Coolier - 新生・東方創想話

石のような、花のような

2022/04/19 23:47:42
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 また、朝が来る。
 目を開けば、そこには見飽きた天井。もぞもぞと布団から這い出し、慣れた手つきで携帯端末を手に取る。
 食べ飽きてもはや味もわからなくなった合成食パンを無理やり飲み込んで、皿を適当に流しに放っておく。そのまま洗面台で顔をすすいで、ついでに寝癖を数回つまんでみる。
 鏡面に映る私は、何も変わらず昨日のまま。たぶん明日も、その先だってそうだろう。合わせ鏡のように、ずっと先まで同じ私が並んでいる錯覚に陥りそうになる。
 講義までに時間はあるが、特にすることもないので家を出ることにする。ワイヤレスイヤホンを耳に当て、昨日と同じ曲を流しながら道を歩く。そういえば、歯を磨くの忘れたな。道すがら思ったのはそんなことだった。



 一月某日。冷え込みがさらに厳しくなってきた時分。
 「明日、雪が降るそうよ!」
講義が終わり、荷物をまとめていたときのこと。蓮子は嬉々とした表情で駆け寄ってきた。
「そうなの、じゃあ明日はこたつ日和……」
「溶けちゃう前に行きたい場所があるの!たしか明日講義なかったよね、じゃあ明日8時に集合ね!」
「はぁ、雪が降ってはしゃぐのは犬かあなたくらいよ……」
雪かぁ、できれば家で引き籠りたいんだけどなぁ。そんな憂鬱を隠し切れず思わずため息をつく私とは対照的に、彼女は無い尻尾を降りながら今にも駆け出しそうな様子であった。
そんな訳で、唯一講義のない日だというのに朝の6時に起きる羽目になったのだが。
「んぅ……」
 けたましく鳴り響く目覚まし時計を少々乱暴に止める。触れた指先に染みる、無機質な冷たさで少し目が覚めた。カーテンを開けば、外では大粒の雪が降っている。愛用のもこもこスリッパを履いて立ち上がり、ん、ん、と数回伸びをする。あくびを噛み殺しながら、とりあえず携帯端末を手に取って数回コール。
「ふわぁ……。ま、起きてないんでしょうけど」
分かっていたが、モーニングコールに応答はない。もう一度かけてみるが、これ以上は無駄だと悟り放っておくことにした。

「はぁー」
暖かい恰好をしてきたといえど、それでも指先が冷たい。私は何度目か忘れた、白い息を手に吐きかける作業を繰り返している。
そして彼女がやってきたのは約束の8時から過ぎること20分弱のこと。帽子のふちに雪を乗せたまま、『慌てて来ました』を絵にかいたような感じ。
「ごめん、メリー!寝坊しちゃって!」
「だろうと思ったわ」
いつものことながら、蓮子の遅刻癖にはあきれたものである。
(いつものこと、か)
その言葉が頭の中を数回反芻した。
「……」
「どうしたのメリー?もしかしてちょっと、機嫌悪い?」
「ん、そんなことないわよ?」
渾身の笑顔で答える。蓮子の顔が少し青ざめたが、きっと寒さのせいだろう。
「やべ、藪蛇だったか」
「聞こえてるわよ。何がやばいって?」
「う。えっとそのー、これはですね……?」
「ケーキ」
「え」
「今度ケーキ奢ってくれたら許してあげる。イチゴのやつね」
流石にこの寒空の下で待つのは少しばかり辛かったので、謝罪を要求させてもらった。目の端に財布を確認してうなだれる蓮子の姿が映ったが、多分それも気のせいである。
「はぁ、それでどこ行くの?」
らちが明かないので私から話を切り出す。蓮子は仕切りなおすように帽子の雪を払いのけると、それを被りなおした。
「行き先は嵯峨野、化野念仏寺よ!」

