芋が焼けた。
穣子はそれを口いっぱいに頬張ると、呆けた顔で虚空を見つめる。そして一言。
「ひま」
丁度外から帰ってきた静葉がすかさず返す。
「まひ」
穣子はぎょっとした様子で静葉を見やると負けじと返す。
「ひ……ひ、ひんでんぶるぐ!」
どうだと言わんばかりの穣子に静葉が問う。
「穣子。ヒンデンブルグってなんだか分かる?」
不意の質問に穣子は思わずたじろぐ。
「さ、さあ……? 何か、どこかで聞いたことある気がして……」
静葉はため息をつくと穣子に告げる。
「……ヒンデンブルグってのは、外の世界に昔あった飛行船よ。爆発して墜落したことで有名なのよ」
「へぇー。そーなんだー」
いかにも興味なさそうな返事をする穣子に、静葉は続ける。
「穣子ったら意味も分からないで言ったの」
「うるさいわね。逆に何で姉さんはそんなこと知ってるのよ」
「前に調べたの」
「なんでまたそんなものを」
「……そうね。知的好奇心を満たすためとでも言っておきましょうか」
「はいはい。どうせまた天狗のとこあたりで仕入れたんでしょー」
そう言って穣子は面白くなさそうに芋を齧る。
たしなめるように静葉が言う。
「穣子。知識を蓄えておくのも神様の嗜みとして必要なのよ」
穣子はすかさず言い返す。
「そんなもんいらないわよ。だって私は豊穣の神だもん。そこらへんの知識だけで十分よ」
「ふむ。ならば……。今から穣子に豊穣にまつわる問題を出しましょう。豊穣神のあなたなら答えられて当たり前よね」
そう言って静葉はニヤリと笑みを浮かべる。
負けじと穣子も不敵な笑みを浮かべて返す。
「……へえ。面白そうじゃない! よーし、やってやるわよ! なんなら何か賭けましょうか?」
「じゃあ、あなたの大事なもので」
「大事なもの……?」
「ええ。言っておくけど命とかはなしよ。どうせ死なないし。あなたの命と同じくらいのものにして」
「わかったわ! ……よーし。じゃあ、この今食べてる焼き芋でどうだ!」
穣子は手に持っている焼き芋を掲げる。
「……穣子。あなたの命の価値はその食べかけの焼き芋と同じ程度だっていうの。情けない」
呆れた様子で静葉が言うと、穣子は顔を焼き芋のように真っ赤にして言い返す。
「何言ってるの! 芋は貴重な冬の食料よ! 芋が無かったら冬は越せないわ! 芋は私にとって命の恩人なのよ! いや人じゃないわ。命の恩芋ね!」
今にも頭から湯気でも出そうな様子の穣子に、静葉は冷めた眼差しで告げる。
「……あなたの芋への思いはよくわかったわ。でも、流石に食べかけは嫌だから備蓄している芋全部ということにしましょうか」
「えっ……全部!?」
「あら、豊穣神なら私が今から出す問題なんて余裕のはず。それなら命と同等以上の価値を持つものを賭けても問題ないはずだわ」
「よ、よーしわかったわよ! やってやるわよ! ただし! 私が答えられたら姉さんの大事なものちょーだいよ!」
「……ふむ。そうね。条件は対等でなければいけない。じゃあ、その時は、あなたに私の大事なものあげましょう」
「ちなみに何?」
「秘密よ」
「……それ、本当に価値のあるものなんでしょうね。嫌よ? そこら辺に落ちてそうな枯葉とか意味の分からない本とかだったら」
「どんなものでも食べかけの芋よりはマシよ」
「芋をバカにするものは芋に泣くわよ! いいから早く問題出しなさいよ!」
静葉はニヤリと笑みを浮かべて穣子に告げる。
「ええ、いいわ。早速始めましょう。それじゃ私が、あらかじめ妖怪の山のどこかに問題を隠してきておいたから、それを探してきてちょうだい」
「…………は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような様子の穣子に、静葉が尋ねる。
「もう一度説明聞く?」
「いや、いいわよ! わかったから。わかったけど……どういうことなのそれ?」
