壊したらその分だけは褒めてやるけど」
(お、お姉様までそんなにバカにした目で見るなんて――)
言いたい放題である。この突然全てをぶちこわしにしてくれたデウスエクスマキナぶった悪女も腹立たしいが、何より敬愛する姉がいつになく辛辣にこき下ろしてくるのが、フランドールの致命的な怒りの琴線を激しく振るわせた。
「うー――――」
「ん? なにフラン? 申し開きならバッドレディスクランブル尻叩き12グロスの後にたっぷり聞いてあげるわよ。とっとと後ろを向きなさい」
「あなたそんな鬼畜プレイを妹にしているの? 流石吸血鬼、モラルも良心もへのつっぱりもおまへんねんでやー」
「日本語を話しな、ここは幻想郷だ。ちなみにいうと、この暴走新幹線バカが大人しく尻叩かせてくれるわけないわ、いちいちデーモンクレイドルで距離詰めなきゃならない苦労を分かって欲しいわね」
「んー、ヴラド・ツェペシュにちなんでルーマニア語で話してもいいけれど。それとその苦労って賽の河原の石積みクラスにくだらないわねぇ」
「うーーーーーー!!」
「ほら、とっととお姉様の命令を聞きなさい。私はサイレンの音を妹にした覚えはないわ」
残酷で冷徹な口調は続き、そして
「そもそも、『絶対に館の外に出ては行けない』といういいつけも守れないようじゃ――サイレン以下ね」
容赦ないトドメが刺された。
――――――ブッッッッッチィィィィィィ
「ん?」
「……あら~」
瞬間、世界がくしゃくしゃのちり紙のように波打った。
「――――キィィィィィィィィィィ!!!!!」
凄まじい金切り声。いや、それはもはや声ではなく、音の形態を伴った激怒の波紋だった。込められた高密度の魔力が、本当に空間を津波のように歪めたのだ。広がる魔力の波動はそれだけに止まらず、森の枯れ木を砕き、地面を爆ぜさせ、池の水を裏返す。
「な、なぁ!?」
「あらあらまぁまぁ」
強烈すぎる圧力に、真っ当に驚くレミリアと、我関せずといわんばかりに飄々と声だけで驚く紫。
ひとしきり鳴いたフランドールは、実にゆっくり正面をむき直す。その瞳は眼窩全てを染めるように紅い色をぎらつかせていた。
「いつも、いつもそうやって――」
「フ、フラン?」
「いつもそうやって――私だけ置いてけぼりにして、仲間はずれにして、自分だけ好きなようにふらふら遊び歩いて――」
フランドールの背面の翼から、この世のものと思えないような怪音が奏でられる。虹色を生み出す結晶同士の間隔が大きく広がり、それぞれがそれぞれの色を、太陽よりも明るい光として発散させ始めた。余りにも凄まじい輝きは激しく干渉しあい、次第に翼の骨格の何倍も巨大な、極彩色の光の翼を作り上げていった。
「ほんとは私なんか地下室からでないほうがいいんだ、この世からいないほうがいいんだ、そう思ってるんでしょ?」
「ちょ、まってフラン。私はそんな」
「そのくせ外の世界はこんなに楽しい、なんて調子のいいことを散々吹き込んで――きっとお姉様は目の前につり下げられた人参を必死に追い回す馬が好きなのね。そうやって咲夜も躾たんでしょ。いい趣味だこと」
虚空に伸ばされた掌に、複雑な曲がり具合の黒い杖が出現する。ひしゃげたハート形の石突きから、一瞬にして灼熱が吹いた。見る間に杖は紅蓮の炎に包まれ、闇夜の天蓋を塗りつぶしかねないほどのフレアが刃となる。
禁忌「レーヴァテイン」。フランドールの象徴ともいえる恐るべき魔剣を、彼女は両手で握りしめ、構えた。
この世の全ての可視光を発散する光の翼を背負い、火柱の如く天に牙をむいた炎の剣を手にした彼女は、もはや天使でも悪魔でもない。それらを超越した破壊者だ。
「もういい、私は自由だ。誰にも縛られない。縛るものは全部壊す。それがお姉様であっても」
「フラン、私は……っ」
「ハイハイストップ」
身を乗り出しかけたレミリアを、紫はやんわりと自分の後ろに追いやった。
「止める必要なんかない! これ以上あの子を暴走させたらどれだけ危険なことか――」
「だからって、貴方にあの子を止められるのかしら」
「……っ!」
圧倒的なまでの怒りが、そのまま途方もないプレッシャーとしてのし掛かってくる。それを感じるだけで、新月と言うことを差し引いても、レミリアにとってあまりにも分が悪いことは明白だった。一方のフランドールには、もはや新月か満月かなどという違いは意味を成さないのかもしれない。
そして、運命を操る能力が伝える未来のビジョンが完全に霞がかっている。その事実にレミリアは今更ながら愕然とする。それは、レミリアの力がフランドールに通用しないことを示しているといってもよかった。
「私の記憶が正しければ、そこそこのレベルの吸血鬼は灰にされても生き返ることが出来るそうだけど、灰も残らず消えたらどうなっちゃうのかしらねぇ」
「んなこと、考えたくもない……」
口では悪態を付くが、既にレミリアは全身冷や汗に浸っていた。紅魔館の主であるという肩書きも、威厳も、もはや塵に等しいものだ。
「……というわけで、ここは私にまかせておきなさい」
そのセリフに、レミリアは自分の耳を疑った。
「正気?」
それは二重の問いだった。
この勝手気ままなスキマ妖怪が、わざわざ面倒に首を突っ込むだけでなく、自分の代わりに事態を収拾しようと言うのか? ありえない。
「悪かったわねぇ、トラブル大好きの割と困ったチャンでー」
「……人の心を読むな」
もうレミリアが強気でいられるのはセリフだけだった。
「私が幻想郷を人一倍愛しているのを知らないのかしらねぇ。今のあの子に暴れ回られるとそれこそ大結界まで破られかねないかもしれないのよ。それがどんだけよくないことなのかは解説するつもりはないのでそのつもりで」
「……ご託はいい、私に無理だといったのなら、自分の発言に責任は持つことね」
「はいはい。いちおー離れてなさいね」
そういってさらにレミリアを後ろに押しやると、紫はゆうゆうとフランドールの前に進み出た。
「フン、まずはお前からか。……お前さえ出てこなければ私は楽しいままでいられたんだ。絶対にただじゃあおかない」
「それは逆恨みというものよお嬢さん。紅魔館の中だけで遊ぶならまだしも、お外で火遊びは感心しないわよぉ。あんよがお上手になってからじゃないとぉ、うふふ」
この期に及んでどこまでも飄々とした態度の紫に対し、ギリィと音が鳴るほどフランドールは奥歯を噛みしめた。
「いい度胸じゃないか年増の女郎蜘蛛が。その加齢臭塗り壁厚化粧とバイオハザード靴下、私が丁寧にクレンジングと薫蒸消毒してあげるから感謝なさい」
「……れみりあちゅわぁーん、貴方この子に私のことどんな風に教えたのかしらぁ?」
「……悪かったわよ」
流石の紫もいい加減こめかみに青筋を浮かべたので、レミリアは明後日の方向を向いて謝罪した。
「さぁ、遺言くらいは聞いてやる、覚悟は出来たか?」
「その剣の名前」
「?」
とうとう決戦か、と思われたところで、紫は持っている傘でフランドールのレーヴァテインを指し示した。
「レーヴァテイン。北欧神話においてムスペルヘイムの巨人の王スルトが所持し、世界の終末の際全てを焼き尽くして、新たなる世界の迎え火となったとされる炎の剣。レーヴァテインが全てを焼き払った炎かどうかは諸説有りだろうけど、その刃は地獄の業火と呼ぶにふさわしいものと言えるわね」
「……だからどうしたっていうのよ」
突然蘊蓄を語り出した紫に、訝しげな目を向けるフランドール。
「貴方の用いるレーヴァテインがその本物かどうかは私の知ったことではないけれど、一つだけ教えておいてあげるわお嬢さん」
「?」
レーヴァテインを傘で指し示しつつ、もう一方の手で扇子を取りだし口元に寄せながら、紫はこう言い切った。
「貴方のその剣では幻想郷はおろか、私一人すら滅ぼすことは出来ない。それだけは間違いない事よ」
なんだ、そんなことか。
フランドールは嬌笑を上げたくなった。
この妖怪。この期に及んでそこまで大見得を切れるとは恐れ入る。さすがは姉をして関わり合いにならない方がいいと言わしめただけのことはある。こんな戯れ言をしょっちゅう聞いていたら、笑いすぎて腹筋がねじ切れてしまうだろう。フランドールはそう思った。
