夜霧の鐘が九つを打った。
町の明かりは消えて久しい、そこかしこの街灯が、いかにも惜しいように小さく小さく燃えている。そんな外よりはわずかに明るい市庁舎の中、
ずいぶん遅い時間の食卓。
給仕が最後に侍したのは何時になろうか、ほおっておかれて今や九つ。
手をつけぬままの食器が長い食卓に規律を持ちながらひしめいていた。
ぽたり。雨が漏る。これほど豪華な市庁舎にして雨漏りをそのままにしておくとは、丁度手の届かない場所にぽたりぽたりと雨粒が落ちる。
パチュリーは外を見る。
窓は黒い、先ほどは霧だったが今は降り出しているのだろう。
魔女パチュリーノーレッジは長く巨大な食卓の上に並べられた中で、もっとも身近にあるダマスカスの皿を見つめていた。安い無地の陶器製の皿。少しだけ眼を上げると、隣り合う横の席からは銀製の食器に変わっていた。長い食卓の中、自分だけが陶器の皿。他は皆銀製。自分だけが背もたれの無い丸木の椅子。他はそれなりの椅子で、正面に豆のように見えている大立て者の座る場所など食卓にもかかわらず豪華な革張りのチェアであった。
上に乗っている食べ物も露骨にランクが違う。この食卓はひとえに自分に対する決意を表していた。
もっとも、魔法使いの自分にとって食べ物など何の意味も無い。
何を食べても砂の如し蝋の如し
これだけの工夫をしながら、もっとも有効にパチェリーをいらだたせたのは、誰一人としてこの食卓に着席していないことだった。いい加減に何分になろう、九つを打ってもまだ人気が無い。
呼び出しておいてこの仕打ちは何なのか、
魔女狩りを背景にした話し合い。数の優位と正義の自己暗示で高をくくったうっとうしい奴ら
いくら警告をしても誤った優越感に乗りよってくるウジ虫ども
話し合いを要求して、最後にはかならず激昂し襲いかかってくる猿ども
今日もまた血の決着をつけねばならないのかしらん
「今日は金曜か。気の利かない。呼び出すなら火曜日にしてくれれば焼き尽くしてあげたのに」周囲に人気が無い事も手伝って、独り言は口から漏れた。
「ごきげんよう、パチュリーノーレッジ様。」
声を聞いた瞬間食卓に両手を打って立ち上がるパチェ
「話し合いに呼び出すのも結構ですが、一度ぐらいはこちらの言い分を聞いてくれても良いのではありませんか、市長殿。」
「ふふふ、ずいぶん悠長なことをおっしゃっているのね。あれほど争い会った後なのに」
「人数ではそちらが勝っているのは解ります、そのためにずいぶんと強気になられておられるようですが、勝負には質も関わってくるのですよ」
「ほんとうにそうだわ。」
「ところで、あなたは市長ではありませんね。その涼やかな声は女性のもので、女性は市長になれないはずですから。あなたは、いずれ市長の代役なのでしょうけれど、その役職の子細を明らかになさって下さい」プリーストか、生け贄か、それともハンターか、いずれにせよ警戒するに若くはない。
「私ですか、私はあなたに魅せられた者です」奇妙に色気と幼さが交じる声が、不気味に室内で反響する。パチェは少し居心地の悪さを感じはじめる。
「…私は冗談が好きですが、今この場で交わしたいとは思いません。市長はおいでになっているのでしょう。気配だけは感じるのです。」
「パチュリー様、私は冗談が嫌いです。いついかなる場所でもね」
「そうですか、それでは私に惹かれているあなたなら、この抗争に私の有利な取引を持ちかけて頂けることでしょうね。」
「もちろんですわ。」
突然爆発音と共に室内は明るくなり、パチュリーは帽子が飛ばぬように抑えながら、右の頬がちりちり焼けるのを感じた。
まぶしさを感じながら油断の出来ないパチュリーは眼の半ばまでまぶたをゆっくりと落とす。
右手に現れた火柱は一度大きくふくれあがり天井をなめると、満足したように半分ほどの大きさにちぢみ、火の粉を巻き上げながら室内を赤く照らした。
脇に火付け棒を持った子供が見えた。こちらも見ずに怯えた様ですぐに闇の濃い方へ逃げ出しそのまま見えなくなった。
