「わたしより強い奴に会いに行く」
ベッドに寝転がっていると目の前に拳を握り軽く腕を曲げて俗に言うファイティングポーズをキメ顔でしている少女がいた。
「……あんた誰よ」
「はえ?あ、初めまして。古明地こいしです」
「フランドール・スカーレット……なんだけど。あの、こいし…ね。こいしはどうやって入ってきたの」
初めて会う赤の他人なのに思わず名乗ってしまう程自然に入ってきた。自然、というのも語弊がある。
赤の他人が我が物顔でドアを開け部屋に入り込んでくる異常事態を異常だと感じられなかった。変なポーズを取ったから記憶に残っているだけでこの少女が何もせずに部屋から出ていけば入ってきたことさえ数秒で忘れていたかもしれない。
薄い。そう、存在があまりにも希薄だった。侵入者など本来なら武力行使に出てもおかしくないのだがこんな凡庸な質問を返すのが精々だった。いや、質問にもなっていない。どうやって入ったかは自分で見ている。
「ふつーに開けて入ってきたよ」
「そう、そうね。そうなのよね。あっ、でもこの部屋には結界があるはずよ」
「あー、わたしあんまりそういうの関係ないんだよね」
「関係ないって……」
「それよりこれ何の為にあるの」
「それは…私が外に出ないために」
「なんで?」
「私が狂ってて危険だからよ」
違和感こそあるがそれ以上の思考にはならなかった。普通部屋に入り込んでくるような無礼者など質問に答えるどころか手足をちぎって外に放り出すくらいしているはずだがそんな気にならない。姿も見えているはずなのまるで自分で自分に話しかけている様な、もっと言うと虚空に独り言を言っているような、そんな気分だった。
「ふぅ~ん。その割にはあんまりやる気がないね」
「やる気?弱いってこと?」
「そうじゃなくてね。結界は強いんだけど、やる気がこもってないっていうか。作った人はフランちゃんが外に出るなんて思ってないんじゃない?」
「へえ……」
フランは上半身を起こし、品定めする様に侵入者を眺める。興味が出たせいか急に他人だと思えるようになった。ただフランはもうどうやって入ってきたかやいきなり愛称で呼ばれた事など気にしていなかった。それより面白い話が聞けそうだった。
「あなたはどう思う?」
「どうって?」
「私が外に出たいと思ってる?」
「う~ん……出たいっていうか、そもそもフランちゃんが狂ってるっていうのがしっくりこないなぁ。無関心……そう、なんにも興味ないって方があってると思う」
「……ふふっ、あははははははは!」
フランは大笑いした。まさか会って間もない奴に狂ってない所か無関心まで見抜かれると思ってなかった。
「ふぅ……いいわね、あなた。じゃあ、どうして狂っていない私が閉じ込められているのか。知りたくない?」
「話したいなら話していいよ」
「……まあいいわ。話してあげる。私は──」
「はい!」
と目の前の少女は元気よく手を上げる。
「…なによ」
「長くなる?」
「…そうね。それなりに」
「座ってもいい?」
「…どうぞ」
幾分か取り戻せた自分のペースを完全に乱されたが、聞く気はある様でそれ以上何も言わずに椅子に座ってからはおとなしくしている。
フランはそれ以上何もないことを確認したうえで話し始めた。
「私はね、親を殺したのよ」
こいしが何か言うかと思ってしばらく待ったが、何も言ってこない。なんだか肩透かしを食らった気分だがいちいち騒がれるよりは話しやすいか、と思いそのまま続ける。
「親だけじゃないわ。館にいた者全てよ。使用人から食用の人間まで」
そういってフランは飲んで既に空になっているティーカップの方へ手を伸ばし、掴むような動作をする。
するとカップは触れてもいないのに勝手に割れ、粉々になった。