「……なら試してみる? その胸くそ悪いにやけ顔を凍り付かせてあげるわよ。わかる? 炎で凍るのよ? 面白そう」
「その売り言葉にはこう答えるべきかしらねー。やれるものならやってみろ、と」
「上等」
フランドールは、円を描くようにレーヴァテインを軽く振り回し、持ち直す。
「なら教えてやる」
光の翼が一度、大きく羽ばたいた。
「――これが、モノを壊すということだ」
レミリアには、その動きがなんなのかとらえることは出来なかった。
突撃は一瞬だった。音速を遙かに超えた移動は、翼の輝きによってまるで光が意志を持って動いたかのようにしか見えない。
元々10メートルも離れていない距離を、文字通り瞬く速さでフランドールは駆け抜け、振りかぶった刃を紫めがけて振り下ろした。
レミリアが目でとらえられたときには、既にフランドールの刃が紫を切り裂こうと――いや飲み込もうとする寸前だった。
だがしかし、紫はまったく避けるそぶりも逃げるそぶりも見せず、ただその場に浮いているだけだった。反応しきれなかったのか、とレミリアは判断するしかなかった。
紅蓮の刃は、振り抜かれれば間違いなく紫を跡形もなく消し飛ばすほどの巨大さだ。もはや回避する手だてはあり得ない。
「消えろッ!」
「!?」
絶叫と共に、ついに魔剣は紫を袈裟懸けに薙いだ。それで、全てが終わり――
それで、ファンタズムがようやく始まった。
時が凍る感覚というのを、レミリアとフランドールは同時に味わった。奇しくも、きっと咲夜が時を止めるのもこんな感じなのだろうか、というコメント付きで。
レーヴァテインは――完全に振り抜かれ、その切っ先を天ではなく地に向けていた。
八雲紫は――消滅していなかった。いや、消滅どころの話ではなかった。
「ほらね、言ったでしょう?」
そういって笑う紫の口元には、変わらず扇子が触れていたが――扇子を持っている左手が、というより、扇子を持っている側がおかしい。
端的に言ってしまえば、八雲紫の体はレーヴァテインが薙いだ線の通り、袈裟懸けに左肩から右腿までにかけてまっすぐ「切れて」いた。
「!?!?!?」
フランドールは、現実を理解できなかった。離れていたレミリアも又同様だ。
改めて紫を見る。よく見れば、切れている箇所の断面は、リボンが所々はみ出た気味の悪い紫色の空間がかいま見えた。まさしく、紫が呼吸するのと同じ要領で開くスキマそのものである。
切られても死なない? 否。そういうレベルではない。レーヴァテインの刃は紫の体を飲み込むのに十分すぎる幅と熱量を持つ。本来なでられるだけで跡形もなくなるはずだ。紫の体は、あたかも日本刀で丁寧に切断されたかのように、綺麗に一直線に分割されているのだ。
「な、な……」
「私一人すら滅ぼすことは出来ない、と」
「う、うわぁぁぁ!!」
間髪入れず、フランドールはレーヴァテインの切っ先を跳ね上げて、今度は真一文字に薙いだ。今度の炎も、確実に紫の全身を焼き払えるはずだった。
しかし
「んもう、人の話はちゃんと聞くモノよ」
今度は、斜めに切れた体が上下に分割される。しかし、紫は変わらず手足を動かし、平然と喋る
「あ、ああああああああああぁぁぁああぁ!!!!」
喉が裏返るほどに絶叫しながら、フランドールは半乱狂になってレーヴァテインを振り回す。当然、紫の体は次から次へ炎に飲み込まれる。凄まじい熱量の拡散に、たまらずレミリアは大きく後退した。
時間にして一分が立つころだろうか。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「――満足かしら?」
「! ひ、ひぃ!?」
息も絶え絶えになるほど、渾身の力で振り回し続けた。しかし、全ては無駄だった。
紫の体は、レーヴァテインでなぎ払われた回数分だけ幾重にも分割されていた。もはや切断線を数えることもできないほど、まるでパズルのピースのように細かい断片の集合体となっているのだ。一つ言えるのは、どこの断片にも一切焼けこげた箇所はなく、先ほどまでの正常な紫の姿をそのままスキマでバラバラにしたようにみえるということだ。この状態で、紫は相も変わらず扇子を閉じたり開いたり(既に扇子の形を見いだすのも困難なほど分割されているが)、何事もなかったかのように振る舞っている。
そのあまりの異様に、対角線上の姉妹はそろって愕然とした。フランドールは己の信頼できる武器が全く通用しないことに。レミリアは、吸血鬼の常識すら軽く超越したこのスキマ妖怪の底の知れなさに。
「これで分かったでしょう? 井の中の蛙大海を知らず。貴方は己の力を扱うにはあまりにものを知らなすぎるの。これは、貴方が強いとか弱いとか、そんなの無関係に当然のことなのよ」
「あ、あ……」
レーヴァテインが、展開したときと同じ程度のスピードで急速に萎んでいった。光の翼も跡形もなく霧散した。それは、フランドールの戦意が一瞬にして萎えたことを意味する。
「それじゃ、おイタをした悪い子には少しばかりお灸を据えないとね」
「!?」
逃げようとした、しかし体が既に動かない。炎が消え失せたと同時に、フランドールの体から力が抜けていったかのようだ。
そんな彼女の事情はお構いなしに、紫の断片は爆発したかのように拡散した。何が起こったか分からず、レミリアとフランドールは共に目を白黒させて周囲をきょろきょろと見回した。
「っ、は!?」
四散した紫の断片は、砂時計の粒が流れ落ちるようにフランドールに向けて集まり始めたそれぞれの断片は、紫の肉体を構成するためのしかるべき位置に、それこそパズルが組み合わさっていくように配置されていき、どんどんと断片同士の間隔が狭まっていく。
「う、うわあああああああ!?」
そうして、フランドールは組みあがっていく紫に閉じこめられた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
※以下グロ注意。BGMはゆかりんファンタジアでお楽しみください
「う、うう、ここ……は……」
気がつけば、周囲は何もない真っ暗闇だった。
「一体何が……」
――ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆかゆか
「…………?」
――ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆかりんりん
「何、これ?」
『ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆーかりんりん! ゆかゆかーゆかりーん――』
『ふーんふーんふーんふーんふーんふーんふーん……』
「!?」
何事か。真っ暗闇の空間は徐々に紫色が浸食していき、それに合わせてすこしずつボリュームが上がっていく謎の声?が
「ちょっと……なんの冗談……」
『ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆかゆか!』
「!?」
突然目の前の空間に、紫のスキマが開く。
そして、そこから声を発しながら出てくるのは……先ほどフランドールがバラバラにした『八雲紫の断片』だった
「あ、あああああ!??」
スキマから謎の声と共に、断片は際限なく溢れてくる、それこそ砂時計の砂のように。あるいは、断片が溢れてくる音が、先ほどから聞こえる謎の声なのだろうか。というか、声というよりもはや歌か。
ともかく、わざわざ何かを言う必要もないほど、それは最悪にグロテスクでシュールな光景だ。
『ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆかゆかゆかゆかーゆかりーん!』
「ひぃ!?」
突如背筋におぞましい感触。反射的に振り返ると、彼女の背後の空間にもスキマが開き、そこからも八雲紫の断片がぞろぞろと転がってくる。
スキマは波が広がるように、紫色の空間のあちらこちらに開きまくり、逆に空間を埋め尽くしていく。そして、どのスキマからもかわらず、謎の歌と共に紫のバラバラになった体が転がり出てくるのだ!!
