「メリー、あなたの言葉には愛がない」
私は正面に座る彼女をまっすぐに見つめる。
「ねぇメリー、聞いてる?」
「えぇ」
メリーは先ほどからずっと窓の外を見つめ、私のことを見ようともしない。
「私はコーヒー頼むけれど、メリーは?」
「結構よ」
「……じゃあ、コーヒー一つで」
二人だけの時間。
だがそこに砂糖のように甘い会話はなく、コーヒーよりも苦く思い空気が漂っている。
メリーを睨みつける私。だが彼女は前髪をくるくると弄ぶばかりで視線を合わせない。
私から話を切り出す。
「ごめんメリー。あなた最近、態度が刺々しいと思わない?」
メリーはぴくりと反応したが、それでもそっぽを向いて返答する。
「……そう思う?」
「えぇ思うわ。何か変よ、メリー。なんだか、よそよそしいもの」
「ふーん、それで?」
「別にあなたを責めている訳じゃない。ただ、理由を教えてほしいの。何かが気に障ったのなら謝るから」
メリーはしばらく沈黙して、そして私の方を向き直ってこう言った。
「ふぅ。ここの所、蓮子のことをストレスと思ってるのよ。これでオーケー?」
彼女の態度はこれ以上の会話すら疎ましいといったものだ。
面を向かって拒絶された。その事実は私の心を深く抉る。
「それは理由になってない!」
「へぇ、怒るの?」
かっとなった心を落ち着ける。このままじゃ、メリーはさらに拒絶するだけ。
「……っ。私が悪かったなら直すから。だから教えて。そうじゃないと私、あなたのことを嫌いになってしまう」
メリーは少し寂しそうな顔をする。
「元へ戻ることも、もう」
「そんなこと、ないわ」
私はメリーへ語り掛ける。
「確かに、今のメリーは好きじゃない。でもそれは、態度とか、口調とか、そんなのじゃない。そんな悲しい目をしているのに助けを求めないからよ!」
「蓮子……」
「どうして、黙ってるの。そんなに辛そうな目をして、なんで私に助けを求めてくれないの。私は、そんなに信用されてないの?」
「……本当?そう思ってくれてるの?」
メリーの目を見つめる。その瞳から涙がぽろぽろと零れる。
「ごめんね。蓮子の方こそ苦痛よね……!」
「そんなことない!私はいつだってあなたを助ける、そうでしょ!」
私は彼女の眼をずっと見てきた。今のあなたの眼は、助けを求めていたから。
「絶対よ、メリー。私はあなたを見捨てたりしない。だから、本当のことを言って」
メリーは、心の底から絞り出した言葉を告げる。
「その……ずっと蓮子と過ごすのって思ってる!」
「よかった。そしてありがとう、メリー。私を信じてくれて」
しばらくしてメリーは泣き止み、落ち着きを取り戻した。
「それで、最近変だったのはどうしてなの?」
私は彼女に尋ねる。
メリーは少し躊躇った素振りを見せて、
「……とても面倒ね、それ」
「うん?」
「それを述べるの、ちょっと手こずるのよ」
やっぱり何か変だ。言葉の節々に、何か違和感がある。それに、メリー自身も言葉を選んでいるような感じがする。
「そんなに難しいことは言ってないわ。ほら、例えばいつからそうなった、とか」
「……」
メリーは黙り込んでしまう。でもそれは、先ほどのように会話を拒否しているというより何かを言いよどんでいるような感じ。
「じゃあ、私が質問するから、はいかいいえ、で答えるのは?」
ふるふると首を振るメリー。
「えぇ?じゃあどうするのよ?」
「その……これで」
メリーは指で〇と×を作る。
「うーん、よく分からないけど、メリーがそれでいいのなら」
一つずつ質問を重ねていく。
「何かがあったのは最近?」
メリーは指を丸く形づくる。確かに、おかしくなったのはここ最近からだ。
「じゃあ、性格が変わっていたのはその所為?」
今度は指を掛け合わせる。つまり、×ということか。
「性格は変わっていなかったってこと?じゃああなたがそんな態度だったのは、私を巻き込まないため。そういうこと?」
こくこくと頷くメリー。要するに彼女は迷惑をかけないために私を突き放そうと、そっけない態度をとっていたのか。そのことに気づいて、思わず笑みがこぼれる。
俯く彼女の額を指ではじく。
「そんなこと、気にしなくていいのよ。迷惑を掛けあっての私たち、そうでしょ?」
ではその原因を早く取り除かねば。私は矢継ぎ早に質問をする。
「それは夢の中の出来事?」
〇。
「そこで、何かをされた?」
〇。
「その原因とか、解決につながりそうな何かを知ってる?」
〇。
「で、それを説明することは可能?」
彼女は悩んで△を作る。つまりできないことはないが、何かあるということか。
「うーん。説明できないのは私が理由?」
私の理解が及ばないことがあるからか、と思ったのだが……。
その答えは×。
