Coolier - 新生・東方創想話

博麗神社の新年会

2006/01/07 01:44:38
最終更新
サイズ
36.52KB
ページ数
1
閲覧数
1421
評価数
10/106
POINT
5350
Rate
10.05


「今年の元日も参拝客はゼロ。……バチでもあたって少しは改心してくれないものかしらね」
 木枯らしが吹き荒ぶなか、霊夢はいつものように境内を掃除している。服装は相変わらずいつものままなので寒いことこのうえないが、巫女の正装でもある装束を変えようとは思わないようだ。
 博麗神社は今日も静かだ。霊夢が箒を操る音が聞こえてしまうくらいなのだから。他に聞こえるものとすれば風の音と霊夢の愚痴くらいだ。
 とどのつまり、正月だと言うのに神社に訪れる者が全然いない、ということだ。
「はあ……適当に切り上げて炬燵で蜜柑とお茶にしようかしら」
 ぼんやりと空を眺めて霊夢は呟いた。どうせこの風では掃除をしても大して意味はない。意味のないことをするのは馬鹿馬鹿しい、と面倒くさがりな霊夢らしい理論展開だ。
 と、空から何かが降ってきた。雨や雪ではない。風に揺られてヒラヒラと降りてくるもの。それは新聞だった。よく見れば遥か上空にはそれをばら撒いている張本人が見て取れた。
「全く……どうせやる気はなかったけど、掃除の手間を増やしてくれちゃって……」
 地面に落ちたそれを見て、溜息をつく。明日の掃除はやっかいだな、と思いながら。
「ところで何が書かれているのかしら? まあ、あの天狗のことだから大したことではないと思うけ……ど…………」
 地面から新聞を拾って見てみると、そのあまりの見出しに霊夢は硬直した。


『博麗神社大新年会のお知らせ』


「ちょ…………ちょっと待ちなさーーーい! そこの天狗ーーー!!!」
 絶叫と共に箒をほっぽり投げて空へ向かう。向かう先はもちろん新聞という名の迷惑文書をばら撒きまくっている迷惑妖怪のところ。

「号外だよ~。号外だよ~。幻想郷いちの速さと正確さを誇る『文々。新聞』新年特大号だよ~」
 そんな霊夢の心境などいざ知らず、文は今日も元気に新聞をばら撒いている。
「待てーー!!」
「あら、霊夢さんじゃないですか。どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもないわよ! なんなのよ、これは!?」
 びしぃ! と文の前にさっきからばら撒いている新聞を突きつけた。それを見て、ますます文が不思議そうな顔をする。
「私の作った新聞」
「そんなことを聞いてるんじゃないわよ! その内容! 何で家の神社でこんなことをすることが内定しているのよ!?」
 ふうふうと息を荒げて、霊夢。しかし文は全く動じることなく切り返してきた。
「でもこれ確かな筋からの情報ですよ。ほら、ここ」
 文に記事の一部を見せられる。そこには主催者の名前が記されている。そこに書かれているのは2人。霧雨魔理沙。八雲紫。
「あいつら……私になんの断りもなく勝手にこんなことを……」
 ぐしゃっと手にした新聞を丸める。隣で文がああ~! なんて声を上げているが、もはや霊夢の耳には入っていない。霊夢は即座に地上に戻り、この戦犯2名を見つけ出さなければならないのだから。

 戻ったらまずは魔法の森へ急行しなくちゃ、と神社に戻って霊夢が思った矢先、声がした。
「やあ霊夢」
「はろ~霊夢」
 ずしゃああぁぁぁ
 全速力で神社に戻ってくると、そこにはさも当然のように魔理沙と紫が居座っていた。さらにはなけなしのお茶とお茶菓子も勝手に飲み食いされている。あまりの惨状に霊夢は着地するなり地面に突っ伏してしまった。
 全身が痛むがそれどころではない。ゆっくり顔だけ上げると、霊夢は詰問した。
「ちょ、あんたら……まあいいわ。どうせ事の顛末なんて聞いてもしょうがないし。それよりこれは何なのよ!」
 先ほど文に見せたようにびしいっと2人の眼前に新聞を突きつけた。先ほど丸めてしまったので読みにくいことこの上ないが、主催者である2人が知らないはずもないから問題はない。
「私と紫が文に作らせた新聞!」
「だからそんなことを聞いてるんじゃないわよ! その内容! 何で家の神社でこんなことをすることが内定しているのよ……って数分前にも同じこといった気がする」
「楽しそうだから」
 即答する紫。もちろんそんな理由で霊夢が納得できるはずもない。
「あのね……だいたい紫。あんたこの時期は冬眠するんじゃないの?」
「たまにはちょっと冬眠するの遅らせようと思ってね。冬の風物詩を楽しむのもいいかな、と思って」
「余計なこと考えるな。帰って寝てろ」
 しっしっと野良犬を追い払うような仕草を見せる霊夢。実際霊夢にとっては野良犬に噛み付かれたような心境なので、適切な表現といえなくもない。
「酷いわね、霊夢」
「酷くない! 最初に言っておくけど私は認めないわよ。こんな企画……」
「まあ待て待て。そう頭ごなしに否定するな。ちゃんと霊夢にもメリットはあるぜ」
「……何よメリットって?」
 とりあえず聞くだけならタダだから聞いてやることにした。もしもろくでもない内容なら即刻中止にさせて即座に追い返す、と心の中では決めていたが。
「まず、この新年会は有料だ。参加者は賽銭箱に参加費用を払うようにしてある」
 ぴく、と霊夢の動きが止まる。正月だというのに参拝客が全くのゼロだったため、博麗神社の経済状況は相変わらず逼迫している。そこにこの提案は見過ごせるものではない。
「次に食事。これはここにも書いてある通り、私たちが考案した今世紀最大の発見をお披露目するぜ」
「大げさなこというわね。でもそれが成功するとは限らない……」
「心配ないぜ。保険の意味も兼ねて、どうせ放っておいても参加するであろう咲夜や妖夢にある程度の食事は持参するように言ってある。ま、メインディッシュは私たちが貰うがな」
「保険なんて言葉を使っている時点で怪しすぎるんだけど」
「細かいことは気にするな」
 霊夢のツッコミにも動じない魔理沙。そしてさらに続ける。
「そして終了したあとはちゃんと片付けをして解散する」
「それは当たり前のことなんだけど」
 霊夢の冷たい視線が向けられるが、魔理沙は全く動じない。それが習慣となってしまっているせいで、つつかれても痛くもかゆくもないのだろう。
「最後に、今は言えないが霊夢にとって間違いなくプラスになるメリットを用意している」
「そのメリットを聞いてるんだけど……」
「それは当日までのお楽しみ、だぜ」
 とどのつまり、知りたければ会場提供を認めろ、ということに他ならない。ここまで引っ張っておいてそう来るか、と霊夢は思い、そして考える。
(まあ、暇なことは変わりないし、事前通告なしで勝手にやられるよりはマシか。お賽銭も手に入ることだし)
 緻密な計算を瞬時に終えて、霊夢は結論を出した。
「いいわよ。その話認めるわ」
「さすが霊夢。話が早くて助かるぜ。んじゃ私たちは一端席を外すぜ。いろいろ準備があるんでな」
「わかったわ。ところで私は何か準備する必要はあるの?」
「いや、今回は私たちが全部お膳立てをするから、霊夢はいつもどおりにしてくれていて構わないぜ」
「あ、そう」
 拍子抜けなような気もするが、何もしなくていいと言うのなら楽なことこの上ないので素直に従った。もともと霊夢は面倒なことは大嫌いなのだ。
(んじゃ夜まではのんびりするとしましょうか)
 もはや境内の掃除をするという選択肢は記憶からすっぱり除去されていた。どうせ汚されるのだから、とどこか達観した気持ちで。






