Coolier - 新生・東方創想話

霧雨魔理沙は立ち退かない

2022/01/04 13:34:40
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 いくら私が天才美少女魔法使いだからといって、さすがに産まれた瞬間のことまで覚えているわけがない。
 それでも私は、私が産まれたときのことを知っている。
 父が、師匠が、同業者達が教えてくれた。

 その世代の連中はみんな知っている。
 私が悲劇に包まれて生まれてきたことを。

 火の海の中で生を受け、母親の腹を蹴り破り、焼け付く天空に産声を張り上げていたと。
 私を『救助』した人がそう言っていた。

 それは今から15年前。吸血鬼異変終結の直前頃。西洋の怪異が結界を食い破り、八雲と正面衝突したという大戦の終盤。
 国すら砕くと言われていた暴力の余波が、ちょっとした流れ弾となって人里に直撃した事故があった。

 妖怪の中でも生え抜きの、トップクラスのバケモノ達。
 かつて神話の時代、世界の新陳代謝とまで言われていた奴らの火力は伊達ではなかった。識者の間では5発とも8発とも言われる、いずれにしろたった数発の弾幕が、結果的に1つの里を壊滅させてしまったそうだ。

 結果的にと言うのも、本当の災厄はむしろその爆撃の後にこそやってきたからだ。
 『里』が『里』でなくなる。
 連日連夜無秩序な殺意に晒され、重圧に苦しんでいたのだろう。大戦とは関係の無い低俗な妖怪たちが、境界線の無くなったその区域を餌場として認識してしまったことも、また無理からぬことだった。

 地獄絵図であったという。
 そこにあった営みも、老いも若きも、男も女も、何もかもを丸ごと食い尽くされてしまったという。

 彼らに与えられたのは刃の如く鋭い牙と、無残に飛び散る家族の破片と、そして耳から消える事の無い悲鳴だけであり。
 彼らに残されたのは自らの名が刻まれた慰霊碑と、それを機に制定されたスペルカードルールと、そしてたった1人の生き残り。

 そう、たった1人の生き残りだけだった。
 それこそが私の、霧雨魔理沙の誕生日。

 そんな私が退治屋なんてやってるのは、きっとそういう運命だったのだろう。





「今こそ! 今こそ我が一族の恐ろしさを人間どもに知らしめる時であろう!」 

 拝啓、親父殿。
 近頃は夏の日差しも鳴りを潜め、過ごしやすい毎日を送ることができるようになってまいりました。
 霧雨道具店に置かれましても、ますますご盛況のこととお喜び申し上げます。

「聞け! 前進を司る我が同胞たちよ! 聞け! 誇り高き修羅の先駆けたちよ!」

 年中無休で湿度の高いこの森の中におきましても、まあ言われてみればそうかもなと思える程度には涼しくなってはまいりましたが、相も変わらず洗濯物の乾かない毎日を過ごしております。
 お世辞にも快適とは言えない環境ではありますが、こちらは本日に至っても魔法の研究に勤しみ、退治屋としての本業を怠ることなくこなしております。

「思い出せ! 踏みにじられてきた屈辱を! 思い出せ! 流さねばならなかった涙を!」

 さて、本日筆を執らせてもらったのは先日の異変が無事に解決したという報告と、私のミニ八卦炉に起きた変異について相談したいと思ったからです。

「だが忘れるな! 我らが走り続ける限り! それらは糧ともなりえるのだ! 故に、故に我らは走らん! 散っていった数多の同胞のために! 我らが後に続く他の種族のために!」

 前々からなぜか勝手に獲物を追うようになり、なぜか火力も上がり、そしてなぜか走り続け……じゃなくて。

「我らこそすべての獣の先駆け、誇り高きイノシシの末裔なり! 誰より先に戦場へ突貫する者なり! 我らが後に続いてくる、ほかの誰より傷負うものなり!」

 八卦炉の先駆けを……でもなくて、あー、えーっと。
 あー。

「立ち上がれ同胞たちよ! 鬨を上げろ同胞たちよ! 今こそあの愚かなる人間どもに鉄槌を下す時なり! あの身勝手な痴れ者どもを、我らの蹄で踏みつぶ―――」
「うるっせぇんだよ人んちの前でえええええええええええあああああぁぁぁぁぁ!!!!」

 私は書きかけだった手紙をグシャリと握り潰し、窓の外に向かって砲撃を放った。





「クッ……殺せ……!」
「びっくりするほど弱かったなお前ら」

 付近に散乱する肉塊どもを手早くさばいて血抜きしながら、虫の息となった親玉オッコトヌシの腹に腰かける。
 10頭分ものイノシシを解体するのはさすがに無理なので、ある程度処理したら残りはあきらめよう。それでも多すぎるので食べきれない分は干物にでもしようかな。
 湿度は高いが頑張れば何とかなる、しばらくタンパク質には困るまい。

「くっ、わらわの負けだ……好きにしろ……」
「あー、鍋物だな」
「わかっておる、戦いに敗れた戦乙女がどうなるかくらい……」
「……お前メスなのかよ、そんな野太い声のくせに」

 ×××なんかに絶対負けたりしない、と精一杯の虚勢を張るこのメス豚をどうしてくれようかと適当に考える。
 考えながら、捌いたばかりのレバーを適当に切り分け、常に持ち歩いているマイフォークに刺して口に運んだ。
 ビタミン補給。

「……わらわの前で食うことなかろう、わらわの同胞ぞ」
「知ってっか? 山の妖怪は獲物が取れすぎると食わせて遊ぶそうだ」
「なんじゃと?」
「人間に、人間を、だ、泣きながら食べる姿をひとしきり笑いものにしてから逃がしてくれるらしい」
「……」
「楽しそうだよな、私もやってみたかったんだ」
「……どうかお慈悲を」
「じゃあ黙ってろ」

 口から出まかせで適当なことを吹き込み、大人しくなっている間にイノシシどもを次々と捌いていく。
 刃こぼれしない魔法のナイフは当然切れ味も抜群だ。
 香霖から借りた物だが、さすがにいい仕事をしている。
 別にあいつが作ったわけじゃないだろうけども。

 そうして数時間かけてできる範囲の処理を終え、最後の仕上げに親玉の口を布で縛る。

「モゴ、モゴモゴ」
「気にすんな」

 モゴモゴうるさいイノシシの手足をホウキに括り付け、私は空へと飛びあがる。
 解体に手間取ってるうちに大分時間もくっちまった。
 さあて、日が暮れるまでに着けるかな。

「おっもいなコイツ、オイ暴れんな! 落ちるぞ!」
「モゴー!」

 低めの高度を維持しながら、夕暮れの空を駆けていく。
 湿気た空気を背後に置き捨て、軋むホウキに鞭を打つ。
 しかし本当に重いな、吹き上がりがいまいちだ。

「ま、妖怪に見つかんない事を祈っとくぜ」

 思わずつぶやいた独り言。
 答える声などありはしない。

 そのつもりだったのだが、そんな言葉に返事をする者がいた。
 男とも女ともつかない、無機質な声。
 そんな声が、頭の中に直接流れ込んでくる。

 ―――バディ。ただいまの時速は約19キロメートルです、速度をもう少し出すべきです。

「……」

 もちろんイノシシの声じゃない。
 出処は私の懐、ミニ八卦炉からだ。
 私がこの間解決した異変、道具があーだこーだで、付喪神がどうちゃらこうちゃらで、レジスタンスがうんたらかんたらで、視界が反転するとかいう反則技を使ってきやがったよくわからん異変。

 その異変を解決した少しあとぐらいから、この八卦炉から声が聞こえるようになってしまっていた。
 異変のキーアイテムだった打ち出の小槌はとっくに霊夢が回収したにもかかわらず、だ。

 現役の道具が付喪神化することなんてあるんだろうか。

 ―――バディ? 積み荷が重いのですか? 破棄するのなら早めがいいかと思われます。

 ああそうだな、だがそうもいかない。

 ―――なぜですかバディ。

 妖怪を生け捕りにできることは貴重なんだ。
 コイツを里に持っていって調査するのさ。

 ―――なるほど、そうでしたか。

「……」

 なぜかこの八卦炉、私の心の声を読み取って勝手に返事をしてきやがる。
 しかもこの声が聞こえるのは私だけのようで、迂闊に声に出して返事をすると周りから変な目で見られるというおまけ付きだ。
 まあ、長年連れ添った相棒に『バディ』と呼ばれるのは悪い気分ではないが。

 ―――バディ。もしかして低高度を保っているのは万が一積み荷を落とした時も生きたまま回収できるからですか?

 お、よくわかってんじゃん、偉いぞ八卦炉。

 ―――お褒めに預かり光栄ですバディ。しかしながら残念なことに、私はバディにダメ出しをしなくてはなりません。

 ほう、そいつはどういう事だ?

 ―――バディ。あなたは他のイノシシの解体など後にして、すぐさま自宅を出るべきでした。

 ああん?

 ―――そうでなくとももっと高度を、30メートル以上の高度を保ち、ペース配分など考えずに全力飛行するべきでした。

 そいつは心外だぜ、私は私でいつもベストだと思う行動をしている。
 それで今まで生き残ってきた、食料の確保だって大事な課題だぜ。

 ―――しかしながらバディ『日没です』。

 ……おっと。

 ―――後方から敵性妖怪接近。登録名『鳥目クソ音痴野郎』。時速30キロメートル強、来ます。

 そういや夜は妖怪の時間だったな。
 まったく、たまに忘れちまうから困ったもんだ。

「くはははは、上等だぜ」

 パチンと指を鳴らし、イノシシを固定していた魔力の留め金を外す。
 イノシシの足自体を縛っているロープは健在なので、逃げられることは無いだろう。

 どうやら時速で19キロメートルほど出ていたらしい状態からの地面とのキスはウブな戦乙女には思った以上にショッキングだったようで、着地と同時にメス豚野郎が汚い悲鳴をあげたのが聞こえてきた。
 反対に私は自分の体重よりも重い荷物から解放され、ご機嫌なブーストで加速していく。

 ホウキの尾からバーナーの如く魔力を噴かせながら、秋空の中へと舞い上がる。
 十分に上昇を終えたところで体を反転させて標的を目視、居やがった。

「単騎か、馬鹿雀が」

 飛行に30、チャージに60、反動殺しに10。

 ―――完了まであと17秒。バディ、狩りますか?

 冗談だろ。作戦立案なしに人型なんて相手にできっか。

 ―――逃走ですか?

 何度も言わせんな、妖怪の生け捕りは貴重なんだよ。

 ―――では、選択肢は1つですね。

 おぅよ。追っ払うぞ八卦炉。

 術式開始。
 魔力を制御。
 陣など不要、呪文すらひと言。

 実戦で磨き上げた、退治屋の魔法。

 ―――バディ。チャージ完了です。

「死ぬにはいい日だ」

 恋符。

「マスタースパーク!」

 私の発声に合わせて咆哮を上げるミニ八卦炉。
 同時に別枠で反動殺しの魔法を発動させる。
 背中に展開する壁のような力場に背中を預け、ミスティアに向かって伸びる光線がぶれないように制御する。
 この魔法が無ければ、私ははるか後方にすっ飛んで行ってしまうだろう。

 ―――バディ。回避されました。

 ちっ、遠かったか?

 急旋回で砲撃を避け、ミスティアがこっちの方に追いすがってくる。
 距離は目測で20メートル程、これ以上接近されるのはマズイ。

 ―――減速なしで回避されるとは、動きを読まれていた証拠です。

 そうだな、こういう時は大抵ろくな事が無い。

 ―――逃走を提案します。あれは突発的な行動ではありません。向こうは準備をしています。

 ……いや、もうひと頑張りしてから見極める。

 ―――了解、バディ。

「……」

 向かって来るミスティアから逃げるように急加速、そして飛行の軸線が重なると同時に魔法を発動。
 飛行に10、魔法に90。

「ブレイジングスター!」

 更なる加速と同時にホウキの後方に魔法の弾丸をばら撒く。
 1発1発の威力は大したことは無いが、目くらましには丁度いい。

 そのはずだったのだが、向こうはこれも予期していたようで、またも最小限の動きで躱されてしまう。
 数発当たりはしたものの、ダメージがどれほど通ったかは定かではなかった。

 ―――バディ、来ます。

 あいよ。

 迫ってくる気配から殺気が膨れ上がったタイミングで、私は急上昇をかける。
 さっきまで私がいた空間に無数の弾幕が突き刺さるのを視界の端で確認しながら、捻り込みの要領でミスティアの後ろを取った。

 そして最小チャージで連射連射連射。
 向こうも急旋回と迎撃の弾幕でこちらの攻撃を防ごうとしたらしいが、手数はこっちが上だ。
 八卦炉からの砲撃に加え身体の周囲に光弾を発生させ、立て続けに叩き込む。

 飛行に10、チャージに90。

 ―――了解。完了まであと12秒。

 着弾時の煙幕が晴れるより先に、ミスティアがこっちへ突っ込んでくる。
 ある程度は被ダメ覚悟の突撃だったのだろうが、そこに私の姿はすでにない。

 自由落下。
 驚く馬鹿雀の間抜け面を尻目に、私の身体は地面へと一直線に加速していく。
 出力のほとんどを八卦炉のチャージに回している今、高速で移動する手段は限られていた。

 ―――地面まであと3秒、チャージ完了まであと8秒。

 あいよ。

 地面すれすれで急旋回、距離を取ろうとしたところでミスティアとばっちり目が合う。
 間髪入れずに放ってきた弾幕を左右に揺れるだけで回避し、奴に向かって中指を立てた。
 この距離で当たるかよ。

 その挑発にカチンときたのだろう、ミスティアが本気で妖力を解放するのが見えた。
 背中の翼を小さく畳み、一直線に突っ込んでくる。

「うっひょ」

 とっさに地面を蹴り飛ばして突進を回避し、付随するように付いてきた弾幕どもを掻い潜る。
 側を突っ切られた時の衝撃だけでコントロールを失いそうになるが、ホウキの尾を地面にザリザリと擦らせ何とか耐えた。

 ―――敵性妖怪速度、時速50キロメートル弱です。

 やっぱ鳥系は速いな。
 今のも直撃したらヤバかった。

 ―――バディ。上をご覧ください。

「おわっ」

 私が体勢を立て直している隙に再び舞い上がったのだろう。
 ミスティアが上空から弾幕による爆撃を敢行してきた。

 飛行速度を私に合わせ、常に私の真上を押さえ、絶え間なく弾幕を放ってくる。
 味なマネを覚えやがって、誰に習ったんだ。

 仰向けのまま右へ左へとジグザグに飛んで爆撃を回避。
 偏差撃ちなんて器用なマネができないのはお互い様なので、直接狙うかバラ撒くかしょぼい誘導弾かのどれかかだ。
 それでも。

 ―――チャージ完了。撃てます。

 あいよ。

 飛行に90、反動殺しに10。
 不意打ちで急旋回&急加速、ミスティアの方に突撃する。
 弾幕を掻い潜り、一気に距離を詰め、懐から取り出した小瓶を放り、サングラスをかけた。

 ミスティアから放たれる弾幕に向けて放り投げたその小瓶は、狙い違わず向こうの弾幕に直撃して砕け散る。
 魔法の森で採れるある種のキノコを粉末にしてマグネシウムをちょいと混ぜる、そいつに熱源が加われば。

「……ボン、だ」

 炸裂する閃光。
 急激に酸化するキノコが、ミスティアから視界を奪った。
 サングラスをしていても若干辛いが、向こうはこっちの比じゃないだろう。

「鳥目にされた気分はどうだ?」

 気絶とは言わねぇ、怯め。

 八卦炉を構え、反動殺しを展開。
 この距離なら外さない。
 吹き飛ぶがいい。

「恋符……、ん? あれ?」

 いざどてっ腹をぶち抜いてやろうと思った矢先、ミスティアは撃墜でもされたかのように地面へ謎のダイブ。
 そのまま距離を取ったかと思うと、旋回してどこかへと飛んで行ってしまった。

 ……逃げた?

 ―――敵性妖怪離脱。追撃は無しですよね、バディ。

 あ、ああ、深追いはしない。
 意味ないし。

 しかしなんだ急に、引き際って言うには変な感じだし。
 まるで何か、用は済んだとでも言いたげな……。

 ―――バディ。やられました、我々はこの戦闘に敗北いたしました。

 どうした八卦炉。

 ―――やはり他のイノシシなど解体せずにさっさと森を出るべきだったのです。

「……まさか」

 八卦炉の言葉にハッとして辺りを見回す。
 すると、やや遠くの方に先ほど放り捨てたイノシシの戦乙女が横たわっているのが確認できた。
 しかし。

 ―――バディ。残念ながら彼女はすでに亡くなっています。

 ああ、見りゃわかるぜ。

 近くに降り立ってみれば明らかだった。
 さっきまでモゴモゴ言っていたイノシシは、頭と手足を落とされイモムシのようになっていた。
 しかもご丁寧に、傷口に大量の蛆まで湧いていやがる。

 頭を落とすだけでは飽き足らず、こんな短時間で蛆まで湧かせやがった。
 確実に殺すという純度の高い殺意。
 明らかに人為的な『攻撃』だった。

「クソが」

 ミスティアは時間稼ぎでこっちが本命だったか。

 ―――バディ。不可解です。

 どうした八卦炉。

 ―――『これ』をする時間があれば、彼女を救出することも可能でした。

 ……これをやった奴は、手強い奴だってことさ。
 1度に多くを望まず、最優先の部分を確実にやり遂げる判断ができるってことだ。
 『生け捕りを防ぐ』そこにだけ注力してきた。
 また捕まったら元も子もないし、私がこいつに発信機でもなんでも仕掛けてるかもしれないしな。

 しかしどうするか、これでも一応持っていけば調査の足しになるだろうか。
 でもホウキが臭くなりそうだな。
 ていうか手足が落とされてて運びにくそうだ、ここまで計算の内か。

「……」

 いいや捨てて行こう、まだ近くにこれをやりやがった妖怪が居るだろうし。
 このまま第二ラウンドは勘弁だ。

 それでもせめて頭だけでも持っていこうかと、もう腐敗の始まっていたイノシシの口を掴む。
 予備のロープを取り出してホウキに固定しようとしたところ、『ビチッ』という妙な音が聞こえてきた。

「マスタースパーク!!」

 それが何の音なのか理解するより先に、身体が勝手に動いた。
 イノシシの頭を手放し、地面に向かって砲撃を放つ。

 そして反動で後方にすっ飛ぶ私の前で、イノシシの身体が派手に爆発を起こした。

「……くっそ」

 滑るように地面を転がり、身体に突き刺さった骨の破片を引き抜く。
 危なかった。
 チャージしっぱなしじゃなかったら吹っ飛ばされてるところだった。

 ―――バディ、無事ですか? それに今のは。

 発火用の符だ、ちぎると一拍置いて火花が出る。
 普通は薪とか燃やすのに使うんだけどな。

 何で蛆なんて湧かせてんのかと思ったらそういう事か。
 可燃性のガスでも生成すんのかあの蟲は。
 それにしたって屋外であんな爆発する程の量を数分で生成するなんて尋常じゃない。魔界産のやつか?

 頭を持っていこうとすると発動するトラップ。あの短時間で仕掛けるとは大したもんだ。
 誰がやったかは想像つくが、クソ害虫め、どいつもこいつも一癖あるやつばかりで嫌になる。

「……」

 考えていてもしょうがない。

 指先をクイと動かせば、さっきのですっ飛んで行ったホウキが手元へと戻ってくる。
 自慢の愛機にまたがって、里を目指すことにした。

 結局手ぶらかよ。

 ―――バディ。ドンマイです。

 八卦炉の慰めが、今日は無性にむなしく響いた気がした。





 飢えた人食いどもがバスタブにこびり付いたカビの如くあちこちに常駐するこの幻想郷において、対する人類は一致団結してこれを打開するべく立ち上がるべきだと私は思うのだ。
 だけども実際のところ、事はそう単純でもないらしい。

 いやまあ、タカ派ハト派に別れるくらいだったら私にも理解できる。
 怒ったあいつらは本気で怖いし、下手に刺激しないで現状維持と洒落込もうぜと言い出す輩を『ビビってんなよチキン野郎』と全否定するほど私は無神経ではない。
 気持ちはわかる。

 だが私にわかるのはそこまでで、なぜある里のある区域の人間は広い庭付き一戸建てのお屋敷を持っていて、別の里の別の区域の人間には納屋にも劣る家に住まざるを得ないのか。
 あるいはなぜある人間はハンコを押すだけの仕事で毎日輸入品の海鮮料理が食べられて、別の人間は朝から晩まで牛と一緒に田畑を耕しても銀シャリすらろくに食べることができないのか。

 そしてその金持ちどもに限ってやたら人食いどもと仲良しなのは一体全体なぜなのか。
 集めた金を打倒すべき相手であるはずの妖怪にせっせと納め、気に入らない連中を襲わせてまで自分の地位を守るのは何の為なのか。

 その気になったらその日のうちに1周できるような狭い狭い郷の中の、さらに小さなコミュニティ。
 家畜の扱いを受ける群れの中でお山の大将を気取ることがそこまで気持ちのいいことなのか、人類共通の敵に媚びへつらってまでそれは維持する価値があるものなのか。

 きっとこの悪夢のような現状こそが彼らにとっての楽園で、妖怪がいなくなってしまっては逆に困るのかもしれない。
 妖怪が居なくなり、幻想郷が消えて無くなり、外の世界と合流する。
 そんな里の人間の悲願であるはずの、私達退治屋が命がけで目指す終着点さえ、彼らにとっては余計なお世話もいい所なのだろう。
 それを阻止する為だったら、どんな手段でも使って来るのだろう。

 そういったことを理解するには私は若すぎるのかもしれないし、だからと言って大人に聞いたところで皆言葉を濁すばかりで話にならなかった。
 あるいはだれにも本当のところは理解できないのかもしれない。

 そんなのっぴきならない人里の貧富事情の内、富の方にあたる名家とは一体全体どこのことかと言われれば、事情を知っている人間ならば真っ先に4つの家を挙げるだろう。

 萌田、羽田、田淵、そして稗田。
 人里四天王ならぬ四田王などと私が勝手に呼んでいるこの金の亡者どもは、今日も今日とて持たざる者からルールにのっとって金品を巻き上げているのであった。
 その様はまさしく水を吸い取る外産のスポンジのようであり、『ワーオ、見てよアーノルド、汚れがみるみる落ちていくわ』といったところである。

 ―――バディ。あなたの疑問はあなたが限定的とはいえ、ある程度の自由を獲得したから出てきたものだと思います、あと最後のアーノルドとは誰の事でしょう。

 まあ確かに私は人里カーストの外にいる気はする。
 産まれがアレで、育ちがソレで、今の仕事がコレだからな。

 ―――そうですね、ですがやはり『ある程度』という注釈は必要です。そしてアーノルドとは誰なのでしょうか。

 ある程度、ね。
 まあ人里カーストからは逃れられてももっと大きな幻想郷カーストからは逃れられてない訳だし、否定はできないか。
 何より私は今まさにその四田王の一角相手にご機嫌をうかがいに行くところなんだから。
 せっかくのお土産も爆発させちまうし、微妙に合わせる顔が無いぜ。

 ―――そんな事はありません。バディは里の外に拠点を持つエリート退治屋です。戦果報告と生存報告だけでも彼女を喜ばせるのに十分なものとなるでしょう。彼女はモノの価値を理解しています。何も心配はいりません。ところで先ほど出てきたのアーノルド氏について情報をいただきたいのですが。

 だといいんだが。
 まあ気にしててもしょうがない、せっかくだから治療だけでもしてもらおう。
 見えてきたしな、阿求ん家。

 ―――バディ。アーノルドって誰ですか? バディ? シカトですかバディ?





 南の里の中心部。金持ち御用達のドデカい家々が立ち並ぶその住宅地の中において、さらにひと回り大きい屋敷の門前。
 『稗田』と書かれた表札を横目に見ながら、主を探して泥棒が行く。
 さて、我らが大将はどちらかな?

 正門を抜け、飛び石が並ぶ小道を歩き、過剰に大きい玄関をくぐるとこれまた広い廊下に出る。
 私が寝転がってもなお余裕がありそうなくらい幅のある廊下を進み、枯山水と松の木のコラボレーションを横目に見ながら阿求を探す。
 ここだけ見ればただの金持ちの屋敷なのだが、知識のある者が見れば至る所に張り付けられた札や、枯山水の模様にカモフラージュされた魔法陣なんかが見て取れるだろう。

 ここはただの屋敷じゃない。
 稗田の管理する、退治屋の拠点だ。

 稗田とは、幻想郷が始まって以来脈々と受け継がれてきた歴史家の一族。
 幻想郷の地形、各地域の風土、そして妖怪たちの特徴など、それらを調査し記録する。
 それは、言い換えるならば妖怪の調査機関といったところだ。
 妖を知り、その生態を探り、そして対策を見つけ出す。

 それは何のためか。
 知的好奇心を満たすためなどでは断じてない。
 答えはシンプル、妖怪を倒すためだ。

 人里サイド最小にして最強の対妖怪組織。それこそが稗田であり、御阿礼の子のもう1つの役割だった。
 いやまあ、最小っていうのはつまり、『組織』と呼ぶには頭数が心もとなさ過ぎるという訳なんだけども。

「おっすー」
「あら、お久しぶりです魔理沙さん」
「おう、でかいイノシシ仕留めたから報告に来たぜ」
「それはそれは」

 そして彼女こそが。
 自室でくつろぎながら漫画を読んでいたこの彼女こそが今代の稗田家当主、稗田阿求。

 私ら退治屋のパトロンだ。

「ところで、そのイノシシは回収できましたか?」
「……わりぃ。回収には失敗した、爆散しちまった」
「あらら」

 しょうがないですねえ、と口元に笑みを浮かべて阿求は立ち上がる。
 たったそれだけの動きの中にすら気品が漂うこのお方は、やはりいいとこのお嬢様なのだろう。

「ちょっと座っててくださいね」
「ん? どこ行くんだよ」
「救急箱取ってきます、どうせまた怪我してるんでしょ?」
「……」

 流石はご当主。
 お見通しのようだった。

「いやー、いつ見てもいい体してますねー」
「馬鹿言ってんじゃねえよ」

 最後のイノシシ爆弾によって負った傷に、阿求が軟膏を塗ってくれる。
 自分でやるって言ったのに聞きゃしない。

「ぐふふふ……、素敵な傷」
「止してくれよ」

 先ほどとは打って変わって変態チックな笑みを見せる阿求が、慣れた手つきで私の傷跡をなぞってくる。
 くすぐったいからやめて欲しいのだが、いつもこうなのでそろそろ諦めることにした。

「乙女の身体じゃないぜ」
「歴代の退治屋はみーんなこんな体ですよ、私が零だったころからね」
「そんなもんか、みんな苦労してたんだな」
「何言ってるんですか、これがいいんじゃないですか」

 私の身体。
 大小無数の傷跡が縦横無尽にひた走った退治屋の身体。

 ごっこ遊びじゃこうはならない。
 正真正銘、生き残りをかけた生存競争に身を投じれば誰だってこうなる。
 こうなるか、あるいはこうなる前に死んでしまうかだ。
 敵の殺意を掻い潜る度に、私の身体には新たな勲章が増えていくのであった。
 グレイズという言葉は肉がそげることを指すのだ。

「包帯もマキマキしましょうねー」
「頬ずりすんなよくすぐったいだろ」
「いやー、先生の教室にある『山脈の部分が盛り上がってるタイプの地球儀』みたいな感触ですねー」
「嫌な例え方すんなって」

 まさか頬ずりしたのか。
 地球儀に。

「歴代の退治屋はみんなこうですよ」
「さっきも聞いたよ」
「歴代の私もみんなこうでしたよ」
「……」
「こうだからこそ、美しいのです」
「はいはい」

 阿求はその小さな手のひらで私の頬を撫でてくる。
 そんな額がぶつかるほどの距離でニマニマとされたところで反応に困るし、どんな反応をしてもからかわれるだけなのでそっぽを向くことにした。
 床の間に飾ってあった掛け軸を見ながらもしかしてさっきのは自画自賛なのではないかと思いつつも、そいつは心の奥底にしまっておくことにする。
 乙女の秘密であった。

 そしてまた包帯を巻いてもらいながらなすがままにセクハラされていると、背後からふすまが開く音が聞こえてきた。
 女中がお茶でも持って来たのかと思ったが、どうやら同業者のようだった。

「お、来ていたのか魔理沙」
「また怪我してるのね? 大丈夫?」

 稗田に出入りしている退治屋は私だけではない。
 いくら私と八卦炉のコンビが強靭無敵最強であろうと、それをサポートするチームが居て初めてその力を発揮できるからだ。
 と言ってもまあ、退治屋は今この部屋にいる4人と八卦炉で全員なんだけどな。

「元気にしていたか?」
「くははは、会いたかったぜ先生」
「ここで先生はよせ、どこに耳があるかわからん」

 諜報員兼、作戦参謀兼、生体研究員。
 慧音先生。

 普段は里の寺子屋で子供相手に読み書きと歴史と保健体育を実技で教えているビッチだ。
 特に保健体育に関しては寺子屋卒業後も補習を望む声が後を絶たないほどの実力派で、その指先のテクは地域の有力者を相手に行う諜報活動においてもその真価を発揮している。
 早い話が峰不二子だ。

 だが本業である淫乱教師とは別に、この先生には妖怪研究家としての顔もある。
 おもに法医学だとか生態学だとか。
 さっきのイノシシだって、連れて帰れりゃこの人が調査なり解剖なりするはずだっただろう。

 数少ないサンプルから特徴や弱点を探りだし、少しでも退治屋の勝率を上げる。
 作戦の立案もこの人なしでは成り立たないだろう。
 私をこの稗田ギルドに誘った張本人でもある。
 いろんな意味で『先生』だった。

「そこまで傷だらけで生きてる退治屋も珍しいわよね、ちゃんと避けなさいよ」
「お前に回避がどうこう言われたくねーよ」
「何言ってるのよ、私は当たっても死なないもの」

 そしてもう1人。
 戦闘員兼、威力偵察員兼、その他雑用。
 藤原妹紅。

 ふもとの里暮らしのプー太郎にして先生のヒモであり、不死不滅にして最強の退治屋である。
 数百年もの退治屋キャリアは伊達ではなく、その戦術もさることながら妖怪からの知名度だって抜群だ。
 恐らく幻想郷で最も妖怪から恨まれている人間だろう。
 どうも歴代の御阿礼の子とも交流があったりなかったりするらしく、阿求とは生まれる前からの付き合いになると言う。

 当然ながら戦闘能力的にも申し分なく、私との相性もかなりいい。
 広範囲高出力超回復の蓬莱人と、高速度大火力多手数の私が同時に出撃すれば、強力な人型妖怪ですら粉微塵に粉砕できる。
 そんな頼れる先輩であった。
 五右衛門ポジションかもしれない。

 ―――バディ。多手数とはなんでしょうか、そんな熟語は私の辞書にないのですが。

 ……いいか八卦炉。
 言葉ってのは時代に応じて変化していくもんだ。
 明日から使われなくなる言葉もあるし、昨日できた言葉もある。
 そういう物だ。

 ―――左様でしたか、私はてっきり他の語句と語感を合わせるためにバディが適当にでっち上げたのかと思ってしまいました。

 わかってるなら黙っててくれよ。

「ところで魔理沙、ケロちゃんは元気?」
「……ん?」

 妹紅がニコニコしながら聞いてくる。
 八卦炉のことまで気に掛けるとは、さすがは退治屋で最も気配りの出来る女だ。

 ―――元気ですが、その愛称はやめてくれとお伝え願います。

 わかったぜ。

「絶好調だとよ」
「そっか、よかった」

 当然のことだが、阿求を始めとした退治屋メンバーは八卦炉が付喪神化したことを知っている。
 実を言えば研究対象として取り上げられるんじゃないかと危惧してたりもしたし、実際に先生が調べさせろと迫ってきたが、殴り合いという説得の末に我が相棒は私の手元に残ることとなっていた。
 発生途中の付喪神などと言うレア物件を前にして目の色を変える先生と阿求は恐ろしかったが、理解のある大人たちで助かった。本気で殴った甲斐があった。その後1ヶ月ほど口を利いてやらなかった。

「その呼び方も気に入ってるみたいだぜ、妹紅」
「本当? よかったー、考えた私も鼻が高いわ」
「まったくだぜ」

 ―――オーノー。バディ。物事は正確に伝えてください。私はそんな可愛らしいイメージの物ではありません。武器です。兵器です。

 そっか、平気か。

「先生ちょうどよかった。包帯マキマキが終わったら呼びに行こうと思ってたんですよ」
「そうだったのか? まあ、こっちとしても丁度いいタイミングだった、魔理沙に用がある」
「あん?」
「あんまり来ないようだったら私が森にまで呼びに行くところだったのよ?」

 そう言いながら先生と妹紅が私の隣に腰を下ろした。
 これからがっつりお話がありそうな感じだが、私1人だけ半裸で微妙にハズい。女ばっかりだからいいけども。
 なぜ戦闘職の退治屋が女ばかりかって?
 なぜ年頃のうら若き美少女を傷だらけになるまで現場に放り込むかって?
 男がみんな戦死したからさ。
 そして次は私の番だろうさ。妹紅死なないし。

「次のターゲットを見繕った」

 先生が伊達メガネをキラリと光らせながら、4人全員が見える位置に資料を広げだす。
 次の妖怪退治のターゲットか。

 資料には獲物の特徴や近況、交友範囲などが書かれており、これを読むだけでその妖怪の人となりがわかってしまいそうだった。
 人型を討つのは久しぶりだ。
 流石は峰不二子、いい仕事をするじゃないか。

「……」

 私は資料の中の1枚を手に取り、写っていた顔写真と視線を交差させる。
 知っている顔だった。

「こいつか」
「ああ、そいつが次の獲物だ」

 カメラに向かって中指を立てながら舌を突き出すこの妖怪。
 つい先日だ、コイツとかちあったのは。

「鬼人正邪。種族は天邪鬼。知っての通りこの間の異変の首謀者の1人だ」
「こいつか」
「あれだけの異変に関わっておきながら大した御咎めもなく放置されている。悪運の強さは一級品だな」
「居場所は掴んでんのか?」

 資料を元の場所に戻しながら、先生の方を見ずに問う。
 向こうも向こうで聞かれることがわかっていたようで、まるでベテラン教師のようによどみなく答えてくれた。

「対象は現在無縁塚付近に潜伏中だ。廃屋に偽装された小屋に隠れ住んでいる。ちなみに逆さ城とやらは八雲に抑えられているらしいぞ」
「ひっそりと暮らしてんのか」
「そうだ。ここ数か月ほど偵察してみたが、外出は最小限、外部との交流は皆無、排泄物すら近くの地面に穴を掘って埋める徹底ぶりだ」
「ふーん」
「そして自宅では基本全裸だ」
「慧音と同じね」
「私は寝る時だけだぞ妹紅」

 鬼人正邪。
 今更説明するまでもない有名人だ。
 弱きを騙し強きをけなす幻想郷のテロリスト。

 もしかしたら退治屋と利害が一致する部分もあるんじゃないかとも思ったのだが、実際に会って話を聞いてみたところ、それはとんでもない思い込みだったとわかった。
 あいつに言わせれば人間とは弱者ではなく畜産物であり、分け前の少ない弱い妖怪こそが弱者なのだそうだ。
 個人的な協力者だったら種族は問わないそうだが、マクロ的に見るなら話は別。
 社会のピラミッドに、畜産物は入れないのだそうだ。

 挑発の仕方は一流のようだった。
 ぶっ潰したる。

「これ、隠れてるって言うんですかねぇ」
「下水道の通じてない廃屋に住みついてると言った方が正確なんだぜ」
「そして友達もお金も無いから出かける用事が無いのかしらね」
「……さもありなん」

 さもありなんじゃねーよ。
 先生無理やりそれっぽくしたいだけだろ。

「力も弱く、打ち出の小槌も博麗の巫女が回収済み、協力者も同様に軟禁中で、行動範囲はごく狭い」
「狙い目ですねぇ」
「小人の軟禁と小槌と城については八雲主体だったよなたしか」
「そうだ。少なくとも悪ふざけで誰かが解放することはあるまい」
「本当に友達居ないのかしら」
「出先で何人かと将棋を指す姿が目撃された程度だ」

 先生さっき『無駄な外出はしない』的な事言ってなかったか?

「しかもこいつかなり強いぞ。飛車角落してもらったのにボコボコにされた」
「先生あんまりだぜ」
「ツッコミは入れませんよ」
「慧音って将棋強かったかしら」
「私の将棋の腕はともかく、重要なのは今コイツが孤立しているということだ」

 潰せ。
 と、先生は短く言う。

 なるほど、聞いた限りじゃ確かに狙い目だ。
 自ら弱者を名乗るほどなんだし、実際弱い部類なんだろう。

 妖怪退治をするうえで1番大事な要素は、言うまでも無く相手が倒せるレベルの奴なのかどうかという事だ。
 そして2番目に大事なことは、仲間が何人いるかということだ。
 言い変えるなら、そいつを退治した時に何人の妖怪に恨まれるかということだ。

 友達を殺されれば妖怪は怒る。
 怒った妖怪に理屈は通じない。
 『里では紳士たれ』、という向こうが決めたはずの不文律を容易く踏み越えてくる。
 里が戦場になる。
 そうなったらもうおしまいだ。

 妖怪は強い。
 こちらが稗田の屋敷に備えてある仕掛けなんて、軽々と噛み砕かれるほどに。
 ほんの数人の妖怪に徒党を組まれただけで、こちらは壊滅的な被害を受けるのだ。
 束になってかかって来いだなんて、とてもじゃないが言えないのだ。

 そんな妖怪がなぜ人里で暴れないかと言ったら、いやたまに暴れるけど、概ね暴れないのは、ひとえに彼らの理性によるものだ。
 彼らが彼らの決めたルールを守っているから、ただそれだけだ。たまに理性飛ぶけど。

「決行は次の金曜日。ふもとの里手前の大楠木(おおくすのき)周辺だ」
「どうやって呼び出すんだよ先生」
「こいつの行動パターンは掌握済みだ。ターゲットは毎週金曜日の午後6時ごろにふもとの里の惣菜屋に通っている」
「あー、ロード中ロード中。私の知る限りあの辺の惣菜屋の9か所中7か所がそのくらいの時間に値下げを始めますね」
「やりくり上手なのね」

「他の曜日は水汲みや竹林へのタケノコ採りくらいしか外出せん。あとはたまに家庭菜園で土いじりしている程度だ。あるいは秘密の地下通路から出入りしているのかもしれない」
「ただの暇人じゃねーか」
「賭け将棋で生計を立てているらしい。強い上に大して消費しないからこそ成り立つのだろう。いや、もしかしたら活動資金としてある程度ため込んでいるかもしれない」
「金曜日の外出は確実なんですか?」
「少なくとも月に3回は堅いな。もちろん決行日にたまたま来ない事もありうる。来ない時はきっと自宅で下剋上に関わる新たな計略を練っているに違いない」
「あそこのタケノコおいしいのよね」
「そうだな、今度メンマでも作ろうか」

 一問一答でスパスパ答えてくれる先生だったが、いかんせん蓬莱人が黙っていてくれない。
 慧音は大げさに考え過ぎだし、妹紅は暢気すぎる。
 やはりここは私がバランスを取らねば。

「状況はわかったぜ先生。他に注意することは?」
「特にない。資料だけ読んでおいてくれ」
「当日の配置はどうするんですか?」
「書いてある通り魔理沙が里、妹紅が大楠付近にて待機、中間よりやや妹紅よりにターゲットが移動した時点で魔理沙がスタートする」
「私の方に逃げて来るわね」
「ああ、逃げ道を塞ぐ形で燃やせ。そこからはアドリブで頼む。このランクの妖怪はちょこまか動く奴が多いからな、面での攻撃を意識しろ」

「他に質問は?」
「特にないぜ」
「私もありません」
「メンマってどうやって作るの?」
「タケノコをごま油で炒めてからみりんを混ぜて煮るんだ」
「割り箸はどこで使うの?」
「割り箸?」
「メンマって割り箸を柔らかくなるまで煮た物なんでしょ?」
「は?」

 資料を読みながら当日の動きをイメージする。
 地図によればふもとの里から楠木まではおよそ80メートル程度らしい。妹紅寄りとするなら里から50メートル地点くらいを狙うか。
 間に遮蔽物になりそうなものは無い。
 普通に歩くとしたら50メートル進むのにどんなもんだ。
 歩く速度は時速4キロとして、3600秒割る4000だから1メートルにつき0.9秒か。
 50倍して45秒。

 八卦炉のチャージには最短でも10秒。
 しかしターゲットが近い段階でチャージを始めたら感付かれる恐れがある。
 だったら。

「阿求」
「なんですか魔理沙さん。メンマですか?」
「この資料の惣菜屋から里の外に出る際に通るであろうコースと、それを一望できるスポットは無いか?」

 この手の事は、阿求に聞くに限る。

「あー、ロード中ロード中」

 額に手を当てながら阿求が唸る。
 資料として用意されていた里の地図を片手に、『ロード中ロード中』とつぶやき続ける。
 うつろな瞳で記憶の海に意識を沈める彼女には、常人には理解できない膨大な記録が見えているのだろう。

「ロード中ロード中、……見つかりましたよ」
「どこだ」
「惣菜屋から無縁塚方面に抜けるとして、通りうるコースは4パターン、そのうち2パターンはほぼ同じなので実質3パターンです」

 地図を指でなぞりながら、阿求がブツブツと小さな声で教えてくれる。
 まだ半分くらい記憶の海の中でたゆたっているのかもしれなかった。

「この内どのパターンでもこのお店の最上階からほぼ全景を見渡せます」
「すぐ前に違う家があるじゃん」
「この民家は取り壊されていて、再建築は来月から始まります、現在は更地のはずです」
「にゃるほど」
「ただ、この店は1人で入るのが難しいので協力者が必要になります」
「あん? なんの店なんだよここ」
「連れ込み宿です」
「……」
「ラブホテ……」
「もういい、わかった」

 みなまで言うな。
 お前の口からそんな言葉を聞きたくない。

 ―――バディ。ここは男装したバディと登録名『ビッチ先生』が潜入するのが適任かと思われます。

 そうだな、私もそう思う。

 ―――『ビッチ先生』が里の男性やバディと年も変わらないような少年と関係を持つことは珍しいことではないため、誰からも疑われることなく配置につけると思われます。

 しかも参謀が近くにいたら不測の事態にも備えられるしな、一石二鳥だぜ。

 ―――その通りです。私からはこのプランを提案します。

 でもやだ。

 ―――バディ。なぜでしょうか。

 お前、何が悲しくて女と宿でご休憩しなきゃいけねーんだよ。
 行ったことないんだぞ、中がどうなってるのか前からちょっと興味あったんだぞ。
 なんで嬉し恥かしちょっとドキドキ初体験をこんな峰不二子と過ごさなきゃならねーんだよ。

 ―――バディ。私には人間特有の情緒やわびさびが実はわかります。

 わかるのかよ。

 ―――私を感情が希薄なタイプのダメAIと一緒にしないでください。バディの言っていることも理解しています。

 そうか、お前付喪神だもんな。
 人工知能とかじゃないもんな。

 ―――ですが、任務を優先すべきです。バディの乙女心に成功確率を高めること以上の価値があるとは思えません。

 ……はい。

 ―――どうか冷静な決断をお願いします。重要なのは施設のイメージではなくどういう目的で利用するかです。正直ノーカンだと思います。

「……」

 私はゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
 しかたない。

「阿求、ここには私と先生が待機する。万が一ターゲットが想定外のコースを通った場合はその場で先生に指示を仰ごうと思う」
「よく言ってくれました。私もそれがベストだと思います」
「正直心理的に抵抗はあるが、それより優先すべきことがある。むしろ待機場所が個室であることは僥倖と言えると思うんだぜ」
「素晴らしいです魔理沙さん。それでこそ退治屋。よっ、人類の希望」
「よせやい」

 褒めたってなんもでねーよ。

「当日は1時間前からここで待機する。先生、話聞いてたか?」
「だから割り箸は煮ても焼いても食えないと言っているだろう」
「えー? でもメンマは割り箸っぽいよ?」
「く、誰だ私の妹紅にあらぬことを吹き込んだのは、さては我々の連携を妨げるために吸血鬼が施した絡め手だな? そうはいくか」

 チャージに50。

 ―――了解。完了まであと20秒。

 私の魔力を吸い上げながら、相棒が金色の光を放つ。

「むおっ!? なんだ魔理沙、敵襲か?」
「敵は外にいるとは限らないぜ、例えば作戦会議に参加しない軍師とかな」
「……おいおい。どこの世界にそんな無責任な奴がいるのだ」

 てめえだ。

「じゃあ話聞いてたか? 当日の配置についてだ」
「うむ、妹紅が大楠木付近にて待機、魔理沙は里内部にいてもらう」
「聞いてねーじゃねーか。ターゲットが通りそうなコースは4つ、そのすべてを把握できる個室を見繕ったところだ」
「どこだ」
「ここだ」
「ああ、ここか」
「……地図見ただけでよくわかるな」
「よく利用する宿だ。『愛の巣』という名前で安い所だがシーツの洗い方が上手でな、心地よくって最中に寝落ちすることもしばしばある」
「そうか」

 あんまりだ。
 あんまりにもどうでもいい。

「慧音は割引券いっぱい持ってるもんね」
「ああ、なぜかいつも2枚くれるんだ。減らない」

 知るか。

「あともう2回行けばポイントカードが満タンになるんだ」
「休憩料金で宿泊できるんだって、やりくり上手だよね」

 知るかっつってんだろ淫乱教師。

「ここの最上階で私はターゲットの動向を監視する。想定通り楠木方面へ出るようなら作戦通り妹紅と挟み撃ちだ」
「1人で入るのか? 不自然な行動をターゲットに悟られたらまずいぞ」
「なんで惣菜買いに来たやつがラブホの宿泊状況を気にするんだよ」
「その指摘はもっともだが、考えて考え過ぎると言うことは無い」
「考え過ぎだぜ」
「しかたない。万全を期す意味もかねて私と行こう。私が男装すれば問題ないはずだ」
「大問題だぜ。変装は私がするからお前はいつもみたいに寺子屋の生徒でも連れ込む感じに頼む」
「こら魔理沙、目上に向かって『お前』とか言うんじゃない」
「目上なら尊敬させてくれ」

 頼むから。
 とまでは言わないでおいた。

 近ごろの若者は目上に対する敬意が足りないのかもしれないが、近頃の目上は尊敬できる奴が少なすぎる。
 私が知る限り、私の周りには碌な大人がいない。
 ノミネートされるのは阿求と親父くらいなもんだ。

 あ、やべぇ親父に手紙書いてたの忘れてた。

 ―――ところでバディ。決行日は金曜日でしたよね。

 そうだが?

 ―――もういっそ、それまでに好きな人でも誘って下見にでも行ってみてはどうでしょう。

 ……は?

 ―――当日に別段何をする訳でもないのですが、私も『はじめて』くらいロマンチックな方がよろしいと思いますし、何も不都合は無いでしょう。

 う、うーん。
 そう言われるとそうなんだが。
 正直恥ずい。

 ―――そんな恥ずかしいとか言っていると機会を逸しますよ。今回の事はいいきっかけだと思ってアプローチすべきです。

 そっか、そうだな。
 香霖誘って行ってみるか。

 ―――そうですバディ。勢いが大事なのです。

「よし、話もまとまったな。作戦会議はここまでにしよう。明日も早い」
「そうですねえ、皆さん明日はよろしくお願いしますね」
「わかったわ。じゃあ明日ね、腕が鳴るわ」
「……」

 ―――バディ。

 うん。

 ―――今日は何曜日でしたっけ。

「阿求、今日何曜日だっけ」
「ロードするまでもありません。木曜日です」
「……そっか」

 明日かよ!





