Coolier - 新生・東方創想話

ねこのきまぐれ

2022/05/06 12:12:35
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「橙。ちょっと里に行ってきてくれ」

 藍の一言で橙は里に来ていた。今回の任務は里の様子を眺めてくること。藍曰く「経験を積むため」ということらしい。
 しかし普段は妖怪の山でのんびり過ごしている彼女にとって、里は些か忙し過ぎる。
 絶え間なく動き回る里の人々を見ていた彼女は、段々疲れてきてしまう。そして思わず、こっくりこっくりと船をこぎ始めたその時、突如、人の叫び声が耳に飛び込んで来る。

 ひったくりだー!

 犯人と思わしき男が財布とおぼしき物を持ってこっちの方へ走ってくる。橙が慌てて彼を捕まえようしたその時だ。

「……おいおい、おっさん。そんなに慌ててどこへ行くってんだ?」

 目の前に突如、黒い髪の少女が姿を現したかと思うと、さっと足を差し出す。男はその足に引っかかり、もんどりを打つように倒れてしまう。

「ははっ! ザマーミロ!」

 嬉しそうにその男を指さしながら嘲り笑う彼女のことを、橙は見覚えがあった。鬼人正邪。あまのじゃくの妖怪で、かつて異変を起こし紫の逆鱗に触れてしまった妖怪だ。
 程なくして男は捕まり、正邪は被害者と思われる老婆に感謝される。すると彼女は苦虫を潰したような顔で老婆に言い放つ。

「別にお前を助けるためにやったわけじゃない! へんっ! そんなに大事なものなら首にでもぶら下げとけよ! じゃあなババァ!」

と、舌を出して悪態をつくと彼女はそのまま走り去ってしまう。

「あ……!」

 橙はとっさに彼女を追いかける。
 どうやら足の速さは化け猫の妖怪である橙が上だったようで、里のはずれであっさりと追いつく。
 正邪は怪訝そうな様子で橙に話しかける。

「……なんだお前。私に何か用か?」
「あ、えっと……私は……」

 その時、橙は藍から初めて会う人には敬語で話すようにと言われたことを思い出す。

「敬語、敬語……。あ、失礼しました。私はですね……」

 すると正邪は首を横に振りながら橙に告げる。

「あー。名乗る必要ない。確かお前は八雲んとこの式だろ?」
「……え? ええ、そのとおりでございます。橙って言います。……たしか鬼人正邪さんでございましたよね?」
「あん? だったらどうした」
「ええと、どうしてさっきひったくりを捕まえたりしたんでしょうか?」
「……別に深い意味はないが。ぶっ倒したかったからぶっ倒しただけさ。それがどうかしたのか?」
「……つかぬ事をお聞きしますが、 あなた、もしかして本当はいい人だったりするんじゃないんでしょうか?」

 橙の突拍子もない言葉に、思わず正邪は素っ頓狂な声を上げる。

「はあぁ!? 寝言は寝てから言えよ! けっ! さっきから気色わりぃ喋り方しやがってなんなんだお前? 私は今機嫌が悪いんだ! さっさとあっちいけ!」
「行きませんよ」
「なんでだよ」
「だってあなたはあまのじゃくなんでしょう? あまのじゃくは言ってることがあべこべだって言うじゃないですか。つまりあなたは私に、居て欲しいってことですよね?」

 真顔で言い放つ橙に、正邪は思わず頭をかく。

「……あのなぁ。あまのじゃくってのはな……」

 そこまで言うと、彼女は言葉を止めてしまう。そして

「……けっ。なんか、お前と話してたら興がさめちまった。そんじゃあばよ! 子猫ちゃん!」

 と、言い残しそのまま姿を消してしまう。

「あ、ちょっと……!」

 橙は追いかけようとするが、既に彼女の気配はなくなっていた。

 ◆

 次の日、今日は特に任務もなかったので、橙は山の水辺でひなたぼっこをしていた。この時期の岩の上はほどよく温く、絶好の昼寝スポットなのだ。
 彼女がひなたぼっこをしながら、昨日の事をぼんやり思い返していると、誰かが呼びかける。