「私はね、なんでも壊せるのよ。勿論無機物だけじゃなくて生きてる物でもね。目……と私は呼んでるけど、点みたいな物があるのよ。無機物はそれこそただの点なんだけど生きてるのは違うのよね。目がある場所も違うし、その目も金だったり化粧品だったり、自分だったり別の誰かだったり本当になんでもあったわ」
それは生物が生きるのに最も必要なもの、自分という根幹を支えるものが反映されているのだがフランは知らない。
他者に興味が無いから。わからないから壊せる。
「初めはね、たしか猫だったと思う。何だろうと思って握ってみたら死んじゃったのよね。それを誰か見てたみたいで色々調べられたわ。その実験の時に誰かが私を壊してみろって言ったのよね。今なら冗談だってわかるけどその時はまだ子供だったからやっちゃったのよ。本当に。そこからはもう大騒ぎで、私を殺そうっていう話もあったみたいだけど結局閉じ込められるだけで済んだのよね。それでお前は危険だからっていわれて私もああそうなんだって思って言われた通り閉じこもっていたわ。」
「でも、それが嫌だったってわけじゃないのよ。部屋はきれいだし、ご飯は出てくるし、欲しいって言えば大抵のものは手に入ったわ。ただ、なんていうか……なんか気になったのよ。皆があんまりにも危険だとか狂ってるとかいうから。じゃあ本当はどうなんだろうって。だから試したの。
始めは人間でやったわ。でも何人やっても楽しくもなんともなかった。じゃあ次は吸血鬼をやってみようと思って。使用人から名前が一緒ってだけで住んでるのまでみんな殺したわ。
それでも何も思わなかった。でもなんとなくわかってたのよ。実験でやってたから。自分より弱い奴を何人殺したって何とも思わなかった。小石を蹴ってもやった!なんて思わないでしょう?
後はもう自分より強い奴しかいないじゃない。だから両親をやったのよ。一人目の時はね、正直ちょっとうれしかったのよ。でもね、二人目の時にわかったのよ。手を抜かれてただけだって。私の力はなんでも壊せるけどすぐってわけじゃないの。私の両親は誰よりも強かったわ。両親の力なら殺される前に私を殺すくらい出来たはずよ。できなかったんじゃなくてやらなかっただけ。それに気づいたときはなんていうか……本当につまらなくなったわ」
この時にフランは僅かに合った欠片の様な物まで壊れてしまった。他者に興味が無いというのは正確ではない。自分にも興味が無かった。
フランは自分の生にすらどうでもよくなっていた。
「だから姉に連れられてこっちに来てからも閉じ込められているのは自分の意思でもあるのよ。狂ってるって言うのは相手が勝手に納得するからそう言ってるだけ。
……ああ、そうね。姉がいたわ。だから正確には館全員では無いわね」
「ふーん。フランちゃんって、お姉さんが好きなんだね!」
「…………はあ?」
どーしてそーなる。なんでこの話を聞いてそこに行き着くんだ。こいつこそ本当に狂ってるんじゃないのか。
「それよりフランちゃん。その目、ってやつで私を見て欲しいの」
「えぇ…いいけど」
と言ってフランは改めて少女を視る。初めてだった。赤い紐がついた人型、という所までは絞れるがそれ以上にはどうやってもいかない。力が上なら見えないとかいうそんな生易しい能力ではないことはフランが一番よく知っている。ここでやっと初めの違和感と合わせて気が付いた。
こいつは気配を消したり隠したり出来るような能力なのだ。それも自分の目すら欺ける程の。ともすれば気配などではなくそれ以上のものでもおかしくはない。
「見えないなんてあなたが初めてよ。2度も驚かせてくれるなんて気に入ったわ。こいし、一つだけあなたの力になってあげる」
「そう?じゃあ今お願いがあるの」
「今?」
「うん」
そういうとこいしは手を差し出す。フランは意図が読めなくてしばらく固まっていたがこいしがぶんぶんと手を振るのでそういうことなのだろう。
断る程でもないしああ言ってしまった手前フランはおとなしくこいしに近づき手を握る。これでどうしたいのか、とフランが口を開く前に自分の膝から急に力が抜けた。
