Coolier - 新生・東方創想話

死神

2021/12/09 00:07:44
最終更新
サイズ
3.98KB
ページ数
1
閲覧数
1179
評価数
10/11
POINT
1020
Rate
17.42

分類タグ

秋は終わった。

「それじゃ始めましょ」

 彼女が呟くと、辺りは寒くなり、極めて寒く、寒い。あまりの寒さに辺りの生物は息絶える。
 とは言え、今の季節、生物はほぼ冬眠している。息絶えたのはせいぜい微生物くらいか。いや、弱った老獣も混じっていたか。はたまた不運な遭難者が。確かめる術はない。辺りはすでに真っ白な雪で埋め尽くされていた。
 葉を落とし、木の枝が露わになった木々はあまりに醜い。醜いから雪で覆う。枯葉が一面積もった地面はあまりに醜い。醜いから雪で覆う。
 雪はいい。景色を変えてくれる。冬はいい。寒いから自分の力が思う存分使える。

「お山に雪を降らせましょー」

 花咲か爺かとばかりに彼女は雪を降らす。雪は山肌を覆い尽くす。雪は元々降っている。彼女は、元々降っている雪の量を強化しているだけだ。

「まったく、よくやるわね」

 気づくと静葉がいた。呆れ気味に静葉が告げる。

「山が台無しね」
「白くて綺麗でしょ」
「まるで死の山よ」
「それがいいのよ」
「なにがいいのよ」
「一面、白いわ」
「白いのがいいの」
「綺麗でしょ」
「そうは思えないわね」
「あらどうして」
「白は死の印象が強いわ」
「というと」
「死者は白装束を着せられる。骨は白いし」
「ふうん。でもそれで白を死にするのは、無理があるわ」
「あなたはまるで死神ね」
「死神」
「そう。死の灰を降らせる死神」
「灰じゃなくて雪よ」
「例えよ」
「ふうん。……私が死神ね」

 意外と格好いいかも。彼女は思わず口元を緩める。静葉は呆れた表情を浮かべる。

「私達にとっては死神よ。あなたは」
「間違いないわね」

 彼女はにこっと笑みを浮かべると、雪を降らす。

「よくも飽きないわね」
「ええ、秋ないわ。もう冬だもの」
「そんなに雪を降らせてどうするの」
「どうもしないわ。降らせているだけよ」
「雪を降らせて何の意味あるの」
「意味はないわ。冬は雪が降る。道理よ」
「そんなに雪で白くしてどうするの」
「綺麗でしょ」
「うわべだけね」

 吹雪でかなり寒い。静葉は雪まみれになる。

「まるで雪だるまよ」
「ええ、凍え死にそう」
「死なないくせに」
「そうね」
「そういえば……」
「なにかしら」
「あなたはどうすれば死ぬのかしら」

 不意の質問に静葉は、少し間を置き、ふっと笑みを浮かべて答える。
「少なくとも今年の秋は死んだわ」
「あなたのことを聞いてるのよ」

 彼女は涼しげな眼差しを静葉に向ける。静葉は目を閉じ彼女に告げる。

「……私は死なないわ」
「そう。神様は不死身なのね」
「……そうでもないわよ。例えば……」

 そこまで言うと静葉は黙る。吹雪は強いままだ。

「どうしたの」

 静葉は目を開け彼女を見つめる。全身はほぼ雪で覆い尽くされ、辛うじて顔だけが見えている。

「どうしたのよ」
「……例えばの話、あなたが私を忘れたら死ぬかもしれないわね」

 彼女は、しばらく静葉の顔を見つめ、ふと笑みを浮かべて告げる。

「じゃあ忘れてあげましょうか」
「いいわよ。出来るものならね」

 二人はしばらく微動だにせず、辺りは吹雪く音だけ鳴り響く。静葉はとうとう顔まで雪で覆われる。

「無理ね。あなたなんかを忘れるなんて」

 しばらくして沈黙を破った彼女はそう言いながら首を横に振ると、苦笑を浮かべていたが、ふと真顔で告げる。

「……でも、もしかしたら私の記憶の中を雪で埋め尽くしたら、あなたを忘れられるかもしれないわ」
「そんなこと出来るの」
「やったことはないわ。でも今ならなんか出来そうな気がする」
「そう、やっぱりあなたは死神ね」
「ふふ。そうかしら」

 彼女が笑みを浮かべ静葉を見やると、姿がない。力尽きたのか。元から幻覚だったのか。

 その後、ひとしきり雪を降らせ、流石に疲れた彼女は休憩する。
 一休みのつもりが、二休み、三休みとなってしまう。相当疲れていたらしい。
 彼女が起きる頃は、山の雪は溶け、溶けた雪と土で地肌が泥状になっていた。
 彼女は寒気を強める。醜い山肌を雪で覆い尽くすために。だが、彼女は知っている。雪で覆っても、醜いものに蓋をしているだけだということを。どんなに分厚い雪で覆っても、いずれ溶けてなくなってしまうということを。

――あなたはまるで死神ね

 静葉の言葉がよみがえる。

「死神か……」

 彼女は自嘲気味な笑みを浮かべると寒気を強める。辺りは瞬く間に極寒の地となり、猛吹雪が包み込む。
 
 自分が死神かどうか。そんなのはどうでもいいことだ。生物がいくら死のうが関係ない。凍死したけりゃ勝手に凍死すればいい。自分はただ冬を満喫しているだけに過ぎないのだ。

 吹雪の中に彼女の高揚したような笑い声が響く。

 彼女――妖怪レティ・ホワイトロックは冬の間、寒波を起こし続ける。
 

 幻想郷の冬が始まった。
「穣子。ただいま」
「あ、姉さん、おかえ……ぎゃああああーーー!? 雪だるまのお化けえええーー!!!?」
バームクーヘン
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.50簡易評価
1.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
2.100サク_ウマ削除
風情があって良かったです
3.100名前が無い程度の能力削除
雪景色と去り行く秋のわびしさが情緒的で良かったです
4.100南条削除
季節を感じました
5.80名前が無い程度の能力削除
なんだ百合か
よみあじよかったです
6.100名前が無い程度の能力削除
ただそこにあるだけの季節と、妖怪のサガが丁寧に切り取られた作品でした。
8.100Actadust削除
季節の流れを感じさせてくる、良い作品でした。多分これは高度な百合なんだと思う。
9.100モブ削除
冬から死を連想するのは、直前の秋の色彩が鮮やかすぎることと、冬の白が純粋すぎるからだというのを夢想しました。

死にたきゃ勝手に死ねばいい。その通りだと思います、だから美しいのです。ご馳走様でした。
10.100三条削除
幻想郷らしい、粋な一幕でした。
11.100植物図鑑削除
幻想郷という世界においては季節=命という感覚が一部の妖怪や神様にはあると思っています。相反する二人を描いたのに加え、死神という言葉を用いたのがすごく新鮮でした。ありがとうございました。