「ああああああいやあああああ!?!??1 お願い、出して!ここから出してぇぇぇぇえ!!!!」
『ゆかゆかーゆかりーん!』
駆け出す。全身全霊を持って、空を舞おうとする。しかし、スキマはどこまでも際限なく次々と開き続け、彼女に逃げ道を与えはしなかった。スキマが開くごとに、あふれ出す断片と聞こえる歌は増えていくのがさらに最悪すぎる。
「いやああああああ!!!!! お姉様! 魔理沙! 咲夜! パチュリー! 霊夢! め……中国! 小悪魔! 助けて! だれか、助けてぇ!!」
『ゆかゆかーゆかりーんゆかりゆかりん――』
きつく耳を塞ぐ。しかし音声は鼓膜を突き破るかのように、脳のように単純ではない思考回路に染み渡っていく。心が、浸食されていくのだ。
もはや、彼女に怒りはない。怒りは恐怖と狂乱に塗りつぶされ、ただひたすらのたうち回り、誰かの助けを請うことしかできないのだ。
悪夢という言葉で片づけられれば、それはどんなに幸せだろう。見渡す限り敷き詰められていく断片は、中途半端にくみ上げられていくことで、身の毛もよだつ八雲紫のモザイクを作成していく。それに伴って、狂気の歌も最高潮を迎えていく。
「ああぁ――――――――?!?!??! 許して! 助けて! やめて! 来ないで! うぇぇぇぇ――――――ん!!」
『ゆーかりーんりーん、ゆーかーりーんゆーかーりーん――』
彼女の体が動く余地もないほどに、空間が埋め尽くされる頃――彼女の意識の境界は完全に崩壊した。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ぎゃああああああああああああああああああああ!!!」
「い、一体何が起こったというの!? フラン、しっかりなさい!」
八雲紫の断片がフランドールを閉じこめたかと思うと、一瞬で紫の肉体は霧散していった。それから少しして、フランドールは突如として尋常ではない勢いでもがき苦しみ始めたのだ。
「おおおおおおああああ?!?!?」
「フラン、フラン!」
「効果は覿面のようで」
「!?」
デジャブ。というよりもついさっきもあったことだが。どこからともなく紫の声が聞こえてきた。
「んま、これくらいトラウマを刻んでおいたほうが、かえってバネになるでしょう」
「ッッッッて! どっからでておるか貴様ー!!!!」
あろうことか紫は、レミリアのスカートの中からにょろりと出現したのだった。ゆかりん、恐ろしい子――!
「女のスキマは人体の最高のミステリーゾーンなのよ? あんだすたん?」
「秘宝館にでもいってろこの倫理ブレイカー! てかそれより一体フランはどうしたっていうんだ!」
「貴方のあそこって案外ゆるいのねぇ」
「ヴラド・ツェペシュの呪い! 死ね――!!」
渦巻く紅い弾が紫を取り囲むが、紫は何処吹く風と言わんばかりにスキマで範囲外に逃げた。
「まぁまぁ、もうすぐ一件落着なんだから、これくらいは許してやってよぉ」
「――貴様を認めると言うことは、世界の摂理を認めないと言うことだ。いかに吸血鬼でもなんか、それだけはやっちゃいけない気がする」
激しく息を切らしながら、レミリアはそれでも爪を逆立てて臨戦態勢だ。もちろん、それでどうかする紫ではないが。
「んじゃ種明かしと逝きましょうか。はいちちんぷいぷいぱらぽろぴれ~」
「――もうちょっとましな呪文はないのか」
意味不明な言霊と共に軽く扇子をかざすと、喉を掻きむしらん勢いで暴れていたフランドールが、突如動きを止める。
「うきゅ~~~――」
先ほどまでの苦しみ方が嘘のように、フランドールはがっくりと全身の力を失って落下していった。
「ってちょっとまてぇぇえ!!!」
瞬時に、レミリアが低空に先回りして、落ちてくるフランドールを受け止めた。新月時とはいえ、体格が大きくなっている分抱きかかえるのは難しいことではなかった。
「――無事なんでしょうねぇ」
丁度お姫様だっこの態勢となった。仰向けになってるフランドールの顔をのぞき込むと、先ほどの怒りの形相は微塵も面影がなく、くるくると蚊取り線香みたいに目を回しているいつものフランの顔だ。大人になっているとはいえ、よく見ればその基本的な顔立ちは変わっていなかった。
「なぁに、ちょいとばかし認識の境界をずらして、幻覚を見せていただけだから。後々記憶の境界を調整すれば何ら問題なしよ」
「――なるほど。で、なんでお前、レーヴァテインで吹っ飛ばされなかったんだ。そっちも凄く不思議だったんだが」
「ああ、あれはなんてことはないわ。貴方の谷間から出現したときから既にあれは私そっくりの式神だっただけ。私はあなた達が認識できないところで術で幻を見せていただけなのよ」
表情には出さないが、レミリアは心底驚愕した。運命が見通せなかったせいもあるが、彼女たちの前に姿を現したあの紫が初めからダミーだったなどと、露ほどにも思わなかった。式神は一定の規則に則って動かすことによって真価を発揮すると言うが、レーヴァテインで切られることを想定して式を打っていたとでもいうのか。――認めたくはないが、この化け物なら可能なのだろう。現実にそうなっている。
「――今回ばかりは、お前の恐ろしさを素直に肝に刻んでおく」
「いい授業だったんじゃないかしら?」
「できれば受けたくなんかなかったよ」
さて、紫のいうとおり、色々と釈然とはしないが事態は収束した。幻想郷を席巻した大騒動は、スキマ妖怪の活躍で水際で食い止められたわけである。
「て、お前が早い段階でフランを止めていればこんなことにはならなかったんじゃないか」
「あらあらうふふ」
「誤魔化すな。お前、ひょっとしなくても最初から適当に騒動起きるのを楽しんでいたんだろうが」
「さて、それはどうかしらねぇ。まぁ、紅魔館を出てからすぐは軽く放置していたのは事実ね」
まさか宵闇の魔術師が出てくるとは思わなかったけどねー、とレミリアには何のことか分からない独り言を、紫はぼそりと付け加えた。
「――まぁいい。私とて妹の監督不行届があったんだ。とやかくは言わない――さてと」
ずい、とレミリアはおもむろに紫にフランドールを押しつけようとした。突然のことに戸惑った紫は、思わずその体を受け止めてしまう。
「あらどうしたのよ。紅魔館に帰るんじゃないの?」
「さっき記憶の境界がどーとかいってたじゃないか。さっさと処置を施して部屋で休ませてやっておくんだな。じゃ、私はちと用事があるんで」
といいつつ、レミリアは紅魔館とはまるで違う方向へすっ飛んでいった。
「……」
彼女の用事というのをすぐ理解した紫は、軽く指を鳴らす。すると、彼女の背後にスキマが開き、先ほどあらぬ方向へ向かっていったレミリアが飛び出してきた。
「え?」
「ゆかりん読心術『今の体なら寝込みの霊夢を襲うのはより確実ねしかもオプションでメイド服よこれでハートをゲッチュ』と貴方は思ったわけね。やめておきなさい。安眠妨害された霊夢は怖いわよぉ。零距離パスウェイジョンニードルで醒鋭孔突かれたら吸血鬼も音を上げるんじゃないかしら」
「……まるで経験したかのような忠告だな」
「ええ。前にやったことあるけど危うく夢想封印されかかってゆかりんまいっちんぐ」
「……」
同じ穴のムジナだったというのは色々と屈辱だった。
「しっつれいねぇ。貴方みたいに姉妹従者友人揃って盛っちゃいないわ。私は霊夢の額に「肉」と書きたかっただけ」
「十分ろくでもないぞそれは――ああもういい。とっととスキマで飛ばせさっさと」
「そんなんだから貴方は妹ちゃんに暴れられるっていうことを理解しているのかしら?」
「――なんのことだ」
「あらあら、脳みたいに単純でない思考回路って存外に愚鈍なのかしら」
愚鈍といわれて当然気分がいいわけはなく、レミリアは再び険悪な顔付きで紫を睨んだ。
「うるさいな。何が言いたい」
「もう、ほんとにだめな子ねぇ」
それはもう盛大にあからさまなモーションで紫はため息をついた。
「この子が何を言っていたか覚えてすらいないようね。そんなんじゃ、私がありがたい言葉をかけたところで馬の耳に念仏、豚に真珠、猫に小判、釈迦に説法……は違うわよね」
「……」
いらだちを隠せず、空になった両腕を組んでレミリアはまだ紫を睨み続けた。
だが一方で、この胡散臭い妖怪の癪に障る言い回しに違和感も感じていた。それを伝えるように、思いついた言葉を口にする。
「本来私が手本になるべきなのに、妹相手にはそれがまるでなってないとでもいいたいのか?」
「運命を操る力って自分の都合の良い方に曲げた解釈も現実に出来るのかしらねぇ」
「そんなことはどうだっていい。真面目に答えろ」
「至って真面目ですわ。私は貴方が手本になるべしなんて微塵も思ってはいない。愚鈍のお次は勘違いと愉快なこと」
「……」
ギリギリと歯がみする。この女と会話するのは本当に疲れる。そもそも会話が成立しているかも自信がない。
「んま、でも勘違いできるくらいに頭の回転が働いているならいいでしょう。なんて事はない単純な事よ」
「――単純?」