 当日、やたらと手慣れた感じでチェックインを済ませ、私と先生は偵察ポイントに陣取ることに成功した。
 先生はこの宿の常連であったため、『いつもの』と言っただけですんなり最上階に案内してもらえた。
 そういった意味でも地の利はこちらにあると言えるだろう。
 泣きたくなってきた。

 外から見えないように窓の位置が工夫された廊下を歩き、昼間なのになんとなく薄暗い階段を上る。
 案内された部屋は想像していたよりずっと広く、過剰に距離の近い2組の布団の他にくつろぐ為の居間のようなスペースが確保されていた。

 変装を解いて荷物をその辺に置きながら、今のうちにいつもの黒衣に着替えておくことにする。

「思ってたより広いんだな」
「ん? ああ、雰囲気作りも大切だ、本当に休憩することもできる」
「私はもっと寝る場所しかないもんだと」
「そういう所もある。もっと安い所だな」
「ふーん」
「お茶でも飲むか? 電気ポットもあるんだぞ?」

 テーブルに置いてあった機械をいじりながら茶筒を振るう先生をよそに、私は部屋のあらゆる扉を開け放つ。
 異物がないかなんて確認するまでもないとは思うが、退治屋家業を続けるうちになんかクセになってしまっていた。
 布団を入れるための押入れ、押入れ内部から抜けられる天井裏、布団の近くに設置されていた薬箱、そして、窓。
 阿求の言う通り再建築予定地と看板が立っている更地ごしに、ターゲットが通っているという惣菜屋が見える。
 そこからターゲットが通るであろうルートも、その大部分が一望できた。

 ―――流石は登録名『転生ロリサヴァン』。確かな仕事です。

 くはははは。バックアップがこれだけしっかりしてるんだ。実戦部隊がしくじるわけにはいかねえな。

 ―――同感ですバディ。我々の力を見せてやりましょう。

「ほれ、お茶が入ったぞ」
「お? おう、いただくぜ」

 大してうまいとも言えないような安い葉っぱのようだったが、ひと心地つけると言う意味では十分効果があった。予定時刻まで残り1時間、変に緊張しすぎてもいけない。ご相伴に預かることにしよう。

「その布団、ちょっと触ってみろ」
「あん?」

 お茶をすすりながら、先生が妙な事を言ってきた。よくわからなかったが、言われるままに布団に触れるとさらさらとした心地のいい感触が指先に返ってきた。

「おおう」
「すごいだろ? 上着脱いで寝そべってみろ、凄まじいぞ」
「いい洗剤使ってるのか?」
「だろうな。稗田の家の布団よりスベスベだ」

 布団そのものはそれほど高級な感じはしない。
 だが、このシーツの感触は金では買えないだろう。

 堪らなくなった私は黒衣の上着を脱ぎ捨て、布団へとダイブした。
 肌で味わうとはこういう事なのだろう。
 駄々をこねる子供の様にカサカサと布団の上で転がれば、すり抜けるような生地の感触が私の触覚を楽しませてくれる。

「涼しいだろ」
「最高だぜ」

 先生が通い詰める訳だ。これはクセになる。

「寝るなよ、作戦まで1時間も無い」
「わかってるよ」

 自分も上着を脱ぎ捨てながら、先生が寝そべる私の隣に腰を下ろす。
 そのまま掛け布団を取り払うと、自分の腕を枕に横になった。
 豊満な肢体を惜しげもなくさらけ出すその姿は割と本気で峰不二子そのものだ。

「なあ魔理沙。男を落とす方法を教えてやろうか」
「……なんだって?」

 枕に顔をうずめてだらけていたら、唐突に先生が変なことを言ってきた。
 何だ急に。

「簡単だ」

 そう言って先生はメガネを外し、私に覆いかぶさってきた。
 うつ伏せだった私を転がすように反転させ、視線を交差させてくる。

 そのまま肌をすり合わせるように抱きすくめられる。
 すぐ耳の横で、先生の息遣いが聞こえてきた。

 抱きしめられて気持ちいいかと聞かれたら、肯定するのもやぶさかではないが。
 ただ、まあ、こんな事をされても困る。
 私にそんな気は無い。

「重くないか?」
「あー、いや、まあ、大丈夫だけども」
「って聞くんだ」
「あん?」
「重くないかって聞かれて重いと答える男はそうは居まい」
「……かもな」

 居たら流石にデリカシーが無さ過ぎるだろう。

「そして『重くない』と答えたらこっちの物だ」
「なんで」
「『重くない』という回答の中に『抱きしめ続けてもいい』というニュアンスが含まれている。重くないと言ってから『どけ』とは言われん」
「……あー」
「たまに言う奴もいるが」
「いるのかよ逆にすげーよ」

 ダブルバインドの変則系か?
 これ営業テクニックじゃなかったか。

「そしてなるべく地肌同士を触れ合わせろ。頬でも手でもいい」
「上着脱がせたのは伏線か」
「だからこの宿はよく利用するんだ」
「相手が脱がなかったら?」
「このように」

 と言って先生は私の手を取り、指を絡ませてきた。

「手先を合わせる」
「肌はあんまり自信が無いぜ」
「心配するな、女の肌は柔らかくできている、男の肌に触れたことはあるか?」
「いや。あー、治療したことなら」
「ごつごつとは言わないが、結構固かっただろ」

 そうだっただろうか。
 止血に忙しくてあんまり覚えていないんだが。

「原始時代からそうなっている。男の肌は防御力を上げるために固く頑丈になり、女の肌は男を癒すためにやわらかく進化した」
「そうなのか?」
「抱き心地のいい女がより多くの子孫を残せたんだ。我々の身体はそういう風に淘汰されてきたのだ」
「そうか」
「特に手先は効果的だ。神経が集中している分だけ脳への影響も大きい」
「先生の恋愛講義はいやに科学的だぜ」
「これくらいできなければ諜報員は務まらんよ」

 峰不二子は耳元でクスクスと笑い、仕上げだと言って私の身体を起こした。
 座った姿勢で体重を預ける形になる。

「後は耳元で『好きだ』と言えばいい」
「……そんだけ?」
「そうだ、簡単だろ? 愛してるでもいいぞ」
「ちょっと簡単すぎやしないか?」
「いや、変に語彙とか気にしなくていい。好きだ好きだと連呼しろ。名前を呼ぶのもいいが違う男の名前を呼ばないように気を付けろ」
「その辺は大丈夫だ」
「強いて言うならば、もう堪らないといった感じに強めに抱き着け。それだけで男はこの女は自分の物だと思うのものだ」
「単純だな」
「逆だ魔理沙。単純な事しか処理できなかった時代から脈々と受け継がれてきた様式美なんだ。男の前でくらい弱くあれ、守ってもらえ」
「……んー」

 講義はおしまいだと告げて先生が私から離れる。
 乱れた衣服を正し、髪をかき上げる姿はさすが大人の女といった感じだ。

「……」

 ―――思いの外、本格的な講義でしたね。

 そうだな。
 先生のクセにな。

 冗談交じりの恋愛テク講座の狭間に、なにか大事なことを教えてもらった気がする。
 ほんの少しだけ、この人の事を尊敬できた気がした。

「……ふー」
「魔理沙」
「ん?」
「余韻に浸っているところ悪いが、朗報だ」
「なにさ」

 そして、窓の外を鋭く眺める作戦参謀がこっちに来いと手招きしてくる。
 私も先生に習って上着を着直し、なんでもない風を装って外の方へと視線を伸ばした。

「どうやら今週はいつも通りの週末を過ごすことにしたらしい」
「その選択がまさか自分の人生の終焉に直結するとは思わなかっただろうぜ」
「見えるか? あそこだ」
「……どこ?」
「あの八百屋見えるか? いま通りかかるところだ」
「……目には見えるが気配がねぇな」
「この距離で気配とかわかるのかお前は」
「は? 当たり前じゃん」
「……」

 お互い不思議そうな表情で顔を見合わせるが、結局私も先生もそれ以上何も言わずに視線を窓の外に戻した。
 一七三〇、ターゲットを捕捉。
 情報よりちょい早いくらいか。

 ―――あの、遠すぎるのか鬼人正邪が検知できません。件の総菜屋に入っていくところでしょうか。

 みたいだな。
 今日のお買い得品は何だろうな。

 ―――当ててご覧に入れましょう。

 おう、当ててみろ。

 ―――きっとメンマです。

 違いないぜ。

「くはははは。マジで想定通りのコースじゃねえか」
「だろ? 流石は私」
「ああ、流石は阿求だぜ」

 しばらくしてターゲットが店から出てきた。
 そのまま手にした風呂敷を大事そうに抱えながら、我が物顔で大通りを歩きだす。
 どうやらいい惣菜が買えたらしい。
 他に寄るところも無いのだろう。鬼人正邪は無縁塚方面に向かって真っすぐ大通りを抜けていく。

 この里には、というかほとんどの里には動物除けの柵がぐるっと1周するように設置されている。もちろん妖怪相手には無意味だが、野生動物に対しては一定の効果があるし、住人の心理的にも有効らしい。
 その柵のいくつかある出入り口の1つに、天邪鬼が向かって行った。
 空を飛べるなら柵も何も関係ないはずなのだが、道がそうできている。道なりに素直に歩けば、出口へいざなわれるように。

「あれ?」
「おお?」

 そう思っていたのだが、ターゲットは何を思ったか通りにあったお茶屋の方に足を向けた。
 買い食いでもする気だろうか。

「焦らすぜ」
「落ち着け魔理沙。私が見張ってるから一旦休め」
「了解したぜ」

 緊張しすぎてもいけない。
 お言葉に甘えて私は再びシーツのスベスベを堪能することにした。
 なぁに、待つことは慣れている。
 作戦の緊急中止にも慣れている。
 撃ち抜くことにも慣れてるし、撃たれることにも慣れている。
 私はいくらでも、待てる兵士なのだ。

 八卦炉、なんか話すことないか?

 ―――そうですね。お話するのもいいですが、各種術式の点検をするのはどうでしょうか。

 そうだな、やっておくか。

 私は指をパチンと響かせ、ホウキのステルス状態を解除した。
 ホウキに刻まれた飛行術式は問題なく稼働している。
 こんなもん無くたって飛べはするが、あった方が制御が断然に楽だ。

「やべ、ブーツ忘れてたじゃん」

 ―――あ、カバンに入れっぱなしでしたね。

「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」

 危ない危ない。
 宿の玄関で脱いだものとは別に、戦闘用のブーツをカバンに入れてたんだった。
 中に仕込んだ加速術式もちゃんと起動する。
 宿屋の店員には悪いと思ったが、失礼してここでブーツを履かせてもらうことにした。

 ―――寄り道してくれてよかったですね。

 ああ、まったくだぜ。
 空中戦がメインの私と言えども、裸足で戦うのはちょっとな。

「魔理沙」
「お、買い食い終わったか?」
「いや、始まったといった方がいいだろう」
「おいおい、ずいぶんと選ぶのに時間をかける奴だぜ」
「いや、将棋が始まった」
「え?」

 窓枠からひょいと顔を覗かせれば、遠くの方でお茶屋の長椅子に座って盤を広げているターゲットが見えた。
 のんびりする気満々か。
 もしかしてマイ将棋盤か。
 持ち歩いているのか。

「対戦相手は誰だ?」
「よく見えないが、見たことある気がするな」
「んー」

 目に力を籠め、魔力によって望遠レンズを作る。
 かなり初歩的な魔法だが、得てしてこういうシンプルな技術こそ実践では役に立つものだ。

「あー、誰だっけあいつ、私も見たことある気がするぜ」
「ケロ助はどうだ、見えるか?」

 八卦炉わかるか?

 ―――申し訳ありませんバディ。私の認識範囲外です。あとケロ助はやめてくださいとお伝えください。

 そっか。

「八卦炉もわかんないってさ」
「そうか、顔はわからんが、あの恰好は確か寺の奴だろ」
「寺?」

 寺と言われて思い出す。
 あんな顔の奴が確かいたはずだ。

「あー、命蓮寺にいたなあんなの。よく宗教の勧誘してる奴だ」

 名前は思い出せないが、あいつだ。
 よく屋根の上で寝っころがってサボってる奴。
 意味もなくヘラヘラ笑ってる奴。

 ―――登録名『雲山のおまけ』でしょうか。

 ああ、そいつそいつ。あの地味な奴。
 でもなんだろうあのひょっとこみたいなお面、祭りでもねーのに。

「そうだったか、私はあまり見かけないが、しかしなぜ鬼人正邪と」
「たまたまだろ?」
「はっ、まさか命蓮寺と結託して次なる異変の算段を……。間違いない。また大がかりな異変が起こるぞ」
「たまたまだろ」
「まずいな、大至急阿求に知らせねば、自警団もなおざりにはできん。情報を流して警戒を促さねば」
「いざとなったらまとめてぶち抜いてやるぜ」
「そんなおざなりな対応が通じるか、状況によっては作戦の練り直しだ」

 駄目だ。
 悪い所に入った。
 なんとかして気を逸らさねば。
 これがあるから素直に尊敬できないんだ。

「先生、どっちが優勢かわかるか?」
「え? あ、ああ、流石に盤面までは見えん、お前見えるか?」
「今、命蓮寺の方の飛車が取られたぜ」
「終わったな、出撃準備をしておけ」
「了解したぜ」

 準備はとっくにできていたが、ごそごそとポケットの中身を整えるふりをしながら対局の様子を眺める。
 対戦相手の顔色から判断して、もう逆転はなさそうだ。

「あ、おじぎしてるぜ」
「終わったか、次はお前が対局することになるぞ」
「将棋なんて動かし方しかわからないぜ」
「心配するな、妖怪退治にルールは無い」
「勝った方が強者か」
「そうだ。行け魔理沙、ここからは小難しいことは無しだ。存分に撃ち抜いてこい」
「了解したぜ、荷物頼む」

 遠くの方で2人が別れる。
 ターゲットは出口の方へ。
 命蓮寺の奴は軽く伸びをしながら逆方向へ、手提げ袋をぶらつかせながらさっきの総菜屋がある方向へと進んで行く。

 そして、さらに遠くに妹紅が潜んでいるはずの大楠木が見える。
 寝てなきゃいいがな。
 まあ、ドンパチが始まれば起きるだろ。

「気を付けろよ魔理沙」
「おうよ」
「前の会議では確証がなかったから言わなかったが、やはりあいつはかなりイレギュラーな奴だ」
「あん? イレギュラーじゃない妖怪がいんのかよ」
「なんというか、スペルカードルールでの異変は今まで何度かあったが、首謀者はみな自分の力を誇示したり、退屈しのぎに遊ぶことが目的だった」
「……」
「だが奴は『他人のために』異変を起こした。弱者が泣かぬために、奮い立たせるために、そんな奴は今までいなかった」
「天邪鬼なんだろ」
「そうかもな」

 出撃前に不安なことを言う先生だったが、作戦に関係あるような事でもあるまい。
 ほどほどのところで切り上げることにした。
 さぁ出撃だ。

「グッドラック、魔理沙」
「グッドラック、先生」

 ついでに私は八卦炉にキスを落とし、今日の勝利を祈願する。

 ―――バディ。私の本体はそれほど衛生的ではありません。口付けはご遠慮ください。

 くははは。気にすんなよ。
 準備はできた、さあ往こう。

「行ってらっしゃいのちゅー」
「やめろ先生何すんだよ!」
「なんだ、ケロ助はよくて私は嫌なのか」
「いいから離れてろよ」

 頬をごしごし拭って気色の悪い感触を拭い去る。
 緊張が途切れたらどうすんだ。

 ―――バディ。私の気持ちがわかりましたか? これに懲りたら今後は控えてくださいね。

 うるせえよ。
 まったく、気がそがれるぜ。
 じゃあ改めて。

「ステンバーイ」

 ホテルの窓枠にホウキを掛け、出撃の体勢を整える。

 チャージに100。

 ―――了解、完了まであと10秒。

 カウントしろ。

 ―――了解、8、7。

 帽子を目深にかぶる。

 ―――6、5。

 深く呼吸し、心を一から作りかえる。

 ―――4、3。

 恋愛講座の生徒から、最前線を飛ぶ退治屋へ。

 ―――2、1。

 八卦炉が金色の光に包まれる。
 その身に宿す本能が、砲撃せよを急いてくる。

 ―――チャージ完了。

 飛行に100。

「死ぬにはいい日だ」

 その呟きと共に、私は窓から自身を射出した。





 例えばA点からB点へ移動したいとする。
 間に遮蔽物が無ければ、当然まっすぐ向かうのが効率いい。
 素直に最短距離だ。

 しかし、この最短距離が一定以上の長さを誇る場合。
 人は無意識に中間地点を欲しがるのだそうだ。
 外の世界の砂漠や山道などでは、少々の遠回りをしてでも覚えやすいポイントを経由することが常識なのだそうだ。

 その常識は幻想郷でも変わらない。
 ふもとの里から無縁塚へのほぼ直線上にあるこのデカい楠木。
 この大木と言っても差し支えない絶好の中間地点。

 鬼人正邪がここに向かうことは、ごく自然な事であった。

「マスタースパーク!」
「燃えて」

 八卦炉の砲撃に加えて妹紅による火炎術式。
 ターゲットたる鬼人正邪の逃走経路を塞ぐように炎が囲う。

 そして逃げ場を失った天邪鬼相手に距離を詰め、2人掛かりで畳み込む。
 反撃すらさせないつもりだった。

 ただ、不自然があったとするならば。

「退治屋2人かぁ。飛車角相手じゃ頑張んなきゃなぁ」

 当の天邪鬼本人が、1歩たりとも逃げようとしなかったことだった。

 飛行に40、魔法に40、チャージに20。

 ―――了解、完了まであと50秒。

 10秒前からカウント頼む。

 ―――了解です。

「スターダストレヴァリエ!」
「技名叫ぶとか漫画かおめーはぁ」

 黙れ、これでも呪文だ。

「妹紅! 物量で押せ!!」
「わかった!」

 面で攻めろ。
 先生から言われていたことを実践すべく、退治屋2人が円を描きながら天邪鬼を包囲する。

「ふぁぁあ」

 クルクルと風呂敷を指先で回しながら、鬼人正邪が大あくびをかます。
 何だあの余裕は。
 頼むからハッタリであってくれ。

「アースライトレイ」

 呪文と共にポケットから小型の包みを投げ放つ。
 無数の簡易レーザー砲を滑るように這いまわらせ、ターゲットの周りを囲った。
 まだ起動はしない。逃げ道を塞ぐ用だ。

 妹紅の炎とレーザー砲と星屑のように旋回する弾幕と。
 三重奏の殺意に囲まれながらも、鬼人正邪は動かない。
 なんだ、何を狙っている。

 ―――カウントをスタートします。

 八卦炉からの声を頭の片隅で受け止めた。
 あと10秒で砲撃できる。

 ―――9。

「妹紅!」
「わかった!」

 阿吽の呼吸。
 私の合図で蓬莱人が突進する。
 私ほどじゃないにしてもかなりの速度だ。
 炎を纏った不滅の退治屋が、天邪鬼に迫る。

 ―――8。

「あらよっとぉ」

 対する天邪鬼も傍観決め込むわけにはいかなかったようで、持っていた風呂敷を妹紅に向かって思い切り振るった。

「?」

 中から飛び出してきたのは、おそらく先ほど購入したであろういくつかの商品と、将棋盤。
 妹紅にぶつかる前に消し炭になっていくそれらでは、目くらましにもならないだろう。

 ―――7。

 それでも鬼人正邪は狼狽えない。
 それどころか妹紅の方に向かって突進していく。
 今しがた惣菜を包んでいた風呂敷を盾に、それで炎が防げると言わんばかりに。

「火ネズミの羽衣?」

 思わず伝説上の防具を連想する。
 それ系の何かなのだろうか。

 ―――6。

 不可解すぎて私だったら足を止めるような場面だったが、藤原妹紅にそんな躊躇は存在しない。
 羽衣だろうが防火繊維だろうが、自分に燃やせぬものは無い。
 それが蓬莱人だ。

 そんな妹紅の突進が、虚しく宙を切った。

 ―――5。

 妹紅の身体をすり抜けるように鬼人正邪の身体が掻き消え、炎が通り過ぎたタイミングで再び姿を現す。

「なんだ今の」

 何が起きたかはわからなかったが、とにかく妹紅の攻撃は失敗。
 フォローに回るべくターゲットを挟んだ反対側に回り込む。
 逃がすものか。

 ―――4。

「見ぃつけた」

 スカを食らってつんのめっている妹紅を尻目に、天邪鬼がこちらを見上げてくる。
 子供向けのクイズでも解いたかのようなつまらなそうな顔で、勝利を確信していた。

 そして鬼人正邪があらぬ方向に弾幕を展開する。
 丁度私の弾幕と妹紅の炎が重なる辺り、逃走を封じる結界に向けて。
 私たち3人を取り囲むようにクルクルと回る、星屑の弾幕たちに向けて。

 ―――3。

 何が何だかわからない私だったが、とにかく何かをしなければならないことはわかる。
 あいつを止める。
 怖いが接近戦だ。

 至近距離でばらまいてやる。

 ―――2。

 私が覚悟を決めて獲物へとホウキを向けると同時に、先ほど鬼人正邪が放った弾幕が私の弾幕のいくつかを撃ち落した。

「?」

 やけに弾速の遅い弾であったが、その分威力があったのだろう。
 そして着弾と同時に鬼人正邪が走り出す。
 先ほどの風呂敷を手に、逃走を開始した。

 だが遅い。ずっこけていた妹紅が追いすがり、加速した私が追いつめる。
 しかし気になるのはさっきの風呂敷。
 それで弾幕を抜けられるのかもしれない。

 ―――1。

 しかしその予想は外れた。

「……マジかよ」

 星屑を象った無数の弾幕。
 ランダムに動き回り対象を内側に閉じ込めるゆりかごのような弾幕の結界。
 その結界に、穴が開いていた。

 先ほど撃ち落されたいくつかの弾幕。
 それらが通るコースを読み切って、ちょうど自分が通るタイミングに、一切の減速すらせず、信じられない程あっさりと。

「あばよとっつぁん!」

 結界は突破された。

 ―――チャージ完了。

「……まだだろーが!」
「もちろん!」

 結界を解除、妹紅も囲っていた炎を消す。

 飛行に10、魔法に90。
 突撃術式。

「ブレイジングスタァ!」

 自らを光で包み込み、ターゲットに向かて突撃する。
 外してもいい、近付いた瞬間八卦炉で砲撃する。
 反動殺しもこの際要らん、私が削って妹紅が仕留める。

「吹き飛べっ!」

 加速によって狭くなった視界の中で、獲物を塗りつぶす砲撃を向けた。

 相対速度でいくらか遅く感じるとは言え、それでも相手の表情が見えるようなスピードじゃない。
 にも関わらず、私の目は鬼人正邪がこれまたつまらなそうに舌を出している姿を捉えた。

 ―――敵性妖怪接近! 新手です!

 は? 新手?

「ぶん殴れ雲山!」

 横合いから放たれた巨大な拳が、私の身体に降り注ぐ。
 私の真横で雲の塊が視界いっぱいに広がっていた。

 ―――バディ! 回避を!

 急速に狭まる視界の中、走馬灯の上映を始める脳内に八卦炉の声が鳴り響く。だが、避けられない。
 このタイミングじゃ避けられない―――。

「危ない!」

 目前にまで迫っていた終焉が、炎に巻かれて蒸発する。
 追いついてくれた妹紅が間一髪で雲の拳を掻き消してくれた。

 直撃こそ避けられたが、高温の水蒸気に晒されて呼吸ができない。
 一瞬のうちに情報が増えすぎて頭が混乱しているのを自覚する。
 全ての処理を後回し、急いで距離を取らなければ。

「マズター……スパーグ」

 真横に向けて砲撃を放つ。
 反動で飛び退く私の身体に暴走気味な魔力がほとばしったが、目的は達せられた。

 見苦しく地面を転がりながら、自分のダメージをチェックする。
 無茶な加速のせいで体が軋み、変な転がり方をしたせいで視界がぼやける。
 喉を焼かれて正しく発音できなさそうで、過呼吸のせいか眩暈が止まらない。
 そして何より、撃墜されかけたというショックで歯の根が合わない。

 八卦炉、お前は?

 ―――私は問題ありません。万全です。

 暴発してないか。
 そりゃよかった。

「義によって助太刀します。正邪さん」
「いいのかぁ? 相手は退治屋だぜぇ?」
「いやぁ、こっちとしても退治屋は邪魔だったもので」
「お? なんだお前、思ってたよりいいツラすんじゃねーか一輪ちゃんよぉ」
「それに、勝ち逃げは許しませんからね。次は全駒にしてあげます」
「いいだろう。次は違う漫画を巻き上げてやる」
「いやいや貸すだけですよ!」

 ―――敵性妖怪を確認。登録名『スモーカー大佐』及び『雲山のおまけ』です。

「……もこう」
「いるよ」

 少しずつ回復してきた視界の中で、妹紅が私の前で立ちふさがってくれているところが見えた。
 あちこちから煙を吹きながら仁王立ちするその姿に、私は僅かばかりの安堵を覚える。

 ―――バディ。実は先ほどの砲撃の一部が彼女に命中しています。

 まじかよ。後で謝んねーと。

 ―――リザレクションは順調のようですが、畳み掛けられると非常に危険です。撤退を提案します。

 賛成だ。
 3対2じゃ、無理だ。

 笑う膝に鞭を打ち、なんとかして立ち上がる。
 我が子を守る母猫のように殺気立つ妹紅に庇われながら、気力を振り絞って索敵を再開した。

 新手は雲山とそのおまけのみ。会話の内容からして先生が危惧していたような結託じゃなさそうだ。
 おそらく一輪の独断。里の中で鬼人正邪と別れた後、別れた方向で爆炎が上がったから様子を見に来たってところか。

 しかしなんだ、あれは。
 あのお面は。

 ―――形状から判断して、『ガスマスク』かと思われます。

「……」

 さっき里で将棋を指してた時に頭に乗せていた可愛らしい奴とは違う。
 手提げ袋、買い物用だろうか、可愛らしい刺繍の入った袋を指に引っ掛けクルクル回す一輪の頭に、無骨なガスマスクが被さっていた。

 ―――正体は不明ですが、妖力を検出しました。マジックアイテムの可能性が高いです。

「……もこう」
「撤退?」

 そうだ、と答えようとした瞬間、一輪が頭に乗せていたガスマスクを被った。
 正しい位置に、正しい用途に使うように。

 毒? 味方の近くで?

 私が違和感を覚えるより先に、一輪がガスマスクの縁をつぅ、と撫でた。
 愛おしむように、慈しむように、何かの合図のように。
 何かと思ったその瞬間、強烈な疲労感がこの身に襲い掛かってきた。

「あれ?」
「……うおっと」

 立っていられないほどの疲労感。
 戦っていられないほどの虚脱感。
 心のエンジンが止まってしまったかのような倦怠感に負け、私は再び地面へと倒れ伏した。

 ―――バディ? どうしました。立ってください攻撃が来ます!

 う、動けない。
 力が、入らない。

「よっし効いてる! 行け雲山!」
「おお、何それいいじゃん」

 ここぞとばかりに飛んでくる3人分の弾幕。
 その容赦のない攻撃を一身に受けながら、妹紅が炎を展開する。
 妹紅も被弾のダメージとは別に原因不明の虚脱感に苦しんでるようで、吹き出す炎もいつものような力強さが感じられなかった。

「魔理沙、掴まれる?」
「……てが、動かない」
「わかった」

 それでも妹紅は炎をまき散らし、強引に弾幕の切れ目を作ってくれた。
 そして自分の再生も不十分なまま、私を担いで走り出す。
 何もできなかった私は、八卦炉だけは離さないよう必死に握りしめた。

「喧嘩売っといてどこ行くんじゃおみゃーらぁ! 私に勝ってみろぉ!」
「雲山、ばら巻いて!」

 瞬間、視界を埋め尽くすほどの弾幕がこちらに迫ってきた。
 天邪鬼による直撃狙いと、命蓮寺による散弾。
 お互いの射線が交わらないよう、即席にしては上等な連携を取っていた。

「アース……ライトレイ」

 最後の力で呪文を唱える。
 先ほど地面にばら撒いておいたレーザーの射出器に思い切り斜角を付けて、横なぎに連中を穿つ。
 本当だったら上下から挟み込むような弾幕なのだが、贅沢は言っていられない。

 少なからず動きを止めてくれた隙に、妹紅が背中に炎の翼を生やして飛びあがる。
 連中が追って来ない所を見ると、レーザーの出処に伏兵がいると思ってくれたのかもしれなかった。

「追ってこないみたいね、たぶん」
「ああ、助かったぜ妹紅」
「いいのよ、帰りましょ」
「うん」

 動かない腕で目元をぬぐい、定まらない視線でターゲットを見下ろす。
 同僚の腕の中、常人より遥に高い体温に包まれながら。
 ゆっくりと、意識が遠くなるのを感じた。





「第Ⅱ度の火傷が皮膚の20%程度、右上腕部骨折、肋骨1本骨折、裂傷多数」
「……はい」
「全治3週間だ」
「はい」
「普通の人なら3ヶ月はかかりますよ」
「はい」
「蓬莱人なら3分だけどね」
「はい」

 昨日、ボロ雑巾の如く蹴散らされた我々退治屋だったが、とりあえず生きて帰ってくることはできた。
 焼けた喉は痛むが死ななきゃ安い。

「さて私達ちょっと出かけてきますけど、魔理沙さん何か言い残すことはありますか?」
「布団がふかふかで気持ちいいです」
「それはよかったです」
「安静にしていろ、回復魔法は絶やすなよ」
「作戦無駄にしてゴメン」
「……言うな」

 夜には戻ると言い残し、司令官と参謀が部屋を出て行った。
 稗田邸に残ったのは阿求の両親と幾人かの使用人たちと、実戦部隊の2人だけ。

 私と妹紅だけだった。

「妹紅」
「うん? どこか痛む?」
「誤射してゴメンな」
「……平気よ、これくらい」

 私は丈夫なんだから、と妹紅が力こぶを作って見せてくる。
 なんでコイツはこんなにいい奴なんだろう。

「……」

 折れてない方の手を伸ばし、妹紅の手に触れる。
 優しく握り返してくれる感触に甘えながら、私は先生に習ったばかりの恋愛テクを思い出していた。
 確かに手に触れられると脳に来るようだ。

「強かったわね、あいつ」
「んー、地味に雲山が1番強かったよな、しかも最後の疲労感はなんだったんだ、技か?」
「違う。ターゲットだった方」
「……鬼人正邪が?」
「慣れてる感じだったわ。とても、悲しいくらいに戦い慣れてる」
「ふーん」
「将来、私みたいになるかもね」
「ならねえよ。あいつに『将来』は無い。私らが消す」
「……ええ、そうね」

 ―――バディ。あまり興奮しないでください。検知はできませんが、おそらく血圧が上がっています。

 はいはい。

 ……そうだ八卦炉、お前最後の奴効いたか?

 ―――最後の奴?

 なんか一輪がガスマスク被った瞬間、力が出なくなっただろ。

 ―――いえ。私には特に何も。

 そうなのか?

 ―――いきなりバディたちの動きが鈍ったことは確認できました。症状的には呪いの一種のようにも感じましたが、詳しい原因は不明でした。

 八卦炉には効かないのか。
 まあいい、向こうの知らないアドバンテージだと思っておこう。
 私ったらなんて前向きなんだろう。

「ゴメンな妹紅」
「なにが?」
「いっつも足引っ張って」
「……そんなことないわよ」

 わかってはいるさ。私なんぞより、妹紅の方が何倍も強い。
 瞬間的な火力なら何とか勝っているものの、戦術も、経験も、タフネスも、私じゃ足元にも及ばない。
 昨日だって私いない方が良かったんじゃないかとさえ思えてくる。

 ―――そ、そんな事は……

「そんなことないわよ魔理沙、私だけじゃ誰にも勝てないわ」
「そんなことねーだろ」
「私が今まで倒してきたのは、ほとんどが獣型って言われてるタイプばっかりなのよ」
「そりゃそうだろ。人型なんて弱い奴でもクマより強いんだから」

 人間と変わらない知能と、大型の哺乳類に勝る膂力と、物理を無視した飛行能力と、野生動物の誰もが持たない超能力を併せ持ったモンスター。
 それが人型妖怪。
 万物の霊長を捕食する生態系のイレギュラー。

「私はね、自分より強い敵を倒したことがないの」
「……なんだって?」
「自分より頭がいい敵も倒したことが無いの」
「……」
「ダメなのよ私じゃ、魔理沙みたいな謂れが無いから」
「『いわれ』か……」

 化物みたいな妖怪を倒す、ほとんど唯一の可能性。
 謂れの力。

 例えば天羽々斬(あめのはばきり)。
 ヤマタノオロチを倒したとされる伝説の剣だが、実物はただのちょっと欠けた刀だ。
 特殊な技法で作られたとか、強力な術式が組み込まれているとか、そういったものじゃない。

 だが、この刀で『ヘビ』系統の妖怪を切りつけると、他の妖怪を切りつけた時よりも多くのダメージが入る。
 切られた妖怪が『それは天羽々斬である』と認識している事が条件だが。

 作られた当初はただの刀だったのに、『あのヤマタノオロチすら倒した刀だ』という謂れが付いた瞬間、この刀は『ヘビ特効』となる。
 それこそが謂れの力。
 歴代の稗田が死に物狂いで見つけ出した突破口だ。

「東の里の生き残り。それがあなたの謂れでしょう」
「物心つく前の話だ。本当かどうかは知らんし、案外阿求がばら撒いたデマなんじゃないのか?」

 『里では紳士たれ』。
 妖怪どもが自らに課すルールを破った大災害。
 東の里が焦土と化した悪夢だったが、私はその生き残りなのだと親父から聞いた。

 親父自身は、幸運にもその時他の里に出かけていたのだそうだ。
 吸血鬼異変の真っただ中、そんな状態で里の間を移動してまで物資の調整をしていたのだから流石は私の親父だ。

「いいえ、本当よ」
「そうなのか?」
「だってあなたを救助したの私だもの、金髪の赤ん坊が泣いてたの」
「え!? ウソまじで? おいおい私は何回お前に命を救われりゃ気が済むんだよ。遅くなったけどありがとうございます」
「ふふ、いいってことよ」

 だからこその、謂れ。
 東の里の壊滅に関わった妖怪達は、今更になって『やっちまった』と思っているだろう。
 だからこそ、『その時の生き残りが報復にやってきた』ともなれば、それはムードたっぷりの復讐劇となるのだろう。
 その罪悪感と負い目が楔となって、私の砲撃をより効果的なものにしてくれている。

 きっと妖怪達は妹紅に殴られるより、私に殴られる方が痛く感じるのだろう。

「あの時は嬉しかったわー。もうみんな絶望しきってたからね、あなたの産声を聞いた時は救助隊みんなで号泣してたわ」
「そうだったのか」
「すんごい大きい声だったのよ? しかも運よく傘が日よけになってくれてて、あれが無かったら干上がってたかもしれないわ」
「流石は私だぜ」

 そんな事を言われても記憶にないのだが、まあ楽しそうだからいいけども。

 妹紅の思い出話は阿求たちが帰ってくるまで続いた。
 言ってる事の9割は身に覚えのない事だったが、おかげで気はまぎれた。
 実はさっきから折れたところがジクジクと痛んで仕方がなかったんだ。
 まあ、回復しつつある証拠だと思うことにしたけども。

 失敗をバネに、敗北を糧に。
 次の出撃に備え、私は飯を食って寝ることにした。





 人里の最先端医療技術の結晶である石膏製のギプスで腕を固定され、不便な生活を強いられること1週間。
 いい加減嫌になってきた。

「阿求、家に帰りたいぜ」
「ダメです、その怪我で里外に出られるわけないでしょう?」
「やりかけの研究が」
「ダメです」
「泥棒が入ってないか心配で」
「ダメです」
「ガスの元栓締めてなくて」
「ダメです」
「もう1週間も霊夢に会ってないんだ」
「知ってます」

 ルパン9世はにべもなかった。

 ―――10世では?

 え? ああ、そうか初代は零か。

「大人しくしてなさい。命令です」
「ちぇー」

 そうは言っても暇である。
 衣食住が問題なく提供されている現在、できることと言えば筋トレと手持ちの装備で術式の調整をすることくらいなものだった。
 あとは稗田の歴史書を読み漁るか、妹紅に頼んで取って来てもらったイノシシの干し肉をかじるかだ。
 強烈に固いが、あごを鍛えるには丁度いい。

 暇過ぎてしょうがない。

 キィン、と軽い金属音を鳴らしながらブーツの加速術式を起動させる。
 縁側に腰掛ける阿求に見守られながら、片手だけでクラウチングスタートの姿勢を取った。
 腕に衝撃が加わらないように気を付け、稗田邸の庭をダッシュで横断する。
 ホウキで飛ぶよりやや遅いが、まずますの速度だ。

 筋力補助だけでなく、摩擦制御も加えたのは正解だったかもしれない。
 魔力の消費こそやや増えたが、全力疾走してもすべらないのはありがたい。
 頑張れば壁走りもできるだろう。

「よいしょっと!」
「おおー」

 できると思ったので壁を使って駆け上がってみた。
 靴が白塗りの壁に吸い付くような感触を味わいながら、3歩4歩と上っていく。
 とはいえ数歩走っただけで限界が来たようで、完全に足が宙に浮いてしまう前に強く壁を蹴り、空中に飛び出した。
 そのまま宙返り、腕の事を考えて着地の瞬間に空を飛んで減速する。

 綺麗に両足で着地を決めて、両手を上にあげて決めポーズ。

 ―――お見事。パーフェクトな着地です。

「パーフェクトな着地ですよ、魔理沙さん」
「おおう、被ったぜ」
「はい?」
「八卦炉が同じこと言ってた」
「ああ、ケロちゃんが」

 微笑む阿求に差し出されたハンカチで額を拭かせてもらう。
 ケロちゃんはやめてくれと八卦炉が喚いてくるが、その懸案は置いておくことにした。

「あ、そうだ魔理沙さん。午後から時間あります?」
「いや、ガスの元栓を閉めに帰らないといけないんだ」
「じゃあ暇ですね。気晴らしに萌田さんの所に行きましょう」
「気晴らしなのか?」

 萌田って言ったら人里四田王の一角。
 一角というか最大勢力の所だ。
 何の勢力だと聞かれたら、経済規模ってことなんだが。
 正直力関係とかその辺の事はよくわからないのだが、気晴らしに行くようなところではない事は確かだ。

「ちょいと食事に誘われてまして、護衛頼みます」
「とうとうロリに目覚めたのかあの爺さん」
「爺さんじゃありませんよ息子さんの方です」
「あ、そうか亡くなってたんだっけ」
「去年の事ですよ。通夜と告別式一緒に行ったじゃないですか、命蓮寺に」
「そうだったそうだった、精進落としがやたら豪華だったよな」

 南の里の巨星堕つ、ってちょっとしたニュースだったっけ。

「息子さんどんな人だっけ。メガネで出っ歯の人だっけ」
「それは羽田さんです。アレですよ、頭頂部が直射日光を浴びてる感じの」
「それでいて油ギッシュな?」
「そうですそうです。私の光で里の未来を照らすのだ、って強がってた人です」
「涙目で?」
「そうですそうです」

 ―――バディ。そこまで言わなくてもいいんじゃないかと判断します。

「まあいいや、了解したぜ。ホウキとか全部持って行っていいんだよな」
「ええ、フル装備でお願いします」

 どうせ絶対、何かしらあるんですから。
 そう言って阿求はため息をついた。

「考え過ぎじゃね? 先生じゃあるまいし」
「だといいんですがね」

 しかしまあ、往々にして乙女の勘は的中するものだ。
 右脳と左脳を繋ぐ脳梁の太さだとか、受動的であるが故の分析能力の高さだとか。
 そんな理由で。
 でも中身は爺さんなんだよなー、この乙女。

 ―――老いを感じさせませんよね。

 まったくだぜ。

『あー、お前たちは完全に包囲されているー。大人しく人質を解放しろー!』
『解放しろー!』

 そんな訳で汗まみれだった服を取り換え、八卦炉はもちろん諸々の道具やホウキを手に萌田邸へと行軍していた。
 片腕はギプスだが、手を繋いでマーチだ。
 そして5分も歩かないうちにトラブルに遭遇する。
 どうなってんだこの里は。

『直ちに人質を解放しろー』
『解放しろー』
『直ちに武器を捨てて投降しろー』
『とうこう……兄貴ぃ、連中丸腰って話ですぜ』
『しょうがねぇだろ手引書に書いてあんだから』
『……』
『投降しろー』
『投降しろー!』

 メガホン片手に楽しげな小芝居を繰り広げているのは、ここ南の里に駐屯する自警団のみなさんだった。
 カンペを読みながら口上を述べるその様は初々しさに満ちているため見てると頬が痒くなってくるのだが、本人たちは至って真剣だ。

 退治屋と自警団。
 何が違うのかと聞かれても私にはうまく説明できないが、まず数が違う。
 こっちは私を入れても4人で、向こうは各里合わせて300人以上は居るだろう。

 だが逆に、戦闘能力って点じゃ今度は向こうが話にならない。
 というかほとんどが魔法使いですらない普通の人間だ。
 竹やりだの弓矢だのそれっぽく武装しちゃいるが、あんなもんで妖怪に勝てるなら私らがとっくに絶滅させている。
 所謂『能力持ち』も居るには居るが、戦闘経験が皆無に等しいのであまりにも弱い。
 空が飛べるってだけでレアスキル扱いらしい。
 群れからはぐれた獣型を倒しただけで祝杯を挙げるような連中だが、これでも本人たちは里の平和を守る正義のヒーローのつもりだ。

 何が違うんだろうな。
 志はあんま変わんないんだろうけど、向こうは勇気でこっちは憎悪なのかも。
 それか向こうが盾でこっちが矛。
 里内の凶行に対応するのが向こうで、里の外にまで積極的に打って出る少数精鋭がこっち。
 人間を守るのが自警団で、妖怪を倒すのが退治屋。
 だいたいそれで雰囲気は伝わるのだろうか。

 そんな彼らが1軒の飲食店を取り囲み、大声を張り上げていた。
 思わず無視して横を通り過ぎたい衝動に駆られる。

「何事ですかね、よく見えません」
「飛ぶか?」
「うーん」

 ぴょんぴょんと飛び跳ねながら前を見ようとする阿求だったが、無駄なあがきに終わったようだ。
 私からもかろうじて店の入り口が見えるくらいで、店の中までは視認できなかった。
 というか連中の盾が邪魔で射線が通らない。

 連中が使っているメガホンが電気で音量を増幅させるタイプではなかったため、叫んでいる内容もいまいち把握できない。
 それでも断片的に聞こえて来る情報をもとに推測すると、どうも誰かが人質を取って立て籠もっているらしかった。

 ―――バディ。店内に2体の妖怪を検知しました。

 お、偉いぞ八卦炉。
 もう少し詳しい状況わかるか?

 ―――大柄で色黒な鬼が1体、細身で小柄な妖怪が1体います。さらにすぐそばに人間が1名。

 人質か?

 ―――不明ですが、おそらく違うかと思われます。

 どうしてだ?

 ―――私が知る限り、立て籠もり犯は人質を投げ捨てたりはしないからです。

「投げ捨てる?」
「はい?」

 思わず疑問が口に出ると同時に、店の高価そうなガラス戸が派手な音を立てて吹き飛んだ。
 自警団たちの悲鳴が上がる中、見知らぬ誰かが結構な勢いで店から転がり出てくる。
 その人物は地面に何度かバウンドしながらも速度を緩めることなく電灯に突っ込み、鈍い音を立てて動かなくなった。
 頭から血を流すその男は、地面に寝そべったままぐったりとしている。
 にもかかわらず、自警団の連中は誰もその男には近付かない。
 どいつもこいつも、男が飛び出てきた店の方に視線が釘づけだった。

 ―――出てきます。

「……来るぞ」
「はい」

 八卦炉が教えてくれた通り、店の中から誰かが出てくる。
 店の入り口から狭苦しそうに体をかがめて出てきた妖怪が、自らの肉体を誇示するかのようにゆっくりと両手の拳をゴツンと合わせた。
 頭に生えた角からして、やはり鬼だろうか。
 退治屋としての経験が告げる。
 あれはかなりの上客だ。

 反対に、続いて店からヒョコヒョコ出てきたのは大したことなさそうな奴だった。
 禿げ散らかした小汚いドワーフみたいなその妖怪は仁王立ちする鬼の肩に飛び乗ると、倒れた男を指差してゲラゲラと不快な笑い声を響かせる。
 あのドワーフ、鬼の腰巾着か何かかと思ったが、2人の態度を見る限りどうやらあいつがブレインで鬼が荒事担当とか、そういう感じのコンビなのかもしれなかった。

 この時点で戦闘は無理だと判断した。
 天邪鬼1人に手こずり、一輪と組まれただけで撤退を余儀なくされる。
 そんな私じゃ勝ち目がない。

「……」

 メガホン越しに誰かが口上を述べているが、私の耳には届いていない。
 大柄な鬼が何事か叫びながら地面を踏み鳴らし、小柄なドワーフがますます大きな笑い声をあげる。
 自警団もさらに声を荒げ、前衛となっている連中が盾を持ち上げじりじりと包囲網を狭めていく。
 見れば、近隣家屋の屋根の上から弓矢で妖怪を狙っている奴まで出てきた。

 一触即発。
 そんな状況で、私は私が為すべきことは何か、できることは何か。
 ただそれだけを冷静に計算した。

 結論。

「阿求、付近に『話のわかる』妖怪がいないか探してくる」
「許可します。なるべく穏便にお願いしますね」
「それでいて迅速に、だろ?」
「その通りです」

 あの手の輩にはとっとと出て行ってもらうに限る。
 でも私じゃ追い出せないし、失礼ながら自警団じゃ論外だ。

 ならば人を呼んで来よう。
 妖怪の処理は、妖怪に任せよう。

 そう思ってホウキに跨ったはいいものの、私が飛び立つと同時に自警団の1人が妖怪どもに歩み寄った。

 尋常ならざるサイズのリーゼントを揺らす勇気ある男であったが、私の感想としては『あ、死んだな』である。
 歩くたびにゆさゆさと揺れ動くその前髪はメスにアピールする際に有利なのかもしれないが、同時に獲物を狙う時に前方が見えなくなるという致命的な欠陥を伴っており、種全体が進化の袋小路に嵌っていることを容易に予想させる男であった。

 ―――バディ。彼は別にああいう種族の生物とかではないかと思われますが。

 いや、あれは人間じゃあるまい。
 神話生物だ。
 その証拠に見ろ、妖怪どもが怯んでやがる。

 ―――本当だ。

「……」

 そのリーゼントは持っていた竹やりを捨て、何を思ったか羽織っていた上着を脱いでそこらに放る。
 日頃の農作業かなにかで鍛えられているのであろうその肉体は、人間で言えば二十歳前後だろうか、かなり筋骨隆々と言えるレベルだった。

 男は無言で2人組を指差すと、クイクイと指を曲げて『来い』と示している。
 無茶だとは思うものの、その怒り心頭といった表情からは彼の並々ならぬ怒気が感じられ、風にたなびく赤い鉢巻からは里の住人を代表して決闘を申し込む不退転の覚悟が感じられた。
 冗談としか思えない見た目とは裏腹に、彼は真剣そのものだった。

 僅かばかり存在していた彼を止める仲間の声も次第に小さくなる。
 対する妖怪どももその真剣を汲む気になったらしく、小柄なドワーフが鬼の肩から飛び降りて数歩だけ前に出た。

 ―――バディ。今のうちに行動すべきです。当初の予定通り話の分かる妖怪を探し、あの2体を説得させるべきです。

 ……いや、だめだ。
 見届ける。

 ―――バディ。気持ちはわかりますが、彼の勇士を歴史に刻むのは自警団の仕事です。バディは自分の為すべきことをやり遂げるべきです。

 あいつがやられたら私が出る。

 ―――正気ですかバディ。2対1で? 作戦もなしに? 負傷を追ったまま? 自殺行為と評価します。

 八卦炉の言葉を頭の隅で聞いているうちにも、時間は過ぎていく。
 人間も、妖怪も、時計の針も、後には引けないところまで来ていた。

 私の視界の中で、2人の男が至近距離にまで近づいて行く。
 ごっこ遊びの間合いじゃない、真っ向からの肉弾戦が始まろうとしていた。
 私は魔法で視力を水増しし、その姿を目に焼き付ける。
 リーゼントの男の拳が震えているのは、きっと怒りだけではないだろう。
 怖いんだ。

 あんな小柄な、それこそ私と大差ないほど小柄な雑魚妖怪ですら、人間を素手で解体できる。
 私だって道具1式あればイノシシを解体できるが、『それ』ができるからこそ、『それ』を素手でやることのデタラメさが理解できる。
 妖怪は、怖いんだ。

 ―――バディ。妖怪が恐ろしいことはわかりました。彼の勇気も賞賛すべきです。ならばこそ、その精神を無駄にしないためにも事態の収束に乗り出すべきです。

 八卦炉、あの男はどうなると思う。

 ―――どうなるって、即死するに決まってるじゃないですか。仮にあの小柄な妖怪が幽霊並に弱かったとしても、後ろの鬼までそうということは無いでしょう。

 その後はどうなる。

 ―――仲良く健闘をたたえ合うとはいきませんが、妖怪達は満足して帰るかもしれません。自警団が道さえ開ければこれ以上の犠牲は出ないかと思われます。

 開けるわきゃねーだろ。
 周りの連中の顔見てみろ、総力戦が始まるぞ。

 ―――それは……、自警団の責任です。全滅すること請け合いですがバディが気にすることではありません。彼らには彼らの行動理念があるのですから。

 でも、私なら止められるかもしれない。

 ―――止めてその後どうするのですか。拮抗状態にするのが精いっぱいのはずです。抜本的な解決を図るには妖怪による干渉が必要です。

「……」

 前触れもなく戦闘が始まった。
 リーゼントが放つ渾身のストレートが、ドワーフの顔面に突き刺さる。
 鼻っ柱を穿たれたはずの妖怪は軽くのけぞるだけで、反対に殴った方が拳を押さえて1歩下がった。

 ―――自警団だって馬鹿ではありません。無駄に特攻することは考えにくいです。しかし馬鹿ではありませんが、調停が可能な妖怪を選別して連れて来ることは難しいでしょう。

 お返しとばかりに振りかぶられた妖怪の爪が、視認できないほどの速度で人間を襲う。
 辛うじてガードすることに成功したようだったが、彼は回避を選択するべきだった。
 野菜に包丁でも入れたかのように引き裂かれた彼の腕から、取り返しがつかないほどの勢いで鮮血が噴き出す。

 ―――それができるのはこの中でただ1人、歴戦の退治屋であるあなただけです。数多の妖怪の顔や立ち位置を知り、実際に接触できるあなただけなのです。

 自警団の間でどよめきが走った。
 傷口を押さえて膝をつくリーゼントの男に、ドワーフが石を投げつける。
 弾丸のような速度のツブテに打たれ、男は頭をかばうのが精いっぱいの様子だった。
 余裕綽々の鬼が大あくびをしている横で、嬉々とした様子でドワーフが嗤う。

 ―――我々はいつもどうやって勝ってきたか思い出してください。感情に任せてノリで戦ってきましたか?

 周囲の自警団たちから放たれる制止の声を振り切り、リーゼントがまた立ち上がった。
 石のツブテにその身を晒しながらも、彼は前進を止めない。

 ―――仲間を倒された怒りで真の力に目覚めましたか? 追い詰められたギリギリで眠っていた力が覚醒しましたか?

 殴りつけるたびに拳が砕け、殴られるたびに身体が歪む。
 思わず駆け寄ろうとする仲間たちを下がらせ、彼は断固として単身で向かっていく。

 彼は怒っているのだ。
 同胞を傷つけられ、本気で怒っているのだ。

 ―――どれも違います。我々はいつも冷静に戦ってきました。計算で戦ってきました。我々の勝利は、いつだって作戦勝ちでした。

 そんな名も知らぬ勇者を、私は見殺しにすることにした。

 ―――準備はいいですか? いきますよバディ、敵性妖怪を発見。登録名『猫孫娘』。距離約40メートル、上空数メートル、こちらに接近中です。

 わかった。
 橙に状況を説明して速やかに場を取り仕切ってもらう。
 そこの妖怪2体を引き取って里外へ連れて行ってもらう。

 たとえ、同胞の遺体を踏みつけてでも。

 ―――2時の方角です。

 発見したぜ。

 ホウキに鞭を入れて急上昇。
 目下で行われている惨劇から目を背け、こちらに近付いてきていた橙に接近する。
 そして、さも今発見したようなふりをしながら、嫌なものを見たとでも言いたげな猫又と対峙した。

「よお」
「あっおー。退治屋じゃんちょっとどいてよ。ていうか早く吸血鬼倒してよ」
「わかったどくぜ。だが5秒待て」
「……うん?」
「妖怪2人が里で暴れてる。発端は不明、自警団多数が取り囲んでいてお互いに引けなくなっている。現在妖怪の片割れと自警団の1人が交戦中だ」
「交戦? 命名決闘法で?」
「いや、殴り合いだ」
「おいおい」
「以上だ。八雲に速やかな……、収束を求める」
「……引き受けたよ」

 決意を持ってすれ違う。
 妖怪と退治屋が触れ合うほどの距離で入れ違う。
 橙は比較的話のわかる妖怪だ。
 その上で、自分の目的に反しない限り、人の真剣をそこそこ汲んでくれる。
 お互いに下らない悪戯など考えず、橙は私のすぐそばを通り、私はすぐそばに橙を通した。

 『後は頼んだ』、そういう意味だった。

 ―――お疲れ様ですバディ。ベストな行動でした。

 ああ、ありがとよ。
 お前のおかげで冷静になれたぜ。

 ―――とんでもない。他者の説得に応じ、間違いを認めて合理的な判断ができるのは優秀な頭脳を持っている証拠です。全ての妖怪はあなたを脅威として認識するでしょう。

 これで事態は収まるかな。

 ―――彼女は優秀です。おそらくうまく取り持ってくれるでしょう。

「……だよな」

 そうつぶやき、阿求の元に戻るべくホウキを旋回させた。
 ため息だけは、意地でもつかなかった。





 期待していた通り八雲の末席は優秀だったようで、道の真ん中で死合を繰り広げていた2人を簡単にやり込めてしまった。
 具体的に何をしたのかはよく見えなかったが、2人揃ってひっくり返っていることから判断すると、たぶん合気か何かだろう。

「この場は八雲が預かった。言ってる意味わかる?」

 遠くの方で、橙がそう言っているのが微かに聞こえて来る。
 ドワーフの方も相手が八雲であると知っていたらしく、だったらしょうがないとばかりに静かに罰を受けていた。
 罰と言ってもビンタだったが。

 ついでに被害状況を確認すると言って、橙は店から転がり出てきた男とさっきまで孤軍奮闘していたリーゼントの男の様子を伺う。
 そしてご丁寧に『物理的な負傷しかしていない』とわざとらしい大声で宣言し、事情聴取をすると言って妖怪2体を連れて行ってくれた。

 結果的に人間勢も一命は取り留めたようで、簡易的な担架らしきものに乗せられ医者へと運ばれて行った。
 一応これは、めでたしめでたしの部類であった。

「大活躍だったじゃないですか退治屋さん」
「……」

 その中で自分が何をしたかと言えば、橙の状況把握の手間を省いたことだけだった。

「私なんて近くにいたのになーんにもしてませんし、いやー流石は退治屋。ナイスアシスト」

 それでもやれることはやった。あとは阿求と合流して萌田さんちに向かおう。

「んー、でもあの戸愚呂(兄)みたいな方もなかなかでしたね。手加減上手というかなんというか、あのトサカの人も内臓は無傷ですよきっと」

 順次解散していく自警団たちの波に逆らいながら、私は阿求を探す。
 仕事が終わったんだから、報告をしなければならない。
 私が収まるべき鞘はあいつなのだから。

「ゲラゲラ笑ってましたけど一番困ってたのはあの人ですし、退治屋さんが引き際を連れてきてくれたおかげで助かったでしょうね」

 ああ、急がないと。
 今日は護衛として来てるんだ。
 阿求を1人にしておいていいはずがない。
 でもどこだろう、少し離れたところにまで退避しているのだろうか。

「きっと頭の回る方なんでしょう。退治屋さんみたいにね」
「るっせえぞさっきっから!!」

 ああクソ。
 ダメだと思ってたのに。
 頭の上から垂らされる不快な戯言に、思わず怒鳴り散らしてしまった。

 ―――バディ。相手をしてはいけません。

 わかってるよ!

