Coolier - 新生・東方創想話

わらって、わらって

2006/01/08 14:19:32
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朝は寒い。

自分も気の遠くなるほどの年月をかけて冬の日の朝というものを体験してきたが、これだけは自信をもって言える。
此処は場所的に言えば紅魔館付近の湖だが、いつもの朝の決まった散歩ルートのようなものだ。
「うぅ…何か面白い事は起こりませんかねぇ…」
湖の冷たい水で更に冷たさを増した風をもろに受けながら、今日も取材のネタ探し。
それにしても今の台詞はここ最近、いつもの朝の決まった散歩ルートと共に朝の習慣になってしまっている。
どうも近頃は面白い事件も変わった事件も起きず、愛用の手帳が何か書いてくれと言わんばかりに白ページの日が続いているのだ。

そんな私、射命丸 文は誰に愚痴をぶちまける訳でもなく、ただただ皆さんに『文々。新聞』を読んで貰うために日々頑張っているのです。
そういえば明日は神社で久々の宴会のはず…これは呼ばれてなくても参加せねばならない。
それは酒がたらふく飲めるという下心も正直言ってあるが、何か久々に記事が書けるかもしれないチャンスなのだ。
宴会では一見皆が騒いでいるように見えるだけだが、酒の所為で思わぬ人物から思わぬ爆弾発言がとび出したり、その場で事件を起こしてくれる時だって過去の宴会にもあった。
そんな明日への期待を今日の朝に抱きながら、湖の水面を低速飛行している。

…と、先程から薄々気が付いてはいたのだが、どうやら私の後を追跡している者が近づいてきたようである。

「なんなんですか、何か私に御用でも?」
「えっ!?あー、いや、別にある訳無いわよ!」

ど、どうして分かったの!?という顔をしながら、両手で振り上げようとした氷の塊を背中に隠したのはほぼ同時だった。
あなた、まさか私の頭にその氷の塊をぶつける気でもあったのでしょうか。
通り魔じゃないんだからせめて可愛らしく雪玉にでもしておいて下さい。

「きょ、今日も取材なの!?」
「今日所か私の生活は取材の日々ですよ。まぁ貴方に字が読めるようになれば是非とも新聞を読んで貰いたいものですがね」

私達は会話の場所を湖の水面から近くの岸にある大きな岩の上に移した。
この妖精の名はチルノ。
以前まではこの子を見るだけでそれはもう「わくわく」した日もあったが、最近ではそうでもない。
仮にあの時より巨大な大ガマに飲み込まれるのを目の当たりにしたとしても、もうそれ程記事にはならないだろう。
なんせ生意気にもこの子は最近確実に力を身につけていて、ある程度の妖精同士や妖怪なら本当に追っ払ってしまうのを私は知っている。
まぁこの何か仕出かしてくれそうな危なっかしさは健在なので、「わくわく」まではしないが大変興味深い奴なのだ。
そうこう思いながら、私はいつもの岩の上で適当に会話を楽しんでいる。

…いつもの岩の上?
そういえばこの子と話す時は、意識はしてないのだけれど決まってこの岩の上のようだった。

「昨日なんかあの館の門番を倒したのよ!あいつって意外と弱いんだねぇ。門の前でボロ小屋に入って凍えてた所に私が冷気をお見舞いしてやったわ!」
「はぁ、それは良かったですねぇ」
「そしたら震えながら、せめて内緒で休んでる時ぐらいほっといて下さい~なんて言うもんだから、ルーミアを呼んでよく眠れるように小屋の周りを真っ暗にしてあげたの!あたいったらなんて優しい!」
「はぁ、それは良かったですねぇ」
「なんだよ!あたいの話がそんなに退屈だって言うの!?」
「いえいえそんな事は言ってませんよ、むしろ面白いです。ただ欲を言えば記事にもならないので、ペンを握れず手が寂しいですかね」
「もう、あんたはいつも記事のことしか考えてないんだから!」

そう言うと、擬音を用いればポカポカとでも言うような勢いで私を叩きまくってきた。
それにしても、いつもこの岩の上で会話をすると言う事は、この子と会話をする事もいつの間にか私の習慣になっていたのだろうか?
だとすれば、台詞にすらマンネリを覚えているというのに、こんな事をあまり覚えていないなんて少し鈍感なのではと我ながら思う。
新聞を書く者として『鈍感』という言葉ほどいけない言葉は無い。
今度からは、以前よりも周りに気を巡らせなければと少し反省をしてみたのだった。

