地霊殿のロビーで、古明地こいしと霊烏路空は、机に座ってティータイムを嗜んでいる。そんな優雅なひとときにふと、空がこいしに話しかける。
「ねえねえ、さとり様ー」
「おくう、私はこいしだよ」
慌てて空は、こいしをまじまじと見ると、驚いて告げる。
「えっ、あっ、本当だ。ごめんなさい。似てるんで見分けつきませんでした」
こいしは、首をかしげて空に尋ねる。
「何度も言ってるけど、ピンクの髪がお姉ちゃんで、緑っぽい髪が私だよー。そろそろ覚えてね」
「はーい。わかりました!」
空は元気に返事をすると、何事もなかったかのように再び紅茶を飲み始めたので、こいしが尋ねる。
「それで、おくうは私に何か聞きたいことが、あるんじゃなかったの?」
空は、はっとして、こいしとティーカップを見比べると、ティーカップの紅茶を飲み干して、空になったことを確認してから、こいしに謝る。
「ごめんなさーい。すっかり忘れてました!」
こいしは返す。
「……出来れば紅茶より先に私を選んで欲しかったかなー。で、聞きたい事ってなーに」
「あ、そうそう。あの、こいし様のスペカにサブレ食べたいロースってのありますよねー」
こいしは、少し間を置いてから聞き返す。
「……もしかして、サブタレイニアンローズのことー?」
「あ、そうそうそう。それです。さすがさとり様」
「だから私はこいしだってばー」
「え、あ、本当だ。ごめんなさい。似てるんで見分けつきませんでした」
「えーとー。おくう、よく聞いてねー。目つき悪いのが姉さんで、ぱっちりおめめが私だよ。何度も言ってるけど、そろそろ覚えてねー?」
「はーい。わかりましたー!」
空は元気に返事すると、用意してあったアセロラジュースを飲もうとする。すかさずこいしが尋ねる。
「それで、私のスペカがどうかしたの?」
「あ、そうそう。忘れてました。メインタレイニアンローズは、どこにあるんですか?」
「え」
「メインタレイニアンローズですよ」
「なにそれ」
「メインタレイニアンローズですよ」
「うん、それはわかったけど、だからなにそれ」
「メインタレイニアンローズですよ」
「えーと、ちょっと待ってねー」
「はーい!」
空は返事をすると無邪気にアセロラジュースを、ストローでズズズッと勢いよく飲み始める。
本人曰く、アセロラは太陽の果実なので一日一回は必ず飲むことにしているらしい。
こいしが、改めて空に尋ねる。
「おくうはサブタレイニアンローズの話をしてきたんだよねー」
「はいそうですよ!」
「それで急にそのー……何だっけ」
「サブタレイニアンローズですよー」
「それは私のスペカだよー」
「え、あ、本当だ。似てるんで見分けつきませんでした。ごめんなさい。サブタレイニアンローズですね!」
こいしは表情こそ笑顔だが、少し困惑した様子で空に告げる。
「……えーと。おくう、よく聞いてねー? 私のがサブタレイニアンローズで、おくうが言ったのはメインタイりあにゃにゃ……っ!」
「メインタレイニアンローズですよ?」
「そうそれ……って、分かってたんなら初めから言ってよー? 舌噛んじゃったよー……で、そのメインタレイなんとかってなんなの」
「だからメインタレイニアンローズですよー」
「そのメインタレイニアンローズってなーに?」
「だからメインタレイニアンローズですよー」
「だからメインタレイニアンローズって何ー?」
「だからメインタレイニアンローズですよー」
「……うーん。これはこまったかもー」
「だからメインタレイニアンローズですよー」
「もういいってばー」
流石のこいしも困惑の色を隠せない。
そんなこともつゆ知らず、空は呑気にアセロラジュースをおかわりしている。
程なくしてこいしが、思いついたように手をぽんと叩いて告げる。
「あ、わかった。メインとサブでしょー」
空は拍手しながら笑顔で返答をする。
「そうですそうです。さすがお燐様!」
「だから私はこいしだってばー」