「おい! そこの子猫ちゃんよ!」

 声の主は正邪だった。彼女は何やらニヤニヤと笑みを浮かべている。

「あ、正邪さん! どうしたんですか?」

 橙が言うやいなや、正邪は持っていた柄杓で、彼女に川の水をかける。

「ひゃあ!? なにを……!」
「聞いたぜ? お前さん、水に濡れるのが苦手なんだってな? 覚えとけよ。あまのじゃくってのは人に嫌われるのが大好きな……」

 彼女が喋り終わる間もなく、橙の鋭い爪が彼女を襲う。

「……うお!? 何しやがる……!」

 正邪は間一髪で避けるも、直ぐさま二の矢が放たれる。

「おい! 話聞けよ!」

 彼女は正邪の言葉を無視して襲い掛かる。水に濡れたことで式が剥がれた橙は、ただの化け猫になってしまったのだ。

「ちっ。ここはとっととズラかるとするか……!」

 身の危険を感じた彼女は逃げようとするが、橙に回り込まれてしまう。彼女が目をらんらんと輝かせながら、正邪に噛みつこうとしたそのときだ。
 辺りに無数の弾幕が放たれ、砂埃が舞う。
 これは好期とばかりに正邪は、砂埃に紛れてその場から逃げだす。
 砂埃の中から現れたのは藍だった。
 藍が橙に向かって念を唱えると彼女はその場に崩れ落ちる。そして橙を抱えると彼女はため息を一つつき姿を消した。

 ◆

 次の日、橙は里へやって来ていた。今度は藍の命令ではなく自分の希望でだった。
 彼女が里を歩いていると、木陰で休んでいる正邪を見つける。
 橙が話しかけると、正邪は面倒くさそうに彼女の方を振り向く。

「なんだおまえかよ。何の用だ。もしかして昨日の仕返しに来たのか……?」
「正邪さん。……昨日はごめんなさい! 式が剥がれていたとは言え、襲うような事をして! 本当にごめんなさい!」

 そう言って頭を下げる橙を、ぽかんとした様子で正邪は見つめていたが、すぐに例の苦虫を潰したような表情で彼女に言い放つ。

「けっ。生真面目に謝ってんなよ! いいか? あれは私の自業自得だ。お前が謝る意味なんかないんだよ! せっかく里まで来たのに無駄骨だったな!!」

 すると橙は、いかにも悲しそうな顔で彼女に告げる。

「正邪さん酷いですよ。私ずっと気にしてて謝ろうとしてたのに……。そんな言い方するなんて」

 橙の表情を見た正邪は、にやりと笑みを浮かべて彼女に告げる。

「そうだそうだ! 私はそういう顔が好きなんだよ! ありがとよ!」
「……もう、正邪さんなんか大嫌いです! 二度と会いに来ないで下さい!!」
「おうおう。嫌いで結構コケコッコーだ! 心配しなくてもこれから何度でも会いに来てやるよ!」
「ええ、そんな……。もう二度と会いたくありませんよぅ……」

 と、彼女は顔を手で覆って嗚咽を漏らす。正邪は満面の笑みを浮かべて彼女に告げる。

「へへっ! ざまーみろ! いい気味だ! いいもの見れて私は満足だ! またその情けない顔見せてくれよな!」

 と、彼女はおかしくてたまらないと言った様子で満足そうに去って行く。
 正邪が去って行く様子を見て橙は、ふっと笑顔を浮かべる。

 実は前日、彼女は藍に天邪鬼という妖怪のことについて、詳しく聞いていた。そして天邪鬼は、人に好かれるのが嫌で、逆に人に嫌われれば喜ぶという事を知って、彼女はわざと悲しそうな演技をしたのだ。

「……また遊びましょうね。正邪さん」

 そう言って彼女は、にっこり笑って彼女を見送った。

 ◆

 その後、橙は早速藍に報告しに行く。

「藍様の言ったとおりだったよ!」
「そうだったろう。どうだ。上手くいったか?」
「うん! また会おうって」

 藍は思わず怪訝そうな表情で尋ねる。

「……てっきり嫌われてきたのかと思ったが、一体何をしてきたんだ」
「悲しむフリしてきたよー。そしたら凄くいい笑顔で喜んでくれた。あまのじゃくって面白いね! あー早くまた会いたいなー」

 そう言って橙はくすくすと笑う。それを見た藍が、彼女の行く末を心配になったのは言うまでもない。
「けっ……とんだ子猫ちゃんだ」
バームクーヘン
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
楽しめました
2.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです。手玉に取る橙が良き良き。
3.100名前が無い程度の能力削除
橙正はいいぞ
4.100南条削除
Good Job
5.100ヘンプ削除
敬語橙!とても良いです!
丸め込まれる正邪!気がついていないのがとても良い!
ああこの2人がきになります!!面白かったです!!
6.100名前が無い程度の能力削除
最後に橙があまのじゃくの性格を利用して、正邪をまんまとからかうのが面白かったです。