秋は終わった。
「それじゃ始めましょ」
彼女が呟くと、辺りは寒くなり、極めて寒く、寒い。あまりの寒さに辺りの生物は息絶える。
とは言え、今の季節、生物はほぼ冬眠している。息絶えたのはせいぜい微生物くらいか。いや、弱った老獣も混じっていたか。はたまた不運な遭難者が。確かめる術はない。辺りはすでに真っ白な雪で埋め尽くされていた。
葉を落とし、木の枝が露わになった木々はあまりに醜い。醜いから雪で覆う。枯葉が一面積もった地面はあまりに醜い。醜いから雪で覆う。
雪はいい。景色を変えてくれる。冬はいい。寒いから自分の力が思う存分使える。
「お山に雪を降らせましょー」
花咲か爺かとばかりに彼女は雪を降らす。雪は山肌を覆い尽くす。雪は元々降っている。彼女は、元々降っている雪の量を強化しているだけだ。
「まったく、よくやるわね」
気づくと静葉がいた。呆れ気味に静葉が告げる。
「山が台無しね」
「白くて綺麗でしょ」
「まるで死の山よ」
「それがいいのよ」
「なにがいいのよ」
「一面、白いわ」
「白いのがいいの」
「綺麗でしょ」
「そうは思えないわね」
「あらどうして」
「白は死の印象が強いわ」
「というと」
「死者は白装束を着せられる。骨は白いし」
「ふうん。でもそれで白を死にするのは、無理があるわ」
「あなたはまるで死神ね」
「死神」
「そう。死の灰を降らせる死神」
「灰じゃなくて雪よ」
「例えよ」
「ふうん。……私が死神ね」
意外と格好いいかも。彼女は思わず口元を緩める。静葉は呆れた表情を浮かべる。
「私達にとっては死神よ。あなたは」
「間違いないわね」
彼女はにこっと笑みを浮かべると、雪を降らす。
「よくも飽きないわね」
「ええ、秋ないわ。もう冬だもの」
「そんなに雪を降らせてどうするの」
「どうもしないわ。降らせているだけよ」
「雪を降らせて何の意味あるの」
「意味はないわ。冬は雪が降る。道理よ」
「そんなに雪で白くしてどうするの」
「綺麗でしょ」
「うわべだけね」
吹雪でかなり寒い。静葉は雪まみれになる。
「まるで雪だるまよ」
「ええ、凍え死にそう」
「死なないくせに」
「そうね」
「そういえば……」
「なにかしら」
「あなたはどうすれば死ぬのかしら」
不意の質問に静葉は、少し間を置き、ふっと笑みを浮かべて答える。
「少なくとも今年の秋は死んだわ」
「あなたのことを聞いてるのよ」
彼女は涼しげな眼差しを静葉に向ける。静葉は目を閉じ彼女に告げる。
「……私は死なないわ」
「そう。神様は不死身なのね」
「……そうでもないわよ。例えば……」
そこまで言うと静葉は黙る。吹雪は強いままだ。
「どうしたの」
静葉は目を開け彼女を見つめる。全身はほぼ雪で覆い尽くされ、辛うじて顔だけが見えている。
「どうしたのよ」
「……例えばの話、あなたが私を忘れたら死ぬかもしれないわね」
彼女は、しばらく静葉の顔を見つめ、ふと笑みを浮かべて告げる。
「じゃあ忘れてあげましょうか」
「いいわよ。出来るものならね」
二人はしばらく微動だにせず、辺りは吹雪く音だけ鳴り響く。静葉はとうとう顔まで雪で覆われる。
「無理ね。あなたなんかを忘れるなんて」
しばらくして沈黙を破った彼女はそう言いながら首を横に振ると、苦笑を浮かべていたが、ふと真顔で告げる。
「……でも、もしかしたら私の記憶の中を雪で埋め尽くしたら、あなたを忘れられるかもしれないわ」
「そんなこと出来るの」
「やったことはないわ。でも今ならなんか出来そうな気がする」
「そう、やっぱりあなたは死神ね」
「ふふ。そうかしら」
彼女が笑みを浮かべ静葉を見やると、姿がない。力尽きたのか。元から幻覚だったのか。
その後、ひとしきり雪を降らせ、流石に疲れた彼女は休憩する。
一休みのつもりが、二休み、三休みとなってしまう。相当疲れていたらしい。
彼女が起きる頃は、山の雪は溶け、溶けた雪と土で地肌が泥状になっていた。
彼女は寒気を強める。醜い山肌を雪で覆い尽くすために。だが、彼女は知っている。雪で覆っても、醜いものに蓋をしているだけだということを。どんなに分厚い雪で覆っても、いずれ溶けてなくなってしまうということを。
――あなたはまるで死神ね
静葉の言葉がよみがえる。
「死神か……」
彼女は自嘲気味な笑みを浮かべると寒気を強める。辺りは瞬く間に極寒の地となり、猛吹雪が包み込む。
自分が死神かどうか。そんなのはどうでもいいことだ。生物がいくら死のうが関係ない。凍死したけりゃ勝手に凍死すればいい。自分はただ冬を満喫しているだけに過ぎないのだ。
吹雪の中に彼女の高揚したような笑い声が響く。
彼女――妖怪レティ・ホワイトロックは冬の間、寒波を起こし続ける。
幻想郷の冬が始まった。
「それじゃ始めましょ」
