食料庫を覗くと、妖精がいた。縛られて、中央に吊り下げられていた。
メイド服を着ていないから侵入者だろうか。しかしそれにしては真面目くさった顔をしている。そう、これはあれだ。うちのメイド妖精どもが、メイドごっこに熱中している時の顔だ。
「貴方、何してるの」
「冷やしてる」
回答はしごく簡潔だった。確かに常より寒い気がする。彼女の背中の六枚羽は水晶様だと思っていたが、恐らくは氷晶様なのだろう。
「冷やすとどうなるの」
「知らんのか」氷精は吊り下げられながら自慢気だった。「半日いれば、お菓子が貰える」
「なるほど」
思うに咲夜の采配だろう。波長が合うのか分からないが、咲夜はやけに妖精の扱いが上手い。頷いて更に問いを重ねる。
「暇じゃないかしら」
「実はそう」真面目くさった顔が一転、情けなくなった。
「ここまできついとは思わなかった。逃げ出そうかとも思ったが、いざ抜け出して無事逃げられる保証もない。良かったらお前、あの銀髪の瞬間移動メイドを呼んできてくれないか」
ふむ、と私は呟いた。正直なところ、驚いていた。眼前のそれは明らかに妖精の類だが、それにしては随分賢いらしい。先の危険を退屈と天秤にかける妖精など、寡聞な私は聞いたことがなかった。
「丁度良いわ」と私は言った。「私も丁度、暇してたのよ。折角なのだし、私とお喋りをして下さらない?」
氷精はしばし不可解そうな顔をして、それから驚きに顔を染めた。
「お前……よく見たらメイド服じゃないな? 虹の妖精かと思っていたが、違うのか」
まさか、引きこもりの吸血鬼がそう評されるとは思わなかった。私はうふふと軽く笑いを噛み殺して、貴族風の大仰な礼をしてみせた。
「わたくし、かの紅の吸血鬼が妹、フランドール・スカーレットと申しますの。どうか、楽しませて頂戴ね」
一般的に、妖精というものは口が軽い。その理由には第一に、妖精の話を真面目に聞くような存在が互い以外に存在しないことが挙げられる。第二は彼女らの頭の弱さだ。
氷精は名をチルノといった。霧の湖の畔に暮らしているらしい。そういえば聞いたことがある。あの湖には夏にも時折、氷が張っているという。そう呟くと、勿論それはあたいの仕業だ、とチルノは身を捩り胸を張った。当然吊るされたままである。少し滑稽だ。
「あたいのテンションが上がると周囲の温度が下がるんだ。熱量ほぞん則、とかいうやつらしい」
それは何らかが違うと思う。もしかしなくとも熱意は熱量に入らない。妖精にそれらの理解を求めるのは流石に酷であろうとは思うが。それにしたって本当に、妖精にしては彼女は随分と語彙が豊富だ。
「難しい言葉を知っているのね」
「まあね。あたい、新聞を読んでるから」
「……妖精なのに、文字が読めるの。驚いたけど、それなら納得だわ」
「ふふん」
チルノは吊られながら更に鼻高々であった。いっそ天狗になりそうな勢いである。
だがそれも正当な態度であろう。妖精メイドは文字が読めないからこそ指揮系統が必要なのだし、故に咲夜はお姉様お付きのメイドではなくメイド長という立場にあるのだから。
「内容だっていくつか暗記、違う、ソラで言えるぞ。第ひゃくさんじゅうろく季、かんな月の九。毎年こーれい、チルノの寒気予報。いつもより強め、しかもいつもより湿ってそう。しわすぐらいから大雪が降るかも」
流石にこれには声も出なかった。
その記憶力もさることながら、問題なのは内容だ。でまかせにしては出来過ぎている。そもそもここまでそれらしいことを、即興で妖精が言える筈もない。そこまで頭が回るなら、それはもう既に神か妖怪だ。
「やっとびっくりしたな?」
チルノは勝ち誇った顔でそう言った。
「ここまでずっと驚き通しよ」
「嘘つけ、顔色変わってなかったくせに」
その顔を見て、私はひどく彼女のことが欲しくなってしまった。
「幾つか、などと言うのなら、他にも暗記しているのよね。私、他のものも気になるの。是非聞かせてもらえないかしら」
「おう、いいぞ!」
軽く煽ててからそう言うと、チルノは自信満々に頷き、むむむと唸って記憶を探った。
「第ひゃくさんじゅうろく季、さつきの二十四。虹のつけ根にて、いちば開かれり! 妖怪の山が忙しそうだったから、この時のことはよく覚えてる」
「あら、そんな催しがあったのね」
