Coolier - 新生・東方創想話

Chaos第6話 見えぬもの、見えるもの

2022/04/08 02:48:22
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 メリーはずるい。
 廃校舎周辺を探索するメリーの後ろ姿を見ながら、私はつくづくメリーがずるいと思った。



 私たちはお互いの情報を共有して、謎についてあらゆる可能性を検証した。黒板の前で二人でじっくりと、一見あり得なさそうな事も、論理的に否定されるまで考え続けた。しかし、そのせいで逆に、謎へのヒントが無くなってしまった。もはや私には、手あたり次第辺りを探し回るしかなかった。これほど解の分からない事は、人生で初めてだった。これほどの謎が、現実世界にあるものなのか。メリーと一緒に外に出たとき、私はこの未知に興奮し、期待に胸を膨らませていた。
 私たちは二人で山桜の周辺を見回った。何か不自然な点が無いか、何か痕跡が残っていないか、私は隅々まで山桜の幹、枝、花びら、辺りの雑草を探し続けた。しかし、目ぼしいものは全く見つからなかった。仕方なく私たちは、廃校舎周辺から少し離れ、山の茂みにも分け入り探索範囲を広げていった。どんな些細な事でも良い、何かヒントが無いか、辺りにあるものは全て凝視し続けた。それでも私に見えるのは、いつもの山の景色でしかなかった。図鑑に載っている通りの、典型的な卯関東周辺の山の景色。この地域に自生する草木、この地域の土や岩石、この時期に典型的な風向き。珍しいものは何処にも無かった。ここで見えるもの、感じられるものは、すべて私の知識通りのものでしか無かった。
 あまりにも目ぼしい収穫が無いので、私は段々と気分が滅入ってきた。一方でメリーは私と違って、この探索の間ずっと興奮し続けていたようだった。底抜けに元気だったので、本当に私の知っているメリーかと疑ってしまう程だった。メリーは草木や景色を見て、ここはあの謎の動物が通ってそうだとか、通ってなさそうだとか言っていた。なぜそんな事が分かるのかと理由を聞いてみると、本人にも良く分からないが直観的にそんな気がするとのことだった。そんなあやふやな感覚は俄かには信じられないが、何度も例の謎の動物を目撃しているメリーには、ひょっとしたらその動物の行動がなんとなく想像できていたのかもしれない。今日探索をしていた時のメリーには、きっと私には見えない何かが見えていたのだろう。
 私は次第に、探索する場所の先導をメリーに任せていった。もはや他にヒントは何も残っていなかった。メリーの言う事が、彼女の直観でしかなかったとしても、今ではその直観が唯一の手がかりなのだ。何度も例の動物を目撃しているメリーの目が、今の唯一の頼りなのだ。だから私には、それを後ろで見ているしか無いのだ。私は、メリーが何かに気付くのを待ち続けなければならない。私は、メリーのように自分から何かを見つけることができないのだ。



 前をずいずい進むメリーは、とてもわくわくしているように見える。それにしても、何時になく元気だ。気温が二十一度にもなる陽気で、桜が至る所で満開だからだろうか。探索をしている間、時折春の風が吹き、何処からか花びらも一緒に混じって飛んで来る。風に舞う花びらは、満開の桜の周りでは華麗なものだが、こうして一枚だけ吹き飛ばされてしまうと、なんだか悲しげにもなるものなのだなと、私は思った。
 メリーはずるい。メリーは、私には見えない不思議を目撃している。私もその謎の動物を見たいのに。メリーは、例の動物を目撃できないのは自分が忙しなく動くからだと言う。確かにそれはそうかも知れないけれど、私だって黒板の前でじっと座って物を考えていることだってある。メリーが言ってた時間に、あの場所に座っていたことだってある。なのに、私だけその謎を見れない。メリーは本当にずるい。



 結局私たちは日が落ちるまで、廃校舎の周辺を探索したが、収穫は全くなかった。特にヒントになりそうなものは見つからず、考察することも無かったので、私たちは廃校舎に戻って自分の荷物を取り、そのまま帰ることにした。
 私たちは廃校舎から茂みを抜けて、こっそりと学校の敷地に戻り、校門に向かって一緒に歩いた。背後の校舎の明かりから遠ざかるに従って、辺りはより一層真っ暗になっていった。坂に沿って植えられた桜が闇に包まれ、少し不気味な雰囲気を醸していた。坂を下った先の分かれ道で、メリーにまた謎について考えようと言い、私たちは別れた。