 魔理沙と紫が主催の宴会は参加メンバーを考慮して夜になってから始まることになっていた。もっとも夜にしか活動しない紫が主催者という時点で、それは暗黙の了解となっているが。
 集まったメンバーは紅魔館からレミリア、咲夜の2人。白玉楼から幽々子、妖夢の2人。永遠亭から輝夜、永琳、鈴仙、てゐの4人。その他としてアリス、慧音、妹紅、藍、そして文だ。もちろん霊夢と魔理沙もいる。結構な人数が揃ったといえる。
「は~い、素敵な賽銭箱はこっちよ。参加費用はこの中に入れてね」
 あらかじめ参加条件にそうあるせいか、今日ばかりは文句を言う人もいない。ちゃりちゃりんと、聞きなれていない賽銭箱にお金が入る音が響く。
「ああ~、後で回収するときが楽しみ……」
「恍惚とした表情で何を俗物的なこと言ってるんだか……」
 最後に参加費用を入れた慧音がぽつりと言う。霊夢の耳には届いていないようだが。
 会場の準備も着々と進む中、肝心の料理がほとんど手付かずなのでさしもの霊夢も気になってきたので、魔理沙に聞いた。
「そういえば結局魔理沙と紫が用意していたメインディッシュってなんなのよ?」
「おお、そうだったな。え~と紫。私が持ってきたものは出せるか?」
「問題ないわよ。いつでも瞬時に。保存状態も良好よ」
 そう言って紫が取り出したもの。それは白菜やらネギやら豆腐やら。他にも魔理沙ならではの多彩なキノコ。
「これらの食材から連想するものといえば!」
「ヘルシーさに重点を置いた鍋ね」
「余計な言葉が混じっているが、まあそのとおりだぜ」
「で、これがメインディッシュ? それにしてはちょっと寂しい気がするんだけど」
 野菜鍋といえば聞こえはいいが、パーティーの主役になるには少々役不足の感も否めない。だが、魔理沙は相変わらず余裕の表情を崩さない。
「大丈夫だぜ。私たちのとっておきの食材はこの後に披露するが、ちゃんと他のも用意している」
「他のって?」
「咲夜とレミリアが肉類を持参してくれる。紅魔館は肉食中心だから貯蓄が豊富だからな」
「……そこの主と迷惑な妹は肉なんて食べないでしょうに。まあそれはそれとして。結局魔理沙と紫のとっておきは何なのよ?」
 自身ありげにひた隠しにしている魔理沙に問う霊夢。
「ふっふっふ、霊夢。私たちは今まで自分の能力について考えたことはあったか?」
「能力?」
「そう。例えば私は魔法を扱う程度の能力。霊夢なら空を飛べる程度の能力といったふうに、この幻想郷には各種様々な能力を備えているものが多数いるんだ」
 もちろん幻想郷にだって普通の人間はいるし、特筆すべき能力を持たない妖怪もいる。ただ、多様な能力を持っている人材がいるのもまた事実である。
「その中でも特筆すべき能力を持つ人物。それが……こいつだぜ!」
 びしぃっと魔理沙が指を指した人物。それは―――
「は~い」
 紫だった。ひらひらと手を振って応えている。
「……何で紫? 紫の能力って境界を操る程度の能力でしょ?」
 ともすればあらゆる事象を操ることが出来るといっても過言ではないほど、強力な能力である。一夜で幻想郷を壊滅させることが出来るという触れ込みは伊達ではない。が、しかしこの場合その能力がいったい何の役に立つのか霊夢にはわからない。
「……まさか紫に頼んで『空腹と満腹の境界』を操作する、何てこと言い出すんじゃないでしょうね?」
 ジト目で魔理沙を睨みつける。そんなことをしても所詮は一時凌ぎに過ぎないし、根本的な問題解決には全くなってない。加えて食べる楽しみが全くないので、味も素っ気もない。
「ちっちっち。甘いぜ霊夢。紫がメインじゃない。メインは今紫が連れてきている奴だ」
「というわけで。魔理沙、お待たせ」
 紫がスキマから連れてきた人物。それは正確には人ではない。鈴蘭の花畑に住んでいる自律型人形。
「あ、いつかの毒人形」
「メディスン・メランコリーよ。名前くらい覚えてほしいものね」
 紫色を基調とした服に頭に大きなリボン。そしてアリス同様そばに小さな人形を従えている。もっとも本人も人形ではあるが。
「で、この毒人形がどうして?」
 こいつの能力って毒を操る程度の能力でしょ、と霊夢がいう。まさか食事に毒を盛るつもりなのだろうか。
 訝しい表情をしている霊夢を尻目に、紫はポンとメディの肩に手を当てて言う。
「じゃあメディ、頼んだわよ。報酬は後で支払うから。永淋が」
「私!?」
 全く前振りもなく振られて戸惑う永琳。事情を聞く間もなくメディは行動に移った。
「はいはい。全く人形使いが荒いんだから。コンパロコンパロ河豚よ集まれ~」
「河豚!?」
 霊夢の驚愕の声が響く。謎の呪文と共に集まってきたのは、まんまる太った独特の形状の魚―――まさしく河豚だった。
「はい。お待ちどうさま」
「これが私たちのメインディッシュよ」
 眼前に積み上げられたてんこ盛り状態の河豚。鍋の主役を飾るのにこれほど相応しいものはそうはない。
「こ、これが! 幻と言われる究極の海の幸、河豚なの!?」
 目を爛々と輝かせているのはもちろん霊夢。普段から粗食な霊夢にとってみればご馳走などと言う言葉では生ぬるいくらいの食材なのだろう。
 すでに他の一切に目がいってないといっても過言ではないほど、河豚を凝視している。1人でいれば涎が流れてもおかしくはなさそうだ。さすがに今は公衆の面前なのでぎりぎりの理性をもって自重しているようだが。
「でも、誰が調理するの? このままじゃ思いっきり河豚の毒に中るわよ?」
 アリスの言うことももっともだ。このまま食べようものなら全員が全員とはいわないが、かなりの確率で倒れるものが出るだろう。
「咲夜は?」
 期待の視線を向けて、霊夢。だが、咲夜はそっけなく言う。
「……まあ、魚を捌くくらいなら経験はあるけど。河豚となると……」
「藍は?」
「やったことはないな」
「妖夢は?」
「残念ですが」
「永琳は!?」
「無理ね」
「あ~も~! せっかく目の前に至高の食材があるのに! これじゃ宝の持ち腐れじゃない!」
 思わず地団駄を踏む霊夢。この時点でもはや恥も外聞もなくなっている。とにかく食べること、その全てに全精力を注いでいるようだ。
 そんな霊夢の姿を見かねたのか、はたまたただ単に自分のためなのか、名乗りを上げたのはメディだった。
「全く手が焼けるわね。コンパロコンパロ毒よ集まれ~」
 再び謎の呪文を唱えると、大量の河豚から瘴気のようなものが集まってきた。それはすぐさまメディに吸収された。
「はい、これで大丈夫よ。普通の魚のように捌けば食べられるわ」
 メディの言葉に霊夢はがっちりとその手を握る。そして上下にぶんぶん振る。
「ありがとうメディ。アリスの人形よりよっぽど優秀なのね。今度からあなたのことはちゃんと河豚人形って呼んであげるわ」
「それはちょっと嫌だな……」
「ちょっと霊夢! 失礼ね! 私の人形達だって優秀よ!」
 霊夢の言葉にショックを受けたのか、落ち込んで地面に『の』の字を書いている上海人形を庇うようにアリスが反論する。もっとも霊夢はそんなのはさらっと聞き流しているが。
「それじゃ、後で報酬お願いね~」
 それだけ言ってふよふよと飛んでメディは帰ってしまった。もともとゲスト出演のようなものだから仕方はないが。

