Coolier - 新生・東方創想話

明治一七年燃えよ仮名手本残菊天狗

2022/02/25 22:53:59
最終更新
サイズ
16.37KB
ページ数
1
閲覧数
1806
評価数
8/14
POINT
1070
Rate
14.60

分類タグ

 一

 十数年前までこのあたりは金蓮寺の境内だったのだが、度重なる天災や蛤御門の変のあおりを受けて、本堂は燃えるし財務は火の車というもので、歴々の住職らは土地をすっかりうっぱらってしまった。そこに目ざとい商家が現れるや、買い占めた土地を文明開化にかこつけて、今では新京極と呼ばれる京都随一の歓楽街に盛り上がった。
 射命丸と幼い飯綱丸が管を巻くのは、そんな京都三条通から四条通に渡る新京極の楊弓場(射的をして楽しむ店)の一つである。

 射命丸が引いた弓はものの見事に的の中央に突き刺さる。見物していた客たちはオオッと歓声をあげた。
 側に控えていた背の低い童女、飯綱丸はニィッと笑って耳打ちする。
「射命丸さま、風を操ってずるしましたね」
「あやや、バレましたか? 勘弁、勘弁。『こぉひぃ』を奢るので内緒にしてくださいよ、飯綱丸」
 この数年の京は大阪に続いて大津まで鉄道が開通し、人の往来も舶来の品々も増え、いよいよもって千年の都にも異国情調というものが流行っていた。コーヒーに両切煙草を出す茶店、楊弓場、縦覧所。その軒先はペンキ塗りに石油ランプといった具合である。
「うーん、苦いからわたしは嫌いです、あの黒い水……」
「いや、いや。こぉひぃの趣致というのはですね、飯綱丸。ただ舌で楽しむだけでなく、香りを鼻で楽しみ、飲み仲間との談笑を耳で楽しみ……そして目で楽しむものなのですよ」
 射命丸はねっとりとした目線を『えぷろん』を着込んだ給仕娘の臀部に向けた。隣でこれまたコーヒーを楽しんでいた書生がずいと乗り出して口車に乗ってくる。
「あいや、お嬢さん、わかってらっしゃる。舶来の品々、ひいては明治維新文明開化の本髄とはまさにそれです。出方が運ぶ茶のどこに楽しみがありましょう。日本人は野蛮な因習から解き放たれ、いそぎ西洋文明に追い付かねばならぬ。これからは生活改良、先んじては衣服改良でありますなァ。はははは!」
「あやや、しかり、しかりですお兄さん! 江戸幕府は家光公以来のご禁制が終わり、巷は天狗連の女義太夫女芝居女落語といって、まさに神国の文化は花咲こうとしているのですね。なればこそ我々選良が日本民族の導き手たらねばなりません。衣服改良、衣服改良!」
 さらに周囲の紳士たちを巻き込んでぎゃーぎゃーと騒いでいたが、飯綱丸が一言「きもちわる……」と呟くと、各位そろって気落ちした。