そんな事を考えていると、今まで自分の体を叩きまくっていた手がいつの間にか止まった。
すると、その子は私の胸の辺りを興味深そうにジロジロ見てきた。

「…ねぇ、前から気になってたんだけどさ、」
「はい?」
「その、いつも首から提げてる箱って何?」
「あぁ、これはカメラです。新聞を書く上では解りやすさも必要ですからね。カメラで撮った写真を新聞に使うのです。しかも写真は証拠にもなるので優れものですよ」
「ふーん写真ねぇ。それってあたいにも出来るの?」
「それはあなた次第でしょう。まさか写真を撮りたいのですか?」
「それ頂戴!」
「駄目ですよ。これは玩具じゃないのです。私が居るこの場で借りるという事なら考えますが」
「じゃぁちょっと借りる!」

なんと。
その答えに少し困ってしまう。
そんなにこのカメラを使ってみたいなんて…まぁ無理矢理奪われるよりはマシか。
私は少しためらったが盗られる前に満足して貰おうと、髪を上げながら首から紐を外し、カメラを仕方なく渡した。

カメラを手に持たせてあげながら、私はなるべく解りやすいように使い方を説明する。
当たり前だが本当にカメラを触るのは初めての様子で、レンズを弄ろうとしたりする手を必死に止めながら、写真を一枚撮るまでの流れを教えてあげた。
最初は目が点で口をポカンと開けていたのだが、次第に私の言っている事を理解してくれたらしく、終いにはその辺の風景をバシャバシャと激写するまでに到達した。
まるで目がファインダーに縫い込まれたかのようで、さっきから顔が全く見えない。
だが、時より横から覗かせるその表情は正に純粋な子供そのもので、きっと目を輝かせているに違いないんだろうと思った。
…いや、見てるだけで、本当に楽しそうだった。

「さぁもう満足しましたね?そろそろ私は場所を移しますのでカメラを…」
「あっ!あんな所に鳥が!撮ってくるわ!」

その瞬間、全速力で目の前の妖精が風のように飛び去り、反動で水面がザバンと水飛沫を上げる。
みるみるうちにその子は私の視界から遠ざかり、すっかり小さくなってしまった。

私は特に慌てる事も無く。

ゆっくりと目を閉じる。

「まぁ、こうなる事も最初から想定の範囲内でしたが…」

風を呼ぶ。
辺りの木々はざわざわと音をたてて揺れ、水面は次第に勢いを増しながら波を打つ。

「…ねッ!」

目を見開く。
私は余裕をもって風の音を楽しんだ後、岩から素早く蹴り上がった。
岩は割れる所かヒビ一つ入る事も無く、一瞬で空から視界の下に見えるゴマ粒ほどの大きさの塊へと化す。
この幻想郷最速の私から速度で逃げようとするとは、随分と嘗められたものだ。

数秒もしない間に、ぐんぐんと泥棒妖精に追い着いていくのを確認。
これでも少し加減したつもりではあったが、いつまでも追跡したりするつもりは更々無い。
適度に距離をとると、私はひょいと妖精を追い越して目の前に立ちはだかり、その子の片手にあるカメラ目掛けて手を伸ばした。

「それは返して貰いま…!?」

ちょっとした気の緩み。
目の前の妖精は、カメラを持っていない片方の手でカメラを取り返そうとした私の手をがしっと掴んできたのだ。
その途端、チリチリという音と共に白い冷気が発生した。

「ちべたっ!!」

火傷でもするかのような凄まじく低い温度で手を握られてしまい、思わず自分の片手を抱え込んでしまう。
静止した私を尻目に、その悪餓鬼の鏡とも言えよう憎たらしい笑みを見せながら今度は一瞬で視界から姿を消し、まんまと逃げられてしまった。

…自分一人になった所で、体を刺すような風が感情を逆立てる。
どうしてくれるんだ。
写真が撮れなくても取材は出来ない事もないが、あれは私の大事な取材の道具なのだ。
長年使ってきて思い入れのある、大事なカメラを持って行かれたのだ。
思い出せば、まだ今は朝っぱらじゃないか。
今日の取材はどうなるのだ…まぁ取材をするものがハッキリしていた訳では無いのだけれど。

