ここに一匹、死にたがっているカエルがいる。
彼のこれまでの人生は散々であった。
オタマジャクシ時代は足が生えるのが遅いと馬鹿にされた。おかげで集団に加わることも出来ず寂しく毎日を過ごした。
手足が生えきってからも泳ぎの上達が遅いとコケにされた。カエル泳ぎの出来ぬカエルが居るよ、と笑われる毎日だった。
やっとこさ泳げるようになってからは友達もできず、恋人なぞ論の外である。
生来の不器用が原因か、どうにもこうにも上手くいかぬ。何をやっても失敗する。何処を探しても得意分野が見つからない、そんな日々。
結果、彼は僅か数年足らずの人生に絶望していた。
俺なんか生きていても仕様が無い、と、そう思っていた。
どうせカエルなんて三、四年も泥の中を這いずり回り、取り立てて世間に影響を与えることも無く惨めに死んでゆくのだ。
それならば寿命が尽きる前に自分からさっさと死んでやろう。人知れずひっそりと、どこの些細な歴史にも残らないよう消えてなくなろう。
さて、都合が良いことに、最近のカエル界では『死神チルノ』という化け物が話題になっている。
何でも某赤い建物の周りを囲む湖の畔に出没する氷の妖精で、目に付いたカエルをかたっぱしからとっ捕まえては凍らせてゆくらしく、続いて凍らせたカエルを水で溶かして元通り、と彼女は考えているのかもしれないが、当然の如く失敗して粉々に砕け散るカエルが後を絶たない。その失敗率約三分の一。
およそ三割三分三厘の確立でカエルを死へと誘う妖精チルノ。故に彼女のあだ名は必然で、カエルにとっては死神以上でも以下でもないのである。
もはやチルノが出没する付近に寄ろうとするカエルはおらず、みんながみんな、氷漬けにされて砕け散るカエルは自分に以外の誰かだと信じてやまない。
ひっそり死ぬのにはもってこいの状況である。
間違いない、あそこが俺の死に場所だ。
死にたがりのカエルは意気揚々と人生最後の旅に出るのであった。
☆
-某月某日チルノの日記-
カエルを凍らせた。今日は調子が良かった。
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ふいに闇のそこから意識が浮上してきた。
死にたがりのカエルは状況が分からずに、少しの間ゆっくりと意識の覚醒を待つ。
――確か自分は、考えていた通り氷の妖精につかまって、えー……それから凍らされて水につけられて――
……見事生き返った。
思い出してきた。水につけられて蘇生した自分が脊椎反射にも近い動きでびくびくと湖を泳ぎ回り、それを見たチルノが大喜びではしゃぎまわっている光景が目に浮かぶ。
要は死ぬことに失敗したのだ。
まあ、冷静に考えればチルノが失敗するのは大体三回に一回程度であるから死ぬ確立の方が低いのだが、これまでクソ味噌と思えるくらい不運な人生を送ってきた自分が三分の二の幸運にはぐくまれるとは思ってもみなかった。
少しばかりの落胆。自分のあの極限まで悩みぬいた決断を返せと言いたくなってくる。
神が両生類に与えた最高の能力は死に値する時と場所を選ぶ才能ではなかったのか。そんなに自分は生き汚いか。つーか、幸運というかむしろこれは不幸である。
見てろよ、自分のことを嫌う幸運の女神と自分に惚れてしまった不幸の女神。自分はきっと立派に死んでみせる。立派にな。
以上のように断固たる決意を結びなおした死にたがりのカエルは、日を改めて、再度、可憐な死神への挑戦を行うのであった。
☆
-某月某日チルノの日記-
またカエルを凍らせた。最近かなり調子がいい。
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もはや茫然自失するしかあるまい。
二回である。
三分の二の幸運を二回連続で掴み取ってしまった。一体全体なぜこんなことになったのだ。
死にたがりのカエルはもはや自信を失くしかけていた。
彼が生きてきた中で最も人に自慢できることといえば自らの不幸自慢に他ならない。
不幸自慢などというものが、喉元を過ぎた熱さで語る愚者の戯言だと言う事実は十分に承知なのであるが、それ以外に語れる人生を持っていないのだから仕様がない。
自慢しておく。死にたがりのカエルは五分を切る確立の『当たり』と名のつく代物を当てたことが無い。
自慢しておく。死にたがりのカエルは席替えのくじ引きで最前列しか引いたことが無い。
ちなみに言っておく。死にたがりのカエルは数学がいまいち苦手なので三分の二の二回連続がどれくらいの確立だかよく分かっていない。
更に心苦しいことに、もはやカエル界の死神と化したチルノへ勇猛果敢に突貫していく様は死にたがりのカエルが思っていた以上に注目を集めた。
一度目に突っ込んでいったときは、帰還こそすれあいつは馬鹿だ阿呆だと蔑まれただろう。
