Coolier - 新生・東方創想話

秘封耳袋3

2021/12/13 02:23:19
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蓮子がパンツ姿で部屋の中をうろうろと歩き回っている。いやここで言うパンツとはズボンの事ではなく、下着のパンティーの事である。シャワーを浴びて上半身はしっかりとアウターまで着ているのに、下半身は下着姿のままである。リビングへ入ってきたと思ったら和室の押入れをごそごそと漁り、やがてまた廊下へ出て、また戻ってくる。もうかれこれ10分近くこの調子だ。
「蓮子……」私は流石に声をかけた。「いいかげんにして」
蓮子のアスリートばりに引き締まった小ぶりなお尻がいつまでも目の前をうろついているのは目のほよ、いやなにかこう湧出てくるものがある。今日は平日で、大学生である我々二人は平常通り通学しなければならない。朝っぱらから相棒のストリップを楽しんでいるわけでもない。
「いやさあ、」と蓮子はなおも屋内四方へ視線を巡らせながら、後ろ頭を掻きつつ。「私の服知らない? なんか無いんだけどさ、もしかしてメリー食べた?」

「ああー、ごめん実は夜中どうしてもお腹が空いちゃって、夜食に水炊きにして食べちゃったわ」
「なるほど、どうりで見つからない訳だ。うーん、寝室かなぁ」

蓮子がまたリビングから出て行き、廊下を歩いてゆく。ややあってから足早にこちらへ戻ってきて言う。

「マジで食べてないよね?」
「ふふっ、まあいつかは食べたいけどね」
「だよなぁ。なんで無いんだろ」

こめかみのあたりを掻き、うーんと唸る。
私は視線を下げる。蓮子はランニングを日課にして、月間400kmは走る。またいくつかの格闘技を習得していて、特技のボクシングならばそこらの男性にだって無傷で完勝できる程度には強い。見た目の線こそほっそりとしているがそれは軽量級打撃選手特有の着痩せによるもので、いざ服を脱ぐと筋肉質で引き締まっている。彼女曰く「最後の最後はどれだけ走れるかどうかで生存率は変わってくるから」だそうだ。いや私だって蓮子と一緒に倶楽部活動を行う身である。蓮子ほどではないにせよそこそこ運動をしている方だ。月間大体150km程度のジョギングを日課にしている。だが心肺機能をはじめとした運動能力は蓮子には敵わない。
その引き締まった下半身を観賞しつつ、いやいやとかぶりを振る。
だめだ。まだ早朝ではないか。蓮子だってそんな気があるわけではない。

「洗濯機の中は?」
「調べた」
「乾燥機の中」
「調べた」
「ベッドの下」
「調べたよ」
「本当に? 掛け布団とかちゃんとひっくり返してみたかしら?」
「そりゃもうばっちり」
「昨日帰ってきてからの動線を再現してみたらどうかしらん?」
「やったよ。ちゃあんと動きを再現した。昨日は一緒にお酒飲んでへべれけでよっぱらって一緒に帰ってきて、そっからの記憶があいまいなんだよね」
「そうね。蓮子ったら歩きながらゲロ吐いてたし」
「うーん、何か思い出せそうなんだけど。だめだなぁ」
「見つからない?」
「無いんだよなぁ」
「なんか代わりは無いの?」
「後にも先にもあの一張羅だけ」
「蓮子……」
「あっ! いやあるな持ってくる」

軽快にリビングから出てゆく蓮子。たった一瞬とはいえこちらに背を向けた瞬間に視線が蓮子の尻に吸い込まれてしまう。ああもう、だめだ、私は頭を抱えてしまう。引き締まった蓮子のふくらはぎ、太もも、その筋肉が発達した尻をどうしても見てしまう。頭を抱えて決意する。もう二度と見ないからな。うん。
数十秒ほどあってから蓮子がリビングへ戻ってくる。

「どうよ!」

履いてきたのはスポーツレギンス、ジョギングの際に身に着けている物である。リビングの照明に照らされてつやつやと光沢のある生地が滑らかな見た目をしている。引き締まった曲線美が腰から脚にかけすらりと床に伸びている。美脚である。

「ごふっ」
「!? な、なんでいきなり血を吐くの!?」
「い、今すぐ脱いでそれ、だめ。しまってくれんか、私には眩しすぎる……」
「なんでポムじいさんみたいなの」
「脱いだ……?」
「脱いだよ」
「ふぅ、あ、危なかった。朝でなければ即死だったわ」
「ああー、そんなに私の足にそそられる?」

蓮子が急ににやにやとして、パンティーの上から自分の尻を叩いた。ぱぁん! と乾いた音が鳴る。
かちり。私の脳裏で何かのスイッチが入った音がした。
いやこれは、箍が外れる音、感情の堰が壊れる音だ。

「やめろ!」
「うおっ、びっくりした。いやそんな怒鳴らなくても」
「二度とやるな! いいな!」
「あっ、ハイ」
「蓮子の尻を叩いていいのは私だけだ! 自分で叩くのも許さん!」
「性癖の話?」
「違う! これは、……これはカップリングの話だ!」
「落ち着いてメリー、深呼吸。ひっひっふー」
「ひっひっ、ふうぅー」
「落ち着いた?」
「ごめんちょっと取り乱したわ」
「よしそれじゃあ、履くものを探さないと」
「そうね大学に行かないとね、……だあもうチクショウがぁ!」
「な、なに!?」