咲夜がそんなことを言っていた気もしなくはないが、記憶を探れど確かなものは出てこなかった。当然といえば当然か。私は結局、引きこもりなのだし。
「第ひゃくさんじゅうよん季、ながつきの十。あふれだした動物霊、おどろきの目的! あたいの住んでる湖の方にも来たんだよな、こいつら」
「いたわねえ。お姉様が何匹か捕まえていたわ」
霊の尻尾をむんずと掴み、振り回しつつ自室へ向かうお姉様を見た記憶がある。あれはなかなか印象的な姿だった。
「あとは、第ひゃくさんじゅうに季、はづきの十一。妖精の暴走、春夏秋冬同時に到来! この時のあたいは大手柄だったな。季節がおかしなことにいちばん早く気づいたし、あいつにも、殴り、勝て、た、し……」
「あいつ?」
私の言葉に、チルノはしまった、という顔をした。あーだのうーだの暫し唸って、恐る恐ると私を見上げた。
「……聞かなかったことにしてくれないか。今の言葉」
「あら、何か都合の悪いことでもあったの?」
「そうじゃない」
首を傾げて見せた私に、彼女は困ったような顔をした。
「ただ、文……友達の天狗と、約束してたんだ。この話、お互い内緒にしておこう、って」
「ああ……」
成程、と思わず声が漏れた。分かってしまったのだ。
「大丈夫か?」
どのくらいぼんやりとしていたか知れない。或いは顔に出ていたのかもしれない。氷精の言葉で我に返ったときにはもう、彼女に対する私の興味の半分くらいは削がれていた。
「……ええ、大したことじゃないわ。それにしても、妖精の貴方が律儀に約束を守るなんて、その文とやらを随分と信頼してるのね」
「そりゃあ、あたいの話を真面目に聞いてくれたのは、文が初めてだったからな」
友人であるという天狗を褒められ、彼女は満更でもないようだった。釣り下がりながら胸を張り、聞いてもいないのに素晴らしさを語った。
「文は優しいやつなんだ。あたいなんかにも文字を教えてくれたし、ときどきだけど、あたいの書いた記事も新聞に載せてくれる。書いてる新聞は人里でいちばん読まれてるらしいから、載せてくれって頼むやつだって他にもいっぱいいるはずなのに。それに文は凄いやつだ。ひとたび飛んだら幻想郷で誰より速い。音だって置いてきぼりにするから、後から風を切る音が遅れて聞こえて来さえするんだ」
聞き流しながら、羨ましいなと思った。これは流石に勝てないな、とも。
つまりはあれだ。この氷精は既に、文という天狗のものなのだ。餌付けして、可愛がって、既に信頼関係を築き上げ切られているのだ。
ここまでされて、ここから私のものにする、なんてことは流石に無理があるだろう。それくらい、その天狗は彼女の心をがっちりと掴み取っているらしかった。
「ふうん、強いのね」
「当然だな。なにしろ、あたいの友達なんだから」
「そう。それじゃあ」
嫉妬、と言えば単純だが、まるで硝子を挟んだ向こうの蒐集品を自慢されているような気分だ。興味の半分を削がれても尚、彼女は魅力的だった。思わず奪い取りたくなるほどに。
流石に私も、そこまで無茶なことはしない。自制するに足る理性はある。あるのだが、眼前の彼女が私の心も知らないままに余りに嬉し気であったから、思わず私は喉元の言葉をそのまま吐き出してしまった。
「それじゃあ、その文とやらの首を貰いに行ってみようかしら」
「……は?」
効果は、覿面だった。
「強いのでしょう? ならそいつの首を飾れば、自慢になると思うのだけど」
「ふ、ふざけるな!」
必死な声、ではなかった。
焦り、は僅かに含まれていたのやもしれない。
けれどそれは、氷精の剥き出しにした感情は、怒りだった。
「あたいの大親友の文をエモノあつかいするなんて許さない、このあたいが、さいきょーのあたいが、あんたの相手になってやる! そして、文をぶじょくしたのを後悔させてやる!」
ぱきぱきと辺りが音を立てたのは、比喩ではなかった。
彼女の感情の高ぶりに合わせて、空気が書き換えられていく。この倉庫の中だけが、冬そのものへとなっていく。その表象として、壁面が凍り付いていく音だったのだ。
それは一般の理屈で言えば、妖精一匹にできる規模のものではないように思われた。それこそ神や妖怪の、強くはなくともそこそこやると言われるくらいの者々と同格の規模と言っても良かった。彼女は未だ縛られ吊るされたままであったが、それでも尚も、一回休みになるまでは私を決して逃がさないという強い覚悟が感じられた。