「うひゃー、つれないですねー。誇っていいんですよ? ご自分の活躍を」
「黙ってろおまけ野郎」
「おまけ? 私はなんかの付属品じゃありませんよ?」

 ヘラヘラと笑いながら命蓮寺の金魚のフンが挑発してくる。
 手提げ袋をくるくると回す青い頭巾の尼公は、どこまでも不真面目だった。
 聞くだけ無駄だ、阿求を探さなければ。

「まあいいんじゃないですかね、困ったときは人に頼る。恥ずかしがるような事じゃありません。本当に困ったときは人と妖の壁だって越えていいのです」
「……」
「今回みたいなときは遠慮なく八雲様に頼っていいんですよ。相手は公務員。こういう時のために高い税金を納めてるんですから」
「……」
「私なんて思いつきもしませんでしたよ。管理者に泣き付いて助けを乞うなんて、流石は退治屋、のび太君かよ」

 限界だった。

 私はポケットに入れていた小銭を弾き、近くの家の外壁にぶつける。
 そしてチャリリン、という音に一輪が反応した隙に足を払った。
 獲物が仰向けに倒れ込むと同時に馬乗りになり、勢いを付けたひじをその顔面へと振り下ろす。
 渾身の一撃はとっさに差し出された一輪の腕に阻まれるが、そのまま全体重を押し付け両腕を固定した。
 骨折している腕が悲鳴をあげるのも構わず、開いた胸部に八卦炉を突きつける。
 一輪の手から離れた手提げ袋が地面に落ちるより先に、行動選択の余地を奪った。

 チャージに100。

 ―――バディ! やめてください!

 チャージだ八卦炉!
 この痴れ者をぶち殺せ!

 ―――直ちに回避を!

「……っ」

 八卦炉の言葉に促され、弾かれたように一輪の上から飛び退いた。
 体勢を立て直しながら覚える、首筋へのチリリとした感覚。
 触れてみると、浅くついた傷から血が流れていた。

「あーあ、避けられちゃった」
「……雲山か」

 どうかしていた。
 コイツがいるなら雲山もいるに決まっている。

「……」

 赤紫色にたゆたうその雲入道は、パタパタと膝を掃う一輪を守るようにその体にまとわりついていた。
 それはまるで、装甲のように。

「いやー、失礼しました魔理沙さん。里の中でも正当防衛ならやっていいみたいなこと聞いたもので、つい」
「……てめぇ」
「だってこの間は取り逃がしちゃったじゃないですか。ここらで帳尻合わせもいいかなって」
「……」

 拾い直した手提げの中身を確認しながら一輪が寝言を吹いてくる。
 取り逃がした。
 それは、こっちのセリフのはずだ。

「……」

 解散しかけていた自警団たちが何事かと騒ぎ出す。
 だが連中は一旦避難するべきと判断したらしく、数人ずつチームになって私と一輪から離れて行った。
 恐らく距離を十分取ってから部隊を再編成する気だろう。
 この辺の動きは本当にほれぼれするほど訓練されてやがる。

「ありゃりゃ。騒ぎになっちゃいそうですね」
「誰のせいだぜ」
「あなたですよ、私は被害者です」

 そう言って一輪は頭に乗せていた面を被る。
 今日は猿の面だったが、一輪がそれを被ると同時にいつぞやのガスマスクへと変貌した。
 あれがモードチェンジ的なものだったとしたら、いろいろと応用を効かせてきそうだ。

 対する私は、無詠唱で魔法を発動する。

 心理障壁。
 読心を始めとした精神感応系の魔法を弾き返してくれる強力な魔法だ。
 もっとも、こっちの障壁以上のパワーで感応されれば意味は無いのだが。
 それ故に強力な精神感応に対抗すべく新たな障壁が日夜研究され続け、逆にその障壁をも打ち破る感応術も日夜開発され続けている。

 図書館の超魔法使い曰く『ウィルスとセキュリティのいたちごっこ』。

 私が使えるのはこれの初歩の奴だけだ。
 こいつの虚脱感を与える術がこれで防げるかはわからなかったが、やらないよりはずっとマシだろう。

 八卦炉を携え、ピリピリとした緊張感に身を委ねる。
 こっちの方がずっと心地いい。
 小難しいことを何も考えず、目の前の敵を退治すればいい。

 ―――落ち着いてくださいバディ。ここは里内です。速やかに戦闘を中止して登録名『雲山のおまけ』と和解してください。

 ……ああ、わかってる。大丈夫だ。わかってるよ八卦炉。
 お前はいつも正しいし、私はいつも間違っている。

 ―――そのようなことはありません。あなたは急にイベントがたくさん起きすぎて判断が雑になってきているだけです。

 イベント、イベントか。
 そうかもな、我ながら頭が鈍ってる。
 落ち着かないと。

 ―――そうです。その通りです。

 わかったとも。
 さあ、笑え。
 いつもの様に。

「くはははは。本当にもうひと波乱起きちまうぜ。この怪我はもらっといてやるから今日はここまでにするぜ」
「……そうですか、そうですね」
「次は里外だ。消し炭にしてやらぁ」
「やれるものなら」
「知ってるか? のび太って射撃の名手なんだぜ?」
「そうなんですか? あやとりじゃなくて?」

 そう言って一輪はガスマスクを外し、頭に乗せた。
 気が付けばそのマスクはひょっとこの形に変化しており、なんとなくお面自体からも安堵の気配が発せられているのを感じた。

「まあいいです。またお会いしましょう。葬式もセットでお安くしておきますよ」
「くはははは。次会った時がお前の命日だ。自分の念仏をセルフで唱えるといいぜ」

 お互いにため息をつきながら左手を差し出し、お互いの手を軽く握りあう。
 仮に私の右腕が折れてなかったとしても、私達は左手を伸ばしていただろう。
 なぜなら私の右手は八卦炉を携えたままで、一輪の右手は妙な輪っかを握ったままだからだ。

 そのまま何事もなく手を離し、その場から離れようとしたところで、真後ろから声がかかった。

「あ、魔理沙さん見っけ。って血が出てるじゃないですか」
「あん? おお阿求か、こんくらいへーきへーき」
「そうですか? 状況の方はどうでしたか? 八雲が仲裁したみたいですね、お疲れ様です」
「何もしちゃいないよ」

 背伸びしてまで頭を撫でてくる阿求のために軽くしゃがみ、冷かしてくる八卦炉を黙殺する。
 我らが当主は思う存分私の頭をクシャクシャにし、ご満悦といった表情で微笑んだ。
 その弛緩した顔に癒されつつ、やっと行軍を再開できると思ったのも束の間。
 真後ろで一輪の絶叫が挙がった。

「いやあああああああああ!!!」
「あ?」
「え? 何です?」

 断末魔のような叫び声をあげながら一輪が身をよじる。
 いや、一輪の声じゃない。
 一輪が頭に乗せていた面が、叫び声をあげていた。
 いい加減疲れてきたぞ、今度は何だ。

「ちょ、こころちゃん! 落ち着いて」
「いやあああああ!! あいつ嫌い! あいつ怖いぃ!!」

 獅子口、狐、ガスマスク。
 ぼこぼこと泡が立つようにお面が姿を変える。
 頭を抱えるように身をよじる一輪を尻目に、目まぐるしく変身を繰り返すそのお面が、ついに人の形を取った。
 薄桃色の髪の少女が、絶叫とは裏腹に涼しい顔で一輪に縋り付いている。

「こ、こころちゃんどうしたの? 大丈夫だよ、怖くないよ」
「いや……、いやぁ……」

 阿求をかばうように立ち回りながらお面を観察する。
 ガタガタと凍えたように震えるそいつは、怯えながらもチラチラとこちらを覗いてきた。
 誰だコイツ、見たことあるぞ。

 ―――未登録です。今になって初めて妖怪と認識できました。

「ロード中ロード中……、秦こころですね? 感情制御の付喪神。聖徳太子が創った面が自我を得た者で、先日の乱痴気騒ぎの主犯です」
「感情制御……?」
「この間魔理沙さんと妹紅が言っていた謎の虚脱感というのも彼女の仕業でしょう。ガスマスクという証言から推測して、おそらく『闘争心』か『戦闘意欲』あるいはそれに近いものを抑制されたのかもしれません」
「……にゃるほど」

 新規登録『ガスマスク面霊気』。

 ―――登録しました。

 それにしてもそういうカラクリだったか。
 あのガスマスク自体が付喪神で、こちらに精神感応を。
 つまり一輪のリソースとは別に発動するわけか、これは厄介かもしれない。

 ―――申し訳ありませんバディ。同族ながら気づきませんでした。

 いや、いいんだぜ。
 それよりも。

「なんでお前見た瞬間怯えだしたんだ」
「さあ、きっと求聞持アレルギーなんですよ」
「……私はそれじゃなくてよかったぜ」

 よくわからんかった。
 八卦炉わかるか?

 ―――全然です。

 そっか。
 お前なんかさっきから口数少なくないか?

 ―――申し訳ありません、今日はしゃべり過ぎて疲れました。

 そっか、世話を掛けたぜ。

 ―――とんでもない。バディの役に立つことが私の第一義です。付喪神は持ち主のためならば喜んでその身を捧げるのです。

 ありがとうな八卦炉。
 お前はなんて頼りになる奴なんだ。

 でも信じられるか? まだ午前中なんだぜ?

 ―――なんということでしょう。

「まあいいです。予想外に時間を食ってしましました。急がないと時間に遅れてしまいます」
「そうだな、おい一輪、私らは行くぜ。どいてくれ」
「え? ああはいはいどうぞ。ちょっとこころちゃん本当大丈夫? どうしたの?」
「あいつ嫌ぁ」

 一輪の腰に抱き着いて離れない付喪神だったが、今はそんなことに構っている暇はない。
 まあ萌田のおっさんは待たせといたって構わないんだが、自警団に取り囲まれるのは御免だ。

 これからその出資者に会いに行くのに、妙な報告でもあげられちゃ敵わないからな。





 幻想郷には様々な種族の住人がいる。
 人間はもちろん、天狗や河童、……あといろいろ。
 数えきれないほどの種類の生物が入り混じる混沌としたディストピアであるが、それぞれの種族において得意不得意が割と顕著に出ていたりする。
 鬼なら腕力、鴉天狗なら速度、河童なら機械工学、……あといろいろ。
 それらに並び、家畜の扱いを受ける我々人類にだって得意分野という物がある。
 新たな文化の創造、大人数の組織連携、酪農や農作物の生産など。
 魚に泳ぎで勝てないように、根本的な部分でモノが違う。
 そういったものがある。

 そして、人間の誇る得意分野の1つに『経済』というジャンルがあった。
 物々交換から貝殻による価値の等価交換への進歩。
 鉱物による規格の統一化を経てたどり着いた、『信用』のみに主軸を置いた紙幣というキワモノ。
 さらにはその紙幣すら省略した帳簿上のやり取り。
 その派生で生まれた、融資、金利、手形、債務、その他もろもろの高度な概念。

 天狗すら混乱する数字と信用の世界において、人間は他の種族の追随を許さない。

 そして萌田家とは、人里の経済界を牛耳る四田王のラスボスだ。
 つまりそれは、この幻想郷の経済界において『最強』の2文字を冠しているという意味だった。
 この幻想郷で最も金を稼いでいる生物、それがこの人だ。
 対抗馬である吸血鬼がどれほどのものなのかは、私にはわからなかったが。

「ほっほっほ。お久しぶりですね稗田さん」
「……え、ええ。2ヶ月と11日ぶりです萌田さん」

 そんな萌田さん家の応接間にて茶を啜る。
 部屋1つが私の家より大きいと言うのは稗田邸で見飽きているが、ここはさらに輪をかけて大きかった。
 何をどうしたらこんな豪邸に住めるのかはわからないが、きっと悪いことをしているのだろう。
 妖怪どもとつるんでるとか。

「んんー、相変わらずよい記憶力ですな。私なんて朝食を食べたかどうかすらよく忘れるんですよ」
「そうなんですか、間違いなくお召しになってるでしょうね」

 アルツハイマーの諸症状が見受けられるこのサンタ体型のハゲが、本日阿求を食事に誘った張本人。
 南の里の大富豪。人里四田王が1人、萌田なんとかさんだ。

 やっべ、下の名前忘れてる。
 ごめん萌田さん。

 でもそんな事はどうでもいい。
 もっと気にするべきところは他にあった。

「いやちょっと待ってくれよ萌田さん!」
「おお、君も久しぶりですな! お父様はお元気で?」
「おかげさまで父も元気です! そしてそんなことより気にするべきことがあるんじゃないでしょーか!?」

 思わず立ち上がって叫んでしまった。

「さて、どうしましたかな?」
「どうしましたじゃねーよ! あんたどうしちゃったんだよその姿!」

 子供の誕生日にプレゼントを用意する父親のような顔でニヤニヤと頬を緩ませる萌田さんであったが、私からすると笑えない。
 今現在この人に起きている『変化』がどういう理由なのかはわからなかったが、予想される原因そのすべてがろくな物ではなかったからだ。

 並みの妊婦よりも豊満なウエストも、福の神の血を引いていると言われたら信じてしまいそうになる福耳も、河童の親戚ではないと言ったら疑われるような頭髪も。
 それら成金そのものといったステレオタイプな特徴は私が知っている萌田さんであったが、私の記憶に間違いが無ければ、この人は40代後半のはずであった。
 体力の衰えをはっきり認識して焦り始める年のはずだった。

 それがどうだろう、今日の萌田さんは30歳くらいに見える。
 少しくらいの差だったら運動始めたとか食事変えたとかで説明できるかもしれない。
 だがこれは明らかに、それこそ不自然なほどに若返っていた。

「あ、わかります? シャンプー変えたんですよ」
「そこじゃねーよ!」
「魔理沙さんその辺で」
「……ぐぬぬ」

 常人の半分程度にしかシャンプーの恩恵を与れないこの男に聞きたいことはまだあったが、阿求に制されては仕方ない。
 納得いかないながらも、私は再び座布団へと腰を下ろさざるを得なかった。
 だがこれは何だ、偽物か? 若返りの秘術か?

 八卦炉、この人は誰だ?

 ―――登録名『萌田家次期当主』と認識します。

 そうか、偽物じゃないのか。
 とりあえず登録名を訂正してくれ。『萌田家当主』だ。

 ―――了解しました。それにしてもこの方は若返ったのですか? 差が少なすぎて私には認識できません。

 私から見れば明らかだぜ。
 はっきりと不自然と言っていい。

 考えられる可能性はいくつかあるが、捨食の魔法じゃなさそうだ。
 昨日今日魔法を始めてできる術じゃない。

「ロード中ロード中……。萌田さん、最後にお会いして時と比べて随分エネルギッシュですね。何かありましたか?」
「んんー、前まではアブラギッシュでしたからな。今ではもう元気いっぱいですよ」
「萌田さん。率直に申し上げて若返っているようにうかがえます。それも通常の医学や食生活によって現れるであろう効果を越えて」
「ほっほっほ。さすがは専門家、ひと目で見抜きますか」
「僭越ながらあなたには危機感が足りません。たとえそれがご自身にとって有益に思えても、自然の摂理から離れれば相応のツケを払うことになります」

 この私のように。
 と、阿求はほとんど睨みつけるように萌田さんを見つめる。
 対する萌田さんもいい加減ふざけるのを止め、ため息を1つ付くと自分の分のお茶を啜り始めた。

「稗田さん。御慧眼の通りこの若返りの秘術は人の世の理から外れた物、しかしながら……」
「いえ、言わなくて結構です」
「……しかし」
「不老長寿を求めるのは時の権力者の嗜み、どんな副作用も承知済み、そして貴方がどんな外法に手を染めようと私には関係が無い」
「……そこまで言わせてしまうつもりはありませんでしたよ」
「見損ないましたよ萌田さん。そんなのは、そういう事をするのは稗田だけで十分なんです! 我々が! どんな目で見られてきたか知らないわけじゃないでしょう!?」

 阿求は本気で怒っていた。

 私だって魔女だなんだと散々石を投げられてきたものだ。
 妹紅だって、先生だって。
 そして阿求だって。

 私の眼前にはいつだって妖怪が、打倒すべき敵がいた。
 でも、石はいつも後ろから飛んできた。

「どうしてですか! 先代は最後まで人としての本分を全うしたと言うのに!」
「……」

 四田王の連中は別に仲がいいわけでも悪いわけでもない。
 金持ちケンカせずと言いながら、施政者に働きかけて自分に有利なルールを通そうとし、状況によって敵になったり味方になったりする不思議な仲だ。

 だが今の阿求はそんな事を気にしてはいない。
 その怒りはひたすら純粋で、打算も私心も損得も越えて、ただ1人の人間としての物だった。

 阿求の詰問の如き追及は途絶えることを知らない。
 しかし言われている側は、声を荒げながら暴言の限りを尽くすその姿を静かに見つめているだけであった。

 そして阿求が言葉を終え息を整え始めたところで、萌田さんはゆっくりと口を開いた。

「稗田さん、健康を望むことは悪いことですかな?」
「決意によります」
「んん? 決意? 方法ではなく?」
「はい、不相応の時を歩む者は、皆多かれ少なかれ後悔をしています。うちに在籍している者たちも」
「……」
「豊かに暮らしたい、権力を振りかざしたい、そんな程度の目的意識では押しつぶされます」
「……私もそうだと?」
「僭越ながら、何百年経っても尽きないほどの執念が無ければ、いっそ病的なほどでなければとてもとても」

「そして今更死ぬのも怖い。そう言って狂っていった人たちを何人も見てきました」
「……」
「みんなみんな、自分は後悔しないと言いながら」

 萌田さんは押し黙る。
 安易に魔法に手を出したことを悔やんでいるのか、自分はそうはならないと思っているのか。
 それはわからなかった。

 ―――バディ。お取込み中すいません。

 ん、敵性妖怪接近だろ?

 ―――ご明察の通りです。登録名……

 雲山のおまけ、だろ。

「そのために仏門はあるのですよ。稗田阿求さん」

 萌田家の女中さんにふすまを開けてもらい、最近やたらと縁のある青頭巾野郎が私の後ろに立っていた。

 ―――その通りです。バディ。

「来ると思ってたぜ」
「またお会いしましたね」

 頭巾を脱ぎ、一輪が我が物顔で部屋に入ってくる。
 さっきまで頭に乗せていたお面は、今は見当たらなかった。

 ―――登録名『ガスマスク面霊気』は確認できません。

 ああ、阿求にビビッて逃げたんだろ。

「おお、よく来て下さった雲居さん」
「遅くなってしまい申し訳ありません。萌田さん」

 一輪はズカズカとテーブル際を回り込むと、あろうことか萌田さんの隣に腰を下ろす。
 この状況でそれはもう、宣戦布告に等しかった。

「ご紹介します、彼女は命蓮寺の……」
「いえ、紹介は結構です。雲居一輪さんですね? 先ほどはどうも」
「いやー、遅くなってすみませんでした。なんか連れがぐずっちゃて」
「知ってますよ。見てましたもの」

 雲山はいるか?

 ―――います。彼女の服の中に隠れている模様です。

 変態かよ。

「いやいや、しかし面白い話をしていたみたいじゃないですか。本題の前に聞かせてくださいよ」
「……あなたですね? 萌田さんに外法を施したのは」
「2つ誤解があります」
「坊主が五戒とはずいぶんつまらないことを言いますね」
「まず1つ。『あなた』ではなく『あなた方』と言うべきです、命蓮寺にとってもっとも重要な檀家さんである萌田さんには日ごろの感謝の気持ちを込めて、霊験あらたかな面白アイテムをプレゼントしたんですよ。変若水の模造品みたいなものです」
「へぇ、命蓮寺ではお布施の額に応じて檀家をランク分けするのですか」
「そして2つ目。外法ではありません。毘沙門天の代理公認の由緒正しき仏門術式です」
「返事をする気が無いのですね? 宗教家はいつもこうです。最初から話し合いを拒否している。矛盾を指摘されるのが怖いから」
「そして3つ目」
「2つじゃなかったんですか」
「……」
「……?」
「あ、いや、やっぱり2つでした、てへ」
「…………」

 やばいこれ怒ってる。
 阿求怒ってる。
 さっきとは違う感じに怒ってる。

 ―――バディ。あなたにしかフォローはできません。登録名『萌田家当主』では難しいでしょう。

 八卦炉、台詞考えるの手伝ってくれ。

「えーとなんでしたっけ? そうそう、不相応な時を歩むと……みんな後悔してしまうと思ってるんでしたっけ?」
「……ええ」
「あ、盗み聞きしてたとかじゃないですよ? ちょっとお声が大きかったもので聞こえてきちゃったんですよ」
「……」
「えーとですね、その通りです」

 ―――こういうのはどうでしょう。『おい阿求、私はお前の怒った顔は見たくないぜ』。

 それ今言ったら余計怒られるだろ。

 ―――ならば、『私はお前に笑っていてほしいんだぜ』で行きましょう。

 本質的な部分が変わってないぜ。

「萌田さんもよく聞いておいてくださいね? 阿求さんの言う通り大体みんな100年生きたくらいでいろいろ燃え尽きちゃうんですよ」
「……100年、ですか?」
「そうです萌田さん。あなたも恐らくそうなります。それか人生を賭してでも叶えたい野望を支えにして歩き続けるかです」
「……」
「でも大体いつか限界が来て疲れ切っちゃうんですよ。頭のネジが飛んじゃう方もいます」
「……私も」
「萌田さんに差し上げた術式は記憶や精神をそのままに肉体の年齢を若返らせるものです。まあ多少肉体に引っ張られて考え方も若々しくなったりしますが、理論上いくらでも寿命を延ばせます。少なくとも萌田さんが生きるのに飽きるくらいは余裕で」
「……」

 ―――バディ。いいアイディアが。

 おう、なんだぜ。

 ―――もうバディが自分で考えて勝手にやればいいかと思われます。

 お前諦めんなよそこで。
 私一応話も聞いとかないと後で何言われるかわからないんだぜ?

 ―――そうでした。そうですね、どうしましょうか。

「そしてみんな、最終的に御仏の元で静かに最期を迎えるのです。この術式は途中下車が可能ですので」
「結局ダメダメじゃないですか。あなた方はただ他人の人生を弄び、通常の人生では決して味わうことの無い苦痛を与えただけです」
「その代わり通常の人生では避けて通れない苦痛を克服できます。全ては本人の選択なのですよ」
「その判断ができずに後悔している人がほとんどなんですよ。甘言で酔わせて暴利を背負わせるのが仏の所業なんですか?」
「暴利だなんてとんでもない。さっきも言ったように途中下車は可能なんです。人生に飽き、疲れ切った時は御仏に身を委ねればよいのです」
「自分でケリを付けられるほどの者は不死の誘惑に屈しませんよ。退屈と死への恐怖の狭間で延々苦しむことになることは前例が証明しています」

 ―――プリンセス。

 スープ。

 ―――ぷー太郎。

 ウォーミングアップ。

 ―――プリンス。

 スランプ。

 ―――プリン体。

 インプ。

「あなたの言う苦痛とは肉体的な物ではありません。考え方次第でどうとでもできるのです」
「そういうのを思考放棄というのですよ。そんな事をやっているから科学に後れを取るのです」
「思考のドツボに嵌っている人にタオルを投げ込むのも宗教家の務めです。生きたいだけ生きればいいんですよ。生を謳歌し、御家の繁栄を見届け、最後は満足して眠りにつく。最高の人生だと思いませんか?」
「途中まではともかく最後の最期ですんなり見切りを付けられる物ではないと言っているのです。自然にしておけば数年で済むような苦しみを延々と味わわせることが問題なのです」
「その為の仏教です。終焉を受け入れ、精神的にも物質的にも旅立つ準備をお手伝いすることに関してはこちらもプロです」

 ―――プラスチック。

 クレープ。

 ―――プライベート。

 ……トラップ。

 ―――プラグ。

 ……ぐ、ぐ、グリップ。

 ―――プラネタリウム。

 む、む、むー……?
 なんで『ぷ』攻めが効かないんだ。
 博麗の巫女を完封した必殺技なのに。

 ―――HAHAHA! バディ。私の頭には辞書が丸ごと登録されています。付喪神がなぜ生まれた直後から普通に会話できるか考えたことは無いのですか?

 くっそ、無限ループ!

 ―――プライバシー。

 湿布!

 ―――プライド。

 ドレスアップ!

 ―――プロトタイプ。

 !?

「プロなどと言って結局は……」
「できますとも。我々宗教家のライフプランナーとしての実績は数世紀単位で……」
「人間としてのプライドまで捨て去った先に……」

 プロフェッショナル!

 ―――ループ。

 プランナー!

 ―――ナイトキャップ。

 プライド!

 ―――それはさっき言いました。

 あー。

「殺すしか能の無い人たちには難しい話でしたね」
「……っ」
「おい一輪! そんな言い方はねーだろぶっ殺すぞ!」

 ―――バディ。『ぷ』です。

「失礼いたしました、たしかに言い過ぎでしたね申し訳ありません。そういう訳ですので萌田さん将来の事はご心配なく、長生き特有の苦しみを自覚された際にはご遠慮なくご相談ください。その気になったら寝てる間にスパッと逝っちゃえますよ」
「え? あ、んん、わかりました。その際はお世話になると思います」
「萌田さん!」

 悲鳴のように金切声をあげる阿求であったが、萌田さんは黙したままで、一輪は微笑んだままだった。
 そして私は飽きていた。
 この後本題とやらが待っているのかと思うとさらに憂鬱だ。
 お腹も空いたし。

 なあ八卦炉。

 ―――『ぷ』ですよ。

 一輪が言ってることどう思う?

 ―――はい? 筋は通っていると思いますが、健康なまま長生きしたいという願いは当然のことだと思います。

 あ、お前もそう思う?

 ―――過剰な長寿特有の苦しみとやらもフォロー体制が整っているそうですし、いいんじゃないですかね。

 そうかー、やっぱりそう思っちゃうのかー。

 ―――バディは違うのですか? フォローが機能するかどうかが不確定ということでしょうか?

 んー。
 そうじゃなくてさ。

「なあ阿求」
「なんですか!」
「これ萌田さんは退治すんの?」

「は?」
「え?」
「んん?」

 ―――え?

 だってそうだろ。
 妖怪と癒着して資金提供した挙句見返りに若返りの秘術だろ?

「阿求的には人類の敵認定なんじゃないのか?」
「……あー、そうですねー。人から妖になったパターンですもんねー」
「いやいやいやいやちょっと待ってくださいよ。妖になったわけじゃありません!」
「判断するのは私やお前じゃないぜ」
「それに萌田さんの在籍は里ですよ!?」
「そのパターンで消された前例があるぜ」
「うぐ」

 ―――いましたねそう言えば。

 しかも萌田の傍系だ。
 食塩を扱ってた問屋の人だな。
 霊夢に消された。

 でも正直微妙だよな。
 人が妖怪になっちゃいけないってのは『妖怪と言う名の脅威』が機能しなくなるからだし、引き続き『襲われる存在』で居続ける分にはちょっとくらい若返っても平気かも。
 妖怪に協力的な感じだし。
 どこかのタイミングで里は出なきゃいけないかもだけど。

「……萌田さん今後も命蓮寺に援助とかすんだろ?」
「え、ええ、まあ、そのつもりですが」
「だってさ、利敵行為だ。あーあ、残念だぜ。私萌田さんのこと友達だと思ってたのに」
「……」

 里から1歩でも出たらそこは無法地帯。
 暴力の支配する妖怪の領域だ。

 経済界では無敵であるこの人でも、そこではヒヨコ同然だろう。
 私なら1発で消し炭にできる。

「魔理沙さん、その件はちょっと保留にさせてください」
「了解したぜ」
「稗田さん。あの、本気じゃないですよね」

 萌田さんだって稗田の力を知らないわけではない。
 たった4人の退治屋とは言え、退治した妖怪は私が加入した後だけでも片手の指では数えられない程だ。
 そいつらは妖怪の中では弱い部類とは言え、それだって里を襲えばそれだけで壊滅させかねない連中なのだから。
 自分が出資している自警団の活躍と比べても雲泥の差だということを1番よく知っているだろう。

「……利敵行為、ですか」

 割と本気で狼狽える萌田さんを尻目に、一輪がポツリと漏らす。
 こっちもこっちでなんかキレ気味だった。

「そうですね。キリもいいですしこの話はここまでにしましょう。もともと本題は別にあって来てもらったんですから。いいですよね萌田さん」
「そ、そうですともそうですとも。物騒な話はここまでにして……ああっ、いけない、もうこんな時間じゃないですか。店を予約しているのですよ」
「店?」
「田淵さんの所ですよ。新作ができたとかで、お昼を予約していたのですがすっかり話し込んでしまいました」

 さあさあ、馬車を用意しなくては。
 と、萌田さんがそそくさと席を立とうとするが、今度は阿求がそれを止める。
 頼むからこれ以上阿求を怒らせないでくれ、忘れないから長引くんだ。

「結構です萌田さん。本題とやらはここでお願いします」
「……しかし、お腹も空いてきた頃でしょう? お腹がすくと余計イライラしてしまいます」
「申し訳ありませんが、私はもう、あなたと食事を供にしたくありません」
「ま、まあそう言わず」

 娘の機嫌を取る父親のように焦る萌田さんであったが、遅めの反抗期である阿求はもうパパと一緒にご飯食べないと言い出して聞かない。
 仕方がないので私の出番だ。

「萌田さんよー。せっかく店とってもらっといて申し訳ないんだけど、私としてもそいつと同席はできねえのよ。お互いプロの戦闘員なんだ。見た目は可憐な美少女だけどさ」
「いやいや私別に戦闘員とかじゃ」
「実際問題今この状態でも近すぎるくらいなんだ。正直怖くて怖くてしょうがない。知ってっか? 私は見た目通りの年齢なんだよ」

 この中でただ1人な。

 ―――逆にすごいと思います。

 そうか?

「……んー、んっんー。そういう事でしたら仕方がありませんな。配慮が足りず申し訳ない」
「こちらこそ申し訳ないぜ、本題とやらはこの場で頼んます。すぐ終わる話なんだろ?」
「あー、んん、それは稗田さん次第と言いますか、何と言いますか」

 無益な睨み合いを避けたかったのであろう萌田さんは、とりあえず私の作った流れに合わせてくれた感じだった。
 だが、ちらちらと一輪の方を伺うその姿から察するに、メインはあくまで一輪と阿求の話し合いになるのかもしれない。
 つまり長くなりそうだった。

「では雲居さん。その本題の方を……」
「可能な限り手短に頼むぜ」
「……そうですね」

 一輪は気合を入れ直すためか、自分の頬をペチペチと叩く。
 そしてゆっくりと息を整え、仏にでも祈るかのように両手を合わせた。

「実は退治屋さんたちに折り入ってお願いがありまして、自警団の方たちに戦術の指南をしてあげてほしいんですよ」
「ふーん、本音は?」
「……いやいや、別に変な意味じゃありませんよ魔理沙さん。最近自警団の方たちの負傷や死亡事故が急増してましてね、調査した限りではどうも全体的に無謀な行動が目立ち始めてるんですよ」
「だから本音は? 真意は?」
「あー、彼らやる気だけは有り余ってるんですが、いまいち引き際を知らないと言うかなんというか、退治屋さんたちみたいな柔軟な対応をできるようにしてあげたいんですよ」
「だから建前はいいってば、私はともかく阿求を誤魔化せると思ってんのかよ。時間短縮しようぜ?」

 私はバンバンとテーブルを叩きながら、挑発するように先を促した。
 その露骨な態度に、一輪が眉をひそめる。

 寺子屋流交渉術。
 理屈が通じる相手から情報を引き出すときは、『こいつには話が通じない』と思わせろ。
 回りくどいやり方は無駄だと判断されれば、呆れてわかりやすく説明してくれることがある。
 特に、向こうの方がどうしても話を聞いてもらいたい時に有効らしい。
 今回みたいに。

「……あー、ちょっとばかし、妖怪退治を控えて欲しくって」
「やだ」
「里内で暴れるような者が相手だったら全然構わないんですよ。ですが人間相手にうまく交流してる方にまで手を出さないでほしいんです」
「打って出るなって、あれじゃん」
「……はい」
「退治屋と自警団の1番の違いじゃねーか。同じことする組織が2つあってもしょうがねーだろ」
「いやいや、ところがそうでもないんですよ。決定的に違う点があるんです」
「違う所?」
「なんだと思います?」

 何だと思う八卦炉。

 ―――魔法の有無でしょう。その差は絶大です。登録名『雲山のおまけ』はきっとバディに魔法の手ほどきをしてほしいと思っているのですよ。

 ふーん、自分の研究内容を公開する魔法使いなんていやしないが、基礎的な部分だったら別に。

「魔法が使えるかどうかだろ?」
「経験値ですよ。彼らも14年間不断の努力をしてきましたが、幻想郷設立当時から続く『退治屋』には及びません、聞く所によればおよそ1400年、1000倍の差があります」
「100倍だろ、それにしても経験ねぇ」
「え? ……あ、100倍だ。いやまあ、経験と言っても戦闘技術だけではありません、むしろそっちはついでです」
「うん? それくらいしか知らねーぜ?」
「そんな事ありませんよ、暴力の行使だけが解決手段ではありません。奇しくもさっき魔理沙さんがやったようにトラブルを他の妖怪に解決させるといったノウハウの方が貴重なんです。まああの時は挑発しましたけども、本音ではすごいと思ってたんですよ?」
「照れるぜ」

 直後に喉元狙い合ったがな。

「人里の安全確保のために、ぜひともそのお知恵を拝借したいのです」
「ふーむ」

 どうしたものか。
 あの連中は確かに危なっかしいし、追い払う以外の選択肢を知らないってのもわかる気がする。
 そもそも専守防衛に徹しているためか、接敵回数が極端に少ないから知りようがないんだ。
 私みたいに里外に拠点を持ってるわけでもないし、稗田みたいに何百年も調査してるわけでもない。
 何もかもが未知で、それでも追い出したいと思ったらああするしかない。
 私が当たり前のように知っている事すら、あいつらは知らないのかもしれなかった。

 それを教えてやれば、なるほど、今よりはだいぶマシな行動がとれるようになるかもしれない。

 ―――バディ。

 ん? どうした八卦炉。

 ―――向こうは質問に答えていません。なぜそれで妖怪退治を控えなければならないのでしょうか。

 あ、そうだった。
 危うく誤魔化される所だったぜ。

 ―――ものを教えてほしいと言うのならこちらの流儀に合わせるべきです。それどころか行動を制限しようなどとは言語道断と判断します。

 それもそうだな。

「で? それでなんで退治を控える必要があるんだ? 手ほどきしてほしいならそっちがこっちに合わせるべきだぜ」
「……いやいや、おっしゃる通りなんですけどね、それがそうもいかないんですよ」
「なんでだぜ」
「えーっと、例えば退治屋さんが今まで通り里外での妖怪退治を続けるとするじゃないですか、しかもゲームじゃなくて生き死にの関わる感じで」
「おう」
「その上で自警団に技術提供とかしたとするじゃないですか」
「うん」
「妖怪から見てどう見えると思います?」
「あー」

 あー。

 ―――ぷー。

「そういうことかよ」
「もちろん単なる想像にすぎませんが、自警団や退治屋さんに対する里内での殺傷が解禁されかねないんじゃないかなと危惧してまして」
「だ、大丈夫だろきっと」
「これも又聞きの話で申し訳ないのですが、山のお偉方とか力のある妖怪って『武装した人間は地球最強』っていう劣等感みたいなのがあるみたいでして」
「その為の幻想郷だもんな」
「その辺をダイレクトに刺激しちゃうんじゃないかなってのがあるんですよ。取り越し苦労だったらいいんですが、重く採られたら大変なことになりそうで」

 ―――では諦めてもらいましょう。今後自警団にどれほどの犠牲が出ようが我々には関係ありません。

 そうだな、心苦しいがしかたない。

「じゃあしょうがないな、諦めてくれ」
「……妖怪退治を、やめてはくれませんか」
「あり得ないぜ。退治屋は退治するから退治屋だ。私の先輩方が血道をあげて繋げてくれた『何か』を私が捨てることは無い」
「……」

 一輪の無茶ぶりに即答する。
 勝手に答えちゃったのはもしかしたらまずかったかなと思い、さっきから黙ったままな阿求をちらりと見てみるが、我らがご当主は時折頭を掻きながら萌田さんの方を見つめているだけだった。
 特にコメントもないようだし、何か考え中なのかもしれない。

 でもどうするよ、話終わっちゃったぜ?

 ―――いいえバディ。『雲山のおまけ』をご覧ください。ここからが本番の様です。

「魔理沙さん」
「あん?」

 見たことも無いくらい真剣な顔つきで、おまけ野郎が私を見てくる。
 私は知っている。人がこういう顔をした時は、絶対にふざけてはいけないということを。
 ふざける余裕はなくなるということを。

「退治屋は退治するから退治屋だと言いましたね」
「ああ言ったぜ」
「退治は『順調ですか?』」
「……順調?」
「幻想郷が始まって1400年。退治屋の歴史はさらに長い」
「……」
「永き時の中で編み出された技術、精神、執念、どれをとっても一級品。妖怪である私が言うのもおかしいですが、見事としか言いようがありません」
「そりゃどうも」

 置物の如く動かない阿求と萌田さんを尻目に、一輪が私に牙を剥く。
 私にはその見えない牙がギラギラと鈍色に輝き、今にも飛び掛かって来るように思えた。

「その上で言わせていただきます、『退治屋の目標は達成できそうですか?』」
「……」
「あなた方の望みは妖怪の殲滅だと伺っています。いいでしょう、同胞を喰らう凶悪な略奪者を打ち負かしたいと思うことは理解できます」
「……」
「それで、できそうですか?」

 そしてその牙は私が思っていたより鋭く、思っていたよりずっと痛かった。
 自分でもうすうす感じてはいたが、人から言われるのは辛いものがある。

「そりゃ『私くらいなら楽勝でしょう』。ですがご存知の通り私なんぞ人間上がりの半端者。あまりこの言い方は好きではありませんが世に言う弱小妖怪と呼ばれる階級です。私にとっては平均ですら高く遠い頂で、さらにその上には天狗、九尾、吸血鬼、鬼、天人、高位の魔法使い。世界の新陳代謝とまで言われた歩く自然災害たちが目白押しです」
「……」
「『勝てるんですか?』」
「……」
「……」
「……」
「即答しない冷静さは買います」

 言外に込められた弾丸が私に直撃する。
 そのダメージが、私の口を閉ざさせていた。
 私は冷静でもなんでもない、ただ言い返したくて仕方が無かった。

「私はあなた方が無力だと言いたいのではありません。それどころか感謝しているくらいです。自警団が発足するまでの1400年間、里の人々の希望は他ならぬ退治屋でした」
「いや、知らないかもしれないが博麗の巫女ってのが居てな?」
「あんなものはただのプロパガンタにすぎませんよ。無力な少女に強者を演じさせ、人々に偽りの希望を与えているだけ」
「そんなことは無い。あいつだってあの境遇の中でできることを精いっぱいやってるぜ」
「私でさえ今代の巫女と一戦交えてすぐわかりましたよ。あれは加減をしなければならない存在だとね。スペルカードルールさまさまですよ。あれは巫女を保護するルールです」
「……」

 わかってるじゃないか。
 あれは負けるためのゲーム。
 強制的な引き際を設けた女子供のためのオママゴト。
 妖怪が腕を鈍らせないための八雲の策の1つだ。

「ですが退治屋は違います。あなた方こそが本物の抵抗勢力です。里の人々だって馬鹿ではありません。真の英雄が誰なのか皆わかっていますよ」
「ただ、経過が芳しくないって?」
「あなた方の精神は気高く尊い。ですが残念ながらすべての人たちから理解されているわけではない」
「知ってるよ。私らは人類の味方のつもりだが、人類は私らの味方とは限らない」

「残念なことに『あいつらのせいで妖怪が怒って襲ってくる』。そう言いだす者も少なくありません」
「杞憂だぜ。妖怪どもは少なくとも私らより八雲を恐れるだろう」
「無論、ただの誤解です。恐怖に駆られた人間はわかりやすい原因を求めるというだけのよくある、そしてつまらない話」
「……」
「本当によくある、嫌になる程よくある話」

 一輪は噛みしめるように言葉を発し、そこで不自然に口を止めた。
 まるでそこだけ、経験則であるかのように。
 そして、ただし、と続ける。

「問題があるとするならば、幻想郷では人の恐怖が実態を持つという点です」
「……」
「妖怪とはそもそも畏れの権化、『こんなのがいたら嫌だな』という発想から生まれます。天狗の起源は堕ちた修行僧ですし、河童のデザイン元は人間の水死体です」
「あー、まさか。実際に現れたのか?」
「いえ、今のところは」
「そっか」

 だが生まれかねないし、生まれてからでは遅い。
 アンチ退治屋妖怪なんてのが現れた日には、もうお終いだろう。

 ―――バディ。どんな妖怪が来ても我々なら戦えます。たとえどんなに強大な敵が現れても私が消し飛ばして見せましょう。

 ありがとよ八卦炉、お前は本当に頼りになる奴だ。
 だが問題なのは、アンチ退治屋妖怪は妖怪のルールを守らない事が予想されることだ。

「今までは生まれませんでした。もしかしたらこれからも生まれないかもしれません」
「言わなくてもわかるぜ。今までは『退治屋のおかげで』と『退治屋のせいで』の賛否両論だったのが自警団の活躍で否定に傾いてるって事だろ」
「そうです」
「そんで連中はあくまで専守防衛。里で暴れるアンポンタンを追っ払うだけなら妖怪からも恨まれない」
「その通りです。正確に言うなら……」
「『恨まれない』と大多数の人間が安心する。アンチ自警団妖怪は生まれない」
「……その通りです。なんですか、魔理沙さん結構話早いじゃないですか」
「くははは、魔法使いなめんな」

 ―――バディ。わかりません。なぜアンチ退治屋妖怪はルールを守らないのですか? 八雲が止めるではないのですか?

 八雲が止めるっつったって事が起きてから罰するだけだ、抑止力にはなっても物理的に止めてくれるわけじゃない。
 そして生まれる妖怪が真に『退治屋の敵』なら、間違いなく里を、っていうか稗田の屋敷を襲うだろう。

 ―――『そういう妖怪だから』、ですか?

 そうだ。

 私らは弱い。
 ピンの雑魚妖怪を数か月かけて調査して、不意打ちで襲い掛かって複数人で囲ってボコすのが精いっぱいだ。
 それだって半分以上失敗する。

「だからやめろってか」
「……そうです。今言ったことが信じられないのでしたら気の済むまで調査してください。あなたたちは人々の心をないがしろにしてきたツケを払うこととなるでしょう」

 それにな、八卦炉。
 オフェンスしか知らない私らは攻め込まれることに極端に弱いんだよ。
 ルール無用で稗田の屋敷に攻め込まれてみろ、1発だぜ。

 ―――しかし、あの屋敷には数多の防衛術式と逃走経路が確保されています。そうやすやすとは。

 無理だ、断言する。
 ほんの4人か5人組まれただけで手も足も出ないだろう。
 遠距離から不意打ち爆撃されるだけで致命傷は免れないし、例え逃げおおせたとしてもその後の活動が事実上不可能になる。

 仮に犯人がルール違反で粛清されても、私らが活動する限り第2第3のアンチ退治屋妖怪が生まれるだろうし、私らがいる限り里が襲われ続けるなんてことになったら最悪だ。
 稗田が里から追放されかねない。

「どうかのそのお力を人々の安寧のために役立たせてください。戦術指導員としてふるまっていただければ立場的には自警団より上位の存在となるでしょう」
「私が里での身分を気にすると思うか?」
「しますよ。高度の仕事は入念な下準備と十全なバックアップがあって初めて成り立つものです。あなた方だって誰彼かまわず適当に襲い掛かってるわけじゃないんでしょう?」
「……かもな」

 とりあえず一輪の言いたい事はわかった。
 アンチ退治屋妖怪だとか、里での狩りの解禁だとか。
 苦しい後付けの屁理屈だったが、否定しきるだけの材料を私は持ち合わせていない。
 もしかしたら、という可能性は残るだろう。

 だが、私の個人的な感想としては『だからどうした』だ。
 我々退治屋は不退転の抵抗勢力。
 話の通じない厄介者くらいがちょうどいい。

 妖怪にとって畏れられることはアイデンティティに関わる重要事項、だからこそ、退治屋は不退転でなければならない。
 何も恐れない。
 絶対にあきらめない。
 その心根そのものが、妖怪にとって一番の弱点なのだから。

「一輪」
「はい」
「悪いが協力はできない。自警団への技術支援の方は阿求の判断次第でやるかもしれないが、出撃を止めることはあり得ないぜ」
「……」
「1400年間できてないからって1400年後にできてないとは言い切れない。今それを止めてしまわない限りはな」
「……」
「我々は妖怪を恐れない」

 退治屋は誇り高き修羅の先駆け。
 踏みにじられてきた屈辱も流さねばならなかった涙も、全てを糧にして私らは走るのさ。
 散っていった数多の同胞のために、我らが後に続く他の奴らのために。

 ―――どこかで聞きましたねその台詞、何でしたっけ。

 いつかのメス豚戦乙女。

 ―――ああ、彼女も良いこと言いますね。惜しい人を亡くしました。

 正直そこまで変わらねぇのさ、私もあのイノシシも。

「どうしても、ご協力いただけないと?」
「そうだ、協力できない」
「……」

 一輪は唇を噛みしめながら目をつぶった。
 自分が説得に失敗したことを理解したのだろう。
 もともと無理のある内容なんだ、そう気に病むことは無いさ。

 そうは思うのだが、本人は割と事態を重くとらえているようだった。
 ガリガリと音がするほどに歯を食いしばり、眉間に青筋が立つほどに眉を吊り上げている。
 よほどこれを当てにしていたのか、よほど期待を受けていたのか。
 その様子は、ちょっと大げさなほどだと思う。

 そんな一輪が、沈痛な面持ちで再び口を開いた。

「我々は今……」
「……あん?」
「我々は今、とあるイベントを企画しています。それも定期的な」
「イベント?」

 また夜通し読経ライブでもやるのか、向こう主体の座談会でもやろうとしてるのか。
 何のことかわからず続きを促そうとしたら、何故か萌田さんの方から声が上がった。

「雲居さん!」
「……」
「いけません! それはまだ……」
「……いえ、今言う意味はあります」
「そんな」

 なんだなんだ、何が来るんだ。

「魔理沙さん、協力していただけない事はわかりました。そもそも我々は価値観も考え方も違います。にもかかわらず即決で断られてもおかしくない所を検討していただきありがとうございます」
「い、いや、いいんだぜ」
「ご協力いただけないのでしたら、せめて妨害をしないでいただきたい」
「妨害? 状況によるぜ」
「我々としましても人食いなんて無くなればいいと思っています。誰も襲わず、襲われず、人妖が手を取り合える世界を望みます」
「……私は望まないが、お前が望むのは勝手だぜ」
「ご理解感謝します。ですが私にはそれを叶えるだけの力がありません」
「いや、諦めることは無いぜ。その世界を私は望まないが、現状よりはずっといいと思うぜ」

 ―――バディ。どうしました? なにか慌ててませんか?

 いや、なんか嫌な予感がするんだ。
 それも特大の奴。

「人食いを無くせないのでしたら、せめて減らそうと思います」
「……減らす?」
「そして叶うのなら犠牲者をこちらで指定したい」
「……」
「いつ誰が襲われるかわからない現状ではなく、特定の人間だけを襲うようにできれば、どれだけの人が安心して暮らすことができるでしょうか」
「……おい」
「里間の流通、妖怪との文化交流、里外への探索行為、利益は計り知れません」

 特定の人間だけを襲わせる。
 どうやって選ぶ。
 どうやって集める。
 いやまて、確かこいつら……。

 ―――バディ。命蓮寺は去年、慈善目的の新しい事業を立ち上げています、活動内容は……

「『孤児の保護・保育、および低所得者層への住居提供と職業斡旋』、まさかお前ら」
「姥捨て、口減らし、犯罪者、人口過多、なんでもいい、『いらない人間』はうちが引き取ります」
「そんなことが許されると思うのか?」
「命蓮寺内での通称は『宴会』。提供してやりますよ。外来人では足りない分を、全妖怪が満たされるだけを」

 私は、一輪よりむしろ萌田さんを睨みつけた。
 萌田家の主な事業は金貸しだが、郵便や運送業、特に人里間を股に掛けたハイリスクな奴もその利権のほとんどを握っていたはずだ。
 個人向けの高額な宅配便と、業務用の荷馬車による大規模輸送、さらに積荷に対する損害保険も確か萌田さんの範疇だったはず。

 この試みが成功して1番うまみがあるのは、目の前にいるあぶらハゲだ。
 そしてそのハゲは、命蓮寺から若返りの薬を提供されているらしい。
 さて、いくらでだ。

「最低だろ」
「最低で結構、一切の汚名は我々が被りましょう。それと引き換えに里での被害が減るのなら、あなたが安全に暮らせるのなら」
「……」
「我々は人食いの抑制はできないと判断しました。ですから少しでも現状をマシにするために全力を尽くします」
「お前それ、私らが邪魔しないと思うのか?」
「しないでください。これが成功すれば、里の人たちは今よりは安心して過ごせるようになるのです」
「今度は自分が生贄になるかもしれないと怯えるんだろ?」
「今よりマシです」
「……」

 相変わらずガシガシと頭を掻き続ける阿求に代わって私が拙い反論をするも、向こうは何を言われるか予想済みだったようだ。
 やけにスラスラと回答が出てきやがる。

 言っても意味がないから言わないが、こいつらもしかして脅す気なんじゃないか?
 『いらない人間』を誰が判断するのかは知らない。
 だがこの『宴会』とやらを数十年単位で継続し、生贄としか言えないこの制度をやむを得ないものとして里で定着すれば、萌田や命蓮寺に不利益な人間に『いらない人間』の烙印を押して強引に葬り去ることも可能になるんじゃないのか?
 できないかもしれないが、脅し文句には十分なんじゃないか?