「あ、ごめんなさい。えーと、さとり様!」
「……ねえ、おくう、もしかしてわざと言ってない?」
「そんなことないですよ。単純に見分けがつかないだけです!」
「それはそれで問題ある気がするけどー」
「そう、そうなんです。そうなんですよー!」
「え、何が……。見分けつかないこと?」
「はいっ。メインがあるならサブもあるんじゃないかって、思ったんですよ!」
「あ、そっちだったかー。しかも逆だし。それ言うならサブがあるならメインでしょー」
「そうですそうです! さすが……えーと」
「だからこいしだってばー。もー」
話を集約すると、ようはこいしのスペカであるサブタレイニアンローズは「サブ」だから、その反対に「メイン」タレイニアンローズもあるのではということらしい。
「……そんなの考えたことなかったかなー」
ぽつりとこいしが呟くと、空は席から立ち上がって驚きの声をあげる。
「えぇ!? えぇぇぇー!? ええええええええええええぇっ!?」
こいしも空につられるように無意識のうちに両腕と片足を上げた、いわゆる「グリコのポーズ」をとって立ち上がる。
「えぇーーーーー。そんなに驚くことなのー?」
空は大げさな身振り手振りを交えてこいしに告げる。
「何言ってるんですか! そりゃ驚きますよ。おったまげますよ? 天地がひっくり返りますよ!? だってメインがないのにサブがあるなんて、まるで……卵が存在しないのに、すでにゆで卵があるみたいなもんじゃないですかー!?」
思わずこいしは首をかしげる。
「うーん。そうなの……かな」
「じゃあじゃあ、質問変えますけど、タレイニアンって何ですか!?」
「たれいにあん?」
「だってタレイニアンにサブとメインがあるって事じゃないですか!?」
「うーん?」
「つまりタレイニアンにメインとサブがあるってことですよね!?」
「う、うん。まぁ……そうなるってことかなー?」
「それならタレイニアンにはメインとサブがあるってことじゃないですか!?」
「うーん、そうなのかなー?」
「じゃあ、タレイニアンにはメインとサブがあるってことですよね!?」
「うん……?」
「ということは、タレイニアンにはメインとサブがあるって――」
「ちょっと待って待ってー」
「どうしました……?」
「おくうさー。もしかしなくても、さっきから同じ事しか言ってなくない?」
「……うにゅ?」
「うにゅ。じゃなくてー。タレイニアンにはメインとサブしかないって」
「ええっ!? そうなんですかー!?」
「おくうがそれ言ったのよー」
「あ、はい、そうですよ? タレイニアンにはメインとサブがあるってことですよね!」
「うん、そうそう」
「と、いうことはタレイニアンには、メインとサブがあるってことですよね!?」
「えーとー……だれかーたーすーけーてー」
こいしの声も空しく、誰も助けには現れない。あいにく燐もさとりも出かけてしまっているのだ。
ふと、こいしは腕を組む。それはなんとなくかもしれないし、あるいは本当に困って思わず組んだのかもしれない。しかし、その真相はこいし自身すら分からない。
彼女は無意識でスペカを作っているし発動させているので、実のところ自分のスペカについてもよく分かってない。
彼女はすべてが無意識の産物なのだ。
一方、空は空でアセロラジュースを飲み続けている。まるでさっきまでの事を、もう忘れてしまっているのではないかと思えるくらいの無邪気な笑顔で、彼女はアセロラジュースを飲み続けている。
鳥頭の彼女は、あるいは本当にもう忘れてしまっているのかもしれない。そして、このまま延々と空しく時が流れていくのでは無いか思えたその時。ふと、こいしが口を開く。
「じゃあ、おくうは自分のスペカについて答えられるのー?」
空はストローから口を離すと、自信満々に胸を張って答える。
「もちろんですよー。だって私が作ったんですから!」
「じゃあ、ニュークリアエクスカーションってどういう意味ー?」