魔女程ではないが、時間は有り余るほどあったので図書館の本は大抵読んでいた。その中にニホンゴ、という小さな島国の言語で書かれた本にこういった技術が有ったはずだ。たしか合気道と書いてあった。翻訳は小悪魔にやらせた。
ズドン、とベッドが一瞬浮く程の力で踏み堪える。しかしそこには読んであるかの様にこいしの手の平がフランの顔に迫っていた。
フランには見えた。それはビンタなどでは無く、きちんと脳が揺れる打ち方をしていた。見えてはいたがそのあまりに綺麗な不意打ちにフランには身じろぐ余裕もなく真芯で受けるしかなかった。
そしてその掌底は当たる事は無く寸前で止まり、フランの頬をぺちぺちと叩く。
「私ねぇ、勝ちたい人がいるの。ちょっと相手してくれない?」
あまりの出来事の多さにフランは完全にフリーズしていたが、ノーモーションから相手の腕をねじ切る程の速さで全身を回転させる。
それは自分から、というより外部からの力で振り回されたかと見える程歪な回り方だった。それに対しこいしはダンスでも踊っているように人の形で出来うる限りの理想的な形で回り、着地する。
その時にコキ、という音が聞こえた。フランはこいしから目を離さない。見る必要はなかった。外れているのは自分の手首だ。
自由の利くもう片方で自らの手を切り落とし後ろに飛び下がる。残された手は赤い霧のように霧散し、コウモリの形になって自分の手に戻ってくる。
フランは戻ってきた手の感触を確かめるように握りしめる。フランは歓喜していた。自分の能力は良くも悪くも一瞬で終わる。こいしが、こいしだけが唯一といってよい自分と対等にやり合える相手だった。
姉への愛だと?そんなもの有るものか。あいつは、あいつもこうべを垂れたのだ。私より強いのに。自ら差し出された首になんの価値がある。
だが今は心の底から感謝しよう。こいしと巡り合わせてくれた運命に。自分の鼓動を感じる。全身に血が巡る。
私は、フランドール・スカーレットは。今、生を受けたのだ。
握りしめていた手を開いてこいしに差し出す。目を獣のようにぎらつかせながら、口角の上がった口でフランは囁く。
「シャルウィダンス?」
ベッドに寝転がっていると目の前に拳を握り軽く腕を曲げて俗に言うファイティングポーズをキメ顔でしている少女がいた。
「……あんた誰よ」
「はえ?あ、初めまして。古明地こいしです」
「フランドール・スカーレット……なんだけど。あの、こいし…ね。こいしはどうやって入ってきたの」
初めて会う赤の他人なのに思わず名乗ってしまう程自然に入ってきた。自然、というのも語弊がある。
赤の他人が我が物顔でドアを開け部屋に入り込んでくる異常事態を異常だと感じられなかった。変なポーズを取ったから記憶に残っているだけでこの少女が何もせずに部屋から出ていけば入ってきたことさえ数秒で忘れていたかもしれない。
薄い。そう、存在があまりにも希薄だった。侵入者など本来なら武力行使に出てもおかしくないのだがこんな凡庸な質問を返すのが精々だった。いや、質問にもなっていない。どうやって入ったかは自分で見ている。
「ふつーに開けて入ってきたよ」
「そう、そうね。そうなのよね。あっ、でもこの部屋には結界があるはずよ」
「あー、わたしあんまりそういうの関係ないんだよね」
「関係ないって……」
「それよりこれ何の為にあるの」
「それは…私が外に出ないために」
「なんで?」
「私が狂ってて危険だからよ」
違和感こそあるがそれ以上の思考にはならなかった。普通部屋に入り込んでくるような無礼者など質問に答えるどころか手足をちぎって外に放り出すくらいしているはずだがそんな気にならない。姿も見えているはずなのまるで自分で自分に話しかけている様な、もっと言うと虚空に独り言を言っているような、そんな気分だった。
