授業後のホームルームで、学年末考査の日程が発表された。考査の対策は普段からしているので、この発表自体に驚きはしないが、ついに二年生の終わりが近付いて来てしまった。私も自分の進路について、そろそろ決断を下さなければならない。ひとまず進学するにしても、私はどこを受けるべきか考えねばならない。
私は進学先の候補となりそうな大学を幾つか思い浮かべながら、教室を後にして校舎を出た。校舎の玄関近くの植え込みには、梅が咲き始めていた。近付いてみるとほのかな香りが漂っていて、その小さな花はとてもかわいらしく、まだ寒さが残る中に咲く姿はとっても健気に思えた。
そのまま先に進めば校門だが、私は反対に向き直して校舎の裏へと向かった。いつもの、あの場所に行く為だ。この時間の普通の生徒の流れからすれば、私は中々に不思議な動きをしているのかもしれないが、これが今の私にとっての日常なのだ。もちろん、考査が近いので無暗に時間を潰す訳にはいかないのではあるが、私はいつものあの場所で蓮子に会いたかった。
そういえば、蓮子は進学先をどうするのだろうか。彼女は、あの素行ぶりには似合わず、なぜか成績だけは優秀らしいのだ。もっとも、教育改革が為された現代では、何かを身に付けたいと望めば、それに応じて最適なトレーニングプランが提供されるので、皆そこそこには何かしらの能力を持っているものだ。しかしながら、彼女はその中でも群を抜いた存在だった。
高校に入学した当初、桁外れの生徒がいるらしいと職員室の話題がもちきりになっていたそうだが、その話題の主は他でもない蓮子だった。それに本人の話では、正確な時刻さえ分かれば、月と星を見るだけで、自分が地球上のどの位置にいるのかが分かるらしい。どんな目をしてるのよ、気持ち悪い。
そのような彼女なことだ。きっと、奇抜で稀有な才能が集まるような大学に進学するに違いない。とすると、酉京都大学だろうか。神亀の遷都以来、あの大学は科学世紀の日本を引っ張る存在となった。彼女にはぴったりだろう。
校舎裏の繁みに着いた。まだ冬の終わりかけで枝だけの草木も多いが、多年草や常緑樹が視界を遮っていた。例の入口は、何度も通ったせいでうっすらと跡がついているが、そこにあると分かって目を凝らさなければ気付けない程度のものだ。今でこそ、この先に進めると分かっているが、かつて蓮子は草木が茂っている時期にこの道を見つけて、あの廃校舎を見つけたはずだ。一体どうしてこんなところに入り込んだのよ、あの好奇心お化け。
私は繁みを抜けて、荒れ果てた道を通り、廃校舎に入った。蓮子はまだいないようだ。ただ待っても時間がもったいないので、私はしばらく考査対策の勉強でもしておくことにした。
「やっほー、メリー。今日は早いわね。」
蓮子の陽気な声がした。手元のノートから顔を上げて声のする方を見ると、蓮子が颯爽と歩いてやって来ていた。背筋がぴんと伸びた彼女は凛々しく見えて、今日も彼女は微笑を浮かべていた。また何か面白いことでも考えていたのだろうか。私はそんな蓮子の姿を、見つめ続けてしまっていた。
「何それ、お勉強?」
蓮子は私のノートに気付いて、覗き込むようにして言った。
「そうよ、考査も近いしね。・・・そういえば蓮子って、進路はどうするの?」
「進路?ああ、私は酉大に行くつもりよ。あそこは『ひも』の研究をするにはもってこいの環境だしね。そういうメリーはどうするの?」
蓮子は無邪気に笑って答えた。私は結局、どうしたものだろうか。私にとっても、酉大はもちろん魅力的な進学先だ。それに、やはり蓮子は酉大に行くのだ。だったら・・・。
「私も・・・、酉大に行きたいわ!」
私は勇気を振り絞って、彼女の目を見て言った。蓮子は私の答えを聞いて、満面の笑みになってくれた。
「そうねメリー!一緒に行きましょう!」
そう言って見つめ合い、二人でふふっと笑った。なんだか恥ずかしくなって目を下にそらした後、蓮子は黒板に向かって行った。私はその後ろ姿をちらと眺めつつ、また自分の勉強ノートに戻った。
しばらくして、自分の勉強に一区切りが付いた。私は手を組んで上に向かって伸びをした。ふうっと力を抜いて前を見ると、黒板にはびっしりと蓮子の数式が書かれていた。やはり見慣れない文字で一杯だし、今日は不思議な図のようなものも多かった。幾つかの折れ線があって、その間が波線で繋がれていたり、輪っかが繋がっていたりしていた。これも何かの数式だったりするのだろうか。中には少しだけ読めそうな文字もあった。<quantum>と書かれているようだ。この言葉はなんだか前に蓮子が言っていた気もする。確かとっても、とっても小さいもののことだったはずだ。
小さいもの・・・。私の目の先には、チョークが見える。それを砕いていったら、粉になる。その粉をもっともっと小さくしていったらどうなるだろう。そのもっともっと先は・・・。どんどんと小さな世界を想像していったら、気が遠くなっていき、自分までも小さくなって行くような感覚を覚えた。自分の意識が、どんどんと拡大されて、黒板に吸い寄せられて行くようで、少しめまいがしてきた。でも、その先は一体どうなっているのだろうか。私は目を閉じて力を抜き、めまいが収まるのを待った。気分が楽になってから、私はゆっくりと目を開きながら蓮子に聞いてみた。
「ねぇ、蓮子、この文字って・・・」
ってあれ、蓮子がいない。蓮子?どこに行っちゃったの?