「……冗談が過ぎたわね。悪かったわ」
本心だった。肩を竦めて、私は彼女を縛っていた紐を『破壊』した。ぶべ、と愉快な声を漏らして顔から落下した氷精に、私は適当な果実を見繕って手渡した。彼女は未だ急展開に困惑しているようだった。
「これは?」
「給金とお詫びで一つずつよ。さっき言ってた天狗と一緒に食べたら良いんじゃないかしら」
「……いいのか?」
「いいのよ。私、一応当主の妹だもの。それに、倉庫を冷やす仕事についてはしっかりやってくれたみたいだものね」
わざとらしく倉庫の中を見渡してみせれば、彼女も理解したらしい。僅かに考え込んで、申し訳なさそうに此方を見た。
「お前、いいやつだったんだな」
「何が?」
「ここまで全部、予定通りだったんだろ?」
いや、違うが。
などと正直に言うのも莫迦らしかったから、私は惚けて首を傾げるだけに留めておいた。
「あ、そうだ」
氷精は駆けて倉庫を後にしようとしていた。入口の辺りで思い出したように立ち止まると、ぽんと手を打って振り向いた。
「おせわになりました」
「礼儀正しいのね」
「妖精はきたいち? が低いから、礼儀正しくしておくだけで得だ、って文が言ってたからな」
「成程」
賢い理屈だ。一つ頷いて、ついでに試しに尋ねてみる。
「良かったら、また遊びに来ても良いのよ?」
私の言葉に、氷精はむむ、と眉間をしおらせた。
「……やめとく。あんた、文の話は好きじゃなさそうだし。話すことに気を使うのは大変だからな」
そう言うと、今度こそ氷精は出ていった。
「残念、振られちゃったわ」
私は一人、肩を竦めて呟いた。
メイド服を着ていないから侵入者だろうか。しかしそれにしては真面目くさった顔をしている。そう、これはあれだ。うちのメイド妖精どもが、メイドごっこに熱中している時の顔だ。
「貴方、何してるの」
「冷やしてる」
回答はしごく簡潔だった。確かに常より寒い気がする。彼女の背中の六枚羽は水晶様だと思っていたが、恐らくは氷晶様なのだろう。
「冷やすとどうなるの」
「知らんのか」氷精は吊り下げられながら自慢気だった。「半日いれば、お菓子が貰える」
「なるほど」
思うに咲夜の采配だろう。波長が合うのか分からないが、咲夜はやけに妖精の扱いが上手い。頷いて更に問いを重ねる。
「暇じゃないかしら」
「実はそう」真面目くさった顔が一転、情けなくなった。
「ここまできついとは思わなかった。逃げ出そうかとも思ったが、いざ抜け出して無事逃げられる保証もない。良かったらお前、あの銀髪の瞬間移動メイドを呼んできてくれないか」
ふむ、と私は呟いた。正直なところ、驚いていた。眼前のそれは明らかに妖精の類だが、それにしては随分賢いらしい。先の危険を退屈と天秤にかける妖精など、寡聞な私は聞いたことがなかった。
「丁度良いわ」と私は言った。「私も丁度、暇してたのよ。折角なのだし、私とお喋りをして下さらない?」
氷精はしばし不可解そうな顔をして、それから驚きに顔を染めた。
「お前……よく見たらメイド服じゃないな? 虹の妖精かと思っていたが、違うのか」
まさか、引きこもりの吸血鬼がそう評されるとは思わなかった。私はうふふと軽く笑いを噛み殺して、貴族風の大仰な礼をしてみせた。
「わたくし、かの紅の吸血鬼が妹、フランドール・スカーレットと申しますの。どうか、楽しませて頂戴ね」
一般的に、妖精というものは口が軽い。その理由には第一に、妖精の話を真面目に聞くような存在が互い以外に存在しないことが挙げられる。第二は彼女らの頭の弱さだ。
氷精は名をチルノといった。霧の湖の畔に暮らしているらしい。そういえば聞いたことがある。あの湖には夏にも時折、氷が張っているという。そう呟くと、勿論それはあたいの仕業だ、とチルノは身を捩り胸を張った。当然吊るされたままである。少し滑稽だ。
「あたいのテンションが上がると周囲の温度が下がるんだ。熱量ほぞん則、とかいうやつらしい」
それは何らかが違うと思う。もしかしなくとも熱意は熱量に入らない。妖精にそれらの理解を求めるのは流石に酷であろうとは思うが。それにしたって本当に、妖精にしては彼女は随分と語彙が豊富だ。