 要不要を判断して、誰を生かして誰を死なせるかを決断する。
 それは本来、神様の仕事だろうに。
 それをなんだ、仏がやろうってか。

「第1回の開催は来月の月末。どうか何もしないでください」
「いやだと言ったら?」
「……その時は」

 尋ねた瞬間、一輪が妖力を開放した。

「……うおっ!?」

 爆発的なまでの力の奔流が萌田の屋敷を蹂躙するように這いずり回り、ほとんど不透明なくらいに力強い妖力が一輪の身を纏う。
 部屋を埋め尽くすほどの妖力に、私はチリチリと肌が焼かれるような感覚を覚えた。
 痛いような熱いような、それでいて寒気のするようなエネルギー。
 ある程度耐性のある私ですらこれだ。萌田さんに至っては呼吸困難に陥って苦しんでいる。

「今の私は、いくらだって本気になれる」

 呟く一輪から迸る力。
 信じられない火力だ。
 こんなの弱小妖怪の妖力じゃない。

 ―――馬鹿な、冗談ではありません! これではまるで天狗です!

 そして一輪は、目を丸くする私らに向かって、見下ろすように言い放ってきた。

「その時は、私が相手だ!」
「……」

 一輪の回答はこの上なく理解しやすかったが、私はもうそれどころではない。
 阿求をかばうように立ち回りながら、八卦炉を向けるのが精いっぱいだった。

「お前、本当に一輪だよな」

 思わず口から出た私の言葉は、あっさりと無視された。





「あきゅー」
「……はい」
「どっか寄ってくか?」
「……では、行きつけの店に」

 人肉で謝肉祭とかどこのカルト宗教だ。
 忌まわしき魔女狩り時代の欧州を思わせる猟奇的なイベントの開催告知を受けたものの、だからといってその場で何をする訳にもいかなかった。
 ただでさえ里内なうえに、あの天狗の如き強大な力をこの戦力で攻略できるとは思えなかったからだ。
 もうどうすりゃいいんだよ。
 先生ヘルプミー。

「あきゅー」
「……はーい」
「どうすりゃいいんだ」
「……そうですねー、こういう時は1人で悩まず、まず相談です」
「あー、峰不二子と五右衛門は屋敷にいんのか?」
「……ゴエモン? ああ、先生と妹紅ですか。今日は2人ともご自宅ですよ」
「ふーん」

 頭を掻きながらでも返事はしてくれるものの、なんだか反応がワンテンポ遅い。
 考え事中なのか、やっぱりいろいろショックだったのか。

 例の宴会とやらは萌田さんも加担してそうだし。
 私からしたらただのおっさんなのだが、萌田家そのものとは阿求が四とか五とかだったころからの付き合いらしいし。
 その末裔が、怨敵と組む。
 やはりキツイのか。

「……」

 八卦炉。

 ―――はい。何でしょうバディ。

 いい感じにご当主のご機嫌を取れるような話題は無いか?

 ―――うーむ。バディの忠犬っぷりは微笑ましいですが、現在私の頭にあるのは未来への割と楽観的な予測だけです。

 そっか、例えば?

 ―――そうですね。今回の命蓮寺の試みですが、私は失敗すると予想します。

 私らが邪魔するからか?

 ―――いえ、そもそもコンセプトがおかしいんですよ。前提条件がおかしいと言いますか。

 前提条件?

「……」

 八卦炉は語る。
 妖怪の目的は『人食い』ではなく『畏怖されること』。もっと身も蓋もない言い方をすると『恐ろしい物として認識され続けること』。
 畏れられるための手段として人食いを採用しているのすぎない、と。

 共同体にとってなるべく不要な人間を集めて妖怪に提供するというやり方では、里の人間が安心してしまう。
 自分がいつ襲われるかわからない現状より、順番が決まっている方がいくらかマシだと一輪は言っていたが、マシではダメなのだ。
 いつ襲われるかわからない、何をされるかわからない。
 それこそが妖怪が人間に求める認識であるはずだ、と。

 ―――ですのでストップがかかるかと思われます。

 そっか、言われてみれば人間の安定供給って昔もあったらしいしな、そのせいで妖怪が腑抜けになって吸血鬼一派にボコられたってのが私の誕生パーティだったはずだ。
 じゃああれか、マジで寺のあいつら人間のためにやってんのか。

 ―――ええ、そのあたりのことを知らないとは思えません。幻想郷では新参者である登録名『焼肉住職』といえど、歴史を知る妖怪達と繋がりくらいあるはずです。

 よぉし。

「なあ阿求。あの命蓮寺の宴会とやら、たぶん失敗するぜ」
「……え? どうしてですか?」

 瞬間的に阿求の顔が明るくなる。
 頭を掻き毟っていた手も止め、久しぶりに私に向き合ってくれた。

「人間の安定供給は頓挫しただろ? 妖怪が腑抜けるからってさ、誰かにチクれば厳重注意とかされるぜ」
「別に料理になって出てくるわけじゃないでしょう。適当に放流すればいいのです」
「……い、いやそれじゃ、釣り堀が囲い込み漁になっただけだぜ。実戦には程遠いぜ」
「力の差があり過ぎて対人間の戦闘で経験値的なものはは入りませんよ。狩猟本能を錆びつかせない事が主目的です」

 あー。

「そ、それに妖怪が人間に求めてるのは恐怖されることだろ? 安心させちゃったら元も子もないだろ」
「……どうして安心するんですか?」
「え? だってそりゃ里間の移動が安全になるからだぜ。里内は現状と変わんないのかも知れないが、総合的にはプラス方向に傾くんじゃないのか?」
「どうして里間の移動が安全になるんですか?」
「……いやだってそりゃ、襲われる心配ないし」
「妖怪が人間に求めていることは何でしたっけ?」
「……あー」

 ああ、襲われるわこれ。
 そうだよ。怖がられたいんなら襲えばいいんだよ。

 ―――ではやはり命蓮寺の試みは失敗します。里間の移動の安全性は向上しません。

「じゃあやっぱり寺の試みは失敗するぜ。妖怪からストップがかからなくても移動中襲われるんじゃ意味ないぜ」
「そこなんですよね。私もそこ考えてたんですが、もしかしたら安心安全安寧なんて眼中にないのかもしれません」
「眼中にないの? あんだけ言っといて?」

 危険も減らない恐怖も減らない。
 なら何がしたいのか。

「これもたぶんですが、なぜか萌田さん子飼いの輸送車は襲われないんでしょうね」
「え?」

 なに? どゆこと?
 萌田さんだけ見逃される?

「……そんな調整できんの?」
「さぁ。人と妖怪の間を取り持つのが寺の目的らしいですし、やろうと思えば妖怪の用心棒くらい用意できるんじゃないですかね」
「荷台に乗せんの?」
「前に医者の護送を妖怪が手助けした実績があるそうですし不可能ではないかと、それに雇うのは弱い妖怪でもいいんですよ、別に力づくじゃなくても襲撃を回避できればいいんですし」
「完全じゃあるまいに」
「魔理沙さん、あなたはわかっていません」
「……なにが?」
「我々のような事業規模ならば、利益が1パーセント上昇しただけでとんでもない額の金が動くことになるのです。完全である必要はありません。萌田さんの輸送車にのみ妖怪の用心棒が乗り、萌田さんの輸送車だけ帰還率が上昇すれば、顧客もこぞってそちらを利用するでしょう」
「……」

 あー。
 駄目だこりゃ。
 ちょっとまって整理させて。

 命蓮寺の試みが成功した場合。
 命蓮寺はプラス、幻想郷内での地位向上と萌田さんからの資金援助が期待できる。
 萌田さんもプラス、若返りの薬と事業拡大だ。
 妖怪もたぶんプラス、安定した狩り場の確立は向こうにとっても得だろう、少なくとも損は無いだろう。
 里から見たら、プラスマイナスゼロか?

 生贄って制度は漫画でしか知らないが、それもそれで恐怖は味わうことになりそうではあるんだが。
 ただ、いつどこからなにが来るかわからないっていう妖怪の恐怖とはちょっと違う感じもするよな。
 『里から出なければ大丈夫』だったものが『次は自分かも』に切り替わる。
 奴らが求めているのはどっちだろうか、それとも種族によって違うのだろうか。
 自分が生贄になりたくないばかりに密告とかそういうのが横行しなきゃいいが。

 それともあれか。緩急か。
 安堵と恐怖。
 生贄決定直後の安心と再抽選に伴う恐慌。
 効果的に拷問をしたいなら『休憩を入れろ』と慧音先生から教わったことがあるし、安堵こそが恐怖を引き立てるのかもしれない。

 それにしてもどうすんだろうな、浮浪者っつったって馬鹿じゃあるまいに。
 最初はともかく出家する奴が片っ端から食われまくってたら人来なくなりそうだろ。

 ―――うーむ、どこかで強制するか、引き換えにお子さんだけは素直に面倒見て仕事を与えるか、このまま野垂れ死ぬのと最期に腹いっぱい食べて死ぬのとどっちがいいか迫るか。

 死人に口なしで、知らせないままゴリ押しするか。
 金銭と引き換えに身売りさせるか。
 あるいは職業の斡旋を真面目にする代わりに、ダメだったときは諦めろ、とか?

 ―――ああ、それ良いかもしれません。成功すれば職を得て現世に復帰、失敗すれば妖怪のエサ、座して死を待つよりラストチャンスに賭けるという者もいるかもしれません。

 ない事はない、か。
 なんてったって萌田さんがいるし。
 命蓮寺で飯食わせて風呂に入れて髪切ってヒゲ剃って、萌田さんの四田王パイプで人の足りない所に放り込んでやればいいのか。
 それでもダメな奴は妖怪に食われることで、優秀な人材の犠牲を減らすことに貢献するってか。
 無駄が無いな。
 連中の慈善事業の内容とも一致する。

 そもそも妖怪の主食は外来人だ。里の人間なんて供給が不足した時のための補助に過ぎない。
 実は言うほど大量に必要な訳でもないのかもしれないな。

 だけど里が安全になると思ったらそうでもなかった、って演出があるんだろ?
 こう、恐怖を助長させる感じに。

 ―――落としどころは不明ですが、どこかに着地はするでしょう。あるいは登録名『ガスマスク面霊気』の出番かもしれません。

 うーん。
 まあ、何もかも完璧な計画なんてありえないしな。
 十分実践可能と判断されたんだろ。

 やはり阿求の言う通り人々の安寧なんて最初から眼中にないのか。
 命蓮寺も妖怪も、人里を恐怖で満たしたいのか。
 その方が信者増えるだろうし。

 ―――あとあり得るとしたら、里内での妖怪への恐怖が減っているとか。

 え? 減ってんの?

 ―――予想の域を出ませんが、というか私自身が最近産まれたばかりなので以前のことを知らないのですが。敵に囲まれている割には里の人たちって暢気すぎません?

 あー。それはちょっと思った事あるな。危機感足りてないっつーか。今日死ぬかもしれないと思って生きてる人なんてほぼいないだろ。

 ―――先ほどバディは『里から出なければ大丈夫』と言っていましたが、それじゃあダメなのではないでしょうか。

 なるほど、確かに人間が安心しちゃダメなのか。でも恐怖が限界を超えて開き直られても困る的なことも聞いたことあるような。
 それを差し引いても暢気寄りだからここらでちょっと恐怖に傾けようかってことか?

 ―――『里も安全ではない』。人間に恐怖させる上では必要な認識と考えられます。

 ほーんほんほん。

 ―――なんならその宴会の被害者もいくらかは生きて帰してどんな恐ろしい目に遭ったか語らせたりするかもしれません。

 ありそうだな。里内での恐怖の調整っていうか助長っていうか。
 いや待てよ?
 いくらか生かして帰すってのは確信ついてるかもしれないぜ。
 いくらかっていうか大部分を生かして帰すんじゃねーの?

 ―――というと?

 妖怪どもだって物理的に腹が減ってるわけじゃないんだ。
 怖がらせるのが主目的なら危害を加えるだけ加えて里に返すのはアリな気がする。
 生き残りを萌田パイプで里内にばらまけばそっからまた恐怖も伝播するって感じで。

 ―――なるほど。たしかに命蓮寺でしたら里内ではできない手段も行使できます。

 妖怪どもが『べつに殺しても問題ない』って意識で本気で脅かしにかかったら何しでかすかわかったもんじゃねーし。
 里の中で妖怪の恐怖を忘れてる奴らにその危険性を再認識させるのが目的なのかもしれん。
 あ? まさかこの間みたいな人里襲撃がたまに起きてんのって、連中が忘れられねーようにわざとやってんのか? 犯人役とか用意して。

 ―――あー。やりそうですね。私ならやります。

 やんないでくれよ八卦炉。
 というかこんなん何がどう転ぶかなんて完璧にわかるわけないんだぜ。

 ―――まあうまくいかなかったら中止すればいいですからね。『宴会』も数ある試みの1つと考えるのが妥当と思われます。

 それもそうだな。

「あ、魔理沙さん着きましたよ」
「うん?」

 あちらです、と阿求に促されて横手を見ると、一軒の洒落た雑貨屋みたいな店が見えた。
 初めて来るところだ。
 いや、それどころかここら一帯来たことが無い区画だった。
 うんうん唸りながら歩いていたため、現在位置を見失っていた。
 はぐれたら帰れなくなるだろう。

 ―――その時は飛んでください。

 それもそうか。

「ここはですねー、私のお気に入りの店でして」
「そうなん?」
「ええ、私が七だった頃に妹紅に教わったところなんですが、品ぞろえが素晴らしいんですよ」
「七? 創業300年近いのかよ。うち以上じゃん」
「まあ稗田の歴史はもっと長いですがね。はーっはっはっはっは」
「高笑いすんな」

 いくらか機嫌を直してくれたらしい阿求に安堵を覚えつつ、その品ぞろえが自慢らしい雑貨屋の中へ足を踏み入れる。
 もしかしたら空元気なのかもしれなかったが、気付かなかったことにした。

「……」

 その店は外から見ると雑貨屋にしか見えなかったが、中に入ってみるとアンティークショップといった表現の方がしっくりきた。
 雰囲気的には西洋風の香霖堂といったところか。

 しかし店に入ってみての私の第一印象は『クサい』であった。
 色とりどりのガラス管やキメ細かな意匠をこらされた小物など目を引くものはたくさんあったのだが、いかんせん店全体に充満した奇妙な臭いに頭がくらくらしそうだ。
 何だこの臭い。

「なあ阿求。なにここ、金持ち御用達のアロマショップ?」
「あー、惜しいですね。ちょっとそこの入れ物取ってください」
「ん? あいあい」

 山積みにされていた小さな竹籠を手渡し、阿求の手によって開け放たれた棚を一緒になって覗き込む。
 棚そのものがそこそこ値の張りそうな逸品であったが、開けた途端に一層強くなった臭いがすべてを台無しにしてしまっていた。
 これでは私でなくてもむせる。

「わかります?」
「……あー、葉巻か?」
「お、正解です」
「実物見るのは初めてかも」

 阿求が取り出したのは葉巻であった。
 それも、よく漫画でマフィアのボスが咥えているようなぶっとい奴だ。
 私としてはタバコのデカい版というアバウトな認識しかなかったが、火も点けてもいないのにこんなに臭うものだったのか。

「なに? お前こんなの吸うの?」
「ええ、九ででは初めてですけど」
「絶対健康に悪い。断言する」
「ふふ。まあ、そうですね」

 今しがた手渡した竹籠にいくつかの葉巻を詰め込みながら、阿求はこのむせ返るような臭いをむしろ楽しむように嗅いでいた。
 ていうかこの竹籠は買い物カゴだったのか。

「私、以前憤死したことがありまして」
「……は?」
「私が六だった時の事なんですが、『妖怪に食われることは最上の名誉だ』みたいな教義の宗教が立ち上げられましてね。怒りのあまり脳の血管がぶちっと」
「マジで?」
「その宗教自体は頓挫したって話は前にしましたよね。それで七の時は同じ轍を踏まぬよう、鎮静剤代わりに葉っぱでもどうだと妹紅に勧められまして」
「……」
「まあ、流石にこの年齢でプカプカはできないですが、弱い奴なら、まあ、ちょっとくらい?」

 『年不相応に』可愛らしくはにかんで見せる阿求であったが、それはつまり、今まさに鎮静剤が必要なくらいはらわたが煮えくり返っているということなのか。

 そうか、ならこれで一輪は確実に潰さなければならなくなった。
 こいつの頭痛の種を摘み取るのは、私の仕事だ。

 ―――相変わらず『転生ロリサヴァン』に関することとなると目の色が変わりますね。

 うるせえよ。

「んー、知らない銘柄ばっかりですねー。魔理沙さん選んでくれませんか? 退治屋の勘で」
「その勘ならお前も持ってんだろ」
「これなんかオススメだぞぉ。高いけど香りがいいんだとよぉ」
「え? そうなんですか?」
「どれも一緒だぜ」
「ツッコミなしかよぉ」
「えっ」
「え?」

―――え?

「寂しいもんだなぁ、退治屋ぁ」
「う、うおおおああああ!!!」

 慌てて阿求の首根っこを引っ掴み、自分の後方へと放り投げる。
 間に立ちはだかるように身を躍らせ、身体を張って阿求への射線を切った。
 八卦炉を抜く暇もない。

 ―――て、敵性妖怪接近! 登録名『クソ反則天邪鬼』!

 そんな馬鹿な、気付かなかった。
 私が、八卦炉が、稗田阿求が。
 今襲われたら終わってた。

 ―――申し訳ありませんバディ。検知できませんでした。こんなこと登録名『博麗霊夢』の夢想天生以来です。

 いくらなんでもコイツにそんなもんが使えるとは思いたくない。
 そう思うのは結構だったが、私はもっと目の前の妖怪に注意を払うべきだった。
 八卦炉との会話に気を取られ、鬼人正邪が1歩踏み込んできたことに気付くのが遅れてしまった。
 異形の怪物が目と鼻の先に迫ってくる。
 死が、今私の目の前に。

「いや私は吸わないぞ? ダチが好きなんだよこれ」
「んなこと聞いてねーよ! つーかいつの間にいやがった!」
「……天邪鬼七つ技術その一『隠遁術』。気配消すなんて朝飯前だ。かくれんぼ中の妖精の方がまだ手強いなぁ退治屋ぁ」

 七つ技術って語呂悪いなおい。

 ―――バディ。問題はそこではありません。

「クセになってんだ、音殺して歩くの」

 しかも常時発動かよ。

 ―――バディ。そこでもありません。

「なんでお前がここに」
「葉巻買いに来た決まってんだろぉ? お前はタバコ屋に割引きの惣菜でも求めてんのかぁ?」
「……」

 おいおい先生。
 コイツの外出は最小限だったんじゃないのか。
 超びっくりしたぞ。

「おらおら里で騒ぐんじゃねーぞ退治屋どもぉ」
「ちっ」

 鬼人正邪は心底邪魔そうに私を押しのけると、棚の中にあった特定の銘柄を根こそぎカゴに入れてしまった。
 オススメしたくせに残しておく気は無いらしい。
 誰からも嫌われるタイプだった。
 ていうか1本3000円くらいする奴をごっそり持ってったぞ、金持ちだなあいつ。

 ―――きっと賭け将棋で稼いだのでしょう、悪銭は身に付きません。

「鬼人正邪」
「あぁ?」

 不意に私の背後から声が上がった。
 腰をトントンと叩きながら阿求が立ち上がり、睨みつけるような笑顔で私の前に出る。

 年寄り臭い所作だと思ったが、もしかしたら私が放り投げた時に腰を打ったのかもしれない。
 いやまさか、そんなことは無いはずだ。
 うんうん、ないない。
 でも、もしかしたらそうなのかもしれなかった。

 ―――もしかしなくてもそうです。

 マジかよ後で謝らないと。

「近々取材に伺おうと思っておりました。どうぞ良しなに」
「取材? 文屋かてめぇ。私を取材したかったら昨今の報道機関における一方的な情報の取捨選択と身内への極端な隠匿体質を解決してからにしな」
「その辺は私も同意見ですが、それは羽田さんの管轄です」
「だったらなんだてめぇは、夏休みの自由研究ならタバコが人体に与える悪影響でも」
「失礼。わたくし、稗田阿求と申します」
「……ッ」

 阿求の名前を聞いた瞬間、鬼人正邪の顔から表情が消えたのを私は見逃さなかった。
 さっきまでの世の中すべてに失望しきったような仏頂面が無くなり、その瞳に警戒の色が露わになる。
 何だコイツ、私はよくて阿求はダメなのかよ。
 コイツも求聞持アレルギーか?

「噂はかねがね」
「うふふ、どうぞよろしくお願いしますね」
「……フン」

 やなこった、と鬼人正邪は阿求から離れる。
 その避けるような足取りにちょっとした優越感を覚えつつも、汚いものでも見るような目を阿求に向けられ苛立ちも覚えた。
 去っていく天邪鬼の背中に蹴りでも入れてやろうかと思ったが、それも阿求に制され取りやめる。

「それでは今度またお伺いしますね?」
「やだっつってんだろテロリスト共が、人が嫌がることをするんじゃねぇよ。そんなんだから友達少ないんだろ」

 何もかもお前にだけは言われたくねーよと思ったが、言ったら負けかと思って自重する。
 そんな私らをつまらなそうな顔で一瞥すると、天邪鬼はまたも鼻を鳴らして店から出ていってしまった。
 思わぬ妖怪の登場で時間を無駄にしてしまったが、まあいい。さて、阿求のためによさそうな銘柄を選んでやるとしよう。

 ―――バディ。『クソ反則天邪鬼』ですが。

 うん?
 ああ、気にしなくていいぞ。あいつとはいずれケリを付ける。
 その為にも退治屋の活動を止めるわけにはいかないし、それを邪魔する命蓮寺は蹴散らさなきゃいけない。
 そして何よりあいつ阿求に向かって中指立てやがった。万死に値する。

 ―――いえ、それもそうなのですが。

 どうかしたか?

 ―――たぶんですが、あの妖怪はお金を払っていません。万引きです。

「……」

 あ、本当だ。





「冗談だろ阿求」
「いえ、大真面目ですよ先生」

 翌日、屋敷にやってきた先生と妹紅を含め、4人で今後の動きについて作戦を練ることとなった。
 メインの議題はもちろん命蓮寺。
 あの迷惑極まりない人類の敵どもをどうしてくれようかということだった。

「という訳で先生、作戦の立案をお願いします」
「馬鹿言え! 勝てるわけないだろう向こうには千年越えがいるんだぞ!」
「それでも先生なら、先生なら何とかしてくれる」
「無理な物を無理と判断するのも私の仕事だ。諦めろ、手を出すな」
「えー?」

「妹紅、お前からも言ってやるといい」
「……」
「妹紅?」
「……ひどい」
「おい妹紅泣くな。泣くなら私の胸で泣け」
「こんなのひどいよ」
「ああ、酷いと思う。思うが、私達にできることは無いんだ」
「痛いんだよ? 噛み千切られるのすっごい痛いんだよ?」
「そ、そうだな、痛いよな、でもな」
「知ってますー」
「すまんご当主ちょっと黙っててくれ」

 阿求から若干脚色された命蓮寺の試みを聞かされた先生と妹紅であったが、反応はご覧のとおりだった。
 先生としては静観すべしと判断したらしいが、妹紅は犠牲となる民への憐みでただ涙するばかりであった。
 なんでコイツこんな良い奴なんだろう。

 ―――しかしどうしましょう。実際問題この戦力で勝てるとは思えません。

 この際勝てなくたっていいぜ、邪魔さえできりゃ違うだろ。

 ―――毎回ですか?

 あー、そうなるのか。
 どの程度の頻度かはわからんが、そう何度も妖怪とぶつかってたらこっちの身が持たないな。
 ならば。

「先生、正直定期的にぶつかるとか身が持たないぜ」
「あ、ああ、その通りだ。妙な対策でも打たれたらひとたまりもない」
「だから1発で片が付く作戦を頼むぜ」
「なんでそうなる……」

 片手で妹紅をあやしながらもう片手で頭を抱える器用な先生だったが、返答は芳しくない。
 私としては是が非でも攻撃を仕掛けたいと思っているし、それには先生の作戦と妹紅の戦力が必要不可欠であった。

「先生が頼りなんだよ。何もしなかったら退治屋は詰むぜ。零から始まった歴史をここで止めたくないんだ」
「詰みはしないさ、単に人が足りないだけだ。戦力が整い次第相応の作戦を立てて攻撃すればいい」
「待ってる間にも自警団の発言力は強まっていくぜ」
「自警団? あいつら関係あるのか?」
「えーとな?」
「魔理沙さん、それは私が」

 自分の方が上手く説明できると思ったのだろう。
 頭をポリポリと掻きながら、私に代わって阿求が答えてくれた。

「萌田さんが絡んでいると言いましたが、あの人は自警団への一番の出資者なんです」
「……初耳だ」

 駄目だろそれ。
 知っとけよ峰不二子。

「自警団の私物化は進むでしょう。彼らは我々と違って妖怪を殺しません。ルール違反を注意してお引き取り願うだけ。向こうの方が妖怪にとって都合がいいのです」
「それは私も危惧していた。効かなくなってきた博麗への信仰に代わる新たな偶像となるかもしれない」
「まさにそれです。人間が『襲われつつも希望を捨てない』という絶妙な状態を保つのに、彼らは役に立つでしょう」
「少なくとも我々よりは、か」

 巫女に代わる新しい偶像。

 今後家族や恋人を殺された奴はどうなる?
 復讐を誓った奴はどうなる?

 自警団に行くのか?
 私物化してるやつは妖怪と仲良しだぞ?
 そんであの中で骨なしチキンにされるのか?
 そして攻勢に出るべきだなんて言おうものならこう言われる。
 じゃあ退治屋になれ、と。
 役立たずで、人も居なくて、後ろ指をさされる退治屋に。

 世も末だ。

「それはわかった。自警団の今後の動きにも注意しなければならん」
「ええ」
「だが、それと今回の事は分けて考えなければならない。圧倒的な戦力差はどうやっても覆らないし戦果も期待できない。静観すべきだ」
「……静観はありません。攻撃します」
「阿求、落ち着いてくれ」
「落ち着いてますよ」

 そうは言いながらも阿求はガシガシと頭を掻きむしる。苛立ちを隠しきれないようだ。
 そして血のついた指先を眺めながら懐をまさぐると、昨日買ったばかりの葉巻を取り出した。

「なんだ、お前そんな物吸うのか。肌に悪いぞ」
「ええ、ちょっと」

「まだ早いわよ。二十歳越えてからにしたら?」
「また血管切れちゃうよりマシですよ」
「……うー、相変わらず宗教嫌いなんだからー」

 どうやら昨日聞いたエピソードは本当だったようで、事情を知る妹紅は唸りながらも強く止めたりはしなかった。
 そして葉巻の片側をかじり取りながら、阿求はまたしても懐を探りだす。
 心配するな、火なら有る。

 チャージに1。

 ―――了解、とろ火モード。

「はい阿求、どうぞ」
「あ、どもども」
「相変わらずワイルドな切り方するわね。ハサミ使いなさいよ」
「これがいいんですよこれが」

 八卦炉を取り出そうと思った矢先、やたらと手慣れた感じに妹紅が火を差し出した。
 指先から放たれる炎によって、阿求の手にある葉巻の先端が焦げていく。
 阿求はタバコみたいに咥えながら火を点けるのではなく、チリチリと炙るように葉巻を火に近付けていた。
 そうするのが作法なのだろうか。

 ていうか私がやろうと思ったのに。

 ―――ドンマイです。抜き打ちの練習をしましょう。

 私がやろうと思ったのに!

 ―――バディ。年期は向こうが上です、残念ながら。

 くっそ、次のチャンスはいつになることやら。

「ふはー、懐かしい香り」
「懐かしいやりとりよ」
「くせぇだけだぜ」
「程々にしろよ。魔理沙もいるんだ」
「閻魔は許してくれませんからねー」

 ニコチンだかタールだかの摂取によって落ち着きを取り戻した阿求だったが、問題はまだ1つも片付いていなかった。
 脱線してばかりもいられない。どうすんだよ命蓮寺。

「まあ、今回の宴会とやらを止める止めないは別としてだ」
「止めます」
「私には萌田が向こうに付いたことの方が大きいように見える」
「あー、それもあるんですよね」
「私が行って止めてこようか? 不死身なんて碌なことないからやめとけって」
「いや、妹紅じゃだめだな」
「なんでよ慧音」
「いつも笑顔だから」
「……やだもう」

 ―――バディ。撃ちますか?

 まだだ、まだ早い。

「それより作戦ですよ作戦。先生、来月の終わりまでにお願いします」
「……だから無理だって」
「勝てなくてもいいんです。邪魔さえできれば」
「戦果が期待できないのに人をやってどうする。それで未帰還になったら目も当てられないぞ」
「……」

 未帰還、という言葉にちょっと気持ちがグラついた。
 覚悟はしてるつもりなのだが、嫌なものは嫌だ。
 今のうちに荷物の整理とかすべきだろうか。

 ―――バディ! いざとなったら私が体を張ってでもお守りします!

 ありがとうよ八卦炉、でもそれはしないでくれ。

 ―――ご心配なく。私が死んでもミニ八卦炉そのものの機能は失われません。索敵などは無くなりますが。

 そうじゃない。お前には別の役割がある。

 ―――はい?

 次の持ち主に戦闘データを引き継いでほしい。
 お前がこの数か月で得た経験を次の退治屋に繋げてくれ、妹紅でもいい。
 そうすればいつか、お前は無敵の武器になれる。

 ―――バディ。そこまでお考えで。

 意思を持った武器ってのはそういう役目もある。そして伝説の武器として『謂れ』を手に入れろ。
 最強の退治屋霧雨魔理沙の相棒で、歴代の退治屋に受け継がれ数多の妖怪を退治してきたという謂れをな。

 ―――私は自分の浅はかさがただ恥ずかしいです。バディが未来を見据えてそこまでの覚悟を決めていたと言うのに私ときたら。

 まあ、私も今考えたんだけど。

 ―――ヘイ!

「阿求、悔しいのはわかるが、ここは機を待つべきだ。リスクに対してリターンが少なすぎる」
「……」
「確かに命蓮寺は脅威だ。萌田や自警団との関係が強固になるのも非常にまずい」
「……」
「だからと言ってこちらが全滅してしまったらどうする。それこそ奴らの思うつぼだ、誰も止められなくなる」
「そうなんですよ、先生」
「そうだとも。それに作戦でひっくり返る力量差ではない。向こうは組織だ、変に死なせたり傷つけたりしたら『恨まれる』。今まで孤立した妖怪しか狙ってこなかった理由はお前が1番よく知っているだろう?」
「私達しかいないんですよ」
「……なに?」

 先生の言うことはもっともだ。この中で断トツに頭がいいし、伊達に峰不二子じゃない。
 でも、阿求はそんな先生の意見をはねのけた。

「止めようとしてるの、私達しかいないんですよ」
「……だろうな」
「私たちが止めなければ、止めようとしなければ、奴らは増長します。『退治屋は怖くない』と。『もう人間サイドに自分たちを止める者はいない』と」
「それは」
「先生のおっしゃる通りリスクに対してリターンが少なすぎます。ですが、それは向こうも同じでなければなりません。人里に手を出すことはハイリスクなことでなければならないんです」
「……」
「私たちが動かなければ向こうは今後ノーリスクで次の手を打ってきます。パーフェクトゲームだけは避けなければならないんです。無茶をしてでも」
「退治屋という名のリスク、か」
「はい」
「それを示すことに、妹紅や魔理沙を危険に晒す価値があると?」
「はい、あります」
「……」

 阿求の返答に、先生は腕組みをして考え込む。
 言われたことを吟味しているのか反論を考えているのか、どんな回答を出すかはわからなかった。

「1本くれ」
「……どうぞ」
「ハサミは?」
「あー、ロード中ロード中。1番近いのは書斎ですね。取って来てもらいます」
「いや、いいよ」

 そう言いながら、先生は阿求から受け取った葉巻を噛み千切る。
 見た感じ前後が逆な気もしたが、手遅れだろうし言わない方が良いだろう。

 チャージに1。

「はい慧音」
「ん」

 妹紅の指先から散らされる炎で、本来咥えるはずだった側が焦げていく。
 またしても先を越された。
 まあ先生だし、いいか。

「リスクか」

 紫煙を燻らせ、先生は煙と一緒にセリフを吐き出す。
 誰に向けて言ったわけでもないのだろうが、全てがそこに集約されているような気がした。
 ていうか先生、葉巻吹かすの妙に似合うな。

「妹紅、お前はどうだ。意見はあるか」
「……行きたくないわ」
「そうか、そうだよな」
「え? なんでだぜ」
「だって、危険すぎるもの」
「無敵の蓬莱人が何言ってるんだぜ」
「無敵?」

 ふふ、と妹紅は自嘲するように笑う。
 自嘲か自虐か、あるいは両方か。

「とんでもないわ。たかが死なないだけよ。死なせずに無効化する方法なんていくらでもあるわ」
「その気になったら魂だけになって逃走できるじゃん。何故か服も着たまま」
「力押しには負けないけど、技術が相手じゃ分が悪いのよ」
「封印とか?」
「……輝夜から聞いたんだけど、月の技術に対蓬莱人用の封印術もあるらしいわね。それもあるけど、魂を砕く方法だって無いわけじゃないわ」

 月の技術。
 幻想郷の技術水準を大きく上回る近未来SFみたいな連中だったが、果たして地球人に再現できるものなのか、どうなのか。
 それに魂を砕くってどうやって……。

 ―――灼熱地獄とかでしょうか。

 あー、そんな話を聞いたことあるような無いような。

「無敵でもなんでもないわ。野良ならともかく相手は命蓮寺よ? ただでさえ強すぎるのに、千年越えの魔法使いまでいるんでしょ? 慧音」
「そうだ、その辺は調査済みだ。魔界にまで確認しに行きたかったが、稗田の屋敷に記録もあった」
「あー、ロード中ロード中。二の時の私が記録したものですね。聖白蓮という女修行僧が妖怪を囲って逆ハーレムを築いていました」
「マジかよ阿求も関わってたのか?」
「関わっちゃいませんよ。ただ、八雲に協力的な人間がいると思って警戒してたんです。結局人間じゃありませんでしたが」
「この近くだったのか」
「ええ、数年おきにふらっと立ち寄ってはどこからか妖怪を連れて来るんです。超迷惑でした」
「そっか」

 二の時ってことは阿爾か、阿求との間は7つだから、転生1回平均150年として、1050年くらい前か。
 幻想郷の、八雲紫の協力者。
 封印された大魔法使い。
 パチュリーとどっちが上だろうか。

「まあ記録したのが二の時の私なだけで、零だった時から居たんですけどね」
「最初っからかよ」

 まずいな、私知らない事が多すぎる。
 魔法にばっかりかまけてないでこの手の知識も仕入れるべきか。

 ―――賛成です。今の会話についていけなかったのは正直悔しいです。

「魔理沙、お前はどうだ」
「ん? ああ。私も魔法以外の勉強をしなきゃいけないと思ってたところだ」
「そうじゃない。命蓮寺への攻撃についてだ」
「するべきだぜ」
「リスクを負ってでもか」
「ああ、ちょっと違うところがあるとすれば、私は宴会そのものはどうでもいいんだ。何だったら今回はパスしてもいい」
「ふむ」
「え? 魔理沙さん?」
「阿求たちは萌田さんや自警団の動きが気になるのかもしれないが、私の視野はもっと狭い」
「……自慢げに言わないでください」
「雲居一輪だ。あいつは消さないといけない」
「あー、それもありましたね」

 雲居一輪。
 大した面識はないが、たまに他人んちの屋根の上に寝そべって昼寝している姿を見ることがあった。
 おそらく寺の仕事をさぼっているのだと思うのだが、つまりその程度の人材だと言うことだ。
 それがここに来てあの迫力。
 あれは消すべきだ、と退治屋の勘が警鐘を鳴らしていた。
 最後のアレなんて、私に走馬灯を見させるほどだった。

「うまく言えないんだが、あいつは『危険になる』。叩けるうちに叩きたい」
「……」
「そんな予感がするんだ、化けようとしてる気がする」
「そうか、わかった」

 わかってくれたのかくれないのか、先生は咥えた葉巻をピコピコ揺らしながら目を閉じて考え込む。
 非情に神妙な表情で煙を吐く先生であったが、私はそれよりも灰が落ちないかが気になってしょうがなかった。
 3人が固唾を飲んで見守る中、咥えているだけで大して吸っていなかった先生の葉巻から、ついに灰の塊がこぼれる。

 そしてこぼれ落ちた灰を空中で握りつぶしながら先生は目を見開いた。
 答えは出たようだ。

「よし、宴会当日に出撃しよう」
「おおっし!」
「そう来なくっちゃ」
「慧音熱くないの?」

 参謀からの許可は出た。
 総司令はノリノリだ。
 作戦はさすがにまだだろうが、いい案が思いついたのかもしれなかった。

「攻撃に出るのは魔理沙1人だ」
「……は?」
「妹紅は待機、作戦も何もない。敵は動かないんだ、正面から撃ち抜け」
「ちょ、ちょと、ちょっと待ってくれ先生。いくらなんでも1人じゃ無理だ」
「2人でも無理だ」
「いや、そうかも知んないけど」

「先生、真面目にやってください」
「私はいつだって大真面目だ。今回は目標のハードルを大きく下げる」
「つまり?」
「妨害したという事実を作ることだけを目標とする。実際に宴会に支障をきたさなくてもいい。たぶん無理だ」
「だったらなおさら妹紅と2人で」
「死んだらどうする」
「……いえ、それは」
「失うならどっちがマシだ?」
「……っ、そんな聞き方!」
「今回の敵は命蓮寺。妹紅すらも滅ぼしうる可能性がある。危機感の鈍った奴が行くより魔理沙の方が適任だ」

「私、危機感鈍ってるかしら」
「さぁな、適当に言った。どうだ魔理沙、お前から見て」
「……」

 ある。
 確かにそんなところはある。
 不死身の身体をいいことに、あるいは自棄気味に。
 妹紅は大して敵の攻撃を避けない。

 でも、それを言ったら私1人で出撃することになるのかもしれない。

 ―――バディ。正直に言うべきです。最悪今回の襲撃はまだどうとでもできますが、嘘をついて関係にヒビが入ったら取り返しがつきません。

 そう、だよな。

「先生の言う通りだ。確かにそんなところはある」
「そうか」
「そ、そんなことないわよ」
「なんだ妹紅、行きたいのか?」
「……いえ、その、そういう問題じゃないわ。個人的なアレじゃなくて、行けって言うんなら行くわよ」
「そうか、ならば逆も然りだな。今回は待機を命じる」
「そんな」

 顔を青くする妹紅とは対称に、阿求の顔が赤くなってきている。
 私はどんな顔色なのだろうか。

「どちらも、失えませんよ。魔理沙さん1人で出撃して生還する確率より、2人で出撃して2人とも帰ってくる確率の方が高いでしょう」
「根拠は?」
「……2人ならお互いにフォローし合えます。目標を引き下げることはいいとしても、数の有利を捨てる理由はありません」
「数の有利ぃ?」
「魔理沙さんによる遠距離からの砲撃で妨害を行い、タメの隙を妹紅に補ってもらえます」
「そうか阿求。私とお前では前提となる認識が大きく異なるようだ」
「何でしょうか」

 苛立ち気味に葉巻を捻じり消しながら、阿求がまた頭をガリガリと掻き始めた。
 よろしくないな、この流れ。

「私は出撃した奴は帰って来られないと思っている」

 ガン、と阿求がテーブルを叩く。
 葉巻のケースと灰皿が不規則に揺れる中、それでも阿求は何も言わずに続きを促した。

「封獣ぬえ。あいつは別格だ」
「……知ってますよ」
「阿求、あいつが戦う所を見たことあるか?」
「いえ、ありませんが」
「圧巻だよ。天狗と遜色ない。私らが束になっても敵わないような大柄な妖怪たちが、さらに束になっても敵わない」
「……」
「この中の誰でも、ひと撫でされただけで木っ端微塵になるだろう。所詮我々の力は『人間+α』程度だ」

 必要なのは速度と回避能力、そしてひと目でそれとわかる強力な遠距離攻撃。
 さらに、戦況を見て撤退の判断ができる生存本能である。
 そう、先生は説明した。

 それらはすべて、私にあって妹紅に無いものだった。

「わかった。1人で行くぜ」
「え? 行くのか!?」
「なんで先生が驚いてんだよ」
「断られると踏んだんだがな」
「いいだろ阿求、帰って来れなそうだけど」
「……」

 阿求は答えない。
 ただ歯を食いしばり、総司令としての責務を果たそうとしている。
 そんなご当主に、先生から餞別があった。

「阿求、ほら」
「……はい」

 半分くらいに減った吸いかけの葉巻を受け取り、阿求は煙を遊ばせる。
 中空にたゆたう煙の狭間に、阿求は何を見ているのだろう。

「先生」
「なんだ」
「先生の能力で結果だけ捏造できません?」
「できるが、ばれた時は最悪を通り越して最低な状況になる上に、命蓮寺自体に妨害されたという認識が無いから意味ないぞ」
「ですよね」

「慧音、宴会の当日に命蓮寺を隠しちゃうのは?」
「……どうだろうな、できるかどうかわからん。向こうも無防備じゃあるまい」
「そっか」
「封獣ぬえ、二ツ岩マミゾウ。認識に影響する能力を保持する者は向こうもいる、術のかけ方を知っていればほどき方も知っていよう。それ以前に聖白蓮そのものがかなりランクの高い魔法使いだ、実戦は慣れてないようだがな」
「見てきたかのように言うのね」
「見たことあるのだよ」

 先生の能力も万能じゃないか。
 潜入捜査とかは超得意なのにな。
 いつの間にか組織の名簿(れきし)に名前が載ってたり、いつの間にか名前が消えてたり。

「……」

 静かに時を待つ先生と、落ち着かない様子で視線がふらついている妹紅と、内心冷や汗が止まらない私と。
 三者三様に阿求の結論を待つ。
 やべぇ、怖くなってきた。

 ―――バディ。泣きを入れてもいいと思います。全く問題はありません。

 やだ。

「引き換えにはできません。それでは割に合いません」
「そうか、では出撃は無しだな」
「何とか、生還させる方法を」
「……魔理沙、マスタースパークの有効射程は?」

 ――100メートルくらい行けますよ。

「15メートルだな」
「……そんなものだったか?」
「向こうにも障壁かなんか張ってあるだろ。抜くにはそんくらい近くないとキツイ。まあ、ほぼ勘だけど」
「そうか」

 ―――そうでした。

 いいんだぜ。

「阿求。命蓮寺に1番近いのは西の里だったな。直線距離は?」
「あー、ロード中ロード中。ざっと300メートルくらい離れてますね」
「間に軽く畑があるからな。そんなものか」

 先生の質問に、阿求がよどみなく答えてくれる。
 改めて求聞持ってとんでもない力だと思う。
 特にこういうサポート的な領域じゃあ、上位に入る便利能力だろう。

 それはそれとして。
 フルスピードで飛んだとして、時速40キロくらいだったはずだから、4万割る3600で、えーと。

 ―――11ちょっとですかね。

 そうだな、秒速11メートルちょっと、それで300メートルだと、27秒?
 まあ、加速にかかる時間とかあるから多めに見積もって40秒。
 千年越え相手に逃走しなければならないってことか。

 ―――絶望的ですね。

 無理だろこれ、そこまで切り込んだら帰って来れないと思った方が良いな。

「先生質問」
「はい霧雨君」
「妨害をしたっていう事実が重要みたいなこと言ってたけど、宴会の中止に失敗したって事実はマイナスになんないのか?」
「なる。だが、失敗の方がマシだ」
「なんでさ」
「向こうからしたら挑戦されることそのものが嫌なんだよ。1度成功したからって次も成功するとは限らない。向こうは対策を練るだろうが、こちらも対策は練る」
「ああ、そんでその分の労力のリソースは無駄にかかるってことか」
「そうだ。100パーセントと99パーセントは違う。我々の業界では確率が1パーセント減ることはとんでもないことなんだ。宴会そのものは失敗しても妖怪から反感買う程度だが、退治屋への対応をしくじれば首が飛ぶ。かけがえのない仲間の首がだ」
「それは、二の足踏むな」
「そういう事だ」

「でもそれは寺からの評価だろ? 里からはどうなんだ?」
「そうだな、一概には言えないがどっちにしてもそこまで変わらないだろう。失敗でも、傍観でも」
「頼りないって?」
「そうだ。厳密に言うなら『人による』。失敗するくらいなら傍観した方がマシだったと言う人も、何もしないなんてありえなかったと言う人もいるだろう」
「後からならなんとでも言えるってことか、ところでどっちの人が多いんだ?」
「わからん」
「そっか」

 カチャリ、とメガネの位置を直しながら、先生はそう回答した。
 そうか、やる価値はあるのか。

「あ、そうだ忘れてました」
「なんだぜ阿求。お前でも物忘れしたりするんだな」
「ケロちゃんはどうですか? 行きたがってますよね」
「ん? 八卦炉? ほれ」

 八卦炉を取り出し、皆に見えるように差し出す。
 それにみんなして触れるものだから、なんかこう円陣でも組んでいるように見えてきた。
 ファイト、オー、的な。

 ―――皆様ご機嫌よろしゅう。ミニ八卦炉です。

 八卦炉の言葉は触れている者にしか聞こえない。
 付喪神として発展途上なためなのか、物品形態を取っている付喪神はみんなこうなのか、それはわからなかったが。
 阿求ならもしかして知ってるかもな。

 ―――はい。私としましては攻撃には賛成です。

「……誰の質問だか知らんが、声に出してくれないとわかんないぜ」
「ああ、そうだったな」
「先生だったか」

 ―――今回の命蓮寺の催しは看過できません。かと言ってこちらに犠牲が出ては元も子もありません。

「ではどうする。代案はあるか?」

 ―――はい。私からは高高度からの奇襲を提案します。命蓮寺の真上から真下に向けて発砲し、効果を確認せずに撤退します。

「……高高度って何メートルくらいあればいいですかね」

 ―――可能なら400メートル以上が望ましいです。

「そんなに高くまで必要だろうか」
「先生、白狼天狗の索敵半径の平均値です」
「……そうだったか」
「あれ? ねぇ慧音。白狼天狗って千里先とか見えるんじゃなかったの?」
「無理無理」

 ―――ただし、当日配備されている妖怪の眼は白狼天狗ほどではないでしょうし。命蓮寺に備わっているであろう検知術式も300メートル以下だと仮定します。

「なんでだぜ」

 ―――広域検知や探知の魔法は半球状、あるいは上部がへこんだドーム状に展開されるのが一般的です。そして命蓮寺から西の里までの距離は約300メートル。

「あ、そっか、確かに里にまで範囲を広げるのは避けそうだな。でかい妖怪にいらない誤解を与えかねねーし、どこかの商売敵が指摘してこないとも限らないしな」

 ―――はい。ですので300メートル程度まで上昇し、横へ移動し、命蓮寺の真上から砲撃します。

「なあ八卦炉、問題が1つある」

 ―――バディが40メートルほどまでしか高度を上げられないことについては問題ありません。私がブースターとして加速を手伝います。その気になれば月にまでだって飛ばせますよ。

「魔力が持つとは思えねーよ、そっからさらに砲撃だろ?」

 ―――ですので、そこまでは藤原妹紅氏に私を使ってもらいます。前に何度か試しましたし、問題は無いかと。

「……」

 妹紅による砲撃に乗って2人で飛び上がり、命蓮寺真上にまで移動、そこで私にバトンタッチして急襲、のちに離脱。
 真正面から行くよりはマシか?

「真上か、発想は悪くない。十字架を突き立ててやれるな」
「そうですねー、そこまで上がれるかどうか、そして本当に探知圏外かどうかがカギですね」
「私は行けると思うぜ」

 なんだかちょっと希望が湧いてきた。
 いやまあ、それでも結構難しそうだが、無策よりはずっといい。
 流石は私の八卦炉だ、持ち主に似て頭がいい。
 そして何より先生がなんか乗り気になっている。
 これはいい傾向だ。

 でも、そうは思っていない奴もいたようだった。

「ちょ、ちょっと待って。それ無理がない?」

 それまで黙っていた妹紅がここに来て声を上げる。
 妹紅の目には私達とは違うビジョンが見えているのだろうか。

「どうした妹紅、飛べそうにないか?」
「ううん、そうじゃなくて、ねえ慧音、当日の命蓮寺の配置はどうなると思う?」
「……向こうの配置?」

 向こうの配置。
 どうだろう、宴会自体は命蓮寺かそのすぐ近くでやるものとして、聖白蓮や他数名は客の対応に追われるだろう。
 やっぱメインはぬえで雲山がサポートに入る形か、あるいは一輪がそれに付随するかってところだろうか。
 他に戦闘向きな妖怪はいなかったはずだし、大きく外れてはいないと思う。

「臨時に雇った用心棒が全面に多数配備されていると思うが」
「そうですね、だからこそ上空からって案なのでしょう」
「ああ、私もそうだと思うぜ」
「うん、それでもたぶん主戦力はぬえだよね」

 いや、うん。
 そうだよね、警備員雇うよね普通。
 スポンサーもいるもんね。

「ぬえって現場の真上に配備されるんじゃないかな、こう、全域を見渡せる感じで」
「ええ、そうかもしれません、ですがそれゆえに真上というのは盲点となるはずですよ」
「それで15メートルまで近付いてもばれない? ケロちゃんのチャージって結構目立つよ?」
「あ……」

 そうだった、自分で言ってて忘れてた。
 近付かなきゃいけないんだよそもそも。

 ―――チャージ中の閃光は袋か何かで防げるかもしれませんが、充填されていく魔力は検知される危険性が高いです。どんなに鈍感な妖怪だって気付くでしょう。

 じゃあどうするよ。

 ―――もうダメージとか考えず遠距離から撃つだけ撃って逃げてしまえばいいかと思って提案しました。作戦目的である『妨害したという事実の作成』は達せられます。

「そこからどうやって逃げるの?」
「……ぬえには発見されるでしょうね」
「砲撃直後に飛ぶの? 私を抱えて?」
「それは、妹紅自力で飛べません? そんなに疲れます?」
「『わからない』よ、上空300メートルまでの上昇なんてそんな訓練したことないもの、別に私ほっぽって逃げてもいいけど」
「それはあり得ません」

 ―――しまった。逃走経路の事を考えていませんでした、確かにこれでは帰って来れません、先ほどの提案はお忘れください。

 さすがは私の相棒。攻撃しか考えてないな。

「妹紅、魂のみの状態になればほぼ無敵でしたよね」
「うーん、そうは言うけどね阿求。無敵というかすり抜けるというか、スターとったマリオみたいにはいかないわよ? どっちかって言うとテレサ」
「なんですそれ」
「輝夜の家でやったゲーム」
「そうですか、それ使って1人で帰って来れませんか?」
「野良が相手ならできるわ」
「そうでした」

 結局はそこか。
 命蓮寺の技術力が蓬莱の薬に対応できるかどうか。
 存在の要を魂に移し、物理的な損傷をものともしない。
 いざとなったら魂だけで行動可能、さらにその状態で炎を顕現させることすらできる。

 私からしたら無敵にしか見えない妹紅であったが、少なくともあそこの住職は私より高ランクの魔女。
 しかも魔界という異界でのキャリア持ち。
 あるいはその対策を、見つけてしまうかもしれない。
 そして見つかったら最後、退治屋はその最大戦力を失うことになる。
 それだけは、絶対に在ってはならない。

「ちょっと補足しよう」
「うん?」

 先生が軽く咳払いしながら、人差し指でテーブルを叩いた。

「ケロ助の案では上昇して、水平方向に進んで、落下するという物だったな」

 そう言いながら、先生はテーブルを指先でなぞる。
 上がって、進んで、落ちる、と。
 四角形な感じに。

 ―――そうです。

「斜めに飛べ」
「はい?」
「どういうこった?」
「……なんか悪い顔になってるわよ慧音」

 次いで先生が示したのは、山なりに飛ぶような軌跡であった。
 ただ、さっきの四角い軌道より、最高高度は高そうな感じだったが。

「途中で妹紅は離脱すればいい、大陸間弾道ミサイルの推進剤と同じだな」
「な、なにそれ、どういうこと?」
「ん? だからこう妹紅の力で勢いだけ付けて2人で飛んで」

 さっきと同じように先生が指先でテーブルをなぞる。
 ただし今度は八卦炉から手を離し、両手の人差し指でだ。

「うんうん」
「途中で魔理沙だけ切り離して放り投げる」

 頂点付近で右手の指が放物線を描いたまま先へ進む

「うん」
「お前だけ帰ってくる」

 そして残った左手の指が回れ右して引き返してくる。

「……それで?」
「魔理沙は空中で魔力を溜めて真上から撃つ」
「そして?」

 そのまま右手の指がさらに先へ進み、地面付近にまで到達した。

「……鵺とデッドヒート」

 ダメじゃないの! と妹紅が叫ぶ。

 妹紅に詰め寄られてそっぽを向く先生だったが、言わんとする事は伝わった。
 行くだけならいけるかも知れないな。
 その後囲まれて吊るされそうだが。

 ―――ICBMってやつですか。

 ICBMだったら実物を持ってるぞ。
 上にも乗れるし、しかも鳴き声を上げる。

 ―――その子も付喪神で?