「そういえば報酬って何なの? いきなり私を指名して?」
「簡単よ。あなた薬剤師でしょ? あの子は毒を集めるのが何より好きだから、その手の薬品なり毒そのものなりをお裾分けしてあげてってこと」
「……そういうことね」
 納得がいった永琳。また変なものを請求されたらどうしたものか、などと考えていただけにそう大したことではなくて安心した。紫の読みどおり、ある程度そういったものなら蓄えがある。多少提供する程度なら問題はなかった。

 一方調理場では霊夢、咲夜そして藍により河豚が捌かれていた。
「醤油があれば河豚刺なんてのもいいかもしれないわね」
「そんなもの、とっくの昔に食べつくしたわ」
 咲夜の提案にしれっと答える霊夢。
「……お前は調味料を単品で……しかも食べるという表現は間違ってるぞ。正しくは飲むか舐めるだ」
 藍のツッコミにも霊夢は反応しなかった。それほど河豚に執着しているからであるが。




「ああ……おひしひ……」
 程よく煮えた鍋に大量に盛り込まれた河豚の山。それを口に含むたびに目に涙が浮かぶ。傍から見ると結構凄い光景だが、正月からこんな一生に一度の贅沢が出来る、という事実も相まって感涙してしまっている霊夢にそこまで気を使う余裕はない。
「……霊夢、あなたどんな生活送ってるのよ?」
 咲夜が哀れみを含んだ言葉を投げかけてくる。それに対して霊夢は箸を動かす手は止めずに答えた。
「エンゲル係数が高すぎて、博麗大結界を超えて月まで届くんじゃないかって評判になるくらい」
「……………………ごめんなさい。聞いた私が悪かったわ」
 何故かとてつもない罪悪感に身が覆われる気がした咲夜は素直に謝った。今度暇があったら差し入れの一つくらい持っていってあげようかしら、と思ってしまうほどに。