こいしの問いに、空はすかさず答える。
「ニュークリアとは原子力エネルギーのことでエクスカーションとは団体旅行や、遠足という意味を持ってます。転じてニュークリアエクスカーションとは、想定外の原子力エネルギーが生じている状態のことを指します」
「そうなんだー。じゃあ、ヘルズトカマクは?」
「ヘルズとは地獄と言う意味で、トカマクというのは核融合炉の一種です。外の世界において核融合炉はまだ実用化されていませんが、このトカマク型は実用化にもっとも近いと言われてまして、プラズマを――」
「へーすごいすごーい。じゃあじゃあ、あれはー? サブタレイニアンサン」
「はい! サブタレイニアンとは地下とか隠れたと言う意味で、サンは太陽。すなわち地下の太陽、あるいは隠された太陽という意味ですよ!」
こいしは、うんうんと頷きながら聞いたあとで、空に一言告げる。
「それだよ」
こいしの言葉に空は、はっと気がついたように両手をポンッと叩く。
「あ! そういうことでしたか!」
「そうそう。そういうことそういうことー」
「なーんだ! そうだったんですねー!」
「そうだったのです。はーい。これにて一件落着ねー」
「はい! そうですね! めでたしめでたし!」
二人はハッピーエンドとばかりに、机に座り直して笑顔で見つめ合っていたが、ふと、思い出したように空が尋ねる。
「で、それで結局、メインタレイニアンって何なんですか?」
こいしは笑顔のまま告げる。
「やっぱりわかってないじゃーん」
空はきょとんとした様子で思わず首をかしげる。
こいしも同じように首をかしげて告げる。
「今おくう答え言ったよー?」
「え、だってあれは私のスペカの意味ですよ?」
「同じだってばー」
「えっ! そうなんですか!?」
「そうだよー」
「……え、だってサブタレイニアンって、サブのタレイニアンですよね?」
「おくうのはどうなの」
「サブタレイニアンで一つの言葉ですよ」
「それならきっと私のも一緒だよ」
「え!? それじゃ、もしかして私のをパクったんですか?」
「あー……」
こいしは思わず言葉を詰まらせる。例によってスペカを作るのも無意識なので、パクったのかどうかは彼女自身も分からないのだ。
「うーん……そうかもしれないしーそうじゃないかもしれないしー……」
歯切れの悪いこいしの物言いに対し、空は机から身を乗り出すようにして、彼女に言い放つ。
「ダメですよ! さとり様! パクりはいけません! じゃあ、こいし様のは今日からメインタレイニアンローズと名乗って下さいね!」
「お姉ちゃんなのか私なのかどっちなのそれー。えー。なんか格好悪いよー。弱そうだし」
「ダメですダメです! 今日からこいし様のスペカはメインタレイニアンサンです!!」
「それはおくうのスペカでしょー。私のはローズだしー」
「あ! 本当だ! ごめんなさい! 似てるんで見分けつきませんでした! サブタレイニアンサンですね!!」
「それもちがーう」
「えーと、あ! そうか! サブレ食べたいロースですね!?」
「話戻り過ぎー。あーもーめちゃくちゃだよー」
などと二人が、わーわーと言い合ってたその時。
「あんたたち、何やってるの。外まで話し声が聞こえてるわよ」
「あ、さとり様!」
「お姉ちゃん」
いつの間にか帰ってきていたさとりが、ジト目で二人を見つめている。ふと空が、さとりに告げる。
「……そういえば、さとり様のスペカ名はわかりやすくていいですよね!」
こいしも続く。
「たしかに、他人のスペカの名前まんまだからわかりやすいし、覚えやすいよねー」
「さすがさとり様!!」
「うん、さすがお姉ちゃん」
「……え? あ、まぁ……そ、そう……? あ、ありがと……?」
突然二人に褒められて、困惑を隠せないさとりだったが、可愛いペットと妹に褒められ、まんざらでも無い様子で、恥ずかしそうに思わず頬をかく。
そんな彼女に空が笑顔で尋ねた。