 さて、この年の暮れの京では天狗を見たという話が相次いで、ちょうど板垣退助が自由党を解散させた時分なものだから、京都の府警は「旧自由党員が山伏と組んで政府に手向かおうとしている」とヒリついていた。
 実のところは(つい先年にあの八雲紫が妖怪たちに布告したお触れが関わってくるのだが)音に聞こえし幻想郷に大結界が敷設されるというので、京の山々の天狗たちも大本山たる妖怪の山に引っ込もうというのだ。その引っ越し作業で誰も彼も大忙しで、人里から姿を隠すような手間暇をかけられなかったというのが真相である。
「いいんですか? 射命丸さまは遊んでばっかで。鞍馬も愛宕も比叡山も、朝から晩まで蔵をひっくり返して荷支度してますが」
「……あんなものはね、飯綱丸。夜逃げです。口ではレンガ造りを馬鹿にして、いざ石油が桐油に代わって自分たちの山の宵闇を照らすとくればたちまち田舎に引っ込もうってんですよ、みっともねぇ」
「幻想郷、お嫌いなんですか?」
「ン? そういうわけじゃないんですよ。あそこはいいとこです。お前は信州の生まれだのに、あの郷を見に行ったことがありませんでしたね。そうね、向こうはね、活気がありますよ。……こいつは向こうの河童に撮ってもらった『ほとがらひぃ』というやつ。あそこの連中は新しいものを受け入れる気概があります」
 射命丸は懐から写真を取り出した。飯綱丸の知らぬ河童と鬼が射命丸と肩を組んで写っていた。
「……河童は殊勝なんですね。こないだ水戸から来てた山伏ども、夷狄の舶来ならなんだって不浄だ下品だって言って、薬箱を持ってない医者を打って叩いてました。かわいそうです」
「くく、ソイツも元気があっていい。水戸の連中は幻想郷に行く気がないってんで守護職(天魔が京都の監視として置いた、妖怪の山の官職のこと)に陳情に来たんでしょう? そういう手合いも今の京には少なくない。刑部狸の一派も鬼を何匹か抱き込んでやらかそうって腹らしいですし、一波乱来るんじゃないですか?」
「スキマ妖怪のお手並み拝見、です? 射命丸さまはいつもそうですね。高みの見物決め込むんです」
「それときたらお前こそですよ、飯綱丸。出世して大天狗になるぞと意気込んでいたではありませんか。いつまでも私みたいな無頼漢の腰巾着してるもんじゃないよ。博麗大結界ってのは、妖怪たちにとって逆説的な黒船なんです。今、政界に乗り出さなくてどうしますか」
 飯綱丸は目をぱちぱちさせて、それから考え込んだ。射命丸はそれからなにも言わず、砂糖をたっぷりいれたコーヒーで喉を湿らせていた。

 二

「都市部はお上から工場の払い下げってもんで人が足りてませんでした。やれ松方卿の失政だ農村の貧困だと言いますけれど、食うにあぶれて昇ってくる百姓共も職に困りませんから、まったく新政府というのは経世済民というものがわかってるようで」
 明治も十七年を数え、あえて『新』政府などという言葉を使う向きもすっかり失せたが、齢を重ねた妖怪ならではの時間間隔のあらわれだろう。
 射命丸とくればキセルを片手に昼行燈であるが、九州福岡から昇ってきた天狗の一人である『鹿島半九郎』は真っ向から反論してきた。
「言いますがね、射命丸さん。あんた英彦山に登ったことはあるとですか。……廃仏毀釈から風俗は乱れた。百姓どもは食うに困って、自分らの娘を山師共に身売りしよってるんです。どれもこれも薩長土肥の人間共がわるか。国ィちょくらかされて、なしてワシらが有象無象の人間どもに頭下げて信州に下らなあかんとですか。なして松方何某が偉いもんですか」
 射命丸らが寝泊まりするのは西京都山中の坊舎である。門前では英彦山の半九朗率いる山伏に、阿曽山の非主流派『惟山党』と『雲晴派』の天狗たち、水戸筑波山の破戒僧『雲慶』の一派も集まって、あれこれ陰謀を嘯きながら年越し前のもちつきをしていた。
 ぺったんぺったん。あよいしょ、あよいしょ。
「あやや、あなたたちが悪いとは言ってませんね。むしろ私は好ましいですよ。ただ、おわかりですか? 天魔はすでに詔を下しています。朝敵ですよ――」
「天魔さまはァ! ……にっくき姫海棠家の傀儡じゃン! ワシらがお救いせやーめぇもン!」
 その通りだその通りだ、と揃って周囲の声があがる。
「皆の衆にお伝えすることがある…………先日、天魔さまより密勅が降ったのだ! 義は我らにある!」
 天狗らの一人が懐から取り出した文を丁重に紐解いて読み上げた。その内容には「わたしは草莽の志士たる諸君らばかりを頼みにしている」とか「姫海棠をはじめとする御三家は権力を蚕食していて忌まわしい」とかあって、面々は感涙したり声をあげたりした。
 世が荒れたときに真っ先に流行るものと言えば辻斬り、夜盗、そして偽勅であるというのは何百年も前から指摘されるところである。とはいえ物事が進行しているあいだに、勅書の真偽がどうして問題になるだろうか。