 がしっ!
 2人の箸が交差した。輝夜と妹紅である。
「あら~、この河豚は私が先に掴んだんだけど?」
「お前の目は節穴か? どうみても私の箸のほうが先に掴んでいるだろ?」
 河豚鍋を境に輝夜と妹紅が火花を散らせる。鍋の中には大量に具材は含まれているのだから1つを取り合う必要などないのだが、こういう状況になってはお互いの性格も相まって引くに引けないのだ。
「なら! 秘技、二刀流!」
 輝夜が反対の手で起用にもう一組箸を操り河豚に向ける。
「させるか!」
 負けじと妹紅も空いている手で箸を掴み、輝夜の箸の進路を妨害する。
「やるわね」
「そっちもな」
「……姫様も妹紅も。箸と箸とを絡め合わせるのは無作法ですよ」
 永琳が見かねて注意するが、その程度でこの2人が止まるはずもない。もはや意地になっているだけともいえるが。
 このままでは最悪弾幕ごっこにまで発展しそうな様相を呈してきたので、さすがに霊夢が割って入ってきた。
「こらー! 輝夜と妹紅! 食事中に暴れるな! 素敵な肉鍋とかとても素敵な河豚鍋とか境内がなくなっちゃうでしょうが!」
「何やら置かれる前置詞の順番が微妙に違うような気がするが……」
 慧音の理論的な問いにも霊夢は動じない。本心から優先順位をそう思っているからだ。
「幽々子も! 直接鍋から食べるんじゃない!」
「あら~。だって器に入れるのが面倒だから」
「幽々子さま。それはさすがに無作法ですよ。なんなら私が取りますから」
「ありがとう、妖夢」
 妖夢に取って貰い上機嫌の幽々子。これを見るだけではどちらが年上なのかわかったものではない。もっともすでに死んでいる幽々子に年上もへったくれもないが。
「にしても幽々子。あんたって肉食派だっけ?」
 さっきから見ているとどちらかといえば肉鍋を中心に食しているようだ。無論河豚鍋に手をつけていないわけではないが、明らかに比率は違う。
 ちなみに手をつけていない、といっても、それでようやく普通の人が食べる量と同じくらいであったりする。
「それは……先日のクリスマスのときに肉を食べ損ねたからでしょう」
 食べることに夢中の幽々子の代わりに妖夢が答えた。それに幽々子が続く。
「七面鳥を妖夢に頼んだのだけど、さすがに見つからなかったみたいなの。だから代わりにそこらを飛んでいた夜雀を捕獲して貰ったんだけど」
「まさか、それってミスティア?」
 アリスが真っ先に思いついた夜雀の名前を挙げると、幽々子は頷いた。
「そうそう。で、いざ妖夢に捌いてもらおうと思ったら火事場の馬鹿力というか死の危険を感じると己の隠された力が発揮されるというか、ともかくこっちの一瞬の隙を突いてラストワードを発動させて逃げられちゃったのよ」
「まさか夜雀ごときに遅れをとるとは思わなかった……」
 少々落ち込み気味の妖夢。とはいえ人間ではないが生物はみな死に物狂いとなれば想像を絶する力を発揮するものだから、一概に妖夢に責任があるとはいえない。
「おかげでその日はショックで食事もろくに喉を通らなかったのよ?」
「クリスマス用特注デコレーションケーキを1人で全部食べて食事も喉を通らないなんて言いますか、幽々子さま?」
 じと~っと睨みつけるように、妖夢。もっともそんな視線に晒されても幽々子はなんとも思わないようだが。
「ちなみにそれってどれくらいの大きさなの?」
 興味本位で鈴仙が聞く。
「高さ2メートル。幅1メートル20センチ。クリームとイチゴをふんだんに使った極上ケーキです。……私もちょっと食べたかったのに……」
 最後にちょっぴり本音が漏れる妖夢。妖夢とて年頃(?)の少女である。甘いものが嫌いなはずもない。
「それなら大丈夫よ、妖夢。紫、食後のデザート出してもらっていいかしら?」
「まだ少し早い気もするけど、まあいいわ。ちょっとそこ開けてね。よいしょっと」
 スキマの入り口を大きく広げて取り出したもの。それは先ほど妖夢が述べていたケーキだった。
「幽々子さま、それは……」
「そう、あの時のケーキよ」
「でも、どうして…………あ、まさか」
 妖夢が、そして周囲にいた全員が思う。
 そもそもこのケーキは先ほど妖夢が言ったとおり特注品なのだ。それを告知のあった今日の昼間から現在までに用意したとは考えにくい。あらかじめ用意をしてあったと考えるのが普通だ。そして先にも言ったとおり、この宴会は今日の昼間に知れ渡ったもの。ならばこのケーキは何のために用意してあったのか。もちろん幽々子が食べるため、と言うことも考えられないわけではないが、幽々子が妖夢のことをたいそう気遣っているのはもはや周知の事実だ。
 ただの偶然よ、と言う幽々子だが、真相はみんな理解していたのだった。
「さあ、デザートもあることですし、食祭の再開よ!」
「霊夢、趣旨が違ってるぞ……」
 当然のごとく、慧音のツッコミはスルーされるのだった。




 新年会が始まって2時間ほど。食事もほとんど平らげて、残るのはケーキが少々というところで、唐突に紫が、注目~、と言い出した。
「は~い。ではお腹も膨れてきたことですし、ここで私から冬眠前の出血大サービス。『過去と未来の境界』を操作して、懐かしの映像を見せてあげるわね」
「正月恒例のイベントだぜ」
「いつ恒例になったのよ。まあ、面白そうだからいいけど」
 永遠亭からの差し入れのお神酒を飲みながら霊夢が言う。たまに飲む酒は美味しい、などと思いながら。
「これは明日の朝刊の一面を飾れそうなのが期待できますね」
 いつの間にやらメモとペンを構え、一言一句、そして目で捉えたものを書き綴れるようスタンバってる文。
 紫が指をパチンと鳴らすと空間の一部が消失した。その部分がスクリーンのようになる。どうやらここに映像が映し出されるようだ。
「まず最初は……」
 紫が見せたのは1人の少女が泣いているシーン。背後には大きなシーツが干してある。そして中央には独特な模様がついている。
「霊夢4歳。おねしょして怒られている時の絵」
「ぶ~~~~~!!!!!?????」
 いきなりといえばいきなりの展開に、飲んでいたお神酒を吹き出す霊夢。
『わはははははは……』
 ギャラリーからは大いに受けているが、当の本人は真っ赤になって狼狽している。記憶の底に眠っていた忌まわしい過去を公衆の面前に晒されたのだから当然ではあるが。
「ちょ、紫! そんなの却下よ! 封印よ! 早く消してよ!」
 手をぶんぶん振って絶叫する霊夢。
「何だよ霊夢。今日は無礼講だぜ」
「限度があるわよ!」
 しばし爆笑の中にあったが、次の瞬間には画面が消えたいた。霊夢はほっとしたが、直後アンコール、などとほざいていたてゐに陰陽玉をぶつけて黙らせたのは言うまでもない。