「ふぅ~ん。その割にはあんまりやる気がないね」
「やる気?弱いってこと?」
「そうじゃなくてね。結界は強いんだけど、やる気がこもってないっていうか。作った人はフランちゃんが外に出るなんて思ってないんじゃない?」
「へえ……」
フランは上半身を起こし、品定めする様に侵入者を眺める。興味が出たせいか急に他人だと思えるようになった。ただフランはもうどうやって入ってきたかやいきなり愛称で呼ばれた事など気にしていなかった。それより面白い話が聞けそうだった。
「あなたはどう思う?」
「どうって?」
「私が外に出たいと思ってる?」
「う~ん……出たいっていうか、そもそもフランちゃんが狂ってるっていうのがしっくりこないなぁ。無関心……そう、なんにも興味ないって方があってると思う」
「……ふふっ、あははははははは!」
フランは大笑いした。まさか会って間もない奴に狂ってない所か無関心まで見抜かれると思ってなかった。
「ふぅ……いいわね、あなた。じゃあ、どうして狂っていない私が閉じ込められているのか。知りたくない?」
「話したいなら話していいよ」
「……まあいいわ。話してあげる。私は──」
「はい!」
と目の前の少女は元気よく手を上げる。
「…なによ」
「長くなる?」
「…そうね。それなりに」
「座ってもいい?」
「…どうぞ」
幾分か取り戻せた自分のペースを完全に乱されたが、聞く気はある様でそれ以上何も言わずに椅子に座ってからはおとなしくしている。
フランはそれ以上何もないことを確認したうえで話し始めた。
「私はね、親を殺したのよ」
こいしが何か言うかと思ってしばらく待ったが、何も言ってこない。なんだか肩透かしを食らった気分だがいちいち騒がれるよりは話しやすいか、と思いそのまま続ける。
「親だけじゃないわ。館にいた者全てよ。使用人から食用の人間まで」
そういってフランは飲んで既に空になっているティーカップの方へ手を伸ばし、掴むような動作をする。
するとカップは触れてもいないのに勝手に割れ、粉々になった。
「私はね、なんでも壊せるのよ。勿論無機物だけじゃなくて生きてる物でもね。目……と私は呼んでるけど、点みたいな物があるのよ。無機物はそれこそただの点なんだけど生きてるのは違うのよね。目がある場所も違うし、その目も金だったり化粧品だったり、自分だったり別の誰かだったり本当になんでもあったわ」
それは生物が生きるのに最も必要なもの、自分という根幹を支えるものが反映されているのだがフランは知らない。
他者に興味が無いから。わからないから壊せる。
「初めはね、たしか猫だったと思う。何だろうと思って握ってみたら死んじゃったのよね。それを誰か見てたみたいで色々調べられたわ。その実験の時に誰かが私を壊してみろって言ったのよね。今なら冗談だってわかるけどその時はまだ子供だったからやっちゃったのよ。本当に。そこからはもう大騒ぎで、私を殺そうっていう話もあったみたいだけど結局閉じ込められるだけで済んだのよね。それでお前は危険だからっていわれて私もああそうなんだって思って言われた通り閉じこもっていたわ。」
「でも、それが嫌だったってわけじゃないのよ。部屋はきれいだし、ご飯は出てくるし、欲しいって言えば大抵のものは手に入ったわ。ただ、なんていうか……なんか気になったのよ。皆があんまりにも危険だとか狂ってるとかいうから。じゃあ本当はどうなんだろうって。だから試したの。
始めは人間でやったわ。でも何人やっても楽しくもなんともなかった。じゃあ次は吸血鬼をやってみようと思って。使用人から名前が一緒ってだけで住んでるのまでみんな殺したわ。
それでも何も思わなかった。でもなんとなくわかってたのよ。実験でやってたから。自分より弱い奴を何人殺したって何とも思わなかった。小石を蹴ってもやった!なんて思わないでしょう?
