Coolier - 新生・東方創想話

Chaos第4話 一つのひも

2022/02/28 18:23:32
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 四月になった。今日から三年生の新学期が始まる。朝目覚めた私は、作り置きをしていたキッシュと温め直したスープで朝食を済ませ、身支度を整えた。今日は変則的な時間割で、通常より持ち物が少ないはずなのだけれども、久々の登校で要領を得ず、色々忘れている気がしてきた。私は狭い玄関前の通路を行ったり来たりして、忘れ物が無いか何度も確認をした後、鍵をかけて下宿先を出発した。四月はじめの空気はほんのりと暖かく、なんだか自分の身体がいつもより軽くなっている気がした。
 学校へと伸びる坂道に差し掛かると、道路の両脇には満開の桜が咲き誇っていた。私が日本にやって来てまだ日が浅かった頃、蓮子は桜が如何に日本人の魂に根付いたものなのか熱心に教えてくれたものだった。その時、桜の良さが私にはいまいちピンと来ていなかったが、こうして年度が変わる度に桜を眺めるようになると、なるほど確かに特別な思いが込み上げてくるものだ。桜を見上げていると、時折、強い風が吹いて帽子が飛ばされそうになる。私は、ぱたぱたとなびく帽子を軽く押さえながら、ゆっくりと歩いて校舎に入っていった。
 三年生用の見慣れない下駄箱に靴をしまい、私は掲示板で新しい自分のクラスを確認した。蓮子のクラスは、ちょうど自分のクラスの真上の階らしい。もっとも、蓮子とは選択コースが違うので、教室が遠いのは当然のことではあるし、蓮子のクラスが近かったところで、どうと言うことにもならないのではあるが。そもそも、蓮子が学校に現れるかどうかでさえ、その日の気まぐれで、こっち校舎の中で彼女と会えるなんてことは滅多に無いのだ。私たちが会うのは、決まってあの特別な部屋なのだ。
 午後三時頃、変則的な日程の全てが終わった。そろそろおやつにちょうど良い時間だし、今日は少し暖かいからか妙にお腹が空いてしまったので、私は校内の購買に向かった。購買の商品棚を見ると、いつもの合成菓子パンとドリンクだけでなく、珍しいものが置かれていた。そこにはレトロな雰囲気の、串に刺された三色のお菓子らしきものと、温かい旧茶が陳列されていた。私はすぐさま、これは蓮子の言っていたお団子というものに違いないと思った。なるほど、色からしてとても甘そうなお菓子で、春の暖かい日のおやつにはピッタリに思えた。私はすぐさま、このお団子と旧茶を購入して、旧茶が冷めないうちに早歩きで、蓮子が来ているであろう廃校舎へと向かった。



 私は、校舎裏の少し緑が濃くなった繁みに分け入って、古びた道の痕跡を辿っていった。お団子と旧茶を落とさないように注意しながら道を進み、廃校舎のいつもの教室に入ると、蓮子が黒板に向かって沢山の文字を書きながらぶつぶつと独り言を言っていた。文字の分量からして、蓮子はかなり前から既にここへ来ていたようだった。
「蓮子っ、しばらくね。今日はいいものを持ってきたわよ。」
 振り向いた蓮子に、私は三色のお団子と旧茶を見せびらかした。
「花見団子じゃない!メリーとても気が利くわね、ちょうどお腹が減ってたところなのよ!」
「で、こっちの桜はどう?綺麗に咲いてるかしら?」
 私は教室の奥に進み、窓の外を眺めてみた。すると教室のすぐ横にある山桜が、綺麗に花を咲かせていた。周りに乱雑に伸びた草木で、山桜は一部が隠れてしまっていたが、太く立派な幹から伸びた、沢山の枝から咲く花びらは、窓に入り込む光を薄紅色に染め上げるには十分すぎるほどだった。この山桜も廃校舎も、いつからここに存在するのか謎の多いところだが、ひょっとしたら山桜の樹齢は百年くらいは越えているのかもしれない。明るく咲き誇る花びらの下に覗く曲がりくねった枝は、何か霊的な存在の住みかになっていそうな雰囲気だった。
 山桜をしばらく眺めていると、後ろの方からガサガサと音がした。振り返ってみると、蓮子がてきぱきと教卓の上に置かれていた本やら紙やらを片付け始めていた。蓮子にしてはあまりに片付けが早かったので、よほどお腹が空いていたのかもしれない。私は心の中でこっそりクスリと笑い、お団子と旧茶を教卓の上に広げた。