再び爆発音と共に新たな火柱があがり同じような変転を繰り返し同じように収まる。ホールは二つの組まれた櫓の大きな炎に照らされる。
とても室内で使うべき照明とは思えなかった。その勢いは、敵の館ながら火事になるのではと心配させる程。
二つの炎の櫓の中心点やや手前の食卓の上に、少女が立っていた。
逆光のためほぼ黒塗りであるが、ゆれる炎の加減でその端々がまれに露わになる。
品良く左右のあばらにそれぞれ左右の手を置いている。
異様に美しい以外はなんの変哲もない少女に見える。
パチュリーは却って戸惑う。このネゴシエーターは一体なんのつもりだろうか。からかっているのだろうか、焦らす作戦なのか、それともなにかの罠で今しも引っかかっているところなのか。全くその痕跡が見当たらない。市は何を考えている。そもそも肝心の市長はどうしたのだろうか、とにかくこの部屋の中に居る気配はするのだ。
「ちょっとあなた、食卓の上に立つのは…
話しかけるやパチュリーは宇宙に投げ出された。
本来五感に乏しく、また莫大な知性故に感受性も乏しい魔法使いのパチュリーをして芯から寒からしめる、まるで世界に開いた穴のような瞳。その瞳を見るなり世界が消えたような、ちょうど子供の頃に見た親の居ない日に覗いた夜の窓のような…。
少女は動かないまま話し始める
「魔女狩りの人間達に一歩も引かず、さりとて命も奪わない。あなたほどの魔法使いならたやすく皆殺しにできたでしょうに。それでもあなたは話し合いに執着した」
「執着したわけじゃないわ。ただ、それが一番知的な解決方法と思っただけよ。」
「だけど、それは人間には荷が重すぎた。彼らにとっての話し合いとは、あなたのそれとは違い、形を変えた暴力に過ぎなかった。」
「話し合いを理解している人間も存在するのよ。ただそういう人はほかの大勢の人間に異端者の烙印を押されて人外にされてしまう。不思議ね。保存のための保存の法則なのかしら。だけど、話し合いを長引かせるとそういう人も出てくるものよ」
「猿はいつまでたっても猿だし、人間はいつまで立っても人間なのね。持って決められた領分を超えた瞬間、その存在はその存在のままでありながら、同時に違うものに変わっているのかもしれない。だけど、持って生まれた領分など、誰が決めたというの?」
少女の瞳が真っ赤に輝く。両端の炎を反射したその瞳は炎より明るく猛り狂っていた。
「それは核心だわ。誰か決めた者がいるとして、なぜ超えられる領分などを作ったのかしら?そしてそれは領分と呼ぶに値するものなのかしら。人間はよく柵を作っているわね。そしてその内側を自分の領分として主張しているわ。」
「根拠は暴力でね。弱いくせに」
「弱い故にかもね。ところであなたは誰?どうしてここに呼び出したの」
「あなたにもわからないことがあるのね、」くすくすとからかうように笑う少女
少しいらいらするパチュリーは少女をにらみつける。まだわからない、この高圧的に話をする子供は何なのか、肝心の市長は何をしているのか、そして、館に入ったときからつきまとう何かとてつもなく奇妙な感覚は一体何なのか。相手の意図がわからないほどもどかしいことはない。自分が当事者でなければすぐにわかったのでしょうけど。パチェリーは実存の面倒に爪をかんだ。
、灯火のゆらめきで露わになる瞳を見てその感情ごと凍り付く。
「蜘蛛をご存じ」
「知っているわ。」
「蜘蛛は張り巡らせた糸の領域はもちろん、糸から伝わる振動により糸の周辺の事物さえわかるという。動物は下等なら下等なほど敏感な体を持つようになるわ。外敵が怖いからね」
「そうね。」
「魔法使いはずいぶんと上等な生き物のようね」
「何が言いたいの?」
「もし、あなたが人間だったのならばこの館に踏み入れるなり事態の異常を察することが出来たでしょう。しかし、あなたは今も気がついていない。あなたほど賢い方が実務においてこれほど鈍いと、失礼ですが、どこかユーモラスでさえありおかしいわ。」
「何が言いたいのよっ!」
「褒めたのよ、あなたを」
