Coolier - 新生・東方創想話

エメンタールディスタンス

2022/01/27 00:34:57
最終更新
サイズ
5.97KB
ページ数
1
閲覧数
1274
評価数
7/10
POINT
820
Rate
15.36

分類タグ

 唐突だが、私――ナズーリンは暇を持て余している。
 無縁塚に住んでいるため、我が主も寺の者達もここに来ることは滅多にない。
 つまり私は自由だ。しかし自由はいいが、何をすればいいのか困ることが間々ある。適度なしがらみというのは、妖怪にも必要なのかもしれない。
 そんな事を、部屋の中で考えていると、不意に呼鈴が鳴る。来客だ。

 出迎えると、来客者――小野塚小町は、挨拶もそこそこに済ませ、中に入り、当たり前のように茶を淹れ、当たり前のようにくつろぎ始める。
 彼女がここに来るのは初めてでは無い。様子を見に来た等と適当な理由を述べては、ここでしょっちゅう仕事をサボっているのだ。だから彼女は、私の家の備品の場所を誰よりも知っている。全く困ったものだ。

「あ、そういえば」
「何だい」
「蜜柑はあるかい」

 どうやらこの死神はお茶に飽き足らず、今度は蜜柑までたかろうとしているらしい。

「ないよ。今朝食べきった」
「ちぇっ。それは残念だねぇ……なんで私に取っておいてくれなかったんだい」

 彼女は口惜しそうに口をとがらせる。
 確かにあの蜜柑は甘くて美味しかったが、だからと言ってこいつに食わせる理由にはならない。あれは私の蜜柑だ。

「他に何かあるかい」
「というと」
「例えば饅頭とか」
「ない。昨日食べきったよ」
「そりゃ残念だ。じゃあチーズは」
「ない」
「ネズミなのにチーズもないのかい」
「お言葉だが、そもそもチーズがネズミの好物というのはまったくの迷信だ」

 そういえば最近、恐らく、寺の連中だろうか、私に差し入れのつもりか、よくチーズを置いて行ってくれるのだが、迷惑な話だ。

「そうなのかい。じゃあ何か酒の肴になるようなものとか」
「それこそあるわけないだろう。そんなものは夜雀の店にでも行って頼め」
「そうかい。それじゃあ……」
「……いいかげんにしたまえ! ここはキミの休憩所じゃないんだぞ。茶漬け一つ、出すつもりはない。さっさと帰ってくれ!」

 私の一喝もまるで意に介せず、彼女は笑顔のまま茶を啜っている。

「……まぁまぁ、そう怒りなさんなって。こういう時間ってのは大事なんだよ」
「サボる時間がかい」
「サボるだなんて心外だね。私は力を温存しているんだよ。いつも全力なのもいいが、いざというときに力を出せなかったら意味がないだろう」
「……一理あるが、そのいざというときってのはいつなんだい」
「それは私にも分からないよ。この次の瞬間かもしれないし、遠い先かもしれないし」
「それじゃ結局サボってるのと同じじゃないか」
「まあまあ、そう固いこと言わないでくれよ。こう見えても私は疲れているんだ……」

 そう言うと彼女はごろりと横になる。

「……キミ。ついさっき力を温存してるって言ったばかりじゃないか」
「いや、実は映姫様のお叱りを受けてきたばかりで……」
「どうせまた何かヘマでもやったんだろう」
「そんなことないさ。私は、いつも通りに霊魂を舟に乗せて川を渡っていただけなんだ」

 それであの閻魔が怒るはずない。一体、何をやったのか。と、思っていると、ばつが悪そうに彼女は告げる。

「まぁ、あえて言うなら……そう、霊魂が船から飛び降りてしまったくらいかね」
「それは大問題じゃないか」
「いや、だって防ぎようがなかったんだよ。突然、俺は死んでない! なんて言い出してさ。なんでも生前は漁師だったとかで、泳ぎには自信があったようで、私が止めるまもなく船から飛び降りてしまったんだよ」
「で、一体その人はどうなってしまったんだい」
「……川に落ちた奴は永遠と溺れ続けるだけさ。生き返ることもあの世に行くことも出来ない」
「それは怖いことだ」

 考えてみると、三途の川の船頭というのもなかなか大変な仕事だと思う。霊魂だって皆、自分の死をすぐ受け入れられるような奴ばかりとは限らない。

「……それでその失態をなじられたってワケか。確かに災難だったね。話を聞く限りキミに落ち度はないようだし」
「ああ、まったくだ。分かってくれて嬉しいよ……ま、全部嘘なんだけどね」