いくらさっきまで自分の勉強をしてたとはいえ、蓮子がどこかに行けばさすがに気付くはずだ。この建物は古くて所々軋む音がするし、扉を開け閉めすればなおのことだ。蓮子はどこへ言ってしまったのか。
「蓮子ーーー?近くにいるのーーー?」
「ここよぉーーー!メリー!」
微かに蓮子の声が聞こえた。遠くにいるのか、私はきょろきょろと周りも見渡した。それでも蓮子は見当たらないし、そもそも聞こえる方向は窓や扉の外なんかじゃない気がする。もっと近くのような。
「メリー!こっちこっち!」
こっち?なんだか黒板の方から蓮子の声が聞こえるような。
「メリー!ここだってば!」
黒板の方を見ると、何やらひょこひょこ動く小さなものが見えた。
あらら?この白と黒の姿は・・・。
蓮子!?蓮子なの!?
近付いて見ると、梅の花ぐらいのサイズの蓮子が黒板の面の上で、私に向かって手を振っていた。しかもその姿は、二頭身くらいにまで縮んでいた。え、どういうことよ!?
「蓮子!?一体どうしたのよ!?」
「どうしたもなにも、メリーまた何か想像しちゃってない!?小さい物がどうとか」
「ああ・・・」
図星だった。さっき蓮子書いた<quantum>の文字を見て、私は小さな世界とはどんなものか気になってしまっていたのだ。
「ごめんなさい蓮子!蓮子の書いたこの文字のことが気になっちゃって!ほら、今この黒板に書かれてる数式もそういうのなんでしょ?」
「ああ、やっぱり?そういうことね。」
蓮子は得心した顔をした。いや、しめたと思っていたのかもしれない。また彼女の口角が、少しニヤリと持ち上がっていた。
「良いわ、じゃあメリーをちょっと、小さな世界に招待するわ。」
そう言って蓮子は、ニヤニヤとしながら、小さな小さな世界の事について教えてくれた。なんでも、世の中の物質は全て小さな最小単位に分解することができて、その小さなものの振る舞いは、量子力学とやらで記述されるらしい。良く聞く『電子』は、その最小単位の一つで、黒板に書かれていた図は、その電子が飛ぶ様子を描いたものなんだとか。
「じゃあちょっと実演するわね。私をその小さな『電子』だと思って!」
蓮子はちっちゃな両手を広げて、黒板の面の上でぴょんぴょんと跳ね出した。そして黒板に書かれた線に沿って飛び始めた。
シュイーン。
飛んでる!電子が、いや蓮子が飛んでるわ!
蓮子が線に沿って飛んでいった先で、線が折れ曲がってる所にたどり着いた。その瞬間、真横の波々の線に沿って光の粒が飛んできて、蓮子とぶつかった。
ぽこっ。
蓮子は弾き飛ばされて、遠くへ飛んでいってしまった。
あわわわ、蓮子ぉー!?