呆然として空中に浮かんでいると、今度は先程の片手が痒み始めた。

。。。。。。。。。。。。。。

薄暗い森の中の、そのまた中の古惚けた家。
この家の主は相当片付けが下手なのは百も承知だったが、流石にこれは酷い所か惨いを通り越して惨過ぎる。
まず目に入るのが足元一面に散らばった本、本、本以外にも瓶や紙くず。
窓を見れば、森の中の僅かな日光でさえもしっかり確認出来る埃の舞い。
本ではなく本棚は何れも粗雑に倒れ、後ろからナニか生えていた。
今、私はその廃墟的な家の中で椅子に座りながら、小さめの暖炉を前に両手を開いて温まっている。

暫くすると、部屋の奥から床をキシキシと鳴らしながら歩いてくる金髪の少女。
その少女こそがこの家の主だ。

「ほれ、スープが出来たぞ。きのこたっぷりで栄養満点おいしさ抜群だぜ」
「あ、どうも有難うございます。先に食べて下さいよ」
「なぁに言ってるんだ、客より先にものを食べるなんて失礼極まりない!」
「いえいえ、私もこう寛がせて貰っているのでせめてもの気遣いですって。さぁお先に食べて下さい早くして下さいお願いします!」
「私のスープに毒きのこでも入ってるなんて勘違いしてないか?見ろよこの鮮やかな藍色…お、今泡が立ったぜ。こりゃ失敗だな」
「食べ物を粗末にしてはいけませんよー?」
「まぁ、後で香霖とこにでも持って行ってやるか」
「なんまんだむ…なんまんだむ…」

霧雨 魔理沙…それが彼女の名である。
彼女は魔法の森の中にあるこの家が住処で、活発な時もあればここに引き篭もり、長ければ数ヶ月間にも亘り実験に没頭する事もあるそうだ。
しかし実際の所は引き篭もって実験をしていると言うのは周りの者の話であって、本人は本当に実験しかしていないのかと言われると正確には答えられない。
…と言う事は、今私は正にその彼女のプライベートルームにお邪魔しているのだから、やっと取材が出来そうな予感!
そう思うと直ぐに愛用の手帳とペンを復活した手で取り出し、久々にその真っ白なページに日付と場所を書き入れる。

「えーついでになんですが、普段では皆さんにお見せしないこの家での生活を教えてくれませんか?」
「お、取材か?お前ならそう来なくっちゃなぁ!私の記事を作るんだったら私にどんどん質問してくれ」
「はい、ではそうですねぇ…最近何か変わった出来事はありましたか?」
「応、あったぜ。しかも今日入ったばかりの新鮮な情報だ」
「是非お聞かせ下さい」
「いつも通りこの家に居たらなぁ、ドアをわざわざノックして天狗がやって来たんだよ。なんでもあのバカ妖精にカメラを引っ手繰られたおまけに、
手が冷え切ってこれじゃぁペンも握れず取材が出来ないって言うんだ。間抜けな天狗だろう?見出しは『天狗、カメラ奪われ代わりに霜焼け』なんてどうだ?きっと皆大爆笑だぜ」
「あう…そう言われるのが嫌だから神社に行きたかったのに…。宴会の準備で糞忙しいからどっか行けなんて言われたものですから」
「霊夢のとこへ行ったって多分同じだぜ。そんなに画像を使いたかったら、自分の目で見たものをそのペンと手帳を使って絵に描いてみたらどうだ?」
「うるさーい」

期待は一瞬にしてこの歯を見せてニヤニヤ笑う少女に打ち砕かれた。
結局、また面白くない現実に逆戻りだ。
つい勢いで書き込んでしまった『14日 霧雨邸にて』という文字を上からゴシゴシと塗りつぶす。
すまない手帳、近いうちにまたあなたの中をネタでいっぱいにしてあげるから。

すると、目の前の少女は何かを思い出したかのように、いきなり膝をポンと叩いた。

「さぁ、私の家に寛がせて貰って気も遣ってくれてるんだろ?だったら少し部屋の整理を頼みたいのだが…」
「それは気遣いではなくて命令でしょうが」
「あー嫌なら別にいいぜ?明日の宴会でお前が注目されるだけの話だがな」
「分かりましたって…今日はついてないなぁ」