 思わずつんのめり、地面の床に額を強打する。

 ……あぁ、もう。こいつは、このグータラ死神は、あれこれ理由付けて、結局はここで休みたいだけじゃないか。誰かこいつをなんとかしてくれ。
 と、言ったところで、ここには私しか住んでいない。私がなんとかするしかない。

「……まったく。キミに少しでも同情した私がバカだった。すまないが少し横にならせてもらう」
「おや、もうお休みかい」
「ああ、キミと話してて疲れてしまったからね。適当にくつろいで適当な頃合いで帰ってくれ」
「随分薄情じゃないか。せっかく客がいるってのに」
「そもそも私はキミを歓迎していない。それにここは私の家だ。私が何をしようと勝手だろう」
「せめて私が居る間くらいは、相手してくれてもバチは当たらないんじゃないかい」
「へえ。キミは勝手に人の家に上がり込んでお茶を飲んだあげくに、下らない与太話で人を不愉快にさせて、そのうえ暇だから私に相手をしろと言うのかい」
「ああ、そうさ。悪い話じゃないだろ。なんたって死神様の退屈しのぎに指名したんだ。むしろ有り難いと思ってもらいたいくらいだね」

 その自信は一体どこからくるのか。伊達に死「神」じゃないってことなのかもしれないが。
 思わず拍子抜けして、追い返す気が失せてしまう。
 まあ、この際、少し付き合ってやるのも悪くないかもしれない。どうせ私も暇なのだから。

「……やれやれ、仕方ない。そこまで言うなら相手をしてやってもいいよ。なんだかんだ言って私も暇を持て余している身だ。で、弾幕ごっこかい。それとも宝探しかい」

 彼女は首を振って告げる。

「いや、ただ私の話を聞いてくれればいい」
「それだけかい」
「そうさ」
「わかった。出来るだけ手短に頼むよ」

 ――その後、私は彼女の与太話を延々と聞かされ続け、気がつけば時は既に七つ下がりの刻になっていた。

「いやあ。おかげさまで良い時間を過ごすことが出来たよ。これで今日の夜勤も頑張れそうだ!」
「……ああ、そうかい。……それはよかった」
「そんじゃそろそろ帰るとするよ。ありがとさーん」

 そう言って、上機嫌で帰って行く彼女を見送る私は、さぞ、やつれた表情をしていたことだろう。
 と、いうか、これから仕事だったのか。ということは、私のところには、サボりではなく本当に遊びに来ただけだったということか……あるいは――

 ――まぁ、あまり深くは考えないようにしておこう。
 あれでも彼女はれっきとした死神。ある程度距離を取っておくことに越したことはないし、必要以上に邪険にすることもない。今くらいの距離が丁度良いのだ。
 そんなことを考えながら家の中に戻ると、部屋の中にいつの間にか見慣れない箱が置いてあった。
 訝しげに蓋を開けると中から黄金色の穴あきチーズ――エメンタールチーズが現れる。
 思わず呆然とそれを見つめてしまう。

 ――やれやれ

 ため息交じりにそれを齧る。あっさりとした口当たりで味も薄めだが、淡泊というほどでもない。チーズフォンデュにでもしたら良さそうだ。

 チーズを齧りながら私はふと思う。

 そういえば彼女は『距離を操る程度の能力』を持っていたな、と。
 私は思わず苦笑を浮かべた。

 
――小町、お前だったのか……


補足
エメンタールチーズ
カートゥーンアニメなどで見られる穴のあいたチーズ。
スイス原産のハード(硬質)タイプのチーズで、名前の由来は原産地名から。
穴があいているのは、古くはネズミが齧っているためと考えられていたが、現在では発酵の段階で気泡が生じるためとする説が有力。いわゆるネズミはチーズが好物という俗説は、このチーズからきていると言われている。
バームクーヘン
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.140簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.90名前が無い程度の能力削除
いやー素敵な距離感でした。
3.100南条削除
面白かったです
珍しい組み合わせでしたがいい感じの距離感が心地よかったです
4.100めそふ削除
良い距離感のお話でした、面白かったです
6.100名前が無い程度の能力削除
オチが好きです!
8.100名前が無い程度の能力削除
良かったです
9.100名前が無い程度の能力削除
死神はナズーリンに能力を見せて、箱を開けてはっとしたナズーリン。話を聞くだけで大儲けしたんですね。死神の嘘話も面白かったです。