吹いてくる風に少し肌寒さを感じながら、朝焼けの中墓地へと向かう。
墓地と言っても墓標も無ければ弔い人もいない寂れた場所だが…。いや、今日は弔い人が居るな。半人半妖だから弔い半人だけれど。
魔法の森の入り口からは鬱屈とした空気が流れてきている。雰囲気もそうだが実際にこの森は普通の人間なら立っていられないほど空気質が悪い。そのせいか妖怪も滅多に見かけることはない。まぁここを通らなければいけないわけだが。安全ではないけど安心はできるな。出来るだけ長居はしたくないし早く森から出よう。
森を抜けるとひらけた場所に出る。名前がない丘、無名の丘だ。
丘の上には真っ赤な実をつけた鈴蘭が咲き誇り、緑と赤の毒々しい色が一面に広がっている。そのまま頂上へ歩みを進める。
頂上であたりを見回すと、人形が落ちていた。人形を手に取り観察していたら
「あなた、人間?」
不意に後ろから声をかけられた。
驚いて後ろを見ると幼い少女が立っていた。
「僕は人間ではないよ。半分はね」
「そうなの。ねぇ、その子返してくれない?」
僕の事など興味なさそうに少女は言った。
「あぁ、この人形は君の物だったのか」
「物じゃないわ。大事なお友達なの」
「それは失礼」
人形を少女に手渡す。
「あなたここで何してるの?」
「ここに用があるわけじゃないよ。これから無縁塚の方へ向かうんだ
「というか君は妖怪だよな?」
「そうだけど…、それがどうかした?」
「いや、ここまで来れる人間はあまりいないと思うけど、万が一があるからね。もし人間なら里まで送り届けなくちゃならない」
「ふーん、あなたは人間の味方?」
「どうだろうね。どちらかというと人間寄りなだけかもしれない」
「そうなの。へぇ、ふーん」
「なにか言いたげだね。君はどうなんだい? 人間のことが好きかい?」
「嫌い。人間なんて大嫌いよ」
少女はは静かに、しかしハッキリとそう言った。
これはまずい。完全に選択を誤ったな。
少しの間沈黙が流れる。
「…人間は嫌いだけど、今は観察中。視野を広げなさいと言われたしね」
なるほど、視野を広げるというのは良いことだ。そこからもっと人嫌いが進むか、人好きになるかは置いといて。というかこんな幼そうな妖怪を諭せるとは、中々に高尚なお方
も居たもんだ。
「僕はそろそろ行かせてもらうよ。まだ目的地に着いてないからね」
「ふーん、バイバイ半分の人」
「じゃあね、人形の妖怪君」
丘を下りながらふと思う。半分の人? 半分ってなんだか半人前みたいだな…。
僕はまだ半人前だろうか。歳を食うという表現があるが、食ってそれが僕の糧になっているだろうか。いつの間にか太陽がてっぺんで輝いていた。
無縁塚に続く彼岸花が咲き誇る道を歩いていると、道の脇に座っている男がいた。その男はこっちを見ると、特に何を言うでもなくまたそっぽを向いた。
この道には稀にこういう人間が現れる。現れるというか思いとどまるというか。とにかくここはそういう道なのだ。
「君は里から来た人間だね? そして帰ろうにも帰れない、と」
男はこちらには目も合わせずにうつむき続けていた。
「聞こえてるかい? よければ村まで連れて行こうか?」
「いいです。放っておいてください」
とは言われたが放っておけるわけでもない。無理にでも引っ張っていこうか。
「…僕は平気です。放っておいてもらえませんか?」
「そういうわけにはいかないさ。こんな所にいると妖怪の餌になってしまうよ」
「別にいいんです。もう、どうなったって」
うーむ、こっちとしては声をかけた相手が妖怪に喰われでもしたら、夢見が悪くなるしな…。
「まぁ、いいさ。君がそうしたいのならここに居ればいい」