「言った通りよ。はい、わかったんならいってらっしゃーい」
有無を言わさず穣子は家から放り出されてしまった。
◆◆
「……ったく、いきなりめちゃくちゃだわ……。しかも手がかり一つもくれないし……」
穣子は、とぼとぼと山の中を進む。
立春も過ぎ、憎き冬妖怪も「また来年の冬にご期待下さいね!」という捨て台詞と共に姿を消して久しいこともあり、辺りは急激に春めいてきている。
「……そういや、この時期と言ったら、ふきのとうとかたらの芽よねぇ」
手がかりも特にないこともあり、彼女はついでに春の山菜を探し始める。
「ええと、確かここら辺がふきのとうのスポットのはずなんだけど……」
と、穣子が沢へ来るとそこには、河城にとりの姿あった。彼女は何やら機械を携えている。
「あら、にとりじゃない。あんたもふきのとうを採りに来たの?」
「あれ、穣子さん? どうしたのこんなとこで」
「ふきのとうを採りに来たのよ。そういうあんたは何してるのよ」
「ふふん。よくぞ聞いてくれた。私は新しい装置の実験をしているのだよ」
「……装置? なんの」
「まあ見ててよ」
と、言ってにとりが装置のボタンを押すと何やらサーチライトのような光が照射され、それを浴びた植物達がぐんぐん成長していく。自慢げににとりが言う。
「どうだい。こいつは植物の育成を早めることが出来るんだ! こいつを使えばきゅうりの成長も……」
「ちょっと! なんてことしてくれるのよ! ふきのとうがふきになっちゃったじゃないのよ!?」
「な、何をそんなに怒ってるのさ……?」
「いいからどっか行きなさい! 行かないと熱々の焼き芋を口に突っ込むわよ!」
「ひ、ひえー! おたすけー!!?」
にとりは一目散にその場から逃げ去っていく。
「あーあ、せっかくのふきのとうが……」
穣子の眼下には青々と葉を広げたふきが広がっている。
「……まったく、季節感もへったくれもないわね」
穣子は仕方なくふきを摘み籠の中に入れていく。
気を取り直して、彼女はたらの芽を採りに向かう。山の日当たりのいい斜面を探すと、すぐにとげのついた細い木が次々と見つかる。たらの木だ。
穣子はその木の群れを見回すが、肝心の芽が見当たらない。
どうしたものかと思わず穣子は首をかしげる。と、その時だ。
「お。誰かと思えば芋神様じゃないか!」
「ん、その声は……!」
穣子が振り向くとそこには籠を携えた霧雨魔理沙の姿があった。どうやら山菜採りに来ているようだ。
「芋神様のおかげか今年は山菜が豊作だぜ!」
そう言って魔理沙はにかりと笑う。
「そうなの? いや、別に私は山菜までは司ってないけど……ってあんたもしかして……!?」
穣子は慌てて彼女の籠の中を見る。中にはこんもりとたらの芽が積まれている。
「やっぱり!! たらの芽全部採っちゃったのね!」
「ああ、せっかくのご馳走だからな! 天ぷらにでもして食べるつもりだ」
上機嫌そうな魔理沙に穣子は言い放つ。
「ダメよ! 全部採っちゃ! 一個でも芽を残しておかないとその木は枯れちゃうのよ!」
「何だと……!?」
「いいから、その芽、少しよこしなさいっ!」
穣子は有無を言わさず彼女の籠からタラの芽を数個取り出すと、神の力を使って丸裸になった木々に一つずつ植え付ける。
「……よし。これで枯れずに済むわ。全くもう! 気持ちはわかるけど少しは考えてよね!」
「……すまん。これからは気をつけることにするぜ……」
魔理沙はそう言ってぺこりと頭を下げると、足早に去って行く。
穣子はやれやれと言った具合に一息をつき、たらのきを見て、はっと気付く。
「ちょっと、私のぶんのたらの芽ないじゃないのよー!?」
今植えた芽を採るわけにもいかない。見渡しても他にたらの木が生えている様子は見られない。
「……ちっ。こんなことなら、あいつから余分に奪っとけばよかったわ……」
などと言いながら、彼女は仕方なくその場を後にする。