直後に蓮子の下半身に視線が吸いつけられてしまい、私は悲鳴を上げた。
この、この最低な私の本能よ。どうして蓮子のパンティーを見てしまうのだ。

「い、いや、大丈夫」
「大丈夫?」
「大丈夫だから、……いいからなんか履いて」
「だから、どこにも無いんだって」
「よ、よし、分かったわ。ちょっと、5秒だけ時間をちょうだい」
「わ、わかった、ここに立ってるから」

私は目をつぶり、両手を自分の胸へあてる。
私は冷静よ。暗闇の中で自己へ語り掛ける。私は、理性のある人間なのよ。性的本能などの欲望へ赴くまま衝動的に行動を起こすような、さもしい人ではないの。貞淑で気高く美しい女性になりたくて、そのために学問を収めて難関大学に蓮子と一緒に入学して、規則正しい生活をしているの。蓮子以外に肌を許したことも無い、貞操だって身に着けているわ。そりゃあお酒だったり煙草だったり嗜好品をたしなむことだってあるけれどそれも度が過ぎないように自制の上、最低限の品性を維持したうえで楽しんでいる。そう、私の心は下賤な層になど落ちぶれていないわ! 私は決して蓮子のパンティー姿に敗北するような人間ではないの!

ぱちり、と目を開ける。
蓮子のパンティーが目に飛び込む。

「くっそがあああああぁぁぁぁ!」

私は慟哭しその場に崩れ落ちた。
硬く拳を握り繰り返し床を打つ。

「どうして! なぜなの!? なぜわたしは! うわああああ!」
「ちょっとメリー! やめなさい!」

即座に蓮子が駆け寄ってきて私の腕を制止する。しかし私はあまりにも惨めで敗北の感情に圧倒され耐えきれずに涙があふれてしまう。ぽたり、ぽたりとフローリングに薄汚い私の涙が落ちる。それなのに蓮子は私の背中をさすりながら優しく元気づけてくれる。大丈夫、大丈夫だと慰めてくれる。
ややあってから涙が止まる。とても顔を上げる気にはならず床に突っ伏したまま、私は言った。

「違うの蓮子、私は、あなたに優しくされるような人間ではないのよ……」
「一体ここまでの流れのどこにそんなシリアスな言葉が出てくる要素が……?」
「蓮子のパンティー……」
「私のパンティー!?」
「独白するわ蓮子。落ち着いて聞いてほしいの」
「いや取り乱してるのはメリーだけのような気が」
「私は蓮子が好きよ。だけどそれは蓮子の存在が好きなのであって、ただの蓮子の肉体に劣情を催す自分自身に矛盾を抱いてしまうの。もう何カ月も同棲生活を続けて流石に蓮子へ抱く意欲と言うか欲望が一区切りついたと思っていた。なのに私は、蓮子のパンティーにどうしようもないほどの強い接触欲が湧出てしまう。私はあなたの裸に、あなたの肌に惹かれてあなたと生活しているわけではないわ。あなたのもっと深い、根柢の気質、いわゆる本質的な部分、心の在り方に惹かれてる筈なの。なのに私は、あなたの下着姿に心が動いてしまう。それは敗北で、私自身の矮小な人間性を体現しているに違いない。心の在り方だけでは誰よりも豊かであると思っていたはずなのに! わたしは、わたしは、……とても悲しい!」

がばり、と私は起き上がった。素早く身を翻し台所へ向かい、戸棚から包丁を取り出す。切っ先を自らの喉元へ向ける。

「メリー!?」
「動くな!」

ほんの3メートルほどの距離を開けて蓮子がそこに立つ。蓮子の脚と、蓮子の太ももと、蓮子の股間。私の視線に気づいたのだろう、蓮子は両手で下半身を隠す。だがそんな小さな面積では下半身など隠しきれない。むしろ両手指の間から見える下着がチラリズムで私の劣情を煽る。
もうだめだ。私の心はここまでさもしいとは思わなかった。
自分自身の下賤で最低最悪の心の存在に、有り方の矛盾に、涙があふれ出てくる。これ以上蓮子を汚すわけにはいかない。絶叫する。

「こっ、こんな人間! 死んだ方がマシなのよ!」
「だめだメリー、はやまっちゃいけない。落ち着いて。いい?」

蓮子の下半身が中腰になり、こちらに語り掛けてくる。
私は包丁の切っ先を向けて叫んだ。

「隠せ!」
「隠す物が何もない!」
「そこに皿があるでしょう!」
「面積が足りないよ!」
「このタオルで隠せ!」

手を洗ったあとに使う手拭きを掴んで投げつける。
蓮子の下半身は中腰になってゆっくりとした動作で膝を折り、床に落ちたタオルへ手を伸ばす。両手で腰に巻き付ける。薄い生地の向こうに蓮子の脚の肌色がある。