「難しい言葉を知っているのね」
「まあね。あたい、新聞を読んでるから」
「……妖精なのに、文字が読めるの。驚いたけど、それなら納得だわ」
「ふふん」
チルノは吊られながら更に鼻高々であった。いっそ天狗になりそうな勢いである。
だがそれも正当な態度であろう。妖精メイドは文字が読めないからこそ指揮系統が必要なのだし、故に咲夜はお姉様お付きのメイドではなくメイド長という立場にあるのだから。
「内容だっていくつか暗記、違う、ソラで言えるぞ。第ひゃくさんじゅうろく季、かんな月の九。毎年こーれい、チルノの寒気予報。いつもより強め、しかもいつもより湿ってそう。しわすぐらいから大雪が降るかも」
流石にこれには声も出なかった。
その記憶力もさることながら、問題なのは内容だ。でまかせにしては出来過ぎている。そもそもここまでそれらしいことを、即興で妖精が言える筈もない。そこまで頭が回るなら、それはもう既に神か妖怪だ。
「やっとびっくりしたな?」
チルノは勝ち誇った顔でそう言った。
「ここまでずっと驚き通しよ」
「嘘つけ、顔色変わってなかったくせに」
その顔を見て、私はひどく彼女のことが欲しくなってしまった。
「幾つか、などと言うのなら、他にも暗記しているのよね。私、他のものも気になるの。是非聞かせてもらえないかしら」
「おう、いいぞ!」
軽く煽ててからそう言うと、チルノは自信満々に頷き、むむむと唸って記憶を探った。
「第ひゃくさんじゅうろく季、さつきの二十四。虹のつけ根にて、いちば開かれり! 妖怪の山が忙しそうだったから、この時のことはよく覚えてる」
「あら、そんな催しがあったのね」
咲夜がそんなことを言っていた気もしなくはないが、記憶を探れど確かなものは出てこなかった。当然といえば当然か。私は結局、引きこもりなのだし。
「第ひゃくさんじゅうよん季、ながつきの十。あふれだした動物霊、おどろきの目的! あたいの住んでる湖の方にも来たんだよな、こいつら」
「いたわねえ。お姉様が何匹か捕まえていたわ」
霊の尻尾をむんずと掴み、振り回しつつ自室へ向かうお姉様を見た記憶がある。あれはなかなか印象的な姿だった。
「あとは、第ひゃくさんじゅうに季、はづきの十一。妖精の暴走、春夏秋冬同時に到来! この時のあたいは大手柄だったな。季節がおかしなことにいちばん早く気づいたし、あいつにも、殴り、勝て、た、し……」
「あいつ?」
私の言葉に、チルノはしまった、という顔をした。あーだのうーだの暫し唸って、恐る恐ると私を見上げた。
「……聞かなかったことにしてくれないか。今の言葉」
「あら、何か都合の悪いことでもあったの?」
「そうじゃない」
首を傾げて見せた私に、彼女は困ったような顔をした。
「ただ、文……友達の天狗と、約束してたんだ。この話、お互い内緒にしておこう、って」
「ああ……」
成程、と思わず声が漏れた。分かってしまったのだ。
「大丈夫か?」
どのくらいぼんやりとしていたか知れない。或いは顔に出ていたのかもしれない。氷精の言葉で我に返ったときにはもう、彼女に対する私の興味の半分くらいは削がれていた。
「……ええ、大したことじゃないわ。それにしても、妖精の貴方が律儀に約束を守るなんて、その文とやらを随分と信頼してるのね」
「そりゃあ、あたいの話を真面目に聞いてくれたのは、文が初めてだったからな」
友人であるという天狗を褒められ、彼女は満更でもないようだった。釣り下がりながら胸を張り、聞いてもいないのに素晴らしさを語った。
「文は優しいやつなんだ。あたいなんかにも文字を教えてくれたし、ときどきだけど、あたいの書いた記事も新聞に載せてくれる。書いてる新聞は人里でいちばん読まれてるらしいから、載せてくれって頼むやつだって他にもいっぱいいるはずなのに。それに文は凄いやつだ。ひとたび飛んだら幻想郷で誰より速い。音だって置いてきぼりにするから、後から風を切る音が遅れて聞こえて来さえするんだ」
聞き流しながら、羨ましいなと思った。これは流石に勝てないな、とも。
つまりはあれだ。この氷精は既に、文という天狗のものなのだ。餌付けして、可愛がって、既に信頼関係を築き上げ切られているのだ。