◆◆
その後も穣子は、当初の目的そっちのけで山菜採りに没頭する。薇(ぜんまい)、蕨(わらび)、しどけ、やぶれがさ、こしあぶらなどなど旬の味覚を収穫した彼女はご機嫌で家に帰る。
「あら、おかえり穣子。随分機嫌良さそうね」
「山菜採ってきたわー! ほら見てよ見てよ! こんなに!」
穣子は採ってきた山菜を自慢げに籠から取り出して見せる。
「あら、すごいじゃない。そういえば魔法使いさんがこれを届けに来たわよ。なんでも迷惑かけたお詫びとか何とか」
そう言って静葉は、新聞紙に包まれたたらの芽を取り出す。
「へー。あいつが謝罪するなんて、珍しいこともあるのね。有り難く頂いておきましょう」
「で、ところで穣子。問題は見つけられたのかしら」
「問題……? 何だっけ」
「私が山に隠してきた問題よ」
「あ……! あぁー! 忘れてたー!?」
「……まったくもう。一体何しに山へ……」
と、呆れた様子で収穫物を見ていた静葉だったが、ふと動きが固まる。思わず穣子が尋ねる。
「どうしたの? 姉さん」
「……穣子。あなたやるじゃない」
「へ……?」
「……そう。問題なんか見なくとも答えはわかってたということなのね……。流石は私の妹だわ」
「どういうことよ……?」
「問題はこうだったのよ。私の好きな野草を山から採ってくること。豊穣神のあなたにうってつけの問題でしょ」
「はぁ」
何が豊穣にまつわる問題だ。ただの私利私欲のための問題じゃないかと心の中で毒づきながら穣子は姉の話を聞く。
「あなたは問題を見つけられなかったけど、その代わり見事に答えを持ち帰ってきた」
そう言って静葉は、広げた山菜には目もくれず籠の奥にしまい込んであったふきを取り出す。
「そう、これよこれ。これをきゃら煮にすると美味しいのよね」
「……ねえ、言っとくけど姉さん。ふきって今の季節はないのよ……。知ってる?」
「ええ、勿論知ってるわよ」
「それを持ってこいという問題だったわけ……?」
「ええ。あなたはわざわざ拵えたってことでしょ。私のために」
「いや、別に姉さんのためではないんだけど……んー。ま、いっか」
穣子はいまいち腑に落ちなかったが、どうやら結果オーライということらしい。これで備蓄の芋の安全も守られたと、穣子は思わず安堵のため息をついた。
◆◆
夕食時、山菜のおひたしや天ぷらに混じって季節外れのきゃらぶきが並ぶ。
穣子は焼き芋を片手に、それらの山菜を味わう。一方の静葉は山菜には目もくれず季節外れのきゃらぶきに舌鼓を打つ。思わず穣子が言う。
「姉さん。せっかく採ってきたんだから山菜も少しは食べてよ。そんな季節外れのものばかり食べてないでさー」
「あら、そう言う穣子だって季節外れのお芋食べてるじゃない」
「何言ってるのよ! お芋は一年中食べても美味しいのよ!」
「きゃらぶきだって一年中美味しいわよ」
そう言いながら静葉はきゃらぶきを全部平らげる。そして満足そうに口を拭いながら穣子に告げる。
「……さて。きゃらぶきも味わったことだし、それじゃあなたに私の大事なものをあげましょう」
きょとんとしていた穣子だったが、すぐに思い出したように手をぽんと叩く。
「そういえばそんな話だったわね。すっかり忘れてたわ」
静葉は何やら木箱を取り出しその蓋を開ける。そして中のものを取り出してみせる。どうやら何かの本らしい。穣子が尋ねる。
「なにこれ……。漫画? 『キックの鬼』?」
目が点になっている穣子に静葉が告げる。
「そう、外の世界の漫画よ。私はこれを参考にして、紅葉を散らすための跳び蹴りをマスターしたの。言わばこれは私にとってのバイブル。悔しいけど穣子にあげるわ。さあ、これを読んであなたも秋になったら一緒に真空飛び膝蹴りを」
「リグルにでも渡しとけ」
穣子はそう言い放つと、面白くなさそうに焼き芋を齧った。
穣子はそれを口いっぱいに頬張ると、呆けた顔で虚空を見つめる。そして一言。