 バスに揺られて西へ。
 通学や通勤客でひしめく車内は、少し鬱屈とした空気に満ちていた。彼らとは異なる理由でバスに乗っているのはなんだか自分が日常に溶け込んでいない異物のようで、なおのこと居心地が悪い。が、そんな空気はさらさら読む気のない蓮子は、私の隣で忙しなく流れる風景を眺めていた。
『ご利用ありがとうございました。終点、広沢池。お降りの方は……。』
 降車アナウンスに促されてバスを降りる。降ろされたのは何かの研究施設のような建物の前。周りは広大な土地に広がる田園風景である。もちろんこんなところで降りる人は私たち以外に誰もいなかった。
「仕方ない、歩きますか」
「それしかないんでしょ」
 たまに傘がぶつかるくらいの距離で、二人雪の中を進む。
「失敗したなぁ、ここは夏に来るべきだった。ま、もう一回来ればいいか」と蓮子。
遠くに見えるのは田んぼの中心で吹雪に耐えながら一人立っている案山子。あるいは干潟にたたずむ鳥の群れ。一編の詩のような景色も今は大粒の雪に真っ白に染め上げられている。夏にはきっと今とは真逆の、緑豊かな長閑な景色が広がるのだろう。
 道は古めかしい街道に続く。一大観光地である嵐山からほど近い場所であるが、こちらは対照的に静かな雰囲気である。
「んー、あっちね」
しばらく石畳を歩く私たちの足音だけが響く。
その先にあったのは中から溢れ出たような苔に覆われた階段と『あだし野念仏寺』の看板。
「こっちが入り口のようね」
「チケットはこれで購入するの?」
科学世紀には似つかわしくない、あまりに旧式な券売機が一つ。お金を入れボタンを押すと、甲高い機械音とともにチケットが排出された。
 一歩足を踏み入れる。空気が変わる。それと薄い膜を超えたような、そんな感覚。
「確かに、いい雰囲気」
苔むした庭園に佇む石仏、そしてうっすらと積もる雪。うまく説明できないが、なんというか寂びた美しさ。水墨画のような、静謐の美がそこにあった。ただ、綺麗なだけでなく少しじめっとするような感じ、それと遠くに聞こえる水の流れる音が気になった。
「ここは古くからの葬送の地だからね。鳥辺野、蓮台野、そして化野。え、水の流れる音?気のせいじゃない?」
更に奥へ進む。目に入ったのは境内の中心、寒さに身を寄せ合うように並ぶ大量の石仏。大きな石塔の周りに群がるそれは、まるで仏に救いを求めているかのようだった。
「私はこの先を見て回るけれど、メリーはどうする?」
私はベンチに腰掛けながら「少し休んでいくわ」とだけ伝えた。蓮子はそう、と残して奥の竹林へと消えていった。
 降りしきる雪をぼんやりと眺めながら、深くため息をつく。少し疲れてしまった。
思わず小さくあくびを一回。寒空の下で冷え切った身体の、少し残った熱を確かめるように感覚が内側に集まっていく。つられるように、だんだんと瞼が重く。こんなところで寝たら……だめ、思考が続かない。
いつの間にか、うつらうつらと。朦朧として。
私の意識はは夢の中へと誘われていった。



 目を覚ましたとき、私は姿勢をそのままに大きめの石に腰掛けていた。辺りを見渡してても一面の砂利と小石。ところどころにからからと回る風車と無造作に立てられた卒塔婆。とりあえず立ち上がってスカートについたほこりを払う。行く当てもないが、惚けていても仕方がない。すこし彷徨うことにする。そういえばさっきから聞こえていた水の音が一段と大きく聞こえる。まとまらない思考の中、ここは河原なのだろうか、と思い至る。
「きゃ!」
ぼぅっとしていたからか、何かに躓いた。足元でがらがらと崩れる音がした。
「あいてて。こんなところに、これは、積み石?」
ぼうっとしていて気付かなかったが、辺りには石塔が乱立していた。何かの墓場のようで少しうすら寒いものが背中を走る。
「ん?何の音……あー!」
突如大きな叫び声が響く。
「ちょっとちょっと、何してくれるのよ!頑張って積み上げたのに!」
 ふわふわと駆け寄ってくるのは小さな女の子。それも随分ご立腹。
「えっと、私?」
「あなた以外に誰がいるのよ!あぁ、今回のは結構自信作だったのに……」
どうやら躓いたのは彼女の作ったものだったようだ。足元を見ると、たぶん最高傑作だったのだろう小石が転がっている。いや、正直どれがそうだったのかはさっぱりだが。
「えっと、ごめんね?もしよかったら直すのお手伝いするけれど…。」
とりあえず謝罪を述べる。あくまで常識的な行動のつもりが、意外だったのか彼女は目をぱちくり。
「え、ごめんって言った?」
「だってあなたが作った積み石を崩しちゃったんでしょう?だから謝るべきだと思ったのだけれど」
しばらく考え少女は、
「……そうよね、前に来たあいつらがおかしかったのよね!あなたはいい人そうで安心した!」
謝っただけでいい人判定をもらってしまった。一体この子の過去に何があったのだろうか、いろいろと心配になる。
「わたしは瓔花、よろしくね!」
「私はマエリベリー。メリーって呼んで。」
差し出された手を握る。それはクラゲのように柔らかくて、少し驚いてしまった。