ここまでされて、ここから私のものにする、なんてことは流石に無理があるだろう。それくらい、その天狗は彼女の心をがっちりと掴み取っているらしかった。
「ふうん、強いのね」
「当然だな。なにしろ、あたいの友達なんだから」
「そう。それじゃあ」
嫉妬、と言えば単純だが、まるで硝子を挟んだ向こうの蒐集品を自慢されているような気分だ。興味の半分を削がれても尚、彼女は魅力的だった。思わず奪い取りたくなるほどに。
流石に私も、そこまで無茶なことはしない。自制するに足る理性はある。あるのだが、眼前の彼女が私の心も知らないままに余りに嬉し気であったから、思わず私は喉元の言葉をそのまま吐き出してしまった。
「それじゃあ、その文とやらの首を貰いに行ってみようかしら」
「……は?」
効果は、覿面だった。
「強いのでしょう? ならそいつの首を飾れば、自慢になると思うのだけど」
「ふ、ふざけるな!」
必死な声、ではなかった。
焦り、は僅かに含まれていたのやもしれない。
けれどそれは、氷精の剥き出しにした感情は、怒りだった。
「あたいの大親友の文をエモノあつかいするなんて許さない、このあたいが、さいきょーのあたいが、あんたの相手になってやる! そして、文をぶじょくしたのを後悔させてやる!」
ぱきぱきと辺りが音を立てたのは、比喩ではなかった。
彼女の感情の高ぶりに合わせて、空気が書き換えられていく。この倉庫の中だけが、冬そのものへとなっていく。その表象として、壁面が凍り付いていく音だったのだ。
それは一般の理屈で言えば、妖精一匹にできる規模のものではないように思われた。それこそ神や妖怪の、強くはなくともそこそこやると言われるくらいの者々と同格の規模と言っても良かった。彼女は未だ縛られ吊るされたままであったが、それでも尚も、一回休みになるまでは私を決して逃がさないという強い覚悟が感じられた。
「……冗談が過ぎたわね。悪かったわ」
本心だった。肩を竦めて、私は彼女を縛っていた紐を『破壊』した。ぶべ、と愉快な声を漏らして顔から落下した氷精に、私は適当な果実を見繕って手渡した。彼女は未だ急展開に困惑しているようだった。
「これは?」
「給金とお詫びで一つずつよ。さっき言ってた天狗と一緒に食べたら良いんじゃないかしら」
「……いいのか?」
「いいのよ。私、一応当主の妹だもの。それに、倉庫を冷やす仕事についてはしっかりやってくれたみたいだものね」
わざとらしく倉庫の中を見渡してみせれば、彼女も理解したらしい。僅かに考え込んで、申し訳なさそうに此方を見た。
「お前、いいやつだったんだな」
「何が?」
「ここまで全部、予定通りだったんだろ?」
いや、違うが。
などと正直に言うのも莫迦らしかったから、私は惚けて首を傾げるだけに留めておいた。
「あ、そうだ」
氷精は駆けて倉庫を後にしようとしていた。入口の辺りで思い出したように立ち止まると、ぽんと手を打って振り向いた。
「おせわになりました」
「礼儀正しいのね」
「妖精はきたいち? が低いから、礼儀正しくしておくだけで得だ、って文が言ってたからな」
「成程」
賢い理屈だ。一つ頷いて、ついでに試しに尋ねてみる。
「良かったら、また遊びに来ても良いのよ?」
私の言葉に、氷精はむむ、と眉間をしおらせた。
「……やめとく。あんた、文の話は好きじゃなさそうだし。話すことに気を使うのは大変だからな」
そう言うと、今度こそ氷精は出ていった。
「残念、振られちゃったわ」
私は一人、肩を竦めて呟いた。
フランが食糧庫冷却を最後のセリフで「遊びに」と称してまた会おうと提案しますが、チルノは文のことをあまり好きじゃなさそうなフランを気遣ってそれを断ります。これらをノータイムで気付き会話をしたチルノは正真正銘の賢い妖精なのでしょう。素晴らしい完成度!楽しかったです次回作も楽しみにしています!
良いストーリーでした。
会話の感じがとても好き
頭の回るチルノが素敵でした
フラれるフランというのも珍しい物を見れた感じがしてよかったです
妖精は期待値が低いから礼儀正しいだけで得と言う言葉を妖精当人が言うというところが賢くてそれでいて9な感じですごく素敵でした
そしてそんなチルノに対するフランの心の動きが
あー……となる作品でした。