 お互いに椅子を持ってきて教卓を囲むと、蓮子は早速お団子に手を伸ばした。チョークで白くなった指には、串刺しのお菓子はとても都合が良いようだった。蓮子はバクッとお団子を口に頬張り、モグモグと食べながら満足そうに窓の外を眺めた。私も一本手にとり、少し大きなお団子を丸々一個、思い切ってパクリと頬張った。合成糖とは異なる素朴な香りや、串の竹の香りが口の中にふわっと広がり、私は冬の凍てつくような寒さがこれで終わったのだと実感した。色鮮やかなこのお菓子は蓮子の言っていたように、確かに桜と一緒に食べるのがぴったりだと思った。私は窓の外の山桜を眺めながら、串に残っていた二つのお団子もぺろりと食べてしまい、温かい旧茶で一息ついた。旧茶の熱が身体にじんわりと広がり、窓から差し込む日光もあいまって、とても穏やかな気持ちになった。
 一方の蓮子はと言うと、何本目かの別のお団子をパクパクと食べ続けていた。お団子は多めに買っておいてやはり正解だったようだ。
「ずいぶんな食べっぷりね、お昼はちゃんと食べてたの?」
「お昼?そりゃぁ食べ・・・。私、今日お昼食べたんだっけ?」
「はいはい、今日もやらかしたのね。その勢いなら、どうせお昼なんて食べてないわよ。」
「たはは・・・」
 蓮子はそこそこの頻度で、こうやって夢中になってご飯を食べ損ねるのだ。こんなことを何度もやらかして、よく身体がもっているものだが、今日の黒板に書いていたものは、それ程には楽しいものなのだろうか。蓮子の書いていた黒板の方を見てみると、白いチョークで沢山の輪っかや、うねうねと伸びた筒状の絵が、春風のように優雅な数式と一緒に書き連ねられていた。黒板一杯に広がったその絵にはとても躍動感があって、今にも黒板を飛び出して教室の中を動き回りそうだった。
「ひも・・・?」
 私の口から、ぽろりと独り言がこぼれ落ちた。
「ん?モゴモゴ、ああ、そうよ、これは、モゴモゴ、ひもの、モゴ数式。」
「蓮子が前言ってたやつよね。そして蓮子が酉京都に行きたい理由。」
「モゴ、ああ、モゴ、そうよ、モゴモゴ、ぃもっていうのはモゴ」
「はいはい、私が悪かったわ、一回飲みこんで。はいお茶よ。」
 蓮子は串に残っていた最後のお団子を食べて、一度リスの様に口を膨らませたあと、お茶を受け取るとぐっと口に流し込み、一気に飲みこんだ。ふーっと一息をついて、蓮子は得意げに言った。
「ひもはね、世界を一つにするのよ。」
 ニヤリとした蓮子は、手に持っていた串をくるりと振って、小さな輪っかを描くような素振りをした。すると、その輪っかの軌跡から無数の桜の花びらが風と共に湧き出し、教室中に広がっていった。教室が花びらで一杯になってくると、それらはだんだんと風に乗って、私たちの周りで大きな渦を巻き始めた。ここはもう、まるで薄紅色の深い海のようだった。
 花びらは、風に乗って入り乱れるように舞っていたかと思えば、だんだんと、ぐにゃりぐにゃりと、形を変え始めた。平ぺったかったものが、色鮮やかなお団子のような丸々としたものへと変わり、ぐにょぐにょと伸び縮みしたかと思えば、ぽっかりと穴が空き、ついには滑らかな輪っかになってしまった。
 薄紅色の輪っかは、まだまだ、次々に、その姿を変える。ちっちゃく可愛く揺れ動いていたものが、突然教室一杯の大きさまで膨らんだり、それが一気に縮んでもじゃもじゃの毛玉のようになったりして、この世界のありとあらゆる形が、このひもから生まれてくるような気さえした。
「蓮子?これがひもの世界?」
「ええ、メリーも想像できるかしら、全てが一つになった世界が。」
 蓮子が薄紅の世界で両手を大きく広げた。すると蓮子の足元を中心にして、広大な深緑の地平が出現した。渦を巻いていた風は、より一層強くなって春の嵐のように吹き乱れ、私たちまでもふわりと浮き上がらせてしまった。
 私たちは広大な世界を、風に乗って飛び回った。多様なひもたちは、思い思いに揺れ動き、様々な音楽を奏で、ダンスを踊り始める。蓮子はひもとポルカを踊り、私はひもとワルツを踊った。そして蓮子はひもとタンゴを踊り、私はひもとマズルカを踊った。
 私が蓮子のもとに行くと、蓮子は私に手を伸ばしてくれた。私たちはお互いの手を握って、一つの輪をつくった。蓮子の手はとても暖かく、彼女の頬はこの世界を映して薄紅色に染まっていた。風になびく彼女の帽子や髪、長いスカートはとても優雅で、私は蓮子がとても愛おしくなり、その白い手に指を絡ませてぎゅっと握った。そして私たちはくるくると回りながら、この広大な世界に身を任せ、風に乗って舞い踊った。