「せっかくなら自分の作品を作ってみない?」
「いきなり?うまくできないわ、きっと」
「大丈夫。メリーにはわたしが基本的な石の積み方を伝授するから」
「まぁそれなら。よろしくお願いね」
瓔花は少し誇らしげに胸を張って、話を続ける。
「そうね。まずは平らな石を集めるところから。安定するのを選ばないとうまく積めないわ」
ふむふむと聞きながら平らな石を探すも、思ったより見つからない。その間に瓔花はてきぱきと慣れた手つきで石を集めている。
「なるほど、石を探すのにもコツがいるのね」
「えっと、その通りなんだけど……」
偶然かもしれないし、と呟く声が聞こえたが、何のことだろう。
 集めた石が、てきぱきと瓔花の手によって判別されていく。
「ま、こんなものかしら。次は大きい順に石を積んでいって。重心を見極めるのよ。ほらこんな感じ、一つ積んでは~」
鼻歌交じりに瓔花はとんとんとん、と簡単そうに積んでいく。私も真似をして、一つ、二つ、三つ……。四段目を乗せた瞬間、私の塔は脆くも崩れ去った。
「む」
一つ、二つ、三つ、四…。もう一回。一つ、二つ、三つ、四つ…。
「……」
いつしか私は呼吸も忘れて石積みに没頭していた。
「息は止めなくていいんだよ?」
「こつこつした作業をしてると、自然とそうなっちゃうわ」
「そっか……」
その後も崩れては積み上げ、積み上げては崩れを繰り返し。
「おぉ……」
私の石塔はゆらゆらと揺れ、最後にぴたりとその動きを止めた。不格好だが、なかなかうまくできたのではないか。
「ふぅ、骨が折れたわ……」
「ごめん、さっきからわざと言ってる?」
「ん?」
瓔花が苦い顔でこちらを見ている。私、何か変なこと言ったかしら。

 ひと段落した私は座り込んで、遠くで回る風車をぼんやりと見つめている。時折止まりそうになる回転だけが、過ぎていく時間を教えてくれる。
「ねぇ瓔花」
「なぁに?」
「あなたはいつも何をしてるの?」
「んー、いつも石を積んでるよ」
「いつもって、ずっと?」
「うん、ずっと」
瓔花は相変わらず石を積み続けている。こつん、と石と石がぶつかる音。水の流れる音。その音が嫌に頭の中を反響する。
「じゃあさ、メリーは何をしてるの?」
「私は……」
繰り返す日々は、積み重ねる石のよう。何の変哲もなく、無為にその作業を繰り返すだけ。何となく今日が過ぎていくのを見送って、いつの間にか忘れてしまう。そんなぼんやりとした毎日の中、蓮子のきらきらとした表情だけが目に焼き付いている。
「毎日楽しいのかな、私」
「楽しくないの?それはもったいない」
「瓔花は同じことばかりで退屈しないの?」
「まさか。毎日一緒だなんてありえない。まさにこの世は生々流転。蕾がいつか花開くように。あるいは大きな岩がこの石ころに変わるように。そうでしょ?」
持っていた石をてっぺんに積んで、どお?と自慢げにほほ笑む瓔花。ころころと変わるその笑顔は、明日への希望に満ち溢れた幼子そのものであった。
「そうね……」
そうだ。変わらなかったのは毎日じゃなくて私の方。だって蓮子はあんなに楽しそうだった。日々を全力で、楽しんでいた彼女。それなのに私は、二人でいるのに慣れ切って、明日も当たり前におんなじ日々が続く、そんな錯覚を見ていただけ。

私は立ち上がって、
「ねぇ。もったいないけど、この石塔、崩すことにするわ」
瓔花はぴたり、とその手を止めこちらに振り向く。
「わざわざ自分でしなくても、あとで鬼が崩しに来るよ?」
「いいの。自分で積み重ねたものを壊さなきゃ、意味がない」
瓔花はしばらく黙った後、
「そっか」
とだけ答えた。その表情は先程とは反対に、他人を慈しむような、そんな笑顔。
「……い、メリー?おーい!」
どこかから聞き覚えのある声がする。
「蓮子が呼んでる」
「もう行っちゃうの?」
「大丈夫。きっとまた会えるわ」
「ぜったいだからね!嘘ついたら閻魔様のところに行ってもらうからね!」
瓔花は両手をパタパタと振っている。
「それじゃあ、また」
目を閉じる。身体が透き通っていくような、意識だけが浮かび上がっていく感覚。
「あ、そうだ!『こつこつ』の漢字は『骨々』じゃないよ!」
「え!?」
暗転。