冗談抜きで本当についてない。
朝からカメラを奪われ、魔法使いにからかわれ、挙句の果てにはお手伝いさんに。
…この災難続きで新聞が一枚書き上げられそうなくらいだった。

私は溜息を一つ吐くと、魔法使いが指を指す、本が散らかった薄暗い部屋へと足を運んでいった。

。。。。。。。。。。。。。。

一つのドアが境界で、中はあまり狭くないというのに全方位から本棚に囲まれたとてつもない閉所感。
頭上には小さなランプが一つぶら下がり、その空間をセピア色に染めている。
ここは先程までいた部屋の床より本や物が散乱している訳でも無かったのだが、一歩歩けば埃の塊が宙に踊るぐらい汚かった。

「これは整理ではなく私に掃除をしろと?」
「いや、本棚の本の整理を頼もうと思ってな。掃除はいいから横に倒れてる本を立てたり、そこに積んである本を空いてるスペースに入れてくれ」

言われて見ると、確かに本の並び方がかなり歪で、隅の方にも足から膝辺りぐらいまでの高さに本が積み上げられている。
それにしても、こんなに埃が綺麗に床に敷き詰められているという事は、全くと言っていいほどこの部屋は使われていないのでは?
こんな部屋を整理する必要なんてあるんですか、と文句を言おうと思ったが、直ぐに思い止まった。

「じゃなー」と片手を上げた少女はテクテクとその場を後にする。
…仕方ない、やるしかないか。
私は黒い魔法使いが消えた事を確認すると、まず手始めに本棚の本の整理に取り掛かった。
本を手に取った途端、長年降り積もった埃が凄まじい勢いで舞い上がる。
あまり息をしないようにしながら、手際よく本を並べていく。
むしゃくしゃししたので突風でも巻き起こそうかなんて馬鹿な発想をするほど、埃の大群が頭を狂わせていった。
だが本棚の数は多いのだが、中の本は大した量ではなかったのでそれがせめてもの救いか…。

…と、一瞬の安心感に浸りながら本を並べていると、明らかに今まで並べていた本とは違ったタイプの本を手に取った。
普通の本は横より縦の方が長いのだが、この本は縦より横の方が長く、魔道書や図鑑の類ではない事が分かる。
それだけでなない。
殆ど重量感は感じられないのに、豪く枠の厚みがあるのだ。
題名らしき文字等も一切見当たらず、かと言ってこんな奇妙な手帳は見た事も無い。
少しの間手を休めてその本らしき物を観察していたのだが、気になってとうとうそれを開いてみた。

するとやはり横が長い分かなりの幅になり、つい埃から守ろうと残しておいた片手が使われる。
最初のページは何やらラベルのような枠が並んでおり、そこに何か書いてあるようだ。
読めない字だったので少し気にはなったが、次のページで見たものに比べればそんな事は一瞬でどうでもよくなってしまった。

「…写真…?」

目を見開いた。

これは間違いなく絵ではない。

紛れもなく写真がその本の中に貼ってあったのだ。

だが、誰が何の為に撮った写真なのか全く理解が出来ない。
最初に見た写真は、人間の大人や子供が肩を寄せ合い、まるで時間を止められたフリでもしているかのような表情で直立している大きめの写真だった。
隣の写真も似たようなもので、老夫婦が椅子に座り、これまた無表情で写真に写っている。
一つ気になった事といえば、背景に何も写っていないのだ。
だとすれば、これは室内で撮影したものなのだろうか……けれど、なんの目的で?

考えれば考えるほど難しい表情をしてしまう。
そもそも写真というものはその場で起こった事柄を唯一視覚で証明できる物なのだ。
この二枚の写真は、大人と子供と老人が写っている。
ただそれだけの情報。
果たしてこの写真は何を伝えているのだろうか、私には理解できなかった。
しかし他の写真も気になってきたので、剥がれ掛けた瘡蓋を残すような気分で次のページを捲る。

…今度は笑顔が目に飛び込んできた。
最初のページで見た人間と恐らく同一人物であろう人間の笑顔の写真だ。
その他にも、何やら食べ物を食べている所など、これまた意味深な写真が先程よりも多く並んでいる。
この撮影者は相当の変わり者だったのだろうか?
私に理解力が無いだけで裏の意味があるのか、はたまた本当にこれだけなのか…また少し考え込んでしまう。