「さあ、次は家の藍の過去をお披露目ね」
「ちょ!? 紫様!?」
 藍が止める間もなく展開される映像。
「ちなみに今回は動画よ」
「紫様ー!」
 映し出されたのはマヨヒガにある紫の家。そこの一室に藍と橙が映っている。どうやら橙が寝ているところのようだ。
「ふふ。ようやく寝たか。遊び疲れたんだろうな」
 優しく寝ている橙の頭を撫でる藍。その表情はまさに母親といった感がひしひしと伝わってくる。
「なんだ……いい雰囲気じゃないの」
「当たり前だ。私はやましいことなど……」
 咲夜の言葉に藍がきっぱりはっきり否定したが、紫の表情は緩みっぱなしである。
「あれ? 何か藍さん震えてますけど?」
 ウドンゲのいうとおり、映像の中の藍はいきなり震えだした。そして徐に自分の身体を押さえつけている。そのまま覚束ない足取りで隣の部屋へ行ってしまった。
「どうかしたのかしら?」
「何か……変な声がしないですか?」
「妖夢ちゃんするどいわね。はい、では音声拡大」
 すると場面はそのままで音声だけがよりクリアに聞こえてきた。
「ああ~! 橙! なんっっっっっっっっって可愛いんだああぁぁ!!! あんな表情見せられたらもう……ぐはああぁぁぁ!!!」
 静まり返る会場内。なんというか、先ほどまでとのギャップがありすぎて何を言ったら良いのかわからなくなってしまっている。
「では隣の部屋にカメラを移しま~す」
 そんな中1人テンションの高い紫が喋ると、映像が切り替わった。そこには橙と同じくらいの大きさの人形を抱いた藍が、恥も外聞もなく畳の上で転がっている。顔はこれ以上ないというくらい幸せそうにしているが、時折聞こえる嬌声がそれを台無しにしている。
「こ、これはだな! その……一時の気の迷いで……」
 必死に弁明を図ろうとする藍だが、信憑性は欠片もない。それほどまでにインパクトのある映像なのだ。
 ふと、映像の中で床をごろごろ転がっていた藍の動きがぴたっと止まった。そして無造作に立ち上がった。
「そうだな、妄想に浸っているなんて紫様の式として恥ずべき姿だ」
 真剣な眼差しで1人確認するように呟く。言っていることはこの上なく正しい。会場からもやっぱり先ほどの藍の弁明が正しいのか、という声もちらほら聞こえる。
 が、現実はさらに過酷だった。
「うん、そうだ。妄想なんて身体によくない。こうなったら…………実行あるのみだ! ちぇ~~~~~ん!!!!!」
 ぶつっと。そこで映像が途切れた。
「あ、こら、何でいいところで消すのよ。これからが見所なのに!」
「さすがにここから先は放送禁止ね。藍と橙のプライバシーのためにも」
 輝夜の言葉を紫が制した。人差し指を口に当てて、ひ・み・つ、なんてやったので、年考えろ年増妖怪などと考えた輩が何人かいたが、もちろん口には出さなかった。
「……ここまでやっておいてプライバシーもなにもあったものじゃないだろうに」
 慧音のツッコミも紫は静かに受け流した。
 一方、致命的なまでに恥部を晒された藍は、会場の隅っこで自慢の九尾を抱え込みながら小さく縮こまっていた。
「……………………死のう」
「藍……少しだけ同情するわ。橙がこの場にいなかったからよかったものの」
 ぽん、と縮こまって震えている藍の肩に手を置いて霊夢が言う。
「紫。あんた自分の式の知られざる秘密を暴露したりして、家庭崩壊でも望んでるの?」
「霊夢。隠し事はよくないのよ」
 のほほんと、紫。こうなってはもう紫を止められる人物はそうはいないだろう。霊夢は半分諦めた。

「それじゃ次ね。次は白玉楼から庭師の魂魄妖夢の丸秘映像を公開~」
「紫様!?」
 場面が切り替わって白玉楼が映し出される。そして次の瞬間映っていたものはとある一室にいる妖夢の姿。なにやら真剣な面持ちで箪笥を見つめている。
「あら~、これ私の部屋じゃないの」
 食後のデザートのケーキをパクつきながら、幽々子が呟く。自分の部屋なら見間違えることはないだろう。
 そしてその言葉に妖夢はこの先の展開が読めてしまっていた。
「紫さまー! やめてくださいやめてくださいやめてー!」
 妖夢には心当たりがあるのか、泣きそうな表情で必死に懇願する。もっともそんなことで紫がやめるとは誰も思っていないし、当人もやめるつもりは毛頭ない。
 映像の中の妖夢はしばらく何かを考えていたようだが、よし、と拳を握り締めて決意の表情をとると、なんと徐に上着を脱いだ。そして上半身裸になってあるものを取り出した。それは―――
「あら、あれ私のブラジャーじゃない」
 幽々子が静まり返っている中でポツリという。
 こんなものを取り出したということは、次の行動は決まっている。妖夢は周囲の予想通り、それを自らの身体に当ててみた。
「はあ。もともと成長が遅いのは仕方がないとはいえ、いつかこういうのが着けられるようになるのかな」
 画面の中で嘆息と共に呟く妖夢の言葉が決定的だった。これではもう言い逃れは出来まい。当の妖夢も地面に突っ伏してぴくぴくしている。
(妖夢……わかる! その気持ち、すごくわかるわ!)
 なかには胸中で共感を覚えて血の涙を流しているものもいる。良くも悪くも両極端なモノを持つものが多いからこういう悩みに共感できるものは結構いるのだ。
「な~に妖夢。胸の大きさを気にしてたの?」
「あなたにはわからないわよ! 幽々子と紫と慧音と永琳は全幻想郷少女達の夢なんだから!」
 隣でうんうんと魔理沙も同調している。さらによく見れば遠くで咲夜や輝夜も頷いていたりする。
「……なんで当事者の妖夢じゃなくて霊夢や魔理沙に凄まれなくちゃならないの?」
 どこまでも天然風に答える幽々子。それだけに尚更性質が悪いのだが。

