Coolier - 新生・東方創想話

Chaos第5話 二本の筆記具

2022/03/06 18:01:19
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 私は自宅に帰り、夕飯とシャワーを済ませてベッドに入った。温かい布団にもぐりながら、私は今日の出来事を思い返していた。蓮子が言っていた、影の見えていた場所がおかしいという衝撃的な事実、それが意味するものは一体何なのだろう。そもそも、そんな指摘が飛んでくるなんて思いもしなかった。影の見えるべき場所が正確に分かるって、一体どういう目をしてるのか。以前から蓮子は、正確な時刻さえ分かれば月や星を見ることで自分の正確な場所が分かると言っていたが、その能力が一段と向上しているかのように思えた。世の中を正確に見る目、それによって見出される世の中の不思議。私は蓮子の目を気持ち悪いと思うと同時に、不思議を見る魅力的なものだとも感じた。
それはともかくとしても、本当に影の見えた場所がずれていたのならば、それは大いにおかしな話だ。私はかねてからあの場所で、不思議な動物らしきものを稀に目撃していた。春になって暖かくなったからか久しぶりにそれを見つけたところ、日光の影になって良く見ず残念だと思っていたら、その影の場所がおかしいと蓮子に言われてしまったのだ。
 私は、その動物らしきもののことについて、今までのことを思い返してみた。初めて不思議な姿を見かけたのは、確か去年の今頃、高二の春ぐらい、あの廃校舎で蓮子と会うようになってしばらく経った頃だった。私は古びた教室の机で、蓮子を待ってうとうとしていたら、一瞬目の前を何かが横切ったように感じた。私は、はっとして辺りを見回したが、そこには何もいなかった。私は寝ぼけていたのか、白昼夢を見ていたのか。その時私はただ、見間違えだと思っていた。
 しかし、それから数か月して、似たような事が何度も起きるようになった。しかも、目の前を何かが横切るように感じるだけでなく、少しだけ姿が見えることも増えてきた。もっとも、見えるのはいつも一瞬だったので、
はっきりとした姿を認識できていた訳ではないのだが。私が見た姿は、いつも細長いしっぽのようなもので、白っぽくて、もしかしたら蛇みたいな何かではないのかと思えた。
 ただ、姿を見るのは決まって私があの廃校舎の教室でうとうとしている時だった気がする。その点だけを見れば、ただ私が寝ぼけていた、ということになるのだろうが、私が見るおぼろげな姿は、いつも同じようなものだった。見間違えや、寝ぼけていたり白昼夢を見ていたりした、ということだったならば、いつも似たような姿を見るというのは、偶然にしては出来すぎている。だとすれば、やはり不思議な動物がいるという事は確かではあるが、それはとても臆病な性格をしていて、私が動き回っていない時にだけ現れるという風に考えるのが自然だろう。もし臆病な性格だとすれば、設置したカメラにその姿がなかなか映ってくれなかったことにも説明が付く。蓮子は私と違って、一度もその不思議な姿を見かけていないと言っていたが、それはきっと、蓮子がじっとしていられないからなのだろう。そのことについて蓮子に言うと、彼女は不満そうではあったが、この不思議な動物は臆病な性分なのだろうという見解は、蓮子と私で一致していた。
 ところが今日の出来事で、謎が大きくなってしまった。私は前の登校日に、その不思議な動物を見たときの様子を蓮子に伝えたら、日光の影の出る場所がおかしいということになった。それこそ見間違えなのではないかという可能性が出てきたが、それより以前に白い姿を見かけた時の様子を、思い出せる限り蓮子に伝えたところ、やはり逆光で見にくかったといった、太陽の位置に関する情報に限っては矛盾が生じるらしかった。あまりに不思議な謎に出会ってしまった私たちは、廃校舎で暗くなるまで一緒に考えたが、結論は出せず今日の所は解散となってしまった。
 私はベッドの中で、あれこれと可能性の候補を挙げてみたが、どれもすっきりするものではなく、考えているうちに私はだんだんと眠くなってきてしまった。