 知らん。
 だが弾頭は空だった。
 つーかどっか行った。

 ―――どっかいった!?

「やっぱ正面突破しかないのか先生」
「むぅ、そうかもな、しかしそれも鵺がな」
「えー? なんでー?」

 妹紅が不満の声をあげながら八卦炉から手を放す。
 それに釣られるように阿求も手を降ろした。
 八卦炉の提案も惜しいところまではいっていた気がするが、あと1歩が及ばない。
 また振り出しだ。

 ―――バディ。

 ん? またなんか思い付いたか?

 ―――いえ、先ほどのICBMがいれば奇襲作戦を『もこたん先輩』と2人で行えたんじゃないかと。

「……」

 あー、そうか、どうしよう。
 よし、今度家帰ったら探してこよう。

 ―――そうしましょう。本物なのかオモチャなのかはわかりませんが、弾頭は無くともそこそこ以上に機動力を持った乗り物だと思えば。

 燃料あるかなぁ。
 考えれば考えるほど頭痛くなってくるぜ。

 ―――登録名『ビッチ先生』はこれを毎回1人でやっているのですよね、あるいは『転生ロリサヴァン』と2人で。

 ……そうだな。
 いつもこの先生に小難しい事全部押し付けて、しかもそのほとんどを無駄にして来たんだよな。
 はぁ。

「もういっそ宴会に来るお客さんを狙ったらどう?」
「論外だ妹紅」
「考えられません」
「アンチ退治屋妖怪の誕生だ」
「えー?」

 それは1番あり得ない。
 何人の妖怪を怒らせて、何人の妖怪に恨まれるか。
 凶悪な妖怪の愛娘とかいたらどうするんだ。

 早くに奥さんを亡くした山賊の元首領が男手ひとつで育て上げ、自分のようなならず者にならないよう不器用ながらも精一杯の愛情を込めて見守り続けた愛娘。
 最近できたボーイフレンドに嫉妬を覚えつつも、その男の誠実さや熱い情熱、なにより娘への真摯な気持ちに打たれ、交際を認めてしまう。
 そして交際を認められてから初めてのデートに選んだ命蓮寺人間食べ放題ツアーにて退治屋に襲われ、最愛の娘は非業の死を遂げる。
 手に入れたはずの幸せ、踏みにじられた未来。
 彼に遺されたのは2人が寄り添い合うように眠る棺と、デートの前日に手渡してくれた父への感謝を綴った手紙。
 そして、2度と手に取らないと誓ったはずの山賊刀だけだった。

 ―――バディ。即席の割には泣かせるストーリーですね、才能が有ります。思わず応援したくなってしまいました。

 そんなんなったら稗田の屋敷どころじゃない。
 南の里が地図から消えるだろうな。

 まあそのための事前調査で、そのための峰不二子だしな。
 退治しても影響が出ない妖怪なのか見極めないといかん。

「じゃあ結局どうすりゃいい」
「ふむ、まあ、やるという方向な感じで検討しよう」
「先生あいまいだぜ」
「気が進まん、勝算も無い。むしろ下手に被害を与えたら状況が悪化しかねない、それでもやれと言うなら仕方ない。今からでもなんとか情報を集めよう」
「おお、頼もしいぜ」

 鼻を鳴らして腕を組む先生はなんだかんだ言いつつやってくれそうな感じだったが、やはりどうやっても勝算は少なそうだった。
 ならば他にできることは何だろう。
 何だっていい、少しでも勝率を上げられれば。

「なあ阿求、むしろこっちで援軍頼める人いないか?」
「妹紅のお友達のお姫様巻き込めません?」
「あいつは呼んだって来ないわよ」

「魔理沙さん軍神召喚してぶっ潰してもらいましょう」
「山登りかよ。今更無理だぜ」
「座談会企画した時みたいに巫女さんに接触できればいいんですがね」
「あいつが知ったらなんて言うかな」
「義憤に駆られて勝手にやってくれないですかね」
「それができたら最高だ。共倒れになってくれれば言う事なしだぜ」

「先生、誰かお友達を」
「いたら普段から呼んでいる」
「ですよね」
「一応あたってはみるさ。八雲なり守矢なり見かけられたら許可とってるのかどうかも聞いておこう」
「お願いします」

「もっかい魔理沙さん。マガトロさん辺りはどうですか?」
「退治屋家業には一切協力する気ないって前に言われた」
「くっ、賢明な奴ですね」

 やっぱりテロリストに味方なんてそうそういやしない。
 人間としての本分を果たしているだけとは言え、危険なうえに理解も得られないからな。
 それでもなんとなく一番いけそうなのは守矢だろうか。
 ここに来て神頼みかよ。

「……他に今出る案はありますか?」
「無いな」
「無いわ」

 ―――無いです。

「私と八卦炉も無いぜ」
「ではでは」

 アイディアも出尽くしたところで、阿求が場を締める。
 今日は結構時間かかった。

「先生は宴会の日程確認と、命蓮寺の戦力と配置の調査、可能なら巻き込める人を探してください、その上で作戦の立案をお願いします」
「わかった」
「魔理沙さんは怪我の回復とリハビリ、先手を打たれるのも嫌なので当日までうちの屋敷で待機を命じます」
「え? ここにいなきゃ駄目?」
「ダメです。それで妹紅は2人のサポート、行ったり来たりが多いと思いますがよろしくお願いします」
「了解。魔理沙怪我人なんだから大人しくしてないとだめよ?」
「治ったらいいじゃん」
「だーめっ、ケロちゃんもよく言っといてね」

 ―――了解です。

 何だお前ら揃いも揃って。

 ―――登録名『もこたん先輩』の言う通りです。バディは病み上がりでも体力が落ちていることを計算に入れず、根拠もなく普段通りのパフォーマンスを発揮できると思っているので大変危険です。

 ……うるせぇな、今度は大丈夫だよ。
 たぶん。

 ―――『里の外に出たい』と考えている時点で自覚症状がありません。本来それには最大級の緊張と万全の態勢が必要です。

 ちぇー。

「では私は主に先生の手伝いをしますので、長くなってしまいましたが今日はこれで解散とします」
「うむ、お疲れ様でした」
「お疲れさまー」
「……お疲れ様ってことにしといてやるぜ」

「そろそろ夕餉の用意もできる頃です。食べてきますよね」
「ああ、ご相伴に預かろうか」
「もう、いっつも阿求は用意してから言うんだから」
「……妻が帰りを待ってて」
「ダメです」

 阿求君、魔法使いには1人のなりたい時もあるのだよ。

 帰りたい。
 1人になりたい。
 自分のベッドでゴロゴロしたい。
 研究の続きしたい。

 そういう日もあるのだ。

 私1人が不満たらたらであったが、退治屋の総意だと言うのなら仕方がない。
 ほぼひと月半、阿求の家で贅沢三昧をさせてもらうことにしよう。
 金持ってんだからいいだろ別に。

 ―――負担になるようなことは避けてくださいね。

 くはははは。向こうがいいって言ってるんだからいいのだよ。
 魔法使いが金食い虫だってことを教えてやろうじゃないか。

 ―――バディ。それは研究費がかさむと言う意味であって、生活費の事ではありません。

 細かいことをうるさい八卦炉を懐にしまい、改めて同僚たちの顔を見回してみる。
 みんな諦め半分、悲観半分といったところだった。
 どうしようもないのだろうか。

 質も数も向こうが上。
 それでも静観はありえない。
 阿求の言う通り退治屋は何もできないと思われたら終わりだ。
 舐められたら負け、というのはきっと人間も妖怪も変わらない。

 たとえ勝てる気がしなくても、やるしかないのだ。





 食って、動いて、寝る。
 それが今の私に課せられた仕事だ。
 情報収集や偵察など現在進行形で八面六臂の活躍を見せる先生たちと違い、私にできることは少なかった。

 出撃までの時がじわじわ迫ってくることに焦燥感を覚えつつも、訓練をこなしながら先生たちが持ってくる情報に耳を傾ける日々が続く。
 重要な情報も、意味があるとは思えない情報も、先生の誇大妄想も、クソみたいな陰謀論も、一文の値打ちも無い性教育も。

 それでも何も成果が無いわけではない。
 回復魔法の加護もあり、月が替わるころには折れていた腕も完治していた。

 決行まで残り3週間。
 私は今日も妹紅相手に近接戦闘の稽古をつけてもらっていた。

「ちゃんと相手をよく見る!」
「はいはい」

 高速で飛んでくる妹紅のラッシュをポケットに手を入れたまま躱す。
 このくらいの速度、しかも地面に足がついているなら避けれて当たり前、むしろ避けすぎて体勢を崩さない事の方が重要だ。

 もちろん、実際の妖怪相手にこんな真似はできない。
 幽霊や付喪神程度ならともかく、純粋な妖怪と殴り合いなんて考えたくもない。
 いつぞやのリーゼントのようになりたくなければ、遠距離戦に徹するべきだ。

 だが、徹するべきだと言ったところで本当に徹せられるとは限らない。
 奮闘虚しく距離を詰められた時や、不意打ちをかけられた時などは、襲撃地点から速やかに距離を取る必要がある。
 そのための訓練だ。
 それかあるいは、人間と戦う羽目になった時にも有用だ。
 つまらないトラブルを排除するためには、こういった技術も必要だった。

「炎出すよー」
「いつでもいいぜ」

 妹紅が大振りで回し蹴りを放つと、その軌道に合わせてオレンジ色の火柱が立った。
 空中に描かれた炎のアートを掻い潜り、さらに1歩、妹紅に近付く。
 息を止め、熱された空気を吸い込まないようにしながらブーツに仕込んだ魔方陣を発動。
 加速によって引き伸ばされていく視界の中で周囲の情報をかき集め、妹紅の周りをくるくる回るように炎を避け続ける。
 ここまでできるようになるのに数年かかった。
 永夜異変からこっち、稗田ギルドに加入してからずっと続けたこの訓練、やっと形になって来たってところだ。

「おうおうやってるな」
「あれ? 早かったね慧音」
「隙ありぃ!」

 1瞬の隙をついて投げ放ったナイフを2本の指で華麗に止めようとして額に食らい、妹紅がよろめく。
 かっこ悪りぃでやんの。

「いたたたた、何するのよ」
「隙だらけなのが悪いんだぜ」
「元気がいいのは結構だが新情報だ。ここでは盗聴の恐れがある。いるなら阿求も呼んでくれ」
「はいはい」

 額から煙を吹く妹紅からナイフを返してもらい、懐へ仕舞った。
 ここで投げ返してこない所が妹紅だ。

「あれ? 慧音、頭どうしたの?」
「いたって健全だが?」
「いや、中身の話じゃなくて」

 先生の脳が健全かどうかはノーコメントを貫かせてもらうとして、その額には小さな切り傷のようなものができているようだった。
 すでに血は止まっているようだったが、どこかにぶつけでもしたのだろうか。

「ああ、これか、ちょっと歯が当たってな」
「歯が? 何をどうしたらそこに歯が当たるのよ」
「体勢というか、体位というかな」
「……えー?」
「さあもう行くぞ」

 誤魔化すように前髪をいじる先生に連れられて阿求の私室に向かう。
 ぞろぞろと我が物顔でこの屋敷を練り歩く退治屋パーティは、ここの女中さんとかその辺から見るとどう見えるのだろうか。
 そんな取り留めのない事を考えながら進むのは、先陣を務める先生の足取りがいつもより早足であるからであり、悪いニュースが飛んできそうな予感を少しでも誤魔化すためであった。

 そして何やら書き物をしていた屋敷の主に謁見を許されると、1歩前に出た先生が何を思ったか阿求の胴体を掴み、身体を持ち上げてグルグルと回り始めた。
 何してんだ先生。

「どうしました先生、とうとう精神が肉体を凌駕しましたか」
「半世紀ほど言うのが遅いぞ」
「半世紀前は裁判所で書記やってましたよ」

 童心に返ったように高い高いされている阿求だったが、その体勢がお姫様だっこの構えに移行した段階で真剣な目つきに切り替わる。
 両腕で阿求の体重を支える先生の後ろ姿からも憂い気な雰囲気が漏れており、今日の成果報告が芳しい物ではない事を予感させた。

「周知しておきたい事項と阿求にだけ伝えたい事項がある」
「ではみんなの方をどうぞ」
「うむ」

 阿求をその場に降ろし、先生自身も妹紅がひっぱり出してきてくれた座布団に腰を下ろす。
 今気付いたが、特に資料とかは持って来ていないらしい。
 早く済みそうな予感。

「今月末に予定されている命蓮寺の宴会だが、すでに大体の妖怪が存在を知っていた。外部にまで情報が開示されたようだ」
「ついに来たわね」
「さらに里内でも同様の情報が出回っている」
「情報はえーな、反発とかねーの?」
「ある。だが命蓮寺の方が『宴会』の存在を否定している」
「どういう事です?」
「妖怪相手には肯定、人間相手には否定というスタンスらしい。雑だが費用対効果を考えればここが限界なのかもな」

 一応知られたくはないけど、無理するほどじゃない。
 まあ、隠し通せるわけないしな。
 表立って肯定しないだけでいいやってことか。

「参考までに私が聞いたら否定された。すごく久しぶりに人間と認められて先生は嬉しいです」
「慧音……」
「ただし、『命蓮寺に備えている結界関係システムの定期点検があるため、月末は警備が薄くなる恐れがある』と言われたよ」
「魔法使いとして断言しよう。あの程度の規模でそんな頻繁に点検する必要はないぜ」
「この屋敷のようにメインとサブで冗長化することが常識なんだろうが、定期点検とやらが事実であるかどうかは関係が無い」

 まあ、人間サイドだって馬鹿じゃない。
 うすうす感付いてはいるだろう。

 だからと言ってできることは無いに等しい。
 里の外にある命蓮寺に直接干渉することはできないし、実力行使なんてできるのはそれこそ私らだけだ。
 強いて言うなら仏教辞めるとか、不買運動みたいな消極的な方法しかないだろう。
 それだって萌田さんがいればお布施的にはそれほど問題ないし、効果次第では逆に他の四田王の連中だって引き込めるかもしれない。
 そしたらそいつらの分家、配下、雇用してる連中、そんな立場の弱いやつらに命蓮寺への改宗を促すことだろう。
 『改宗すれば自分が宴会に招かれる可能性が減る、お布施を弾めばさらに』、そう言えばいい。
 ローリスクで、そこそこ以上のリターンだ。

「それと、命蓮寺が入門希望者の募集を休止した。予定していた数が集まったのだろう」
「よく集まったわね。そんな噂があったら普通希望者って減るんじゃないの?」
「妹紅。悲しいことにな、命蓮寺の信者は増加傾向にある」
「え? なんでよ、酷い事しようとしてるのに」
「それはな」

 先生は少し言葉を選ぶように黙り込んだ。
 私もわからないので早く答えてほしいが、純朴なる蓬莱人の心に傷を負わせるわけにもいかないのだろう。
 身体は丈夫なんだがな、心はたぶんこの中で一番もろい。

「人口過多なんですよ、妹紅」
「……そうなの? だからって」
「狭いですからね、どの人里も」
「阿求の言う通り、現在の幻想郷は採れる作物に対して人口が多すぎる。外界からの輸入ももちろんあるが、それは補助的なものだ」
「別にいいじゃない、いっぱい輸入すれば」
「たくさん輸入しても妖怪は得せんよ。向こうが想定している適正な人口になるようその辺は調整されている」
「今までだって姥捨てだのなんだの見てきたじゃないですか。それが命蓮寺を窓口にするようになっただけですよ。ポイ捨てされるより仏様の元でって考える人が少なくても定員以上いるってことでしょう」
「しかも羽田が抱えている報道機関がかなり好意的に命蓮寺のことを宣伝していた。我々の知らないところで別途諜報部隊も動いているかもしれない」
「そんな」

 ―――それだけではないでしょうね。

 羽田さんはともかくな。

 重要なのは罪悪感。
 適正な人口と先生は言ったが、多すぎず少なすぎずその人口を維持することは人間にとっても有益な事だろう。どう計算するかは知らないが。
 そうは言っても『だから死ねよ』と身内を里外に放り出す奴はそうそういない。
 いや、心の中では喜んでやってやるなんて言う奴もいるのかもしれないが、表面上だけでも善良であることを強いられている我々人類では綺麗事を捨てて実利に走ることはそうそうできないのだろう。

 なら『出家』は?
 もう働けない老人を、職を失った浮浪者を、労働意欲の乏しい穀潰しを。
 あくまで『事故』で失ってしまう。

 『孤児の保護・保育、および低所得者層への住居提供と職業斡旋』。
 寺に放り込んで鍛え直してもらうだけ、その過程で不幸な事故に巻き込まれるだけ。
 自分を誤魔化すには丁度いいのかもしれない。
 念仏から埋葬までアフターサービスもばっちりだ。

 増えた葬式の費用まで儲かる計算。
 誰の発案だ。
 どこのどいつが、こんな計画を考えた。

「寺関係の新たな情報はその2つだけだ。いっそフェイントで前日とかにやってくれればいいのにな」
「なんでよ慧音」
「出撃しなくていい理由になる。ゲリラ的に行われる殺人事件を予知して妨害することは不可能だし、『できなくても仕方がない』」
「ふーん。じゃあ、いつでもいいからそんなことする奴らは倒せって言われない?」
「言われない。そんな事をするくらいなら、同じ条件の孤立した妖怪を狙う」
「あ、そっか。他の妖怪と同じだものね」
「事前に告知して、妨害を掻い潜り、予定通り遂行する。それが催しという物だ」

 きっと、それができるってのが重要なんだろう。
 それでこそ、新たな信用を得られるのだろう。

「寺以外だとそうだな。牛乳が安かったな」
「は?」
「逆に洗剤が高かった。というか品薄だった」
「ああ、また始まったか」
「あとは米が不作でやや高騰していたのと、タケノコが供給過多で値崩れしてたな」
「ホント!? 私ちょっと買い物行ってくる!」
「落ち着いてください妹紅」
「どこまでが自由経済の影響でどこからが吸血鬼の策略なのか私にはわからん。いや、あるいは命蓮寺が萌田を通して何か仕掛けてきているかもしれん。気を付けろ阿求」
「……はいはい。牛乳買っておきますね」
「違う、そうじゃない」

 お得意の陰謀論を振りかざす先生はともかく、タケノコを買いに行こうとする妹紅を止めるのは大変だった。
 竹林で掘ってくりゃいいだろ。

「まあいい。とりあえず周知しておきたい事項は以上だ、何か質問はあるか?」
「タケノコいくらだった!?」
「……よさそうなサイズの物が100円だった」
「何それすごい! メンマ作り放題!」
「タケノコくらい自分で掘ってきたらどうなんだ」
「……だって探すの難しいし」

「そうか、他に質問が無いなら今日はここまでだ。妹紅と魔理沙は訓練に戻ってくれ」
「はーい」
「へーい」

 ここから先は頭脳労働者たちだけでと言う先生に押され、学者の端くれであるはずの私と執政者としての教育を受けているはずの妹紅は部屋を追い出されてしまった。
 そして庭に出るふりをして、阿求からあてがわれている客間へと戻る。
 不思議そうな顔をする妹紅の手を引き、家から持って来てもらっていた道具箱を開いた。

「くはははは」
「どしたのよ魔理沙、それなに?」

 取り出したるは簡単な魔方陣の描かれた紙コップ2つとタコ糸。
 そいつを持ってそそくさと部屋を出る。
 向かう先はさっきの部屋のすぐ隣、ご当主の寝室だ。

 ―――バディ。短くない付き合いです。持っている道具だけで何をする気なのかわかってしまいました。

 おお、偉いぞ八卦炉。道具だけで目的が見えるのは一人前の証拠だぜ。
 お前も今日からエンジニアだ。

 ―――ですがあえて止めません。私も気になります。

 流石だぜ八卦炉。ダメだとわかっててやめないのは一流の証拠だぜ。
 お前も今日から潜入工作員だ。

 ―――登録名『もこたん先輩』も同様の様です。

「くはは」
「魔理沙、しー」
「はいはい」

 実戦部隊の2人が気配を殺し、阿求たちのいる部屋側の壁に張り付く。
 その壁に紙コップを押しつけながら魔力を流し込めば、描かれた魔方陣が燐光を発しだす。
 そいつともう1つの紙コップをタコ糸で繋ぎ、妹紅と共に耳を近付けた。
 普通の糸電話と違って糸を張り詰める必要がないことと、音量の調節ができる点が優れものだ。
 慎重に魔力を解放し徐々にボリュームを大きくしていくと、僅かなノイズを乗せながらもスピーカ側の紙コップから壁越しの会話が聞こえてきた。

『つまり魔理沙にこれを知られるわけにはいかないと言うことだ』
『そうですねー、流石にこれはまずいですね。知られたら発狂しかねません』
『ああ、妹紅にも黙っておこう。何かの拍子にばれかねん』

 ちょっと待ていきなり無茶苦茶不穏な事言ってないか。
 なんだ発狂って。
 あと1分早くこれを繋いでおけば。

 ―――バディ。音量上げてください。聞こえません。

 しょうがねえな。
 紙コップへ流し込む魔力を増やし、スピーカから吐き出される音量を少し大きくする。
 隣の部屋にばれないように気を付けねば。

『しかしまさかですよ。危惧していなかった私にも責任があります』
『いや、言っても仕方ない。お前の判断は正しかった。負傷中の魔理沙を里外に放り出すわけにもいかなかったさ』

 ていうか何の話だ。
 私の怪我が何か関係あるのか。
 くそ、ばれない為とはいえ慎重すぎたか。

「……ケロちゃん。お願い」
「ん?」

 不意に、妹紅が八卦炉に手を伸ばす。

 ―――バディ。『今度私が聞いてみる』だそうです。

 ああ。
 何かと思ったらそういう事か。

 よろしく頼む。
 あの調子じゃ教えてくれるかわからねーが。

 ―――よろしく頼むそうです。頼れるのはあなただけ、私は先輩がいないと何もできないんだぜ。だそうです。

 脚色すんな。

 ―――わかったよハニー。可愛い後輩のためならこの蓬莱人藤原、たとえ火の中水の中草の中森の中、土の中雲の中慧音のスカートの中。

 妹紅が慌てたように首をブンブン振って違うとアピールしてくる。
 わかってる、大丈夫わかってる。

 ―――わかったぜダーリン。先輩のテクで先生を陥落してくれるって信じてるぜ。

 遊んでんだろお前。
 お前のせいで顔を真っ赤にしたダーリンが必死に肩を揺さぶってくるぞ、痛いからやめてくれ。

 駄目な感じに八卦炉を経由して無言で会話をする実戦部隊の2人であったが、すぐさまこのやり方はどこかで有効活用できないだろうかと考えてしまうあたりは職業病だ。

『まあ、とにかく報告はしたぞ。この事実は伏せておいてくれ』
『了解しましたよ先生。まさか……、まさかですよ』

 結局具体的な情報は得られそうにないなと思っていた頃、不意に阿求から核心に触れそうな雰囲気が漂ってきた。
 そして音声を聞き漏らすまいとスピーカに顔を寄せる我々の耳に、聞かなきゃよかったと思うような情報が飛び込んできた。

『まさか、魔理沙さんの家が乗っ取られるなんて』

「……」
「……」

『まあな、あれだけ家を空けていたら仕方あるまい。ただでさえ無法地帯の魔法の森。仕掛けていたであろうぼうえ―――ブツッ』

「魔理沙! ダメ!」

 叫び声を上げる妹紅を無視し、私は紙コップを放り捨てた。
 勢い余ってマイク側の先端をどこかにぶつけたようで、スピーカ側の紙コップから砂利を引っ掻いたような特大のノイズが迸った。
 耳元でがなり立てる雑音に気を取られた妹紅の隙をついて部屋を飛び出し、ひと呼吸で空へと飛びあがる。
 指先をクイと動かして玄関に立てかけてあったホウキを呼び出し、空中で飛び乗ると同時に八卦炉を懐へとしまった。

 数秒で出撃準備を整え青空の中を加速していく私の頭の中に、八卦炉からの警告が響き渡る。
 帰投を望む悲鳴を無視し、私はなおも速度を上げた。

 ふざけるな。
 乗っ取られた?
 私の家が?
 私の研究が?

 ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな。
 どこのどいつだか知らないが。
 魔法使いの寝室に土足で入り込みやがったな?

 私にばれたのが運の尽きだ。
 消し炭にしてやる。





 全力疾走で魔法の森を突っ切り、懐かしの我が家へとたどり着く。
 帽子を忘れたことに気付いたのは我が家に到着した後のことだった。
 あれが家の鍵になっているのだが、仕方がないから抜け穴から入ろう。

「……」

 私の家が乗っ取られたという話は恐らく本当なのだろう。
 家の前に置いてあった宝物たちが消え、いつか取ろうと思っていた蜘蛛の巣が消え、雨漏りしていた屋根が修繕され、禿げていた壁のペンキが塗り直されていた。
 しかもペンキの上から撥水コーティングと思しき処理がなされている。
 プロの犯行のようだった。

 ―――バディ、帰りましょう。お気持ちは察しますが付近に妖怪がいる可能性が高いです。というかいます。獣型多数。

 ほっとけ。

 そんな事より私の家を勝手にリフォームしやがった奴が近くにいないか索敵しろ。
 見つけ次第退治する。

 ―――しかたありませんね。了解です。家の中にはいないようです。

 あんまり了解してなさそうな八卦炉はさておき、家の裏手へを回ることにした。
 芋か何かだと思われる見覚えのない菜園の脇を通り、そこらの柵にホウキを立てかける。
 よくこの森の土壌で畑が作れたものだと感心するが、逆に乗っ取り犯のヒントにもなるかもしれない。
 畑仕事得意な奴。

 そして何だこの盆栽。
 松か何かの小振りな奴が、比較的日当たりのいい場所でいくつか固まって置いてあった。
 どう言う趣味だ。

 ―――ううむ。見事な枝ぶりですね、匠の技です。

 わかるのか八卦炉。

 ―――言ってみただけです。

「……」

 農作物の検証もそこそこに、万が一に備えて外部から外せるようになっているお勝手の窓を取り外す。
 内部へ身体を滑り込ませると同時に裸足だったことを思い出したが、それよりまずは家の中を観察してみることにした。

「……ざけんなよ」

 まず床にワックスがかけられていた。
 そしてピカピカに磨かれたシンクの横にはこれまた光り輝くほどに磨き上げられた食器や調理道具が並んでいる。
 シンク周辺の収納にはタッパーやラップなどがきっちり種類別に整理されており、あろうことか何をどこに置くべきかわかるようにビニールテープで区画がマーキングされていた。
 サラダ油や小麦粉など、見ただけで今何が足りないのかわかる仕様になっていやがる。

 しかし、よく見てみれば食器の数が減っていることに気が付いた。
 私のお気に入りのコップや皿が無くなり、無地の冴えない安物の皿が幾枚か並んでいるだけだ。
確かこれ福引か何かで当てた奴だ。
 ざけんな。

 ―――1人暮らしならこの程度の数が適当と思われますが。

 うるさいな。
 それより他の部屋だ。

 居間の方に行ってみれば、またしても物が減っていた。
 私の宝物であるタヌキの置き物とか、水飲み鳥とか、その辺の価値ある財宝たちが根こそぎ処分されている。
 代わりにあるのはくたびれたソファが1式と、もともとあったテーブル1つ。
 あとは自作したと思しき木製の本棚と物入れがいくつか。
 その本棚にぎっしり詰まっているのは実用書や学術書ばかりだ。とんでもなく勉強熱心な奴らしい。
 中でも目を引くのは背表紙が擦り切れた兵法三十六計だ。戦略書も嗜むらしい。
 そして漫画もありやがる。ヘルシングとかいうシリーズものが結構な数揃っている。
 四田王じゃあるまいし、幻想郷で漫画をここまで揃えられるなんて大したもんだ。
 まさか本当に金持ちなのか?
 そして何故かカーペットが敷いてありやがる。
 ざけんな。

 ―――うーむ。確かに地味ですが動線がしっかり考えられていますね。部屋の狭苦しさを感じさせない見事なレイアウトです。

 うるさいな。
 どうせトイレとかはきたな、うわピッカピカだ。
 どうせ風呂うわこっちもピッカピカだ。
 湯沸かし器まで磨かれてやがる。
 そして洗面台もワーオ、見てよアーノルド。ここにもビニテでマーキングがなされてるわ。

 ―――素晴らしい仕事です。座敷童でも住みつきましたか。そして久々に出ましたねアーノルド氏。

 やったやつの性格が見えるな。
 風呂用の洗剤が切れてることも一目でわかる。

「……」

 隙間なく、それでいて均等にワックスがかけられた階段を上り、研究用の工房に入る。
 研究道具まで処分されてたら私はこの場で気が狂いかねなかったが、その心配は無かったようだ。
 例によってピカピカに磨かれたフラスコやらビーカーやらに始め、実験道具や材料、宝石、電子基板、キノコ類などが種類別で戸棚に収納されていた。
 さらには植物の肥料や農薬、何かの種など知らない物もちらほらと。

 そしてそれらが当然のようにビニールテープで仕切られ、どこが何用のスペースなのかが示されている。
 器具の名前とイラスト付きで収納場所が提示されているため、片付ける時も非常に便利そうだった。

 パチュリーから借りている魔道書や私が書いたレポートなども手つかずで置いてある。
 魔法の価値がわかる奴のようだったが、本棚に作者の名前順できっちり収納するなんてどれだけ几帳面なんだ。

 ―――他人が使うことも想定しているのでしょうか。ところでバディ、試験管を確認してもらえますか?

 ん? これがどうかしたか?

 ―――いくつかの試験官は中身が入ったまま放置されていました。しかしちゃんと中和した形跡がありますね。魔法や化学の知識を持つ相手の様です。

 お、そうみたいだな。
 言われてみればリトマス紙も減ってら。
 案外アリスあたりか?
 だったらパチュリーに本返してるか。

 ―――うーむ。誰でしょうね。

 2階のもう1つの部屋、寝室へと足を運ぶ。
 どうせそこも掃除されてるんだろと思ったらやっぱりされていた。
 いつか塞ごうと思っていたネズミ穴も塞がっている。
 というかベッドとクローゼットとキャビネットと化粧台しか置いてない。
 ふざけんな私の宝物たちはどこへ行った。
 私の、ほら、あれとかあれとかあれとか。

 ―――覚えてないんじゃないですか。

 ほら望遠鏡とか地球儀とかサボテンとかツチノコとか。
 そうだツチノコどこ行った。

 ―――望遠鏡は工房にありましたよ。サボテンはそこの窓際にあります。地球儀とツチノコは不明です。逃がされたのでは?

 なんてこった。
 私のペットが。

 ―――この分ではICBMもどうなっているか。危険性を理解してたらバラバラにしてでも無力化するかもしれません。

 アレを見て兵器だってわかるかどうかだが。

 ―――バディ。クローゼットの中身を確認してください。犯人の手掛かりがあるかもしれません。

 お、なるほど。

 八卦炉に言われるままクローゼットを開ける。
 ギィ、という鈍い音がするはずのクローゼットには油が注され、開け閉めがスムーズに行えるようになっていた。
 そして中には女物の服が収まっている。私の物がいくつかと、見覚えのないものがいくつか。
 体格は私と同じくらいか?

 ―――登録名『もこたん先輩』のおせっかいという線は消えましたね。

 ああ、その可能性もあったのか。

 しかし誰だろうな。
 服のセンスからしてアリスじゃなさそうだが。

 続いて下着も見てみるが、こっちは完全に一新されていた。
 私の奴はどうした、捨てたか、売ったか。

 ―――上はありますか?

 上? ああ、ブラか。
 あるけど小さいな、犯人は貧乳。
 アリスの線は消えたな。

「……」

 下着ドロの真似事はここまでにして、私はベッドの方に足を運んだ。
 使いやすい配置で置いてあった必要不可欠なアイテムたちが過剰に整頓されてはいるものの、ベッドそのものは私が使っていた物だった。
 ただしシーツが新調されている。
 まあ、下着を全とっかえするならシーツも変えたいだろう。
 確認しなかったが、タオルも変えられてるかもしれない。
 ベッドに関しては見る所も無い、上に乗っていた物をどけるとこんなに広かったのかと思った程度だ。

 次は化粧台だ。
 私はこんな物持っていなかった。
 化粧する時は概ね稗田邸でするし、必要になることがそもそもそんなにない。
 最後にしたのはいつだ、先代萌田さんのお通夜の時か?

 それはともかく、これも特に変わったところは無かった。
 私にはこの化粧品が1式揃っているのか足りない品があるのかすらわからない。

 ―――強いて気になる所を挙げるなら、紅がだいぶ減っている事ですね。おそらく引っ越す前から使っていたのでしょう。物持ちがいいようです。

 私も物持ちいいぜ。

 ―――捨てられないのと長く使うことは違います。必要が無くなったのなら正しく処分してください。付喪神との約束です。

 へいへい。

 そして最後に、ベッド脇のキャビネットを引き出した。
 ある意味これこそが本番だ。
 1段目はペンとか爪切りとか懐中電灯だとか、ちょっとした小物が収められているこのキャビネットだが、他の段にはこの家に仕掛けられた各種術式の制御装置が収納されている。
 稗田邸にあるような大掛かりな物ではもちろんないが、入り口の鍵チェックや侵入者用防衛セキュリティ、さらには気温湿度管理まで。
 直接の実行機能を持つセンサーやエアコン本体は必要箇所に設置されているが、その制御機能がここに集約されている。
 ここにいるだけで、この家にあるすべての術式をコントロールできるのだ。

「……おいおい」

 ―――これは。

 その制御基板に、改造が施されていた。

 幾層にも並列して取り付けてある基盤のあちこちに切り込みが入っており、ある部分は短絡され、ある部分は素子が追加され、そしてある部分はすっぱりと切り落とされている。
 どんな改造なのか確認してみたかったが、見える範囲だけではよくわからなかった。
 システムを落として全部引き出して見ればわかるだろうが、今そこまでする必要はなさそうだ。

 ただ、自分の手で作り上げた物が他人に手を加えられているという、言いようのない気持ち悪さが胸に残った。

 ―――これ、『相当』ですよね。

 魔法に関する道具は貴重だ。
 1から作るより、不恰好でもすでにある物を再利用する方がスマートなこともあるだろう。
 確かに内部の設計図は保存してあったし、さっき見た時も工房の本棚に入っていた。
 だからと言って素人に、ちょっとかじった程度の奴にできることじゃない。

 本職の魔法使い。
 少なくとも私と同等かそれ以上のランク。
 この改造の跡からしても、そこそこ以上の腕前であることが伝わってきた。

 犯人像は一気に絞れる気もするが、逆に私の知らない奴なのかとも思う。
 魔法使いと言うより、マジックアイテムの作り手か。
 方向性的には香霖に近いのかもしれない。
 私の知り合いに、該当者はいない。
 無理やり挙げるとすれば、聖白蓮あるいは体格を考えると、……橙とか?

 ふと、キャビネットの裏からケーブルが這い出ている事に気が付いた。
 キャビネットの脇に見慣れない小箱が取り付けられており、這い出てきたケーブルはそこに繋がっていた。

 小箱を開けてみると、中に取り付けられていたのは円形のタイマーのような装置が付いた回路だった。
 Y、M、Dとあることから、年、月、日をここで入力できるのかもしれない。
 何に使うのか気になり、ケーブルの反対側を覗いてみる。
 キャビネット内部の基盤を引きずり出し、線が繋がっている箇所を確認してみた。
 電源入れたまま引き出せる機構にしておいて本当によかったと思いつつ、何の回路だったか思い出すために頭を捻る。
 こういう時は求聞持の力がうらやましい。

 ―――バディ。良いニュースと悪いニュースがあります。

 ほう、良いニュースから頼むぜ。

 ―――犯人がわかりました。

「……」

 悪いニュースは?

 ―――敵性妖怪接近。登録名『クソ反則天邪鬼』。

 八卦炉の言葉と同時に玄関のドアが開く音が聞こえてきた。
 やっべ、あいつかよ。

 ―――申し訳ありません発見が遅れました。というか玄関の前に立たれるまで気づきませんでした。犯人はこの中にいます。

 常時発動しているらしいステルスは顕在か。
 弱小妖怪の性かね。
 それとも妙な能力か。

 ―――こちらとしても索敵は本筋の機能ではありません。あまり信用しないでください。常時発動とかでもありませんし。

 大急ぎで基盤をしまい、キャビネットを元の状態に戻す。
 さてどうする、迎撃するか。

 ―――御冗談を。この家の防衛術式は書き換えられています。改造を施したのが彼女ならば、システムは向こうに味方するでしょう。

 ……だよな。
 頭に血が上ってここまで突っ込んできたが、よく考えたらこの状況って危なくね?

 ―――今更気づきましたか。馬鹿じゃないんですか?

 う、うるさいな。
 それより早く脱出だ。

 あー、どうするか。
 この部屋の窓は半分しか開かないし、工房の窓は塗りつぶしてある。
 2階からの脱出手段くらい用意しておけばよかった。

 カラン、コロン、と誰かが階段を上る音が聞こえて来た。
 やばい、こっち来てる。

 どうするどうする。
 隠れるか。
 隠れてやり過ごすしかないか。

 カロン、カラン、カロン。
 やばいやばいやばい。
 音消して歩くのがクセになってるんじゃなかったのかよ、ちくしょう。
 いや、なってなくてよかったのか?

 そんなことはどうでもいい。
 どこだ、どこに隠れればいい。
 あそこか!

 大急ぎでクローゼットを開けようとして、着替えるために開けられる可能性が高いことに気付いた。
 どうする。
 他に、他に隠れる場所は……。

 カラン、……カロン、カラン。

 隠れる場所! 隠れる場所! 隠れる場所!

 部屋中を見渡しながら、耳にも神経を集中する。
 音が近くなってくる。
 身をひそめる場所は見つからない。
 なんでこんなに片付いてるんだ。
 前みたいにものがたくさんあれば隠れる場所に困ることも無いのに。

「……っ」

 工房の方に行ってくれるか?
 そんな都合よくいくか、先に一息つくだろ普通。
 ここで戦闘か?
 相手は鬼人正邪。先日の立ち回りを思い出せ、一筋縄でやり込められる相手じゃないぞ?

 不意打ちするか? できるのか? チャージの時間は?
 とび蹴りか? 弾幕か? 人型妖怪に? 効くのか?
 怯まなかったら? この距離で戦闘? 生まれて初めての室内戦?
 勝てなかったら? 終わる? 全てが?

 カロン、カラン、カロ……。

 ……ガチャ。

 ―――ベッドの下ぁ!!

「!!」

 飛び込むように滑り込み、音を立てないよう微妙に飛行する。
 私が物音1つ立てずに着地した瞬間、鬼人正邪が部屋の中に侵入してきた。

「ふぁーあ」

 カランコロンとサンダルを鳴らしながら、聞き覚えのある声が耳に届く。
 鬼人正邪。
 吐き気を催すような気配が、そこにいた。

 足が見えてしまわないように微妙に体を丸めつつ、気付かれない事をただ祈る。
 見つかったら終わりだ。
 ハチの巣にされる。

 食われる。

 ―――バディ。気を確かに。

 ばれた時のことを想像して1瞬気が遠くなったが、八卦炉の呼びかけのおかげで何とか持ち直す。
 怖い話によく聞く『斧男』のように潜む私だったが、あいにく今現在ベッドに腰掛けてる奴こそ怪談の世界の住人だ。
 なんで家の持ち主がこんなコソ泥みたいな真似をしなければならないんだ。
 クソが。

「ふー」

 真上からため息のような声が降ってくる。
 なに一服してるんだ、一息ついたらさっさと出かけろ、まだ明るいだろ。

 とりあえず隠れられたのはいいが、ここからどうするか。
 やはり外出を待つしかないのか。

 息を殺しながら気配を断ち、ベッドの下まで掃除が行き届いていることに感謝しつつ、脱出手段を考える。

 そんな私の視線の真ん前に買い物袋が降ってきた。
 思わず悲鳴を上げそうになった。

 ドサッという音が一拍遅れて聞こえて来る。
 謎のタイムラグだったが、たぶん私の脳味噌が処理落ちでもしたのだろう。
 それくらいパニックになっていた。

 しかもなお悪いことに、買い物袋、いつかの風呂敷から中身がこちらに転がり出てきた。
 大きなジャガイモと風呂用の洗剤。
 目の前にあるその2つがやたらはっきりと細部まで見える。
 外の世界の物であろう綺麗なパッケージの液体洗剤と、丸々とした立派なジャガイモ。
 さらに風呂敷から人参が顔を出しているところを見ると、今夜はカレーなのかもしれない。
 ああ、玉ねぎも見える。
 もしかしたらシチューか、それとも肉じゃがか?
 やめてくれ、ほんと勘弁してくれ。

「……ちっ」

 軽い舌打ちと共に鬼人正邪の気配が遠ざかる。
 ヤバい、マズイ、気付かれる……!

 ベッドの下の隙間に手が伸びてくる。
 私の目の前で洗剤を探すその手が、私には死神が手招きしているようにしか見えなかった。
 これに触ったら死ぬ。
 そのプレッシャーで気を失いそうになりながらも、ただ耐えた。
 息を殺し、悲鳴を飲みこみ、早く終わってくれることを祈り、震え続ける。
 手探りで探してくれているからいいものの、覗きこまれたら1発アウト。
 鬼人正邪は絶望そのものに染まった退治屋の顔を見ることになるだろう。

「あー? どこ行ったぁ? どんだけ店回ったと思ってん……お?」

 そしてその指先が、私の頬に触れた。
 爪の先に僅かに引っ掛かれ、カリリ、という音を私の耳に届ける。

「あったあった」

 その指先はそのまま洗剤を掴むと、引きずり出すように遠のいて行った。
 1歩間違えば引きずり出されるのは私だったのかと思うと、冷や汗が止まらない。

 ―――バディ。ジャガイモが。

 え?

 ―――足元の方です。

 慌てて足の方を見てみると、鬼人正邪の手に押されたのか、さっきのジャガイモが遠くの方にまで転がって行ってしまっていた。
 しかも、かなり奥の方まで。
 感覚的にアレは手探りでは見つけられないと察知する。

 そのジャガイモを求めて再び手を伸ばしてくる鬼人正邪だったが、その位置に目的のブツは無い。
 そんな所を探しても、見つからないのだから、覗き込んだ方が早いだろう。
 奴がそう判断するまでに、なんとかしなければ。
 頼むから意地になっていてくれ。

 鬼人正邪にばれないよう、ゆっくりと足を延ばす。
 食べ物を足蹴にするのは気が引けたが、そうも言ってはいられなかった。
 なんとかこちらの方に転がそうとするが、震えてしまってうまくできない。
 喉元に迫る手。
 息を止め、ベチベチと苛立たしげに床を叩くその手を身を捻って避ける。

 もういっそ、見つかってしまいたい。
 それで楽になってしまいたい。
 そんな退治屋にあるまじき弱音に思考を侵されながら、それでも足を延ばした。
 芋なら庭に植えてあったじゃないか、わざわざ買わなくてもいいだろ、ジャガイモ1個のために死にたくないんだよこっちは。

 しかし、変な体勢で足を延ばしたのが良くなかったのか、伸ばした足に電流のような痛みが走った。

「~~っ」

 思わず上がりそうになる悲鳴を噛み砕き、無様に反り返るつま先を壁に押し付けた。
 足を攣ったらしい。
 膝を抱えて痛みをこらえたくなるが、付近をまさぐる鬼人正邪の手がそれを許さない。
 このまま続けるしかなかった。

 急がねば。
 その思いで攣った足をさらに延ばす。
 ふくらはぎに走る電流のような痛みに耐え、涙を流しながらジャガイモに迫った。

 しかしおかしい。
 感覚的にだが、もうジャガイモが転がっていたところにまで届いているはず。
 なのに、どれだけ足を伸ばしてもつま先が触れることは無かった。

 首をひねり、今度は首が攣りそうになりながらも下の方を向くと、やたらと離れたところに目標物が転がっているのが見える。
 足を攣った時に蹴っちまったか。
 ただでさえ遠かったジャガイモが、さらにベッドの奥へと潜り込んでいる。
 これは完全に、手探りでは取れない位置だった。

「……」

 手は迫ってきている。

 もう勘弁してくれ。
 もう許してくれ。
 息も苦しいんだ。

 ―――バディ。頑張ってください、もう少し外側です。

 ろくに見えない足元を、八卦炉のナビに従いながら痙攣する足でまさぐり続ける。
 酸素を求めてわめきたてる肺を黙らせ、叫び声を上げそうになる喉を自分で締めて堪える。
 恐怖と痛みのためにあふれ出る涙をそのままに、少しずつ迫ってくる鬼人正邪の手をのけぞるように避ける。

 最中、酸欠気味の脳みそが私に今までの人生を振り返らせてくれた。
 数週間ぶりの走馬灯。
 流石は生粋の退治屋、人生のほとんどが戦闘シーンだ。

 そして永遠にも思えた格闘の末、ついに、やっとの思いで私の足はジャガイモを捉えた。
 今更ながら裸足でよかった。
 ブーツだったらどうなっていたことか。

 大急ぎで体の方にブツを蹴りつけ、鬼人正邪にぶつけないよう気を張りながら適当な位置に制止させる。

 程なくしてジャガイモを発見した鬼人正邪だったが、今度は天邪鬼自身の手でジャガイモを押し込んでしまう。
 ストレスとプレッシャーによって吐きそうになりながらも再びジャガイモに手を伸ばそうとしたが、私が手を伸ばすより速く鬼人正邪の手が伸びた。

 ジャガイモの進行方向を寸分違わず読み切ったそのキャッチは見事な物だったが、ジャガイモの反対側が胴体に触れている私としては冷や汗が染み込まないか心配でしょうがなかった。
 手を伸ばしていたら気付かれていただろう。

「……みっけ」

 その台詞は間違いなくジャガイモに向けられたものだった。

 やっと終わった。
 生きた心地がしなかった。
 もうカレーでもシチューでも好きに食ってくれ。

 ―――バディ。気を抜かず、ゆっくり息をしてください。

 言われてしばらく呼吸をしていなかったことを思い出した。
 長く感じたが終わってみれば30秒も経っちゃない。
 でも本当に、それどころじゃなかった。

 ぷはぁ。

「~♪」

 しばらくして、天邪鬼が上機嫌に鼻歌を披露し始めた。
 たぶん誰かが聞いているとは思ってもいないだろう。

 そんな油断しっぱなしな鬼人正邪が早く出て行くことを祈っていると、またしても目の前に物が落ちてきた。
 今度は何だと思う反面、どう見ても転がってきそうな物ではなくて逆に安心する。
 と言うかたぶん、スカートだ。

「~♪ ~♪ ぃぃのおったぉおろぉでぇ♪ ぁにもかわぁらぁなぁいぃー♪」

 シュルシュルと想像力をかき立てられる音を奏でながら、衣類が1枚、また1枚と床に落ちてくる。
 へったくそな鼻歌に歌詞を付けながら、鬼人正邪がノリノリで裸になっているところを想像して気分が悪くなった。
 女のストリップなんぞに興味はないが、知らねばなるまい。
 八卦炉、状況わかるか?

 ―――そうですね、『ハンドラジカセとイヤホンで音楽を聴いている』と言って伝わりますか?

 わかんないぜ。

 ―――『超小型の蓄音機から発せられた音楽を、ケーブルを通じて耳元で鳴らしている』では?

 なんとなくわかった。耳栓みたいな奴か。
 ラジカセも見たことあったな、思い出した。

 ―――それです。耳からケーブルをぶら下げながら脱衣をするとは器用な奴だと評価します。

 どっちにしろ耳がふさがってるって情報はありがたい。
 気付かれる心配が減る。
 あとは出て行ってくれればなぁ。

 ―――待ちましょう。登録名『もこたん先輩』が救援に来てくれるかもしれません。

 ああ、早く帰って怒られたいぜ。

「~♪ ちくのぁんえぇ♪ ぉぎのぁんえー♪ しぃせるぁろぉの自由ぅーをぉー!!」

 自宅にいるはずなのに違う家に対して『帰る』という言葉を使ってしまって自己嫌悪に陥っていると、上空1メートルほどの所から天邪鬼のシャウトとピンク色の下着が降ってきた。
 見せつけんなそんなもん。
 そしてたぶんこいつ歌詞をよく覚えていないんだろう。
 覚えてんの『自由を』の所だけなんだろう。

 ―――バディ。登録名『クソ反則天邪鬼』ですが、ベッドの上でくつろぎ始めました。しばらく動きそうにありません。

 ……全裸でか?

 ―――全裸です。

 そういえば先生が家では全裸で過ごす的な事を言っていた気がする。
 流石は峰不二子、確かな仕事だ。

 ―――そんなこと言ってましたっけ。

 こいつを退治しようとした時の作戦会議の最初の方で言ってたな。
 そんで妹紅が慧音もそうだよねって言って、先生がそれは寝る時だけだって返してた。

 ―――うーむ、言われてみればそんな気もします。よく覚えておいででしたね、求聞持の力に目覚めましたか。

 いや、さっき走馬灯で見た。

 ―――バディって結構しょっちゅう走馬灯見ますよね。寿命が縮んでそうで心配です。

 縮むのか?
 まあ、脳がフルスロットルになってる現象だっていうしな。
 身体にはよくないのかもな。

 でもなんか最近は『来る』ってのが事前にわかるようになったぜ、クシャミの前兆みたいに。
 クセにでもなってそうだな、頭が。

 ―――いいのか悪いのか。

 そうだ、走馬灯ついでに思い出したんだが。

 ―――なんでしょう。

 さっき改造されて外付けでタイマーが組み込まれてた回路あったろ。
 あれ機能テスト用やつだった。
 たぶん定期的にチェックするようにしたんだろ、いいアイディアだ。

 ―――おお、そうでしたか。

 取り返してからもあれはそのままにしておこう。
 うん、それがいい。

 ―――あー、ところでバディ。その外付けされていたタイマーと言うのはバディが作成したものでしょうか?

 いや?
 たぶん天邪鬼が作ったんだろ。
 まさか本職レベルの魔法知識まで持ってるとは思わなかったが、例の七つ技術とかいう奴の1つなのかもな。

 ―――そうですか。バディ、脱出の準備を。

 どうした? 動きがあったか?

 ―――あと遺言があれば承っておきます。

 ……え? どした?