「どうして説明できないのかしら……」
彼女とはさっきまで会話していたし、一言も話せない訳では無い。
そこで、一つの推測に思い至る。彼女との会話に抱く違和感。そして彼女自身から感じる窮屈さ。原因を理解しているという彼女は、もしかしたら説明できないのではなく。
「あなたは今、言葉を自由に使えない……?」
「えぇ!そうよ蓮子!」
その言葉にメリーは今までで一番大きな反応を見せる。その表情は、ようやく孤独から解き放たれたという歓喜で溢れていた。
「なるほど、だからいつもと違ったのね」
だが、次の疑問が出てくる。一体彼女は何を制限されているのか。
一つずつ彼女の言葉を思い出してみる。
『結構よ』
『ここの所、蓮子をストレスに思ってるの』
『元へ戻ることも、もう』
うーん。なんというか。
「……偏ってない?」
具体的には下5分の3くらいに。
「ぷっ。あっはははは!」
「ちょ、蓮子!?」
私はそのことに気づいて、思わず笑い出してしまった。
唖然とした顔のメリー。その表情がおかしくて、なおさら笑いがこみあげてくる。
「そういうこと!?なによメリー、えらくロマンチックなことになってるんじゃない!」
メリーも私が答えにたどり着いたことを察し、照れと苦々しさが混ざった表情になる。
「よそ事と思って……」
憎まれ口をたたくメリー。でもその顔にはどこか、安堵の色が見えた。
「あー、可笑しい。どうしたら、そんな面白いことになるのさ。いや待って、私が当てる。そうね、一人叫んだその言葉が言霊になって、それが妖怪に奪われたとか!」
「えっと、その……」
メリーは俯き、もじもじと言い淀む。
わーお。図星ですか。
言霊になるほど彼女から思いを寄せられているとは、そいつはなんて果報者なのだろう。その相手に少し妬いてしまうかもしれない。
冷めたコーヒーを飲み干す。
「さて、早く行きましょう、メリー」
「へ、どこへ?」
「もちろん、あなたの奪われたものを探しに」
私は基本行動派なのだ。そうと決まれば早く動くに越したことはない。
立ち上がり、帽子を被る。
「あ、そうだメリー。一つ聞きたいんだけど」
「ん?」
「今まで、寂しくなかった?」
自分の思いが伝えられないのはとても寂しく、そしてとても怖かっただろう。
しかし、彼女は柔らかく笑ってこう答えた。
「ううん。心細くても、蓮子のことを呼べるもの」
私は正面に座る彼女をまっすぐに見つめる。
「ねぇメリー、聞いてる?」
「えぇ」
メリーは先ほどからずっと窓の外を見つめ、私のことを見ようともしない。
「私はコーヒー頼むけれど、メリーは?」
「結構よ」
「……じゃあ、コーヒー一つで」
二人だけの時間。
だがそこに砂糖のように甘い会話はなく、コーヒーよりも苦く思い空気が漂っている。
メリーを睨みつける私。だが彼女は前髪をくるくると弄ぶばかりで視線を合わせない。
私から話を切り出す。
「ごめんメリー。あなた最近、態度が刺々しいと思わない?」
メリーはぴくりと反応したが、それでもそっぽを向いて返答する。
「……そう思う?」
「えぇ思うわ。何か変よ、メリー。なんだか、よそよそしいもの」
「ふーん、それで?」
「別にあなたを責めている訳じゃない。ただ、理由を教えてほしいの。何かが気に障ったのなら謝るから」
メリーはしばらく沈黙して、そして私の方を向き直ってこう言った。
「ふぅ。ここの所、蓮子のことをストレスと思ってるのよ。これでオーケー?」
彼女の態度はこれ以上の会話すら疎ましいといったものだ。
面を向かって拒絶された。その事実は私の心を深く抉る。
「それは理由になってない!」
「へぇ、怒るの?」
かっとなった心を落ち着ける。このままじゃ、メリーはさらに拒絶するだけ。
「……っ。私が悪かったなら直すから。だから教えて。そうじゃないと私、あなたのことを嫌いになってしまう」
メリーは少し寂しそうな顔をする。
「元へ戻ることも、もう」
「そんなこと、ないわ」
私はメリーへ語り掛ける。
「確かに、今のメリーは好きじゃない。でもそれは、態度とか、口調とか、そんなのじゃない。そんな悲しい目をしているのに助けを求めないからよ!」
「蓮子……」
「どうして、黙ってるの。そんなに辛そうな目をして、なんで私に助けを求めてくれないの。私は、そんなに信用されてないの?」
「……本当?そう思ってくれてるの?」
メリーの目を見つめる。その瞳から涙がぽろぽろと零れる。
「ごめんね。蓮子の方こそ苦痛よね……!」
「そんなことない!私はいつだってあなたを助ける、そうでしょ!」
私は彼女の眼をずっと見てきた。今のあなたの眼は、助けを求めていたから。
「絶対よ、メリー。私はあなたを見捨てたりしない。だから、本当のことを言って」