次の日。少し寝不足で登校時間ギリギリになってしまった私は、慌てて身支度をして学校へ向かった。私は、例の謎を考えながら坂道を登って行ったが、やはり結論は出ない。下駄箱へ行くと自分のスリッパが無くてびっくりしたが、すぐに二年生の所に来てしまった事に気付き、私はとても恥ずかしい気持ちで慌てて三年の方の下駄箱に向かった。私はスリッパに履き替え、自分の教室に向かった。ずっと考え続けていたが、やっぱり例の謎は分からない。一体何が起きているのか。
 教室に着くと、クラスメートが声をかけて来た。なんだかそわそわした様子だったので、一体どうしたのかと聞くと、私が学校に来る少し前に、見たことの無い少女が私を訪ねて来たということだった。誰だろうと不思議に思っていると、クラスメート越しに、自分の机の上に何やら手紙らしきものが置かれていた。
 え!?何事!?
 私はぎょっとした。これではまるで、ひと昔前の青春物語に出てくる、あのアナログな伝達手段ではないかと思った。私は身構えて、おそるおそる机に近付いた。手紙らしきものを覗き込むと、それは封筒に入っていた訳ではなく、文字の書かれた紙がそのまま裸で置かれていた。随分とぶっきらぼうな手紙だと思ったら、なんだ、これは蓮子の字じゃないか。
 私はやれやれと胸を撫で下ろしたが、冷静になった半面逆に驚いた。
 いや、蓮子が朝学校に来てたの?しかも置き手紙って!?
 私は周りのクラスメートがコソコソ話をするのをよそに、自分の席に座って蓮子からのメッセージを読んでみた。手紙の内容は、例の謎に関するものだった。どうやら、例の謎について蓮子も考え続けていたらしい。手紙には、学校と廃校舎の地図、教室の見取り図、太陽の方角など、色々な考察内容が書かれていて、最後には謎に対する幾つかの仮説がまとめられていた。

《...という訳で大きな浮遊する何かが外にあったはずだと思うんだけどどうかな?さすがに無理があるかしら?...》

 私はすぐに蓮子に会いに行くことにした、のだが蓮子は校舎には全く見当たらなかった。始業時間も近くこの校舎から出る訳にも行かないので、蓮子を探すのは一旦諦め、私は教室に戻り蓮子からの手紙を眺めていた。