 私はそのまま自分の帰路についた。しかし、どうも気持ちが収まらない。このまま真っ直ぐ帰ってしまうのが、どうにも耐えられない。私は道の真ん中で立ち止まった。自分の後ろを振り返ると、さっきの分かれ道が見える。その場所にメリーの姿は無かった。しかし、そこにはメリーが立っているような気もした。「また明日ね」と言った時の、メリーの無邪気な笑顔がそこに見えた気がした。春の風に紫のドレスをなびかせて、メリーがまだそこに立っているような気がした。
 私は来た道を早歩きで戻った。しかし、そこには誰もいなかった。そこは、たただの道で、暗闇に包まれ、見えるのはせいぜい自分の足元くらいだった。私はただそこで、ぽつんと立っていた。
 一体私は何をしているのかと思った。しかし合理的な思考など捻りつぶしてしまいそうな、抑えきれない感情が自分の中に沸き起こっている気がした。私はそのどんどんと沸き起こる感情に意識を持っていかれ、自分が何をしているのか分からなくなった。私はそのまま分かれ道の真ん中で立ち尽くしていた。私は何も考えられなくなってしまった。訳が分からない。頭の中がごちゃごちゃとし、全ての感情が同時に押し寄せてきているような気さえした。
 私は居ても立ってもいられなくなり、小走りでもと来た坂道を登り始めた。頭の中がこんがらがり、冷静に何も考えられていないことだけは自覚していたが、何故かこの判断こそがもっとも正しいものであるかのような気がした。
 私は真っ暗な校内を走り抜け、校舎裏の茂みに飛び込んだ。私は荒れた道の凸凹でよろけそうになった。しかしこんな小石なんかに負けるものかと、奇妙な対抗意識を足裏にぶつけて、荒れた道を走り抜けた。
 私はそのまま廃校舎に飛び込んだ。教室には巨大な黒板が聳えていて、メリーと一緒に書いた文字や絵でびっしりと埋め尽くされていた。暗闇の中で、チョークの白だけが淡く、ぼんやりと浮き上がっていた。私たちはこれほどまでに考えたのだ。これほどまでに、私たちは情報を集めて、考え抜いた。でも謎は全く解けていない。私には見えていないものが、この世界にはまだあるのだ。
 私は、この世界はもっと無機質なものだと思っていた。不完全な科学で支配されたこの世界は、無機質で、つまらなくて、むしろ宗教と科学が混在していた前時代の世界の方が、よほど生きる価値のある世界だと思っていた。私はこの世界に抗いたかった。この、価値の死んでしまった世界に。あの謎の動物は、こんな世界で折角見つけた、新しい不思議だと思ったのに。しかし私にはそれが見えない。私には不思議が見えないのだ。なんてじれったい。なんて腹立たしい。
 私は廃校舎を飛び出した。理由など分からない。ただ、今はこうして進むのが、最も正しいことであるような気がした。私は茂みに飛び込み、山を登った。暗くても構わず、私は突き進んだ。私は常に坂の急な方向を選んで、山を登り続けた。
 どんどん息が上がってくる。でも立ち止まりたくなどなかった。負けるものかと、どんどんと山を登って行き、私は山頂にとび出た岩を見つけた。その岩に登ると、山の麓が見渡せた。視界のはるか遠くに、人口の制限された弱弱しい街の光がかすかに見えた。春の荒れた風が、遮るものの無い岩の上を吹き抜ける。吹き荒れる強風に、帽子が飛びそうになる。岩の上に乗る私は風に煽られて飛ばされそうになる。でも私は、意地でもここを離れなくないと思った。

「ずるいわよ!なんでメリーばっかり!私だって不思議を見たいのよ!」

 私は叫んだ。
 顔に向かって吹きつける風にぶつけた声は、轟轟と鳴る音と共に乱流となって空間を伝わり、山の木々を揺らし大地を震わせた。叫んだ途端、自分の目に涙がどんどんとあふれて来た。自分の目がどんどんと熱くなって来る。
 私は、このままの自分ではいたくないと思った。このまま何も見えない自分では、絶対にいたくないと思った。私が見れるものはなんだろうか。私が世界の不思議を見るために、出来ることは何だろうか。
 私は涙であふれる目を擦りながら上を向いた。霞む視界の先には、無数の星が輝いていた。気付けば、月も夜空に登り始めていた。星、そして月。正確な時刻さえ分かれば、自分の場所を導き出せるもの。これら自体は不思議でも何でも無いのだ。これらの正体は科学によって解明されてしまった。これらに残る唯一の不思議は、宇宙の始まりの不思議は、決して届かない遥か先のエネルギースケールに追いやられてしまった。もはや実際に見ることのできる不思議では無いのだ。
 しかし私に見えるものは、この星と月なのだ。今の私が、あの謎の動物に迫る唯一のヒントは、時空にしかないのだ。今の私には、メリーの目撃したことが矛盾しているということは分かる。でも、それだけでは全く足りなかった。今のままでは、私はこれ以上進めないのだ。あれだけ考えたのに、謎は全く解けなかった。私の能力はまだ不完全なのだ。私の能力は、完全なものにしなければならない。
 私は涙を必死に堪えながら、熱く腫れる目で夜空の先にある星と月を見つめ続けた。もっと正確に、この世界をもっと良く見れるように。この世界の謎を、見えていなかった謎を、見つけられるように。この不完全な世界を、完全な世界に近付けるために。私は必死に願いながら、星と月を凝視し続けた。私はもっと、メリーと一緒に謎解きをしたい。



 ******



 あの日以来、私は何度も、時間が許す限り夜空を見続けた。何週間も何か月も。山の上から世界を、宇宙を見続けた。そして夏頃、私の能力はついに、星を見ただけで今の時間が分かり月を見ただけで今居る場所が分かる程度にまでなった。
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コメント



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1.100南条削除
おもしろかったです
ここに来ての蓮子視点に物語のうねりを感じました
一人称がメリーよりもはるかに整然としていて知性を感じました。
2.90名前が無い程度の能力削除
良かったです。蓮子の渇望が描かれていると感じました。
3.100サク_ウマ削除
熱量が感じられてとても良いです
4.100めそふ削除
とても良かったです。ひたすら紡がれた地の文と蓮子の感情の盛り上がり方が素晴らしかったです。
5.無評価夏後冬前削除
コンプレックスがあったり鬱屈してたりする蓮子ってよく見るんですが、蓮子というキャラクターにそれを求めていないのでそこが純粋に残念でした。文章レベルが飛躍的に上がっているだけにもったいないなぁと思ってしまいました。宇佐見蓮子は、もっと超然とした天才であってほしいという欲求があります。