「ひま」
丁度外から帰ってきた静葉がすかさず返す。
「まひ」
穣子はぎょっとした様子で静葉を見やると負けじと返す。
「ひ……ひ、ひんでんぶるぐ!」
どうだと言わんばかりの穣子に静葉が問う。
「穣子。ヒンデンブルグってなんだか分かる?」
不意の質問に穣子は思わずたじろぐ。
「さ、さあ……? 何か、どこかで聞いたことある気がして……」
静葉はため息をつくと穣子に告げる。
「……ヒンデンブルグってのは、外の世界に昔あった飛行船よ。爆発して墜落したことで有名なのよ」
「へぇー。そーなんだー」
いかにも興味なさそうな返事をする穣子に、静葉は続ける。
「穣子ったら意味も分からないで言ったの」
「うるさいわね。逆に何で姉さんはそんなこと知ってるのよ」
「前に調べたの」
「なんでまたそんなものを」
「……そうね。知的好奇心を満たすためとでも言っておきましょうか」
「はいはい。どうせまた天狗のとこあたりで仕入れたんでしょー」
そう言って穣子は面白くなさそうに芋を齧る。
たしなめるように静葉が言う。
「穣子。知識を蓄えておくのも神様の嗜みとして必要なのよ」
穣子はすかさず言い返す。
「そんなもんいらないわよ。だって私は豊穣の神だもん。そこらへんの知識だけで十分よ」
「ふむ。ならば……。今から穣子に豊穣にまつわる問題を出しましょう。豊穣神のあなたなら答えられて当たり前よね」
そう言って静葉はニヤリと笑みを浮かべる。
負けじと穣子も不敵な笑みを浮かべて返す。
「……へえ。面白そうじゃない! よーし、やってやるわよ! なんなら何か賭けましょうか?」
「じゃあ、あなたの大事なもので」
「大事なもの……?」
「ええ。言っておくけど命とかはなしよ。どうせ死なないし。あなたの命と同じくらいのものにして」
「わかったわ! ……よーし。じゃあ、この今食べてる焼き芋でどうだ!」
穣子は手に持っている焼き芋を掲げる。
「……穣子。あなたの命の価値はその食べかけの焼き芋と同じ程度だっていうの。情けない」
呆れた様子で静葉が言うと、穣子は顔を焼き芋のように真っ赤にして言い返す。
「何言ってるの! 芋は貴重な冬の食料よ! 芋が無かったら冬は越せないわ! 芋は私にとって命の恩人なのよ! いや人じゃないわ。命の恩芋ね!」
今にも頭から湯気でも出そうな様子の穣子に、静葉は冷めた眼差しで告げる。
「……あなたの芋への思いはよくわかったわ。でも、流石に食べかけは嫌だから備蓄している芋全部ということにしましょうか」
「えっ……全部!?」
「あら、豊穣神なら私が今から出す問題なんて余裕のはず。それなら命と同等以上の価値を持つものを賭けても問題ないはずだわ」
「よ、よーしわかったわよ! やってやるわよ! ただし! 私が答えられたら姉さんの大事なものちょーだいよ!」
「……ふむ。そうね。条件は対等でなければいけない。じゃあ、その時は、あなたに私の大事なものあげましょう」
「ちなみに何?」
「秘密よ」
「……それ、本当に価値のあるものなんでしょうね。嫌よ? そこら辺に落ちてそうな枯葉とか意味の分からない本とかだったら」
「どんなものでも食べかけの芋よりはマシよ」
「芋をバカにするものは芋に泣くわよ! いいから早く問題出しなさいよ!」
静葉はニヤリと笑みを浮かべて穣子に告げる。
「ええ、いいわ。早速始めましょう。それじゃ私が、あらかじめ妖怪の山のどこかに問題を隠してきておいたから、それを探してきてちょうだい」
「…………は?」
鳩が豆鉄砲を食ったような様子の穣子に、静葉が尋ねる。
「もう一度説明聞く?」
「いや、いいわよ! わかったから。わかったけど……どういうことなのそれ?」
「言った通りよ。はい、わかったんならいってらっしゃーい」
有無を言わさず穣子は家から放り出されてしまった。
◆◆