少女の体は音も無くふわりと浮く、パチュリーが驚異のような当然のような複雑な気持ちで眺めている中、二柱の炎の間を奥へと進み、天井付近の何もない場所に優雅に座った。
突然かがり火の火が大いに猛り狂い、猛然と壁を嘗め、天井に張り付き大火事になる。
四方から照らされると、黒塗りは闇から切り離されその子細が明らかになった。
彼女が座っているのは巨大な十字架
今し方殺されたらしい数十人の人間の死体で作られた肌色の十字架
天井から釣らされたその十字架は、パチェリーの頭上にまで迫っている。パチェリーは立ち上がり、食卓に光の魔法を打った。雨が漏ったと思しき場所は真っ黒に染まっていた。
黒い液を垂らす肉の十字架が斜めに天井に吊されている。
パチュリーが呆然としながらも目をこらすとその中に市長らしき顔が見えた。
そしてその眼球がぐるりと動き、パチュリーを見据える。
退きはしなかったものの、それでも息をのむパチュリーに上から呼びかける声がする
「私はあなたに魅せられた者。私はこの抗争において、あなたに有利な事実をもたらす者」
「市長はまだ生きている」
少女は肉の十字架の上に乗りながら足をぱたぱたしながら答える
「ええその通り。でも市長だけじゃない。この十字架に組み込まれている人間はみんな生かしてあるわ。死んでしまうと味が落ちてしまうの。」
「あなたは一体なにものなの」地獄から来た悪魔だと確信しながら尋ねるパチェ
「うふふ、ご紹介が遅れました。でもその前にもうちょっと焦らしましょう」
館の一部が焼け落ちる。十字架に気を取られていて気がつかなかったが、とうとう炎が館に燃え移ったのだ。火の手は激しい。この館はあと十分ももたないだろう。そんな中悠長に少女は魔法を使った。
テーブルの上のシャンパンが音を上げる。パチュリーは驚いてそちらを向く。
泡を吹くシャンパンボトルはひとりでにふらりと空を飛び、傾くなり傍らにあるグラスを泡で満たした。
グラスが中身をこぼさずパチュリーの手元に飛んでくる。
受け取るパチュリー。
「それでは、二人の出会いに乾杯。」
パチュリーは手元のグラスを上げながら質問する。
「あなたのグラスは?」
「今日は下品に、そして粗野にグラス無しでいただくわ」
少女は高らかに笑いながら地面に降り、天井を支えるように両手を挙げ喉を見せる。
生きた人間達で作られた十字架が重さが無い風船ようにふわりともちあがる。そして、今度は先ほどとは逆に十字架が少女の頭に座ろうとする。少女の真上に来ると、とつぜん十字架がスポンジのようにねじり上がり。大量の血が断末魔の声と共に吹き出す。
内臓、脳、肉片、骨片、眼球がまさに豪雨として振りそそいだ。
地獄の一部が這いずりだしたような光景と叫び声がとどろく。
轟音が過ぎ去る中、少女の高笑いは続いていた。
十字架はめちゃくちゃにねじれては元に戻るを繰り返し、水分という水分を少女の上に垂らした。骨と皮ばかりになったそれはすでに十字架の形を失って。少女がもうたくさんといった風に手首を返すなり部屋中に散らばり落ちる。
呆然とみていたパチェリーは、少女の視線に気がつき、急いでグラスに口を付け喉を鳴らす。しかし、何を飲んだのかまるで解らない。未だ体験したことの無い猛烈な人体のにおいが解らなくする。二口目を飲むと血の味がした。あれの一部がグラスに入っていたのだろうか、気づけば顔を背け床に嘔吐していた。
あたりの壁も天井も炎に呑まれて苦悶の叫びを上げている。少女の周りばかり血でぬれて火の手が無い。
からになったグラスをテーブルの上にたたきつける。
「それで、これのどこが有利な事実なの。これじゃまた魔女が悪く言われるじゃない。」
少女は少し嫌そうな顔をした。
「強い者に弱く、弱い者に強い。これが人間ですわ。強くひっぱたいてしつけた方がおとなしく控え込みます。しかし、そんな環境に賢いあなたが居るのは危なっかしい。だって、そうでしょう。考えるより強く引っぱく事が得になる日常により、あなたに下品な素行が染みつきでもしたらせっかくの理性が台無しになってしまいますわ。あなたはもう少し清潔なところに居るべきです。当館においでください。パチュリー様」