「射命丸さま、射命丸さま。この家なんで急進派の根城になってるんですか。射命丸さまって陰謀の首魁だったんですか?」
 飯綱丸はきなこ餅をもちょもちょ食べていた。くっちゃべりながら食べてると詰まらせますよ、と射命丸は諭す。
「この坊舎、元々わたしの持ち家ではなく旧秋月藩の藩邸でしてね。わたしはちょっとした縁で間借りしてただけです。廃藩置県ンときの借款処理で権利書が英彦山の山伏に移ったもんで、今の正当な持ち主は彼らなんですよ」
 それできなこを詰まらせたものだから、言わんこっちゃないと射命丸は呆れた。
「げほっごほっ、おみずおみず……んくっんくっ、ぷはぁ。……借款処理って、えーとそれってつまり……あいつら新政府の国債を買ってるんですか!? あれだけ人間排斥を唱えてるのに?」
「うふっ、ふふふ。彼らだって生きていますからね。人間と商いをすることもありゃ、国債だって買いますよ。……幻想郷の外の天狗たちはあくまで頭領として天魔を頂いていますが、律令上また実務上においてその支配下にはありませんでした。妖怪の山を中心として全国霊山霊峰の天狗共同体が連携する緩やかな封建制……これは地獄の是非曲直庁の分権主義を参考に組み上げられたものだったのです。であるからこそ幻想郷への撤退決議は実質的な地方分権の終焉と官僚独裁の宣言でありまして……わかります?」
「えと、えと。問題の根は里の政治に帰する、というお話でしょうか?」
「半分正解ですね。不満を持つ天狗たちの問題意識が妖怪の山にあり、またその解決が中央官僚共の地方政治への不誠実の清算に求められるのだとしても……大結界を拵えたのは八雲紫であり、決議を推し進めたのは賢者連なのです。見方によれば、賢者連が天狗の懐に手を突っ込んだとも言えますよね。あるいは天魔が賢者連に貸しを作ったとも」
「なる、ほど……? 射命丸さま、話がズレてませんか?」
「え? ズレてませんよ?」

 次いで頼み込んできたのは水戸天狗の雲慶である。僧の身分ながら長髪を垂らし、顔には横一文字のカタナ傷が刻まれている。
「射命丸殿、お頼み申す、お頼み申す。五十年ほども昔、わたしらの先生は天魔の犬に……忌々しい白狼の首領に斬られているのです。どうか義によって助太刀ください」
 射命丸はこれに曖昧な返事だけを返した。元より彼女にやる気がないのは誰もが知るところである。それでもなお天狗らは彼女を慕って寄ってくる。
「射命丸さん、あたしァは七十年前に八雲の式神に嵌められて――」「我らは秘神に手酷くやられ――」
 飯綱丸が不思議なのは射命丸の政治的平衡感覚である。彼女はどの山にも名を響かせるほど重鎮であり、一方で無党派の代表であり、敵対するそれぞれの派閥にするりともぐりこんでも文句を付けられない。これだけ反天魔派と親しくしながら彼らに与せず、また天魔から討伐令が出されることもない。
(年の功、なのかな。やっぱり射命丸さまはすごい天狗だ。私もこうありたいな)
 未だ門前では餅つきが続けられている。
 ぺったんぺったん。あよいしょ、あよいしょ。