「透ける!」
「仕方ないでしょ!」
「むしろエロいのよ!」
「どうしろと!?」
「大皿! サラダを盛り付ける用の大皿で隠せ!」
「分かった。そこの戸棚にあるから、取るよ?」
「早くしろ!」

蓮子がゆっくりと後方へ動き、直径50センチ程度の大皿を戸棚から取り出し、腰へ当てる。
サラリーマンが宴会で全裸になり股間をお盆で隠す芸の様に見えた。

「裸芸か!」
「メリーがこれで隠せって言ったんでしょ!」
「なんかないの!? 隠す物よ! 何かあるでしょう!」
「ああもう! むだだこんなのやめてしまえ!」
「!?」

蓮子が素早くパンティーを脱いだ。
股間を指さし、言う。

「知ってるでしょうメリー! 私は汎(はん)だ!」

蓮子には、生殖器が無い。
ほんの十年前日本政府は社会階級法及び人口抑制法を制定した。内容は至って単純だ。一定の学力成績、一定の収入、そして一定の社会階級を有しない者の出産を禁止する。若干の混乱と反発運動があった。一部過激団体によるテロ行為もあった。そのあと日本国の人口推計は増加に転じた。人口管理としては正しい政策だったのだ。だが、なぜ増加したのか。一見上、出産可能人口を極端に減らすことに他ならない。人口減少を課題にしているならば、愚策の様に思える。そのとおり、この政策の裏には仄暗い闇がある。
法律制定と同時に一部の優秀な上級階級者が囲い込みを開始した。好みの顔、好みの性格、好みの家計などの趣味嗜好を前提に、男性は女性を、女性は男性を、侍らせた。彼ら彼女らは権力を存分に振るいコミューンを形成した。KHKと呼ばれる権力コミューンに所属することは一般人からすればこの上ないステータスとなり、特別待遇を約束される。そして一生を過ごすのに苦労しないほどの金と、清潔で快適な居住と、自身が望むだけの娯楽を約束されるのだ。
宇佐見一家と、蓮子と、蓮子のお姉さんは、とある上級階級者KHKの招待状を受け取った。権力コミューンの中でも誰もが羨望する最高層のKHKである。これについての詳細はいつか別の機会で紹介するが、宇佐見一家はそれを断った。
結果から言うと、蓮子は強力なオカルト情報収集窓口である通称裏表ルートに所属した。情報収集を行い、蓮子は幻想入りを果たした。
蓮子の下腹部にある傷と、女性器を切除した手術跡。
人口抑制法制定に合わせ、三つ目の性別が定められた。それは汎と呼ばれるもので、男性でも女性でもない、生殖能力を手放した性別だ。
幻想郷で妖怪による攻撃から私を庇って受けた結果である。

「汎に魅力を抱くメリーは、この上ない純粋な心の持ち主だよ」

その蓮子の一言で私は全てに救済を受けた。

「私はメリーが、私に対する罪の意識に悩んでいるのかもしれないって考えていた。結果的にとはいえ私の将来を奪ってしまったって、そんな風に考えているのかもしれないって。でも幻想郷にいたころからずっと言ってる通り、私はメリーを責めてなんていないし、私はメリーが無事だったなら嬉しいんだ。ありがとう。メリーは本当に私の事を好いていてくれていたんだね」

蓮子が歩み寄ってくる。
もう私は、蓮子のパンティーなど見ていなかった。ただただ蓮子の細かな機微を、所作を、心の動き、蓮子の存在を見ていた。私は包丁をその場に落とし、蓮子に抱き着いた。強く強く、抱きしめた。嗚咽を押し殺しながら言う。

「ごめんなさい蓮子! 私ったら何も見ていなかった! 私がバカだったわ! 許してちょうだい蓮子!」
「きっと疲れていたんだよメリー、よくあること、よくあることさ」

蓮子が私を抱きしめ、背中を擦ってくれた。
やがて泣き止んだ私の顔を蓮子は優しく拭いてくれた。
そしてアルコールティッシュを捨てるべく、台所のゴミ箱を開いて「あ、」と蓮子が言った。

「どしたの?」
「そうだった。昨日飲み過ぎてゲロ吐いて、スカートにひっかけちゃったらここに捨てたんだった」

私がのぞき込むと、ビニール袋で密閉された蓮子のスカートがあった。
急いで石鹸で洗い流し、びしょびしょのままそれを履いた。

大学は遅刻した。
よっしゃあ!ほまれある100作品目は頂いていくぜ!(そんなものはない

2021/12/13 誤字修正
柏屋
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コメント



0.90簡易評価
3.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
4.100サク_ウマ削除
耳袋に始まり耳袋に終わってしまったな……実質今作品集は秘封耳袋と言っても過言ではない……(?)
狂人コメディがフルスロットルでたいへん笑わせて頂きました。良かったです。
5.100南条削除
面白かったです
蓮子もメリーもどうかしていて楽しかったです

100作品目おめでとうございます。
最高の名誉ですね
6.100Actadust削除
メリーも蓮子も科学世紀のこの世界も、みんな倫理観狂ってるよ……楽しませて頂きました。ごちそうさまでした。