パチュリーは少し赤くなりながら叩きつけた事実よなくなれと念じながら手元のグラスをもてあそぶ。
「あなたは誰なの」
少女は立ち上がりスカートをつまみ丁寧な礼を披露する。
「申し遅れました。私はレミリア.スカーレット。紅魔館の主であり、デーモン達を率いる吸血鬼でございます。」
パチュリーは燃え尽きつつある人間の館の中で立った。シャンデリアが落ち食卓が真っ二つに割れる。その中心に居る少女、そして無傷の自分。魔女は悪魔と契約するものだ。
「図書館はあるの」
「建設予定中よ。よければあなたに館長をやってほしいのだけど」
「受けるわ。何が望みなのかわからないけど、私、パチュリーノーレッジはあなたの申し出を受ける。」
「うれしいわ。やっと対等に話ができる友達が見つかった。ふふふ、あなたに紹介したい人が二人居るのよ。」
「へえ、誰かしら。」
「一人は私の妹、もう一人は人間よ」
「人間ね」
館は燃え落ちる。
被害者は見つかれど加害者は見つからない。
近所の魔女であるパチュリーノーレッジが第一容疑者となったが、
その後、彼女は見つからなかった。
出会った頃の戦慄、憧れ、災い、破滅、
「こあ、憶えているでしょう。霊夢と会う前のレミィを。」
「あーあー、フィーバーポーズの出来損ないをして指から湯気出してたあれですね。」こあと呼ばれた小悪魔は悪びれもせずそう答えた
「え!!あなたにはそんな印象なの」
「え?はい!」
「ねえ、こあ、レミィにカリスマを感じている」
「まあ、主ですからね。パトロンですもんね。大家さんだ。びびってますよ。」
「そうじゃなくて、生物として、上位の存在に対するソレよ」
「上位?お嬢様が?「咲夜ー、転んだよー」が?護ってやるべき下位でしょうが」
「おお、なんたること。」
今のレミィ
「咲夜ー、転んだよー」
「大丈夫ですかっ!お嬢様。」
「大丈夫だもん。吸血鬼だもん」
ほ、本当にやっとる。
吸血鬼の肉体は精神の影響をもろに受けるという。
まるで神の似姿のように美しく、死そのものよりも恐ろしかったレミリア
幼いながらデーモンロードの気風をまとっていたレミリア。
幻想郷一かわいいれみりゃ。どうしてこうなった。
「初めて会ったとき、私はあなたに底知れない恐ろしさを感じていたのよ」
レミリアは得意そうに羽をぱたぱたさせる
「お友達には手を出さないから安心なさい」
「気がつかないのレミィ?」
「…?、あ、髪切った?」
「タモリか!」
レミリアはタモリって何?という顔で小首をかしげた。
しまった。この情報は秘匿知だった。本を読みすぎるとこのような悲しいすれ違いが多くなるから悲しい。
「さくやー、しょっぱいの食べたら甘いのが欲しくなったよー」
「フランもー、フランもー。」
「さくや、フランの分もお願いね。」とレミリア
「承知致しております」咲夜は瀟洒にかしこまる
「咲夜、あなたレミリアを甘やかしすぎよ」
「至りませんでした、申し訳ありませんパチュリー様。いますぐに…」
そう言いかけつつ、食卓の前の咲夜は大皿に入ったフライドポテトをレミリアとフランの皿に盛りつける。
「しょっぱからしめます」とどや顔の咲夜
「そういうことではなくて。」と困り顔のパチュリー
「ただいまご用意いたします、パチュリー様」
と詫びながら咲夜は素早くパチュリーの皿に五種類のプチケーキをよそい始める
そういうことではない。という正当な反論は、二つ目のケーキ、ザッハトルテの黒光するチョコレートの至福の香りにかき消された。三つ目から先は早く食べたいという念ばかり。
レミリアは横目にパチュリーを見る。
パチェは気がついているのかしら
昔は食卓には出向くこともせず、砂をかむごとし蝋をなめるがごとしといって滅多にものを食べなかった彼女が今は鼻息荒く咲夜のスイーツをむさぼっている己の姿に。
会った頃の哲人ぶりは面影の中。今はパジャマを着た眠そうなジト目ちゃん。
注意するべきかしら。
よそう。今の方がずっと幸せそうだ。