 三

 さて京都市中は一層騒然としていた。廃刀令から早五年も経ち、人斬りが横行した幕末は遠くなりにけり、すっかり治安も良くなったはずの京であるが、天狗の目撃は反比例するように増えていた。否、天狗だけではない。あるものは揺れ動く鬼火を見たというし、あるものは鵺の鳴き声を聞いたという。こういう話が新聞に載ると、西洋かぶれのインテリたちはこぞって近代科学でもって古めかしい迷信を説明しようと試みたけれど、市民たちの不安は拭えなかった。
「ははは! どうだ、どうだ。八雲一味はやれ人が神仏妖怪を信じない時代だなどと煽りよるが、これが真相だとも! 我らは絶えず人を脅かし続けてきたし、今もなお脅かしていて、そしてこれからも脅かし続けるのだ! なにも変わらん、変わらんよ!」
 市中の妖怪の増加は京の姿を見納めしようという妖怪たちの里帰りによるものだった。幻想郷に行けば二度とは戻ることのできない千年の都は、多くの妖怪たちにとっても忘れ難い郷であったから。
「……でも、私たちを恐れない人間が増えてるのは事実じゃないですか」
 呟くような飯綱丸の言葉に、新聞を読んでいた名も知れぬ天狗は声を上げた。
「これは! 射命丸殿の近習とも思えない言葉ではないか! ……いや、幼いお主は知るまいな。人というのはな、畏れ敬うことが根本にある生き物なのだぞよ」
 飯綱丸は反論する言葉や論理を見つけられなかった。あえて強弁することはたやすいけれど、己が幼いことは事実だし、相手を否定する勇気もなかったからだ。しかし納得はいかなかったからぷすんと拗ねて、ぱたぱたと寝屋に引っ込んだ。

 例年よりも暖かい冬に、山道には菊の花がすっかり咲き残っていた。天狗たちは黄色い布を取り寄せて同志の印とし、『残菊党』を名乗るようになった。
「諸氏ーッ、金打ッ」
 じゃきん! 刀の鍔を鳴らすことで、残菊党の天狗たちは不退転の誓いを示しあう。
 曇天の空から雪がチリチリと舞いだすと天狗たちは屋内に引っ込んだ。火鉢に火を入れて、雪見酒である。女中たちが酒と飯を運び込み、会議という名の宴会が始まる。
「雲慶どん、見ィ。甲賀の忍び里出向いたときン培った知識で作った、炸裂弾じゃァ。着火作業のいらぬ最新型じゃけェ」
「……素晴らしいですな!」
 不貞寝していた飯綱丸も、楽しげな酒気に誘われて宴席に潜り込んでいた。椿餅を片手に酒を煽る。
「おおッ、おおッ! 飯綱丸と言ったか。おぼこい娘がいい飲みっぷりじゃァ。それ、もっと飲めい!」
「んー! ごくっ、ごくっ……ぷはーっ! んふふぅー、ひっく……ご存じですか? 南蛮では麦から作った酒を魂のパンと言うそうで。しかるにこの『あわもり』は言うなれば魂のおこめ。御饌になにゆえ酒が供されるのかというもの…………しかるにぃ! 我ら天狗とて魂の糧なくしてはぁ……むにゃむにゃ……」
「おッおう? だ、大丈夫か、娘ッ子……」
 かっと目を見開くと、ぱっと立ち上がって飯綱丸は叫んだ。
「あはは! んふふ! 飯綱丸龍、一本踊りまーす!」
 足袋を脱ぎ捨て裸足を晒し、肩をはだけて踊りだした。三味線の音に合わせて華やかに、足取りは韋駄天がごとく軽やかに。
 それを見た妖怪たちはやんややんやと囃し立てる。
「娘がァして~くれた~用意の握り飯~ッ♪ どれどれ~お先へ参じましょォ~♪」「それッそれッそれッ」「やーッやーッやーッ!」
 大津絵に乗せて次第に踊りだす連中も増えて、競うように足を打ち鳴らす。最後には誰も彼も空回って、飯綱丸は本当にくるくる回転してばたりと大の字に倒れた。
「あはははははは!!! あはははー! うふ、あはは、ふぅ、んふふふ……」
 飯綱丸は酔いのままにぶっ倒れた。かんらかんらと笑い声ばかりが耳に残って、楽しかった。