「ところでさとり様! サブレ食べたいロースって何ですか?」
「ねえねえ、さとり様ー」
「おくう、私はこいしだよ」
慌てて空は、こいしをまじまじと見ると、驚いて告げる。
「えっ、あっ、本当だ。ごめんなさい。似てるんで見分けつきませんでした」
こいしは、首をかしげて空に尋ねる。
「何度も言ってるけど、ピンクの髪がお姉ちゃんで、緑っぽい髪が私だよー。そろそろ覚えてね」
「はーい。わかりました!」
空は元気に返事をすると、何事もなかったかのように再び紅茶を飲み始めたので、こいしが尋ねる。
「それで、おくうは私に何か聞きたいことが、あるんじゃなかったの?」
空は、はっとして、こいしとティーカップを見比べると、ティーカップの紅茶を飲み干して、空になったことを確認してから、こいしに謝る。
「ごめんなさーい。すっかり忘れてました!」
こいしは返す。
「……出来れば紅茶より先に私を選んで欲しかったかなー。で、聞きたい事ってなーに」
「あ、そうそう。あの、こいし様のスペカにサブレ食べたいロースってのありますよねー」
こいしは、少し間を置いてから聞き返す。
「……もしかして、サブタレイニアンローズのことー?」
「あ、そうそうそう。それです。さすがさとり様」
「だから私はこいしだってばー」
「え、あ、本当だ。ごめんなさい。似てるんで見分けつきませんでした」
「えーとー。おくう、よく聞いてねー。目つき悪いのが姉さんで、ぱっちりおめめが私だよ。何度も言ってるけど、そろそろ覚えてねー?」
「はーい。わかりましたー!」
空は元気に返事すると、用意してあったアセロラジュースを飲もうとする。すかさずこいしが尋ねる。
「それで、私のスペカがどうかしたの?」
「あ、そうそう。忘れてました。メインタレイニアンローズは、どこにあるんですか?」
「え」
「メインタレイニアンローズですよ」
「なにそれ」
「メインタレイニアンローズですよ」
「うん、それはわかったけど、だからなにそれ」
「メインタレイニアンローズですよ」
「えーと、ちょっと待ってねー」
「はーい!」
空は返事をすると無邪気にアセロラジュースを、ストローでズズズッと勢いよく飲み始める。
本人曰く、アセロラは太陽の果実なので一日一回は必ず飲むことにしているらしい。
こいしが、改めて空に尋ねる。
「おくうはサブタレイニアンローズの話をしてきたんだよねー」
「はいそうですよ!」
「それで急にそのー……何だっけ」
「サブタレイニアンローズですよー」
「それは私のスペカだよー」
「え、あ、本当だ。似てるんで見分けつきませんでした。ごめんなさい。サブタレイニアンローズですね!」
こいしは表情こそ笑顔だが、少し困惑した様子で空に告げる。
「……えーと。おくう、よく聞いてねー? 私のがサブタレイニアンローズで、おくうが言ったのはメインタイりあにゃにゃ……っ!」
「メインタレイニアンローズですよ?」
「そうそれ……って、分かってたんなら初めから言ってよー? 舌噛んじゃったよー……で、そのメインタレイなんとかってなんなの」
「だからメインタレイニアンローズですよー」
「そのメインタレイニアンローズってなーに?」
「だからメインタレイニアンローズですよー」
「だからメインタレイニアンローズって何ー?」
「だからメインタレイニアンローズですよー」
「……うーん。これはこまったかもー」
「だからメインタレイニアンローズですよー」
「もういいってばー」
流石のこいしも困惑の色を隠せない。
そんなこともつゆ知らず、空は呑気にアセロラジュースをおかわりしている。
程なくしてこいしが、思いついたように手をぽんと叩いて告げる。
「あ、わかった。メインとサブでしょー」
空は拍手しながら笑顔で返答をする。
「そうですそうです。さすがお燐様!」
「だから私はこいしだってばー」
「あ、ごめんなさい。えーと、さとり様!」
「……ねえ、おくう、もしかしてわざと言ってない?」