町の明かりは消えて久しい、そこかしこの街灯が、いかにも惜しいように小さく小さく燃えている。そんな外よりはわずかに明るい市庁舎の中、
ずいぶん遅い時間の食卓。
給仕が最後に侍したのは何時になろうか、ほおっておかれて今や九つ。
手をつけぬままの食器が長い食卓に規律を持ちながらひしめいていた。
ぽたり。雨が漏る。これほど豪華な市庁舎にして雨漏りをそのままにしておくとは、丁度手の届かない場所にぽたりぽたりと雨粒が落ちる。
パチュリーは外を見る。
窓は黒い、先ほどは霧だったが今は降り出しているのだろう。
魔女パチュリーノーレッジは長く巨大な食卓の上に並べられた中で、もっとも身近にあるダマスカスの皿を見つめていた。安い無地の陶器製の皿。少しだけ眼を上げると、隣り合う横の席からは銀製の食器に変わっていた。長い食卓の中、自分だけが陶器の皿。他は皆銀製。自分だけが背もたれの無い丸木の椅子。他はそれなりの椅子で、正面に豆のように見えている大立て者の座る場所など食卓にもかかわらず豪華な革張りのチェアであった。
上に乗っている食べ物も露骨にランクが違う。この食卓はひとえに自分に対する決意を表していた。
もっとも、魔法使いの自分にとって食べ物など何の意味も無い。
何を食べても砂の如し蝋の如し
これだけの工夫をしながら、もっとも有効にパチェリーをいらだたせたのは、誰一人としてこの食卓に着席していないことだった。いい加減に何分になろう、九つを打ってもまだ人気が無い。
呼び出しておいてこの仕打ちは何なのか、
魔女狩りを背景にした話し合い。数の優位と正義の自己暗示で高をくくったうっとうしい奴ら
いくら警告をしても誤った優越感に乗りよってくるウジ虫ども
話し合いを要求して、最後にはかならず激昂し襲いかかってくる猿ども
今日もまた血の決着をつけねばならないのかしらん
「今日は金曜か。気の利かない。呼び出すなら火曜日にしてくれれば焼き尽くしてあげたのに」周囲に人気が無い事も手伝って、独り言は口から漏れた。
「ごきげんよう、パチュリーノーレッジ様。」
声を聞いた瞬間食卓に両手を打って立ち上がるパチェ
「話し合いに呼び出すのも結構ですが、一度ぐらいはこちらの言い分を聞いてくれても良いのではありませんか、市長殿。」
「ふふふ、ずいぶん悠長なことをおっしゃっているのね。あれほど争い会った後なのに」
「人数ではそちらが勝っているのは解ります、そのためにずいぶんと強気になられておられるようですが、勝負には質も関わってくるのですよ」
「ほんとうにそうだわ。」
「ところで、あなたは市長ではありませんね。その涼やかな声は女性のもので、女性は市長になれないはずですから。あなたは、いずれ市長の代役なのでしょうけれど、その役職の子細を明らかになさって下さい」プリーストか、生け贄か、それともハンターか、いずれにせよ警戒するに若くはない。
「私ですか、私はあなたに魅せられた者です」奇妙に色気と幼さが交じる声が、不気味に室内で反響する。パチェは少し居心地の悪さを感じはじめる。
「…私は冗談が好きですが、今この場で交わしたいとは思いません。市長はおいでになっているのでしょう。気配だけは感じるのです。」
「パチュリー様、私は冗談が嫌いです。いついかなる場所でもね」
「そうですか、それでは私に惹かれているあなたなら、この抗争に私の有利な取引を持ちかけて頂けることでしょうね。」
「もちろんですわ。」
突然爆発音と共に室内は明るくなり、パチュリーは帽子が飛ばぬように抑えながら、右の頬がちりちり焼けるのを感じた。
まぶしさを感じながら油断の出来ないパチュリーは眼の半ばまでまぶたをゆっくりと落とす。
右手に現れた火柱は一度大きくふくれあがり天井をなめると、満足したように半分ほどの大きさにちぢみ、火の粉を巻き上げながら室内を赤く照らした。
脇に火付け棒を持った子供が見えた。こちらも見ずに怯えた様ですぐに闇の濃い方へ逃げ出しそのまま見えなくなった。
再び爆発音と共に新たな火柱があがり同じような変転を繰り返し同じように収まる。ホールは二つの組まれた櫓の大きな炎に照らされる。