…でも

……それでも

………なんだか少し楽しそうだ。

その時、私の脳裏に浮かんだのは、朝に今では盗られてしまったカメラを貸してあげた時の、あの子の笑顔。
見てるだけでこっちまで楽しくなってしまいそうな、なんとも言えない雰囲気。
この撮影者も、あの妖精の様に楽しげな気分で、この写真を撮影していたのだろうか…。

「調子はどうだー?」

少し物思いに耽っていた私を現実に引き戻したのは、後ろから聞こえてきたその一言だった。
振り返れば、その少女は先程のスープとは打って変わった甘い香りのするマグカップを片手に二つ持っており、その場に立っていた。

「少し休憩してココアでも飲めよ。目がよく回るぜ?」
「目ではなく頭の方が嬉しいですね」

そして、私は一旦その部屋を後にしたのだった。

その本を持ったまま。

。。。。。。。。。。。。。。

夕焼けが空に赤と青の結界を作り、その付近は紫になっている。
すっかり魔法使いの家で一日の時間を潰してしまい、暗くなり掛けた上空を一人飛行していた。

その後部屋を何とか片付け終えた私は思い切ってあの本のことについて詳しく聞いてみたのだが、どうやらあれは他人のアルバムらしい。
アルバムという物を全く知らなかった訳でも無かったのだが、自分にはあまり縁の無い品物だったので思わず最初はどんな物なのか分からなかったのだ。
しかし何故そんな物を持っているのかと聞くと、なんでもあの人形使いが忘れていった物だと言う。
更に詳しく聞くと、彼女が人形を作る上でより人形を命ある人間に近づけるために、ああいった日常的な人間の動作や様子を知る上での資料なんだと聞かされた。
それ以上の事はよく知らないらしく、こんな物を何処のルートで外界から手に入れたのか、何で他人のアルバムなんて物を平気で手に入れたがるのか。
そのアルバムの中の人間の想いやあの人形使いの変な想いまでが染み込んでいるような気がして、本人は大変気持ち悪がっていたのだが、どうしてなのか捨てる気は無いらしかった。

「はぁ~…今日は一日あまり動かなかったのに疲れたなぁ」

その一言で更に疲れが増した気になる。
結局今日も何の取材らしい取材は出来ていなかったのだ。
ここ暫く本当に新聞の発行数が減っているのは事実。
こうなってしまっては明日の宴会に全てを賭けるしかない。
そうだ、きっと明日は何かある。
明日こそきっと面白い事が起こる。
そうやって自分で自分を慰めるのも、気が付けば習慣になっているような気もしないでもなかった。

…だが、その黄昏時の上空の視界で確認したものに、一瞬にして興奮した。

私から見て左に向って何やら影がゆっくり飛んでいる。
小さな子供のように小柄で、背中には羽らしきものがパタパタと運動しているのがシルエットでしっかり見えた。
そして何より、その小さな頭の首からぶら下がっている箱は…!

全力疾走。
ブオン!という耳をつんざくような轟音と共に、一気にそのターゲット目掛けて私は飛んで行った。
するとその音に流石に気が付いたらしく、こちらの顔を見た途端に相手はフリーズした。