 ―――件のタイマーの回路、ふたが開きっ放しです。

 あ、しまった。
 慌ててたから締め忘れてた。

 いや、だからってそんくらい。

 ―――そしてその回路のふたが開いているところを発見されました。

 だ、大丈夫大丈夫、あいつが自分で開けて閉め忘れたんだ。
 そういう事になるだろ。

 ―――チラッと見ただけですぐに視線を戻しました。まずいです。気配が一変しました。何か考えごとをしている様子。

 そう言えば鼻歌も止まってるな。
 しかし、まさか私だとは思うまい。

 ―――冷静になってくださいバディ。実情はどうあれ近隣の妖怪達にはこの家は退治屋の住む家だと思われているはずです。そもそも誰が侵入しようと思うでしょう。

 ま、まあな。

 ―――単なる空き巣ならセキュリティで追い返せます。強盗が相手なら玄関に破壊の跡が残ると登録名『クソ反則天邪鬼』は考えるでしょう。

 それで?

 ―――その上で、仮に痕跡を残さず侵入できるものがいたとして、一般的なキャビネットにしか見えないはずの術式制御部に目をつけ、自らが手を加えた部分を調査する人物。

「……」

 ―――他の魔法使いならキャビネットそのものに目を向けるでしょう。

 そ、そうとは限らないぜ。

 ―――あのふたを開けうる人物の中で、最も確率が高いのはあなたで、その次が登録名『変態クソサイコレズ野郎』です。

 その登録名はそろそろ許してやろうかな。

 ―――そしてふたをすぐに閉めないのはこの場にいるかもしれないあなたに疑いを気付かれたくないからです。

 ああ、わかった。
 仮に私が侵入したことに感づいたとしよう。
 だからって別に今現在ここにいるってことはわかるまい。

 ―――その疑惑の種はすでに刈られつつあります。動きますよ。

 真上で人が動く気配がし、ベッドがギシリと嫌な音を立てる。
 ギシギシとベッドの上を歩いているのはわかるのだが、何をしているのだろうか。

 ―――キャビネットの方に近付きました、1段目を開けて中を探っています。

 そこは普通の小物入れだ。
 懐中電灯でも探してんのか?

 ―――なんでしょう、筒状の物体を取り出しました。懐中電灯ではありません。

 見覚えは?

 ―――見覚えはありません。望遠鏡のような印象を受けます。

 続けて、カロン、という音と共にサンダルが鳴る。
 ベッドの下の隙間からちょっとだけ外を覗くと、素っ裸にサンダルという猟奇的なスタイルの天邪鬼のケツが見えた。
 貧相な身体だ。

 ―――しまった、なんて奴だ。

 どうした八卦炉、さっきから言ってることが大げさだぞ。
 先生じゃあるまいし、陰謀論にでも目覚めたか。

 ―――登録名『もこたん先輩』を発見。こちらに向かっています。

 お? マジか、助かったぜ。

 ―――助かっていません。むしろ最悪のタイミングです。

 どしたよ。

 ―――先ほどの筒はやはり望遠鏡でした。しかも本体がS字になっていて、頭を出さなくても窓の外が見えるタイプの物です。

 ああ、中に鏡が仕込んである奴か。
 スパイ道具かよ。
 あれこそ七つ道具だろ。
 本来の用途に使う奴初めて見たぞ。

 ―――『もこたん先輩』を発見されたかもしれません。ああもう、あんなに慌てた様子で走ってくることないでしょうに!

 ……あー。
 それはちょっとまずいな。
 ここに誰かが来てるって言ってるようなものか。

 ―――帰りが遅くて心配してる様子が丸出しです。

 ヤバいな、それ。
 一難去ってまた一難か。
 脱出の準備をしよう。
 うまい事妹紅に気を取られてくれたらその隙に逃げるぜ。

 ―――それよりも私より早く『もこたん先輩』に気付くとは。いやむしろ侵入者にあたりを付けて二人一組だと想定された? 以前襲撃した時のように?

 ブツブツとつぶやく八卦炉を無視し、私は少し壁側の方へと身をよじった。
 すぐそばを、鬼人正邪が通過する。

 ―――だとしたら今のところすべて的中しているということに……。

 やっと部屋から出るのかと思っていたら、その足取りが私の目の前で止まった。
 膝から下しか見えないが、おそらく仁王立ちしているであろう鬼人正邪から、嫌な気配が迸った。

 熱いような痛いような、妖怪の持つ邪悪なエネルギー。
 妖力を開放していた。

 総量、出力共に明らかに私の魔力を上回っていそうなパワーだ。
 妖怪のそれをこんなに至近距離で見るのは一輪以来かもしれない。

 ―――のんきなことを言っている場合ではありません。

 ズガガガガガガ!!
 と、八卦炉の声を塗りつぶすような轟音が至近距離で炸裂する。
 反射的に飛びあがりそうになった体を押さえつけ、気休め程度にベッドの奥へと距離を取った。
 一拍おいて心臓を落ち着いてから、改めて八卦炉に情報を求める。

 八卦炉、状況をくれ。

 ―――クローゼットが弾幕で破壊されました。

 ……なんで?

 ―――あの中に隠れていたらハチの巣でした。

 あー。
 完全に内部にいるとバレてやがる。
 だからって確認しないで撃つか普通。

 ―――躊躇の無さが尋常ではありません。物を壊すことに抵抗が無いのでしょう。

 他人の物だと思って無茶しやがって。

 ―――いえ、自分の物だと思っているはずです。その上で眉1つ動かさず破棄しました。家の中に侵入者がいるかもしれないという疑念1つのために。

 さっきからお前がやたら過大評価してた理由がわかった気がしてきたぜ。
 やっぱ危険だこいつ。

 ―――移動します。

 ガチャリ、と部屋のドアが開く音が聞こえてきた。
 隙間から覗いてみると、風呂敷1枚肩にかけて部屋を出ようとしている姿が見えた。
 銭湯にでも行くような気軽さだったが、こんどこそ部屋から出るつもりらしい。

 ベッドの下という場所については考えに及ばなかったようだ。
 気付かなかったと言うよりは、さっき散々まさぐったから無いものと判断したのかもしれない。
 そう思うと、さっきの無駄なピンチも悪くなかったように思えた。

 バタン、とやや乱暴にドアが閉められる。
 カランコロンという足音が遠ざかるにつれ、天邪鬼の気配が薄らいでいく。
 今がチャンス。

 ―――まだです。

 ……だめ?

 ―――ドアを閉めた瞬間『クソ反則天邪鬼』が検知できなくなりました。しかし意図的に足音は聞かせてきました。足音が工房の方に移動しないことも不自然です。その場で足踏みしている可能性が高いです。

 そんな馬鹿なと思うより先に、部屋のドアが勢いよくブチ開けられた。
 しかし部屋には入ってこようとはせず、そのままドアを開けっ放しにしてしばらく静観、そして今度こそ離れてった。
 そうか、ほんとに離れるんならドア閉めない方が良いもんな、気付かなかった。

 ―――現在工房を探索中ですが、もうしばらくお待ちください。『もこたん先輩』が到着します。

 八卦炉の言葉と同時に、ドンドンと玄関のドアを叩く音が聞こえて来る。
 なんで正面からドア叩いてんだあいつは、乗っ取られてるって聞いてただろうに。

「まーりさー! いないのー!?」

 これでもかと言うほどに状況を理解していない蓬莱人が、2階の寝室のベッドの下に潜んでいる私にすら聞こえるくらいの大声を出す。
 魔理沙ちゃんいないよ。いないってことにしてくれよ。

 ―――彼女はここが魔法の森だとわかっているのでしょうか。危機感が無さ過ぎます。命蓮寺への攻撃作戦から外そうとした『ビッチ先生』の判断は正しかったと評価します。

「まーりーさーちゃーん。あーそびーましょー」

 遊ばねえよ馬鹿。

 ―――バディ。登録名『クソ反則天邪鬼』が1階へ降ります。

 お、チャンス到来か。

 堂々とサンダルを鳴らしながら、鬼人正邪が階段を下りていく音が聞こえる。
 八卦炉から見ても今度はちゃんと降りて行ったようだ。

 とりあえずベッドの下から這い出た。
 ベッドの上に投げ出されたラジカセから目を切り、窓へと向かう。
 ただし、ここの窓は半分しか開かないようになっている。
 弾幕でぶち破るか。

 ―――バディ。提案があります。

 どうした?

 ―――弾幕で窓を破ることには賛成です。しかしそれだけでは鬼人正邪に追いすがられる恐れがあります。もうひと工夫しましょう。

 もうひと工夫って、たとえば?

 ―――自力で弾幕を生成しながら私へのチャージも行ってください。通常の半分でいいです。

 あー、反動で飛んでくのか。

 ―――いいですか。窓に背を向けて立ちドアの方に私を向けた状態でスタートします。登録名『クソ反則天邪鬼』が2階にあがってくるまで少なくとも数秒はかかるでしょう。

 入り口で警戒してくれれば5、6秒は余裕で稼げるな。

 ―――チャージが完了次第後方、つまり窓に向かって弾幕を射出。直後に砲撃で攻撃と逃走を同時に行います。ホウキは屋外の勝手口の近くでしたね。

 問題ない。コントロールできる範囲だ。妹紅はほっといても付いてくるだろう。

 ―――そうですね、これで行きましょう。

 なんかもう八卦炉VS鬼人正邪みたいな図式になっているが、即席成れど作戦は決定した。
 あとはもう、実行あるのみだ。

 八卦炉、カウントと鬼人正邪の行動を実況するのと同時にできるか?

 ―――何とかします。

 OK、行こうか。

 私は窓に背を向けて立ち、弾幕を展開するスペースを開けつつ、なるべくドアから離れて八卦炉を向けた。
 勝手知ったる自分の家。ダッシュで駆け上がれば大体どのくらいの時間がかかるのかは感覚で何となくわかる。
 贅沢を言う気はないが、可能なら砲撃のタイミングを合わせて攻撃するぞ。
 鬼人正邪の様子は?

 ―――現在1階の居間を探索中です。見事な手際だと評価します。身を隠すことに慣れている者ならではの発想でバディを探しています。

 そうか。妹紅のノックは無視か、さすがだ。
 まあいい行くぞ。
 魔法に20、チャージに80。

 ―――了解。完了まであと7秒。

 右手を介して八卦炉に私の魔力を流し込む。
 自分の部屋の中でぶっ放すのは気が引けるが、これも生き残るため。
 やむを得まい。

 ―――5。前へ跳ねて!! 早く!!

「おう!?」

 言われるがままに飛び込み前転、肩と八卦炉を床にぶつけながら身を転がす。
 そして体勢を立て直した直後、寝室の床が吹き飛んだ。
 轟音をあげてまき散らされる無数の弾幕が、1階の天井と2階の床を貫き、天井をも破壊して上空へと飛び去って行った。

 1階と2階の間に這わせた魔法のケーブルが断線し、弾けるような火花を散らす。
 なんつー威力だ。こんな威力出せる奴そうそういないぞ。

 ―――バディ。チャージを! 向こうに現状を認識される前に逃走に入ります! 真後ろに向けて砲撃を!

「空き巣かぁ?」

 その声を向けられた瞬間、ドロリと空気が濁った気がした。
 床の穴からにょっきりと生えているのは、さっき窓の向こうを見るのに使ったであろう、S字に曲がる望遠鏡。
 そのレンズ越しに目が合った瞬間、金縛りにでもあったような感覚に陥った。

「うちで何してんだ退治屋コラァ」
「私の家だろーが!」

 ―――相手をしてはいけません! 直ちに逃走を!

 風呂敷をマントの如くたなびかせ、鬼人正邪が、幻想郷のテロリストがその姿を現した。
 望遠鏡を捨て、意外なほど澄んだ瞳で私を睨みつけてくる。

 これで裸でさえなければ格好も付くのだが、その辺が小物の限界か。
 正直目のやり場に困るのだが、どうやら向こうは自分の体を見られることに抵抗が無いようで、恥じらう様子もなく仏頂面を維持していた。

 妖怪と1対1。
 里外でこの距離。

 八卦炉、チャージ再開。

 ―――く、了解。完了まであと5秒、ハーフです。

「しょうがねぇだろ、私の家どぉっか行っちゃったんだから」
「……どっか行った?」
「無縁塚にあってなぁ。ぼろいけど良い家だったんだが、買い物から帰ったらきれいさっぱり消えてんの。家具だけそこに放置して、意味わかんねぇよぉ」

 確かに言っている事の意味はわからなかったが、時間をかけてくれるのならありがたい。
 妹紅がどう動くか未知数だが、チャージの時間は稼げそうだ。

 ―――あと2秒。

「じゃあバイバイ」

 と、思ったのも束の間。
 こっちが臨戦の意識を途切れさせたのを狙い澄ましたかのように弾幕を展開してくる。

 突然の不意打ちに目の前が白く染まる。
 緊張の緩急を意図的にコントロールされていたことに今更気づいたが、後の祭りだった。
 目で見えていても脳の処理が追いつかない。
 自分に向かって飛んでくる殺意が自分に直撃する姿を、私はどこか他人事のように認識していた。
 ああ、あれが来る。

 本日2度目の走馬灯。
 人生のエンドロールの割にはNGシーン集みたいな内容だったが、今回のそれはいつもと少し違っていた。

「……?」

 走馬灯が半透明なのだ。
 しかも、走馬灯の向こう側に透けて見える鬼人正邪の弾幕に注目すれば、その走馬灯はさらに薄くなり、ついには見えなくなった。

 そして、気が付いたら致死の弾幕をすり抜けていた。
 私の後方でドアと壁が炸裂するが、逃げられない、加減されている壊れてない音がする。
 そう、私を逃がさないために壁を貫通しないよう、その弾幕の威力は加減されていた。
 見てないのに、後ろの様子がわかった。

 身体を捻り避け始める、次が来るから、顔を歪めた、不思議がってるから確かめに来る。
 鬼人正邪が私を睨み、確かめるように弾幕を放ってくる。
 速い弾だ、威力も申し分ない。
 それも1発や2発ではない。

 とてもじゃないがこの距離で避けられる内容ではない。
 それどころか認識する余裕すらないはずだ。
 なのに、今日はそれがやたらとゆっくり見えた。

 回れ、這い、小さく。
 体を回転させながら頭を振って慣性を制御、床に手をついて身体を水平に、的を小さくしてさらに上昇。

 避けろ、頭。
 背中を蹴飛ばされたかのように横へ跳ねれば、頭すれすれを弾幕が通る。
 アクロバットな姿勢の中、信じられない程高速で回っていくスローモーションのような視界の中で、鬼人正邪が驚愕していた。

 ―――チャ。

「マスタースパーク」

 治ったばかりの右腕を支えに砲撃を放つ。
 暴れる推進力をロデオのように乗りこなし、部屋の隅にはじけ飛ぶ。

 回避、床に背中、足が叩く、上に行くから。
 慌てたように狙ってきた敵の弾幕が追いつくより先に、床に向かって方向転換。2メートルも無かった距離が1瞬で縮まるより先に姿勢を変更、床に足をぶつけて強引に方向を変える。

 ひねる、下へ壁越し、横へホウキ。
 鬼人正邪のすぐそばを通るように突っ切り、天井に空いた穴から屋外へと舞い上がった。
 八卦炉の砲撃が止まり、私は放物線を描いて落ちていく。

 ―――や、やった! すごい! よく今のを避けきりました!

 無邪気に叫ぶ八卦炉と、諦めたようにため息を付く鬼人正邪を見送りながら、私は空中を蹴るようにして横へと直角に方向転換する。
 すぐさま壁を貫いて飛んできた鬼人正邪の弾幕が虚空を穿つ。
 砲弾の如き威力の弾幕が魔法の森の木々を薙ぎ払っていった。
 自由落下に身を任せていたらドンピシャだっただろう。

 鬼人正邪と目が合う。
 驚愕は消え、その顔はこの世のすべてに失望したかのようないつもの仏頂面に戻っていた。
 その手がこちらに向くより先に、私は左手を前へ伸ばす。

 お互いに手を伸ばしあう私達。
 まるで引き裂かれた恋人同士のような光景だったが、それに割って入って来たのは私のホウキだった。
 思い切り加速を付けて私の手の前をピンポイントで通過させ、通り抜ける1瞬を逃さず柄を握りしめる。

 急激な加速に掴んだ方の肩が痛む。
 無視してそのままホウキに乗り、ペース配分を考慮しない最大速度でその場を離脱する。

 頭の中が、心地いいほどにクリアだった。
 ホウキに流す魔力にも、全くと言っていいほど無駄が無い。
 姿勢制御だって重心移動だけで賄えてしまう。

 不思議な興奮と爽快感に包まれながら、私は当たり前のように魔法の森を突っ切り、何の心配もなく南の里へと帰投した。

 まるでそれが当然のことであるかのように、鬼人正邪からの追撃は来なかった。





 まず妹紅にゲンコツを喰らい、続けて先生に頭突きを喰らい、そして阿求にとび蹴りを喰らった。
 稗田家の廊下を転がり落ちた私の懐に、これは私からです、などという声なき声と共に衝撃波が叩き込まれる。
 フラフラと立ち上がった私であったが、そこからさらに、これはケロちゃんの分よ! と再度妹紅からゲンコツを喰らった。

 どうも数があっていない気がしたのだが、それを口に出す私ではなかった。

 ―――もう5、6発殴られるべきです。

 そして物置という名の独房に閉じ込められるという古き良き非科学的で昭和的な方法で反省を促される私であったが、よくよく考えてみれば私を除いた他3人にとって昭和とは『つい最近』なのだと思い至ってジェネレーションギャップを感じる今日この頃、いかがお過ごしだろうか。
 平成生まれの私は元気です。
 八卦炉がいるからさびしくないもん。

 ―――バディ。反省してますか?

 そんな事よりもっと重要なことがある。

 ―――ダメじゃないですか。

 鬼人正邪。
 何だあいつ。

 ―――確かにあれは不自然でした。悪知恵が回ることや決断の早さに関してはまだ許せますが、弾幕のパワーが想像以上に強力でした。

 一輪といいあいつといい、最近の戦闘力のインフレっぷりはどうなってんだ。
 弱者が暴走する異変は終わったんだろ?

 ―――そのはずです。

 やっぱり私も修行とかしなきゃ駄目なのか。
 してるんだがなー。

 なあ八卦炉。
 なんか私は根本的な所を履き違えてる気がするぜ。
 あいつ本当に弱いのか?

 ―――どうでしょう。先の異変では自ら弱者を名乗っていたそうですが、あるいは天狗と比べて弱いとか、そういった意味なのかもしれません。

 あいつと『ごっこ』したときの記憶はあるか?

 ―――いえ。薄ぼんやりとだけで、まだはっきりとした自我はありませんでした。

 視界反転とか意味わかんない事してきやがった。さっきやられてたらきつかったかもな。
 まあ、準備とかタメとかいるのかもしれんが。

 ―――あの時のバディならその場で対応してしまいそうでしたよ。何やら文法のおかしい思考が流れ込んできましたし、あれは何だったのですか?

 んー?
 私もよくわかんないぜ。
 なんかこうイメージ的には走馬灯見ながら体を動かしたって感じだった。
 追い詰められて真の力に目覚めたのかもしれん。

 ―――まさか。

 自分でもうまく説明できないあの感覚。
 見てもいない物がどこにあるかわかると言うか、針の先ほどのとっかかりだけで未来が予測できると言うか。
 魔法の詠唱とかしてる時もトランス状態になったりするが、それとはまた別種な感覚。
 何もかもがスローで再生され、自分を客観的に見ているような。
 全てが手に取るようにわかるような、空間そのものを支配しているような妙な錯覚。
 ギューン、と頭の中が伸びていくような。
 なんとしても、ものにしたいところだった。

「……」

 しばしの後。
 どうやったら自在にあの状態になれるのか頭を悩ませ、やっぱりピンチになると覚醒するんじゃないかと思い至ったところで物置の鍵が音を立てた。

「出ろ。釈放だ」
「先生あんまりだぜ」
「あんまり反省してなさそうだな」
「そんなことないぜ」
「……まあいい」

 頭をグシグシと撫でられながらも、1時間ぶりの日光を全身で味わった。
 シャバの空気はうまいぜ。
 埃っぽかったし。

「まったく。独断専行もほどほどにしろ。吸血鬼に喧嘩売ったり妖怪のライブを聞きに行ったりと枚挙に暇がない。毎度毎度よく生きて帰って来れるな」
「帰れてないぜ」
「うん?」
「私の帰るべき家は、半壊しちまった」
「……そうだったな」

 2階部分がだいぶごっそり吹っ飛んでいたように思えたが、直るだろうか。
 天邪鬼七つ技術に期待すべきか。
 工房が無事っぽかったのは不幸中の幸いだったか。

 いずれにせよ、盗られた物は盗り返さなければ。

「まあ、命蓮寺への攻撃が上手くいったら奪還作戦を立てよう」
「ホントか!?」
「なんだかんだ言ってお前のおかげで妖怪の研究がかなり進んだところもある。やはり里外の拠点というのは貴重だ」

 よかった。
 私はてっきり命蓮寺への妨害もお流れになると思っていたのだが、杞憂だったようだ。
 そのうえ、我が家を取り戻す協力までしてくれると言う。
 これこそがチームの強み。ビバ退治屋。

 ―――その退治屋の意向を無視して暴走した結果が今回です。

 そん代わりよさげな必殺技を開眼したぜ。

 ―――安定して使えるようになってから言ってください。

 大丈夫大丈夫、すぐできるようになるぜ。

 ―――その楽観を止めてくださいってば!

 悲観的じゃ妖怪に勝てないぜ。

 ―――もー!

 キーキーうるさい八卦炉を適当にあしらい、先生と共に母屋へと向かう。
 そこにはいくらか怒りが収まったらしい妹紅と、1時間前と寸分たがわぬ表情を見せる阿求がいた。
 まだ怒っていらっしゃるようだ。

「いや阿求、悪かったぜ。頭に血が上って」
「座れよ」
「……はい」

 これ見よがしに葉巻の煙を吐き出しながら、阿求が私を部屋に招き入れる。
 テーブルを挟んだ反対側に腰を下ろすと、散々掻き毟ったのであろう側頭部に止血用と思しきガーゼが張り付けられているのが見て取れた。
 私が頭痛の種を増やしてどうする。

「ちったあ反省しましたか?」
「……はい」
「すでに占領され終わっている拠点に無策で突撃したところで何の意味もない事は理解できましたか?」
「はい」
「もう次から首輪でも繋いでおきましょう」
「いやちょっとそれは」
「あ?」
「……いえ、はい。繋いでください」

 ガーゼの上から頭皮をガリガリ削り取だす阿求に気圧され、了承してはいけない事まで了承させられた気がする。
 スゲー機嫌悪い。勢い余ってガラまで悪い。

 ―――当たり前です。

「まあ、よく無事に帰ってきましたよ。次からはちゃんと事前に相談してくださいね」
「……すいません」
「そうだぞ魔理沙。お前だけの問題じゃないんだ。個人的な事だと思ってないで少しは頼れ」
「はい」
「すっごい心配したんだからね?」
「……」

 愉快な仲間たちが大人の対応を見せてくれているにもかかわらず、大した返事もできない自分に腹が立つ。
 頭に血が上るとコントロールを失うのは私の悪いクセだ。
 致命傷にもなりかねない。

「本人も反省はしているようだし、このくらいにしておいてやろう。なあ阿求」
「そうですね。もうやっちゃダメですよ、3回目ですけど」
「はい」

 キレると見境が無くなる。
 これでは、妖怪連中のことも笑えなかった。

「あ、そうだ妹紅」
「うん? なにかしら」

 説教も済んだことだし、空気を換える意味も兼ねて例の感覚について聞いてみることにした。
 百戦錬磨の妹紅だったら、あるいは知っているかも。

「妹紅って戦ってるときにギューンってなったことあるか?」
「……慧音、通訳お願い」
「おそらく極度の集中状態におけるゾーンのことを言っているのだろう。イメージしたとおりに体が動くとか、自分を客観的に見下ろしている錯覚に陥るとか、時間が緩やかに動くように感じるとか」
「あ、それそれ、なんだ、よくあることなのか」
「なんでギューンだけでそこまでわかるのよ」
「先生だからさ」

 エスパーかしら、と不思議なことを呟くパイロキネシストだったが、イメージ的には近接戦闘が得意な奴の方がよくなりそうな感じがする。

「だが先生は体験したことはないな」
「私もわからないわ、なったことないかも」
「そーなん? ピンチの時に覚醒する感じだったんだけど」
「んー? ピンチにならないからかなー」
「こんにゃろう」

 危機感の欠如した蓬莱人にはゾーンとやらに縁が無いらしい。
 あ、そうだ、八卦炉どうだ。
 ゾーンってわかるか?

 ―――ロード中ロード中。

 何言ってるんだぜ。

 ―――冗談です。一般的には『区域・領域』といった意味で使われることが多いですが、心理学用語にもありました。

 心理学?

 ―――別名『フロー』とも呼ばれます。意味合い的には登録名『ビッチ先生』のおっしゃる通り、極度の集中状態における雑念の無い状態のことです。

 雑念が無いか、言われてみれば確かに脳みそを100パーセントそのために使ってるって感じがしたな。

 ―――外の世界ではスポーツ選手などがよく体験するそうです。テニスやバスケットボールなど。

 ふーん、危機感は関係ないのか。
 没頭するってニュアンスなのか?

 ―――うーむ。私も体験したことは無いため何とも。

 しかし参ったな。
 あの感覚に名前があることがわかったのは収穫だけど、なったことある人がいないとなると会得するのも難しそうだ。
 これを自在に発現できるようになれば、作戦成功率が飛躍的に上昇するだろうに。

 妹紅が知らないんなら誰も知るまい。
 そう思って諦めかけたのだが、思わぬ方向から手が上がった。

「私はなったことありますよ」
「え?」
「零の時から今まで何度も」
「マジで?」

 あの感覚を使えるらしい阿求が、ニヤニヤしながら勝ち誇ったような顔をする。
 どうやら見てきた走馬灯の数が違うらしい。

「見えないものが見えるような気がするんですよね」
「そうそう、それ」
「あー、私が前線でバリバリに活躍していた時はよくやってましたよ」
「お前司令塔じゃないの?」
「いいえ? 私毎回突撃してましたよ?」

 突撃!?

「そんなことしてるから毎回早死にするんだろ!」
「はーっはっはっは。まあ戦死、戦死、自爆、戦死、自爆、自爆、憤死、戦死、自爆ですからね、八の時なんて腹に爆薬巻いて河童の工場吹っ飛ばしてやりましたよ。鉄砲の製造を10年遅らせてやりました」
「テロリストかよ」
「いかにも」

 こともなげにとんでもないことを告げてくる退治屋のドンだったが、私には阿求が鉢巻を巻いて機関銃片手に突撃する姿は想像できなかった。
 実はすごい強いとか。

 ―――御阿礼の子は毎回短命だと聞いていましたが、てっきり体が弱いとかそういう方向性の理由かと思っていました。

 私もそうだと思ってたんだが、よく考えたら阿求って結構アウトドア派というか意外にあちこち動くもんな。
 案外その辺の人間より丈夫な方なのかもしれない。

 むしろとんだ狂犬だ、下手したら私よりひでぇ。
 こいつの走馬灯を一冊の本にしたら冗談みたいなスプラッタグロナンセンスになりそうだ。
 私みたいな青春ラブコメ冒険活劇にはならないだろう。

 ―――言われてみればバディがここまで懐いているのも、その辺の雰囲気を感じ取っているからかもしれませんね。格上の狂犬とかそんな感じに。

 やめろ。そういう事言うな。

「コツとか無いのか?」
「コツ? 発動のコツですか? んー、んー?」
「ねーのか」
「ロード中ロード中」

 本家ロード中を唱えながら阿求が頭を捻る。
 なんだか芳しくなさそうだが、自動発動だからコツとか無いとかだろうか。

「んー、無いですね。何度もやっているうちにできるようになりますよ、きっと」
「そんなもんか」
「変なこと言って先入観持っちゃうといけませんし、訓練の中で身に着けていきましょう」

 話はおしまい、とでも言うように阿求がポン、と手を合わせる。
 今日のお話はここまでのようだった。

「はいじゃあ、今日はここまでにしましょう。エックスデーも近い事ですし、先生は引き続き調査と作戦の詰めを、妹紅はサポートをお願いします」
「もう半月ほどか、早いものだ」
「タケノコまだ残ってるかしら」

「あ、魔理沙さんは居残りで」
「げっ」
「やーい居残りだー」
「うるさいぜ妹紅」

「たっぷりと搾り取られるといい」
「絞られるだけじゃすまないのか?」

 おちょくってくる妹紅と、不吉なことを言ってくる先生が揃ってポーズを決めながら退出する。
 部屋に阿求と2人っきりとなり、しばらく見つめ合ったまま黙って時間が過ぎるのを待った。
 まあ、八卦炉がいるから2人っきりではないか。

 ―――あ、私のことは気にしないでください。黙ってますので。

 なんで!?
 というかなんなのさっきから。
 私これから阿求にお仕置きと称して何されちゃうの?

「さて魔理沙さん、心の準備はよろしいですか?」
「何されるんだぜ」
「あんなことやこんなことです」

 そんな事を言いながら阿求が両手をワキワキさせてくる。
 普段だったらその淫猥な動きから連想されるのは登録名『ビッチ先生』であるが、仮にも大人のお姉さんである先生ならともかく、見た目だけなら私より小柄な阿求がやると犯罪臭が五割増しに思えた。

「いいだろう。こちとらこれでも魔女の端くれ、日頃のイメージトレーニングの成果をお前で試してやろう」
「累計7人産んで28人産ませてる私に敵うと思うのでしたら」
「産ませすぎだろ!」
「これもお家の繁栄のため、さて」

 本当なのかウソなのか絶妙なラインの数字を口にしながら、阿求が四つん這いの雌豹のポーズでジリジリとテーブルの上をにじり寄ってくる。
 対する私は蛇に睨まれた蛙、あるいは獅子を前にしたウサギ、もっと言うなら毘沙門天に追われる天邪鬼といった具合に硬直したまま、かつて先生に教わったフェロモンについてのトリビアを思い出していた。

 曰く、退治屋はモテる。
 特に男は超モテる。

 人間という生物は進化の過程で鼻が退化しており、フェロモンを感知する力も、放出する力もそのほとんどを失っているらしい。
 しかし、その退化した鼻でも検知できるほど濃厚な男性フェロモンを出す方法がある。
 その方法が、『命の危険を感じること』なのだそうだ。

 マンモスとぶつかり合っていた時代から、危機から生還した男こそ優等な遺伝子、という不文律がDNAにインプットされているらしい。
 そのため、マンモスが子犬に思えるほどの怪物相手に日夜戦闘を繰り返している我々退治屋は強烈に女性にモテるらしいと言うことで、阿求の言う28人産ませたと言う話もあるいは本当なのかもしれなかった。
 私はむしろ女性フェロモンの出し方を教えてほしかったのだが、『平和でいること』だという回答をもらって諦めることにしていた。

 これは『ヤンキーがモテる理論』の裏付けともなっているらしいが、なぜ私が今こんなことを思い出しているかというと、もし私が男だったら今まさにフェロモン大放出中なのだろうと思うくらい身の危険を感じていたからだ。

「むふふふふ」
「……な、なんだぜ」

 チロリと舌なめずりをしながら、阿求が私の肩に手をかけてくる。
 テーブルに乗っているためにいつもより視線が高い。
 そのせいで余計に迫力が出ていやがった。

 そのまま、肩に体重をかけられる。

 抵抗したいのは山々だったが、いくら鍛えているとはいえ腹筋の力だけでは阿求の体重は支えられない。
 徐々に傾いていく視点、預けられる体温。

 だが私は気付いた。
 そう、これは訓練なのだ。

 ついさっき言っていたばかりではないか。
 ゾーンを会得するには場数を踏むしかないと。

 つまりこれは安全に私を追いつめ、秘められた力をコンスタントに引き出せるようにするための訓練なのだ。

「重くないですか?」
「……」

 そしてなんかデジャヴ。

「ねぇ」
「あー、おもくないです」
「よかった」
「……」

 でもどけよ、と言ってみたかったが、やっと直ったご当主の機嫌を再び損ねる必要は全くない。
 むしろこんなことで阿求との関係が改善されるのであれば、安い方だと思うことにした。
 もう好きにしてくれ。

 ―――堕ちましたか。

 うっせー黙ってろ。

「私のー」
「はいはいお前のだよ」
「そうですー」
「はいはい」
「だーかーらー」
「……ん?」

 額を合わせながら、信じられないほどの至近距離で阿求が見つめてくる。
 微塵も視線をふらつかせることなく他人の目を覗き続けられるその胆力はさすが我々のドンだ。
 怖ぇえよ。

「勝手に出てっちゃダメですよ?」
「……わかったよ」
「よろしい」

 阿求の瞳が視界から消える。
 代わりに目の前に迫る喉元と、額に覚えた生暖かい感触に眉をひそめそうになるのをなんとか堪えた。
 なんでみんな私にそんな事したがるんだ。

「そんな嫌そうな顔しなくても」
「私ったら罪な女だことだ」
「むふふふ、私。こう見えて中身はお爺さんですので、若い女の子大好き」
「じーさんの割にはアグレッシブだな」
「生涯現役ですから」
「生涯が終わっても続くじゃねーか」
「何度でも何度でも何度でも、いくらでも」
「いつまで続けるんだ?」
「無論、勝つまで」

 阿求の胸元に抱きすくめられながら、私は大人しくその言葉と鼓動を聞いていた。

 格上の狂犬。
 八卦炉の失言だったが、阿求の、いや『阿礼』の執念を表す言葉としては案外的を射ているのかもしれない。

 転生と、記憶力。
 転生だけじゃ色あせる。
 記憶力だけじゃ続かない。
 両輪揃えて初めて稗田。
 幻想郷で最も妖怪と戦ってきた人間。
 妖怪に抗ってきた人間。

 私の眉を唇で整えようとしているこのお方は、私の大先輩なのだった。

「なんでそう、みんな私にそういうことしたがるんだ」
「あ、すいません嫌でしたか」
「いや、阿求ならいいんだけどさ」
「あれ? 脈ありですか? いやー、まいっちゃうなー」
「先生もまだ許せる」
「……あんのメス豚、妹紅だけに飽き足らず魔理沙さんにまで」
「メス豚って……」

 いきなり声色が怖くなった阿求が、私を抱きしめていた力を緩める。
 なんか嫌な予感がした。
 いやそれよりも妹紅だけに飽き足らず、ってことは歴代の御阿礼の子は妹紅とよろしくやってたりするのか?
 男だったこともあるらしいし、28人中の何人かは妹紅だったりするのか?
 蓬莱人って子供産めるのか?

「はぁ、なんで今回は女の体なんでしょうね。せっかく魔理沙さんの血を稗田に取り込むチャンスなのに」
「……お前が男だったら29人目を請け負ってやってたさ」

 なんなら3人くらい頑張れるぜ私。

 ―――ヒュー。霧雨家繁栄。

 シャラップだぜ。

「むふふふ。御阿礼の子が生まれたために分家の方で過ごしてもらっていますが、私の兄弟を紹介してもいいですよ?」
「え、兄弟いたのかお前」
「そりゃまあ、私って早死にすること請負ですので、跡取りを別に」
「親不孝にも程があるぜ」
「あなたに言われたくありませんが、その気があるのでしたら紹介しますよ? 七だった時の私に似て美形ですし」
「……考えとくぜ」

 頼みますよ、と私の胸に頭を預ける阿求だったが、正直あんまりその気は無かった。
 そりゃ、私だってもう15になるし、普通の女だったらそろそろ将来のことも気になってくる時期だろう。
 だが私は退治屋だ。
 現役で前線を張っている戦闘員だ。

 とてもじゃないが家庭を築くことはできそうにないし、我が夫となる者はさらにおぞましきものを見るだろう、ってところだ。

「……」

 阿求の手によってくすぐられるように触れられていたこの身体には、大小無数の傷跡がひび割れのように走っている。
 すり傷切り傷なんてものじゃない、弾幕と爪撃に晒され続けたこの数年が私の身体に現れていた。
 今しがた阿求に触れられていた手指だって、薬品によって爛れたり、砲撃の余熱で焦げたりして変な色になっている。

 早い話、女の体ではなかった。

「まあ、先のことを気にしすぎても仕方ありません。御家の繁栄なんて私の死後に他の者がやればいいのです」
「長生きしてくれや」
「それは、魔理沙さんの頑張り次第ですね」
「……」

 私の胸に頭を預ける阿求を、今日初めて自分の方から抱きしめた。

「私の最期は火あぶりだ」
「……?」
「魔女は火あぶりに掛けられるだろう」
「……させませんよ。その辺は私が何とかします」

 権力者なら押さえている、と阿求は力のある視線を向けてくれた。
 下らない差別などさせはしないと。
 頼もしい限りだったが、私が言いたいことは少し違う。

「全部終わってからだよ」
「終わってからですか?」
「そう、妖怪を倒しつくして、悪夢みたいな幻想が終わって、外の世界と合流して、あらゆるオカルトが消えて無くなったら」
「……」
「今度はこっちが化物扱いされる番だ」
「ああ、なるほど」
「きっと最初はヒーローだろう。銅像くらい立っちゃうかもな、なんせ妖怪を殲滅するんだぜ? それくらいあるさ」
「……」
「そんでそのうち誰かが言い出すんだ、『化物はまだ残ってる』って、後はSF小説でもよくある流れだ、その辺は先生も詳しいだろう」
「身を持って、ね」
「おう、人々が世代交代して妖怪を知らない奴が多くなって、次第に石を投げてくるやつが増えて来るんだ」

 かつて英雄と呼ばれた魔法使いは、魔王を倒したその後に、新たな怪物として畏れられる。
 魔法を知らない真人間から謂れの無い誹りを受け、解けない誤解と消えない風評の果てに取り押さえられる。
 そして古き良き中世ヨーロッパ由来の格式ある所作にのっとり、火あぶりに掛けられ灰になる。

「それでいい」
「……」
「水責めとかになるかもしれないが、まあ、リクエストくらいは聞いてくれるだろう」
「魔理沙さん」
「んー?」

 その時はお供しますよ、と信じられないくらい優しい声色が部屋に響いた。
 そうだな、その時は2人一緒だ。
 閻魔に全部終わったって言いに行こう。

「でも私、サムズアップしながら溶鉱炉に沈むのも捨てがたいです」
「なんだそれ」
「外の世界の映像作品です。先代萌田さんが再生装置1式揃えてたので、去年見せてもらいまして」
「なにそれズルい私も見たい!」
「はーっはっはっは。よーし、命蓮寺倒したら萌田さんから接収しましょう、どうせ使ってないでしょうし」
「くはははは。ナイスアイディアだ、それで行こう」

 幾百もの死線を越えた退治屋たちがケラケラと笑い合う。
 月末に迫った大仕事を忘れたかのように。

 敵は命蓮寺にあり。
 魔女が率いる妖怪の組織。

 ちょっかいかけるのが精一杯という体たらくの中、それでも世のため人のため。
 退治屋という名のド級のリスク、奴らに示してご覧に入れよう。

「……」
「……」

 示しあったわけじゃないけども、私たちの笑いが同時に止まった。
 総司令と、戦闘員。
 交わす言葉は決まっている。

「勝とうね」
「おう」

 それが明日の人類の希望となる。
 そう、心から信じることにした。





「作戦を説明する」
「その前に先生、なんで妹紅とそんな近いんですか」

 月末。
 昔の言葉では月末のことを晦日(みそか)と呼ぶらしく、12月の晦日をさらに大晦日と呼ぶらしい。

「いいだろ別に嫌がってるわけでもなし。なー妹紅」
「え? あー、えーと、うん」
「ちょっと妹紅! 何を!? 何をされたのですか!?」
「いや、別に、そういうんじゃなくて」

 私は大晦日しか知らなかったのだが、大人たち3人は当たり前のように知っていた。
 果たして常識の範囲なのか、失われた古代語なのか。

「いいからちょっと離れなさい。私の隣に来なさい妹紅」
「さすがにそっち行ったら狭くない?」
「両手に花です」
「いいから続けるぞ。あ、妹紅はこのままな」
「あ、うん」

 この3週間、先生はひたすら情報収集を行い、結局フェイントなしで今日この日に宴会が行われることを突き止めてくれた。
 さらに八雲と守矢への接触も成功したが、両者からの回答は『静観』であったらしい。

 そしてどうやら命蓮寺が誰かを雇っている雰囲気が感じられないらしく、逆にそれが不気味さを増長しているようにも思えた。
 先生に言わせればそれも大規模な陰謀への布石らしいが、そっちはあんまり考えなくてもいいと思う。
 むしろ一騎当千の誰かを、それこそ天狗でも呼ぶことに成功したとか、そっちの方が恐ろしい。

 阿求は阿求で他の四田王の面々と話を付け、命蓮寺の凶行に対して断固反対の姿勢を示すとともに、萌田さんが妖怪と手を組んだことを自警団に流布したらしい。
 その辺は先生も絡んでそうだが、私にはよくわからなかった。
 残りの四田王である羽田と田淵の当主は答えを濁す形で意見を保留しているという。
 たぶん来月には考えがまとまることだろう。
 今日を制した側に付くはずだ。

「私の妹紅が……」
「お前には魔理沙がいるだろ」
「御阿礼の子は代々ハーレムエンドにしか目もくれません」
「阿求よ。お前はそろそろ『寝取られ』というものに目覚めるといい、転生が楽しみになるぞ」
「……調子に乗りおってこのメス豚が」
「メス豚? さすがは泣く子も黙る退治屋の頭だ、言うことが違う」
「ちょ、ちょっとケンカはやめてよー、今日でしょ? 決行日」

 そして私と妹紅はひたすら訓練を続けていた。
 例のゾーンとか言う感覚を会得するべく、妹紅の炎をギリギリで避けるという常軌を逸した訓練を毎日のようにこなしていた。
 おかげであちこち焦げた。

 だが成果は芳しくなく、この3週間、1度としてあの感覚を呼び起こすことはできなかった。
 先生が言うには妹紅に殺気が無いからじゃないか、とのことだったが、そんな気もするし、だからと言って妖怪を連れて来て訓練の手伝いをさせることもできない。
 かと言って稗田邸で飼われてる番犬たちじゃあ、動きが単調すぎて訓練にならなかった。

 つまり、進展が無かった。

「関係ない話はここまでにして作戦を説明する。アテンション」
「くっ」
「本日行われる命蓮寺の人間食べ放題企画。通称『宴会』だが、これを許すわけにはいかない」

 メガネの位置を直しながら、先生が会議の再開を告げる。
 だが聞いていた感じ、退治屋の立ち位置は以前とほぼ変わり無いように思えた。
 退治屋は『宴会』を止めたい、しかし止めるだけの戦力は無い。
 それを承知で尚、傍観はできない。

 稗田の発言力低下、命蓮寺の増長、妖怪にとって有利なシステムの成立。
 そして何より、失われる人間の命。
 どれ1つ取っても、見過ごせる内容ではない。

 その為、退治屋は今日、攻撃に出る。
 出撃は宴会が始まる18時過ぎ、完全に日が落ちてから。
 夜は妖怪の時間などと言う幻想を、叩き潰しに行く。

 ただし。

「出撃は魔理沙のみだ。妹紅は西の里で待機とする」
「……そっか」
「え!? なんで!? 私も行くよ!」

 慌てふためく妹紅であったが、私の方はなんとなくそんな気がしていた。
 ここのところ阿求や先生がやたら優しかったり、昨日の夕飯がキノコ尽くしだったり、親父への手紙を早く書き上げるように言われたり。
 こんな事になるならもっと優しくしてあげればよかった、と後から言うことのないよう精一杯の愛情を注がれていたように思われた。
 なんとなくそれを察しつつも黙ってそれを受け止めていた私は大人だ。

「今回の作戦は成功確率が著しく低く、生還できない確率も高い」
「だからって!」
「さらに相手は魔法使い。それもこちらの遠見術式や望遠術式を軽々と妨害するレベルだ。前にも言ったが妹紅すら打倒しうる」
「そ、それだって別に憶測でしょ!? できないかもしれないじゃない!」
「宝塔で魔界にすっ飛ばされたいのか?」
「え? なにそれ」
「……あー、そういう術式があるらしい。聖白蓮を魔界に強制転移させた術式はまだ生きているそうだ」

 そうだそれがあった。忘れてたな。
 そのエピソード自体がほんとかどうか怪しいと思っていたが、先生の調査なら間違いないだろう。
魔界か、最悪自力で戻って来れるだろうか。

「無論、作戦の成功よりも生きて帰る方が優先だ。まずいと思ったら速攻で逃げろ。特に封獣ぬえが出てきたら迷うな」
「わかってるよ」
「ねぇ、ちょっと本気? 本当に1人で行かせるの!?」
「……」
「……」

 ああ、先生が頑なに妹紅をそばに置いた理由がわかった。
 今先生が手を離したら、妹紅はきっと私を引っ掴んで逃避行にでも繰り出すだろう。

「足手まといだぜ妹紅。引っ込んでな」
「何言ってるの!」

 今にも先生を振り払わんばかりの勢いで妹紅ががなり立てる。
 ほとんど悲鳴にしか聞こえないような声色ったが、それも阿求によって制される。

「妹紅。決まった事です」
「そんな……!」

 微塵も納得してなさそうな妹紅だが、相手は阿求だ。
 血が出るほどに唇を噛みながらも、大人しくその場に座り直してくれた。
 チリチリとリザレクションの煙を口から吐き出す妹紅を見て改めて思う。なんでこいつはこんなにいい奴なんだろう。
 私より先生より阿求より、この中で一番多くの血を見てきたはずなのに。
 1000年生きても色あせない他人への思いやりは、生まれ持って物なのか、はたまた親のしつけがよかったからか。

「心配すんなよ。ちょっと撃ってぱっと帰ってくるぜ」
「……うー」
「そうだ。心配はいらない」
「そうですそうです」

 ―――バディなぜでしょう。フォローされるたびに不安が増していきます。

 たぶん本気で成功確率低いんだろう。来年の今日は私の命日かも。

「中止に追い込まなくていい。退治もしなくていい。ただ、被害を与えろ。それで退治屋の勝利とする」
「しないじゃなくて、できないの間違いだろ?」
「言葉を選んでいるんだから合わせろ」
「へいへい」

 落ち着いたと判断したのか、妹紅の腕を離しながら先生が言う。
 邪魔さえできればそれでいいと。
 それで勝ちだと。

 それはいいんだが。

「ところで先生、肝心の作戦は?」
「正面突破」
「……ごめん。よく聞こえなかったぜ」

 なあ八卦炉、お前聞こえたか?

 ―――いえ、よく聞こえませんでした。

「正面突破の一撃離脱だ。お前の言葉を借りるなら『ちょっと撃ってぱっと帰ってくる』だな。なかなか的を射ていた」
「無策かよ」
「無策じゃない、正面突破だ。それが1番撤退しやすいんだ」
「……マジで?」
「いいぞ、無理そうなら中止でも。正直お前が無理だと言うならそれも仕方がないと思ってる」
「初めてのお使いじゃねーんだから」

 ―――やはり真上から。

 よせやい。

「まあいいや、わかったぜ」
「うむ、撤退のタイミングも任せる。仏罰の地上代行者を気取る阿呆どもにそれがどれほど無謀な事なのか教育してやれ」
「へいへい」

 近年稀に見る短さだった作戦会議が終わりを告げ、夜まで自由時間となった。

 ちょっと1人になりたいと言って、私は3人を残して立ち上がった。
 もちろん里外に出る気は無いので、1人で平気だ。
 八卦炉さえいてくれればそれでいい。

「……昼は外で済ますぜ」
「え? いいんですか?」
「うん」

 障子戸を開けながら背後の向ってそう告げる。
 返ってきた答えは不満なような驚いたような、微妙な声だった。

「せっかくのキノコタケノコ和解フルコースが」
「……悪い。自分で決めたいんだ、何を食べるか」
「……」

 もしかしたらすでに用意してくれていたのかも知れなかったが、今日は遠慮することにした。
 最後になるかもしれないし。
 好きな物より、豪華な物より、食べたいものを食べたかった。

「夜には戻るぜ。夕飯はいいや、出撃前になるし」
「……はい」

 廊下に踏みだし、3人を残して戸を閉めた。
 泣きそうになってる妹紅から目を逸らし、頭を振って阿求の部屋を後にする。
 屋敷の廊下を進みながら、私は先生の言葉を反芻していた。

 『正面突破』。

 1番撤退しやすいからなんて先生は言っていたが、言い変えるならそれ以上に有効な作戦が思いつかなかったってことだ。
 先生と阿求の2人掛かりで思いつかない。
 それはもう、存在しないと言ってしまっても過言ではないだろう。

 ならば証明しよう。
 正面突破という選択が正しかったということを。
 我らが参謀は、正しく最良の作戦を授けてくれたのだと。
 この身を賭けて証明しよう。

 そう決めた。

「……とは言え」

 ブーツを履き、里へと繰り出す。
 空を見上げれば、晴れと曇りの間くらいの天気だった。
 晴れて欲しい所だ。
 気分的にもそうだが、雲山のこともある。
 あいつたぶん天気に影響受ける系だろ。

 最近開拓した南の里の散歩コースを回りながら、財布の中身を確認する。
 1番価値の低いお札が数枚と1番価値の高いお札が1枚、あとは小銭が少々。
 人生最後の食事は何にしようかな。

 ―――縁起でもない事を。

 どこ行こうかな。
 前から行ってみたかった所はここ数週間で制覇したし、いざ行ってみたらそんないい所ばかりでもなかったし。

 懐石料理とかいう奴はとにかく味がしなかった。
 タケノコの刺身とやらは竹林で採れたてを食った方がうまかった。
 寿司はそこそこうまかったが、あの酢飯ってやつがどうも苦手だった。
 いっそ色物ならどうだと挑戦してみたキノコ料理専門店には失望させられた、焼き方がまるでなってないし、マイタケより松茸の方が高額な時点で物の価値をわかっていないと言わざるを得ない。
 そして遠くに見える4階建ての高級レストランにいたっては、そもそも舌に合わなかった。あそこはたしか田淵さんの所だったはずだが、四田王の割には趣味が悪い。

 どれもきっといい食材を使っているのだろうが、私には金持ちの道楽としか感じられなかった。

 あーあ、何食べよっかな。

「……お?」

 ふと、焼肉屋の看板が目に入った。
 前に先生に連れられて来たことがある店だった。
 その時は夜だったが、狭い店ながらもいい肉を使っており、結構おいしかったことを思い出す。
 どうやら昼でもやっている店の様で、営業中と書いてあるのぼりやランチメニューの書かれたポスターなどが目に入ってきた。
『サービスランチ』などという久しく見ていなかった庶民感覚あふれる単語についつい引き摺られてしまう。

 焼肉か。
 しばらく食べてないしいいアイディアに思えたが、1人で焼肉というのもさびしいものだ。
 うん、仕方がない、他所にしよう。
 ふらふらその辺を歩いていれば、またいい店を思い出すかもしれない。
 いざとなったら走馬灯で思い出せばいい。

 ―――バディ。焼肉にしましょう。

 ん? いや、戦う前に肉ってのもありっちゃありだが、流石に1人で焼肉は恥ずかしいぜ。
 肉そんな好きでもないし。
 八卦炉がメシ食えればなぁ。

 ―――バディ。

 ……どした?