とても室内で使うべき照明とは思えなかった。その勢いは、敵の館ながら火事になるのではと心配させる程。
二つの炎の櫓の中心点やや手前の食卓の上に、少女が立っていた。
逆光のためほぼ黒塗りであるが、ゆれる炎の加減でその端々がまれに露わになる。
品良く左右のあばらにそれぞれ左右の手を置いている。
異様に美しい以外はなんの変哲もない少女に見える。
パチュリーは却って戸惑う。このネゴシエーターは一体なんのつもりだろうか。からかっているのだろうか、焦らす作戦なのか、それともなにかの罠で今しも引っかかっているところなのか。全くその痕跡が見当たらない。市は何を考えている。そもそも肝心の市長はどうしたのだろうか、とにかくこの部屋の中に居る気配はするのだ。
「ちょっとあなた、食卓の上に立つのは…
話しかけるやパチュリーは宇宙に投げ出された。
本来五感に乏しく、また莫大な知性故に感受性も乏しい魔法使いのパチュリーをして芯から寒からしめる、まるで世界に開いた穴のような瞳。その瞳を見るなり世界が消えたような、ちょうど子供の頃に見た親の居ない日に覗いた夜の窓のような…。
少女は動かないまま話し始める
「魔女狩りの人間達に一歩も引かず、さりとて命も奪わない。あなたほどの魔法使いならたやすく皆殺しにできたでしょうに。それでもあなたは話し合いに執着した」
「執着したわけじゃないわ。ただ、それが一番知的な解決方法と思っただけよ。」
「だけど、それは人間には荷が重すぎた。彼らにとっての話し合いとは、あなたのそれとは違い、形を変えた暴力に過ぎなかった。」
「話し合いを理解している人間も存在するのよ。ただそういう人はほかの大勢の人間に異端者の烙印を押されて人外にされてしまう。不思議ね。保存のための保存の法則なのかしら。だけど、話し合いを長引かせるとそういう人も出てくるものよ」
「猿はいつまでたっても猿だし、人間はいつまで立っても人間なのね。持って決められた領分を超えた瞬間、その存在はその存在のままでありながら、同時に違うものに変わっているのかもしれない。だけど、持って生まれた領分など、誰が決めたというの?」
少女の瞳が真っ赤に輝く。両端の炎を反射したその瞳は炎より明るく猛り狂っていた。
「それは核心だわ。誰か決めた者がいるとして、なぜ超えられる領分などを作ったのかしら?そしてそれは領分と呼ぶに値するものなのかしら。人間はよく柵を作っているわね。そしてその内側を自分の領分として主張しているわ。」
「根拠は暴力でね。弱いくせに」
「弱い故にかもね。ところであなたは誰?どうしてここに呼び出したの」
「あなたにもわからないことがあるのね、」くすくすとからかうように笑う少女
少しいらいらするパチュリーは少女をにらみつける。まだわからない、この高圧的に話をする子供は何なのか、肝心の市長は何をしているのか、そして、館に入ったときからつきまとう何かとてつもなく奇妙な感覚は一体何なのか。相手の意図がわからないほどもどかしいことはない。自分が当事者でなければすぐにわかったのでしょうけど。パチェリーは実存の面倒に爪をかんだ。
、灯火のゆらめきで露わになる瞳を見てその感情ごと凍り付く。
「蜘蛛をご存じ」
「知っているわ。」
「蜘蛛は張り巡らせた糸の領域はもちろん、糸から伝わる振動により糸の周辺の事物さえわかるという。動物は下等なら下等なほど敏感な体を持つようになるわ。外敵が怖いからね」
「そうね。」
「魔法使いはずいぶんと上等な生き物のようね」
「何が言いたいの?」
「もし、あなたが人間だったのならばこの館に踏み入れるなり事態の異常を察することが出来たでしょう。しかし、あなたは今も気がついていない。あなたほど賢い方が実務においてこれほど鈍いと、失礼ですが、どこかユーモラスでさえありおかしいわ。」
「何が言いたいのよっ!」
「褒めたのよ、あなたを」
少女の体は音も無くふわりと浮く、パチュリーが驚異のような当然のような複雑な気持ちで眺めている中、二柱の炎の間を奥へと進み、天井付近の何もない場所に優雅に座った。