「はい、あまり手荒な真似はしたくないので早くそれを返しましょう?ね?」
「わ、分かった!あたいが悪かったからそんな怖い顔しないで!ね!?ね!?」

完全にその子は怯んでいる。
瞳孔は小さくなり、歯はガチガチと音を発して、早くもカメラの紐を外して前に出していた。

「まぁ分かれば良いんですよ。これで明日の宴会の取材も…」
「あ!ちょっと待って!」
「なんですか?変なことを言ったらカメラだけ取り上げて貴方をここから落としますよ?」
「ほんとこれが最後だから!最後だけやりたい事があるから、それをやったら返すわよ!」
「もう…早くして下さいよ。さぁ一体何を始めるのですか?」

~~~~~~~

今日の朝も居たこの湖で、私は無事手元に帰ってきたカメラを片手に小さな影を見送っていた。

「じゃーねー!ありがとう!今度はあたいがあんたを取材してやるわよー!」

…取材を何だと思っているのでしょうか、あの子は。
もう小さくなってしまった影を見て、自分にしか聞こえないのを承知でそう呟いた。

さてと、カメラも戻ってきた事だし、今日の所は私も一旦体を休めよう。
くるりと体の向きを変えると、カメラが帰ってきた安心感と明日への期待を胸に、その場を後にした。

。。。。。。。。。。。。。。

………………。

「…ん………あぁ…寝過ごした」

暗闇が支配する、山の中の小さな洞窟。
いつも私はこの洞窟で体を休め、日々の生活を送ったり新聞のネタをまとめたりしている。
寝過ごしたと言っても、まだ時は真夜中だ。
向こうに見える入り口からは微かな月明かりが漏れ、耳を澄ませば虫たちの声が響いている。

私は上に張巡らせた糸に何枚もぶら下がっている写真を見て、色々と考えていた。
予想以上にフィルムを無駄使いされ、自分が多く写真を撮ってくる時よりも僅かに上回っている。
どうせあの子が撮った写真なんて使い物にならないだろうけど、捨てるのも勿体無いし、正直言ってどんな写真を撮ったのか気になっているのだ。

今日見たあのアルバムの写真のようなものが写っているのだろうか。

だとすれば、あの子はどんな気持ちでその写真を撮っていたのだろうか。

そんな事を思いながらまだ眠たげな目を擦り、私はむくっと体を起こした。

~~~~~~~

いつもの慣れた事であって、手を動かしていたらいつの間にか写真の現像作業が終わっていた。
それにしても、一体こんなに何を撮ってきたのだろうか。
手で束ね、軽く岩肌にポンポンと当てて写真を揃えると、軽い足取で洞窟の外に出る。

そこから見える夜空は満点の星空。
ぼかしの掛かった月は柔らかく、そして優しく世界を照らす。
一つ不満なのは、これも長年体験してきた事なので仕様が無いのだが、冬は朝も寒ければ夜も寒いのだ。
私は適当な大きさの岩の上に腰を下ろし、早速両手にある写真を順番に見始めた。

…なんだこれは。
最初に写っていたものはいつもの湖のようだが、草木が少し入っていたり水面しか入っていなかったり、何を写したいのかさっぱり分からない。
あぁ、そういえばあの時のあの子はその辺に見えるものを撮りまくってたっけ。
その時はフィルムが勿体無くて仕方がなかったよなぁまったく。
暫くはそんな写真が続き、そろそろ飽きてきたと思ったところで一気に写真の内容が変わった。

…なんと。
これはあの妖怪蛍では。
知能的に撮影者と等しいその写真の中の蛍は、疲れた表情で目を半開きにしている。
それにしても眠そうだ…それともフラッシュでも焚いたのだろうか?やり方は教えてなかった筈だけれど。

写真をどんどん捲っていけば、次第に仲間の妖精達や闇の妖怪、そしてあの夜雀までもが思い思いの表情で写真に収められている。


…うわぁ、なんだこれ?カメラに近づきすぎて顔がぼやけてますよ?

この写真は真っ暗で何も写ってないけど…闇の力でも使ったのかな。

しかしいつもそんなに笑いながら歌ってて何が楽しいんでしょうねぇ。

あ、今度は皆でそんなポーズを!真ん中の夜雀が辛そうな顔してるなぁ。


…笑ってたり、驚いてたり、はしゃいでたり、ふざけてたり…。
その写真を見てるだけで、なんだかこの子達のやかましい大声まで聞こえてくるような、そんな気分になる。
いつの間にか私の表情は緩くなっていて、次第に笑みがこぼれてきた。
すごく楽しそうで、すごく面白そうで。
今見ている物が「写真」であるという事すら忘れてしまうほどに、その光景を楽しんでいた。

…だが次の写真で、そんな私の精神は一瞬にして落着きを取り戻した。
気が付けば、その写真が最後の一枚だった。

そこに写っているのは…紛れもない自分自身の顔。

カメラを取り返そうとしたあの時。
あの子は最後に一枚、私の写真を撮らせろと言ってきたのだ。
その時の自分の気持ちは、正直言ってうんざりだった。
さっさと返せば良いものを。
まだ悪足掻きを続けるのか。
そんな事を思い続けながら、シャッター音を聞いた。