メリーは、心の底から絞り出した言葉を告げる。
「その……ずっと蓮子と過ごすのって思ってる!」
「よかった。そしてありがとう、メリー。私を信じてくれて」
しばらくしてメリーは泣き止み、落ち着きを取り戻した。
「それで、最近変だったのはどうしてなの?」
私は彼女に尋ねる。
メリーは少し躊躇った素振りを見せて、
「……とても面倒ね、それ」
「うん?」
「それを述べるの、ちょっと手こずるのよ」
やっぱり何か変だ。言葉の節々に、何か違和感がある。それに、メリー自身も言葉を選んでいるような感じがする。
「そんなに難しいことは言ってないわ。ほら、例えばいつからそうなった、とか」
「……」
メリーは黙り込んでしまう。でもそれは、先ほどのように会話を拒否しているというより何かを言いよどんでいるような感じ。
「じゃあ、私が質問するから、はいかいいえ、で答えるのは?」
ふるふると首を振るメリー。
「えぇ?じゃあどうするのよ?」
「その……これで」
メリーは指で〇と×を作る。
「うーん、よく分からないけど、メリーがそれでいいのなら」
一つずつ質問を重ねていく。
「何かがあったのは最近?」
メリーは指を丸く形づくる。確かに、おかしくなったのはここ最近からだ。
「じゃあ、性格が変わっていたのはその所為?」
今度は指を掛け合わせる。つまり、×ということか。
「性格は変わっていなかったってこと?じゃああなたがそんな態度だったのは、私を巻き込まないため。そういうこと?」
こくこくと頷くメリー。要するに彼女は迷惑をかけないために私を突き放そうと、そっけない態度をとっていたのか。そのことに気づいて、思わず笑みがこぼれる。
俯く彼女の額を指ではじく。
「そんなこと、気にしなくていいのよ。迷惑を掛けあっての私たち、そうでしょ?」
ではその原因を早く取り除かねば。私は矢継ぎ早に質問をする。
「それは夢の中の出来事?」
〇。
「そこで、何かをされた?」
〇。
「その原因とか、解決につながりそうな何かを知ってる?」
〇。
「で、それを説明することは可能?」
彼女は悩んで△を作る。つまりできないことはないが、何かあるということか。
「うーん。説明できないのは私が理由?」
私の理解が及ばないことがあるからか、と思ったのだが……。
その答えは×。
「どうして説明できないのかしら……」
彼女とはさっきまで会話していたし、一言も話せない訳では無い。
そこで、一つの推測に思い至る。彼女との会話に抱く違和感。そして彼女自身から感じる窮屈さ。原因を理解しているという彼女は、もしかしたら説明できないのではなく。
「あなたは今、言葉を自由に使えない……?」
「えぇ!そうよ蓮子!」
その言葉にメリーは今までで一番大きな反応を見せる。その表情は、ようやく孤独から解き放たれたという歓喜で溢れていた。
「なるほど、だからいつもと違ったのね」
だが、次の疑問が出てくる。一体彼女は何を制限されているのか。
一つずつ彼女の言葉を思い出してみる。
『結構よ』
『ここの所、蓮子をストレスに思ってるの』
『元へ戻ることも、もう』
うーん。なんというか。
「……偏ってない?」
具体的には下5分の3くらいに。
「ぷっ。あっはははは!」
「ちょ、蓮子!?」
私はそのことに気づいて、思わず笑い出してしまった。
唖然とした顔のメリー。その表情がおかしくて、なおさら笑いがこみあげてくる。
「そういうこと!?なによメリー、えらくロマンチックなことになってるんじゃない!」
メリーも私が答えにたどり着いたことを察し、照れと苦々しさが混ざった表情になる。
「よそ事と思って……」
憎まれ口をたたくメリー。でもその顔にはどこか、安堵の色が見えた。
「あー、可笑しい。どうしたら、そんな面白いことになるのさ。いや待って、私が当てる。そうね、一人叫んだその言葉が言霊になって、それが妖怪に奪われたとか!」
「えっと、その……」
メリーは俯き、もじもじと言い淀む。
わーお。図星ですか。
言霊になるほど彼女から思いを寄せられているとは、そいつはなんて果報者なのだろう。その相手に少し妬いてしまうかもしれない。
冷めたコーヒーを飲み干す。
「さて、早く行きましょう、メリー」
「へ、どこへ?」
「もちろん、あなたの奪われたものを探しに」
私は基本行動派なのだ。そうと決まれば早く動くに越したことはない。
立ち上がり、帽子を被る。
「あ、そうだメリー。一つ聞きたいんだけど」
「ん?」
「今まで、寂しくなかった?」
自分の思いが伝えられないのはとても寂しく、そしてとても怖かっただろう。
しかし、彼女は柔らかく笑ってこう答えた。
「ううん。心細くても、蓮子のことを呼べるもの」
愛はなくしても愛にはあふれた話でした