突然かがり火の火が大いに猛り狂い、猛然と壁を嘗め、天井に張り付き大火事になる。
四方から照らされると、黒塗りは闇から切り離されその子細が明らかになった。
彼女が座っているのは巨大な十字架
今し方殺されたらしい数十人の人間の死体で作られた肌色の十字架
天井から釣らされたその十字架は、パチェリーの頭上にまで迫っている。パチェリーは立ち上がり、食卓に光の魔法を打った。雨が漏ったと思しき場所は真っ黒に染まっていた。
黒い液を垂らす肉の十字架が斜めに天井に吊されている。
パチュリーが呆然としながらも目をこらすとその中に市長らしき顔が見えた。
そしてその眼球がぐるりと動き、パチュリーを見据える。
退きはしなかったものの、それでも息をのむパチュリーに上から呼びかける声がする
「私はあなたに魅せられた者。私はこの抗争において、あなたに有利な事実をもたらす者」
「市長はまだ生きている」
少女は肉の十字架の上に乗りながら足をぱたぱたしながら答える
「ええその通り。でも市長だけじゃない。この十字架に組み込まれている人間はみんな生かしてあるわ。死んでしまうと味が落ちてしまうの。」
「あなたは一体なにものなの」地獄から来た悪魔だと確信しながら尋ねるパチェ
「うふふ、ご紹介が遅れました。でもその前にもうちょっと焦らしましょう」
館の一部が焼け落ちる。十字架に気を取られていて気がつかなかったが、とうとう炎が館に燃え移ったのだ。火の手は激しい。この館はあと十分ももたないだろう。そんな中悠長に少女は魔法を使った。
テーブルの上のシャンパンが音を上げる。パチュリーは驚いてそちらを向く。
泡を吹くシャンパンボトルはひとりでにふらりと空を飛び、傾くなり傍らにあるグラスを泡で満たした。
グラスが中身をこぼさずパチュリーの手元に飛んでくる。
受け取るパチュリー。
「それでは、二人の出会いに乾杯。」
パチュリーは手元のグラスを上げながら質問する。
「あなたのグラスは?」
「今日は下品に、そして粗野にグラス無しでいただくわ」
少女は高らかに笑いながら地面に降り、天井を支えるように両手を挙げ喉を見せる。
生きた人間達で作られた十字架が重さが無い風船ようにふわりともちあがる。そして、今度は先ほどとは逆に十字架が少女の頭に座ろうとする。少女の真上に来ると、とつぜん十字架がスポンジのようにねじり上がり。大量の血が断末魔の声と共に吹き出す。
内臓、脳、肉片、骨片、眼球がまさに豪雨として振りそそいだ。
地獄の一部が這いずりだしたような光景と叫び声がとどろく。
轟音が過ぎ去る中、少女の高笑いは続いていた。
十字架はめちゃくちゃにねじれては元に戻るを繰り返し、水分という水分を少女の上に垂らした。骨と皮ばかりになったそれはすでに十字架の形を失って。少女がもうたくさんといった風に手首を返すなり部屋中に散らばり落ちる。
呆然とみていたパチェリーは、少女の視線に気がつき、急いでグラスに口を付け喉を鳴らす。しかし、何を飲んだのかまるで解らない。未だ体験したことの無い猛烈な人体のにおいが解らなくする。二口目を飲むと血の味がした。あれの一部がグラスに入っていたのだろうか、気づけば顔を背け床に嘔吐していた。
あたりの壁も天井も炎に呑まれて苦悶の叫びを上げている。少女の周りばかり血でぬれて火の手が無い。
からになったグラスをテーブルの上にたたきつける。
「それで、これのどこが有利な事実なの。これじゃまた魔女が悪く言われるじゃない。」
少女は少し嫌そうな顔をした。
「強い者に弱く、弱い者に強い。これが人間ですわ。強くひっぱたいてしつけた方がおとなしく控え込みます。しかし、そんな環境に賢いあなたが居るのは危なっかしい。だって、そうでしょう。考えるより強く引っぱく事が得になる日常により、あなたに下品な素行が染みつきでもしたらせっかくの理性が台無しになってしまいますわ。あなたはもう少し清潔なところに居るべきです。当館においでください。パチュリー様」