 目が覚めて、ふと縁側から空を見上げれば既に逢魔時。東の空はもう真っ暗だった。都市化の進む京都では見える星の数もずいぶん少ない。天狗とはあるいは彗星に例えられることを思い出して、飯綱丸は頭の中であの星々は今の妖怪のようだと独り言ちた。
「……飯縄山にいたころから、星が好きでした。冬の夜空を飛ぶのが好きでした。めいっぱいに広がる輝きが。星座とか、天文とかはよくわかりません。星が好きだったのです。それで天魔の地位が欲しかったのです。それで政界に足を踏み入れることにしたのです」
 脇息に寝転んでいた鹿島半九郎が口を開く。
「……話が飛んでないかい、飯綱丸ちゃん」
「飛ばしましたからね。あとちゃん付けはやめてください……」
 対外的な天狗主意主義を内面化させた妖怪の山では(その思想的裏付けに天帝思想を引いているにも関わらず)天魔の地位ですら代替可能な歯車だと嘯かれてやまない。とはいえ単なる一派閥の首領に過ぎなかった女天狗が天魔の地位を頂いてこの1000年余り代替わりしたことはないのであるから、半九郎は飯綱丸が易姓革命を目論んでいるのだと解釈した。
「地上から見上げる空は、雲がうっとおしいです。人里の灯りがうっとおしいです」
 飯綱丸は言葉をつづけた。語気は少しずつ荒くなっていた。
「でもそれは山でも同じなんです。天狗が、空を飛んでるんです。それが羽虫みたいにうっとおしくて、わたしは……」
「……そういう話、他の連中にはするなよ」
「わたしはわたし以外の天狗が嫌いです! 天空を統べるものはわたし一人だけでいい。わたし一人だけがいい」
 非物理的な空間である天界や冥界を除き、天魔の住まう妖怪の山の禁殿は日本列島の最高高度に位置する。天を重んじる天狗だからこそ、禁殿より高く飛ぶことはご法度とされている。
 ゆえに天魔を目指す。その直截さに半九朗は苦笑する。
「親を愛する者は子を売り、子を愛する者は親を売る。友を愛する者は妻を売り、妻を愛する者は友を売る……」
「……なんです?」
「ワシはむかし考えたことがあってね。万民を愛す聖人君子のありように最も近いのは、世の全てを忌んだ厭世者ではないかと。誰も愛さないことは、きっと誰もを愛することに等しい。君はいい政治家になるよ、飯綱丸ちゃん」
 仁を排し兼愛を貴ぶ天狗社会。飯綱丸とて教養人であるがゆえ、言わんとするところは理解する。
「ばからし。ただの言葉遊びですね、やっぱり天狗って嫌いです」
「射命丸さんのことも嫌いなのか?」
「……そういう話はしてないです! おまえきらい!」
 飯綱丸は吠えた。