しかしそれが二度目も身体無事な帰還を果たし、更に三度目の挑戦もしようというのだから大変だ。
世間はにわかにざわつき始め、何匹かのカエルが奴は勇敢な戦士だと言い、また何匹かのカエルはいいやただの命知らずの歴史に残るアンポンタンだと抗弁した。
死にたがりのカエルを見るため、わざわざ湖の向こう側から来るカエルもいたし、鴉天狗なんかがネタを集めに来たりもしたとかなんとか。
まあ、そんな柳に押し問答のような滑稽さも三度目の挑戦で彼が砕けてしまえばチャラであり、事実、大方のカエルがそれを予想し、死にたがりのカエル自身も、三度目ならば思い切りよく外れを引いて死ねるだろうと思っていたのである。
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-某月某日チルノの日記-
今日もカエルを凍らせた。結果はいわずともなが。私ってば天才。
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もはやこれは運命だ。天命だ。
三回中三回である。今のところ百発百中である。一度も外していないのである。
三度目のコールドスリープから帰還した死にたがりのカエルを迎えたのは、今まで彼を馬鹿にしていたはずの一般大衆的カエルたちだった。
すごいね、三度も死神に弄られて三度とも生還するなんて。私最近自信が無いんですどうやったら貴方のような勇気を持てるの。貴方もしかして密かに蓬莱の薬を隠し持っているんだろうそうだろうお願いだ私にも分けてくれ。永遠亭の天才女医が貴方の生命力を研究するために重い腰を上げたとの情報が入りましたがどうお思いでしょうか。三回に一回は失敗するはずなのに三回とも成功して帰ってきたカエル。奴の確立は百パーセント。そうだよ奴はいつかでかいことをやってくれるって俺は昔から思ってたんだ。彼はカエル界の歴史を変えたよ。等等等。
いささか数学的に怪しい煽り文句が飛び交う中で、死にたがりのカエルは自らのくたびれた人生観が変わってゆくのをひしひしと感じたのである。
自分は今まで何をやっていたのか。
少しの勇気と少しの行動力があれば友達なんて山のようにできたのだ。歴史に名を残すような偉業も達成できるのだ。
もう自分は生まれ変わった。人生の巧者になった。生き方の真理を知った。全てに気づいた。
ああ、ありがとう死神チルノ。貴方がいなければ自分は決してこの簡単なからくりに気づくことなく宇宙一愚かな自殺という死に様を世間に晒してしまうところだった。
どうしよう、この溢れてくる優しい気持ちを。せめて貴方にお礼が言いたい。
そう、幻想郷一美しく可憐な氷の妖精チルノ。今から自分は貴方にお礼を言いに行く。
待っててください、いつもの湖の畔、いつものハスの葉の上で。
☆
-某月某日チルノの日記-
カエルを凍らせた。たまには失敗もあるよね、どんまいどんまい。
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こうして死にたがりのカエルの短い人生は幕を閉じた。
あれほど盛り上がっていた一般大衆カエルも挑戦失敗から三日後には彼を覚えている者はほとんどおらず、食卓の話題にも挙がらなくなった。
某記者が永遠亭の天才女医に『三分の一の死を三回潜り抜けたカエルについてどう思いますか』と聞いたところ、『29.62963%くらいの確率で現れる存在ね。どうでもいいわ』と答えたとかなんとかかんとか。
結果としては、死にたがりのカエルの当初の思惑通り、歴史にただひとつの歪みも残さず綺麗さっぱり現世と決別した形となり、これで彼も満足いったに違いない。
そもそも文献を残す手段を保持しているのかも定かでないカエルの歴史に残るのはまず無理であるし、口伝だったら事実は大きく捻じ曲がり神話の類となるだろう。
それでもまだカエル界の歴史を知りたいという物好きがいるのかは不明だが、不肖ながら一つばかり心当たりが無くもない。
チルノの日記。あれは良い。
その純粋な文面には真実しか書いていないだろう。
少なくとも後からカエルの歴史を知ろうと思ったら、彼女の日記を読むのが一番の利口であることに間違いは無い。
英雄に、酒を捧げる。 生きてる蛙に飲ませたら死ぬけど、いい酒だからあっちで飲んでくれ・・・・・・
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なんにせよ、カエルに敬礼!
こういう発想の逆転みたいなネタ大好きです
面白いお話でした。
何て皮肉に彩られた生き様。運命の女神というのは、きっと意地の悪い顔を
した老婆の姿をしているのだろう……
そう思っていたら、紅魔館の方から赤い槍が飛んできましry
それは兎も角、侭ならないっすね、生きるという事は。
人も、カエルも。