でも大丈夫だった。蓮子は弾き飛ばされた先で、くるりと宙返りをして体勢を立て直し、また私の目の前へ飛んで帰って来た。
「蓮子、今のは?」
「今のは、電子と光の粒の散乱ね。実は、小さな世界でこういう事が起きてるおかげで、物と物が引きあったり、反発したりするのよ。」
解説を終えると、すぐにまた蓮子は黒板の面の上を、勢い良く飛び始めた。動きを追い切れずに蓮子を見失っていると、またあのいじわるな波々の線に乗って、横から光の粒が飛んできた。でも今度はその光の粒は突然消滅して、そこから代わりに二つの蓮子が飛び出してきた。いや、よく見ると、一つは蓮子だが、もう一つは白と黒を反転した蓮子だ。蓮子と反蓮子の二人が陽気な様子で、輪を描いて回り始めた。
ぐるぐると。ぐるぐると。
もっと、ぐるぐると。もっともっと・・・。
どんどんと速く回り出す二人に、自分の目までぐるぐると回ってきた。私はふらふらとして来て黒板によりかかると、自分の体が黒板に吸い込まれていくのを感じた。私は怖くなって、ぎゅっと目を閉じ身体に力を入れた。平衡感覚が落ち着いて、恐る恐る再び目を開けた時、目の前には濃い緑の地平が広がっていて、空中には無数の蓮子と反蓮子が飛び交っていた。
何よこれ!?
れ、蓮子がいっぱい!?
あっけに取られていると、私は蓮子やいじわるな光の粒に、ぽこぽことぶつかられながら、小さな世界を飛び回った。慣れてしまえば、この世界も飛んでいて中々気分が良いものだと思った。光の粒は、ちょっとだけお邪魔さんだけれども、それのおかげでたまに小さな蓮子と反蓮子が飛び出してくるから、大目に見てあげることにした。
飛び回りながら、蓮子を見つけて近付いてみると、更にたくさんの蓮子と反蓮子が飛び出してきた。世界の見え方は目まぐるしく変わっていった。思い切ってもっと蓮子に近付いてみると、飛び出してきた無数の蓮子と反蓮子で、自分の周りは一杯になり動けなくなってしまった。
ああ、しまった抜け出せない。どうしよう。
私はもがいたが、だんだんと息苦しくなってきてしまった。ちょっと、待って蓮子、一旦出して!
蓮子と反蓮子の海をもがいていたら、一人の小さな蓮子が指を立ててつんと振った。すると周りの蓮子と反蓮子は一瞬で消えてしまって、私はもとの廃校舎の椅子にへたっと座っていた。
「ねぇ、メリー?今日のはどうだった?」
蓮子がニヤニヤとした顔を近付けて話しかけて来た。
まったくこの子ったら!
私は、乱れた髪を手櫛で直しつつ、上がった呼吸を整えていた。
私は進学先の候補となりそうな大学を幾つか思い浮かべながら、教室を後にして校舎を出た。校舎の玄関近くの植え込みには、梅が咲き始めていた。近付いてみるとほのかな香りが漂っていて、その小さな花はとてもかわいらしく、まだ寒さが残る中に咲く姿はとっても健気に思えた。
そのまま先に進めば校門だが、私は反対に向き直して校舎の裏へと向かった。いつもの、あの場所に行く為だ。この時間の普通の生徒の流れからすれば、私は中々に不思議な動きをしているのかもしれないが、これが今の私にとっての日常なのだ。もちろん、考査が近いので無暗に時間を潰す訳にはいかないのではあるが、私はいつものあの場所で蓮子に会いたかった。
そういえば、蓮子は進学先をどうするのだろうか。彼女は、あの素行ぶりには似合わず、なぜか成績だけは優秀らしいのだ。もっとも、教育改革が為された現代では、何かを身に付けたいと望めば、それに応じて最適なトレーニングプランが提供されるので、皆そこそこには何かしらの能力を持っているものだ。しかしながら、彼女はその中でも群を抜いた存在だった。
高校に入学した当初、桁外れの生徒がいるらしいと職員室の話題がもちきりになっていたそうだが、その話題の主は他でもない蓮子だった。それに本人の話では、正確な時刻さえ分かれば、月と星を見るだけで、自分が地球上のどの位置にいるのかが分かるらしい。どんな目をしてるのよ、気持ち悪い。
そのような彼女なことだ。きっと、奇抜で稀有な才能が集まるような大学に進学するに違いない。とすると、酉京都大学だろうか。神亀の遷都以来、あの大学は科学世紀の日本を引っ張る存在となった。彼女にはぴったりだろう。