「……はあ、それにしても紫も手加減なしね。人間隠し事や秘密にしていることの1つや2つ必ず持ってるって言うのに……」
「私には隠すことなんて一切合財全くないぜ」
 へへん、と胸を張る魔理沙。どこか完敗なようで悔しい気持ちになる霊夢。
「紫! 会場提供者の要望に応えて! 何でもいいから魔理沙の秘蔵映像とかないの!?」
 半分破れかぶれで紫に聞いてみる。2人して会を主催するくらいだから互いにマイナスになるようなことはしない、と打ち合わせがあるかもしれないが、もしかしたらという一縷の望みに掛けて見るのも悪くはない。どうせ失敗しても失うものはないのだから。
「ふふ。では名残惜しいですが、フィナーレを飾るのははそんな霧雨魔理沙の秘蔵映像~」
「んな!?」
 予想外の展開に仰天の声を上げる魔理沙。そんな魔理沙を尻目にパチン、と紫が指を鳴らすと画面が切り替わった。そこには魔理沙の寝室が映っている。
「霊夢みたいに幼少の映像ってわけじゃないけど、昨日の魔理沙の寝床を公表しま~す」
「ちょっと待てー!」
 魔理沙の抗議など歯牙にもかけず、映像が現れる。映っているのは普通に寝ている魔理沙の姿だった。特に話のネタになるようなところは見受けられない。妙に幸せそうな寝顔を浮かべているが、それは大したことではない。大方いい夢でも見ているのだろう、と周囲の者は思った。
「これのどこが秘蔵映像なんだ?」
 みんなが思っている疑問を代表して妹紅が言う。
「せいぜいが抱き枕を使ってる、ってことくらいよね」
「はい、そこの月の姫。ナイス着眼点!」
 そういうと映像がアップになる。クローズアップされているのはもちろん魔理沙が抱いている抱き枕。
「一見何の変哲もないこの抱き枕。しかし! 魔理沙が抱いているせいで見えていないけど、なんとここにはとある人物の絵柄が描かれているの」
 済ました顔でとんでもないことを言い放つ紫。魔理沙の顔が青くなる。
「さて誰でしょう? ヒントは幻想郷に住んでいる人物よ」
 そりゃそうだろ、とツッコミを入れたいところだが今は各々それどころではない。あの威風堂々、疾風怒濤の霧雨魔理沙のあまりにも意外な秘密だ。興味が沸かないはずがない。
「ちなみにオッズはこうなってるわ」
 紫が指を指した方向では、いつの間に打ち合わせをしていたのやら、てゐが何やら紙を広げていた。ちなみに鈴仙もそれにつき合わされているようだ。
「は~い。今年一年の運試し。新年一発目のギャンブル会場はこっちで~す。参加は無料ですよ~」
「……神社でこんなことしていいのかな?」
 実に生き生きとしているてゐと、疑問を持ちながらも不承不承手伝っている鈴仙。おそらくまたてゐに弱みでも握られて強制労働させられているのだろう。
「れ、霊夢! あんなことやらせていいのかよ! ここは神社だろ!?」
 見てるほうが変な意味で落ち着いてしまうほど焦りまくっている魔理沙の姿。それを見ていても飽きないし面白いのだが、魔理沙の言うことも一理あるので渋々ながら霊夢は2人を諌める事にした。
「あんたらね……ここは神聖で素敵な神社なんだからそういったことは控えなさ……」
「場代は支払うよ?」
「正月くらい大目に見るわ」
「変わり身はや!」
 態度を豹変させる霊夢にツッコミを入れる魔理沙。
「さあ~、本命は素敵な巫女、博麗霊夢。対抗は七色人形使いのアリス・マーガトロイドと知識と日陰の少女、パチュリー・ノーレッジ。
 大穴は悪魔の妹、フランドール・スカーレットと香霖堂の店主、森近霖之助だよ~」
「私本命なんだ」
「何でそう冷静でいられるんだ?」
「場代のため」
「……ああ、そう」
 慧音の問いにあっさりと言い切る霊夢。
 結局ギャンブルに乗ってきたのはほとんどいなかった。そんなことよりその結果のほうが気になるからだ。てゐと霊夢はどこか残念そうだったが。
「はい、それでは結果発表、答えはなんと……」
 ズバシイイイィィィィ!!!!!
 いきなり画面が消し飛んだ。極太のレーザーがその全てを消滅させたからだ。
「……魔理沙。無言で無造作にマスタースパークは反則じゃない?」
「やかましい! 紫! 人のプライバシーを面白半分で見せるな!」
「あら、私は面白半分だなんて失礼なことはしてないわよ。私が楽しいと思うことにはいつも全力投球しているつもりだけど」
「なお悪い!」
 はあはあ、と息を切らして魔理沙が怒鳴る。
「それにプライバシー云々を言うつもりなら急いだほうがいいと思うけど?」
「どういう意味だ?」
「画面が消し飛んだ瞬間、弾かれたようにアリスが魔理沙の家に向かったみたいだから。ああ、それからあの烏天狗のお嬢ちゃんも一大スクープを逃すわけにはいかないって……」
「待てえええええええぇぇぇぇぇぇぇえええぇぇぇぇぇーーーーー!!!!!」
 無駄な動作など一切なしに、魔理沙は愛用の箒に跨り、最大速度をもって自分の家に急行した。まさに目にも留まらぬ速度ね、と霊夢は思ったりしていた。