「そんなことないですよ。単純に見分けがつかないだけです!」
「それはそれで問題ある気がするけどー」
「そう、そうなんです。そうなんですよー!」
「え、何が……。見分けつかないこと?」
「はいっ。メインがあるならサブもあるんじゃないかって、思ったんですよ!」
「あ、そっちだったかー。しかも逆だし。それ言うならサブがあるならメインでしょー」
「そうですそうです! さすが……えーと」
「だからこいしだってばー。もー」
話を集約すると、ようはこいしのスペカであるサブタレイニアンローズは「サブ」だから、その反対に「メイン」タレイニアンローズもあるのではということらしい。
「……そんなの考えたことなかったかなー」
ぽつりとこいしが呟くと、空は席から立ち上がって驚きの声をあげる。
「えぇ!? えぇぇぇー!? ええええええええええええぇっ!?」
こいしも空につられるように無意識のうちに両腕と片足を上げた、いわゆる「グリコのポーズ」をとって立ち上がる。
「えぇーーーーー。そんなに驚くことなのー?」
空は大げさな身振り手振りを交えてこいしに告げる。
「何言ってるんですか! そりゃ驚きますよ。おったまげますよ? 天地がひっくり返りますよ!? だってメインがないのにサブがあるなんて、まるで……卵が存在しないのに、すでにゆで卵があるみたいなもんじゃないですかー!?」
思わずこいしは首をかしげる。
「うーん。そうなの……かな」
「じゃあじゃあ、質問変えますけど、タレイニアンって何ですか!?」
「たれいにあん?」
「だってタレイニアンにサブとメインがあるって事じゃないですか!?」
「うーん?」
「つまりタレイニアンにメインとサブがあるってことですよね!?」
「う、うん。まぁ……そうなるってことかなー?」
「それならタレイニアンにはメインとサブがあるってことじゃないですか!?」
「うーん、そうなのかなー?」
「じゃあ、タレイニアンにはメインとサブがあるってことですよね!?」
「うん……?」
「ということは、タレイニアンにはメインとサブがあるって――」
「ちょっと待って待ってー」
「どうしました……?」
「おくうさー。もしかしなくても、さっきから同じ事しか言ってなくない?」
「……うにゅ?」
「うにゅ。じゃなくてー。タレイニアンにはメインとサブしかないって」
「ええっ!? そうなんですかー!?」
「おくうがそれ言ったのよー」
「あ、はい、そうですよ? タレイニアンにはメインとサブがあるってことですよね!」
「うん、そうそう」
「と、いうことはタレイニアンには、メインとサブがあるってことですよね!?」
「えーとー……だれかーたーすーけーてー」
こいしの声も空しく、誰も助けには現れない。あいにく燐もさとりも出かけてしまっているのだ。
ふと、こいしは腕を組む。それはなんとなくかもしれないし、あるいは本当に困って思わず組んだのかもしれない。しかし、その真相はこいし自身すら分からない。
彼女は無意識でスペカを作っているし発動させているので、実のところ自分のスペカについてもよく分かってない。
彼女はすべてが無意識の産物なのだ。
一方、空は空でアセロラジュースを飲み続けている。まるでさっきまでの事を、もう忘れてしまっているのではないかと思えるくらいの無邪気な笑顔で、彼女はアセロラジュースを飲み続けている。
鳥頭の彼女は、あるいは本当にもう忘れてしまっているのかもしれない。そして、このまま延々と空しく時が流れていくのでは無いか思えたその時。ふと、こいしが口を開く。
「じゃあ、おくうは自分のスペカについて答えられるのー?」
空はストローから口を離すと、自信満々に胸を張って答える。
「もちろんですよー。だって私が作ったんですから!」
「じゃあ、ニュークリアエクスカーションってどういう意味ー?」
こいしの問いに、空はすかさず答える。