校舎裏の繁みに着いた。まだ冬の終わりかけで枝だけの草木も多いが、多年草や常緑樹が視界を遮っていた。例の入口は、何度も通ったせいでうっすらと跡がついているが、そこにあると分かって目を凝らさなければ気付けない程度のものだ。今でこそ、この先に進めると分かっているが、かつて蓮子は草木が茂っている時期にこの道を見つけて、あの廃校舎を見つけたはずだ。一体どうしてこんなところに入り込んだのよ、あの好奇心お化け。
私は繁みを抜けて、荒れ果てた道を通り、廃校舎に入った。蓮子はまだいないようだ。ただ待っても時間がもったいないので、私はしばらく考査対策の勉強でもしておくことにした。
「やっほー、メリー。今日は早いわね。」
蓮子の陽気な声がした。手元のノートから顔を上げて声のする方を見ると、蓮子が颯爽と歩いてやって来ていた。背筋がぴんと伸びた彼女は凛々しく見えて、今日も彼女は微笑を浮かべていた。また何か面白いことでも考えていたのだろうか。私はそんな蓮子の姿を、見つめ続けてしまっていた。
「何それ、お勉強?」
蓮子は私のノートに気付いて、覗き込むようにして言った。
「そうよ、考査も近いしね。・・・そういえば蓮子って、進路はどうするの?」
「進路?ああ、私は酉大に行くつもりよ。あそこは『ひも』の研究をするにはもってこいの環境だしね。そういうメリーはどうするの?」
蓮子は無邪気に笑って答えた。私は結局、どうしたものだろうか。私にとっても、酉大はもちろん魅力的な進学先だ。それに、やはり蓮子は酉大に行くのだ。だったら・・・。
「私も・・・、酉大に行きたいわ!」
私は勇気を振り絞って、彼女の目を見て言った。蓮子は私の答えを聞いて、満面の笑みになってくれた。
「そうねメリー!一緒に行きましょう!」
そう言って見つめ合い、二人でふふっと笑った。なんだか恥ずかしくなって目を下にそらした後、蓮子は黒板に向かって行った。私はその後ろ姿をちらと眺めつつ、また自分の勉強ノートに戻った。
しばらくして、自分の勉強に一区切りが付いた。私は手を組んで上に向かって伸びをした。ふうっと力を抜いて前を見ると、黒板にはびっしりと蓮子の数式が書かれていた。やはり見慣れない文字で一杯だし、今日は不思議な図のようなものも多かった。幾つかの折れ線があって、その間が波線で繋がれていたり、輪っかが繋がっていたりしていた。これも何かの数式だったりするのだろうか。中には少しだけ読めそうな文字もあった。<quantum>と書かれているようだ。この言葉はなんだか前に蓮子が言っていた気もする。確かとっても、とっても小さいもののことだったはずだ。
小さいもの・・・。私の目の先には、チョークが見える。それを砕いていったら、粉になる。その粉をもっともっと小さくしていったらどうなるだろう。そのもっともっと先は・・・。どんどんと小さな世界を想像していったら、気が遠くなっていき、自分までも小さくなって行くような感覚を覚えた。自分の意識が、どんどんと拡大されて、黒板に吸い寄せられて行くようで、少しめまいがしてきた。でも、その先は一体どうなっているのだろうか。私は目を閉じて力を抜き、めまいが収まるのを待った。気分が楽になってから、私はゆっくりと目を開きながら蓮子に聞いてみた。
「ねぇ、蓮子、この文字って・・・」
ってあれ、蓮子がいない。蓮子?どこに行っちゃったの?
いくらさっきまで自分の勉強をしてたとはいえ、蓮子がどこかに行けばさすがに気付くはずだ。この建物は古くて所々軋む音がするし、扉を開け閉めすればなおのことだ。蓮子はどこへ言ってしまったのか。
「蓮子ーーー?近くにいるのーーー?」
「ここよぉーーー!メリー!」
微かに蓮子の声が聞こえた。遠くにいるのか、私はきょろきょろと周りも見渡した。それでも蓮子は見当たらないし、そもそも聞こえる方向は窓や扉の外なんかじゃない気がする。もっと近くのような。
「メリー!こっちこっち!」
こっち?なんだか黒板の方から蓮子の声が聞こえるような。
「メリー!ここだってば!」
黒板の方を見ると、何やらひょこひょこ動く小さなものが見えた。
あらら?この白と黒の姿は・・・。
蓮子!?蓮子なの!?
近付いて見ると、梅の花ぐらいのサイズの蓮子が黒板の面の上で、私に向かって手を振っていた。しかもその姿は、二頭身くらいにまで縮んでいた。え、どういうことよ!?