「……ったく、いきなりめちゃくちゃだわ……。しかも手がかり一つもくれないし……」
穣子は、とぼとぼと山の中を進む。
立春も過ぎ、憎き冬妖怪も「また来年の冬にご期待下さいね!」という捨て台詞と共に姿を消して久しいこともあり、辺りは急激に春めいてきている。
「……そういや、この時期と言ったら、ふきのとうとかたらの芽よねぇ」
手がかりも特にないこともあり、彼女はついでに春の山菜を探し始める。
「ええと、確かここら辺がふきのとうのスポットのはずなんだけど……」
と、穣子が沢へ来るとそこには、河城にとりの姿あった。彼女は何やら機械を携えている。
「あら、にとりじゃない。あんたもふきのとうを採りに来たの?」
「あれ、穣子さん? どうしたのこんなとこで」
「ふきのとうを採りに来たのよ。そういうあんたは何してるのよ」
「ふふん。よくぞ聞いてくれた。私は新しい装置の実験をしているのだよ」
「……装置? なんの」
「まあ見ててよ」
と、言ってにとりが装置のボタンを押すと何やらサーチライトのような光が照射され、それを浴びた植物達がぐんぐん成長していく。自慢げににとりが言う。
「どうだい。こいつは植物の育成を早めることが出来るんだ! こいつを使えばきゅうりの成長も……」
「ちょっと! なんてことしてくれるのよ! ふきのとうがふきになっちゃったじゃないのよ!?」
「な、何をそんなに怒ってるのさ……?」
「いいからどっか行きなさい! 行かないと熱々の焼き芋を口に突っ込むわよ!」
「ひ、ひえー! おたすけー!!?」
にとりは一目散にその場から逃げ去っていく。
「あーあ、せっかくのふきのとうが……」
穣子の眼下には青々と葉を広げたふきが広がっている。
「……まったく、季節感もへったくれもないわね」
穣子は仕方なくふきを摘み籠の中に入れていく。
気を取り直して、彼女はたらの芽を採りに向かう。山の日当たりのいい斜面を探すと、すぐにとげのついた細い木が次々と見つかる。たらの木だ。
穣子はその木の群れを見回すが、肝心の芽が見当たらない。
どうしたものかと思わず穣子は首をかしげる。と、その時だ。
「お。誰かと思えば芋神様じゃないか!」
「ん、その声は……!」
穣子が振り向くとそこには籠を携えた霧雨魔理沙の姿があった。どうやら山菜採りに来ているようだ。
「芋神様のおかげか今年は山菜が豊作だぜ!」
そう言って魔理沙はにかりと笑う。
「そうなの? いや、別に私は山菜までは司ってないけど……ってあんたもしかして……!?」
穣子は慌てて彼女の籠の中を見る。中にはこんもりとたらの芽が積まれている。
「やっぱり!! たらの芽全部採っちゃったのね!」
「ああ、せっかくのご馳走だからな! 天ぷらにでもして食べるつもりだ」
上機嫌そうな魔理沙に穣子は言い放つ。
「ダメよ! 全部採っちゃ! 一個でも芽を残しておかないとその木は枯れちゃうのよ!」
「何だと……!?」
「いいから、その芽、少しよこしなさいっ!」
穣子は有無を言わさず彼女の籠からタラの芽を数個取り出すと、神の力を使って丸裸になった木々に一つずつ植え付ける。
「……よし。これで枯れずに済むわ。全くもう! 気持ちはわかるけど少しは考えてよね!」
「……すまん。これからは気をつけることにするぜ……」
魔理沙はそう言ってぺこりと頭を下げると、足早に去って行く。
穣子はやれやれと言った具合に一息をつき、たらのきを見て、はっと気付く。
「ちょっと、私のぶんのたらの芽ないじゃないのよー!?」
今植えた芽を採るわけにもいかない。見渡しても他にたらの木が生えている様子は見られない。
「……ちっ。こんなことなら、あいつから余分に奪っとけばよかったわ……」
などと言いながら、彼女は仕方なくその場を後にする。
◆◆
その後も穣子は、当初の目的そっちのけで山菜採りに没頭する。薇(ぜんまい)、蕨(わらび)、しどけ、やぶれがさ、こしあぶらなどなど旬の味覚を収穫した彼女はご機嫌で家に帰る。