…それが、この写真。
なんとも不機嫌そうな表情で、口はへの字に曲がり、目には怒りの感情すらも感じられる。
それを見ているだけで、本当にそう心の中で思っていたことを再確認させられた。
…あの時の私は…こんな顔をしていたのか…。
その写真を捲れば、一番最初に見たあの湖の風景を写した写真が戻ってきた。

…どうしてあんな顔で写真に写ってしまったのだろう。

……どうしてもう少し心を広く出来なかったのだろう。

どうせ写真に写るんだったら…せめて…。

―――――笑っていたかった。

。。。。。。。。。。。。。。

真昼間から宴会で大騒ぎのここは博麗神社。
ある者は歌い、またある者は笑い、酒を飲み散らかし食べ物を食べ散らかし…。
冬の寒さなど全くお構いなしで、むしろ皆の熱気で湯気が少し見えるぐらいだ。

そんな酒の匂いに満たされた境内で、私は一人酒を静かに飲んでいた。
辺りを見渡せば皆賑やかに会話を楽しんでおり、何か聞き出せそうな可能性は十分ある事が分かる。
昨日からずっと待っていた宴会…久々の取材のチャンスの筈なのにどうして体が動かないのだろう。
こんな事ではわざわざ宴会に来た意味が無いではないか。
そうだ…私は取材をする為に宴会に来た…つもりなのだ……なのにどうして?

「どうした?今日の取材は休みか?」

気が付いて上を見上げると、黒い魔法使いがいた。
彼女は完全に酔っている顔の赤さで、私の隣に胡坐でどすんと座ってきた。

「いえ…取材を休むなんてそんな…」
「じゃぁ今日はとりあえず飲んでおこうぜ?」
「酒はもう十分飲んでますよ」
「あー?飲兵衛のお前が十分だって?どこか調子でも悪いのかー?」
「残念ながら体調を崩した事などありませんので」

まずい…私は何をすべきなんだろう?
やはり彼女の言う通りに、今日ぐらいはわいわい楽しく酒を飲んで終わらせた方が良いのだろうか?
いっその事このまま帰る事も出来なくもないが…。
複雑な気分で、ついつい手元のカメラを握る手が強まってしまう。

…カメラ?

いつからカメラなんて提げていたんだ?
あぁ、そうだ。
きっと朝までは私も取材をする気があったのだろう。
それ以前に外に出る時はいつもカメラを持って行くから、これも習慣なんだ。
きっとそうだ、そうに違いない。

震えながら顔を俯かせている私を魔法使いが覗き込もうとしているのが分かる。
あぁ、何をしているんだ私は。
あまり変な行動をとると誤解されてしまうではないか。
このまま鼾でも立てて寝てしまおうか…。

…すると、私のスカートのポケットから何かを取り上げられた事に気付いた。
慌てて顔を上げると、目の前の魔法使いは無表情で写真をパラパラと捲っているではないか。
しかもその写真は…勿論昨日の写真である。

暫くすると写真を捲る手が止まり、黙って私に返してきた。
そしたら、何を思いたったのか急に歯を見せてニタ~っと声を上げずに笑い出し、私に背を向けてこう呟く。

「ほほう…そういう事か」

その台詞を言い終えると、いきなり帽子を取って拡声器代わりに両手を口の両端に当てた。

「おーい!皆!どうやら今日は天狗の話によれば最高の宴会日和らしいぜ!?なんでも何百年振りで、是非全員の写真を撮って記事にしたいそうだ!!!さぁ早く素敵な賽銭箱の前に集まれ!!!」
「えっ!?あーちょっと!えぇ!?」

大声を上げる魔法使いと、驚き慌てふためく私に周りの視線が一気に集まってきた。

「はー?賽銭箱に集まるんだったら一人一回分はお賽銭入れてよねー」

「何よその宴会日和って…聞いた事もないし……でも…魔理沙が言うんだったら…」

「集合写真?なんだか面白そうな事を始めそうね。ねぇ咲夜?」

「はぁ、しかし変な光を浴びせられるかもしれませんので御注意を。お嬢様」

「なんだか集合写真となると我々は心霊写真扱いなのでしょうか…」

「あらあら。だったらその半幽霊を私がお腹に隠してあげるわよ、妖夢」

巫女、人形使い、吸血鬼、メイド、庭師、幽霊……その他にも結界の大妖怪や猫又に狐、永遠亭の住人まで。
宴会に来ていた者全員が立ち上がり、個性豊かな足取で賽銭箱の前に集まっていく。
その光景にただただ口を開けっ放しにしていた私は、強めに肩をバンと叩かれた。