後はもう自分より強い奴しかいないじゃない。だから両親をやったのよ。一人目の時はね、正直ちょっとうれしかったのよ。でもね、二人目の時にわかったのよ。手を抜かれてただけだって。私の力はなんでも壊せるけどすぐってわけじゃないの。私の両親は誰よりも強かったわ。両親の力なら殺される前に私を殺すくらい出来たはずよ。できなかったんじゃなくてやらなかっただけ。それに気づいたときはなんていうか……本当につまらなくなったわ」
この時にフランは僅かに合った欠片の様な物まで壊れてしまった。他者に興味が無いというのは正確ではない。自分にも興味が無かった。
フランは自分の生にすらどうでもよくなっていた。
「だから姉に連れられてこっちに来てからも閉じ込められているのは自分の意思でもあるのよ。狂ってるって言うのは相手が勝手に納得するからそう言ってるだけ。
……ああ、そうね。姉がいたわ。だから正確には館全員では無いわね」
「ふーん。フランちゃんって、お姉さんが好きなんだね!」
「…………はあ?」
どーしてそーなる。なんでこの話を聞いてそこに行き着くんだ。こいつこそ本当に狂ってるんじゃないのか。
「それよりフランちゃん。その目、ってやつで私を見て欲しいの」
「えぇ…いいけど」
と言ってフランは改めて少女を視る。初めてだった。赤い紐がついた人型、という所までは絞れるがそれ以上にはどうやってもいかない。力が上なら見えないとかいうそんな生易しい能力ではないことはフランが一番よく知っている。ここでやっと初めの違和感と合わせて気が付いた。
こいつは気配を消したり隠したり出来るような能力なのだ。それも自分の目すら欺ける程の。ともすれば気配などではなくそれ以上のものでもおかしくはない。
「見えないなんてあなたが初めてよ。2度も驚かせてくれるなんて気に入ったわ。こいし、一つだけあなたの力になってあげる」
「そう?じゃあ今お願いがあるの」
「今?」
「うん」
そういうとこいしは手を差し出す。フランは意図が読めなくてしばらく固まっていたがこいしがぶんぶんと手を振るのでそういうことなのだろう。
断る程でもないしああ言ってしまった手前フランはおとなしくこいしに近づき手を握る。これでどうしたいのか、とフランが口を開く前に自分の膝から急に力が抜けた。
魔女程ではないが、時間は有り余るほどあったので図書館の本は大抵読んでいた。その中にニホンゴ、という小さな島国の言語で書かれた本にこういった技術が有ったはずだ。たしか合気道と書いてあった。翻訳は小悪魔にやらせた。
ズドン、とベッドが一瞬浮く程の力で踏み堪える。しかしそこには読んであるかの様にこいしの手の平がフランの顔に迫っていた。
フランには見えた。それはビンタなどでは無く、きちんと脳が揺れる打ち方をしていた。見えてはいたがそのあまりに綺麗な不意打ちにフランには身じろぐ余裕もなく真芯で受けるしかなかった。
そしてその掌底は当たる事は無く寸前で止まり、フランの頬をぺちぺちと叩く。
「私ねぇ、勝ちたい人がいるの。ちょっと相手してくれない?」
あまりの出来事の多さにフランは完全にフリーズしていたが、ノーモーションから相手の腕をねじ切る程の速さで全身を回転させる。
それは自分から、というより外部からの力で振り回されたかと見える程歪な回り方だった。それに対しこいしはダンスでも踊っているように人の形で出来うる限りの理想的な形で回り、着地する。
その時にコキ、という音が聞こえた。フランはこいしから目を離さない。見る必要はなかった。外れているのは自分の手首だ。
自由の利くもう片方で自らの手を切り落とし後ろに飛び下がる。残された手は赤い霧のように霧散し、コウモリの形になって自分の手に戻ってくる。
フランは戻ってきた手の感触を確かめるように握りしめる。フランは歓喜していた。自分の能力は良くも悪くも一瞬で終わる。こいしが、こいしだけが唯一といってよい自分と対等にやり合える相手だった。
姉への愛だと?そんなもの有るものか。あいつは、あいつもこうべを垂れたのだ。私より強いのに。自ら差し出された首になんの価値がある。
だが今は心の底から感謝しよう。こいしと巡り合わせてくれた運命に。自分の鼓動を感じる。全身に血が巡る。
私は、フランドール・スカーレットは。今、生を受けたのだ。
握りしめていた手を開いてこいしに差し出す。目を獣のようにぎらつかせながら、口角の上がった口でフランは囁く。
「シャルウィダンス?」
唐突に合気道使うこいしがよかったです