「そう」
いつの間にか、紫はフランドールを腕ではなくスキマによって支えていた。何も持ち上げてない手は再び扇子を取りだし、つんつんとフランドールの頬をつついていた。
「貴方達の言葉を借りれば、この子は気が触れているといえるのでしょうけど……本当は、少しだけ心の成り立ちが入り組んでいるだけ。簡単なパスを剛速球にしてしまうけれど、それはちょっとの努力でどうとでもなることよ。逆に、それに気づけなければいつまでも打ち返されるものは暴力でしかない。なんでこの子が魔理沙に懐いているかを観察してみるといいかもしれないわね――もっとも魔理沙やら霊夢は、剛速球も平然とラリーしちゃえるような愛すべきおバカさんだけど」
「あ……と」
レミリアは本来引き締まっているはずの瞳孔を間抜けなほど拡張させてしまった。
紫の説教だかなんだか分からない語りに感心したとか、そういうものではない。言葉だけには限らず、その声音、表情、仕草といった全てをひっくるめて、紫という存在の言いしれぬ何かがその心に染み渡っていく。それこそ言葉にならない、不思議な感情の揺らぎだった。
「特別なものなんて何一つない。誰も彼もがただそれだけの存在でしかないのよ。貴方が紅魔館の主として君臨するのが当然なら、この子が悪魔の妹やってるのも当然。でもただそれだけ――ああ、また勘違いしないでね、私はこの子が暴れ回ることを容認しているわけじゃない。首輪を付けてでもくくりつけておくというのもなしよ」
「……」
正直、言いたいことはいくつかある。だけれど、波立つ心が、それを言葉にするのは意味はないと訴えているようだった。
「うむ~……くしゅん!」
そして、フランドールのぐずりとくしゃみが話の切り上げの役割を担った。吸血鬼がそんな寒さに弱いわけがないだろうが、この冬の寒空の下でいつまでもいるのはやはり好ましくはないか。
「さあ、ここで長話というのも疲れたわ。そろそろ愛しい我が家につれてって差し上げますよ」
「……わかったよ。頼む」
「うんうん、素直が一番。ゆかりんとしては報酬に秘蔵のワインをキープしてくださると愛に満ちあふれて涙が出ちゃうなー♪」
「もし最初からそれが狙いだったとしたら、前言撤回させた上で本気で殺すけどいいかしら?」
「んもう、貴方余裕がないと途端に無粋になるのねぇ。まだまだおこちゃまですわまったく」
「あー、もうどうだっていい……美味いかどうかは知らないけど、ベルンカステル産の200年物が最近発掘されたから、それでももっていきな。あと酒が欲しかったら今後は等価交換で交渉に来なさい。邪険にはしないから」
「ん~、素晴らしいわレミリアちゃん。先生花マル上げちゃいますよーよちよち」
あー、ほんとにこいつと関わるとろくな事がない。
心の底からレミリアはこの化け物と邂逅してしまった運命を嘆いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
幻想郷に名をとどろかせる悪魔の館、紅魔館。
数時間ぶりに館に戻ったレミリアは、内部のカオス具合に開いた口が塞がらなかった。
なんで混沌状態にあるかというのは、もちろんフランドールが夜勤の食事に混入させたパチュパチュパのせいなのだが、酷い有様だった。
あるメイド達は縮んだのをいいことに他のメイドのスカートの下へスニーキングミッションを決行しては撃退されたり、あるメイド達はどっから調達してきたのか甚だ疑問な謎のコスチュームを嬉々として身につけ(一部、レミリアはどこか自分が身に着けたことがあるような錯覚に捕らわれたが、疲れているのだと思った)、あるメイド達は先輩が縮み後輩がでかくなったので、立場逆転でくすぐり倒されたりお医者さんごっこを強要されたりと、お前ら自分たちがおかしいことになっているの理解しているのかと激しく突っ込みたくなるような状況適応っぷりであった。
一番衝撃的だったのが、一際でかくなったメイドと一際小さくなったメイドが両者合意の上で乳児プレイをそれはそれは幸せな様子で勤しんでいた光景だった。この騒動が終わったら一遍メイド達の再教育をしよう。レミリアは誓った。いやだから×乳プレイはまずいだろ……
「――で、なにこの8頭身魔理沙、ふざけてるの?」
「なんだと。とまぁそれはおいておいて、色々あって夜更けに来たのが運の尽き。フランちゃんの餌食になったようね。まぁ、このあまりのヤバさに逆にフランちゃんの方がとんずらしちゃったみたいだけど」
「こんなもんみたらだれだってトラウマになるわな……」
フランドールの部屋に来たレミリアと紫は、とりあえず適当に壁の穴を塞ぎ、紫はフランドールと魔理沙両方の境界を操作して元の姿に戻した。ネックになったのはフランドールに破壊された魔理沙の下着だが、さも当然のように紫がスキマから同じ物を取り出したことで解決した。つくづく便利極まる妖怪である。
「んじゃ、後は元凶を叩くだけねぇ。メイドさん達はちょっとうるさいけど時間が経てば元に戻るし、なにより一人一人境界を操ってやるまでの義理はないわ」
「ああ。別にそこまでしてもらう必要はない。それにあとは身内の事だ。お前は適当に傍観してていいぞ」
「はいはぁい。ところで、フランちゃんと魔理沙はこのまま一緒に寝かせておいてもいいのかしら」
ちらり、と紫は寄り添うように眠りにつく二人を見てレミリアに問うた。
「別にいいでしょ。朝何事もなかったかのように起きればそれでいい」
「まぁ、記憶の境界を弄っておけば問題ないし、魔理沙はそもそも熟睡してたからいいか。でも、いいのかしら」
「何が」
「いくら二人が子供でもこのベッドで3人川の字にはなれないよぉ」
「……そんなの、次寝るときにフランを私の部屋につれてくればいいだけでしょうが」
「あらあら、うふふ」
「その気色悪い笑い方は止めろと言ってるんだ」
そして、二人は紅魔館に戻ってきたときと同様、一飛びでヴワル魔法図書館にたどり着いたのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「――というわけで、パチェ。おとなしく白状すれば穏便に済ませてあげるわ」
「な、なんのこ、ことかしらかしらレミィ。わー、私はやってない、潔白よー」
明らかに落ち着きのない視線を右往左往させながら、パチュリーは怪しげな返答を返す。
凄まじい誤算、というか不運だった。新月時ならばレミリアはれみりゃ化するのでその時点で咲夜共々実質無力になり、たっぷりとフランドールが引き起こす異変を楽しむことができるはずだった。しかし、紅魔館外にも騒動が起こったことで、よもや八雲紫が動くことになろうとは。結果フランドールは取り押さえられ、れみりゃは平常時のレミリアに戻ってしまった。
「動かない大図書館さんがずいぶんせわしないことですわねぇ、電動歯ブラシの特訓でもしすぎて震えが止まらなくなったのかしら?」
「そ、そうなのよ! 次回花映塚パッチで私の出場が決まっちゃってるもんだから、ついつい張り切りすぎてもー私ってば萌やしっ娘♪」
てへりっ、といわんばかりにパチュリーは普段絶対見せない媚びまくりの笑顔を見せた。もちろん、引きつりまくりでもあったが。
「へーほーふーん、そうか、パチェも大変だな。そんなに忙しいんじゃ、リトルに聞いた方が良さそうねぇ」
ビックゥッ! とパチュリーとリトルは同時に震え上がった。
「リトル、正直に言いなさい。パチュリーはフランに入れ知恵して怪しげな薬を持たせたわね?」
「え、えーと! 申し訳ありません! 私は司書の仕事に集中していましたので、全く全然これっぽっちも何も存じ上げません! っていっとかないと後でどうなるか分かったものではありませんし!」
それこそ電動歯ブラシを実践しながら必死に答えるリトル。後ろから傍観している紫は、そんな痛ましい姿に哀れみを覚えた。
「――そう、それならこっちも考えがある」
ぐわっし。背丈で上回るリトルに対して、レミリアは宙に浮いてその肩を掴んだ。あ、ちなみに記述し忘れていたが、紅魔館に戻ってきてすぐレミリアも元の姿に戻されていたのだった。
更にもう一段階、リトルの体が総毛立った。パチュリーは、「さようならリトル、あなたのつかいぱしりっぷりもとい献身ぶりは忘れないわ」と言わんばかりに涙を流しながらハンカチを振っていた。
「リトル」
「は、はぃい!」
「貴方がパチェの従者である手前、逆らえないのはよくわかる。迂闊なことを喋れば後で酷いことになるというのも察することが出来るわ。でもね、パチェはあくまでこの館の居候で、私はこの館の主。どっちがエライかは聞くまでもないわね?」
「え、えっと――は、はいはいわかります! ですからあんまり強く肩を掴まないでください!」
「そう、ならいいわ。ならば、パチェと私の命令、どっちが優先順位があるか、わかるわよね――」
「あ、ぁうあぅあぅあうあ――」
(まずい、雲行きが怪しいわ――がんばるのよリトル。どこぞの腋巫女祟り神みたく動揺している場合じゃないわ!)