 ―――登録名『もこたん先輩』が接近中、速度から考えて全力ダッシュの模様。

「……あちゃー」

 道行く人々を華麗な足さばきで滑るように避けながら、妹紅が息を切らせて走ってくる。
 さすが先輩、良い動きするじゃないか。

「はーっ、はーっ。み、見つけた……」
「どうした妹紅。この里じゃ息を切らして走るのは貧乏人のすることなんだぜ?」
「はふー。心配、しなくても、私はこの里で、一番、いいとこの生まれよ」
「そうだったな藤原のお嬢様よ」
「ふふっ、とんだ、お転婆、だったけどね、ふー」

 服の袖で額を拭う貴族であったが、その動作は完全に農夫のそれだ。

「……」
「……」
「……じゃあ、入ろうぜ」
「うん」

 なんか用か、なんて野暮なことを聞く気はない。
 私は妹紅の手を引き、ドアを開けた。

 今日の昼飯は、焼肉に決まりだ。

 意気揚々と入店したのはいいものの、店はあいにくの満席でしばらく待つことになりそうだった。
 それにしても来てくれたのが妹紅でよかった。
 阿求だったら緊張しちゃうし、先生だったら退治のことが頭をよぎる。
 うちで一番の癒し系だ。

 というかもう、1人になりたいだなんて言っておきながら、妹紅が来てくれたことを普通にうれしく思っている自分に驚いた。
 ほんの数年前まで無頼の魔法使いだったのに、いつのまにか私も『退治屋』になっていたらしい。
 しがらみは増えたが、もっといいものも増えた。

 いまさら何言ってるんだって感じではあるが、改めて思う。
 仲間ってのはいいもんだ。

 ―――アレですよバディ。1番好感度が高かったヒロインが決戦前に会いに来るシーンですよ。

 積極的にモノローグを台無しにしてくる八卦炉を無視し、待合スペースにも置いてあったメニュー表を手に取る。
 中には単品の皿の他にセットメニューの項目もあり、リーズナブルな価格でご飯とスープが付いてきてお得な感じであった。

「妹紅どれにする?」
「あ、メニューだ。ここにもあったのね」
「セットにしとくか」
「そうねー、どれがいいかなー」

 無邪気にページをめくるもこたんに癒されるのはいいのだが、自分でもどれにしようか決めなければならない。
 どれにしようかな。
 八卦炉どれがいい?

 ―――そうですね。そのページのセレクトセットというのはどうでしょう。カルビとロースが固定でタン・ハラミ・ホルモンから1皿選べます。

 お、いいじゃんいいじゃん、それにしよ。
 タン塩食べたい。

「私決まったぜ」
「え!? もう!?」
「判断の早さも大事だぜ」
「え、えーっとえーっと」

 ペラペラと大急ぎでページを行ったり来たりする妹紅。
 どうやらカルビセットにしようかハラミセットにしようか悩んでいるようだった。
 セレクトセットにすれば両方食べられるものを。

「よーし、これにする。ラッキーセット」
「……そんなのあったか?」

 妹紅が指さすのは、明らかにキッズ向けなイラストがふんだんに盛り込まれたカラフルなメニューだった。
 見ていたのはハラミではなかったようだ。
 里内最高齢であるはずの妹紅がお子様ランチというのもどうなのだろう。
 肉の量も少なそうだし、いいのだろうか。

「これ子供向けの奴じゃないのか?」
「えー? でもくじ引きでアタリが出たらオモチャもらえるよ?」
「釣られちゃうんだ」

 よく見れば、そのラッキーセットの横には竹細工と思しき小さな人形の写真が貼ってあった。
 当たるとこれがもらえるらしい。

「なにそのメーカーが知恵絞って子供受けを狙おうとした結果、どうしようもなくチープになりました感が漂う人形」
「えー? 厳しすぎるよ魔理沙。可愛いじゃない」
「いやまあ、いいんだけどさ」
「それにさ、いいじゃないラッキーって、祈願よ祈願」
「祈願ねえ」

 ラッキーか、確かにやれること全部やったら最後は運だ。
 そういった意味じゃいい祈願かもな。
 この竹細工人形の吹き出しに『君の幸運を祈る!!』なんて書いた奴も、まさか今日まさに死地に向かう戦士がこれを読むとは思っていなかったことだろう。
 これもまた縁か。

 ―――バディもこっちにしますか?

「……妹紅、私はこっちにするぜ」
「セレクトセット? あ、こっちもよかったかも」
「私は『幸運』より『選択』を重視するぜ」
「……そっか」

 ひな鳥の巣立ちを見守る母親のように微笑みながら、妹紅が私の頭に手を伸ばしてくる。
 ふいに訪れた優しい感触に、不思議な懐かしさを覚えた。

「ちゃんとそういうことも考えられるようになったのね、えらいえらい」
「お前は私のかーちゃんか」

 頭を振って妹紅の手を払いのけ、メニュー表を元の場所に戻す。
 なぜか神妙な顔をしている妹紅が、払いのけたにもかかわらず再び頭を撫でてきた。
 やめんか。

「母親かー、私にそんな資格があるのかな」
「私の親父と結婚すればいいぜ」
「……考えておくわ、ってあれ? 再婚してなかったっけ?」
「まあな、物心ついた時にはすでにいたぜ、私そっくりなパツキンのチャンネーが」
「異人さん?」
「イタリアの人だってさ、親父の趣味がよくわかるぜ」
「ふーん」

 私の実母は吸血鬼異変の被災者の1人だが、育ての母のおかげで特にさびしい思いをしたことは無かった。
 もしかしたら親父は私が変な疑問を持たないように『似た母親』を探したのかもしれなかったが、それは言わないことにした。
 まあ、私に向かって『お前のかーちゃんデベソ』などと言ってお袋に殴られるような親父だ、そんな気遣いとは無縁だろう。
 たぶん単純に金髪が好きなだけだろう。

 妹紅と共に飯を食い、食後に軽く散策して回ったところで結局退屈になって屋敷に戻ってきてしまった。
 面白かったことと言えば、例のラッキーセットの景品の人形、あれがアタリではなく実はハズレの残念賞だったことくらいなものだ。
 見事それを手に入れたはずの妹紅の釈然としてなさそうな顔は今思い出しても笑える。

 さて、屋敷に戻ったら戻ったで阿求にいじめられたり先生にセクハラされたりで落ち着かなかったが、まあいい、賑やかなのにもいい加減慣れた。
 気が付けば日も暮れ、出撃時刻が迫っている。
 作戦も立てた、訓練も積んだ、道具の整備も完璧。
 あとは野となれ山となれ。

 稗田の屋敷の中庭で、空を見上げてみる。
 そこに在るはずの星々は雲によって遮られ、隙間から僅かに覗く月明かりだけが地上を照らしていた。
 もしかしたら今頃、一輪も同じ空を見上げているのだろうか。
 邪魔する側の私ですらこんなにドキドキしているんだ、主催者である向こうさんの緊張はこんなものではないのかもしれない。

 暗く、静かで、澄み切ったような空気が満ちる中、私の体の内側ではマグマのような熱量が解放の時を待っていた。
 同じ空の下、妖怪どもが宴を始めている。
 あいつらが、あいつらが、あいつらが、勝手気ままに生を謳歌してやがる。

 終わらせてやるさ。
 人食いどもの人生なんて。

「小便は済ませたか?」
「……先生か、準備は万端だぜ」

 背後からの声に、意識を夜空から地上へと戻す。
 そこには退治屋の参謀がメガネを直している姿があった。

「仏様にお祈りは?」
「それは向こうがすることだぜ」
「部屋の隅でガタガタ震えて……」
「は?」
「……いや、なんでもない」

 なぜか残念そうな先生はどうでもいい。
 どうせまたなんか漫画のネタだろう。

「……なんだよ先生」
「ゴメンな。いつもお前にばかりを危険な目に合わせて」

 先生と私じゃ体格が全然違う。
 だからこうしていると、まるで包み込まれるような気分になる。
 清潔そうな髪の香りを漂わせながら、先生はその両腕に力を込めた。

「お前を子ども扱いするつもりはないんだ。ただそれでも、お前が飛んでいく姿を見送るのは辛い」
「全然気にしてないぜ、戦える大人がいないんだから私がやるしかねーだろ」
「先生は時々本気で情けなくなるんだ。妖怪と戦うなんて、そんな事は大人がすべきことだ、知恵と力のある大人こそが危険に身を投じるべきだ」
「……いいっての。先生は頭脳担当なんだからバックアップに徹してくんないと困るぜ」
「いっそお前に謂れなんて無ければ、せいぜい偵察くらいしか任せなかったんだがな」
「しつけーぞ先生。私はこれでいいんだ。他に誰がいようと私も一緒に出撃するさ。最前線こそが私の居場所だぜ」
「……そうか、ありがとうな」
「……」
「死ぬなよ。食われる人間たちなんてどうでもいいからお前だけは死なないでくれ」
「わかったよ」

 陰謀論こそウザったいものの、常日頃から気丈に振る舞う先生がいつになく気弱だ。
 これは私も気を引き締めなければならないということだろう。
 それよりもそろそろ時間だ。
 阿求たち2人が遅れてやってきたのを認めた先生も、名残惜しそうに私を離した。

「魔理沙さん。準備は良いですか?」
「おう。行ってくるぜ阿求」
「ちゃんと帰ってきてくださいね」
「任しとけ」

「幸運を祈るぞ2人とも」
「おう。あんがとよ先生」
「行ってくるね」
「お前は待機だぞ?」
「わかってるわよ!」

 今回の作戦、妹紅は西の里まで一緒に行くが、阿求と先生は屋敷で待機となる。
 2人とはここでお別れだった。
 なぁに、またすぐ会えるさ。

 だからちゃんと帰ってくるために。

「「「「グッドラック」」」」

 そう、4人が声をそろえた。

 玄関まで付き合ってくれた2人に見送られ、私と妹紅は里の外へと飛び出す。
 戦闘用の装備1式と、いくつかの小道具を持って夜空へと駆け上がった。

 グングン遠くなる稗田の屋敷に別れを告げ、2人の退治屋が宵闇を裂く。
 夜は妖怪の時間。
 いつもなら一笑に付す慣用句だったが、今日はとてもじゃないが笑えない。
 さっきより気持ち程度大きめに顔を覗かせる月も、この視界いっぱいに広がる夜を照らすには役者不足のようだった。

 久方ぶりの里外。
 この無法地帯では、力無きものは呼吸することにすら許可がいる。

「すっかり寒くなってきたね」
「そうだなー」

 よくない事に、屋敷を出た直後くらいから時折私の鼻先に冷たいものが落ちてきていた。
 まあ、パラつく程度の小雨だ。作戦に影響は出ないだろう。

 それに加えて日も落ち、気温も低くなってきている。
 マフラーが必要なほどではなかったが、飛んでいると少々頬が痛む。
 並走するように飛ぶ妹紅も手がかじかむのか、ハーハーと息を吹きかけて暖を取っていた。

「妹紅、それやると余計寒くなるぜ」
「え? そうなの?」
「付着した水分が気化して熱を奪われる」
「……え? 1000年くらいずっとこれやってたよ」
「くはははは、当時は水の三態なんて概念なかっただろうしな。気付かないってのは幸せなもんだ」
「えー?」

 納得いかなそうに唇を尖らせる妹紅だったが、遠くの方に見えてきた景色が目に入ると意識を切り替えてくれたようだ。

 里本体の十数倍もの面積を誇る農地と、田畑の間を縫うように走る縦横無尽の用水路。
 夏も過ぎ、収穫を待つ田んぼがちらほら見える。
 あちらの水田で外来の苗から増やしたワサビが栽培されているかと思えば、こちらの川沿いでは数年前に確立された川エビと鮎の養殖場が僅かな月明かりに照らされて頼りなく輝いている。

 ここは西の里。
 幻想郷最大の農業地帯にして幻想郷最多の漁獲高を誇る人類の生命線。

 それら美しくも力強い人々の営みたちを指で作ったファインダー越しに覗きながら、私たちは里のちょい手前くらいでランディングの姿勢に入る。
 減速しながら高度を制御、それと同時に地面に向かって力場を展開、無理なく停止。
 地味に難しい着地を完璧にこなす。我ながら見事なものだった。

「明かりもう点ける?」
「おう、やろうぜ」

 里の端の方、里全体を囲う柵のすぐ外にあった建物の近くに陣取り、簡単な松明を2つばかり設置する。
 なんの建物かは知らなかったが、たぶんデカめの倉庫か何かだろう。
 妹紅に火を点けてもらい、三脚に固定して自立させる。
 帰ってくるときの目印兼、待機する妹紅が暖を取る用だった。

「……」
「火、消えないわよね。このくらいなら」
「大丈夫だろ」
「そうよね」

 妹紅が手のひらを掲げて雨脚の強さを確かめる。
 この程度の雨なら、きっと問題は無いだろう。
 雨脚強くならなきゃいいな。

 そう思いながら空を眺めていると、ふと、里の方で明かりが減ったように思えた。
 どこかの民家が電気を消したのかと思ったが、どうやら松明のせいで相対的に暗く見えただけのようだった。

 この里に住む人々は今頃何をしているのだろうか。
 遅めの夕食を家族で囲っているのだろうか。
 同僚たちと小銭を持ち寄って1杯ひっかけているのだろうか。

 それら人々の尊い営みに背を向ける。
 眼前に広がるのは明かりの届かない夜の領域。

 遠く。
 田畑を隔てて300メートル強。
 気が遠くなる程に広がる暗がりの奥に、ぼんやりとした光が見える。

 ターゲットの、命蓮寺に灯る明かりだった。

「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜ」
「うん、行ってらっしゃい。慧音が言ってた宿とって待ってるからね」
「ああ、軽く倒してきちゃうぜ」
「危なくなったら飛んでくからね」
「いや、お前は待機しててくれよ」
「飛んでくから」
「……しょうがない奴め」
「えへへ」

 ―――本当に来てしまいそうですね。

 そん時はそん時だ。
 妹紅をコントロールできなかった阿求たちに責任がある。

「時間だ」
「うん」

 ―――やっとですか。待ちくたびれましたよ。

 ああ、待たせたな八卦炉。

 ―――早く早く! 待っていられません! 早く私を戦場に!

 これこれ、ドウドウ。
 まったく、頼もしい奴め。

「グッドラック、魔理沙」
「グッドラック、妹紅」

 言葉と同時にホウキに飛び乗り、再び暗闇の夜空へと駆け上がる。
 頬を叩く雨粒を舐めとり、私は里に手を出した愚か者たちに向かって加速した。
 人里に手を出すことはハイリスクな事でなければならない。
 退治屋という、稗田という名のリスク、その身に刻んでやろうじゃないか。

 時刻は一八○○。
 天候は小雨、気温は肌寒いくらい。

 では、退治屋出撃だ。





 適当なところでホウキを止め、望遠魔法を展開する。
 50メートルほど離れた所に一輪の姿が見え、さらに奥には命蓮寺の明かりが見えた。
 この距離では米粒みたいな大きさにしか見えないが、魔法で視力を水増ししてやれば、向こうもこちらに気付いていることが伺える。
 例のガスマスクに隠されて、その表情を読み取ることはできなかったが。

 1人か。

 ―――敵性妖怪は3体です。

 一輪と付喪神と?

 ―――登録名『スモーカー大佐』です。身体をかなり薄く広く分布させています。

 雲山か、そりゃいるか。
 それよりぬえは?
 あと他の警備員的な妖怪も。

 ―――検知できません。いないのかもしれません。

 そんな馬鹿な、いないはずがない。
 雨に紛れている可能性も高い。
 念入りに探せ。

 ―――了解。

 言いながら自分でも索敵魔法を展開。
 視力の水増しと併用させて付近を調べる。

 しかし探せども探せども敵影は1つしか見つからない。
 まさか本当に単騎なのか。いや単騎じゃないけど、あいつらだけなのか?

 ―――バディ。やはり検知できません。

 不自然だ、異常と言ってもいい。
 そんなこと絶対に、ありえないはずだった。

「……あの野郎」

 それでもたった1つ。
 たった1つだけ可能性があるとしたら。

 ―――バディ。見えますか?

 ああ見えるぜ。
 あの野郎、ケンカ売ってやがる。

 雨と望遠魔法で若干歪む視界の先。
 遠くの方で佇む一輪が、手のひらを上に向けながら私を手招きしていた。

 『来い』と、そう言っていた。

 ―――舐められたものです。

 まったくだ。
 あいつ、誘ってやがる。
 いっちょまえに、退治屋相手に挑発かましてやがる。

 ―――しかし戦力は1対3、普段なら選択の余地なく撤退ですが。

 そうはいかねえ、それにこっちは2人だ。

 ―――私を数にいれていいので?

 それだけ頼りにしてるってことだ。

 ―――光栄です。期待に見合う活躍をしてみせましょう。

 さあ行くぞ、チャージに50。

 ―――了解。完了まであと20秒。

 私の右手を介し、魔力の奔流がミニ八卦炉へと流れ込んでいく。
 あやかしを貫く人間の火が、悪夢を消し去る魔女の光が、私の手の中で静かに装填されていく。
 たっぷり20秒かけて充填されたエネルギーが、余熱となって指先に伝わってくる。
 それが私には、獲物に向けて解き放たれるのを待ち望んでいるように思えた。

 ―――チャージ完了。

 飛行に60、反動殺しに10、弾幕に30。

 小難しいことは考えなくていい。
 それがこんなにも、心地いい。

 目的、『宴会』の妨害。
 二次目的、『雲居一輪』の退治。

「覚悟はいいか、一輪」

 私はホウキに鞭を入れ、標的に向かって一直線に加速した。

 意気揚々と飛び込んでみたはいいものの、お互いの距離が20メートル程度にまで近づいたあたりで異変に気付いた。
 ダメージチェッカーや心理障壁、簡易索敵等々、私が常時発動させている魔法はいくつかあるが、そのうちの1つからアラームが挙がっていた。

「……?」

 迫ってくる雲山の拳を避けつつ、一輪が放ってくる弾幕を打ち落とす。
 そのはざまにアラームの内容を確認し、私は慌てて連中から距離を取った。

 ホウキを180度反転させて来た道を逆走。
 何事かと喚く八卦炉を無視して、真後ろに向かって弾幕を放つ。

 スターダストレヴァリエを使いたかったが、今はたとえひと言でも呪文を口にしたくなかった。

 アラームを挙げているのは有害物質検知の魔法。
 警告内容は『塩素ガス』。

 雲山の拳が、入道の身体が私を掠めるたびに、そのアラームは異常な濃度のガスが存在することを報告してきた。

「……!」

 息を止めながら追いすがってくる弾幕を掻い潜り、なんとか安全圏にまで離れていく。
 向こうもある程度までしか追う気は無いらしい、あくまで寺の護衛に努めるつもりのようだった。

「ぐえ、げほっ、げほっ」

 ―――バ、バディ。どうしました!? 大丈夫ですか!?

 涙と鼻水を袖で拭って体勢を立て直す。
 軽く吸い込んじまっていたらしい。

「あの野郎、そういうことするか」

 あの空域一帯に有毒ガスが満ちていやがる。

 雲入道の毒ガス化。
 その為のガスマスク。
 その為の秦こころ。
 感情制御とBC兵器の両輪。

 どうやって実現してるかも予想はついた。
 まったく、よく考えたもんだ。

 ―――どうしますか? 戦闘中止ですか?

 いや、戦闘は続行する。

 宣言と共に呪文の詠唱を始めた。
 本来なら空中戦の最中にのんきに呪文なんて唱えられるはずもないのだが、今日は特別だ。

 向こうがガスマスクなら、こっちは潜水魔法。
 薄い空気の膜を自分の周りに展開し、私は周囲の空気との循環を断った。
 上を向いてみれば、やや強まってきた雨が私の真上で見えない壁に弾かれるのが見える。
 よしよし、機能してる。

「10分くらいしか持たねえが、まあ行けるだろ」

 ―――了解、バディ。

 ホウキに乗って再加速。
 地面に点在する水たまりでしぶきを上げながら、私は再び一輪へと向かっていく。

 またも鳴り響くアラームを黙らせ、連中の弾幕を掻い潜るように飛び回る。
 視界は悪いが問題は無い。
 熱と妖力で位置はわかる、殺気もまるで消せていない。
 それじゃ私には当たらねーよ。

 ミサイルのような誘導弾、見かけだけの大玉、ばら撒くような散弾。
 無数の拳、レーザーのような光線、水しぶきのような挙動の弾。
 それらをすべて回避しながら、私は思う。

 一輪はこの雲をどこまで精密に制御できるのか。

 塩素ガスは猛毒だ。
 吸い込むのはもちろん、肌に触れただけで侵食されるはず。
 量が量なら深刻なダメージとなるだろう。
 ガスマスクに長袖の法衣、はかまに隠れてよく見えないがひざ下くらいにまでありそうな厚手のブーツ。
 そして皮手袋。
 そんな程度では防ぎきれまい。

 制御が完璧なら、マスクは不要。
 自分ごとだからこその、完全防備。

 『覚悟有り』。
 そんな気迫が感じられた。
 あの一輪から。

「洗剤を品薄にしやがったのはお前だな?」
「……」

 撃ち合いをしながらの問いかけ。
 当然のように答えは返ってこないが、私にはガスマスク越しに一輪が笑みを作っているのが見えた。
 そんな気がした。

 ―――『混ぜるな危険』と書いてあったでしょうに。

 まったくだぜ。
 苛性ソーダとかの方が手っ取り早そうなのにな。

 ―――彼女も無い知恵絞って工夫したのです。言わないであげましょう

 くはははは。お前も言うようになったもんだ。

 声には出さずに笑いながら、花火のような閃光弾を撃ち放つ。
 周囲に降り注ぐ雨のせいで威力が減衰されるも、それは一輪を怯ませるには十分のようだった。
 その1瞬の隙を突き、私は八卦炉を構えた。

 距離は10メートル強。
 撃てば当たる。

 ―――4パーセント程魔力を自然放出してしまいました。

 問題ねえ。
 当たれば堕ちる。

「恋符」

 言いながら、一輪と命蓮寺の直線状に来るよう位置を調節する。
 避けたきゃ避けろ。

 苦し紛れに飛んできた雲山の拳を、空中を蹴るように飛んで躱す。
 そのまま軸線をぶらさぬよう、反動殺しを展開した。


「マスタースパーク!」


 瞬間、待ってましたと言わんばかりに八卦炉が雄たけびを上げた。
 妖怪を倒すための武器が、その存在意義を存分に発揮する。

 金色に輝く人工の熱線。
 妖怪すらをも打倒しうるパワー。

 タメこそ時間がかかれども、ひとたび発動すれば天狗にも止められない。

 それこそがマスタースパーク。
 稀代の退治屋の代名詞。

 その砲撃が、とっさに飛び込んできた雲山の両腕を消し飛ばし、胴体を貫き、後ろにいた一輪に直撃した。
 極太の熱線が何もかもを消し飛ばす。
 砲撃の通った跡には、ナズナ1本残らない。

「……」

 ―――馬鹿な。

「……やるじゃん」

 誰にも止められない。
 そのはずであった。

 土煙の向こう。
 大げさに立ち込める煙の後ろ。

 そこには数珠を構えた一輪の姿があった。

「……」

 相変わらずマスクに覆われていて表情は読めない。
 あるいはその顔は苦痛に歪められているのかもしれないが、確かにそこに立っていた。

 ―――バディ。何かしらの障壁系の術が展開された形跡があります。

 防がれたってのか。
 私の砲撃が。

 ―――いえ、どちらかというと減衰させられました。

 く、雲でか?
 そんな馬鹿な。

 ―――私の砲撃は空気中でも減衰しますし、水中ならさらに著しく減衰します。雲中では試したことが無いので判然としませんが、その中間くらいかと。

 曇ったって数メートル程度だぞ?
 さっきの威力だって……。

「ぬおっと」

 放心していたところに弾幕が降ってきた。
 危ない危ない、当たるところだった。

 ―――バディ。集中している所に失礼します。避けながらでいいので聞いてください。

 なんだよ。

 ―――憶測ですが、先ほどの砲撃は過剰に減衰していたように思えます。いくらなんでもあんな小娘風情に私の力が止められるはずありません。

 ……そうだな。

 心の中で応えながら、一輪に向かって反撃を放つ。
 不安定な体勢であったが狙い違わず飛んでいった私の弾幕は、雲の拳によって弾かれてしまう。
 大部分が蒸発したはずの雲山だったが、またその巨躯を取り戻しつつあった。
 やはり雨の日のこいつは厄介か。

 ―――おそらく、相手が『雲』だったからです。

 何だそりゃ。

 ―――バディ。謂れの力です。推測ですが、私の砲撃には『日光』の属性が付与されています。

 は? そんな機構ねーよ。
 マスタースパークはただの熱光線だ。

 ―――その通りです。ですが、バディの持つ謂れの発端は吸血鬼異変、詰まる所我々は『対吸血鬼』のアヴェンジャー。

「……」

 ―――それ故に日光という吸血鬼特効の謂れが付与されたのではないかと推測します。

 八卦炉の推測を聞きながら、私は少し一輪から距離を取った。

 対吸血鬼だから、日光。
 日光だから、雲で止まる。

 八卦炉。

 ―――はい。

 頭使ってくれたところ悪いが、たぶんハズレだ。

 ―――そうでしたか。よろしければ根拠をお聞かせください。

 そう苛立つなよ相棒。

 いいか?
 魔法はオカルトじゃねーんだよ。

 ―――え?

 冗談とかじゃない。
 魔法は歴史と理論を持つ物理法則だ。
 何でもありじゃないんだよ。

 そもそも日光属性ってなんだ、紫外線か?
 波長が短い成分は雲で拡散しやすいかもしれないが、他の光には関係ない。
 それ以前に温度が高すぎて水分なんて触れた側から蒸発しちまうよ。

 第2に『謂れ』ってのは負い目だ。
 向こうが勝手に怯むだけで、こっちに何かが付与されるわけじゃない。

 第3に、私は対吸血鬼じゃない。
 発端は吸血鬼でも、東の里を食い荒らしたのは在来の妖怪だ。
 少なくともあのレミリアが部下にそれを許すとは思えねーよ。
 私はあくまで対妖怪。
 もっと言えば対『東の里を襲った妖怪及びその関係者』だ。

 ―――そうでしたか。

 そして第4に。

 ―――まだありますか。

 あれだ。

 私が見据える先で、数珠を構える一輪が黒ずんだ何かをそこらに捨てた。
 水たまりで跳ねるその木片のような何かを、私はかつて見たことがあった。

 もっとも、その時はUFOだと思っていたのだがな。

 ―――飛倉の破片!? 類似品を稗田の屋敷で見ました!

 妖力のバッテリー兼ブースト装置。
 破片1つで持ち主の力を格段に底上げする飛宝。

 たぶん、秦こころの感情制御もあれで底上げしてたんだろう。
 そうじゃなきゃ、敵対する人物のやる気をピンポイントで削ぐなんてマネができるはずがない。
 退治屋以外に影響出したら奴らの大義が崩れるし、その辺は慎重にやったはずだ。

 真新しい破片を懐から取り出し、一輪はまたも弾幕を展開してくる。
 だが、その威力も速度も今まで通り大してことは無い。
 飛倉はあくまで防御用、時間稼ぎに徹する構えらしい。

「……」

 針に糸を通すように弾幕の切れ目を掻い潜りながら、私は心から反省していた。

 舐めていた。

 雲居一輪を舐めていた。

「……」

 金魚のフンだと思っていた。
 ヘラヘラしてて、真剣みが無い。
 本気になること自体が馬鹿らしいと思っている感じの、そんな雑魚だと思っていた。
 大した交流があるわけでもないが、私はそんな風に思っていた。

 それがどうだ。
 今やこいつは退治屋とまともにやりあうレベルにまで到達している。
 そりゃ私だってそう強い方じゃない。
 歴代の退治屋でも下の方だし、仮に幻想郷強者番付みたいなものがあったら、余裕のランク外だ。

 上から見りゃ論外な私だが、それでも下から見りゃ脅威なはず。
 それなのに。

 なにがあった。
 何がこいつを変えた。

「……ケッ」

 私は一旦、距離を取った。
 その場から数十メートルは離れ、完全に塩素ガスの射程距離外へ。
 呼吸しづらそうに荒い息をつく一輪が、遠くに見える。

 ―――バディ。撤退ですか? 既に目的は達せられていると言えますし、いい判断だと思います。

 いや、撤退はしない。
 まだまだ全然、退治屋って名前のリスクを思い知らせちゃいないだろう。
 ただ……。

 ―――ただ、なんでしょう。

「ただ、ちょっとばかし敬意を表す」

 私は腰かけていたホウキの上に立ち上がり、自分の胸にポンと手を置いた。
 お気に入りの白黒の服から、完全に黒衣の衣装へ。

 材質やデザインはもちろん、物理的な装甲も魔法的な装甲も考慮に入れ、いくつかの補助魔法を自動で発動してくれる優れものだ。
 その補助魔法も少なすぎては役に立たず、多すぎては消費が激しい。
 そんな、ギリギリのバランスを臨んだ最適解。

 持久性を捨て、全力戦闘を行うときの服だった。
 伏兵の可能性を考慮すれば持久力を捨てるのは悪手かもしれないが、今この瞬間を生き残るためにはこれが必要であった。
 そう判断させるだけのものを、一輪は持っていた。

「さあ」

 一旦潜水魔法を解除し、大きく深呼吸する。
 降り注ぐ雨で頭を冷やし、新鮮な空気を肺に満たす。

 そして、二度とその空気を吸えなくなる覚悟を決めた。

「死ぬにはいい日だ」

 セリフと共に八卦炉に口付けを1つ、今更ながら今日の勝利を祈願する。

 ―――不衛生ですのでおやめ下さい。塩素ガスの残滓が付着しているかもしれませんし、……今回はしないと思っていたのに。

 どうりで調子がでない訳だぜ。
 行くぞ八卦炉。
 潜水魔法に5、心理障壁に5、装甲に5、飛行に25、チャージに60。

 ―――了解、完了まであと17秒。

 遠くの方で一輪が構えを取るのが見えた。
 この距離で何を撃っても無駄な事は向こうもわかっているだろう。
 さっきから心理障壁をチリチリとひっかいてくる秦こころの感情制御も、どうやらこっちの防衛能力の方が勝っているようで気にするほどの効果も無い。
 ざまぁみろ。

 だが、こちらもここから砲撃を放っても意味がない。
 一輪に撃っても避けられるだろうし、寺に撃っても防がれる。

 狙うは2パターン。
 至近距離から一輪を撃つか、一輪をどかして寺を撃つか。
 寺自体にもなんらかの障壁はあるだろうが、関係ない。
 仮に倒壊しなくても、『宴会』に支障をきたせられればとりあえずはいい。

 私はどちらかでよく、向こうは両方を防ぐ。
 しかしグズグズしてたら、『宴会』が終わってしまう。
 さらにぬえの参戦もありうる。

 どっちが有利なんだかわからなかったが、やるしかなかった。

 ―――チャージ完了。

「あいよっ」

 私にだけ聞こえるゴングを合図に、ホウキを発進させた。
 潜水魔法に5、心理障壁に5、装甲に5、飛行に10、魔法に75。
 都合3度目の突進。
 ただし、今度の狙いは―――。

「ブレイジングスタァ!」

 魔法の発動と共にさらなる加速。
 こちらに合わせて飛んでくる弾幕を最小限の動きで避け、こちらも負けじと弾幕を張る。
 数十メートルの距離が数秒でゼロとなり、慌てて飛びのく一輪の真横を掠めて通り過ぎる。
 そして急減速、さらに180度ターン、地面に足をついてなるべく回転する半径を小さくし、間髪入れずに再加速。
 向こうが振り向くより早く、向こうが構えるより早く。

 開いた距離が再び縮む。
 妖力を練る暇も与えない連続した攻撃に対して、向こうが取れる手段は限られている。
 そしてこういう時、慣れてない奴ほど安易な手段を取っちまうもんだ。

「雲山!」

 ガスマスク越しに響く声。
 それに呼応するように巨大な拳が私に向かって飛んでくる。
 なるほど、高速で突撃してくる敵に対して面積の大きいモンをぶつけるのはいかにも有効そうだった。

 アマチュアが相手ならな。

 とんでもない相対速度で迫ってくる拳に対し、私はホウキを蹴り飛ばして飛び退き避ける。
 着地と同時に魔法を展開、ブーツに仕込んだ無詠唱魔方陣を発動し、短時間ながらもホウキで飛ぶのと同程度の加速を得る。
 自分で視界を遮った一輪が、次に目にするのは左右から迫りくる私とホウキ。
 八卦炉を携えた退治屋と、未だ発動し続ける無人のブレイジングスター。
 指先をクイ、と動かせば、軌道を修正されたホウキが狙い違わず向かっていく。

 どうする一輪。
 波状攻撃なんて受けたことあるか?

 どちらを対処するべきか迷いだす一輪は、その迷い自体が致命的だということくらいはわかっているだろう。
 わかっていっても、身体は止まる。
 その辺はほら、場数踏まなきゃ。

 そんでもって。

「チャージ完了」

 迷う一輪を無視して、雲山が独自に動き出す。
 だが遅ぇ。
 雲が流星に追いつけるものか。

「ナロースパーク!」

 『左手』を突き出しながら叫ぶ。
 腕を砲身代わりにした細めの砲撃が一輪のやや前方、避けやすい場所を穿つ。
 身体を捻るだけで避けられるところに撃ったにもかかわらず、一輪はすっ転げるように飛び跳ねて大げさに身を躱した。
 でかいのが来るとでも思ったんだろう。
 続けざまにホウキを制御、左手でナロースパーク撃ちながら、それを避ける軌道で一旦上空へ飛ばし、一輪の真上から強襲をかけさせる。
 大きく体勢を崩したところに死角からの突撃、これで決まってもおかしくなかったのだが、生意気にもまたすんでのところで避けられた。

 地面に突き刺さるホウキ越しに、一輪と目が合う。
 まあ褒めてやろう。
 だが、実戦で転げて地面にケツ付けたら、もう終わりだ。
 苦し紛れに放ってくる弾幕を避けるついでに私は大きく跳躍し、ホウキ無しでやや飛行、一輪の身体を飛び越える。
 再び命蓮寺を遠くに見ながら、射線が重なるように武器を向けた。
 さあ。

「恋符」

 今度こそ八卦炉を突き出し、目の前の一輪に照準を合わせる。
 横から薙ぐように振るわれた雲山の拳を見ないで避け、突如としてガスマスクから飛び出してきた薙刀を右手で殴って横に弾く。
 弾く直前に手放していた八卦炉を左手で受け取り、射線をずらすことなく引き金を引いた。

 瞬間、引き攣った顔の獲物が悲鳴をあげる姿が見えた。

「マスタースパーク!!」
「……っ!!」

 光と共に放たれる轟音。
 勝利のために相棒が吠える。
 最後のあがきも無駄に終わり、一輪の姿が砲撃の中へ溶けていった。

 ま、頑張ったよ。
 あとは雲山だが、目的も果たしことだしここらで引いてもいいかもしれない。
 一輪を失って暴走する可能性も無きにしも非ずだが、そん時は……

 ―――バディ。敵性妖怪健在です。

「……」

 八卦炉から聞こえてくる声。
 耳には入っていたが、頭には入っていなかった。

 ―――訂正します。健在ではありません。ダメージは甚大。登録名『雲山のおまけ』及び『ガスマスク面霊気』は戦闘不能と判断します。

 すぐそこに転がっているのは下半身が吹き飛んだ秦こころと、全身くまなくやけどを負った雲居一輪。
 とっさに面霊気がガスマスク形態を解除して押しのけたのかもしれない。
 それはいい、雑魚キャラなりによく頑張った。

「おい八卦炉、何が見える。私は何を撃ちぬいた」

 ―――詳細は不明ですが、ごく普通の小屋に見えます。

 さっきの砲撃、私はわざわざ射線上に命蓮寺が来るように角度を調節して撃った。
 一挙両得を狙いつつ、王手飛車取りをかけたのだ。

 ―――不可解です。あそこには先ほどまで命蓮寺が存在していました。ですが今は小屋の残骸が転がっているだけです。

 この夢から覚めたみたいな感覚は、今まで違うもんに見えてたことが不思議に思えるこの感じは。

「……幻術?」
「ぶっ……ぶはぁ!」

 視界の端で一輪が笑う。

「ふは、あっはははは! すげぇ! 退治屋すげぇ! あはははははは!!」
「おい、あれはなんだ」
「さ、3人、いや4人がかりだよこっちは! あー、いてててて」

 雨に濡れる顔をひくつかせ、湯気を上げながら一輪が笑う。
 してやったりとでも言うように。

「雲山、解除して」

 その声に合わせ、遠くの方でビシャビシャッという音が聞こえた。
 同時に塩素ガスのアラームも消える。

 ……ガスマスクが無くなったからか。

「あーあ、ひっどいなぁ。せっかく移築してきたのに」
「あ?」
「ナズの家、あーあ、かわいそ」

 ―――バディ! 上を!

 八卦炉に言われて空を見上げた。
 同時に誰かが降ってくる。

「うおう、これこれ、ここまでやることないじゃろが」

 私と一輪の間に降り立った尊大な態度のタヌキを無視し、私は上を見続ける。
 そんな奴より見るべきものがそこにあった。

「ここは儂が預からせてもらうぞ―――ってうわ、ちょっとこれ酷過ぎるぞ、え? なんでここまでできるんじゃ? ちょっとこれ移植とか必要なレベルじゃないかえ?」
「マジすかマミさん」
「うわっ喋った! ってこころー! 足はどうした足はー!? テケテケみたいになっとるぞ!」
「……付、神は、……のためなら、よろこんで……捧げ……」
「し、しっかりせんかー!!」

 あの形状、あの体積、あの質量感。

 ―――移動要塞、『宴会』、正体不明の種。

 星蓮船、船形態、命蓮寺、ネズミの別荘、二ツ岩マミゾウの変化の力。

 ―――地上は囮!

 やられた! そしてマズイ!

 慌ててその場から飛び退き、躊躇うことなくホウキに飛び付く。
 次の瞬間、さっきまで私が居た場所に奇妙な形の銛が突き刺さった。

「……っ」

 そして飛び込んできたその銛には先客がいた。
 胸元から銛を生やしたそいつは、目を見開きながら痙攣する指先でカリカリと地面をひっかいている。
 その先端に貫かれている『人物』が誰なのかわかった瞬間、思考が止まった。

 お前は、待機のはずだろうが。

「もこ……」

 ―――バディ撤退を! 救助は不可能です! 逃げてください!!

 三つ又の串刺しをもろにくらい、肺と心臓をまとめて地面に縫い付けられた同僚が酸素を求めて口をパクつかせている。
 炎すらまともに顕現できないほどに衰弱したその様子から、上空でどれほどの激戦を繰り広げたのかが伝わってきた。
 相手はおそらく、いや、それもすぐ判明するだろう。

「かくして役者は全員演壇へと登り、暁の惨劇は幕を上げる」
「……貴様」
「許す」

 祝詞のように何事かつぶやく一輪は、ケロイド状になって何とか形を保っているだけの腕を高々と掲げた。
 わざわざ待ってやる必要はない。
 一挙動でホウキに飛び乗り、そのまま一直線にその場から離脱する。
 妹紅の救助は諦めた。
 あとで死ぬほど後悔するだろうが、2人とも死ぬわけにはいかなかった。

「私が許す!」

 飛行に100。
 私が自分にそう言い聞かせるのと同時に、背中の方から一輪の声が響いた。
 高らかに、しなやかに、勝ち誇るように。
 今日の主役は、自分だとでも言うように。

「仕留めて鵺さん!!」

 死刑宣告を放ってきた。





 装甲を放棄。
 常時起動魔法を停止。
 飛行に120ッ!

 瞬間、空気抵抗に負けたトンガリ帽子が後方へと吹き飛んでいく。
 飛ばされた帽子は私自身が巻き起こす風によってヒラヒラと中空に漂ったかと思うと、追いすがる異形の手によってズタズタに引き裂かれた。

「クキャキャキャキャキャキャ! 逃げろ逃げろ木っ端みじんになっちまうぞー!」
「……ちっ」

 あの帽子、家のカギになってるんだがどうしてくれようか。

 ―――家を取り返してから考えましょう。それまで頭部が残っていたらの話ですが。

 冗談キツイぜ。

 ―――失礼。私も付喪神として成長するにつれ、徐々に人に近い人格が形成されつつあるようです。

 つまり?

 ―――絶望的すぎて笑えて来ました。

 そりゃないぜ。

「ぐぅぅ……」

 極端な加速に視界が歪む。
 状況は、非常にまずい。
 まさに絶体絶命だ。

 ―――バディの現在の速度は時速39キロメートル、敵性妖怪の速度はおよそ時速35キロメートルです。

 やったぜ。勝ってるぜ。
 直線のレースとかならな。

 心の中で返事をしながら、私はホウキを右へ左へ上へ下へ。
 雨あられのように飛んでくるぬえの弾幕を回避する。

 当然、避ければ避けるほど速度は落ちる。
 速度が落ちれば距離が縮まり、距離が縮まれば密度が増していく。
 そして1発でも当たれば……

 ―――木っ端微塵になると予測します。

「クソが」

 姿勢を低く、空気抵抗を最小限に。
 回避は弾が身体を掠めるように、ロスを最小限に。

 感覚からして残存魔力は全快時の半分以下。
 1つはナローだったとはいえ、3発も撃ったのは不味かったか。

 ―――西の里まで直線距離およそ200メートル。20秒も掛かりません。持ちこたえてください。

 あいよ。

 封獣ぬえ。
 千年越えの大妖怪。
 中身こそバカっぽいものの、その妖怪としてのパワーは命蓮寺随一。
 目立たない、というか正体を見せない妖怪ゆえに影が薄いが、こいつだけは山に住んでてもおかしくないレベルの妖怪なのであった。

 妖怪どもが言うところの『天狗級』。
 人間では絶対に勝てないランクの住人。

 そんな妖怪が、息遣いすら聞こえて来そうな距離にまで迫って来ていた。

 冗談じゃない。
 ここまで来て終われるか。
 何としてでも逃げ切って見せる。

 ―――バディ。後方から35発。カーブ4、シュート6、奇数弾21、誘導弾4。

 多彩だなおい。

「んなろっ」

 後ろを見ている暇はない。八卦炉のナビと妖力の気配を頼りにホウキを操縦する。
 大きく避けたい心をぐっと抑え込み、次々飛んでくる弾幕どもを掻い潜ってひたすら前へ。

 ―――次弾20発。あらぬ方向。

 あらぬ方向ってなんだと思っていたら、確かに私を無視するかのように弾幕がすり抜け、前方へと飛んで行った。
 避けることを読んだのかもしれないが、それだったら直撃狙いが併用されるだろう。

 よくわからない気持ち悪さがあったが、それもすぐに解消された。

 ―――次弾28発、偶数弾24、誘導弾4。先ほどの弾幕に変化有り、逆走してきます。

 八卦炉の忠告と同時に、さっきあらぬ方向に飛んで行った弾幕どもがUターンするように空中ではねる。
 前後から来やがったか。
 どう計算しても避ける隙間が無い。
 ドバドバと無尽蔵に放ってくるエネルギーに挟まれ、やむを得ず大きく下に逃げる。

 避けられたはいいものの、そのせいで大幅に速度をロスしたがためにぬえとの距離が一気に縮まってしまった。
 弾幕の速度も回避の猶予も、なにもかもが私に不利に働く。

 八卦炉のナビのおかげで何とか避けられているものの、直撃を喰らうのも時間の問題だ。
 現にさっきから何発かが身体をかすり、火傷のような痛みがあちこちに走っていた。

「キャーッキャッキャッキャッキャッ! 追ぉーい付ぅーくぞー! 痛っつぅぅ……」
「……ちっ」

 ザスッ、とやな音をさせてホウキがぶれる。
 もう、その爪が届くほどの距離にまで迫られていた。

 ―――後ろを見てはいけません。次が来ます!

 わかってるよ!

 目いっぱいに加速しながら、手首に仕込んでいた札を取り出した。
 そいつを5枚まとめて歯でちぎり、真後ろに向けてポイ捨てする。
 着火用の火花を放つその符がぬえの目の前で破裂、敵が怯んだ隙に加速を重ねた。
 里まであと15秒、逃げ切って見せる。

 強風にあおられながら、私とぬえがデッドヒートを繰り広げる。
 主に私だけが一方的にデッドなのはご愛嬌だ。

 幸い、ぬえの弾幕の狙いは荒い。
 妖怪らしい大雑把な性格が反映されているのか、飛行中の追い撃ちなんて訓練を積んでいないのか。
 この距離ででも、避けられないことは無い。
 集中力さえ続くのなら。

「あーもう! いっつつつつ……。このっ、ちょこまかとぉぉ!」
「……へっ」

 背後から聞こえてくる苛立ちの叫びに、勝機を見た。
 口元に笑みを浮かべる余裕すら出てくる。
 ついでに弾幕でもお見舞いしてやろうかという気にすらなってきた。

 油断とも余裕ともつかない心の緩み。
 即座に反省して集中し直す私であったが、そんな1瞬の隙を、悪霊は見逃してくれなかった。

「うっそだろ」

 ―――ぐぁ、……て、敵性……妖怪……。

 遠く、里の上空。
 視線の先、ずっと先。

 ぶっとい葉巻をピコピコ揺らし、貧相な身体で仁王立ちするその姿。
 立ち上がる、否、本人からしたら『立ち下がって』いく煙にその身を晒し、世のすべてに失望しきったような仏頂面で睨みつけてくる。
 頭を下につま先を上に、上下さかさまにふわりと浮かんだ幻想郷のテロリスト。

 そいつの姿を見た瞬間、冗談ではなく呼吸が止まった。

 ―――敵性妖怪接近。登録名『クソ反則天邪鬼』。

 鬼人正邪。
 このタイミングで。

 終わった。

 もうおしまいだ。

 前門の天邪鬼、後門の鵺。

 勝ち目がない、どうしようもない。

 鬼人正邪はぬえみたいに雑な弾幕は張らないだろう。

 執拗に、徹底的に、してほしくない事をしてくるだろう。

 鬼人正邪が腕を振るいぬえが気付いて埋め尽くされる。

 ―――バディ。どうか……なんとか……。

 遠く遠く、視線を交わす天邪鬼が、宣戦を布告するかのように声を上げる。
 彼方にあるはずのその声だが、私にはまるで耳元でささやかれているかのように感じられた。

「恩も仇も、仇で返す」

 磔刑に処された聖者の如く、鬼人正邪が両腕を広げる。
 逆十字なのがいかにもそれらしい。

「さぁ、私に勝ってみろ」

 次の瞬間には視界いっぱいに埋め尽くされるほどの弾幕が展開され、こちらに向かって射出された。
 なんて滑らかな弾幕なのだろう。
 出現したタイミングが認識できない程自然で、ポーカーフェイスを貫く鬼人正邪からは僅かな殺気も感じられない。
 後ろに迫るぬえと違って、美しさすら感じるほどに静かな攻撃だった。

 弾幕自体は大した速度じゃないし、大した威力でもないだろう。
 だが、空間どころか空域まるごとを埋め尽くすほどデタラメな量の弾幕。
 これではまるで壁だ。
 色も黒っぽく、夜空に溶け込み位置を把握しきれない。
 ごっこ遊びだったら余裕の反則負けを食らうような弾幕が、私の方に肉薄していた。

「……」

 あまり弾幕の量に視界が単色に塗り潰される。
 距離感が掴めないように計算された悪意の塊、鬼人正邪からの王手だった。

 避けるには広すぎる。
 端まで移動する間にぶつけられる。
 スピードも緩められない。

 受けるには強すぎる。
 一発で致命傷を喰らう程じゃなさそうだが、それでも入院が必要になるレベルの怪我は負いそうだ。
 仮にそれすらない程弱い弾幕だったところで、ぬえに追いつかれるという未来を変えることはできそうにない。

 撃ち落すには速すぎる。
 向こうの速度はそれほどでなくても、こっちは全力で近付いている最中だ。
 弾幕を練る余裕はないし、ギチギチに敷き詰められた壁に何発撃ち込めばいいかもわからない。

 詰みだ。

 絶望一色に染まる視界の中で、弾幕の向こう側に佇む鬼人正邪の姿を幻視した。
 見えないはずの景色、天邪鬼は泣きも笑いもせず、ただつまらなそうでもなく。
 知りえないはずのその表情は、まるで何かを期待しているかのようだった。

 さらにその景色の先には里があり、さらにさらにその先に、稗田の屋敷が見えた気がした。
 さらにさらにさらにそこには、私の帰りを信じる……。

 飛び跳ねる、真後ろに壁、そこに居る、避けるために。
 急速に伸びていく視界。
 僅かな月明かりの加減で殺意までの距離を測る。
 弾幕まであと10メートル、時間にして約1秒。

 ホウキを破裂、アレを盾にして。
 耳に掠める風切り音が教えてくれる。
 封獣ぬえが真後ろにいることを。

 魔法使いは詰んでからこそが本番だ。
 ホウキを思い切り立たせて急ブレーキ、足がかりにして飛び跳ねた。
 バック中のような要領で完全に上下が逆転する。
 頭のすぐ側をぬえが掠めていく。
 脇腹を押さえている。
 程なくして炸裂音。

 鬼人正邪の弾幕にホウキが破壊された。
 背後で飛び散る破片。
 首筋に飛んできたものを後ろ手で捉える。
 空中でたたらを踏むぬえが、ブレーキと共に身体を起こす、そのまま盾にする。
 鬼人正邪の弾幕を防ぐ盾にするために、こいつは私の真後ろにいた。
 だから、飛び跳ねれば後ろを取れる。

 ぬえが撃ち抜かれる。
 やっぱり大した威力じゃない。
 怯むだけで倒れることは無い。

 だが、穴は開いた。

 いつか、鬼人正邪が似たようなことをしていた。
 弾幕に穴をあけ、間に滑り込む。
 火の輪くぐりの真似事の先。
 第2陣の弾幕が見えた。
 鬼かあいつは。

 だが、私の方が速い。

 そのまま自由落下。
 着地寸前で減速、からの受け身。
 間髪入れずにブーツに仕込んだ加速術式を起動。

 走る。
 鬼人正邪と言い合っているぬえと目が合う。
 無表情ながらもほんのちょっとだけ楽しそうな鬼人正邪とも同時に目が合う。
 降り注ぐ弾幕。
 通るコースが手に取る様にわかる。
 今どこに弾幕が来てるのか見えるようにわかる。
 この距離であたるものか。

 走る。
 田園風景の先。
 来る前に設置した松明がもう見える位置にある。
 大丈夫、消えてない。
 ジグザグに走って狙いを定めさせない。
 田んぼに張った水がバチャバチャと足を取る。
 摩擦制御を付けておいたのは大正解だった。

 走る。
 やたら正確な偏差撃ちが飛んでくる。
 鬼人正邪だろう、なんとなくわかる。
 それでも走る速度に緩急を付けるだけで避けられる。

 走る。
 息を止める。
 あと20メートル。
 大丈夫、息は持つ。
 あとは走るだけ。

 走る。
 ふと、視界が明るくなる。
 相変わらず弾幕が至近弾となって地面を穿ってくるが、その閃光ではない。
 もっと根本的で、もっと大がかりで、そしてもっと偉大な明るさ。
 全身に満ちる充実感、この場を満たす高揚感。
 フルパワーで回転する頭脳と肉体が、空を見ろと喚き立てる。
 その導きに従い、あごを上げた。

 跳躍。
 歩幅を合わせ、思い切り地面を蹴る。
 里の周囲を囲む柵、害獣の侵入を阻み、地域住民に安心を与えてくれるありがたい柵。
 申し訳ないと思いながらもそいつを足蹴にし、里の内部へと飛び込んだ。

 高く、高く、これでもかと言うほどに高く跳ねた私の目に、綺麗な星空が飛び込んでくる。

 空は、とっくに晴れていた。





 勢い余って大通りの中まで入り込み、通行人に正面衝突してやっと止まることができた。
 夜なのにやたら往来に人が多いと思ったが、さっきのドンパチの音を聞きつけて出てきたのかもしれなかった。
 もしくは命蓮寺での宴会のことが気になっていたのかもしれない。
 あるいは、家族が今まさにあそこで食われてるとか。

 過呼吸によって目がチカチカし、全身から血の気がスーっと引いて行くような疲労感を覚える。
 疲れた。
 尋常じゃないほどに疲れた。
 もう、1歩も動けない。

 ―――バディ! お見事です! よくぞあの追撃を掻い潜りました! もう安心です! ゆっくり休んでください!