「ねぇ蓮子?どうしてあなたは、ひもをやりたいの?どうして酉京都なの?」
 私の問いかけに、蓮子は微笑を浮かべてうつむいた。そして蓮子は、この深緑の地平の先を、遥かかなたを見つめて、ゆっくりと答えた。
「ねぇメリー、私達は、なぜここに存在するのかしらね?」
 地平の先を見つめる蓮子は、ゆっくりとその目を閉じ、優しく丁寧に私から片手を離して、その指をつんと振った。広大な世界は一瞬で消えて、私たちはもとの穏やかな春の日差しが差し込む、廃教室に戻っていた。
 まだ蓮子は何かを考えているような表情だったが、一度俯くと息を吐き、吹っ切れたようにいつもの明るい表情になって、私に聞いてきた。
「そういえば、私からもちょっと聞いていい?ついこの間まで寒かったから、あまり聞いてなかったけどさ、」
 蓮子は続けた。
「メリーがちょくちょく変な動物っぽいものを見るようになったって前言ってたじゃない?最近暖かいからそろそろ、その動物とやらも動き出してるんじゃないかなって。最近見てる?」
「ああ例の?確かにちょっとだけ見たわよ。前の登校日に。確かその辺りに姿が見えたと思ったんだけど、影になってて良く見えなかったのよね。」
 私は教室の窓際の方を指刺した。
 蓮子は、ふ~んといった顔をしていたが、すぐさま驚いたような表情になった。蓮子はしばらく指先を口に当ていて、何かを慎重に考えているようだった。何事だろうかと、私も不思議な気持ちになっていたら、蓮子から再び質問が飛んできた。
「ねぇメリー?さっき、登校日って言ってたわよね?」
「ええ。」
「ってことは、ここに来たのもきっと昼ごろよね?」
「ええ。たぶん一時前くらいのはずだわ。」
「動物らしきものは、その窓近くに見えたって言ったわよね?」
「ええ。その窓から机一個ちょっとぐらい離れたところ。」
「で、日光の影になってて良く見えなかったのよね?」
「ええ、あまり良く見えなかったわ。」
 蓮子は確信した表情になって言った。
「それはおかしいわ。だってその時間、その場所は影にならないはずだもの。」
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
不思議な感じ、とても良かったです。
6.80めそふ削除
面白かったです。ちゃんとオカルトやってる感じが好きでした
7.100南条削除
面白かったです
最後の1文で一気に秘封倶楽部が始まったような気がします
ヒモをやりたい蓮子が素敵でした