パチュリーは少し赤くなりながら叩きつけた事実よなくなれと念じながら手元のグラスをもてあそぶ。
「あなたは誰なの」
少女は立ち上がりスカートをつまみ丁寧な礼を披露する。
「申し遅れました。私はレミリア.スカーレット。紅魔館の主であり、デーモン達を率いる吸血鬼でございます。」
パチュリーは燃え尽きつつある人間の館の中で立った。シャンデリアが落ち食卓が真っ二つに割れる。その中心に居る少女、そして無傷の自分。魔女は悪魔と契約するものだ。
「図書館はあるの」
「建設予定中よ。よければあなたに館長をやってほしいのだけど」
「受けるわ。何が望みなのかわからないけど、私、パチュリーノーレッジはあなたの申し出を受ける。」
「うれしいわ。やっと対等に話ができる友達が見つかった。ふふふ、あなたに紹介したい人が二人居るのよ。」
「へえ、誰かしら。」
「一人は私の妹、もう一人は人間よ」
「人間ね」
館は燃え落ちる。
被害者は見つかれど加害者は見つからない。
近所の魔女であるパチュリーノーレッジが第一容疑者となったが、
その後、彼女は見つからなかった。
出会った頃の戦慄、憧れ、災い、破滅、
「こあ、憶えているでしょう。霊夢と会う前のレミィを。」
「あーあー、フィーバーポーズの出来損ないをして指から湯気出してたあれですね。」こあと呼ばれた小悪魔は悪びれもせずそう答えた
「え!!あなたにはそんな印象なの」
「え?はい!」
「ねえ、こあ、レミィにカリスマを感じている」
「まあ、主ですからね。パトロンですもんね。大家さんだ。びびってますよ。」
「そうじゃなくて、生物として、上位の存在に対するソレよ」
「上位?お嬢様が?「咲夜ー、転んだよー」が?護ってやるべき下位でしょうが」
「おお、なんたること。」
今のレミィ
「咲夜ー、転んだよー」
「大丈夫ですかっ!お嬢様。」
「大丈夫だもん。吸血鬼だもん」
ほ、本当にやっとる。
吸血鬼の肉体は精神の影響をもろに受けるという。
まるで神の似姿のように美しく、死そのものよりも恐ろしかったレミリア
幼いながらデーモンロードの気風をまとっていたレミリア。
幻想郷一かわいいれみりゃ。どうしてこうなった。
「初めて会ったとき、私はあなたに底知れない恐ろしさを感じていたのよ」
レミリアは得意そうに羽をぱたぱたさせる
「お友達には手を出さないから安心なさい」
「気がつかないのレミィ?」
「…?、あ、髪切った?」
「タモリか!」
レミリアはタモリって何?という顔で小首をかしげた。
しまった。この情報は秘匿知だった。本を読みすぎるとこのような悲しいすれ違いが多くなるから悲しい。
「さくやー、しょっぱいの食べたら甘いのが欲しくなったよー」
「フランもー、フランもー。」
「さくや、フランの分もお願いね。」とレミリア
「承知致しております」咲夜は瀟洒にかしこまる
「咲夜、あなたレミリアを甘やかしすぎよ」
「至りませんでした、申し訳ありませんパチュリー様。いますぐに…」
そう言いかけつつ、食卓の前の咲夜は大皿に入ったフライドポテトをレミリアとフランの皿に盛りつける。
「しょっぱからしめます」とどや顔の咲夜
「そういうことではなくて。」と困り顔のパチュリー
「ただいまご用意いたします、パチュリー様」
と詫びながら咲夜は素早くパチュリーの皿に五種類のプチケーキをよそい始める
そういうことではない。という正当な反論は、二つ目のケーキ、ザッハトルテの黒光するチョコレートの至福の香りにかき消された。三つ目から先は早く食べたいという念ばかり。
レミリアは横目にパチュリーを見る。
パチェは気がついているのかしら
昔は食卓には出向くこともせず、砂をかむごとし蝋をなめるがごとしといって滅多にものを食べなかった彼女が今は鼻息荒く咲夜のスイーツをむさぼっている己の姿に。
会った頃の哲人ぶりは面影の中。今はパジャマを着た眠そうなジト目ちゃん。
注意するべきかしら。
よそう。今の方がずっと幸せそうだ。
あんな鮮烈な出会いだったのに今の方がいいと思えるパチュリーが素敵でした