「ほら、早く撮ってくれよ。心残りの無いように、な?」

~~~~~~~

三脚代わりの木の上に乗ったカメラのファインダーを覗き込み、ピントを合わせる。
顔を上げれば、集合と言うよりは自由に集まってやりたい放題やっている感じだ。
笑いながら騒いで、凄く楽しそうで。
今の私も、そんな気分になっていた。
でも、写真を撮る時にこんな気分になったのは、これが初めてかもしれない。
用心深く視点を合わせ、そろそろ写真を撮る準備が出来る。

「はい、では皆さんいきますよー!?」

ちゃんと聞こえるように大声を出したのだが、全く変化なし。
さっきと変わらず騒いでいたので、もういいかと再びファインダーを覗き込む。

それぞれの顔が、はっきりとカメラを通して目に伝わってくる。

酒に酔って気持ちよさそうだったり。

少しでも写りを良くしようと頑張っていたり。

見た目は騒いでバラバラのように見えるが、なんだか一つに思えてくる…。

「では撮りますよー!!」

楽しそうだなぁ。

面白そうだなぁ。

こっちも少し楽しくなりながら、ゆっくりとシャッターを切った。


……
………
…………あれ?

違和感を感じたのは直ぐだった。
いつもの景気の良いあのシャッター音が聞こえてこない。
むしろ、何か鈍い音が微かに聞こえてくるのだが…?

これはもしかして…。

「おーい!何やってんだー!お前も写るんだよ!早くしないとシャッター降りるぜ!あと五秒ー!四!」
「い、いつの間にー!?」

私は慌ててつい人間並みの速度でバタバタと走り出す。

―――――ああ、そうか。

これが、あの写真の意味なのか。

「三!!」

これが、写真の面白さなのか。

「二!!」

これが、その時の想いなのか。

「一!!」

…これが、あの子の気持ちだったのか。

ギリギリで到着してカメラに振り返った時、既に私は笑顔になっていた。
なんだか現役女子中学生な文に書き上げたつもりになってしまいましたが(ぉ
それにしてもカメラが意外と高性能ですね。
えぞ天ぐ
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コメント



0.4450簡易評価
6.80七死削除
これは清々しい!
写真が写真として生きている良い話です!

記録を遺す事と思い出を残すこと。
似ているようで、ちょっと違うんですね~。
15.70名前が無い程度の能力削除
チルノのとった写真は結局チルノに渡されたのだろうか。
21.80名梨削除
一言。写真は一生の宝になりえる素晴らしいもの。

蛇足かとは思いますが指摘をば。
自身をもって言える→自信では?
23.無評価えぞ天ぐ削除
>自身をもって言える→自信では?

∑ぶわぁ
ご指摘有難うございます。修正しておきました。
41.90♪パッション♪削除
写真をメインにした良い話だったぜ!
チルノの写真か普通に面白そうだなw
これからもがんばりたまえ(゜‥ノ゜)b
44.60変身D削除
何と言うか、今まで見た事無い文を読ませて頂いたような気がします。
言い話でした~(礼
62.70れふぃ軍曹削除
幻想郷の主力メンツ揃った集合写真か~。
きっと翌朝の発行部数は跳ね上がったんだろうな~。(笑)

それとチルノの取った写真。読んでるこちら側にも楽しさが伝わってくる見事な描写でした。
63.70Mya削除
 文の心理表現がこれ以上にないくらい見事でした。
 この写真はセピア色になっても大事にされることでしょう。
69.90MIM.E削除
とても素敵なお話ですね。爽やかで楽しくて生き生きとして、こういうの良いなぁ。
86.100あふぅぁ削除
わらって、わらって
94.90名前が無い程度の能力削除
読んでいたら、久しぶりにデジカメではなく、フィルムのカメラで写真を撮りたくなってきました。
素敵なお話をありがとうございます。
98.100名前が無い程度の能力削除
終盤の魔理沙がいい感じに役目果たしてると思います


ちょっと押入れからカメラ探してくるw