「ねえ、霊夢」
「何よレミリア?」
 それまでどこか退屈そうにしていたレミリアが霊夢に寄ってきた。
「今は正月なのよ?」
「そうね、だから?」
 あくまで素っ気無い態度の霊夢にレミリアは小声で、さらには霊夢にしか聞こえないように耳元で言う。
「姫始めしない?」
 咲夜が聞いていたら卒倒しそうなことを何気ない日常会話のように言うレミリア。もちろんいつものようにあっさり否定させることはわかっているが、それでも構ってもらえるのなら不満はない。
 だが、霊夢の言葉はそんなレミリアの想像を超えたものだった。
「別にいいわよ」
「…………………………………………へ? ほ、ほんとに!?」
「何で言いだしっぺのあんたがそんなに慌ててるのよ。それくらい大したことじゃないでしょ?」
「た、大したことじゃないって……」
 予想だにしなかった切り返しをされて逆に落ち着けないレミリア。素で不思議そうにそれを見る霊夢。
(お、落ち着くのよレミリア。ほら、まずは深呼吸。ひっひっふー……じゃない! すーはーすーはー……よし!)
 気を持ち直して視線を上げる。とはいえ眼前に霊夢がいるので、落ち着かせた心中もあっけなく霧散する。
「……あ、でもここは外だし……それに人前なんてさすがに……いや、でもこんなチャンスは金輪際二度とあるはずが……」
「それにしても、あんた吸血鬼なのに米なんて食べるの?」
「…………………………………………………は?」
 真顔で聞いてくる霊夢に、今度は本気で訳がわからず呆けた声を出してしまうレミリア。レミリアの知識の中に姫始めと米の繋がりは欠片もない。
「ちょ、霊夢。姫始め、よね?」
「そう、姫始めでしょ。ちょうどご飯を炊こうと思った所だから」
 会話が致命的に噛み合っていない。双方に思い切り解釈の齟齬があるようだ。
「あの、霊夢。後学のために聞いておきたいんだけど、姫始めってどういう意味?」
「はあ? あんた意味も知らずに使ってたの? しょうがないわね、ちょっと待ってなさい。お~い、慧音はどこ~!」
 そういって境内を探し回る霊夢。予定が少しどころか大幅に狂ってしまい、どうしたらいいのかわからないレミリア。
 時間にして2、3分ほどで霊夢は戻ってきた。隣には慧音がいた。
「じゃあ慧音。このお嬢様に教えてあげて。姫始めの意味」
「まあ別にかまわないが。姫始めとは、頒暦の正月に記された暦注のひとつだ。正月にやわらかくたいた飯―――姫飯を食べ始める日とも、『飛馬始め』で馬の乗り初めの日とも、『姫糊始め』の意で女が洗濯や洗い張りを始める日ともいわれている」
「え~と…………そーなのかー」
 それ以外にどう答えればいいのだろう。思わずルーミア口調になってしまっているあたり、半分以上聞き流しているのかもしれない。レミリアとすればそんな文学的意味合いで使ったのでは決してない。もっと世間に浸透している通俗的な意味合いで使ったのだが、生憎と霊夢や慧音はその意味を知らないらしい。
「空を飛べるあんたが馬に乗るわけもないだろうし、洗濯や洗い張りなんかは咲夜の仕事でしょ。それなら当てはまるのは1つしかないじゃない」
「西洋の妖怪の割には言葉だけでも知っているとは、いやはや博識だな」
「……どうも」
 もはや言葉もない。変にどっと疲れが襲ってきた気がする。
(それとも、私の知識のほうが異常なのかしら?)
 ふと不安に駆られる。そういうときの対処法は決まっている。わからない時は他人に聞く、だ。
「ちょっと、そこの蓬莱人」
 というわけで、一番手近にいた妹紅に白羽の矢が当てられた。
「ん? なんか用?」
「あなた、姫始めって知ってる?」
 レミリアが言うと、妹紅は遠目でもはっきりとわかるくらい顔を真っ赤にした。
「ななななな……お、お前、いきなり何てこと言うんだ! お子様が使っていい言葉じゃないぞ!」
 咄嗟に妹紅が放った言葉にレミリアの視線がきつくなる。そして間髪入れずに叩き伏せた。普通の人間や妖怪なら大怪我をするほど強烈な一撃だが、相手が不死人であるので概ね問題はない。
「誰がお子様よ! 私は500歳を超えてるわよ……それはともかく、やっぱり知ってる人は知ってるわけね。……まあ、霊夢はそういう純粋なところもいいんだけどね」
 残念なような、それでいて諦めもつくような複雑な表情でレミリアが呟く。足元で妹紅がのびているのでいまいち絵にはならないが。
(まあ、今日はせっかくの新年会だし、そういう考えは隅に置いておくことにしましょうか)
 無粋なことを考えるのは綺麗さっぱり止めることにした。今日この場において相応しくないのは誰が見ても明らかなことだ。
「あれ? レミリア、姫始めは?」
「いいわ。気が変わったから。それと1つ忠告。あんまり連呼しないほうがいいわよ」
「??? ……まあいいか」
 それ以上深く考えるのはやめにする霊夢だった。




「ふう」
「あれ、魔理沙? いつ戻ってきたの?」
「ついさっきだぜ。証拠を隠滅してきたからもう安心だぜ」
 冬の空だというのに汗をかきまくっている。もしかしたらさっきの暴露ショーでの冷や汗が混じっているのかもしれないが。
「アリスはともかく、よくあの天狗のスピードに勝てたわね」
「ああ。アリスは途中で追いついて弾幕で撃墜させた。文は限界ぎりぎりブレイジングスターでぶっ飛ばして、そのまま家の少し手前で体当たりして気絶させてきたぜ。念には念を入れてメモ帳も焼却処分してきたぜ」
 ブレイジングスターの直撃をまともにくらっては、さしもの文もしばらくは再起不能だろう。そのうえせっかく書き綴ったメモを焼却処分にされてしまっては、明日の朝刊はいつもと変わらない部数で落ち着くことだろう。
「でも紫から聞けば一緒じゃないの?」
「それも心配無用だぜ。余計な探りを入れたり、喋ったりした奴はこの世の果てまで追い詰めてマスタースパーク乱れ打ちの刑だって脅してきた」
「……あっそ」
 霊夢としても興味がないわけではないが、それ以上に被害を考えると割が合わないのでこれ以上追求するのは止めにすることした。もっとも、いつか予約なしで家の片付けを手伝うとか理由をつけて拝見してやろうなどと考えていたりするが。






 物事に夢中になっていると時間というのは経つのが非常に早く感じるものだ。まして楽しい時間となればそれはより拍車をかける。いつの間にやら夜明けまでさほど時間がない時刻になっていた。ちなみに先ほど紫や魔理沙によってノックアウトされた面々も今では復活していた。野良犬にでも噛み付かれたと思って諦めなさい、と霊夢が励ましていたが、効果があったかどうかは定かではない。
「さあ、それじゃこの新年会の主催者、八雲紫が最後にとっておきのものを披露するとしましょうか」
 スタッと空間のスキマから降りて地面に立つ紫。
「何する気、紫?」
「夜に活動するものは多々いても、中々見れない風景を見せてあげるわ。これがフィナーレを飾るパフォーマンスよ!」
 紫が愛用の傘を空に掲げた。すると今まで空を覆っていた雲が急速に消えていった。後に残るのは遮蔽物がなくなり、その存在を余すところなくアピールできる星と月が彩る夜景のみ。
「きれい……」
「これは、風流だぜ」
「中々粋な計らいなことで」
 霊夢、魔理沙、咲夜が感嘆の声を漏らす。もちろん霊夢たちだけではなく、その場にいる全員がその光景に魅入っている。
「紫、これって……」
「『空と雲の境界』をちょっと弄ったの。夜に活動しない人間はなかなか雲1つない夜空を見上げる機会は少ないでしょう?」
「そうね……」
 闇夜に輝く星と月のコラボレーションは、夜の宴であるこの場に相応しい景観だ。今この場において全員が時間やしがらみを忘れているに違いない。それほど心にしみる絶景が眼前に広がっている。
「さあ、これでお開きにしましょうか」
 パチン、と指を鳴らすと、空は数分前のものに戻った。自然の摂理を長時間捻じ曲げておくのは紫としても忍びないのだろう。ただ単に疲れるから戻したのかもしれないが。
「ありがとう、紫。ただ、それはそれとして、さあ片付けを始めるわよ。紫も魔理沙もちゃんと手伝いなさいよ」
 そうである。みんなが散々暴れたり騒いだり食い散らかしたりしたせいで、境内はプチ魔理沙の家の中状態になっている。いつもの宴会の比ではないので霊夢1人でまかないきれるものではない。
「その前に、霊夢。ちょっと賽銭箱の中を見て見なさいよ」
「なんで?」
「霊夢には特別に私からのお年玉。実はここにいる参加者にちょっと仕掛けを施してたの」
「仕掛け? どんな?」
「ちょっとだけ境界をいじったの。金銭感覚の……」
 紫の言葉を最後まで聞かずに全力で賽銭箱を覗きに走る霊夢。金銭感覚の境界をいじったということは賽銭程度のつもりで投げ入れた参加費用の額も凄い事になっているに違いない、と。
「あ、ああああぁぁぁぁ!!!」
 中は相変わらず少量の小銭しかないが、一つ一つの額が通常のお賽銭のそれとは違っていた。普通は5円や10円がメインとなるはずなのに、100円や500円が至る所に見られる。これだけ集まれば結構な額になるだろう。よく見れば紙幣も多少ある。
「紫! この恩は数日間は忘れない……って紫?」
 振り返れば、そこには誰もいない。さっきまで話をしていた紫の姿がこれっぽっちも見当たらない。
「霊夢」
「ん? なに、慧音?」
「魔理沙からだ。渡してくれ、と」
「何だろ……」
 それは一通の手紙だった。カサカサと開くと数行のメッセージが記されていた。