「蓮子!?一体どうしたのよ!?」
「どうしたもなにも、メリーまた何か想像しちゃってない!?小さい物がどうとか」
「ああ・・・」
図星だった。さっき蓮子書いた<quantum>の文字を見て、私は小さな世界とはどんなものか気になってしまっていたのだ。
「ごめんなさい蓮子!蓮子の書いたこの文字のことが気になっちゃって!ほら、今この黒板に書かれてる数式もそういうのなんでしょ?」
「ああ、やっぱり?そういうことね。」
蓮子は得心した顔をした。いや、しめたと思っていたのかもしれない。また彼女の口角が、少しニヤリと持ち上がっていた。
「良いわ、じゃあメリーをちょっと、小さな世界に招待するわ。」
そう言って蓮子は、ニヤニヤとしながら、小さな小さな世界の事について教えてくれた。なんでも、世の中の物質は全て小さな最小単位に分解することができて、その小さなものの振る舞いは、量子力学とやらで記述されるらしい。良く聞く『電子』は、その最小単位の一つで、黒板に書かれていた図は、その電子が飛ぶ様子を描いたものなんだとか。
「じゃあちょっと実演するわね。私をその小さな『電子』だと思って!」
蓮子はちっちゃな両手を広げて、黒板の面の上でぴょんぴょんと跳ね出した。そして黒板に書かれた線に沿って飛び始めた。
シュイーン。
飛んでる!電子が、いや蓮子が飛んでるわ!
蓮子が線に沿って飛んでいった先で、線が折れ曲がってる所にたどり着いた。その瞬間、真横の波々の線に沿って光の粒が飛んできて、蓮子とぶつかった。
ぽこっ。
蓮子は弾き飛ばされて、遠くへ飛んでいってしまった。
あわわわ、蓮子ぉー!?
でも大丈夫だった。蓮子は弾き飛ばされた先で、くるりと宙返りをして体勢を立て直し、また私の目の前へ飛んで帰って来た。
「蓮子、今のは?」
「今のは、電子と光の粒の散乱ね。実は、小さな世界でこういう事が起きてるおかげで、物と物が引きあったり、反発したりするのよ。」
解説を終えると、すぐにまた蓮子は黒板の面の上を、勢い良く飛び始めた。動きを追い切れずに蓮子を見失っていると、またあのいじわるな波々の線に乗って、横から光の粒が飛んできた。でも今度はその光の粒は突然消滅して、そこから代わりに二つの蓮子が飛び出してきた。いや、よく見ると、一つは蓮子だが、もう一つは白と黒を反転した蓮子だ。蓮子と反蓮子の二人が陽気な様子で、輪を描いて回り始めた。
ぐるぐると。ぐるぐると。
もっと、ぐるぐると。もっともっと・・・。
どんどんと速く回り出す二人に、自分の目までぐるぐると回ってきた。私はふらふらとして来て黒板によりかかると、自分の体が黒板に吸い込まれていくのを感じた。私は怖くなって、ぎゅっと目を閉じ身体に力を入れた。平衡感覚が落ち着いて、恐る恐る再び目を開けた時、目の前には濃い緑の地平が広がっていて、空中には無数の蓮子と反蓮子が飛び交っていた。
何よこれ!?
れ、蓮子がいっぱい!?
あっけに取られていると、私は蓮子やいじわるな光の粒に、ぽこぽことぶつかられながら、小さな世界を飛び回った。慣れてしまえば、この世界も飛んでいて中々気分が良いものだと思った。光の粒は、ちょっとだけお邪魔さんだけれども、それのおかげでたまに小さな蓮子と反蓮子が飛び出してくるから、大目に見てあげることにした。
飛び回りながら、蓮子を見つけて近付いてみると、更にたくさんの蓮子と反蓮子が飛び出してきた。世界の見え方は目まぐるしく変わっていった。思い切ってもっと蓮子に近付いてみると、飛び出してきた無数の蓮子と反蓮子で、自分の周りは一杯になり動けなくなってしまった。
ああ、しまった抜け出せない。どうしよう。
私はもがいたが、だんだんと息苦しくなってきてしまった。ちょっと、待って蓮子、一旦出して!
蓮子と反蓮子の海をもがいていたら、一人の小さな蓮子が指を立ててつんと振った。すると周りの蓮子と反蓮子は一瞬で消えてしまって、私はもとの廃校舎の椅子にへたっと座っていた。
「ねぇ、メリー?今日のはどうだった?」
蓮子がニヤニヤとした顔を近付けて話しかけて来た。
まったくこの子ったら!
私は、乱れた髪を手櫛で直しつつ、上がった呼吸を整えていた。
今日も秘封倶楽部が不思議でした
小さくなっちゃった蓮子が平然としていて蓮子っぽかったです
いたずら好きな蓮子かわいい。