「――ふむ、なかなかどうして主人思いみたいね。それじゃ、こんなのはどうかしら」
「「??」」
と、突然レミリアはリトルの肩から手を外し、柔らかくこう告げた
「正直に話せば、貴方に一ヶ月の無条件有給休暇を許すわ。館の中でのんびりするも良し、外にでて羽を伸ばすも良し。いつもいつも紫もやしの世話と司書の仕事ばっかで休む暇がなかった貴方にはこれくらいはバチは当たらないでしょう」
「パチュリー様はご自身の知的好奇心を満たすためにフランドール様のご要望を口実として身体年齢を操作する魔法薬を錬成いたしました。後々ご自分でも利用することを考え、大量生産可能な製造装置をご自身の書斎に設置しております。ちなみに、魔法薬製造の際には十数名に上る内勤従業者が実験台とされ、記憶操作を施すことによって事実関係を全て隠蔽する処置もなさっています」
「ああー! 0.5秒で了承のち裏切りやがった――!!」
パチュリーは絶叫しながら青ざめた。というよりもはやチアノーゼを起こしたように顔の色は紫色になりかけている。
「ほほう――これは色々と余罪を追及する必要があるようだね。私の目をかいくぐってそこまでしでかしていたとは恐れ入るよパチェ。十分気を付けないとねぇ、いつ寝首を掻かれるか分かったものではない」
「ほんと、紅魔館は地獄ですわねフゥーハハハーハァー」
「お前は黙っててくれ。あとスキマからおもむろに銃器を出すな」
「い、いやいやいやレミィ。これには訳があるの。そ、そうよ! 永遠亭の薬師がいつ幻想郷全体に巨乳薬をばらまくかわかったものじゃないから、それに対抗するために貧乳を守るためのああおねがいまって私の書斎に近寄らないでだめだめ扉明けたら二分でゴハンにならないわよ頼むからゴフッむきゅ~」
ついでに電波な言い訳を垂れ流す病弱モバイルを拳で黙らせつつ、レミリアはパチュリーの書斎に踏み入ってそれを発見した。
「ぱっとみ、コーヒーメーカーのようにも見えますわね」
丁度、パチュリーの乱雑な様子のデスクの隣にガラス器具や金属のフレーム、変な色の管が四方八方に伸びているガラクタのような装置が鎮座していた。おおよそこれで薬の製造が出来るようにも思えないが――月のロケットの件で外の世界の魔法すなわち科学に興味を持ったパチュリーが製造したものならば、見た目の印象よりもまともに動くのかも知れない。
「そーいや一週間ちょっと前、いちいち厨房から持ってきてもらうのめんどくさいからコーヒーメーカーを用意するわとかいってたけど、これのことだったのねぇ」
「れ、レミィ――お願い、それは私の努力の結晶なのよ。貴方もあの薬の効果は分かっているでしょう! あれを使えばいつだって幻想郷を支配することさえできるわ! 我が紅魔館の――」
「まぁいいや、とりあえずスカーレットシュート」
「禅寺に棲む妖蝶」
「いやぁー! 私の研究成果がー!」
・・・
「さて、これで悪は去った訳ね」
「今度こそ一件落着、というところですわね」
紫を通り越して灰色に燃え尽きたパチュリーを尻目に、やれやれといわんばかりにレミリアと紫は紫の持ち出してきた紅茶で一息ついていた。ちなみに、リトルはパチュパチュパ製造装置が吹き飛ばされた後、早々に休暇を取ってどこかに行った。
「なんか今日は疲れたわ、丁度明け方近いし寝よ……咲夜ー、ベッドメイキングは出来ているかしら」
いつもの調子で、ちりんちりんとメイド長専用の呼び鈴を鳴らすレミリア。しかし、本来ならものの数秒で駆けつけるはずの忠実な従者が、1分経っても姿を見せなかった。
「……咲夜?」
「あー、そうそう言い忘れていたわ」
カップの中身を空にしたところで、紫が口を開いた。
「貴方のメイドさんはフランちゃんのいたづらの餌食になっちゃって、館の外に吹っ飛ばされちゃったわよ」
「そーいうことはもっと早くにいわんかボケ妖怪! 咲夜はどこにいった!」
予想外というか想定していなかった事実に、レミリアは再び立腹して紫に食ってかかった。まぁ、この場合紫に詰め寄ったところで無駄なのは内心理解していたが。
「ごめんごめんー。えーっとね、私の記憶が正しければ、壁をぶち抜いてぶっ飛ばされた後、なんか館の片隅に建ってたおんぼろトタン小屋に落ちていったように見えたわよ。あれ一体なんの建物なのかしら」
「――そこは門番隊の詰め所だな。咲夜のことだから死にはしてないだろうけど、負傷していたらことだ。早くそこまで私を飛ばしな!」
「あらもう、それが人に物を頼む態度かしらぁ? 事態は収拾したわけですし、メイドさんの面倒まで見切れませんわ。そもそも、その門番隊の詰め所ってところに咲夜がいるとは限らないでしょうに」
しゃくに障るがまたしても正論だった。フランドールが館で暴れ回ってから既に数時間。もうすぐ夜が明けても不思議ではない刻限だ。しかし、館に戻ってから一度も姿を見かけていない。もしかしたら既に医療室に運ばれているのかも知れない。そして、自分の呼びかけに答えられないほど負傷しているかも知れない。
だが、レミリアはようやく調子を取り戻した運命を操る能力で直感的に識る。咲夜は詰め所にいると、彼女自身の直感力が教えてくる。
「――――けが人が担ぎ込まれそうなところにそれらしい人はいないわねぇ、お医者さんごっこしてる連中しかいないわぁ」
「なら決まりだ、お前がとばさないのならいい。咲夜がいるにしろいないにしろ、詰め所に行く必要がある」
「そこらへんの焦りっぷりを妹さんの時にも見せてあげればもっと可愛いのにねぇ……まぁいいわ、特別サービスでとばしてあげるから」
「最初からそうすればいいんだよ」
「可愛くないわねぇ」
渋々、レミリアの余裕のない剣呑な眼差しを背に受けながら、紫は門番隊の詰め所前に直通するスキマを空けた。開いた瞬間にタイミングを計ったかのようにレミリアはスキマに入り込み、空間を飛び越えていった。
「せっかちだこと」
紫も、それに続いて空間を飛び越えていった。
門番隊の詰め所は、おんぼろと評されたようにおおよそ幻想郷での一般的な小屋の建築基準を満たしているとは思えない粗雑ぶりだった。それこそ落書きの如く屋根と壁しか存在しなさそうな簡素すぎるたたずまい。風雨をしのげるのかすら怪しいものだ。
「労働基準法がないって素晴らしいことですわね」
「皮肉なら間に合ってるよ」
紫の物言いを取り合わず、レミリアは躊躇なくイグサのヒモをちょうつがい代わりにしている扉の役割を一応になっている板を蹴り飛ばした。よほど脆いのか、大した力で蹴ってもいないのに板は蹴られた部分から、くの字にへし折れたのであった。
板が吹っ飛んだところで、レミリアはずかずかと中に足を踏み入れる。詰め所には門番隊がシフトで寝泊まりしているため、大体24時間いつでもだれかがいるはずだった。
「中国、咲夜を見なかった――」
「くんくんくるるんわふわふわ☆ キラキラ星に願いを込めて☆」
――あれ?
板が乾いた音を立てて地に伏せ、詰め所内の光景が一望できるようになった瞬間。レミリアと紫はその場に立ちつくした。
「紅魔館の未来を守るため☆ 銀のナイフですぱぱんぱーん☆」
――あれ? あれ?
かろうじて四畳半ほどのスペースの中心。簡素なテーブルの上に、何者かがくるくると踊っていた。
「愛と勇気のメイドック☆ まじかるぅ~~~、さくやわんスター☆」
――ナンダコレ
その人物の大きさは、今のレミリアに肩を並べるくらいだろうか。明らかに子供であることが分かる。
「いい! いいですよ咲夜さん! 完璧です!」
――サクヤサンダッテ? ナニヲイッテイルンダコノチュウゴク
ただ、いくつかおかしな点があったのが
「ああ! 刺して! もっと刺してさくやわん! 悪いおねえさんをお仕置きしてぇ!」
――サクヤワン? サクヤトワンワンクミアワセテサクヤワン? おーいっつないすじょーく
その少女は銀色の頭髪に明らかに犬の耳のようなヘアバンドを付け、腰の部分からふさふさのしっぽのような飾りを生やしていたことと
「これはもう文々。新聞へ取材を頼むべきですよ! それを皮切りに各種メディア展開で夢のインフレーションスクウェアがトンネルエフェクト経由で現実の元にぃいいいいい!」
――ニホンゴヲハナセ、ココハゲンソウキョウダッケ?