「あら、おかえり穣子。随分機嫌良さそうね」
「山菜採ってきたわー! ほら見てよ見てよ! こんなに!」
穣子は採ってきた山菜を自慢げに籠から取り出して見せる。
「あら、すごいじゃない。そういえば魔法使いさんがこれを届けに来たわよ。なんでも迷惑かけたお詫びとか何とか」
そう言って静葉は、新聞紙に包まれたたらの芽を取り出す。
「へー。あいつが謝罪するなんて、珍しいこともあるのね。有り難く頂いておきましょう」
「で、ところで穣子。問題は見つけられたのかしら」
「問題……? 何だっけ」
「私が山に隠してきた問題よ」
「あ……! あぁー! 忘れてたー!?」
「……まったくもう。一体何しに山へ……」
と、呆れた様子で収穫物を見ていた静葉だったが、ふと動きが固まる。思わず穣子が尋ねる。
「どうしたの? 姉さん」
「……穣子。あなたやるじゃない」
「へ……?」
「……そう。問題なんか見なくとも答えはわかってたということなのね……。流石は私の妹だわ」
「どういうことよ……?」
「問題はこうだったのよ。私の好きな野草を山から採ってくること。豊穣神のあなたにうってつけの問題でしょ」
「はぁ」
何が豊穣にまつわる問題だ。ただの私利私欲のための問題じゃないかと心の中で毒づきながら穣子は姉の話を聞く。
「あなたは問題を見つけられなかったけど、その代わり見事に答えを持ち帰ってきた」
そう言って静葉は、広げた山菜には目もくれず籠の奥にしまい込んであったふきを取り出す。
「そう、これよこれ。これをきゃら煮にすると美味しいのよね」
「……ねえ、言っとくけど姉さん。ふきって今の季節はないのよ……。知ってる?」
「ええ、勿論知ってるわよ」
「それを持ってこいという問題だったわけ……?」
「ええ。あなたはわざわざ拵えたってことでしょ。私のために」
「いや、別に姉さんのためではないんだけど……んー。ま、いっか」
穣子はいまいち腑に落ちなかったが、どうやら結果オーライということらしい。これで備蓄の芋の安全も守られたと、穣子は思わず安堵のため息をついた。
◆◆
夕食時、山菜のおひたしや天ぷらに混じって季節外れのきゃらぶきが並ぶ。
穣子は焼き芋を片手に、それらの山菜を味わう。一方の静葉は山菜には目もくれず季節外れのきゃらぶきに舌鼓を打つ。思わず穣子が言う。
「姉さん。せっかく採ってきたんだから山菜も少しは食べてよ。そんな季節外れのものばかり食べてないでさー」
「あら、そう言う穣子だって季節外れのお芋食べてるじゃない」
「何言ってるのよ! お芋は一年中食べても美味しいのよ!」
「きゃらぶきだって一年中美味しいわよ」
そう言いながら静葉はきゃらぶきを全部平らげる。そして満足そうに口を拭いながら穣子に告げる。
「……さて。きゃらぶきも味わったことだし、それじゃあなたに私の大事なものをあげましょう」
きょとんとしていた穣子だったが、すぐに思い出したように手をぽんと叩く。
「そういえばそんな話だったわね。すっかり忘れてたわ」
静葉は何やら木箱を取り出しその蓋を開ける。そして中のものを取り出してみせる。どうやら何かの本らしい。穣子が尋ねる。
「なにこれ……。漫画? 『キックの鬼』?」
目が点になっている穣子に静葉が告げる。
「そう、外の世界の漫画よ。私はこれを参考にして、紅葉を散らすための跳び蹴りをマスターしたの。言わばこれは私にとってのバイブル。悔しいけど穣子にあげるわ。さあ、これを読んであなたも秋になったら一緒に真空飛び膝蹴りを」
「リグルにでも渡しとけ」
穣子はそう言い放つと、面白くなさそうに焼き芋を齧った。
やっぱり姉妹なんだなとしみじみしました
何故でしょう、こうしてちょっとずれたこと言ってるのが静葉にはとてもよく似合います。
山菜ってあんまり食べたことないなぁ。秋姉妹と一緒に山の幸を味わってみたい。