 四

 飯綱丸は京に居残りたがったけれども、情勢の急変を見据えた射命丸に引きずられ、幻想郷へ飛ぶことになった。
 半九朗をはじめとした面々に挨拶もせず立ったものだから、飯綱丸はどうにも後ろ髪を引かれていた。年の瀬は目の前に迫っていて、京の空の風はいやに冷たい。曇天からは変わらずチリチリと雪が降っていた。
「里では小豆だけ価格が吊り上がってるそうです。赤飯の買い占めですよ。遠からず白狼衆に動員が掛かります……どうしました、飯綱丸?」
「……白狼衆って……やっぱりおかしいと思いませんか、射命丸様。なんで天魔直属の特務が出張ってくるんです? そもそも残菊党に……残菊党だけじゃありません。京都中に集まってる不逞妖怪たちに、天魔さまや賢者連を脅かす力なんてあるわけないじゃないですか」
 ぱたぱた空を旋回しながら射命丸は興味深そうにうなずく。
「ふぅん? ふぅん……続けて?」
「え、えと。だって、そもそも彼らは烏合の衆です。彼らは敵や理念を共有しているわけではなく、手段のみを共通のものとしています。であれば火時計が火線を燃やし尽くすように、時間が彼らを灰に返してしまうのではないでしょうか。わたしの推論、間違っていますか?」
「間違っていませんよ。続けてください」
「えっ……? ううん……なんですか? まだなにか……この状況が何かしら意図的に仕組まれたものとか、そういうお話をしようとしています……?」
 射命丸はにっこり笑う。
「現実のものごとは多様な人の意思が複雑に絡み合い、無限の真実を形成している。政においてすべては不確定であり、あらゆる結果は天命である……などというのはですね、人界の論理ですよ。『神算鬼謀』と言いますよね。天魔、賢者連、八雲紫……己に都合のいい真実を手ずから獲得できないものが、政界においてどうして妖怪などと呼ばれることがあるでしょうか?」
「……なに言ってるんですか!? なるほど射命丸さま、あなたはこう主張するわけだ。政治は大多数の意思の集合によってではなく、巨大な権力者や陰謀組織が政局のすべてを掌握して操作していると。彼らが意図するところによって残菊党のような哀れな小市民たちが立ち上がらされ、また彼らの手によって斃れるのだと! ば、バカげてる……」
「く、くくく、あははは! そんな話はしてないですよ、勘違いです! 語るに、ええ、語るに落ちましたね、飯綱丸や。先日、お前はわたしを傍観者気取りだと罵りましたよね。ですけれど……お前の論理こそまさしく傍観者のそれではありませんか! あははははは!」
「むっ……むがっ……初めからそういうお話にもっていくつもりでした? なんか……結論ありきというか……」
「でもお前はわたしの言葉にあっさり誘導されたではないですか。あっーはっはっはっは!」
「……説教臭い。おやじくさい。ふん」
 冷たい一言に射命丸は泣いた。

 くだらない雑談のうちに、すでに彼女らは幻想郷の上空にたどり着いていた。
 結局のところ飯綱丸は残菊党の結末を見届けることはなかった。それから伝聞や記録によって彼らの末路を知る機会はあったけれど、あえて耳目を閉じた。その末路を推測するのは易いし、しかし決して感傷の類ではないのだとたびたび自分に言い聞かせた。
 やがて飯綱丸は天狗の里にて仕官し、出世街道を駆けのぼることになるが、それはまた別の話である。
幼少期の飯綱丸とお姉さんな射命丸のカプを書こうと思って作った作品です。おねろり。あと大結界騒動の話も書きたかったので入れました。
余談ですが、本作に登場するモブはみんな女の子です。半九朗とかも女の子。ふふふ!
あるちゃん
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.290簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
射命丸と飯綱丸の絶妙な関係性が光る作品でした。地の文も軽妙で読んでいて楽しかったです。
2.100Actadust削除
飯綱丸さん可愛いかよ。
重厚な設定と政治バトルが、二人の軽快な会話で語られて楽しめました。
3.100夏後冬前削除
この動乱の時代のゴタゴタ感と文章の雰囲気が非常にマッチしていて素晴らしい作品でした。面白かったです。
4.100めそふ削除
面白かったです。
5.100南条削除
とても面白かったです
切れ者同士のおねろり、素晴らしかったです
題材と文体がとてもよくマッチしていてすごかったです
6.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
10.100名前が無い程度の能力削除
陰謀と可愛さと軽妙な語りが読書の手が進んで良いでした
13.90福哭傀のクロ削除
歴史も政治もてんでだめな私ですが、不思議とすらすらと読めました。
難しい話はよくわからんべ、と思いつつもそれでも射命丸と飯綱丸そしてそれを取り巻く天狗社会と文明開化、それだけでも十分に楽しめました。
この話を原作に繋げると飯綱丸は思ったよりも幼いのか、少し前までこんなに幼かったのか、なるほど。うむ。