『最後のプレゼントはどうだった? これが最初に言ってたメリットの最後の項目だぜ。これだけのことをしたんだから私は掃除免除でいいだろ?
 どうせ私が手伝っても物を壊すかなにかするだろうし。私の家の中を知っている霊夢ならわかるだろ、はっはっは。
 ああ、それと紫もさすがに疲れたからって冬眠に入るとさ。まあ、そういうわけだから、後片付けはよろしく頼んだぜ』


「……もしかしなくても……逃げられた?」
 誰ともなく霊夢は呟いた。魔理沙が本気で逃げ出せば捕まえるのは困難極まりないし、ましてや冬眠に入ってしまった紫を起こすのはさらに容易ではない。
(まったくあの2人は……まあ、暇な寝正月の予定だったけど、楽しめたからいいか)
 手紙をすっと懐にしまい込む。とりあえずこれは後で重要な証拠となるので失くすわけにはいかないからだ。
「魔理沙ー! 紫ー! 今度会ったときは問答無用で強制労働させてあげるから、しっかり覚えてなさいよー!」
 空に向かって霊夢は叫んだ。憎まれ口を叩いてはいるが、その表情はかすかに笑っている。
「さて、こっちはこっちの仕事をやりますか」
 よし、と袖を若干捲り、散らかり放題の宴会跡地へ足を向けた。




「さあ、素敵な新年会のあとは素敵な片付けよ。こらそこ、文句言わない! 口より手を動かす! そこの腹黒ウサギ! 耳をぴこぴこ動かしても駄目!
 これ以上馬鹿やってると、おせち料理の代わりに夢想封印のフルコースをお見舞いするわよ!」








今更になって新年会小説……遅れすぎだろ、自分。
しかも実はこの小説、もとはクリスマス用に書いてたものなんですけどね。間に合わなかったんで急遽正月用に書き換えて見たんですけど、結果はご覧のとおりです。
本当は紫の映像試写会に『咲夜の日記』とか『永琳とウドンゲの実験現場生中継』とか加えて見てもよかったんですけど、なんかネタがかぶりそうだったので泣く泣くお蔵入りに。

ところでこういう小説ってどういうジャンルになるんでしょうね?
自分的にはほのぼの小説で書いたつもりなんですけど。
ギャグ小説かお馬鹿小説? …………そうかも。

追記
1/7 誤字・誤文修正(鱸さん、ハッピーさんご指摘ありがとうございます)

さらに追記
1/10 誤字修正(つっこむ程度の能力さん、ご指摘ありがとうございます)
     および若干文章修正。
エクレーレ
http://homepage3.nifty.com/star-library
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.4430簡易評価
29.90削除
誤字>かなりの確立で倒れるものが出るだろう。
   魂魄妖夢の丸秘映像と公開~」
   「私には隠すことなんて一切喝采全くないぜ」:一切喝采 → 一切合財
あと「エンゲル係数」は生計費中に占める飲食費の割合を示す係数なので、生計費が限りなく零に近い博麗神社では、むしろ天井をブチ抜いて戻ってこないでしょう

魔理沙の抱き枕か・・・超大穴・魔梨沙とか。あー、やっぱ白魔理沙に紅魔郷の頃の賽銭5年分。
30.90ハッピー削除
ですよね・・・エンゲル係数逆ですよね・・・よかった・・・間違ってなかった・・・
本来なら博霊神社のエンゲル係数は地球の核を起点にして地表に届く程度ですからねぇ・・・

というかこんなネタを各々のキャラを壊さずによく書ききりましたね・・・すごい!
34.80空欄削除
>エンゲル係数
いいや、 食 費 が 0 な ら 地を這うぜ。
それほど困窮しているのが霊夢だと思ってた。でも私は謝らない。

あとこれのジャンルは ほの馬鹿ギャグで。
43.100名前が無い程度の能力削除
レミリアさまの解釈で間違いない!
だから霊夢と姫はじm(夢想封印
54.80かわうそ削除
こういう作品は好きー。
64.無評価つっこむ程度の能力削除
もはやつっこみとスルーの境界をこえている事項ですが一応…

×永淋 ○永琳
65.80名前が無い程度の能力削除
魔理沙の抱き枕…魅魔様しかあるまい
70.無評価名前が無い程度の能力削除
ちょっと文章に「気取り」がほしいかな。
92.100名前が無い程度の能力削除
5円のお賽銭でチョコを買えばエンゲル係数10割
99.100名前が無い程度の能力削除
しかし、空間を切り取ったスクリーンが何故レーザーで消えるんだろうか?
そう考えるとマスタースパークは空間も貫くという事なのか?

レミリアの方は『秘め始め』と呼ばれる説ですな。
実際姫始めが何かはわからないそうだし。

紫ならスキマの中に逃げ込める気もするなぁ…。
スキマに入る→スキマを閉じる→誰も干渉出来ない。って感じで。
なので魔理沙の抱き枕の答えを(マスパ
100.100名前が無い程度の能力削除
お、おねしょ・・・
101.100名前が無い程度の能力削除
(ry