胸元に五芒星をモチーフにした複雑な形状のリボンをあしらい、プリーツスカートには紅いクナイ型の飾りをスパンコールの如くいくつもつり下げ、極めつけは肉球溢れる犬の手の平型手袋とブーツ。
「さくやわーん! さくやわーんさくー、さああ! さああ!」
――サッキカラサーサーサーサーウルサイナァ、パパトママノアイジョウガパチェモエ
あまりにも常軌を逸したファッションに身を包んだ少女は、まるで長年のあこがれだった素敵な洋服に初めて袖を通してはしゃいでいるかのような、幸せと喜びに満ちあふれた可憐な笑顔を振りまいていた。その笑顔が、余りにも痛々しく感じられるのはなぜだろう。
「…………え、と……」
背後からでも石の如く硬直しているようなのが分かるレミリアと、恍惚の表情で少女を取り囲む4人の痴女を交互に見て、ようやく紫は自分の意識が数刻吹っ飛んでいたことを実感した。
「レミリアちゃん、気は確か……?」
我ながら間抜けな問いかけかとも紫は思った。しかし、直視した瞬間自分ですらめまいを起こしたこのあまりにもあんまりなサバトを目の前にして、彼女が何も感じないはずがない。
もはやわざわざ勘ぐる必要もなにもない。今目の前で何処までも痛ましく踊らされている少女こそ、彼女の探し求めた最も頼りになる従者、十六夜咲夜のなれの果てなのだから。
「食らえ~♪ わんわんルナダイア……」
ナイフを投擲しようする姿勢で、彼女は止まった。こちらの存在に気づいたらしい。おそらく、十六夜咲夜もといまじかる☆さくやわんの青い瞳とレミリアの紅い瞳は、合わせ鏡のようにその視線を重ねたのだろう。
「あ――」
「……」
「――ああ」
「………………」
「――――!?」
その沈黙は、余りにも苦痛だった。やりきれない空気と一瞬で真っ赤に沸騰した咲夜わんの表情を見て、思わず紫はその可哀想な情景から目をそらした。
そして、予想通りの結末が訪れた。
「うわぁぁぁぁっぁぁぁあぁ!!!!!」
全身の水分を絞り尽くさんばかりに、いや絞り尽くしてもなお吹き出し続けそうなほどの勢いで涙を噴出させながら、まじかる☆咲夜わんは文字通り星になった。大量の水を放出しながら遠ざかっていく姿は、地上の流星といえたかもしれない。
「「「「ああ! 咲夜わん! 咲夜わーん!!」」」
穴の空いた天井から空へと消えていった咲夜わんを仰いで、変態どもはこの世の終末の審判を目の当たりにしたかのようにそろって狼狽した。咲夜わんしか見えてなかったのか、自分たちの主が入ってきたことにまるで気づいている様子はない。
で、その主はといえば
ピキ、ピキピキッ
紫が気づいたときには時既に遅し。
バッキーン!
鉛色に乾き、石灰石の如く無惨にも砕け散ったのであった。吸血鬼が真っ向から太陽を直視したら、こんな感じなのだろうか。でも、まだ太陽を直視した方がずっと幸せだったのかも知れない。
「――かくのごとく、戦いは勝利者を生まず――か」
紫は昔読んだ書物に記されていたような気がする一節を、まるで酩酊したような意識の中で呟いていた。記憶が正しければ、その書物はただ滅ぼしあうだけの争いの虚しさを訴えるために、その一節を〆に用いていた。それが筆者の感情を100%代弁しているのならば、まさに今の紫の心境はその言葉そのものだった。
今宵幻想郷を席巻した大騒動は、最終的に誰一人勝者を生まず、悲惨に幕を下ろした。
しかし幕引きに伴い、図らずも担うことになった裏方の役割として、紫にはやっておかなくてはならないことがある
「「「「咲夜わーん! 咲夜わーん!」」」」
「――とりあえずあんた達は深弾幕結界逝きーーー!!!」
滅多に繰り出すことなどない、威力のみに特化させた死の世界へ、彼女たちを誘ったのであった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
紅魔館は窓が少ない。元々吸血鬼の館であり、従業員のほとんどが妖怪であるため、好きこのんで日光を取り入れる必要がないのだ。
当然、主であるレミリアとその妹フランドールの部屋は、一切の窓が存在しない。特にフランドールの部屋は念入りに壁が強化されているので、防音も完璧。よって、鳥の鳴き声で目を覚ますと言うことも不可能である。
そんなわけだから、昨夜の疲労もあいまって、魔理沙は本来の起床時間を2時間ほど遅れて目を覚ました。
「あ~~、いつもよりよく寝た……」
盛大に体を伸ばす。よほどぐっすりと眠りこけたようで、筋肉が眠った状態から起きた状態に移るのに手間取っているかのように体が重かった。
「フラーン、朝だぜおきろー」
「う~ん……」
体を起こしてまず魔理沙は隣に寝ていたフランドールの頬をつついた。少しばかりヒヤリとしたが、ふにふにとした柔らかい感触はたまらなく心地いい。軽くつついても起きないのをいいことに、魔理沙はしつこく指で押し続けた。
「む~……は!?」
一分近く続けていたところで、フランドールははっきりと目を覚ました。
「いよう、おはよう」
「おはよ~、てなんで魔理沙が私の部屋にいるの~」
「あ? 何いってんだよ。昨日の夜一緒に寝ようっていったのはお前のほうだぜ」
「そーだっけ……覚えてないや」
「おいおい、脳みそとは違う思考回路って結構曖昧なのか?」
真相を言えばフランドールは紫に記憶の境界を弄られ、昨日の騒動についてのことは粗方さっぱりと忘却させられたために昨日の記憶のほとんどは曖昧になってしまっているのだ。もちろん、眠りこけていた魔理沙にはそんなことわからないのだが。
「そんじゃ、起きたところで食事にしようぜ」
「うんー、お腹ぺこぺこ」
お互いさっくりと着替えたところで、仲良く並んで食堂へと向かった。
食堂といっても、就労者用の厨房と隣接した食堂とは違い、スカーレット姉妹専用のディナールームが存在している。魔理沙は大体食事をたかるときはフランドールと一緒にそこで食事をしていた。
「お?」
「あれ?」
食堂のドアを開けると、普通なら今の時間そこにはいない人物が優雅の見本といえるほどに優雅に紅茶を飲んでいた。
「あら。魔理沙にフラン。おはよう」
「おはよう、珍しいじゃないか。お前がこの時間にいるなんて。起きてたら大概霊夢のとこいってるだろうに」
「おはようお姉様。ほんと珍しいわね、この時間に家の中で会うこと自体があんまないもの」
たたみかけるように二人はその人物――レミリアに声をかけた。レミリアは不思議がる二人とは対照的に、至って普段通りだった。
「そんな日もあるわよ。それより貴方達お腹空いてないのかしら?」
言いながら、レミリアはそばで控えていたメイド――これも二人にとっては不思議なことに、咲夜ではなく全く別のその他メイドだった――に一瞥くれると、申し合わせたようにメイドはレミリアの腰掛けているテーブルの側にあったカートからトレイを移していった。トレイに被さっていた蓋を開けると、そこには見事な朝食が並んでいた。もちろん、魔理沙用のとフランドール用のがわかるようにしてある。
「あー、ご飯だー!」
「おお、こいつは話が早いじゃないか。いつもなら咲夜のヤツが渋い顔するもんだが」
「咲夜は今日ちょっとばかり暇を出させたのよ。さ、冷めないうちに食べなさい」
レミリアが言い終わる前に、二人はさっさと円卓型のテーブル席について、食事の挨拶もそこそこにすぐさま食べ始めた。
「貴方はもう下がっていいわよ――紅茶、上出来じゃない。今度咲夜が休みの時は貴方に給仕を任せるわ」
身に余る光栄です、とメイドは一礼すると、カートをおして退室していった。
「うーん……、咲夜のとはまた違う味付けだが、美味いじゃないか」
「ほんと、たまにはこんなのも新鮮でいいかもねー」
思い思いの感想を述べながら、よほど空腹だったのかかなりのスピードで消化していく。レミリアははしたないわよ、と注意はするものの、別段不快に思っている様子はなかった。
食事もそこそこに片づいたところで、魔理沙が紅茶を入れながらの談話に移っていった。