「ニュークリアとは原子力エネルギーのことでエクスカーションとは団体旅行や、遠足という意味を持ってます。転じてニュークリアエクスカーションとは、想定外の原子力エネルギーが生じている状態のことを指します」
「そうなんだー。じゃあ、ヘルズトカマクは?」
「ヘルズとは地獄と言う意味で、トカマクというのは核融合炉の一種です。外の世界において核融合炉はまだ実用化されていませんが、このトカマク型は実用化にもっとも近いと言われてまして、プラズマを――」
「へーすごいすごーい。じゃあじゃあ、あれはー? サブタレイニアンサン」
「はい! サブタレイニアンとは地下とか隠れたと言う意味で、サンは太陽。すなわち地下の太陽、あるいは隠された太陽という意味ですよ!」
こいしは、うんうんと頷きながら聞いたあとで、空に一言告げる。
「それだよ」
こいしの言葉に空は、はっと気がついたように両手をポンッと叩く。
「あ! そういうことでしたか!」
「そうそう。そういうことそういうことー」
「なーんだ! そうだったんですねー!」
「そうだったのです。はーい。これにて一件落着ねー」
「はい! そうですね! めでたしめでたし!」
二人はハッピーエンドとばかりに、机に座り直して笑顔で見つめ合っていたが、ふと、思い出したように空が尋ねる。
「で、それで結局、メインタレイニアンって何なんですか?」
こいしは笑顔のまま告げる。
「やっぱりわかってないじゃーん」
空はきょとんとした様子で思わず首をかしげる。
こいしも同じように首をかしげて告げる。
「今おくう答え言ったよー?」
「え、だってあれは私のスペカの意味ですよ?」
「同じだってばー」
「えっ! そうなんですか!?」
「そうだよー」
「……え、だってサブタレイニアンって、サブのタレイニアンですよね?」
「おくうのはどうなの」
「サブタレイニアンで一つの言葉ですよ」
「それならきっと私のも一緒だよ」
「え!? それじゃ、もしかして私のをパクったんですか?」
「あー……」
こいしは思わず言葉を詰まらせる。例によってスペカを作るのも無意識なので、パクったのかどうかは彼女自身も分からないのだ。
「うーん……そうかもしれないしーそうじゃないかもしれないしー……」
歯切れの悪いこいしの物言いに対し、空は机から身を乗り出すようにして、彼女に言い放つ。
「ダメですよ! さとり様! パクりはいけません! じゃあ、こいし様のは今日からメインタレイニアンローズと名乗って下さいね!」
「お姉ちゃんなのか私なのかどっちなのそれー。えー。なんか格好悪いよー。弱そうだし」
「ダメですダメです! 今日からこいし様のスペカはメインタレイニアンサンです!!」
「それはおくうのスペカでしょー。私のはローズだしー」
「あ! 本当だ! ごめんなさい! 似てるんで見分けつきませんでした! サブタレイニアンサンですね!!」
「それもちがーう」
「えーと、あ! そうか! サブレ食べたいロースですね!?」
「話戻り過ぎー。あーもーめちゃくちゃだよー」
などと二人が、わーわーと言い合ってたその時。
「あんたたち、何やってるの。外まで話し声が聞こえてるわよ」
「あ、さとり様!」
「お姉ちゃん」
いつの間にか帰ってきていたさとりが、ジト目で二人を見つめている。ふと空が、さとりに告げる。
「……そういえば、さとり様のスペカ名はわかりやすくていいですよね!」
こいしも続く。
「たしかに、他人のスペカの名前まんまだからわかりやすいし、覚えやすいよねー」
「さすがさとり様!!」
「うん、さすがお姉ちゃん」
「……え? あ、まぁ……そ、そう……? あ、ありがと……?」
突然二人に褒められて、困惑を隠せないさとりだったが、可愛いペットと妹に褒められ、まんざらでも無い様子で、恥ずかしそうに思わず頬をかく。
そんな彼女に空が笑顔で尋ねた。
「ところでさとり様! サブレ食べたいロースって何ですか?」
つまりこいしはお空のスペカをパクっていた...って事なのか...!?