別に本当に放っておくつもりは無い。この道ならば妖怪も寄ってこないし、何よりここに居るという行為が大事なのだから。
とりあえず無縁塚に行かなくては。止めていた歩みを進める。
後ろの彼はまだ下を向いていた。
そこそこ歩くと河原のような場所に着いた。身寄りの無い仏が集まる無縁墓地、その入り口だ。
今日はどんな掘り出し物があるだろうか―――いや、あくまでも僕は無縁仏を弔いに来たのだ。邪な気持ちは無い。あくまで対価をもらっている、それだけの事だ。
さて、身寄りの無い哀れな仏さんたちを弔いに行こうではないか。
僕にはそこまで影響は無いが、それでも塚に足を踏み入れると肩に重みを感じるような空気が流れている。そのまま付近を探索するが、一向に漂着物は見つからない。
今までこんなことがあっただろうか。外からの漂着物もなく、死体も落ちていないとは。
一通り歩き回ってみたが、やはり何も見つけることが出来なかった。
何かおかしいな。ここに何も落ちていないとは、しかもこの時期に。まぁ、無いものはしょうがない。これ以上ここに居ても何か見つかるとは思えないし、今日のところは帰るかな。
あの道にいた彼も里まで送り届けなければ――彼にその気があればだが。
とりあえず戻ってきたが、彼の姿は見えない。ここから一人で里へ帰れるはずはない。
…少し急ごう。早歩きで里への道を歩いていく。
無名の丘までの道のりで彼を見かけることはなかった。
ここまで来て見かけないということはもう村に帰ったか、もしくは餌になったか。あまり考えたくは無いけど、後者の可能性が高いかな。
丘の上から辺りを見回してもこれといった人影はない。
さっきの道の方をまた探しに行こうか、それとも里の方へ急ぐべきか。そんなことを考えていたら、またもや声をかけられた。
「さっきの半分の人が居るわスーさん。あんなに急いでどうしたのかしら」
「いやなに、人探しをしていてね。ここらで人間の男を見なかったかい? 里の人間なんだが…」
「見たわよ」
少女は軽い口調でそう言った。そしてこちらが口をはさむ前に続けて言った。
「食べちゃったけどね」
「本当に?」
「えぇ。なかなか美味しかったわ」
「はぁ、そうか…」
「怒らないのね。普通なら仲間が食べられちゃったら人間は怒ると思ったのだけれど。それとも半分だから怒れないのかしら」
「別にそういうわけじゃないよ。確かに人間が喰われるのに良い気はしないさ。けれど里から離れ、自分の足でここまで来たのならそれも仕方ないのかもしれない。…それに彼は、どうも生きようとしているようにはみえなかったからね」
「あら、そうは見えなかったけど」
「へぇ、君にはどんな表情に見えたんだい?」
「わからないけど、眼にはちゃんと力がこもっていたわ」
なるほど、幼いように見えてちゃんと妖怪だ。獲物を狩るときは眼を見る。いや幼いというのも一つ絡んでいるのかもしれないな。基本、大人よりも子供の方がそういう感情に敏感なのだ。彼女が子供かどうかは推し量れないが。
「そして君は彼を喰ったと」
「食べてないわよ」
「それじゃ彼はどこに?」
「…驚かないのね。もっと良い反応をするかと思ったのに」
「別に驚かないさ。最初から君が人を喰うとは思ってないさ。今の君が人を襲うとは考えにくいし、何より血が付いていない」
「ちょっと不愉快ね。あなたは私の何を知ってるの?」
「気を悪くしたのならすまない。彼がどの方向へ向かったのかだけ教えてもらえれば、僕は退散するよ」
「向こう」
とだけ言って彼女は里の方を指さした。
礼を伝い終える前に彼女は姿を消してしまった。まぁ、またすぐに会えるだろう。それに彼にも。
今は彼岸の時期なのだから。