 ホウキぶっ壊れちまった。

 ―――気にすることはありません。彼は役目を全うしたのです。きっと本望だったでしょう。

 妹紅が……。

 ―――あー、それも後で考えましょう。今夜できることはもうありません。明日稗田の屋敷へ戻って報告をしましょう。

 妹紅が、やられた。
 待機だって言ったのに、言うこと聞かないで飛び出しやがって。
 ああくそ、独断専行されるってのはこういう気分なのか。
 私は今までどれだけ悪いことをしてきたんだ。

 ―――バディ。それを理解できただけでも収穫としましょう。まずは休みましょう。

 封獣ぬえは万全ではなかった。
 恐らく、ダメージを与えた人物がいたからだ。
 私が連戦だったように、向こうも連戦だった。
 無傷同士だったら、逃げ切れなかった。

 妹紅、嘘だろ。
 死んじゃあいないはずだ。
 向こうだって交渉の材料にしてくるかもしれないじゃないか。

 ああ、くそ。
 これが『未帰還』か。

「……」

 つい先ほどまで隣にあったはずのぬくもりが消えている。
 胸を貫かれて口をパクパクさせている辛そうな顔が頭から離れない。

 助けに行きたい。
 今すぐ寺に引き返して砲撃を叩きこみたい。

 堪えきれずに溢れた雫がこぼれぬよう、その場に仰向けに倒れた。
 衆人環視の下だったが、気にすることは無かった。

「おい、退治屋か?」
「……あー?」

 満天の星空を涙で滲ませていた私の視界に、見覚えのある前髪が入って来た。
 服装こそ違っていたが、その侮辱したらプッツンしそうな髪型を見違えるはずが無かった。

「大丈夫かお前。仲間は?」
「……」

 捕えられた、と言おうとしてやめた。

「大丈夫だ」
「そうか。……お前、もしかして寺に? 退治屋が強襲かけるって話はマジもんだったんか?」
「……3人くらいぶっ飛ばしたんだがな」
「3人も?」

 信じられないといった表情のリーゼントに抱えられ、体を横向きにされる。
 乙女の柔肌にベタベタと触られるがこちらには抵抗する気力もなく、なすがままに足を組まされ、腕を伸ばされ、喉元を晒され頭だけ上を向けられた。
 回復体位か。別に意識ははっきりしているのだが。
 それにしてもさらっとやってのけるとはいい訓練を受けてやがる。
 問題は地面がまだ水浸しな事だけだ。

 せっかくなのでそのまま楽にさせてもらい、かけてもらった上着で暖を取りながら動ける程度にまで回復を待った。
 いくらか降ってくる質問に適当に答えつつ思う、こいつ南の里が担当じゃなかったのか。

「なあ、あんた南の里で見たぞ。向こう担当じゃないのか?」
「いろいろあんだよ」
「去年、東の里でも見たな。そんなころころ動くものなのか?」
「……幹部候補だからな」
「そうか」

 ―――おそらくですが登録名『萌田家当主』による……、あれ? なんで?

 どうした八卦炉。

「……ああ?」

 八卦炉からの返事が聞こえるより先に、周囲の通行人どもからどよめきが走った。
 ざわざわという声が大きくなるより、そこに至ってようやく私も異変に気付いた。

 この妖力は、ついさっき見た。

 ―――敵性妖怪接近。登録名『クソUFO野郎』。

 今日、初めてまともにぬえを見た気がした。
 さっきまではとても恐ろしい化け物に思えていたぬえだが、よくよく見ればあちこち傷だらけ、火傷だらけの身体であり、よくもまあそんな状態で私と追いかけっこができた物だと感心するほどだった。
 私これでも結構速い方だと思うのだが。

 それにしてもなんだ? 恨み言でも聞かせに来たか?

「なんだテメーこら。ここがどこだかわかってんのかオラ」
「……」

 憎悪の感情を隠そうともしないぬえに、リーゼントが食って掛かる。
 いい度胸だ、肝も据わってる。
 こいつ、こんなところで飼い殺されているより退治屋の方が向いてるかもな。
 妖怪を見た時に恐怖より先に憤りを感じるあたりが特に。

「わかったらとっとと帰んな。マジウゼェんだよ」
「……」

 ぬえとの間に立ちはだかるようなその背中に、妹紅とはまた違う頼もしさを感じる。
 くはははは。守ってもらうってのも案外悪くないな。
 いいね、女の子の特権だ。

「聞こえてんのか妖怪野郎。寺に帰んな」
「……クキャ」
「はぁ?」

 久しく通電していなかった私の中の乙女回路が喜んでいるのはいいんだが、ぬえの口元が生物としてあるまじきほどに吊り上っていくのを目にした瞬間、私の危機回避本能が悲鳴をあげる。
 何か来る、そう直感した。


「クキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャキャァ――――――ッ!!!!」


 黒板を引っ掻いたような奇怪な笑い声が辺りにこだまする。
 たまらず耳を塞ぐ私たちが見ている前で、封獣ぬえが更なる雄たけびを上げた。
 伝承通りの形容しがたきその鳴き声は、聴く者すべてから戦う気力を奪っていく。
 生物ののどから発せられたとは思えないほどの大音量。
 ただでさえ暴力的なほどの爆音に加え、この高音は霊長類が仲間に危険を知らせる周波数に近い音だった。
 すなわち、人間にとって最もストレスとなる音域。

 ただ雄たけびを上げているだけで、通行人がバタバタと倒れていく。
 マンドラゴラすら裸足で逃げ出す奇怪な絶叫を至近距離で食らい、リーゼントの男がその場に膝をついた。

 たっぷり2分は続いたその怪音波が終わるころ、周囲に立っている人間は1人もいなかった。
 ただ叫んだだけ。
 それだけで人間が倒れる人外のパワー。

 しかも鵺は別に声を武器にするなどという伝承も無い、不気味な声って程度だ。
 普通の妖怪だったらメインウエポンにもなりそうなこの咆哮も、千年越えにとっては特筆するまでもないちょっとした小技って程度なのだろうか。
 命蓮寺最強の天狗級妖怪。どこを取っても規格外だった。

 ―――バディ。無事ですか?

 まぁな。
 ぬえもこれで満足して帰ってくれるだろ。

 ―――いえ、どうもそう、甘くはいかないようです。

 え?

「クキャキャキャ」
「……」

 倒れ伏したままぬえの方を見上げてみれば、奇怪な形の羽をこれ見よがしに広げ、次の獲物はお前だとでも言わんばかりに舌なめずりをする姿が目に入った。

 ザリ……、とぬえがこちらに近付く。
 迷うことなく、躊躇うことなく、リーゼントの男を踏み越え、周囲の視線を気にもせず私に近付いてくる。

 ―――バディ逃走を! 向こうは里内であることを考慮していません!

 八卦炉、それは無理だ。

 ―――泣き言を言わないでください! 先ほどの攻撃の影響があるのかもしれませんが、そんな事を言っていられる状況ではありません!

 逃げるってどこにだよ、里外にか?
 稗田の屋敷までか?
 こんなのを連れて行けるわけないだろう。

 ―――で、ではどこかに隠れましょう。幸い向こうは余裕ぶってゆっくり歩いてきています。なんとか諦めるまで隠れ続けるのです。

 この体力で逃げ切れるわけないだろ。
 半端に逃げるくらいならここで死んだ方がマシだ。

 ―――ば、馬鹿な事を言わないでください。もうひと頑張りです。それできっと終わりますから!

 落ち着け八卦炉、逃げたら向こうの思うつぼだ。
 里外や人気のない所で死ぬわけにはいかない。

 里の外なら人間に何をしても文句は言われない。
 人気のない所なら誰がやったかわからない。

 だが今ここなら、倒れているとはいえこれだけの人間がいる中、夜中とはいえ里のど真ん中でこれだけ騒いで人まで殺せば何かしらのペナルティを与えられる。
 まず間違いなく証言も取れるだろうし、阿求だったらこのネタで命蓮寺を逆に追い詰めることもできるだろう。条件によっては妹紅の奪還も可能かもしれない。

 ―――あ、あなたは、落ち着きすぎです! なんでこの状況で、そんなことまで。

 当然だろ。
 なぜなら私は、退治屋なんだから。

 ざわざわと、遠くの方から人が近づいてくる気配がする。
 先ほどの雄たけびのせいか、里の自警団が本格的に動き始めたのかもしれない。

 さあ、どうする封獣ぬえ。
 迷ってる時間は無いぞ?

「……うーん」

 小首をかしげるぬえが、遠くの人垣を覗き込むように額に手を当てる。
 どこか子供らしいそのしぐさに笑いが込み上げてきそうになった。
 だが、その子供のような無邪気さは、同じく子供のような残酷さを伴っていた。

「ま、いーや。死んじゃえ」

 言葉と共に、ぬえが踏み込む。
 そのまま一片の躊躇もなく蹴りが放たれた。
 回し蹴りなんて高度なもんじゃない、ただ足をぶつけて来るだけだ。

 人外の速度で行われたはずのそれは、私にはやけにスローに見えて。
 ぬえの表情まではっきりと認識できてしまった。
 やれるだけのことはやったという不思議な充足感のなか、私は時を待った。
 私の最後の言葉は『人類に勝利あれ』だったことにしよう。

 だが1秒にも満たないはずの刹那の時間に、私は不思議な声を聞いた。
 男のような女のような、無機質な声。
 それでいてやけにはっきりとした、綺麗な声だった。

「バディ。私はあなたほど往生際が良くありません」
「……え?」

 気が付けば誰かがそこにいた。
 小柄な女だった。
 クセのある金髪をたなびかせ、私とぬえの間に立ちはだかるように両手を広げている。

 一糸まとわぬその姿には傷1つ無く、その上で余計な肉を削ぎ落したかのように鍛え上げられていて。
 私にはそれが、天使でも現れたかのように思えてしまった。

「自画自賛が過ぎますよ。バディ」

 にやりと笑うその顔は、いつも鏡の中で見る顔そっくりだった。

 次の瞬間、千年越え妖怪の本気の蹴りが炸裂した。
 間に人を1人挟んでいるとはいえ、その蹴りには石柱だって軽々と砕くほどの威力がある。
 傷1つ無かったはずの少女の体はグロテスクに砕け散り、その後ろにいた傷だらけの私もただでは済まなかった。

 空中高く蹴り上げられどちらが上か下かもわからぬまま、胃液と血液をまき散らして錐揉みに回転する。
 急速に狂っていく時間感覚では到底測れないような時間の中、星と地面を交互に見ながら地面に激突した。
 堕ちた衝撃で呼吸が止まり、どこを蹴られどこを打ったのかわからぬまま、激痛だけが身体を支配する。
 おおよそ人間が耐えられないような痛みを存分に味わいながら、揺れ動く脳みそがとうとう音を上げた。

 付近に転がる金色の相棒に最後の力で手を伸ばし、死んでも離さぬよう渾身の力で握りしめた。
 私はそのまま体力の最後の一滴まで使い果たしてしまったようで、何が面白いのか腹を抱えて大笑いしているぬえの前で、あまりにあっけなく気を失った。
 真っ赤に染まった視界が、やたらと印象深かった。





 夜に溶けていったはずの意識の中で、八卦炉の声が聴こえた。
 いつもの機械のような声ではなく、聴いたことがあるようなないような、不思議な声だった。

 そいつはこう言っていた。
 『付喪神は、持ち主のためならば喜んでその身を捧げる』と。

 次にそいつは私そっくりの姿で現れた。
 傷の無い身体。
 我ながら綺麗なものだった。

 お前ばっかりズルいと不平を言うと、そいつは苦笑しながらこう答えた。
 『私はまだまだ生まれて間もない、勲章が無いのは当然だ』と。

 納得いかなかった私だが、言っても仕方がないと思って黙っていることにした。
 腕を組んでそいつの体を眺める。
 私そっくりの体、傷の無い、ちゃんと女らしい体。
 そしてその体を見ているうちに、ふと、その体に触れてみたくなった。

 ニコニコと笑っているそいつに近付く。
 そいつは逃げも隠れもせずその場に立ちつくし、私が近付くのを待っていた。
 とりあえずほっぺにでも触ってみようかと、私はそいつに向かって手を伸ばす。
 しかし、伸ばした手のひらは虚空を切り、そいつの体へ届くことは無かった。

 不思議に思って何度も手を伸ばすが、その度に私の手は空を切る。
 どれだけ近付いても、どれだけ手を伸ばしても。
 ニコニコ笑うそいつに触れることはできず、その手前で限界が来てしまう。

 意地になった私は、なんとかしてその体に触れようと思い切り手を伸ばす。
 限界まで体を前へ伸ばし、伸ばし、伸ばし……。

 そして体が伸びきったところで、全身に激痛が走った。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


「クッ、またか!」
「魔理沙さんしっかりして!!」

「ああああああああああああああああああ!!」

「先生早く!」
「あんまり連発するとな……っ」
「言ってる場合ですか!」

「あああああ…………!!」

「よっしゃおらぁ! 変身完了! 大人しくしやがれジャリ餓鬼が!!」
「も、モルヒネは!?」
「さっきのでカンバンだ! 力で抑えるしかねぇんだよ!」
「なんであれだけ打って動けるんですか!」
「薬物に耐性でも付いちまってんだろ!? 魔法使いはみんなそうだ!」
「くぅ、ロープはまだですか!?」
「てめぇんとこのメイドを信じろ! 今頃全力ダッシュだろうよ!」
「は、早く……、力強いんですからもう……あ痛ぁ!?」
「ちゃんと押さえてろこっちもきついんだ」
「先生はまだいいじゃないですか! ああもう! なんで今回は女の体なんだ!」
「配られたカードで勝負するっきゃあないんだよ!」

 八卦炉の声が聞こえない。
 聞こえるのは耳をつんざくような誰かの絶叫と、それを取り押さえている誰かの怒鳴り声だけだった。

「ああ、ああああああ……、あああ……、あー……」

「……よし、落ち着いたか」
「痛たたた。鎮静術式もっかいかけますか」
「それ確かあんまりやると後遺症でる奴だろ」
「もともと攻撃魔法ですからね。状態異常系の」
「稗田の魔法そんなんばっかりだもんな」

 八卦炉の声が聞こえない。
 代わりに聞こえて来るのは、疲れ切ったような仲間の声だった。

「……はぁー、はぁー。あ、阿求?」
「あ、起きましたか? まだ寝てていいですよ。寝ててくださいむしろ」
「お前、ほんと。本気で蹴るんだから」

 自分が目を覚ましたことに気が付いた。
 見覚えのある天井と、ずっと見たかった顔がそこにある。

 稗田の屋敷。
 そうか、帰って来れたのか。
 生きてんのか。

「阿求」
「……はいはい。どうしました?」

 優しく髪を梳いてくれる阿求がすぐ近くにいる。
 それだけですべてが安心できる気がした。
 気力も体力も尽きた私には、もうそれだけが救いだった。

「お前、怪我してる」
「……まあ、オリハルコンで殴られましたからね」
「え?」

 それですよ、と阿求が私の手を指す。
 爪が割れるほどに固く握られた自分の右手に、ミニ八卦炉が収まっていた。
 アレを持ったまま暴れたという。
 生死の境をさまよっている間さえ、決して離さなかったという。

 私は自分の意思で手を開くことができず、左手を使って無理やり右手をこじ開けた。
 こぼれ落ちた八卦路を震える手で拾い上げ、確かめるようにその表面をなぞった。

 その途端、まるで自分を無視するなと抗議するかのように腹部に激痛が走った。

「うぐあああああああ!!」

「ちょっと! またですか! 先生そっち!」
「た、体力が、もたん」
「運動不足なんですよ!」

「だ、大丈夫、大丈夫だ」

 両手両足を抑え込まれ、暴れられないようにされる。
 ああ、ずっとこうやっていてくれたのか。

 痛みに耐え、無茶苦茶に捻じりたくなる身体を抑え込む。
 見れば、足元の方に憔悴しきったような顔の先生がいた。

 頭から角を生やしたハクタクの状態であった。

「あ、ガラ悪いモードだ」
「言うことは、それだけか……」
「……あー、先生ありがとう。助かったぜ」
「くっそ、問題児め」

 先生が袖口で額を拭う。
 普段の先生らしからぬその動作に、とある人物が重なった。
 今ここで一緒になって押さえてくれているはずの、頼りになる先輩が。

「……妹紅」
「……」
「阿求、妹紅は……?」
「……よく、帰ってきましたね。魔理沙さん」

 それが答えのようだった。
 じゃあやっぱり、私が見たのは本物の妹紅で、今でも奴らに串刺しにされていると言うのか。
 助けに行かないと。

「私は何日寝てた?」
「2時間くらいですよ」
「早く助けに行かないと」
「……治ってからです」
「串刺しにされてたんだ、あいつらに、妹紅が」
「あなたが治ってからです!」

 悲鳴のような叫び声を浴びせられ、我に返った。

「あなたが、治ったらです」
「……」

 そうだよ。1番助けに行きたいのは阿求のはずなんだ。
 なのに、私がわがまま言ってどうするんだ。

「一応、こっちでも監視していて正解でした」
「……星蓮船」
「ええ、……気付かなかった」
「妹紅は、なんで来たんだ」
「聞きますかそれを」
「……」

 おそらく、妹紅の位置からなら見えたんだろう。
 正体不明の種で他の何かに偽装された空飛ぶ宝船、星蓮船。
 アレは確か自分の知っている何かに見えるようになるという代物だったはずだ。
 認識への不正アクセスという高等技術だが、あるいは変化先が不自然なものだったのかもしれない。
 それこそUFOとか。

 それゆえにそっちが本命だと妹紅は気付いた。
 そしておそらく見えたのだろう、今まさに出撃しようとしている封獣ぬえが。

 妹紅の予想は正しかった。
 最大戦力のぬえは、全体を俯瞰できる位置に、まさしくそこしかないといった場所に配置されていたのだ。

 たぶん、そのまま出撃を許していたら、私の命は無かっただろう。
 一輪と挟撃され、なすすべなく散っていただろう。
 聞くまでもない。
 妹紅が飛び込んだのは私のためだった。

「魔理沙さん。妹紅のことは今は置いておいてください」
「だって……、だって妹紅が」
「それより今はあなたです。回復魔法は自力でできそうですか?」
「……ゴメン。無理そう」
「わかりました。鎮静術式の方ももう一辺かけておいた方が良いですかね。ちょっと麻痺とか残りますけど」
「いや、大丈夫。耐える」
「ふむー、なけなしの魔力がすっからかんですよ」

 そう言いながら阿求が魔力を開放する。
 迸る力はあまりに弱々しく、私と比べてもさらに少ないくらいであった。
 転生するたびに鍛え直すのは辛いだろうが、それでもなるほど、魔力の流れというか使い方というかその辺はスムーズだった。
 呪文の詠唱も私より遥かに流暢だ。
 きっと散々唱えてきたんだろう、回復魔法を。

「……あったかいぜ」
「でしょ?」

 乳白色の光りに包まれた阿求の手のひらが、脇腹にそっとあてがわれる。
 痛みは無い。
 ただ、優しい温かさだけが傷口に染み込んでくるようだった。

 その脇腹が、明らかにへこんでいるというか、ごっそり無くなっている事には、気付かないことにした。
 包帯を取ったらどうなってるんだろうか。
 また少し人間から遠のいた気がする。

「魔理沙、作戦自体は成功だ。妹紅もすぐにどうこうされることはあるまい」
「……先生」
「本当だ。強力な外交カードとして手元に置いてあった方が、命蓮寺にとっても有効だ」

 ハクタク化を解いた先生が、私を落ち着かせようと言葉をかけてくれる。
 本当かどうかはわからなかったが、今はそれで安心することにした。

 手の中の金色に目を落とす。
 物言わぬ、何も返してくれなくなった八卦炉。

 こういう時にいつも励ましてくれた奴が、もうこの中にいないのかもしれなかった。

 今日、私は2人の仲間に助けられた。
 それでも戦果は大したことない、一輪を半殺しにしただけだ。
 来週にはケロッとしてるに決まってる。

 退治屋という名のリスク、本当に示せたのだろうか。
 私は今日、何をしに行ったのだろうか。

「魔理沙さん」
「ん?」
「今は、ゆっくり休んでください」
「……」
「元気になったら、次の手を考えましょうね」
「……」
「ね?」
「……うん」

 先月、萌田さんの家でされた宣戦布告からの一連の流れ。
 暴風雨のような覚悟を見せたルーキー、雲居一輪。
 悪霊の如きテロリスト、鬼人正邪。
 他の追随を許さなかった魔物、封獣ぬえ。
 それらによってもたらされた被害は甚大であった。

 満身創痍の退治屋ギルド。
 実戦部隊もそれを補佐する人も、誰も彼もが疲れ果ててしまっていた。
 今私たちに必要なのは十分な休息で、その次に戦力の増強だろう。
 このまま何も考えずに泥のように眠る以外の選択肢が無い私たち。

「……」

 そんな私たちに、今宵のクライマックスが訪れた。

「……っ、……、……けません! お引き取りを……っ!」

 どかどかと音を立てて誰かが廊下を歩いてくる。
 屋敷の女中さんたちが止めるのも聞かず、誰かが退治屋の総本山で無理を通している。

「おやめくだ……きゃあ!!」

 女性の悲鳴。
 誰の声かはちょっとわからなかったが、たぶん稗田の屋敷の女中さんのものだっただろう。

 私は最初、萌田さんでも来たのかと思った。
 そうだったら軋む体に鞭を打ってでもグーで殴りつけてやろうと思っていた。

 でもそうじゃなかった。
 そうであってくれたら、どんなによかったかと思った。

 そして部屋に飛び込んできたそいつの声が、乗り込んで来たのが最悪の人物であることを私に教えてくれた。


「ああ、法の世界に光が満ちる」


 聖人は磔刑を拒否しました。
 そう言わんばかりに両手を広げ、その魔女はまるで自宅の仏間にでも入って来るかのように気安く現れた。
 今ここに、もっとも来てほしくない人物が。
 もっとも来てはいけない人物が。

「お久しぶりですね、阿礼」
「……阿求ですよ。お忘れですか?」

 その大きく広げられた両手に掴まれていた2人の女中が、遥か後方へとぶん投げられる。
 弧を描く軌跡で人間2人が宙を舞い、なすすべなく中庭へと叩きこまれた。
 枯山水にカモフラージュされた魔方陣の要の部分にピンポイントに投げ込まれた彼女らに、回路から溢れた魔力が突き刺さる。
 ショートした機械の如くスパークする魔方陣を背景に、今夜の乱痴気騒ぎの主催者が吐き気を催すような笑みを浮かべていた。

「……警備の者は」
「眠ってもらいました」
「番犬は」
「逃げていきました」

 ため息を付きながら部屋へと侵入してきた魔女、聖白蓮は、阿求や私を汚いものでも見るかのように見下すと、視界に入れるのも不快だとばかりに腕を組んでそっぽを向いた。
 まさかコイツ単騎か。
 敵の総大将が、単身で、敵地に、乗り込んで来たってのか。
 なんで誰も止めないんだ寺の連中は。

「何か用でしょうか聖白蓮殿。御用でしたら後日改めて伺います。ただでさえ非常識な時間に訪れておいて家の者にまで手を出すなど、言語道断ではありませんか」
「非常識ぃ?」

 白蓮がさらに踏み込んでくる。
 その瞳に、地獄から直接持ってきたかのような憎悪を宿らせて。

「喧嘩売っているのか貴様らは」

 そしてもう1歩。
 微塵もためらわず、欠片も省みず。
 思い切り、ただ思い切り。

 思い切り、踏みつけられた。

「                     」

 あまりの激痛に叫び声すらあげられずに白目をむいた。
 抵抗もできずに無様に全身が痙攣する。
 阿求と先生が何か叫んでいる気配もしたが、そんなものが聞こえるなら先に自分の断末魔が聞こえているだろう。

「貴様は! 貴様らは! ふざけているのか! うちに! 命蓮寺に! 喧嘩売ってるのか!?」
「やめて! やめてください!」
「や、やめんかおい!」
「ふっざけるなよ外野共! 貴様のせいで雲居が! 私の雲居が! やっと、やっと使えるようになってきたのに! やっとまともなのが!」
「わかりましたから!」

 何度も、何度も、何度も。
 踏んで踏んで踏んで踏んで。
 地団駄を踏む子供の様に、ヒステリーに支配された女のように。
 本気の踏みつけが、砕け散りそうな私の身体に幾度となく叩きこまれた。
 死んでもおかしくないどころか、生きているのが不思議なくらいだった。
 というかもう、完全に殺す気だった。

「離しなさい」
「……」
「離せと言ってる! 阿礼!」

 今度はしがみ付いていた阿求が蹴り飛ばされる。
 テーブルを巻き込んで柱に激突した阿求の頭から、ダラダラと赤い血が流れ出した。

 永遠に続くかと思われた白蓮の踏みつけがようやく止んだが、そのころにはもう私の体は痛みを感じなくなっていた。
 ただ全身にしびれるような感覚があるだけで、立ちくらみのようなノイズが走った視界の中でぼんやり天井を眺めていた。

 流れ出て行く血液が、布団だけでは収まりきれずに畳を汚していく。
 赤い、赤い液体。
 私の体液が、部屋の中を広がっていく。
 致死量に達する勢いで手を伸ばしていく血液が、遠くの方で何かと合流した。

 私の赤色が触れたのは、阿求の赤色であった。
 蹴り飛ばされた時に打ち付けたのか、腕を押さえる阿求から止めどなく血が流れていた。

 流血によって繋がった私と阿求。
 B型とAB型が、握手でもするかのように混ざり合う。

 不思議な気分だった。
 何がって訳じゃないが、なんとなく申し訳なく。
 同時になんとなく光栄で。
 そしてなんとなく、卑猥な気がした。
 偉大なものと繋がったような、阿求と1つになったような。
 状況も忘れて、私はそんな気分に支配された。
 私にもう少し血の気があったら、顔を真っ赤にしていたかもしれない。

 そしてどうやら。
 その流血がスイッチだったようだ。

 幽鬼の如き表情で阿求が立ち上がる。
 さっきまでとは比べ物にならないほどの魔力を漲らせて。

 先ほど使ってくれた回復魔法とは明らかに種類の違う、それどころか正反対の性質を持つであろう、赤黒い色の魔力。
 面霊気が泣きじゃくり天邪鬼が怯む、妖怪への敵意そのものがその形を取っていた。

 血まみれの手で髪をかき上げ、自らの血だまりを踏みにじる。
 目を血走らせながら白蓮へと迫っていくその様子が、私にはとても頼もしく、それ以上に恐ろしく思えた。

「阿求よせ!」
「……」

 先生の制止も耳に入らないのか、見たことも無い魔法を両腕に灯して阿求が前に出る。
 無詠唱で発動したであろうその魔法は、たとえ魔法を知らない者でも死を直感するような、そんな身の毛もよだつような赤い気配を漂わせていた。

「……」

 気付けば私は阿求の姿を凝視していた。
 その姿、目の前の敵を殲滅することしか考えていないその貌は、会ったこともないとある人物を連想させた。

 稗田阿礼。
 そう言えばさっき白蓮もそう呼んでいた。
 身体から流れ出る血を気にも留めず、肉食獣のような目で妖怪を睨みつけるこの方こそ、きっとまさしく彼なのだろう。

 妖怪を憎み、閻魔に話を付け、何度死んでも諦めない。
 始祖、稗田阿礼。
 すべての妖怪を倒す者。

 殺戮が始まる。
 その気配に1番に反応したのは、激昂していたはずの白蓮だった。

「……ふん」
「……」
「何を逆切れしているのですか阿礼」

 今まさに飛び掛かって来ようとする阿求に白蓮はなんでもないように話しかけるが、その実、撤退のタイミングを計っているようにも見えた。
 死んだ回数じゃ阿求の方が多いが、死ななかった回数は白蓮の方が多いのだろう。
 その辺の見極めに狂いは無かった。

「いいですか? 今回の我々は完全に被害者です。方々に許可を取って行われた事故を、あなたの一方的な妄執のために邪魔しないでいただけますか?」
「……」
「返事をしなさい」
「……人殺しを止めようとするのは当然のことです。事故だと言うなら我々がしていることはむしろ協力と言っていいでしょう」

 阿求の狂気が鳴りを潜めたことを認めた白蓮が、また強気に押してくる。
 抜け目のなさとクソ度胸の両立はさすがだった。

「協力! ああ、素晴らしい言葉ですね。なるほど、我々のかけがえのない仲間を傷つけたことが協力だとおっしゃる!」
「……そっちこそ。あんまり好き勝手やってると死人が出ますよ? 何やら雲居一輪に御執着のようでしたが、誰が犠牲になるのやら」
「犠牲など出はしませんよ。あなた方は今日、壊滅するのですから」

 壊滅という言葉に、白蓮が何か仕掛けて来るんじゃないかと内心冷や汗ものだったが、こいつは特に何かをすることもなくそのまま立ち尽くしていた。

「壊滅など、何を言っているのです。我々は不滅です」
「まあいいです。私は帰ります」
「とっとと帰れ人類の敵めが、欲望のために同胞を売った売女めが。二度とその面を見せるな!」
「そうであることを祈っております! ではこれで失礼を!」
「消え失せろ俗物が! 妹紅返せ! 返してから死ね!」

 塩でも撒かんばかりにがなり立てる阿求に背を向け、白蓮が部屋を後にする。

 怒りが収まらない阿求が手元にあった灰皿を投げ付けるが、白蓮の裏拳で撃ち落される。
 それはどうでもいいことだったが、その際に放った白蓮のひと言は、どうでもよくなかった。

「では行きますよ。上白沢」
「……ああ」

 上白沢って誰だっけと1瞬本気で忘れていた私だったが、当然のように後について行く先生を見て失せきっている血の気がさらに引いた。
 なんでだ、なんで先生が従者みたいに。

「は? せ、先生! どこ行くんですか!!」
「……すまん」

 あまりのことに言葉を失った私だったが、たとえ正気を保っていたとしても、とてもじゃないが何か言葉を発せられるような状態ではなかっただろう。

「ああ、上白沢は本日付で命蓮寺へ入門いたしました。大勢の妖怪を傷つけ続けたことを悔い、これからは心を入れ替えて平和のために尽力したいそうです」
「……ば、馬鹿な。先生、嘘ですよね?」
「……すまん阿求。魔理沙」

 その必要もないはずなのに、先生は懐から写真を取り出した。
 防水加工が施されたその写真は、私も前に見せてもらったことがある。
 緊急時に先生が使う、満月が写った写真。
 もちろん本物の満月には及ばないが、それでもその写真を見るだけで、ちょっとの間変身することができるとかできないとか。

「私は火あぶりになりたくないんだ」

 2本の角を生やし、妖怪としての姿を見せつける先生が、悪戯のいいわけをする子供のように小さな声でつぶやいた。
 普段のこの人の前であんな声を出そうものなら、声が小さいと頭突きが降ってくるだろう。

「……は? な、何言ってるんです先生。冗談が過ぎますよ?」
「魔理沙が言っていたそうだな。自分の最後は火あぶりだと」
「いや、確かに言ってましたけど。あれは例えで」
「すごいよお前は。それでいいだなんて、よくそんな事が言える」
「……嘘だ」
「私には無理だ。そんなの耐えられない」
「嘘だ! 先生あなたは騙されています! 何を言われたか知りませんがあなたの望むような待遇なんてありえない!」

「もう、石を投げられるのは嫌なんだ、もうたくさんなんだ」

 先生が頭を抱えた拍子に、薄緑色の綺麗な髪がさらりと揺れる。
 その隙間から、額に小さな傷が覗き見えた。
 以前見た時よりひと回り大人しくなっているとはいえ、まだくっきりと、その傷跡はうかがえた。

「なんだ、そのていど……」

 掠れるような声を喉から絞り出す。
 はっとしたようにこちらに向いた先生の顔が、みるみる泣き出しそうに歪んでいった。

「そんなの、傷のうちにもはいらねえ」

 石なら私だって投げられてきた。
 人質ごと妖怪を撃ち抜いたこともあった。
 友達なんだと妖怪をかばった私より幼い子供を殺したこともあった。
 その母親に刃物を向けられて返り討ちにしたこともあった。

 その度に、石は増えていった。

 だからどうした。
 私らがやっていることは生存競争だ。
 負けた方が敗者だ。
 綺麗事じゃないことぐらい、先生だってわかってるだろう。

「……お前はすごいよ。魔理沙」

 普段のふざけた言動からは考えられない程気弱な声色で、先生は独り言のようにつぶやいた。
 もう、手遅れなのだろう。
 もう、限界だったのだろう。
 9回死んだ阿求より、人生を掛けて戦い続けた妹紅より、傷だらけの宿命を背負った私より。
 他の誰より先に、慧音先生が音を上げた。

 もう、戦えないと。

「私は、お前みたいには成れそうもない」

 誰よりも人を愛し、誰よりも人のために尽くしてきた里の守護者。
 それが慧音先生だったはずだ。
 それがもう、見る影もない。

「先生」
「すまない阿求。ここの情報を漏らしたりはしない」
「遺言はそれでいいですか?」
「阿求……。お前とは、争いたくない」

 妖力を開放し臨戦態勢へと入った先生だったが、ガリガリと両手で頭を掻き毟る阿求に気圧され半歩後ろへと下がる。
 さっきまで白蓮に向いていた怒りの矛先が、今や完全に先生に向いていた。

 この2人のどちらが強いかなんてわかりはしなかったが、少なくとも先生が無事で済むとは思えなかった。
 相手は妖怪退治の専門家、その身に宿している外敵への殺意は、先生の比ではないだろう。

「阿求よしてくれ! お前を傷つけたくなんてないんだ!」
「……死ね」

 先生が傷つけたくなくても、阿求はそうじゃない。
 両手に先ほどまでとは違う紫色の魔法の炎を携えながら、阿求が床を蹴った。

 最短距離で喉笛を狙う阿求。
 踏み込みも拳の打ち込み方も、動き自体は申し分ない動きだった。
 もし今日が5年後だったなら、阿求が十分な訓練を積んだ大人の肉体を手に入れていたら、きっと先生はひとたまりもなく吹き飛んでいただろう。
 しかしながら今の阿求はあまりに幼く、あまりに軽く、そしてあまりに遅すぎた。

「ばーか」

 私の頭上から降ってきたその声に、飛びかかった姿勢のままの阿求が反応する。
 そして間髪を入れず、何が起きるかわかっていながらどうすることもできない私を、白蓮が渾身の力で蹴り飛ばした。

 浮遊感なんて感じる間もなく、私は阿求に激突した。





 目が覚めても三途の川ではなかった。
 あれ、おかしいな。
 いくらなんでも今度こそ死んだと思ったんだけど。
 丈夫な体に生まれてよかった。
 ありがとうかーちゃん。

 でもなんか暗い、まだ夜なのだろうか。
 そして痛みもない、そんな訳ないのに。

 不思議と頭は回る。
 今までのことだってなんでも思い出せる。

 そう、暗かったんだ。
 暗くて暖かくて、眠たくて穏やかで。
 なんの心配もないゆりかごのような海、そこに私はいた。

 ある時、そのゆりかごは大きく揺れた。
 信じられないくらいに、あってはならないほどに、大きく揺れた。

 そして急に寒くなってきた。
 寒くて冷たくて、不安で恐ろしくて。
 私はそこから抜け出そうとしたんだ。

 動くはずのない腕を伸ばし、掴めるはずのない手で力いっぱいもがいた。
 暗い、暗い世界の中に光が差し込んできて、私はそこに向かって手を伸ばしたんだ。
 そして這い出た先で味わった初めての感覚。
 初めての光、初めての空気、初めての惨劇。

 私は本能で、もう安心が無くなっていることに気が付いた。
 そこに在った安心が、安寧が、消えて無くなっていることに。

 奪われた。

 言葉はおろか意識もろくに無いような私が、何もわからぬままに感じ取った。
 奪われた、と。

 産んでくれるはずだった母を、祝福してくれるはずだった祖父母を、幼馴染になってくれるはずだった近所の子供を、共に育んでくれるはずだった里の人たちを。
 幸せになれたはずの人生を。

 何もかもを奪われた。
 だから、奪い返す。
 そのために、私はわざわざ生まれてきたのだった。

「ぁきゅぅ」
「……魔理沙さん? 生きてます?」
「ぁにぉ、ぇない」
「……何も見えない、ですか? ちょっと血が足りないだけですよ。すぐ治ります」
「……」

 目は見えなくとも匂いはわかる。
 ここは稗田の屋敷、たぶんさっきと同じ部屋だろう。
 血の匂いに混じって新品の布団の匂いがする。
 たぶん、汚れがひど過ぎたから代えてくれたのだろう。

 耳はかろうじて聞こえる。
 すぐ近くに阿求の呼吸が聞こえて来る。
 コチコチという時計の音も聞こえて来る。

「……」

 どれくらいそうしていただろう。
 ぼんやりと、視界が明るくなってきた気がした。
 庭の方から小鳥の鳴き声も聞こえて来る。

 最後に白蓮に蹴りを喰らってからどのくらい経ったのだろう。
 もしかして、もう昼くらいになっているのだろうか。

 阿求の呼吸が聞こえる方を向こうとして、身体の感覚がない事に気が付いた。
 主に左半身、正座をしすぎてしびれた足のように、物に触れている感覚が無かった。
 痛みも無ければ感覚もない、動いているのかどうかも、そもそもあるのかどうかもわからない。
 私の身体は、今ちゃんと五体満足なんだろうか。

「あきゅう」
「はい、ここにいますよ」
「生きてたか」
「……ええ、生きてますとも」
「死ななきゃやすいぜ。そうだろ」
「ええ、もちろんですとも」

 すぐ隣で正座する阿求が、肩を震わせながら私の腕に顔を押し付けてくる。
 幸いにして右腕の方だったので、ちゃんと触れられている感触はあった。

「なんじかん、寝てた?」
「2日です」

 なんてこった。
 寝過ぎだ私。

「もう起きないかと思いましたよ」
「起きるさ。まだまだ戦い足りないんだ」
「さすがです」

 喋る度に切れた唇に痛みが走る。
 ああ、痛いって素晴らしい。痛みがあるって素晴らしい。
 私の身体は、まだまだ生きようとしているんだ。

「魔理沙さん」
「……ん」
「2人になっちゃいましたね」
「妹紅は?」
「帰ってきません」
「先生は?」
「出てっちゃいました」
「八卦炉は?」
「あなたの手の中に」
「私は?」
「……ここにいます」

 私の腕の中に、と頭を抱えられた。
 阿求の匂いに包まれながら、私はゆりかごの中にいるような錯覚に陥った。
 安全で快適で何の不安もない楽園のような空間。

 戦士に許された束の間の休息、まどろむような気分を存分に味わった。

「阿求。先生は……」
「……出てっちゃいましたよ。いずれ落とし前は付けさせます」
「別にいいぜあんな変態」
「あんなのでも、私のです」

 私の頭を離し、阿求が枕元に座り直す。
 なんかすごい久しぶりに、顔をはっきり見た気がした。

「妹紅も、取り返さないとな」
「ええ、ですがそれよりまずは魔理沙です」
「え?」
「何ヶ月かかるかわかりませんが、早く怪我を治してくださいね」
「お、おう」
「屋敷の防衛術式は私が何とかしてみます。家の者たちも命に別状はありませんでしたし、忙しくなりますよ」
「……ん」

 不意に、阿求の顔が迫ってきた。
 同時に私の両目を手で覆われたため、嫌でも感触に集中してしまう。
 先生に習ったテクか何かなのか、いずれにせよ私が動けないのをいいことに、酷い奴だった。
 そんな趣味は無いと何度言ったら理解してくれるのか、中身が男ならセーフだとでも言うつもりなのか、それとも私はそんなに魅力的なのか。

 しばらくそのまま阿求の好きにしてもらった。
 もとより抵抗する体力もないし、もう別にいいやとも思い始めていた。

 私の手の先に阿求の手が触れる。
 気絶しようが何をしようが当然のように握りしめていた八卦炉を挟みながら、お互いの手を取った。
 八卦炉越しに、阿求の体温が伝わってくる。

 程なくして顔を離され、笑顔の阿求と今度は額を合わせる。

「……早く、良くなってくださいね」
「『おまじない』は程々にな」
「むふふふ。いっぱいしちゃいますからね」
「勘弁してくれよ」
「むふふふふふ」

 怪しく微笑む阿求を眺めていると、ふと、頭の中にノイズのようなものが走った。
 怪我のせいかとも思ったのだが、ほぼ同時に阿求の顔色も変わったあたりそうでもないようだ。

 ほとんど直感的に阿求と繋いだままだった手の方を見ようとした私の頭に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
 男とも女ともつかない、無機質な声。
 そんな声が、頭の中に直接流れ込んでくる。

 ―――バディ。お楽しみ中失礼します。

「お、おお」
「ケロちゃん……?」
「おおおおおおおおお!」
「うわー! 起きちゃダメですって!」

 は、八卦炉! 無事だったのか!

 ―――全然無事ではありませんよ。魔力のほとんどを失って仮死状態にありました。

 そ、そうだったのか。
 でもよかった。生きててくれたのか。

 ―――起きたらいきなり濡れ場だったのでどうしたらいいものかと思いました。

 うるせぇ忘れろ。今すぐにだ。

「むふふふ、今後も増えますよー。そういうシーン」
「やめてくれマジで」

 ―――バディもまんざらでもなさそうでどうしようかと思いました。私はいない方が良いのではないかと。

 そんな事ねーよ。
 何だよお前、生きててくれたのかよ。

「よかった、ケロちゃん」

 私の右手ごと八卦炉を握りしめ、阿求が神にでも祈るように額を両手で押さえた。
 よかった、本当に。

「くはははは。これで3人になったぜ」
「ええ、百人力です」

 ―――3人? 藤原妹紅氏は捕えられたとして、上白沢慧音氏はどうしました。

「あの女裏切りやがった殺す」
「阿求落ち着け」
「絶対許さん。稗田家に代々伝わる拷問術をフルコースでお見舞いしてやる」
「それほぼお前が作ったんじゃね?」

 ―――え? 裏切り……?

 そうそう。あの野郎は退治屋抜けて命蓮寺に行きやがった。ひよりやがった。
 向こうの方が安全に暮らせるんだと。

 ―――なんてこった。だからあんなにも命蓮寺への攻撃に反対していたのですね。

 八卦炉のつぶやきに、私と阿求が2人揃って頭を捻る。
 例えその時はそうじゃなくても、先生は反対していたと思う。

「先生の事ですから反対はしていたと思いますよ。裏切った時まで魔理沙のことを気にかけてましたし」

 ―――そうでしたか。藤原妹紅氏を救出するために向こうに行ったと言う線は。

「時系列が合わないぜ」
「ええ、先生の裏切りの方が先でしょう」

 ―――それもそうでした。お忘れください。

「無理です。忘れません」
「そこはお前……」
「冗談ですよ」
「……」

 それきり、何を話すでもなく3人でしばらく庭で囀る小鳥の声を聴いていた。
 言いたいこと、伝えたいこと、そんなことはいくらでもあったが、わざわざ言うまでもなくほとんど共有していた。

 作戦成功と先生は言っていたが、結局どうなったのだろうか。
 一輪を撃破され、命蓮寺は次の宴会を延期する気にはなったのだろうか。
 それとも、退治屋を2人、いや私を含めて3人潰したことで安心して次を行うのだろうか。

 それはわからない。
 それを考えるべき頭脳は、向こうへ渡ってしまった。

 それでもこちらがやることは変わらない。
 次の宴会も邪魔しに行くのか、あるいはしばらく無視して戦力増強に努めるのか。
 あいつはどうだ、あのリーゼント。
 魔法さえ覚えればそこそこいけそうな気もする。
 ぬえにやられて死んでなきゃいいが。

 どちらにせよ、何度言ったかわからないがまずは回復を。
 そしてまた地道に戦果を挙げて退治屋の地位を向上させないと。
 そんで今度は大部隊を率いて寺ごと潰してやるさ。

 その為にも阿求と八卦炉の協力は必要不可欠だ。
 だからそう、親睦を深めると言うかなんというか、親愛の証が必要だ。

「まあ、今後ともよろしくってことで」
「はい?」

 私は震える右手を引っ張るように動かし、一緒になってついてきた阿求の手ごと、八卦炉に唇を触れさせた。

「あら、魔理沙さんからとは珍しい」
「へっ、かもな」

 獲物を捕らえた狩人のように余裕たっぷりの阿求だったが、それとは対称的に八卦炉からは抗議の声が上がった。
 まったく、空気の読めない奴め。

 ―――オーノー。バディ。何度言ったらわかるのですか。口付けはお止めください。

「いいじゃねえかよそれくらい。私だって最近しょっちゅうされるし。主に女に」
「特に私に」

 ―――よくありません。ご遠慮くださいってば。

 なんでさ。
 不衛生だってか?

 ―――だ、だって。

 私と阿求の視線を一身に受け止めながら、八卦炉が困ったような声を出す。
 いつも冷静なこいつらしからぬ声色にどんな言葉が飛び出すのかと期待していたら、思っていたよりも長く続きの言葉を躊躇い続けた。
 それでも何も言わず、視線も逸らさない私たち。
 このまま八卦炉が何も言わなければいつまでもこうしているだろう。

 そして幾ばくかの逡巡の後。
 観念したような気配を発する八卦炉が、言いにくそうに白状する。

 ―――だってその、そんなことされたら、照れてしまいます。

 その途端、部屋に2人分の笑い声が響きわたった。



27度目ましてこんにちは。

駆逐してやる。この世から、1匹残らず。

☆懐に潜む宝物《ミニ八卦炉》
持ち主の魔力を増幅する射撃武器。距離によって威力が減衰する
それは緋々色金でできている
それは生きている[Lv:6 Exp:43%]
それは武器として扱うことができる(3d128 貫通 15%)
それは攻撃修正に-10を加え、ダメージを16増加させる
それは索敵を発動する[***]
それは戦略の理解を深める[**]
それは魔法の威力を高める[*****+]
それは恐怖を無効にする
それは妖怪に対して強力な威力を発揮する[**]
それは可愛く書けた


白蓮さん名誉挽回。
それではまた。
南条
http://twitter.com/nanjo_4164
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コメント



0.200簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白く良かったです
2.100名前が無い程度の能力削除
ヒロイックで魅力的なキャラ達が活き活きと躍動している中で、妖怪と人間の共存という幻想郷が抱える問題というシリアスなテーマを見事に書ききっていると思いました!楽しませて頂きました!

3.100ヘンプ削除
毎度の事ながら命蓮寺のヤローヤバすぎなんですが、それが力を生み出していてとても良く、それに関わる正邪が良い味を出していました。
魔理沙は本当に妖怪に対して強い思いがあることも分かりますし、それがとても強い力になっていることが伺えました。八卦炉ちゃんがとても可愛い。
全部全部、妖怪と人間の戦争の話でしたがとても面白かったです。面白いと言っても描かれる策謀から人間側の抵抗全て良かったです。ありがとうございました。
4.100夏後冬前削除
面白すぎて読むのを辞められないという感覚を久しぶりに味わいました。達成感、満足感、共に極上。コイツはイカれてる。すごすぎるぜ大将。
6.100名前が無い程度の能力削除
キャラの軽妙なやり取りが長さを感じさせないいいつくりでした。
何より、よくぞここまで幻想郷を練り上げた! その一言に尽きますね。
素晴らしい作品でした。
7.100植物図鑑削除
きっと長いはずなのにその長さを全然感じさせない作品でした。はっきり言って私の幻想郷観とは全く相容れない。でもそんなことは全く問題ではない。面白いからです。
8.100名前が無い程度の能力削除
面白かったの一言に尽きます。長い一本の映画を見終えたようなそんな感動すら覚えました。15万文字越えという長さを全く感じさせない、すらすらと読ませる文章力と構成力、説得力に唸らされました。「巻を措く能わず」とはまさにこの作品のことをいうのでしょう。お見事です!
9.100水十九石削除
氏の作中における魔理沙の印象というのは蠢かないの作中における不羈奔放な振舞いが目立ち、弱小妖怪の最もたる天敵という物が強かったのですが、今作において明確に彼女の芯たるものを見せられて、なんとも惨いものだと思わされたものです。
努力家で、理想家で、そして自分の限界を明確に知っている。戦闘シーンにおいて、力は強大だがそうであるが故に練度のそこまで高くない妖怪達との差がモロに出た描き方が為されていたのが実に特徴的でした。
そしてそうであるが故に、本気で死合を行った場合双方無事では済まない――そういう点でも魔理沙のスタンスと一輪の成長方向は似通っていたような気もします。ジョジョ6部のリキエルみたいな。
でも世界観が何よりもシビアで下劣で戦略的で、直後にぬえの追撃というイベントが襲い掛かってくる。八卦炉のお陰で助かったとは言え、この一歩間違えれば何も遺せない幻想郷観も氏の作品の魅力なのでしょう。
八卦炉が実体を伴った時に生傷の無い魔理沙の姿を取ったのも、艶めかしさや慧音の発言を考えると色々と考えるものがありました。

とりわけ今作は登場人物全員が自らの主体的な意志を持って行動しているのがありありと表現されており、蠢かないで描写された弱小妖怪の立場や今作で描写された退治師の苦悩の二つが対立せざるを得ない構図になっていて、どちらも応援出来るのに最終的には片方しか立って残れない方向へと舵取りが為されていたのが、厭らしくも味のある作品としての読み応えを確立していました。慧音に関しては視点が本当に難しいのだけれども、ひとまずグルメノート組は本当に頑張った。
読み手としての本来の感情としては、自分自身の中での命蓮寺の立ち位置との大きな齟齬を感じているとも表現出来たのですが、それでも尚もその疑念を読み進めている最中に意識させない程に物語としての重厚さ完成度を叩き付けられて、一旦読んでいる手を止めるという考えすらも起きない程に読み耽ってしまいました。『読まされる』とはこれこの事か、良い物です。

それはそうとして、ラストでぬえの追撃を振り切って終わりだと思っていたら聖がそこで出てくるの、マジで心臓に悪かったですね…。
読者視点としてはあそこで夜明けと共に阿求と再起を誓って終わりがベターだと思っていたので、敵の首魁が本丸に乗り込んでくるという想定が出来ていませんでした。
中盤の最後の食事と称して焼肉に行くシーンで聖が出てこなかった時点で察するべきだった。面目躍如でないにせよ、ただただ凄みの一点だけで他を凌駕するキャラクター性の出し方としては素晴らしかったものです。

氏が300kb強の作品を投稿されたと聞いた時、『氏ならそんぐらいするわなあ』と感覚がバグっているかのような思いを抱いたもので、事実それに見合う素晴らしい作品であったと犇々と感じています。
滅茶苦茶に面白かったです。ありがとうございました。ところで八雲の末席が野放しにしているというのはやはり間接的な…?
12.100名前が無い程度の能力削除
いやはや面白かったです。幻想郷の事情を巡った不退転同士のぶつかり合い、熱くなりました。何度折れても立ち上がる魔理沙に無限の可能性を感じます。
13.100サク_ウマ削除
ケロちゃん……序盤中盤はあんなに血も涙もねー冷血ヤローだったのに……こんなに成長して……
良かったです。映画館を後にするときの心地良い疲労感と同じようなものを感じました。
誇り高い魔理沙と阿求がとても格好良かったです。
14.100柏屋削除
一気読み!なんともう終わり!?
楽しく読ませていただけました!