「改めて聞くんだが、咲夜のやつはどうしたんだよ。働くのが生き甲斐みたいなあいつが休暇を受け入れるたー雹が降りやしないかね」
「そーよねー。前にもお姉様が休めっていっても私服で仕事してたりなんてあったもの。あ、ところで私たちって雹の中は動けるのかしら」
「雹なんて動ける動けない以前に出歩きたくないわね……咲夜は昨日なんかずいぶん具合が悪そうな感じがしたから、無理矢理休ませたのよ。説得するのにずいぶん骨が折れたもんだから、お陰で寝不足よ……」
もちろん真実は違う。咲夜は今日の未明に失踪を遂げ、現在紅魔館では密かに捜索隊が結成され、目下行方を捜しているところだ。そして、レミリアが寝不足なのはあやうく灰化しかけたところを紫に修復してもらってる間に朝になってしまったというオチである。寝不足どころかほとんど寝ていないのだ。スキマ妖怪は今頃二度目の冬眠に入って、しばらくは起きないだろう。
このため、表面上取り繕ってはいても本来なら気分は色々な意味で最悪なのだが、魔理沙とフランドールがいつも通りに食事をしている姿を見たことで、幾分かは良くなった。
「ああ、あと図書館の方はパチェも具合良くなさそうなんでいかないほうがいいんじゃないかしらね。で、今日は二人とも何をするの?」
「おー、そうだ、今思い出したぜ」
ポンと魔理沙は手を叩いた。
「今日はフランと弾幕ごっこって昨日寝る前に決めてたんだ。腹が落ち着いたら早速始めようぜ」
「え? そんなこと決めてたっけ」
「フランはねぼすけだなあ。私は半分眠りこけていたけどちゃんと覚えてるぞ」
「えへへ、そうなんだ……楽しみだなぁ」
「……」
嬉しそうな表情のフランドールを眺めながら、レミリアは昨晩の紫のとりとめのない言い分を思い返した。
今までこの子が自分に向けてきた笑顔は、今のように何の屈託もないものだったのだろうか。……いや、そもそも、私はこの子の笑顔に何を感じていただろうか
じくり、と胸にこびり付いてくるような痛みが滲む。それらは具体的に思い返せるものではない。そして、思い出して愉快なものでもない。きっと、今どんな言葉で繕おうとも、拭えないものがあったのだろう。あの時、紫に対して感じた感情の揺らぎが、その正体なのかもしれない。
しかし――考えても詮のないことだ。どう転んでもあいつの思い通りになったようでつくづく不愉快だが、それ以上に、胸の奥で化膿する嫌な感情に蝕まれるのはごめんだった。
拭えないのなら、せめて出来る限り綺麗にする。レミリアは、紫が言及した“簡単なこと”を実践してみることにした。
「よかったら、私も混ざろうかしらね」
「「え?」」
その表情はなんともマヌケで――レミリアはたまらず吹き出した。何というか、意外なほど自分はパターン化した日常を送っていたのかも知れない。そのつまらなさと一緒に、レミリアは魔理沙とフランドールの驚いた顔を笑い飛ばした。
「――雹どころか、今日の天気は流星のち彗星か?」
「あんまり降られても困るよー。一度にキュッてできる数には限りがあるんだから」
レミリアは感情に合わせて弾幕を打ち出すことはままあるが、そうそう弾幕ごっこに混ざらないことを二人は知っていた。紅魔館の主という肩書き故、あまり戯れに勤しむのを良しとしないのだろうか、と魔理沙は思っていたので、この提案は本当に意外だった。フランドールも、その心境は似たような物だった。
「あはははは――流星が雨の如く降ったら、願い事かなえ放題で私の能力が商売上がったりじゃないの。ああ、ちなみに今日の予報は快晴よ、まったく困ったものね。冬の日差しは冷たいけど鋭いから痛いし」
「まー、どっちにしろフランがいるから、館の中になるけどな。ここは私の家じゃないからどうでもいいんだが、せいぜい手加減しろよお前ら」
「ふん、あんたこそ気軽に横穴あけんじゃないわよ。家主としてマスタースパーク禁止令くらいはハンデとして付けさせてもらうぞ」
「――すごいわ! 三つ巴の弾幕合戦だー! 複数目標用パターンを試すチャンスー!」
軽い口調から、レミリアが乗り気であることを察知するとフランドールは大はしゃぎで飛び回った。七色の翼は朝でも薄暗い室内に燐光の軌跡を引いていた。
「そんじゃ、スタンバイOKってところで行きますかねぇ。奥広間あたり使おうぜ」
「そうね、メイド達をどかせば十分スペースとれるでしょ」
「魔理沙ー! お姉様ー! 早く早くー!」
既に室内を飛び出して、フランドールは紅い絨毯の通路を高速移動していった。
「レミリアよう」
「なによ」
フランドールの後を追いかけようとレミリアは空を飛び、魔理沙は箒に跨ったところで魔理沙はレミリアに問いかけた。
「今日はずいぶん気前がいいじゃないか。なんかいいことでもあったのか?」
「逆よ」
いつものポーズからお手上げのモーションに手を挙げ、レミリアは苦笑いで答えた。
「悪いことがありすぎたから、これからいいことを起こすのよ」
END
オマケ2
「――なんで、こんなことに~~~~」
何を呪えばいいだろう。もはや何かを呪う気力すら、この寒さに奪われていった。
「あの侵入者さえいなければこんなことには、こんなことにはぁ~~~うう、お嬢様ぁ~」
周囲に雪はなく、空は快晴。でもこの凍てつく空気は、彼女のなけなしの涙を容赦なくつららにしてしまいそうだった。
彼女はかろうじて空が見える雑木林に、死にものぐるいでかき集めた木の葉でその白い素肌を精一杯覆い隠そうとしていた。その努力も、冷ややかな木枯らしが幾度となく散らしてしまい、その哀れな痴態を青空の下に晒す。この寒さでは、樹の中に空間を作って潜り込んだところで何の解決にもならない。
彼女――十六夜咲夜は一糸まとわぬ姿でこの未踏の地に一人凍えていた。正直、今現在ここに至るまでの経緯の説明は凄まじく骨を折るものなのだが、一つだけ言えることは彼女は昨晩起こった大騒動の純然たる被害者なのであるということ。
「気が付けば身に着けている物は一切なくなって、ナイフ一本すら持たず――無力、無力よ、なんて無様な私――」
侵入者に敗北し、部下に筆舌に尽くしがたい陵辱を受け、その姿を真逆の意味で最も見られたくない人物達に目撃され、あげく全裸極寒責め。己の不運を嘆いて自虐に陥るのも無理からぬ事だ。いっそ狂ってしまえたらどれだけ楽なことだろう。
「もう、死にたい――死のう――あんな生き恥を晒して、おめおめ紅魔館に戻れるわけがないわ――ああ、瀟洒の二つ名がなんて穿かない――じゃなくて、儚い――」
何かの線が切れてしまったのか、咲夜はついに倒れ伏した。もう、立ちあがる気力もない。とうの昔に彼女の足の膝から下は凍てついた葉枝や土で無惨にも汚され尽くしていた。
「お嬢様――ふがいない従者をお許しください――」
意識が途端に朦朧としてきた。これはきっと死の誘惑。全身のあらゆる感覚から解放され、彼女の魂は三途の川へと道筋を定めようとしていた。
その時
「!?」
どこに力が残っていたのか、倒れ伏した状態から咲夜は突如起きあがり、注意深く辺りを見回した。
「今の音は――風の音ではない」
風で木の葉がこすれる音ではなく、明らかに木の葉を潰していくような音。何者かが歩いている音だ。それもあまり遠くはない。
生を手放しかけた彼女の、どこかに残っていた生きたいという本能が、瀬戸際で超感覚を目覚めさせたかのようだった。音は確実にこちらに近づいてくる。すこしずつだが、音は確実にはっきりとしてくる。
(一体何――? 狩人、はたとえ善人でも裸を見られるのはいや。獣、は見られるのはいいとして、冬眠してない熊とかだったらどう対処すれば……妖怪、それも知能のあるやつだったら……襲われたら逃げるしかできないし……うう、助けは欲しいけど、なにかしらに遭遇するのもいやぁ……)
しかし、我が侭を言ってはいられない。この超感覚は生きろと言う肉体の切実なシグナルだ。音の主が自分にとって味方にしろ敵にしろ、無視することは出来ない。この絶望的な状況が好転するチャンスかもしれないのだ。半端なプライドでそのチャンスをフイにしては、それこそ瀟洒の名が廃る。なにより、再び自分の帰るべき場所へ帰るため、彼女はこの身を汚してでも立ち向かうことを決意した。たとえ、その汚れた身を主に蔑まされても、だ。