 「本当に、目を離すとすぐいなくなるんだから」
蓮子は安堵と呆れが混じったようなため息をついている。
「う、ごめんなさい」
気付けばしんしんと降る雪の中、私は元いたベンチに戻っていた。
「それで、結界の先には何があったの?」
お見通しなんだから、という蓮子の視線に耐えかねて、たじたじになりながらこれまでのことを思い出す。
「えっと……」
私は見たもの、聞いたものを一つずつ語る。一面の石原と風車。流れる水の音。くらげのような女の子。たくさんの石塔。他には…。
「あ、一つ積んでは…って歌、わかる?」
「あぁ御詠歌ね。なるほど、メリーがどこに迷い込んだのか何となく察しがついた」
ごえいか、というのか。彼女の名前と同じ響きなのは偶然であろうか。
「化野念仏寺の境内のこの場所、石仏が集められたここは『西院(さい)の河原』っていうのよ。河原一面に積まれた石塔を思わせるってことで」
「ってことは、私がさっきまでいたのって……」
私もそれに思い至って、思わず頬が引きつりそうになる。
「十中八九、『賽の河原』でしょうね。メリー、ついに黄泉返りまで体験しちゃったか」
「川は渡ってないから、きっと大丈夫、のはず」
「ま、そういうことにしておきましょうか」
化野念仏寺の境内には水子地蔵堂がある。お地蔵さまの周りにたくさんのおもちゃが供えられていて、ここを多くの人が訪れたことが伺える。私はそちらへ向かうと、深く頭を下げた。水子供養は、親がその悲しみを忘れることで終わるのだという。しかし、一人くらい彼女のことを覚えていてもよいと思う。
 西院の河原に目を移す。大きな石塔に群がる石仏たち。はじめは救いを求めているように見えた。けれどそうじゃない。きっとあれは、
「アイドルライブね」
「え、何が?」

「彼女に会いに行く方法、他にはないかしら。もっと確実な方法で、もちろん今度は蓮子も一緒に」
蓮子はしばらく思案した後、
「……あるにはあるよ。伝統的な、地獄との交通手段。冥土通いの井戸っていうんだけど」
「井戸?まぁいいわ、今度はそこへ行きましょう。お土産は何がいいかしら」
「ジェンガはどう?石で作られたのとか」
「いいわね、それ。きっと喜んでくれる。今から待ち遠しいわ」
その言葉に蓮子は少し驚いた顔をしたが、すぐににやにやしながら肘で小突いてきた。
「なによ」
「いやー?なんかメリーが楽しそうだなーって」
「まさか。あなたには敵わないわ」

いつしか雪はやみ、私たちはその場を後にした。蓮子と共に過ごす、これからの毎日に心を弾ませながら。
「兀々(こつこつ)」をずっと「骨々」だと思っていたんですが、思えば完全に三国志の「兀突骨」に引っ張られてたなーと
シグナス
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コメント



0.150簡易評価
1.80わたしはみまちゃん削除
瓔花とメリーという珍しい二人のお話でしたが、なかなか良かったです。さいの河原を使って二人を対面させたのが上手かったと思いました。反面、所々誰のセリフかわからない場面があったのが気になりました。その他でも細かいところで気になる部分は多少ありましたが、全体的にもまとまっていて良いお話だったと思います。次作も期待しています
2.80三階松削除
代わり映えの無い日常に辟易していたメリーと、同じ日々の中に変化を見出していた瓔花。それまでの自分の認識を改める為に、メリーは積み上げた石塔を崩して現世に帰っていった。そういう「見立て」の表現がいいなと思いました。
4.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
面白い題材でした。不思議と遭遇するメリーの怪異との付き合い方や捉え方が見えたような気がします。石を自分で崩すところにメリーの決意が表れているようでした。
6.100サク_ウマ削除
蓮メリに幻想存在を混入させるのはとても映えるとされます。
良かったです
8.100名前が無い程度の能力削除
知らず知らずに水子の気を悪くするような表現を連呼するメリーの所、良かったですね。そういう言葉遊びは大好きです。
全体的に端的で読みやすい文章構造をしていました。ありがとうございます。
9.80竹者削除
よかったです
10.90夏後冬前削除
とても丁寧に描かれていてほっこりしました。良い秘封を堪能しました。
11.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい秘封でした。
ぬるっと非日常に飛ぶメリー、毎日が輝いている蓮子、そしてそんな二人の秘封倶楽部。
これぞ秘封短編という形で良かったです。有難う御座いました。
12.100めそふ削除
面白かったです。実際にある地名とその由来を上手く使っていて丁寧なストーリー構成がとても良かったです
13.100名前が無い程度の能力削除
非常に面白い王道の秘封短編でした。瓔花とメリーのやりとりがかわいらしくてよかったです。
14.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
16.100南条削除
面白かったです
とても丁寧で読みやすかったです