彼女が呟くと、辺りは寒くなり、極めて寒く、寒い。あまりの寒さに辺りの生物は息絶える。
とは言え、今の季節、生物はほぼ冬眠している。息絶えたのはせいぜい微生物くらいか。いや、弱った老獣も混じっていたか。はたまた不運な遭難者が。確かめる術はない。辺りはすでに真っ白な雪で埋め尽くされていた。
葉を落とし、木の枝が露わになった木々はあまりに醜い。醜いから雪で覆う。枯葉が一面積もった地面はあまりに醜い。醜いから雪で覆う。
雪はいい。景色を変えてくれる。冬はいい。寒いから自分の力が思う存分使える。
「お山に雪を降らせましょー」
花咲か爺かとばかりに彼女は雪を降らす。雪は山肌を覆い尽くす。雪は元々降っている。彼女は、元々降っている雪の量を強化しているだけだ。
「まったく、よくやるわね」
気づくと静葉がいた。呆れ気味に静葉が告げる。
「山が台無しね」
「白くて綺麗でしょ」
「まるで死の山よ」
「それがいいのよ」
「なにがいいのよ」
「一面、白いわ」
「白いのがいいの」
「綺麗でしょ」
「そうは思えないわね」
「あらどうして」
「白は死の印象が強いわ」
「というと」
「死者は白装束を着せられる。骨は白いし」
「ふうん。でもそれで白を死にするのは、無理があるわ」
「あなたはまるで死神ね」
「死神」
「そう。死の灰を降らせる死神」
「灰じゃなくて雪よ」
「例えよ」
「ふうん。……私が死神ね」
意外と格好いいかも。彼女は思わず口元を緩める。静葉は呆れた表情を浮かべる。
「私達にとっては死神よ。あなたは」
「間違いないわね」
彼女はにこっと笑みを浮かべると、雪を降らす。
「よくも飽きないわね」
「ええ、秋ないわ。もう冬だもの」
「そんなに雪を降らせてどうするの」
「どうもしないわ。降らせているだけよ」
「雪を降らせて何の意味あるの」
「意味はないわ。冬は雪が降る。道理よ」
「そんなに雪で白くしてどうするの」
「綺麗でしょ」
「うわべだけね」
吹雪でかなり寒い。静葉は雪まみれになる。
「まるで雪だるまよ」
「ええ、凍え死にそう」
「死なないくせに」
「そうね」
「そういえば……」
「なにかしら」
「あなたはどうすれば死ぬのかしら」
不意の質問に静葉は、少し間を置き、ふっと笑みを浮かべて答える。
「少なくとも今年の秋は死んだわ」
「あなたのことを聞いてるのよ」
彼女は涼しげな眼差しを静葉に向ける。静葉は目を閉じ彼女に告げる。
「……私は死なないわ」
「そう。神様は不死身なのね」
「……そうでもないわよ。例えば……」
そこまで言うと静葉は黙る。吹雪は強いままだ。
「どうしたの」
静葉は目を開け彼女を見つめる。全身はほぼ雪で覆い尽くされ、辛うじて顔だけが見えている。
「どうしたのよ」
「……例えばの話、あなたが私を忘れたら死ぬかもしれないわね」
彼女は、しばらく静葉の顔を見つめ、ふと笑みを浮かべて告げる。
「じゃあ忘れてあげましょうか」
「いいわよ。出来るものならね」
二人はしばらく微動だにせず、辺りは吹雪く音だけ鳴り響く。静葉はとうとう顔まで雪で覆われる。
「無理ね。あなたなんかを忘れるなんて」
しばらくして沈黙を破った彼女はそう言いながら首を横に振ると、苦笑を浮かべていたが、ふと真顔で告げる。
「……でも、もしかしたら私の記憶の中を雪で埋め尽くしたら、あなたを忘れられるかもしれないわ」
「そんなこと出来るの」
「やったことはないわ。でも今ならなんか出来そうな気がする」
「そう、やっぱりあなたは死神ね」
「ふふ。そうかしら」
彼女が笑みを浮かべ静葉を見やると、姿がない。力尽きたのか。元から幻覚だったのか。
その後、ひとしきり雪を降らせ、流石に疲れた彼女は休憩する。
一休みのつもりが、二休み、三休みとなってしまう。相当疲れていたらしい。
彼女が起きる頃は、山の雪は溶け、溶けた雪と土で地肌が泥状になっていた。
彼女は寒気を強める。醜い山肌を雪で覆い尽くすために。だが、彼女は知っている。雪で覆っても、醜いものに蓋をしているだけだということを。どんなに分厚い雪で覆っても、いずれ溶けてなくなってしまうということを。
――あなたはまるで死神ね
静葉の言葉がよみがえる。
「死神か……」
彼女は自嘲気味な笑みを浮かべると寒気を強める。辺りは瞬く間に極寒の地となり、猛吹雪が包み込む。
自分が死神かどうか。そんなのはどうでもいいことだ。生物がいくら死のうが関係ない。凍死したけりゃ勝手に凍死すればいい。自分はただ冬を満喫しているだけに過ぎないのだ。
吹雪の中に彼女の高揚したような笑い声が響く。
彼女――妖怪レティ・ホワイトロックは冬の間、寒波を起こし続ける。
幻想郷の冬が始まった。
よみあじよかったです
死にたきゃ勝手に死ねばいい。その通りだと思います、だから美しいのです。ご馳走様でした。