 結局私たちが集合できたのは、例の廃校舎だった。まったくこの子ったら、猫じゃあるまいし。今日の黒板に書かれていたのは、周辺の地図やこの教室の見取り図だ。今書かれているものは、手紙に書かれていたものより少し複雑になっていて、蓮子はあれからもずっと考えを巡らせていたらしかった。
 私は黒板の前に向かっている蓮子の横に行ってチョークを手に取り、私の持っている情報を書き加えていった。昨日の夜にベッドに入りながら思い出したこと、例の動物らしきものを見た日付、日ごとの見えた姿の違い、見えた影の位置、思い出せる限りの太陽の位置、等々。私が文字や絵を描いている間に、蓮子は身を乗り出したり、私の懐にもぐりこんだりしながら、正しい太陽の位置を付け加えたり、矛盾する理由を書き加えていった。逆に蓮子が考察内容を書き込んでいる間に、私は蓮子の懐にもぐりこんで、実際に私が見たものの詳細な絵を書き添えて行った。私たちは入り乱れるように動きまわり、黒板はみるみるうちに、私たちの絵や文字でいっぱいに埋め尽くされた。濃い緑のキャンバスに、白い文字が前時代の趣をもって輝いていた。
 黒板を埋め尽くした私たちは、一旦後ろに引いて全体を眺めなおしてみた。横に立っている蓮子も、絵と文字で埋め尽くされた黒板を見て満足そうで、日光に照らされたその姿はとても誇らしげだった。
「さて!」
 笑顔の蓮子は、私の方に振り向いて言った。
「論点を整理しましょうか!」
「ええ!」
 蓮子は白っぽくなった指で、黒板の絵や文字を指し示しながら、話し始めた。情報を整理して、共通認識や、どこまでの考察が正しいのかを確認するのだ。蓮子による太陽の軌道の話に合わせて、私の想像の世界では、自分の立っている場所から無限の地平が広がり、頭上には広大な天球が広がっていた。天球には正確に分割されたグリッドが張り巡らされ、その表面を太陽が物理法則に従って精密に動き、無限に広がる地平の上には、この廃校舎や周辺の山が正確に置かれていた。
「じゃあ今ある仮説を検証していきましょう。」
 蓮子は黒板の箇条書きになっているところを指さして確認を始めた。
「まず一つ目。メリーが実は時空を移動していた説。SFや陰謀論的には面白いけど、さすがにこれは荒唐無稽ね。」
「いくらなんでも、私はそんな特殊能力持ちになった覚えはないわ。」
「私からすれば、いつものメリーのたくましい想像力もかなりの能力に見えるけどね。まあいいわ、次、二つ目。机の場所が移動していた説。これは結構現実味のある説ね。」
「でも蓮子も私も机の場所はいじっていなかったわね。他の人が出入りした形跡もないし、もし動物が動かしてしまっていたのなら、机の向きが乱れているのが自然だわ。でもそういうことは起きていなかった。ひょっとしたらと思ったけど、地震も最近起きていなかった。」
「そうね、この説はもっともらしかったけど、否定的な証拠がそろってしまったわね。次、三つ目。」
「私が不思議な動物らしきものを見たとき、実は影を作るような存在が別に外にいて、私はそれに気付いていなかった。蓮子が朝手紙を置いてくれたのも、この仮説の線よね。」
「ええ、それが何か小動物の影だったならば、それがシルエットとして見えて、メリーも気付いたはずだわ。でもそうじゃなかったとなると、影を作ったのは桁違いに大きなものっだったってことになるわね。」
「しかも窓に差し込む光に影ができてしまったのだから、その大きな存在は浮遊していた可能性が高い、と。」
「この説も、けっこうぶっ飛んでるわよねぇ。時空移動ほどではないけど。」
「でも、他の説もほとんど否定されちゃったわね。」
「そうなのよねぇ、だからこのぶっ飛んだ説を無下にする訳にもいかない。」
 こんなことがあり得るのだろうか。何か未知の動物が近くに住みついているかもしれないというだけで信じがたかったのに、その上、とてつもなく大きな影を作るような、浮遊する何かが外にいただなんて。それとも、今まで考えていた未知の動物と、この浮遊する何かは同一のものだったりするのだろうか。
 うーん、
 私と蓮子は一緒に頭を抱えた。でも可能性はありとあらゆるものを既に考えた。黒板を埋め尽くした絵と文字の量がそれを示している。持っている情報は整理された。しかし、その情報がどうしても理解できない。この世界の情報を得たはずなのに、それは謎だらけで、謎が謎を呼び、私たちの頭は再び混乱してしまった。
「あー、もう!」
 蓮子は頭を抱えた。いや、帽子を抱えたと言うべきか。
「メリー、とりあえず外、外を見に行きましょう!痕跡の見落としがあるかもしれないわ!」
 私たちはとりあえず廃校舎の周り、特に山桜の周辺をもう一度見回ってみることにした。蓮子は相変わらず頭を抱えていたが、その表情はわくわくしているようにも見えた。現実世界で、こんな謎解きをすることになるなんて、私にはきっと初めての体験だ。私は初めて感じる興奮に、胸を躍らせながら外に出た。
 春で高くなり始めた日差しは、キラキラと眩しかった。
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コメント



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3.100名前が無い程度の能力削除
ふたりの雰囲気と謎と、とても良かったです。続きが気になります!
4.100南条削除
ここにきてこの秘封感が素晴らしかったです
続きがとても気になります
5.100Actadust削除
これまで秘封倶楽部の日常を眺めていたのが、ここに来て急激に物語が進み始めましたね。ミステリ、怪異、謎。王道の秘封の香りがしてきました。蓮子の目の解釈もすごく好きで、これからがすごく楽しみです! 応援してます!