(さぁ、どうくる……相手はおそらく一。姿をとらえた瞬間、ヤバそうなら逃げる。まともそうならなんとか会話する。単純な二択よ、クールになれ、十六夜咲夜……)
感覚をより一層研ぎ澄ませる。次第に、音のする方向にそれまでみえなかった動く影が現れた。
(もう少し、もう少しで輪郭がはっきりする……もっと近寄れ……)
覚醒した意識は交感神経を活性化させ、体温が上昇する。おかげで、先ほどまで感じていた寒気が全く気にならない。
「――そこにいるのはだれだ」
その声に、一瞬咲夜の体がはねた。が、すぐ冷静に聞こえた声を分析する。理解した瞬間、咲夜は目に見えない神に感謝した。
声は、聞き覚えのある人物だった。正確には、妖怪だが
「――おおう、これは一体全体どういうことだ」
すぐに姿を現したのは、特徴的な二股三角帽子を被り、白と青を貴重とした導士服、背後には巨大な毛筆の如き尻尾を何本も生やした妖狐――八雲藍だった。ただ、今日は本来9本あるはずの尻尾が、見たところ4本くらいしか見えなかったが。
「ら、藍! 藍なのね! 助かった――貴方だったなんてこの上ない幸運よ――ああぁ、諦めないで良かったぁ~~」
「むぅ、はっきりいって皆目事情がつかめないが――死ぬほど困っているようだな」
この冬の雑木林で素っ裸で泣きじゃくっていれば、だれもがそれは異常事態だと理解できるだろう。
「そう、そうなのぉ~。事情は一口じゃ語り尽くせないけど、とにかく助けてぇ」
「うむ、人間は凍えると死ぬしな。同じ苦労人従者として放ってはおけん。どれ待ってろ」
藍がパッと手を挙げると、すぐさま咲夜の体は厚手の毛布に包まれた。その優しい柔らかさと暖かさに、咲夜は不覚にもまた涙が溢れてきた。
「紫様はあいにく本格的な冬眠に入ってしまわれてな。スキマで送ってやりたいところだがかなわん。八雲家にいくまでしばらく辛抱しておくれ」
「あ、ありがとう、ありがとう! この恩は絶対忘れないわ! 私にできることなら何でもやるわよ!」
「はは、そんな気にするな。お前が死んでしまったら宴会の時紫様の愚痴を言える相手が少なくなってしまうではないか。妖夢はすぐ玩具になってしまうからな」
宴会――ああなんて素敵な言葉。生きていれば宴会が出来る。たとえ準備に追われることになっても、生きているって実感がある。そう、私の生き甲斐。生きていればそれに殉じられる、ああ、なんて生きているって素晴らしいの――
助かった反動で、思考回路にリリーホワイトが降臨したらしい。憑き物の落ちたような笑顔で天を仰いだ。
「ところで――なんでまたこんな寒空の下スッパに?」
「うう、それはもうほんっとーに、聞くも涙語るも涙の残酷無惨物語! ええ、もうこれだけで落語の演目ができるわ――」
「寒空の下、スッパ――か」
「そう、スッパよスッパ! もうほんとに酷いわ酷いわ! 私はただ自分の部屋に忘れ物を取りに来ただけなのに――」
「――寒空、山奥、雑木林、スッパ、大自然、乾布摩擦」
「そしたら、なんと私の部屋に――って、あなた、さっきから話聞いてるの?」
スッパと言い出してから、どこか藍は神妙な顔付きでぶつぶつと独り言を呟いている。
「冬、寒い、裸はきつい、だが、鍛えれば――」
「だから、何を言って……」
グワシッ
「!?」
突然、藍は咲夜の両肩を掴み、相対した。
「……そーか、そういうことか」
は、ははっは、と引きつるように俯き気味に藍は笑った。
「な、何……?」
「はっはっは、そーかそーか、いやはや、お前とは他人の気がしないと思ってはいたが……これはなんて天の巡り合わせなんだろうなぁ」
ギリリ、と肩を掴む力が強くなる。嫌な予感を感じ、咲夜はふりほどこうとした。しかし、まったく抜け出すことはかなわない。
そして、
俯いていた藍は、突如咲夜の顔を正面で見据えた。この上のないさわやかな笑顔で。
「一体何……」
「いやぁ嬉しい! 本当に嬉しいぞ! まさかスッパ愛好者とここで巡り会うことが出来たなんて!」
………………
「……はい?」
今このキツネはなんと言った。咲夜は脳内のリリーホワイトを瞬殺した後、ありったけのブドウ糖を消費して解析する。
「この厳しい環境の中! 己の肉体美を磨き上げるために敢えてその裸身を晒し! 大自然の本流に身をゆだねて、鍛え、磨き上げる! お前の裸道特と目に焼き付けたぞ! 私も寒いからといって橙の目を盗んで屋内テンコーで満足しているわけにもいかないな!」
………………!!
「っっちょっとまてえええええ!! だれが、だれが好きこのんで自殺まがいの露出プレイなんぞするかぁぁっぁあ!! というかやっぱり本当にやってたのかこの被視姦欲情ケダモノ!」
「フッ、恥ずかしがることはないのだぞ。その羞恥心は誰もが直面し、越えねばならぬ壁。私もずいぶん苦労したものだが……その領域を飛び越えれば後は登りあがるだけ!」
「違う、違うったら違う! 勝手に語りはじめてんじゃないわよ! 私はそんな趣味はない! って何!? この毛布! 身動きがとれない!」
「ははは! 今夜はお赤飯を炊かねばならんか! 黒豆――じゃなかった小豆の備蓄はあったかなぁ! さぁ、家でたっぷり暖まった後は存分にスッパしようじゃないか! 他人と一緒にやるスッパというのはどれだけ楽しいのだろう! ああ、楽しみだ楽しみだ!」
「いやあああ! いやあああ! やめて! お願いやめて! 私をこれ以上汚さないでえぇぇぇえ!!」
「今年は戌年で、お前は悪魔の狗だったな! ならば今日から私とお前と橙で『ワンコー☆ニャンコー♪テンコーホー!』を結成だ! 私たちのスッパが幻想郷を席巻するぞ! そしてだれもが等しく平等にスッパ! ああ、楽しみだ楽しみだ! 今年はいい年になるぞぉー!」
「何そのダメすぎる液体で濡れまくった未来の白地図! ふざけてるのぉぉぉ!? というかあんたの式も裸がいいのか!」
「いやぁ、橙のヤツどーしてもやってくれなくてなぁ。だが大丈夫! 私とお前で一緒に見本を見せれば、きっとそのすばらしさを分かってくれるさ! さぁ、共に頑張ろう!」
「やめてええええええええ!! 幻想郷からも私の居場所がなくなるぅぅううううう!!!」
ハハハハハハハハ!という小気味よい高笑いと、絹を引き裂くが如き悲痛な絶叫が、冬の山に旋律を奏でていった。
さようなら
何でガチバトル開始してんのwwww
っていうかゆかりん圧倒的杉。
最後のスッパで全てが台無し いい意味で
ξ・∀・)b ベリィーグゥッ!
随所に散りばめられたネタに大笑いしました♪まさに、GJ!
後、咲夜さん・・・目どころか色々当てられないけど・・・イキロ(ノ∀T)
サイッコーでした。涙出るほどGJです。
最後のスッパ天弧の狂喜乱舞に巻き込まれる咲夜あはれ。
あ、僭越ながら一点だけ指摘を。赤飯は黒豆ではなく小豆で炊きますよ。
感動した
スッパテンコー、スッパワンコー
でもちょっとだけ笑ってしまった
……ハクタクの(Caved!!!!)マジカ(デフレ)……ス(イリュージョン)
……(スカーレットシュート)
(↑パチュパチュパはさぞかしみんなのトラウマになったことだろう)
ぅゎ ょぅι゙ょ っょぃ
パチュリー様にはこの失敗に負けず、更なる躍進を遂げていただきたく。
すなわちいいぞもっとやれ。パチェ萌え。
………………
(へんじがない ただのしかばねのようだ)
最後がいい感じで終わらせる…と見せかけて、しっかり酷い(誉め言葉)なのもなんとも言えず。橙の教育環境が不安です。
ちなみに、紫と咲夜が特にツボでした。
幻想郷は変態の大鍋だ、誰も正気を保てない…なんて。
スッパ咲夜さんココに誕生???
とても面白かったです。
さようなら咲夜さん、こんにちわ咲夜わん。
コスプレも裸道も恥を越えれば後は登るだけ、というところに共通項があるようなw
オレハモウダメダ
(へんじがない、ただの人間のようだ)
それは読者に言ったのか、それとも咲夜さんに言ったのか・・・w